【娘たちのドラゴンテイル】(2)

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2013年11月3日(日).
 
龍虎は昨年と同じ東京中野区のスターホールでピアノのコンテストに出場した。9月の発表会で弾いたのと同じ、ドビュッシーの『夢想』を演奏する。
 
コンテストは午前9時から始まり、だいたい学年順に演奏していって午後3時頃まで演奏は続く。昨年は5年生だったので午後1時すぎに弾いたのだが、今年は1時半頃になると言われた。
 
龍虎は昨年自分と一緒に特別賞をもらった小学1年(今年は2年のはず)の田中なんとかちゃん、自分と同じショパン『別れの曲』を弾いた4年生のなんとか・せいこちゃん(名前はどちらもうろ覚え)、が出ないかなと思って見ていたのだが、どちらも今年は不出場のようだった。
 
そのことを先生に言ったら
「私も気になって訊いてみたんだけど、その2人は今年はどちらも海外旅行しているらしいよ」
「へー」
「去年特別賞もらった子はタイ、去年龍ちゃんと同じ曲を弾いた子はイギリスに行っていると聞いた」
 
「イギリスとかすごーい」
と龍虎が言うと、付き添いで来ている彩佳が
「むしろタイが凄い気がする。たぶんあちこち行き尽くした人が行く国だよ」
と言った。
「ああ、そうかも知れないね」
と先生。
 
「あるいは性転換手術でも受けに行ったとか」
と彩佳が言ったのに対して先生は
「まさか」
と言ったが、龍虎は“性転換手術”ということばを聞いて考えるように沈黙してしまった。それで彩佳は訊いた。
 
「龍も性転換手術したい?」
 
「別にそんなのしたくない」
と龍虎が答えると
「あら、こんな可愛い子が男の子になってしまったらもったいないわよ」
と先生は言った。
 
龍虎は恥ずかしそうに俯いたが《男の子になってしまったらもったいない》という先生の言葉が頭の中に何度も響いていた。
 
ちなみに今日の龍虎の衣裳は川南が買ってくれたペールピンクの可愛いドレス!である。2着もあるはずの男児用スーツが当日になると絶対見つからないのはもう龍虎も諦めた!
 
(1着は寝る前に自分の部屋の壁に掛けていたのに朝起きると無かった。母からは「部屋に掛けていたと思っただけでは」と言われた)
 

龍虎の出番は予定より少し遅れて13:40頃になった。
 
ドビュッシーのこの曲は、日本では「夢想」あるいは「夢」と呼ばれているが原題は「Reverie」。夢想とか空想という意味である。普通の「夢」はreveで、その関連語である。
 
両手を鍵盤の上に置く。
 
左手が8分音符で分散和音を奏でる中、右手はゆったりとしたメロディーをまるで白昼夢でも見ているかのように弾いていく。これは夢なら悪夢という気がする。むしろやはり目を開けたまま何かを夢想している情景なのだろうと龍虎は解釈している。
 
転調が続く(というよりまるで調自体が無いかのように不安定な)展開部もしっかりと弾いていく。そして最後は元の調に戻って主題を再現し静かに終止する。
 
物凄い拍手があった。余韻が消えた後で、龍虎は立ち上がり、ドレスの端を持って、観客に向かって挨拶をした。
 

龍虎はこのコンテストで3位に入賞した。1位も2位も超絶テクニックの曲を弾いた人である。
 
「ピアノはスポーツじゃないからね。龍の3位は物凄く価値のある3位だと思うよ」
と彩佳は言っていた。先生は
「来年は1位を狙おう」
と言っていたが、龍虎はコンテストの方向性と自分の音楽に対する指向が異なっているのを感じていた。
 
でも来年も、もし出るなら今度は制服だよね?だったらドレス着るのは今年が最後だよね?などと龍虎は思っていた。
 
さすがに制服なら・・・男子制服かなと思ったが、こういう可愛い格好できないのは少し惜しい気もした。
 
「でも中学生はみんな制服ですね」
と彩佳が言った。
「そうね。中学生だってドレス着てもいいと思うんだけど。セーラー服姿の龍ちゃんも格好良くていいかもよ」
などと先生は言う。
 
セーラー服・・・着たいような着たくないような、と龍虎は思った。
 
でもまさかセーラー服で通学するなんて事態は起きないだろうし!?
 

2013年11月3日には日食(ハイブリッド食)が起きた。
 
日食が見られるのはアメリカのフロリダ半島の東方900kmの海上から大西洋・アフリカ中部を横断して、アフリカ東端ソマリア付近に掛けての地域だが、日食帯はかなり狭い。いちばん広い所でも58km程度。持続時間は最も長い所で1分40秒(リベリア沖300kmの海上)である。
 
11/3 10:04:34 UTC 部分食開始
11/3 11:05:17 UTC 金環食開始
11/3 11:05:38 UTC 皆既食開始
11/3 12:47:36 UTC 食の最大 ガボンのランバレネ付近
11/3 14:27:42 UTC 皆既食終了
11/3 15:28:21 UTC 部分食終了
 
実際にはソマリア(UTC+3)では日没食となる。
 
この日食はタイや日本では見られない。ちなみに、部分食開始時刻の 10:04UTC は 17:04ICT, 19:04JST、そして部分食が終わる 15:28UTC は 22:28ICT, 24:28JST に相当する。つまり決勝戦が始まって間もなく金環食・皆既食が始まり、祝勝会が終わって少しした頃に皆既食が終わったことになる。
 
(UTC:世界時≒グリニッジ時刻, ICT:インドネシア時刻, JST:日本標準時)
 
ハイブリッド食だが、金環食が見られるのは20秒弱で、その間に日食帯は400km移動する。つまり分速1200km, 時速に直せば72000km(1時間で地球を1.8周!)という猛スピードである。こんなに高速に物体は移動できないが日食は影にすぎないので物体が普通に移動可能な速度を超える。
 

日食は太陽の前に月が割り込む現象であり、新月の時に起きる。これに対して月食は地球の影が月に落ちる現象であり、満月の時に起きる。日食や月食がなぜ新月や満月の度には起きず、だいたい年に2回くらいしか起きないかというと太陽の軌道(黄道)と月の軌道(白道)が、傾斜を持っているからである。両者の軌道が離れている所では同じ方角に太陽と月があっても重ならない。
 
