【娘たちの2012オールジャパン】(1)

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千里は12月の中旬に***コスメティックという会社のアテンダントさんと面会した。
 
「***コスメティックをお選び頂きありがとうございます。タイでの性転換手術ということでよろしいですね」
「はい、それでお願いします」
 
「幾つか質問をさせて頂きますが、ご自身の性別に違和感を抱いたのはいつ頃からですか?」
「物心付いた頃からですね。自分は親がそうみなしている性別とは逆の性別だと思っていました」
 
「GIDに関して病院で診察を受けられたことはありますか?」
「はい。それで精神科医と婦人科医から、GIDであるという診断書を今年初め頃に2通いただきました」
「既に2通もらっているんですね。でもすぐに手術を受けなかったのはどうしてですか?」
「今年は仕事が忙しかったもので」
「なるほどですね」
 
「来年も6月いっぱいまで忙しいので、その後の手術にしてもらうと助かります」
「分かりました。それで手術できる病院を確認します。費用は300万円ほど掛かると思うのですが、お支払いはどうなさいますか?一応ローンの斡旋などもしていますが」
「現金で事前に全額払いますよ」
「分かりました。お仕事は失礼ですか?」
「大学生ですが、バイトで音楽関係の仕事をしておりまして、それが6月まで忙しいんですよ」
 
「なるほど」
と言ってからアテンダントさんは少し考えるようにした。
 
「こうやって会話しておりますと、お声が女性の声ですよね。男性ホルモンは摂っておられないんですか?」
 
「そんなもの飲みません。女性ホルモンなら小学4年生の時から摂っていますが」
 
摂っているというより勝手に分泌されているもんなあ、と千里は思う。
 
「・・・えっと、FTMさんですよね?」
「MTFですけど」
 
「うっそー!?」
とアテンダントの女性は思わず声をあげてしまった。
 

「何するの!?危ないじゃない!」
と言って、母親は息子の持つ包丁を取り上げた。
 
「だって、だって、ちんちん付いてるの嫌なんだもん。私、女の子になりたい」
と息子は泣きながら母親に訴えた。
 
「その件は、再度ママが教育委員会と話してみるから」
と母は言う。
 
息子は物心付いた頃から女性的な性格でスカートを穿きたがった。それでまだ小さいしいいかなと思い、スカートを穿かせていた。幼稚園に入る時にけっこう悩んだのだが、幼稚園側が割とそういう問題に理解を示してくれて、女児的な格好のまま通園したし、名前も男性的な本名ではなく、お祖母ちゃん(母の母)が提唱してくれた愛菜という女の子名前を名乗ることにした。
 
しかし愛菜は4月から小学校に入る。
 
女児としての通学、および通称使用を教育委員会側に要望したのだが、そのような要請には応じられないと言われた。
 
「おちんちんもタマタマも付いているんでしょう?そういう子を女の子として学校に入れたら、他の女の子の親から苦情が来ますよ」
 
と頭の硬そうな教育委員さんが言った。
 

「ちんちんがあったら男の子みたいな服を着ないといけないんでしょ?だから私ちんちん切ろうと思ったの」」
と息子は言う。
 
騒ぎで目を覚ましたようで、父親も出てきた。父親が言った。
 
「タマタマだけでも取っちゃおうか?」
「どうやって?」
と母親が訊く。
「外国ではこのくらいの子供の去勢をしてくれる医者もいると思う」
「でもいいの?」
「この子がこの後、こんなものが付いていることで苦しむのが見えているから、そういう苦しみを味あわせたくない(*1)」
 

(*1)「味わう(あじわう)」はワ行五段活用の動詞なので「せる」という未然形を要求する助動詞に付く場合は「味わわせる」となるのが本則ですが、この形は「わわ」と同音が連続することから、現代の会話的日本語では違和感を感じる人が多く「味あわせる」という誤った形の方を自然に感じる人が多くなっています。本稿ではこの形を「ら抜き言葉」と同様の会話的表現として採用しています。なお「味合わせる」という書き方は当て字だと思います。
参考URL https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20160601_3.html
 

母は考えた。
 
「だったら、外国まで行かなくても、ちょっと医者の心当たりがある」
「・・・もしかしてあの人?」
「詮索しないでもらえるなら、あそこに連れて行ってみる」
「分かった。それと名前は家庭裁判所に行って変更しようよ。この子幼稚園に入って以来、ずっと女の子名前を使っているから経年使用を主張できると思う」
「うん、そうしよう」
 
それで母は息子の前にしゃがみ込んで視線の高さを合わせて言った。
 
「タマタマだけ取るのでもいい?」
「ちんちんは?」
 
「小さい子供はちんちん切るの禁止なのよ。でもタマタマなら、どうにかなるし、タマタマが無かったらもう男の子ではなくなるのよ。ちんちん触ると大きくなるでしょ?」
 
「うん。あれも嫌」
「タマタマ取ってしまえばもう大きくならないよ」
「あ、それいいな」
 
「でもタマタマ取っちゃうと将来女の子と結婚してパパになれなくなるよ」
「パパになりたくなーい。女の子と結婚するなんて嫌だよお」
 

それで母は父に席を外してくれるように言ってから、親友の医師に電話した。
 
「事情は分かった。誰にも言わないなら手術してあげるよ。今夜ならできるけど」
と親友の医師は言ってくれた。
 
「だったら今から連れていく」
 
それで母は息子に目隠しをさせた。
 
深夜車で連れ出す。
 
その病院に入ると、目隠しをしたまま手術室に連れ込む。脈拍・血圧などを測定する機器を取り付ける。
 
「動いたらダメだからね」
と母親の声。
「うん。私動かない」
と息子は答える。
 
「足だけ広げて。そうそう。じゃ注射するけど痛いの我慢してね」
「注射するとタマタマ無くなるの?」
「注射すると手術の痛みが小さくなるんだよ」
「だったら我慢する」
 
