【娘たちの転換準備】(3)

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そして2月13日(土)。千里が「大阪から戻ってきてから」ファミレスの夜勤に入っていたら、桃香が今日はひとりでやってきた。何だかたくさん参考書とかを鞄に入れている。
 
「桃香、どうかした?」
「いやぁ、図学の追試落としちゃって」
「え?模範解答を覚えておいて書いたんじゃなかったの?」
「それが今年から図学の追試の内容が変わっていたんだよ」
「ありゃぁ」
「全然気付かずに全く見当外れの回答ばかり書いて。実はそういう回答をした学生が5人もいたというので、レポート書けば単位くれるということになった」
 
「ああ」
「それで今夜中に書き上げて明日の朝いちばんに提出」
「お疲れ様。じゃ、壁際の人の通りがあまり気にならない所に案内するよ」
 
と言って千里は桃香を案内して奥の方に行く。
 
その時桃香は
「ん?」
と思った。
 
「千里、今日はスカート穿いてるんだ?」
 
「え?これはショートパンツだよ」
「・・・私にはスカートに見えるが」
 
「ほら、ここがちゃんと両足に別れてるでしょ?だからこれはショートパンツなんだよ」
 
「うーん・・・それならキュロットなのでは?」
「キュロットってパンツの一種でしょ?」
「いや、キュロットはスカートの一種だ」
「そうだっけ?」
 
「でも可愛いよ」
「そ、そう?」
と言って千里は少し照れる。
 
「写真撮らせて」
と桃香。
 
「え〜〜!?」
 
それで桃香は自分の携帯で千里の女子制服姿を撮影していた。
 

2010年2月14日(日)。
 
バレンタインデー本番であるが、千里たちはこの日、千葉県冬季クラブバスケットボール選手権大会という大会に出場する。
 
この大会はやや複雑な方式で行われる。
 
前提として昨年10月に行われたクラブ選手権大会、12月に行われたクラブ選抜大会の優勝者・準優勝者が特別扱いになる。
 
ここで選抜大会は選手権大会の3位以下のチームで行われているので、要するにこの4チームは実質的に千葉のベスト4ということになる。ここから冬季大会の準決勝の出場チームを下記のように決める。
 
a.選手権優勝者
b.選抜優勝者
c.選手権2位と選抜2位の勝者
d.残りのチームで予選をしてその1位
 
選手権は1位ローキューツ、2位フェアリードラコン、選抜は1位サザン・ウェイブス、2位フドウ・レディースであった。フェアリードラコンとフドウ・レディースで11日に試合をやって、フドウ・レディースが勝っている。また11日には残りのチームで予選を行い、サクラニャンが勝ち残った。それでブラケットは次のようになることになった。
 
ローキューツ┓
      ┣┓
サクラニャン┛┃
       ┣
サザン・ウェ┓┃
      ┣┛
フドウ・レデ┛
 

ローキューツの初戦の相手となったサクラニャンは佐倉市付近のバスケ好きの女子が集まって結成されたチームだが、実は全国的な強豪である佐倉市のD短大、同系列の四街道市D高校出身の選手が多数入っており、あなどれないチームである。
 
この準決勝サクラニャンとの試合に千里たちは話し合って国香を第1ピリオドだけ使うことにした。
 
本人は「もう大丈夫」と言ってはいるものの、無理させないようにしようということにした。
 
そこで浩子/夏美/夢香/国香/麻依子というメンツで出て行く。
 
このピリオド、国香は自分で復活をアピールしただけあって、ひじょうに良い動きを見せた。よく走るし、シュートも良い精度で放り込む。瞬発力が微妙な感じだが、これはおそらく骨折した所をかばっているのでそういう動きになるのだろう。自分で身体に自信を持てるようになってきたら、恐らくもっと良くなる。
 
「でもこの試合、私の出番は無いみたーい」
と玉緒が言う。
 
「うーん。ごめんね〜。第3ピリオド少し出る?」
「じゃ2分くらいだけ」
「OKOK」
 
それで玉緒を結局3分ほど出してあげたものの、こちらの地力が向こうに勝った感じで、20点差で快勝。千里と誠美・来夢はこの試合には出なかった。誠美と来夢は温存し、千里は隠したというところだ。
 
「私も出たいなあ」
などと今日はマネージャーとしてベンチに座る薫が言う。
 
薫は2月20日以降の公式戦に出られることになっている。あと6日である。
 

もうひとつの準決勝はフドウ・レディースが勝って選抜のリベンジを果たした。ここはJI信金(KL銀行に吸収予定)に入った近江満子(旭川R高校出身)が一時在籍していたチームである。強豪校出身の選手が多く、ひじょうに強いチームだ。
 
男子の試合をはさんで女子の決勝となる。
 
浩子/千里/来夢/麻依子/誠美
 
というメンツで出て行く。このチームとは10月に千葉クラブ選手権の準決勝で当たっている。来夢と誠美がローキューツに合流したのは11月3日の総合千葉予選準決勝からで、フドウ・レディースはこの2人を見ていない。それで向こうは前回痛い目にあった千里に向こうのエースの人が付くダイヤモンド1の守備体制を敷いてきた。そしてこの人は千里を研究してきていた雰囲気があった。千里のプレイはインターハイやウィンターカップなどの映像が動画サイトに出ているのでおそらくそれを見て研究したのだろうと千里は思った。
 
しかし千里は彼女を完璧に圧倒した。10月の頃の千里と今の千里では全くレベルが違うのである。やはり12月の「スペシャルマンス」の期間に日本代表の活動で無茶苦茶鍛えられたので、技術的にも精神的にも別人といっていいほど進化していた。
 
千里は彼女を振り切ってどんどんスリーを撃ち込む。
 
更に4人で守るゾーンはどうしても5人のゾーンよりは弱い。そこにベテランの来夢が巧みに侵入し、得点を挙げる。またシュートが外れても長身の誠美がほぼ全部取ってしまう。
 
