【娘たちの2012オールジャパン】(2)

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2012年1月1日。オールジャパンの1回戦が行われ、下記のような結果になった。
 
1400 宮城TG大(大6)×−○愛知AS大(大4)
1400 ビッグS(W12)×−○宮城TG大(大6)
1540 越光女朋(北信)×−○岡山E女(高校)
1540 山形S大(大7)×−○札幌C大(北海)
1720 岡山RP大(中国)×−○神奈川J(関東)
1720 京都R大(近畿)×−○東京Y大(大5)
1900 嬢ちゃん(四国)×−○Rocutes_(社2)
1900 妃妻武士(東海)×−○千葉K大(大8)
 
渡辺純子を擁する札幌C大は、インカレ経由ではオールジャパン進出を逃したものの、北海道総合で、湧見絵津子を擁する札幌F大学とのシビアな決勝戦を制してオールジャパンにやってきた。そしてその勢いでインカレ7位の山形S大を破り2回戦に進出した。
 
Wリーグ最下位で来季は実業団に降格するビッグショックはこのオールジャパンでも初戦で大学チームに敗れてしまった。
 
大野百合絵や竹宮星乃を擁する神奈川J大学は岡山RP大学に快勝した。J大学には旭川N高校に居た海原敦子も所属している。敦子は高校時代はスモールフォワードだったのだが、J大学に入ってからはポイントガードに転向し2010年以降毎回オールジャパンに出てきている。ある意味、N高校の千里たちの学年の出世頭である。もっともスターターになったのは今年が初めてであった。
 
旭川N高校出身の佐々木川南や札幌P高校出身の宮野聖子などのいる千葉K大学は強豪がひしめく東海地区のクラブチームを倒して2回戦進出である。宮野聖子はむろんスターターであるが、川南は1年の時には3軍に居たものの、2009年冬の旭川N高校合宿で刺激を受けて、その後、頑張って1軍まで這い上がった。昨年はチーム自体がオールジャパンに出られなかったものの今年は出てきて、スターターではないもののベンチに座っているから大したものである。
 
そして高梁王子を擁する岡山E女子高は、北信越のクラブチームをトリプルスコアで破って2回戦に進出した。このチームは「穏やかに勝つ」という道を知らない感じである。常に全力投球である。客席からは「すげー!」とか「恐ろしい!」といった声が聞かれていた。
 

2012年1月2日(振)。オールジャパンは2回戦が行われる。
 
今日の千里たちの相手はインカレ1位のW大学である。千里が高校3年の時に千里を勧誘した大学でもあり、現在関東実業団のJP運輸に入っている旭川N高校出身の田崎舞や千里と日本代表で一緒になった月野英美が所属していたチームであり、また高校時代は北海道で千里とスリーポイント争いをしていた札幌P高校出身の伊香秋子が所属しているチームでもある。
 
W大学監督の中久さん自身が元々千里を高く評価しており、また伊香秋子は当然、千里・麻依子・薫・誠美などの恐ろしさを知っているので、ローキューツに対して最大限の警戒をしてきた。
 
向こうのエース・三村さんが最初からピタリと千里に付き、厳しいマークをした。そのおかげで、第1ピリオドでは千里のスリーが1本に留まり、スコアも18-16とW大学側がリードしていた。
 
しかし第2ピリオドで千里が激しく動き回ると、次第に三村さんの足が停まり始める。ついに第2ピリオドの途中から千里が彼女を振り切るシーンが出てきて、このピリオドでは千里はスリーを3本入れ、スコアも16-21として、前半合計34-37と逆転した。
 

ハーフタイムを経て、第3ピリオド。前ピリオドより更に激しく動き回る千里を三村さんが全然追い切れない。ついに交代して、3年生で180cm近くある永田さんが出てきた。彼女を見た時どこかで見た記憶があったのだが、どうも高校の時に1度対戦したことがあったようである。
 
彼女はここまで試合に出ていなかったので、元気いっぱいであった。しかしさすがに三村さんほどはうまくない。あっさり千里のフェイントに引っかかってしまう。千里を全然停めきれないので、結局3分で交代することになる。
 
それで伊香秋子が出てくる。秋子は最初から必死の形相であった。
 
過去に対戦経験があるゆえに、千里の癖については結構分かる。簡単にはフェイントにひっかからない。しかしスピードで千里に全然かなわない。千里がダッシュするとどうしても置いて行かれる。
 
それで結局このピリオドは相手選手の誰も千里を停めることができず、千里はスリーを5本放り込んで点数も14-26と大差が付いてしまった。ここまで合計48-63である。
 
第4ピリオド。結局三村さんが復帰して千里と対抗する。やはり彼女が一番千里を停めた。それでも彼女は前半ずっと出ていて体力を消耗しきっている。第3ピリオドの途中とインターバル合わせて10分近く休んではいるものの、全くスピードや瞬発力が衰えない千里に付いてこれない。
 
結局このピリオドも千里はスリーを3本入れて、点数は18-24となり、合計点数66-87の大差でローキューツが勝利した。
 
これでローキューツは3回戦に進出する。
 
試合終了後千里とハグした三村さんは
「スタミナが凄い。完敗です」
と千里に言った。秋子も
「千里さん凄すぎるー!」
と言っていた。彼女ともハグした。
 

この日は12時からの試合で終わったのも13時半だったので、試合終了後、打ち上げを兼ねた昼食会となった。この日も河合さんはスカートを穿いて打ち上げに参加。貴司もうまく彼に乗せられて、用意されていた!貴司のウェストに合わせたスカートを穿いて打ち上げに参加することになってしまった。
 
