【娘たちよ胴上げを目指せ】(2)

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9時にバスで、練習場として割り当ててもらっている中学校の体育館に行き、この日は体調を調整するような軽めの練習をする。
 
しかし日本出発前夜に唐突にロースターに入れられた星乃は
「連携プレイ、もう少し練習させて下さい」
と言って、様々なケースでのスクリーンの入り方の練習をたくさんしていた。
 
彼女はまだ新しい背番号のユニフォームが届いていないので、今日の段階ではまだ17番のままである。試合が始まる26日までには届けるとは言われていたが、届かないと彼女を出場させられない!
 
お昼はバスで移動してチェンナイ市内にある中華料理店に行った。この日案内して下さったのは、現地の日本人会の人たちである。
 
今回の大会ではこの日本人会の人たちも、地元のバスケ協会も本当に色々してくれて快適な環境で戦うことができた。
 
「チェンナイでは昨年はフル代表のアジア選手権が行われたのですが、その時は急に台湾からインドに開催地が変更になったので、全てあたふたとしてしまってかなりの不手際で日本人選手だけじゃなくて、どこの国の選手にも呆れられたんですよ。それで名誉挽回にとアンダー20の開催地に立候補して、また任せて頂いたから、みんな今度こそは、しっかりやるぞと市の幹部さんたちからして、燃えているんですよ」
 
と今日の“日本人会チーム”の代表林田さんは言っていた。
 
「そんなことあったんですか?」
と純子が玲央美に訊く。
 
「うん。フル代表のアジア選手権は本来は昨年6月21-28日に台湾で行われる予定だったのが、台湾ができないと言い出して、チェンナイが代替開催地になって、9月17-24日に実施されたんだよ。日本ではWリーグの開始直前で結構パニックになった。その時は、練習用に割り当てられていたはずの体育館で別の大会が行われていて練習できないとか、体育館のバスケットゴールのネットが破れていたり、ボールが泥まみれで真っ黒だったりとか、そもそも空調が無くて、サウナのような中で練習したり、食事もまともに無かったりとか大変だったみたい」
 
と玲央美が言う。
 
「あれは本当にごめんねー」
とパリさんが言っている。
 
「でも予定変更って、物凄く頻繁に起きているんですかね?もしかして」
と純子。
 
「まあ日本以外ではそのくらい普通」
と玲央美は言った。
 

「そういえば今回体育館をお借りしている中学校は、女子校ですか?女生徒しか見なかった気がしたのですが。それとも女子選手の練習は男子は見てはいけないと言われているとか?」
と早苗が質問する。
 
「あの学校はツーシフト校なんです」
「シフト?」
「午前中は女子校、午後は男子校になります」
 
「へー!」
 
「インドには共学校が多いですし、女子校もけっこうあります。男子校も女子校よりは少ないですけど、わりとあります。でもインドの小学校や中学校の多くは授業時間が2時間ほどなので、同じ建物を午前中は女子だけ入れて午後は男子だけ入れてという学校もあって、ツーシフトと言うんですよ」
 
「面白いことやりますね」
 
「働いている子供も多いので、午前中だけ授業やって午後は働きに行くなどという学校もあります。そちらはジェネラルシフトと言います」
 
「大変だなあ」
 
「ということはこの食事が終わって戻ると、今度は男子生徒ばかりか」
 
「そうですね」
 
「入れ替わっていることを知らなかったら、午前中女の子の格好をしていた生徒が午後は男の子の格好をしているのかと・・・」
と星乃。
 
「それも楽しそうだね」
と留実子。
 
「楽しいのか!?」
 

実際食事が終わって戻ってみると、確かに男子生徒の姿しか見なかった。
 
彼らは千里たちの練習に興味津々のようで、のぞき見している子たちが多数いた。
 
その日の夕食は、ホテルの近くのインド料理店に行ったが、タンドリーチキン、シークカバブ(日本ではシシカバブと呼ばれる)、などの肉料理、南インド風・北インド風のカレーに、ナン・チャパティ・ごはんなどの組合せなどを楽しむことができ、みんなたくさん「インドの味」を満喫していた。
 
この夕食を取っている間に、チェコで行われている世界選手権で日本がアルゼンチンに勝って1勝目を挙げたという報せが高居チーム代表からもたらされ、歓声があがっていた。
 
「1点差で負けているシーンから、高梁君が相手選手2人に挟まれながら片手だけでシュートして、これがブザービーターになって劇的な逆転勝利」
 
「おぉ!さすがプリン」
「やりますね」
 
「高梁君は昨日の試合でかなりファウル取られたんで、相手の挑発に乗らないよう、自分を抑えながらプレイしたと、富永さんからメッセージが入っていたよ」
 
「そのあたりを1日で修正するなんて、プリンもずいぶん大人になりましたね」
「うん。昨日は何であれをファウルにするんや!?そもそも触って無いのに!とか言って、かなり怒っていたらしいけど、随分中丸君にたしなめられたみたいだよ」
 
「触って無いのにって、やはりフロッピングされてるな」
「プリンみたいな選手見たら、絶対仕掛けて来るよ」
 
「でも、そういう所で華香の存在意義は大きかったかも」
「ひとりだけ年齢が離れているから、割と年の近い華香がいるのは、彼女にとって凄く助かったかも知れませんね」
 
「うん。怪我の功名だけどね」
と高居さんは言っていた。
 
「ちなみに昨日は最初コートに出てきた時、その人本当に女ですか?って向こうの選手から言われたらしい」
「お約束、お約束」
 

その日の夕方からは、今大会で対戦することになる各国の有力選手について事前分析の結果を片平コーチが解説した。その中の大半がU18の時にも対戦した選手なので、みんな頷いていることが多かった。
 
「ところで、先日出たU18でも思ったんですけど、中国人の名前の性別が分かりにくいですね」
と純子が言い出す。
 
「うん。中国人の名前は分からない。バレーボールの選手で劉亜男(リュウ・ヤーナン)って選手がいるけど、女性だからね」
と高田コーチが言う。
 
「“男”なんて文字が入っていたら、まず男性と思っちゃいますよね」
 
「バレーだと郎平(ラン・ピン)さんも日本人は誤解しやすいですね。この人の場合、郎が苗字で平で名前」
 
「女性?」
「間違い無く女性」
 
「逆に男子バスケット選手で陳江華(チェン・ジャンファ)とかは日本的な感覚だと女性の名前に見えるけど、間違い無く男性」
 
「その人、北京五輪に出てましたよね?」
「そうそう」
「ああ。思い出した。私もあれ?と思った」
 
「やはり中国人の名前、難しー」
 

9月25日はかなり本格的な練習を行った。午前中基礎的な練習を行い、午後1番に紅白戦をして、その後は連携練習をした後で、シュート練習、1on1練習、などをやって16時頃に終了した。
 
