【女たちの親子関係】(1)

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2020年の春は慌ただしく始まった。
 
この年の2月。ローズ+リリーの政子が自宅の敷地内に離れを建設し始めた。
 
「そこで大林さんと暮らすの?」
とその直後にクロスロードのメンバーに訊かれた政子は「えへへ」などと笑っていたので、その時期は本人も当時交際中であった俳優の大林亮平と結婚して、そこで暮らすつもりなのだろうと、みんなが思っていた。
 
ところがである。
 
「別れた〜〜〜!?」
「なんで?」
と友人達が驚きの声をあげたのに対して
 
「うーん。別に男と別れるのに理由は無いよ」
と政子は言った。
 
「政子にしては今回長続きしてるなとは思っていたんだけどね」
と相棒の冬子は言う。
 
政子と大林亮平の交際は、大林が出演するドラマの主題歌をローズ+リリーが歌ったのをきっかけに始まったのだが、番組の撮影終了とともに交際も終了してしまったようであった。
 
「妊娠してるんでしょ? 赤ちゃんどうすんの?」
「産むよ〜。予定日は10月。来年の2月までライブは休業」
「ああ。また白髪が増える人たちがいるな」
「離れは〜?」
「建てるよ。恋人連れ込むのに便利」
「まだ彼氏を作るつもりなのか!?」
「だって妊娠中は避妊の必要無いし」
「それ男の論理だ!」
 

(2020年)1月18日(土)、千里は思わぬ人から連絡を受ける。東京に出て来ているというので会いに行く。
 
阿倍子は京平を伴ってショッピングセンター内の待ち合わせ場所にやってきた。
 
「ちさとおばちゃん、こんにちは〜」
「こんにちは〜。元気そうだね」
と言って、千里はいつものように京平の頭を撫で撫でする。
 
「うん。ぼくげんきだよ」
と京平も答える。
 

京平をボールハウスで遊ばせておいて、ふたりで近くの喫茶コーナーに入る。ここからボールハウスが見えるので親としては安心である。
 
「どうかしたの? 何か深刻な悩みっぽい」
「実は京平のことなんだけど」
と言って阿倍子は話を始めた。
 
「私、実は再婚することにしたのよ」
「おめでとう!!」
「向こうも×1(ばついち)なんだけどね」
「まあ、いいんじゃない? 私なんて×2(ばつに)だ」
 

「それでね。私が結婚する相手だけど、子供が3人居るんだよ」
「へー。子供を奥さんが引き取ったんじゃないんだ?」
「色々事情があったみたい。それでその子たちは私になついてくれた」
「それは良かった、良かった」
 
「ところが京平と合わないみたいなんだよ」
「うーん・・・・」
 
「何度か京平をその子たちと一緒に遊ばせたんだけど、必ず最後は喧嘩で終わる」
「困ったね」
「京平も我が強いから」
「京平君、きちんとしたのが好きだから、子供特有の悪戯みたいなのが我慢できないんだよ」
「うん。そのあたりもあるみたい。向こうの一番上の子とかなりやりあってるんだよね」
「向こうは何歳?」
「5歳・3歳・2歳」
「その5歳と《お兄ちゃん争い》しちゃうのかな。あっと、子供は男・女・男だっけ?」
「千里さんって、そういうの良く分かるね!」
と阿倍子は感心したように言う。
 
「それでいっそ、京平を貴司に託そうかとも思ったんだよ」
「なるほど」
 
「貴司と京平は会う度に仲良くしてるし。ちょっと保志絵さん(貴司の母)に打診してみたら、京平が貴司の所に来るのは大歓迎というんだよね」
 
「まあ、保志絵さんとしては、京平が阿倍子さんの元に居るのよりは会いに来やすくなるよね」
 
「うん。それでそれ考えてみていたんだけど、私、京平を美映さんには託したくないと思ってさ」
「ああ。その気持ちは分かる」
 
「貴司を横取りされたのに、その相手に京平まで渡したくないよ」
「それやると完璧な敗北だもんね」
「そうなのよ! 自分が物凄く落ち込みそうでさ」
「うん。落ち込むと思う」
 
「それで思ってたんだけど、千里さんに託せないかなと思って。京平も千里さんには小さい頃からなついていたし」
 
千里はそういうことかと理解した。1分ほど考えた。阿倍子はじっと待っていた。
 
「私は構わないよ。うちは3歳と1歳で女の子だけだから、京平君としては《妹たちのお兄ちゃん》になれて楽しいかも」
 

それで千里は阿倍子と別れた後、新幹線で高岡に移動し昨年末の(新人アナウンサーになる青葉の家がテレビに映るという話になって桃香・千里を高岡に呼んで実施した)“大掃除”以来実家に居座っている桃香と会って、京平の引取について相談した。
 
桃香が
「で、何? 大事な相談があるって。ティラノザウルスでも飼育したいとか?」
と言う。
 
「ああ。ティラノ並みに破壊力あるかも」
「うそ!?」
 
千里は桃香に、阿倍子の再婚と子供の件を話した。
 
「話は分かった。京平君の名前は聞いていた。でも私は京平君と直接会ったことが無いから、彼と仲良く出来るかどうかを試してみてから考えさせてくれ」
と桃香は言った。
 

そこで、翌日1月19日(日)、阿倍子に京平を連れて金沢に来てもらい、桃香とデートさせた。結果は良好で桃香は京平と仲良くなった。
 
金沢でのデートの後、阿倍子と京平を連れて高岡に戻り、早月・由美に会わせたが、早月たちはすぐ京平と仲良くなった。
 
そこで千里たちは阿倍子の再婚にあわせて京平を引き取ることにしたのである。
 

「しかし、京平君を引き取るとしたら、経堂の1Kのアパートでは無理だよな」
と翌日(1.20)、阿倍子たちが神戸に戻った後、桃香は千里に言った。
 
「9月までもよくあの狭い所に4人も住んでいたなという感じよね」
と千里も言う。
 
(千里・桃香・早月・由美の4人が経堂のアパートで暮らしたのは2019.1.22から2019.9.12までの期間で累計約6ヶ月間である。↓参照)
 