つまり日食や月食はこの黄道と白道の交点(昇降点)付近に太陽がある時に発生する。大円と大円の交点だから交点は2つある(昇交点・降交点)。太陽は1年で天空を一周するから、白道との交点を年に2度通ることになり、食が発生しやすい時期も年に2度来ることになる。この食が発生しやすい時期を「食の季節」といい、約31日間ある。
 
食の季節は1朔望月(29.5日)より僅かに長いので、食の季節の間に2度新月になって日食も2度起きることがある。また6月頃に食の季節があると、年始と年末の双方が隣の食の季節に掛かる。そのため、物凄くタイミングがいいと年に5回日食が起きることもある。過去に、1693, 1758, 1805, 1823, 1870, 1935にこのようなことが起きた。1935年は部分食4回と金環食1回が起きている。次は2206年に5回日食が起きると予測されている。
 

昔の人はこの昇降点付近に巨大な龍がいて、太陽や月を隠してしまうのだと想像した。それでこの黄道と白道の交点のことをドラゴン・ヘッド、ドラゴン・テイルと呼んだ。天空の半分に達するような巨大な龍の頭としっぽという考えである。
 
実際には2013年11月3日のドラゴンヘッドは蠍座8度付近にあり、太陽と月は蠍座11度付近にあり、太陽と月の合(=新月)がドラゴンヘッドの近くで発生したので、日食になったのである。
 

「へー。今日はアフリカで日食が起きるのか」
と帰りの車の中で龍虎は言った。ちなみにこの車は龍虎の母が運転していて龍虎と彩佳・桐絵が乗っているが、助手席が桐絵で後部座席が彩佳と龍虎である。
 
「昔の人は空に巨大な龍がいて、それが太陽や月を呑み込んでしまって日食や月食が起きると考えたんだよ」
と彩佳は言う。
 
「太陽を呑み込めるのは相当巨大な龍だね」
と龍虎。
 
「太陽の大きさって何kmくらいだったっけ?」
と桐絵が言うと
「直径約140万km」
と龍虎の母が答える。さすが学校の先生である。
 
「じゃそれを呑み込める龍も140万km以上の直径があるんだね?」
「大天使サンダルフォンの身長は3500万kmというから、それよりは小さい」
「上には上がいるなあ」
 
「それでその日食・月食を起こすのは龍の頭としっぽということで、ドラゴン・ヘッド、ドラゴン・テイルと言うんだよ」
 
「それが月の昇降点なのよね」
と龍虎の母は補足する。
 
「太陽の通り道・黄道と、月の通り道・白道の交点」
「それって天空の反対側ですよね?」
「そうそう」
「ということは、天空の半分くらいのサイズのある龍なんだ?」
「ヘッド・テイル以外の所では太陽・月を隠さないから、頭としっぽを2つの昇降点にくっつけて、ぶらんとしているのかもね。だったら、サイズはもっと大きいかも」
 
「すごーい」
 

「そういえば、ちんちんのことをしっぽとも言うよね」
などと言い出すのは当然彩佳である。
 
「何でそういう話になんのさ?」
と言っているのが龍虎である。
 
「男にはしっぽがあって、女にはしっぽが無い」
と彩佳。
 
「無いというより短いのかもね」
と桐絵。
 
「男のしっぽは10cmくらいで、女のしっぽは5mmくらい」
と彩佳。
 
「でもそれ外に出ている部分でしょ?」
「ああ。身体の中に埋もれている部分もあるよね」
 
「その埋もれている部分の長さは、男も女も同じくらいなんだって」
と桐絵が言う。
「へー!あれ結構長いよね」
と彩佳。
 
運転している龍虎母は困ったような顔をしている。龍虎はドキドキしながら聞いている。
 
「だいたい男女とも3cmくらいあるらしいよ。埋もれている部分」
と桐絵。
「ああ。そのくらいはある気がする」
と彩佳。
 
え〜!?女の子のアレってそんなに長いの!?と思って龍虎は聞いている。
 
「だから龍のしっぽは既にサイズの上では女と同じだと思う」
と桐絵。
 
「うん。こないだ測った時は全長3.5cmでその大半が体内に埋もれていたもん」
と彩佳。
 
「じゃ、やはりあれは既にちんちんじゃなくてクリちゃんだな。って、まさか彩佳が測ったの??」
「実は毎月測っている」
 
龍虎母はもう開き直って笑っていたがひとことだけ言った。
 
「あやちゃん、妊娠しないようにだけ気をつけてね」
「大丈夫ですよ。龍に精液がある訳ないです」
「とは思うけどね」
 
「でも万一妊娠したら、結婚してよね」
「ボクでも良ければ結婚くらいするけど」
「その言葉を忘れないように」
 

龍虎はふと思った。
 
「でもボクのことじゃなくて、本物の龍のほうの、頭・しっぽって、どの付近からが頭で、どの付近からがしっぽなんだろう」
 
「うーん・・・」
と彩佳・桐絵も、龍虎母も悩んでいる。
 
「頭は口が開く付近までかな」
「その少し後ろに口ひげみたいなのがあるから、その付近までかも」
「しっぽの方は分からないなあ」
 
「ところで龍って卵生ですかね?胎生ですかね?」
と彩佳が訊く。
 
「さあ、どっちだろうね」
と龍虎母は言ってから考えるようにして言う。
 
「いわゆる恐竜属は卵の化石がたくさん見つかっているから卵生ではないかと言われている。でも『ドラえもんの恐竜』に出てきた、フタバスズキリュウみたいな首長竜は胎生。出産途中の化石が見つかっている」
 
「あらら。だったらフタバスズキリュウの卵って存在しないんですか?」
「そうそう。あと魚竜も胎生。これは今のイルカみたいな形をした動物ね」
「海の生き物だと胎生になるんでしょうかね」
「あるかもね。海中だと妊娠していても比較的動きやすいかも」
 
「だったら、フタバスズキリュウにはおちんちんがあったんでしょうか?」
と彩佳は言い出す。
 
どうも彩佳はあくまで、ちんちんの話をしたいようだ。
 
「うーん。。。おちんちんは化石に残らないかも知れないから、分からないね。鳥類みたいに、おちんちんが無いのに性交して有性生殖する生物もあるし。まあ鳥類は卵生だけどね」
 
