【△・葉月救済大作戦】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-03-13
2018年7月22日(日)、桜野みちると森原准太は一緒に記者会見を開き、婚約したこと、みちるは2019年1月以降、しばらく休養することを発表した。
2人が各々の所属プロダクションの社長に婚約のことを話したのは金曜日である。コスモスは驚いたものの容認する姿勢だったが、紅川会長は激怒した。しかしコスモスが何とか紅川を説得し、紅川はふたりの結婚を許してやり、違約金も取らないことも告げた。それでこの日の記者会見となったのである。
(しかしこの件で経営者としての自信を喪失した紅川は所有する§§ホールディングの全株式をケイに買い取ってもらい2018年一杯で業界から引退することになる。紅川の“引退”は5年ほど続く)
桜野みちるは年内一杯で活動をいったん停止する。それで現在出演しているテレビ番組からは順次降板することになった。その後任として、コスモスはその番組での役割に応じて、姫路スピカや花咲ロンド・白鳥リズムなどを充てていったのだが、みちるが品川ありさ・高崎ひろかと一緒に“信濃町シスターズ”として出演している『3×3大作戦』に関しては、門脇真悠を充てることにして、この機会に“彼”には大崎志乃舞という芸名を与えることにした。
その交代後最初の撮影は9月初めに行われた。
「そういう訳で、信濃町シスターズの桜野みちるちゃんがお婿さんに行くことになってしばらく休養するので」
と(事実上の)司会の金墨円香が言うので
「お婿さんじゃなくて、お嫁さんです」
と高崎ひろかが訂正する。
「なんだお嫁さんになるの?じゃ女の子に性転換するの?」
「みちるちゃんは元々女の子ですー」
「そうだったか。済まん、済まん。で、後任は大崎志乃舞ちゃんである」
という金墨の紹介で拍手の効果音が鳴る。志乃舞が一礼した後カメラに向かって手を振る。
「ところで後で視聴者が騒いだら面倒なので、最初に確認しておきたいのだが」
と金墨は言う。
「なんでしょうか?」
と笑顔の志乃舞。
「君の性別は?」
「男ですけど」
ここで「え〜〜!?」というスタジオ内の声(むろん台本)。
「男でもシスターズでいいの?」
と金墨が品川ありさに尋ねる。
「志乃舞ちゃんは女子中学生ですから、シスターズになる資格あります」
とありさ。
「あんた女子中学生なの?」
「そーでーす」
「男でも女子中学生なんだ?」
「ふつうに女子制服着て通学してますし、普通に女子トイレ・女子更衣室使ってますから、間違いなく女子中学生です」
(ちなみに彼は現在中学3年である。なお、志乃舞は下着を含めて女の子の服しか着ないし、声変わり防止のために女性ホルモンを飲んでいて、既に男性能力は消失し、胸も膨らみかけているが、本人はしばしば『ボクは男ですよ』と言い、性転換手術を受けるつもりもないと言っているので、便宜上“彼”という代名詞を使用する。もっとも彼の性別意識は今後揺れる可能性もある。姉からはさっさと去勢しちゃいなよと言われているらしいが、さすがに中学生の去勢をしてくれる病院は存在しない。青葉は睾丸が自然消滅したので性転換手術までしてもらえた)
「うん。だったら問題無い。では子猫チームの一員として頑張ること」
と言って、金墨は最初のゲームの説明を始めた。
この番組では“香炉チーム”スリファーズの春奈も元男の子(性転換済・戸籍も女に変更済み)なので、大きな問題は無いだろう、とプロデューサーの名古尾も言っていた。
なお、大崎志乃舞は2016年夏のロックギャルコンテストで3位に入り、研修生になっている。この番組に出ている《三つ葉》の月嶋優羽は2016年春に§§ミュージックを退所してオーディションに参加し、事実上合格して三つ葉の結成に至ったので、優羽と志乃舞はすれ違いになっており、特にお互い面識は無かった。
2018年9月22-30日、バスケット女子ワールドカップが、スペインのカナリア諸島テネリフェ島の2つの体育館を舞台に行われた。日本はグループCになり、スペインに敗れたもののベルギーとプエルトリコに勝った。この結果、スペイン、ベルギー、日本は2勝1敗で並んだが、得失点差で3位となった。
スペインチームは日本をよく研究していて、千里・玲央美・王子の中核3人に付くマーカーにかなりの特訓を積ませている感じだった。今回は情報戦に負けた。
決勝トーナメントでは“準々決勝進出決定戦”(準々々決勝)でD組2位の中国に敗れ、ベスト8にも進出できず、最終順位は9位という極めて不本意な成績となった。千里・玲央美・王子はスペイン戦の敗戦をひきずってしまい、3人ともリズムが狂ってしまって、その後のゲームでもなかなか調子が出なかった。
結局千里は試合数が少なかったこともあり、スリーポイント女王を獲得できなかった(全体で3位)。花園亜希子も同様に調子が悪かった(同5位)。日本選手では、水原由姫がスティール1位になったくらいで、佐藤玲央美も高梁王子もあまり得点ができなかった。
2018年10月15日(月).
今井葉月(天月西湖)はその日深夜1時過ぎまで撮影を続け、アクア・桜木ワルツと一緒にスタジオを出た。
「遅くまでお疲れ様。今夜はゆっくり寝てね」
「ワルツさんもこんなに遅くなって大丈夫ですか?」
「私は付き添いだし、撮影中は仮眠してたから大丈夫だよ」
それでワルツは Volvo V40 に2人を乗せ、まずアクアを赤羽のマンションまで送り、その後、10分だけ仮眠させてもらった後、葉月を用賀のアパートまで送ったが、その後、とても自分のアパート(板橋区)へは帰り着く自信が無かったので、用賀駅近くのTimesの駐車場に駐めると、そのまま車中泊した。
ワルツに送ってもらった西湖は
「最近、連日深夜まで撮影が続くよなあ」
と思ったものの、取り敢えず寝ることにする。
お腹が空いているのでストックしているカップ麺を作ろうとお湯を沸かし、カップ麺の蓋を開けてお湯を注ぐ。そして3分タイマーを掛けて・・・
そのまま眠ってしまった!