01.22-4.07 4人で暮らす
04.08 千里は岡山出張
04.09-18 千里が編曲・作曲作業で由美とホテルに籠もり、桃香と早月は季里子宅
04.19-30 千里は由美を季里子に預けて全国走り回る
05.01-6.16 4人で暮らす(但し坂東33ヶ所している間は千里は留守→その間は季里子の所に避難)
06.17-6.26 千里と由美が西国33ヶ所を巡る(またもや季里子の所に)
06.27-9.12 4人で暮らす
09.13-15 玲羅の結婚式で北海道へ
09.16-10.20 千里1がお遍路。その間桃香は早月・由美と一緒に高岡に滞在
10.21-10.29 高岡に4人で滞在
10.30-12.19 水害の影響で千里は早月・由美と一緒に康子の家で過ごす。桃香は経堂で季里子の両親と同居
12.20-01.04 大掃除のために高岡に呼ばれそのまま居座る
01.05 千里1+3が東京に戻る。
 

それで桃香と千里は引越をすることにした。
 
経堂のアパートは桃香が大学院を卒業して都内の企業に就職した時に借りたものである。千里の勤め先も都内で、その時点ではふたりは別々のアパートに住んでいた(桃香:経堂、千里:用賀)。千里のアパートは信次と結婚した時に引き払ったのだが、信次が亡くなった後、千里が復職した時、この桃香のアパートに転がり込んだ。それで由美が生まれた後は4人でここで暮らしていたのである。
 
「しかし都内は家賃が高いよ。少し離れた所にしようよ」
と桃香。
「そうだねぇ。埼玉か千葉か神奈川か」
と千里も同意する。
 
桃香と千里で最も価値観が一致するのが「安いのが好き!」ということである。
 

その日の午後、早月・由美を朋子に託して高岡に置いたまま千里と桃香の2人だけで新幹線で東京に戻る。2人で手分けして、千葉市、さいたま市、横浜市、川崎市、の住宅情報雑誌を買ってきて、一旦経堂のアパートで落ち合い、眺めてみた。
 
「お、浦和に2DKで4万8千円のアパートがあるぞ。駅から10分」
と桃香が言ったが
「そこ、来年火事で焼けるからダメ」
と千里が言う。
 
「うーん。武蔵小杉駅から歩いて9分。2DKで3万8千円」
「そこは年末にガス爆発に巻き込まれる」
 
「都賀駅から歩いて12分。2DK+Sで2万8千円。これかなりお買い得っぽい」
「そこは来年来る地震の後、雨漏りが酷くて居住困難になる」
 
「戸塚駅から歩いて14分、3DKで2万円。超格安!」
「そこはシロアリの被害が凄まじくて2年後に自然崩壊する」
 
「・・・・」
「どうしたの?」
「千里、なぜそういう先のことが分かる?」
「さあ。私なんかポンポン予言してたね」
 
「自分でもなぜか分からないのか!?」
「うん」
 
「来年地震来るの?」
「うーん」
と言って千里は斜め上の方を見る。
 
「その地震は死者が出るほどのものではないって」
「今誰に聞いた?」
「えへへ」
 

千里は、さいたま市の情報誌をめくっていて1つの物件に目を留める。
 
「ここはどうだろう?」
「うん?」
「浦和駅から歩いて5分。3DKで家賃10万円」
「高い!」
「この値段なのにオートロックで、追加料金は居るけど居住者用の駐車場がある。ふつうこのクラスは20万円するんだけど、ここは築年数が古いから安いんだよ」
「10万円で安いのか〜?」
「いや、男の子と女の子を育てるんなら、同じ部屋に入れられないから3DKでないと無理」
「う・・・・。面倒くさいなあ。京平君、性転換しちゃったらダメか?」
「だめ」
「どっちみち1部屋に子供3人は厳しいよ」
「確かになあ。私と千里の寝室も必要だし」
「子供がそばに寝てる所でHできないよね」
 
「確かにそれはある。しかし家賃10万円なんて払えないぞ」
「大丈夫だよ。そのくらい頑張って稼ぐよ。私、巫女に戻ったし」
「巫女って、そんなに儲かるのか?」
「巫女ではもうからないけど、巫女の副業だね」
「ふむふむ」
 

結局千里たちはこのマンションを借りることにした。不動産屋さんに行き、現物を見て確認した上で即契約した。情報誌で見た時は6階が空いているということだったのだが、そこは埋まっていたものの8階に新たな空きができているということでそこを契約した。2月3日以降入居できるということだったので、2月3日付けの契約とした。
 
桃香と千里は1月25日にも神戸に行き京平とデートした。
 
2月4日(火)に引越をおこなった。女2人だけでは大変かとも思ったのだが、千里のバスケ関係の友人が4人来てくれて、バスケ女子なので全員男並みの筋力があり、千里が持って来た4トントラックに2時間で荷物を乗せ、さいたま市まで千里が運んで(友人たちはアテンザで移動)、現地で2時間で荷物を運び入れてくれた。千里は友人たちに焼き肉屋さんの御食事券を8枚渡していた。
 