相手は充分強いチームなのだが、試合は最初からこちらが押し気味になる。
 
千里をマークするのは物凄く消耗するので、第2ピリオドは別の人がマークする。この人は第1ピリオドはベンチに居て体力を温存していたようだ。そして第1ピリオドの千里の動きを観察していたようである。しかし見ていたからといって停められるものでもない。彼女も千里に簡単に振り切られる。
 
そういう訳で、この試合はワンサイドゲームになってしまった。国香が「私も出たーい」と言っていたので、第4ピリオドに出した。エネルギーが余っていたようで、このピリオドだけで10得点する活躍を見せる。
 
試合は結局、32-98のトリプルスコアでローキューツが勝ち、優勝した。
 

大会終了後、ファミレスに入って打ち上げをした。
 
「やはり優勝って気持ちいいね〜」
と夏美が言う。
 
「今期何回優勝したんだっけ?」
と夢香が訊く。
 
「4月の春季選手権は準優勝、7月の夏季選手権でチーム結成以来の初優勝、8月のシェルカップで準優勝、9月の関東選抜で優勝、10月の千葉クラブ選手権で優勝、総合千葉予選で優勝、総合関東予選でBEST4、12月の純正堂カップで優勝、1月の栃木乙女カップで優勝、今日の冬季選手権で優勝。優勝は7回かな」
と浩子が手帳を見ながら言う。
 
「関東総合で優勝したかったね〜」
「優勝してたら夢のオールジャパンだったもんね」
「来年は行きたい」
「まあ練習しようよ」
「千里がもう少し練習すると行けるかも」
「ああ、千里は練習のサボりが多い」
 
おそらくこのチームでいちばん練習しているのが夢香、次いで夏美であろう。そのあと浩子で、最近はこれにバスケが面白くなってきたという玉緒もよく出てきている。そして麻依子と千里はサボり気味、来夢はむしろひとりで基礎トレーニングをやっているようである。誠美は出身校の東京T高校で後輩たちの指導をしながら自分も練習させてもらっているようだ。
 
「来夢さん、4月から行くチーム決まったの?」
と国香が尋ねる。
 
「うん。実はその話、しなきゃと思ってた。茨城県のハイプレッシャーズからわりと色よい返事をもらっているんですよ」
 
「それは良かった!」
「エレクトロウィッカほど強くないから、出場機会も多いと思うし」
「うん。強いチームだと使ってもらいにくいという問題もあるんだよね」
と監督も言う。
 
「まだ向こうの来期の枠がハッキリしてないから確定じゃないんだけど。万一枠が足りない時はマネージャーでもいいから雇ってくれませんかと言っている」
 
「マネージャー名目でもWリーグの選手たちと一緒に練習できるのは大きいだろうね」
 
「うちみたいなチームでやっていく場合は、他に仕事持たないといけないからその兼ね合いが大変だもん。プロチームに行けば生活費だけは心配しなくていいから」
 
「うん。もっともハイプレッシャーズの給料はかなり安い」
「そうなんですか?」
「大きい声では言えないけど、いちばん安い給料もらっている人が***万とか」
「それはなかなか厳しい」
 
「そちらに入る場合、いつから合流するんですか?」
「こちらの大会が終わってからでいいと言われてる。だから3月20-22日の全国クラブ選手権まで出てからだよ」
と来夢。
 
「それって来週の関東クラブ選手権で上位に入らないと行けないですよね?」
と玉緒。
 
「うん。だから全国行こうよ」
「今のメンツなら充分行けると思うよ。来週は頑張ろう」
 

打ち上げが終わったあと
「バレンタインのチョコ買おうよ」
と夏美が言い、何となくみんなで、そごうのチョコレート特設売場に行った。
 
監督とコーチは帰ったし、誠美も「興味無い」と言って帰った。国香が異様に張り切っていた。
 
「薫は彼氏居るの?」
と麻依子が訊く。
 
「居ない。これまで男の子からラブレターもらった経験も無い」
と薫は言っているが、彼女の場合は高校2年で性別変更しているので、無理無いところでもある。
 
「いや、それは大半の子がそうだと思う」
と夏美。
 
「千里は例の彼に贈るの?」
と薫が訊いたので
 
「その話、詳しく!」
という声が出る。
 
「10万人の観客の前でその彼氏とキスしたんだよ」
と麻依子が言う。
 
もう今更なので千里は笑っている。人数はもう適当にインフレーションしてくれ!という感じだ。
 
「すごーい」
「だいたーん」
 
「そうだなあ。まあチロルチョコでも贈ってやるかな」
と千里が言うが
 
「彼氏が居るならチロルは可哀相だよ。せめて2000円くらいの贈りなよ」
と夢香。
 
「仕方ない。買ってやるか」
「うん。頑張れ」
 
既に5万円もするチョコを渡して来たとは言えないなあと千里は思った。
 

それでみんなで適当に選ぶ。来夢はボーイフレンド数人にばらまくと言って500円のを8個買っていた。しかし国香は2000円のチョコを3個買っている。
 
「それ、どうするの?」
「本命3人に贈る」
「本命が3人もいるのはおかしい」
「そうだっけ?」
 
「職場の人?」
「色々〜。ネットつながりとかもいるし」
「ほほお」
 
国香が入院している間に国香が所属していた営業所は閉鎖されてしまい、所長もいない営業所に国香だけが在籍しているという不思議な状態になっていたのだが、退院してから会社側と交渉した所、国香は群馬県の営業所への転属を提案され、結局退職することにした。今は全国的な居酒屋チェーンで夜間の仕事をしている。後にブラック企業として槍玉に挙げられた所ではあるが、身体も精神も丈夫な国香はハードな深夜の仕事を平気でやりながら、日中はジョギングをしたり体育館に出てきて夏美たちとバスケの練習をしたりしている。しかしmixiにもかなりハマっているようである。よく練習の合間に携帯をいじっている。
 