この日の夕食の席でやっと、星乃の背番号9のユニフォームが日本バスケ協会のスタッフの手により届けられた。
 
「間に合って良かった!」
「届かなかったらベンチに入れず指くわえて見てないといけなかった」
 
「いや、その時は手描きで対応してたよ」
と高田コーチが笑いながら言う。ユニフォームが何かのトラブルで破れたり紛失した場合に供えて、背番号も名前も入ってない予備のユニフォームを多数持って来ているらしい。
 
「でも人が持ってくるんですね!」
「当然。郵送なんかしてたら間に合わない」
「TVアニメなんかも最近海外制作が多いけど、人が絵コンテを持っていって、完成したビデオを人が持ってくる。厳しいスケジュールで動いているからね」
 

9月26日の朝が明ける。
 
玲央美がまたネットを見ている。
 
「ああ、また日本は負けた」
「あらら」
「チェコに66-60で負け」
「そしたらどうなるの?」
「1勝2敗の3位で一応2次リーグへは行ける」
「だとするとプリンのブザービーターが凄く大きいね」
「うん。あれがなければ予選リーグで敗退になっていた」
 
朝食の席でも世界選手権の話題が出ていたが、どうもみんなのこの後の予測は暗い方向に行っているようであった。
 
「まあフル代表が不振になっている間に、U20は景気よく行こうよ」
と星乃が言うと
 
「そうだね。向こうは向こう、こちらはこちらだね」
という意見も出て、少し空気は改善された・
 

この日は12時から開会式が行われた。
 
メイン会場となる、ジャワハルラール・ネルー・スタジアム第1体育館に各国の選手が集まる。
 
地元チェンナイの女子高生10人が、各国の名前が書かれたプラカードを持ち、その後に監督と選手12名が続く。
 
女子高生たちは、薄紫色の長い丈のコットンブラウスに赤い膝丈のプリーツスカートを穿いている。足の露出が結構大きい。見た目は日本の女子高校生の夏服に近い制服である。
 
下がスカートになっているので、恐らく私立高校の制服であろう。ミッションスクールの場合はこれに棒タイが入るし、公立高校では、下はズボンのことが多く、ストールが加わる所が多いと、U18の時にインド選手団の子たちが言っていたなというのを千里は思い出していた。
 
(後でパリさんから聞いた話では、この子たちは地元の高校の女子バスケット部のメンバーであったらしい)
 

入場は前回の順位順なので、中国、日本、台湾、韓国、インド、シンガポール、タイ、ウズベキスタン、スリランカ、インドネシアと入場する。大会長の挨拶、来賓の挨拶などが続き、選手宣誓が行われる。
 
各チームのキャプテンが前に集まり輪を作る。その中で開催地インドのキャプテンが英語で選手宣誓をおこなった。
 
その後は選手は適当に!各国入り乱れながら退場する。千里たちは中国の馬さんや王さんと「Let's go easy(お手柔らかに)」などと笑顔で言葉を交わした。
 
その後、バレエっぽい衣装を身につけた地元の女子高生たちによる群舞のパフォーマンスが行われて開会式は終了した。
 
今日の試合日程はこのようになっている。
 
(L1) 13インド−中国 18シンガポール−韓国 20台湾−日本
(L2) 17ウズベキスタン−スリランカ 19インドネシア−タイ
 
基本的にはL1の試合が第1体育館で、L2の試合が第2体育館で行われる。試合の時刻は基本的にはL1は16,18,20時から、L2は17,19時からなのだが今日は開会式が行われた関係で初戦のインド−中国が13時に繰り上げられた。
 
地元インドと、アジア最強の中国ということで、最も観客の入る試合である。勝敗は見えているものの観客も熱が入る所だ。インドの監督さんは「中国の半分の点数を取ることが目標です」などと言っていた!要するに勝てるとは思っていない。
 
日本は20時から台湾戦なので、それまで休むことにする。
 

ホテルに戻って仮眠する。16時に起きる。玲央美もやはり寝ていたようである。一緒にホテルのレストランに食事に行く。食べている内に、メンバーが結構集まってくる。
 
「でもここ、かなりいいホテルだよね」
という声が出る。
「やはり去年のA代表アジア選手権で大失敗したから、今回は張り切っているんじゃないかね〜」
「トイレに紙があるから助かるね」
 
「そうそう。初日は練習場の体育館のトイレに紙が無いから焦った」
「どうしたの?」
「秘密」
「ポケットティッシュ持ち歩かないとダメだって、ちゃんと支給されたのに」
「それをホテルの部屋に忘れていったんだよ。トモに分けてもらった」
 
「でも元々インドではトイレでは左手で洗う、食事は右手でする、と使い分けているんだよね」
「うん。それで衛生を保っているんだから、結構賢い文化だと思うよ」
 

「でもトイレの男女表示が面白い」
「ここのホテルも会場の体育館もだけど、男性と女性の絵が描いてある所が多いみたいね」
「識字率が低いから、文字では分からないからね」
 
「でも最近は国民全員に学校教育を受けさせようという運動が行われていて予算も出ているから、若い人の識字率はかなり上がっているのよ」
とパリさん。
 
「それはいいことだ」
 
「ただインドは多民族国家で、英語が事実上の共通語だからね。それで英語で Man/Woman とか He/She とか書かれている所もあるよ」
 
「私たちにはその方が助かる」
 
「でもチェンナイで使われている文字はデリーで見た文字と違う気がする」
という声が出るが
 
「そうそう。デリーはヒンディー語圏だけど、ここチェンナイはタミル語圏。言語系統も全く違うし、使用している文字も違う。お互いに全く通じない。日本語とフランス語くらい離れている」
とパリさん。
 

