【娘たちの誕生日】(1)

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アクアの誕生日は8月20日(獅子座)である。
 
アクアは2015年1月に実質デビューしたのだが、2015年のバレンタインの贈り物は大型トラック17台分にも及んだのに対して、誕生日のプレゼントはトラック8台分に留まった。これは誕生日のプレゼントを贈ってくれる人は少なくともアクアの誕生日を知っている必要があるからと思われる。バレンタインは知らなくても贈ることができる。ちなみにホワイトデーはトラック5台分、クリスマスプレゼントは10台分であった。
 
2016年のバレンタインは「できたらお菓子の実物よりギフト券などで」と呼びかけたこともあり、数的には倍になったものの、容量としてはトラック12台分で済んだ。ホワイトデーもトラック3台分くらいだった。そして今年の誕生日プレゼントは8月初め頃から送られて来始めた。
 

2016年8月10日(水)。
 
この日は前日までの『時のどこかで』のアフレコ作業が終わり、アクアは1日寮で寝ていた。夕方、警備員さんから「面会人ですよ」という連絡があり、降りていくと、母と彩佳である。
 
「お肉買ってきたから、寮の人みんなで、焼いて食べない?」
と母が言うと
「わあ、それはありがとうございます。頂きます」
と言ったのはアコ(米本愛心)だった!
 

その時、研修所内にいたメンバーが全員紅川会長宅の居間に集まる。寮内には“食堂”のようなものを作らず、会長の自宅で家族の一員として御飯を食べるというのが、ここのポリシーである。
 
寮生の中で高崎ひろかは仕事で出かけていたので、少し取っておいてあげることにする。ちょうど音楽理論の夏季講座をしていた所だったので、寮生以外で今井葉月・門脇真悠・仲原恵海・溝口ルカ・木下宏紀が来ていて、講師をしていた秋風メロディー、それに紅川さんの奥さんも入って、合計22人でホットプレート5台を囲んで焼肉をした。
 
(寮生13人・通学生5人・紅川妻・龍虎母・彩佳・メロディー)
 
「ネオン君は里帰り中なのよね〜」
「居ない人はしょうがないね」
「でもお肉、大量にありますね」
「神戸牛10kg買ってきました」
「すごーい!」
「お野菜もありますよ」
「取り敢えず肉食わなきゃ」
 
「そちらは・・・龍ちゃんのお姉さん?」
と質問がある。彩佳は
「許嫁(いいなづけ)でーす」
と言っちゃう。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「でもデビュー前に一応関係は解消したんだよね」
と彩佳。
「まあそういう見解でもいいよ」
と龍虎。
 

「実態は“女の子の友だち同士”だね」
と龍虎の母は言う。
 
「ああ、何となく分かった」
 
「まあ同じ部屋で寝たことは何度もあるけど、Hなことをされたことがない」
と彩佳は言う。
 
「ああ、私も同じ部屋で寝たことある」
とハナちゃん。
「私も」
「私も」
と数人の寮生から声が上がる。
 
「龍ったら、そんなに色々な女の子と一緒に寝てるんだ?」
と彩佳。
 
「人が聞いたら誤解するようなこと言わないで」
「実際は龍ちゃんは人と話していても、すぐ寝ちゃう」
「慢性的な疲労の蓄積があるしね」
「ああそういうことか」
と少し不安そうな顔をしていた新入りの蕾美が言う。
 
「それにそもそも龍ちゃんは実質女の子と同じだし」
「去年までは寮のお風呂は共同だったから、その時偶然遭遇して見ちゃったけど、少なくともちんちんは無かった」
 
などと言っているが“偶然”じゃなくて“わざと”としか思えんと龍虎は思う。
 
「重大な秘密を聞いてしまった気がする」
と新入りの吉田和紗が言っている。
 
「やはり、アクアさんって実は女の子なんですか?」
「それでアクアさんだけ、男子なのに寮に部屋があるんですかね?」
と新入りの子たちから質問があるが
 
「むしろ、龍ちゃんの部屋が設定された時代は、男子タレントが想定外だったから、紅川会長も、なーんにも考えずに龍の部屋を設定したんだと思う」
と愛心は言う。
 
「そういうことか!」
 
「それで実際問題として、龍ちゃんが居ても何も支障がないからね。だからそのままになっているんだと思うよ」
 
「ネオン君とかが寮に居たらやはり問題があるよね」
「そうそう。廊下を裸で歩いている時に、ネオン君と遭遇したらやばい」
「なんで裸で廊下を歩くんです!?」
 

「実際には小さい頃、病気でちんちん取っちゃったんだったっけ?」
 
「取ってないよぉ」
 
「それで義茎を着けているけど、お風呂に入る時とかは外すんだと聞いた」
 
「ぎけい??」
「足なら義足、手なら義手、頭なら義頭、乳なら義乳、陰茎なら義茎」
「待て。さすがに義頭はあり得ない」
「アンパンマンは義頭かも」
「あれ、少なくとも脳は頭ではない所にあるんだろうね」
 
「頭に脳はあるけど、アンパンマン号内にある脳のホストとネットワークでつながっているという説も」
「その説は初めて聞いた!」
 
「アクアちゃんの場合、ちんちんはあるけど、睾丸を病気で取ったから凄く小さくて無いのに等しいという説もある」
「ああ、睾丸は無いよね」
「ちんちんがもしあったとしても、さすがに睾丸は存在しない」
 
「睾丸もあるよぉ」
 
「それ、本物を病気で取っちゃったから代わりに入れているシリコンボールなんでしょ?」
 
「シリコンじゃなくて、ギンナンだったりして」
「ぎんなん??」
「おでんに入って居るやつ?」
「触ったことあるけど、そのくらい小さかった」
と彩佳が大胆なことを言う。
 
「おお、さすが元許嫁(いいなづけ)」
 
「まあ銀杏(ぎんなん)サイズの睾丸なら、ちんちんを立たせることはできないかもね」
 
「ふつうの男の娘はちんちんが邪魔だから取りたいと思うんだけど、龍ちゃんの場合は、小さくて邪魔にならないから、取ろうとも思わずまだ残ってるのかもね」
などとアコが言っている。
 
