【女子バスケット選手の日々・2017オールジャパン編】(2)

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1月3日はカウントダウンライブで配ったチラシを見て、メイドさん希望ということでクレールに来店した高校生・専門学校生・大学生の女子(?)が5人居たので、和実がレコード会社などとの打合せに出ていたこともあり、若葉が!面接をして、その内の3人の採用を決めた。落とした2人はどちらかというと、やや怪しげなメイドカフェ向きの人であった。しかしここで3人採用したお陰で、安心してライム・クロミ・コリンを明日からエヴォンに研修に派遣することができるようになった。
 
若葉は結局来週の頭くらいまで仙台に滞在することにした。紺野君は今日の夜東京に戻るものの、また週末に手伝いに来てくれるという。
 
「だけど、若葉、ここのお仕事を手伝いながら、自分のお店の運用の練習もしてるでしょ?」
と紺野君が言う。
 
「そうそう。これからムーランの方もスタッフの募集掛けてじゃんじゃん面接しないといけない。パート入れると50-60人採用しないといけないし」
 
「あまり負担になるようなら、面接は僕も手伝おうか?」
「そうだなあ。頼むかも。ヨッシーは私の好みがだいたい分かるだろうし。あ、そうだ」
「うん?」
「ヨッシー、ムーランの専務か何かになる?」
 
「それうちの会社の就業規則に違反しないかどうか、確認してみる。もし役員になれない場合でも、出資しようか?」
 
「いや、資金は足りてるから」
「確かにね!」
「でも1%くらい出してくれてもいいよ」
 
「ムーランの資本金って幾らにするんだっけ?」
「3億くらいかなあ・・・」
「・・・・・」
 
「どうかした?」
「悪いけど、0.1%(30万円)にさせて」
「いいよ」
 

「ねぇ」
「何だい?」
「今夜セックスしてあげてもいいよ。たくさん手伝ってもらっているから、そのせめてもの御礼も兼ねて」
と若葉は言った。
 
紺野君は少し考えた。
 
「今はやめとく。だってお腹の中の子がびっくりするよ。その代わり出産して少し落ち着いてから1度させてよ」
「いいよ」
 
「でも、次の恋人作らないの?」
と紺野君は訊く。
「自分が男の子と恋愛ができることが分かったから、もう満足。この後はもう恋人は作らない」
と若葉。
 
「でも今お腹の中にいる子の後、もうひとり産みたいと言ってなかった?」
「精子は確保しているから問題無い」
「いつの間に!」
 
「だから吉博は私の最後の恋人」
「ふーん。。。」
「私が吉博の最後の恋人ではないのが残念だけどね」
「僕はたぶんもう恋はしないと思うけど」
「でも吉博の最後の恋人は竹美ちゃん(*1)だもん」
 
紺野君はギクッとした顔をした。
 
その後、ふたりはお互いの心を探るように見つめ合った。
 

(*1)震災の津波で亡くなった、吉博の元婚約者。若葉と竹美は同い年の同じ誕生日であった。但し出生時刻が若葉は7:18 竹美は22:53なので、ふたりのホロスコープは昼夜が逆転しておりハウス対応が全く異なり、運命も大きく異なる。
 

「でも2番目に採用した女子?大生は本人が言わなきゃ、女の子ではないとは気付かなかったね」
と紺野君は話題を変えるように言った。
 
「うん。実際、ばっくれて女子として居酒屋で1年働いていたというし」
と若葉。
 
そういえばマキコも女子としてファミレスで1年間働いていたと言っていたなと若葉は思った。
 
「あの子の着換えとかどうする?」
「2階にさ、用途を考えていなかった2畳の部屋があるじゃん。女子更衣室の向かい側に」
と紺野君が言う。
 
「ああ!あそこを使うか」
 
(和実の留守中に2人は勝手に決めている)
 
「うん。あそこを個室更衣室ということにしよう」
「個室という表現はいいかもね。よし、そういうプレート作っちゃおう」
 
と言って若葉は余っているプラスチック板に『個室更衣室』という文字を書いた。
 
「じゃ貼ってくるよ」
と言って紺野君がそのプレートと接着剤を持ってお店の方に行く。
 
マキコは普通に女子更衣室で問題無さそうだけど、あの子の場合は分けてあげた方がいいだろう、と若葉は思う。でないと《あの子が》他の子にセクハラされそうだ!
 

「だけど最近、ほんっとに完璧すぎる男の娘が増えているよ」
と作業を終えて戻って来た紺野君が言う。
 
「私も男の娘に生まれたらよかったかなあ。そしたら寄ってくる男の子が少なくて済んだかも」
などと若葉は言う。
 
「いや可愛い女の子はいくらでも居るけど、可愛い男の娘は貴重だから求愛者が増えたりして」
 
「その状況も怖いな」
と言いつつ、吉博は絶対男からも言い寄られているよなと思う。彼って、『どっち』かな?などと妄想してみる。
 
「それに男の娘じゃ子供が生めないよ」
と紺野君は言う。
 
すると若葉は紺野君に小さく手招きして小声で言った。
「希望美ちゃんは遺伝子的に、和実と淳の間の子供なんだよ」
 
「・・・まさか!?」
 
「表向きには卵子を親族から借りたことにしているけどさ。本当は和実から採取した卵子に淳さんの冷凍しておいた精子を解凍して受精させて胚を育て、代理母さんの子宮に投入したんだよ。ちゃんとDNA鑑定書も作った。あの子は今年の夏くらいまでには特別養子縁組でふたりの実子になる予定だけど、その特別養子縁組の記録は戸籍上に残るからね。本人が戸籍を見た時に悩んだりしないように、ちゃんと2人の本当の子供であることを納得してもらうために、鑑定書を作ったんだよ」
 
「卵子を採取って・・・じゃ、和実ちゃんってもしかして半陰陽か何か?」
「ハイティング代数陰陽らしい」
「何それ〜〜〜!?」
 

1月6日の早朝、千里が作曲中の曲の調整をしていたらコスモスから電話があった。
 
「醍醐先生、お忙しい所申し訳ないのですが、1月8日の深夜にお時間が取れませんでしょうか?」
「ごめーん。8日はオールジャパンで決勝戦まで勝ち残った場合、決勝戦があるし、そのあと勝っても負けても打ち上げがあると思うから」
 
