【娘たちの努力の日々】(2)

前頁次頁目次

1  2  3 
 
1年とちょっと前。
 
2008年8月に旭川N高校はインターハイで、あと少しの所で準決勝で静岡L学園に敗れBEST4に留まった。優勝は同じ北海道代表の札幌P高校であった。
 
不完全燃焼の思いだった千里は今年からインターハイの優勝校・準優勝校はウィンターカップに自動出場になり、北海道はP高校とは別に予選をやってその優勝校がウィンターカップに出場できるようになったという話を聞き、心を燃えあがらせた。
 
道予選がU18アジア選手権と日程的に重なり、千里自身は道予選に出られなかったものの、暢子や雪子、新戦力の湧見絵津子などの活躍で旭川N高校は12年ぶりのウィンターカップ出場を決める。
 
そしてどちらも北海道代表ということで別の山に振り分けられた札幌P高校と旭川N高校は各々勝ち上がっていき、2008年12月28日、同じ北海道代表同士の全国大会決勝戦というドリームマッチを実現する。
 
そしてこの試合に延長戦までもつれる激戦をして、千里は、結果的に敗北したものの、全てを燃やし尽くした思いだった。
 
千里は
「私、もう今日でバスケット辞める」
などと言ったが、暢子は
 
「千里、1年後のウィンターカップの時に、千里がほんとにバスケを辞めていたら、千里に100万円払ってもいい」
と暢子は言った。
 
すると千里は
「じゃ、もしバスケやってたらN高校女子バスケ部に1000万円寄付するよ」
と言った。
 

高校を卒業した後、千里は大学のバスケット部にも入らず、軽くジョギングしたり、個人的に市の体育館でシュート練習する程度しかしていなかったものの、半ばなりゆきで勧誘されて、千葉ローキューツというクラブチームに入りバスケット活動に復帰する。しかし高校時代に比べれば随分少ない練習量であった。
 
夏にはU19世界選手権の日本代表として招集するからと言われ、選手管理担当の高田コーチ(札幌P高校コーチ)から再三連絡が入っていたのだが、その連絡を黙殺していた。
 
一方、札幌P高校の佐藤玲央美もウィンターカップのあの劇戦で燃え尽きた気分で、彼女も一時的にバスケから離れていた。玲央美も高田コーチから再三連絡があったものの、それを黙殺していた。
 
2009年12月。
 
この年のウィンターカップには北海道からは札幌P高校と旭川N高校が代表で出てきた。札幌P高校が今年もインターハイで優勝して、ウィンターカップに自動出場となったため、それ以外のチームで道予選を行い、旭川N高校が勝ち上がって代表となったのである。
 
各々の学校では、関東周辺にいるOGで、選手たちのお世話や練習相手になってくれる人を募集。千里は旭川N高校のお世話係、玲央美は札幌P高校のお世話係で出て行った。
 
ふたりは12月21日の早朝偶然コンビニで出会ったのだが、その後、朝6:00 一緒にいる所をまとめて2009年7月1日の朝にタイムスリップしてしまった。
 
そしてふたりはもうひとつの時間の流れの中で日本代表の合宿をし、タイに渡ってU19世界選手権を戦って7位の成績をあげたのである。チームとしての順位は低かったものの、玲央美がアシスト女王、千里がスリーポイント女王を取る活躍だった。
 
そしてその時間の流れの8月5日6:00に、再びふたりは12月21日6:00へとタイムスリップして元の時間に戻された。
 

あらためて振り返ってみれば、千里はこの1年、前半はU19日本代表になって世界選手権でスリーポイント女王を取るほどの活躍をし、その後、ローキューツでシェルカップに準優勝、関東クラブ選抜で優勝、千葉クラブ選手権で優勝、関東総合でBEST4、純正堂カップで優勝、と結果だけみると快進撃を遂げている。
 
「私ってバリバリの現役じゃん」
 
ということで千里は所有していた東京電力株50単元(1172.5万円)を売却して資金を作った上で、1年前の暢子との約束にもとづき、旭川N高校の口座に1000万円を振り込んだ。
 
旭川にいた校長から連絡を受けて驚愕した教頭が千里に尋ねる。千里はこれは1年前の暢子との約束に基づくものであることを説明。そして自分は特待生にしてもらえたおかげで、父の失業で高校進学は諦めてくれと親から言われていたのを、高校に入ることができ、更にバスケもすることができたこと、その恩返しをしたいのだということを言った。
 
そしてまだ呆然としていた宇田先生に千里は言った。
 
「宇田先生。まだ足りなかったら、私資金提供しますから、今年の冬、旭川N高校女子バスケ部は地獄の合宿しましょう」
 
一部悲鳴もあがる中、絵津子が楽しそうに言った。
 
「それ食事代も出ますよね?」
「うん。いっぱい食べてね」
「頑張って食べます!」
 
「食べて練習もしなくちゃ」
「食べるために練習します」
と絵津子は言った。
 

急遽、部長の絵津子、副部長の不二子、部長補佐のソフィア、宇田先生、南野コーチ、白石コーチ、教頭、そして千里と急遽会場内に居たのを呼び出した暢子の9人で会議を開く。
 
暢子は千里が1000万円払ったというのに驚いていた。
 
「私はその話、忘れかけていたのに」
などと言っていた。
 
会議の途中で教頭がV高校の教頭と何度か連絡を取った結果、V高校の施設をV高校の冬休み最終日の1月7日までなら使ってもよいという回答を得たので、この冬休みの合宿は前半を東京で行い、引き続きV高校の施設に泊まりながら1月5日のオールジャパン準々決勝まで見学して(試合見学後練習)、後半は今から旭川近郊の適当な場所を、旭川に戻った教頭と向こうにいる北田コーチとで探すという方向で決めた。
 
千里たちも時間の取れる子は指導係兼対戦相手としてそのまま参加することにする。
 
合宿は東京合宿・北海道合宿ともに希望者の参加とするが、教頭は今日でいったん帰ることにし、このあとの東京合宿には参加せずに旭川に戻る生徒に付きそうことにした。揚羽・志緒・雪子の3年生3人は受験を控えているので教頭と一緒に旭川に戻る。
 