「ほほお」
 
「だから大きくなってきたら取りたいと思うようになるのかも知れないけど、実際には睾丸が無いから大きくならないので、小さいちんちんが付いたままなのかも」
 
「それは面白い見解だ」
と彩佳が笑いながら言っていた。
 

「半陰陽説というのも、随分あったね」
 
「ああ、実際アクアは半陰陽だと思っているファン、結構いると思うよ」
 
「半陰陽だから、見た目は女の子で、ヴァギナもあるけど、男の子の機能を使う時は、クリちゃんのように見えていた小さいちんちんが大きくなって、Hなこともできるようになるという説もあった」
 
「収納式のちんちんだな」
「あ、それ便利そう。私も欲しい」
「ついでにおっぱいも収納式なら、男湯にも女湯にも入れるね」
「おっぱいは反転式でもいいかも」
「なんか、そんなロボットアニメがあったかも」
 
「まあ龍ちゃんは男湯には入れないよね」
と愛心が言うと
「実は小学校の修学旅行では、龍は女湯に入った」
と彩佳が言う。
 
「やはりそうなんだ?」
「真っ黒なサングラス掛けさせられたから、何も見えなかった」
「ああ、龍のこと知らない人なら、女の子としか思わないけど、男の子と思っている人は、龍に裸を見られたくないかもね」
 
「本当は龍はほぼ女の子だから、龍に裸を見られても全然平気だけどね」
 
「中学の修学旅行は?」
「不参加。忙しすぎた」
「ああ、そうかもね」
 

「でもアクアには生理があるという説もあるよね」
「さすがに生理は無い」
「でも生理用品持っている」
「うん。ナプキン入れがバッグに入っているのを見た」
 
「あ、それを持たせたのは私」
と彩佳が言っている。
 
「君が犯人か!?」
「でも実際ずっと持っているようだし」
「持ち歩いているナプキンは友だちに貸したりするのにしか使ってない」
とアクア。
 
「実は私借りたことある」
「あ、私も。それで龍ちゃんは本当は女の子なんだろうと思った」
 
「龍ちゃん、自分でナプキン着けてみたことないの?」
「何度かあるけど、ごわごわして気持ち良くないと思った」
「おお、その感覚が分かったのは良い体験だ」
 
などという会話が交わされているので、実は今ナプキンを装着している葉月がドキドキしていた。
 
「ほんと生理の時は色々不快だよね」
「女辞めて男に性転換する?」
「そこまでの勇気は無い」
 

「で、結局、龍ちゃんって本当はちんちんあるんだっけ?」
 
「存在はするけど、病気の治療の副作用で凄く縮んでいて、肌の中に埋もれているから無いように見える、というのが公式見解だね」
と彩佳は言っている。
 
「ふむふむ。公式見解か。で真実は?」
 
「やはり無いんだと思うよ。だってちんちんが縮むほど強い薬を使っていたのって、小学3年生の時までだもん。5年も経てば、おちんちんが存在するなら、もう5-6cmくらいには成長していていいと思うもん」
と彩佳。
 
「やはり無いのか」
 
「あるいはちんちんが更に縮むように女性ホルモン飲んでいるかだよね」
などと言いながら彩佳は龍虎を見ているが、龍虎は笑っているだけである。
 
「女性ホルモンはふつうに飲んでいるよね?」
「飲んでません」
 
「おっぱいも少し膨らんでいるのが、女性ホルモン飲んでいる証(あかし)」
「実際、龍ちゃんはBカップのブラジャー着けてるもんね」
「ああ、龍ちゃんの洗濯物を見たら分かるよね」
 
この寮では洗濯は共同の洗濯室を使用している。大型のドラム式洗濯機がコインランドリーのように何台も並んでおり、布団の丸洗いもできる。洗濯中は自分の名前の札を洗濯機に掛けておき、終わっているものがあったら籠(かご)に出して、名札を籠に付けておいていいというルールである。
 
但し“ハナちゃんの高度の政治的判断”により、アクアは他の人の洗濯物が止まっているのを見ても取り出さなくてよいということにしている。洗濯機を使いたいのに全部塞がっている場合はハナちゃんかアコに報せる。
 
ただし龍虎の洗濯物は他の子が取り出してもよい!
 

「結局、中学卒業とともに、アクアは女の子になりました、と発表するコースかな」
「それ発表したら人気沸騰するかもよ」
などとみんな勝手なことを言っている。
 
「まあ、こっそりちんちん取っちゃったのか、あるいは女性ホルモンを飲んで縮むようにしたかは別として、ふだんはやはりダミーのちんちんで誤魔化しているのだと思う」
と彩佳。
 
「元許嫁さんの意見はかなり信頼性があるな」
 
「テレビでやってた龍ちゃんの性別検査は、ニセモノで誤魔化したんだろうね」
「あるいは替え玉の男の子に受診させたかだよね」
 
などとみんな言っている。
 
「よし、龍ちゃんにちんちんがあるかどうか、みんなの投票で決めよう」
とハナちゃん。
「ああ、それはいいかも」
 
「ちょっと待って。投票って?」
と龍虎は言うが
 
「龍ちゃんにちんちんはあると思う人?」
と言うと、手をあげたのは龍虎のみである。
 
「龍ちゃんにはちんちんは無いと思う人?」
龍虎と母・紅川会長の奥さん以外は全員手をあげる。
 
「お母さんはどちらも手をあげませんでしたが?」
「私も確信が持てないのよねぇ」
「お母さんも分からないということは、やはり龍ちゃんにちんちんは無いというのが確定だな」
 
「なんでそうなる訳?」
と龍虎は抗議した。
 

「でも実際、ボクはこの寮があって助かっているよ。夜遅くまで仕事した翌日とか、さすがにひとりで起ききれないもん。都心にアパートとかあって、何とか起きられても、きっと朝御飯食べずに仕事に飛び出していたと思う」
とアクアは言う。
 
「まあそれが寮のいい所だろうね」
「ネオン君は朝御飯抜きになってしまうこと多いと言ってた」
「男の子のひとり暮らしはたいへんだろうね」
 
「だけど寮生も結構増えたね」
「2年前の夏、ハナちゃんが入寮するまでは私と明智ヒバリちゃんの2人だけだったんだよ」
とアコが言っている。
 
「私が入ってすぐヒバリさん入院しちゃったしね」
「じゃアコちゃんの方が古いのか」
「ハナちゃん、20年くらい住んでいるような顔してる」
「うん。だから私はハナちゃんに“§§プロ研修所の主(ぬし)”の称号を授与した」
とアコ。
 
「そんな称号があるのか!」
 

現在の寮生はこのようになっている。
 
201.秋田利美(小6)2015ロックギャル優勝
202.南田容子(中2)2015ロックギャル10位
203.佐藤ゆか(中3)2015ロックギャル8位
204.米本愛心(中3)2013フレッシュガール3位
205.山口暢香(中1)2016ロックギャル2位
206.吉沢蕾美(中2)2016ロックギャル4位
207.高島瑞絵(中1)2016ロックギャル5位
208.
 