「はい。それはバスケット協会のサイトで確認したのですが、8日の深夜、というより9日の午前2時くらいに長野県の安曇野(あずみの *1)にご足労は頂けないかと思いまして」
 
(*1)金印で有名な福岡の志賀島を本拠地にしていた安曇一族が開拓した土地なので安曇野という。但し現在安曇野に、安曇一族の主神・綿津見神を祀る神社は見当たらない。
 
「午前2時って深夜の!?」
 
「はい。非常識な時間とは重々承知なのですが、関係者の日程がどうしても9日深夜2時から5時くらいまでの間しかあかなくて」
 
千里は《こうちゃん》に視線を送った。《こうちゃん》は『東京から安曇野までは車で2時間あれば行くよ』と言った。千里はだったら3時間だなと考える!打ち上げが多分22時くらいまでには終わるだろうから、矢鳴さんに送ってもらって1時には到着すると計算した。
 
「誰々が出席するの?」
 
「できたら醍醐先生、ケイ先生、アクアプロジェクトのプロデューサーである大宮万葉先生、ディレクターである絹川和泉先生、アクア本人、今井葉月、今井の叔母にあたる上野陸奥子さん、それに私と川崎ゆりこです」
 
千里は考えた。
「マリちゃんは?」
「ケイ先生には、マリ先生に言わずに来て欲しいとお願いしました」
 
「そういうメンツを集めて、マリは除外ということは、もしかしてアクア、こっそり性転換手術でも受けることにしたの?」
 
「いえ。その性転換手術を受けたり、去勢したり、おっぱいを大きくしたりすることはないことを関係者一同の前で再確認したいと思いまして」
 
「あの子の気持ちは、実際どうなのかな?」
 
「実は昨夜私とアクアのふたりだけで夜通しで話し合いました。それで本人は自分は女の子になりたい訳では無いし、おっぱいを大きくするつもりもないと言いました」
 
昨夜に夜通しということは、コスモスはつい今し方その話し合いが終わったところなのではなかろうかと千里は考えた。コスモスもアクアもどちらも多忙なので、そんな時間に話し合わなければならなかったのだろう。コスモスは本当に熱心な経営者だし、各タレントさんに優しい。アクアのことも商売の問題抜きにして、よくよく親身になって考えてあげているようだ。
 
「分かった。その時間帯ならこちらの打ち上げが終わってから行けると思う」
「お手数お掛けします!」
 

コスモスとの電話を終えた後、千里は少し考えてから、和実にメールしてみた。
 
《起きてる?》
すると和実からは即返信があった。
《起きてる》
《電話してもいい?》
《15分程度以内に終わるなら》
《終わらせる》
 
それで千里は和実に電話を掛けた。
 
「何か忙しいの?」
「明日お店を開けないといけないから、今日は食材とかの調達と仕込み」
「嘘!?クレールってもうオープンするの?」
「グランドオープンは3月30日。でもそれ以前に毎週土日だけ専用イベントに貸すんだよ。特に明日は300-400人入るイベントだからクルー全員出勤」
 
「300-400人って凄いイベントじゃん。何やるの?」
「ボニアート・アサドのライブ」
「あの子たち、そんなに集客力あるんだっけ?」
「1月2日に第1回のライブをしたんだよ。365人入った」
「凄い!いつそんなの決めたの?」
「12月31日のカウントダウンライブの時。彼女たちがうちの出店に来てくれた時に、出演する?うん出る!と決めた」
 
「和実らしい!」
 

「それだったら、7日深夜、正確には8日の午前0時頃から6時頃ならそちらは空いてるかな?」
「8日も規模は小さいけど、セミプロのジョイントライブをするんだよ。だから仕込みをやっていると思う」
 
「忙しいね! でもそちらの作業は厨房だよね?客席の方、借りられない?コーヒーとかはセルフサービスで入れてその分料金を払うよ」
 
「何に使うの?」
「ちょっと美少年と2人だけで密談。もしかしたら3人になるかも」
「千里って、最近美少年に走っているんだっけ?」
「ショタコンの趣味はないなあ。私は大阪に住んでいる例の人しか眼中にないよ」
「千里、桃香との関係はどうなってんのさ?」
「私と桃香の関係はずっと昔から変わらないよ」
 
「まあいいや。でも客席使うのはOK。こちらは厨房で作業しているし、声を掛けてくれたら、カフェラテくらいは入れてあげるよ」
「じゃ1晩の借り賃、深夜料金4万円くらいで」
 
「ありがたくもらっておこう。それならコーヒー飲み放題、フードも常識的な範囲で食べ放題で」
 
「了解〜」
 

仙台のクレールでは、とりあえず次のライブの予定が決まっていた。
 
1月7日(土)13:00-14:30(開店10:00) ボニアート・アサド
1月8日(日)13:00-18:00(開店11:00) "Rising Up vol.1" TKRの5人の在東北アーティスト
 
TKRのアーティストのライブは1人1時間である。1時間持たせられるアーティストに声を掛けて出演者を決めた。普通のライブハウスの対バンでは1組30分のことが多いので、声を掛けられたアーティストはみんな燃えているようである。
 
ボニアート・アサドはスタンディング(max500)であるが、Rising Upのほうは椅子のみを並べるレイアウト(max240席)でやってみることにした。山崎さんは「たぶん実際にはテーブル付き椅子でも収まるくらいだとは思うのですが」と言ったが、万一そのキャパ以上に客が来た場合、テーブルのある椅子に座っている客の前からテーブルを撤去する訳にはいかない。
 
どちらもドリンク代のみの無料イベントである。ドリンク代は500円だが、ボニアート・アサドに関しては「20歳以下の学生さん400円」ということにした。
 
そしてこういうコメントをした。
 
「20歳以下の学生さんかどうかは身分証明書などのチェックはしませんが、学生っぽい雰囲気でご来場ください。スーツ姿の方、スタッフが見てどうしても20歳以下又は学生には見えない方からは500円頂きます」
 
「ボニアート・アサドのイベントは混み合うことが予想されます。当日はトラブルをできるだけ減らすため、男性と一緒にご来場なさった方以外の女性のお客様は左側前方のブロック、男性のお客様、男女ペア、男女混合グループのお客様はそれ以外のブロックにご案内します」
 
「女性かどうかはスタッフが見た目で判断させて頂きますので、自分は心は女という方はしっかり女装してきて下さい。ただし女装していても、見た目の雰囲気あるいは言動が、どうしても女に見えない方は大変申し訳無いのですが、男性&混合ブロックにご案内させて頂きます」
 