西湖が目を覚ました時、時計は6時だった。朝の光が射している。結構爽快に目が覚めたなと思い、トイレに行くと物凄い量のおしっこが出た。よほど疲れているんだろうなと思う。
完璧に伸びて冷めてしまっているカップ麺を朝御飯代わりに食べる。それから西湖は今日の学校で必要な教科書とノートを時間割を見ながら詰める。
「水曜日は・・・0時間目(**)がリーダー、その後、日本史、化学、OC1(**), 音楽、家庭科、数Iか・・・」
(**)この学校は芸能人の生徒が多く、出席授業数が足りなくなりがちなので0時間目に補習が行われており、芸能人の生徒は原則として0時間目から出席する。
(**)OC1 は Oral Communication 1 で、昔風に言えば「英会話1」。概して私立校では導入率が高く、西湖の学校ではイギリス人の女性講師が担当している。
軽くシャワーをして汗を流すと、洗濯済みのパンティとブラジャー(**)を着け、ブラウスを着てリボンを結び、制服のスカートを穿いてブレザーを着て、学生鞄を持ちアパートを出た。
(**)西湖は忙しくてなかなか洗濯する時間が無いのだが、おキツネさんたちが西湖に代わって洗濯してくれているので、おかげで西湖はいつも洗濯済みの服を着ることができている。
学校に着いて教室に入る。
「おはよう」
「おはよう」
とクラスメイトたちと挨拶を交わす。それで0時間目はリーダーと思い、リーダーの教科書を出す。ところが入って来たのは担任の大月先生だ。大月先生の担当は地理である。
「あれ?今日は時間割変わった?」
と隣に座っている優美に尋ねる。
「え?変わってないよ。木曜の0時間目は地理じゃん」
「木曜!?今日は水曜じゃないんだっけ?」
「木曜だけど。10月18日木曜日。あ、そういえば聖子ちゃん、昨日は休んでいたね」
「嘘!?今日は18日!?」
「そうだけど」
「え〜〜〜!?」
西湖があまり大きな声を出したので先生に叱られる。
「こらそこ静かにしなさい。そうそう、天月さん、昨日は休んでいたみたいだけど、欠席届が出ていなかったよ。急に仕事が入った時は仕方ないけど、今日中に出しておいてくださいね」
「あ、はい」
西湖は血の気が引いた。もしかしてボクって16日の夜から18日の朝まで30時間くらい眠っちゃった?そしたら昨日17日の学校はいいとして、仕事をさぼっちゃった!?プロデューサーさんが怒っているんじゃないかな。それにボクが休んだらきっとアクアさんに負担を掛けている。
それで西湖は0時間目が終わったらすぐ廊下に出て、階段の下から桜木ワルツに電話を掛けた。
「葉月です。すみません。私、昨日の仕事、サボってしまって。プロデューサーさん、怒っていなかったでしょうか?アクアさんにも負担を掛けてしまって」
「へ?何言ってんの?昨日も夕方から深夜まで仕事してくれてたじゃん。もしかしてあまりにも疲れて昨日のこと忘れちゃった?」
「え?昨日って10月17日ですよね?」
「もちろん。『クイズ探検隊』『マーチェリー×ザンダム』のリハーサル役をこなした後、『家具屋姫の秘密』の撮影でアクアのボディダブルして深夜まで。本当は高校生は22時以降使ってはいけないのに申し訳無かったけど、撮影日程がかなりずれ込んでいるからね」
「私・・・そんな仕事しました?」
「してたじゃん。頑張るなあと思って見てたよ。記憶に残ってないって、やはり疲れが溜まっているのでは?」
西湖はだんだん自信が無くなってきた。
「疲れもピークだよね。だったら、今日はスピカちゃんに代役してもらうよう言うからさ。今日は休みなよ」
「そうですか?」
「たまには休まないと西湖ちゃんも身体がもたないよ。西湖ちゃん最近女性ホルモン飲み過ぎてない?あれあまり飲むと身体が弱くなるらしいよ」
「女性ホルモンとか飲んでませんけど」
「うん。そういうことにしておこうね。今日の仕事の件は、ゆりこ副社長には私が言っておくから」
「分かりました。そしたら休ませて頂きます」
「うん。じゃ明日またお願いね」
「はい、頑張ります」
それでワルツとの電話を終えたものの、ボク、自分がした仕事も忘れているなんてと、自分はよほど疲れているんだろうなと悩んだ。
そしてこの後、葉月は自分では長時間寝ていて仕事に行けなかったような気がするのに、ちゃんと仕事に出てたじゃんと言われる、ということがしばしば(だいたい週に2回くらい−多くは火曜と木曜か金曜に)起きるようになった。
そしてその内、この問題について葉月は何も考えないことにした!
ボクって記憶が飛ぶほど疲れているんだろうな思っていた。ただし自分では休んだ気がするのに仕事に出たことになっている場合、その仕事の記憶がある時もあれば無い時もあり、それも疲れのせいだろうと思っていた。
こういう状態が2020年1月まで続くことになる。
2018年4月1日現在の§§ミュージック関係者の年齢は下記の通りであった。
1444 山村勾美(アクア担当)
60 紅川勘四郎(会長)
28 高村友香(アクア副担当)
26 秋風コスモス(2007/2015社長)・唐本冬子(この年の8月に副会長になる)
25 川崎ゆりこ(2009/2015副社長)・沢村朋代(デスク兼ありさ担当)
24 月原美架(ひろか担当)・中村知花(信濃町ガールズ担当)
23 桜野みちる(2010)・緑川志穂(アクア副担当) 本田覚(2017.リズム・スピカ担当)
22 鱒渕水帆(サマーガールズ出版に出向。R+L担当)・小野市花(FC担当) 海浜ひまわり(2011)
21 山本明(ネオン担当)・桜野レイア(研修生)
20 明智ヒバリ(2014)
19 桜木ワルツ(2017/兼葉月担当)・山下ルンバ(研修生)・河合友里(ありさ・葉月の副担当)
18(高卒) 品川ありさ(2014)・高崎ひろか(2014)・西宮ネオン(2016)・花咲ロンド(2017)
17(高3) 姫路スピカ(2016)
16(高2) アクア(2015)・松梨詩恩(2015)
15(高1) 今井葉月(2015)
14(中3) 石川ポルカ(2018)
13(中2) 白鳥リズム(2017)
明記した以外のマネージャー分担
沢村 ありさ・コスモス・ゆりこ
月原 ひろか・ワルツ
小野 ロンド・ポルカ
山村=こうちゃんは厩戸皇子(聖徳太子)と同時に生まれた。皇子を守護させるために偉大なる存在によって誕生させられたらしい。つまり敏達天皇3年(574年)1月1日の生まれである。このことを知っているのは千里とコスモスだけ。
ありさに副担当(河合)が付いているのは正担当の沢村がデスクとして多忙だからであるが、河合は週2回は葉月の送迎にも駆り出されている。山本明は唯一(?)の男性タレントである西宮ネオンを担当するために雇用されたが、男手が少ない事務所なので、力仕事の雑用が多い。彼の負担があまりにも大きいようなので、コスモスは昨年、2人目の男性社員で過去に他の事務所でアイドルの付き人をした経験がある本田覚を雇い、リズムとスピカのメイン担当とした。更にこの年の秋には3人目の男性社員・田崎仁を雇うことになる。
しかしリズムとスピカを男性の本田が担当しているのに、紅川もコスモスもアクアや葉月に男性の担当をつけることは1度も考えなかった!
