【娘たち・各々の出発】(2)

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試合終了のブザーが鳴ると同時にコートにいた5人が抱き合って喜びを分かちあう。結局第4ピリオドの点数は12-31という凄まじいものであった。
 
終了後お互い挨拶してベンチに戻ると、ベンチに居たメンバーとも抱き合う。監督・コーチとも握手し、そのふたりとも感激のあまり抱き合う子もいる。
 
こうして千葉ローキューツは、社会人選手権の切符を手に入れたのであった。
 
なお決勝戦の方は女形ズが江戸娘を破った。福石さんはひとりで30点取る活躍であった。それで順位は1位女形ズ、2位江戸娘、3位ローキューツ、4位美濃鉄道となり、3位のローキューツまでが11月に行われる全日本社会人バスケットボール選手権に出場することになる。
 

試合が終わった後、まずは新幹線で東京に戻ってから、結局千葉市内の居酒屋で打ち上げ兼・来夢と美佐恵の送別会をした。
 
「私と同レベルと思っていた美佐恵が卒業するというのは寂しい」
などと茜が言っている。
 
「そこは玉緒を鍛えて」
と美佐恵。
 
「玉ちゃん、私より上手くなるかも知れないなあ」
と茜。
 
「来夢さん、背番号とか決まったんですか?」
「うん。今このチームで付けてる21番をもらえることになった」
「へー!エレクトロウィッカ時代の17じゃないんですか?」
「やはり私はここで再生した気がするよ。半年だけだったけど、色々と学び直したものがあった」
 
と来夢は言っている。
 
「じゃ今度新しく作るユニフォーム、21番・RAIMUも作って、そちらにお渡ししますよ」
「わあ、それは記念にもらっちゃおう」
 
「永久欠番?」
と質問が出るが
「次にユニフォーム作り直すまでの欠番かな」
と浩子。
「3−4年間の欠番かな」
と麻依子。
 

実際には次に新しいユニフォームを作ったのは2015年春で、ローキューツを冬子(ローズ+リリーのケイ)が所有することになってからであった。この2010年版ユニフォームにはフェニックス・トラインのロゴ(三角形の中に描かれた朱雀)が上着の肩布とパンツの裾の所に入っていたが、2015年版のユニフォームでは代わってサマーガールズ出版のロゴ(ビキニの女の子2人の絵)が入ることになる。なお、須佐ミナミは2016年加入なので、朱雀ロゴの入ったユニフォームを着ていない。
 

「薫は今年戸籍を直すんでしょ?」
とさりげなく国香が訊く。
 
「うん。誕生日過ぎたらすぐに申請するつもり」
と本人。
 
「あれ?薫ってもう性転換手術終わってたんだ?」
と菜香子が訊く。
 
「あ、えっと・・・・」
 
「まあ多分本当は手術は終わってるんだろうね、とみんな言ってたね」
と麻依子が笑いながら言う。
 
「あれって手術した後、2年くらい安静にしておかないといけないんじゃないの?」
「さすがに2年ってことはない!」
 
「まあ普通は2〜3ヶ月だよ」
「へー。そんなものか」
「傷そのものよりホルモンバランスの崩れで苦しむ人はあるけどね」
「そちらがきつそうだね」
 
「でも、2〜3ヶ月にしても、いつ手術したんだろう?」
「大学に入ってすぐ手術したのではというのに1票」
「実は高校時代に手術していたのではという説に1票」
「実は中学くらいで手術したのではという説に1票」
「実は小さい頃に自分で切り落としたのではという説に1票」
「それは無茶!」
 
「やはり自分で切ったら痛いのかなあ」
「それは無茶苦茶痛いのでは?」
「まあ昔の中国では宦官になりたくて、でも手術代が無くて自分で切り落とした人もいたらしいよ」
「やはりそういう人いるもんなんだ?」
「多分自分で切った人のほとんどはそのまま死んだと思う」
「だろうなあ」
 
「太い血管が通っていて、その止血が素人ではできないし、もっと怖いのが傷が治る時に尿道口を塞いでしまうと、その後は医者でも助けることができなかったんだよ、当時の技術では」
「おしっこが出せないと、どうにもならないね」
「それを防ぐために針を尿道に挿しておくんだけど、そのあたりも素人ではうまくできない。尿道口が無ければ苦しみながら死ぬしかなかったと思う」
「壮絶だな」
「おちんちん付いてると大変だね」
「私たち、おちんちん無くて良かったね」
 

千里は全日本クラブ選手権が終わった翌日の23日に電車で東京に出ると代々木体育館そばの岸記念体育会館を訪れた。日本体育協会と日本オリンピック委員会の入っているビルだが、ここに日本バスケットボール協会ほか、多くのスポーツの国内統括団体の本部がある。
 
千里がここに来るのは、高2のインターハイ前に性別に関する事情聴取と検査を受けさせられた時以来まだ2度目である。U18アジア選手権の時もU19世界選手権の時も、バスケ協会の幹部さんとは、北区の合宿所や関空・成田などでしか会っておらず、文部科学省にも行っているのに、バスケ協会には来ていない。
 