「僕たちはスカート穿かなくてもいいんだっけ?」
と西原監督・谷地コーチが言うが
 
「おふたりは名誉女性ということで」
などと麻依子が言っていた。
 
昨日は焼肉屋さんで打ち上げをしたらしいが、今日はしゃぶしゃぶ屋さんである。黒毛和牛の食べ放題で料金は1人5000円だったのだが
 
「女子の料金でいいの?男子並みに食べる子が多いけど」
という声がある。
「いや、むしろ男子以上に食べる子が多い」
「特に試合の後だから普段の倍入る気がする」
 
「このお店は男女共通料金だから気にしなくていいよ」
と会計係の玉緒が言うと
 
「おお、それなら安心して食べられる!」
と声があがっていた。
 
実際、この日は特に試合に出たメンバーは並みの男性の3〜4倍食べたようである。
 
「明日勝てたらお寿司がいいな」
「OKOK。予約入れておく」
「負けた場合は?」
「お正月のお餅食べ放題で」
「それも悪くない気はする」
「餅だけでは寂しい。お雑煮にしよう」
「じゃ大きな鍋を持ち込んで業務用コンロでお雑煮鍋かな」
 

なお、この日、実際に打ち上げでお酒を飲んでいた“千里”は実は女子眷属の中で最もお酒に強い《びゃくちゃん:白虎》である。千里本人は実は三村さんとのシビアな対決が効いて、葛西のマンションでひたすら寝ていた。
 
『私は酔っても虎になるだけだし』
と《びゃくちゃん》。
 
『最初から虎のような気がする』
と《いんちゃん》がお約束通り突っ込む。
 
『俺は酔うとウワバミになる、と言われている』
などと《こうちゃん》。彼の本性は龍である。
 
『龍頭蛇尾ってやつか?』
と《げんちゃん》が突っ込んでくれていた。
 

打ち上げが終わった後《びゃくちゃん》と入れ替わった千里は、貴司を誘い、モノレールで千城台駅まで行き、その後、ジョギング!で体育館まで行った。
 
「ここにAUDIを駐めていたのか」
「これで帰りは心配無いから、アルコールが抜けるくらいまで練習しようよ」
「よし」
 
それでふたりでたくさん練習をした。もっとも今日の貴司は全く千里を停めきれない。
 
「貴司、飲み過ぎでは?」
「ごめん。打ち上げの後で練習が入るとは思わなかった」
「バスケ選手は日々の練習が肝心」
「肝に銘じる。だけど千里も結構飲んでなかった?」
「私はお酒に強いからね」
「凄い」
 
ふたりで3時間くらい汗を流し
「何とかアルコールが抜けたかな」
 
と貴司が言った夕方近く、お互いにアルコールチェッカーで確認すると、千里は完全にシラフ(本当は飲んでないから当然)、貴司も酒気帯び運転には問われない水準まで行っている。
 
「まあ私の方がアルコール度は低いから私が運転しよう」
と千里が言って、千葉市市街地まで行き、いつもの立体駐車場(インプは葛西に移動してもらっていた)に駐め、桃香のアパートに入る。
 
「今日はお友だちは?」
と貴司が訊くが
 
「今夜はあの子は彼女の所」
と千里は答える。
 
「彼女??千里、男子と同居してるんだっけ?」
「まさか女の子だよ。でもあの子は女の子専門で男性には興味無い」
「へー!」
「だから私は安心して同居できるんだけどね」
 
「ごめん。今一瞬意味が分からなくなった」
「男なら細かいことは気にしない」
と言いつつ、桃香と時々セックスをしてしまっている問題については千里は少し後ろめたい気持ちがある。
 

1月2日の結果。左側が1回戦から勝ち上がったチーム、右が2回戦から登場したチームである。
 
愛知AS大(大4)×−○ステラS(W8)
宮城TG大(大6)×−○茨城TS大(大3)
岡山E女(高校)○−×大阪HS大(大2)
札幌C大(北海)○−×Fロースト(W11)
神奈川J(関東)○−×クレンズ(九州)
東京Y大(大5)×−○Bバニーズ(W9)
Rocutes_(社2)○−×東京W大(大1)
千葉K大(大8)○−×ハイプレ(W10)
 
茨城TS大学には松前乃々羽・中嶋橘花・中折渚紗・前田彰恵・橋田桂華といった強烈な面々が居る。現在彼女たちは3年生だが、この5人の実力は上の学年の部員を凌駕しており、現在彰恵が3年生ながら部長を務めている。大学チームではあっても実業団並みの力を持っていて、宮城TG大に圧勝した。
 
渡辺純子たちの札幌C大、大野百合絵たちの神奈川J大、佐々木川南たちの千葉K大はいづれも勝っている。昨年度ローキューツに居た小杉来夢の所属するハイプレッシャーズは川南たちのK大に敗れている。
 
そして高梁王子の岡山E女子高は今日も大学生チームにダブルスコアで勝って3回戦進出である。
 

1月3日。この日からオールジャパンは代々木第1・第2に舞台を移す。この日のローキューツの試合は19時からで、相手はWリーグ1位、つまり日本国内の女子チームで最強の《サンドベージュ》。三木エレンが所属するチームである。他に山西遙花と宮本睦美は日本代表で千里と顔を合わせている。
 
試合は13時からの本日第1時間帯だ。
 
「ですから、このチームはプロ並みと思った方がいいです」
とキャプテンの三木エレンは前日、監督に訴えた。
 
「えぇ?それはさすがに買いかぶりじゃない?たかがクラブチームじゃん」
「とにかくシューターの村山千里は恐ろしい選手ですし、森下誠美はゴール下で圧倒的です」
 
「そんな強いチームならクラブチームじゃなくて少なくとも実業団にはなってるでしょ? オールジャパン出てくるのも初めてだし。しかも社会人2位だよ。本当にプロ並みに強いのなら1位で上がってくるでしょ」
と監督は言う。
 
三木があまりに熱心に訴えるので、千里を代表チームで見ている山西と宮本にも訊いてみた。
 
「そうですねぇ。まあうまい選手とは思いましたけど」
と山西。
「2010年は日本代表候補として召集はされましたけど、三木さんとエレクトロウィッカの花園亜津子が代表になって彼女は落ちていますし」
と宮本。
 