それでいったんV高校に引き上げ、帰る人たちは荷物をまとめて今日の最終の飛行機で帰ることにする。東京合宿に参加するかどうかは各自、教頭や揚羽たちが出発する時刻までに保護者と連絡を取って決めてと部員たちには通達した。
 
それで東京体育館を出てV高校に戻ろうとしていたら、出口のところで札幌P高校の一行と遭遇する。
 
「優勝おめでとうございます」
「ありがとう」
 
と言葉を交わす。
 
「そちらはもう帰るの?」
と玲央美が千里に訊く。
 
「合宿延長。オールジャパンを5日まで見てから帰る」
と千里。
 
「なるほどー。じゃうちの試合を最後までは見ないのね?うちは決勝戦まで行くけど」
と玲央美。
「そちらが東京見物している間にこちらは地獄の合宿を」
 

そんなことを言っていたら、十勝監督が寄ってくる。
 
「宇田さん、そちらまだ居るなら、取り敢えず練習試合とかしません?」
「いいですね」
「いつしましょう?」
「今日、夕方からとかはどうですか?」
と宇田先生は言った。
 
十勝さんは驚いていたが、言った。
「ぜひやりましょう」
 
話を聞いた双方の部員たちが
「え〜〜!?」
と言っていた。
 

結局札幌P高校のメンツがN高校の宿舎に来るということになる。向こうはいったん旅館に戻ってから、札幌から駆けつけて来ていた学校関係者と一緒に祝勝会をしたようである。
 
その祝勝会が終わってから来たので、一行がV高校に来たのは夕方7時になった。この時点で、雪子たち3年生や、他に数人帰宅を希望した生徒は教頭と一緒に羽田に向かっている。
 
なお、東京合宿に参加を希望した部員については、宇田先生・南野コーチ・白石コーチ・教頭が手分けして実際に各々の保護者と電話で話をして東京合宿延長の承諾を得た。
 
「最初、OG対戦をやろう」
などと札幌P高校の高田コーチが提案したので、このようなメンツで対戦することになる。
 
N高校 PG.海原敦子(神奈川J大学) SG.村山千里(千葉C大学)白浜夏恋(東京LA大学)SF.麻野春恵(KQ鉄道)PF.若生暢子(H教育大旭川校)瀬戸睦子(旭川E大学)佐々木川南(千葉K大学)歌子薫(東京A大学)山口宏歌(AS製薬)田崎舞(東京W大学)C.花和留実子(H教育大旭川校)
 
P高校  PG.竹内裕紀(札幌N女子大)徳寺翔子(札幌F大学)SG.石川里夏(NF商事)SF.佐藤玲央美(JI信金)片山瑠衣(神奈川J大学)岡田琴音(赤城鐵道)PF.宮野聖子(千葉K大学)長井浩水(BC運輸)坂本加奈(レピス)
C.堀江多恵(MS銀行)河口真守(札幌F大学)
 
「ポジションがアンバランスだ」
「たまたま来ていたメンバーで構成しているからな」
「しかしP高校さんはさすが実業団1部・関学1部が多い」
「日本代表経験者は2人ずつか」
 
ここで「日本代表」は候補者まで入っている。N高校は千里と留実子、P高校は佐藤玲央美と堀江多恵である。堀江多恵は千葉ローキューツの創立者・堀江希優(初代背番号4)の妹である。
 
取り敢えずスターターはこうなった。
 
N 敦子/千里/暢子/宏歌/留実子
P 竹内/石川/佐藤/坂本/堀江
 

事前に高田コーチが
「君たち、後輩の前だからといって無理しないように。絶対に怪我しないこと」
と言ってから始める。
 
しかしやっている内にお互いに結構白熱してくる。P高校の年齢が上の選手の中には旭川N高校など弱小だろうと思っていた風の選手も結構いたようだが、接戦なので、プライドを汚される気分だったようで、坂本・長井などの関東実業団一部のメンバーはかなり頭に血が上っていた。
 
40分やっても疲れるだけだしということで、試合は20分で打ち切られたものの、結果は31-38で旭川N高校OGの勝ちである。
 
試合後キャプテンを務めた坂本さんが
「このままでは済ませない」
などと穏やかならざる言葉を吐く。
 
「どうすんの?ナカちゃん」
と高田コーチが笑いながら言う。
 
「N高校さん、1月5日まで居るの?」
「そうですよ」
と南野コーチが答える。
 
「じゃ1月5日に再戦。それで勝てなかったら女を辞める」
と坂本さん。
 
「ああ、いいんじゃない」
と十勝監督は笑いながら言う。
 
「こちらは望む所です」
と宇田監督も笑顔で言った。
 
「坂本さん、性転換手術してくれる病院のパンフレットを取り寄せてあげるね」
とN高校OGの山口宏歌が言うが
 
「要らない。勝つから。それ山口さんが使いなよ」
などと坂本さんは言っていた。
 

その後現役チーム同士の戦いをする。スターターはこのようになる。
 
N SF.久美子/SG.ソフィア/SF.絵津子/PF.不二子/C.紅鹿
P PG.江森月絵/SG.伊香秋子/SF.猪瀬美苑/SF.渡辺純子/C.歌枕広佳
 
N高校には愛実・紫・胡蝶と3人もポイントガードがいるのだが、現時点では誰もいまひとつという問題があり、この試合ではSF登録の久美子が先発した。千里がいた頃は不二子をポイントガードに起用することもあったのだが、不二子はドリブルが苦手という根本的な問題をどうしても解決することができないでいた。
 
江森はここ1年でP高校ではいちばん成長した子である。片山・徳寺とセンスのよいポイントガードが卒業してしまった後、一時P高校は正ポイントガードと呼ぶべき選手が不在で、昨年の新人戦では日替わりで色々な選手が司令塔を務めた。しかしインターハイ本戦になって、江森が3回戦・福井W高校戦で大会屈指のポイントガードと言われていたW高上野からスティールを決めて、それが逆転のきっかけとなったことから調子に乗り、その後の試合でも大活躍。P高校の正PGの地位を獲得するとともに大会ベスト5にも選ばれた。
 

試合はその江森のセンスの良いゲームメイクで序盤P高校優位に進む。ところが1ピリオド5分経過した所で“意外性”の不二子がその“成長株”の江森からスティールを決めると、それをきっかけにソフィア・久美子がスリーを連発して、あっという間に追いついてしまう。
 
