【娘たちの開店準備】(中)

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5月11-14日、U17女子代表候補とU18女子代表候補の合宿が同時に東京北区のNTCで行われた。U17は7月16-25日にフランスで行われるU17世界選手権、U18は6月23-30日にタイで行われるU18アジア選手権に参加する。
 
とにかくこの年は多数の世代別日本代表が動いていたのである。
 
このU17代表候補に旭川N高校の原口紫、U18代表候補に湧見絵津子が選ばれた。 
U17の方はこれが初めての合宿だったのだが、U18は実は3月から始動していて3月にはいきなりリトアニア遠征をおこなっている。絵津子はこの時のメンバーには選ばれていなかったのだが、その後、調子を落としたメンバーがいたことから入れ替えが行われ、絵津子は今回から日本代表候補の活動に参加した。 
原口紫は昨年旭川N高校でキャプテンを務めた原口揚羽(今春、実業団関東2部のCJ化学に入社)の妹である。
 
旭川N高校には3年生にも広尾愛実/杉山海音/夢野胡蝶という優秀なポイントガードがいるものの、紫は昨年から既にその3人を凌駕し、ウィンターカップでも森田雪子(今春、東京N大学に入学)のバックアップ・ポイントガードとして活躍した。バスケ雑誌などでも、1年生ながら光るものがあると評価されていた。それで今回日本代表候補にも招集されたのであった。
 
「これで秋以降の新キャプテンが決まったな。よろしくね」
などと松崎由実が紫の肩を叩きながら言った。
 
「え〜〜〜!?私はキャプテンなんて柄じゃないよー。次期キャプテンはゆみちゃんでしょ?」
「日本代表をさしおいてキャプテンなんかできないよ。しかしサキの姉貴の揚羽先輩も、自分はキャプテンの柄じゃないとか言いながら、しっかりキャプテン務めたからなあ」
などと由実は言っていた。
 

5月17日(月)、日本バスケット協会は、バスケット女子日本代表(A代表)候補について、スペインリーグに参加しているパワーフォワード横山温美を追加招集すると発表した。向こうでのレギュラーシーズンの日程が終わったので、この後は9月の世界選手権に向けて日本代表と合流する。彼女は普段の練習は古巣のビューティーマジックでさせてもらえることになっている(日本滞在中はそちらの会社の寮に泊まり込む)。
 
その日本代表候補の第3次合宿は5月20-31日に東京北区の合宿所で行われたが、それと重なる日程で21-23日にはU20代表の合宿も同じ場所で行われた。千里と玲央美は両方を兼任しているので、20日だけA代表の合宿に出て、その後21-23日はU20の合宿をして、24日からまたA代表の合宿に戻るということをすることになった。
 
A代表合宿の初日には、またまたベテラン組対ヤング組の練習試合をしたが、今回は1点差でベテラン組が勝った。
 
「ほらほら、ヤング組、気を抜いているとベテラン組に食われるぞ」
と夜明コーチが発破を掛けていた。
 
21日からのU20の合宿に今回は高梁王子は参加していない。3日間だけの合宿でもあり、そのために学期の途中でのアメリカとの往復は大変だろうということで今回は免除である。
 
「プリンが居ない間にたくさんアピールするぞ」
などと補欠参加の竹宮星乃は言って、張り切って練習していた。
 

この代表合宿が行われていた5月26-28日に、旭川N高校はインターハイ地区予選に臨んでいた。N高校は順調に1回戦・2回戦を突破して決勝リーグに臨む。ここで旭川L女子高、旭川A商業、新鋭の旭川C高校との4者リーグでもキャプテンの3年生湧見絵津子、2年生の松崎由実・原口紫などの活躍で3勝で地区予選をクリア、道大会に進出した。
 
今年はL女子高にも姫川夏鈴という才能あふれるポイントガードがいるのだが、紫のプレイには圧倒されていた。
 
「さすが日本代表がふたりもいるチームには勝てん」
 
などとキャプテンの風谷翠花は言っていたが、L女子高も2勝1敗の準優勝で道大会進出である。
 

6月4日(金)9:00。高梁王子(たかはし・きみこ)は留学中のルビー高校の春学期終業式に臨んだ。彼女の留学はこれで終了。迎えに行った藍川真璃子と一緒に関係各方面への挨拶を済ませて翌5日午後の飛行機に乗った。そして日本時間で6月6日(日)夕方に成田空港に到着した。
 
なお、向こうの寮の王子の部屋にあった荷物は真璃子が思わず「Unbelievable!」と叫んだほど凄まじく、結局真璃子はアメリカにいる知人に頼んで「必要そうなもの」と「ゴミ」とを分別して、必要そうなものだけ日本に送ってもらうことにした。
 
王子は結局日常的な着替えと、バッシュだけ持って飛行機に乗った。
 
成田空港には王子の両親と妹が迎えに来ており、その日は都内に宿泊。翌7日(月)午前中の新幹線で岡山に向かった。ただちにE女子校に両親とともに赴き、復学の手続きをした。
 
「いや、こちらの学校に入れて頂いてから1年4ヶ月もして、やっとこの制服に袖を通しました」
と王子は校長に照れながら言った。
 
「背が高いから、洋服屋さんも特別対応したとか言ってたね」
 
「型紙の合うのがなくて、特別に作ったらしいです。私がアメリカに行っている最中に母に頼んでもらったのですが、あまりに大きいので、オカマさんが女装に使うんじゃないかと思ったとか」
 
「この子、結構男の子に間違われるんですよね〜」
と母が言う。
 
「もう慣れてますから。女子トイレや女子更衣室とか女湯で悲鳴あげられるのも慣れてるし。髪も開き直って短くしてるし」
と本人は言うが
 
「一応うちの校則では、もう少し髪は長くして欲しいんだけど」
と校長。
 
「この長さではダメですかね?」
「うーん・・・取り敢えず伸びるまでは容認ということで」
「髪洗うのが楽なんですけどね〜」
 
「あんたもそろそろ女の子に性転換してもいい頃だよ」
と母は言った。
 
「そうかなあ。じゃ、手術してちんちん取らなきゃ」
などと王子が言うので、校長が「へ?」という顔をする。
 
「君、まさかちんちんあるの?」
「すみません。ジョークです」
「びっくりしたぁ」
と校長。
「あんたが言うとそれジョークに聞こえないからやめなさい」
と母は注意した。
 

