【女の子たちの性別疑惑】(2)

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後半では向こうもさすがに千里が最大に警戒しなければならない相手と悟り、いちばん背の高い人がマンツーマンで千里をマークしに来た。そこで渋谷さんも千里ではなく毛利さんの方にパスしてそちらから3ポイントを撃つパターンが多くなる。それでも千里はしばしばうまくマークを外してフリーになり、そこでパスを受け取って3ポイントを撃っていた。千里をマークしていたはずの子はあれ?あれ?という感じで千里を見失っていた。
 
「村山って気配が無いからね」
「そうそう。近くに居ても気付かないことがしばしばある」
 
などと最後のインターバル(休憩時間)に白滝君と真駒君が話していた。ああ、それこないだM高校の橘花にも言われたな、と千里は考えていた。
 
第4ピリオドもやはり向こうは千里に最大限のマークをしてきたが、それでも千里は5本撃った内、3本のスリーポイントを決めた(後の2つは相手ディフェンスにブロックされた)。
 
この試合で千里は結局19本の3ポイントを決めて、フリースローの分まで入れて58点も取り、チームの大勝に貢献した。試合前に千里が黒岩さんに約束した点数の倍近い大量得点であった。
 

自分たちの試合が終わった後、他のチームの試合を見ながら休憩していたら、館内放送が入る。
 
「旭川N高校の村山千里君。生徒手帳持参で、1階の大会事務局まで来て下さい」
 
千里は左右の子と顔を見合わせる。ちなみに左側には留実子、右側には暢子が座っている。
 
「千里、お呼びだよ」
「何だろう?」
 
などと言いながらも千里は言われた通り、生徒手帳を持ち、事務局に行った。
 
「失礼します。旭川N高校の村山ですが」
「村山千里君?」
と背広を着た男性から訊かれる。
 
「はい」
 
「あれ?君、女子だよね。御免、御免。こちらの名簿では男子になってた。ちょっと待っててね」
と言ってその男性が奥の方のテーブルに行き、代わりにレディススーツを着た女性が出てきた。
 
まあ性別問題ではこういうのよくあるよな、と千里は思う。
 
「村山千里さん?」
とその女性から尋ねられ
「はい」
と答える。
 
「生徒手帳見せてください」
「はい」
と言って、女性に手渡す。写真と見比べている。
 
「いやに短く髪を切ったね」
「はい。長い髪ではプレイしにくいので」
「にしても、短く切りすぎでは?」
「いけなかったでしょうか?」
 
「ううん。いいんだけどね。それで私はJ*D*のスタッフです」
「はい?」
「アンチドーピングに関する仕事をしています。ドーピングというのは分かりますか?」
「何か麻薬とか飲んで試合に出るとかですか?」
「えっと、麻薬まで飲む人はいないと思うけど、筋肉増強剤とか興奮剤とか、いけないお薬を飲んで試合に出ることね」
「はあ」
 
「現在オリンピックなどの国際大会ではドーピングの検査をして不正行為がなされていないかを調べています。でも国内大会でも抜き打ち検査をして、スポーツ界からそういう悪習を追放しようという声が強くなっています」
「ああ、そうなんですか?」
 
「それで今回の大会がそのモデル大会に選ばれて、この大会で各支庁から1名ランダムに選手を選んで、ドーピング検査をさせてもらうことになりました」
「ああ、ランダムなんですか」
 
「ええ。それで村山さんが上川支庁の選手の中から選ばれたので、この検査にご協力頂けませんか?」
「検査って何するんですか?」
「おしっこを取って、その成分を調べて、変な薬が検出されないかとか、尿の成分の中にふつうの人と違うようなものが見られないかを調べます」
 
「ああ、おしっこ取るくらい構いませんよ」
「じゃ、お願いできますか?」
「はい」
 
「ちなみに今日あるいは昨日くらいに風邪薬は飲んでいませんか?」
「飲んでません」
 
千里は昨夜寝る時に葛根湯を飲もうかとも思ってやめといて良かったと思った。
 
「では最初にそこの自販機で烏龍茶か緑茶を買って飲んで下さい」
と言われて、150円を渡される。
 
「えっと?」
「おしっこを出やすくするためです。試合で汗をたくさん掻いているから、どうしてもおしっこの方は出にくくなっているんですよね」
「あ、だったら2本いいですか? さっき本当にたくさん汗掻いたから」
 
「いいですよ」
というので、検査官は300円を渡してくれた。
 
自販機でお茶のペットボトルを2本買い、開けて飲む。ほんとに1本目はあっという間に飲んでしまった。ちょっとだけ休んでから2本目を飲む。こちらは途中少し休み休み飲み干した。
 
「御馳走様。美味しかったです。ではおしっこ取ってくればいいですか?コップを貸してもらえますか?」
と千里は言ったのだが
 
「あ、いやこれは私の目の前でおしっこをしてもらいますので、一緒にトイレに行きましょう」
「は?」
 
「以前は自分で取って来てもらっていたのですが、それで他人のおしっこを隠し持っていて、それを入れてくる選手とかが出たんですよ。それで係員の目の前でおしっこしてもらう方式になりました」
 
「えーーー!?」
「それで必ず同性のスタッフが立ち会うんです」
 
ひゃー。なんつう検査なんだ!?
 
「検査やめますか?」
「いや、やりますよ。お茶ももらっちゃったし」
 
「では最初にあそこにあるコップの中からどれか好きなのを選んで持って来てください。それを使用します」
「コップを選ぶんですか?」
 
「検査官が不正をして無実の選手にドーピングの罪を着せたりすることがないようにコップは選手が選ぶことになっています。ペットボトルを私が渡さずに直接自販機で買ってもらったのも同様の理由です」
「へー!」
 

それで千里は並んでいるコップの中のひとつを選び、彼女と一緒にトイレに行った。むろん女子トイレに入る。そして一緒に個室に入る!
 
「まず上着をめくってお腹の付近を露出してもらえますか?」
「はい」
 
と言って千里はユニフォームの上をまくりあげ、ブラジャーに挟み込む。
 
「服の中に尿を隠し持つ人が昔はよく居たんですよ」
などと検査官は言っている。
 
「ズボンとハイソックス、パンティーを靴の所まで下げてください」
「はい」
 
それでハーフパンツを下げ、ハイソックスも足首の所まで降ろし、パンティーも降ろす。結果的に、ブラの下から足首近くまで裸の状態になる。まあ、これでは何も隠せないよな。
 
「足を開いて中腰になってください」
「はい」
 
うー。なんつー恥ずかしい格好じゃ!!
 