その後も江森は何度もうまく不二子にやられてしまい、インターハイで付けた自信とプライドを揺るがせるハメになった。
 
実は江森は昨年のウィンターカップでも不二子にかなりやられており、不二子は彼女にとって天敵のような気分である。
 
P高校も伊香のスリーで対抗しようとするが、伊香のスリーはN高校は昨年以来徹底的に研究して対策を打っており、ソフィアや紅鹿、花夜や由実などの連携でほとんどブロックしたり軌道を変えたりして入れさせない。
 
最後は純子がシュートしようとした所を絵津子が巧みにスティールしてソフィア経由で久美子につなぎ、久美子がブザービーターとなるスリーを決めた。これがダメ押しとなって67-71で旭川N高校が4点差で勝ってしまう。
 
そのブザービーターのボールが床をバウンドするのを見て、絵津子にスティールされた渡辺純子が呆然としていた。
 

「N高校さんも人が悪い。うちの祝勝ムードを台無しにした」
と高田コーチが笑って言う。
 
「実力からしたら、うちは全くP高校にかなってませんでした。まともな勝負になっていたのは、純子ちゃんと絵津子の所だけ。あとは全てのマッチングでこちらが負けていた」
 
と南野コーチは厳しい顔で言う。
 
「しかしバスケットは1点でも多く取った方が勝者だ」
と十勝監督も厳しい顔で言った。
 
そして十勝監督は提案した。
 
「N高校さん、物は相談ですが、そちらの宿舎にうちも泊めてもらえません?」
 
「え〜〜〜!?」
 
「うちは旅館に泊まっているので、食事の心配はしなくていいんですけどね。近隣の中学校の体育館を借りて練習しているので、朝9時から夜8時までしか使えないんですよ」
 
「こちらは24時間使えますよ」
と宇田監督。
 
「それでオールジャパンまで徹底的に鍛え治す。ウィンターカップ優勝したぞ、夢の高校三冠だぞ、と浮かれていたらこのざまですよ」
と十勝監督は言う。
 
「こちらも毎日P高校さんが練習相手になってくれたら、言うことないですね」
と宇田監督は言った。
 
それでV高校側の許可も取って、翌日からP高校はN高校と一緒にV高校に泊まり込んで練習することになったのである。
 

「すみません。私はいったんチームに戻っていいですか?」
とN高校のお世話係をしてくれていた田崎舞が言う。
 
「マイちゃんとこもオールジャパンに出るもんね!」
「あんたレギュラーだし」
「実は卒論の最終調整もあって」
などと田崎さんは言っている。
 
「私も帰ります」
とN高校の海原敦子とP高校の片山瑠衣が言う。ふたりはJ大学のチームメイトである。J大学もオールジャパンに出場する。
 
「私も帰るね」
とP高校の岡田琴音が言う。彼女は関東総合で優勝した赤城鐵道のメンバーである。赤城鐵道は関東総合の準決勝でローキューツを破った後、大学チームとの接戦を制してオールジャパンの出場権を取っている。
 
結局、N高校側では千里・夏恋・川南・暢子・留実子・薫の6人、P高校では佐藤玲央美・宮野聖子・坂本加奈の3人が残るほか、元々ウィンターカップ以降明日から参加することにしていたY大学の赤川佐恵、C大学の本郷充子が加わって5人になる。加奈と玲央美以外は大学生である。
 
「まあ会社勤めの人は自由がきかないよね」
と玲央美は言っている。
 
「私はN高校許すまじと発言した手前、会社の有休取って参加する」
と加奈は言う。
 
「有休足りないのでは?」
「その先は首覚悟で」
 
「レオの所は良かったの?」
と聖子が訊くが
「私はプロ契約だから試合の無い日は自由がきく」
と言っている。
 
「ブロって凄いなあ」
「報酬は月5万円だけどね」
「うっそ〜〜!?」
 

「レオ、例の100万円はどうしたの?」
と千里は後で小声で訊いた。
「ああ。あれは春まで返さなくていいと言われた。おかげで何とか3月まで生き延びられるかな」
「良かったね!」
 

研修施設の4階にN高校のメンツは泊まっていたのだが、3階をP高校に使ってもらうことにした。もっとも3階は本来は男子生徒用で女子トイレが無い。それで、P高校の子たちはトイレは2階あるいは4階の女子トイレを使ってということにした。
 
「まあ自分が男子かもと思う人は3階の男子トイレを使ってもよい」
と高田コーチは笑って言う。
 
「トイレに行く時だけ一時的に性転換しようかな」
「おばちゃんたちにはよくいるよね」
「男子トイレに入る子はおばちゃん認定だな」
 
「僕は3階の男子トイレ使っていいですよね?」
とP高校の男子マネージャー稲辺君が言っている。
 
「もちろん。君が男子であるなら使って良い」
「一時的に性転換して女子トイレ使ってもいいよー」
「遠慮しておきます」
 
またお風呂はどっちみち宇田先生やN高校教頭、十勝先生たちのために男性用入浴タイムがあるので、彼にはその時間帯に入ってもらうことにした。性別が微妙なN高校の横田倫代は、男性時間帯の後、女性時間帯の前に彼女ひとりで入ってもらうことにした。
 
「あんたたち倫代ちゃんがあがった後から入りなさいよ。彼女が入っている内に突入したらセクハラだからね」
と、南野コーチは、うかつしていると無茶をやりかねない面々には言っておいた。
 

またスタッフ・OGは1〜2階の個室だけでは足りないので3〜4階の空いた部屋を使ったり、個室に布団を持ち込んで無理矢理2人泊まるなどの対応を取った。この部屋割りを考えている段階で、稲辺君に3階の部屋を1つ割り当てるのは厳しいということになり、結果的には彼は2階で高田コーチと同室になる。それで彼はトイレも2階の男子トイレを使うことになり、3階トイレは封鎖して使わないことにした。他にN高校の横田倫代も南野コーチと同室にすることにした。これは倫代の「身体の秘密」に興味津々な一部の女子部員が倫代にセクハラまがいのことをしかねないからである。
 
