【女たちの親子関係】(上)

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この物語は「女たちの戦後処理」の1年後くらいのストーリーです。
 

「へー。高校生で性転換したんだ?」
という驚きの声に、蓮菜は
 
「未成年の性転換手術は、去年2件やったけど、高校生の手術したのは初めてだね」
と言った。
 
「性転換手術って何件くらいしてるの?」
「去年は簡易性転換手術、単純陰茎切断術を含めて20件やった。去勢はその倍やってる。だから週に1回は男性廃業のお手伝い」
「すごーい」
「MTFとFTM両方やるの?」
「私はMTFだけ。それでさ」
「うん」
「なんか普通の男の患者の手術でも、つい睾丸を除去したりペニスを根元から切断したい気分になっちゃうのよね〜」
 
「危ない医者だ!」
「いやいや。女の子にしてしまいたいような美少年がいたら、包茎手術か何かでも受けなさいと言って蓮菜の所に連れて行って手術させると、ちゃんと女の子に改造してもらえるかも」
「なんて親切な医者だ!」
 
「いやでも外科のお医者さんって、そもそも人の身体を切るのが好きな人が多い」
「うん。私も大好き! でも残念だなあ。今日来ているメンツには、もうおちんちんが付いてる子がいない」
 
「ああ。そもそも付いてないか、付いてたけど取っちゃった人ばかりだね」
と和実が言った。
 
「だれかおちんちんがまだ付いてる美少年がいたら連れて来てよ。美少女に改造してあげるから」
などと蓮菜は言っている。
 
「蓮菜ちゃん、研修医は終わったんだっけ?」
「この3月で後期研修が終了した」
「医師になるのにも、ほんとに時間が掛かるね」
「いや、そういうシステムでいいと思う。あまりにも簡単になれるのは問題」
 
「だけど女子の場合、結婚・出産のタイミングが難しいね」
「そうなんだよね。私の友人の中には医学部在学中に1年休学して赤ちゃん産んじゃった子もいた」
「そもそも浪人して医学部に入っていたりすると、前期研修を終えた段階で27-28だしね」
 
この日は「クロスロード」の集まりだったのだが、千里にくっついてくる形で蓮菜や、今日は来ていないが鮎奈なども、度々この集まりに顔を出している。蓮菜も鮎奈も、このメンツが医者(当初は医学生)の立場からも「面白すぎる」と言っていた。蓮菜は冬子の旧友でやはり医者をしている奈緒と、千里や冬子の子供の頃の実態について、しばしば話が盛り上がっているようである。
 

「だけどこのメンツの中には、随分早く性転換手術しちゃった子が多いからなあ」
などと蓮菜は言う。
 
「青葉と千里が中学生の時でしょ? 冬子や和実は小学生の時でしょ?」
 
「青葉は超特例で中学3年で性転換手術したけど、私は大学生になってからだよ」
と千里は言うが
 
「いまだにそういう嘘を言うのは理解不能」
などと桃香から言われる。
 
「だいたい千里、インターハイに出た時は女の子の身体だって言ってたよね?」
「うん。それは本当。私は男の身体をごまかしてインターハイに女子選手として出たりはしてないよ」
「だったら、高2の段階で既に性転換していたということになる」
「まあ、そうだけどね」
「だったら遅くとも高1までには性転換したってことでしょ?2年の夏に選手として稼働できるためには、遅くても高1の夏までには性転換手術を受けてないと無理」
 
「冬子なら性転換手術の1ヶ月後に試合に出られるだろうけどね」
「それは私でも無理!」
「青葉も冬子も性転換手術の1週間後にステージで歌ってるからなあ」
 
「いや、青葉は一週間後だけど、私は1ヶ月後だよ」
と冬子。
 
「青葉はまあ人間じゃないからあり得るけど、冬子は1ヶ月でも信じられないから、冬子はやはり小学生くらいで性転換していたと考えるのが自然」
などと桃香が言う。
 
「私、人間じゃないの〜?」
と青葉。
「たぶん神様」
「そんな偉くないよ」
 
「私も大学生の時に性転換手術受けたんだけど」
と冬子が言うと
 
「却下」
と政子に言われている。
 
「なんかどさくさに紛れて、私が小学生の内に性転換したなんて言われた気がするけど」
と和実が言うと
 
「事実なのでは?私和実のおちんちん一度も見てないもん」
と淳から言われている。
 

2020年の春は慌ただしく始まった。
 
この年の2月。ローズ+リリーの政子が自宅の敷地内に離れを建設し始めた。
 
「そこで大林さんと暮らすの?」
とその直後にクロスロードのメンバーに訊かれた政子は「えへへ」などと笑っていたので、その時期は本人も当時交際中であった俳優の大林亮平と結婚して、そこで暮らすつもりなのだろうと、みんなが思っていた。
 
ところがである。
 
「別れた〜〜〜!?」
「なんで?」
と友人達が驚きの声をあげたのに対して
 
「うーん。別に男と別れるのに理由は無いよ」
と政子は言った。
 
「政子にしては今回長続きしてるなとは思っていたんだけどね」
と相棒の冬子は言う。
 
政子と大林亮平の交際は、大林主演ドラマの主題歌をローズ+リリーが歌ったのをきっかけに始まったのだが、番組終了とともに交際も終了してしまったようであった。
 
「妊娠してるんでしょ? 赤ちゃんどうすんの?」
「産むよ〜。予定日は10月。来年の2月までライブは休業」
「ああ。また白髪が増える人たちがいるな」
「離れは〜?」
「建てるよ。恋人連れ込むのに便利」
「まだ彼を作るつもりなのか!?」
「だって妊娠中は避妊の必要無いし」
「それ男の論理だ!」
 

この3月、青葉が金沢のK大学を卒業。4月1日から内定していた金沢市内の〒〒テレビにアナウンサーとして入社した。
 
新しいアナウンサーを紹介する番組で、自宅を映すことになったという話を聞き、ぶっ飛んだ母の朋子は東京に住んでいる桃香と千里を呼んだ。2人が来るということは当然、子供付きである。千里の愛車・アテンザワゴンの後部座席にセットしたベビーシート・チャイルドシートに早月と由美を乗せ、桃香を助手席に乗せて、千里は車で高岡に戻ってきた。
 
それで・・・桃香に子供2人の面倒を見させておき、朋子と千里、それに話を聞いて駆け付けてくれた青葉のフィアンセ彪志君との3人で2日がかりで大掃除をして、何とかテレビに映されてもいいかなという状態にした。カーテンも明るいものを付けておく。彪志は「俺は映ったらまずいだろうから」と言い、片付けが終わるとすぐに千葉に帰還した。
 