これは実は2日のイベントの時、女性と男性を分離してもらえないかという要望が多数あったからである。密度が高いのでどうしても隣の人と身体の接触が生じてしまう。
 
これに対してツイッターから
「私女ですけど、いつも男に間違われるんですが、男ブロックですか?」
という質問があったので和実はこう返信した。
 
「学生証とかマイナンバーカードとかパスポートなど、性別が確認できる写真付きの公的身分証明書を見せてくださると確認できます。運転免許証や社員証は不可とさせて頂きます」
 
「あるいはその場でボニアート・アサドのファンクラブに入会して頂いたら、暫定ファンクラブ会員証を発行してもらえますので、それで入場していただくこともできます」
 
「なお、性別を誤認されやすい人だけでなく、他にも心が女だけど戸籍は男という方でも申請すればファンクラブは女性会員として女性名で入会できますのでご検討ください」
 

若葉は結局ずっと仙台に居残ったままで、仙台の産婦人科で妊娠の経過チェックもしてもらった。
 
「ねえ、和実、よかったら、私をここの副社長か何かにしてくれない?」
と若葉は言った。
 
「そうだね。いいよ。随分手伝ってもらっているし」
「その代わり、和実、うちのムーランの副社長か何かになってよ」
 
「副社長というほどの仕事ができるとは思えないから、常務くらいで」
「うん。それでOK。常務よろしくね」
 
実際には常務としての初仕事は(その日出産した若葉に代わって)ムーランの開店イベントを主宰することになるのだが、この時点では和実は若葉が開店の日と出産の日をぶつけるつもりでいることを知らなかった。
 
若葉は更に言う。
 
「それで役員にしてくれるついでに少しクレールに出資させてくれない?」
「どのくらい?」
「総資本金の19%以下で」
 
和実は考えてから言った。
 
「お互いに25%以上持っていると、議決権を失うよね?」
 
「そうそう。お互い25%以上持っていたら相互保有株式の議決権停止。そして20%以上は関連会社とみなされる。だから19%以下」
 
和実は電卓を叩いて計算した。
 
「じゃ、今資本金2000万円だから、500万円増資してその内475万円を引き受けてくれない?」
 
2500万円の19%が475万円である。
 
和実は (2000+a)×0.19 = a という方程式を解いて a=469.1 という解を得たので切りのいい所で2500万円に増資することにした。但し実際にはクレールは3000万円まで増資し、若葉はその19%の570万円出資することになる。
 
「おっけー。じゃ後で株式購入の書類送ってよ」
「うん。司法書士さんに頼んで作ってもらう」
 
そういうわけで若葉が出資したことにより、クレールは運営資金にゆとりができたのである。
 
「でも私のムーランへの出資はちょっと待って」
と和実は言う。
「とりあえず3%でいいよ。ほとんど配当出せないと思うし」
と若葉。
 
「ムーランの資本金は?」
「3億円にするつもり」
 
「・・・・・」
「少ないかなあ」
「とりあえず出資は0.1%(30万円)にさせて」
「まあいいけど」
 

アクアは年内は12月24日から29日に掛けて4ヶ所のドームで公演をし、年明けてからは1月2日に札幌、4-5日は東京でドーム公演をして冬休みのツアーを終えた。そのツアーの打ち上げを終えたのは5日の18:00である。アクア自身がまだ中学生であるし、ゲスト出演した同じ事務所の他のタレントさんにも中高生がいるので(バックで踊らせた研究生の中には小学生も一部居る)、そのくらいの時刻に全てのスケジュールが終わるようにしていたのである。
 
それでアクアが帰ろうとしていた時、秋風コスモス社長に呼び止められた。
 
「ちょっと今晩付き合ってくれない?」
「あ、はい。何時頃まで」
「朝までになるかも」
「はい!でも良かったら母に連絡してもらえませんか?」
 
それでコスモスが直接田代家に電話し、お母さんから今晩一晩、龍虎を借りる許可を得た。
 

「どこで打ち合わせるんですか?事務所ですか?」
「どこかのんびりできる所に行こうよ」
と言い、コスモスは自分の愛車マツダ・ロードスターの助手席にアクアを乗せると、首都高に乗った。
 
「今夜はコスモス社長と所属タレントのアクアじゃなくて、伊藤宏美25歳と、長野龍虎15歳ということにしない?」
「あ、はい。それでいいです」
 
それでコスモスの運転する車はやがて外環道から東北道に乗ると福島方面に走行。やがて栃木県内のICで降りると、街外れにあるビジネスホテルにつけた。
 
「予約していた伊藤です」
とフロントで言う。
「そちらは?」
「私の弟ですけど」
「え?弟って、女の子ですよね?」
「はい。実は妹です。でもよく男の子と間違えられるから」
「妹さんが困ったような顔をなさっていますよ」
とフロントマンは言う。
 
それで宏美は「伊藤宏美、伊藤龍子」と記帳した。
 
車は駐車場の入れ方がよく分からないと言うと、入れておきましょうと言ってくれたので、キーを預けた。
 

ボーイに案内されて部屋に入る。ツインの部屋である。
 
「今日は疲れたでしょ?お風呂入るといいよ」
「社長、じゃなかった宏美さんこそお疲れでしょう。お先にどうぞ」
「じゃ、先にお風呂もらっちゃおうかな」
 
それで先に宏美がお風呂に入る。実際はシャワーを浴びただけのようである。宏美がシャワーを浴びている間にホテルの人が車のキーを返しに来てくれたので龍虎が受け取った。
 
やがて宏美が浴室から出て来るので、キーを渡してから龍虎もシャワーを浴びる。お湯が張ってあるので疲れているしと思い、入って手足を揉んでいたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
 
「龍ちゃん」
という声で目を覚ます。
「あっ」
 
ガウン姿のコスモスが心配そうに覗き込んでいる。
 
「お風呂の中で寝たら風邪引くよ」
「起こして頂いてありがとうございます!」
「じゃ部屋で待ってるから」
「はい」
 
コスモスが出て行った後、龍虎はいったん湯船の外に出て、シャワーを身体に当てた。これで細胞が刺激され、身体が起きてくる。それで再度湯船に浸かって100まで数を数える。
 