「そうか。おちんちんが無くても性交は可能なんですね」
「そうだね。おちんちんが無くても、精子の出てくる器官をメスのヴァギナに接触させた状態で射精すればメスを妊娠させることは可能よね」
と龍虎母は半分笑いながら答える。
 
龍虎はかなりドキドキしながら、その話を聞いていた。
 
「だったら、龍ちゃんはおちんちんが無くなっても、女の子を妊娠させられるかな?」
と彩佳。
 
「まあ睾丸があればおちんちん無しでも原理的には妊娠させることは可能かもね。龍、いっそおちんちん取っちゃう?」
と母。
 
「どうしよう?」
と龍虎が悩むように言うが、桐絵は
 
「既におちんちんは無くなっている気がするけど」
と言い
 
「確かにそうだ!」
と彩佳にも母にも言われた。
 
「だから割れ目ちゃんだけ形成すればいいんですよ」
「なるほどー!」
「龍、そういう手術してくれる病院知ってるけど」
「要らない!」
 

「おちんちん無くなって、割れ目ちゃんができた感想は?」
と淑子は成美に訊いた。
 
「すっごくいい。宏佳も慶古も早くこうなれるといいね」
と成美は言った。
 
「普通の人はこの手術すると1ヶ月くらいは安静にしておかないと辛いらしいよ」
「ボクは割と平気。痛いけど我慢できる範囲だし」
 
実際今、成美はヴァイオリンコンチェルトを通して弾いた所である。淑子はピアノ伴奏をしてあげたのだが、成美が既に結構体力を回復していることを成美本人も母も認識した。ちなみにここは家の地下の防音音楽練習室で、この場にいるのは淑子と成美だけである。
 
「弟たちからお姉ちゃんと呼ばれる感想は?」
「それも凄く心地良い」
 
「でも、なるちゃん、お医者さんの質問には随分嘘答えてたね」
「だって女の子になりたい男の子を装わないと、手術してもらえないもん。心理テストも女の子になりたい男の子の気持ちになって答えた」
 
「まあいいけどね」
 
「中学はセーラー服で通いたいから、教育委員会の面接とかあったら、自分は女の子だと思っていると答えるつもり」
 
「そうしないとまずいだろうね」
 
と言ってから淑子は尋ねる。
 
「でもあんた戸籍は男のままにしておきたいの?」
 
「うん。お医者さんに書いてもらった診断書出せば法的にも女の子になれるんだろうけど、ボク、基本は男の子だし。将来可能なら女の子と結婚するかも知れないから取り敢えず戸籍は男のままでいい。そのために精液も冷凍保存したんだもん。もし戸籍上も女になりたくなったら、あらためてその時点で診断書を提出して性別変更するよ」
 
「そのあたりが私も完全にはあんたを理解しきれない」
「ボクはストレートだから」
 
淑子はその“ストレート”の意味を判断しかねた。
 
「ねえ。ここだけの話にするから、正直に答えて。あんた、女の子の裸とか見て欲情する?」
 
「それはしないよ。ボクは男の子の裸にも女の子の裸にも反応しない。物理的な刺激以外では興奮しないんだよ。だから妄想逝きができないんだよね」
 
「・・・だったら、いいか」
 
成美は学校ではふだんも女子と一緒に着換えたりしているようだが、それはひょっとして羊の群れに狼を放っているのではと淑子は実は心配していた。しかし本人の弁が正しければ、それは大丈夫のようである。ともかくも今回の手術で「加害者」にはなれなくなったし、と淑子は考えた。
 

ところで11月3-4日には、日本の広島市の広島県立総合体育館(グリーンアリーナ:ウィンターカップをした所)で、今年の全日本社会人バスケットボール選手権が行われていた。
 
お正月のオールジャパンに出場するチームを決める大事な大会なのだが、これに参加しているジョイフルゴールドの玲央美と王子、山形D銀行の鶴田早苗はこの大会の1日目(11月3日)は、まだタイでアジア選手権の決勝戦をしていたので、参加できなかった。1日目の結果はこのようになっている。
 
ドリームキャッスル×−○ジョイフルゴールド
千女会×−○ローキューツ
東女会×−○山形D銀行
カステラズ×−○クレンズ
 
1日目は日本代表組不在のまま戦ったジョイフルゴールドと山形D銀行だが、2日目の準決勝・決勝はそういう訳にはいかない。それで日本代表組は祝勝会の途中で抜け出して、このような連絡で広島に急行することにしたのである。
 
BKK 23:15(TG622) 6:25KIX
関空からバイク輸送 7:00-8:00 新大阪駅
新大阪8:21-9:42広島
 
関空から新大阪までの連絡については、3人は財布やパスポートなどを入れた小さなバッグ以外、荷物を持たないことにした。使い慣れたバッシュや換えの下着など、どうしても必要なものは前日にバスケ協会のスタッフが予め運んでおく。他の荷物は同じ飛行機に乗った別の協会スタッフが運ぶ(彼らは結局お昼すぎ広島に到着した)。一方、協会からは文部科学省を通して関空側にこの3人の入国手続きを迅速に取り扱ってもらえるようお願いした。また機内でも優先的に扱ってもらえるように3人はビジネスクラスに乗せる。
 
飛行機の遅着などの恐れもあったのだが、運良くこの便は定刻より少し早く到着し、3人が到着ゲートを出ることができたのは6:45頃であった。そこから手配していたバイク3台のタンデムシートに乗り、新大阪まで走る。実際に新大阪に到着したのは7:35頃で、待機していた協会スタッフから切符を受け取り、すぐ新幹線に飛び乗る。それで3人は7:53の《みずほ》に間に合ってしまった。これが広島駅に9:14に到着。そこから協会が手配していた車で9:30頃に会場に到着した。
 
事前荷物運び係、同時荷物運び係2人、バイク3台、切符準備係(広島駅まで同行)、広島駅から会場までの車の運転手、計8人のエージェント?によるスペシャル・ミッションであった。
 

この日、本来の予定は9:30から男女の準決勝4試合が行われることになっていたのだが、この大会に参加予定の選手の中から3人がアジア選手権に出ることになったことが決まった時点で、女子の準決勝は1時間程度遅らせることをバスケット協会とクラブ連盟・実業団連盟・教員連盟は合意していた。
 
それで玲央美たち3人は会場に到着して30分ほど休んでから試合に出ることができたのである。玲央美たちの到着を待ってからこの後のスケジュールは次のようにすることが発表された。つまり30分遅れで始めるが交流戦は最悪途中で打ち切っても3位決定戦を13時から始める。そしてその後は10分遅れにするのである。これはあまり時間を遅らせるとその日の内に地元に帰られない人が出るからである。
 