それで医師は部分麻酔をした。麻酔が効いているかどうか、母親が確認する。
 
医師はその男の子の陰嚢を切開すると1個睾丸を取り出す。
 
「ほんとに切っていいね?」
と母親が聞く。息子が頷く。
 
それで医師は取り出した睾丸を結索して切断した。
 

「1個切っちゃったよ。もう1個も切っていい?」
「うん」
 
それで医師はもう1個の睾丸を取り出し、結索して切断した。
 
「これでタマタマは2個とも無くなったよ」
と母は言う。
 
「嬉しい」
 
「もうこれであんたは男の子ではなくなったよ」
「嬉しい。だったら私、女の子として小学校行ける?」
 
「行かせてあげるよ。絶対」
と言って、母は元息子を抱きしめた。
 
その時母は「え?」と声をあげた。
 
親友の医師が「ここから先はサービス」と書いた紙を見せる。
 
母は頷いた。医師が別の注射を打つと元息子は意識を失った。
 
「どこまでやるの?」
「ちんちんは切り落とさないよ。でも・・・・というのでどう?」
と親友は初めて声に出して言った。
 
「分かった。夫に承認を取る」
 
それで手術室の中から電話をする。夫は驚いていたが、してもらえるなら歓迎。あの子も喜ぶだろうと言った。
 
それで医師は新たに患部にメスを入れて“加工”を始めた。
 

千里と面談していたアテンダントさんは言った。
 
「あなた、ほんとに現在は男性なんですか?」
「ええ。それで女になりたいんです」
 
「ちんちん付いてるんですか?」
「付いてますよ。睾丸はこの夏に取りましたけど」
「おっぱいは?」
「まあ結構大きいかな」
 
「完璧すぎる。とても男性には見えない」
「私を見て、男だと思った人は今まで存在しません」
 
「でしょうね!どう見ても普通の女性だし、もし出生時に男性だったとしても既に10年以上前に性転換手術済みにしかみえません」
 
「その部分だけがまだ男で困っているので、何とかしたいんですよ」
「分かりました。MTFでしたら料金も150万円くらいで済みますので」
 
「男から女になる方が安いんですね」
「まあ原理的にあるものを無くすのと、無いものを作るのとでは手術の難易度が違うので」
「そうですよね〜」
 

「触らせてとか言われたらどうしようかと思った」
と千里はアテンダントさんと別れてから言った。
 
「まあ次はその性転換手術を受ける直前に男の身体に戻るだけだから」
と《いんちゃん》が言う。
 
「まあ女の身体ではちんちん切れないよね?」
「それはどんな名医でも無理」
 
「ところであそこのアテンド会社を選んだのは誰なの?」
「さあ。でも千里はあそこの会社使って、プーケットで手術することになっていたから。そこの病院名の手術証明書は既に持ってたでしょ?」
 
「タイムパラドックスかな」
「あまり深く考えない方がいいよ」
「そうする!」
 

2011年12月23-28日、東京体育館でウィンターカップが開催された。
 
出場校は各都道府県代表、インターハイの優勝校・準優勝校、開催地(東京)から+1校の男女各50チームである。
 
今年のインターハイの優勝は高梁王子の岡山E女子高、準優勝は久保田希望らの札幌P高校なので、結果的に岡山と北海道は2校出られることになり、岡山では岡山H女子高、北海道では旭川N高校が代表になった。
 
N高校は北海道予選では決勝トーナメントを勝ち上がっていき、(2つだけ行われた)準々決勝で札幌D学園に勝ち、(1試合だけ行われた)準決勝で旭川L女子高を破ってウィンターカップ4年連続出場を決めたが、代表選出に関係無く行われた名目上の決勝戦では札幌P高校に敗れた。
 
札幌P高校はU16アジア選手権での優勝に貢献した1年生の酒井明穂が大活躍。N高校を寄せ付けず、松崎由実が悔しがっていた。
 

旭川N高校女子バスケット部はこのウィンターカップに合わせて東京合宿をおこなった。昨年までと同様に、東京のV高校の宿泊施設と体育館を借りる。女子バスケ部員は、3年生でベンチ枠に入ってない選手や、4月以降部活を継続する意志の無い選手を除いて全員参加で、一行は70人ほどである。
 
そして例年のように、この遠征組のお世話と練習相手を兼ねてOGの協力者を募り、東京近辺に住んでいる川南や夏恋・雪子などが応じたが、それ以外にわざわざ北海道から来た暢子・留実子・絵津子なども参加した。北海道から来た3人と日本代表の経験もある雪子は練習相手だけを務め、お世話係は免除、ということにしていたのだが、暢子と留実子は、かなりお手伝いをしてくれた。
 
今回の遠征費(約300万円)は全額を千里が寄付している。暢子たち北海道から来た3人の交通費も千里が出した。現在、旭川N高校バスケット部に寄付をしている人のトップスリーは、千里・藍川真璃子・中村晃湖である。以前多大な寄付をしてくれていた漫画家の村埜カーチャは連載が終わってしまったため、あまり多額の寄付をする余裕は無いようである。
 
千里は今年は費用は出したものの、このボランティア自体には参加しない。それは自身が年明けのオールジャパンに出場するからである。
 
ジョイフルゴールドの越路永子はチームがオールジャパンに出場するものの、ベンチ枠に入れなかったということで、こちらの手伝いに来てくれている。本人はチームに居るつもりだったが、藍川さんがお手伝いしておいでよと言って送り出してくれたらしい。
 
1月に性転換手術を受けた横田倫代(3年)はまだ性転換から日数が経っていないので女子選手として出場することはできないものの、もちろん一緒に来て出場選手たちの練習相手を務めている。
 