千里がチョコを眺めていたら、バッタリと大学の友人、美緒に遭遇する。美緒は豪華なチョコを5つ手に持っている。
 
「千里もチョコ選び?」
「うん。まあ」
「そうだよね。千里ならチョコ贈るよね」
と言って、何だか美緒は納得している雰囲気。
 
うーん。大学でまたなんか言われそうだなと思う。
 
「でも美緒、随分豪華なの持ってるね」
「ああ、これは本命チョコだから」
「5個あるけど」
「本命の彼氏が今5人いるのよ」
「頑張るね〜」
 
美緒は「じゃ千里も頑張ってチョコ持ってアタックしなよ」と言ってレジの方に行った。
 

チョコを買ってから、近くのファミレスに入って少しおしゃべりをした。おやつを食べるという話だったはずだが、ハンバーグセットを頼んでいる子がいる。
 
「薫は結構大きいのを持っている」
「3000円のセット。生チョコ、トリュフの詰め合わせ」
「かなりの本命とみた」
 
「ううん。仲の良い友達に贈るんだよ」
「友チョコにしては豪華だ」
 
「それ男の子?女の子?」
と麻依子が尋ねる。
 
「私と同類だよ。女の子になりたい男の子。私は女の子になっちゃったけどあの子はまだ身体にメスを入れていない」
 
「ほほお」
「もしかして男の娘同士のレスビアンとか?」
「恋愛感情は無いよぉ」
「向こうがまだ手術してないのなら、もしかして現状では結合可能だとか」
「きゃー!」
「ちょっとちょっと」
「いや、女性ホルモンやってるから、立たないはず」
「ふむふむ」
 

「千里はいくらの買ったの?」
「2500円かな。生チョコとクッキーの詰め合わせ」
 
「千里ならもっと豪華なのを贈れるだろうに」
と薫から言われる。
 
「うーん。このくらいでいいと思うけど」
 
貴司には既に渡し済みなので、これは自分で食べてもいいかなと思って買ったものである。
 
「結婚すると、テンションが落ちるとか」
と薫。
 
「千里結婚してるの!?」
と夏美。
 
「え、えっと・・・」
 
と千里は焦る。
 
「千里の携帯に付いている金のリングが結婚指輪代わり」
と麻依子がバラしてしまう。
 
「ああ、これ指輪みたいと思ってた」
「バスケット選手は結婚指輪ができないから、その代わりらしいよ」
「ほほお」
 
「でもなんか新しくなっている気がする」
と浩子。
 
「うん。実はこないだ交換したんだよ。前のは真鍮製だったから、どうしてもくすんだり錆びたりしやすかったから。前のもシリカゲル入れて保管してあるけどね」
 
「へー。これ何の金属だろう?アルミより硬い感じ」
と言って夏美が触っている。
 
「ステンレス」
「ステンレスに金色塗装してあるの?」
 
「ううん。ステンレスそのもの。ステンレスの表面に自然にできるクロム酸化物の皮膜の厚さをセンチミクロン単位でコントロールすると、光の干渉によって色が付くんだって。赤とか青とかにもできるよ。だからこれはステンレスそのものの色。塗装じゃないから色褪せたりしないんだよ」
 
「なんかよく分からないけど凄い」
「いっそ金(きん)のリングにすればよかったのに」
「それは結婚式を挙げる時にもらうよ。まだ3年くらい先かな」
「ふむふむ」
「いや純金のリングを携帯に付けておくのは盗難が怖い」
 
「3年先って、もしかしたら在学中に結婚して、企業就職ではなく永久就職をねらっているとか」
 
「卒業したら一緒に暮らそうよとは言われてるけどね〜」
「おぉ!」
「北海道の人?」
「今大阪に住んでいるんだ」
 
「それでよく大阪に行っているのか!」
「あははは」
 

「でもこれ各々の左手薬指のサイズに合わせて作ってもらったんだよ」
「ほほお」
「それで時々このリングを自分の指に填めてみて、入らなかったらダイエット」
「なるほどー」
 
「こっそりサイズ直してたりして」
「ステンレスはサイズ直しができない」
「そうなんだっけ?」
「丈夫すぎて金属加工が不能。だから実はステンレスの指輪が外れなくなってしまったら、指を切断する以外、外す方法は存在しないらしい」
 
「ひゃー」
 
「指をちょっと切って指輪を外して、またくっつけるとか?」
「それは怖すぎる」
 
「まあ頑張って痩せるという方法がお勧め」
「ふむふむ」
 
「でもおちんちんの途中にできものができて、いったんおちんちん切って、できものを取ってから前後くっつけるなんて手術した人知ってるよ」
などと菜香子が言っている。
 
「すごーい」
 
留実子の彼氏、鞠古君が受けた手術と同じだなと千里は思った。やはり時々ある治療法なのだろうか。
 
「ちんちん無くなるのは困るから、そういう方法が成り立つんだろうね」
「じゃちんちんに指輪填めてて取れなくなったら、ちんちんいったん切断して再度くっつけるというのはありかな」
と唐突に玉緒が言う。
 
「それ状況が分からん!」
 
「いや足にできた癌を根治するためにいったん足を切断してその病変部に徹底攻撃を掛けて癌細胞を死滅させた上で、また本人の身体に戻すという治療法も存在するから」
 
「なんか壮絶な治療法だね」
「それ昔は足そのものを取ってしまう以外治療法が無かった症例だろうね」
「うん。それで足を失わなくて済むようになったのは物凄く大きいと思う」
 
「そのちんちんにできものができた人も10年か20年前ならちんちん全部取ってしまうしか無かったろうね」
 
「男の子がちんちん失うのはマジで辛いだろうな」
「男の子ってちんちんで生きてるようなものだもんね」
「言えてる言えてる」
「命よりちんちんが大事だって同級生の男子が言ってたよ」
「ああ、そういう感覚だと思う」
 

19時くらいになってから解散して千里はアパートに帰った。
 
ドアを開けると、貴司がいるのでびっくりする。
 
「あ、ごめん。勝手に開けて入ってた」
「うん。いいよ。だから鍵渡してるんだもん」
と千里は言う。
 
「冷蔵庫に一番絞りがあったから勝手に飲んでる」
「うん。それは貴司が来た時用だから」
「助かる助かる」
 
「こちらはお仕事?」
「そうそう。なんかうちの会社は土日に仕事をすることになるケースが多い。試合がある日は他の人がやってくれるけどね。今日もフランスから別の会社との商談で来日した人を成田でキャッチして営業したんだよ」
 