「なんだかこのビル、今にも崩れそうだなあ」と思いながらエレベータで5階に上がるが、千里がそんなことを考えていたら《こうちゃん》が
 
『何なら今すぐ崩そうか?』
などと言うので
 
『余計な親切はやめとこう』
と言っておいた。
 
バスケ協会の部屋に入り、受付で来意を告げると、最初に出てきたのは以前千里の性別診断をしてくれた医学委員の由里浜さんである。
 
「ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰。ちょっと話しません?」
「はい」
 
それで応接室に入り、由里浜さん自ら紅茶とケーキを持ってきてくれた。
 
「わ、すみません」
 
「村山さん、大活躍だね」
「あ、いいえ。色々運が良かったりしたのもあると思います」
 
「日本代表でもU18アジア選手権で優勝、U19世界選手権で7位、チームの方も旭川N高校はインターハイ2年連続3位、ウィンターカップで準優勝、そしてそれ全部でスリーポイント女王。2008年のオールジャパンでもスリーポイント女王」
 
「それ花園亜津子さんの出てない大会や、出ていても偶然向こうの出場試合が少なかった時ばかりなんですよ」
 
「今所属しているチームでも、関東クラブ選抜で優勝、関東クラブ選手権で2位、昨日行われた全日本クラブ選手権で3位で、社会人選手権出場決定」
 
「こちらはいいチームメイトに恵まれました」
「ここは今年できたチーム?」
「3年前からあるのですが、今までは全然大会に参加してなかったんですよ」
「それはまたなぜ?」
「大会当日5人そろわないことばかりだったそうで」
「あらあら」
 
「でもあの後、何度も性別検査受けさせられているみたいね」
「いや、もう慣れました。7月にタイで受けたのがいちばん凄かったです。頭のてっぺんから足の先まで、睾丸がどこかに温存されてないかチェックしていたみたいです」
「ああ。大変ねぇ」
とLさんは同情するように言ってから
 
「あなた戸籍はいつ変更するの?」
と尋ねる。
 
「私早生まれだから20歳になるのは来年の3月なんですよ。だからそれ以降になると思います」
 
「なるほど、なるほど。じゃ戸籍上の性別変更が済んだら、私に連絡して下さい。もし私が退任していた場合は、その時点の医学委員長に伝えてもらえば、対処出来るように申し送りしておきますから。それであなたの性別に関する処理は完了します」
 
「はい。よろしくお願いします」
 
「そうだ。何人も担当が代わったりして、話が通じていなかったら、私の個人の携帯に電話して。私の方で、その時点の担当者とワタリを付けますから」
 
「はい」
 
それで彼女とは携帯の番号・アドレスを交換した。
 
「じゃ戸籍を変更したらすぐ女性のパスポート取って下さいね。あなた頻繁に海外の大会や合宿に行くことになるから、その度にチケットの手配担当を悩ませることになるし」
と由里浜さんは言った。
 
「ああ、パスポートは女になってますよ」
「え?なんで?」
「これが私のパスポートです」
 
と言って千里はバッグの中からパスポートを出し由里浜さんに見せる。
 
「ほんとにFになってる!なぜこうなってるの?」
「さあ。私がパスポート申請する時に、性別女と書いたからかも」
「でも申請書が女になってても、戸籍が男なら男で発行されるよね?氏名や性別を確認するのに健康保険証か何かチェックされなかった?」
 
「ああ。私の健康保険証は女ですよ」
と言って千里は国民健康保険の保険証を出してみせる。
 
「女になってる!」
と言ってから由里浜さんは悩む。
 
「あなた既に戸籍上、女になっているのでは?」
「え〜?そんなことはないと思いますけど」
 
「あなた、何か自分が戸籍上男だと証明できるようなものある?」
「中学の生徒手帳は男になっていた気がしますが、もう持ってません」
「どっちみち古すぎる。高校の生徒手帳は?」
「最初から女になっていたんですよねー。男に訂正してくれと言っても、戸籍と一致してないといけないよと言われて、直してもらえなかったんです」
 
「だったら、あなたとっくに戸籍は女になっていたのでは?」
「うーん。。。。自信が無くなってきた」
 
「あなたちょっと戸籍抄本を取ってみてもらえない?そして私宛に郵送して」
「分かりました。取り寄せます」
「あ、戸籍謄本にして。あなたに双子の兄弟とかいないか確認させて欲しい」
「はい。じゃ謄本を取ります」
 
そういえば高校時代、村山千里双子説ってあったな、と千里は思い起こしていた。
 
男子の試合に出ていた村山千里と女子の試合に出ている村山千里は双子だとか元々男の双子だったが、片方は性転換して女になったとか、元々男女の双子だったが、男の方は睾丸か陰茎の癌で、治療のために男性器は切除し、更に再発防止のために女性ホルモンも投与していたので、胸も膨らんで女性体型になっていたとか。
 

由里浜さんとの話が終わる。彼女が退席すると、入れ替わりで日本代表監督の田原さんが入って来た。
 
「ご無沙汰しておりました」
「うん。ご無沙汰、ご無沙汰」
 
田原さんともここ1年ほどの千里の活躍のことを話した。実際にはそのほとんどの出来事がここ3ヶ月ほどの間に起きたものなので“こそばゆい”感じである。
 
しばらく話している内に、田原さんがこんなことを言った。
 
「これ昨日佐藤(玲央美)君とも話したんだけどね」
「はい」
「花園、佐藤、村山という3人は今回選ばれた候補選手の中でもひときわ若い」
「そうですね」
「だから、この3人は単純に練習相手、兼、次世代の中核選手になってもらうために代表の雰囲気を感じ取ってもらうのに今回は招集されたと思っているかも知れないけど、僕としてはそんなつもりはないから」
「はい?」
 