「100まで数えてからあがるんだぞ」
と小さい頃、亡くなった志水のお父さんから言われていたよな、と龍虎は古い記憶を呼び起こしていた。でも実は・・・志水のお父さんの顔がよく分からなくなっている。今度向こうの家に行った時に適当な理由付けてアルバム見せてもらおう、などと龍虎は考えていた。
 
湯船からあがった後は冷水を身体に掛けた。これで更に意識が明瞭になるし、毛穴が引き締まって、熱が逃げにくくなるのである。冬に冷水というのは直接的には冷たいものの、結果的には身体が温まる。
 

それで身体を拭いてから服を着て出て行くと、部屋は灯りが落ちている。
 
「宏美さん?」
と声を掛けるが反応が無い。
 
「寝ちゃったのかな?」
などと戸惑いながら宏美が入っているベッドのそばまで寄る。
 
いきなり抱きつかれてキスをされた。
 
「宏美さん、ちょっとやめて」
「ね、龍ちゃん、楽しいことしない?」
「やめて下さい。ぼくたち、そういうことしてはいけません」
と龍虎は焦って言う。
 
宏美はいきなり龍虎のお股に触った。
 
「これじゃセックスできないじゃん。タックを外してよ」
「えっと」
「外してあげようか?」
と言って、宏美は剥がし液と小さなハサミを持っているようだ。
 
「自分でやります!」
と言って、龍虎は宏美が持っていた剥がし液とハサミを使って、タックを外した。
 
「これこういう強引な外し方すると、2〜3日おかないと次のタックができないんですよ〜」
と文句を言っている。コスモスはタックから解放された龍虎のあの付近をいじった。
 
「大きくならないんだね。やはり女性ホルモン、かなり飲んでいるでしょ?」
「実は最近はほとんど飲んでいないと言っても信じてくれませんよね?」
「そういう嘘をつくなら、これ切り落としちゃうぞ」
と言って、コスモスはメスを取り出した。
 
「麻酔薬も用意した」
と言って、注射器を持っている。
 
「社長、手術とかできるんですか〜?」
 
などと言っている龍虎の顔が期待するような顔なので、宏美はこの子、実際には取ってもいいと思っているのでは?という気がしてくる。
 
「やってみなきゃ分からない」
「勘弁してください。ぼくこれ無くしたくないから」
「無くしたいんだと思っていたけど」
「無くしたくないです!」
「ホントに?」
「だって僕、男の子だもん」
 
「でも立たないよね?私は女として魅力無い?」
「宏美さんは素敵な女性だと思いますけど、僕はごめんなさい。そもそも女性にも男性にも恋愛的な興味は無いんです」
 
「彩佳ちゃんとはセックスしたんでしょ?」
「してないです。彩佳とは裸で抱き合ったことは認めますけど、セックスはしていません」
「裸で抱き合っても立たなかった?」
「そうなんです」
 
立たなかったというよりその時、存在しなかったんだよなぁ、と龍虎は思う。もしあの時存在していたら、きっと彩佳は強引に自分と結合してしまっていただろうと思う。だから自分は彩佳の処女をもらってしまったも同然だと、龍虎は考えていた。
 
「もしかしてこれED?」
 
龍虎は正直に言うしかないと思った。
 
「実は・・・大宮万葉先生にヒーリングして頂いているんです。男性ホルモンはおちんちんの付近だけに作用するように。それ以外の部分ではむしろ女性ホルモン優位になるように。それで声変わりを防いでいるんですけど、おちんちん周囲には男性ホルモンが効いているから、実はこのおちんちん、2年くらい前からすると随分大きくなったんですよ(“2年前のもの”より大きいのは事実だし)」
 
「へー!」
と言ってから宏美は疑問を呈する。
 
「でも身体の他の部分は女性ホルモン優位なんだったら、おっぱいが大きくなるのでは?」
「それがおっぱいの付近はホルモンニュートラルになるように調整してもらっているんです」
 
「器用なことするね!」
「実はけっこう大変みたいです」
「なるほどねー」
 

宏美は自分ではガウンを着た。裸の上にガウンである。宏美は最初から裸でベッドに入っていたのであった。
 
「変な誘惑してごめんね。龍ちゃんの男性機能について、どうしても確認しておきたかったから」
 
「でも社長、もしかしてまだ処女なのでは?」
 
社長には男性の影のようなものを見たことないもんなあと龍虎は思う。
 
「誰かに進呈したいんだけどねー」
「それなのにこんなことしちゃだめですよ」
「龍ちゃんにだったら、バージンあげてもいいと思ったよ。筆降ろしの練習に」
「ごめんなさい。僕は女の人も男の人も愛せないから」
 
と言いながら、龍虎は『筆降ろしって何だろう?習字の練習するのかな?』などと考えている。
 
「うん。それは前から聞いていたけどね」
 
龍虎も服を着たいと言ったのだが、宏美はそのままでいてよと言い、結局この夜、龍虎は朝まで裸のままで、さんざん宏美におちんちんをいじられた。セクハラなのではという気もしたが、気にしないことにした。接着剤の塊が痛いとか言われるのでかなりハサミで毛ごと接着剤の塊を切り離した。
 
そしてふたりは龍虎の将来のことについてたくさん腹を割って話した。彩佳と結婚するつもりがあるのかについても訊かれた。
 
「実は」
と言ってその件も龍虎は正直に言う。
 
「30歳になったら結婚してと言われました」
「龍ちゃんはどう返事したの?」
「返事していません」
「ちゃんと返事してあげなきゃ可哀相だよ」
「そういうものでしょうか」
「だって心が宙ぶらりんになっちゃうもの」
「でも正直、ボク恋愛とか結婚とか分からないんです。だから断ることもできないんですよ」
 
宏美はそんな龍虎の困った様子に微笑んだ。
 

オールジャパンは1月6日(金)に準々決勝が行われた。
 
12:00からのジョイフルゴールドとサンドベージュの試合は好ゲームとなり、玲央美たちもかなり頑張ったのだが、最後はサンドベージュが6点差で試合を制した。玲央美たちは相手に今にも手が届きそうな感触だっただけに、かなり悔しがっていた。一方の勝った側の湧見絵津子たちにも笑顔は無かった。むしろ彼女は後で「もう負けたかと思った。レオさんたち本当に強い」と言っていた。
 
14:00からの東京W大とビューティーマジックの試合では、ビューティーマジックの鈴木志麻子が最初からピタリと奈々美について、激しいマークをした。さすがの奈々美も日本代表の本気のマークを受けたら、まだ勝てない。この日は奈々美が封じられたことから、W大の得点は大幅に減少し、ビューティーマジックが20点差で勝利した。
 