なお、桜野みちる・明智ヒバリは§§プロ所属、松梨詩恩は♪♪ハウス所属である。
桜野レイア(21)・山下ルンバ(19)はこの当時はまだ研修生である(とは言っても他の子の伴奏をしたりテレビに端役で結構出ている)。原町カペラ(15)は入所前。この年夏のロックギャルコンテストで優勝して§§ミュージックと契約する。
海浜ひまわりは2014年に引退したのだが、足立区の寮では頻繁に見かけるので寮生たちにはおなじみである。彼女は一応研修生と同様のB契約をしている
ひまわりは、ここの寮に荷物を大量に置いていて、それを取りに来たり、更にここ宛で荷物を受けとったり、どこかから段ボール箱を運び込んで来たりもしているようで、それで寮で頻繁に見かけるのである。彼女が何の荷物を寮に置いているのかは誰も知らない。寮生たちの間では
「家に置ききれないお洋服?」
「ファンからのプレゼントのあふれた分?」
「自爆営業して買った自分のCD?」
「麻薬とか覚醒剤とか?」
「拳銃とかRPG-7とかカチューシャとか?」
「大量の金塊か宝石」
「趣味の自動車の改造用部品?」
「アクアを女の子に改造するための手術用具」
「アクアに飲ませようとして買った大量の女性ホルモン剤?」
など様々な説が出ていたが、ひまわりはゆりこに
「決して違法なものではありません」
と言っていた。
(ひまわりはアクアのファンクラブ会員番号100番で、熱心な“アクア性転換派”のひとりである。マリ主催の“アクア拉致改造手術プロジェクト”作戦会議にもほぼ毎回出席している。なおひまわりの愛車はMark-IIだが魔改造されている。その車には§§ミュージックのタレントや研修生は乗せてはならないとコスモスから厳命されているが、そもそも誰も乗りたがらない)
以前は彼女の荷物は1部屋占有していたが、ゆりこの命令で倉庫に移動されている。でも倉庫を1個完全に占有している。更にこの倉庫にはいつの間にかワーキングテーブルにビニール製衣装ロッカー、パソコンと電子キーボード、カラーボックスに本棚、食器棚、簡易ベッドまで運び込まれていて“個室化”している。しばしば寮のコインランドリーや来客用シャワールームを使っている姿も見られる。
アクア・葉月以外のタレントは原則としてマネージャーを伴わず1人で電車で移動する。ただし“新宿駅からアルタに辿り着けなかった”という伝説がある方向音痴のありさには“安全のため”女子大生の付き人を付けているが基本的には一緒に電車などで移動している。仕事の終わりが深夜になる場合や、交通の不便な所には誰かが送迎するが、誰が送迎するかは定まっていない。人手が足りないとルンバ・レイア・ひまわりなど、運転のできる研修生(?)が駆り出されることもある。むろんひまわりが運転する場合、使用するのは事務所の車である!(ひまわりは結構雑用でこき使われている)
この他に常時15-20人程度のマネージャー・チームを社員・バイト・他のプロダクション(多くは弱小)やイベンターからの出向社員などで構成しているが、どうしても入れ替わりが多い。他に大量に送られてくるプレゼント類の検査・仕分けチームも常時4-5人雇っている。(それ以外に薬剤師と博士号を持つ化学技士も常駐している。ここには金属探知機・X線透過装置とか成分分析計とかもある)。このプレゼントチームはバレンタイン・ホワイトデー・七夕・クリスマス・各タレントの誕生日などの時期にはかなり増員する。特にバレンタインやアクアの誕生日の時期には最大50人くらいまで増員する。
2018年の春は“上島騒動”とともに始まった。
昨年秋に死亡したP代議士のグループによる大規模な不公正土地取引が発覚し、上島雷太はこの事件に連座して起訴こそされなかったものの、無期限の謹慎となった。これに伴い、上島の楽曲が使えなくなってしまったのである。
これまで上島が書く楽曲があまりにも広く使用されていたため、JPOP業界は大パニックになる。大量の回収騒ぎが起き、オンラインストアやストリーミング配信などからも該当楽曲が消え、多数のCDの発売予定がキャンセルになった。この結果歌うべき楽曲が無くなり、活動停止に追い込まれる歌手が相次ぎ、ライブが中止になって、返金騒動になり、プロダクションやイベンターで経営危機に陥る所も続出する。多数のドラマの主題歌などが差し替えになり、クラシック曲をバックにドラマの出演者紹介などが流れる番組も多数あったし、CMもBGM無しでタレントが商品名を連呼するような古いスタイルのものが多く発生した。
損害額はどう考えても100億を超えた。
その中で◇◇テレビの響原部長が音頭を取って、UDP (Ueshima Diversion Project) が発足。上島作品の代替を多数の作曲家で分担しておこなうことになったが、人気作家はほとんど余分な作曲の余力は無く、書いてくれたのはローズ+リリーのケイ・醍醐春海(=千里1)を含むほんの10人程度で、楽曲の絶対数が極端に不足する事態が夏頃まで続くことになる。
実際にはケイと醍醐以外の作品数は少なく、その醍醐も7月に夫死亡のショックで活動を停止するので、一時期、ケイが1人でこの業界を支えることになる。ケイは物凄いスピードで楽曲を次から次へと書き続けたが、それを心配した鱒渕マネージャーはコスモスに相談し、台湾のサンフラワー音楽製作工房で一部ケイの代理をさせることにする。しかしそれでもケイの負荷を充分下げるには至らなかった。