「2011年はシューターを3人入れるという方針になって彼女も入れられましたけど、スリーポイント女王は花園亜津子が取ってますからね」
 
「まあ三木エレン、花園亜津子に次ぐ、第3のシューターという所じゃないですか?」
 
宮本は実は2009年に千里とエレンのシュート対決を見ているのだが、そのことはこの時点ですっかり忘れていた(エレンもその時宮本がいたことを忘れていた!)。
 
それで結局、監督は
「そんなに警戒すべきというなら、君がその村山君を押さえなさい」
とエレンに言った。
 
また誠美についても
「身長184cmというのは確かに大きいけど、エレクトロウィッカに入りはしたものの、すぐクビになっているから大したことないと思う。この子は高見、君に任せる」
などと監督は言い、182cmの高見も
「身長差2cmなら大丈夫ですよ。押さえてみせます」
と答えた。
 

そういう訳で、サンドベージュ側は三木以外の全員がローキューツを舐めた状態で試合は始まったのである。
 
両軍のスターターはこのようであった(括弧内の数字は生年度)。
 
SB PG.田宮寛香(1986)/SG.三木エレン(1975)/SF.山西遙花(1978)/PF.宮本睦美(1981)/C.高見稚奈(1980 182cm)
RC PG.馬飼凪子(1991)/SG.村山千里(1990)/SF,五十嵐岬(1991)/PF.溝口麻依子(1990)/C.森下誠美(1990 公称184cm)
 
ティップオフは誠美と高見でおこなうが、高見はギョッとした。
 
『嘘つきぃ!こいつ絶対184cmじゃない!188cmくらいあるじゃん!!』
 
それでもう気合いで負けていた。誠美がその身長に加えて強烈なジャンプ力で遙かに高い所でボールをタップ。凪子がボールを取って速攻である。
 
さすがに相手側の山西が戻るものの、凪子は軽やかなステップで山西を抜くとそのままレイアップシュートに行った。
 
これがきれいに入って0-2.
 
試合はローキューツが試合開始後わずか5秒で2点取って始まった。
 

このスターティングメンバーではお互いマンツーマンの守りになった。
 
田宮−凪子、三木−千里、山西−岬、宮本−麻依子、高見−誠美という組合せである。
 
その中で比較的拮抗したのは、日本代表経験者の山西・宮本と、岬・麻依子の所だけである。経験では山西・宮本が上回るものの、若さと運動能力では岬や麻依子が上回る。それでこの組合せはかなりいい勝負になった。
 
高見と誠美のセンター対決は誠美の圧勝である。体格的にもジャンプ力も、そしてスピードも誠美が上回っている。体力的にも31歳の高見は21歳の誠美に付いていけない。
 
ポイントガードの所でも100mを13秒で走る俊足の凪子に、田宮が付いていけない。簡単に振り切られてしまうし、また追いつかれる。死角からボールを奪うのも凪子はうまいので、田宮は大量のターンオーバーを献上することになってしまった。田宮は札幌P高校の出身、凪子は旭川L女子高出身ではあるが、学年が5つ違うので両者は北海道では対戦したことが無かった。
 
そして千里は三木エレンを圧倒した。
 
まずサンドベージュ側のパスが三木に到達しない。ほぼ千里がカットしてしまう。何とか三木にボールが渡っても、三木はそもそもシュートできないし、何とかシュートしても、全部千里が叩き落としてしまう。
 
逆に三木は千里のシュートタイミングを全く読めずほとんどフリーに近い形で撃たれてしまった。
 
それで第1ピリオドは8-32というクワドゥルプルスコアになってしまい、観客席のサンドベージュ応援席は呆然としてお葬式のようになっていた。
 

サンドベージュはローキューツを全く研究していない。それでとんでもない大差を付けられても、とりあえず第1ピリオドと第2ピリオドの間のわずか2分のインターバルには対策を思いつけない。
 
結局個々のマッチングで競り負けているというので監督はゾーンを指示した。
 
Wリーグ女王のサンドベージュが、聞いたこともない名前の社会人チームにゾーンを組んだのを見て、観客席がざわめいた。
 
しかし単純なゾーンは当然スリーの餌食である。
 
それにはすぐ監督も気付き、三木エレンを千里のマーカーに出す、ボックス4のゾーンに切り替えた。
 
しかし4人のゾーンは5人のゾーンより脆い。誠美の強引な突破を防げない。31歳の高見には体力的に辛かったかと考えた監督は27歳で、背は低くてもガッチリした体格の吉野を投入したが、彼女も誠美を停めきれない。
 
「だめだぁ。まるで男子選手みたいにパワーがある」
と吉野はこぼしていた。
 
このピリオドで岬・麻依子に代わって出ている国香・薫も、相手が誠美に警戒しているその隙を狙って、たくみに中に飛び込んで得点を重ねる。むろん進入にばかり警戒すると千里のスリーが飛んでくる。千里の動きは緩急が大きく、エレンは千里に全く付いていけず簡単に振り切られていた。
 
そういう訳で第2ピリオドも12-24のダブルスコアで、前半合計20-56である。
 

ハーフタイムの間にサンドベージュの控室ではかなり激しい議論が起きたようである。あらためて三木エレンはローキューツの各メンバーの簡単な特徴を説明した。
 
「選手各々の実力では、こちらが遙かに上なんです。それを忘れないで下さい。だから村山と森下さえ押さえたら、勝てるんです」
とエレンは力説した。
 
それで千里を押さえる係はまだ入社1年目だが瞬発力のある平田徳香が担当し、森下はやはり吉野以外にできる人がいないということで、吉野が頑張ることにする。
 
しかしこのピリオドではローキューツは誠美を休ませ、桃子を出した。
 
すると吉野と桃子では筋力は吉野があっても、身長で桃子の方が6cmも上回っているのでリバウンドはほとんど桃子が取ってしまう。桃子も旭川の強豪A商業の出身で、プロとの対戦経験は無いものの、結構な修羅場をくぐってきており、気合い負けしない。吉野は張り切って出て行ったものの肩すかしを食った感覚である。
 
一方平田は確かにこの試合の中では最もよく千里に対抗した。千里が彼女を振り切ってフリーになるのに結構苦労する。
 
三木エレンが
「千里はほんの一瞬の意識の隙にどこかに行ってしまうんだよ。ボールのある方をチラ見でもしようものなら、その瞬間居なくなる。だから、ボールの位置とか気にせず、千里だけを見ていないとあの子は停められない」
 