そして・・・奈々美はこの40分間、日本代表レベルの選手と鎬(しのぎ)を削りあって、物凄く進化した。それはここ数日間の奈々美の進化を更に上回るほどの進化であった。
 
悔しそうな顔で鈴木志麻子を見つめる奈々美の姿を、W大の監督が、同大の数人のトップ選手たちが、真剣な眼差しで見つめていることに、今日の奈々美は気付かなかった。
 

そして1月6日16:00。40 minutesとレッドインパルスの試合が始まる。
 
昨年も準々決勝で両者は当たり、この時は千里が所属していた40 minutesがレッドインパルスを破っている。千里は40 minutesの選手は辞めたものの現在でも同チームのオーナーである。
 
試合前から広川キャプテンも勘屋さんも嫌そうな顔をしている。一方の40 minutesは星乃にしても暢子にしても、やる気満々である。
 
試合の冒頭ではその精神的な勢いの違いが出た。第1ピリオドは40 minutesが4点リードする展開である。
 
第2ピリオド。レッドインパルスは、不二子/千里/純子/希望/日奈というヤングメンバーで出て行く。日奈以外は全員北海道出身で40 minutesの主力とはお互い試合をやり尽くしている。日奈も日本代表の活動で40 minutesのセンターである森下誠美・松崎由実とはたくさん一緒にプレイしている。このメンツが落ち着いて対処していくので次第に向こうの点数は抑えられていく。このピリオドでは、千里が暢子に、渡辺純子が中島橘花に、不二子が元チームメイトの森田雪子に、久保田希望が溝口麻依子にマッチアップした。しかし暢子は途中で下がって40 minutesは中折渚紗を入れてくる。渚紗は凄い気迫で千里に対抗する。
 
背番号33同士の対決である。
 
渚紗はむしろこちらをけしかけてくるのだが、千里は冷静に応じた。千里は渚紗に1発もスリーを撃たせなかったが、千里のスリーを渚紗は3回も停めた。第2ピリオド終了後、まだ試合途中ではあるが、お互いにハグした。
 
第3ピリオドは冷静さを取り戻したベテラン組中心に運用したが、それでも40 minutesとの点差は僅か4点である。渚紗はこのピリオドもずっと出てスリーを4本も入れた。勘屋さんが彼女にマッチアップしたのだが、渚紗はタイミングをうまく外して撃つので、勘屋さんが停めきれない。
 
第3ピリオドまで、まだ逆転可能な点差で進んでいるので、40 minutesベンチはかなり盛り上がっていた。
 
第4ピリオドは、こちらは妙子/千里/純子/江美子/日奈というメンツで出て行く。広川妙子キャプテンはこのピリオドではポイントガード役である。40 minutesの雪子とマッチアップする機会が多くなるが、雪子の天才的な試合組み立てに、しばしば首を振って感心しているようであった。キャプテンは彼女との対戦を経験しておきたかったので、黒江アシスタントコーチに直訴してこの位置に入れてもらったのである。
 
しかしここの対決で、千里も純子も江美子も、渚紗・暢子・橘花・麻依子・桂華・初子・聖子といった面々に競り勝つ。
 
最終的には10点差でレッドインパルスが勝った。
 
試合終了後あちこちでハグしあう姿が見られる。千里は再度渚紗とハグしたし、暢子・橘花・麻依子・桂華・星乃・夕子、更にマネージャーとしてベンチに座っていた浩子ともハグした。
 
渚紗はこの試合でスリーを5本入れ、3試合の合計が21本となった。千里が3回戦で10本、この試合で9本入れて19本なので、この時点ではスリーポイント女王争いは、渚紗が暫定1位、千里が暫定2位である。
 
(3位はジョイフルゴールドの湧見昭子で3試合10本、4位はビューティーマジックの萩尾月香で2試合8本。ステラストラダの神野晴鹿は初戦でジョイフルゴールドに負けたため2本、フラミンゴーズの伊香秋子も初戦で40 minutesに敗れて同じく4本に留まる)
 

この日の最終試合、18:00からのハイプレッシャーズ対ブリッツレインディアでは、やはり乃々羽のトリックプレイが炸裂する。彼女はひとりひとりの選手の性格と今日の調子を見て、その相手が今日いちばん引っかかりやすいようなプレイを選択してくるので、自信を持っている選手ほど、うまくやられてしまうのである。
 
それで結局2点差でハイプレッシャーズが勝ってしまった。
 
乃々羽の弁。
「さすがにもう勝てないだろうと思っていたから、何も考えずにプレイしていた。スコアボードも見ていなかったので試合が終わってから勝っていたのを見て驚いた」
 
しかし堂々の準決勝進出である。
1月6日の結果。
 
ジョイフルゴールド×−○サンドベージュ
東京W大×−○ビューティーマジック
ハイプレッシャーズ○−×ブリッツレインディア
40 minutes×−○レッドインパルス
 
この結果、準決勝は次の組合せで行われることになった。
 
サンドベージュ−ハイプレッシャーズ
ビューティーマジック−レッドインパルス
 

ところで千里の最近の基本的な生活パターンはだいたいこんな感じである。
 
朝5時に起床。京平とふれあう。だいたい前日あったことを京平が報告し、千里もおやつなどを持って行ってあげるのが常である。だいたい1時間くらいふれあいをする。
 
「だけど京平、今日のスカート可愛いね」
「スカートって可愛くていいよね。でもボク、赤いスカートよりこういう青いスカートの方が好き。赤いスカートって女の子みたいだし」
 
千里は突っ込みたい気分になったもののやめといた。しかし龍虎もきっと小さい頃こういう男の子だったんだろうなと思う。
 
「じゃ、これ今日もパパの枕元に置いといてね」
と言って500円玉を渡す。すると京平がそれを貴司の枕元に置いてくる。これがその日の貴司のお昼代である。
 
そういう訳で千里は毎日京平と会っているが貴司とは月に1度くらいしか会っていない。
 

少し仮眠した上で、アテンザを運転して世田谷区内の体育館に行き、基本的な練習をする。
 
12時頃、お昼を取り、アテンザで川崎に移動。午後いっぱいチーム練習。20時頃、矢鳴さんにアテンザを運転してもらって経堂の桃香のアパートに移動。小田急OXで買物をしてから、桃香に晩御飯を食べさせ、掃除・洗濯などをする。23時頃、用賀の自分のアパートに移動。夜2時か3時頃まで作曲活動。
 