6月5日(土)。千里は貴司と一緒に10:10関空発の稚内行きANA1797便に乗った。 
12:20に稚内空港に到着。稚内港で留萌から来た貴司の妹たち・両親・祖母、また札幌・網走・枝幸などから来た親戚と合流する。そして15:25の礼文島行きフェリーに乗り、17:20に礼文島の香深(かふか)港に到着した。
 
明日は一昨年の6月9日に亡くなった貴司の祖父・宝蔵の三回忌法要が行われるのである。
 
千里が礼文島に来るのは一昨年の7月以来である。
 
宝蔵が亡くなった時は、千里は中間試験中だったのでパスさせてもらった。その後、四十九日に代えて行われた三十五日の喪明け法要には参加した。但し貴司は葬儀にも三十五日にも、リーグ戦とぶつかり参加できなかった。代わりに貴司は秋に単独で礼文島を訪れてお線香をあげている。その年の初盆には千里も貴司も出ていない。妹の理歌と美姫が出席したが、その時、貴司の祖母(宝蔵の妻)の淑子が「動物の森がしたい」と言って、留萌に一緒に出てきて、結果的に引っ越してしまった。
 
昨年の一周忌の時は、いったん千里と貴司の関係は切れており、貴司は当時緋那と付き合っていた。しかし6月下旬の貴司の誕生日に千里は手作りのクッキーを貴司のマンションの郵便受けに入れてくるというパフォーマンスをして(爆弾投下)、そこから次第に貴司を緋那の手から取り戻していく。その最中の8月のお盆にはお汁粉のセット(積み上げると供養塔になる)を留萌の貴司の実家に送っておいた。
 
貴司の方も昨年は結局一度も礼文島を訪れなかった。
 
そして今回の訪問は千里と貴司が初めて一緒に礼文島を訪れるものとなったし、貴司にとっても千里にとっても、宝蔵の法要での礼文島への2度目の訪問となった。
 

稚内港で親戚一同と会した時、札幌から来た晴子(貴司の父・望信の実姉)が千里の左手薬指に輝くアクアマリンの指輪に目を留める。
 
「あら素敵な指輪ね」
「12月に貴司さんから頂きました。法要の最中は外しておきますが」
「いつ結婚するの?」
 
「まだそこまでは決めてないんですよ」
と千里。
 
「お互いにバスケの活動で忙しいもので」
と貴司も言っている。
 
「特に今年は千里は日本代表候補に選ばれていて、本戦に出場する場合は9月の世界選手権と、10月のU20アジア選手権に出るし、お正月の皇后杯に出る可能性もあるし、U20アジア選手権で上位に入ると来年はU21世界選手権だし、しばらく結婚する暇が無い感じで」
 
「あら。でも日本代表って凄い!」
 
「籍だけ入れちゃってもいいんじゃない?と私は言っているんですけどね」
と貴司の母・保志絵は言う。
 
「ああ、それでもいいわよね」
 
「入籍して結婚式も挙げて、でも同居せずでもいいかもですね」
などと千里も言っている。
 
実際には千里が戸籍上の性別を変更するまではふたりは法的に婚姻することができない。その件に関しては保志絵と千里の母・津気子の間で、どっちみち婚姻届を出すのは千里が大学を卒業した後でいいのではというコンセンサスが形成されている。
 

礼文島に着いた当日は親戚一同、芳朗の家に泊まり込む。人数が多いので、親族関係とは無関係に男女で部屋が分けられた感じであったが、おかげで男部屋の方は大量にお酒やビールを消費したようであった。
 
「千里ちゃんは、昨日大阪に入ったの?」
と保志絵が訊く。
 
「はい。4日・金曜日に大学の授業が終わってから新幹線で大阪に移動して、昨夜は貴司さんのマンションに泊まりました。それで早朝一緒に出て関空から稚内に飛んできたんですよ」
と千里は答える。
 
「でも今年日本代表とかに選ばれたら無茶苦茶忙しいでしょ?」
「ええ。昨年もU19日本代表しましたが、チームが既に固まっていたから実際には1ヶ月くらいしか拘束されなかったんですよ。でも今年はフル代表候補は2倍の生存競争を戦わないといけないし、その上にU20代表とを兼ねているので、両方の合宿があって大変です。10月まであまり大学に出られない感じで」
 
「わぁ」
 
「一応合宿や大会と日程のぶつかった講義は出席扱いにしてもらえるし期末試験もレポートに代えてもらえることになっているんですけどね」
 
「そのレポート書くのも大変そう」
「同じクラスの友人にノートのコピーを私のアパートに投函しておいてもらうようお願いしているんですよ」
「でもそれを読む時間が」
「そうなんですよ!」
 

保志絵は“京平”についても尋ねてみた。
 
「京平ちゃんって、どうやって作るつもり?」
「私にも分かりません。その時が来たら分かるなんて、言われているんですけどね」
 
保志絵は「誰に」言われているのか訊きたかったが、何故か訊いてはいけない気がした。
 
「私に赤ちゃん産める訳無いし。もしかしたら貴司さんが他の女性に産ませるのかも。あの人、浮気性だし」
 
「うーん・・・・」
 
「私が自分で産めたらいいんですけどね〜」
「千里ちゃん、卵巣とか無いんだっけ?」
「無いですよ〜。それ昨年はタイで徹底的に検査されましたよ。頭のてっぺんから足の先まで長時間掛けてMRIで検査されたんですよ」
 