「お疲れ様!」
「ホームページ見て興味持ってくれたらしくて。電話で話していたら、ちょうど向こうの社員が東京に出張できているというから、その都合に合わせてこちらから僕と部長のふたりで行って商談」
 
「たいへんだね」
 
「さっき部長と別れて。今夜は泊めてもらおうと思って。明日朝いちばんの新幹線で帰る」
 
「明日代休にならないんだ!?」
「うーん。土日に仕事しても、それで代休というのはうちの会社には無いシステムだなあ」
 
「意外に中小企業感覚の会社だよね」
「まあ年商100億だから、大企業ではないと思うよ」
「いくら稼いだら大企業?」
「2000-3000億円だと思う」
「なんか大きすぎてよく分からない」
 

ファミレスで結構食べてお腹は満ちていたのだが、それから貴司とおしゃべりしながら、結局肉じゃがを作り、一緒に食べる。貴司は「美味しい美味しい」と言って食べてくれた。
 
お風呂に入ってから、たっぷりと愛の確認をし、3回したところで眠ってしまった。
 
翌15日は朝4時半に貴司を起こし、車に乗せて東京駅まで送った。おにぎりのお弁当を持たせた。それから千葉に戻るのにインプを運転していて千里はふと思った。
 
「しまった!昨日買ったチョコ、貴司に渡せば良かった」
 

その日お昼休みに学食で千里が少しボーっとしながらランチを食べていたら、朱音が
 
「千里、今日はバイトあったっけ?」
と訊く。
 
「ううん」
 
「じゃちょっと夕方付き合わない?何人かでファミレス行こうという話が出てるんだよ」
「いいよ。なんかあったっけ?」
 
本当は今日はローキューツの練習があるのだが、練習をサボるのは日常茶飯事である。特に今日は昨日の疲れから休むメンバーが多いことが予想された。
 
「バレンタインの報告会」
「あははは」
「友チョコ配ろうよと言ってたのよ。用意できる?」
「ああ、じゃ買って行くよ。何人くらい集まりそう?」
「生物科と合同になるから最大で12人かな。時刻は18時にいつものガストで」
「了解〜」
 
ちなみにまだこの時期は「女子会」という言葉は無かった。それが言われ始めるのはこの年の半ば頃からである。
 

それで千里は3時間目の講義が終わった後、大学近くのスーパーでバレンタインコーナーの売れ残りの100円チョコを11個買っておいた。18時なら時間があるなと思い、スクーターで市の体育館まで行ってローキューツの練習に参加した。
 
「今日は5時であがるね〜」
「デート?」
「女の子同士の集まりだよ」
「ふむふむ」
 

17:50くらいに会場のガストに行ったのだが、来ているのは朱音と香奈だけである。
 
「おお。やっと3人目」
と朱音。
「みんな遅いな」
と香奈。
「優子はバイトで来られないって。だから今の所11人」
「へー」
 
その内、友紀、亜矢、玲奈と来るが、真帆は急に休んだ人が出て、抜けられなくなったという連絡が入る。
 
「これで来たのが6人、休みが2人、不明が4人」
 
そこでお店の人から席がご用意できましたと言われ、中に入る。パーティールームに案内される。その後、すぐに美緒と由梨亜が来た。
 
「あと2人か・・・」
「始めてる?」
「あと5分待とう」
 
「桃香は結局単位全部取れたの?」
「図学もレポート受け付けてもらって合格。結局後期は1つも落とさなかったみたい」
「前期ひどかったからね」
「3つ落としたと言ってたね」
「そうそう。それで必修科目の群論1は後期に履修し直した」
「温情で群論2と並行で再履修させてもらったみたいね」
「本来は群論1が終わってないと2は取れないからね」
「そうすると卒業が1年遅れることになっていた」
 
「でも桃香は確かに秋から遅刻欠席が減ったよ」
「バイトか何かの関係?」
「バイトは変わってないみたいよ。ずっと電話受付の仕事してるみたい」
「ほほお」
「アパートの雰囲気が前よりよくなってた。そのせいかも」
「引っ越したの?」
「引っ越してはないけど、なんか以前重苦しかったのが、最近はそうでもない」
「なんだろね」
 
5分経ったところで聡美が来る。それで桃香はたぶん寝てるのではということになり、食べ物と飲み物を持って来てもらって『アフター・バレンタイン・残念パーティー』を始める。
 
ほとんどの子がサイダー、美緒と聡美だけがビールを注いで乾杯する。それで一息ついたところで「友チョコ交換」を始める。
 
ほとんどの子がチロルチョコで、玲奈・友紀・香奈がブラックサンダーを配る。美緒は100円ショップの個包装でたくさん入っているミルクチョコを配っている。千里だけ100円のチョコである。
 
「千里は豪華だ」
と言われる。
 
「チロルチョコで良かったのか!」
「いや、これは歓迎歓迎」
 
そんなことを言っている内に、やっと桃香が来た。
 
「桃香は幽霊に取り憑かれて死んだのかと思った」
「いや、まだあと40-50年は死にたくない」
 
「今友チョコ配ってたところ〜」
「ごめーん。買っとくの忘れた」
「いいよ、いいよ」
 
「取り敢えず桃香にあげるね」
と言ってみんなからチョコをもらい
「凄い。豊作だ」
と喜んでいた。
 

「でもみんなバレンタインの成果は?」
 
「本命1個と滑り止め1個」
と玲奈。
「誰にも渡してない」
と朱音、香奈、桃香。
 
「桃香はひょっとしてチョコをもらう側ということは?」
「うーん。。。その件に関しては黙秘権を行使」
「ほほぉ!」
 
「私は高校時代の部活の先輩に渡した」
「ふむふむ」
「**君に渡しちゃった」
「おぉ!」
「私はネットで知り合った子に」
「バイト先の子に」
「凄い」
「5歳の男の子だけどね」
「なーんだ」
「犯罪行為はしないようにね〜」
 
