【少女たちの入れ替わり大作戦】(下)

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6月下旬から、体育では水泳の授業が始まる。もっとも千里たちの小学校のプールは屋外に設置されているので、使用できるのは6月下旬から8月上旬までのごく短い期間だけである。
 
千里は1年生の時から水泳の授業は全部見学で押し通している。
 
「千里、なんで見学なわけ〜?」
「私カナヅチだからパス」
「だったら練習すればいいのに」
 
「千里は水着姿を人に見せたくないんじゃないの?」
と図星を突いてくる子もいる。
 
「私スクール水着を持ってない」
 
正確に言うと千里の母は水泳パンツを買ってくれたのだが、そんなものは絶対につけたくないというところが実情である。
 
一方の留実子は初日、水泳パンツで参加しようとして女子体育の桜井先生から「だめ〜!」と言われ、備品のスクール水着を着せられていた。
 
「千里ちゃんも備品のスクール水着貸してあげようか?」
「パスで」
 
「先生、村山はたぶん女子水着のお股が盛り上がっているのを見られたくないんですよ」
とひとりの男子が言う。
 
「いや、村山は水着を着てもお股が盛り上がっていたりはしない気がする」
「もしかして、水着を着ると、もうチンコが無いことがばれるから着ないのでは?」
 

桜井先生はある日千里を個人的に呼び出した。
 
「この水着は私と我妻先生で出し合って買ったんだけど、千里ちゃんにあげる。そしてこれから1時間は千里ちゃんだけの授業にする。他の子はプールに入れない。だから、私と一緒に少し水泳の練習しよう。千里ちゃんは漁船には乗らないだろうけど、フェリーとか観光船とかに乗っていて、沈没したような時に、泳げなかったら死んじゃうよ」
 
「ありがとうございます。でも・・・・」
 
「千里ちゃんが水着を着た時にどういう状態であったとしても、それ私は誰にも言わないから。我妻先生にもね」
 
と先生が言うと、千里は深く頭を下げた。
 

それで千里はその日の放課後、ただひとりだけでプール付属の女子更衣室でスクール水着に着替え、初めてプールに入った。幼稚園の時にも水浴びのようなことはしているのだが、その時はお股が見えないスカート付きの水着を着ていた。
 
「まずは水に慣れよう」
と言って数回水中歩行でプールを往復した。
 
その後、プールの壁につかまってバタ足の練習をする。
 
「千里ちゃん、やはり私が思ってた通り。あんた運動神経は凄く良い」
「そうですか?」
「あんたスポーツ選手になれる素質がある」
 
「でも私、女子スポーツ選手にはなれないですよね?」
「難しいけど、可能性はある。テニス選手でレニー・リチャーズという人が性転換した後、女子の大会に出たいと言って裁判を起こして認められた事例がある」
「そんな選手がいるんですか!」
 
この判決は1977年に出たものであるが、これはほとんど例外的な扱いであった。オリンピックが性転換者に門戸を開いたのは2004年5月である。その少し前、2004年3月にはゴルフのミアン・ベッガーが女子の試合に出場することを認められている。ひとつの判決からスポーツ界が一般的なルールとして性転換者の処遇を決めるまでに27年もの月日が掛かった。これには冷戦時代に共産圏の国が元々性別の曖昧な選手を女子として出場させて成績を上げようとし、これに対してセックスチェックが行われてそのような選手が排除されてきた不幸な歴史も災いしている。
 

その日は1時間の予定だったのだが、千里がどんどん水泳の技術を習得するので、先生の指導も熱が入り、2時間ほどかけて、千里はクロールで息継ぎしながら泳ぐことができるところまで到達した。
 
「千里ちゃん、ふだんの水泳の授業にも出ない?」
「すみませーん。それはパスで」
「分かった。じゃまた個人レッスンをしようよ」
「はい、ありがとうございます」
 
「千里ちゃんの身体の秘密は私だけの胸の中に」
「えへへ」
 
「その水着、自宅に持ち帰って洗濯とかしても大丈夫?」
「はい、それは平気です。そもそも私、ふだん女の子の服ばかりだし」
「なるほどねー」
 

その日母は言った。
 
「ね、千里、あんた男の子の下着は全然つけないみたいね」
「ごめーん。私、女の子の下着しか着たくない」
 
「だったら、男の子の下着はもう買わなくてもいい?」
「うん。無駄だから。未開封のは顕士郎君にあげてもいいよ」
「うーん。さすがに未開封でも下着は譲れないよ。上着で男っぽいものはあまり着ないみたいだから、そういうの送ろうかな」
「うん、そうして」
 
「ごめんね。今うちお金が無いから、あんたが着ないのなら、もう男の子の下着を買うのはやめようかと思ってさ」
「うん。それでお金のある範囲で女の子の下着を買ってくれたら嬉しいな」
 
「じゃパンツとかは少し買ってあげるよ。どうしてもパンツの傷みは激しいからさ」
「うん」
「あまり痛んだり汚れたりしたパンツ、穿いてるのよくないから」
「じゃゴムのゆるくなったの捨てちゃおうかな」
「そうしなさい。今度の火曜日は布紐類の日だから、その日に捨てよう」
「うん」
 
「でもあんたのパンツって女の子と同じ汚れ方するよね」
「え?そうなの?」
「父ちゃんのパンツは前が汚れる。ちんちんが前に付いてるから」
「へー」
「あんたのパンツは私や玲羅と同じ。真下のマチの部分が汚れる。ちんちんが無くて、そのあたりからおしっこ出るから」
「ふーん」
「あんた、ちんちん無いんだっけ?」
「内緒」
 