 
「そんなに違うのか!」
「タミル語は実はヒンディー語より日本語や韓国語に近い」
「うっそー!?」
 
「だから共通語として英語が必要なんだよ」
「なるほど」
 
「僕は、あの絵が、どちらが男性か分からなくて、こっちかなと思って入ったら違っていたから慌てて入り直した」
と留実子が言っているが
 
「サーヤが間違って女子トイレに入ったのか、間違って男子トイレに入ったのかは若干興味がある」
という声があがっている。
 
「この遠征中は女子トイレを使いなさいと、高田さんから釘を刺された」
「ふむふむ」
「日本みたいに治安がいい訳じゃ無いから、変なことに巻き込まれたらやばいからって」
「それは確かに恐いなあ」
 
「うん。恐いから、女の子ひとりで行動したら絶対ダメだよ」
とパリさんも強調している。
 
「できるだけ複数で行けとも片平さんが言ってたね」
「まあだいたい複数で行っている気はするが」
「サーヤも覗いたりしないから、他の子と一緒に行くようにしようよ」
「そうだね。気をつける」
と留実子が言うと
「僕に声掛けてよ」
とサクラが言っている。留実子にとってはいちばん声を掛けやすい存在だろう。
 
「あと鍵が掛かっていて、使う時は管理人さんに言って鍵を開けてもらう所もあるよ」
「へー」
「それ有料なの?」
「有料の所もあるけど、無料でも、鍵を掛けてないと、そこに住む人が出るから」
とパリさん。
 
「トイレに住むのか!?」
「だって雨風がしのげるし」
「それは確かにそうかも知れないが」
 
「昨年のフル代表のアジア選手権で、馬田さんはそれで管理人さんに言ったら男子トイレに案内されそうになったらしい」
と彰恵が言っている。
 
「あぁ・・・」
「それは管理人さんにむしろ同情したい」
 
「プリンもチェコで結構トイレ・トラブル起こしている気がする」
「ああ、するする」
 

19時前にホテルを出て会場の体育館に向かった。
 
ここはL1の試合が行われる第1体育館が8000人、L2の試合が行われる第2体育館も5000人入る、大体育館である。サッカーや陸上競技に使用されるスタジアムの方は7万人の収容能力を持つ。
 
千里たちが行ってみると、今日は開会式があったせいもあるかも知れないが、観客席が半分くらい埋まっていた。アンダーエイジのしかも女子の大会でこんなに観客がいるのは凄いと思った。千里たちが到着した時、シンガポールと韓国の試合が終わったばかりのようでコートの清掃が行われていた。千里たちは17:40頃アリーナに出て行った。
 
10分間、各々ハーフコートを使って練習をしてよいことになっているが、千里はコートには出て行くものの「練習しているふり」だけして、シュートは1本も撃たなかった。
 
千里が撃つと全部入ってしまう!ので目立ちすぎるのである。
 
この日の日本のスターターはこのようにした。
早苗/渚紗/星乃/純子/留実子
 
星乃も純子も「よし出番が来た」と言って張り切っていた。留実子は何も言わないが気合いが入っているのは分かる。
 
それで試合が始まるが、日本は終始台湾を圧倒した。今日は控え組中心で運用したが、30点差で快勝した。星乃は水を得た魚のように頑張っていたし、純子もU18得点女王の貫禄を見せて30得点もした。千里は第3ピリオドに出てスリーを5本入れた。
 
本日の結果。
 
26(日) インド36×−○70中国 SG22×−○80韓国 台湾60×−○94日本
 

26日、千葉県八千代市市民体育館では国体少年女子・成年女子の1回戦が行われた。少年女子で北海道代表(旭川選抜)は不戦勝。1回戦の結果は下記の通りである。
 
静岡○−×山口
神奈川○−×福井
新潟○−×広島
愛媛○−×京都
 
今年は愛知(J学園)も岐阜(F女子高)も出ていない。愛媛はQ女子高主体である。
 
なお、26日の世界選手権は休養日である。
 

27日のU20アジア選手権は16時からで、相手はシンガポールであった。これも控え組主体で運用した。千里は今日は第2ピリオドに出て、このピリオドだけで8本のスリーを入れた。試合はクァドルプル・スコアで日本が勝った。
 
本日の結果。
 
27(月) 16SG20×−○90日本 18インド30×−○88韓国 20台湾60×−○78中国
 

国体は27日、準々決勝の4試合が行われた。結果は下記である。
 
北海道○−×静岡
神奈川○−×宮城
千葉○−×新潟
福岡○−×愛媛
 
福岡はC学園・S女子高・W大付属の混成チームであるが、強豪Q女子高主体の愛媛を破ってBEST4に進出した。
 
なお、旭川選抜の構成はこのようになっている。
 
(旭川N高校)
SF.湧見絵津子 PF.黒木不二子 SG.水嶋ソフィア SF.夢野胡蝶 C.山下紅鹿 PG.原口紫 C.松崎由実 SG.宮口花夜 PF.徳宮カスミ
(旭川L女子高)
PF.風谷翠花 PF.黒浜玲麻 PG.姫川夏鈴
 
この日、千里たちが夕食を取っている最中に、世界選手権の二次リーグ初戦(15:30CET=19:00iST)の結果が入ってきた。日本は強豪スペインに大差で敗れた。王子や広川さんもこの強烈な相手の前には、なすすべが無かったようである。亜津子はかなりのスリーを放り込み、最後の方ではダブルチームまで受けたものの、全得点では勝負にならなかった。
 

28日、U20アジア選手権は16時から韓国との試合である。
 
例によって「よし!韓国を倒すぞ」とテンションの上がっている子が数人居る。おそらく向こうも同様であろう。日本と韓国の力関係はここしばらく韓国が上を行っていたのだが、千里たちの世代はU18アジア選手権で83-70で勝っている。しかしおとなの世代ではまだ韓国の方が上のようである。
 
会場に入ってみると、やはり日本応援団・韓国応援団が異様に盛り上がっている。どうしても日韓戦というのは選手も観客もハイテンションになる。
 
韓国とは決勝トーナメントでも当たる確率がひじょうに高いので、この日篠原監督はこの試合に(負けそうにならない限り)渡辺純子と竹宮星乃を使わない方針を示した。確かに隠し球までする必要はなくても、数日中に再戦する相手に全てを見せるのも賢くない。
 
むろん星乃と純子はこれまでの台湾戦とシンガポール戦に使ってはいるのだが、相手選手の強さというのは、観戦しているのと、実際にコート上で対決してみるのとではまるで感じられ方が違うのである。
 