「なんか大変そう」
 
「検査内容のひとつはどこかに睾丸が温存されてないか。睾丸って、お股の所になくても、足の皮膚に埋め込んだりしても、ちゃんと機能するんですよ」
「へー!」
「それと卵巣や子宮が無いことの確認。もし存在したら、それは私本人ではなく別の女子が身代わり受診している可能性があるから」
 
「なるほどー!」
 
「だから私に卵巣は無いはずです。20歳すぎたら、性別の変更を申請しますけど、どっちみち、それまでは貴司さんと籍を入れることができないですね」
 
「うんうん。以前は24歳くらいまでふたりが恋愛関係にあったら、とか言ってたけど、20歳すぎたらすぐ籍を入れちゃってもいいからね」
 
「そうですね〜。でも正直、リオデジャネイロの次のオリンピックくらいまではとても結婚してられないかもという気もするんですよ」
 
(この当時はまだ2020年のオリンピック開催地は決まっていない)
 
「そんなに待たせると、淑子さんに京平の顔を見せてあげられるかどうか怪しくなってしまう」
と保志絵さんは正直な感想を言う。
 
「もしかしたら、だから他の女性に産んでもらうのかも」
「うーん・・・」
 

千里がトイレに立ったので、保志絵も部屋の隅に行き、コーラの缶を取ってきて開けて飲んだ。座った時にうっかり千里のバッグを倒してしまった。
 
「あ、ごめーん」
などと、今ここに居ない千里に謝るかのように言って、そのバッグを起こすが、何か書類のようなものが、バッグからこぼれた。それを拾い上げてバッグに戻そうとした時、それが戸籍謄本であることに気付く。
 
保志絵はそういう書類を勝手に見てはいけないと思った。
 
しかし好奇心を抑えきることができなかった。
 
千里の一家の戸籍謄本である。
 
武矢  夫 昭和36年8月18日 父:村山十四春 母:村山天子 続柄:長男

津気子 妻 昭和42年6月23日 父:奥沼大治 母:奥沼紀子 続柄:二女

千里 平成3年3月3日 父:村山武矢 母:村山津気子 続柄:長女

玲羅 平成4年7月23日 父:村山武矢 母:村山津気子 続柄:二女

 
あら、津気子さんって私より1つ上だったのか。雰囲気が若いから自分より2つくらい下かと思ってた・・・・などと思って眺めていたのだが、何かこの戸籍謄本に違和感を覚えた。
 
何だろう・・・・と考えるが分からない。
 
その内、足音がする。あ、千里ちゃん戻って来た!と思い、慌てて保志絵はその戸籍謄本を畳んでバッグの中に入れた。
 
千里が障子を開けてこちらにニコっと会釈をするので、こちらも会釈を返す。ちょっとだけ心が後ろめたい。
 
その時、保志絵はやっと今見た戸籍謄本の記載に感じた違和感の正体が分かった。 
千里ちゃんが「長女」と記載されていた!!
 
だったら・・・だったら・・・・千里ちゃん、男の子だったというのが実は嘘で元々女の子だったの〜〜〜〜!?
 
でもそれなら、なぜわざわざ自分は男だとか、自分は子供が産めないなんて嘘をつかなければならないのだろう??
 
保志絵は物凄い疑問を感じたものの、それを千里に訊く訳にはいかないので、頭の中が半ばパニックになっていた。
 

法要は翌日6日(日)の朝11時から行われた。
 
お坊さんが来て、仏檀の前で長々とお経を読む。ここの仏檀は昔の家なので、かなり巨大なものである。中に入っている仏さんの数もかなり多い。宝蔵の前妻の貞子もここに入っている。やはり淑子さんが留萌に出てきたのは、この家に自分の居場所が無くなった気がしたのかも知れないなあ、などと保志絵は思っていた。
 
お坊さんのお経は30分ほど続き、足がしびれる人が続出した感じである。その後焼香をするが、参列者が多いのでこれにもかなり時間が掛かる。しかし焼香の時はとにかく立ち上がって歩けるのでホッとする。もっとも足がしびれていたため、ふらふらとしてしまう人もかなり出ていた。
 
12時頃になって、やっと法事は終わり、お膳を出す。朝から女性親族一同で協力して作った料理である。精進料理にする予定だったのだが、長男の芳郎さんが「親父は魚が大好きだったから、魚を食おう」と言ったため、近海で取れた本マス(樺太鱒の地方名)やホッケなどの刺身を作った。この作業には魚をさばくのが得意な千里・美沙や梨菜が大活躍で、鶴子(芳郎の妻)は「若い人がやってくれると助かる。私は最近目が衰えてきたから寄生虫を見逃すかも」などと言っていた。実際最近ではここの家で魚をさばくのはだいたい鶴子の娘の梨菜がしているらしい。
 
お坊さんもお魚が刺身とか煮魚とか出てくるので、ちょっと驚いたようであったが、芳郎さんが趣旨を説明すると「なるほど。故人の好きなもので送ってあげるのがいちばんですよ」と言って、自分も魚に口を付けていた。
 

12時半頃、千里と並んで座っている貴司がトイレにでも行くのか席を立ったのを見て保志絵は自分も席を立った。
 
「あんたたち2人で来たのは初めてだね」
「僕も千里も忙しかったのもあるけど、僕が浮気していて、千里を怒らせていた時期もかなりあった」
 
「そのあたりは理歌からも聞いてたけど、あんたがそんなに浮気してもあんたを捨てない千里ちゃんは、本当にいい子だと思うよ」
 
「うん。普通なら愛想尽かされてそうだというのは反省している」
と貴司は言う。
 
「でも今は上手くいっているみたいね」
「そうだね。ここ半年くらいは安定してるかなあ」
 
「どのくらい会ってるの?」
「月に2回くらい。去年は千里が大阪に来てくれることが多かったんだけど今年は僕もかなり東京に出てきてるから、東京で会うのと大阪で会うのとが半々くらいになっているかな」
 