「では、容器は私が持っていますので、おしっこしてください」
「はい」
 
こんな状態で人に見られながらおしっこするなんて・・・凄い検査やらされるなあ。 と千里は思いながらも、昔留萌で病院の先生に言われたように、目の前の人は石か棒きれだと思っておしっこをした。検査官がコップを持ってそれを受け止めた。
 
「はい、結構です。あとは便器の中にしてください」
「分かりました」
 

それで後はふつうに便器に腰掛けておしっこの残りを出してしまう。ペーパーで拭いた後、パンティーとハイソックスにハーフパンツを上げ、上着も元に戻す。その後検査官と一緒に事務室に戻ったが、その間封印が終わるまで、尿を入れたコップを検査官と千里の「2人の目で」常に見ている状態にしておくようにした。選手・検査官双方の不正を防ぐためらしい。書類に署名をして解放される。検査結果は後で学校に通知しますと言われた。
 
チームの所に戻ると
「時間が掛かったね。何だったの?」
と訊かれる。
 
千里が説明すると、
「へー。高校生でもドーピング検査するんだ!?」
と驚かれる。
 
「でもそのくらいやった方がいいかも知れないよ。おかしなチームで若い子を本人もよく分かってない状態で薬漬けにして、変な育成している所とか、どうかした国ではありそうだもん」
 
「日本は薬飲ませるより、根性根性で押し切るコーチが多いけどね」
「まあ、それもそれで問題なんだけどねー」
 
「でも、ドーピング検査って何するの? 血液採取?」
「ああ。それをお願いした選手もあったらしいですけど、ボクは尿検査でした」
 
「ああ。じゃ、病院でやるみたいな感じで、トイレでおしっこ取って来て渡せばいいんだ?」
 
「と、ボクも思ったんですけどね。昔はそういうやり方だったけど、他人の尿を隠し持っていて、それを入れてくる人が出たんで、最近では係員の前でおしっこして、確かにその人の身体から出た尿であることを確認するようになったんだそうです」
 
「ひゃー、なんつー恥ずかしい検査なんだ!?」
 
「恥ずかしかったですよー」
と千里は言う。
 
「じゃ、男子トイレ行ってチンコ出して、目の前でおしっこしたんだ?」
「係員は滅多に見る人が無いという、貴重な村山のチンコの目撃者となった訳か」
 
「あ、いや、それがボクが事務室に行ったら、最初男の検査官が対応したのですがボクを見るなり、あれ?女子でした?ごめんとか言って、代わりに女の検査官が出て来て」
 
「・・・・・」
 
「それで一緒に女子トイレの個室に行って、目の前でおしっこしました。おしっこの出る場所を確認しないといけないとかで、半ば裸同然になってお股を広げて中腰になってしたから、滅茶苦茶恥ずかしかったです」
 
「・・・・・」
 
「ちょっと待て」
「女性の係官にチェックされた訳?」
「はい」
 
「じゃ、まさか係官は村山のお股の割れ目の中から小便が出るのを確認したとか?」
「そうです。あんな所、ふつう人に見せないから、もうそこに誰も居ないと思っておしっこしましたよ」
 
「それって・・・・」
「要するに、村山には、お股に割れ目があるんだっけ?」
「え?」
 
「つまり、村山って、お股は女の形してるんだっけ?」
「えっと・・・」
 
何だかみんな顔を見合わせている。小さな声でささやき合っている人たちもいる。
 
「まあ、千里は小学4年生の時以降、私が知っている範囲で少なくとも5回以上、女湯に入っているからなあ」
と留実子が苦笑しながら言う。
 
「結局、村山は女だってこと?」
「男ですけど」
 
「嘘つくな!」
とかなりの人数から言われて、千里はタジタジとなった。
 

その日、決勝リーグ2試合目で、貴司たちのS高校は室蘭V高校に負けてしまった。女子の方では、N高校は釧路Z高校に敗れた。なお、数子たちのS高女子はブロック決勝で敗れて決勝リーグに残ることができなかった。
 
道大会は3日目に入る。
 
この日の午前中、男子ではN高は昨日S高を破ったV高校に負けて1勝1敗となる。女子は5年連続インターハイに出ている札幌P高校に負けて2敗となった。一方貴司のS高男子はY高校に辛勝して1勝1敗となった。
 
女子の勝敗表
_P Z N F
P− _ ○ ○
Z_ − ○ ×
N× × − _
F× ○ _ −
 
男子の勝敗表
_V S N Y
V− ○ ○ _
S× − _ ○
N× _ − ○
Y_ × × −
 
午後、N高女子の試合が先にある。この時点でN高校女子がインターハイに行くためにはまず目の前の函館F高との試合に勝って1勝2敗になった上で、第2試合で札幌P高校が釧路Z高校に勝ちP高が3勝となることが必要である。すると残る3校が1勝2敗で並んで得失点差の勝負になる。その場合、N高校はF高校に、とにかく勝ちさえすれば良いのだが、P高校がZ高校に33点以上の点差で勝ってくれることが条件になる(P高校はF高校には54点差、N高校には27点差で勝っている)。
 
F高校の方はN高校に勝てばインターハイに行ける確率が高い(Z高校がP高校に勝って2勝になる確率はほとんど無い)のでどちらも必死だった。激しい争いになり、N高校はキャプテンの蒔絵さんも、2年の久井奈さんも5ファウルで退場となる中、1年の暢子が中心になって必死に頑張り、1点差でF高校に辛勝した。それで第2試合の結果待ちとなる。
 
そして男子の第1試合ではV高校がY高校に勝って3勝でインターハイ進出を決めた。Y高校は3年連続インターハイに行っていたのにまさかの3連敗で敗退である。最初のN高校との試合に大敗したので歯車がくるってしまったような印象もあった。
 
 
そして男子の第2試合、千里たちのN高校と貴司たちのS高校が激突する。インターハイに行ける切符は残り1枚だ。この試合に勝った方がインターハイに行ける。物凄く分かりやすい勝負である。
 