「夏は少しパワーが落ちてたけど、かなり戻ってきている」
と暢子が言っていた。
「かなり筋力トレーニングやってますから」
と倫代。
「瞬発力は昨年より上がっている」
と留実子。
「お股に余分な物が付いてないから素早く動ける感じです」
と倫代。
「あそこが軽くなって調子が良くなるのなら、サーヤ(留実子)もそろそろ性転換を考えたら?」
 
と暢子が茶々を入れる。
 
「そうだなあ。僕も結婚までには性転換しないといけないかな」
と留実子が言ったが、近くに居た倉岡鱒美は、それがマジなのかジョークなのか判断しかねている雰囲気だった。
 
なお、倫代は、昨年の遠征の時は南野コーチと同室だったが今年は普通の女子扱いで、松崎由実や倉岡鱒美たちと同室になっている。
 
(夏の合宿の時は他の女子に随分触られたと言っていた。観察希望者には見せてあげたが「きれいに女の子になってるね」と言われて喜んでいたらしい)
 

旭川N高校の一行は12月21日に東京に移動してきたので、千里も22日にはV高校に顔を出し、今年のベンチ枠メンバーと手合わせした。松崎由実が対高梁の練習をしたいと言っていたので自分自身に擬態した《こうちゃん》にたくさん練習相手をさせた。
 
南野コーチは
「千里ちゃんって、そういうパワープレイもできるようになったのね」
と感心していたが、暢子は
 
「今日の千里はワイルド。まるで性転換して男に戻ったかのようだ」
などと言っていた。
 

千里は23日はローキューツの練習の方に参加(その日も《こうちゃん》に由実の練習相手をさせた)。その練習が終わってから夕方からZZR-1400に乗って大阪に移動。25日まで貴司と過ごす。雨が降っていたので貴司のAUDI A4 Avantを借りて東京に戻る。
 
27日にラッキーブロッサムのラストコンサートに行って来た他は26-27日はずっとローキューツの練習をしていたが、28日から1日夕方まで桃香と一緒に高岡に行ってくる。千里が高岡に行っている間28-31日および1月1日昼までのローキューツの練習は《こうちゃん》が代理を務め、誠美が闘志を燃やしていた。
 

一方ウィンターカップでは旭川N高校はシードされていて23日は不戦勝であった。24日が初試合となったが、宮崎県の高校に快勝して3回戦に駒を進めた。
 
BEST16(24日の試合に勝った所)は下記のチームである。
札幌P・福岡W・東京T・宮城K・愛知J・山梨F・山形Y・市川A・岡山E・静岡L・旭川N・愛媛Q・岐阜F・金沢T・大阪E・東京U
 
強豪が順当に勝っている。
 
高梁王子を擁する岡山E女子高は1回戦はむろん不戦勝であったが、2回戦で22-138という破壊的なスコアで勝った。高梁はこの試合で1人で60点取り、ウィンターカップの1試合での個人得点記録を大幅に塗り替えた。
 
またチーム138点、得点差116点というのも、1試合でのチーム得点の新記録である。これまでの最高得点は1987年3月の大会で昭和学院が記録した134点、最大点差は1973年3月の大会で東京成徳が記録した84点(34-118)である。
 
(この大会は1986年度までは3月に行われていた。1987年度から12月に移動し“ウィンターカップ”と呼ばれるようになった)
 
この日のE女子高の相手は1回戦で関東のチームに30点差で勝っていたチームだったのだが、この試合では選手がみんな泣きながらプレイしていて監督も顔面蒼白だったらしい。
 
愛知J学園の小池シンシアはU16アジア優勝の勢いに乗って1人で51点取り、これはそれまでの1試合での個人得点最高記録(神奈川県・富岡高校の加藤貴子が持つ51得点)に並んだのだが、その後で高梁の得点を聞き「やられたぁ」と叫んだらしい(J学園の試合が先に行われているので、小池は一時的にタイ記録になっている。協会から表彰状をあげると言われたものの辞退した)。
 
山梨F学苑は吉田愛美がゴール下を完全に支配して30点差で勝利している。
 
24日は点差の大きな試合が多かった。
 
(なお、史実では1試合得点記録は2011年に札幌山の手・長岡萌映子が51得点で加藤貴子の記録に並んだ後、2017年に八雲学園・奥山理々嘉が新記録の62点を取っている)
 
(ちなみに長岡萌映子は実は佐藤玲央美のモデルの1人である)
 

25日、旭川から100名ほどの応援団が到着する(この応援団の費用に関しては千里が交通費だけを負担し、宿泊費と食費は自己負担となった)。昨日の試合ではベンチ枠外の1年生部員がチアの衣裳を着て応援していたのだが、今日はN高校の生徒会で組織したチアが主体になる(1年生部員も引き続きチアをする)。
 
この日の相手は強豪の愛媛Q女子高である。N高校の松崎由実と一緒にU19世界選手権で代表チームのセンターを務め世界7位に貢献した小松日奈がキャプテンである。
 
ふたりとも気合い充分で、試合前にはお互い睨み合っていた。
 
ゲームは二転三転のシーソーゲームとなる。第4ピリオド残り6秒で1点差の場面で小松日奈が2点を入れて3点差とし、勝負あったかと思われたが、そこから宮口花夜のブザービーターとなるスリーで追いつき延長戦となる。
 
延長戦では一時期Q女子高が6点差を付けたが、そこから松崎由実1人で6点取って追いつき、最後は倉岡鱒美がフリースローを1本入れて88-89で勝利した。
 
試合が終わった後で、小松と松崎はハグし、お互いに涙を流していた。
 

この日の結果は下記である。
福岡W×−○札幌P
宮城K×−○東京T
山梨F×−○愛知J
市川A×−○山形Y
静岡L×−○岡山E
愛媛Q×−○旭川N
金沢T×−○岐阜F
東京U×−○大阪E
 