同期の新人アナウンサー森本さんがレポーター役になってテレビ局のクルーが家にやってくる。
 
「おじゃましまーす」
「こんにちはー」
と朋子・千里・桃香で挨拶する。
 
「お姉さんたちですか?」
「そうでーす」
「3人とも青葉の姉です」
「若干年の離れたお姉さんがおられるようですが」
「あはは」
 
「赤ちゃんがおられるんですね」
「はい。青葉の姪です」
 
ここは桃香が早月を、千里が由美を抱いている。
 
「ふたりとも女の子ですか?」
「ぜひ将来はコネで〒〒テレビのアナウンサーに」
「ああ、コネのある人が羨ましい!」
 

「お姉さんたちはお仕事は?」
「してませーん」
「3人とも専業主婦です」
 
などといった感じで青葉の家族へのインタビューをしていた時、
「こんにちは〜」
という声がする。
 
クルーが一瞬慌てる。インタビューをしている最中に来客がある事態を想定していなかったのである。ところが千里が由美を抱いたまま手も使わずにスッと立ちあがると、インターホンに向かって
 
「あっちゃん、開いてるからあがってきて。ちょっと立て込んでるけど」
などと言う。
 
スタッフがちょっと困ったような顔をしたのだが、
「忙しい時にごめんね。ちょうどこちらに来てると聞いたものだから」
と言って入って来た女性を見て、アナウンサーの森本さんが、あっという顔をする。
 
「済みません。バスケット女子日本代表でWNBAプレイヤーの花園亜津子さんですよね?」
と言ってマイクを向ける。
 
亜津子は部屋の中に撮影隊がいるのを見てびっくりしたようであったが
「はい、こんにちはー」
と笑顔でカメラに向かって挨拶した。
 
「青葉ちゃんのお知り合いでした?」
「いえ、そこにいる千里ちゃんの古い友人です」
と亜津子は笑顔で答える。
 
「同級生か何かですか?」
「ライバルですよ。千里ちゃんもバスケの選手で、彼女も元日本代表ですよ」
などと亜津子が言うので千里は照れている。
 
「すごーい! 青葉ちゃんのお姉さん、バスケット選手だったんですか?」
「いえ。代表になったのは多分何かの間違いです。花園さんとはレベルが違いますよ」
と千里は答えるが
 
「私、いまだに彼女に勝ったことがないですから」
と亜津子。
「すごーい! 日本代表・WNBAプレイヤーに負けないというのは世界代表レベルじゃないですか」
と森本さんは若干意味不明なことを言う。
 
ここでいったんカメラが停められる。
 
「お姉さん、バスケット選手ですか?」
と撮影の責任者っぽい人が言う。
 
「でも結婚出産で長く試合から遠ざかってますから」
と千里。
「そのくらいのブランクがあっても千里のシュートは多分衰えてない」
と亜津子。
「お姉さん、シューターですか!」
 
「凄いですよ」
と亜津子が言うので、急遽、舞台を提携関係のある富山県内の放送局で準備してくれた体育館に移動し、日本代表・WNBA花園亜津子と、新人アナウンサー川上青葉の姉・川島千里の「シューター対決」を収録することになった。
 

もはや青葉は、ほとんど付き添いのような感じになってしまった。
 
軽く準備運動をしてから、亜津子と千里が1本交代でスリーポイントシュートを撃つ。ボールを拾って返すのを青葉がやることになる。
 
ところがこれが決着が付かないのである!
 
ディレクターさんは5分か10分もあれば結果が出るだろうと思っていたようだったが、フリーで撃つ限り、亜津子も千里も100%ボールをゴールに放り込む。対決は30分を越えて続き、誰もことばを発することができなくなっていた。
 
1時間を過ぎて、後で撮影されたビデオから本数を数えたら127本目になるシュートを亜津子が撃った所、リングに当たった後、入りかけたのだが、ぐるぐるとボールが回った後、外に落ちてしまった。亜津子はふっと大きく息を付いた。
 
千里は無表情で撃つ。
 
バックボードに当たって、ボールはゴールに吸い込まれた。
 
「うっそー! 青葉のお姉ちゃん、WNBAシューターに勝っちゃった」
と森本さんは言ったのだが、千里は否定する。
 
「私の負けです」
 
「なんでー!?」
「亜津子さんのはバックボードにもリングにも当たらずに直接ネットに飛び込んだのが9割を占めていました。私のは半分はバックボードに当たってから入っています。私のシュートは精度で完璧に亜津子さんに負けています」
 
「まあ私たちのレベルはフリーで撃つ限りスリーが入るのは当然なんで、昔はよくそのダイレクトに何本入るかって競争をしたよね」
と亜津子。
 
「あの頃は結構対抗できてたんだけど、やはり現役から遠ざかって久しいから」
と千里。
 
「なんか、凄いハイレベルな戦いみたいですー!」
と森本アナウンサーがカメラに顔を近づけて言った所で撮影終了となったようであった。
 

「テレビ見たよ。何が現役から遠ざかってだよ。絶好調じゃん」
と貴司から電話で言われて、千里は心が温まる思いだった。
 
例の千里と花園亜津子とのシュート対決は、あまりに凄すぎるということで、全国枠のバラエティ番組の枠内で放送されたのである。127本×2人のシュートが早送りで完全に放送された。そして全日本の天才シューターとあそこまで対抗できた《専業主婦》って何者?と話題になったが、苗字が変わっているし、放送の時は髪をまるでショートのようにしてたから気づかなかった人もあったろうけど、元日本代表シューターの村山千里ですよ、インターハイ以来の花園亜津子のライバル、という情報が、同じく元日本代表の佐藤玲央美のネットでのコメントで判明し
 
「なるほどー」
「村山だったのか!」
「村山というとロングヘアのイメージがありすぎて」
「健在じゃん!」
 
という声が上がっていた。
 
「ついでにゴール下に居たのは大宮万葉」
と玲央美は書いたので、作曲家大宮万葉が〒〒テレビのアナウンサーであることも広く知られることになった。
 
「貴司は新しいチームには慣れた?」
と千里は電話口で訊く。
 
「全然。関東と関西では何もかもやり方が違うから。新人になったつもりで、いろいろチームメイトに教えてもらっているよ」
 
貴司は長年関西の実業団チームでバスケ選手をしていたのだが、そちらのチームが廃部になってしまい、今年の春から関東のチームに誘われて移ってきたのである。住まいも長年住み慣れた大阪のマンションを引き払い、埼玉県内に現在住んでいる。
 
「引越も何も手伝えなくてごめんね」
「いや、千里が顔を出したら美映が爆発するから」
「あはは。美映さんも慣れない関東暮らし、大変でしょ?」
「そうそう。やはり西日本と東日本では根本的な文化が違うから、かなり苦労してるみたい」
「食べ物にも慣れないし」
「うん。ネギが白いの気持ち悪いと言ってた」
「ああ。ネギは結構悩むよね」
「醤油とか味噌とかでも、かなり悩んでた」
「そういう基本的な調味料が変わると、最初なかなか自分が思っている味を出せないんだよね。美映さん、お料理得意だからよけい悩むよ」
 