と注意したので、平田はゲーム全体のことは何も考えずに千里だけを見ていた。
 
これをやられると確かに千里もかなりやりにくいのである。
 
千里は左へ右へとたくさん動き回るものの、平田は必死で付いてきた。それでこのピリオドでの千里のスリーは1本のみに留まったのである。
 
しかし前半出ていなかった元代と夢香が
「このピリオドだけで1試合分のエネルギーを使い切るつもりで行って」
と言われていたのを実行に移したので、このピリオドはほぼ拮抗した点数になった。22-18とサンドベージュが4点リードする形で終えた。
 
ここまでの合計は42-74だが、サンドベージュとしては、少しだけ点差を詰めたので、ベンチのムードが明るくなったし、応援団も頑張って声援を送る。
 

そして第4ピリオド。
 
誠美が戻る。
 
吉野は誠美につく。平田が引き続き千里に付く。サンドベージュの監督としては、千里はずっと出っぱなしなので、さすがにこのあたりで疲れてきて運動量が落ちるだろうから、そこを何とか押さえこめと平田に指示を出していた。
 
ところが千里の運動量は衰えない。第3ピリオドもひたすら走り回っていたのだが、第4ピリオドでも更に走り回る。
 
しかも右に行っては急反転して左。そして左に行ったらまた急反転・・・と思わせておいて更に左に行く、などと予測できない動きをしていくので平田は次第に反応速度が落ちていく。
 
結局最初からずっと出ている千里が疲れて動きが鈍くなる前に後半から出てきた平田の方が疲れて千里に付いていけなくなったのである。
 
結局第4ピリオドの途中から千里はかなりフリーになることができた。そこに最後のピリオドのポイントガードを務める国香から矢のようなパスがある。パスを受けたらすぐ撃つ。
 
このピリオドだけで千里は5本のスリーを放り込んだ。
 
一方で誠美は第3ピリオドを休んで体力を回復しているので、どんどん中に進入していってダンクを放り込むし、リバウンドはほとんど取ってしまう。
 
終わってみれば最終ピリオドは16-25の大差。合計58-99でローキューツが女王サンドベージュを破ってしまった。
 

サンドベージュの選手たちが呆然としてそのままベンチに戻ろうとするのを主審が注意して、きちんと挨拶をさせた。
 
サンドベージュの選手たちは誰も握手などしようとしなかったが、エレンだけが千里の肩を叩いて
 
「今日は完敗。でも次は勝つから」
と言った。
 
エレンらしい強気の言葉だなと千里は思った。
 

そういう訳で第1時間帯では社会人2位・無名のクラブチームがプロのリーグ戦1位であるサンドベージュを破るという《大波乱》が起きたのである。
 
この日最も観客が多かったのが第2時間帯(15:00-16:30)に行われた、インターハイ覇者・岡山E女子高と、社会人1位・ジョイフルゴールドの試合であった。
 
玲央美は「プリンと当たるなんて罰ゲーム」だ、などと年末に会った時には言っていた。
 
「ところでプリンは性転換するつもりとかはないかね?」
「あの子、そういう傾向は無さそうですけど。ちんちんは欲しいと言ってるけど」
 
この日は、多くの観客がE女子高は1−2回戦で大勝した勢いに乗って、社会人チームを倒して準々決勝に進出するのではと予想していた。
 

ジョイフルゴールドは、王子の相手を彼女を最もよく知っている熊野サクラにやらせた。サクラは、外国籍でオールジャパンに出場できないナミナタ・マールや、藍川さんがスカウトしてきた、昨年までJBLにいた男子選手などを相手に、ここ半月くらいずっと王子対策をしてきたのである。
 
これはかなり成功して、王子の得点力は大きく低下した(さすがにサクラにも王子を完全に停めることはできない)。スリーのうまい雨地月夢には似たタイプである昭子を当て、器用でやっかいな翡翠史帆は玲央美自身が相手する。センターで182cmの桃山由里は、母賀ローザ(184cm)が貫禄で押さえ込む。ローザは自分が出ている間は桃山に1本もリバウンドを取らせなかった。
 
試合はこのようにして相手の攻撃を食い止めている間に、池谷初美・小平京美・山形治美・近江満子などが代わる代わる出てきては得点をあげていくというパターンで進行した。
 
それでこのゲームはロースコア気味に進行した。
 
スタミナでは、王子とサクラ、翡翠と玲央美は最後までパワーが落ちなかった。雨地は元々華奢な体格なので1,3ピリオドに出たのだが、昭子も華奢で体力が無いので、ちょうどいい勝負だった。桃山は途中でローザの体力に付いていけなくなった。
 
それでこの試合は47-58でジョイフルゴールドが勝利した。
 

試合が終わった時、観客席からため息が出た。
 
多くの観客は、やはり高校生は社会人のトップチームにはかなわないかと思った。
 
しかしごく一部の観客はこう思った。
「あのE女子高を押さえ込んだジョイフルゴールドというのはWリーグに来れば優勝争いをするチームだ」
と。
 

この日の結果。左側が2回戦から勝ち上がったチーム、右が3回戦から登場したチームである。
 
1300 神奈川J(関東)○−×シグナスS(W7)
1300 ステラS(W8)×−○フラミンゴーズ(W6)
1500 岡山E女(高校)×−○Jゴールド(社1)
1500 Bバニーズ(W9)×−○レッドI(W5)
1700 千葉K大(大8)×−○ビューティーM(W4)
1700 札幌C大(北海)×−○Eウィッカ(W3)
1900 茨城TS大(大3)×−○Bレインディア(W2)
1900 Rocutes_(社2)○−×サンドB(W1)
 
大野百合絵たちの神奈川J大はWリーグ下位のシグナス・スクイレルを倒して堂々のBEST8・準々決勝進出である。勝ち上がり組で勝ったのはローキューツとJ大の2つだけであった。
 
オールジャパンは「3回戦の壁」が厚いのである。
 
前田彰恵たちの茨城TS大はかなり頑張り、特に前半はリードしていたのだが、気合いを入れ直したWリーグ2位のブリッツレインディアの本気の戦いに敗れてしまった。
 
渡辺純子たちの札幌C大は、ひとりひとりの能力の高いエレクトロウィッカに力負けした。純子自身も花園亜津子が相手をして、きれいに押さえ込まれたし、ウィッカの日本代表センター馬田恵子は存在感が圧倒的であった。
 