「追加招集予定の横山君を含む24名の中の誰が選ばれるかは今の時点では誰も分からない。三木エレンや馬田恵子だって落ちるかも知れない。むしろ君たち若い人たちがそういうベテランや身体能力の高い選手を蹴落として代表枠を手にするくらいでなかったら、日本は今年の世界選手権、2年後のロンドンオリンピックで優勝することはできないと思うんだよ」
 
千里は監督の言葉を少し考えた。
 
「世界選手権やロンドンオリンピックで優勝するんですか?」
「それが君たちに掛かっていると思う」
 

田原さんからは、麻生太郎会長(前首相)名の選手招集協力依頼書をもらったので、千里はバスケ協会を出ると千葉に移動してC大学に行き、担任の華原准教授の部屋を訪れた。そして、依頼書と合宿予定のコピーを渡し、日本代表候補に選ばれたので、できたら配慮をしてもらえると助かるということを言った。
 
「ああ。大丈夫だよ。去年も代表やってたからね。あの時と同様の対応になると思う。あれ?今度はU19とかじゃないんだ?」
と准教授は依頼書の文面を見て言う。
 
「U20の方にも呼ぶと言われています。ですから今年の前半は両方の合宿に参加しないといけないみたいで」
「大変だね!」
「U20の方も公式に招集されたら、また協力依頼書を持って来ますので」
「了解了解」
 
「それで早速4月1日から合宿なので、実は前期の履修票が提出できないのですが」
「おお、それは僕が手続きを代行しておくよ。何を履修したいかは決めてる?」
「はい。一応こちらに書いてきました」
 
と言って、リストを准教授に渡す。実は履修票の提出のみなら、朱音あたりに頼んでもいいのだが、教官を通しておかないと、講義への出席問題で大学側から言われかねないと思ったのである。
 
「授業日程が発表されたら、それをメールででも教えて頂きましたら、それで希望の講義を書いて先生にお伝えしようかとも思ったのですが」
「ああ、それでいいけど、日程はもう決まってるよ」
「そうなんですか!」
 
「ちょっと待ってね」
と言って准教授が日程表を出してくる。
 
「履修票の用紙もあげるよ」
「ありがとございます!じゃ、今書いていいですか」
「うんうん」
 
それで千里はその場で履修希望の講義を履修票に書き、華原に渡した。例によって金曜日の午後の講義を入れないようにして、週末大阪に行って来やすくする。
 
「じゃこれで提出するね。枠があふれて取れなかった場合は報せるから」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
 

千里は大学を出ると電車で羽田空港まで移動し、17:45の旭川行きに乗った。これが19:25に旭川空港に着き、そのまま空港連絡バスで市内に入ると、赤坂司法書士事務所に行く。
 
「こんばんは。遅い時間に済みません」
「こんばんは。こちらはどっちみち10時頃までは毎日仕事してますから」
 
と赤坂さんは笑顔で千里を迎え入れてくれた。
 
「今日の15:23に登記申請しましたから」
と言って彼女は千里に申請の受付票を見せてくれた。
 
2010.3.23 15:23なら数理は4になる。幸先良いなと千里は思った。
 
「今ちょうど会社設立の多い時期なので、登記完了には少し時間が掛かるようです。一応4月4日までには完了するということでした」
「では、それが終わったら会社印を登録して、税務署と社会保険事務所の手続き、そして銀行口座の開設と進めて頂けますか?私は合宿中なので電話がつながらないと思いますが、状況を逐次メールして頂けると助かります」
 
「ええ。じゃ、その線で進めましょう」
 

司法書士事務所を出ると、千里は予約していたホテルにチェックインし、その後、食事に出た。近くの居酒屋に入り、スタッフさんに案内されて店内に入っていくと、手を振る子がいる。
 
「あれ〜、蓮菜だ」
「千里〜」
 
「お知り合いですか?」
とスタッフさんが訊く。
 
「ええ、でもデートのお邪魔してはいけないから」
「こちらは大丈夫だよ。俺たち恋人じゃないし」
と蓮菜の隣に座っている田代君が言う。
 
「じゃ相席でいいです」
と千里が言い、ふたりの向かい側の席に座った。
 

「いつ、こちらに戻ったんだっけ?」
と千里は訊いた。
 
「2週間くらい前から。春休みだしね。月末に東京に戻る」
と蓮菜が答える。
 
「千里もずっとこちらに居るの?」
「私は先週おばちゃんの結婚式でこちらに来て、そのあと一度東京に戻って福島で大会に出た後、今日はまた別の用事できた。明日はまた東京にとんぼ返り」
 
「忙しいね。新学期はいつから?」
「1日からだけど、その1日からバスケの合宿がある。初っぱなから講義に出られない」
「なかなか大変そうだ」
 

「田代君、今年はベンチ枠行けそう?」
「なかなか厳しい。さすが2部の大学だけあって競争が厳しい。今まだ2軍と3軍のボーダーラインって感じなんだよ」
 
「でも1部の大学よりは出場機会が得られる可能性はあるよね?」
「そうそう。そう思ってH大学を狙ったんだけどね。やはり全国大会とかの実績がない選手はどこでアピールするかというのが難しい」
 