千里が出た番組を見ていたのは、むろん貴司だけではない。大学生時代に所属していたクラブチームの同輩で、今では千里の親友のひとりである溝口麻依子からも電話が掛かって来た。
 
「千里、あれ凄すぎるぞ」
「あはは」
「だいぶ練習してるだろ?」
「ちょっとだけ」
「やはりね〜」
 
と言ってから麻依子は言った。
 
「それでさ、こないだ中嶋橘花とバッタリ会ってさ」
「橘花はたしか横浜に住んでたよね」
「うん。それで古い知り合い同士、現役引退した者同士で少し一緒に練習しようよ、なんて話になったんだけど、千里もそれに参加しない?」
「橘花と麻依子が組んだら、なんかかなりマジなチームになりそう」
「佐藤玲央美を今口説き落とそうとしている所」
「まじでマジじゃん!」
 

5月の連休明け。千里は思わぬ人から連絡を受ける。東京に出て来ているというので会いに行く。
 
阿倍子は京平を伴ってショッピングセンター内の待ち合わせ場所にやってきた。
 
「ちさとおばちゃん、こんにちは〜」
「こんにちは〜。元気そうだね」
と言って、千里はいつものように京平の頭を撫で撫でする。
 
「うん。ぼくげんきだよ」
と京平も答える。
 
阿倍子は貴司の元妻で、京平は貴司との間の子供(今年の6月で5歳)である。
 

京平をボールハウスで遊ばせておいて、ふたりで近くの喫茶コーナーに入る。ここからボールハウスが見えるので親としては安心である。
 
「どうかしたの? 何か深刻な悩みっぽい」
「実は京平のことなんだけど」
と言って阿倍子は話を始めた。
 
「私、実は再婚することにしたのよ」
「おめでとう!!」
「向こうも×1(ばついち)なんだけどね」
「まあ、いいんじゃない? 私なんて×2(ばつに)だ」
 
「千里さん、やはり貴司と結婚していたんだよね?」
「うん。高校時代にね」
「貴司って女性関係が全然長続きしない奴だ」
「ああ。私と交際していた時期も、しょっちゅう浮気しては短期間で破綻していたみたいよ」
「なるほどねー」
 
「私が結婚していた時期も、浮気には悩まされていたよ。当時は気付いていなかったけど、その件では千里さんに随分助けてもらったし」
「まあ、私は自分の都合で行動していただけだしね。それにあいつは元々浮気な性格だから」
「達観してるね」
 
「貴司は。優しすぎるんだよ。女性からのアタックを断り切れない。だから私は気付いたら貴司に代わってどんどん断っていたんだ」
「たくましい!」
と言ってから、阿倍子は
 
「私は美映さんに対抗できなかった」
と言って暗い顔をする。
 
貴司は現在の奥さんである美映との関係が深まったことで阿倍子との仲が破綻して離婚に至っている。離婚して間もなく美映と結婚した。早々に結婚したのはふたりの間の子供(緩菜)が美映のお腹の中に居たからである。
 

「それでね。私が結婚する相手だけど、子供が3人居るんだよ」
「へー。子供を奥さんが引き取ったんじゃないんだ?」
「色々事情があったみたい。それでその子たちは私になついてくれた」
「それは良かった、良かった」
 
「ところが京平と合わないみたいなんだよ」
「うーん・・・・」
 
「何度か京平をその子たちと一緒に遊ばせたんだけど、必ず最後は喧嘩で終わる」
「困ったね」
「京平も我が強いから」
「京平君、きちんとしたのが好きだから、子供特有の悪戯みたいなのが我慢できないんだよ」
「うん。そのあたりもあるみたい。向こうの一番上の子とかなりやりあってるんだよね」
「向こうは何歳?」
「5歳・3歳・2歳」
「その5歳と《お兄ちゃん争い》しちゃうのかな。あっと、子供は男・女・男だっけ?」
「千里さんって、そういうの良く分かるね!」
と阿倍子は感心したように言う。
 
「それでいっそ、京平を貴司に託そうかとも思ったんだよ」
「なるほど」
 
「貴司と京平は会う度に仲良くしてるし。ちょっと保志絵さん(貴司の母)に打診してみたら、京平が貴司の所に来るのは大歓迎というんだよね」
 
「まあ、保志絵さんとしては、京平が阿倍子さんの元に居るのよりは会いに来やすくなるよね」
 
「うん。それでそれ考えてみていたんだけど、私、京平を美映さんには託したくないと思ってさ」
「ああ。その気持ちは分かる」
 
「貴司を横取りされたのに、その相手に京平まで渡したくないよ」
「それやると完璧な敗北だもんね」
「そうなのよ! 自分が物凄く落ち込みそうでさ」
「うん。落ち込むと思う」
 
「それで思ってたんだけど、千里さんに託せないかなと思って。京平も千里さんには小さい頃からなついていたし」
 
千里はそういうことかと理解した。1分ほど考えた。阿倍子はじっと待っていた。
 
「私は構わないよ。うちは3歳と1歳で女の子だけだから、京平君としては《妹たちのお兄ちゃん》になれて楽しいかも」
 

それで千里は桃香を呼び出した。
 
桃香は早月と由美をタンデムのベビーカーに乗せてやってきた。阿倍子が
「可愛い!」と声をあげる。
 
「去年、神戸のスーパーで会った時も、こんな感じで2人連れてたね」
と言って微笑む。
「うん。買物する時はこうしとかないと。あれはあのスーパーに関わる仕事をしたんだよ」
と言って千里も微笑む。
 
桃香が
「で、何? 大事な相談があるって。ティラノザウルスでも飼育したいとか?」
と言う。
 
「ああ。ティラノ並みに破壊力あるかも」
「うそ!?」
 
「ああ、男の子の破壊力って凄いですよね。障子の骨は折るし、壁にも穴開けてくれるし」
と阿倍子も言った。
 
千里は桃香に、阿倍子の再婚と子供の件を話した。
 
「話は分かった。京平君の名前だけは知っていた。でも私は京平君と直接会ったことが無いから、彼と仲良く出来るかどうかを試してみてから考えさせてくれ」
と桃香は言った。
 

それでその日は京平を連れて近くの児童公園に行った。それも主として桃香が京平君と一緒に積極的に遊んだ。
 
ふたりが一緒にブランコをしたり、ジャングルジムに丸太渡りにロング滑り台にと、しているのを見ながら阿倍子が尋ねる。
 
「何となく聞きそびれたけど、千里さんと桃香さんの関係は? 最初姉妹かと思ったんだけど、なんか違うみたい」
「夫婦だよ。私たちレスビアンなんだよ」
「えーー!?」
 
「私は去年の夏まで男性と結婚していて、それで由美を授かったんだけど、旦那が亡くなってしまって」
「そう言ってたね」
「彼女とは学生時代、恋人として同棲していた。それで向こうも子供抱えて1人で苦労してたから、一緒に育てようよといって、再度同棲することにした。だからこちらの早月は桃香の子供、こちらの由美が私の子供」
 