丸山アイは昨年7月にP代議士が死の床にあるという情報を得た段階でこの流れを予測し、この機会に前から考えていたスーパーコンピュータによる自動作曲をしようと考えた。スーパーコンピュータを動かす土地として、原子力発電所があって電力にゆとりがあると思われた鹿児島県S市に目を付け、廃工場を買い取って茨城県のTS大学から買い取った一世代前のスーパーコンピュータを搬入し、故障箇所を直したりして2018年2月下旬に動くようにした。
それで以前からTS大の山鳩が研究していた自動作曲システムを動かし始める。
アイは、楽曲のデータベースを作るのに、音源図書館の松前社長に協力を求め、1億円の使用料を払って多数のCDからメロディーの“つながり”のデータベースを構築した。このシステムは4月になって、やっと(アイが手動で調整すれば何とかなるレベルの)まともな作品を生み出すようになる。
アイは新し物好きで知られ、“バーチャルアイドル”の宮城イナイでも大きな収益を上げているЮЮレコードの三方社長にこの曲を持ち込み、今後どんどん人工知能に楽曲を作らせるので、そちらで使ってくれないかと売り込んだ。三方社長は「面白そうだね!」と言って話に乗ってくれた。そして近々デビューさせるつもりだったものの、突然降って湧いた“上島騒動”のおかげで楽曲が確保できずにいた島田春都にこの歌を歌わせることにしたのである。
作曲者のクレジットは夢紗蒼依である。
島田春都のデビュー曲は大いにヒットして、ЮЮレコードはこの後、夢紗蒼依作品のおかげで、前年度の倍のセールスを上げ、レコード協会の準会員から正会員に昇格することになる。なお、夢紗蒼依が人工知能であることは社長以外には公開していない。夢紗蒼依はJASRACには作曲家集団名として登録され、その著作権管理はЮЮレコードで処理して、原盤印税とJASRACからの入金は手数料を差し引きAI-Museに振り込まれる。
ここで夢紗蒼依の作曲料は、最初20万円に設定していた。しかしこの20万円という価格設定では実は大赤字であった。
それは当初1曲生み出すために掛かる費用(電気代!がメイン。他にシステムを動かしているスタッフの人件費も掛かる)が80万円ほど掛かっていたからである。これはプログラムの品質向上で夏頃には30-40万円まで下がってくるのだが、それでもひたすら赤字を垂れ流すビジネスとなった。
そこでアイはこの赤字を分担するため、経済的なゆとりがあり、かつ以前から自動作曲に興味を持っているように思えた千里に、このシステムに乗らないかと打診してみることにした。ここでアイが連絡したのは千里2である。
ところが千里2は機械音痴・システム音痴である!アイから聞いた話をほとんど誤解したまま、冬子に連絡した。冬子も一応興味を持ってくれたので、結局、丸山アイ・山吹若葉・村山千里・唐本冬子の4者による会談が2018.7.12に行われた。
その結果アイから聞く話が千里から聞いた話とまるで違うので冬子は呆れるが、このプロジェクトに参加することにするとともに、様々な提案を行った。その結果夢紗蒼依の収益は大幅に改善され、秋以降やっと採算ベースになるとともに、スーパーコンピュータの2号機を早急に組み上げることにした。2号機は1号機と同じ仕様ではあるが最新の素子で組んだので1号機の5倍の速度で動いてくれた。
一方、夢紗蒼依の作曲料は、殺到する依頼をさばけなくなって段階的に引き上げ、2018年末には50万円まで引き上げさせてもらった。
丸山アイより僅かに遅い2017年8月1日にP代議士の死が迫っていることを知ったのが千里3である。
千里3は上島の作品を大量に使用していていちばん影響を受けると思った§§ミュージックの秋風コスモスを巻き込み、共同で、自動作曲システムを開発することを考えた。丸山アイがスーパーコンピュータの利用を考えたのに対して、千里は“東郷誠一”の名前で大量の“埋め曲”をこれまで書いて来た経緯から実際に不足するのは、上島の作品のほぼ9割以上を占めていた“埋め曲”ではないかと考え、それをパソコンに作らせることを考える。
その基礎技術を固めるのと、前提となる楽曲データベース作りに必要な技術も開発してもらうため、千里はこの方面に明るい《せいちゃん》を2017年9月、偶然の出会いを演出して、音楽学院の校長と会わせ、自動採譜システムの制作をさせることにした。
半年近く掛けてこのシステムを構築し、その後しばらく宮崎で休養していた彼の所に千里は出かけて自動作曲システムについて相談する。それで彼と《きーちゃん》との協力で、北海道の小樽にこの開発のための拠点を構築するのである。
丸山アイはスーパーコンピュータを使ったので廃工場を買い取ったが、千里たちはパソコンで作業するので用意したのは小さな古民家である。アイは原発の電力を頼りにしたが、千里たちは民家の屋根に乗せた太陽光パネルで必要な電気を全てまかなった。
千里3はこのシステムに青葉と鮎川ゆま、更には峰川イリヤも巻き込み、また冬子が所有している大量の楽曲のMP3データを借りて膨大な楽曲データベースを築き上げた。千里は冬子に使用料を払おうとしたが、冬子はそんなの要らないと言って無償で協力してくれた。
そして丸山アイたちのプロジェクトとほぼ同時期にこちらの自動作曲システム《松本花子》も動き出し、こちらは最初、§§ミュージックの歌手向けに楽曲の出荷を始めるのである。
また、このプロジェクトに最初から参加していたコスモスは、このシステムの製品でケイの作業を代替させようと考え、和泉・コスモス・マリ・鱒渕4者の話し合いで、ケイ自身には作曲禁止が言い渡された。