この試合では向こうも14番を付けているカン(姜)さんを使わない方針だったようであるが、第4ピリオドに韓国が猛攻を掛けて8点差まで迫った所で、たまらず投入した。
 
背も高いし、確かに“上手い”人だと思った。敢えて数回フリーで通して彼女の動きを見た。彼女の活躍で韓国は4点差まで迫る。応援団の声援が物凄く大きくなる。ここで日本はタイムを取り、百合絵を彼女のマーカーに任命する。百合絵は175cmの背丈があり、体格で相手に負けないし、スピードでは上回っているので、カンさんのプレイをほぼ全て封じることができた。一方こちらは千里と玲央美が頑張って突き放し、最終的には20点差で勝利した。
 
結局、純子と星乃は使わずに済んだ。
 
この日までの結果
 
26(日) 13インド36×−○70中国 18SG22×−○80韓国 20台湾60×−○94日本
27(月) 16SG20×−○90日本 18インド30×−○88韓国 20台湾60×−○78中国
28(火) 16韓国62×−○82日本 18台湾76○−×32インド 20SG20×−○86中国
 
1位 中国(3勝 2.01) 2位日本(3勝 1.87) 3位韓国(2勝) 4位台湾(1勝) 5位インド(0勝 0.42) 6位SG(0勝 0.24)
 
これで日本と中国は残り2試合とも負けた場合でも5-6位の2国の勝ち点を上回ることになったため、決勝トーナメントへの進出が確定した。韓国もインドとシンガポールの直接対決が残っていて「両者とも2勝」になることはないので4位以上確定でやはり決勝トーナメント進出が決まった。残る1つの席を台湾・インド・シンガポールで争うことになる。
 

28日の国体は準決勝の2試合が行われた。結果は下記である。
 
北海道○−×神奈川
福岡○−×千葉
 
旭川選抜はインターハイ常連・金沢T高校主体の神奈川代表の序盤からの猛攻に一時は10点差を付けられたものの、絵津子・不二子・ソフィアの三年生3人組がよく頑張ってしのぎ、絵津子や由実が頑張って得点を重ねる。最後は相手エースのスリーポイントシュートを由実が絶妙にブロックした後、胡蝶のスリーが決まって5点差で勝利した。万一相手のスリーが決まっていたらそこで逆転されているところだった。
 
この日も千里たちが夕食を取っている時に世界選手権の結果が報された。日本はブラジルと延長戦にもつれる激戦を演じたものの、最後は2点差で破れたということであった。
 
「第4ピリオド、3点負けている所から亜津子ちゃんのスリーが決まって同点に追いついて延長。でも最後届かなかったみたい」
「惜しいね」
「あと少しあれば勝てたのに」
「まあ実力が足りないということだろうけどね」
 
結局二次リーグでは日本は全敗。一次リーグの成績と合わせて1勝4敗のグループF最下位となって、決勝トーナメントには行けず。9-12位決定戦に回ることとなった。
 

29日チェンナイ。
 
今日の相手は16時からインドである。
 
インドチームとは前回のU18アジア選手権の時、とっても仲良くなり、中国攻略のヒントまでもらったのだが、前回と中核選手はそのままであった。
 
前回シューターとしての開花の兆しを見せていたパルプリートは立派なシューターに成長していた。あの当時はけっこう腕が細かったのが、かなり太くなっている。筋力トレーニングをしっかりやってアスリートとして成長したようである。またセンターのステファニーもリバウンドを取るのがひじょうに上手くなっていた。サクラが彼女と試合前からハグしていた。
 
もっとも試合は全く勝負にならない。ほぼ一方的な展開となる。それでも向こうは途中で諦めたりせずに、頑張って得点を重ねる姿が気持ち良かった。
 
試合はダブルスコアで日本が勝った。むろんこちらが本気を出せば多分クィンタブル・スコアくらいになる所である。
 
試合後はまたお互いにハグしあった。
 
「次はフル代表・アジア選手権とかユニバーシアードとかアジア大会とかで会おうね」
と言い合った。
 

千葉県八千代市では、この日国体少年女子の決勝戦が行われた。この試合は物凄い熱戦になった。
 
北海道代表も福岡代表もお互い果敢に攻め合い、序盤から激しい攻防が行われた。リードもコロコロと入れ替わる。最後まで息のつけない試合であったが、最後はゴール下での乱戦から紅鹿がダンクを決めて、これが決勝点となり、82-84で北海道代表(旭川選抜)が優勝した。
 
審判が北海道の勝ちを告げた後、お互いのチームのベンチに挨拶に行く。そしてその後、絵津子が「有無を言わさず胴上げするぞ」と言い、最初に宇田先生、それからL女子高監督で今大会はアシスタントコーチとして参加した瑞穂先生、そして主将の絵津子、副主将の風谷翠花(L女子高)、更に不二子・ソフィア・紅鹿・胡蝶・姫川夏鈴と、3年生の選手がどんどん胴上げされた。
 
宇田先生は
「胴上げとか自分の柄じゃないけど、前回僕が辞退したおかげで、若生君、村山君、溝口君たちも胴上げのチャンスを逸して悪かったと思っていたから、今回は逃げずに受けた」
 
などと言っていたらしい。
 
表彰式では、絵津子は優勝の賞状をもらって満面の笑みで観客に手を振った。
 
かくして北海道代表は2008年から3年連続の国体優勝を達成した(2008と2010は旭川選抜、2009は札幌選抜である)。
 

「しかしだよ」
と星乃が言った。
 
「2008年はインターハイとウィンターカップで札幌P高校が優勝、国体は旭川選抜が優勝でしょ。2009年はP高校が三冠獲得。今年はまたP高校がインターハイ優勝で国体は旭川選抜の優勝。ということはだよ」
 
「うん。ウィンターカップで、札幌P高校か旭川N高校が優勝すれば、北海道は“9冠”達成なんだよね」
と彰恵がその後を引き取って言う。
 
ここではウィンターカップの北海道代表はたぶん旭川N高校になるだろうとみんな思っている(札幌P高校は自動出場)。
 
「男子では秋田のR工業が1996-1998年にやり遂げているけど、女子ではどこの学校も9冠は達成していないんだよね」
「惜しいのは何度かあったんだけどね」
 
「1948-1950年に浦和第一女子高校がインターハイと国体を制してタイトル独占したんだけど、当時はまだウィンターカップが無かった。但しここは1950年にはオールジャパン(皇后杯)も制している」
 