母は少し考えていたようだったが「まあいいか」と言った。千里は少なくとも幼稚園に入って以降、一度も母に自分のお股付近を見せていない。
 
「そうそう、お父ちゃんの手前、あんたのタンスには一応男物の下着も入れてはおくけど、あんたは好きなの着ていいから」
「ありがとう」
「タンスの下2段は玲羅が使って上2段はあんたの服だけどさ、女の子下着とかスカートは2段目に入れておきなさい。男物は1段目で。そうしたらお父ちゃんがタンス開けても、そこも玲羅の服かと思うだろうしさ」
 
「うん。そうする」
 

7月中旬、夏休みが始まってすぐのある日、千里たちは蓮菜のお母さんに連れられて旭川に出た。同行したメンバーは千里・留実子・リサ・蓮菜・恵香の5人で、蓮菜のお母さんが運転するセドリックに6人乗りして出かけた。蓮菜が助手席に乗って後部座席に4人である(12歳未満なので違反ではない。後部座席のシートベルトが義務化されたのは2008年6月)。
 
なお座席の座る順序は左側から留実子・恵香・千里・リサである。身体の大きな留実子とリサを端にして足を伸ばしやすくしたのと、リサはやや日本語に不安があるのでフランス語で意思の疎通ができる千里を隣にしたものである。 
この日は特に何か用事があった訳ではないのだが、休みだし町で少し遊ぼうという趣旨で、駅前の商店街を歩き、時間があったらイトーヨーカドーにでも寄り、その後旭川市内のレジャープールで遊び、最後はマクドナルドでハンバーガーを食べて帰ってこようという趣旨である。
 
プールが入るコースというので千里は最初渋ったのだが、蓮菜が
 
「従姉からもらったパレオ付きの水着があるんだよ。私にはまだ大きくてさ。良かったらそれを千里使わない?」
と言った。
 
「パレオ?」
「スカートみたいなの。だからあの付近は目立たないよ」
「じゃ借りようかな」
 
ということで千里も行くことにしたのである。
 

出るのに少し時間が掛かってしまい、結局旭川に着いたのがもう11時半である。 
「ヨーカドーはパスかなあ」
「取り敢えずお昼食べようか」
などと言って、食べる所を探して商店街を歩いていたら洋服屋さんの入口付近にステージが作られていた。
 
「何かイベントがあるのかな」
「ビリーブ来演って書いてある」
「何だっけ?」
「さあ」
「演歌歌手か何かかな」
 
そんなことを言いつつ、千里たちはそのステージの横を抜けて、向こうに行こうとしていた。その時千里は、32-33歳くらいの女性と目が合った。彼女が「あっ」と言って寄ってくる。
 
「君たち、中学生?」
「小学4年生ですけど」
 
「そっかー。でもこの際、小学生でもいいか。あんたたち何かセンス良さそうだし」
「は?」
 
「ちょっと来て」
と言って、彼女は千里たちを洋服屋さんの奥の小部屋の中に連れ込んだ。 

「あのぉ、何でしょうか?」
 
「あ。私、こういう者です」
と言って名刺を出す。蓮菜の母が受け取った名刺には
 
《○○プロダクション・ミュージックプロデューサー 原知恵美》
 
と書かれていた。
 
「ハラトモ・エミさん?」
「あ、いえそれはそこで切るんではなく、原で切って、ハラ・チエミです」
 
「芸能プロダクションの方ですか?」
 
「ええ。それで単刀直入に。ちょっと代役をしてもらえないかなと思って」
「はあ?」
 
「私はビリーブという女子高生デュオのマネージャーをしているんですが、今日あと30分でビリーブのステージを始めないといけないのに、本人たちが到着してないんですよ」
 
「電車でも遅れているんですか?」
「それが私、うっかりミスしていて、彼女たちには仙台の商店街のイベントも入れていて、ふたりは今仙台に居まして」
 
「もしかしてダブルブッキングですか?」
と蓮菜の母。
 
「いや、面目ない。そのことに30分前に気づいて。それで誰か代わりのアーティストにステージを務めてもらえないかと思って、知り合いに当たってもらっていたのですが、急なことで誰も捕まらなくて」
 
「1時間前は厳しいですね」
 
「それでもう誰でもいいからと思っていた時に、君たちと目が合ったので」
 
「目が合ったから代役なんですか〜?」
と蓮菜が呆れたように言う。
 

「ビリーブって女子高生2人組で。それでこちら見た時、君と君が高校生かあるいは中学3年生くらいかなと思ったんで、ステージに立って何か適当に歌でも歌ってくれたらと思ったんだけど」
 
と言って、原さんはリサと留実子を見ている。
 
「でもよく見たら、君は男の子だよね?」
と留実子に言う。
 
「ええ、僕は男ですけど」
「この際、ちょっと女装して女の子歌手のふりしてみる気無い?」
「女装は嫌です。それに僕音痴ですよ」
 
「困ったなあ。それと君は外人さんかな」
「外人さんの血は引いてますけど、日本生まれの日本育ちで国籍も日本ですよ。でも私、歌はあまり上手くないです」
 
リサはピアノは上手いのに、歌は結構音痴なのである。
 

その時、恵香が言った。
 
「代役するのなら、蓮菜と千里が良い」
 
「ほほお」
「背が低いのはいいことにしませんか? ちょっとオトナっぽくメイクすれば中学生くらいに見えますよ。女の子の年齢って元々分かりにくいし、背の低い女子中生は居ますよ」
 