ここで美緒が
「あれ?みんな少ないね。私は本命チョコ5個贈ったのに」
と言うので
「それはおかしい」
とみんなから非難される
 
「千里は誰かに贈った?」
と何気なく香奈が訊く。
 
「えっとね・・・」
と言って千里は少し焦る。すると美緒が
「チョコ売場で一緒になったんだよね〜。けっこう豪華なチョコ持ってた」
と言うので
 
「すごーい」
と声が上がる。
 
「それ誰に渡したの?」
「あ、えっと、あれは渡せなかったんだよ」
 
「ほほぉ!」
とみんな感心している。千里は物理的に渡し損ねたのでそう答えたのだが、みんなは勇気が無くて渡しきれなかったと解釈したようである。
 
「でもそれ相手は女の子?男の子?」
と由梨亜が尋ねる。
 
「え?男の子だよ。なんで?」
と千里がキョトンとして答えたので、一瞬他の女子たちが顔を見合わせた。
 
「千里、この集まりのレギュラーになってもらおうよ」
と聡美が言い出す。
 
今までは千里は「時々」招かれていたのである。
 
「うん。千里って充分女子だもんね」
という声があがる。
 
すると桃香が手をあげて発言する。
 
「裁判長!千里が女子である証拠として、この写真を提出します」
 
「ん?」
 
それは一昨日桃香がレポート作成のためにファミレスに来た時に撮影した千里のファミレス女子制服姿の写真である。
 
「あ!それは!」
「え?可愛い!!」
 
と他の女子たちから声が上がる。
 
そういう訳で千里は完璧にこの集まりの「正メンバー」になったのである。
 

2月20日(土)。
 
今日から3日間、茨城県ひたちなか市の、ひたちなか市総合運動公園体育館で関東クラブバスケットボール選手権が行われる。この大会で6位以上になると来月福島で開かれる全日本クラブバスケットボール選手権に出られて、そこで3位以内になると、11月に行われる全日本社会人バスケットボール選手権に出られて、そこで2位以内になると来年のオールジャパン(皇后杯)に出ることができる。
 
これはお正月のオールジャパンにつながる長い長い道の途中なのである。千里たちは昨年10月の千葉クラブバスケットボール選手権で優勝してここに出てきた。関東8都県から2チームずつが出ており、千葉からはローキューツと2位になったフェアリードラコン、東京からはすっかり顔なじみになった江戸娘ともうひとつはフォー・オリーブスというチームが出てきている。最初4人の女子で結成したのでフォー・オリーブスらしい。現在は部員が20名ほどいて、ベンチに座れない子もあるという。
 
「うちは全員ベンチに座れるな」
と国香が言う。
 
今日の出席者は
6.浩子ひろこ(PG) 7.茜(PF) 8.玉緒(SF) 9.夏美(SF) 10.沙也加(SF) 14.夢香(PF) 15.美佐恵(PG) 16.国香(SF) 17.菜香子(PF) 18.麻依子(C) 19.千里(SG) 20.誠美(C) 21.来夢(SF) 22.歌子薫(SF)
 
と14名で、稼働できる部員が全員出てきた。他に在籍している部員は3人いるものの、全員完全な幽霊部員である。
 
そして今日から薫は出場できるのである。薫は2008年2月20日に性別診断で睾丸が無いことを確認されているので、今日から女子選手としての登録証が有効になった。ただし「途中登録者」であるため全国大会には出られない。この大会で勝ち上がっても来月の全日本選手権には出られない。全国大会に出られるようになるのは4月1日からである。
 
誠美と来夢も途中登録者なのだが、バスケ協会の都合に絡む特例移籍であるため彼女たちは3月の全日本選手権にも出場可能である。実は千里も途中登録者なのだが、千里は日本代表経験者ということでこれも特例でバスケ協会の許可が出ており全国大会に出場できる。日本代表の特例で許可が出ていることは千里は先月になってから知った。
 
「8月にその件は千里に言った記憶があるのだが」
と麻依子は言ったが
「ごめーん。忘れてたかも」
と千里は答えていた。
 
タイムスリップ問題の矛盾を回避するために、千里の記憶に残らないように操作されていたのだろう。
 

「しかし薫は今日は女子選手としての公式戦お披露目だな」
と麻依子が言う。
「とにかくみんなが全国に行けるよう頑張るだけ」
と薫。
 
「薫は高校の時も国体やウィンターカップに私たちを送り込むために頑張ってくれたね」
と千里は言う。
 
「国体かぁ。出たいけど無理だなあ」
と薫は言う。
 
「ああ。薫は居住地とチーム所属県が違うのか」
「そうなんだよ。東京在住で、千葉のチームに所属しているから、出場不能」
「国体の選手選考会はチーム単位の参加だもんなあ」
 
「どっちみち今年は千葉は国体選考会をしないんだよ」
と監督が言う。
 
「え?なんでですか?」
「千葉で国体が行われるから、千葉は特例で選考会を実施しなくてもいい。それで地元優勝すべく、2年前にチーム結成して合宿に次ぐ合宿で強化してきている。だから今年はふだんの年のような選考会は無し」
 
「うーん。。。。突っ込みたいけどやめとこう」
「まあ言わぬが花の部分はあるよね〜」
 
「来年はまた選考会があるから、歌子君が国体に出たいなら、住所を千葉県内に移しておくといいよ」
と監督。
 
「あ、それはしようかな」
と薫は言った。
 
「でも去年は国体選考会には出なかったね」
「当日参加できそうなメンバーが5人居なかったからね」
「ごめーん」
 

今日の1回戦の相手は神奈川2位のチームであった。この試合では来夢と誠美を温存しようということで、
 
浩子/千里/国香/麻依子/薫
 
というメンツで出て行く。この試合では国香は1,3ピリオドに出すことにした。
 
ここはそこそこ強いチームではあったものの、ローキューツの敵ではなかった。千里も途中でさがって、夢香や夏美を使って運用する。32-76で快勝した。他のメンツも短時間ずつ出してあげることができた。
 