「なんか複雑!」
「早月は桃香がシングルマザーで産んだから、桃香の苗字・高園、由美は私の旦那の苗字・川島。もし京平君を預かるとしたら、阿倍子さんの苗字・篠田ということで、苗字がバラバラの兄妹になるね」
「面白いかも!」
「うんうん」
 

「でも、そしたら千里さんって、桃香さんと付き合いつつ、貴司とも関わってたの?」
「二股」
「悪い女だ」
「ふふふ」
 
「でもふたりともバイなんだね。各々他の男性との間に子供作った訳でしょ?」
「そうそう。桃香とは一応結婚式はあげたんだけど、その時、お互い、男の恋人を作るのは自由と言っている」
「へー!」
「女の恋人はNG」
「ほほぉ」
 
もっとも桃香はかなり女の恋人を作っていた。しかし千里は自分も貴司と不倫寸前の付き合いを続け、その後信次と結婚したので、桃香の恋愛は黙認していた。
 
「まあ自由と宣言しつつ、嫉妬はするから邪魔はする」
「よく分からないんですけど!?」
「だから貴司からのメールを見る前に消されることもよくあったし、亡くなった旦那との仲も、かなーり妨害された。車で出かけるつもりでいたらキーを隠されてるとかさ」
「あははは。実は私も千里さんから貴司へのメール、かなり消した」
「まあ当然だよね。私も桃香の恋人からのメール消したし」
 
「ある意味、恋ってゲームかもね」
と阿倍子も言う。貴司とのことを笑いのネタにできるほど、彼への思いを整理することができたのだろう。
 
「でもさ、千里さんから貴司へのメールってまるでビジネスメールみたいに色気の無いのが多かった。好きとか愛とかいう文字も無ければハートマークとかも無かったし」
 
「私と貴司との関係は《ともだち》であった期間が凄く長いんだよ。確かに夫婦関係であった時期もあるけどね。彼との17年間の付き合いの中で恋人であったのは4年間、夫婦であったのも3年間に過ぎない。残りの10年間は純粋なともだちだったんだよ。だから信じてくれないだろうけど、阿倍子さんが貴司と結婚していた間は、私はむしろふたりを応援していた。嫉妬してないと言えば嘘になるけどね。今も貴司と美映さんの関係を応援している。横取りするつもりは無い。あくまでドロップ・キャッチ狙い」
と千里は言う。
 
「今となっては、その言葉を信じてもいい気がするよ」
と阿倍子は言ってくれた。
 

一度目の京平君と桃香のデートは成功という感じであった。こういう感じのことを何度かやってみて、ふたりがうまく行きそうであれば、京平君を千里と桃香が預かるという方向で考えることになる。次回は桃香たちが神戸に行くことにした。
 
その日の夕食はみんなで回転寿司に行った。テーブルの片側に阿倍子・千里と座り、その向かい側に京平・桃香と座る。
 
千里が京平に
「好きなだけ食べて良いよ」
と言ったのに対して京平は
「5個まで?」
と心配そうに訊く。
「そうだなあ。今日は特別。20個まではいいよ」
と千里が言うと
「わーい!」
と嬉しそうだ。
 
「すみません。何だかふだんの生活が知られちゃう」
と阿倍子は恥ずかしがっている。ふだん回転寿司に来る時は「5個まで」のルールにしているのだろう。
 
京平は20個までいいと言われて、最初にイクラを4皿も取っている。桃香が顔をしかめているが千里は笑っている。お稲荷さんが好きなようで、それも2皿取っていた。
 

15皿くらい食べたところで
「ちょっとうんこ」
と言って京平がトイレに行く。
 
その姿を見送って桃香が言った。
「そうだ。さっき千里が出ている間に由梨亜が来ていたんだよ」
 
由梨亜というのは千里や桃香の大学時代の友人のひとりである。
 
「由梨亜はだいぶ前に結婚したよね?」
「結婚してもう6年だよ。あの子、結婚だけは早かったんだよな」
「うん。当時の女子会のメンツでは最初に結婚したよね」
 
「ところが子供ができなかったんだ」
「6年経ってできないというのは、作ろうとしなかったの?」
「いや、すぐにも欲しかったらしい。由梨亜は一人っ子だったから、兄弟のたくさん居る家庭に憧れていたんだよ」
「そういや、子供6人産んでバレーボールのチーム作ろうかなとか言ってたよね」
 
「そうそう。だから結婚してすぐから子作りに挑戦していたものの全然できないんだよな」
「それ、不妊治療とかもしたの?」
 
「うん。取り敢えず最初は排卵のタイミングと精子の寿命とかのお話を夫婦で聞いて、事前の禁欲もして妊娠しやすいタイミングでセックスするとかしていた」
「基本だよね。だけどそういうセックス楽しくなさそう」
 
「私もそう思う。でも、それやってても、できないから、夫婦とも精密検査を受けた。夫の精子が少ないし活動性が悪いということだったが、一応許容範囲と言われた。ところが由梨亜自身も卵管狭窄が疑われたんだよ」
 
「ああ。でも閉塞じゃなくて狭窄なんだ?」
「うん。水を通したりする検査して、狭いけど通ってはいることは確認できた」
と桃香が言うと
 
「あの検査辛いですよね」
と阿倍子が言う。
 
「それでホルモンの投与とかで卵胞が育つのと排卵をコントロールしてそのタイミングでセックスとかもしてみたものの、どうもうまく受精卵が定着してくれない」
「それ妻と夫の双方に問題がありそうな気がする。精子の能力に問題があって受精卵がきちんと育たないんじゃないの?」
と千里は言う。
 