「高校生がオールジャパンを制するって凄い」
 
「いや、当時はバスケやってるのは高校生までで、企業チームが無かったから。浦和一女の後、1951-53年には長野県の上田染谷丘高校が皇后杯三連覇をしている。でもここはインターハイでは1951年に準優勝しただけで1952-53は上位に進出できなかった」
「うむむ」
 
「1988-1990年には愛知J学園が国体とウィンターカップを制しているのだけど、インターハイでは1989-90は優勝したけど1988年は準優勝に終わっている」
 
「1992年から1996年までのJ学園も微妙に惜しかった」
 
この時期はこのようになっている(△は準優勝)。
__ 総 国 選
1992 ○ ○ ○
1993 △ ○ ○
1994 ○ ○ ○
1995 ○ ○ △
1996 ○ ○ ○
 
ここで1993年のインターハイ(総体)、1995年のウィンターカップ(選抜)の決勝でJ学園に勝って三冠を阻止したのは、いづれも福岡C学園である。
 
「でも学校が入れ替わっていても、北海道9冠となったら、やはり凄いよ」
と早苗が言った。
 
「まあうちがそれを阻止してくれると思うけどね」
と朋美(愛知J学園出身)が言った。
 
「いや、うちが阻止する」
「いや、うちだな」
という声があがるが、最後はまあ後輩たちに頑張ってもらおうということでまとめた。
 

30日。千里たちがお昼御飯の後、会場入りしたところで世界選手権の結果が入る。今日は9-12位決定戦でギリシャに辛勝して9-10位決定戦に進出することになったらしい。今回は最後、広川さんが決勝点を入れたということであった。
 
「おお、やったね!」
「これで取り敢えずアテネ五輪の成績より下にはならないことが確定した訳だ」
 
アテネ五輪では日本はいい所がないまま10位に終わっている。もっとも五輪は12ヶ国中の10位だったが、今大会は16ヶ国中の9位または10位だから、こちらの方が価値は高い。
 

さて、チェンナイの方は、昨日までの結果はこのようになっている。
 
26(日) 13インド36×−○70中国 18SG22×−○80韓国 20台湾60×−○94日本
27(月) 16SG20×−○90日本 18インド30×−○88韓国 20台湾60×−○78中国
28(火) 16韓国62×−○82日本 18台湾76○−×32インド 20SG20×−○86中国
29(水) 16台湾90○−×28SG 18インド44×−○84日本 20韓国70×−○80中国
 
チーム 勝 負勝点| 得 失 率
1.日本 4 0 8 | 350 186 1.8817
2.中国 4 0 8 | 314 186 1.6882
3.韓国 2 2 6 | 300 214 1.4019
4.台湾 2 2 6 | 286 232 1.2328
5.IN 0 4 4 | 142 318 0.4465
6.SG 0 4 4 | 90 346 0.2601
 
台湾も決勝トーナメントが確定して、日本と中国の1-2位、韓国と台湾の3-4位、インドとシンガポールの5-6位が決まった。今日の予選リーグ最終戦は、結局予選リーグ上の順位決定戦という感じである。
 
30(木) 16SG−インド 20台湾−韓国 20日本−中国
 

これまで試合の時間は16,18.20時からだったのだが、今日だけは日本−中国戦、韓国−台湾戦が、20時から、第1体育館・第2体育館で並行で行われることになっている。そして双方の体育館を行き来する行為は禁止であり、試合が始まって以降は各体育館ではチームスタッフや協会関係者であっても入場できないように管理する(実際チームスタッフが一番危ない)。また妨害電波を流して携帯電話が使えないようにする。
 
試合はテレビ中継されるので、テレビを見ている人だけが双方の試合進行を知ることができるが、外部から体育館内の選手やスタッフに連絡する手段は存在しない。
 
そのようにせずに、どちらかの試合を先にやってしまうと、後の試合のチームは、わざと負けて準決勝の対戦相手を選ぶことができる可能性もある。
 
準決勝は1位対4位、2位対3位で行われる。
 
台湾−韓国戦を先にやってもし台湾が勝った場合、3位台湾・4位韓国となるが、日本も中国もどちらかというと台湾と試合をしたいのでわざと負けると有利になる。
 
日本−中国戦を先にやってもし日本が勝った場合、1位日本・2位中国となるが、台湾も韓国も中国よりは日本とやりたい。すると負けて4位になった方が有利だ。
 
実際問題として、予選リーグ成績の3位以下の順位は実力から見て、韓国・台湾・インド・シンガポールになる可能性が高く、1位と2位の順序だけの問題だったので、最終戦で意図的な敗退を防ぐため、両方の試合を同時にするように最初から設定していたのである。
 

日本は例によって今日の試合では渡辺純子と竹宮星乃は使わないことにした。韓国戦では「負けそうにならない限り」使わないことにしていたのだが、今日は「たとえ負けても使わない」ことにした。中国は間違い無く隠し球をしている。中国はここまで11番の呉(ウー)さん、12番の朱(チュ)さん、13番の胡(フー)さんの3人を使っていない。
 
たぶん今日の試合でも使わないだろう。実は呉(ウー)さんについてはこちらもかなり情報を収集し、出てきた場合の対処も考えたのだが、残りのふたりの情報は収集を試みても、見つけきれなかったのである。中国の国内リーグで活躍した経歴も見当たらず、なぜこういう選手が代表になったのかも分からないというのが、調査してくれた人の報告だった。
 
「改名したので検索に引っかからないという可能性はあります」
とその人は言っていた。
 
「外国から帰化した選手とか」
「それはあり得るかもね」
「性転換した選手とか」
「うーん。。。バスケガールって背が高いから、そのあたりは分からないよなあ」
 

やがて試合が始まる。
 
朋美/千里/玲央美/江美子/サクラ、というベストオーダーで始める。向こうも馬/林/勝/王/劉という、恐らくベストオーダーだろうというメンツで始めた。
 
勝(シェン)さんはU18の時は中国が隠し球として使った選手である。この選手は破壊力は充分なのだが、スタミナに問題があったのと、マッチングした時に離れて守るとこちらの守りを突破できない弱点があり、それを試合中に見つけたので何とかなったのである。
 
恐らくスタミナは2年間の間に付けてきているだろうと日本チームは判断していた。この日は玲央美が主として勝さんにマッチアップしたのだが、玲央美はわざと「普通に」守った。彼女と近接してガードした場合、前回はほとんど突破されていたのだが、今回玲央美は彼女を全部停めた。
 