「交通費大変なんじゃない?」
「そんな気はする。だから千里が大阪に来てくれた時は、新幹線代あるいはガソリン代を渡してる」
 
「車で来ることもあるの?」
「うん。千里が大阪に来る時は車で来ることが多い。千里は火木土の深夜にファミレスのバイトをしてるんだよ。それで土曜日の夜勤が開けた日曜日の朝から車で5時間走って大阪に昼前に着いて、それから日曜の午後から夜までデートして、夜中の12時くらいに車で帰っていくというパターンが多い」
 
「それいつ寝てるのよ!?」
「実は僕も疑問なんだけど、千里は平気平気と言っている」
「それちょっと事故とかが心配」
 
「うん。だから新幹線にしなよと言うんだけど、新幹線だと時間が合わないから、充分な時間デートできないと言うんだよね。確かに夜中は新幹線が走ってないから」
 
「でも心配だなあ」
 

その時、ふと保志絵は思いつくように言った。
 
「あんたたち、セックスする時はちゃんと避妊してるよね?」
「うん。ちゃんと付けてるよ」
「だったらいいけど」
 
「今妊娠するとバスケの活動に支障が出るから、ちゃんと避妊してねと言われてる。実は何度か付けずにやってしまって、凄く怒らせたこともある」
と貴司は言った。
 
保志絵はその貴司の言葉で昨夜から持っていた疑問が大きくなった。
 
「ね、千里ちゃんって、妊娠するんだっけ?」
「そのあたりが実は僕もどうも良く分からないんだけど、千里、生理はあるみたいなんだよね」
「うーん・・・」
 
「金曜日にマンションで一緒に寝た時も『今日は排卵日だから』なんて言ってたし」
 
「うーん・・・・・」
 
保志絵は悩んだ。やはり千里ちゃんって、元々女の子なの!?だったら、京平も本当は千里ちゃんが、自分で産んでくれるのでは??
 
「貴司、千里ちゃんが男の子だった頃に、おちんちんとか触った?」
 
「それ一度も触らせてくれなかった。僕が千里と初めてセックスしたのは千里が高校に入った時なんだけど、その時も僕は千里のおちんちんとかは見てない。まるで女の子とするかのような感覚だった。もっとも、僕は千里以外の女の子との経験がほとんどないから、普通の女の子と同じなのかどうかはよく分からないんだけど」
 
貴司が千里以外とセックスしたのは緋那とした2回だけである。しかし2度とも貴司は到達できなかった。貴司は自分のはひょっとしたら細すぎるのかも知れない。その細いものが千里の人工的に作ったヴァギナに結果的にジャストフィットなのかも知れないという可能性も考えていた。
 

「千里ちゃんって、高校1年の時に性別検査受けさせられて女の子だと判定されたんでしょ?」
 
「性別検査を受けさせられたのが高校1年の11月なんだけど、千里のチームメイトの話を聞くと、それ以前に6月にあいつドーピング検査を受けさせられているんだけど、その時『女子選手として』問題なしという検査結果が出ていたらしいんだよ」
 
「はぁ?」
 
「その時、千里は女性の検査官に検査されている。ということはその時点で既に千里は女だったということになる。ということは、そもそも僕と初めてセックスした、高校入学の時も既に女だったのではという気がする」
 
と貴司は言う。
 
「そのあたりどうなっている訳?」
 
「僕が千里のヌードを初めて見たのは中学2年の時だけど、その時千里のヌードは女の子にしか見えなかった」
 
「うーん・・・」
 
「だから僕は千里がよく分からない。もし千里が本当に最初は男の子だったのなら、ひょっとしたら、中学1年生か、あるいは小学生の内に性転換手術しちゃったのかも知れない」
 
「そんな年齢で性転換手術なんてできるの?」
 
「普通は18歳以上でないとしてくれないよ。だから、僕はもうひとつの可能性もずっと考えている」
 
と貴司は言う。
 
「千里が男だったというのが大嘘で、実は最初から女の子だったのではってね」
 
保志絵は貴司の言葉に頷くようにしていた。
 
それなら、あの戸籍謄本と矛盾しないのである。
 
それで保志絵は、もしかして千里ちゃん半陰陽で最初は男児として届け出がなされたけど、本当は女の子だったということになって手術を受けてちゃんと女の子の形にして戸籍もその時点で修正したのでは?という可能性も考えていた。その場合、千里が妊娠できる可能性は50:50(フィフティー・フィフティー)という気もした。
 

昨日は着くなり宴会が始まってしまい、多くがお風呂に入りそびれた。それで法要が終わった後、みんなで温泉に行くことにした。
 
礼文島温泉《うすゆきの湯》に行く。ここは昨年10月にオープンしたばかりの新しい温泉施設である。昔は礼文島には湯脈は無いと言われていたのだが、実際に掘ってみたら出てきたのである。但し地下1300mから源泉は湧出している。 
芳朗の家からは結構な距離があるので、お友達の家からワゴン車を借りてきて何往復かしてみんなを運んだ。だいたい6人くらいずつ運ぶので、保志絵・望信・貴司・千里・理歌・美姫が一緒に運んでもらい、結局、保志絵・千里・理歌・美姫の4人が一緒に女湯に入ることになる。
 