「お友達とかも呼ぶの?」
と桃香が尋ねたが
「彼女たちが1人で2人前食べるんだよ」
と千里は説明した。
 
「さすがバスケ女子!」
 

友人たちがタンスや食器棚・机やテーブルなど大型の家具を桃香がマークしていた位置に置いてくれているので、桃香と千里の2人ですぐ使う食器や寝具などの梱包を解いた。
 
翌日(2.5)、お昼頃、朋子が早月と由美を連れて浦和まで出て来てくれた。そして午後に阿倍子に連れられて京平がやってきた。
 
取り敢えず、引越祝いを兼ねて焼肉をする。桃香−早月−朋子−千里−京平−阿倍子とテーブルを囲んで座って、お肉を焼いた。京平は美味しい美味しいと言って、たくさん食べる。
 
「焼肉ってひさしぶり〜!」と京平。
「そうだね。2ヶ月ぶりくらいかな」と阿倍子。
「僕、マクドも食べたいけどなあ」
「ごめんねー。なかなか連れていってあげられなくて」
 
「京平、《お姉ちゃん》が明日マクドナルドに連れて行ってあげようか」と桃香。
「ほんと?わーい! 《ももかおばちゃん》、ありがとう」
 
桃香が一瞬ムッとしたが、千里は苦しそうにしている。
 
「だったら、今日は京平ここに泊まる?」
「うん」
と言ってから、京平は少し心細そうに
「ママも泊まるの?」
と阿倍子を見て言う。
 
「うん。私も泊まろうかな」
 
「京平、今日は私のそばで寝ない?」
と千里がいうと
 
「うん。ちさとおばちゃんと一緒なら寝てもいいかな」
と京平は嬉しそうに言った。
 

翌日(2.6)、早月と由美を朋子に見ていてもらい、4人で近隣の遊園地に出かけた。マクドナルドで朝御飯を食べてから園内に入る。主として桃香と京平でジェットコースターやボート、お化け屋敷やボールプールなどで遊ぶ。桃香は今回もほんとに童心に返ったかのようであった。
 
「こないだもだったけど、なんか京平以上に桃香さんが楽しんでいる気が」
「あの子実は子供なんですよ」
「男の人で童心を強く残している人はよくいるけど、女性では珍しいですね」
「ええ。女の子は成長して女になるけど、男の子って30になっても40になっても男の子のまま」
 
と言って千里はふたりの様子を見ながら言う。
 
「桃香さんってほんとに純真な心を持ってるんですねぇ」
 
「桃香は実は“男の子”なんですよね」
と千里が言う。
 
「あ、思った。“女の子”に返ったんじゃなくて“男の子”に返ってますよね?」
「だいたい昔から男の子の中に埋没してたらしいですよ」
 

京平は自分の扱いについて、分かっていた。
 
千里は夕方京平に言った。
「京平、良かったらずっと私と一緒にこの町で暮らさない?」
 
京平は少し考えているようであった。
「いいよ。マクドナルドにつれていってくれるなら」
「うん。連れていくよ」
 
「ママは、どうするの?」
と京平は母を見ずに訊いた。
 
「ママは時々京平の様子を見に来てくれると思うよ」
「分かった。じゃ、僕、千里おばさんちに居てもいいよ」
「よしよし」
 
と言って千里は京平を抱きしめた。
 
「ママは、はるやすおじさんとくらすんだよね?」
と京平。
「うん。ごめんね」
と阿倍子。
「ママ、お嫁に行っちゃうんだよ」
と桃香が言う。
 
「じゃ、しかたないね。けんたやかずみのママになってあげるの?」
「うん。でも私、京平のママでもあるからね」
「だったらいいよ。ママ、げんきでね」
 
京平がそう言ったのを、阿倍子は泣いて抱きしめた。
 

東京駅で神戸に帰る阿倍子を3人で見送った。阿倍子はまた京平をハグしてから、列車に乗っていった。
 
京平は笑顔で手を振って阿倍子を見送った。
 
新幹線の車体が消えていくのを見て千里が呟く。
「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森の恨み葛の葉」
 
「何何?」と桃香が訊くが「何でも無い」と千里は微笑んで答えた。
 
「ちさとおばちゃん、きょう、いっしょにねていい?」
「うん。一緒に寝ようよね」
「ゆみちゃんは?」
「由美は早月と一緒に桃香おばちゃんのそばで寝るよ」
 
「ももかおばちゃんも、ちさとおばちゃんも、おっぱいでるんだね。おんなのひとって、おおきくなると、おっぱいでるの?」
「赤ちゃんを産んだ人だけが出るんだよ」
「へー」
「早月は桃香おばちゃんが、由美は千里おばちゃんが産んだからね」
「ふーん」
 
「京平、早月と由美を妹だと思ってあげてくれない?」
「いいよ。じゃ、ぼくさつきとゆみのおにいちゃんになってあげる」
「よしよし」
 
千里は京平の頭を撫でた。
 

「京平は、早月と由美のお兄ちゃんだから、私の息子だな」
と千里が言う。
 
「ああ、それでいいよね」
と桃香も同調する。
 
「京平、だから私のこと、お母ちゃんと呼んでもいいよ」
「いいの?」
「京平、阿倍子さんのことママと呼んでたろ?だから私はママではなくてお母ちゃん」
「それいいね。だったらおかあちゃんとよんじゃおう」
と京平は嬉しそうに言う。
 
(ここまで千里と京平の壮大なお芝居である)
 