またここでは食事を作ることが必要なのでP高校側は首都圏にいるOG何人かに呼びかけて、食事係をしてもらうことにした。
 
食事係が増えたので、千里や夏恋などは食事係免除で練習相手をしてやってと言われた。暢子・留実子・睦子の3人も練習相手として1月5日まで滞在することになった。睦子は30日まで付き合うが30日の夕方の便で旭川に戻ることになった。
 
「まあ食事も泊まるところもあれば滞在費が全く掛からないんだけどね」
などと暢子は言っていた。
 

両校のスタッフは話し合いの上、練習相手にいくつかのチームをお願いした。
 
N高校OGの川西靖子を通じて彼女がスタッフをしているレッドインパルスの二軍選手にも来てもらった。レッドインパルスは当然お正月のオールジャパンに出るものの、二軍選手は必ずしもすることがない。
 
やってきたメンツの中には数人昨年の12月にN高校の練習相手になってくれた時のメンバーも入っていた。
 
おそらく彼女たちがチームを引き締めたせいだろう。向こうは女子高生相手とは思えないマジ100%のプレイをした。
 
初日29日の午後はP高校の現役メンバーが相手になったのだが、二軍とはいえプロの気迫で圧倒する。80-56の大差でレッドインパルスが勝ったが、彼女たちは
 
「いや、あんたたちは強い」
とP高校のメンバーに言っていた。
 
30日の午前中には今度はN高校の現役メンバーと対戦する。こちらは92-46というダブルスコアになったものの、
 
「手を抜こうかとも思ったけど、この相手に手抜きしたら、逆転されると思って最後まで手抜きできなかった」
と言っていた。
 
最初の予定ではこの2試合だけのはずだったのを
「あんたたちとはまだやりたい」
 
と向こうは言い、31日にも来訪して午前中にN高校、午後にP高校と対戦してくれた。P高校にとっては最後の最後に強いチームとの実践練習ができてよかったようである。
 

旭川N高校が居残りしていると聞いて、交流の深い、岐阜F女子高と福岡C学園も向こうからやってきて両チームと対戦してくれた。両チームともオールジャパンに出場する。
 
F女子高は29日午前中にP高校、午後にN高校と対戦。C学園は30日午前中にP高校、午後にN高校と対戦した。どれもいいゲームになった。
 

29日のお昼前、千里は雨宮先生から連絡を受けた。
 
「これがその雪の下から見つかったというノートですか」
と千里はV高校研修施設の1階和室で先生と会い、かなり傷んだノートを見せられた。
 
「向こうの大学でこれを通常写真、赤外線写真、X線写真で撮ってもらった。そのデータをPhotoshopでコントラスト拡大することで、かなり読めたものもある。でもこの曲はどうにも読めないんだよ」
 
と言って、雨宮は中綴じのノートの中央の見開きの所を見せる。
 
「タイトルは読めますね。雪の光?」
「そうそう。雪の光。本人はこれがいちばんの名作だと言っているんだけど、ちょうど真ん中のページで水が入りやすかったせいだと思うんだけど、このページがいちばん読めない」
 
「これを復元するのは難しそう。でもX線写真を詳細に分析したら何とかなりません?時間は掛かるだろうけど」
「1月中旬までに復元したいんだよ」
「無茶言いますね〜」
「千里ならできると思うからさ」
 
千里は腕を組んで考えた。
 
「取り敢えずやってみます。この原本を預かっていいですか?」
「うん。頼む」
 

雨宮が帰った後、千里はそのまま和室でお茶を飲みながらそのノートを見ていた。
 
唐突に雪の舞うお墓のシーンが目に浮かぶ。それは雪が降っているのに太陽は照っているという少し不思議なシーンだった。
 
ああ。雪の中の太陽だから、雪の光なのか、などと思う。
 
それでカバンから五線譜を出すと、その情景を見ながら何となく聞こえてくる気がしたメロディーを書き留めてみる。ああ、何となくいい感じ・・・・
 
と思ったが、これでは復元ではなく、創作ではないかと苦笑する。
 
千里は雨宮先生に電話をした。
 
「これどこで作ったんですか?」
「奥尻島らしいよ。桃川春美は知っているよね?」
「桃川さんとは会ったことないです」
「そうだったっけ?あの子は奥尻島で生まれたんだよ。でも札幌の高校に行っている時に、北海道南西沖地震で、家族・親戚一同が全滅したんだよ」
 
「きゃー」
 
「そのお墓参りに行ってた時に思いついたらしい」
「分かりました」
 
千里は実際にそこに行って来なければ復元できないと思った。それでN高校の東京合宿が終わって、北海道に移動する時に付いていって、その時に奥尻島を訪れようと考えた。
 

12月30日(水)。
 
この日の午前中、N高校の現役メンバーはレッドインパルス2軍との練習試合をしていたのだが、OGの川南・夏恋・千里・暢子の4人は、朝御飯が終わった後、群馬県渋川市に向かった。
 
移動は千里のインプを使用した。これは川南のマーチに4人乗るとけっこう窮屈であるのと、合宿所の方で買い出しの用事が発生したような場合にMT車のインプは運転できる人が限られるので、川南のCVTのマーチを置いて行こうというのもあった。マーチの鍵は南野コーチに預けてきた。
 
なおMTが運転できるのは千里と暢子で、川南と夏恋は自信が無いと言っていた。
 

10時頃、渋川市内の病院の駐車場にインプを駐める。4人で病室にあがっていく。
 
「おーい、来たぞぉ」
と川南が明るい声で言って中に入る。
 
「あ、チサトさん、カレンさん、ノブコさん」
と龍虎が言ったのに対して
 
「こら、なぜ私の名前を呼ばん」
と言って、川南は龍虎に絞め技を掛けているが、龍虎は結果的に頭が川南のEカップのバストに押しつけられて結構焦っている感じだ。
 
「カナさん、こんにちは」
と龍虎はバストプレス?されたまま言う。
 
「何時に退院するの?」
と夏恋が訊く。
 
「お昼食べてからですー」
 

龍虎は幼稚園の年長の時から小学1年の12月まで、ほぼ2年間を病院の中で過ごした。もっとも最初の1年くらいは、病気の原因がよく分からないまま数回転院している。
 
最初に入院した時は、龍虎は志水さんという家の里子だったのだが、そこのお父さんが亡くなったことから、千里たちが龍虎と知り合った頃は実のお母さんの妹という長野さんという人が面倒を見ていた。
 