301.
302.吉田和紗(高3) 2016ロックギャル8位
303.姫路スピカ★(高1)2016第3代ロックギャル
304.花咲ロンド(高2)2015第2代ロックギャル権利者
305.川内峰花(高3) 2014ロックギャル4位,2015ロックギャル3位
306.品川ありさ★(高2)2014フレッシュガール優勝
307.高崎ひろか(高2)2014初代ロックギャル
308.アクア★(中3) 2014ロックギャル優勝
 
(★は居住はしておらず遅くなった日や早出の前泊に利用している人。また2016年組は部屋を割り当てられただけで、引越はこれからの子が多い。この日は偶然にも、ひろか以外の全員が揃っていた)
 
通学研修生
 
天月西湖(中2) アクアのボディダブル 桶川市在住
溝口ルカ(中2) 2015ロックギャル12位 八王子市在住
仲原恵海(高2) 2014ロックギャル6位 川口市在住
西宮ネオン(高2)2015ロックギャル特別賞
門脇真悠(中1)2016ロックギャル3位
木下宏紀(中2)2016ロックギャル10位 板橋区在住
 

「実際、寮も2-3階は満杯に近いよね」
「たぶん3月には高校3年の2人が4階に移動されて、中3の2人が3階に移動になって、2階が5人に減るんじゃないかな」
「利美ちゃんは来年の春にデビュー予定だから中学進学と同時に3階かも」
「すると3階が満杯?」
 
「あ、私は3月で辞めるから1つ部屋が空くよ」
と米本愛心(アコ)が言った。
 
「辞めるの!?」
 
「元々研修生になった時、3年以内にデビューできなかったら辞めると、親と約束していたんだよ。あらためて社長・会長と私・私の両親と5人で面談したんだけど、今の私のレベルではデビューは難しいということだったので3月で辞めること決定。中学卒業と同じタイミングで退所」
 
「えー?もったいない」
「愛心ちゃん、ギターもベースもキーボードも凄く上手いのに」
「私の歌はあまり褒められたことがない。演技もあまり上手くないし」
 
「そうだ!キーボード奏者としてデビューするとかは?」
「私の腕では無理だよぉ」
「でもエレクトーンの6級持っているんでしょ?」
 
「プロ奏者になるような人は4級とか3級とか持ってるよ」
「柔道の初段と三段・四段くらいの差?」
「たぶん、それに近いと思う」
 

「まあアコちゃんはソロ歌手は難しいと思う。まとめ売りコースだな」
とハナちゃんが言っている。
 
「いや、実は優羽(ことり)ちゃんが三つ葉としてデビューすることになったでしょ? それで私もちょっと勇気づけられた面はある」
と愛心。
 
「デビュー決定ですか?」
「CDが3万枚売れなくても?」
「たぶん2日目の福岡か3日目の札幌で完売すると思う。万一札幌でも売れ残ったら、さくらを動員する秘密計画が進んでいる」
と品川ありさ。
 
「ああ、そうでしょうね」
「さすがに性転換手術なんて、やる訳にはいかないよ」
「それは何とかするんだろうと思ったけど」
 
「でもああいうの狙っているんだ?」
「あの番組の次のオーディション受ける?」
「いや。三つ葉の後はしばらくオーディションしないらしい」
「へー!」
 

「スター発掘し隊は9月で終了。10月からは新番組『3×3大作戦』が始まる」
と品川ありさが言っている。
 
「そんな話があるんだ」
 
「実は私とひろかとみちるさんの3人も出る」
「凄い!」
 
「三つ葉、スリファーズ、信濃町シスターズで3者対抗。それで3×3」
「シスターズ?」
「信濃町ガールズのお姉さん格ということで」
「ありささん、ひろかさん、にアクアさんじゃなかったんですか?」
「アクアはスケジュールが鬼畜すぎるから無理」
「そうですよね!」
「ネオンを誘ったけど、おそろいのスカートのユニフォーム着てと言ったら逃亡した」
「スカートくらい穿いてもいいのに」
「ネオンさんの女装可愛いのに」
などと女子たちが言っているので、真悠も葉月もドキドキした顔をしている。
 
「それで、みちるお姉様にお願いした」
「なるほどー」
 

お肉を食べながら1時間くらいおしゃべりしていた時、唐突に愛心が言った。
 
「あ、今日はハナちゃんのお誕生日だ」
 
「え?ほんと?」
 
「誕生日おめでとう!」
「ハッピーバースデー!」
とみんなから声が掛かる。
 
「さんきゅ、さんきゅ。誕生日のプレゼントは来月いっぱいくらいまで受け付けるよ」
 
「ケーキ買っておけば良かったね」
「そうだ。龍宛てに送られてきているケーキ、いくつか持って来たら?」
などと彩佳が言っている。
 
「おお、それも歓迎」
などとハナちゃんが言うので、紅川知世子さんが大田区のサテライトオフィスにいる人に電話して5個くらい!持って来てもらうことにした。
 
「なんか個人的な用事で申し訳無いね」
「いや、大量にあって困っているから、消費してもらえたら助かるのよ」
「確かにね〜」
「特に生クリームを使っているものは足が速いでしょ。夏だから処理が追いつかなくて去年も泣く泣く廃棄になったものもかなりあった」
「もったいないなあ」
「ファンクラブでは、できるだけギフトカードとかにしてくれと呼びかけているんだけどね」
「それでバレンタインも量的にはかなり減ったね」
「そのギフトカードはどうしてるの?」
「実は処理が追いつかなくてどんどん溜まっている。期限のあるもの優先で使用したり、どこかに贈ったりしている」
 