試合前に整列する。千里は貴司を見た。貴司も千里を見る。丸刈り頭をこんな至近距離で貴司の前に曝すのは初めてだ。でも千里は動じなかった。数子から貴司が自分と別れた後、本当は彼女を作っていないことを聞いたことが、千里の心を物凄く安定させていた。
 
お互いに真剣な目で相手を見詰める。貴司と敵になるのは、N高校の特待生の話が来た時に、S高校vsS中学で練習試合をした時以来だ。
 
むろん貴司も千里もスターティングメンバーである。貴司は最初から全開で来た。S高にも田臥君という優秀なシューターがいるのだが、この日は敢えて貴司が直接ゴールまで攻め入ってシュートしたりしていた。千里もゴール下の守りに入る。
 
貴司のフェンイトに騙されずに本当のシュートのタイミングに合わせてジャンプし、千里のブロックが決まる。リバウンドを北岡君が取り、俊足のポイントガード真駒君にパスする。真駒君の速攻から毛利君の3ポイントが決まる。
 
コートの中央付近でそれを見ていた貴司と千里の目が合う。お互いに厳しい視線をぶつけ合う。
 
S高側が攻めてくる。貴司の前に千里が立ちはだかる。フェイトを入れた後、千里の手の下をかいくぐろうとしたが、その隙を突いて千里がボールをスティール。そのまま真駒君にパスする。貴司が千里と視線をぶつけ合う。でもすぐ2人ともボールの後を追う。
 
激しい戦いだった。
 
どちらもよく攻めるが、それ以上によく守るので、なかなか点数が入らない。本来はどちらも守りより攻撃を重視するチームなのに、試合はロースコアで推移していた。
 
千里が珍しくフリーになり3ポイントを撃とうとしたら貴司が猛ダッシュしてきた。しかし一瞬速く千里が撃つ。貴司は停まろうとしたが、あまりに勢いが付いていて停まることができず、千里と接触する。
 
ふたりで視線をぶつけ合う。千里のシュートは入ったので3点が認められ、貴司のファウルで、ボールはN高のスローインで再開となった。(撃った後のファウルなのでバスケットカウント・ワンスローではない)
 

第3ピリオドの後、最後のインターバルに暢子が訊く。
 
「千里、向こうの7番の子と凄い睨み合ってたね。良く知ってる子?」
 
「うん、まあね」
と千里は答えたが、留実子が
 
「あれ、千里の彼氏だよ」
と言う。
 
「へー。凄い睨み合ってるから嫌いなのかと思った」
と暢子が驚いて言う。
 
「好きだからこそ、お互いに最高のプレイで戦っているんだと思う」
と留実子は言った。
 
「貴司とは春に別れたんだよ」
と千里は言う。
 
「でもその後、どちらも新たな恋人は作ってないよね?」
「うん、まあね」
「それで交換日記も続けてるんでしょ?」
「ちょっと!何で知ってんの!?」
 
「だって千里いつもミニレターに何か書いてるじゃん。人が近づくと恥ずかしそうにして隠すし。ああ細川君とミニレター使って交換日記してるんだなと思って見てたよ」
 
「友だちとして交換日記してるだけだよ」
と千里は言ったが
 
「ふーん、友だちねぇ」
と暢子は楽しそうに言った。
 
時間が来る。
 
「よし。貴司を倒してくる」
と言って千里は最後のピリオドに出て行った。
 

試合はひたすらロースコアのシーソーゲームで続いていた。千里を知り尽くしている貴司がマークしているので、千里もなかなかまともにシュートさせてもらえない。しかし貴司を知り尽くしている千里が全開なので、貴司もまともにシュートできない。
 
むろん役者としては貴司の方が2枚も3枚も上なので、貴司は千里の裏を書いてシュートを決めていく。一方の千里も、敢えて3ポイントの体勢から瞬間的に北岡君へのパスに切り替えて、ゴールを奪ったりする。
 
第4ピリオド残り2分まで行ってS高32対N高30と完璧に拮抗していた。
 
こちらの渋谷さんがボールを取ってドリブルで駆け上がる。千里のそばには貴司が付いている。それを見て毛利君にパスする。そこにS高の佐々木君が猛チェックする。とても撃てないと見た毛利君は北岡君にパスする。北岡君がゴール下まで侵攻するが、囲まれてシュートできない。それで外側に居た千里にパスする。
 
貴司がそのパスを途中カットしようとするが、千里は貴司を押しのけるようにして前に出てキャッチした。貴司が千里にほとんど密着するかのような状態で守っている。千里は貴司に瞬間的に後ろを向け、外側に向かってドリブルして離れる。貴司が後を追ってくるのを感じる。そして千里はジャンプして空中で身体をねじりながら・・・・
 
北岡君にパスする。
 
それを北岡君が取り、3ポイントラインの外側からシュート。
 
入って32対33。逆転!
 
千里と貴司が睨み合う。しかしゲームは進行する。ふたりとも走る。
 

そのままお互いに点を取れないまま、残り時間は18秒。
 
ゴール下の乱戦を制してS高の佐々木君がシュートしようとしたが、それをN高の黒岩さんが停めた・・・。
 
に見えたが、腕に触ったとしてファウルを取られる。シュートが入らなかったのでフリースロー2本である。
 
1本目。
 
外れる。
 
2本目。
 
撃つと同時に全員動き出す。シュートはまた外れたが、そのリバウンドを貴司が取ってそのままシュート!
 