9:30 男子準決勝:予定通り開始
9:30 女子準決勝→10:00
11:10 男子交流戦→準決勝が終り次第 (12:50強制打切り)
12:50 3位決定戦.女子交流戦→13:00
14:40 男女決勝戦→14:50
16:30 表彰式→16:40
 

準決勝で激突してしまったジョイフルゴールドとローキューツだが、アジア選手権の興奮がまだ冷めてない王子が大活躍し、ローキューツにまさかの20点差で勝利した。早苗が入った山形D銀行もクレンズを粉砕。またまたこの2チームで決勝戦が争われることになった。
 
そして山形D銀行は2年連続のオールジャパン出場、ジョイフルゴールドは2011年から4年連続のオールジャパン出場が決まった。
 
王子や玲央美は昼食も取らずに仮眠して決勝戦に備えた。
 
そして14:50からの決勝戦では王子も玲央美もフル回転で30点差でジョイフルゴールドが勝利。4年連続の優勝を飾った。
 
玲央美は「さすがに疲れた。祝勝会パス」と言ってホテルを取ってもらい熟睡した。王子は元気いっぱいで祝勝会でも、よく食べ、よく飲み、よくしゃべっていた。しかしさすがに祝勝会が終わった後、緊張の糸が切れたのか座り込んでいたので、「君も広島に1泊して帰りなさい」と言ってホテルに放り込まれた。チームのマネージャーさんが1人王子のために残り、他のメンバー・スタッフは19:58広島発の最終新幹線で東京に戻った。
 
玲央美は翌朝ちゃんと起きて午前中の新幹線で帰京したが、王子は夕方まで丸一日寝ていたらしい!
 

さてバンコクに居た日本代表であるが、表彰式の後は、駐バンコク日本大使に招かれてバンコク市内の料理店でお祝いの食事会に出席。大使から全員に記念品が渡された。
 
「わあ、きれい!」
 
大使が用意してくれたのは、各メンバーの名前のイニシャルが入ったシルバーのペンダントトップである。
 
入野朋美はT、鶴田早苗はS、三木エレンはE、千里はC、広川妙子はT、佐藤玲央美はL、湧見絵津子はE、高梁王子はK、月野英美はE、渡辺純子はJ、馬田恵子はK、石川美樹はMであった。
 
「佐藤さんはRかなと思ったんだけど、スタッフの人に訊いたらサインではLeomi Satoとサインしてますよと聞いたので」
「はい。私のサインはライオンの Leo に掛けているんですよ」
 
「高梁さんはうっかりOを頼みそうになったけど、きみこちゃんですよと言われたので」
「《おうじ》に改名してもいいかもね」
「ついでに男の子になる?」
「ついでに性転換手術してから帰国するとか?」
 
「性転換もいいなあ」
などと王子が言うものの
 
「性転換は勘弁して」
と言ったのは高居さんであった。
 
むろん王子にはFTMなどの傾向は無く(レスビアンはやや怪しい)、男の子になりたいというのは、普通の女子が「男だったら良かったのに」と言う程度のものである。
 

この祝勝会を千里・玲央美・王子・早苗の4人は途中で抜けさせてもらった。それ以外の8人と多くのスタッフは、翌11月4日に
 
BKK 10:15-17:55 HND
 
という便で帰国。夕方から記者会見、協会会長への挨拶をして、そのまま解散になった。
 
千里は、すぐにスペインに戻らなければならないので、この連絡で帰西した。
 
BKK 11/3 23:40 (TG920) 5:30 FRA 11'50
FRA 11/4 7:10 (LH1124) 9:05 BCN 10:45-12:10 GRX
 
(FRA:Frankfurt am Main, BCN:Barcelona)
 
つまり11月4日のお昼にはグラナダに到着したので、千里はアパートに寄って練習着に着換え、自転車でトップチームの練習場に行き、午後の練習に参加した。千里が練習を休んだのは結局、10月22日から11月3日までの13日間である。
 
「オラ(Hola)!」
「オラ(Hola)!」
と挨拶を交わす。
 
「アジア選手権どうだった?」
「優勝したよ〜」
「おお、すごい」
「これ金メダル」
「おお、金メダルは素敵だ」
 
「今回は中国調子悪かったんだよね〜」
とシンユウが言っている。彼女は大会経過をフォローしていたのだろう。
 
「うん。アジアでは中国が絶対的に強いから、うちは中国の調子が悪い時を狙って勝つ」
「なるほどー。スペインがアメリカの調子の悪いとき狙って優勝するようなものか」
「ああ、それそれ」
 
「レクエルド(recuerdo)〜」
と言っておみやげのタイのお菓子・カノムチャンを出すと、一瞬で無くなった!
 
「おいしいね、これ」
「色もきれーい」
「へー。タイのお菓子なんだ」
「これはバンコクのデパートで買ったものだけど、道端でもよく売ってる」
「ほほお」
 

そういう訳で、千里はこの日普段通りにたっぷり汗を流していた。
 
「コラ、今日は調子いいね。スペインに戻ってから1日休んだ?」
「ううん。バンコクを昨夜0時の飛行機に乗って今日のお昼にグラナダに着いた」
 
メンバーが顔を見合わせている。
 
「日本人働き過ぎ!」
と言われて、千里はタジタジとなる。
 
「コラ、君は今日はもうあがりなさい」
「え〜? まだ行けますよ」
「いや、疲れが噴出してバッタリ倒れられたら困る。だから今日は夜の練習は休み」
「そうですか?では休みまーす」
 
スペインやイタリアはたっぷり休む文化である。それで千里もこの日は遠慮無く夕方であがらせてもらい、グラナダ市内のアパートで午前2時(日本時間10時)頃までぐっすりと寝てから、作曲作業をした。
 
作曲は昼間より夜の方がはかどるので、こういう日はグラナダのアパートで曲を書くことが多い。
 

ところで11月4日は実はまた人工授精のための精液採取の日であった。本当は祝日で病院は休みなのだが、子宮投入に最適な日なので、先生は対応してくださる。全くご苦労様である。
 