川南たちの千葉K大もWリーグのかつての覇者ビューティーマジックに歯が立たなかった。
 

この日、ローキューツのメンバーたちは打ち上げで予約していた千葉市内の回転寿司に行き、食べまくった。お店は馴染みの所なので「こいつらは食べる」と認識しており、予めバイトさんを増員して対処してくれたようである。
 
貴司や河合さんは今日もスカートを穿いて打ち上げに参加していた。
 
なお、ローキューツのメンバーは「下流域」に陣取っていた。彼女たちが万一「上流域」に居たら、他の客は何も食べられなくなる!実際この日は調理場から出て行くお寿司はあっても1周して戻って来るお寿司が存在しなかった!
 
この日の打ち上げのお会計は17万円ほどに達していた。平均180円くらいとして940皿くらい。選手20人と監督・コーチに貴司と河合さん、それに友人やOG( 沙也加など)で編成したチア6人の合計30人来ていたので1人“平均で”31.5皿食べているが、玉緒などのようにあまり食べてない子もいるので、上の方が恐ろしい。実際誠美と河合さんが食べ比べしていた!?
 
「麻依子、彼氏が誠美と仲良くしてるみたいだけどいいの?」
「大丈夫。あいつは男には興味は無いはずだから」
「ん!?」
 
打ち上げの後は、この日も桃香が彼女の所に行き外泊中だったので、千里と貴司は桃香のアパートに泊まった。
 

もっともこの日は美緒が来ていて千里たちがアパートに戻ったときはビールを飲んでいた。
 
「あけおめ〜。お邪魔なら帰るよ」
「あけおめ、ことよろ。音とか気にならなかったら泊まっていって」
「ああ、全然気にしない。私も誰か呼ぼう。千里の彼氏さん?ビールいかが?」
などと美緒は言う。
 
「頂きます」
と言って貴司もラガービールを1缶もらって飲み始める。千里もまあいいかと思い、適当に材料を見繕って、おつまみを作る。
 
美緒は数人のボーイフレンドに電話しているようだったが、まだ帰省から戻ってきていない子が多いようだ。
 
「仕方ない。あいつでも呼ぶか」
と言われてやってきたのは紙屋君である。可愛い振袖を着ている!
 
「あれ?女の子なの?」
と貴司。
「ううん。男の子」
と美緒・千里。
 

「あけましておめでとうございます。紙屋です。取り敢えず男です」
と彼は男声で挨拶した。
 
「あけましておめでとうございます。細川貴司です。僕も男です。千里の彼氏です」
と貴司ももちろん男声で挨拶する。
 
「でも声出さなかったら女の子にしか見えない」
と貴司は紙屋に言う。
 
「この格好だと男子トイレに入りにくいのが問題なんだけどね」
「覚悟決めて女子トイレ使えばいいのに」
「女子トイレって女の子ばっかりじゃん」
という言い方はどうも女子トイレに入ったことはあるようである。
 
「そりゃ女子トイレが男であふれていたら世も末だね」
 
「じゃ女装趣味で春日さんの彼氏?」
と貴司が訊くと
「違います」
と美緒も紙屋も言う。
 
「こいつは女装しているのではなく単に女の子の服にハマっているだけ」
 
と美緒が説明する。千里も頷いている。紙屋は恥ずかしそうに赤くなって
 
「ボクたちただの友だちですよ〜。ボクは女の子に興味無いし」
などと言っている。
 
「お互いの性欲の解消に協力はするけど、清紀は女の子には興味無いし、私はセックスしてくれない男には興味無いし」
と美緒。
 
「よく分からない」
と貴司。
 
「そうだ。千里、そちらが済んだ後でも貴司さん貸してくんない?。清紀との行為もわりと気持ちいいけど、この子は私に入れてくれないから」
 
「ダメ。清紀ので遊べばいいじゃん」
 
「最近、美緒にだけは触られても萎えないようになった」
と紙屋。
 
「この子は女の子が苦手だから、女の子に触られたりすると萎えちゃうらしい。でもお互いだいぶ慣れたね」
と美緒。
 
「うん。美緒にだけは触られるても平気になったし、フェラチオなら逝けるようになった」
と紙屋は言っている。
 
「入れられても逝くね」
「人前でそんなのバラさないでぇ」
と言って、紙屋はマジで赤くなっている。まるで乙女のような恥ずかしがり方だ。
 
「美緒が清紀に入れるんだ?」
「当然。私、男役に目覚めたらどうしよう?」
 
「いや、美緒は性格的には間違いなく男だと思う」
「ああ、うちの母ちゃんから、あんたが男なら既に女の子5〜6人妊娠させてるねとか言われた」
「桃香と性格が似てるもん」
 
「確かに私と桃香はストレートかレスビアンかという点を除けば行動パターンが同じという気がする」
 

結局バスルームは1人ずつ順番に(美緒→千里→清紀→貴司)使って、六畳の方に美緒と清紀、四畳半の方に千里と貴司が各々「ひとつの布団で」寝ることにした。
 
そしてこの夜はお互い全く遠慮せずにやったので、お互いに相手の声とか音とかがかなりひびいてきた。清紀が「もっとぉ」などと叫んでいるのを聞いて貴司はかなりドキドキしていたようである。
 
「ほらほら。このちんちん切っちゃおうか?」
「やめてぇ。ちんちん無くなったら困る」
「使ってない癖に」
「痛い痛い。やめて」
「このまま一気に切り落としてあげようと思ったのに」
 
などといった声がこちらに聞こえてくる。
 
「あの子のちんちん朝まで無事かなあ」
「さあ。無くなっても困らない気がするけどなあ」
「そうなの!?」
 
「あの子は男の子に抱いてもらうのが好きなだけであって、自分にちんちんが付いていてもいなくても構わないみたいだから。自分が女の子になりたい訳じゃないけどね」
 
「うーん。。。」
 
清紀は実際には“おっぱいのある男の娘”に入れられるのが理想らしいので、美緒のように男らしい女の子に入れられるのもひょっとしてストライクゾーンなのかもと千里は最近考えていた。実際にはおっぱいのある男の娘は自分が入れられることを望むケースが多いし、ちんちんも立たないことが多いので、清紀の理想の相手はかなり得がたい。
 