勝さんが「うっそー!?」という顔をしていた。このあたりはやはり2年間の玲央美の成長である。
 

「勝さんは実は千里の劣化版なんだよ」
と後で玲央美は言っていた。
 
「ん?」
 
「千里もどちらから来るかというのが事前の兆候では全く読めない。動き出してから停めないといけない。更に千里の場合はシュートもある。勝さんはミドルシュートにはあまり警戒しなくていいから、その分、少し楽」
と玲央美。
 
「そうそう。千里の場合はシュートがあるから、勝さん対策で前回うちがやったように離れて守るという方法が採れないんだよね」
と江美子も言っている。
 
「ああ、その意見に賛成」
と彰恵も言っていた。
 

試合はシーソーゲームで進む。
 
ただこちらも全力は出していないのだが、向こうも明らかに八分くらいの力で戦っている感じであった。中心選手の王(ワン)や劉(リュウ)の出る時間が少なく、陳(チェン)や龍(ロン)、黄(ファン)などのプレイ時間が長い。
 
黄はU18,U19にも出ていたが、学年が下のせいか14番の背番号を付けている。絶対的なセンター劉さんがいるから控えに回っているが、結構凄い選手である。
 
龍は今回初顔で15番の背番号を付けているが、高校を卒業した後、大学に入ってから頭角を現してきた選手のようである。この人についても情報収集をして動画サイトにアップされている映像も見たが、確かに才能を感じさせる人であった。ただこれまでの韓国・台湾との試合でのプレイを実際見た感じでは、マッチング技術やシュート精度はまだまだかなという感じ。彼女は今回のような国際大会の経験を経た来年くらいが恐いかも知れない。
 
試合自体は点を取ったり取られたりで、日本応援団、中国応援団からはリードが変わる度に大きな声援があがっていた。
 
リバウンドはサクラも留実子もよく拾った。身長では大きな差があるにも関わらず、サクラは勘で良い場所を取っているし、留実子は少々場所が悪くても強引に奪い取る。一度向こうは留実子にフロッピングを仕掛けたが、審判がよく見ていて向こうのテクニカル・ファウルを取った。
 

この日の試合は、2つの試合がほぼ同時に終わるようにするため、各ピリオドの開始時刻が揃うように運営側で調整しながら進めた(携帯電話が使えないので、伝令の人が双方を走って往復していた)ので、インターバルやハーフタイムの時間がやや不規則になった。
 
「向こうはどうなってますかね?」
と純子が訊く。
 
「さあ。それは神のみぞ知るだな」
と篠原監督。
 
「千里さんは分からないんですか?」
と純子。
「ごめん。試合中はその手の回路は全部閉じてるから」
と千里。
「その気になれば分かるんだ!?」
と星乃。
 
「千里は試合中は人間の力を越える能力は一切封印しているんだよ」
と玲央美は言った。
 
「うーん。。。。超能力バトル?」
「相手がそういう能力を使ってきたら、相手の能力まで封印してしまう」
「なんか、それ凄すぎるんですけど」
 
「でも基本的には韓国が勝つものと思った方がいいと思うよ。だからこの試合何とかして勝とう。そうすれば準決勝は台湾になる。幸い中国はこの試合は本気じゃないから」
 
と片平コーチは言った。
 

試合は第4ピリオド冒頭。日本側の猛攻で一時は10点差を付けたものの、その後、中国側の反撃で2点差まで迫られる。そのままの状態で終了間際までもつれるものの、残り1分で千里のスリーが決まって5点差となり、これで勝負あったかと思われた。
 
ところがその後、中国側の王さんがまず2点返した後、林さんが早苗の死角から忍び寄って美しいまでのスティールを決め、自らスリーを決めて同点にする。残り時間18秒から日本はできるだけギリギリまで時間を使って攻撃する作戦で行くが、玲央美の中に飛び込んでのシュートがチャージングを取られて残り3秒で中国ボールになってしまう。この攻撃チャンスで劉さんがシュートを決め、72-70で中国が勝った。
 

試合終了後、王さんや劉さんが何だか不満そうな顔をしていたが「全てを見せていない」のはお互い様である。
 
こちらは予定通り純子と星乃を最後まで使わなかったし、中国も呉さん、朱さん、胡さんの3人を最後まで使わなかった。
 
これで予選リーグは1位中国、2位日本となったので、恐らく準決勝の相手は韓国になるだろうと思った。
 
「中国としては、準決勝で日本と韓国をぶつけたかったのかも」
という意見が控室に戻ってから出た。
 
「中国は2年前に負けているから今回は絶対優勝したい。そのために色々と作戦も立てた。でも決勝でやり合うのは日本より韓国になった方が助かる。それで準決勝で日本と韓国をぶつけたら、もしかしたら韓国が日本を倒してくれるかも知れない」
 
「なるほどー。それで最後意外に頑張ったのか」
「確かに韓国って、日本戦では異様に張り切るからなあ」
「まあ、それは日本も韓国戦では異様に燃えるけどね」
 

千里たちは最後の最後で見せた中国の意外な「やる気」に関してそんな感想を言い合っていた。
 
「でもとにかく明後日の準決勝、韓国を吹っ飛ばすぞ!」
などと気勢もあがっていた。
 
ところがである。
 

控室で着換えていたら、第2体育館の試合は台湾が勝ったという報せがそちらで試合を撮影しながら観戦していた日本スタッフの近江さんから入ってきたのである(携帯の妨害電波発信は終了している)。
 
「うっそー!?」
「だったら明日の相手は?」
「3位になった台湾になる」
 
「台湾が物凄く頑張った?」
 

結局この日の結果はこうなった。
 
30(木) 16SG56×−○78インド 20台湾68○−×66韓国 20日本70×−○72中国
 
予選リーグの成績はこうなる。
 
チーム 勝 負勝点| 得 失 率
1.中国 5 0 10 | 386 256 1.5078
2.日本 4 1 9 | 420 258 1.6279
3.台湾 3 2 8 | 354 298 1.1879
4.韓国 2 3 7 | 366 282 1.2979
5.IN 1 4 6 | 220 374 0.5882
6.SG 0 5 5 | 146 424 0.3443
 