「これで私の出番は終わりかなぁ」
などと茜が言っている。
 
「短時間なら中核メンバー休ませるために出すこともあるから、ちゃんと身体は暖めておけよ」
と西原監督は注意していた。
 

午後からの2回戦は埼玉2位のチームだが、栃木1位のチームに勝って上がってきている。心して掛かることにする。
 
浩子/千里/来夢/麻依子/誠美
 
というメンツで出て行く。
 
「うちのチームの問題点って浩子に代わるバックアップのポイントガードがいないことだよね」
などと美佐恵が言っているが、美佐恵がそのバックアップ・ポイントガードである。それでみんなから
 
「あんたが頑張ればいいじゃん」
と言われていた。
 
しかし美佐恵はバイトが忙しくて、なかなか練習にも出てこられないようである。
 

ここは結構強い相手で、千里もプレイしていて、かなりの手応えを感じたものの、千里がスリーを放り込み、誠美がリバウンドを取り、麻依子・国香・来夢・薫といった強力なフォワード陣もどんどん敵陣に侵入して点数を上げていくと、相手は全く対抗できない。
 
それで結局46-86で快勝した。
 
これでこの大会ベスト4以上が確定し、来月の全日本クラブ選手権への出場が決まった。
 
「やったやった」
「じゃみんな3月20-22日、福島予定入れておいてね〜」
「OKOK」
「出番は無いだろうけど、全国大会なんて初めてだから絶対行くよ」
 
なおこの2回戦で敗れた4チームは順位決定戦をして2チームが全国選手権に行けることになる。
 

上弦の月が西の空に掛かる中、4人の屈強な男たちに連行されるように30代の夫婦が雪原を歩いて来た。夫婦の妻の方は小さな女の子を抱いている。やがて一行は湖畔に到達する。
 
「凄いな。湖が凍ってない」
とひとりの男が言う。
「この湖は真冬でも滅多に凍らないんだとオヤジさんが言ってたよ」
とリーダー格っぽい男が言う。
 
「ここの湖は物凄く深いんだよ。それで凍りにくいらしい」
「深いと凍りにくいんですか?ヤマサキさん」
 
「冷えるのに時間が掛かるから。湖が凍るためにはその水全てが0度にならなければならない。対流があるから表面近くがいちばん高温なんだよ」
 
とヤマサキと呼ばれたリーダー格の男が言う。
 
「へー」
「対流ってそういえば中学で習った気がする」
「風呂のお湯だって表面が暖かくても底は冷たかったりするだろ?」
「ああ、確かに!」
 
「まあそういう訳でここがお前らの死に場所だよ。保険金も掛かってるから安心しな。お前らの親父は保険無しで死んじまって。全くもったいない」
 
とヤマサキが夫婦者に言うと、ふたりはもう諦めきったような表情をした。妻に抱かれた女の子はキョトンとした顔をしていた。
 
「せめてこの子だけは助けてもらえませんか?」
と夫が言ったが
「あいにく子供がいたら一緒に消せと言われているんでな。でないと心中死体に見えないから。借金に追われた夫婦が無理心中というのはよくある話」
 
とヤマサキは冷たく言った。
 

関東クラブ選手権に、ローキューツは4台の車に分乗して来ていた。
 
千葉市からひたちなか市の会場までは2時間ほどである。ここは公共交通機関ではひじょうに行きにくい場所にある。最寄りのJR駅は勝田駅だが、勝田駅から会場最寄りのバス停まで20分掛かり、更にバス停から会場まで徒歩15分掛かる。練習用のボールなどを運ぶのもこのルートでは厳しすぎる。
 
車で2時間の行程なので、いったん帰ってまた明日出てくるべきか、1泊するべきか実は悩んだのであるが、ひたちなか市の隣の大洗市に、1泊2500円という格安の旅館があるのを玉緒が発見してくれたので、今日はそこに泊まることにしていた。
 
実は千葉からひたちなか市まで3台の車で往復すると、それだけでガソリン代と高速代で合計4万円近く掛かる。すると2500円で16人泊まるのと大差無いのである。
 
「2500円にしては割といいね〜」
と部屋でくつろいで、夏美が言う。
 
「まあきれいな部屋だよね。掃除も行き届いている」
と国香が言っている。
 
「まあ少し狭い気もするけどね」
と千里。
 
「これどうやって7つ布団敷くんだ?」
「まあ何とかなるんじゃない?」
 
実は最低宿賃で泊まるために8畳の部屋に7人ずつと、男性の監督・コーチは4畳半の部屋に2人という部屋割りなのである。
 
「高校時代の合宿で6畳に8人寝たことある。あの時よりはマシな気がする」
と夢香。
 
「よく寝れたね!」
「まあ朝は混沌としていたよ」
「明日の朝はそうなっている気がする」
 
「レズっ気のある子は自己申告すること」
と麻依子。
 
「自己申告したらどうするの?」
「いちばん端で寝てもらう」
「ああ、端ならいいか」
「窓の外で寝ろと言われるかと思った」
「あんたレズ?」
「微妙な気がする」
「じゃあんた端で」
「いいよー」
「今の時期に窓の外で寝たら、さすがに風邪引くよ」
「凍死してたりして」
「北海道ならあり得るな」
 

夕食は付いていないので、近くのファミレスにみんなで食事に行った。
 
「居酒屋じゃなくてファミレスになるのが、やはり女子チームだよね」
などと谷地コーチが言っている。
 
「女子というより実は未成年が結構居る気がする」
「何人いるんだっけ?」
「未成年は5人」
とメンバーを管理している浩子が即答する。
 
「来年は居酒屋でもいいかもね」
「でも今年も監督とコーチだけ居酒屋でもいいですよ〜」
「いいよ。あとでビール買って帰るから」
「あ、私も帰ってからビール飲もう」
 
「何ならいったん旅館に戻ってから車で買い出しに行きませんか?」
「ああ、それでもいいね。じゃビール6缶パック1つくらい?」
「提案。1箱(24缶)買いましょう」
「そんなに飲むの!?」
「来夢さんはウワバミだという噂がある」
「どこから、そんな根も葉もない噂が??」
 