「千里お姉さん、でも腕が太いですよね〜」
と美姫が言う。
 
「全然女らしくないでしょ?」
と千里は微笑んで言う。
 
「そんなことないです。素敵だなあと思って」
「まあ貴司さんはこの腕の太さが気に入ってくれているみたいで、よく撫でているけど」
「おやおや」
 
「やはり元男の子だから太いの?」
と保志絵は訊いてみる。
 
このメンツだからできる質問である。
 
千里は微笑んで答える。
 
「私、男の子だった頃は、女みたいに細い腕だと言われていたのよね〜。でも女の子になってからは男に負けないような身体を作ろうと頑張って鍛えて、腕も太くなったんだよ」
 
「何だか面白い話だ」
「貴司さん、けっこう腕フェチ、足フェチみたいだし」
「ああ、あの子はそういう子かも」
 
どうも保志絵は貴司のセクシャル・アイデンティティに疑惑を感じているようである。
 
「いつ女の子になったんだっけ?」
と保志絵は訊いた。
 
「それが自分でもよく分からないんですよね〜」
と千里は困ったように言った。
 
「今は女の子だよね?」
「まあそれは脱いでみれば分かるかと」
と言って千里は全部脱いでしまう。
 
「間違い無く女の子ですね」
と理歌。
 
「あ、パンティライナー付けてる」
と美姫が言った。
 
「今排卵期だから特におりものが多いんですよね〜」
と言いながら、千里はパンティに貼り付けているそれを外してまるめると、ティッシュに包んで脱衣場の汚物入れに捨てる。
 
「確かにそのくらいの時期に多くなりますよね」
と理歌は言いながら、首を傾げていた。保志絵も指を下唇の所に当てて、悩んでいるようであった。
 

千里は浴室の流し場で身体を洗い、髪を洗って、髪はアップにしてまとめ、クリップやバンスで押さえた上で浴槽につかる。
 
「その髪、洗うの大変そうですね」
と先に入っていた従妹の杏梨・桜花が寄ってくる。
 
「うん。だからどうしてもお風呂入るの、私時間掛かるんですよ。でも貴司さんと一緒に銭湯とかに入ると、たいてい私が先に出るんですよね〜」
 
「兄貴はいったいどこを洗っているんだ?」
と美姫が言う。
「あの子は確かに昔からお風呂が長かったよ」
と保志絵。
 
「なんか『神田川』みたいな話だ」
と杏梨たちの母・麗子が言っている。
 
「ああ、あの曲聴いて、私と貴司さんみたいだと思いましたよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「あなたの優しさが恐かった・・・か」
と理歌が言った。
 
「そう。貴司さんは、優しいのが長所でもあり欠点なんですよ。寄ってくる女の子みんなに優しくしてしまうから誤解される」
と千里は言った。
 
「それ、女としては困った彼氏かも」
と麗子も言った。
 
「でもビシバシ、私が排除しますから大丈夫です」
「おお、頼もしい」
 

温泉から帰ると、温泉までの往復で疲れそうだからと言って、代わりにこの家の内風呂に入って部屋で休んでいた淑子(貴司の祖母)が千里に声を掛けた。 
「ねえ、千里ちゃん。京平って、いつ頃産まれるの?」
 
「お祖母ちゃん、御免なさいね。期待だけさせて。多分5年後だと思うんですよ。2014年が世界選手権、2016年がオリンピックだから、その隙間に産んじゃおうかと思っているんですけどね」
「あと5年か・・・私、生きてるかなあ」
 
「お祖母ちゃんはあと40年くらい大丈夫ですよ」
と千里は言った。
 
「さすがにそんなに生きる自信は無い!」
 
千里は少し考えるようにしてから言った。
 
「お祖母ちゃん、今はゲーム三昧でしょ?」
「うん。そんな感じ」
 
「お散歩でもしてみません?普通に歩くのが辛かったら、最初の内はシルバーカーとか押しながらでもいいと思いますよ」
「できるかなあ」
 
「最初は1日1kmとかでもいいと思います。お祖母ちゃん、心臓が強いからたぶんすぐに2〜3km歩けるようになりますよ」
 
(名前が紛らわしいが手押しの買い物籠兼椅子のようなのがシルバーカーで、電動の車椅子のようなのがシニアカーである) 
「あ、私確かに健康診断ではいつも心臓がしっかりしてますねとは言われる」
「だから、少し運動していると、寿命も延びると思いますよ。お祖母ちゃんはたぶん京平の孫娘の顔まで見ることができると思います」
 
「ほんとに?」
「あ、私、今京平の孫娘って言いましたね?」
「うん。言った」
「京平に孫娘ができるのかな?」
「あんた、分からずに言ったの?」
「私、時々これがあるんですよ〜。なんかどこかから降りてくるんです」
 
そんなことを言っていたら、千里の少し後から来て、会話の後半だけ聞いた保志絵が言った。
 
「この子って天性の巫女なんですよ。しばしばこの子、この手のお告げを言うんですよね〜。だから、お母さん、きっと京平の孫娘の顔を見るまで生きてますよ」
 
「そっかー。だったら少し頑張って毎日散歩してみようかな」
と淑子。
「ええ。それがいいです」
と千里。
 
「シルバーカー、留萌に帰る途中、旭川あたりで見ましょうか?」
と保志絵も言った。
 
「でも千里ちゃんの産む子の孫だったら、お母さんからは何に当たるのかな?」
と保志絵が言う。
 
「貴司さんが孫、京平が曾孫(ひまご)、博美が玄孫(げんそん・やしゃご)で」
と千里が言った時、保志絵が
「ひろみ?」
と言う。
 
「え?それ誰だろう?」
と千里自身が驚いている。
 
「京平の子供の名前かしら」
と言って、淑子も笑っている。
 
「あ、すみません。分かりません」
「でも、ひろみって、女の子かしら?」
「男の子かも知れないですね。どちらもありますよね」
 
「京平は男の子?」
「女の子で京平はない気がします」
「まあ女装くらいはさせてもいいけど」
 
「で、とりあえず、玄孫の子供は来孫(らいそん・きしゃご)ですね」
 
「じゃ、その子たちに会えるのを楽しみにして、私も頑張ろうかな」
と淑子。
 
「はい。無理しない範囲で頑張ってください」
と千里は笑顔で言った。
 

その日は車で稚内まで来ている人たちが夕方のフェリーで稚内に戻ったが、千里と貴司は夕方のフェリーで移動しても飛行機が無いので、その日も芳朗宅に泊めてもらった。結果的に理歌や保志絵たちもそれに付き合った。
 