「でも恵香はしないの?」
と蓮菜が言うと
 
「私、音痴だもん」
と恵果が言った。
 
「私も音痴だけど」
と千里が言うが
 
「私よりは上手い」
と恵香は言った。
 

それで結局千里と蓮菜がステージに立って適当に30分間歌うということになった。 
原さんはビリーブのステージ衣装は持って来ていたので、蓮菜と千里はそれを着せられた。
 
着替える時に千里の下着姿を見て、恵香も蓮菜も何だか頷いていた。
 
「でもこれミニスカ丈のドレスなんだけど、小学生が着ると普通のスカート丈だね」
「まあ背が低いから仕方ない」
 
ビリーブの2人は身長が154cm,158cmらしいが、こちらは千里が139cm、蓮菜が134cmである。
 
「しかし千里、スカート姿に違和感が無い」
と恵香。
「千里そういえば最近は時々スカート穿いてるね」
とリサ。
 
リサはいまだに千里の性別のことが分かっていない。
 
メイクをしてもらいながら話し合う。
 
「でもどんな曲を歌えばいいんですか?」
「ビリーブの曲を歌ってもらうのが理想的」
「そのビリーブというのを知らないんですけど?」
「先月デビューしたばかりなんだよ」
「へー。でも聞いたこと無いなあ」
 

結局最近のヒット曲を適当に歌っていいよということになる。どっちみち、ビリーブもデビューしたてで、持ち歌が少ししか無いから、ステージの大半はカバー曲になる予定だったらしい。
 
千里たちは伴奏をしてくれるキーボード弾きの人と曲目について打ち合わせ、またふたりの歌える音域を確認してもらった。
 
「君たちふたりとも音域広いね。だったらほぼ原曲キーで行けるかな」
「あ、行けると思います。だいたいテレビで流れているのに合わせていつも歌ってますから」
 
「しかし良かった。誰も捕まらなかったら、僕に女装して弾きながら歌ってよなんて言われて、勘弁して〜と思ってたんだよ」
と彼は言う。
 
彼は19歳で札幌でバンド活動をしているらしい。身長は165cmくらいだろうか。あまり背が高くないし細身の美青年なので、千里はこの人なら女装しても行けるのではという気もした。
 

やがて時間となる。
 
「それでは皆さん、ビリーブの登場です」
と原さんがステージの脇で言った。
 
千里と蓮菜は顔を見合わせた。ビリーブの代役のデュオということにするものと思っていたのに、どうもビリーブだとして紹介するつもりのようだ。 
「まあいいんじゃない。私にMCは任せて」
と蓮菜。
「うん、よろしく」
 
それで出て行くと蓮菜は
「こんにちは!ビリーフのセンとレイです」
と言った。
 
ビリーブではなくビリーフと言ったのがミソだが、お客さんにはビリーブのようにも聞こえたかも知れない。
 
「まだ素人同然ですけど、聞いて下さい。最初は古い歌ですが、ジッタリンジン『夏祭り』」
 
この曲は実はよくリサの家で友達同士数人で集まって、リサや千里がピアノを弾きながら歌を歌ったりしている時のレパートリーのひとつである。ホワイトベリーがこの曲をカバーして話題になるのは、この直後のことである。 
足を止めている観客は5〜6人しか居ない。気楽だ。
 
キーボードの人から最初の音をもらう。
 
「君が居た夏は・・・」
と蓮菜がアカペラで歌い出す。千里はまだ歌わない。
 
蓮菜が「打ち上げ花火」まで歌ってから前奏が始まる。そしてふたりで歌い出す。 
「君の髪の香り、はじけた・・・」
 
ふたりはユニゾンで歌い出すが、「お祭りの夜は」の所は3度唱にする。脇で聞いていた原さんが「へ〜!」という感じの顔をした。
 
そしてこれで近くを歩いていた人が結構足を止めた。
 
ふたりが歌い進むと足を止める人が増えてきて、間奏の頃には20人くらいになっている。
 
蓮菜と千里はユニゾンで歌う所と3度唱する所を使い分けながら歌って行った。途中蓮菜が「うっ」と小さな声を出す。あ、歌詞が分からなくなったなと思った千里は、そこから作詞しながら歌う! 千里は実はこれが得意なのである。 
脇で原さんが天を仰いでいるのが目の端に入ったが、千里は堂々と適当な歌詞で歌い、蓮菜もそれに合わせて歌って、伴奏の人もそのあと早めにコーダに持って行ってくれたので何とか破綻せずに最後までたどり着いた。
 

何か凄い拍手が来た。観客は40-50人くらいまで増えている。
 
「拍手ありがとうございます。これ友達のリサちゃんのお母さんが好きな曲なんですよ。お母さんが子供の頃の曲かなあ」
と蓮菜が言うが
 
「そこまで古くない。ほんの10年くらい前の曲」
とキーボードの人が後ろから声を掛けた。
 
その後千里たちは当時人気絶頂だったモーニング娘。の「恋のダンスサイト」、「LOVEマシーン」を歌い、更にポルノグラフィティの「アポロ」を歌う。男性ボーカルの曲だが、元々岡野さんの声がハイトーンなので、この曲は女性でも原キーで歌えるのである。
 
その後、箸休めに千里がメインボーカルを取って宇多田ヒカルの「Automatic」を歌う。英語の発音が外人さんっぽいので、それを聞いてまた足を停める人が増えた感じもあった。この曲で千里は宇多田がしていたように、日本語まで英語っぽく歌った。
 