2点入って34対33。またS高のリード。時計は後12秒。
 

渋谷さんからの超ロングパス。全力で駆け上がっている千里が取る。貴司が猛烈にダッシュしてくる。構わず撃つ。
 
入る。
 
34対36で、またN高のリード。時計は残り5秒。
 
山根さんからの長いスローインを受け取り貴司が猛スピードのドリブルで駆け上がる。千里が待ち構えている。しかし貴司はゴール下には侵攻しようとせず、千里の数歩手前でピタリと停止した。停止するのに凄まじい衝撃が貴司の足に掛かったのではないかと思った。
 
そしてそこから貴司はシュートを撃った。
 
その貴司のシュートの直後に試合終了のブザーが鳴った。
 
千里はブロックしようとジャンプしたが届かなかった。着地後振り返ってボールの行方を見る。ここは3ポイントラインの外側である。
 
ボールはバックボードに当たり、更にリングに当たり、・・・・
 
ネットに吸い込まれた。
 

審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。ブザービーターであった。
 
千里は大きく息をしていた。
貴司も大きく息をしていた。
 
ふたりはごく自然に抱き合う。
 
ここまでは試合後によく見られる風景だ。
 
しかし・・・ここで貴司は千里にキスしてしまった。
 
「えーーー!?」
という声を多数聞いたような気がした。
 
審判が駆け寄ってくる。
 
「君たち、何やってる?」
 
「済みません。凄い試合だったので、感動してキスしてしまいました」
と貴司が謝る。
「済みません。私も全力出し切ったので、頭が空白になって、つい」
と千里も謝る。
 
「試合中だったらファウルを取る所だよ」
と審判が厳しい口調で言う。
 
「申し訳ありませんでした」
と言って、貴司と千里は一緒に謝った。
 
確かにファウルを取られるかも知れないなぁ。でもこれ何のファウル?プッシング?ホールディング??うーん。抱き合ったからホールディングなのかなあ。キッシングなんて無かったよね???
 

整列する。
 
「37対36でS高校の勝ち」
と審判が言う。
 
「ありがとうございました」
と両チームの選手が言い、お互いに握手した。千里は向こうの選手(みんな知っている顔ばかりだ)と握手し、最後に貴司と少し長めの握手をした。
 
試合中は厳しい表情でお互いを見ていたが、ここではお互い笑顔で相手を見て、別れた。
 

そういう訳で、この年の道大会、男子はV高校と貴司たちのS高校がインターハイに行くことになった。N高校は3位である。全国にこそ行けなかったものの、N高男子がこんなに良い成績を修めたのは初めてである。
 
一方のN高校女子も、得失点差で結局3位となり、インターハイ進出はならなかった。Z高校はP高校に29点差で負けたのでN高校より得失点差で3点上回りインターハイ出場を決めていた。札幌P高校という絶対的な強者のいる北海道高校女子バスケ界では「負け方」も重要である。
 
「あぁあ、結局男子も女子も3位止まりか」
と暢子が大きく伸びをしながら言う。
 
「ごめーん。ボクが最後、貴司を停めきれなかったから」
と千里。
 
「いや、あそこは誰も停めきれなかったよ」
「あの試合、ボク3ポイントを4本しか入れきれなかったし」
「なんか凄い守備だったもん」
「守備要員は疲れがたまらないように計画的に交替させて体力をもたせた感じだった」
 
「千里を封じるにはこうするしかないというお手本を見せてくれた感じでもある」
「だけど、細川君クラスのプレイヤーがいないと、あそこまでの超マークはできないよ。千里、ほんとに相手からマーク外すのが巧いもん」
 
「うーん。単に人の波動の少ない所に移動しているだけなんだけどね」
「意味が分からん」
 
「だけど《公的な機関の検査》で千里は女子であることが確定したみたいだし秋の大会では千里、女子チームの方に出てよ」
「そうそう。そしたら女子チームは優勝できる」
「一緒に東京体育館(ウィンターカップ)に行こうよ」
「うーん。。。。」
 
「それとあのキスは大胆だったね」
「800人の観衆の前で愛の確認」
「あはは。宇田先生から始末書を書けと言われた」
「ああ。確かに始末書ものだ」
「多分細川君の方も始末書を書かされている」
「事実上の交際再開宣言だよね?」
「そんなこと無いと思うけどなあ」
「いや。交際再開以前に、そもそも別れていなかったんだと思う」
「えー?ちゃんと別れたよ。記念に最初で最後のHもしたし」
「・・・・・」
 
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
 

千里がバイトしている神社で七夕祭りが近づいてくる。その直前6月30日は年に2度ある大祓(おおはらえ)のひとつ、夏越大祓(なごしのおおはらえ)である。
 
普段、千里は土日限定でバイトしているのだが、この時期はバスケットの道大会が終わったこともあり、部活を休んで、平日も授業が終わった後神社に行って、8時までお仕事をしていた。参拝客も多いので昇殿祈祷のお手伝いをする(お守りや縁起物の販売は臨時雇いの巫女さんたちに任せておく)。
 
祈祷で笛を吹いていて、千里は色々なものが煮詰まってきているような感覚を覚えていた。やはり雑多なものが溜まりすぎるから、それをきれいに掃除するのが大祓なのであろう。
 
『こうちゃん、楽しそうね』
と千里は自分の眷属の中でも一際目立ちたがりの《こうちゃん》に語りかけた。
『いやいや、毎年6月と12月1月の神社は素敵です。千里さんが3月で神社辞めるというから今年はありつけないかと思ったらまた神社に再就職してくれて嬉しい。ここは留萌より食べ甲斐がある』
 
そこに眷属のリーダー格《とうちゃん》が釘を刺す。
『やりすぎるなよ』
『大丈夫だよ。悪い気の塊にしか手は出してないから』
『そりゃそうしてもらわなきゃ』
 
夏越大祓に合わせて、神社の入口に大きな茅の輪(ちのわ)が設置されており、その左右に、大きな門と小さな門が作られている。
 
大半の参拝客は茅の輪だけをくぐる。しかしそこに立ててある解説を見た人は左右どちらかの門をくぐっていったん手前に戻り、再度茅の輪をくぐっていた。
 
左側の大きな門は基本的に男性用、右側の小さな門は女性用である。どちらも手を突いて4つんばいにならないとくぐれないサイズだ。太りすぎている人はたぶん通れない。
 
昇殿の客が途絶えたので、御守り授与所のところで境内を眺めていたら、鞠古君と留実子のカップルが入ってくるのを見た。留実子は例によって男装している。見ていたら、ふたりとも茅の輪をくぐった後で、左側の男性用の門を続けてくぐり、再度茅の輪をくぐって境内に進んだ。
 
千里は心がゆるむような思いだった。
 
あの2人の関係も不思議だ。留実子が男の子的な言動をするのを鞠古君は許容している。カップル限定のイベントに行って「男性同士は困るのですが」などと言われたこともあるらしい。(男女ですと言ったら、留実子が男で鞠古君が女かと思われたが、面倒なのでそういうことにしたらしい。実際留実子の方が鞠古君より髪が短い)
 