食事もけっこう進み、おやつに走っている子も数人出始めた頃、お店に男女7〜8人の集団が入ってくるが、千里と目が合うとその中の1人が手を振ってきた。
 
近づいてくる。
 
「おはようございまーす」
と笑顔で声を掛けてきたのはチェリーツインの陽子である。
 
「おはようございます」
と千里も笑顔で答える。
 
千里の周囲がざわつく。
 
「おはようございますって、今夕方だよね?」
と夏美が戸惑うように言うが
 
「あ!チェリーツインの人たちだ!」
と声を挙げたのは玉緒であった。
 

彼女たちも近くのテーブルに就き、サイダーで乾杯してから適当に料理を注文していた。
 
「そちらはどういう集団ですか?」
と陽子が尋ねるので
「バスケットチームなんですよ。今日明日2日間隣のひたちなか市で大会やってるんですけど、今日の試合で取り敢えず全国大会進出が決まったから、その祝いを兼ねて夕食会」
と千里が説明する。
 
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
 
「でも女子チーム?」
「そうですよー」
「若干性別の怪しい人もいる気もするけど、とりあえず全員女子選手として認定されている」
 
「そちらの2人も?」
と八雲が監督・コーチの方を見て言う。
 
「ああ、そちらは監督とコーチ」
「そっかー!びっくりした」
 
「ああ、私も女子チームみたいだけど、女子に見えない人が何人かいるなと思った」
と陽子も言っている。
 
「女子チームでも監督とかコーチは男性でもいいのね?」
「うん。女性でないといけないのだったら大変」
「その時は監督とコーチには性転換してもらうということで」
 
監督とコーチが苦笑している。
 
「他の男の人はマネージャーとかトレーナー?」
と八雲が訊くので
 
「ん?」
とローキューツのメンバーは顔を見合わせる。
 
「ね、ね、どの人とどの人が男に見えました?」
「え?まさか他の人は全員女性?」
 
「ああ。。。。」
「まあ性別間違われるのは日常茶飯事だけどね」
と国香。
 
「僕は毎日1回は性別疑われる」
と誠美。
 
「性転換して女になったという訳でもないのね?」
と八雲。
 
「お兄さんも、一度性転換して女の子になってみない?」
と菜香子が言った。八雲の視線は明らかに、誠美と菜香子を見ていたのである。
 
「あ?えっと・・・」
と今度は八雲が困ったような反応をした。
 
陽子が隣で吹き出す。
 
千里が説明する。
 
「こちらの格好良いスリムな人物は女性だから」
 
「うっそー!?」
と今度はローキューツのメンバーが驚く。
 
「すんませーん。男になりたい気はするんだけど、男になったらソプラノ歌えなくなっちゃうから性転換できない、取り敢えず女の少女Yです」
 
と八雲は照れながら名乗った。
 
「あ、もしかして、あなたとあなたが少女Xと少女Y?」
と玉緒が質問する。
 
「はい、少女Xでーす。私もたぶん女でーす」
と陽子も名乗った。
 
「すごーい。少女Xと少女Yの素顔が見られるなんて」
と玉緒は感動している。
 
「なんか凄いこと?」
と事情を知らないメンバーから質問が出る。
 
「この2人はライブとかでも絶対に顔を見せないんですよ。名前も付いてないからファンの間で少女X・少女Yと呼ばれているんです」
 
「へー」
とあちこちから声が出る。
 
「写真は無しでね〜」
と陽子が言った。
 

「でも、もしかして皆さん、苫小牧から大洗までのフェリーで来られたんですか?」
と麻依子が尋ねた。
 
「そうそう。夜中の1時に苫小牧を出て、20時前に大洗に着いた。これから東京に出て夜中から実はビデオ撮影」
と大宅さんが説明する。
 
「なんてまあハードな」
と夢香。
 
「交通手段あるんですか?」
「美幌から苫小牧まで車で来たので、そのまま車ごと乗船して、この後もその車で東京に向かいます」
 
「やはりハードだ」
 
「それでここで1時間ほど休憩してから行こうと」
「でも夜中から仕事を始めるというのが凄い」
 
「この業界は太陽の運行を無視しているから」
と八雲。
「というか世間の人たちと6時間くらいずれてる気がする」
「確かに芸能界の昼12時が一般人の朝6時だよね」
 
「その子供は?」
「チェリーツインの新メンバー」
「嘘!?」
 
「という訳でもないけど、マスコットガールかも」
と陽子。
「取り敢えず私の子供ということで」
と桃川。
 
「そんな大きなお子さんがいたんですか?」
と玉緒が驚いている。
 
「内緒にしておいてね」
「いいですよー」
 
千里は不思議に思った。1月にマウンテンフット牧場に行った時はこの子を見ていない。あるいは父親の所で暮らしていたのだろうか?しかしこの人、いつ結婚したのだろう。こんな大きな子供がいたのなら、その彼女が2年前に自殺しようとしたのは不可解である。子供がいるなら母親は物凄く強くなる。
 
というところまで考えてから、ふと桃川が元男性であったことを思い出す。あれれ?ということはこの子は桃川さんを父親とする子供か?それなら母親の所に居たのを事情で引き取ったのだろうか。しかし女性として完璧な桃川さんが女性と恋愛をしたのが今度は信じられない。いやレスビアンか??
 