これで準決勝の組合せは、日本−台湾、韓国−中国となった。
 

“情報漏れ”について台湾・日本・インドのネット民たちが主体になって共同で検証をしていた(韓国や中国からも若干の参加があった)。
 
まず“怪しい行為”だが、早苗がボールを取られたプレイに関しては、ビデオをかなりリプレイして多くの人が検証した結果、これは林選手がうますぎるという判断をする人が多かった。また玲央美のチャージングに関しては、実際には接触が起きていないようにも見えることから、中国側のフロッピング(*1)ではという意見も半数くらいあった。
 
韓国側は残り1:50の所でA選手がダブルドリブルを取られ、残り0:40でB選手がトラベリングを取られている。A選手のダブルドリブルについては審判に笛を吹かれた時「オモ?(あれ?)」と言って首を傾げている姿が、とても演技とは思えないと判断する人が多かった。試合終盤では疲れているので自分が今までドリブルしていたことを、うっかり忘れてしまうことはよくある。
 
B選手は“撞き出しのトラベリング”である。審判に笛を吹かれて、思わず抗議しようとして他の選手に停められ、不満そうにしながらも手を挙げて認めている。これもとてもわざととは思えないと多くの人が判断した。
 
それで負けた日本にも韓国にも怪しい行為は無かったというのが大多数の意見となった。
 

(*1)フロッピング(flopping)は相手にファウルされていないのに、派手に倒れたりして、まるでファウルされたかのように装う行為。サッカーのシミュレーション(ダイビング)に相当する。スポーツマンらしくない行為であるため、常習犯“フロッパー”はファンの評価を著しく下げる。
 
ゲーム上は判明すればテクニカル・ファウルを取られる上、NBAでは2012年秋以降高額(数十万円)の罰金が科されることになった。
 

日本−中国戦が終わったのは21:42:06、韓国−台湾戦が終わったのは21:43:24である。日本−中国が先に終わっている以上、日本と中国には向こう側の試合の結果を見て勝った方がいいか負けた方がいいかを考えることはできなかったはずである。
 
さて1位中国、2位日本となった場合、韓国も台湾もできたら準決勝は2位の日本とやりたい。そのためにはこの試合、勝たなければならない。負けた方が有利になるなら敗退行為があり得るが、勝った方が有利になるなら「わざと勝つ」というのができない以上、こちらも相手試合の結果は知らなかったと考えるべきである。
 
そういう訳で、情報コントロールはきちんと機能した、というのが大多数の意見であった。
 

「でも少数意見もあるんだよね」
と玲央美は言った。
 
「日本は最終的には負けたけど、残り1分で5点リードしていた。すると、これは日本が勝つのではと韓国の情報係さんは考えた可能性がある。こちらの残り1分は向こうの残り2分半。実際問題として韓国は残り2分からダブル・ドリブルとか、トラベリングとか、ミスをして台湾ボールになって、それで台湾が逆転勝ちを収めている。日本が勝つならこちらは負けたいと考えた可能性はある。それにね。これ4日目までの結果だけど」
 
と言って玲央美は試合成績をノートパソコン上でコピー&ペーストしてこのように並べた。括弧内は点差である。
 
IN36×−○70中国(34) IN44×−○84日本(40)
SG20×−○86中国(66) SG20×−○90日本(70)
台湾60×−○78中国(18) 台湾60×−○94日本(24)
韓国70×−○80中国(10) 韓国62×−○82日本(20)
 
「つまりね。予選リーグの各国と中国・日本の対戦成績を見ると、全ての試合で日本の方が中国より大きな点差を付けて勝っている。つまり予選リーグに関してだけ言えば、日本の方がマジ度が高いと韓国は考えていたと思う。中国はそもそも決勝トーナメントに行ければいいと思っている。日本はそういうので手を抜かない国民だから、予選リーグも全力。韓国にだけは星乃と純子を使わなかったけど、全ての選手を毎回使っている訳ではないし、偶然と考えたかも知れない」
 
と玲央美は解説した。
 
「予選リーグでの中国・日本の試合では、中国はわりと適当で日本はマジにやるから、日本が勝つ可能性が高いと最初から判断していたと」
と千里。
 
「そうそう。それで実際に情報屋さんから獲得した情報で残り1分で日本が5点リードというので、やはりこれは日本が勝つと思って、そこからわざとミスして負けた。韓国の勇み足」
 
と玲央美は言ってから
 
「という可能性も考えてみたけど、まあ妄想だろうね。実際あのビデオ見たらあのダブルドリブルやトラベリングがわざととは思えないよ」
と言って笑った。
 
「こちらは準決勝の相手が韓国だろうと台湾だろうと、勝つだけだけどね」
 
と千里は言った。
 

「ところであの玲央美ちゃんのチャージングの真相は?」
と千里は訊く。
 
「あれ、うっかりぶつかっちゃったんだよね〜。相手の倒れ方がやや大げさな気はしたけど、あの程度はフロッピングにはならないと思うよ」
と玲央美は言った。
 
「ついでに来年春からの新しい規則では、あのくらいの接触はチャージングにはならなくなる」
「ノーチャージセミサークルか」
「バスケは格闘技だって、40年前から言っているのに、やっと部分的に公認される感じかな」
「玲央美もだけど、王子(きみこ)にとっても物凄く有利になるルール改訂だよね」
 
「うん。逆に小さなセンターしか居ないチームはとっても不利になる。ゴールを守るすべが無くなる。今まではファウルもらうことで停めていたのに」
「まあ、そのファウルもらう行為が、そもそもスポーツマンらしくないという考え方もあったけどね」
 
「バスケットにライト級とかヘビー級とかできたりして」
「そういう方向性は嫌だ」
 
「そういえば千里ってセンターをやったこと無いんだっけ?このチームでは目立たないけど、女子の平均からはかなり背が高い部類だよね?彰恵も渚紗もミニバスの頃はセンターだったと言ってたし」
 
「私はずっとサーヤと一緒だったから、センターはいつもあの子だったんだよ」
「なるほどー!」
 
「だから私はリバウンドの練習なんて、ほとんどやったことない」
と千里。
「私はセンター随分やらされたけど、実はリバウンド取るのが下手」
と玲央美は言った。
 
「万能選手っぽい玲央美ちゃんにも、弱点はある訳だ」
 

10月1日は休養日となり、現地の日本人会の人たちが、日本食を作って、選手・スタッフをもてなしてくれた。お米もちゃんと日本産のこしひかりを使っている。インド料理に少し飽き始めていた選手たちが一様に喜んでいた。
 