「ハナちゃん、出生時刻は何時ですか?」
とパソコンを取り出した彩佳が訊いている。
 
「1998年8月10日、0:51 佐賀県多久市」
「あ、聖廟のあるところだ」
と吉田和紗が言う。
 
「よく知ってるね。近隣の人でも知らない人多いのに。和紗ちゃん、どこだったっけ?」
「せんだいなんですよ」
「それもしかして鹿児島の川内(せんだい)?」
「正解です!すごーい!“せんだい”と言えば、みんな東北の仙台を連想するから」
「まああんたのイントネーションは東北系ではない」
「ああ、それでバレますよね」
と言っていたのだが
 
「せいびょう?」
という質問がある。
 
「孔子廟(こうしびょう)と言う人もあるけど“聖廟”(せいびょう)が正式名称。聖者の聖、廟は日光廟とか大谷本廟とかの廟、死者の霊を祭る場所」
 
「こうし?」
という質問が更にある。
 
「論語の孔子。子曰く(しいわく)之を知るを之を知るとなし、知らざるを知らざるとなす。これ知るなり、とか」
 
「ああ、その孔子か!“こうし”というから、どこの先生(講師)かと思った」
「私は格子模様を考えた」
「光の素粒子(光子)かと」
「まあ“こうし”は同音異義語が多い」
 
などという会話がなされるが、学校の授業の出席率が悪い葉月は意味が分からず頭をひねっていた。彼は論語も李白や杜甫も知らない。
 

「これ凄い」
とパソコンでハナちゃんのホロスコープを出してみた彩佳が言う。
 
「ん?私、天才?」
とハナちゃんが訊く。
 
「音楽の天才だと思います」
「ほほぉ」
 
「太陽が獅子座の16度51分、サビアンが“ボランティアの教会の聖歌隊”、
月が魚座の7度36分、サビアンは“ラッパを吹く女の子”、
アセンダントは双子座の12度46分、サビアンは“ピアノを弾く偉大な音楽家”、
これだけ音楽に関する象徴のある人は凄いです」
 
「ほほお。サビアンは利美ちゃんも何か言ってたね」
 
「はい。私の太陽のサビアンが“旗が鷲に変わる”なんですよ」
「何か格好いい!」
 
「利美ちゃんの出生時刻と出生場所教えてください」
「2004年12月3日15:46 北海道弟子屈町です」
「てしかがちょう?どんな字だっけ?」
「弟、子供の子、屈折の屈です」
「ああ、あった。これ“てしかが”と読むんだ?」
「北海道の地名は難しいですね」
「秋田県生まれかと思った」
「秋田は苗字です!」
「北海道生まれ・新潟育ちの秋田です、とか言ってたね」
「どこも雪の多い所だ」
 
「利美ちゃん、アセンダントがハナちゃんと同じ。双子座の12度23分で、“ピアノを弾く偉大な音楽家」
「おお、それは凄い!」
 
と言って、ハナちゃんが利美と握手している。
 
「あとリリスが蟹座20度59分で“歌っているプリマドンナ”」
「完全にソロ歌手向きだな」
 
「私は音楽に関わっていても、コーラスにピアノにラッパだから、伴奏者かも」
などとハナちゃんは言っている。
 
それでしばらくその場にいる人のホロスコープを表示させてワイワイやっている内に大田区のサテライトオフィスから持って来てもらったケーキが届く。
 
「11個もある!」
「多すぎました?」
「いや、食べちゃう食べちゃう」
「この人数だからね」
「1人ラウンドケーキ半分ずつだね」
「私はそんなに入らない!」
「女の子ばかりだから、遠慮せずに本音の食欲でいこう」
「そうだね。男の子の前では控えめになるけどね」
 
などと言っているので、葉月はどうしよう?と思っていた。アクアや真悠は動じていなかった!
 
この日、10kgの牛肉も11個のホウルケーキも、きれいに22人のお腹に収まったのであった!
 

ハナちゃんは誕生日をすぎて18歳になったことから、前もって許可を取っていた自動車学校に行くことにした。
 
「和紗ちゃん(後の桜木ワルツ)は誕生日は7月19日って言ってたね?」
「よく覚えてますね!」
と和紗は驚いて言う。
「だって、昨日全員の誕生日言ってたじゃん」
「あれだけたくさんの人の誕生日出てたのに」
「私たぶん全員の誕生日覚えた」
「すごーい!」
 
「和紗ちゃんも18歳なら、もし学校で禁止されていなかったら一緒に取りに行かない?」
「禁止はされてないですけど、お金が無いです」
「そのくらい貸しておくよ、出世払いで。デビューした後は、とても取りに行く暇なんて無くなるよ。それに高校在学中はまだいいけど、卒業したら、こき使われるだろうし」
 
「そうかも」
「私も友だちと一緒なら心強いしね」
「はい!」
 

和紗は母親とコスモス社長に電話して免許取得の許可を取った。それでハナちゃんが入校する予定の自動車学校に電話してみると、普通自動車MTコースにはまだ余裕があるということだったので、一緒に入校することにする。
 
「じゃ、行こう」
と言って、ハナちゃんはヘルメットと軍手を和紗に渡した。
 
「これは?」
「バイクに乗る時は必須だからね。バイクスーツは自分で買って」
 
ハナちゃん自身、黒いバイクスーツを身に付けている。
 
それで寮の裏に連れて行く。黒いボディのわりと大きめのバイクが駐まっている。
 
「これハナちゃんのだったんですか?」
「うん」
「黒くて大きいし、山本さん(男性マネージャー)のかな?とかツボミちゃんとかと話してました!」
 
「ああ、だいたい私の持ち物は男のものだと思われることが多い」
とハナちゃんは言っている。
 
「男兄弟の中で育ったとか?」
「兄貴が3人いる」
「なるほどー、家庭環境が分かった気がした」
「でも私は兄貴たちのアイドルだったんだよ」
「ああ、それも分かる!」
 