「こんなペースでこれ以上書いていたら、冬子はもう永久に作曲ができなくなる」と和泉は冬子に警告した。実際この作曲禁止令以降、ケイ自身もここまでの反動で全く発想が浮かばない状態になり、回復には翌年夏まで1年近くかかることになる。
2018年の夏以降は、夢紗蒼依・松本花子と、王絵美さんが主催する望坂拓美、そして響原部長のUDPという4つの作曲プロジェクトが動き始めて、日本の音楽業界は工房制作楽曲が商業的音楽の中心的地位を占めていくことになる。1990年代にある事務所が似たようなことをしたが、あれはマニュファクチュア的であったし、あまりにもワンパターンすぎて、すぐに飽きられてしまった。今回はあの事務所の方式に最も近い望坂拓美でさえも、多様な楽曲の構成を容認しているし、むしろ多様的になるように参加メンバー個々の個性を活かしている。
そしてこの年メジャーから販売されたCDのうち実に8割ほどがこの4つおよび、もとより作曲家集団として活動していた“東郷誠一”のどれかから生み出されたものとなったのである。
その中で、特に大きなプロジェクトである夢紗蒼依と松本花子は2018年秋以降、相手がどういう体制で楽曲制作をしているのか、お互いに相手のことを探り始めた。その中で数人、千里と冬子が双方のプロジェクトに関わっていることに気付き、当惑する人たちもあったが、丸山アイは
・夢紗蒼依をしているのは千里2で、松本花子は千里3。
・冬子は自分が松本花子の中核メンバーになっていることに自分で気づいていない。
という認識をしていた。しかしどうも松本花子の方が夢紗蒼依より生産能力が大きいようなので、いったいどれだけ凄いコンピュータを使っているのか、と訝る。眷属たちも動員して探らせるものの、千里がきれいに霊的にも防御していて、なかなかしっぽを掴ませなかった。
2018年10月13日(土)。
この日、丸山アイ(虚空)から“松本花子”に関する情報を集めるよう言われていた《こうちゃん》の6番エイリアスは松本花子のメンバーとしてマークしていた奥村春貴が水泳部の今期の活動が終わり、打ち上げの後、ひとりで高岡方面に行くのを認めた。青葉も高岡だし、もしかして松本花子の会合でもあるのかなと思いフォローしていたら高岡駅から万葉線の電車に乗る。
「あ、有磯海クリニックに行くのか」
と気づく。“本体”に話しかける。
『奥村春貴が例の病院に行くよ』
『性転換手術でも受けに行くのかね』
『あのさ、どうせなら“完全な”性転換をさせてやろうよ』
『それいいな。俺と交替しろ』
『OKOK』
それで2人はお互いの位置を交換した。実は《こうちゃん》は葉月を女の子に改造してあげようと思っていた(半分は虚空の指示だが半分はこうちゃん自身の趣味)のを千里3に阻止されたので、ムシャクシャしていた。それで誰かを性転換したくてたまらなかったのである。
《こうちゃん1》は高岡市内のショッピングモールに駐めてあったフェアレディZを勝手に持ち出すと(窃盗)、春貴の位置をフォローしてそちらに向けて走る。彼が有磯海クリニックの最寄り駅で降りたのを認識する。彼は車をそちらに向け、春貴の傍に停車させてクラクションを鳴らした。
「君、奥村さんだったっけ?」
「あ、はい・・・、先生?」
《こうちゃん》はクリニックの松井医師に変装している。
「手術受けに来た?君なら明日にでも手術してあげるよ」
「いえ、今日はまだ何も準備していませんし。2月くらいにでも手術を受けられないかなと思って」
「ふーん。取り敢えず病院まで乗せて行ってあげるよ」
「すみませーん」
と言って、春貴は松井に変装した《こうちゃん》の車に乗り込んだ。その瞬間、《こうちゃん》は春貴を眠らせた。春貴を抱きかかえて《こうちゃん6》と位置交換する。6番に車の返却を頼む。6番はぶつぶつ言いながら、どこに返せばいいのか、車検証を見た。
早矢香は帰宅すると門の前に夫のフェアレディZが駐まっているので驚いた。
「あれ?健ちゃんもう帰ってきたのかな」
などと言いながら門を開けて玄関まで行くが、玄関は鍵が掛かっている。ピンポンを鳴らすが反応が無い。
「寝ちゃったのかな?」
などと言いながら自分の鍵で玄関を開け、中に入ろうとした所で駐車違反取締員の人がやってくる。
早矢香は慌てて荷物を置くと
「すみません。すぐ動かします」
と言って車に乗り駐車場に回送した。
健二は買物を終えた後、カートを押しながら、自分の車を探すのだが、見つからないので困ってしまった。
「俺どこに駐めたっけ?この付近に駐めたような気がしたんだけどなあ」
などと言ってかなり歩き回るものの、どうしても見つけることができない。
20分ほど探し回るも見つけきれず、これは夜になってもっと車の数が減るまで待つしかないかと思い、カートを押しながらいったんショッピングモールの中に戻って、取り敢えずフードコートに座った。そこに早矢香から電話が掛かってくる。
「健ちゃん今どこ?」
「どこって高岡だけど。俺さ、どこに自分の車駐めたか忘れちゃって。もう少し車の数が減ってから再度探すから」
「嘘?高岡なの?だってフェアレディZが玄関前に駐まってたから、てっきりもう帰ってきてたのかと思ったのに」
「嘘?なんで高岡に駐めたはずの車が名古屋にあるのさ?」
「それ私が聞きたい。じゃまだ高岡に居るの?」
「うん」
健二は何がどうなってんだ?と悩んだ。
しかし車が名古屋なら、俺どうやって帰ればいいのさ!?こんなに荷物あるのに?