貴司とは月に1度くらい会って一緒にバスケ練習はしているものの、昨年秋の《大浮気》のあと、まだ性的接触を拒否している。桃香は妊娠中なので、もちろんHなことは禁止である。つまり貴司も桃香もここ数ヶ月、性的な快感を得られずに悶々としている。千里自身はあまり性欲が無いので性的な行為をしなくても平気である。
 
矢鳴さんには川崎→経堂/経堂→用賀の移動での運転をお願いしている。練習で疲れている身体では車を運転しないようにしているのである。千里が桃香のアパートにいる間は、彼女は夕食を取ったり、あるいは自分も小田急OXで個人的な買物をしたりしているらしい。
 
彼女は夕方自分の車で用賀に来て、そこの千里の駐車枠に車を駐め、東急とJRで武蔵中原駅まで移動して、川崎の舞通の工場に入る(毎日のことなので入館証を発行してもらっている)。それで千里を待つ。経堂までの運転はほんの20分ほどにすぎないが、その20分が最も危険なのである。彼女がいなければ2時間くらい仮眠してから戻りたいところだ。23時頃、千里は経堂の駐車場に行き、そこで休憩している矢鳴さんの車に乗り、だいたいそこから首都高を1周してから用賀の方の駐車場に行くのが常である。経堂の駐車場から用賀の駐車場までは距離的には3kmも無いのだが、わざわざ永福出入口から首都高4号新宿線に乗り、適当なルートで1時間くらい運転して、谷町JCTから首都高3号渋谷線に乗り、用賀出入口(東名の東京IC直前)で降りて用賀の駐車場に戻る。この1時間ほどのドライブで頭をアルファにして、主として作曲のヒントを得るのである。矢鳴さんは用賀に戻った後は自分の車で自宅に戻る。
 
チーム練習が休みの日は午後の時間も作曲活動に当てるので、そういう日は午後いっぱい矢鳴さんに付き合ってもらい、あちこちドライブしながら後部座席で発想を練っていたりする。結果的に矢鳴さんの休みが取れないので、ふだんの日を他の人に代わってもらうこともある。
 
アテンザにはインバーターを装備し、キーボードやパソコンが使えるようにしている。大容量のモバイルバッテリーも3個ほど積んでいる。
 
もっとも矢鳴さんも中央高速を運転していたはずが、いつの間にか道央道を走っていたりするのには、初期の頃は驚いていたものの、最近は平気になってしまっている。千里も矢鳴さんに気を許して、そういう唐突な移動を掛けているのである。
 
それで矢鳴さんのドライブ日誌には、経堂→八王子→甲府→長野→仙台→盛岡→宮崎→熊本→御殿場→用賀などといったルートが記載されることになる。
 
(このドライブ日誌は記録に残すだけであり、上司の鶴見社長といえども閲覧することはない)
 

ところで毎日午前中にやっている基礎練習だが、これは2015年の4月からやっているもので、最初は千里(40min/Red)と玲央美(Joyful)の2人で始めたのが、後に麻依子(40min)と彰恵(Joyful)が加わり、やがて土日だけ(学校の先生をしている)橘花(40min)も加わり、更に2016年4月からは乃々羽(High)と江美子(Red)も加わって7人になった。この7人でまとめて借りている訳では無く、各々は自分の年間利用証で入館し“たまたま遭遇したから”手合わせしているだけである。
 
(但しこの午前中の体育館での練習は年末からオールジャパン終了までの時期は体育館があいていないことと、お互いに微妙な状態になるので、お休み)
 
乃々羽が加わった2016年4月頃、橘花がこんなことを言い出した。
 
「最近のノノは全然ノノらしくない」
「だって、私っぽいプレイをさせてくれないんだもん」
 
と、このメンツなので、乃々羽も不満を漏らした。
 
松前乃々羽は千里や橘花たちと同じ学年である。釧路Z高校で1年生の頃から頭角を現し、インターハイにも行って来たが2年・3年の時は全国大会に出ていくことはできなかった。高校卒業後、茨城県のTS大学に進学、そこで橘花や彰恵、桂華などの好チームメイトを得て活き活きとプレイ。しかし2013年春に大学を卒業する時、プロチームの評価は低かった。
 
それは彼女がポイントガードなのに、パスが下手だという大問題があったからである。
 
彼女はおよそ狙った方角にパスが飛ばない。
 
普通のノールックパスであれば、選手も来るかもと思って心の準備が出来ているので反射神経で対応できる。ところが彼女のパスはノールックで出す時に、そもそも自分が思っている方向にボールが飛ばないので、受け取る側は最初からそのつもりでいて、飛びつくようにして取る必要がある。
 
結果的に相手の意表も突くのだが、味方も取り切れない。高校時代は、それでも全員が常に自分の所にボールが来るものと思って心の準備をしていたので何とかなっていたし、大学時代は彰恵や桂華たち卓越した能力を持つチームメイトに恵まれたので、どこに飛んでもボールをキャッチしてもらえた。
 
それで結局Wリークでは採ってもらえず、実業団チームに入って2年間居たものの、そこが解散になり、その後、ちょうどポイントガードを探していたWリーグ下位のハイプレッシャーズに、同チームOGの小杉来夢の推薦で2015年春に入団した。しかしこのパスの方角の問題があるので、監督からはひたすらパスの練習をやらされ、なかなか試合出場の機会ももらえなかった。
 
2016年春の契約更改も微妙だったのだが、入るかもと言われていた有望選手を結局フリューゲル・ローストに取られたことから、首がつながった。
 

「結局、ノノがパスを取れる選手を育てるしかないと思う」
と麻依子は言った。
 
「今チーム内で唯一、私のパスを取ってくれるのは(舞田)光だけなんだよ」
と乃々羽は言う。
 
舞田光は静岡L学園の出身である。彼女も実業団を経てハイプレッシャーズに入団している。千里は彼女が居た時期の同学園と3年生のインターハイで対戦した時は負けて旭川N高校はBEST4に留まった。しかし同年ウィンターカップでも両者は対戦し、準々決勝で今度はN高校が勝っている。どちらの試合も終了間際のハプニングで勝負が分かれたこともあり、お互いにやや複雑な心境の残る相手である。
 