ただ長野さんは仕事が忙しく、龍虎が入院している間は良いものの退院したあと、面倒を見る自信が無いと言って困っていたようである。何でも仕事が忙しい時は1ヶ月くらい自宅に戻れないこともあるらしい。そんな折り、龍虎は同じ病院に入院していた田代さんという人と仲良くなり、その夫婦に子供が無いことから田代さんは「うちの子供にならない?」と誘った。
 
それで叔母の長野さんと田代さん夫婦の話し合いで、龍虎は田代さんちの里子になることになったのである。結果的に龍虎は短期間しか長野さんちでは暮らしていない。また病室のネームプレートも、最初入院した時は「志水龍虎」、その後「長野龍虎」になって、退院する時は「田代龍虎」と変化していた。
 
「これだけ名前変わったのなら、ついでに下の名前も龍子に変えて、女の子として退院したら良かったのに。女の子になる手術は腫瘍の手術に比べたら簡単で入院期間を延ばさなくてもいいらしいぞ」
 
などと川南に言われたが龍虎は
 
「ボク、女の子にはならないよお」
と反発して言っていた。
 
それが1年前のことで、「田代龍虎」は2009年1月に田代さんの家の近くの小学校に編入。ここ1年間は学校に通いながら、月に1度くらい病院で診察を受けるという生活をしていた。
 
しかし退院から1年経ち、一度しっかりと精密な経過観測をした方が良いということになり、学校が冬休みに突入した12月25日から今日まで検査のため再度入院していたのである。
 

「龍虎が退院する時に着るようにと可愛い服を買ってきたぞ」
といって川南は可愛いキティちゃんのブラウスとセーターにチェックの温かそうなロングスカートを見せる。
 
「なんでカナさん、ボクに女の子のふくばかりくれるんですか〜?」
「龍虎がちんちんを取ることになった時のためだよ」
「ねんのために先生にもきいたけど、べつにちんちんをとることはないって言われましたよ」
「いや、分からないぞ。ちんちんに腫瘍ができたら、取ることになるかも知れん」
「万一、おちんちんとることになっても、ちゃんとかわりのおちんちん作ってくれるらしいですよ。だからボク女の子になったりはしないから」
「でもこういう可愛い服、着るの嫌いじゃないだろ?」
「えっと・・・・」
 
「女の子用のパンティとか穿いてみたりしない?」
「たまに・・・」
「スカートとかも穿いてみたりしない?」
「ちょっとだけ」
「キティちゃんって好きじゃない?」
「かわいいとは思うけど」
 
そばについてる田代のお母さんも笑っていた。
 

「検査結果はどうでしたか?」
と夏恋がお母さんに尋ねる。
 
「全く問題ないそうです。腫瘍を除去した付近は特に念入りにMRIで検査しましたが、怪しい所は無いそうですし、血液検査の結果も体内のどこかに腫瘍があれば出るはずのマーカーが見られないということで。転移が起きやすい部位についてもかなり調べたのですが、大丈夫ということです」
 
「それは良かった」
「元々悪性ではないという診断ではあったんですけどね」
「それが運が良かったですよね」
 
「まだ原因がよく分からず、血液の癌と診断された時期に投与していた抗癌剤が結果的には病気の進行を抑えていたということらしいんですよね」
「そのあたりも運が良かったですよね」
 

「龍虎のその頭はもう自毛になったんだっけ?」
などと言って暢子が頭に触っている。
 
「もうこれ自分のかみの毛だよ」
と龍虎は答えている。
 
龍虎は治療のためにかなり強い薬を使っていたため、一時は髪の毛が完全に無くなっていた。千里たちが高校3年の時に龍虎と出会った頃も彼は頭を丸刈りにしていたが、あの後また1度全部抜けてしまい、学校に復帰してからしばらくはカツラを使っていたらしい。
 