「やはり日本のお米は好きだ。チェンナイのお米も嫌いじゃないけど」
などと言っている子もいる。パリさんまで
「久々の日本食美味しい〜。また日本に行きたい」
などと言っていた。
 
「肉じゃが美味しい」
「ラーメン美味しい」
「天麩羅美味しい」
「カツ丼美味しい」
「お好み焼き美味しい」
「茶碗蒸し美味しい」
 
「久しぶりに豚肉を食べた」
「さすがに牛肉じゃないですね」
 
「牛肉もこういう大都市では入手可能ですけど、取り敢えず遠慮しました。豚肉はヒンドゥー教徒には禁忌ではないので、豚肉売っているお店は市内に数軒あるんですよ」
と林田さん。
 
ヒンドゥー教徒は(牛は神聖なので)牛肉を食べない。イスラム教徒は(豚は不浄なので)豚肉を食べない。
 
「ちなみに皆さんは?」
「仏教徒とキリスト教徒が多いです。今日はムスリムの人はお休みです」
「なるほど」
 

この食事会には、地元の方でも、豚肉の禁忌が無い方でしたらどうぞ、と言って受け入れたので何だか炊き出しのような感じになり、近所の子供たちとかだけではなく、かなり微妙な風体(ふうてい)の人たち、年齢や性別が不詳な人たちまで集まっていたが、日本人会の人たちは、彼らにも同様に笑顔で紙の容器に入れた味噌汁、ラーメンなどをふるまっていた。
 
並んでいる人の年齢性別に数人の選手で
「何歳くらいと思う?」
「あの人の性別は?」
と小声の日本語で話していたら
「こちらもたぶん性別不明」
という声もあがっていた。
「いや多分ふつうに男子選手と思われている」
「そうかも」
 
その人物はあまりに怪しい格好をしていたので、日本人会の林田さんは最初てっきり路上生活者かと思ったという。
 
しかし“彼”のファンだという、留実子が気付いて走り寄った。
 
「Are you ********?」
と彼に英語で話しかけた。
 
「No. I am nothing else than an trifling old man, My lovely Japanese lady」
と彼はややたどたどしい英語で答えた。
 
「I'm OK at all. Could you shake hands with me?」
「All right」
と言って彼が握手してあげると、留実子は感動しているようである。
 

「どなたか、マラーティー語が分かる方おられませんか?」
と留実子が言うと、東山さんという50代の女性が名乗り出た。彼女も彼の正体に気付いた。
 
マラーティー語で話しかけて、彼に椅子を勧める。ついでに彼女も握手してもらっていた。
 
「日本から来た女子バスケット選手たちを日本食でもてなしていたのです。お味噌汁でもお持ちしましょうか?」
 
「それよりも私は会うべき人がいたので、やってきた。ここに、山・千・3という単語に象徴される人はいませんか?」
 
東山さんがそれを訳すると
 
「それは千里だな」
とみんなの意見。
 
「私の名前はムラヤマ・チサト、ヒンディー語でカン(村)・パールヴァト(山)・ハジャール(千)・ベガー(里)で、誕生日が平成3年3月3日です。平成というのは日本の天皇の在位年で定まる年です。西洋の暦では1991年3月3日、インドの太陽暦では1912年になります。またバスケットボールのスリーポイント女王を何度も取っています」
 
と千里がゆっくりとした口調のヒンディー語で言った。
 
(ベガーは本当は約1kmであるが似たような単位ということで代用した)
 
「おお!」
と彼は嬉しそうに言うと、千里の両手を自分の両手で握る。
 
ん?と思い、千里が掌を開くと、そこには通し穴のついた珠が3個あった。
 
「君はヒンディーが分かるんだね」
と言って、彼はヒンディー語で千里に語りかけた。しかしその後はやはりマラーティー語で話す。
 
「色違いの石英。君は紫色のが似合う。君の妹になる人には桃色、君の姉になる人には緑色が似合う」
と彼が言うのを東山さんが日本語に訳してくれる。
 
「妹になる人?姉になる人?」
と千里が尋ねる。
 
「君はあと半年くらいの間にそういう契(ちぎり)を結ぶことになるだろう。この珠の加工については、君のお師匠さんに依頼しなさい」
と彼が言う。
 
「はい。そうします」
 
千里と彼の会話は、千里がヒンディー語で話し、彼がマラーティー語で言うのを東山さんが日本語に訳してくれるという、三角方式で進んだ。彼はたぶんヒンディー語でも話せるのだろうが、自分の“波動”を千里に直接感じさせるためにマラーティー語で話しているのだろう。
 
「君のお師匠さんによろしく。それと来年の夏くらいに、君はシュンガクに会うと思うけど、先に待っているからRCでも酌み交わそうと言っておいて」
 
「シュンガク?RC?」
「その名前の人に会ったら、そう伝えてもらえばいい。もう僕はこの世ではあいつと会えないだろうから」
 
「お伝えします」
と言った。
 

千里と彼の対話が一段落した所で、東山さんが林田さんの視線に応えて言った。
 
「この日本のスープは、海藻、豆、米だけで作られていて、動物の素材を使っていません。もしよかったら、お召し上がりになりませんか?」
 
彼は笑顔で
 
「ごめんなさい。僕はもうほとんど御飯を食べなくてもいいようになっているんだよ」
と言って丁重に断っていた。
 
「それに僕は食べようと思えばいつでも何でも食べられる。そんな僕よりも1人でも多くの飢えている人たちに食べ物をあげてください」
と彼は話した。
 
「分かりました」
と東山さんも笑顔で答えた。
 
「でも僕は日本の文化にも大いに興味があるよ。若い頃に南総里見八犬伝と平家物語を読んだ。平家物語は日本人の思想の基本が色濃く反映されている。手塚治虫も藤子不二雄も好きだけど、こちらではなかなか手に入らない」
 
などと言うので、千里は
「では帰国したら、そちらに全集をお送りしますよ。日本語版でも良ければ」
と言った。
 
「おぉ!それは嬉しい」
と言い、彼自ら《宛名の紙》を書いて千里に渡した。デーヴァナーガリー文字で書かれているので千里には読めないが、美しい文字だと思った。
 
彼は代金や送料の心配をしたが、千里はその分、社会貢献してくだされば結構ですよと言った。
 
彼は最後にもう一度留実子に求められて握手してから去って行った。
 
 
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【娘たちよ胴上げを目指せ】(2)