スッキリしない試合だったよなあ、と千里は今でもあの2つの試合に悔いが残る。
 
「若い子を鍛えたら?ルナちゃん(雨地月夢)とか」
と玲央美が言う。
 
雨地月夢は玲央美の現在のチームメイトである高梁王子の、高校時代のチームメイトで、千里たちより3つ下の学年である。高梁が岡山E女子高に在籍していた時は一緒に全国大会に行っているのだが、その後はあまり活躍の場が無く、大学時代もあまり目立った所は無かった。今年の春大学を出た後、5チームの入部試験に落ちた後、何とかハイプレッシャーズに入る事が出来た。
 
彼女がなかなか入部試験に合格させてもらえなかったのは、筋のいいプレイはするものの、見た感じはいくらでもその辺に居そうな選手に見えてしまうことと、やはりバスケット選手にしては身体が華奢だからというのもあった。
 
「ラギ(高梁王子)と歩いていると、よくカップルかと思われたんですよね〜」
などと月夢本人も言っていた。
 
「この子女の子です、とラギのこと言うと、だったら、もしかしてあなたが男の娘?とか言われたりして。個人的には男の娘にも興味あるけど」
 

「あの子は才能が眠ったままという感じ」
と橘花も言っている。
 
「高校時代は輝いていたからね。あの当時の自分を取り戻せたら凄く強くなる」
と千里も言った。
 
「だけど私が彼女とかを指導しようとすると、今のチームでは叱られると思う」
と乃々羽は辛そうに言う。
 
「だったらチーム外で鍛えらればいい」
と橘花が言った。
 
「ん!?」
「ここに連れてきていいよ」
「あぁ・・・」
 
「レオ、堀江姉妹と連絡取れるよね?」
と千里が訊く。
「連絡取れるよ」
 
「お姉さんの方は本能だけでプレイするタイプだから置いといて、妹さんの方は、乃々羽のパスに慣れたらすぐ取れるようになると思う」
 
「それはルナちゃんもだよね?」
「そうそう。あの子も少し慣れたらすぐ取れるようになる」
 
「ノノのパスをルナ、堀江多恵、舞田光の3人が取れたら、ノノの本来のプレイがきっとできる。そしたら、秋からのシーズンではコーチ陣の評価を変えていくことができるようになると思うよ」
と麻依子は言った。
 

それで堀江多恵の口利きで、彼女自身と月夢が、この朝の体育館の常連になった(週3回車の相乗りで往復。片道2時間)。彼女たちもチーム練習が軽すぎて、練習量に不満を持っていたので、午前中の練習で精神的にも充足感を得られたようである。舞田光は普段、水戸市内の体育館で別のメンツと自主練習をしているものの、こちらにもしばしば顔を見せて4人の間の連係プレイを確認していた。
 
それで夏のサマーキャンプで使ってもらった乃々羽は彼女らにうまくパスをつなぐことができて、首脳陣から一定の評価を得ることができた。本人もこのサマーキャンプでアシスト数が参加チームの選手中2位の成績をあげた。しかし秋からの本シーズンに入ってからは、ベテランの選手などにパスをつなげられないので、やはりなかなか使ってもらえなかった。
 
それでも乃々羽がオールスターに選出されたのは、リーグ推薦の選手を決めるスタッフの中に、実は札幌P高校の関係者が入っていて、玲央美がその人に強く推薦していたことと、ハイプレッシャーズの本来の中心選手であるSFの島本が11月下旬に怪我で戦線離脱したこと、代わりに出場を打診された堀江多恵が松前乃々羽を出してあげてと言ったこと、そして何といってもサマーキャンプで乃々羽がアシスト数で2位の成績をあげていたというのがある。
 
オールジャパンでは初戦の相手が高校生だったので、監督が「若手で行こうか」と行って、乃々羽と雨地月夢・舞田光の3人をスターターに使ってくれた。それで競っていた所にチーム内では一定の評価をされている堀江多恵が自分も出して欲しいと言って出してもらい、この4人が揃ったことから、乃々羽は本来の自在な試合組立てをするようになり、まずは高校生チームを下した。
 
乃々羽はインタビューでは切羽詰まってトリックプレイを多用したような言い方をしたものの、実はそういうトリックプレイをするのが、というより結果的にトリックプレイになってしまう!のが、本来の乃々羽のスタイルであるし、前半はパスを取れる人数が少なくてそのプレイができなかっただけである。
 
次の試合エレクトロウィッカ戦は強豪で勝てる相手とは思えなかったので、ハイプレッシャーズ首脳陣は後半から「見せ場作り」で主力を投入しようと考え、前半に若手を出してみた。一方のエレクトロウィッカ側は翌日以降の準決勝・決勝を見越して、この相手に主力はあまり消耗させたくないということから若手主体の陣容で出す。それで心理戦の経験の浅い若手選手たちが、乃々羽の意表を突くプレイと巧妙な仕掛けに美事にやられてしまった。
 
するとハイプレッシャーズ側は、乃々羽や光を中心にうまく回っているので、そのまま最後までやらせるし、エレクトロウィッカは慌てて後半主力を入れて来たものの、調子に乗っている乃々羽や多恵たちに翻弄される。挽回しなければという焦りがあるので、その焦りに付け込まれたのである。
 
ハイプレッシャーズのチーム内で、このあたりは首脳陣からも信頼されている堀江希優・多恵姉妹の発言の影響も大きかった(希優は多恵に最初から言いくるめられている−希優はしばしば東京に練習に行く時のドライバーをしてあげているが自分は多恵たちより早く上がり仮眠している)。目の前で乃々羽や月夢たちが実際に活躍しているので、コーチたちも多恵の言うように選手を起用してくれた。
 
それで準々決勝では、ここまで来たら充分だから後は自由にという感じで実質多恵がプレイング・マネージャー的な役割を果たして、乃々羽とダブル司令塔になり、月夢・光の他に少しずつベテラン選手にも入ってもらう。ベテラン選手には月夢か光からパスを通すようにして、うまく連携を作り、ブリッツレインディアを撃破することができた。実はブリッツレインディアはオーソドックスなプレイを好むチームなので、乃々羽のような、よく言えば変則的な(悪く言えば規格外の)司令塔には最も弱いのである。
 