「千里がお母ちゃんか。だったら私は?」
と桃香か言うので
 
「ももかおば・・・ももかおねえちゃんは、おとうちゃんでもいい?」
と京平は言った。
 
桃香はむせ込んだ(千里も吹き出した)が
 
「いいよ、いいよ。だったら私は京平のお父ちゃんだ」
と桃香も笑顔で答えた。
 
桃香は、来紗・伊鈴の“パパ”でもあるから今更である。
 

「でもももかおとうちゃん、おんなのひとでもおとうちゃんでいいのかなあ」
と京平は悩んでいる。
 
「桃香は本当に女かどうか怪しいから構わないと思う」
などと千里は言っている。
 
「でも京平連れて温泉なんかに行ってて、京平からお父さんとか呼ばれたら、温泉のスタッフさんから『あなたちょっと来て』とか言われたりしてね」
と千里。
 
「いや、その手のエピソードは別に子連れでなくても、過去にあるから気にしない」
と桃香。桃香はOL時代は自粛して長めの髪にしていたものの、大学生時代もずっと短髪だったし、今もかなりの短髪である。
 
「女湯で咎められたら男湯に入ったの?」
「それはさすがに無理。裸になって女だというのを確認してもらった」
「なーんだ」
 
「千里は中学生くらいの頃、温泉や銭湯で『あんたちょっと』とか言われたことはないか?」
 
「中学生の頃はさすがにそういうのはないけど、小学生の時は男湯に入ろうとして『混浴は幼稚園まで』と言われて、つまみだされたことある」
 
「ふむふむ。やはり男湯から摘まみ出されるのか? その後どうしたの?」
「しかたないから女湯に入ったよ」
「やはりね〜。中学の頃にそういうのが無かったというのは、千里が男湯には入ろうとしなかったからなのかなあ、女湯には入ろうとしなかったからなのかなあ」
 
「私、小学3年生以降は男湯には入ってない」
「なるほどねぇ」
と言って桃香は楽しそうであった。
 

「おかあちゃん、おとこゆに入ったことあるの?」
と京平が訊く。
 
「京平も知ってる通り、私は子供の頃は男の子だったからね。ても今は女の人になったから女湯に入るし。桃香は子供の頃は女の子だったけど、今はやや怪しいよね」
などと千里は悪ノリして言っている。
 
「おかあちゃんがおとこのこだったのはしってるけど、ぼくは、おとこのひとになるのかなあ」
 
「そうだね。女の子は女の人になるし、男の子は男の人になるよ、普通は」
 
「おとこのこがおんなのひとになることもあるの?」
「わりとあるよ。お医者さんに行ってちょっと手術してもらうんだよ」
 
「へー。しゅじゅつするのか。みちるちゃんのおにいさんがおんなのひとになって、おねえさんになったんだよといってたから」
 
まあ最近そういうの多いよね。でもみちるちゃんって誰だろう?近所に居た子かな?
 
「京平、女の人になりたい?」
「さつきやゆみがおっぱいすってるのみていいなあとおもって。ぼくもおっぱいあげられたらいいのに」
「京平はおっぱいを自分で吸いたいんじゃないの?」
「違うよ!」
と京平は少し怒ったように返事した。結構図星だったっぽい。
 

「でも男の子が女の人になるには、手術で、おちんちん取っちゃわないといけないよ。京平ママと一緒にお風呂に入った時、ママのおまた見てるでしょ?ああいうお股に変えるんだよ」
 
「おかあちゃんは、ちんちんなくて、なにかきずあとみたいなのあった。あれ。ちんちんをとった、あとなのかなあと思って見てた」
 
「別に傷跡とかではなくて、女の人には生まれた時から、あそこに
割れ目ちゃんがあるんだよ」
 
「そうだったのか。でもぼくおちんちんなくなったらこまる」
 
と言ってから京平は
「おんなのひとは、おしっこどうするの?」
などと訊く。
 
「ちゃんと、おしっこが出てくる穴があるんだよ。割れ目ちゃんの中に」
と千里は答える。
 
「へー。あなからおしっこがでるのか。うんこでるところとはべつ?」
「うん。べつの場所だよ。京平、やはり女の子になってみる?病院に
行って先生に、女の子にしてくださいと言ったら、すぐ手術してもらえるよ」
 
「それおんなのこになってから、いやだったらまたおとこのこにもどしてもらえる?」
「それはできない。いったん女の子になったら、ずっと女だよ。そして中学生くらいになると、おっぱいができて、その内結婚したら赤ちゃん産んで、京平がママになって、赤ちゃんにおっぱいあげるんだよ」
 
「うーん。おっぱいはほしいけど、おちんちんはなくしたくないし」
「ふふふ」
 
「おかあちゃんは、ちんちんとられるの、いやじゃなかったの?」
「私は、ちんちん要らないと思ってたから取ってもらったんよ。男の子だった頃もいつもスカート穿いてたから、実際問題として女の子だと
思ってた人も多いかもね」
 

「千里、今日は素直だな。やはり小さい頃からスカート穿いてたんだ?」
と桃香が言う。
「当然」
 
「京平もスカートとか穿いてみる?」
と桃香が言う。
 
「スカートいいなあといったらママがかってくれたから、ときどきはくよ。でもおとこのこがスカートはいてたら、いけないのかなぁ」
と京平。
 
「何だ穿いてるのか。別に男の子がスカートくらい穿いてもいいと思うよ」
と桃香。
「ふーん。はいてもいい?」
「じゃ、新しいスカート買ってあげようか」
「うん」
 
と京平が嬉しそうに答えるので、千里たちはスーパーに寄って、京平に合うスカートを2着買って帰った。京平はその日はずっとスカートを穿いていて、朋子からも
「あら可愛いね」
と言われ嬉しそうにしていた。
 