「うん。そんな気がする。それで結局、卵巣から直接卵子を採取して、体外受精したんだよ」
「わあ・・・・」
 
「でもおかげで妊娠成功」
「良かったね!」
「胚はちゃんと子宮に着床して今3ヶ月目」
「そこまで来たら、かなり安心」
 
「ちゃんと分裂開始した受精卵を8個も取ってあるらしいから、次の子もそれで行けるらしい」
 
「ああ。卵子採取は何度もはやりたくないですよね」
と阿倍子が言う。
 
「うん。私も事情あって1度やったけど、正直あまり次はやりたくないと思った」
と桃香。
 
由美を作った卵子は、桃香の卵巣から直接採取したものである。早月は人工授精なので排卵タイミングで精液を子宮に注入しただけである。
 
「あれ男は精子取るのに気持ちいい思いするのに女は卵子取るのに痛い思いするって、ずるいよね」
と千里も言う。
 
「それ、私も思った!」
と阿倍子。
 
「男も精巣に針刺して直接吸い取ればいいのに」
と桃香。
 
「賛成!」
と阿倍子。
 
「女もオナニーして卵子が飛び出して来たら便利なのに、あの針刺されるのは本当に痛いよね」
と千里。
 
「お、それぜひ神様に提案してみたい」
と桃香。
 
その内京平がトイレからすっきりした顔をして戻って来たので、この話はここまでになった。そして京平は千里の顔を見ながら言う。
 
「ねぇ、ちさとおばちゃん、あと8個くらいいい?」
 
千里も微笑んで答える。
「じゃ特別にあと8個」
 
すると京平は「わーい」と言って大トロを2皿と稲荷寿司1皿を取っていた。
 
「そうだ、ちさとおばちゃん、こないだ、ほいくしょで、けつえきがたってしらべたんだよ」
と京平は言った。
 
「へー、京平は何型だった?」
「えーがただって」
「ふーん」
「ママはなにがただっけ?」
「私はAB型だよ」と阿倍子。
「パパはなにがたなの?」
「京平のパパはB型」
「ちさとおばちゃんとももかおばちゃんは?」
「私はB型だな」と桃香。
「私はAB型だよ」
と千里が言った時、阿倍子がハッとした表情をした。
 

「しかし、京平君を引き取るとしたら、この1Kのアパートでは無理だよな」
とその日アパートに帰ってから桃香は言った。
 
「今でもよくこの狭い所に4人も住んでるなという感じよね」
と千里も言う。
 
それで桃香と千里は引越をすることにした。
 
このアパートは桃香が大学院を卒業して都内の企業に就職した時に借りたものである。千里の勤め先も都内で、その時点ではふたりは別々のアパートに住んでいた。千里のアパートは信次と結婚した時に引き払ったのだが、信次が亡くなった後、千里が復職した時、この桃香のアパートに転がり込んだ。それで由美が生まれた後は4人でここで暮らしていたのである。
 
「しかし都内は家賃が高いよ。少し離れた所にしようよ」
と桃香。
「そうだねぇ。埼玉か千葉か神奈川か」
と千里も同意する。
 
桃香と千里で最も価値観が一致するのが「安いのが好き!」ということである。
 
千葉市、さいたま市、横浜市の住宅情報雑誌を買ってきて眺めてみた。
 
「お、浦和に2DKで4万8千円のアパートがあるぞ。駅から10分」
と桃香が言ったが
「そこ、来年火事で焼けるからダメ」
と千里が言う。
 
「うーん。武蔵小杉駅から歩いて9分。2DKで3万8千円」
「そこは年末にガス爆発に巻き込まれる」
 
「都賀駅から歩いて12分。2DK+Sで2万8千円。これかなりお買い得っぽい」
「そこは来年来る地震の後、雨漏りが酷くて居住困難になる」
 
「戸塚駅から歩いて14分、3DKで2万円。超格安!」
「そこはシロアリの被害が凄まじくて2年後に自然崩壊する」
 
「・・・・」
「どうしたの?」
「千里、なぜそういう先のことが分かる?」
「さあ。私なんかポンポン予言してたね」
 
「自分でもなぜか分からないのか!?」
「うん」
 
「来年地震来るの?」
「うーん」
と言って千里は斜め上の方を見る。
 
「その地震は死者が出るほどのものではないって」
「今誰に聞いた?」
「えへへ」
 

千里は、さいたま市の情報誌をめくっていて1つの物件に目を留める。
 
「ここはどうだろう?」
「うん?」
「浦和駅から歩いて5分。3DKで家賃10万円」
「高い!」
「この値段なのにオートロックで、追加料金は居るけど居住者用の駐車場がある。ふつうこのクラスは20万円するんだけど、ここは築年数が古いから安いんだよ」
「10万円で安いのか〜?」
「いや、男の子と女の子を育てるんなら、同じ部屋に入れられないから3DKでないと無理」
「う・・・・。面倒くさいなあ。京平君、性転換しちゃったらダメか?」
「だめ」
「どっちみち1部屋に子供3人は厳しいよ」
「確かになあ。私と千里の寝室も必要だし」
「子供がそばに寝てる所でHできないよね」
 
「確かにそれはある。しかし家賃10万円なんて払えないぞ」
「大丈夫だよ。そのくらい頑張って稼ぐよ。私、巫女に戻ったし」
「巫女って、そんなに儲かるのか?」
「巫女ではもうからないけど、巫女の副業だね」
「ふむふむ」
 

結局千里たちはこのマンションを借りることにした。
 
6月8日の月曜に5年間住んだアパートから引っ越す。平日に引っ越したのは、その方が運送屋さんが安くなるからである! タンスや食器棚・机やテーブルなど大型の家具を運送屋さんに設置してもらい、その後すぐ使う食器や寝具などの梱包を解いたところで、阿倍子に連れられて京平がやってきた。
 
取り敢えず、引越祝いを兼ねて焼肉をする。桃香−早月−千里−京平−阿倍子とテーブルを囲んで座って、お肉を焼いた。京平は美味しい美味しいと言って、たくさん食べる。
 
「焼肉ってひさしぶり〜!」と京平。
「そうだね。2ヶ月ぶりくらいかな」と阿倍子。
「僕、マクドも食べたいけどなあ」
「ごめんねー。なかなか連れていってあげられなくて」
 
「京平、《お姉ちゃん》が明日マクドナルドに連れて行ってあげようか」と桃香。
「ほんと?わーい! 《ももかおばちゃん》、ありがとう」
 
桃香が一瞬ムッとしたが、千里は苦しそうにしている。
 
「だったら、今日は京平ここに泊まる?」
「うん」
と言ってから、京平は少し心細そうに
「ママも泊まるの?」
と阿倍子を見て言う。
 
「うん。私も泊まろうかな」
 
「京平君、今日は私のそばで寝ない?」
と千里がいうと
 
「うん。ちさとおばちゃんと一緒なら寝てもいいかな」
と京平は嬉しそうに言った。
 

翌日、早月と由美を友人の朱音に預かってもらい、4人で近隣の遊園地に出かけた。マクドナルドで朝御飯を食べてから園内に入る。主として桃香と京平でジェットコースターやボート、お化け屋敷やボールプールなどで遊ぶ。桃香はほんとに童心に返ったかのようであった。
 
「なんか京平以上に桃香さんが楽しんでいる気が」
「あの子実は子供なんですよ」
「男の人で童心を強く残している人はよくいるけど、女性では珍しいですね」
「ええ。女の子は成長して女になるけど、男の子って30になっても40になっても男の子のまま」
 