「かずちゃんは?」
「うちは兄貴2人です。でも、私は召使い並みの扱いだった」
「ああ、そのパターンもある。南九州は男尊女卑が酷いから」
「北部九州は女が強い土地ですよね」
「そうそう。特に博多から唐津、伊万里、佐世保付近は女が強い」
 

三つ葉のメジャーデビューCDは、他の有力アーティストの発売が無い日を慎重に確認して9月7日と決まり、6月中旬、実は手売り用に制作された『恋のハーモニー』と同じくらいのタイミングで、プロデューサーの毛利から、千里(醍醐春海)と北原春鹿(戸奈甲斐)に依頼された。しかしどちらも時間が取れない状況だったので、結局青葉(大宮万葉)と寺内雛子が代行することになった。
 
「それ男の子トリオ用のを書くんですか?女の子トリオ用のを書くんですか?」
と寺内雛子は名古尾に尋ねて来た。
 
「女の子トリオ用のでお願いします」
「ああ、やはり性転換はしないんですか?」
「さすがにそんなことしたら放送局が潰れます」
「いい病院知っているのに」
 
両者ともすぐに曲を書いてくれたので、三つ葉の3人は実際には7月上旬からこの楽曲を練習しはじめ、7月下旬には既にマスターができあがっていた。そして8月上旬にはプレスして、8月14日の福岡の販売会で『恋のハーモニー』が3万枚売れた時点で、FM局などにサンプルを配布し、万全のプロモーション態勢をとってきた。
 
それで9月7日の発売日には予約も含めて初動5万枚、デイリー・ランキング、週間ランキングの1位を獲得して、順調な滑り出しをすることができた。このCDは最終的には10万枚を超えてゴールドディスクとなる。
 
この好評な営業成績を受けて、秋のツアーなども決まった。
 

千里たちバスケット日本女子代表は8月6日からリオデジャネイロ五輪に参戦した。
 
女子は参加する12ヶ国が6ヶ国ずつAB、2つのグループに別れ、各々の上位4チームずつが決勝トーナメントに進出する方式である。
 
A フランス、日本、ブラジル、オーストラリア、ベラルーシ、トルコ
B アメリカ、カナダ、スペイン、セネガル、セルビア、中国
 
強豪のアメリカ・スペインと別の組になったのはある意味運が良かった。予選リーグを突破できる可能性が高くなったが、逆にいうと、決勝トーナメントでその付近に当たらないようにするには、予選リーグを1位か2位で通過したいところである。
 
初日8月6日のベラルーシ戦はかなり競ったものの、73-77で日本が勝った。次は1日おいて8月8日にブラジルと戦うが66-82で勝ち2連勝。これで決勝トーナメントには行ける可能性が高くなった。
 
8月9日、この日のトルコ戦がいちばん悔やまれた。
 
初戦、2戦目と千里が先発したこともあり、この日は亜津子が先発したのだが、相手は亜津子をかなり研究していたようで相手の14番を付けた控えのスモールフォワードが厳しいマークをし、亜津子はなかなかボールをもらえず、またシュートもかなりの確率で叩き落とされてしまった。これが響いて第1ピリオドで24-9という大差を付けられた。第2ピリオドは千里が出て行くが、14-14のタイで前半を終えて38-23と、15点差のままである。第3ピリオドはまた亜津子が出て、今度は第1ピリオドほどにはならなかったものの、19-16で18点差になる。第4ピリオドでは日本も必死に追い上げたが、最終的に76-62と14点差でこの試合を落としてしまった。
 
今回のオリンピックはこの大敗が全てであった。
 

1日おいて8月11日に4戦目のオーストラリア戦がある。この試合は前半は48-50とほぼ互角に戦った。そして第3ピリオド、千里の3連続スリーを含む日本の猛攻で11-21と10点差を付け、59-71と12点差を付けて明るいムードになる。しかし最終ピリオド、今度はオーストラリアが猛攻を見せる。亜津子は相手の巧妙なトラップに引っかかって2度も3秒ヴァイオレーションを取られる。それに動揺して全然シュートが入らず、結局このピリオド33-15と18点差。結局92-86で落としてしまった。この試合も勝てた試合だっただけに今後に課題を残した。
 
ここまで終わった時点で成績はこのようになっている。
 
1.AUS(4勝) 2.FRA(3勝) 3.TUR(2勝) 4.JPN(2勝) 5.BLR(1勝) 6.BRA(0勝)
 
この時点でベラルーシの5位とブラジルの6位は既に確定である。明後日ベラルーシが負けてブラジルが勝って両者1勝になったとしても、直接対決でベラルーシが勝っているので、ベラルーシの5位は動かない。どっちみちこの2国は予選リーグ敗退である。
 
それでオーストラリア、フランス、トルコ、日本の決勝トーナメント進出も確定である。問題は順位である。この時点ではトルコと日本は2勝で並んでいるように見えるが、直接対決でトルコが勝っているため、トルコが3位、日本が4位になる。
 
既にオーストラリアの1位は確定している。明後日オーストラリアが負けてフランスが勝っても、直接対決でオーストラリアが勝っているのでオーストラリアが上位になる。そしてフランス・トルコ・日本の順位は明後日の試合で決まる。
 
B組の順位はまだ確定していないが、1・2位はおそらくアメリカとスペインではないかと思われた。A組3位はB組2位、A組4位はB組1位と当たる。できたらこの予選を2位通過したい。
 
取り敢えず明後日のフランス戦に負けてしまうと4位確定である。勝つのは必須なのだが、問題は点数である。
 
日本が勝つという前提で、明後日トルコが負けた場合はトルコの4位が確定し、2位日本、3位フランス、4位トルコと都合良く定まる。トルコの対戦相手のブラジルにはぜひ頑張って欲しい所である。
 
トルコが勝った場合は、
日本はフランスに勝ちトルコに負け、
フランスはトルコに勝ち日本に負け、
日本はフランスに勝ちトルコに負け
 
ということになるので、相互得失点差の勝負になる。ここまでの試合では
 
FRA TUR39×-○55FRA
TUR FRA55○-×39TUR JPN62×-○76TUR
JPN TUR76○-×62JPN
 
なので暫定的な得失点差はこのようになっている。
 
___ for agn dif
FRA _55 _39 +16
TUR 115 117 _-2 (確定)
JPN _62 _76 -14
 
2位になるためにはフランスに15点差以上の点差で、3位になるためにも13点以上の点差で勝つことが必要である。千里たちはそれに賭けるしか無かった。全てはトルコに大敗したのが響いている。
 