「ちょっとした機会をうまく使ってアピールしていくしかないよね」
「うん。まさにそういう所なんだよ。3年生4年生になると温情で出してもらえる可能性もあるけど、そういうのは情けないと思うんだよね。やはり2年生の内に実力でベンチ枠を取りたいよ」
 
「ベンチ枠じゃなくてスターター枠を取りなよ」
「そうだよなあ。でもまだ俺そこまで言い切れないよ」
「そのあたりはハッタリで」
 
「村山もレンも結構ハッタリがあるよな」
「人生なんて全部ハッタリでいいんだよ」
「私もそれ賛成」
「うーん。。。お前たちを見習わないといけないなあ」
 

「あれ?でももしかしてふたり恋人に戻った?」
「ううん。お互いに彼氏彼女がいるから、見つからないように遠くでデートしようと」
 
「蓮菜たちの感覚はいまいち良く分からない!」
「実は旭川市内にウィークリーマンションを借りたんだよね〜」
「本格的だね!」
「そこで俺はB大旭川校の練習に混ぜてもらってる」
「鞠古君の所か!」
「そうそう。そのツテで。H大というから凄い奴が来るかと思った、と言われたけど、ここ1ヶ月ほど練習していて、自分の中で何かが芽生えていっているような気がする」
「それを伸ばしていきたいね」
「うん」
「蓮菜は?」
「詩を書いて、勉強してかな」
「主婦もしてんの?」
「してない。してない。外食とかコンビニ弁当ばかりだね」
「なるほどー」
「マサは不満みたいだけど、別に私を奥さんにするつもりはないんでしょ?と言っておいた」
「でも同棲してんだ!」
「ただの同居だよ」
「セックスしないの?」
「気が向いたらしてる」
「一応お互いの関係はセフレということにしてるし。でも日に1〜2回しかしてないよ」
「恋人になれば良いのに」
「恋人はお互い他に居るし」
「やはり、さっぱり分からない」
 

千里はふと、ビールを飲んでいるのが蓮菜だけであることに気づいた。
 
「あれ?田代君はお酒飲まないの?」
「ドライバーだから」
 
「ああ。車で来てるんだ?」
「車無いと不便だからさ。レンタカー1ヶ月半借りたんだよ」
「なんか色々お金掛かっている気がする」
「まあお金はあるし」
「税金辛かったでしょ?」
「びっくりしたー!でも全然使ってなかったから無事払えたよ」
「まあ勉強してたら使う暇も無いよね」
 
「でも何借りたの?」
「ヴィッツ。安かったし」
「ヴィッツ1ヶ月半借りるなら、中古車一台買える気もする」
「それも考えたけど、駐車場契約したり、あれこれ手続きしてたりしたら、それも面倒でさ」
「じゃ夏休みになったら買うとかは?前もって少し準備しといて」
「ああ。それもいいかな」
 
「村山は何か車買ったの?」
「インプレッサ・スポーツワゴンだよ」
「いい車だな。もしかしてMT?」
「もちろん。ATなんて女の車だよ」
「村山って男なんだっけ?」
「知ってるくせに」
 
「ATに乗ってるマサは女なんだっけ?」
「知ってるくせに」
 

蓮菜が面白そうに笑うので千里は尋ねた。
 
「何かしたの?」
「いや、こないだマサをタックしちゃったんだよね」
「へー!」
 
「寝てる間にやられたからさ。無くなってる!と思って焦った!」
 
「そんな乱暴なことしたらおちんちん切っちゃうぞと言ったのにやめなかったからね。その罰」
「まああれは悪かった。でもどうしてもやりたくてさ、あの時は」
 
「このまま一緒に女湯に入ってみない?と唆したけど逃げた」
と蓮菜。
「だって、チンコが無くてもおっぱい無かったら女湯には入れないよ。ちょっと入ってみたい気はしたけどさ」
と田代君。
 
「スカート穿けるように足の毛も全部剃ってあげたのに」
「あれはハマリそうなくらい良かった」
「また剃ってあげようか?」
「ちょっと考えさせてくれ」
「取り敢えずマサが穿けるサイズのスカート買ってあげたのに穿かないし」
「さすがに恥ずかしい!」
 
「おちんちん無くなった感想は?」
と千里は田代君に訊く。
 
「すっごい変な気分だった。チンコがあるべき場所を触っても無いし、見てみても無いから。小便もしてみたけど、それも変だった。思っていたのより随分後ろの付近を拭かないといけないし」
 
「マサはけっこう女になる素質あると思うよ。スカート抵抗あるなら、キュロットとか穿いてみない?」
と蓮菜は楽しそうに言う。
 
「女になってもいい気はするけど、チンコ無くなるのは困る」
「おちんちん付けたまま女にはなれないなあ」
「だって俺のチンコ無くなったら、レンだって困るだろ?」
「別に。私はマサと結婚するつもりはないからマサのおちんちんが無くなっても問題無い。もし性転換手術したかったら手術代くらい出してあげるよ」
「いらない。でもすぐ外れちゃったね」
 