愛知J学園と山梨F学苑の試合では体格の良い小池シンシアと吉田愛美のヘビー級対決となったが、日本代表活動での経験で自分より更に体格の良い相手とも多数経験を積んでいる小池が吉田に勝利。試合も10点差でJ学園が勝った。
 
岡山E女子高は強豪の静岡L学園をトリプルスコアで破って勝ち上がった。今日の静岡L学園の監督も顔面蒼白で、生徒たちに心配される状態だったらしい。
 
これでBEST8が出そろった。
 
札幌P高校・東京T高校、愛知J学園・山形Y実業、岡山E女子・旭川N高校、岐阜F女子・大阪E女学
 
なお、静岡L学園の監督も、昨日E女子高に大敗した学校の監督も辞表を書いたらしいが「相手が悪すぎたよ」と言われて、どちらも慰留されたらしい。
 

そして26日準々決勝での旭川N高校の相手はその岡山E女子高であった。
 
インターハイでは準決勝で当たったのだが、今回は準々決勝で当たってしまった。
 
この試合で松崎由実は1人で高梁王子に対抗した。E女子高に高梁以外にも強い選手が育ってきているので、ダブルチームを掛ける訳にはいかないのである。
 
由実はインターハイの時同様、かなり王子を停めた。王子も進化していたが由実も進化していた。王子がかなりイライラしている様子が見てとれたが、自分がファウルで退場になるとチームが負ける可能性があるので、かなり我慢していた。このあたりは彼女の精神的成長が窺える面である。
 
しかしE女子高は雨地月夢も翡翠史帆も頑張ったし、何よりも由実が高梁に専念していたおかげで、リバウンドはE女子高の182cm桃山由里がほとんど取ってしまい、全体的には大きく競り負けた。
 
結局85-70の15点差負けとなった。
 
試合終了後、また松崎由実は意識を失ってしまったが、担架が運び込まれてくると「大丈夫です」と言って、自分で起き上がり、ちゃんと最後の挨拶はすることができた。
 
しかしこれで松崎由実の高校バスケットは終わったのである。
 

敗戦したので応援団はこの日の最終便で旭川に帰ることになる。しかしバスケ部員は最終日まで試合を観戦する。
 
この日の試合結果
 
東京T高校×−○札幌P高校
山形Y実業×−○愛知J学園
旭川N高校×−○岡山E女子
大阪E女学×−○岐阜F女子
 

27日は準決勝2試合が行われる、
 
岐阜F女子−岡山E女子
札幌P高校−愛知J学園
 
第1試合では岡山E女子高が岐阜F女子高にダブルスコアで勝った。
 
F女子高の八幡監督は打つ手が無いようで「参った」という顔をしていた。
 
第2試合では札幌P高校の正センター真中ミドリ(185cm 90kg)が物凄く頑張りU16日本代表センターの小池シンシアに競り勝って愛知J学園を倒した。真中は評価急上昇である。
 
この日は試合が午前中で終わったので、午後からN高校が昨日負けた他の3チームに呼びかけて交流戦をした。全チーム宿泊は27日晩まで確保している(但しY実業とE女学院はベンチ枠外の部員の多くが帰っていて、ベンチ枠の選手と来季のベンチ枠候補の数人のみが残っている)。
 
会場はV高校の体育館を想定していたのだが、東京T高校(東京北区)が「うちの体育館を使いましょう」と言ってくれたので、そちらで試合をした。ベンチに座らせる人数は自由!にしたので山形Y実業も大阪E女学院も残っている選手を全員座らせていた。
 
13:30-15:00 旭川N−東京T 山形Y−大阪E
15:30-17:00 旭川N−山形Y 東京T−大阪E
(夕食)
19:00-20:30 旭川N−大阪E 山形Y−東京T
 
しかし1日3試合で、しかもお互い強豪相手で、全員くたくたになり
「本戦よりきつい」
という声も出ていた。
 
なお東京T高校は地元なので全部員いるし、旭川N高校も全部員が居残っているので両者のチーム枠外メンバーが審判やTO・掃除係を務めた(旭川N高校と東京T高校の試合では東京T高校の男子バスケ部員が審判とTOを務めてくれたが掃除係はN高校・T高校の女子部員が共同で務めた)。
 

さてウィンターカップ本戦であるが、28日の決勝戦は札幌P高校と岡山E女子高で争われたものの、思わぬ大差が付いてしまった。
 
インターハイでも札幌P高校は高梁に打つ手無しという感じであったのだが、今回の試合では高梁も完全には停めきれないし、高梁に気を取られていると雨地や翡翠にやられてしまうので、結果的にまさかのダブルスコアで岡山E女子高が優勝した。
 
結局今年の岡山E女子高は、準々決勝で当たった旭川N高校以外との全ての試合をダブルスコア以上で勝ったのである。
 
あまりにも圧倒的な強さであった。
 

高梁は得点女王とMVPに輝いた。リバウンド女王は小池シンシア、アシスト女王は翡翠史帆だが、翡翠は得点ランキングでも5位に入っている。
(得点は2位小池シンシア、3位松崎由実、4位久保田希望)、スリーポイント女王は雨地月夢が取り、E女子高が個人成績の上位を独占した。ベスト5は、高梁・小池・雨地・翡翠に松崎由実と発表された。準々決勝で敗れたチームからのBEST5選出は異例だが、松崎由実以外に高梁王子を停めた選手がいなかったことからの高評価であった。
 
またこれで岡山E女子高はインターハイとウィンターカップの二冠である。
 
なお、国体は旭川選抜が優勝している。高梁が年齢制限で国体少年女子の出場資格は無かったので岡山選抜は愛知選抜(愛知J学園)に負けてBEST8に留まっている。今回E女子高はそのリベンジがしたかったようだが、残念ながらJ学園との対戦は無かった。
 