《こうちゃん1》が“処置済み”の春貴を彼・・・ではなく彼女(もう“彼女”になったし、数ヶ月以内には生理も始まるはずである)のアパートの部屋に置いて、さて帰還するかと思ったら目の前に千里がいるのでギョッとする。
「こうちゃん、奇遇だね」
「ああ、奇遇だな、千里」
「何か焦ったような顔してるけど、何か悪いこととかしてないよね?」
「してない、してない。俺はいたって品行方正だ」
「ちょうどよかった。少し相談したいことがあったのよ。晩御飯でも食べながら話さない?」
「だったら焼肉がいいな」
「OK」
それで千里は通りがかりのタクシーを停め、《こうちゃん》と2人乗り込むと、金沢市内の高級焼肉店に行った。
「ここなんか上品だな」
「うん。接待とかに使うこともあるよ」
「へー。なんか面倒な話なの?」
「まあ食べながら話そう」
千里はお店の人に6人前の料金払うから個室を使わせてと言い、2階の個室に案内してもらった。大量のお肉を持って来てくれるが、むろん《こうちゃん》ならその程度ペロリと食べてしまう。
ところで彼はさっきから気になっていることがあった。それで千里に訊いてみる。
「あれ?今何時だっけ?」
「えっとね」
と言って千里はバッグから赤い折りたたみ式のガラケーを取り出し開いて
「18:20だね」
と言った。それで《こうちゃん》は『やはり千里2か。オーラが大きいから多分そうだとは思ったが』と納得した。
1番は問題外で詰まらないし、3番はまあ何か頼まれたらしてやってもいい程度には力があるけど大したことない。でも2番には逆らえないからなあ。ここはご機嫌を取って何とか「あれ」を返してもらわなくちゃ、などと考える。
「実は西湖のことなんだけどさ」
と千里が言うのでギクッとする。また何か叱られないかなと悩んでみるが、多分あのことや、あのこととかはバレてないと思うけどと考える。
(千里は相手の思考を読んでしまうので、《こうちゃん》が色々考えることは全部千里に筒抜けになってしまうのだが、そのことを彼は意識していない。千里も西湖の幼稚園・小学校・中学校の時の在籍簿の性別が女子に改竄され、小学校や中学校の卒業アルバムの写真まで全所有者の分を女の子の格好をした写真に置換した、などと聞いてもその程度はいちいち咎めない。全所有者の分を差し替えるなんてご苦労さんなどと考えている。どっちみちあの子は社会的にはもう男の子には戻れないだろう。でもちゃんと女の子と結婚させてあげるからね、などと考えている。千里にとっても2020年1月に起きた西湖の分裂は想定外。現在は2018年秋)
「龍虎は去年の春以来3人に分裂したお陰で何とか多忙な仕事を、高校生活をしながらこなしているけどさ(現在龍虎は高2で西湖は高1)、西湖が限界に達している気がするんだよ」
「確かにこないだも3日くらいダウンしてて、その間、門脇真悠に代役をさせたんだよ。あいつは少し演技力に難があるんだけど機転は利くから」
「まああの子は役者は無理かもね。『3×3大作戦』に起用してもらったし、これを足がかりにタレントへの道を歩いて行けるといいね。ニューハーフタレントの需要はそんなに多くもないけど、あの子は行ける気がする」
「そうそう。業界に多分10人程度もいれば足りる気がする。だから宏美(コスモス)もあの子をどう売り出すか悩んでいたんだよ。桜野みちるの後任は最初白鳥リズムを考えていたんだけど、あの子は純粋に歌手でいけるからバラエティまでさせることは無いって、エルミ(ゆりこ)が言ってね」
「なるほど。ゆりこちゃんの提案だったのか。あの子もセンスいいね」
「うん。宏美といいコンビだと思う」
「まあそれで単刀直入に。あんたの友だちのアナグマの男の子・・・えっと、カブラスケちゃんだっけ?」
「よく名前知ってるな!」
むろん“アナグマの男の子”と千里が言ったのに対して《こうちゃん》が頭の中に浮かべた名前を瞬間的に読み取って発音している。千里得意のハッタリ技であるが、これが通じない相手は虚空とか羽衣・子牙クラスである。紫微やゼピュロスにシュナもこの千里の技には気がつかなかった。
「あの子、貸してくんない?以前何度か龍虎の代役に使ったじゃん。龍虎の代わりに身体検査受けさせて、ちんちんが無いことバレないようにしたりとか」
「あれもバレてたか」
千里はその時《こうちゃん》がその子を代役に使ったので、この子の存在に気づいていた。
「でも何に使うの?」
「その子に西湖の仕事を一部引き受けさせられないかなと思ってさ」
《こうちゃん》は考えていた。
「あいつよく食うけど大丈夫?」
「人間を食わなきゃ大丈夫」
「ああ、それは禁止しているから、もう100年くらい食ってないはず」
本当に食うのか?