と言って千里はふたりの様子を見ながら言う。
 
「しかし・・・・」
「はい?」
「桃香、京平君のお父さんみたい」
 
「思った!」
と阿倍子も言った。
 

そして阿倍子は唐突に話し始めた。
 
「こんな段階になって話すことじゃないんだけど・・・」
「どうしたの?」
と千里は尋ねる。
 
「ね、千里さん、もしかして京平の遺伝子上の母親じゃないよね?」
 
千里は阿倍子の顔をじっと見たまま何も答えなかった。
 
「貴司から聞いてない?実は私、卵子が卵巣の中で育たない病気なんだよ。子宮はしっかりしてるんだけど。それで卵巣から直接卵子を採取して人工培養を試みたんだけど、それもどうしても育ってくれなくて」
「・・・・」
 
「それで貴司は子供なんていなくても、僕はずっと君を愛してるって言ってくれたんだけどね」
と阿倍子。
 
「大嘘つき」と千里。
「全く!」と阿倍子。
 
「それで第三者から卵子の提供を受けて、それを体外受精して私の子宮に受精卵入れてという治療する案が出た。ところが、私には姉妹も従姉妹もいないしさ。うちの母ちゃんの卵子で試してみたけど、さすがに年を取りすぎで」
「・・・・・」
 
「私、あまり友だちもいないんだよ。中学2年まで海外で暮らしていたけど、帰国後、中学でも高校でもずっといじめを受けていたし、OLしてた時も人間関係が悪くて。正直、腹を割って話ができた女の人は、千里さんが初めてなんだよ」
「・・・・・・」
 
「それで卵子提供者のあてがなくて、医者はだったら、ボランティアの人に頼みましょうか?と言ったんだけど、貴司がそれなら見ず知らずの人に頼むより、自分の知り合いの女性に頼んでみると言って。うまい具合に私と同じ血液型の知り合いで、こういうことを頼める人がいるからと言って。。。。私はその女性とは顔も合わせてないんだけど」
「・・・」
 
「考えてみたら、貴司が京平をしばしば千里さんに会わせていたこと、京平ってだいたい人見知りしやすいのに、なぜか千里さんにはよくなついていたことも考えると、もしかして千里さんって実は京平のお母さんなんじゃないかって気がして・・・というか、実は以前からずっとそんな気がしてて。だから京平にとっては最も預かってもらうのにふさわしい人じゃないかと思って」
「・・・・」
 
「こないだ桃香さんと3人で体外受精の話した時、あれ?桃香さんも千里さんも、卵子を採取されたことがあるんだな、と会話してて思ったんだよね。それで私は確信した」
「・・・・・」
 
阿倍子は言葉を切ってから3分くらい沈黙していた。
 
「そんなだから、貴司が千里さんのこと、実は元男の子でチームメイトだったんだよなんてふざけた嘘つくのがむかついて」
 
千里はつい吹き出してしまった。そして言った。
 
「まあ実際、私と貴司は同じチームになったことはないよ。中学の時は貴司は男子バスケ部で私は女子バスケ部だったし、高校は別の所だったからね」
「ですよね」
 
「でもさ。京平は間違いなく阿倍子さんがお腹を痛めて産んだ子だよ。それでいいんじゃないの?」
と千里は言う。
 

阿倍子はどっと緊張が解けるような顔をした。
「そうだよね。私が産んだのは間違い無いんだもん」
と自分を励ますかのように言った。
 
「産む時も物凄い難産で2日苦しみ続けて最後は帝王切開だったし。しかもお産の後で私、血圧が急低下して死にかけたらしいし」
「ほんと大変だったんだね」
 
そして最後にこんなことを言った。
「千里さん、貴司とは何度もセックスしてるよね?」
「うん。阿倍子さんとの婚約前だけどね」
「ふーん」
 
と言った阿倍子の表情の意味を千里は読みかねた。
 

京平は自分の扱いについて、悟っていたようであった。
 
千里は夕方京平に言った。
「京平、良かったらずっと私と一緒にこの町で暮らさない?」
 
京平は少し考えているようであった。
「いいよ。マクドナルドにつれていってくれるなら」
「うん。連れていくよ」
 
「ママは、どうするの?」
と京平は母を見ずに訊いた。
 
「ママは時々京平の様子を見に来てくれると思うよ」
「分かった。じゃ、僕、千里おばさんちに居てもいいよ」
「よしよし」
 
と言って千里は京平を抱きしめた。
 
「ママは、はるやすおじさんとこにいくんだよね?」と京平。
「うん。ごめんね」と阿倍子。
「ママ、お嫁に行っちゃうんだよ」と桃香が言う。
 
「じゃ、しかたないね。けんたやかずみのママになってあげるの?」
「うん。でも私、京平のママでもあるからね」
「だったらいいよ。ママ、げんきでね」
 
京平がそう言ったのを、阿倍子は泣いて抱きしめた。
 

東京駅で神戸に帰る阿倍子を3人で見送った。阿倍子はまた京平をハグしてから、列車に乗っていった。
 
京平は笑顔で手を振って阿倍子を見送った。
 
新幹線の車体が消えていくのを見て千里が呟く。
「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森の恨み葛の葉」
 
「何何?」と桃香が訊くが「何でも無い」と千里は微笑んで答えた。
 
「ちさとおばちゃん、きょう、いっしょにねていい?」
「うん。一緒に寝ようよね」
「ゆみちゃんは?」
「由美は早月と一緒に桃香おばちゃんのそばで寝るよ」
 
「ももかおばちゃんも、ちさとおばちゃんも、おっぱいでるんだね。おんなのひとって、おおきくなると、おっぱいでるの?」
「赤ちゃんを産んだ人だけが出るんだよ」
「へー」
「早月は桃香おばちゃんが、由美は千里おばちゃんが産んだからね」
「ふーん」
 
「京平、早月と由美を妹だと思ってあげてくれない?」
「いいよ。じゃ、ぼくさつきとゆみのおにいちゃんになってあげる」
「よしよし」
 
千里は京平の頭を撫でて一緒に早月たちを迎えに行った。
 

「でもぼくは、おとこのひとになるの?」
「そうだね。女の子は女の人になるし、男の子は男の人になるよ、普通」
「おとこのこがおんなのひとになることないの?」
「たまにあるよ。お医者さんに行ってちょっと手術してもらうんだよ」
 
「へー。しゅじゅつするのか。ほいくしょの、みちるちゃんのおにいさんがおんなのひとになって、おねえさんになったんだよといってたから」
 
まあ最近そういうの多いよね。
 
「京平、女の人になりたい?」
「さつきやゆみがおっぱいすってるのみていいなあとおもって。ぼくもおっぱいあげられたらいいのに」
「京平はおっぱいを自分で吸いたいんじゃないの?」
「違うよ!」
と京平は少し怒ったように返事した。結構図星だったっぽい。
 
「でも男の子が女の人になるには、手術で、おちんちん取っちゃわないといけないよ」
「あ、それはいやだなあ。ぼくおちんちんなくなったらこまる」
 
と言ってから京平は
「おんなのこはおちんちんないけど、おしっこどうするの?」
などと訊く。
「ちゃんと、おしっこが出てくる穴があるんだよ」
と千里は答える。
「へー。あなからおしっこがでるのか。うんこでるところとはべつ?」
「うん。べつの場所だよ。京平、やはり女の子になってみる?」
「うーん。おっぱいはほしいけど、おちんちんはなくしたくないし」
「ふふふ」
 