「あれはうまくやらないと結構外れやすいんだよ」
と千里は言う。
 
「何度か小便しているうちに端の方が緩んできて。風呂入ったらかなり外れやすくなって。そのあとレスビアンごっこしている内にほぼ外れてしまった」
 
「なるほどー」
「そのあともチンコの付け根付近の《綴じ目ちゃん》は外れなくて。だから実は3日くらい女の子気分になってしまった」
と田代君は言っている。
 
「それだけでも割と女の子っぽいでしょ?」
「うん。まだ女のままのような、それで一応チンコは小便には使えるから男に戻れたような変な感じだった。でもあの状態ではセックスもオナニーもできないのが辛かった。オナニーしようとすると接着した所が痛いんだよ」
 
「本来タックというのはもう男を辞めることにした人のものだから」
と千里は言う。
 
「《綴じ目ちゃん》が全部外れた後も、接着剤の破片が取れなくて完全に取れるのに1週間かかった」
「ああ。そのくらいは掛かる」
 
「千里から聞いてたから、剥がし液じゃなくて除光液使ってみたんだけど、それでも簡単には外れないね」
と蓮菜が言う。
 
「まあ本来外すことを想定していないから。接着剤って」
「実は剥がし液も使ってみたけど、熱くなってきたから慌ててお風呂場に行って流した」
と田代君。
 
「うん。剥がし液は強いから緊急の際には使えるけど、皮膚に付かないようにうまく使わないと危ない。やはり除光液の方が肌に優しいんだよ。除光液と剥がし液って成分はほとんど変わらないしね」
 
「それも初めて知ったよ。でも村山、あれをずっと小中学生の頃はしてたの?」
と田代君が訊く。
 
「そうだけど」
と千里。
 
「実際にマサで試してみて、千里がずっとタックしてたのは嘘だという気がしたよ」
と蓮菜。
 
「なんで?」
 
「だって、あんなの連続してできる訳が無い。だから友達にはタックしてると言っておいて、本当は小学4年生頃に、もう手術しておちんちんは取ってしまっていたのではという気がする」
と蓮菜。
 
「その件は誰も信じてくれないから、もうどうでもいいことにするよ」
と千里は笑って言った。
 
「そもそも私は今でも男だし」
 
「それはさすがにあり得ない!」
 

「だけど、村山って結構男っぽい部分もあるよな。決断力あるし、理系の学部に入ったし、自動車はMTだし。昔は小食だったけど、最近は結構食べるみたいだし」
と田代君は言う。
 
千里の前には料理の皿がもう3つ重ねられている。
 
「もっと女らしくすべきだと思う?」
と千里は微笑みながら尋ねる。
 
「ううん。ずっと昔俺村山に言ったことあると思うけど、男らしくとか女らしくというのでなく、自分らしくあればいいんだよ。それは天然女でもそうだけどな」
と田代君が言うと
 
「私はいまだかつて女らしくしようと思ったことないな」
と蓮菜が言う。
 
「まあお前は男だから問題無い」
と田代君。
「やはり、マサってホモなんだ?」
「俺は男とか女とか関係無く、レンが好きだからいいんだよ」
「まあタックでおちんちんが使えない間、私が男役、マサが女役してた時も結構気持ち良さそうだったし」
「あれはあれで気持ちいいけど、女にされているからいいのであって、あれを男とはしたくないと思った。それに俺は自分が入れる方が好きだ」
 
「ふーん・・・」
と言って蓮菜は微妙な笑みを見せている。
 
「でもレンにしても、村山にしても男っぽい部分があるから、かえって女らしいんだと思うよ」
と田代君は言った。
 
「意味が分からん」
と蓮菜が言う。
 
「いや、オカマさんとかでよくあるのは、異様に女らしい奴」
「ああ」
「今時そんな女は居ないよというくらいに女らしくて、逆に不自然なケース」
 
「それはあるかもね〜」
と千里も言った。
 
「あれは男から見た女の理想像を演じているんだよ」
と蓮菜は鋭い指摘をする。
 
「今時の女って、スカートも穿かずに化粧もせずに出歩くじゃん。内股で歩く奴なんてまず居ないし」
と田代君。
 
「内股で歩くと足が絡んで転ぶと思う」
と千里。
「足はまっすぐ出せばいいんだよ。外股も変だけど、内股も骨格に無理が行って姿勢が悪くなると思う」
と蓮菜は医学生らしい発言をする。
 
「まあだから村山も彼氏に愛されているんだろうし、レンのことも俺は気に入ってるんだよ」
「ルリちゃんは女らしい訳?」
 
瑠璃子というのは田代君の彼女である。一方、蓮菜は川村昇という男の子と交際している。田代君と蓮菜の関係は当人たちの話では「友人兼セフレ」である。
 
「確かに女らしいなあ。可愛い子ではあるけど、付き合ってて結構疲れる。だから疲れたら、レンとデートしたくなる」
「セックスしたくなるの間違いでは?」
「そりゃセックスはしたいさ」
「色々開き直ってるな」
 

千里は3月31日(水)の朝、貴司を会社に送り出した後、荷物をまとめてインプに乗り、《こうちゃん》と《きーちゃん》の運転で東京に戻り、そのまま北区の合宿所に入った。
 
すっかり顔見知りになった受付の人から部屋の鍵と今回の合宿の予定表をもらい、荷物を部屋に置いてから食堂に行くと、佐藤玲央美とステラ・ストラダの石川美樹さんが話しながら食事をしていたが、そのテーブルに意外な顔もあるので驚く。
 