また千里は普段はだいたいソプラノ音域で歌ったり話したりているものの実はアルト音域も出る(但し極力人に聞かせないようにしている)ので、この曲のいちばん低い音 F3 も誤魔化さずに歌うことができた(この曲の最高音は E5 でこちらは千里も蓮菜も楽々出る)。
 
そして最後はまた蓮菜がメインボーカルを取って椎名林檎の「本能」を歌い締めた。 
千里も蓮菜も実はこの歌の歌詞の意味が全く分からないまま歌っているのだが、「もっと中迄入って、あたしの衝動を突き動かしてよ」などという歌詞に、この曲を知らなかったふうの、蓮菜のお母さんが「何これ?」という感じで顔をしかめていた。
 
歌い終わると、物凄い拍手が来た。最後は観客が100人以上に膨れあがっていた。蓮菜と千里は笑顔で手を振ってステージを降りようとした。
 
が「アンコール!」という声が多数掛かる。
 
蓮菜が原さんを見ると「行って行って」と声を掛けてくる。ふたりが伴奏者の所に寄る。
 
「ハワイアンの『Tiny Bubbles』できます?」
「OKOK」
 
それで最後はのんびりとした雰囲気のハワイアンをふたりで輪唱っぽく歌う。この曲のよく知られたデュエット・アレンジで、最初の8小節を輪唱っぽく歌った後、後半はハーモニー唱になるという趣向にする。千里が蓮菜の声にピタリと3度で合わせるのでとても美しい歌唱になった。
 
歌い終わると物凄い拍手をもらって、ステージを終了した。
 

ふたりが控え室でメイクを落としてもらい、衣装を脱いで元の服を着ていたら原さんが入って来た。
 
「凄かったね〜。君たち上がらずに歌えたね」
と褒めてくれる。
 
「あがるって?」
と千里が訊く。
 
「うーん。まあ別に知らなくてもいいよ。これ無理を言ったし、凄く盛り上がったからお礼」
 
と言ってふたりにポチ袋をひとつずつくれた。
 
「中を見ていいですか?」
「どうぞどうぞ」
 
それで見ると各々1万円入っている。
 
「きゃー!こんなにもらっていいの」
「うん。デパートから金一封ももらったからね」
 

ギャラとは別に食事券も、そこにいる人数分と言って7枚もらったので、商店街の中の和食の店に入り、各自適当なものを注文した。
 
「でもそのビリーブというユニットのピンチヒッターをするのかと思ったら、蓮菜たちがビリーブだということにして歌わせたのね」
と恵香が言う。
 
「びっくりした。だからビリーブではなく、ビリーフと名乗った」
と蓮菜。
 
「たぶんどうせ誰もビリーブなんて知らないだろうから、本人ということにしちゃえと思ったんだと思う」
とコハル。
 
「契約上の問題もあったのかもね」
と蓮菜のお母さん。
 
「センとレイとか言ってたけど」
と留実子が言うと
 
「ビリーブはシンコとライコのユニットなんだよ。シンとライだからシンライでビリーブ。だからそれに似た響きのことばで、千里と蓮菜からセンとレイと言った」
と蓮菜は説明する。
 
「ああ、そういうユニット名なんだ。蓮菜知ってたの?」
と恵香が訊く。
 
「こないだ、たまたまテレビに出ているの見た。まだあまり知っている人は居ないんじゃないかと思う」
「へー」
 
「売れそう?」
「そこそこ売れるだろうけど、まあ大したことはない気がするな」
「ふーん」
 
「ついでに言うと、あの原さんって人も元アイドル歌手らしいよ」
と蓮菜。
「嘘!?」
「そのテレビに出た時に司会者の人がそんなこと言ってた」
 
「お母さん、知ってました?原知恵美さんっだっけ?」
とコハルが訊く。
 
「いや、全然知らない。私あまりアイドルとか興味無かったし」
「誰に訊いても知らないと言うから、きっとあまり売れてなかったんじゃないかな」
と蓮菜は言う。
 

「でもあんたたち堂々と歌っていたね」
と蓮菜のお母さん。
 
「まあふだんリサんちで歌っている時のノリで歌ったからね。それより千里、歌詞を作りながら歌うのうまい」
と蓮菜。
 
「うん。わりとあれ得意」
と本人も言っている。
 
「あれでずいぶん助けられたよ」
「キーボードの人が最初はポーカーフェイスだったけど、最後の方は笑いながら演奏してたね」
とコハルは言った。
 

食事の後は、本屋さんに行き1時間くらい過ごした後、プールに移動した。3時間のチケットを買う。これは終日チケットの半額で買えるのである。 
蓮菜のお母さんは「3時間券を小学生6枚、おとな1枚」と切符売場で言った。 
「ロッカーが男女別なんですが、お子さんは男性何人と女性何人ですか?」
と係の人が尋ねる。
 
「あ、男の子1人と女の子5人です。それに大人の女1人」
とお母さん。
 
ここでお母さんは千里が男の子で他の5人が女の子と考えている。半券を切り取った大人券1枚と子供券6枚、それに青いロッカーの鍵1個と赤いロッカーの鍵6個をもらった。
 
料金子供300円は全員その場で蓮菜のお母さんに渡した。
 
「チケットは私がまとめて持ってるね。はい、鍵」
と言ってお母さんが鍵を配る。千里に青い鍵、他の子に赤い鍵を渡す。 
「じゃ中で会おう」
と言って手を振り、更衣室の前で千里は他の6人と別れた。
 

蓮菜たちが女子更衣室の方に入って行く。千里は「ふっ」と息をついた。 
うーん。ここ入りたくないなあと思って男子更衣室の入口を見る。そもそも千里は今日は蓮菜から借りた、可愛い女の子水着を持ってきている。これを男子更衣室で着ていたら、ギョッとされないか?などというのも考えたりしていた。
 
でもやはり私が女子更衣室に行ったらまずいかなあ・・・などと考えつつ、思い切って男子更衣室の中に入っていこうとしたら
 
「ちょっと君、そこ違う」
と声を掛けられる。
 
振り向くと従業員さんである。
 
「女子更衣室はそちらだよ」
「あ、すみません」
 

それで千里は今度は女子更衣室の前でその「女子更衣室」という札を見つめていた。どうしよう?
 