「でも京平、スカートとか穿いてみたいとは思わない?」
と桃香が言う。こらこら。
 
「いちど、ママからはいてみる?っていわれて、かってもらったことあるけど、ほいくしょにはいていったら、ともだちから、からかわれた」
と京平。
 
「別にからかうことないのにね」
「男の子がスカートくらい穿いてもいいと思うよ」
「ふーん。はいてもいいのかなあ」
「じゃ、今度買ってあげるよ」
「うん」
 
と京平が嬉しそうに答えるのを見て、困ったなあと千里は思った。
 

京平との生活が始まってから一週間。京平は結構早月と由美の面倒を見てくれた。早月の遊び相手になってやっているし、ひらがな・カタカナが読めるので絵本を読んであげたりもしている。でもおやつの取り合いで喧嘩したりもする。
 
また由美のおむつを替えてくれたりもしていたが、由美のおむつを替えてあげていると、当然見ることになる「女の子のお股」にも興味津々な様子である。
 
「このわれめのなかにおしっこでてくるところあるの?」
「そうだよ。でもあまりじろじろ見るもんじゃないよ。京平だって女の子におちんちん、じろじろ見られたくないでしょ?」
「みられたくなーい!」
「だったら、あまり見ないようにね」
「でもめをつぶってはおしめかえられないよ」
「あまりじろじろとは見なきゃいいんだよ」
「そっかー」
 
「でも、うんこしてた時に、割れ目ちゃんにうんこが少し付いてたりしたら、それは取ってあげてね」
「うん、そのときは、われめちゃん、あけてもいいの?」
「開けていいけど優しくね。京平がおちんちん触られるのと同じくらい感じるから、荒々しくは触られたくないでしょ?」
「うん。ぼくやさしくあけてあげるよ」
 
優しく開けるんじゃなくて、優しく拭くのだけどと思ったが、まあいいかと思った。
 

水曜日、木曜日と大阪に帰ってから毎日電話して来て京平と話していた阿倍子だったが金曜日は電話がなかった。京平が寂しそうにしているので千里は声を掛ける。
 
「ママも忙しいし、電話を掛けられない日もあるよ」
「うん。ぼくへいきだよ」
 
と答えてから京平は少し語り出す。
 
「こないだからね。ママが、ちさとおばちゃんのことすき?とか、もしママがいなくなったら、ひとりででもやっていける?とかきくからさ。ぼく、きっとちさとおばちゃんのところにいくのかな、とおもったんだよね」
 
「そうだね。ママは最初、賢太くんたちの所に京平も連れて行くつもりだったんだけどね」
 
「ぼくが、けんたとけんかばかりしてたからかなあ」
「まあ、男の子同士喧嘩しちゃうのは仕方無いけどね」
「だって、あいつ、なんかむかつくんだよ」
「そんな相手もいるかもねー」
 
「だから、ぼく、ちさとおばちゃんといっしょなら、ママがいなくなってもがまんしようとおもったんだ」
「京平は偉いね。おとなだね」
「えへへ」
 
と笑ってから京平は言った。
「でもちょっと寂しいかも」
 
千里は京平を抱きしめた。
「私のことも、ママと思っていいからね。ママとかお母さんとか呼んでもいいよ」
と千里が言うと
「じゃ、おかあさんって言っちゃおうかな」
と京平。
「うん」
「じゃ、おかあさん、よろしく」
「こちらもよろしくね」
 
「ちさとおばちゃんがおかあさんだったら、ももかおばちゃんはおとうさんと呼んでいい?」
と京平が言う。
 
そばで由美におっぱいをあげていた桃香は、思わぬ展開に咳き込むが
「ああいいよ。じゃ私はおとうさんで」
というと、京平は
「わーい!」
と嬉しそうにしていた。
 
「でも京平連れて温泉なんかに行ってて、京平からお父さんとか呼ばれたら、温泉のスタッフさんから『あなたちょっと来て』とか言われたりして」
と千里。
 
「いや、その手のエピソードは別に子連れでなくても、過去にあるから気にしない」
と桃香。桃香はOL時代は自粛して長めの髪にしていたものの、大学生時代もずっと短髪だったし、今もかなりの短髪である。
 
「女湯で咎められたら男湯に入ったの?」
「それはさすがに無理。裸になって女だというのを確認してもらった」
「なーんだ」
 
「千里は中学生くらいの頃、温泉や銭湯で『あんたちょっと』とか言われたことはないか?」
 
「中学生の頃はさすがにそういうのはないけど、小学生の時は男湯に入ろうとして『混浴は幼稚園まで』と言われて、つまみだされたことある」
 
「ふむふむ。やはり男湯から摘まみ出されるのか? その後どうしたの?」
「しかたないから女湯に入ったよ」
「やはりね〜。中学の頃にそういうのが無かったというのは、千里が男湯には入ろうとしなかったからなのかなあ、女湯には入ろうとしなかったからなのかなあ」
 
「私、小学3年生以降は男湯には入ってない」
「なるほどねぇ」
と言って桃香は楽しそうであった。京平は不思議そうな顔をしていた。
 

京平が千里たちの所に来てから半月後の21日(日)大安。阿倍子が新しい彼氏と結婚式を挙げた。どちらも再婚だしということで、ごく親しい友人だけを招いた質素な結婚式だった。
 
これに千里と桃香は3人の子供を連れて赴いた。
 
子供の世話もあるので、結婚式・披露宴自体には出席しなかったのだが、京平に母の花嫁姿を見せるのが主目的であった。
 
「ママ、びじんになってる」
と京平は明るく言って、阿倍子はその言葉に涙していた。
 
でもロビーで待っている最中に早速賢太と喧嘩していた。全く! 本当に相性が悪いのだろう。
 
でも披露宴で新郎新婦に花束を渡すのは、その京平と賢太にやらせた。さすがにふたりとも、この役目をする間は喧嘩は自粛していた。早月と一美は何だか仲良くしていた。女の子はやはり「取り敢えず仲良くしてみる」というのが得意な子が多いようだ。
 
阿倍子のお母さんから声を掛けられた。
「京平を預かってくださることになって、私、挨拶にも行かずにごめんなさい」
 
「いえいえ。京平君に会いに、気軽に出て来てくださいね。住所は阿倍子さんから伝わってるとは思いますけど、念のため」
と言って、千里は友人に出した転居通知のハガキを1枚、お母さんに渡した。
 
「子供2人子育て中だったので、もうひとりくらい行ける行けるというので、預かることにしたんですよ。それに京平君って、なぜか小さい頃から私に結構なついていたんですよね」
 