「でも今回は実は苫小牧−大洗のフェリーに乗って、その間に曲を4曲作れという指令だったんですよ」
と大宅は言う。
 
「そういう指令があるんですか?」
と夢香が呆れている。
 
まあ、そんなこと言い出すのは雨宮先生だな、と千里は思う。
 
「でもその子、名前は?」
「ももかわ・しずか」
と本人が答える。
 
「へー。しずかちゃんか」
「可愛いね〜」
「小学生?幼稚園?」
「4月から小学校なんですよ」
「おお、すごい」
「学校頑張ってね」
 

千里たちがチェリーツインの人たちと楽しく交款しながら食事やおやつを食べていた時、老人の団体が20人ほどでお店に入ってきた。席はまだ充分あるのだが、何人か視線を交換する。
 
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね。ぐっすり寝た方がいいし」
「待って。このサンデーを食べてから」
「あんたよくこの真冬にそんな冷たいの食べるね〜」
「このあとお風呂で温まるから大丈夫」
 
「取り敢えず精算してくるよ。伝票取って。私が取り敢えず払っておくから」
と千里は伝票の近くにいる浩子に声を掛ける。
 
「お金ある?」
と浩子が心配して訊く。
 
「うん。現金はいつも余裕もっているから」
と千里。
 
「じゃ旅館に戻ってから集金しようか」
と浩子。
 
それで千里はレジの所に行き、2万円ほどの代金を払った。レシートをもらって財布にはさみ、みんなの所に戻ろうとしていた時のこと。
 
老人会の集団に居た、ひとりのおばあさんがトイレに行くのに、通路を歩いていたのだが、向こうからウェイトレスが水の入ったコップをお盆に乗せてこちらに歩いて来ていた。おばあさんを見てウェイトレスが脇に寄って通路を空ける。その動きを見て、おばあさんはそのウェイトレスに会釈をした。
 
ところがその会釈をした拍子にバランスを崩してしまった。
 
「あっ」
と声をあげて倒れる。
 
そしてよりによって、その脇によけてくれたウェイトレスにぶつかってしまう。
 
千里はその様子を少し離れた所から見ていて、ありがちな事故だなと思った。おそらくあのおばあさんは三半規管が弱いのだろう。三半規管が弱い人が会釈などで頭を動かすと、それで身体のバランスが取れなくなり、ふらついてとても危険なのである。
 

ウェイトレスがおばあさんをよけきれずに倒れる。
 
持っていたお盆が吹き飛び、ちょうど近くに座っていた、しずかの所に飛んできた。しずかに近い位置に居た誠美がしずかをかばうようにしたものの、コップのいくつかは、しずかに当たってしまった。
 
ガチャガチャーンと物凄い音がする。
 
ウェイトレスがすぐ立ち上がって
「申し訳ありません!」
と言って、まずは倒れたおばあちゃんを助けようとするが
 
「任せて」
と言って薫が飛び出して来て、おばあちゃんを助け起こしてやった。
 
「お怪我はありまんか?」
「大丈夫。でもごめん。あんたにぶつかってしまって」
「いえ私は大丈夫ですよ」
とウェイトレスは言うが
 
「あんた今腰を打ったでしょ?大丈夫?」
と薫が言う。
 
「このくらい平気ですよ」
「ちょっと貸して」
と言って薫はそのウェイトレスの腰の所に手を当てて、どうも気功で治療してあげているようだ。
 
レストランのスタッフが何人か飛んできた。
 
「どうしたの?」
と店長らしき人。
 
「すみません。私が転んでしまって」
とウェイトレス。
 
「いや、その人は悪くない。おばあちゃんがふらついて、そのウェイトレスさんにぶつかっちゃったんだよ」
と大宅が店長に状況を説明した。
 
「分かりました。お客様、お怪我は?」
と店長はそのおばあさんに尋ねる。
「大丈夫みたい」
とおばあさん。
 
すぐ別のスタッフが掃除道具を持って来て床に落ちて割れたコップを軍手をはめて拾い集めている。
 
「**君、怪我は?」
「私は大丈夫です。でもそちらのお客様に水を掛けてしまって」
 
しずかと、彼女をかばった誠美がかなり服を濡らしている。
 
「僕はもう帰る所だったから、旅館に戻って着替えるよ」
と誠美は言う。
 
「しずかちゃん、着替えある?」
と千里が桃川に訊く。
 
「車から持ってくる」
と言って、桃川は外に飛び出して行った。
 

店長は誠美の分としずかの分の代金をタダにすると言ったのだが、誠美は全然平気だから、ちゃんと払いますよと言ったら、お土産にとピザを持って来てくれた。
 
「これはビールのおつまみができたな」
などと言っている子がいる。
 
桃川が車から持って来た着替えを持ち、しずかを店内のトイレに連れて行き、着替えさせてきた。
 
しずかに関しても大宅が別に平気ですからと言ったら、そちらもチキンをサービスで持って来てくれた。
 
千里は騒動を見ていて唐突にトイレに行きたくなったので、桃川たちと入れ替わるようにしてトイレに入った。それで用を済ませて外に出ようとしたら、洗面台の所に女の子の着替えがあるのに気づく。
 
持って出る。
 
「桃川さん、洗面台の所にこれあったんだけど」
「きゃー。ごめんなさい。気づかなかった」
 
「ああ、ハルちゃんは忘れ物が多いから」
と秋月が言っている。
 
千里は微笑んで着替えを桃川に渡すが、その時、しずかの服のタグの所に名前が書かれているのを見る。
 
「ああ、名前をちゃんと書いてあるんですね」
「ええ。保育所に行ってるから、何かで着替えるようになった時、他の子の服と紛れないようにというのもあって」
 
「牧場には他には小さい子供はいないんですか?」
「ええ。大学に行っている、オーナーの息子さんと娘さんは札幌市内のアパートで暮らしていますし」
 
「なるほどー」
などと言っていた時、千里はその名前の書かれ方が気になった。
 
「このタグに書いている名前ですけど、左書きと右書きがあるんですね」
と千里は何気なくことばに出す。
 
「ん?」
 
横から覗き込んだ麻依子も「あ、ほんとだ」と言っている。
 
「この上着のタグには、右から『しずか』、シャツのタグには左から『しずか』と書いてある」
と麻依子。
 
「あれ?ほんとだ」
と大宅も近寄って見て言う。
 
「ハルちゃんって、わりと適当だもんね」
と大宅。
 
「この上着のタグはうっかり左から読んだら『しずか』じゃなくて『かずし』になっちゃうね」
と夏美。
 
「『かずし』じゃ男名前だから、そういう間違いは起きないよ」
と夢香が笑って言った。
 
それでみんな笑っていたのだが、千里はその時、桃川が、世にも奇妙なものでも見たかのような、何とも形容のしがたい表情をしているのを見て、どうしたのだろう?と疑問に思った。
 
 
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【娘たちの転換準備】(3)