12日のグループBの試合でアメリカの1位が確定した。それでグループAで4位になるとアメリカとぶつかることになる。これを何とかして避けたかった。。
 
13日15:30からの試合でトルコは延長戦にもつれこむ接戦でブラジルに辛勝した。これで日本はフランスに大差で勝つ以外の道が無くなった。
 
13日17:45(日本時間14日5:45)リオデジャネイロ Youth Arena に両軍の選手が整列する。フランスがティップオフに勝って先攻する。フランスがシュートするも外れ、森下誠美がリバウンドを取って攻守反転する。
 
どちらもアメリカとは当たりたくない!ので必死の攻防が続く。第1ピリオドは19-17とほぼ互角の勝負となった。第2ピリオド、日本は千里と亜津子のダブル・シューターを入れて猛攻を掛け、このピリオド13-23と大差を付けた。第3ピリオドは千里がシューターに入り、スリーを2本入れるなど活躍。22-23として点差を広げる。この時点で9点差だが、2位になるためにはあと6点、点差を広げなければならない。第4ピリオドは前半亜津子、後半千里を使い必死に攻撃するも、フランスも必死に持ち堪えた。
 
結局71-79の8点差で日本が勝った。試合終了時刻は19:35である。
 
しかし試合終了後の両軍の選手の様子は対照的だったし、また奇妙であった。
 
負けたフランスの選手たちが喜んでいたのに対して、勝った日本の選手たちは皆、ガッカリした表情だった。厳しい表情をしていた千里と玲央美を除いては。
 
この試合の結果、日本はA組4位となり、準々決勝でアメリカと当たることが確定した。
 
TUR39×-○55FRA JPN79○-×71FRA
FRA55○-×39TUR JPN62×-○76TUR
TUR76○-×62JPN FRA71×-○79FRA
 
___ for agn dif
FRA 126 118 +8
TUR 115 117 -2
JPN 141 147 -6
 
全体の勝敗表
___ AUS__ FRA__ TUR__ JPN__ BLR__ BRA
AUS ----- 89-71 61-56 92-86 74-66 84-66
FRA 71-89 ----- 55-39 71-79 73-72 74-64
TUR 56-61 39-55 ----- 76-62 74-71 79-76
JPN 86-92 79-71 62-76 ----- 77-73 82-66
BLR 66-74 72-73 71-74 73-77 ----- 65-63
BRA 66-84 64-74 76-79 66-82 63-65 -----
 
___ W L for agn dif for agn dif AUS 5 0 400 345 +55| FRA 3 2 344 343 +01|126-118 +8 TUR 3 2 324 325 -01|115-117 -2 JPN 3 2 386 378 +08|141-147 -6 BLR 1 4 347 361 -14| BRA 0 5 335 384 -49|
 

試合終了後、青葉が電話をしてきてくれた。
 
「惜しかったね。結果的に厳しいことになっちゃったし」
「私実はなぜ日本が4位なのか、説明されたけどさっぱり分からない」
と千里は言う。
 
日本は総合得点表の得失点差ではフランス・トルコを上回っているのである。
 
「私もルールブック5回くらい読んでやっと順位の決め方が分かったけど、計算が物凄く複雑で、レポート用紙10枚くらいの計算してやっと分かったよ」
と青葉。
 
「青葉でさえそうなら、私には一生掛けても理解できないな」
 
まあ、ちー姉は数学とか弱そうだもんねと青葉は思う。もっともルールが難しすぎて、どれだけ理解している人がいるか疑問を感じる。
 
「でもアメリカを倒して勝ち上がりなよ。ユニバの時は惜しかったじゃん」
「あれがあるから、きっとアメリカは本気で来る」
「その本気のアメリカと戦うのもいいんじゃない」
「まあ、そう思うしかないね」
 

8月14日はB組の残りの試合が行われ、B組の順位が確定した。
 
1.USA 2.ESP 3.CAN 4.SRB 5.CHN 6.SEN
 
中国は調子が悪かったようで、決勝トーナメントに進出することができなかった。
 
これで準々決勝の組み合わせはこのようになる。
 
USA-JPN ESP-TUR CAN-FRA SRB-AUS
 

14日は試合観戦もせずにひたすら練習をしたのだが、15日は疲れもピークに達しているだろうということでオフにして“練習禁止”とした。禁止にしないと練習しようとする、やり過ぎの子たちが数人居る。
 
ショッピングに出かけたり、町の観光をする子たちもいたが、千里はホテルで作曲をしていた!
 
昼頃、亜津子が部屋に来訪する。
 
「練習とかで見ていた時の千里の動きと、フランス戦やオーストラリア戦で見せた千里の動きがまるで違っていた。千里、ふだんは手抜きしてない?」
 
「うーん。手抜きしているつもりはないけど、基本的に私は栗を剥くのにレーザーカッターを使ったりはしないよ」
 
「・・・千里に真剣に訊きたい。2012年の世界最終予選直前に代表落ちした後、何をしていた?」
 
「あれ?知らなかった?私はずっとスペインに居たけど」
「何だとぉ!?」
 
「これ私の選手証」
と言って、千里はレオパルダ・デ・グラナダの選手証を見せる」
 
「外国に出ていたのか」
 
「あっちゃんも外国に行きなよ。あっちゃんは日本でトップクラスの選手として、ちやほやされていたら自分の才能を伸ばせないよ。日本ではcm単位のプレイでも通用する。でもスペインではmm単位でプレイしないと勝てない」
 
「何か意味が分かる気がする」
 
「プリン(高梁王子)だってWNBAに入ったし(**)。私、レオ(佐藤玲央美)にも外国に行きなよと言っているんだけどね」
 
(**)王子はこの年6月にアメリカの大学を卒業。ドラフトに掛けられてWNBAのチームに入団した。
 
「じゃ千里はレッドインパルスとスペインと兼任?シーズンずれてるんだっけ?」
 
「いや重なる。去年までは日本側はクラブチームだから兼任で行けたんだけどね。でも今年の4月にこのスペインのチームは解散しちゃったんだよ」
「あら」
「それでこのオリンピックが終わったら、どこか移籍先を探さなきゃ。でもWリーグのシーズンが終わってからにするかもね」
 