「貴司もちんちん切ってあげようか?」
「いやだ」
 
「だったら入れてあげようか?」
「僕はバスケットもセックスも入れられるよりも入れたい」
「でも貴司の他の女の子へのシュートは私が全部ブロックするから」
「もう浮気はしないよぉ」
「どうだかなあ」
 
この夜は美緒たちは明け方近くまでやっていたようだが、千里たちは2時くらいで眠ってしまった。千里は朝4時に起きると、朝御飯を“2人分”作ってラップを掛けてテーブルに置き、貴司のお弁当(朝昼2食)作ってから貴司を起こし、美緒たちの安眠を妨害しないように静かにアパートを出た。
 
そして千葉駅で貴司を「あなた行ってらっしゃーい」と言って見送った。
 

1月4日。多くの会社で仕事始めとなる。
 
この日オールジャパンはお休み(男子の3回戦が行われる)で、ローキューツの面々は千城台の体育館に集まり、練習をしていた。実は千里が通うC大など大学の授業も始まっているのだが、千里も聡美も学校は休んでこちらの練習に出てきていた。
 
(きーちゃんは、千里が「大学を休んでいる」ので大学には行かないものの、神社の方に出て奉仕していた。神社は2月頭の立春までは忙しい)
 
誠美が千里に練習相手になって欲しいというので、《こうちゃん》と入れ替わって、相手をしてもらった。千里自身は松戸市内にある廃校の体育館に行き、個人的にシュート練習をした。《すうちゃん》に球拾い係を頼んだ。
 
「すうちゃん、パスうまいね」
と千里は言った。彼女がほぼ正確に千里の所にボールを返してくれるのである。
 
《すうちゃん》はギクッとしたものの、言い訳をする。
 
「いや、昨年何度か練習の代役させられたから」
「これだけできるならまた代役頼もうかなあ」
「そういう無理なこと言わないで」
 
しかし千里は知らなかったが《すうちゃん》は実はこの廃校跡で玲央美としばしば練習をしていたのである。これは実は玲央美にとっても、いい練習になっていた。《すうちゃん》は身長が「調整可能」なので、身長190cmくらいの体格になってもらいゴール下で守っていてもらうと、玲央美としても簡単にはゴールできないのである。しかも元々“鳥”なので跳躍力が凄い。
 
「まあジャンプというよりフライなんだけど」
と本人は言っていた。
 
ちなみにこの廃校跡は放置されていて管理人も居ないし警報装置も無い所を無断侵入である!
 
もっとも電気も来ていないので、夏は暑いし冬は寒い。夜間は真っ暗である。
 

同じ1月4日。
 
太荷は朝9時すぎ、常滑市のMHメディアプレスの真新しい事務所を訪れた。CD/DVDのプレスを行う、大手音響機器メーカーの子会社だが、★★レコードを含むいくつかのレコード会社も資本参加している。
 
事前に連絡してあったが、30歳くらいの専務さんが面接をしてくれた。
 
「社長は年末から台湾に出張中なんですよ」
「大変ですね!」
 
太荷は履歴書と町添取締役の名刺を出した上で、正直に★★レコードで不祥事をおかしたことを告白し、心を入れ替えて頑張りたいという抱負を語った。
 
「そういうことを隠さずに、ちゃんと言ってくれたことを私は評価します。取り敢えず仮採用・試用期間で3ヶ月過ぎて問題なければ本採用としましょうか」
 
「ありがとうございます!」
「頑張ってくださいね」
「はい!」
 
「いつから勤務にしましょうか?」
「今日からでも明日からでもいいです」
「では明日からにしましょうか?今日中に名刺を作っておきます」
「よろしくお願いします!」
 
「今おすまいは?」
「今東京の知人の家に居候しているんですが、すぐにこちらで探します」
「だったら会社の寮に入るといいですよ。まだあまり従業員が居ないから、寮も住人が少なくて寂しいかも知れませんけど」
 
「助かります!」
 
「お子さんに養育費を送金しないといけないというのなら、頑張らなくちゃね」
「はい!死ぬ気で身を粉(こ)にして働くつもりです」
「いや過労死されると困るので」
「はい!死なない程度に死ぬ気で頑張ります」
 
若い専務さんも笑っていた。
 

それで彼はすぐに東京にとんぼ返りし、居候させてもらっていた松前社長の家で在宅していた20歳の長男・調和さんに採用してもらったことを報告し、荷物(といっても大したものはない)を宅急便で送ろうと思った。
 
「このくらいなら、宅急便使わなくても車に積んでいけるよ。僕が送ってあげますよ。ドライブがてら」
と調和さんが言うので、お言葉に甘えて運んでもらうことにした。
 
松前社長のレクサスRX450hに荷物(実際には着換えとパソコンに太荷専用にと買ってもらっていた寝具だが、寝具は圧縮袋に入れたら充分後部座席に載った)を積み、調和さんと太荷で交代で運転して常滑市まで行った。
 
このレクサスは松前社長のものではあるものの、実際には社長は忙しくて車の運転などできないので、最近はほぼ調和さんが使っているらしい。松前夫人も免許は持っているものの、こんな巨大な車はあちこちぶつけそうで恐いと言って、スズキのハスラーに乗っているらしい。
 

やがて常滑市の寮に到着。調和さんは荷物を運び入れるのも手伝ってくれた。
 
「できたばかりの会社でも寮はけっこう古いんだ?」
「寮を手放そうとしていた会社のものを買い取ったらしいです」
「なるほどー。節約ですね」
 
「でもごはんまで御馳走になって済みません」
「親父からちゃんとお金もらってるから問題無いよ」
「じゃお気をつけて、帰り道は休みながらお気を付けて」
「うん。朝までに着けばいいくらいの気持ちで帰るから」
 
「ほんとにお世話になりました」
 

太荷は取り敢えず衣裳ケースか何かが欲しいなと思ったので近くのホームセンターまで出かけてプラスチックの衣裳ケースと、ビニール製のロッカーを買った。荷物が多くなったのでタクシーで持ち帰る。
 
それでロッカーを組み立てて、スーツやYシャツを入れていたバッグを開けてそこに掛ける。その後、他のバッグを開けてプラスチック製の衣裳ケースにTシャツやコットンパンツなどの普段着や、下着類を入れて行っていたのだが、ひとつのバッグを開けた時にギョッとした。
 
ブラジャー!?
パンティー!?
 