「京平、神戸では保育所に行くという話になってたみたいだけど、こちらでは幼稚園に行こうよ」
と千里は京平に言った。
 
「わあ、ようちえん?それもたのしそう」
「じゃ明日、幼稚園の面接に行こうね」
「うん」
 
多くの幼稚園の入園試験はこの時期既に終了しているのだが、千里は神戸に住んでいた親戚の子供を急にこちらに引き取ることになったのでと簡単に事情を説明した上で、定員に余裕があれば入れて欲しいと、浦和区内の複数の幼稚園に打診してみた。するとその中のひとつが一度連れてきてみてということであったので、本人がこちらに来たところで明日面接に行くことにしていたのである。
 
なお、京平は阿倍子が貴司と離婚した時に、阿倍子を戸籍筆頭者とする戸籍を新たに作り、そこに入籍されて篠田の苗字を称している。今回阿倍子の結婚により、篠田の戸籍に京平だけが取り残された形になっており、住民票の上でも京平だけの住民票になっていた。それを京平の親権者である阿倍子の権限で、千里たちの住む浦和に住民票だけ移動させている(戸籍は神戸のまま)。
 
ちなみに早月は、高園桃香を戸籍筆頭者とする戸籍に入っていて高園の苗字。また由美は、最初「川島由美」単独の戸籍が作られた後、川島信次・千里の婚姻により作られた戸籍に、信次の死亡・除籍後、養女として組み入れられて川島の苗字である。
 
つまりこの家は法的には3家族(高園桃香+早月/川島千里+由美/篠田京平)が同居していることになっているのである。
 
「今度引っ越しする時は、転出届・転入届を3つ書かんといかん。面倒だ」
などと桃香は言っていた。都内のアパートから浦和に引っ越してきた時も、転出届・転入届を2つ書いている。
 
ちなみに桃香の戸籍は皇居!千里の戸籍は千葉市内の、康子の実家の住所に置かれている。
 

翌日(2020年2月7日金)、お昼過ぎに千里は京平を幼稚園に連れて行き、面接を受けた。
 
最初に京平を手の空いている先生に預けてから、千里と園長先生だけで話す。まず京平の履歴について説明する。
 
2015.6.28 大阪府豊中市生まれ。父は元日本代表のバスケット選手。
2018.1.21 両親が離婚。母と一緒に神戸の母の実家へ。
2020.2.05 母が再婚するため、京平は千里が引き取ることにする。
 
千里は京平が母の再婚相手の子供たちとどうしても性格が合わないため婚家に連れていくことを断念したことを説明した。
 
「失礼ですが、あなたと京平君の関係は?親族と聞きましたが」
 
「実は私はあの子の遺伝子上の母なんです。あの子を作る時に、不妊治療していて、人工授精でも体外受精でも、どうしても受精卵が育たなかったので、友人の私が卵子を提供したんですよ。彼女には姉妹どころか女性の若い親族が全くいなかったので」
 
と千里は“ここだけの話”ということで本当のことを話した。
 
「遺伝子上の母ということで、私はあの子が生まれて以来、しばしばあの子と会って一緒に遊んだり、身体の弱い彼女に代わって、乳幼児検診につれていったり、北海道に住む祖母に会わせに連れていったりしていたんですよ。だから私はあの子と最初から仲良しだったので、彼女の新しい夫の連れ子と性格的に合わないということになった時、私が引き取ることにしたんです」
 
「つまり実のお母さんなんですね」
 
「ええ。法的には赤の他人ですけどね。DNA鑑定書も作っているんです」
と言って、貴司と千里が京平の遺伝子上の父と母であるとしたDNA鑑定書も提示した。
 
「分かりました。でしたら保護者になるのは全然問題ないですね」
と園長先生は言ってくれた。
 

ここで京平を連れてくる。京平と遊んであげていた先生は
 
「この子、4歳とは思えない、すごくしっかりした子ですよ。行儀もいいし」
と報告してくれた。
 
幼稚園の入試問題をさせてみるとパーフェクトである。紙に描いてある図形をハサミで切り抜く課題も、性格に線のジャスト外側を切り抜いた。幾つかの質問をしても京平はしっかり受け答えをする。
 
「かなは読めるかな?」
などと言って絵本の一節をコピーしたものを渡すと、よどみなく、しっかり朗読したし、登場人物のセリフは本当にその人物が話しているかのようにしっかりした抑揚をつけて読む。但し関西アクセントである!
 
このアクセント問題については
 
「いろんな地域から来て、いろんな方言を話す子がいるから大丈夫ですよ。日本語が少しあやふやな外国人の子もいますし。子供たちって言葉だけじゃなくて視線とか雰囲気とかで結構意志を伝え合うんですよ」
と言って、あまり心配する必要無いだろうと言った。
 
と園長先生は言った。
 

それで京平は4月からこの幼稚園に通うことになったのである。その場で園長先生は入園試験合格証を書いてくれた。
 
(新型コロナの影響でまさか幼稚園が閉鎖されるとはこの時点では思いも寄らない)
 