「石川さん、こんばんは。ハイ!レオ。プリン、お久」
「どうもー。千里さん」
 
「美樹さんはうちの高校の先輩なんだよ」
と玲央美は石川さんを紹介する。
「村山ちゃん、昨年のU19世界選手権は凄かったね。私はミキでいいよ」
「では私も千里なりサンで」
 
「プリンは春休みで帰国したらしい」
「ああ。アメリカの高校にも春休みがあるんだ」
「イースターの前1週間が休みなんですよ」
「なるほどー!」
「今年は4月4日のオカマの日が復活祭だから、3月28日枝の主日から1週間がお休みで」
「でもプロテスタントって宗派によってイースターの日程が違ったりしないの?」
「そのあたりは私もよく分からないけど、取り敢えず今年は28日から4日まで休みみたいです。4月5日から授業が再開されるから、4日に着くように帰らないといけないので、4日の夕方の便で帰ります」
 
「それで間に合うんだっけ?」
「日付変更線を越えるから、こちらを4日の夕方出ると、向こうには同じ日の朝に着くんだよね」
「あ、そうか!」
 
「帰国する時は、28日の朝の便に乗ったのに29日の午後に着いたんですよ。なんか1日損した気分でしたけど、アメリカに戻る時は1日得する気分です」
「そのあたりは国際便にしょっちゅう乗っていたら、だんだん訳が分からなくなりそう」
「そういう人はもういちいち時計を直さずに自分の時計で動くみたい」
「ああ。そうしないと身体が持たないよね」
 
「まあそれで、せっかく日本に戻ってきているなら、あんたも参加しなさいとさっき三木エレンさんに言われて」
と王子。
 
「エレンさんが監督・チーム代表に話し付けちゃったみたいで」
「実家には帰らなくていいの?」
「一応29日夕方の新幹線で岡山に戻って実家に1泊して、30日はE女子校に顔出して、校長とか理事長と話して、ついでに制服も採寸して注文しました」
 
「ああ、今まで作ってなかったんだ?」
「使わないもんで。でも6月からはこちらの学校に復帰するし」
「もしかしてインターハイの県予選にも出る?」
「出ます」
「だったら今年の岡山代表はもうE女子校で決まりかな」
「私が帰ってくる以上確実にインターハイに出場させますと見得切ってきました」
「偉い偉い。さすがは王子ちゃん」
 
「何年生になるんだっけ?」
と美樹が尋ねる。
 
「2年生です。1年生をK高校で10ヶ月やって、ルビー高校で1年生を4ヶ月と2年生をここまで7ヶ月やって、あと2ヶ月やりますが、なんか変な気分ですけど、6月からE女子校で2年生を10ヶ月やることになりそうです」
 
「向こうとこちらと学期始めが違うからどうしようもないね」
「インターハイやウィンターカップの出場資格はどうなるんだっけ?」
「あれは1学年につき1回出られるらしいです。私、1年生のインターハイとウィンターカップに出た後、留学したから今年は2年生として出られるみたいです。年は他の子より1つ高いけど」
 
「ああ。じゃ来年も出られるんだね?」
「そうなるみたいです」
 
「北海道の方でインターハイまで出たあと1年間アメリカに留学して、その後同じ学年でウィンターカップ予選に出てきた人いましたよ」
と千里が言う。
 
「なるほどー」
 

「実はE女子校バスケ部と練習試合したんですよ」
と王子が言う。
 
「ん?」
「私と同じK高校出身の平野の2人対向こうのレギュラー5人で試合してダブルスコアで勝ちました」
 
「すごーい!」
 
「本当に女子ですか〜?と向こうの1年生から訊かれて殴っちゃろうかと思いましたけど、ぐっと我慢しました」
「偉い偉い」
 
ウィンターカップの時にもN高校の紅鹿を殴ってしまったが、どうも元々手の早い性格のようである。
 
「まあ私たちは性別疑惑もたれるのはいつものこと」
と石川美樹が笑って言う。
 
「それでそのまま3日まで向こうのバスケ部と遊びながら、実家でうだうだしているつもりだったんですけど、田中コーチ(藍川真璃子)から、ちょっと来てと言われて出てきて、ここに連れてこられたら、三木エレンさんに呼び止められて、あんたも参加しなさいと」
 
「バッシュとかは持って来てる?」
「はい。それは持って来てました。それで4月3日まで3日間だけ参加することになってしまいました」
 
「なるほど。なるほど」
 
「あ、そうだ。千里さん、夏に借りてたお金返します」
と言って王子はバッグから分厚い封筒を出す。
 
「実は田中コーチから借りたんですけどね」
と言って頭を掻いている。
 
「だったら遠慮無く受け取っておこうかな」
と言って千里は受け取り、自分のバッグの中に入れた。
 
「数えなくていいの?」
と石川美樹が訊く。
 
「真璃子さんが渡したのなら大丈夫でしょ」
「なるほど」
 

合宿は明日からなのだが、夕食後8時から自主練習するよ〜という話があり、練習場に出て行く。出てきているのはアメリカでリーグ戦中なのでそもそも今回の合宿に参加しない羽良口さん、卒業に必要な単位を落としてしまい、追試も落として卒業式に出られなかったものの、担当教官とバスケ部顧問の嘆願で温情で今夜中にレポートを書き上げたら卒業させてもらえることになった月野さん(明日朝からの参加になる見込み)を除く21人、それに王子を加えて22人である。
 