今回のウィンターカップでは、高梁があまりにも強すぎたので、バスケ協会でインターハイ・ウィンターカップの出場資格に年齢制限を入れるべきではという意見も出たものの、病気で休学して1年遅れたりした人のことなども考えると制限は入れられないという結論になったようである。現状の「1学年につき1回だけ」の規定を維持する。
 
アメリカなどにバスケ留学する生徒は以前から居て、結構な実績を残している。将来の日本代表の育成を考えると、留学はむしろ推奨したい。
 
恐らく高梁のような選手自体が十年に1度の逸材だし、その選手が留学のため1年遅れたというのは恐らく20-30年に1度のケースであろう。彼女の場合は所属していた高校のバスケ部が学校側の事情で解体されてしまったという気の毒な事情があったことも考慮されたようである。
 

12月28日朝。東京駅そばのバス発着場で、花見啓介は2年ぶりに母と再会した。同席した谷繁が冬子にその旨メールすると、冬子からは昨日話した通りにお願いしますという返信があった。
 
取り敢えず、両親が暮らしている板橋区内の1Kのアパートに行く。
 
「引っ越したというのは昨日聞いてたけど、こんな狭いアパートなんだ!」
「お前が放置した賠償金を払うのに、できるだけ安い所に移ったんだよ」
「ごめん!」
 
積もる話はあるだろうけど、現実的な問題が差し迫っていることを谷繁は説明した。
 
「お父さんはすぐにも入院させて手術を受ける必要があるんだけど、医療費を支払えるメドが立たないので延ばし延ばしにしている。それから例の賠償金はこれまでお父さんが毎月払ってきていたのだけど、勤務先の倒産とご病気で支払いが滞ってしまった。先方は娘さんが結婚することになったこともあって、結婚前に決着を付けておきたいから、残りは一括で払って欲しいと言っている」
 
「うっ・・・」
 
「賠償金が払えなくて、実はサラ金に借金をしていた。その支払いが滞っているから、督促の電話が頻繁に掛かってきている」
 
「ほんとに御免!」
 

「あんた、埼玉で働いていたのなら、そこに復職させてもらう訳にはいかないの?」
と母が言う。
 
啓介は一瞬考えたものの、それしかないと決断。すぐ元の勤務先に電話を入れた。すると元上司の課長さんが出て
 
「どこに行ってたんだ?心配したぞ。やる気があるなら今から出て来い」
と言う。
 
それですぐに母同伴でそちらに赴き、“無断欠勤”を陳謝した。課長さんは有休を使えるところまで使い、残りを欠勤で処理してくれていたのである。
 
啓介は12月8日の午前中まで勤務していて、お昼休みに外に出たあと唐突に「辞めます」という電話だけで居なくなり、今日28日は取り敢えず顔を出した。それで9日から27日まで休んだことになるらしい。その間の出勤すべきだった日数は12日である。その内10日間を有休で処理して残り2日を欠勤扱いにする。8日は早退。今日は遅刻である。
 
それでその日からの職場復帰が決まった。同僚たちに
「申し訳ありませんでした。戻ってきました。頑張りますので許して下さい」
と謝り、その日の午後からすぐに勤務に戻ることになった。
 
「あ、そうそう。お前、ボーナスもらう前に居なくなるからボーナス渡しそこねていたじゃんか。あと、今月分の給料も渡してないし」
 
「ボーナスがもらえるんですか・・・それにお給料も?」
「そりゃ給料もボーナスももらわなかったらタダ働きじゃん」
 
ボーナスと給料はお母さんに渡し、取り敢えず滞っている支払いを頼むと言った。それでまずは不動産会社に行き滞っていた家賃を支払う。また水道代、電気ガス、電話代、国民健康保険、国民年金の滞納分も払った。しかしこれでほぼ無くなってしまった!
 

「でも賠償金どうしよう。あとサラ金の借金も」
とその日仕事を終えて帰宅してから啓介は言った。
 
「それについては唐本が自分が一時的に立て替えておいてもいいと言っている。お母さん、サラ金とかの借金は合計いくらあるんですか?」
と谷繁は言った。
 
借金の額に関してはお母さんも不確かだったので、谷繁および冬子の代理で来てくれた、法学部に通学している木原正望の2人で調べ上げて行った。
 
「お母さん、これ以外の所からは借金してませんか?お友達とか親戚から借りているものも全部出して下さい」
 
この時点で谷繁と木原は啓介を自己破産させる手も考えていたのである。
 
それで1時間ほどで借金の額がまとまる。
 
「サラ金はどうする?引き直す?」
と谷繁が木原の顔を見て言う。
 
「サラ金の部分は150万。金額も少ないし、借りたのがここ2年ほどで年数が経ってないから引き直しても20-30万しか減らないと思います。それでも弁護士報酬は15万くらい払わないといけないです」
 
「意味が無い気がするな」
「だったら引き直しせずに清算しますか」
「その方が良いかも」
 
サラ金以外に友人や親戚から借りたお金が200万ほどあった。また啓介が高校・大学で借りていた奨学金が大きかった。彼は高校3年間の奨学金、大学の入学準備金、大学1年の間の奨学金で合計400万円ほど借りており、賠償金の支払いを優先したことから、そちらの返済が滞ってしまい期限の利益を喪失して残額の一括返済を求められていた。
 
「すると支払うべき金額は損害賠償の残額350万、サラ金150万、友人親戚200万、奨学金400万の合計1100万円か」
 
「じゃこれを唐本にお願いできる?」
と谷繁が木原に訊く。
 
「OKOK」
 

それで木原が冬子に電話して冬子は明日の朝1番に1100万、啓介の口座に振り込んでくれることになった。それで明日は谷繁・木原・啓介の母で借入先を回り、借金の清算をすることにした。
 