千里は翌6月7日(月)朝の朝御飯作りにも協力して、この日まで残っている親戚たちと一緒に朝御飯を食べ、更に食器の片付けをした上で、8:45の稚内行きフェリーに乗った。
 
稚内に10:40に着く。ここで保志絵たちは車で留萌に向かい、貴司は関空行きの飛行機に乗ったのだが、千里はレンタカーを借りて旭川に向かった。方向が同じになるので、結局理歌と美姫は千里の車の方に乗った。
 
「でも今回は芳朗さんちでは男女別の部屋割になったから、Hできなくて兄貴悶々としていたみたい」
と理歌が言う。
 
「まあお預けにしておいた方が次にする時燃えるかもね」
と千里は言っておく。
 
「確かに確かに」
 
「でも悶々としすぎて浮気に走らない?」
と美姫が心配するも
 
「あいつは悶々としてなくても常に浮気しようとしているからいつもと変わらない」
と千里が言うと
 
「なるほどー!」
 
「お母さんは言うなと言ってたんだけど・・・」
と理歌がためらいがちに切り出すと
 
「緋那さんがそちらに顔出したんでしょ?」
と千里が言う。
 
「ご存じだったんですか!? そうなんですよ!びっくりした」
と理歌。
 
「お父ちゃんがよく分かってなくて家にあげちゃったんですよ。でもお母ちゃんが戻って来るなり追い出しましたから」
 
「あの子も諦めたみたいなこと言ってて、全然諦めないなあ」
と千里は言う。
 
「実際問題として兄貴はどう考えてるんでしょうね」
と理歌が半ば嘆くように言ったが
 
「あいつは何も考えてないよ」
と千里は言う。
 
「ああ」
「まあ貴司が誰と浮気しようと、誰と結婚しようと、私は貴司の妻であり続けるし、貴司は私自体を捨てることはできないから」
と千里が言うと
 
「達観してますね〜」
と理歌も美姫も感心している。
 
「兄貴、緋那さんとも関係を継続しているんでしょうか?」
「緋那さんが貴司を待ち伏せしてキャッチしようとしたことはあるけど私が排除した」
「おぉ」
 
「私たちと玲羅ちゃんの3人で兄貴におまじない掛けたんですよ。兄貴が千里さん以外とはセックスできないように」
と理歌が言う。
 
「貴司は自分でもそんな暗示掛けちゃったみたい。自分でも解き方が分からないんじゃないかな」
 
「へー」
「私が貴司の浮気に怒ったとき、反省して、さすがに罪悪感を感じて、その後、夢の中で暗示を掛けてしまったみたい」
 
「ほほお」
 
「だから、あいつは他の女の子とセックスしようとしても、できないだろうね。たとえ、その人と結婚したとしてもね」
 
「じゃ、兄貴のおちんちんはもう千里さん専用なんですね」
「そうそう。私が名前書いちゃったようなもの」
 
「面白ーい」
 

「でもそのアクアマリンの指輪、兄貴にしてはセンスがいい」
と理歌。
 
「見てみる?」
と言って千里は運転しながら左手薬指の指輪を外し、後部座席の理歌に渡す。ふたりには正月に来た時にも見せているのだが、内側の刻印までは見せていない。
 
「何か文字が書いてある。Takashi to Chisato Love Foreverか。やはり兄貴としてはエンゲージリングのつもりで贈ったんだ?」
 
「うん。エンゲージリングとして受け取ってくれと言われた。でも緋那さんと完全に切れるまでは受け取れないと言った。それでだったらファッションリングとしてでも受け取ってくれと言うから受け取った」
 
「なるほどー」
 
「でも貴司がこの後、浮気しなかったらそのままエンゲージリングということにしてもいいよ」
と千里は言う。
 
「お姉さん、お言葉ですが」
「やはり、無理だよねぇ」
「兄貴のは病気ですよ」
「だと思う」
と千里も首を振りながら言った。
 

途中名寄で(保志絵の車に乗っている人達も一緒に)昼食を取り、15時半頃旭川に着く。理歌たちは街で買い物をしてから帰りたいと言っていたので、駅前の商店街で降ろして千里はまず市内の伊川税理士事務所を訪れた。千里の設立した会社の最初の決算をしなければならないので、その打ち合わせをすることにしていた。
 
「これで特に問題無いですね」
「それでは株主総会は来週の日曜日に」
「村山さんも千葉と旭川の往復で大変ですね」
「いや、これはこれで機内で色々構想を練られるからいいんですよ」
「なるほどですね」
 
千里はその後、会社設立でお世話になった赤坂司法書士の所にも顔を出して挨拶をしておいた。
 
夕方からは旭川N高校に顔を出して、練習風景を見学する。
 
「千里先輩!1on1やらせてもらえませんか?」
と絵津子や紫が言う。
 
「OKOK。やろうよ」
と言って千里は練習用のバスケットウェアに着替え、バッシュを履く。 
「それやはり練習する予定で持って来ていたんですか?」
と胡蝶が聞いたが
 
「これはいつも持ち歩いているんだよ。持ち歩いてないと変な気分なんだよね。ギタリストが用事が無くてもいつもギターを持ち歩いているようなもの」
 
「なるほどー」
 
「まあピアニストはグランドピアノ持ち歩けないけどね」
「それで電車に乗ると、ちょっと迷惑ですね」
 
この日は絵津子、ソフィア、不二子、紫、胡蝶たちとたくさん手合わせしたものの、千里を本気にさせたのは絵津子だけで、紫やソフィアには千里は八分くらいの力で対峙していた。また胡蝶や宮坂智加・宮口花夜などのスリーも見てあげた。
 