その時、そこから留実子が出てきた。
 
「るみちゃん、どうしたの?」
「トイレに行くと言っていったん出てきた」
「ああ」
「千里は?」
「男子更衣室に入ろうとしたら、そこ違うと言われた」
 
すると留実子は言った。
 
「ね、鍵を交換しようよ」
「いいの?」
「僕は男子更衣室で着替えたい」
「るみちゃん、水着は?」
「男物の水泳パンツを持って来てる」
「そんなの着られるの?」
「今年の夏が最後という気がする。もう来年は無理かも。たぶんおっぱい膨らみ始めるから」
 
おっぱい・・・・私も膨らむといいなあと千里は思う。しかし留実子にとってはその胸が膨らんでくることが物凄い苦痛なのだろう。
 
「鍵交換しちゃおうか」
と千里も言った。
「うん」
と留実子が笑顔で言う。
 

それで千里と留実子は鍵を交換し、千里は女子更衣室、留実子は男子更衣室に入った。
 
自分の番号のロッカーを探し、荷物をそこに入れ、服を脱ぐ。
 
ズボンを脱ぎ、ポロシャツを脱ぐ。アンダーシャツを脱いだ所で近くで着替えている女子高生が目に入った。彼女はブラジャーをしている。そのブラジャーを取ると豊かな乳房があらわになる。
 
それをちらっと見て千里は「いいなあ」と思った。私もおっぱい膨らんできたりしないかな。
 
そんなことを考えながらパンティも脱ぐ。持参のアンダーショーツを穿いた上で、蓮菜から借りた水着を着た。
 
足から入れて上に引き上げ、肩紐を肩に掛ける。水着の端に指を入れて乱れを直す。パレオを取り付ける。
 
よし。
 

千里は髪をゴムでまとめて水泳帽の中に収納し、ゴーグルを手にしてプールの方に進んだ。シャワーになっている出口で冷たい水を浴びてきゃっと思った。中に入ってから蓮菜たちを探す。
 
しかしその前に千里は留実子に出会う。
 
「お、凄い」
と千里が笑顔で言う。
「えへへ」
と水泳パンツ姿の留実子。
 
「よく堂々と胸をさらせるね」
「うん。この方が気持ちいい」
 
千里は留実子に手首に付けている鍵の交換を提案する。
 
「確かにその方が平和的かも」
と言って留実子も鍵を外して千里のと交換し、赤い鍵を手首につけた。 
「他の子はどのあたりかな」
と留実子。
「あ、向こうにいるよ」
と千里は言って留実子と一緒に蓮菜たちのいる付近に行った。
 

「るみちゃん、そんな水着持って来たの?」
と蓮菜のお母さんが驚いている。
 
「こないだ水泳の授業でこれ着ようとしたら『だめ〜』と言われてスクール水着を着せられたんです」
と留実子。
 
「まあ学校じゃ着られない水着だね」
 
「千里も可愛いね」
と蓮菜が言う。
「こういう水着を着ると落ち着く」
と千里。
 
「まあ学校じゃ着られない水着だね」
 

恵香とリサは遊泳用プールで水浴びみたいなことをしていたが、留実子は「僕は泳ぎたいな」
と言うので、コハルが付き合うよと言って一緒に競泳用プールの方に行く。蓮菜と千里も何となく付いていった。
 
年上のコハルが先導するように先を泳ぎ、留実子がその後を泳ぐ。コハルはさすが6年生だけあって軽快に泳いでいるが、留実子も力強い泳ぎ方である。 
「凄いね」
「でもあの子、十分男の子に見えるから、まあいいのかな」
と蓮菜がつぶやくように言う。
「ああいう水着を着られるのは今年が最後かもと言っていた」
と千里が言うと蓮菜は頷いていた。
 
「千里は泳がないの?」
「私、かなづちだし」
「なんか桜井先生の特別レッスン受けてた」
「今まで全然水泳とかやったことなかったし、ひたすらバタ足だったよ。プールに入っても5mで沈没」
 
「5mなんて最初の勢いでそのくらい進むじゃん」
と蓮菜。
 
「だったら、千里、スライダーに行かない?」
「スライダー?」
「楽しいよ」
と言って蓮菜は千里の手を握ってスライダーの方に一緒に行った。
 

「でも千里、ちゃんと女の子に見えるよ」
「えへへ」
「男子更衣室でそれに着替えていて、何か言われなかった」
「ううん。別に。小さい女の子がお父さんに連れられて中にいたし」
「ふーん・・・」
と蓮菜は何か考えているふうであった。
 
「だけど千里、手の感触が女の子だよね」
「運動会の時に穂花にもそんなこと言われた」
「千里、実は本当は女の子でしょ?」
「女の子だったらいいのにと1日10回は思う」
「ふーん。10回も?」
「トイレに行く度にね」
「なるほどねー」
 