その鞠古君は病気治療のために2年間にわたって女性ホルモンの投与を受け、一時期はかなり身体が女性化していた。本人としては憂鬱だったようであるが、それを留実子は優しく包み込んでいた。鞠古君が治療を完了させることができた背景に留実子が心の支えとなっていたことは大きいであろう。既に交際開始から5年半近くたつが、かえって鞠古君の病気があったからこそ、2人は続いたのかも知れないという気もする。
 
一方、その頃からやはり付き合っていた(?)蓮菜と田代君は先月のデートで喧嘩して別れたと言っていた。でもそもそもあの2人はいつも喧嘩していたし、本当に「付き合って」いたのかどうかも怪しい感じはある。一応過去に数回セックスはしたようではあるが。そして取り敢えず別れても、また仲が復活する可能性もある気がした。
 
そして自分は彼らと同じ頃から付き合い始めた晋治とは中学に入る時に別れちゃったし、その後付き合い始めた貴司とも春に別れちゃったし・・・・。いや、別れたんだよね?多分。
 
千里はちょっとだけ自信が揺らぐ気がした。
 

道大会のあった数日後。学校で4時間目の体育が終わってから着替えようとしていたら、校内放送で呼び出されたので、千里は着替えを中止して体操服のまま校長室に行った。職員室はしょっちゅう来るが、校長室というのはちょっと緊張する。
 
「失礼します」
と言って中に入ると、校長と宇田先生がおり、見知らぬ男性がいる。
 
座ってと言われるので着席する。
 
「先日はアンチドーピングの検査にご協力頂きありがとうございました」
と言われる。
 
ああ、こないだの検査の結果が出たのかな?
 
「採取させて頂いた検体を専門の分析センターに送り厳密にチェックした所、全く問題はないという結果が出ましたのでご報告します」
と男性は言った。
 
「ああ、良かった。変な薬は飲んでないつもりだけど、緊張しますね」
と千里。
 
「そりゃうちは、選手に怪しげな薬飲ませて寿命を縮めるようなことはしませんよ」
と宇田先生は言う。
 
「過去のオリンピックとかでは結構怪しい人がいましたよね」
「ええ。ドーピング検査が厳格化されることになった途端引退表明した人とか」
「どうかした国では選手に栄養剤などと称して、実はかなりあぶない薬を長年にわたって摂らせていた所もあるみたいです」
 
「そういうのを国家政策でやってた所もありますからね」
「女子選手に男性ホルモンを摂らせて、筋肉を発達させたりしていた国もあるみたいです。生理停止してしまったり、男みたいな外見になっちゃった選手もいるようでね」
「ひどい話ですね」
 
などといった話も出る。
 
「それで今は検査項目に男性ホルモンもあるのですよ。村山さんの検査表でもここですね」
と言って、アンチドーピング機関の職員は指で指す。
 
「テストステロンというのが男性ホルモンです。男性は女性の10倍の数値になるのですが、村山さんの場合、ちゃんと女性の正常値の範囲に入っているので問題ありません」
と職員さん。
 
ん?という顔をして宇田先生が千里を見るが、千里は気にしないことにした。何だかこの手の話は今更だ。もしかしたら前夜に女性ホルモンを大量に飲んだので、睾丸の機能が低下してテストステロン濃度が低くなったのではと千里は思った。
 
「どうかすると女性でも男性並みの数値があったり、男性でも明らかに多すぎる数値になっている人がいるんですよ。外国の例ですけどね」
と職員さんは言う。
 
そういえば、こないだ暢子に連れられて行った病院での血液検査でも、女性ホルモンが女性の正常値、男性ホルモンも女性の正常値だったよな、と千里は思い起こしていた。でもあの検査、私がお金払ったのに検査シートは暢子が持って行って、かなりの人数に見せているっぽい!
 
「他にどういう項目が検査されたんですか?」
と千里が訊くと
 
「興奮剤の類いはかなり広範囲にチェックされています。例えばここのエフェドリンというのも興奮剤の一種ですね。でも、この成分は風邪薬の葛根湯とかにも含まれているので、国際大会に出る選手とかは注意が必要なんですよ」
 
「きゃー。私、この検査受けた前夜に体調悪かったので葛根湯飲もうと思ったんですけど、疲れてたから結局飲む前に眠っちゃったんですよね。飲まなくて良かった」
 
「特別な薬とかでなくても、割とその辺にふつうにあるものがドーピングに引っかかることもあるので選手も大変なようです。今回の検査内容には含まれていませんが、競技によってはアルコールもチェックされます。昔はお酒を一杯飲んでから競技に出るなんて選手もいたようですが、現在はそれは自動車競技とか、アーチェリーや空手などではドーピングとみなされます」
と職員さんが言う。
 
「自動車競技だとドーピングというより飲酒運転ですね」
「ですです」
 
「それに高校生がお酒飲んでたらドーピングの前に退学ですね」
と校長。
 
N高校はお酒とタバコに厳しい。一週間謹慎で3回やると退学などという高校も多いが、N高校の場合は一発で退学になる。
 

アンチドーピング機関の人との話はなごやかに30分ほど続いた。最後にご協力ありがとうございましたと再度言われ、もしオリンピックや世界選手権などに日本代表として出るような場合は、今回の検査がドーピング検査の実績としてカウントされますとも言われた。検査は基本的には任意という立場を取っているものの、拒否や連絡がつかずに検査できないことが多い場合はドーピングしているとみなされ失格するらしい。
 
職員さんを見送ってから宇田先生が言う。
 
「この検査表の性別がFになっているの見ても僕は全然驚かなかったよ」
「いつものことですね」
と言って千里も動じない。
 
「村山って、男性ホルモンの量が女性並みらしいけど・・・・」
「まあ、そんなこともあるかも知れないですね〜。だから私、声変わりがまだ来ないのかな」
 
「睾丸を既に除去しているのでは、という噂が他の部員の間であるんだけど」
 
「取ってませんよ。取りたいけど。それにこないだ初めて射精を経験しました」
 
それは千里にとっては自分の身体がやはり男性化してきていることを意味するとても嫌なできごとであった。(但し次の射精は1年後だった)
 