「来週も来るから、みんなレベルアップしといてね」
と千里は言う。
 
「はい!頑張ります」
とみんな大きく息をつきながら言っていた。
 

千里はこの日、旭川空港から20:20の羽田行き最終便で戻った(22:05着)。 
空港で待っている時に保志絵から電話があった。
 
「貴司の名前で香典を供えたの、たぶん千里ちゃんよね?」
「はい、そうです。貴司さん、何も考えてないみたいだったし。念のため用意していたんですよ」
「なんか凄い金額が入っていたってんで鶴子さんがびっくりしてたみたい」
「だって、この法事、物凄い費用が掛かってますでしょ?」
「実はそうなのよ。だから助かったと言ってた」
「私も貴司さんも昨年の一周忌に行けなかったし、ご無沙汰賃も兼ねて」
「香典返しに悩んでいたけど」
「じゃ、香典返しは、淑子さんに5000円くらいのビットキャッシュでも」
「ああ、喜ぶかも!」
 
なお、この日、大学には千里の代わりに《きーちゃん》が出席していた。千里はこの年、代表活動で特別扱いしてもらっているので、それ以外では絶対に休まないようにしようと考えていた。
 
「だから私が出席するわけ〜?」
と《きーちゃん》は文句を言っていたが。
 
この日はプログラミング実習があったが、《きーちゃん》がノーミスでモンテカルロ法のプログラムを書いたので「おお。村山もやればできるじゃん」といつも千里の奇抜な?プログラムに呆れていた指導教官が言っていた。
 

2010年6月9日(水)。
 
日本バスケット協会からU17女子日本代表、U18女子日本代表の最終メンバー12名が発表された。絵津子も紫もこの最終メンバーに残っていた。
 
同じ6月9日、日本バスケット協会は、国際競技規則2010を来年4月1日から施行すると発表した。主な改訂内容は下記である。
 
・制限エリアの形が従来の台形から、NBAと同様の長方形になる。
 
・スリーポイントラインが6.25mから6.75mに変更。近年スリーポイントの入る確率が高すぎるので、それを下げるために距離を50cm長くすることになった。 
・スローインサイドラインの新設
 
・ノーチャージセミサークルが設定され、ゴール真下のこのエリアでは攻撃側の選手が常識的なプレイの範囲で守備側の選手に接触してもチャージングは取らない。これは守備側の選手がファウルをもらおうとしてゴール下で待ち伏せする行為を排除するものである。
 
・24秒ルールの変更。攻撃側がフロントコートでスローインする場合、残り時間が14秒未満であったらクロックは14秒に戻される。これは守備側が無駄なファウルで攻撃側の時計を消費させることを防止するためのものである。
 
今回はとにかくコートの形が変わるルール変更が多く、日本中の体育館を悩ませることになる。
 
この中でノーチャージ・セミサークルやスローインサイドラインは線を書き足せばいいのだが、制限エリアの形が変わるのと、スリーポイントラインの変更は今までの線を消して新たな線を書かなければならない。
 
なお、このコートの形の変更に関しては、日本国内では2013年5月31日まで移行猶予期間が設けられることになった。またミニバスでは当面制限エリアは台形のままということになった。
 

6月11-12日(金土)、インターハイ岡山県予選の1〜2回戦、準々決勝が行われた。E女子校はシードで2回戦からであったが、2008年12月のウィンターカップ以来、1年半ぶりに国内の大会に参加した王子のプレイが炸裂し、クワドルプル・スコアで2回戦を突破する。そして準々決勝もダブルスコアで勝ち上がって、翌週の準決勝に駒を進めた。
 

6月13日(日)。
 
旭川市内の中華料理店を10時から12時まで借り切って、千里の個人会社フェニックス・トラインの決算に伴う株主総会を開いた。ここにこの会社の株を買った友人たちが多数集まり、賑やかな総会になる。
 
「そういう訳で今回は3月23日に設立して3月31日決算なので、事業年度が9日間しかありませんが、設立の1ヶ月程度前からの売上は会社の売上として計上してよいということになっているので2月末と3月末に入金された印税・著作権使用料を計上しました。それで今期の売上は6236万2568円で・・・」
 
と千里は今期の決算の概要について、予め書いて税理士さんに見てもらった文章を読み上げた。
 
「まあそういう訳で今期は期間が短かったこともあり、1株あたり80円の配当にさせて頂きたいと思います」
と千里が言うと
 
「私は40株だから3200円か」
などと言っている人もいるが
「私は1株だから80円だな」
と暢子などは言っている。
 
取り敢えず拍手をもって決算の承認をしてもらった後は、懇親会となる。 
「これ食べ放題?」
「食べ放題・飲み放題ですよ〜」
「よし食おう!」
 
といって、色々注文している子がいる。
 
「配当より、こちらの方がありがたい気がする」
「まあ、そういう会社も多いです」
 

懇親会が終わった後、千里は懇親会にも出ていた暢子・睦子と共に旭川N高校に行った。日曜日ではあるが、道大会が近いので、多くの部員が出てきている。 
「わ、暢子先輩も居る」
などと絵津子が言ったので
 
「おまえ、私が来たら都合悪いのか?」
と言われてヘッドロックを掛けられている。
 
ちょうど志緒とリリカも来ていたので、
 
「OG対現役戦をしよう」
という話になった。
 
OG PG.志緒 SG.千里 SF.睦子 PF.暢子 C.リリカ

現 PG.紫 SG.ソフィア SF.絵津子 PF.不二子 C.紅鹿

 
というスターターで10分間の練習試合をした。
 
結果は16-24でOGの勝ちである。
 
「U17とU18の日本代表が入っててもフル代表1人には勝てなかった」
などという声もある。
 
「これならインターハイにはOGを出そうか」
などと南野コーチが言っている。
 
「え〜!?」
 
「まあ、そういう事態になりたくなければ、あと一週間必死で練習するということで」
と宇田先生は笑って言っていた。
 

今日は暢子が絵津子・不二子や紫を見てくれるので、千里はソフィアやシューター陣を見てあげた。睦子がリリカと一緒にセンターやフォワード陣を見てあげている。
 
練習している時に、不二子が体育館に貼っているビニールテープのラインに引っかかって転ぶ。
 
「大丈夫?」
「平気です。平気です。私は丈夫なのが取り柄だし」
 
確かに元々不二子はよく転んだり、物にぶつかったりしがちである。
 
「そこ貼り直した方がいいかも」
「ああ。端が結構めくれてるね」
 
「よし。ちょっとこのあたり貼り直すから、近寄らないで」
と言って、白石コーチがビニールテープを持って来て、いったんその付近を剥がし、白石・南野コーチと千里・志緒・睦子の5人で貼り直した。
 