実際には冬子の顧問弁護士さんが、付き添ってくれた。
 
サラ金のカード、クレジットカードも返却して解約。また解約したサラ金屋さんには、勧誘の電話を掛けないようにして欲しいと要望をしておいた。たとえ遅延があっても完済した客にはサラ金はしつこく新たに借りないかと勧誘の電話をしてきがちだ。
 
クレカが無いと通販などで困るので、別途スルガ銀行のVISAデビットを作ることにする。これなら残高のある分しか使えないので絶対に新たな借金を作ることはない。
 
「変な勧誘防止で、年明けに電話番号変えましょうよ」
と木原は言った。
 
「むしろ固定電話は無くてもいいかも」
とお母さん。
 
「確かに最近家電(いえでん)に掛けること少ないもんなあ」
と谷繁。
「まあ携帯に掛けるよね」
 

レイプ事件の被害者に関しては、29日夕方に本人も連れて謝罪に行った。都内のレストランで会ったが、被害者本人は来ずご両親だけであった。啓介は改めてご両親の前で土下座し、その場で賠償金の残額を現金で支払い、解決書を作成して双方署名捺印した。それで啓介の父と相手の父が握手して、この件は解決とした。
 
そこまで話が終わった所で、啓介の母は
 
「それとこれ、お嬢さんの結婚祝いに」
と言って祝儀袋を出した。名義は母の名義にしている。
 
向こうの両親は一瞬顔を見合わせたが
「ありがたく頂きます」
と言って、向こうのお父さんが受け取った。
 

冬子は念のため1200万円振り込んでくれていたのだが、清算に使ったお金は結局973万円であった。お母さんが持っていた残額を示した書類が古くて、実際の残高は少し小さかった。また友人や親戚の中には「そのお金はあげたものと思っている」と言って受け取ってくれなかった人もあった。
 
お父さんは現在白内障が進行しており視力が著しく低下している。実際問題として誰かに手を引いてもらわないと出歩くこともできない。また鼠径ヘルニアを抱えていて筋力を使う仕事ができない。更に糖尿も抱えている(これが最大の要因のようだ。心労が重なったことから糖尿を発症したのではと、後から谷繁と木原は話した)。
 
それで白内障と鼠径ヘルニアの手術費用に25万円程度確保させてもらい、残り202万円を冬子に振り替え戻した。それで啓介は998万円の借用証書を書くことにするが(1000万円未満にしたのは手続き費用節約のため)、金額が大きいので公正証書で作ることにさせてもらった。年明けにその手続きを進める。返済は原則として月5万・ボーナス月10万で合計年間80万ずつ12年半にわたる返済となる。但しお父さんは目とヘルニアが治ったらまた仕事を見つけて頑張って返すと言っているので、もう少し早く完済になる可能性もある。
 
「奨学金の返済で12年を予定していたから、それがこちらに切り替わったようなものかな」
 
とお母さんは言っていた。
 

ウィンターカップは28日まで行われていたのだが、千里はずっとローキューツの練習の方に出ていたので、22日にN高校の宿舎に顔を出しただけで試合も見に行っていない。
 
28日朝から1月1日夕方までは高岡に滞在し、1月1日夕方に東京に戻った。
 
千里が高岡に行っている間は《こうちゃん》が千里の代理でローキューツの練習に出ていたのだが、《こうちゃん》は男子なので、彼を女子の試合に出す訳にはいかない。それで高岡の桃香の実家を出てからすぐに小杉ICで高速に乗る前に彼と入れ替わって1日夕方の試合に出場した。相手は四国代表のチームだったが岬や薫に国香などといった付近を中心に運用して快勝した。センターも誠美は第1ピリオドだけに出て、後は桃子が出た。
 

貴司はバスケ部の練習は12月28日で終わったものの、会社の仕事の方が終わらず、12月30日の午前中まで仕事をしていた。それで留萌に帰省しようとしたが、当然どこも予約は取れない。それでこうやって帰省した。
 
新大阪12/30 12:47(のぞみ230)15:23東京15:40(やまびこ67)18:52盛岡
盛岡19:26(はやて35)20:33新青森20:47-20:53青森22:42(はまなす)12/31 6:07札幌札幌6:52(スーパーカムイ1)7:54深川8:05-9:00留萌
 
実は会社から新大阪駅に直行しており、自宅に戻っていない。新幹線自由席で東京に移動し、盛岡行きの《やまびこ》に飛び乗る。
 
この時期は東北新幹線は新青森までつながっているので、本来なら新青森行きの《はやぶさ》か《はやて》に乗ればいい。ところが困ったことにこの2つは全席指定である。普段なら全席指定であっても、立ち席特急券を買ったら乗車できる。しかしこの時期は立ち席特急券も全て売り切れである。それで自由席のある《やまびこ》が頼りだったのである。
 
自由席の乗車率が200%を越えていたが、何とか乗せてもらえて盛岡まで行った。貴司の少し後でチケットを買おうとした家族連れが断られていたので、貴司がチケットを買えた最後に近かったようである。
 
盛岡から先は、《IGRいわて銀河鉄道》《青い森鉄道》を乗り継いで青森までいくことも覚悟していたのだが、盛岡駅で尋ねてみたら後続の《はやて》の立ち席特急券を発行できますよということだったので、それに乗って新青森まで辿り付き、ローカル線で青森駅に移動する。
 
貴司は青森駅の窓口で《はまなす》の自由席券が発行できないか尋ねてみるが、既に発行制限が掛かっていて出せないという。それでフェリーで函館まで行こうと思い、駅を出ようとした。
 