「今まで無かったの?」
「はい。朝パンティーに何か付着していたから何だろうと思ってびっくりして友人に電話したら、それ精液だよと言われて」
 
ちなみに千里が電話した相手は留実子である。かなり呆れられていた。
 
「夢精だったんだ?」
「ええ。私自慰とかしないし」
 
正確には《できない》かな?と千里は自分でも思う。
 
「ああ、そうだろうね」
 
と宇田先生は少し呆れるような言い方をしたのだが、千里はその先生のニュアンスに気付いていない。
 
「でもハイドンとかの頃は17-18歳くらいで声変わりしていたらしいから私ってその頃の人並みなのかも」
 
「なるほどねえ」
と言ってから宇田先生は言う。
 
「ちょっと小耳にはさんだ話なんだけど、オリンピックとかでやるセックスチェック、今は遺伝子のY染色体があるかどうかでチェックしているけど、けっこうこれが判定困難なことがあるらしくてね」
「ええ」
 
「それで性別についてはテストステロンの濃度で判定しようかという話も出ているらしいんだよ」
「へー」
 
「だからさっきの人が言ってたみたいに、女子選手なのに男性ホルモンを摂っているような人はテストステロンの濃度が高いから、オリンピックに出たいと言うのなら男子選手として出場してもらう」
「ああ」
 
「逆に村山みたいに男に生まれたかも知れないけど、女の子になりたいという人は睾丸を除去していたりして、テストステロンの濃度が低ければ女子選手として出てもよい」
 
「へー!」
 
「村山、テストステロンの濃度が女子の正常値らしいし、連盟に申請すると女子選手として認められる可能性がある。前々から、一部の部員の間でそういう声があるんだけど、村山、女子バスケ部の方に移動しない? 村山が女子選手として出て行っても相手チームは何も文句言わないと思う。むしろこれまでの試合で、毎回相手チームから『なんで、そちら女子選手が入ってるんですか?』と言われているし」
 
「そ、そうですね。でも私、男だから」
 
「それ、誰も信じてないんだけど!?」
 

千里がアンチドーピング機関の人と話した翌日、留実子が朝教室に居なかった。担任が朝のSHRで
「花和さんは健康診断のため午前中の授業はお休みです」
と話した。
 
健康診断って、何か身体に異常でも生じているのだろうかと心配していたのだが、お昼になって出て来て
「参った、参った」
と言う。
 
「どこか調子悪いの?」
「いや、私さ、こないだのバスケの大会で対戦チームから、N高のメンバーに男子が混じっているのでは?とクレームが来たらしくてさ」
「ははは」
「私が医学的に女子である証明を提出してくれって、協会の方から言われたらしいんだよ。それでその診断を受けてきた」
 
「医学的に女子である証明って・・・、どんな診断されるの?」
「まあ、血液検査とか尿検査はいいけどさ。内診台に乗せられてつぶさにあのあたりを観察されたし、CTスキャンも受けたよ。停留睾丸とかが無いかの確認だって」
 
「内診台!」
「やだあ、あれ乗りたくない」
「千里も一回、あれに乗って確かに医学的に女子であることを確認してもらったら?」
「うーん・・・・」
 
「で、るみちゃん、医学的に男子であるという証明書もらった?」
「残念ながら、お医者さんは、医学的に女子であるという証明書を書いたよ。今教頭先生に渡してきた」
「あらあら」
 
「卵巣も子宮も膣もあるらしいし、陰茎・陰嚢・精巣は無いらしいし、染色体もXXだし、身体的特徴も完全に女性だそうだ」
と留実子。
 
「千里も少なくとも身体的特徴は女性だけどなあ」
と鮎奈。
 
「千里にも陰茎・陰嚢・精巣は無いはず」
と蓮菜。
 
「だよね〜」
 

夏越大祓は深夜まで神社では祭典が続くのだが、高校生の深夜労働は禁止されているので、千里は22時であがって帰宅した。しかしそれ以前の時間帯の神楽奉納では、千里が龍笛を吹き、女子大生の巫女・目時さんが舞を舞った。
 
翌7月1日(土)。特進組の授業に出ていく。さすがに疲れが残っているので、0時間目の始まる前、あくびしていたら
 
「寝不足?」
などと近くに居た鳴美から訊かれる。
 
「うん。神社のお祭りに出てたから」
「へー。千里はゲームとかはしなさそうだし何だろうと思った」
 
「私パソコン持ってないし、携帯は通話とメールしか使ってないし」
「まあ、そのメールが大量にあるんだよね?」
「えへへ」
「男の子とでしょ?」
「うーん。まあ、性別は男だろうなあ」
 
「千里は性別どちらなんだっけ?」
「ボクが女に見える?」
「女にしか見えん!」
と近くに居た数人の子に言われる。
 
そこに鮎奈と蓮菜が一緒に入って来た。
「お早う」
「お早う」
と声を交わす。
 
「千里〜。プレゼントあげる」
「へ?」
 
「これこれ」
と言って蓮菜が取りだしたのは、ウィッグである。
 
「ちょっと付けてみてよ」
「えっと」
 
蓮菜がまず千里の頭にネットをかぶせ、その上にウィッグを乗せて留め金を留める。
 
「おお、可愛い、可愛い」
という声が上がる。
 
「鏡で見てごらんよ」
と言うので、映して見た。ショートボブの髪型である。
 
「千里、ロングヘアのウィッグは持ってるけど、あれは長いし人毛だからメンテが大変でしょ? これは短いし、合成繊維の人工毛だから手入れも簡単だよ」
「人工毛だけど耐熱だからサウナに入っても縮れない」
 
「えー?でもこれ高かったんじゃ?」
「2980円だったから、私が1000円、鮎奈と京子が990円ずつ出した」
「わあ、ごめーん」
「いや、ウルトラ・スーパー・ベリーショートもいいけど、やはりインパクトが凄すぎるからね」
「ベレー帽、あげたけどかぶってないし」
「あれもごめーん」
「これは校内でいつも付けときなよ。むれにくいらしいから、夏の間でも、体育や部活の時以外は行けると思う」
「そうそう。人毛ウィッグは夏に使うと、更にメンテ大変だと思うよ」
「これシャンプー・コンディショナーも量を食わないしね」
「うん。確かに長い髪を洗うとシャンプーの減りが速い」
 