血の気が引く。
 
もし松前社長の奥さんのバッグか何かを間違って持って来ていたのなら大変だ。痴漢か何かと思われたら、見放される。
 
太荷はすぐに調和さんの携帯に電話した。運転中のようだったが、10分ほどした所で折り返し電話をくれた。
 
「どうかしました?」
「実はこちらにある荷物の中に女性の下着の入っているバッグがあって」
「はい」
「バッグ自体には見覚えがある気がするのですが、もしかしたらお母さんのバッグか何かと似ていたので間違って持って来てしまったのかも知れないと思いまして」
 
「あ、もしかして黒い小型のバッグですかね?」
「はい、そうです!」
 
「それ僕のバッグです」
「え!?」
 
「ちょっと待って下さいね」
と言って彼は何か探している雰囲気だ。
 
「あった、あった。こちらにも黒い小型のバッグがあります。これが太荷さんのじゃないかな。僕のと似てますね」
「中を見てもらえますか?パジャマ代わりのジャージとか入っていたと思うのですが」
「入ってますよ」
 
「じゃ済みません。こちらのバッグはそちらに宅急便で送りますから、そちらのバッグを着払いで送ってもらえませんか?」
と太荷は言ったのだが
 
「そのバッグ、親に見られるとまじいんで、今から取りに行きますよ」
「え〜?でもかなり戻っておられたのでは」
 
「休憩していたからまだ刈谷なんですよ。1時間くらいで戻れると思いますから」
「済みません!」
 
それで調和は戻ってきてバッグを交換して帰っていったが、太荷は悩んだ。
 
女物の下着で、親に見られたらまずいとか、それって内緒の女装趣味!??
 
調和さんが女装してお化粧とかしている所を想像する。
 
元々美形だし、女装もわりと似合うかも知れない・・・と思ったが10秒後に気付いた。
 
「たぶん、調和さんの彼女の物なんじゃないかな?」
 
きっと交際をまだ親には内緒にしているのだろう。もっとも下着を彼氏の車に置いておくなどという状態なら、ふたりの関係はかなり進んでいるのだろう。
 

同じ1月4日。
 
オールジャパンには縁がなかった関東女子学生リーグ2部に所属するN大学の女子バスケット部では、来期のチーム編成に関して議論が起きていた。
 
今までの監督が退任し、20年ほど前にこの大学を卒業して、これまで山梨県の大学のバスケット部を指導していた人がこちらに移ってくることになった。そこで新しい監督の考えのもと、チーム編成や強化方針について話し合っていたところ、一部の部員が監督の考え方に納得できないと言い出したのである。
 
議論はかなり熱くなり、どうしても納得できないと言っていた副部長の沢口葉子はついに「だったら私は辞めます」と言い出した。
 
これには部長も慰留に務めたし、葉子に随分とお世話になっていた森田雪子、雪子の親友・杉山蘭なども「先輩、考え直して下さい」と言ったが、本人は「もう退団することに決めた」と言った。
 
それで葉子は退団することになってしまった。
 
「葉子先輩が辞めるなら私も辞めようかな」
と雪子は言った。
 
正直、気の弱い性格の雪子は、なまじ本人の実力が高いだけに、色々やっかみを受けやすく、葉子はその防波堤になってくれていたのである。彼女の居ないところで活動を続ける自信が無かった。
 
「雪ちゃんが辞めるなら私も一緒に辞めるよ」
と蘭も言った。
 
正直蘭としては、雪子が心配で、しばらく彼女に付いていてあげないと、危ないかもと思ったのである。
 

同じ1月4日。
 
関東実業団女子リーグ2部に所属するCJ化学では、会社の仕事始めのあと、女子バスケット部の例会が開かれた。
 
例年なら、部長の挨拶、監督・主将の抱負などがあるのだが、この日の例会には社長自らが来ていて、部長や監督が難しい顔をしている。
 
「みなさん、明けましておめでとう。ここで皆さんに残念なお知らせがあります」
と社長が言った。
 
それを聞いた原口揚羽は、ひょっとして監督が退任するのだろうかと思った。監督は今年確か68歳のはずである。体力的にはかなり衰えているものの、人格者だし、バスケット理論が凄くて、それがチームの支えになっていた。
 
「昨年の震災で福島工場が被災し、何とか再建はしたものの、その再建や地域への補償問題などで多額の費用がかさみました。そのため、会社の財政に余裕が無くなっております」
 
まさか・・・
 
「それで大変申し訳無いのですが、CJ化学の女子バスケット部、女子ソフトボール部、女子陸上部は3月いっぱいで解散させてもらうことになりました。また専用の体育館およびグラウンドも売却致します」
 
え〜〜〜〜!?
 