それでも院長先生が出てくるのは朝9時頃なので、こちらはその前に精液を届けるのが理想的である。そこで千里は実はバンコクのスワンナプーム空港でフランクフルト行きの飛行機に乗る直前に、日本に居た《すーちゃん》と交替して市川ラボに行っている。これがタイ時間の23時、日本時間では11/4 1:00である。貴司は0時頃まで市川ドラゴンズのメンバーと練習していて、この時間は練習を終えた後、シャワーを浴びて寝ている所である。
 
なお《すーちゃん》はそのまま飛行機に乗り、フランクフルトでバルセロナ行きに乗り継ぎ、更にバルセロナからグラナダに向かう。
 
千里は試合疲れもあったので貴司の部屋でシャワーを浴びてから下着だけ着けて貴司が寝ているベッドに潜り込んだ。
 
4時頃、キスをして起こす。
 
「千里!?」
「おはよう、マイ・ダーリン」
「もしかしてずっと一緒に寝てたの?」
「さあね。秘密」
 

それで下着姿のまま、貴司とおしゃべりしながら朝御飯を作り、一緒に食べる。貴司は千里が緊急召集されてアジア選手権に出たことをどうも知らないようである。まあ知っていたら、今ここにいることを説明できないので、知らないなら知らないでよい。
 
5時頃、貴司のA4 Avantに乗って、大阪方面に向かう。そして前回と同様に西宮名塩SAで少しイチャイチャしてから射精させて採精容器に取った。射精した後、本当に嬉しそうな顔をしているので、千里もつい微笑む。
 
でも貴司って私といづれ結婚していつでも射精できるようになったら、かえって射精をありがたがらないのでは?という気が一瞬した。
 
貴司に貞操帯でも着けて射精管理しちゃおうかなぁ、などと妄想をしていると、こうちゃんが本当に男性用貞操帯らしきものを持っている。全く、こうちゃんって色々なものを持っているなと少し呆れた。
 
でも貞操帯はバスケット選手は試合中に装着していたら多分違反だ!以前サーヤ(留実子)が、おちんちんを着けてたら注意されてたしね、などと昔のことを思い出した。もっとも男子選手のおちんちんは違反ではないだろう。
 
(男子のおちんちんが違反だったら試合前に切断しないといけない?などと、変なことを考えた)
 
ともかくも1時間ほど仮眠してから、千里が車を運転して豊中市まで行き、産婦人科の時間外入口から入って、当直の看護師さんに封筒を渡した。
 
これが8時少し前、ちょうど玲央美たちが新大阪駅にバイクで辿り着き、新幹線に飛び乗って広島へ向かった頃の時刻であった。
 

「千里、今日は時間取れるの?」
「朝御飯食べてから、市川ラボに戻って手合わせしない?」
「それいいね!」
と本当に貴司は嬉しそうである。
 
ひょっとして射精より喜んでない?まあ、そういう貴司も好きだけどね。
 
それでA4 Avantは貴司のマンションに駐めて!近くのHホテルに行き、そこのモーニングを一緒に食べた。
 
その後、マンションの“駐車場”に戻って(むろん部屋には寄らない)A4 Avantを運転して、しばしドライブデートする。“遠回り”と称して、このようなルートで市川町まで行った。
 
千里IC(府道2号)吹田IC(名神)大山崎JCT(京都縦貫道)丹波IC(R9)福知山IC(舞鶴若狭道路)春日JCT(北近畿豊岡道路)和田山JCT(播但道路)市川南ランプ
 
この時期、京都縦貫道路は南側は大山崎〜丹波、北側は京丹波わち〜宮津天橋立までしかできていない(難工事になった丹波〜京丹波わちが工事中)。大山崎は名神との接続点、宮津天橋立は山陰近畿自動車道との接続点である。
 
それで丹波ICから福知山ICまでの36kmは国道9号を走ったのである。千里〜丹波が75km, 福知山〜市川南が95kmで合計206km。カーナビは所要時間2:52と表示していた。
 
実際には市川から豊中市まで千里が運転したので、千里(せんり)から国道9号途中のローソン(福知山市内)まで1時間半ほどは貴司が運転。少し休憩した後、播但道路の朝来(あさご)SAまでを千里が運転、その後市川まで28kmほどをまた貴司が運転した。市川ラボに到着したのは12時すぎであった。
 

「たまには泳ごうよ」
「あ、地下にプールがあるんだよね。こないだエレベータで間違って入り込んだ」
「いつでも泳いでいいらしいよ。使う時は循環濾過装置のスイッチ入れてって」
「へー」
と言ってから
「あ、でも水着持ってないかも」
と貴司が言うので、千里は
「これどちらか使って」
と言って、可愛いプリキュアの女性用ワンピース水着と、あまり色気の無いアディダスの男性用水着を見せる。
 
「こちら使わせてもらう」
と言って、貴司はアディダスの男性用水着を取った。
 
「私の前で遠慮しなくてもいいのに。可愛い水着着てもいいんだよ」
「さすがにプリキュアは無理!」
「ふふふ」
「千里は何着るの?」
「見てのお楽しみ」
 

それで各々更衣室で着換えるが、千里がごく普通のアディダスの競泳用水着を着ているのを見ると、貴司はガッカリしたような顔をしていた。
 
「貴司のと、お揃いだよ」
「あ、ほんとだ」
 
それで1時間ほど泳ぐが、千里は水着姿に熱い視線を感じて快感だった。
 
「千里もっと可愛い水着、着ないの?」
「私もさすがにプリキュアは無理」
「いや、ビキニとか」
 
「ビキニで泳いでいたら外れる気がする」
「そ、そうだね」
「貴司がビキニ着る?」
「僕が入るビキニなんて無いよ!」
「ふーん。入るのがあれば着たいんだ?」
「そういう趣味は無い」
「ブラジャー着けるの好きな癖に。今度用意しておこうかなぁ」
 

泳いだ後、居室で軽食を取ってから体育館のフロアに上がり、2時間ほど手合わせをした。
 
「千里無茶苦茶強くなってる」
と貴司は言った。
 
1on1をすると、実際問題として千里が6〜7割勝つ感じであった。ランニングシュートの練習(相手がゴール前で立っているだけの状態でシュートする。但し千里は身長差分、台に乗る)ではさすがに貴司の方が圧勝である。しかしこの練習でも、以前は千里の全敗に近かったのに、この日は千里も2割くらいボールをゴールに叩き入れ、
「千里かなりうまくなっている」
と言われた。
 