その日、授業が始まって先生が出席を取った時、「村山」と呼ばれて千里が「はい」と答えたのに先生は席を見て
 
「あれ?村山は欠席?」
などと言う。
 
「居ますけど」
と千里が言ったら
 
「え? お前髪どうしたの?」
などと訊かれる。
 
「すみません。ウィッグです」
「ああ。びっくりした。昨日は丸刈りだったのに」
「えっと、これ規則違反になるでしょうか?」
 
「女子は肩に付かなければOKだから問題無い」
と先生は言って、更に
「本当はいつもの髪型の方が違反っぽい」
などと言ってから、点呼を続ける。
 

結局その日、千里は毎時間、先生から髪を確認されることになる。
 
「どの先生も、ふだんの千里の髪型の方が違反だと言ってたよ」
とみんなに言われる。
 
「今後はずっとその髪型で居よう」
「ついでに月曜日から女子制服で出て来よう」
 
「そうそう。そもそも女子のベストをブラウスの上に着てるんだもん。そのブラウスをN高カラーのペールブルーのに替えて、下もスカートにすればいいんだし」
 
「千里学校が終わって神社に行く時はふつうの女子制服に着替えてるじゃん」
「まあそうだけど」
「その制服を朝から着ていれば問題無い」
 
「男子制服と女子制服の両方を持ち歩くなんて非効率的」
 
確かに効率的ではない気はする。
 

その週末は七夕祭りである。神社の境内にはたくさんの笹を飾り、短冊を書いて結べるようにしていた。カップルの参拝客も多い。この日に結婚するカップルも居て、千里は神社内の結婚式場で、祝いの笛を吹いた。
 
お祭りは金土日と3日間続いた。土曜と日曜は22時まで奉仕したのだが、土曜の21時を過ぎた頃、境内に入ってきた客を見て、千里はドキっとする。
 
貴司であった。
 
貴司は祈祷受付の所に座っていた千里に声を掛ける。
 
「何時にあがるの?」
「22時だけど」
「そのあとちょっと散歩しない?」
「すぐ帰らないと叱られるよ」
 
千里はやむを得ない場合を除いて21時以降の外出は禁止と叔母から言われている。
 
「じゃ、千里のうちに一緒に行ってもいい?」
 
千里はしばらく無言で貴司を見詰めていた。
 
「いいよ」
と千里は答えた。
 

お祭りは0時まで続くので、後のことは最後まで居残る目時さんに引き継いで巫女衣装を脱ぎ、ふつうのN高女子制服に着替え、少し考えてウィッグを蓮菜たちに買ってもらったショートボブのに変更して千里は22:15くらいに社務所を出た。境内で待っていた貴司が寄ってくる。
 
「お待たせ。寒かったでしょ?」
「大丈夫だよ。でもその髪は?」
「友だちがプレゼントしてくれたんだ」
「可愛いよ」
「ありがとう」
 
自転車に2人乗りしようよと貴司が言うので、貴司が前に乗り、千里が荷台に座って、美輪子叔母さんの家に向かう。千里はしっかりと貴司に抱きつく形で乗っていた。貴司の体温が千里の心を軟らかくした。
 
「今の時期は自転車通学もいいだろうね。冬はできないけどね」
「冬も頑張るよ」
「雪道に自転車は無茶でしょ」
「私、雪道結構自転車で走るよ」
「きれいに固まってたら何とかなるけどシャーベットは僕でも無理。明け方とかブラックバーンになってたら自動車のスタッドレスでさえ無力だから」
「うーん。でも頑張ってみる」
「転倒して腰痛めたら、赤ちゃん産む時に大変だよ」
「・・・・・」
 
貴司から《赤ちゃん》なんて言われたらドキっとする。
貴司の赤ちゃん・・・産みたかったかも知れないなあ。
 
しばらくふたりを沈黙が包んだ。
 
「でも、この自転車、けっこうきしむね」
「年季物だから」
「少し油差したほうがいいよ」
「それ分からない」
「じゃ明日にもやってあげようか」
 
「明日まで貴司、居るの?」
「うん。僕は明日夜7時の便で留萌に帰る」
「私は明日も夕方まで神社に行ってるけど」
「自転車の油差しは昼間に神社でしてあげるよ」
 
「今夜はどこに泊まるの?」
「千里んちに泊めてくれない?」
 
千里は返事をしなかった。しかし貴司は更に言った。
 
「そして今夜、セックスさせてよ」
 
ドキっとする。心臓の鼓動がにわかに高くなるが、身体を密着させているのでその鼓動が貴司に伝わっているよな、と千里は思った。
 
結局、千里は貴司の問いかけに返事をしないまま、自転車は美輪子の家に着いた。
 

「ただいま」
と言って家に入って行く。貴司が一緒なのを見て
 
「あら、細川君、いらっしゃい」
と美輪子は笑顔で言った。
 
「お邪魔します」
 
そして千里は美輪子に訊いた。
 
「ね、おばちゃん。今夜彼を泊めてもいい?」
 
美輪子は少し考えた。でも笑顔でこう答えた。
 
「いいんじゃない? でも避妊はちゃんとしなさいよ」
 
すると貴司が
「ちゃんと持って来てます」
と答えた。美輪子は頷いていた。
 

美輪子も今日は残業していたということで、冷凍ストックのお肉を解凍して、ホットプレートを出してお好み焼きをした。千里がキャベツを刻み、生地を混ぜるのは貴司がやってくれた。
 
「細川君、おうちでも料理するの?」
「ほとんどしません。だいたい母がしてくれるので」
「妹さんがいたよね? 妹さんたちは?」
「全然手伝いませんね。僕よりしないから、結局僕が刺身を切ったり、カレーの鍋にルーを入れて掻き混ぜたり程度はしてますけど」
 
「刺身を切れるのはポイント高い」
などと美輪子は言う。
 
のんびりと夕食を取った後、叔母さんが先にお風呂に入ると言い入ってから、その後千里たちに「ごゆっくり」と言って、自分の部屋に入ったので、千里と貴司はその後、千里→貴司の順にお風呂に入った。
 