ところがここで50代くらいの男性から声を掛けられる。
 
「君、はまなすに乗りたかったの?」
「はい。帰省するのに」
 
「実は僕、はまなすの指定券を持っているんだけど、急用ができて、青森で降りないといけなくなったんだよ。これを君に譲ろうか?」
 
「ほんとですか!?」
 
「キャンセルするとキャンセル料ももったいないし、乗車券は無駄になるしと思ってたんだ。君が使うなら、実費でどう?」
 
「買います!」
 
それで貴司はその乗客から、東京→札幌の乗車券(既に青森まで使用済み)と、はまなすの指定席券を東京・札幌間の《はやぶさ》《はまなす》乗継21950円、東京・青森の料金16870円の差額で5080円で買い取ったのである(実際には80円の端数は要らないと言われたので5000円だけ払った)。貴司が代わりに自分の大阪市内→青森の切符とはやての立ち席特急券を渡したので、その男性はその切符で改札を出て行った。
 
そういう訳でこの人のお陰で貴司ははまなすの指定席でぐっすりと眠ることができて、12月31日の朝留萌に戻ることができた。
 
早朝の務めだけ終えていったん自宅に戻ろうとしていた保志絵が貴司を駅で拾ってくれた。
 

貴司が帰って来た所でまだ寝ていた美姫(高2)も起きてきた。保志絵が今夜は神社で徹夜になることから、1日早いがお正月をやってしまおう!と言い、おとそを飲んで「明ける予定でおめでとうございます」などと言い、雑煮とおせちも食べた。
 
おせちは神社に出入りしている仕出し業者の担当さんがノルマに苦しんでいたので3個買ってあげたものの2つである(1つは千里の母にあげた)。
 
「新幹線と《はまなす》の乗り継ぎか。大変だったね」
と理歌。
 
「はまなすは偶然、予定を変更して青森で降りることになった人から譲ってもらった」
「運が良かったね」
 
「しかし遅くまで仕事してたんだな」
と父が言う。
 
「仕事が昨日の午前中にやっと片付いたから。下手すると韓国出張が入るかもと思ってたけど、そちらは課長が自分が行ってくるからと言ってくれたんで」
「課長さん大変だ!」
 
「こちらも疲れ果てて、もう帰省するのやめようかとも思ったんだけど、父ちゃん・母ちゃんと話しておきたいことがあったから」
 
「だったら私たちは遠慮しようか?」
と理歌が言う。
「兄貴とうとう性転換手術でも受ける?」
と美姫。
「何のために〜〜!?」
 
「いや、今年いよいよい千里と結婚しようと思っている」
と貴司が言うと
 
「あんたたちまだ結婚してないんだっけ?」
などと保志絵が言う。
 
「まだしてないけど、お互いにほぼ夫婦の意識を持っているつもり。今年の内に籍だけ入れてしまって千里には大学卒業したら大阪に来てもらって一緒に暮らそうと言うつもり」
 
「ああ、いいんじゃない?」
 
「だから年明けにあらためてプロポーズして、その後夏くらいに結納して、年末くらいに結婚式をあげて籍も入れようと思うんだけど」
 
「年末まで伸ばすの?夏くらいに結婚式あげたら?その時期は卒論で忙しくない?」
「理学部は卒論は無いんだよ。でも千里は日本代表の活動で春から夏に掛けては全くゆとりが無いと思うんだよね。それにどうも僕まで日本代表に招集されそうで」
 
「へー!凄い」
 
「だからそちらが落ち着いてから7月くらいに結納かなとも思っている」
「じゃそのあたりは双方の活動の日程がハッキリしてからかな」
 
「うん、そうなると思う」
 

「千里はお父さんのことを懸念しているみたい」
「何か問題あるんだっけ?」
 
「千里のお父さんは、そもそも千里が性転換していること自体を知らないんだよ」
「なぜ?」
 
「千里は少なくとも高校生の頃はもう完全女子生活になっていたから、本人としてもお父さんは何も言わなくても自分のありようを黙認してくれているものと思っていたらしい。ところがどうも千里が普通に男として生活していると思い込んでいる感があって」
 
「武矢さん、にぶいタイプみたいだしなあ」
と望信も言う。
 
「あの子性転換手術を受けた時はお父さんの同意取ってないの?」
「そのあたりはハッキリ言わないけど、あいつ親の同意書を偽造して手術を受けたんじゃないかと思う」
 
「それで兄貴が代わりに付き添いしたんだっけ?」
「何か友人関係でそういう噂が広がっているみたいだけど、あいつ僕も知らないうちに性転換してたんだよ」
 

「千里ちゃんは、もう戸籍上も女性なんだよな?」
と望信が確認する。
 
「いやそれがまだ戸籍の性別は直してないみたいで。だからすぐ直してもらうよう言うよ」
「あれ直すのにどのくらい日数掛かるの?」
「だいたい申請してから1ヶ月くらいらしい」
「だったら結婚までに性別は変更しておけばいいのね」
 
「ただ千里は性別Fのパスポートを持っているんだよね」
「なぜ?」
「性別女と書いて申請書出したら女で発行されたと本人は言っている」
「いや申請書に女で出しても、戸籍が男なら男で発行されると思う」
 
すると保志絵が言った。
 
「私千里ちゃんの戸籍謄本を見たことがある」
「え?そうなの?」
「千里ちゃん、ちゃんと長女って書いてあったよ」
「あれ?だったらもう性別修正したのかな?」
「それいつ見たの?」
「去年の6月に宝蔵さんの三回忌した時だよ。千里ちゃんが落とした書類を拾って。その時、いけないとは思ったんだけどチラリと見たら、確かに千里ちゃんは長女と書かれていた」
 