「貴司さんが阿倍子と結婚しているのに、あなたと時々会って、京平とも一緒に遊ばせていた神経が理解できませんでした」
とお母さん。
 
「阿倍子さんにも言いましたけど、私は貴司が阿倍子さんと婚約するまでは競いあったけど、貴司が阿倍子さんを選んでふたりが婚約した後は、離婚するまでの間、一度も貴司とはキスもセックスも決してしてませんから。それに阿倍子さんの見てない所では京平君にも会ってませんよ」
と千里は言った。
 
「今となってはそれを信じていい気がします」
とお母さん。
 
「でも、まんまと美映さんに横取りされて、悔しい!と思ったんですよ」
と千里。
 
「私もまさか第三の女が出てくるとは思いも寄りませんでした」
とお母さん。
 
「でもあなた、離婚まではって言ったけど、その後貴司さんとは?」
「阿倍子さんが離婚した時はこちらは別の男性との結婚を決めていた時期でしたから。でもあれは瞬速すぎて、知った時には終わってました」
「私もほんとにびっくりしたわ」
「ってか貴司って女性関係がルーズですよね」
「全く」
 
「ただ、あいつ、見知らぬ女性とはできないみたい。愛してもいない女の前ではそもそも立たないらしくて。風俗とか行ったことないというのは本当みたいですよ」
「でもこれだけ浮気されてはね」
 
「だいたいひとりの女性との関係が長続きしないタイプみたい。私とは中学生の時からだから、既に腐れ縁ですけどね」
「なるほどねえ」
 
それでお母さんは、近い内に一度お伺いしますねと言って別れた。
 

「千里、貴司君が阿倍子さんと婚約するまでは競いあったという件について少しツッコミを入れたいのだが」
と桃香がいう。
 
「ごめーん。桃香ちゃんと愛してるからね」
「貴司君と阿倍子さんが婚約したのっていつ?」
 
千里は少し疲れたように微笑んだ。
 
「2012年の7月8日。私が性転換手術を受ける10日前。貴司と阿倍子さんは年明けの1月に最初結婚する予定だったのが、阿倍子さんのお父さんが亡くなったので、喪が明ける2013年7月まで入籍挙式は延期したんだよ」
 
「するとそれって私と千里が結婚式をあげたのより前か」
「そうだよ」
 
千里と桃香は2012年の9月9日大安に結婚式を挙げている。
 
「だったら許してやる」
「ありがとう」
と言って千里は桃香に素早くキスをした。
 
「だったら手術前日に千里のおちんちんに触っておいて良かった。あれに触ったのはあれで私が最後になったんだな」
「私、お医者さんを除いては、桃香以外におちんちん触らせてないよ」
「貴司君には触らせてないわけ?」
「私貴司には一度も見せてないし触らせてない。彼はホモじゃないから、おちんちんなんか見たら萎えちゃうと思うよ」
 
と言ってから千里はそのあたりはちょっと怪しいけどねと心の中で付け加える。もっとも貴司は男の子の恋人を作ったことはないはずだ。自分の知る限りは。ニューハーフさんのガールフレンドは2度作ったことがあるが、ふたりともPost-op(性転換手術済)だったし、かなり女性的な人だった。
 
桃香は少し考えている。
 
「千里って貴司君と中学生の時から付き合ってたんだったよな?」
「うん。中1のゴールデンウィークに遊園地で知り合ったんだよ」
 
「やはり、千里、小学生のうちに性転換してたんだろ?」
「だったら桃香と一緒にタイに行って私は何したのよ? それに確かに前夜に私のおちんちん舐めてくれたでしょ?」
「どうもそれが謎なんだよなあ」
「ふふ」
 
「しかしあの時期ちょっと沈んでいるふうだったのは、貴司君が結婚してしまったからだな?」
「それもごめーん」
 
「でも千里は自分で立ち直れる女だ」
「うん。立ち直ったよ」
「ミラを買った後、ずいぶん乗り回してたよな?」
 
「うん。一時、車を運転する自信も無くしてたんだけど、軽くらいなら運転できるかもと思って、あのミラ衝動買いして、青森から鹿児島まで走り回ったから」
 
「よくミラでそんなに走るもんだ」
「おかげで吹っ切れたけどね」
「去年の春に全国走り回ったのも似たようなものか?」
「ある意味似てるかもねー」
 
「ところであのミラ、今年も車検すんの?」
「うーん。そろそろさすがに限界かも知れない。最近エンジンの調子がおかしいんだよね」
「千里、いっそミニバン買わないか?」
「そうだね。ミニバンがあると今回みたいな遠出も車で来れるね」
 
アテンザの後部座席に由美のベビーシートと早月のチャイルドシートを取り付けるとそれだけで後部座席は埋まってしまうので京平を乗せられないのである。それで今回は新幹線で来たのだが、新幹線で赤ちゃん連れの移動はまた大変だった。
 

それで月曜日には千里たちは自動車屋さんにやってきた!
 
千里は桃香に比べてだいたい決断が遅く、いつまでもぐだぐだしていることが多いのだが「戦闘モード」になっている時は凄く素早い。
 
早月・由美をタンデムのベビーカーに乗せて桃香が押し、京平は千里が手をつないで行ったのは日産の販売店である。
 
「チャイルドシートを3つ取り付けられる車を探してて、何人か車に詳しい人や、子供2人以上抱えているママさんとかに相談したら日産のセレナを推薦する人が多かったんですよ」
と千里は言うと
 
「ええ。セレナにチャイルドシート3つ取り付けている方はおられます」
と応対してくれた店長さんが言った。
 
「某社のミニバンに3つチャイルドシートを取り付けておられる方も聞いたのですが、その方は、助手席、2列目、3列目に1個ずつ左右互い違いに付けて、奥さんが2列目の横に乗ると言っておられたんです。でも助手席のチャイルドシートは危険ですよね」
と千里。
 
「はい大変危険です。エアバッグが開いた衝撃で死亡する事故が起きています。どうしても取り付けたい場合はエアバッグのヒューズを抜いたりして作動しないようにする必要がありますが、それでも助手席という位置は車の中で最も危険な座席なので、そこにお子様を乗せるのは推奨できません」
と店長さん。
 
「セレナなら、2列目と3列目に2個ずつ最大4個取り付けても大丈夫だと言っていた人がいたので」
 
「やってみましょう」
 
ということで、実際にセレナの2列目と3列目に2個ずつチャイルドシートを設置してみた。
 
由美を3列目のチャイルドシートに乗せてから、
「京平、早月、ちょっと2列目に座ってみて」
と言って2人も実際に座らせてみる。
 
「けっこう余裕ありますね」
と千里。
 
「今荷室が狭いですが、上のお子様が成長なさった場合はチャイルドシートが不要になるので、余計ゆとりが出ると思います」
と店長さん。
 
「まあ、これでシルクロードを横断するのでなければ大丈夫だな」
と桃香。
 
 
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