貴司がお風呂から上がって千里の部屋に行くと、千里はもう布団に入っていた。
 
「お願いがあるの」
と千里は言った。
 
「今お祭りの最中なの。だからセックスすると巫女としての仕事に差し支えるから、セックスは明日にしてくれない?」
 
「明日は何時までなの?」
「朝10時から夕方18時まで」
「じゃ、もう1泊させてくれる?」
「うん」
「月曜日の朝1番の汽車で帰るよ」
 
その晩は結局一緒のお布団で抱き合うようにして寝た。
 

翌日、千里は朝から神社に出たが、貴司は街に出て自転車に差す油を買ってきた。神社にやってきて、千里に一言声を掛けてから、自転車に油を差してくれた。その後、午後は旭川市内の友人などと会っていたようである。
 
今日も祈祷で笛を吹いていたし、結婚式も2件やった。
 
1件目の結婚式の後で斎藤さんから
 
「今日の千里ちゃんの笛、物凄く優しい」
と言われた。
 
「多くの神社では巫女は未婚の女の子だけですよね。結婚したら力を失うのでしょうか」
と千里は訊いた。
 
「人によると思うよ。生理中は精神的に乱れる人が多いからだいたい休ませるけど、結婚して出産した後でも大きなパワーを維持する巫女さんは、たくさん居る」
と斎藤さん。
 
「斎藤さんもそうですもんね」
「うん。留萌の細川さんもそうだね」
「はい」
 
「あの男の子、もしかして細川さんの息子さん?」
「そうです」
「恋してるんだ?」
「はい」
と千里は笑顔で答えた。
 
「いいお返事するなあ。そういえば細川さん、千里ちゃんのこと、娘のようなものですと言ってたけど、義理の娘だったんだね」
「結婚できる所まで行けたらいいですけど」
 
「まあ10代の恋はなかなか結婚まで辿り着けないけど、行ける所まで頑張ればいいんだよ」
「そう思っています」
 
「今日の千里ちゃんは恋の力でパワーアップしているみたい」
「えへへ」
「七夕は恋人たちの祭典だからね。それにふさわしい笛だと思うよ」
「そうですよね!」
 
「でも千里ちゃんが実は男の子だってこと、私はしばしば忘れちゃう」
「あ、自分でもよく忘れてます」
「やはり」
 

お仕事を夕方であがる。18時ジャストに境内にやってきた貴司と一緒に帰る。今日もショートボブのウィッグをつけている。
 
「自転車のスタンドもスムーズに上げられるようになってる」
「うん。そこも何か硬くなってるみたいだなと思って油差しといた」
「男の子って凄いなあ。うちはお父ちゃんは船に乗って出ていてほとんど不在だったし、この手のものが全然分からなかったよ」
「女家族だったんだね」
 
「うん。その状態に慣れてたから、妹とか、お父ちゃんという男の人が家にいるので緊張するとかこないだ電話で言ってた。あの子、お風呂上がった後裸で歩き回っていたし」
「中学生の女の子として、それはどうかと思う」
「だよねー」
 
「お父さんの仕事先、見つかりそう?」
と貴司は訊いた。
 
「全然ダメみたい」
と千里。
 
「実家からの送金途絶えてるんじゃ?」
「うん。入学した時に、4月分と言われて3万円渡されただけで、5月も6月ももらえなかった」
「それで学費は自分で稼いでいるんだ?」
 
「結果的にはそういう形だねー。バスケ部が結構思った以上にお金が掛かっているけど、私バスケの特待生だから辞められないし」
「まあ特待生の辛さだな。N高の場合は勉強でも上位に居ないといけないし」
 
「そうなんだよね。どうかした学校の特待生は、勉強をほとんど免除されてひたすら野球とからしいけど、それはもう高校生じゃない、なんて、うちの理事長さんは言うんだよね」
「僕もその意見に賛成」
 
「貴司勉強してる?」
「赤点にはならないようにしてるよ」
「S高は赤点取ったら部活禁止だもんね」
「そうそう」
 

貴司をもう1泊させたいと言ったら、美輪子に何か言われるかなと思ったのだが、その晩、美輪子は帰宅していなかった。千里が晩御飯にシチューを作りながら待っていたら、20時頃に
「今夜は仕事で徹夜になりそう」
というメールが入る。
 
「お疲れ様。じゃ適当に食べて寝てるね」
と返信したら
 
「避妊はちゃんとしろよ」
というお返事が帰って来た。
 
貴司にそのメールを見せると、笑っていた。
 
御飯を食べた後、昨日と同じように、千里→貴司の順でお風呂に入る。千里は貴司がお風呂に入っている間に部屋のファンヒーターにスイッチを入れ、裸になってお布団に入り、電気を消した。
 
やがて貴司がお風呂から出てくる。
 
「千里? 寝てるの?」
「キスしてくれたら目を覚まします」
「まるでシンデレラだね」
「白雪姫では?」
「あ、間違った!」
 
貴司がそっと千里の唇にキスをする。それで千里は目を開ける。
 
「私たち、また恋人になっちゃう?」
「うん。なってほしい」
「私、丸刈りだけどいいのかな?」
「慣れた」
「私、男の子だけどいいのかな」
「それが嘘だというのは確定済み」
「じゃ、私が声変わりしちゃうまでで」
「千里が声変わりするのは20年後くらいかなあ」
「明日かも知れないよ」
「まあ、声変わりが来たら来た時で再協議ということで」
「了解」
 
それで貴司はお布団の中に入ってきて千里を抱きしめた。貴司も最初から裸だ。
 
「千里、喉仏が無いよね」
「だからこの声だと思うよ」
「千里、やはり少し胸がある」
「気のせい、気のせい」
「やはり千里、おちんちん無い」
「それも気のせい」
「千里、オナニーはしないの?」
「結婚したら教えてあげる」
「千里ヒゲとか生えないんだっけ?」
「女の子の舞台裏は男の子には開示できません」
「まあいいけどね」
 
再度貴司は千里にキスした。
 
「えっと、僕の入れられる場所あるよね?」
「ちゃんと誘導するよ」
「でもそれどこなの?」
「内緒」
「やった後でさ、フェラもしてくれない?」
「いいよ」
 
千里は貴司にディープキスをして、ふたりは身体を強く密着させお互いの腕を相手の背中に回して絡め合うようにした。
 
 
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【女の子たちの性別疑惑】(2)