面接を終えた後、市内の洋服店に幼稚園の制服を作りに行った。
 
採寸してもらおうとしたのだが、いきなり「年長さんですか?」と訊かれる。「いえ、4月から年中です」と答える。
 
「サイズは120サイズですね」
と採寸してくれた女性は言った。120サイズというと普通は小学1年生のサイズである。
 
「この子のお父さん、バスケットの選手で身長188cmあるんですよ」
というと
「だったら、きっともっと大きくなりますよ。お母様も身長高いですものね」
 
と売場の係の人は千里を見て言う。千里は身長168cmくらいでバスケット選手としては中型なのだが、一般的な女性の身長からするとかなり高い部類である。
 
「ええ。私もバスケット選手なので」
「じゃ、きっとこの子は2040年頃の日本代表ですね」
と係の人。
 
「なんか周囲から期待されて困っちゃうんですけどね」
と千里は言っておいた。貴司の前の会社での監督、船越さんなどが京平を見て「この子はバスケやるような顔をしている」などと言っていた。
 
そういう訳でまだまだ伸びるだろうからということで、130サイズの制服を購入することにした。
 

「あれ?したはズボンとスカートがあるの?」
と京平が訊く。
「うん。男の子はズボン、女の子はスカートだよ」
と係の人。
 
「ぼくどちら?」
と京平が千里に訊くので
「京平は男の子だけど、女の子のスカートを穿きたければそちらを穿いてもいいんだよ」
と千里は答えた。
 
すると京平は
「スカートもかわいいけどなあ」
などと言って悩んでいる。
 
「でもせいふくはズボンにしとこうかなあ。スカートはいてあそんでるとよくめくれるんだもん」
「そうだね」
「じゃズボンでおねがいします」
と京平が言うので
「はい、じゃズボンにしようね」
と係のお姉さんも笑顔で言って、そちらを渡してくれた。
 
でもお店を出てから京平は
「スカートもかわいかったけどなあ」
などと、まだ悩んでいた。
 

幼稚園が終わった後、桃香と待ち合わせてマクドナルドで腹ごしらえをしてから、自動車屋さんに行った。
 
実は最初はミラが調子が悪く、もう限界ではないかという話から始まった。
 
「あのミラ、今年も車検すんの?」
「うーん。そろそろさすがに限界かも知れない。最近エンジンの調子がおかしいよね」
「千里、いっそミニバン買わないか?」
「そうだね。ミニバンがあるとこどもたちを全員乗せられるよね」
 
ミラではチャイルドシートは1個しか取り付けられない。アテンザは2個取り付けられるが、子供が3人いると1人あふれてしまう。ミラとアテンザに分乗して移動する手はあるが、桃香の運転する車なんて、危なくてとても子供は乗せられない!!
 
そこで大きな車を買おうという話になったのである。
 

この日は桃香は早月・由美を連れてバスで出て来ていたのだが、マクドナルドで落ち合った後は、千里が由美を抱っこ紐で抱いて京平の手を引き、早月は桃香が手を引いて、行ったのは日産の販売店である。
 
「チャイルドシートを3つ取り付けられる車を探してて、何人か車に詳しい人や、子供2人以上抱えているママさんとかに相談したら日産のセレナを推薦する人が多かったんですよ」
と千里は言うと
 
「ええ。セレナにチャイルドシート3つ取り付けている方はおられます」
と応対してくれた店長さんが言った。
 
「某社のミニバンに3つチャイルドシートを取り付けておられる方も聞いたのですが、その方は、助手席、2列目、3列目に1個ずつ左右互い違いに付けて、奥さんが2列目の横に乗ると言っておられたんです。でも助手席のチャイルドシートは危険ですよね」
と千里。
 
「はい大変危険です。エアバッグが開いた衝撃で死亡する事故が起きています。どうしても取り付けたい場合はエアバッグのヒューズを抜いたりして作動しないようにする必要がありますが、それでも助手席という位置は車の内部で最も危険な座席なので、そこにお子様を乗せるのは推奨できません」
と店長さん。
 
「セレナなら、2列目と3列目に2個ずつ最大4個取り付けても大丈夫だと言っていた人がいたので」
 
「やってみましょう」
 
ということで、実際にセレナの2列目と3列目に2個ずつチャイルドシートを設置してみた。
 
由美を3列目のチャイルドシートに乗せてから、
「京平、早月、ちょっと2列目に座ってみて」
と言って2人も実際に座らせてみる。
 
「けっこう余裕ありますね」
と千里。
 
「今荷室が狭いですが、上のお子様が成長なさった場合はチャイルドシートが不要になるので、余計ゆとりが出ると思います」
と店長さん。
 
「まあ、これでシルクロードを横断するのでなければ大丈夫だな」
と桃香。
 

「この車、気に入りました。買います」
と千里は言う。
 
「ありがとうございます。お支払いはローンか何かにしましょうか?」
「お値段幾らですか?」
「オプション次第です」
 
というので、店の中に入って打ち合わせする。
 
「カーナビ、ETC、クルコン、バックモニターは必須ですね」
と千里。
 
「はい、こういう大きな車では、特にバックモニターは付けておかれた方が良いですよ。後部座席用ディスプレイは?」
「別に必要ないです。車に乗っててテレビなんか見てたら酔いますよ」
 
「ルーフスポイラーとかは如何ですか?」
「この車、車高が高いので欲しいです。高速とか走る時にあると安心」
「アルミホイールはいかがですか?」
「うーん。それは別にいいです」
「リモコンエンジンスターターは?」
「そんなの車に乗ってからエンジン掛けるのでいいです」
「ガソリンがもったいないよねー」
「うんうん。乗ってすぐ冷房が効かなくても我慢我慢」
 