「よし。ベテラン組とヤング組で試合しよう」
とアシスタントコーチの夜明さんが言う。
 
「ん?」
とお互い顔を見合わせるが、このような分類になった。
 
■ベテラン組
SG.三木エレン(1975) SF.山西遙花(1978) PF.簑島松美(1978) PG.福石侑香(1979) PG.富美山史織(1981) C.白井真梨(1981) PF.宮本睦美(1981) C.黒江咲子(1981) PF.花山弘子(1981) SF.早船和子(1982) SG.川越美夏(1982)
 
■ヤング組
PG.武藤博美(1983) SF.広川妙子(1984) C.馬田恵子(1985)
SF.佐伯伶美(1986) C.石川美樹(1986) SF.千石一美(1986) PF.寺中月稀(1987)SG.花園亜津子(1989) SF.佐藤玲央美(1990) SG.村山千里(1991) PF.高梁王子(1992)
 
「おぉ!私はヤング組だ!」
と広川さんが喜んで(?)いる。
 
「ポジション的にもわりとバランス取れたね」
「センター2人ずつだし」
「ヤング組はポイントガード1人だから、妙子ちゃん、ポイントガード役してよ」
「分かりました!」
 
今回の代表候補に入っているもうひとりのポイントガードはアメリカのWNBAに参戦している羽良口さんである。
 

最初は
福石/三木/山西/宮本/白井
武藤/花園/佐伯/寺中/馬田
 
というメンツで始める。
 
千里はこのベテラン組のスターティング5がつまり、本番でのスターティング5の一番手なのだろうと思った。もっともポイントガードは羽良口さんになるのだろう。
 
アメリカ出身の白井さんと中国出身の馬田さんという帰化選手同士でのティップオフになった。白井さんが勝ってベテラン組が攻めて来る。山西さんが中に侵入してシュートするが外れる。白井さんと馬田さんでリバウンド争いして、馬田さんが取り、反転。ヤング組が速攻を掛ける。佐伯さんが中に入るが、それはおとりで、相手の守備がそこに集中した隙に武藤さんは亜津子にボールを送り、スリーポイントラインの所から美しくシュート。
 
決めて3点。
 
ヤング組が先行する。
 

試合はシーソーゲームで進んだ。しかし千里は第1ピリオドの試合を見ていて、これは凄いレベルのゲームだと思った。隣に座っている王子も
 
「これすごいですねー」
と言っている。
 
「凄いでしょ。私は昨年も候補に入ってて最終メンバーには残れなかったけど、合宿中は快感だったよ」
と美樹が言っている。
 
「この人たちを今から引きずり降ろすんだと思ったら、興奮しない?」
と玲央美が言う。
 
「楽しいね」
と千里も言った。
 

第1ピリオド、ヤング組はメンバー交代しなかったが、ベテラン組は適宜交代しながら出ていた。各々のチームの選手管理は、三木さんと武藤さんがやっている。
 
第2ピリオドでは玲央美・千里・王子が最初から出してもらう。千里は亜津子とハイタッチして出て行った。このピリオドで千里はベテラン組の川越美夏とマッチアップすることになる。千里にしても亜津子にしても、この人に勝つことが最終的なロースターに残る絶対条件となる。
 
最初の2回、千里は敢えて邪魔せずに彼女を通した。美夏が首をひねっていたが、その後、千里は彼女を完全封鎖した。最初の2回の彼女の動きを見て千里は彼女を完全解析したのである。
 
美夏は最初は「残念」という感じの顔だったのが、次第にマジになってくる。しかし千里は冷静に彼女を停めるし、向こうがスリーを撃っても全部たたき落としたり、指を当てて軌道を変えた。
 
結果的に美夏の得点は最初の2ポイント、3ポイントの2本5点のみ。対して千里はこのピリオドだけで5本のスリーを撃ち込み、15点を奪った。玲央美も12点、王子も10点取り、この3人だけで37点、他の人の点まで入れると41点でこのピリオドは8-41という恐ろしい点差となった。前半を終えて28-59でヤング組のリードである。
 
夜明コーチが三木エレンと何か話している。そしてコーチは言った。
 
「今日の試合はここで打ち切り」
 
あぁ・・という感じの声がベテラン組から漏れた。が、この時声をあげたのが美樹である。
 
「え〜!?私まだ出てないのに」
 
「ごめんごめん。第3ピリオドに出そうと思ってた」
とヤング組キャプテンの武藤さんが言った。
 
「今回の合宿の最後にまたこの組み合わせで対戦するから。今日の結果を悔しいと思った者は頑張って鍛錬するように。そして今日の結果が良かったと思う者も慢心せず、次は更に差を付けてやるぞという気持ちで臨むこと」
 