スライダーは人気なので、列が凄い。
 
「結構待つことになりそう」
「まあ仕方ないね」
「後で、流れるプールの方にも行こうよ」
「うん。泳いでいる子たちが一休みしたらかな」
 

階段に列ができているので行列で待ちながら少しずつ上に登って行く。10分くらいしてやっと順番になる。
 
千里はスライダーというのは初体験であった。
 
千里が滑り口の所に立つと係の女性から言われた。
 
「済みません。そのパレオは危険なので外して下さい」
「あ、はい」
と言って取り外す。
「お預かりしておきますので、あとで階段の下で受け取って下さい」
「すみませーん」
 
係の人は千里の鍵番号を記録していた。青いタグの付いた鍵なのを何か言われるかなと思ったが、特に何も言われなかった。
 
それで滑り口を見るが・・・・何だか怖い。
 
「ここから滑るんですか?」
「そうそう。君初めて?」
「はい」
「だったらAコースに行った方がいい」
「はい?」
 
それで千里はAコースの入口に行く。腰を下ろす。
 
やはりこれ怖いよぉ!!
 
と思ったものの、止まるわけにはいかない。思い切って手を離す。
 
勢いよく滑り出す。
 
きゃー!!!
 
いきなりストンと落ちる。
 
ひぇーーーー!!!
 
やだぁ。なんでこんなのにみんな乗るの〜〜?と思ったもののスピードはどんどん上がっていく感じである。
 
助けて〜〜!!
 
と思っていたら、ドボン!!と勢いよく水の中に落ちて止まる。ひゃーと思いながら何とか体勢を立て直す。次の人とぶつからないようにすぐにそこからあがる。
 
大きく息をついていたら、千里が滑ってきたのとは別の出口から蓮菜が降りてきた。
 
「楽しかった!また行こう」
と蓮菜は笑顔である。
 
え〜〜!?
 

それで蓮菜に手を握られてまたスライダーの所の階段に並ぶ。お股の付近にはさりげなく手をやって、その付近のラインが見られないようにしている。蓮菜も敢えてその付近には視線をやらないようにしてくれていた。
 
しかし結局千里は蓮菜に連れられてスライダーを6回も滑ることになった。最初の2回はAコースを滑ったものの
 
「君、今度はこちらに行ってごらん」
と係の人に言われて3度目はBコース、5度目はCコースに行く。それにつれて恐怖度も上昇した。
 
「ね、楽しいでしょ?」
と蓮菜は笑顔だったが、千里は顔が引きつっていた。
 

スライダーはずっと使えるのだが、プール本体の方は1時間に1回強制休憩タイムが入るようで、音楽が鳴ると全員水から上がっていた。千里たちもちょうど2度目の休憩タイムに合わせてプールの方に行くことにする。パレオをスライダーの階段下で預かってくれていた係の人から受け取り身につけてから、恵香たちと合流した。
 
蓮菜のお母さんが「これはおごり」と言って、ホットドッグを買ってくれたのでみんな食べて一息つく。留実子は今日男子水着でたっぷり泳いでかなり精神的に満足したようである。
 
「でもなんで全員一斉に休ませるのかなあ」
と千里が言うと
「誰かプールの底に沈んでいても分からないから、それをチェックするんじゃない?」
と恵香が言う。
 
「え〜〜〜!?」
 
「私、千葉に居た頃、海水浴に行ってて、海の中から人を担架に乗せて運んでいくの見たことある」
とリサが言い出す。
 
リサは小学校に入る前は、千葉県の銚子市に住んでいた。
 
「嘘!?」
「それおぼれて死んだの?」
「分からない。もしかしたらクラゲとかにやられたのかも」
「ああ、クラゲは怖いよね」
 
「お盆過ぎるとクラゲが増えるとか言ってたね」
とコハル。
 
「北海道じゃどっちみちお盆過ぎは寒くて海水浴できないなあ」
 

その後、全員で流れるプールの方に行った。ゴムボートに数人ずつ乗って水の流れに合わせて施設の外縁を一周してくる。
 
千里たちは6人で一緒にタコの形をしたボートに乗ったが、
「この組は男の子がひとりいるし、大丈夫かな。途中でひっかかったりしたら場合によっては降りて外してね」
と、係の人が留実子に言っていた。
 
ボートは最初はプールのある室内の端の付近を流れて行くのだが、途中でアーチ状の橋の下をくぐって戸外に出る。一応透明なアクリルパネルで横も天井も覆われているので、気温が下がったり、雨が降ったりしても大丈夫なようにできている。この日はけっこう暑かった。
 
「旭岳がきれい」
「2年生の時にロープーウェイで上まで行ったけど、素敵だった」
「私は行ったことないな」
「一度行ってみたいね」
 
やがて温室のような所を通る。中には蘭の花がたくさん咲いていてきれいだった。 
その温室の出口の所で前のボートとぶつかってしまう。
 
「あ、すみません」
と言ったものの、どうもトラブっているようである。
 
「どうしました?」
とコハルが声を掛けた。
 
「なんかひっかかってしまって」
 
そちらはどうも小学1〜2年生のグループのようである。
 
「見ましょうか」
と言ってコハルがボートから下りてそちらに行く。留実子も降りた。
 
そちらはワニの形をしたボートなのだが、途中で前後が反転してしまったようでしっぽを先に流れて行っていたようだ。みんな後ろ向きになってしまっている。そしてワニのしっぽの先が蘭の蔓にからまっている。コハルがその絡みを丁寧に外し、蔓を向こうの方に押しやって、引っかからないようにした。
 