などということで、オプションパーツを取捨選択していった。
 
「以上ですと、お値段は348万円7200円になりますね」
と店長さん。
「頭金無しで残価設定型3年ローンに致しますと1ヶ月6万円ほどになりますが」
ということばに少し不安げな顔を桃香がしたが
 
「ああ、350万円なら現金で払います」
と千里は言った。桃香が「うっそー」という顔をしている。
 
「口座を教えて頂けますか?即振り込みますので」
「はい!」
 
と店長さんは言って、まずは購入用の書類を渡されるので記入する。桃香にも見てもらって内容確認の上で店長に渡す。保険はミラに掛けている保険を車種変更(当然金額も変更)して使用することにし、ミラは廃車にすることにした。
 
コーヒーやケーキなども出て来て、ディーラーの若いお姉さんが早月の相手をしてくれたりもして、京平も早月もご機嫌な中、細かい手続きが進行する。それで書類の確認が終わったところで再度正確な金額を計算確認した上で、店長が口座番号を教えてくれたので、千里はスマホ(ピンクのアクオス)を操作してその口座に現金を振り込む。
 
(桃香は千里が“いつもの”ガラケーではなくスマホを使用していることに気づかなかった。ちなみにガラケーでは銀行口座の操作などはできない)
 
「振り込みました。確認してください」
と千里が言うのでパソコンで確認している。
 
「はい!ご入金頂きました」
「引き渡しはどのくらいになりますか?」
「一週間程度で。あのぉ」
「はい」
 
「キャッシュで頂いたので、サービスでアルミホイールに致しましょうか?」
「ああ。サービスでしたら歓迎です」
 

何やら色々と記念品をもらってお店を後にする。タクシーチケットまでもらってしまったので、大型のタクシーを呼んで、自宅まで戻った。取り敢えず由美におっぱいを飲ませ、早月と京平にジュースを飲ませる。
 
「よく350万も残高があったね」
と桃香が感心したように言う。
 
「やっぱりさ、いつまでも悲しんでいたら、落ち込むばかりじゃん。だから去年は一昨年仕事できなかった分も取り戻すほど頑張ってお仕事したから」
 
「やはり悲しかったんだな」
「悲しいにきまってる」
 
それで桃香が千里に長時間のキスすると、早月と京平がにやにやしてふたりを見ていた。
 
「千里、何やら楽譜をいつもいじってるよね。千里、楽譜の清書とかコピー譜の作成とかしてるんだっけ?」
 
「私作曲家だけど」
「なんだと〜〜〜!?」
 
しかしこの年、千里はもっと大きな買い物をすることになる。
 

日曜日(2月9日)、貴司が千里たちの新居にやってきた。息子の京平に会うためである。京平は父と会うのは久しぶりだったので、凄く嬉しそうにしてじゃれついていた。
 
お茶とお菓子を頂いた後で「ふたりだけで遊園地にでも行ってくるといいよ」と言って送り出した。その後で、桃香に指摘される。
 
「これで千里は合法的に自分の彼氏をうちに入れられるわけだ」
「別に彼氏じゃないよー。もう別れてから久しいし、それに貴司は結婚しているし」
 
「千里、貴司君が関東に移ってきたなんて私は聞いてなかったぞ」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「で、貴司君、今どこに住んでるの?」
「あ、えっと、どこだったかなぁ・・・」
「どこ?」
と訊く桃香の顔が怖い!
 
「川口市とか言ってたかなぁ」
「ここの近くだね」
「そうだっけ?」
「こら、白状しろ。貴司君の近くに住みたいから、浦和にマンション借りたろ?」
「そんなことは天に誓ってありません」
「全然信用できん!」
 
「でも桃香も遠慮せずに季里子ちゃんちに行ってもいいんだよ」
「まあそれは行くけどさ」
 
と言って桃香はトーンダウンした。千里は、桃香は年末からずっと高岡に居て、その後はずっと自分と一緒に行動しているし、しばらく季里子ちゃんちに行ってないのではと少し心配した。
 

「桃香〜。そろそろ京平たちが戻ってくるから」
「じゃ、あと1プレイ」
「もう・・・」
 
京平が貴司と一緒に出かけた後、千里と桃香は濃厚なプレイを6時間ほど続けていた。
 
「毎日私を満足させてくれるなら、多少の浮気は目こぼししてやるぞ」
と桃香。
「だから浮気じゃないってのに」
と千里。
「その嘘つく根性が許せん。2本入れるぞ」
「2本はやめてー! 私のは天然物と違って1本しか入らない仕様なんだから無理したら壊れて使えなくなっちゃう」
「うーん。使えなくなるのは困るな」
「でしょ? いちばん困るのは桃香のはず」
「仕方無い。指3本で我慢してやる」
「えーん」
 

6時の時報を聞いた所でさすがにやばいよということで終了し、シャワーを浴びて服を着る。早月と由美には、適宜、御飯やおやつをあげていたのだが、早月は「おかあちゃんたち、なにしてたの?」と不思議そうな顔で聞いていた。
 
「ちょっと運動してただけだよ」
「へー。つかれなかった?」
「さすがに疲れたかも」
「でも、おかあちゃん、おちんちんあるんだね?」
「ああ、ときどきね」
「へー。わたしも、おにいちゃんみたいに、おちんちんあるといいなとおもうことあるよ」
「ほしくなったらつければいいんだよ」
「ふーん」
 
千里は教育に良くない会話だなと思って聞いていた。
 
なお早月は、桃香を「おかあちゃん」、千里を「ちーかあちゃん」と呼び、京平は桃香を「おとうちゃん」、千里を「おかあちゃん」、と呼ぶ。由美はまだ充分しゃべれないので、千里を「まー」、桃香を「もー」と呼んでいる。
 