とコーチは言った。
 

2010年4月7日(水)。
 
この日朱音や友紀たちはいつものキャンパスではなく、少し離れた所にある医学部のキャンパスに来ていた。今年の健康診断が行われるのである。
 
「あれ?なんか顔ぶれが少なくない?」
「桃香はきっとまた寝ているのではないかと」
「去年もそれで別検査になってたよね」
「あと来てないのは、美緒と千里かな」
 
「千里は男子の方で受けるんじゃないの?去年も男子で受けたと言ってたよ」
「確かに宮原君や佐藤君が健康診断で千里と遭遇したと言っていた」
 
「でも千里は去年の健康診断で、生物科の香奈にも目撃されている」
「うーん・・・」
 
「去年私は健康診断に女子のトップくらいに来たんだけどさ、その時建物から出てくる千里と会って、女子会に誘ったんだよ」
と真帆が言う。
 
「出てくる所を見たのか」
「だったらやはり男子の時間帯に受診したってことかな」
 
そんなことを言っている内に美緒がやってくる。
 
「ぎりぎりかな」
「採尿した?」
「あとから回る。レントゲン先にしてと言われてこちらに来た」
 
その時、看護婦さんがひとりこちらにやってきた。
 
「あなた方、数理物理学科?」
「そーでーす」
 
「数理物理学科の村山さんは、公用で後日別検査になったらしいから。来てないのを心配してはいけないから伝えておいてと言われたんだけど」
 
「はい、分かりました」
と玲奈が代表して答えた。
 
看護婦さんが去った後、お互いに顔を見合わせる。
 
「公用って何だろう?」
「さあ。何か学校の用事をしてる?」
「あるいは部活で大会に出ているような場合は認められるよね」
「千里部活何かしてた?」
「昼休みにバスケットボールをドリブルしてるの見たことある」
「へー!」
「そういえば高校時代にバスケやってたという話は聞いたことある」
「そういえば聞いた気もする」
「それで丸刈りにしてたとか言ってたよね」
「千里の丸刈りって想像つかないなあ」
 
「じゃバスケ部に入っているんだっけ?」
「そういう話も聞いたことない」
 
「でもそういえば4月になってから、まだ千里を見てないなとは思ってた」
「履修票とか大丈夫かな?」
「私あとで電話してみるよ」
「明日が提出期限だもんね」
「まだ提出してなかったら、代わりに提出してあげるか」
 
「でもさあ、なぜ千里の件を私たちに伝達する?」
と友紀が訊く。
 
実はその問題を全員悩んでいた。
 
「やはり千里は女子ということになっているのでは?」
「そうとしか考えられないよね?」
 
「ところで桃香が来てない件は?」
と美緒が尋ねる。
 
「桃香は男子の時間帯に受診していたりして」
と友紀。
 
「まさか!?」
「いや、桃香は何度か男子トイレで立っておしっこしている所を男子に目撃されているらしい」
「じゃ、桃香、ちんちん付いてるの?」
「去年、別検査にしたのも、実は男だからだったりして」
 
「いや、私、一度桃香と一緒にファミレス行ったら、カップルの方にプレゼントですといわれてアイスクリームもらったことある」
 
「まあ確かに桃香って見た目が結構男」
 
「桃香の性別についても、どうも疑惑があるよなあ」
 

4月8日(木)。
 
美幌町では、訪問着を着た桃川がピンクの真新しいランドセルを背負い、可愛いガールズスーツを着たしずかの手を引いて、小学校に出て行った。入学式に臨みそのあと教室に入る。田舎の学校なのでクラスは1つだけである。これまで保育所で一緒だった子も多いので、しずかは見知った顔の友人たちと明るく言葉を交わしていた。
 
しずかは今女の子である歓びを感じているかのようである。タックは朝してあげたので、日々メンテしながら来週末くらいまでは持つはずである。来週の金曜日にいったん外して、皮膚を休養させたあと、月曜日の朝、またしてあげるつもりでいる。
 
そして桃川はしずかの様子を見ながら《母の歓び》を感じていた。
 

同じ日、函館では理香子が《黒いランドセル》を背負って美鈴と一緒に小学校に出て行き、2年生のクラスに転入した。
 
服装も男の子みたいなズボンだし、髪も男の子のように短く刈っている。
 
それなのに担任の先生が黒板に『もちや・りかこ』と名前を書いて紹介したので、教室がざわめく。
 
「なんで女みたいな名前なんですか?」
とひとりの男の子が質問する。すると理香子が自分で答える。
 
「ぼく、男の子になりたいんだけど、とりあえずチンコ無いから、女の子ということになってるんだよね。誰かチンコ譲ってくれたら男の子になれるんだけど、君、ぼくにチンコくれない?」
 
「いやだ。チンコはやれない」
 
しかしこの強烈なやりとりで、理香子はその後すっかり『男扱い』してもらえる状態になり、腕相撲でもクラスの男の子たちを連覇して、空手を習っているという祐川君という男の子にだけ負けた。
 
「餅屋、お前、名誉男子と認めてやるよ」
とその祐川君が言った。
 

そして同じ日、旭川市内の幼稚園に、司馬光子が織羽の手を引いて登園した。織羽はこの幼稚園指定のスモックのボタンを女の子仕様の左前に留めている。スモック自体は男女共通なのだが、男の子は右前に、女の子は左前に留めることができるようになっている。まだ寒いのでズボンでもいいと思ったのだが本人はスカートが好きなようなので、ロングスカートを穿かせている。
 
この子は神社で見ていても、やや孤独癖があるようで、集団生活に馴染めるか少し心配したものの、他の女の子から声を掛けられると一緒に楽しく遊んでいるようで、光子も少しホッとしていた。
 
 
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【娘たち・各々の出発】(2)