そういう訳で、実は乃々羽のプレイは、苦し紛れのプレイではなく最初から計算ずくのものであった。しかし玲央美や千里・橘花たちには当初からネタバレしているので、もし40 minutes, Joyful Gold あるいはレッドインパルスなどに当たったら、そこまでだったのだが、今回の組合せではローキューツはブリッツレインディアに敗れ、ジョイフルゴールドはサンドベージュに敗れて、どことも当たらないまま準決勝まで来てしまった。
 
1月7日(土)。
 
この日は「女子の準決勝のみ」が行われる。男子は試合が無い。
 
15:00からはまず、サンドベージュとハイプレッシャーズの試合が行われる。
 
サンドベージュはいきなり主力を投入してきた。
 
乃々羽のことを知っている湧見絵津子に彼女のマークを命じた。そして彼女さえ抑えれば、今のハイプレッシャーズは、何とかなるのである。舞田光には広川久美、堀江多恵には平田徳香、そして雨地月夢には彼女の元チームメイト翡翠史帆が付く。
 
高梁王子と月夢・史帆は3人で全国大会のトップまで上り詰めている。
 
絵津子や史帆は首脳陣に言ったのである。
 
「松前さんのあのプレイは地です。苦し紛れのプレイではないです。そしてかなり相手の戦力分析もしています」
 
と。
 
それでサンドベージュのコーチ陣も、中核選手たちも、もはやハイプレッシャーズを下位に低迷しているチームとは考えず、自分たちと対等の実力があるチームと考えることにし、全力でぶつかることにしたのである。
 

絵津子vs乃々羽、史帆vs月夢は、ほとんど対等であった。
 
その対等に戦っている状態を見て、サンドベージュの首脳陣は、乃々羽たちの実力が物凄いことを肌で感じ取った。
 
そもそも乃々羽にしても月夢にしても、男子の試合のような高速な展開で持ち味を発揮するタイプである。ふだんのハイプレッシャーズの、ゆっくりしたゲーム展開ではその良さが充分活きない。
 
観客席は騒がしくなっている。女王サンドベージュに、ハイプレッシャーズがしっかり付いていき、競り合っているからである。
 
この展開では、どちらもほとんど選手交代ができなかった。
 
ハイプレッシャーズとしては、他の選手を出せばサンドベージュの主力が出てきて、簡単に圧倒されてしまうのが目に見えていると思う。すると今競っているメンツをそのまま使い続けるしかない。
 
またサンドベージュとしても、乃々羽があまりにも特殊すぎて、彼女を元々よく知っている絵津子以外には任せられない。また月夢はサンドベージュにとって未知の選手で、こちらも彼女のことを高校時代から知っている史帆にしか任せられない。もっとも月夢は史帆が思っているのよりかなり進化しているようで、史帆がしばしば「うっそー!?」という表情をしていた。しかし他の選手にマークさせると、もっとひどいことになるだろう。
 
結果的に点数もわずかにサンドベージュがリードしたまま、あまり差が付かない状態で進行していく。
 
結局、お互い短時間休ませるための交代を除いて、ほとんど最初の5人が40分間プレイし続ける状態で試合は最後まで行った。
 
試合終了のブザーが鳴った時、月夢は遙か遠くのゴールに向けて思いっきりボールを投げた。
 
これが入ってしまい、本人も驚いていたが、観客席も大いに沸いた。
 

その3点を入れて 61-62. サンドベージュが1点差で逃げ切った。
 
乃々羽が、月夢が、多恵が、光が、天を仰いだ。
 
一方勝ったサンドベージュの方も絵津子や史帆が疲れ切って座り込んでしまった。
 
凄まじく消耗の激しい試合であったが、観客には物凄く見応えのある試合であった。
 
それでハイプレッシャーズの今回の快進撃は、準決勝で停まったのである。
 

まだ観客のどよめきが収まらない中、17:00。ビューティーマジックとレッドインパルスの試合が始まる。
 
ビューティーマジックは1990-1993年にはオールジャパンを4連覇している。その後サンドベージュが台頭して現在はサンドベージュが絶対的な女王の地位にあるが、今でもここはトップ争いをしているチームの一角である。千里は2008年に初めてオールジャパンに出た時、ここと3回戦で当たり、敗れている。このチームは難しいことは言わずにひたすら点をとりまくるタイプのチームなので、旭川N高校とも相性が良かったが、レッドインパルスとも相性がいい。守っている時間があったら攻めろ、というのチームの雰囲気だが、これは元々ビューティーマジックを指導していた田原コーチが、レッドインパルスに移籍してきて、同じ理論で低位にくすぶっていたチームを変えたからである。
 
そういう訳で実はこの2チームはどちらも田原さんが基礎を作り上げたチーム同士なのである。そして田原さんは現在は彼が本格的に指揮する4つ目のチームとなるブリリアントバニーズを指揮している。
 
(田原さんが最初に指導したチームは実業団のJスピナー宇治で、これは藍川真璃子が所属していたJスピナー山崎の姉妹チームである。両者は1976年に統合され、それを機に田原さんはビューティーマジックに移籍したのである。従って、藍川は田原の指導を受けていない)
 

この日の試合はそういう訳で点取り合戦になった。
 
ビューティーマジックで、鈴木志麻子、日吉紀美鹿、赤山ツバサたちが頑張って点を取れば、レッドインパルスも鈴木のライバル・渡辺純子が頑張って得点し、久保田希望、鞠原江美子も負けじと得点する。スリー合戦では萩尾月香と千里が競うようにスリーを撃つ。この試合で萩尾は6本のスリーを入れ、スリーポイント決定数が15本となって、既に敗退している湧見昭子を抜いて3位に浮上した。しかし千里は9本入れて28本となり、渚紗を抜いて1位に躍り出た。
 
そして試合は108-116というとんでもないハイスコアでレッドインパルスが勝った。61-62だった先の試合と比べると倍の速度で得点した感じである。
 
試合終了後、純子と志麻子がハイタッチしていた。あれだけひたすら得点したらお互いに気持ち良かったであろう。お客さんも先の試合が難しい試合だっただけに、こういう単純な点の取り合いは楽しかったようで、大きな拍手が送られた。
 

そういう訳で今日の試合結果はこのようになった。
 
サンドベージュ○−×ハイプレッシャーズ
ビューティーマジック×−○レッドインパルス
 
そして明日1月8日17:00からの決勝戦はサンドベージュとレッドインパルスで行われることになった。
 
 
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【女子バスケット選手の日々・2017オールジャパン編】(2)