「実際薬の副作用はあちこちに出ていたんですよね」
と田代のお母さんは言う。
 
「御飯食べられなかった時期もあると言ってたね」
と夏恋。
「うん。食べても、はいてしまうから、ずいぶん点てきされてた」
と龍虎。
 
「便秘も酷くで、かなり浣腸されたね」
「あれ、つっこまれるのすごくイヤだったけど、してもらわないと苦しいし」
 
「身体の再生機能が落ちてるみたいで、ちょっとした怪我も治るのに時間が掛かっていたし、口内炎とか手荒れも酷かったし、爪も随分折れやすかったね」
 
「うん。手あれもつらかった。お母さんがずっとローションを手にぬってくれたから、あれでけっこう楽になったけど」
 

「ちんちんはもう元のサイズに戻ったの?」
と唐突に暢子が訊く。
 
「えっと・・・」
と龍虎は口を濁す。
 
「今回測定したのでは3.2cmまで戻って来ているんですよ」
とお母さんが言う。
 
8歳の子のペニスの標準サイズは7-8cmくらいで4cm以下はマイクロペニスとみなされる。
 
「一時は2cm切ってたんでしょ?」
と暢子。
 
「いちばん縮んでいた時が1.8cmと言ってました」
と母。
「今は当時の倍近くですね」
と夏恋。
 
「立って、おしっこできるの?」
と暢子が訊く。
 
「まだ・・・」
と答えて龍虎はまた恥ずかしがっている。
 
「実際問題として3.2cmの内、外に出ている部分はその半分程度で。握ること自体が困難みたいなんですよ」
と母。
 
「それ握ってもズボンのチャックの外まで届かないのでは?」
「そうみたいです」
 
「龍虎、座っておしっこするのなら、ズボンよりスカートの方が楽だぞ」
と川南がまたからかう。
 
「べつにスカートはかなくても、ちゃんとちんちん大きくなるから、だいじょうぶだよ」
と龍虎は口をとがらせて言う。
 
どうも川南には反発するのが龍虎の流儀のようだ。
 

「でも男子トイレは個室が少ないから、しばしば埋まっているんですよね。特にお年寄りは長いし」
と母。
 
「そんな時、どうすんの?」
と暢子。
 
「一応、子供だし女子トイレの個室使ってもいいよと言われてるんです」
と母。
 
「女子トイレ使うの、ちょっとはずかしー」
と本人は言っている。
 
「だったら、いっそのこと、女の子になれば堂々と女子トイレ使えるぞ」
「ボク、男の子だもん」
 

「いや、龍虎は女の子ですと言われたら信じてしまうと思う。可愛いもん」
と夏恋が言う。
 
「前の里親の志水さんとも何度か話したんですが、この子、実際小さい頃はよく女の子と間違われていたらしいですよ。むしろ男の子と思われたことが全く無かったらしいです」
 
「私たちが龍虎と会った時は、頭が丸刈りだったから男の子と思ったけど、普通の髪なら、むしろ女の子と思っちゃうよね」
 
「それで結果的には女子トイレにいても誰も気に留めないみたいで」
「なるほど、なるほど」
 

「前入院していた時は、お風呂でも揉めたもんなあ」
と川南が言う。
 
「それ言わないでよー」
と龍虎が言うのだが
 
「何があったんだ?」
と暢子は興味津々な様子。
 
「この病院に入院したての頃の話らしいんですけどね」
と田代(母)は言う。
 
「当時はまだ髪がけっこうあったもので、よけい女の子に見えたらしいです。それに当時、抗癌剤の影響でおちんちんは小さくなっていて、実際問題として2cmくらいのサイズだとほとんど体内に埋もれてしまって、ちょっと見たのでは付いてないように見えたんですよね。だから、お股を見ても女の子に見える状態で。それで男性の入浴時間にこの子が入って行ったら、先客のおじいさんが龍虎を見て女の子が入って来たかと思って、びっくりして」
 
「あらら」
 
「足をすべらせて腰を打って入院が延びちゃったらしくて」
 
「それはいかん。やはり龍虎は女性の入浴時間に入らないと」
と暢子。
 
「いっそ幼稚園生ならそれでもいいんだけど、という話もあったらしいです。でもやはり小学1年生を女性の入浴時間に入れる訳にはということになって、結局、本来の入浴時間帯ではない時間に、龍虎だけ入れてもらえることになったんですよ」
と母。
 
「なんだ。つまらん」
 

「それでその続きの話があるんだよな」
と川南は楽しそうに言う。
 
「もう・・・」
と言って龍虎は不満そう。
 
「最初男の子だからということで、男性の看護師さんが付き添ってくれたらしい。ところがさ」
 
「一度でも龍虎を風呂に入れた看護師さんが、みんな、次からは他の人にしてと言ったらしい」
 
「なんで?」
 
「龍虎があまりに可愛いんで、過ちをおかしてしまいそうで、自分を抑えるのに苦労したとかで」
 
「うーん・・・・」
 
「顔が可愛いし、雰囲気が優しいし、それでちんちんが縮んでいてお股には何も付いてないように見えるから『この子は男の子』と思っていても、やはり女の子に見えるし、龍虎の裸を見ている内に立っちゃうらしいんだよ」
 
「ああ・・・」
 
「あれって考えて制御できるもんじゃなくて、生理的な反射らしいから」
「そのあたりが女の私たちには分からない所だよね」
 
「それで結局、中年の既婚女性の看護師さんが水着着用して龍虎を風呂に入れてくれることになったんだって」
 
「大変だね」
 
「病院としても、男性看護師が患者の男児を・・・なんて新聞記事が出たら困るし」
 
「それはその看護師さんにとっても病院にとっても、龍虎にとっても悲劇だな」
「結局女性の看護師さんが付いてあげるのが平和ということで」
 
「だったら、龍虎が女の子になってしまうのがもっと平和だな」
「ボク、女の子になるのはイヤだよぉ」
 
「でも当時、お母さん不在の状態だったから、中年の女性に入れてもらうのは、まるでお母さんのぬくもりを感じられるみたいで、よかったと言ってたね」
川南。
 
「まあね」
と龍虎もその件に付いては素直に答えている。
 

「でもそれ付き添いは必要なんだっけ?」
と暢子が訊くが
 
「治療の副作用で貧血を起こしてお風呂の中で倒れる可能性もあるので、ひとりで入浴はさせられないということで」
 
「ああ、それは気をつけてあげなければ」
「実際入院中は湯船からあがった所で、気が遠くなり掛けて、額に冷たいタオル当てて意識回復ってことも何度かあったんですよ」
 
「あれあがった時が危ないんだよなあ」
「血圧が一時的に低下するからね」
 
浴槽に入っている間に血管が膨張するため、浴槽から出てすぐは下半身に血液が溜まりすぎて脳の血液が足りなくなるのである。
 
「今、おうちではどうしてるんですか?」
と夏恋が訊く。
 
「私が一緒に入ってますよ」
と田代母。
 
龍虎は少し恥ずかしがっている。
 
「なるほどー!」
「まあ小学3年生くらいまではいいよね、と言っているんですけどね」
 
「まあ4年生くらいになったらひとりで入るよな」
「ええ。その頃にはもう貧血も起きなくなっているだろうということで」
 
「家でも貧血起こしたことあります?」
 
「入院中は何度かやったけど、退院してからは、1月に1回起こしただけかな」
「うん。でもあれ1度だけで、その後は起こしてないよ」
 

その日千里たちは、お昼の時間になるまで龍虎の病室に居て、龍虎と母、そしてやがてやってきた田代父とも色々話した。11時半頃に主治医の教授が来て、
 
「龍虎君、身体のどこにも悪い所無かったぞ。安心して学校頑張れよ」
と言った。念のため聴診器を当てたり、体温・血圧などの測定をして体調を確認していた。
 
その診察が終わってから、龍虎は田代のお父さんが持って来てくれた服に着替える。下着も交換するということで、ベッドの周囲のカーテンを引き、千里たちがその外で待機している間に中で着替える。
 
「あれ?このパンツ・・・」
「ありゃ。間違ったかな」
「どうしよう?」
「別にそのパンツでもいいんじゃない?」
「うーん。。まあいいことにするか」
 
などという会話が聞こえてくるので千里たちは顔を見合わせる。
 
やがてカーテンが開かれる。龍虎は青いセーターに温かそうなコーデュロイのズボンを穿いている。
 
「龍虎、パンツどうかしたの?」
と川南が訊く。
「なんでもない」
と龍虎。
「もしかして女の子パンティだったとか」
「カナさんがたくさん送ってくるからだよ!おかげで、ボクのタンスの中、女の子のふくがいっぱい入っているんだもん」
 