「うーん・・・」
「あっちゃん、今から入団活動してないと、来年の春には間に合わないよ」
「というか、3月まではWリーグの方が抜けられない」
「まあそれはあるけどね。誰か信頼できる代理人とかに交渉してもらうといい」
「それと今のチームとも話をしなきゃ」
「ある程度強引にやらないと、抜けさせてもらえないよ」
 
「そうだろうね!」
 
この後、亜津子は愛知J学園の先輩を通してWNBAのチームで亜津子が入れそうな所を探してもらい、11月下旬に内定をもらうことができた。
 

ところで毛利五郎はこの2016年の春、ほとんど失業状態に近く、仕事が全然もらえず、家賃も長期間溜めて、追い出される寸前だった。それが5月9日、ケイが今にも崩壊しそう、というか既に廃屋にしか見えない毛利のボロアパートを訪ね、ドライ(後の三つ葉)のプロデュースを依頼してから生活が変わってしまった。
 
ドライのプロジェクトは、最初ΨΨテレビの森原プロデューサー、★★レコードの滝口、ラララグーンのソウ∽の3人が中心になって進めるという話だった(実際にはソウ∽はそれに同意しておらず森原の見切り発車だった)。
 
ところが森原が社長と対立して退職、滝口は癌が見つかって入院、森原の後任の名古尾プロデューサーがソウ∽を療養先の富山県・水仲温泉に訪ねてみると自分は今音楽活動ができる状態ではないとして断ったはずと言われた。
 
それで結局オーディション合格者は通りがかり!のケイが決めることになり、ケイや同じく通りがかり!!の蔵田孝治の推薦で毛利五郎がドライのプロデュースをすることになったのである。
 
最初に始めた人たちがみんな居なくなったという状況の中で毛利にしても巻き込まれてしまったケイや蔵田も奔走することになるのだが、それをやっている最中に、毛利自身は、新人の山森水絵のプロジェクト、そしてアクアの新しいCDの制作にも担ぎ出され、一転して超多忙になってしまったのである。
 
毛利は5月9日に訪問してきたケイと一緒にアパートを出て、馬佳祥先生の所に挨拶に行き、その後、テレビ局に行って打ち合わせ、★★レコードに行って打合せ、3人の所属プロダクションがΘΘプロと決まると、そちらの担当となったハート長浜と打合せ、とめまぐるしく動き回り、徹夜で打合せをするのが常態化し、結局このあと長期にわたって自宅に戻ることができない状態になってしまった。
 

さて、毛利が住んでいた崩壊寸前(既に崩壊していたかも)のボロアパートであるが、5月17日の雨の日、突然完全に崩壊してしまったのである。
 
このアパートに住んでいたのは毛利だけである。消防が崩壊跡を捜索したものの人の遺体のようなものは見当たらない。毛利本人に連絡が取れないかと彼の携帯に掛けるものの「この電話はお客様の都合により」というメッセージが流れる。
 
その時、大家さんは思い出した。
 
「そういえば毛利さんの婚約者さんの名刺を頂いていたんでした」
 
それは5月9日にケイが毛利の部屋を訪ねた時、ちょうど大家さんが家賃を払ってと言ってきたので、ケイはジョークで「毛利さんの婚約者です」などと名乗り、滞納している家賃を払ってあげた。その時、ついでに名刺(肩書き無し)を渡しておいたのを大家さんは思い出したのである。それでアパートが崩壊したという連絡がケイの携帯に入る。
 
ケイは「毛利さんはピンピンしているから無事ですよ」と伝え、大家さんはホッとしていた。
 
「今にも崩れそうでしたもんね。本人は今多忙なんですが、誰か友人に頼んで荷物を回収に行かせますね。あの土地はこの後どうなさいます?」
 
「前々から、あそこ崩してマンションでも建てようかと思っていたんですよ」
「ああ、都区内ですからね。マンションにすれば結構人が入るんじゃないですか?」
「建て直したら、毛利さんご夫妻入居します?」
「はい、お願いします」
 

などという会話をしていたら、そばに居た雨宮が電話を横取りした。
 
「お世話になります。婚約者の母でございます」
「それはどうもお世話になります」
と大家さん。
 
「何階建てくらいのマンションにするんですか?」
「ワンルームマンションで1フロアに4部屋くらいで、8階建てにしようかと思っていたんですが」
「その8階を1フロア1部屋に設定できないかしら?家賃は20万円くらいで」
 
「20万円も払ってくださるんでしたら、8階は特別仕様にしますよ!」
 
それで大家さんは8階建てのマンションを再建することにし、1〜7階は1フロアに4部屋(ワンルームだが実質1K)で家賃3万円なのだが、8階だけは1フロアで1戸の設定にして3LDK 20万円という設定にしたのである。
 
「それで、その8階に取り付けて欲しいものがあるんですけど」
「はい、何でしょう?」
「階段なんですよ。前のお屋敷に取り付けていたものなんですけど、傷んでないですから」
「へー。でも階段取り付けてその上は?」
「屋上にペントハウス作れないかしら?小さいのでいいから」
「いいですよー。容積率には余裕がありますから」
 
「だったらそちらに持参すればいい?」
「では7月下旬くらいに持って来ていただけます?PC工法だから、その頃最上階の作り込みをすると思いますので」
「OKOK」
 
それで雨宮はアクアの『ロックバンドの少女』のPVを制作した時にセットとして作り、余っていたロートアイアン(wrought iron)の螺旋階段を、ここに持ち込んで取り付けてもらうことにするのである。3LDKの部屋は8階にあるので、この螺旋階段の上は屋上に作られたペントハウスということになる!このペントハウスまでカウントすると、ここは4LDKになる。
 
むろん毛利本人はこの件を全然知らない!
 