京平と早月の会話はしばしば聞いていてそばに居るおとなのほうが頭が混乱する。
 

貴司から遅くなってごめん。今から帰るというメールが来るので「マクドナルド買ってきて」とメールした。それで貴司はマクドナルドを買ってから京平をこちらに送ってきたが、あんまり千里たちと一緒に居ると色々面倒なことになるとまずいので、ということで、京平を千里に託すと、すぐ帰って行った。
 
その後で、みんなでマクドナルドを食べる。子供たちはマクドナルドが大好きだ。京平は「モスよりマクドが好き」と言うので、桃香は「最近の子供の味覚は嘆かわしい」などと言っている。
 
「おにいちゃん、きょうはどこいってたの?」
「遊園地に行ってたんだよ」
「へー。それたのしいところ?」
「早月も、幼稚園になったら行けるよ」
「ふーん」
 
確かに2歳ではまだ遊園地は楽しめない。
 
京平は無理なこどもっぽい話し方をやめて、本来の話し方にしている。桃香はその変化に気づいていないようだ。京平は実は中身は中高生くらいの男の子である。しかし、しばしば“幼児の美味しい所”の“いいとこ取り”をしている。阿倍子は銭湯で京平を自分と一緒に女湯に入れていたようだが、千里は京平は絶対に女湯に入れてはいけないと考えている。
 

翌日、2月10日(月)大安、阿倍子が新しい彼氏・立花晴安と結婚式を挙げた。どちらも再婚だしということで、ほぼ親族だけの質素な結婚式だった。
 
(この時点での日本国内の新型コロナ感染者は156人で患者が急増しかかっていた時期で、まだギリギリ結婚式を開くことが許される状況だった)
 
この結婚式に千里と桃香は3人の子供を連れて赴いた。
 
京平に母の花嫁姿を見せるのが主目的であった。
 
「ママ、びじんになってる」
と京平は明るく言って、阿倍子はその言葉に涙していた。
 
でもロビーで待っている最中に早速京平は賢太と喧嘩していた。全く! 本当に相性が悪いのだろう。
 
本来なら阿倍子との微妙な関係上、結婚式や披露宴に出る義理も何もないのだが、阿倍子には親族というと母くらいだし、友人も皆無なので、桃香に子供たちを見てもらっておき、千里は阿倍子の友人として式と披露宴に出席した。阿倍子側の出席者は、阿倍子の母、母の彼氏(阿倍子の実の父)と千里の3人だけである。
 
もっとも晴安の側も、晴安の両親と姉2人およびその夫の6人だけである。
 
晴安には実は男性の友人がいない。女性の友人はいるのだが、遠慮したようである(二次会には3人出てくれた。後述)。
 
披露宴で新郎新婦に花束を渡すのは、京平と賢太にやらせた。さすがにふたりとも、この役目をする間は喧嘩は自粛していた(でも終わってロビーに出たらまた喧嘩していた)。早月と一美は何だか仲良くしていた。女の子はやはり「取り敢えず仲良さそうな真似をしてみる」というのが得意な子が多いようだ。
 

披露宴の時、阿倍子のお母さんから声を掛けられた。
「京平を預かってくださることになって、私、挨拶にも行かずにごめんなさい」
 
「いえいえ。京平君に会いに、気軽に出て来てくださいね。住所は阿倍子さんから伝わってるとは思いますけど、念のため」
と言って、千里は友人に出した転居通知のハガキを1枚、お母さんに渡した。
 
「子供2人子育て中だったので、もうひとりくらい行ける行けるというので、預かることにしたんですよ。それに京平君って、なぜか小さい頃から私に結構なついていたんですよね」
 
「貴司さんが阿倍子と結婚しているのに、あなたと時々会って、京平とも一緒に遊ばせていた神経が理解できませんでした」
とお母さん。
 
「阿倍子さんにも言いましたけど、私は貴司が阿倍子さんと婚約するまでは競いあったけど、貴司が阿倍子さんを選んでふたりが婚約した後は、離婚するまでの間、一度も貴司とはキスもセックスも決してしてませんから。それに阿倍子さんの見てない所では京平君にも会ってませんよ」
と千里は言った。
 
「今となってはそれを信じていい気がします」
とお母さん。
 
「でも、まんまと美映さんに横取りされて、悔しい!と思ったんですよ」
と千里。
 
「私もまさか第三の女が出てくるとは思いも寄りませんでした」
とお母さん。
 
「でもあなた、離婚まではって言ったけど、その後貴司さんとは?」
「阿倍子さんが離婚した時はこちらは別の男性との結婚を決めていた時期でしたから。でもあれは瞬速すぎて、知った時には終わってました」
「私もほんとにびっくりしたわ」
「ってか貴司って女性関係がルーズですよね」
「全く」
 
「ただ、あいつ、見知らぬ女性とはできないみたい。愛してもいない女の前ではそもそも立たないらしくて。風俗とか行ったことないというのは本当みたいですよ」
「でもこれだけ浮気されてはね」
 
「だいたいひとりの女性との関係が長続きしないタイプみたい。私とは中学生の時からだから、既に腐れ縁ですけどね」
「なるほどねえ」
 
それでお母さんは、近い内に一度お伺いしますねと言って別れた。
(でも浦和には来なかった。実際問題として、遠出する体力も無いだろう。今回も入院中の病院から一時外出ということで彼氏に付き添ってもらって大阪まで来ている)
 
 
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【女たちの親子関係】(1)