「貴司はもっと頑張ろう」
「うん。頑張らなきゃダメって思った」
「今季も全勝で優勝しよう」
「頑張る」
 
大阪実業団のリーグ戦は10月27日から始まっているが、現在MM化学は2連勝である。
 

16時前にあがって交替でシャワーを浴びた。
 
「今日のおやつはカノム・チャン」
と言って、タイで買ってきたお菓子を出す。
 
「これきれいだね!」
「タイに行ってきた友だちのお土産なんだよ」
「へー。タイのお菓子なのか」
 
それを食べながらおしゃべりしていたのだが、千里は
「眠くなっちゃった。私少し寝るね」
と言って(実際かなり眠たい)、貴司の前で服を脱ぎ下着だけになってから、ベッドに潜り込み“左側半分”に寝た。貴司がごくりと唾を飲み込むのを感じる。
 
「えっと・・・千里の隣に寝ていい?」
「裸でなくて下着までならどうぞ。10cm空けてね」
「このベッドで10cmはきついんだけど」
「じゃ1cmでもいいよ」
「そうさせてもらう」
 
それで貴司は千里の隣にシャツとトランクスだけになって寝た。千里が寝ぼけたふりをして貴司の股間に手をやると、ドキドキしているのが震動で伝わってきて快感だった。
 
「自分でするのは・・・いいよね?」
 
などと独り言のように言い、千里の掌でそれを包むようにして刺激していた。今朝1度出したせいか少し時間が掛かっているようだったが、7-8分で逝けたようである。貴司はティッシュで拭いた後、千里にキスをすると眠ってしまった。千里も大会の後のドライブデート、そして貴司と2人での練習というので疲れて深い眠りに落ちていった。
 

20時すぎ、貴司は目を覚ました。
 
今日は祝日でドラゴンズの公式練習は休みなのだが、何人かは来るはずである。
 
まだ寝ている千里にキスをし、ガードルとブレストフォームで女体偽装!?した上で、練習着を着ようとしていたら、テーブルの上に乗っているサンドイッチに気付く。「食べてね♥」と書かれているので、千里に「ありがとう」と言って、またキスする。
 
食べていたら、ちょうど表に誰か到着したような音がする。それで貴司は上に上がっていった。
 
その遠ざかる音を聴いてから千里も起き上がる。時計を見ると20:40で、スペインでは12:40である。レオパルダの練習用ユニフォームに着換える。グラナダのアパートで「まだかなぁ?」という顔をしていた《すーちゃん》と入れ替わる。そして自転車に乗って、レオパルダのトップチームが練習している体育館に向かい、その日の練習に参加した。
 

この日の千里の練習は18時であがるように言われたので、買物などして19時にはアパートに戻った。これが日本時間では午前3時である。千里はまた日本にいる《すーちゃん》と入れ替わって市川に戻り、練習が終わって熟睡している貴司のそばに添い寝した。
 
11月5日(火)は朝御飯を一緒に食べて、甘地駅で
「あなた、いってらっしゃーい」
と言って貴司を送り出した。
 
その後は葛西にいる《てんちゃん》と交替して、夜まで作曲作業を続けた。
 
ヨーロッパは冬時間になっているので、日本との時差はこのようになっている。
 
練習 ESP 14:00-21:00 JPN 22:00-_5:00
睡眠 ESP 21:00-_3:00 JPN _5:00-11:00
作曲 ESP _3:00-14:00 JPN 12:00-22:00
 

この後、しばらく千里は忙しい時間が続いた。
 
11月7日(木)夕方には江東区の体育館で秋葉夕子と手合わせをした。これが40 minutesの初稼働日である。
 
「千里ちゃん、物凄く強くなってる!」
と夕子は驚いていた。
「これならもう日本代表に復帰できるよ!」
と言うので
 
「じゃ内緒ね」
と言って、アジア選手権で優勝した後の記念写真と金メダルを見せると
「うっそー!? 結局アジア選手権に出たの?」
と言ってまた驚いていた。
 
でもその強い千里に少しでも対抗できるように頑張ると彼女は言っていた。
 

11月9日(土).
 
この日はスペイン時刻18:00(日本時刻11/10 2:00)からバルセロナでLFBの試合が設定されていた。集合は2時間前(日本時間・午前0時)である。
 
この日青葉が朝から、はくたか+新幹線で千葉に出てきた。先日千里と彪志で見に行った土地を自分の目で見るためである。
 
高岡6:32-8:41越後湯沢8:49-9:55東京10:10-10:50千葉
 
千里は金曜日の練習が日本時刻で11/9 5:00頃終わったので、その後グラナダ市内のアパートで5時間寝た後、千葉に転送してもらい、西千葉の立体駐車場からミラを出して、まずは桃香を拾い、それから千葉駅で青葉と彪志を拾ってその土地に向かった。
 
ミラは坂道に入るとかなり速度が低下したものの、何とか停まったりせずに、その土地まで辿り着く。千里はミラを土地の真ん前に駐めた。
 
「まあ青葉は軽いから大丈夫とは思ってた」
などと桃香は言っていた。
 
青葉は土地や立地としては気に入ったようだが、盛んに首をひねっている。
 
「どうしたの?青葉」
「いや、ここがあまりにもきれいなもので」
「へ?」
 
「こんな場所に廃墟があれば、ふつう雑多な霊が溜まっていてもおかしくないと思うんだけど、何にも居ないんだよ」
 
「何も居なければ問題無いのでは?」
「でもなぜこうなったのかが分からない」
 

青葉は悩んでいたものの、後ろに居候している女神様が笑顔なので、ここでいいだろうと決めたようである。
 
それで不動産屋さんに行き、購入手続きをした。
 
「解体祓いとか地鎮祭は青葉が自分でする?」
と桃香に訊かれたが、
「私は正式な神職ではないから、どこかの神社に頼もうかな」
と言う。すると千里が
「知り合いが勤めている神社があるから、そこに依頼しようか?」
といい、千里が推奨した千葉市内のL神社に頼むことにした。
 
そのあと一行は弁護士さんの所、工務店さんに回った。工務店はL神社は繋がりがあるのでそこに地鎮祭をしてもらうのは問題無いと言った。
 

この日は夕食を4人で一緒に取った後、青葉は彪志と一緒に彼のアパートへ、桃香はガールフレンドと会うということでモノレールで移動。千里はミラを駐車場に戻し桃香のアパートで1時間仮眠してから、試合のあるバルセロナに転送してもらって、会場に入った。
 
スペイン時刻で20時頃、試合が終わって解散になるので、その日はバルセロナ市内のホテルで寝て、午前1時(日本時間朝9時)に起床。《すーちゃん》と入れ替わりで日本に戻る。ミラを出し、千葉駅で桃香・青葉・彪志を拾って、東京に向かった。
 

11月10日(日).
 