「これで大丈夫かな」
「ありがとうございます!」
 
ついでに留実子とコハルで協力して、ボートを回転させ、ワニを本来の向きに戻してあげた。
 
ふたりが戻って来る。
 
「お疲れ様」
「あの形に根本的な問題がある気がする」
「私たちが乗っているタコだと、どちら向いても変わらないね」
「まあ回転したら、人間がそちらを向けばいいし」
 

流れるプールを回ってきた後、リサは少し泳ぐと言って競泳用のプールへ、恵香と蓮菜は遊泳用のプールに行く。この時、コハルが千里をちらっと見た。千里は留実子をチラっと見る。
 
「あと30分くらいですよね?」
と千里が蓮菜の母に確認する。
 
「うん。そのくらいかな」
「私、少し疲れたから先にあがって着替えてますね」
と千里は言った。
 
「あら、そう? じゃロビーでまた」
「はい」
 
「僕も上がろうかな」
と留実子も言い、ふたりは一緒にプールの出口の方に行った。
 
鍵を交換し、千里は女子更衣室、留実子は男子更衣室に戻る。
 
シャワーになっている部分を通過して更衣室の中に入る。留実子と交換した鍵でロッカーを開け、バスタオルを取り出す。水着を脱ぎ、水泳帽も外してタオルで身体を拭く。
 

パンティを穿いてから、ふと更衣室内を見回すと、裸で歩いているおとなの女性がいたりする。大きなおっぱいがまぶしく感じられる。
 
いいなあ。。。私も大きくなったら、あのくらいおっぱいできるといいな。などと千里はそれを見て考えていた。
 
アンダーシャツを着て、ズボンとポロシャツを着る。髪を再度よく拭いてから、愛用のキタキツネの髪留めで留めた。
 
水着と水泳帽にゴーグルをビニール製の水着入れに入れ、その上にバスタオルも押し込む。そしてさっさと女子更衣室を出てロビーに行った。あまりゆっくりしていて誰か先にあがってきてはまずい。
 
留実子が先にロビーに出ていて手を振っていたので近づいていき、思わずハイタッチした。
 
「じゃまた交換」
と言って鍵を交換する。今日は2人は鍵を4回交換したことになる。
 

「温かいものが欲しいよね。私、おごってあげるよ」
と言って、千里は自販機で温かい紅茶を買って1本留実子に渡す。千里の家も貧乏だが、留美子の家は更に貧乏な感じなので、千里は結構留美子におごってあげたりしている。
 
ロビーの空いているソファに座り、留実子と一緒にそれを飲みながら他の子たちを待った。
 
「今回すごくいい思い出になった」
と留実子は言う。
 
「実は乳首が最近よく立っているんだよ。これ胸が膨らみ始める前兆だと思うんだ。もうこういう水着は着られなくなっちゃう。千里、着るならあげるけど」
「私は水泳パンツなんて穿けないよ」
「だよね〜」
 
「でもるみちゃん、思い出になったのはいいけど、死んじゃダメだよ」
と千里は言った。
 
ふたりはしばらく沈黙していた。
 
留美子が小さく頷く。
 
「じゃさ、みんなが本屋さんに居た時にるみちゃんが金物屋さんで買った紙包み、私にくれない?」
 
留美子は脱力するように笑って、それを自分のバッグから取り出して千里に渡した。
 
「代わりにこれあげるから」
と言って千里は自分のリュックの中から大きな紙包みを取りだして渡す。 
「何これ?」
「るみちゃんの好みに合うかどうか分からないけど。もしサイズ合わなかったら、このレシート持って1ヶ月以内に来てくれたら交換できるって」
 
と言って千里はレシートも渡した。
 
「サッカーシューズ!?」
 
留美子はさっそく開けて足に合わせてみる。
 
「結構余裕がある」
「だったらインソール入れれば行けるかな?」
「うん、行けると思う。でもこれ・・・わっ。4800円もするじゃん」
「ビリーブの代役とかで1万円もらったから」
「僕が買ったそれなんて970円なのに」
「いつも女の子の服をもらってる御礼も兼ねて」
 
「そうだなあ。もらっちゃおう。ユニフォームは卒業した先輩のを譲ってもらったんだよ。でもサッカーシューズ買えなくて、今運動靴でやってるんだけどグリップが全然効かなくてさ」
 
「それグリップは軽めだから初心者向きだって言ってた」
「うん。急にグリップの強いの履いたら足を痛めると思う。少しずつ慣らしていかないと」
 
「サッカー部の人は、るみちゃんの性別、知ってるの?」
「部長さんには言ったけど、男子の試合に女子が出てはいけないというルールは存在しないから大丈夫だろうと言ってた」
 
(実際に中学などの男子サッカーチームには結構女子選手が存在する)
 
「良かった良かった」
「千里は剣道部はどうなってんの?」
「性別のこと言ったら残念がってた。私が男子の試合には出たくないんだと言ったのは理解してくれた。だから練習にだけ参加する」
 
「防具とか要らないの?」
「先輩の小さくなったのを借りることにした」
「なるほど〜」
「竹刀も少し痛んでいるのでもいいならと言ってもらった」
「もらえたり、借りたりできるものはそういうので済ませないとね」
 