「ごめーん。俺が間違ったから」
とお父さん。
 
「やはり女の子パンティ穿いてるんだ?」
と川南。
「帰ったら着替えるよ」
と龍虎。
「ごめん。年末で忙しかったから洗濯物ためちゃって。男の子パンツがもしかしたら無かったかも」
と田代母。
 
「女の子パンティならたくさんあるんだ?」
「そうだね。とりあえずそれ穿いとけばいいよ」
「うーん・・・・」
 
「どっちみち、龍虎は前の開きは使わないんだから、女の子パンティでも問題なかろう?」
 
「問題あるよぉ」
 
「よし。龍虎にはまたキティかマイメロのパンティをたくさん送ってあげよう。キティとマイメロとどちらがいい?」
 
「えっと、キティちゃんたくさんあるから、マイメロの方がいいかな」
「ああ、やはり女の子の服、着たいんだ?」
「あれ〜?」
 
「よし。マイメロのパンティとか可愛いスカート送ってやるな」
 
千里も夏恋も笑いをこらえるのが辛かった。
 

「おかあさん、龍虎のサイズはまだ110でいいですか?」
と川南が訊く。
 
「今の所は問題無いですね。やはり薬の副作用で身長の伸びも遅れているみたいで。でもこの後は、薬もだいぶ軽いものになってきたから、身長伸びるかも」
 
「んじゃ、120サイズを送ろうかな」
「そうですね。その方が余裕あるかも」
 
「今の所クラスで男の子・女の子入れていちばん小さくて2年生なんだけど1年生と思われることが多いみたい。でも病気をしていたから仕方ないよと言っているんですけどね」
 
「クラスの子、しんちょうのことでボクをからかうなって言われてるみたい。ボクべつに気にしないけど」
 
「まあ少しずつ大きくなるさ」
と川南は言う。
 
「私が背が高いから、お母さんがそんなに背が高いならきっと君も大きくなるよとかも言われたみたいなんですけどね」
と田代母。
 
「その後、俺を見て、お父さんが背が低いから龍虎も背が低くても仕方ないよ、とも言われたみたいです」
と田代父。
 
「なるほどー」
 
田代母は身長173cmくらいで、田代父は身長158cmほどである。
 
「この子の実の両親も私たちと似たパターンだったらしいです」
「へー!」
 
「この子のお母さんは178cmくらいあったらしいんですよ」
「凄い!」
 
「だって支香叔母さんも175cmくらいだもんな」
と川南が言う。
「うん。しかおばさんもせがたかい」
と龍虎。
 
「でもこの子のお父さんは165cmくらいだったそうで。だから両親とも私たちより少し背が高いんですけどね」
 
「でもお父さんの方が背が低いパターンだったんだ」
「結果的には色々な意味でいいお父さん・お母さんの所に行ったんだな、龍虎」
と暢子が言うと
「えへへ。いいお父さん・いいお母さんだよ」
と龍虎も嬉しそうに言った。
 

30日の日は千里たちは龍虎が田代夫妻と一緒に退院するのを見送った後で、暢子がインプを運転して、宿舎に戻り、午後からのN高校の練習に付き合った。
 
そして2010年の年は明けた。
 
朝6時に起床して、おとそ代わりのサイダーとお雑煮を食べてからP高校とN高校で20分間の練習試合をする。
 
その後、一休みしてから、調理担当メンバー手作りのおせち料理を食べる。年末最終便で札幌から出てきたP高校の理事長さんが持って来た新巻鮭も焼いてふるまう。
 
その後、旭川N高校のメンバーは午前中たっぷりと練習で汗を流したが、札幌P高校のメンバーは午前中を休憩時間とした。仮眠する子も多かった。この日のP高校の試合は第4試合19:00からである。
 
お昼前に東京体育館に移動して、試合を観戦するが、純子や秋子は絵津子や久美子が練習相手になってあげて、軽い(?)調整をしていた。江森月絵は不二子が「相手しようか」と言ったものの「うーん。。。」と言って悩んでいたので、結局ソフィアと紫が練習相手になってあげていた。
 
初戦の相手はインカレ8位の山形S大学だったが、80対68で快勝した。N高校との練習試合で不二子に叩かれて自信崩壊していた江森はこの試合では精神的なリハビリをするかのように、オーソドックスなゲームコントロールでチームを勝利に導いた。これでかなり自信を取り戻すことができたようだ。
 
「いやあ、不二子ちゃんには私も手痛い目に遭ったから」
と猪瀬キャプテンは言っていたが、月絵はどうしても不二子に対する苦手意識が残ってしまっているようだ。
 
この日の結果は下記である。
 
福岡C学園(九州)○−×札幌F大学(北海)
東京W大学(大7)○−×クレンズ (社2)
神奈川J大(大5)○−×ジョイフル(四国)
大阪E大学(近畿)○−×信濃K大学(北信)
スクイレル(W12)○−×宮城B大学(東北)
岐阜F女子(東海)○−×関西L大学(大6)
札幌P高校(高校)○−×山形S大学(大8)
赤城鐵道RR(関東)○−×大阪M体育(大4)○
 
今日は高校3チームはいづれも勝って2回戦に駒を進めた。関東総合でローキューツを準決勝で破りそのまま優勝した赤城鐵道は今日は勝ち上がった。ウィンターカップ期間中N高校のお世話係をしてくれた田崎舞の所属するW大学、敦子や大野百合絵・竹宮星乃の所属するJ大学も勝ち上がった。敦子はこの日はかなり出してもらったようであるが「1回戦だからね〜」と本人は言っていた。敦子は整列する時はいちばん端に並んでいた。
 
P高校・N高校のメンバーは宿舎に帰って夕食後、夜11時くらいまで練習を続けた。
 
「気のせいでしょうか。私たちP高校の倍の練習している気がします」
とソフィアが言ったが
「そりゃ地獄の合宿だから」
と南野コーチが言うと、何だか納得していた。
 

2日目の試合は同じ第4試合だが、始まる時間が早くなっているので17:00からであった。この日もだいたい昨日と同様のスケジュールで進んだ。
 
この日のP高校の相手は中国地区代表のIP大学であったが、70-57で今日も快勝することができた。そのほかの結果は下記である。
 
愛知SP大(大2)○−×福岡C学園(九州)
バタフライ(W11)○−×東京W大学(大7)
ブリリアン(W10)○−×神奈川J大(大5)
フリューゲ(W9)○−×大阪E大学(近畿)
DV大学 (大3)○−×スクイレル(W12)
茨城TS大(大1)○−×岐阜F女子(東海)
札幌P高校(高校)○−×IP大学(中国)
赤城鐵道RR(関東)○−×山形D銀行(社1)
 