「これずっとビニールテープなんですか?」
と志緒が訊く。
 
「制限エリアの形が変わりそうだというので、ペイントせずにビニールテープ貼っていたんだよね」
と千里が言う。
 
「そうなのよ。でもルール改訂が発表されたから、来年の3月にテープ全部剥がして、ペイントすることにした」
と南野コーチ。
 
「でもまた10年後くらいにルール改訂されたら、表面を削って描き直しですかね?」
と睦子が訊く。
 
「まあその時は仕方ないね」
 
その時、志緒が言った。
 
「ウィンターカップやった時にですね。東京体育館は2コート取る時はちゃんと2コートのライン、センターコートでやる時はちゃんと真ん中に1コート取るラインになってましたでしょ? あれどうなってるんですかね? あそこバレーとかで使う時は、バレーのラインになってたし」
 
「あ、私もそれ不思議に思ってた」
と千里が言った。
 
これについては白石コーチが知っていた。
 
「あれはタラフレックスといって、その度に床の板を敷き直すんだよ」
「へー!」
 
「ひとつひとつの床板は1.5m x 20m くらいのユニットなんだよ。その上にラインが引かれていて、それを敷き直すことで、様々なコートの形に対応できるんだよね。それにその床は木の床より柔らかいから、怪我とかも防止できる」
 
と白石コーチは説明する。
 
「ああ。木の床だと、バレーで回転レシーブとかした時に、床のささくれに当たって大怪我することとか、ありますよね」
 
「そうそう。それって、バレーでは結構問題になってる。毎年どこかでその手の事故が起きてるんだよ。あれは滑り込む感じになるから、小さなささくれがめくれて大きな破片になっちゃうんだよね」
 
と白石コーチ。
 
「そのえっと、タレハラックス?」
「タラフレックス(Taraflex)。実は結構昔からあるし便利なんだけど、やはり高いからなかなか普及しないね。東京体育館なんかは予算があるから用意しているけど」
 
「高いってどのくらいするんですか?」
と睦子。
 
「1平米あたりで1万5千円か2万円くらいだった気がする」
と白石コーチ。
 
「この朱雀って何平米だっけ?」
と睦子。
 
「34m x 60m だからえっと・・・2000平米くらいかな?」
「じゃ2万円として4000万円くらいか」
と睦子。
 
「いや、この朱雀は緑のテープは2コート・レイアウトだけど、練習用の黄色いテープは3コートレイアウトで、白いテープはセンターコート仕様で3種類必要なのでは?」
と志緒。
 
「だったら1億2000万円?」
 
「それコートの形の部分だけ線が引かれていればいいんだから、けっこうユニットを兼用できると思う」
と南野コーチ。
 
「あっそうか。無地のものがたくさんあれば並べ直しで行けるんだ」
と睦子。
 
「とすると、もしかしたら6000万円くらいで済むかも」
と白石コーチも言う。
 
「ちょっと寄付を募って、そのくらい集められませんかね。東京体育館と同じ仕様の床と言ったら、けっこう新入生にもアピールしますよ」
と志緒。
 
「それはアピールするかも知れないけど、6000万円も寄付を集めるのは大変だよ」
と白石コーチが言う。
 
すると睦子が言った。
「ここで千里がその6000万円をポンと寄付してくれたら、千里も女になれるな」
 
千里は苦笑する。
 
「女になれるって、まるで性転換するみたい」
「ああ。性転換でもいいと思うけど」
と睦子。
「じゃ今の私の性別は?」
「きっと6000万円寄付したら、赤ちゃん産めるようになる」
「ほんとに〜?」
 
と千里は笑いながら言ったが、続けて言った。
 
「いいよ。6000万円寄付しても。私赤ちゃん産みたいし」
 
「え〜〜!?」
 
「千里ちゃん大丈夫?12月にも1000万円寄付してくれたのに」
と南野コーチが心配する。
 
「年間の売上が昨年実績で4億円あったので」
「ひぇー!?」
「まあ2億円は税金で取られましたけど」
「なんか単位が凄い」
 
「それどっちみち、導入するのは来年の3月ですよね?」
「うん。そうなる」
「だったら、3月と4月で3000万円ずつ分割できませんか? それなら2つの事業年度に分割できるんで、こちらも処理がしやすいです」
 
「そのくらいの交渉は充分できると思うよ。そもそも3月に施工したら支払いは4月になると思うしね」
 
「その場合逆に前払いしても3月中に半額払えると、助かるんですよ」
「なるほどー!」
 
思いがけない話に宇田先生も寄ってきて千里たちと話し合った。
 
「確かにタラフレックスを使えば、怪我防止効果が大きいと思うよ」
と宇田先生も言う。
 
「先生、その見積もりを取ってもらえませんか? 施工費用も含めて私が寄付しますから」
と千里は言った。
 
「分かった。とにかく見積もり取ってみるけど、村山君、無理はしないでよ」
と宇田先生。
 
「ええ。無理はしませんけどね」
 
「よし。それではこの体育館に千里の名前を刻んであげよう」
と睦子は言っている。
 
「うん。そのくらいしてもいい」
と白石コーチ。
 
「そんなの恥ずかしいからやめて〜」
と千里は言った。
 
「ところで私、ほんとに赤ちゃん産めるようになる?」
と千里が訊くと
「どうしてもダメな時は私が代わりに産んであげるよ」
と睦子は答える。
 
「それ人工授精なんですか?」
と志緒。
 
「千里の結婚相手がイケメンだったら一晩一緒に寝ても良い」
と睦子は言った。
 
 
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