「そうそう。剣道の防具一式そろえたら4〜5万するみたい。とても買えない」
「ああ、お金掛かりそう」
 
留美子は千里と話している内にだいぶ気分が変わったようであった。
 

「自分が女の身体になっていくのが憂鬱と思ってたけど、少しだけ気持ちが楽になった」
「私と身体を交換して欲しい。私は女の身体になりたい。男になりたくない」
 
「でも千里は達観しているみたい」
「それはるみちゃんの方が達観していると思ってた。私も何度か死にたいと思ったよ」
 
「僕さ、夕張で実は自殺未遂したんだ」
「そんな気はしてた」
「けっこう校内でも騒ぎになったし、近所でも噂されたし、なんか周囲の視線が痛くてさ。それで引っ越そうと言ってお父ちゃんは異動させてもらったみたい」
 
「いいお父さんじゃん」
「でも僕は親不孝しかできないよ。僕たぶんお嫁さんになって孫の顔を見せてあげたりもできないし」
「るみちゃんが生きているだけで、親孝行だと思う」
 
ふたりはまたしばらく沈黙していた。
 
「千里って時々、年齢が分からなくなる」
「私って性別不詳・年齢不詳と言われることある」
「千里は間違いなく女の子だと思うよ」
「ありがとう。るみちゃんは自分が男か女かということ自体で迷ってるでしょ?」
 
留実子はたっぷり5分くらい考えた上で
「うん、そうかも」
と言った。
 
「私でも良かったら色々自分の気持ちを話してよ。まあ話せないことも多いかも知れないけど、私は人から聞いた話、他の子には言わないよ」
 
「千里をこの半年見ていて、それは思った。逆に言わなすぎて使えない」
「よく言われる」
 
留実子は初めて微笑んで、千里を見た。
 
「そうだ!私が買ってもらって全く使ってない男物の下着、るみちゃん良かったら着てくれない?」
「あ、着る着る」
「じゃ今度持ってくるね」
「僕も女物の下着の未開封のやつ、持ってくるよ」
「じゃ交換だね」
 
ふたりは笑顔で握手した。
 

プールを出た後はマクドナルドに行く。蓮菜のお母さんはこの後運転しなければならないのでマックはパスして車の中で少し仮眠を取ると言っていた。それで子供たちだけで中に入って各自好きなものを注文する。千里はチキンタツタのセットを食べた。
 
「女の子同士だと、本音の量で食べられるよね〜」
「そうそう。男の子の目があると、つい建前の量になる」
 
などという声があがっている。
 
「僕男だけど」
と留美子が言うが
 
「るみちゃんは1%くらい女の子だから問題無い」
とコハルが言い、留美子も笑っていた。
 
「るみちゃんが1%女の子なら、千里は何パーセント女の子かな?」
と恵香が言う。
 
「たぶん130%くらい」
と蓮菜が言うと
 
「そうかも!」
と賛同の声が出ていた。
 

マクドナルドで1時間くらいおしゃべりした後、また蓮菜のお母さんの運転するセドリックに6人乗りして留萌に帰還する。帰りは助手席に留美子が乗り運転席の後ろにリサと恵香、助手席の後ろに蓮菜と千里という配置にした。リサと恵香がすぐに眠ってしまったので、助手席側の3人で小声でおしゃべりしながらの帰路であった。
 
「来月のキャンプさ、任意参加だけど、千里もるみちゃんも参加しなよ」
と蓮菜は言った。
 
「そうだなあ・・・」
 
千里も留美子も実は「部屋割」問題と「お風呂」問題がある上に経済的な問題まであって、参加しない方向で考えていたのである。
 
「千里ちゃんたち、参加費用の問題なら、私が出してあげてもいいよ」
と蓮菜のお母さんも言う。
 
「参加費用なら大丈夫です。今日、ビリーフで歌ったギャラをもらったからそれで私が自分のとるみちゃんの分まで出しますよ」
と千里は言った。
 
キャンプの参加費は1500円である。千里は今日もらったギャラ1万円の半分で留美子のサッカーシューズを買い、残りの内3000円で自分と留美子のキャンプ参加費を出そうと考えたのである。
 
「ああ、なるほど。だったら千里は参加する?」
「そうだなあ。蓮菜がいるなら何とかなる気がしてきた」
「うん。何とかしてあげるよ。ふたりを私・恵香と同じ部屋にしてくれと我妻先生に言った」
 
千里は心がじわっとした。
 
「蓮菜たちと同じ部屋なら何とかなるかも」
「雅文とも言ってたんだよ。千里を男の子の部屋に入れたらお互い、着替えで問題が生じるし、寝る時も落ち着いて寝られないって」
「うん。それで参加したくないと思ってた」
「キャンプのカレー作りとかで、千里は凄い戦力だしさ」
「うふふ」
 
「るみちゃんも参加しなよ。費用は千里が出すと言っているしさ」
と蓮菜は言う。
 
「そうだなあ。千里も参加するんなら、僕も何とかなるかな」
「まあ男湯には入れないだろうけど。クラスの男子の目があるから。でも私たちの部屋に入ってもらったら、るみちゃんが着替える時はみんな後ろ向いてるから」
 
「ありがとう。女湯に入るのは我慢する」
 
「だったら参加ね」
「まあいいか」
「るみちゃん、キャンプファイヤーの薪を割るのに、凄い戦力だから。雅文もるみちゃんに期待してると言ってたよ」
「ふふ」
 

「ところで質問です」
と蓮菜は言った。
 
「今日あんたたちさ、ほんとに千里は男子更衣室、るみちゃんは女子更衣室で着替えた?」
 
「内緒」
「秘密」
 
とふたりは答えた。
 
蓮菜のお母さんが「ん?」という顔をしていた。
 
 
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