龍虎は彩佳と一緒に、大宮に出かけ、埼玉県の子供囲碁大会に参加した。これは各地区の大会で上位に入賞した子が集まって開かれるもので、昨年は地区大会で2位になった彩佳が参加し、2回戦で前年優勝した人と当たって敗退している。今年は地区大会で優勝した彩佳と、決勝戦で彩佳と戦って負けて2位になった龍虎が出場した。
 
ちなみに地区大会優勝した彩佳は2級、準優勝の龍虎は3級を認定されている。
 
「今日も振袖着てきたんだね」
「うん。ボクこの振袖好き〜」
 
龍虎は地区大会の時も昨年同様この青い振袖を着ていた。
 
「まあ可愛いからいいんじゃない?」
と付き添いで来た桐絵が言う。
 
ちなみに彩佳も白系統の小振袖である。龍虎は昨年は振袖は問題なかったものの、長襦袢が少しきつく、また肌襦袢は全く入らなかったのだが、あの後、肌襦袢・長襦袢を新調して、この振袖を着るようにした。この振袖自体は身長150cmくらいまでは着られそう、と今年も着付けしてくれた川南が言っていた。龍虎は昨年以来随分練習したので実は自分ひとりででも振袖を着られるようになっているのだが、今日は川南が「私が着付けしてあげるよ」と言ってやってくれたのである。そして川南の運転するマーチに、彩佳・龍虎・桐絵の3人が乗って、この大宮の会場までやってきた。
 

参加者は大都市からは多人数選抜されているので、全部で28名である。昨年の上位入賞者の中で今年も参加資格がある子(中学生以下)4人がシードされた上で1回戦不戦勝になっている。
 
「やはり中学生はみんな制服だね」
「まあ制服というのは、それでどこに行くのでも通せる便利な服」
 
実際問題として参加者のほとんどは中学生であり、小学生の彩佳と龍虎が1,2位になった大里・児玉地区がむしろ異例である。
 
「うち、中学の制服採寸会の案内が来てたけど」
と桐絵が言う。
「うちも来てた」
と彩佳。
「ボクの所にも来てた」
と龍虎が言うと
 
「男の子も採寸とかするんだっけ?」
と桐絵が言う。
「あれ?要らないんだっけ?」
 
「男子はだいたい既製服で行ける場合が多い」
「女子の場合は、学校ごとに違うから量産できない。必要な数だけ制作する必要があるからオーダーになってしまう」
 
「ああ、そういうことか」
 
「でも龍の身体に合う学生服の既製服が存在しないかも」
「うっ・・・」
「だから、龍の学生服は採寸して制作してもらわないといけないかもね」
 
などと言いながら、彩佳も桐絵も“別の可能性”を考えていた!
 

大会は彩佳・龍虎ともに1回戦は突破。2回戦は彩佳は昨年3位だった人が相手だったが、最後まで打って目を数えてみたら、彩佳が半目勝っていた。彩佳も相手の人も「この勝負は最後まで分からなかった」と言っていた。龍虎は劣勢で進んでいたものの、相手が途中でとんでもないポカをやってしまい投了。思いがけず勝ちを拾った。
 
それでふたりともベスト8まで進出。来年のこの大会のシード権を獲得した。ただしシード権があっても地区大会を勝ち抜かなければそれは行使できないし、シード枠は4つまでなので、上位の人で埋まってしまうと使えない。
 
準々決勝では彩佳は相手とかなり激しい戦いをしたものの、僅差で勝利した。ベスト4になったので来年は地区大会さえ勝ち抜けば確実にシード権を行使できる。龍虎は昨年の準優勝者と当たり、あっけなく投了に追い込まれた。それで彩佳は準決勝に進み、龍虎は5-8位決定戦に進む。
 
準決勝で彩佳は中学2年生の男の子とかなり厳しい戦いをしたが、僅かに届かなかった。それで負けて3位決定戦に進む。龍虎の相手は中学1年生だったが、終始龍虎がリード。相手が投了して5位決定戦に進んだ。
 

3位決定戦の相手は物凄く強かった。彩佳はあまり手数(てかず)も進まない内に投了。今年の彩佳の成績は埼玉県4位に終わった。
 
龍虎の方も相手が強く、打っている内にどんどん差が広がっていく。このあたりで投了かな、と思っていた時に、相手が大きなくしゃみをして、その拍子にうっかり碁盤上の石を腕で大量に薙ぎ払ってしまった。
 
「え!?」
と龍虎は声を出して絶句する。
 
「済みません!」
と相手は謝ったが、大会スタッフの顔を見る。和服を着た男性が腕を組んで首を横に振る。それで彼は
 
「負けました」
と言って投了した。それで龍虎は思いがけず勝ち星を拾った。
 
そういう訳でこの大会、彩佳は4位、龍虎は5位になったのである。
 

1〜4位に初段、5〜6位に1級、7〜8位に2級が認定されるということで、彩佳は初段、龍虎は1級に認定され、認定証をもらった。
 
なお、龍虎の1級は5〜8位決定戦に勝った所で確定していたので、くしゃみで1級になった訳ではない。それで、5位はおまけと思うことにした。
 
「でも彩佳、初段ってすごーい!」
「まあこれは認定証だからね。免状を申請しないと初段は名乗れない」
「申請って面倒なの?」
「面倒では無いけどお金が掛かる」
「そういうことか!いくらくらい?」
「確か初段は3万円くらい」
「高い!」
「龍も申請すれば1級の免状もらえるよ。1級は確か5千円くらい」
 
「龍、申請するならお金出すよ」
と川南が言うが
「別に要らなーい」
と龍虎は答えた。
 
「うん。だから囲碁も将棋も実力は4段あっても免状を申請しない人が物凄く多い」
「なるほどー」
 

同じ11月10日(日).
 