千里たちバスケット女子日本代表は8月16日(火)18:45(日本時間17日6:45)、カリオカアリーナでアメリカ代表と相対した。
 
昨年7月のユニバーシアードで延長2回までもつれる大激戦をした時のメンバーが向こうにも居る。その子が千里に手を振ってきたので、こちらも振り返した。
 
試合が始まる。
 
アメリカは全力だった。
 
しかし日本も気合い負けしていなかった。向こうが最初から主力級を並べて来るが、こちらも千里・亜津子・玲央美・王子と入れたスーパージャパン級の選手で対抗する。アメリカもどんどん得点するが、日本もどんどん得点して、このピリオドは30-23 と点差はつけられたものの充分対抗していった。
 
第2ピリオドも向こうが適宜交替しながら強い選手を並べる。体格で差があっても向こうの選手のアタックに、千里も玲央美も王子もビクともしない。このピリオドは26-23で持ち堪える。しかし点差は10点に拡大する。
 
「点差は付いてるけど、負けている気がしない」
「このペースで頑張ろう。持ち堪えていれば、最後は向こうも疲れが出てくる」
という声もあるが、千里はチラッと玲央美と視線を交わした。
 
実は千里も玲央美も逆にこちらの体力がもたないのではという気がしたのである。
 

第3ピリオドは、向こうはフォワード5人を並べて猛攻を仕掛けて来た。こちらは防戦一方になるも、千里や玲央美がみんなに声を掛けて態勢を整え直す。それでピリオド後半は何とか盛り返したものの、25-13の大差をつけられた。ここまで81-59の22点差である。
 
最後のインターバル、日本ベンチはさわやかムードだったが、アメリカのベンチは監督が何だか物凄く怒っていた!
 
最終ピリオド、向こうの選手たちが怒ったような顔でプレイしていた。点差はついているものの、勝負としてはかなり互角に近い状態で来てしまったことに、選手たちが奮起したのだろう。さっきのインターバルでは、向こうの監督さんは「お前らアジアの弱小に何やってるんだ?お前らもう女辞めるか?」などと檄(げき)を飛ばしていた。きっと人目が無かったら殴っているだろうなという気がした。
 
実際この第4ピリオドのアメリカはここまでのアメリカとは違った。
 
千里や玲央美は、これこそがアメリカの本気なんだと思った。
 
このピリオドは“海外組”の千里と王子が1本ずつシュートを決めたほかは無得点。29-5という物凄いスコアになった。千里や玲央美が危惧したように日本側の疲れも出てしまった。玲央美のシュートは物凄く惜しかったのだが、リングを数回まわってから外にこぼれてしまった。亜津子は全く撃たせてもらえなかった。
 
合計110-64で、ダブルスコアに近い敗戦となった。
 
みんな泣いていた。しかし千里・玲央美・王子の3人だけは試合終了後、コートを睨むようにして立っていた。
 
アメリカのシューターがそういう3人を真剣な眼差しで見ていた。
 
これで千里たちのリオ五輪は終わったのである。
 
試合終了後、アメリカの選手たちが呼びかけて、日本選手とアメリカ選手が入り乱れて並んで記念写真を撮った。泣いていた選手、厳しい顔をしていた選手、そしてアメリカ側で怒ったような顔をしていた選手も、みんな笑顔で肩を組んで写真に写った。これが“ノーサイド”だよなと思った。千里や王子は何人もの選手から握手を求められた(実は後でユニフォームの交換もした!)。
 

2016年8月20日(土).
 
龍虎は15歳の誕生日を迎えた。昨年は1日お休みをもらったのだが、今年はとても休めなかった。レギュラー番組をいくつも抱えている中で『ときめき病院物語II』の撮影が8月14日以降、6月までの3倍くらいの高密度ペースで進められ、出演者全員スケジュール調整がたいへんなことになっていた。アクアは他の出演者に「私の映画の撮影が割り込んだためにご迷惑掛けて、大変申し訳ありません」と謝ってまわったが、みんな「いや、君のせいじゃないよ」と言ってくれた。
 
そんな中で「キャロル前田倒れる。入院は最低2ヶ月か」という報道があり、びっくりした。
 
「なんか忙しそうでしたもんね。大丈夫かなと思ってた」
とアクアが言うと
「君も苗場ロックフェスティバルで倒れたんだって?君こそ大丈夫?」
と倉橋礼次郎さんが気遣ってくれた。
 
「『変身ポンポコ玉』の撮影はどうなるんだろう?」
 
「緊急会議したみたいだけど、多分延期だろうね」
「ああ」
「そうなると、今から代わりに10月開始のドラマか何かの企画を作らなければならない」
「ひぇー!!」
 

ΛΛテレビでは全役員と全プロデューサーによる、半日にわたる緊急会議をした上で、このようなことを決めた。
 
・『変身ポンポコ玉』は 2016/10-2017/3 放送予定を半年ずらし、2017/04-09の放送とする。その撮影は2017/01-03におこなう。
 
(2ヶ月で半年分を撮影するのはさすがに無理で、やったとしても主演が倒れるという声が、今回映画『時のどこかで』を撮影したスタッフから出た。実際に撮影中にアクアが倒れたことから、キャロルの事務所と交渉の末、彼の日程を退院後3ヶ月間確保してもらえることになった)
 
・七浜宇菜・横川れさとW主演『少女革命ウテナ』を2016/10-12に放送する。『変身ポンポコ玉』でアサインしていた大半の俳優さんにこちらに出てもらう。1-3月期については後日検討。脚本は筆の速い井山玲佳さんにお願いする。
 
(宇菜はウテナ役で男装披露。宇菜に男装させないとファンがうるさい)
 
・『変身ポンポコ玉』は予定通り、小池プロデューサー・河村監督のコンビで。『少女革命ウテナ』は中村プロデューサー・田箸監督のコンビで。
 
(田箸監督は業務放棄で厳重注意されたものの、謝罪文を提出して逆池プロデューサーとも和解した)
 
・河村監督が9-11月空くのでドラマ『時のどこかで』の監督を映画に引き続きお願いしたい。12月以降の監督は現時点では未定。ドラマ『時のどこかで』の担当プロデューサーは和田プロデューサーとする(和田は2月に予定される撮了まで担当)。
 
 
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【娘たちの誕生日】(1)