この日からはWリーグの下位チームが登場した。
 
桂華たちの後輩・C学園、彰恵たちの後輩・F女子高、敦子や星乃たちのJ大学、田崎舞たちのW大学、早苗たちの山形D銀行がここで消えた。F女子高を破ったのはそのF女子高出身の彰恵や、日本代表で一緒に活躍した渚紗・桂華、そして旭川M高校の中島橘花、釧路Z高校の松前乃々羽がいるTS大学である。その5人も全員ベンチ枠に入っていた。
 

「でも凄いハイレベルな試合ばかりですね」
と2年生の胡蝶が言う。
 
昨年はウィンターカップが終わったらすぐ旭川に戻ったので、オールジャパンは彼女たちは観戦していない。千里自身は昨年は暢子・橘花・麻依子と4人で観戦に行ったのだが。
 
「こういう試合見ると刺激されるでしょ?」
と千里は言う。
 
「こういう所で戦いたいと思います」
と胡蝶。
 
「うん。頑張ろう。雪子の後任のN高校の正ポイントガードは未定だからね。ファレちゃんにもチャンスあるよ」
「ですよね。頑張らなくちゃ」
 

3日目もまた第4試合なので、例によって朝からP高校とN高校で練習試合をした後、朝食後にN高校は密度の濃い練習、P高校は休憩してからお昼前に会場に入って試合を見学する。
 
この日のP高校の相手はWリーグ8位のハイプレッシャーズである。試合は終始ハイプレッシャーズがリードする展開であったものの、最終ピリオドになってからP高校は猛攻を掛ける。
 
疲れの見え始めたプロ相手に純子・秋子が近距離と遠距離からどんどんゴールを奪い、この遠近両用攻撃に相手は混乱する。そして最後は1年生久保田希望のスリーで逆転。1点差勝ちをおさめた。
 
今日の結果はこのようになった。
 
フラミンゴ(W7)○−×愛知SP大(大2)
サンドベー(W2)○−×バタフライ(W11)
ステラスト(W6)○−×ブリリアン(W10)
レッドイン(W3)○−×フリューゲ(W9)
エレクトロ(W5)○−×東京DV大(大3)
ビューティ(W4)○−×茨城TS大(大1)
札幌P高校(高)○−×ハイプレッ(W8)
ブリッツレ(W1)○−×赤城鐵道RR(関東)
 
この日はP高校を除けば、全部この日から登場したチームの方が勝った。TS大も赤城鐵道もここで消えた。
 
千里は会場で会った花園亜津子(エレクトロ・ウィッカ)から
「今日はスリーポイント競争しようね」
と言われたものの
「ごめーん。今年は出てない」
と言っておいた。
 
「来年は?」
「社会人選手権を勝ち抜いたら」
「千里がいるのに勝ち抜けないというのはおかしい」
「そんなこと言われても」
「関東総合で優勝してもいいし」
「それは結構狙っている」
 

1月4日はP高校の試合は無いので、たっぷり練習する。
 
いつものように朝食前にN高校とP高校で練習試合をし、朝食を取った後、密度の濃い練習をする。
 
いくつかのグループに分かれて、マッチング練習→ミドルシュート/リバウンド練習→パス練習→ドリブル/ランニングシュート練習と30分単位でローテーションしていく。
 
N高校はこれを午前中に毎日2サイクルやっていたのだが、初めてこの練習に付き合うことになったP高校のメンツから悲鳴が出る。
 
「これきつーい」
「地獄の合宿だから」
「途中休憩しないの?」
「地獄の合宿だから」
「ひゃー」
 
明らかに疲れているメンバーは南野コーチ、高田コーチなどが見つけてはコート外に連れ出して休ませていた。また全員に水分補給はしっかりしろと、よくよく言い聞かせていた。
 

練習が終わったら汗を掻いた服を交換して会場に行き、今日の試合を見学する。今日からは会場は代々木競技場第1体育館に移動する。今日は準々決勝の2試合が行われた。
 
サンドベージュ(W2)○−×フラミンゴーズ(W7)
レッドインバルス(W3)○−×ステラストラダ(W6)
 
「強すぎる〜」
という声が見ていた面々からあがる。
 
「まあオールジャパンというのは実は準々決勝からが本戦なんだよ。その前は前哨戦にすぎない」
と高田コーチが言うと、P高校のメンツもN高校のメンツも、頷いていた。
 
みんながビビっていた所で、純子が高田コーチに訊く。
 
「私たち明日勝てますかね?」
 
「いい質問だ」
と高田コーチは言った。
 
「相手より1点でも得点で上回れば勝てる」
と高田。
 
その言葉に純子は大きく頷きながら試合を見ていた。
 

この日の試合は16時半くらいに終わったので、宿舎に戻ってから、基礎練習を1クルーやってから、晩ご飯とした。
 
たくさん身体を動かしているので、みんな食べる食べる。この日は炊いた御飯があっという間に無くなり、予備で冷凍していた御飯を解凍したが、それも全部無くなった。
 
「今夜5升炊いて予備を作らなきゃ!」
と調理担当チームのキャプテン・月原天音が言う。
 
「お腹を空かせた生徒たちの夜食で朝までに無くなってたりして」
 
合宿しているのはN高校・P高校合わせて50人ほどなのだが、5升炊きの炊飯器2個で炊いたごはんが1度の食事で無くなるのである。
 
実際この日は夕食の後、また練習を1クルーやってから終了にしたものの、純子や秋子などスターター組が絵津子・ソフィア・不二子・久美子・紅鹿・胡蝶たちを相手にかなり遅くまで練習しており、夕食後炊いた1斗の御飯が夜中過ぎまでにきれいに無くなり、天音さんたちは夜中の2時からまた御飯を炊いて、予備を何とか作った。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3 
【娘たちの努力の日々】(2)