「ほんと?あいついつの間に性別変更したんだろう?」
と貴司は言っている。
 
「実は最初から女の子だったのだったりして」
と理歌。
 
貴司は腕を組んで考え込んだ。
 
「実はその疑惑は最初からあったんだよね。あいつは今既に間違いなく女の子の身体なんだけど、いつ性転換手術を受けたのか、どうも分からなくて」
 
「高校1年の夏休みに手術したと言ってなかった?」
 
「うん。それがあいつ高校1年の6月にドーピング検査を受けているんだけど、その時、女性の検査官に検査されているんだよね」
と貴司。
 
「ん?」
 
「僕も受けたことあるけど、ドーピング検査で尿を採取する時って、ほぼ裸になっておしっこをしている所を検査官が確認しないといけないんだよ」
 
「うっそー!?」
 
「そうしないとパンツの中に他人の尿を隠し持っていて、そちらから出して渡す奴とかがいたから」
「わぁ」
 
「だから必ず同性の係官が検査することになっている」
 
「ということは?」
「だから高校1年の6月には女の身体だったということになる」
 
「じゃもしかして中学生の内に手術受けたんだったりして?」
 
「あり得ると思っている。千里が高校1年の4月に僕たちは初めてセックスしたんだけど、僕は普通にあの子に入れた気がした。本人は今のはスマタだって言ってたけどね。そもそもあの子が中学2年の夏に僕は初めてあの子のヌードを見たけど、その時点でも女の子の身体にしか見えなかった」
 
「じゃ中学2年までには性転換したんだ?」
と理歌は言うが、保志絵は腕を組んで考えている。
 
「あの子が中学1年の夏、一緒に伊勢の神宮に研修に行ったんだよね」
と保志絵は言う。
 
「あ、その話は聞いた気がする」
「あの時、私は用事があって別行動になったけど、あの子一緒に行った女子の研修者と一緒にお風呂に入っているんだよね。それで騒ぎになっていないということは、あの時、既に女の子の身体だったのではと思うのよね」
 
「だということは、中学1年の時には既に性転換済みだった?」
 
「もしそうだとしたら、僕が千里と出会ってつきあい始めた時、あいつは既に女の子の身体になっていたのかも知れない」
 
「でも小学生で性転換手術してもらえる?」
 
「もし小学生でそういう手術をするなら、半陰陽のケースだと思う。それならお父さんがそれを知らないはずは無いんだよね」
 
「結局そのあたりは謎だよね」
 

年明けて1月1日。
 
貴司は東京行きの便は早めに確保していたので、普通に移動することができた。理歌に車で深川駅まで送ってもらい下記の連絡を使う。
 
深川1/1 11:17(スーパーカムイ20)12:20札幌13:10(エアポート130)13:46新千歳空港新千歳空港14:35(SKY716)16:15羽田空港→浜松町/大門→17:36国立競技場
 
それで東京体育館には17:45頃に到着したが、混雑しているので千里たちローキューツのメンツを見つけたのは18時すぎだった。彼女たちはもうウォーミングアップを始めていた。千里と視線が合うとこちらに笑顔で手を振った。
 
この日は千里たちのチームは快勝という感じだった。実際千里も半分くらいしか出ていないし、186cmの森下誠美は第1ピリオドに出ただけだった。
 

試合の後は打ち上げをやって帰るから、アパートで待っててと言われて鍵を渡される。
 
「アパートはお友達と一緒なのでは?」
「桃香は高岡に帰省中だから大丈夫」
「へー」
 
「細川さんも打ち上げに入ってもらっていいのに」
と貴司を知っている薫が言うが、千里は
 
「女子の打ち上げで、女の子だけの秘密の話もあるから、女の子になってもらえたら参加してもいいよ」
などと言っている。
 
「僕は部外者だから遠慮するよ」
と貴司。
 
「細川君久しぶり。僕みたいにスカート穿いたら参加できるよ」
と言って本当にスカートを穿いている男性は貴司も見たことがあると思ったが、溝口麻依子の内縁の夫で河合大彦さんであった。札幌Y高校の出身と聞いて「なるほどー」と思った。インターハイ予選などで何度か対決している。
 
それで結局「帰るなら西船橋駅そばのジェーソンに寄って適当に何か買っておいて」と言われて五千円札も渡されたので、言われた通り、いったん西船橋駅で降りてジェーソンに入り、適当にお総菜などを買った。
 
千駄ヶ谷21:03(総武線)21:45西船橋
 
「ビールもいいかな」
などと独り言を言って、一番絞り350mlの6缶パックを買った。
 
それであらためて千葉市内に移動した。
 
西船橋22:36(総武線)22:57西千葉
 

千里は0:30頃戻って来た。貴司はビールを1本開けて飲みながら眠ってしまっていたのを千里に起こされた。
 
「第一戦勝利あらためておめでとう」
と貴司は言った。
 
「ありがとう。前回は3回戦で負けてしまったから今年こそは優勝したいな」
と千里が言うと、貴司は目を丸くしている。
 
「どうかした?」
「いや、前回3回戦で負けたから次はBEST8進出、とかいうのなら分かるけど、目標が優勝なんだ?」
「大会に出る以上、目標は優勝だよ」
 
「やはり千里は凄い」
「そう?男なら頂点を目指さなきゃ」
「千里は女の子だよね?」
「ほとんど女の子だけど、ちんちんが邪魔だから今年の夏にタイに行って取ってくる。病院も予約したよ」
 
「ちんちんなんて無いでしょ?」
「付いてるよ。だから取るんだよ」
 
「付いているというのなら見せてよ」
「いいよ」
と言って千里は服を脱いでしまう。
 
「やっぱり付いてない」
「あれ?ここに付いてるの見えない」
「見えない。だから本当に付いてないことを今から確認するから」
 
と言って貴司は千里を抱きしめてキスする。
 
「ふーん。貴司はちんちん付いている子の方がいいのね」
「千里とであればちんちん付いていても抱けると思うけど、千里は付いてないから、このままセックスしちゃう」
「いいけど変な所には入れないでよね」
「間違い無くヴァギナに入れるから」
と言って貴司は千里を押し倒した。
 

明け方布団の中で貴司が目を覚ましたら千里も目を開けたようである。
 
「千里、オールジャパンが終わったら聞いて欲しいことがある」
「・・・いいよ」
 
 
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【娘たちの2012オールジャパン】(1)