この日、青葉は軽音部の友人・清原空帆と一緒に、鮎川ゆまに会いに行くことにしていた。青葉と空帆は《フライング・ソーバー》というバンドをしているのだが、メインライターである空帆は「編曲がなってない」と他のメンバーから苦情をうけていた。一度プロに見てもらった方がいいという意見も出て、青葉がサックスを習っている鮎川ゆまに1度助言をしてもらえたらと連絡したら「見るくらいいいよー」ということだったので訪問することにしたのである。
 
空帆はこの日東京に出てきて(正確には土曜の晩から夜行バスで出てきて)、千葉から出てきた青葉と都内で落ち合い、ゆまの所に行くことにしていた。
 
ところが桃香がその話を聞くと
「鮎川ゆま?大ファンだ。ぜひ私も会わせてくれ」
と言うので、結局、朝10時に千葉駅で集合した後、千里が運転するミラに青葉・桃香・彪志と4人乗りして、池袋に向かい空帆と落ち合った。
 
彪志は東京に出てきたついでに本屋さんに行くというので、池袋では彪志をおろして空帆を乗せ、約束していたスタジオに向かう。千里はスタジオ近くの時間貸し駐車場にミラを駐め、4人でスタジオに入った。
 

鮎川ゆまと千里が顔を合わせたのは、ラッキーブロッサムが解散した2011年12月以来である。ゆまは千里が青葉の姉だったというのに超絶驚いていたし、千里との再会を嬉しがっていた。桃香は千里がゆまの知り合いだったというのは驚いていたが、しっかりサインをもらっていた。
 
しかし、ゆまと千里の会話から、千里が高校時代“髪の長い女子高校生”だったことがバレてしまい『高校生の頃は男子バスケット部で髪も五分刈りだった』という話が、どうも嘘のようだと桃香・青葉に知られ、千里は焦っていた。
 

ゆまと別れた後、青葉は自分自身がローズ+リリーのケイ(冬子)から頼まれていた曲の譜面とデータを持って、冬子のマンション(この時期は新宿区戸山の賃貸マンション)を訪れる。成り行きで桃香と千里も付いて行くことになる。空帆はどうする?と訊いたら
 
「ローズ+リリーのケイさん・マリさん?行く、行く!」
と言って付いてきた。
 
なお、ケイはこの日の日中は放送局でBH音楽賞の授賞式に出て、政子と一緒に『花園の君』を歌ってきていたのだが、そちらが終わってマンションに戻ってきたところに、ちょうど青葉や千里たちが行くことになった。
 
なおBH音楽賞には実は千里も大西典香の『恋はシュレッダーに掛けて』の作曲者として出席していたのだが!冬子たちは気付かなかったようである。もっとも実際にそちらに出席したのは、千里に扮した《きーちゃん》である。
 

青葉が持って来た楽曲を冬子に見せると、彼女は「少し修正していい?」と言って直し始めるが、その修正の仕方は青葉だけでなく、空帆にも大いに刺激になったようである。ケイは楽曲をよりヒットしやすいように調整するのが、ひじょうに巧いのである。
 
そこで6人で話していた所に宝珠七星が来訪し、青葉の顔を見たら、スターキッズの制作中のアルバムに入れる曲で青葉にサックスを吹いてと言い出した。
 
「私、素人ですー」
「素人かどうかはCD買ったお客さんに判断してもらえばいいよ。でも今日は何しに出て来たの?」
 
「友人の空帆が書いた楽曲を鮎川ゆま先生に添削してもらいに来たんです」
 
「おお、ゆま! よし、あの子も呼び出そう」
 
と言って七星はその場で鮎川ゆまに電話を掛けて呼び出した。ゆまと七星は大学の管楽器科の同級生である。
 

それで結局、桃香・千里・青葉・空帆・ケイ・マリ・七星がスターキッズの制作をしているスタジオに向かい、ゆまもそちらに移動してくることになった。そして、七星・ゆま・青葉のサックス三重奏で『Moon Road』という曲を演奏することになったのである。
 
個別に練習するのに、七星、ゆま、青葉がスタジオ内の別の小ブースに入る。空帆は「鮎川先生の演奏を見たい」と言って、ゆまのブースに入り、政子と桃香はおやつを食べながら、スターキッズの鷹野さんと3人でおしゃべりしていた。近藤さんはスターキッズの他の男性メンバーとビールを飲んでいたが「飲みすぎないように」と七星さんに釘を刺されていた。
 
そして青葉のブースには千里と冬子が入り、主として冬子が青葉のサックス演奏について指導した。
 
「冬子、サックス吹くの?」
と千里が尋ねた。
 
「私はウィンドシンセを吹くんだよ」
と冬子。
 
「じゃ、もしかしてKARIONの『雪のフーガ』の中の『月に想う』でサックスの三重奏していたののひとりは冬子?」
と千里が訊く。
 
「KARION?」
と冬子は驚いたように声をあげ、青葉の顔を見た。冬子がKARIONのメンバーであることを青葉が千里に教えたのかと思ったのである。青葉が慌てて首を振る。
 
「え?だって、冬子、KARIONの結成以来のメンバーだよね?」
と千里。
「なぜ、それを知っている?」
 
「なぜって、KARIONのCDを聴けば、歌っている声のひとつとピアノ演奏が冬子だと分かるよ。声やピアノの波動が、ローズ+リリーやローズクォーツで歌ったりピアノ弾いたりしているのと同じだもん」
 
「波動で分かったの〜〜?」
と冬子。
「え?そんなの誰でも分かるよね?」
と千里。
 
青葉は苦笑しながら千里に言った。
「ちー姉、それが波動で分かる人は、日本国内に10人もいないと思うよ」
 

練習が一段落した所で千里は携帯(Toshiba T008 Red)を開き、1枚の写真を表示させた。
 
「これ高校時代の私。桃香には内緒にしといて」
と言って、青葉と冬子に見せた。
 
「可愛い!」
と冬子。
「女子高生してる!」
と青葉。
 
「ついでにこういう写真もある」
と言って、冬子の女子高制服姿の写真を見せると
 
「ちょっとぉ!」
と冬子が抗議した。青葉はそちらの写真も見て喜んでいた。
 
「どこでこんな写真を調達したの!?」
と冬子。
「秘密。でもこの写真持ってる人はたぶん1000人以上居る」
と千里。
 
「うーん・・・」
と冬子は悩んでいた。
 
 
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【娘たちのドラゴンテイル】(2)