「あの子200歳くらい?」
「170歳くらいかな。確か明治天皇と同い年だったはず。それでまだ声変わりが来てないから龍虎の代理で使っていたんだよ」
「170歳なら、まだしばらく声変わりしないよね?」
「何なら声変わりしないように玉取っちゃおうか?」
「本人がいいというならその方が助かるけど」
「じゃ聞いてみよう」
聞かずに強引に取ったりしないよね?私としてはそれでもいいけど、などと千里は考えている。
「ちなみにカブラスケちゃんの歌唱力や演技力は?」
「龍虎や西湖ほどではないけど、歌はまあまあ上手いよ。実は昔、城みちるの代理をさせたこともある」
「だったら男の娘の代理は全然問題無いね」
「うん。あいつも女装させたくなる感じの男の子だよ」
「それなら最適かな。演技力とか機転は?」
「旅芸人の一座にしばらく置いてたこともある。弁天小僧菊之助とか、玉虫の前とか静御前とか、一本刀土俵入りのお蔦とかは人気だったな」
「女形(おやま)だったんだ!?じゃ演技上手い?」
「最低限の演技力が無ければ、アクアの替え玉は務まらない」
「それは言えるね。やはりこの役割に最適みたい」
「機転はあまり期待するな」
「この際、その程度はいいよ」
「ところでさあ、千里、俺の男性能力、そろそろ返してくんない?俺、立たないのが辛くて辛くて」
「あんた立たない方が真面目にお仕事しそうだし、被害者も減るけどなあ」
この春に(虚空の指示で)葉月を去勢しようとした時、《こうちゃん》は千里(千里2)から罰として、男性能力を奪われたのである。彼は今目の前に居るのがその千里2だと思い込んでいる。
「そんなこと言わずに、頼むよ。カブラスケの件も協力するからさ」
「まあいいか。あんたもだいぶ反省しているみたいだし。でもここではできないから、ちょっと河岸(かし)を変えようか」
「うん」
それで千里はお勘定を済ませて《こうちゃん》と一緒にお店を出た。次の瞬間、2人はどこかの浜辺に居た。
「わっ。ここは?」
「伊豆の地内島。無人島だから人目を気にしなくても済む」
千里って瞬間移動技が使えるの?すげー、と《こうちゃん》は思ったが《わっちゃん》に移動してもらっただけである。
「本来の姿に戻りなさい」
「ああ」
それで彼は龍の姿に戻った。
「じゃ男の能力を復活させてあげるから、以後は私に従うこと、浮羽小碓よ」
「ちゃんと従ってるじゃん」
浮羽小碓の名前は長年の付き合いである虚空さえも知らない彼の真の名である。多くの人が“本名”と思っている紹嵐光龍の名前では実は彼を拘束することはできない。だから虚空に付いていた頃は、彼女に従っているふりをしていただけである。この名前は誰にも教えたことがない。母親しか知らなかったはずだが、彼の母はもう亡い。それなのに、千里がこれを知っていることを彼は驚異に思っていた。美鳳はさすがに知っていたが、美鳳が千里に教えるとは思えないし。
「はいと言いなさい」
「はい。千里に従います」
「よしよし」
千里は後ろ足の付け根の所にある“割れ目ちゃん”の中に左手を突っ込む。
「そこに突っ込むの〜〜?」
「触らなきゃ治療できないからね」
「そこを人間に触られるのは生まれて初めてだよ」
「初体験できてよかったね」
「千里に俺の子供を生ませたい気分。凄い優秀な子供ができそうだし」
「私を襲ったら去勢するからね」
「千里なら本当にやりそうだな」
千里は彼の“割れ目ちゃん”の中に収納されている男性器の根元を掴み、結構な力で押さえつける。彼らの男性器はクジラなどと同じ収納式である。確かにぶらぶらしていたら空を飛ぶ時に邪魔になりそうだし攻撃のターゲットにされやすい。
「痛いんだけど」
と《こうちゃん》は言う。
「このくらい強く掴まないと注入できないからね。ちなみにこのまま、もぎ取ることも可能だけど」
「勘弁してよぉ」
本当は必要以上に強く握っている。度々勝手な行動をするので、これもお仕置きである。
「だけどおちんちんには鱗が無いんだね」
「そんなものあったら引っかかって入れられないじゃないか」
「じゃパワー注入」
千里は彼の男性器に“起動力”を注入してやった。実はこれも瞬嶽のワザなのである。春の時は千里2が彼の男性器を握ってその起動力を奪い取った。せっかく葉月を男女共学のJ高校に入れるようにしてあげたのを台無しにされたので千里2は酷く怒っていた。そもそも虚空の指示で色々動いていた“裏切り”に対するお仕置きであった。
「なんか凄く気持ちいい。セックスしてぇ」
「今動いたらだめだよ」
「我慢する」
力の注入は10分ほどで終わる。と同時に彼の男性器は“割れ目ちゃん”から飛び出し、大きく屹立した。
「こんな状態を千里に見られるのは恥ずかしい」
「後ろ向いててあげるから出しちゃいなよ」
「そうする」
それで彼は自分で処置したようである。
「気持ち良かった。男に戻れた。嬉しい」
「よかったね」
「バイアグラもシアリスも効かなかったんだよ」
「勃起力自体が無いんだから立つ訳無いね」
《こうちゃん》は千里を八王子の山の中に連れていき、カブラスケ(禿助)に会わせた。美少年だなと思う。“かぶら(禿)”という名前の通り、おかっぱ頭である。白いカットソーにブルーのスリムジーンズを穿いていて、女の子と思えば女の子にも見える。
「ああ、西湖ちゃんの代役?いいよ」
と彼はこの話に同意してくれた。
「でもあの子、女の子になっちゃったんじゃないの?」
「でも心は男の子だからね。だから声変わり前の男の子が代役としては最適なんだよ」
「ああ、そういうこと?じゃやってもいいから、御飯たくさん食べさせてよ」
「御飯は人間の男の子の5人分くらいでもいい?」
「10人分くらい食べたいなあ」
「いいよ、それで」
「じゃ契約成立だな」
と《こうちゃん》は言い、千里とカブラスケは握手をした。
「期間は西湖が高校を卒業するまでの2年半ということで」
「OKOK」
「取り敢えず週に1回くらい代理してもらえばいい。それだけでもかなり西湖は休めると思うし」
「うん。いいよ。週3日72時間くらいまでは平気」
「ではその付近は状況を見て」
「愛称は《かぶちゃん》でいいかな」
「うん。姉ちゃんからもそう言われてたから、それでいい」
「ああ、とうふちゃんね」
「ボクの姉貴、知ってんの?」
「名前だけはね。凄く強い子らしいね」
「実は僕、姉貴に喧嘩で勝てたことない」
「ああ。お姉ちゃんって一般にずる賢いから」
「そうなんだよ。うまく欺されちゃうんだよ。姉貴のことよく知ってるね」
「そういう話を聞いただけ。ところでかぶちゃんに声変わりが来たら困るから、睾丸は取っちゃおうかという話もあるんだけど」
「何それ?」