「この後のことについては、3つの選択肢を用意しております。1つは他の実業団・クラブなどに移籍してバスケットを続ける道。この場合、引越の費用などは出させて頂きます。また退職金も割増しで出します」
 
つまり移籍先は自分で探せということのようである。
 
「2つ目はふつうの社員になる道。この場合、給与体系は見直させて頂きますので、おおむね給料は3〜4割減って、同年代の一般女性社員と同程度の金額になります」
 
「3つ目はこれを機会に退職・引退という道で、その場合も退職金は割増しでお支払いします」
 
要するにこの会社を辞めるかバスケットを辞めるか両方辞めるか!?ということのようである。もうついでに女も辞めたりして!?などと揚羽は変なことを考えた。
 

1月5日。
 
オールジャパンは準々決勝の4試合が行われる。
 
13:00 神奈川J(関東)−ビューティーM(W4)
15:00 フラミンゴーズ(W6)−Bレインディア(W2)
17:00 ローキューツ(社2)−レッドインパルス(W5)
19:00 Jゴールド(社1)−Eウィッカ(W3)
 
最初13時からの試合では昨日千葉K大を倒したビューティーマジックが今日は百合絵や星乃たちの神奈川J大学を倒した。関女の強豪を連破である。次の時間帯はWリーグ同士の試合になったが、リーグ2位のブリッツレインディアが、古豪フラミンゴーズを倒した。
 

そして17時。ローキューツとレッドインパルスの各々のスターティング5が代々木第1体育館のセンターコートに並んだ。
 
RI PG.三笠恵比子(1985)/SG.餅原マミ(1987)/SF.広川妙子(1984)/PF.勘屋江里菜(1986)/C.黒江咲子(1981)
RC PG.馬飼凪子(1991)/SG.村山千里(1990)/SF,五十嵐岬(1991)/PF.溝口麻依子(1990)/C.森下誠美(1990)
 
レッドインパルスは概ね若いメンバー中心のオーダーを組んできた。広川さんなどは千里を見て笑顔で手を振っているが、キャプテンの黒江さんはかなり厳しい顔をしている。それで千里はこれはレッドインパルスはこちらを結構研究してきたなというのを感じた。
 

ティップオフは誠美が勝ち、凪子が進攻していくが、予め自陣側に居た餅原マミが素早くその前に回り込んでいる。それで凪子は後ろに居た千里にパスする。千里がシュートするが、横から走り込むようにして大きくジャンプした広川がそのボールを叩いてしまった。
 
アウトオブバウンズでローキューツのボールである。広川はまた笑顔でこちらに手を振るので、こちらも手を振り返した。
 
そういう訳でこのピリオドではマンツーマンはこういう組み合わせになった。
 
三笠−凪子、餅原−岬、広川−千里、勘屋−麻依子、黒江−誠美
 
広川さんは日本代表の活動でもさんざん千里を見ているので、千里を完全に停めようとはしなかった。千里の得点を半分程度まで落とすことが目標という感じであった。
 
黒江さんは攻撃にはあまり参加せず、守備に徹している感じであった。早めに戻るようにしておいて、ゴールの近くで(ファウルを取られないように)動かず誠美や他メンバーの近くからのシュートを阻止する。まるで背の高い選手がいないチームのゴールの守り方である。実際誠美は2度続けて黒江さんとの接触でファウルを取られ、以後気をつけるようになったが、結果的にレイアップやダンクがしづらくなった。
 
三笠さんと凪子の戦いでは、三笠さんも凪子には負けるが、結構足の速い方である。結構近くまで迫られている感があるので、凪子としてもあまり時間を置かずに次のアクションを起こさなければならず、結果的に攻撃の組み立ての選択の幅が狭まることになった。
 
勘屋さんと麻依子は、かなりいい勝負をしていた。餅原さんと岬の所は餅原さんがやや上回っていた。
 

そういう訳で、この組み合わせではレッドインパルス側が大きく負ける場所がひとつも無かったのである。これはまさに三木エレンが言っていた「千里と誠美の所以外は、個々の能力ではプロ側が上」という戦略なのである。そのためには《適材適所》の組み合わせにすることと、各々の選手の癖や好みを把握して対抗することだったのである。
 
レッドインパルスは恐らくこちらの試合のビデオを見て各選手をちゃんと研究しているようであった。
 
大差は付かないのだが、じりじりと向こうが得点を重ねていく。それで西原監督は岬を薫に替えてみるが、向こうは餅原さんを下げて182cmの三輪容子を入れてくる。どうも事前に相手の誰には誰を当てるというのを全部決めていたようである。薫も完璧に癖を読まれている感じで、かなりボールを奪われた。
 

そういう訳で第1ピリオドは14-12である。向こうとしてはタイで行っていればいいというポリシーのようだ。
 
第2ピリオドでは国香をポイントガードに使い、翠花と夢香を使ってみるが、各々別の選手が出てきて、きれいに停めてしまう。翠花はいいとして夢香まで研究されていたのは驚きであった。相手がこちらを全くなめてないことが分かる。
 
それで第2ピリオドも12-10で、僅差だが向こうが少しだけ勝っている。こちらはそんなにやられている感がないのに、じわじわと点差が付く。前半合計は26-22である。
 

第3ピリオドでは誠美を休ませる。桃子を出す。また相手がどのくらい研究しているだろうかというのの賭けも兼ねて、夏美と司紗を出してみた。司紗はまさかこの相手に自分の出番がくるとは思ってもいなかったようだが、かなり頑張った。向こうもさすがに司紗は研究していなかったようだが、経験の長い由良路子が出てきて、何とか経験と勘で司紗に対抗していた。
 
このピリオドでは他にも元代や浩子まで使って相手の目先を変えていった。そのせいか誠美が休んでいるのに大きく離されず、16-12である。
 
各ピリオドは僅差なのだが、ここまでの合計は42-34で8点差になっている。
 
最後のピリオドは誠美が復帰して、千里に対抗している広川さんの足がさすがに止まり始めたことから、ローキューツの方が勢いに勝った。
 
それでかなり頑張ったのだが、最終的に54-51と残り3点差でレッドインパルスが逃げ切った。第4ピリオドの点数は12-17である。
 

両軍整列し、審判がレッドインパルスの勝ちを告げる。
 
千里たちは「ありがとうございました」と挨拶し、お互いに握手したりハグしたりして健闘を称え合った。
 
こうしてローキューツにとって初めてのオールジャパンはBEST8で終わったのであった。
 

「さすがプロは強ぇと思わされた」
と国香が言っている。
 
「やはり昨日の練習の後、ラーメンしか食べなかったのがよくなかったかも。もっと肉を食べた方が良かった」
などと言っているのは聡美である。
 
「じゃ今日は肉を食べに行こう」
「残念会だな」
「いや関東クラブ選手権・全日本クラブ選手権へのティップオフだよ」
 
 
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【娘たちの2012オールジャパン】(2)