「お前の声変わりが起きたら代役できなくなるから、その予防で睾丸を取ろうかという話をしてたところなんだけど」
と《こうちゃん》。
「嫌だよ。取られたら困る」
「そうか。じゃ取り敢えず預かる」
と言って《こうちゃん》は彼のお股の付近を掴むとギュッと引っ張った。
「うそー!?玉だけじゃなく棒もなくなってる」
結局取っちゃったのか。こうちゃんなら、やるような気もしたが。しかし棒まで取る必要は無いのに。
「別に無くてもいいだろ?」
「無いと困るよお。だいたいおしっこどうすればいいんだよ?」
「座ってすれば問題無い。西湖も龍虎も立っておしっこなんかしないからちょうどいい」
「そんなあ」
「2021年の春には返してやるから」
「本当に?」
「俺が約束破ったことあるか?」
「何度も欺されてるんだけど」
ああ、この子もかわいそうにと思う。
しかし《かぶちゃん》はこれ以降、葉月の代理をだいたい週1回くらいしてくれることになるのである。彼はあまり女装の経験は無いと言っていたが、実際には女の子の服とか下着をつけて
「これ、ハマりそう」
と言って、なんだか嬉しそうにしていた。
「気に入ったらそのまま女の子に変えてやろうか?」
「やめてー。さっきトイレ入ってみたけど、なんか凄く変な気分だった」
「慣れたらこの方が楽になるよ」
なお、彼と葉月本人との入れ替えは《わっちゃん》にやらせることにした。アクアの入れ替えを《こうちゃん》がしているので、分担するのである。
「なんかエンジンの調子が凄くよくない?」
と早矢香は健二に言った。
「そうなんだよ。まるでエンジンを新しいのに交換したんじゃないかと思うくらい調子いい」
「以前はなんか凄く怪しげな音を立ててたのに、すごくいい音してるよね」
「うん。今年末の車検で車買い換えなきゃいけないかなと思ってたけど、これなら、まだ5-6年乗れる気がするよ」
健二はフェアレディZで新東名を快適に走行しながら早矢香にそう言った。
「でも赤ちゃんできたらどうする?」
「その時はもう1台買ってもいいかも。ノートか何かって、まさか赤ちゃんできたの?」
《かぶちゃん》の拠点として《こうちゃん》は用賀駅の隣の桜新町駅近くに1DKのアパートを借りてやった。それで彼は八王子の山の中の洞窟からそこに引っ越した。彼が葉月の振りをできるように、S学園の(女子)制服をはじめいくつか葉月のお気に入りの服のコビーも作って彼のアパートにどっさり置いた。
「あれ?ボクの男物の下着が見つからないんだけど」
「ああ、あれは全部捨てた」
「なんでー!?」
「だってお前、ちんこ無いんだから、男物の下着とか着けたって使えないだろ?ブラジャーもたくさん買ってやったから着けるの練習しとけよ」
「ブラジャー・・・?」
《かぶちゃん》はくらくらとする気分だった。タンスにたくさん入っている女の子パンティを1枚取り出すと
「これを穿くの〜?」
と情け無さそうな顔をして言った。
「慣れたら楽しくなるぞ」
「胸はどうする?ブレストフォームを貼り付ける?それとも実際に大きくしてやろうか?」
「ブレストフォームでお願い」
そんなことを言っていたが、彼はスカートは何だか喜んで穿いていた。
「これで歩くの、不思議な感じ。膝の周りでスカートの裙がまとわりつく感じが気持ちいい。まるで本当に女の子になったみたいで面白い」
「よかったな。トイレはちゃんと女子トイレ使えよ」
「それはちょっと楽しみ。近くで女の子もおしっこしてると思うと興奮しそう」
「危ない奴だな」
「でもこんなの穿いてたら立ちそう。ね、ね、パンストとか履いてもいいよね?」
「そのくらい自分で買って履けばいい」
「でも立つ物が無くてオナニーできないのが辛い」
「女の子オナニーができるようにクリちゃんをつけてやろうか?」
「要らない!そんなこと言って完全に女の子の形に変えるつもりでしょ?」
「よく分かるな」
「それでボクに光龍さんの子供を産ませるつもりじゃないの?」
「お前も若い内に一度母親というの経験してもいいと思うぞ」
「興味はあるけど、子供産んだりしたら、もう男の子に戻れなくなりそうだからパス」
「俺が男から女に変えてやった奴で男に戻りたいと言った奴はいないな。みんな女になってよかったと言った」
「だったらなおのこと、女にはなりたくない」
《かぶちゃん》は10月17日(水)から葉月の代行を開始した。しかしどうしても土日の仕事が多いので、その疲れが火曜日くらいにピークになると《こうちゃん》が言ったので、この後は、主として火曜日に代行をすることにする。その日は原則として葉月は1日眠らせて体力を回復させることにした。おしっこがたまりすぎるようだったので、《かぶちゃん》のお姉さんの《とうふちゃん》に頼んで、途中で火曜の朝と夕方の2回、尿道にカテーテルを入れて、おしっこを膀胱から直接吸い上げてもらうことにした。この作業はさすがに女性にしかさせられない。《とうふちゃん》は弟が睾丸を取り上げられたと聞いて大笑いし
「このまま、こいつ女の子に変えてやって。私、妹が欲しかったし」
と《こうちゃん》に言い
「それだけはやめて」
と本人は抵抗していた。この子が2021年の春まで男の子(男の娘?)のままでいられる確率は半々かなと千里は思った。
10月27-28日は西湖は北里ナナのPV撮影で北海道まで往復してきた(アクアは28日のみ)。《こうちゃん》は《かぶちゃん》にスタンバイさせておいたが、この撮影は葉月は元気に乗り切った。
でも29日(月)はダウンしていたので、学校・仕事ともに《かぶちゃん》にやらせた。でも女子校初体験の《かぶちゃん》は
「女の子たちのスキンシップ怖いよ。抱きつかれたり膝に乗られたりしたら、とても平常心が保てない。もう女子校は勘弁して」
と言ったので、30日(火)の学校は姉の《とうふちゃん》に代行をさせた(西湖はこちらでは何も操作していないのに丸2日眠り続けた)。
以降、火曜日は西湖本人は眠らせておいて代わりに《とうふちゃん》が登校することにする。彼女は普段の葉月をよくよく観察し、うまく葉月っぽく行動してくれた。でも長時間の代行は厳しいので午前中だけで早引きすることにした。《こうちゃん》=山村マネージャーの指示でお昼に誰かに迎えに行かせる。(昼休みの級友との会話などが厳しい。授業中だけなら何とかなる)
しかし普通の男の子に女子高生生活は無理なんだなと《こうちゃん》は改めて認識し、いくら女の子の身体に変えてもらったとはいえ平気で女子高生をしている葉月はどう考えても《普通の男の子》ではないと確信した。
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【△・葉月救済大作戦】(1)