【女の子たちの高校入学】(2)

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終わった所で鏡を見せてもらったが、どうかした短髪にするより、五分刈りなんてむしろすっきりする感じだ。
 
「お、泣かないね」
「覚悟してましたから」
 
「だけど、千里ちゃん、違和感ありあり」
と美輪子。
 
自分で風呂場に行き、洗髪してきた。あがってきた所で母が到着した。
 
「誰かと思った」
と母。
 
「お母様の感想は?」
「女の子が野球部に強引に入るのに五分刈りにしちゃったって感じの図」
 
「うんうん。この格好を見ても男の子に見えない!」
と美輪子。
 
「ああ。私も高校時代、そう言われてた」
と敏数。
 
「あのぉ・・・、あなたの性別は?」
と母が訊く。
「私、花和留実子の兄ですよ」
 
「はぁ・・・・」
と母は何を言ったらいいのか分からない状態。
 

千里がN高校の男子制服のブレザーとズボンを身につける。普通の子は規定のサイズで済むのだが、千里は女子体形なので、結局ズボンは女子の制服のズボンと組み合わせてくれたものである。
 
千里の母、美輪子、敏数と4人で学校に出かける。美輪子も敏数もレディス・スーツを着る。現地で留実子の母娘と落ち合う。
 
「千里!?」
「うん」
「・・・・・あのさ。五分刈りでも女子にしか見えんのだが」
「あはははは」
 
「でもるみちゃん、女子制服で良かったの?」
「まあしょうがないね。千里こそ男子制服で良かったの?」
「まあ3年間我慢するよ」
 
蓮菜・恵香とも遭遇したが、その2人にも「髪が短くても女子に見える」と突っ込まれた。
 
貼り出されているクラス分け表を見て教室に行く。千里・留実子・蓮菜は3人とも1年6組になっていた。ここは進学コース・特進コースのクラスだ。恵香は情報処理コースで1年3組であった。もっとも進学コースに上がりたいので進学コースの子向けの授業も受けると言っている。
 
「るみちゃん、進学コースなんだ?」
 
留実子は自分は成績が悪いから一般入試を受けたら合格できない、などと言っていたのである。しかし進学コースということは少なくとも新入生の中で真ん中より上の成績で合格したことになる。
 
「ボク、内申書の点数が凄く良かったみたい。それで第1希望進学コース、第2希望情報処理コースにしてたんだけど、多分ぎりぎりくらいで進学コースになったんじゃないかな。まあ2学期以降は厳しいかも知れないけど」
 
この学校では各学期ごとに振り分けテストがあり、特進や進学コースは一定以上の成績をキープしないと、そのコースから外されてしまう。逆に成績が良ければ希望することにより、ビジネスや情報処理から進学へ、進学から特進へと移動することも可能である。但し上に上がるにはそのコースで必要な単位をオプションで取っておく必要もある。
 
「だったら勉強頑張って大学目指そうよ」
「そうだなあ。やれる範囲で頑張ってみるかな」
 
そんなことを言いながらも指定された席に座る。
 
前の席に座っていた女子が驚いたように振り返って言う。
 
「ね、ね、あなた何でそんな短い髪なの?」
「あ。えーっと・・・」
と千里が言いよどんでいると
 
「野球部か何か? 私の中学に女子で無理矢理野球部に入るのに髪を丸刈りにしちゃった子が居たけど」
「うーんと、私はバスケット部だけど」
 
「嘘。バスケ部は普通に女子バスケ部もあるのに」
 
「あ、その子、男子バスケ部に入るんだよ」
と彼女の更にひとつ前の席に座っている留実子が言った。
 
「うそー!? なんでわざわざ女子が男子バスケット部に? だいたいこの学校、女子バスケ部は強いけど、男子バスケ部はそんなでもないのに」
 
「その子、中学時代は女子バスケット部だったんだけどね。男子バスケ部でもやれると言われて」
「えーー!? でもそれで頭を丸刈り? お母さん泣かなかった?。あ、私、前田鮎奈」
 
「私は村山千里」
「私は花和留実子」
 
「留実子ちゃん、千里ちゃんと同じ中学?」
「そうそう。私も千里も女子バスケット部だったんだけどね。私はこの高校でも女子バスケット部に入るけど、千里は男子バスケット部に入る」
 
「信じられない!」と鮎奈。
「あ、ちなみに千里は戸籍上は男子だから」と留実子。
 
「それはさすがに悪い冗談だよ。あれ、そういえば千里ちゃん、着ているのもまさか男子の制服? スカートじゃなくてズボン穿いてるし」
 
男子のブレザーと女子のブレザーはフォルムは違うのだが(男子の方が前合わせのVゾーンが深く、ボタンは右前で2個。女子はVゾーンは浅くてボタンは左前で4個である)、配色は似ているので、千里みたいな子が男子制服を着ていると、一見ちゃんと女子制服を着ているように見えなくもないのである。
 
「いや、だからこの子、男の子だから」
「そう男、男言うのは良くないよ。男子バスケ部に入ろうというくらい元気なら男勝りなんだろうけどさ」
 
「いや、困ったな」
と留実子はどう説明していいか、本当に困っていた。
 
この会話を教室の後ろで聞いていた美輪子は忍び笑いをしていたが、千里の母はもう他人の振りをしていた。
 

入学式では、校長から新入生全員の名前が呼ばれる。あ、そういえば私中学の入学式に出なかったから、こういうのはほとんど初体験だよな、と千里は思っていた。小学校の入学式はさすがにもう覚えていない。
 
「花和留実子」と呼ばれて留実子が「はい」と低い声で返事する。
「前田鮎奈」と呼ばれて鮎奈が「はい」と澄んだ声で返事する。
「村山千里」と呼ばれて千里が「はい」と高い声で返事する。
 
入学式は順調に進んでいった。
 

入学式が終わった後は各教室に戻り、ホームルームである。
 
担任の先生の自己紹介の後、クラス全員がひとこと自己紹介をする。
 
「花和留実子です。留萌のS中学から来ました。バスケットをしていたので、ここでもバスケット部に入りたいと思っています。志望校は旭川医科大学の看護学科です」
 
長身の留実子がバスケットをしていたと言うと、物凄く説得力がある。
 
「前田鮎奈です。上川町のH中学から来ました。中学時代は吹奏楽部でトランペットを吹いていたのですが、今の所高校では部活はする予定はありません。志望校は東大理3です」
 
東大理3という難関志望校に「おぉ!」という歓声があがる。ちなみに東大理3と言ったのは、鮎奈と蓮菜の2人だけであった。東大を志望校と言った子は男子にも2人いたが、文1と理2であった。
 
「村山千里です。留萌のS中学から来ました。私も花和さんと一緒にバスケットをしていました。ここでもバスケ部に入る予定です。志望校は千葉大学の理学部です」
 
ここで他の生徒から質問が出る。
「なんでそんな短髪なの〜?」
「えっと・・・私、一応男子なので」
 
「あ、千里ちゃん、男子バスケ部に入るらしいですよ」
と鮎奈が言う。
 
「うっそー!?」
という声。
 
「なんか制服も男子の制服着てるし」
 
担任の先生まで「君、男の子になりたい女の子?」などと訊く始末である!
 
「あのぉ、私まじで医学的に男なんですけど」
 
「嘘!性転換手術したの?」
「おちんちん付けちゃったの?」
「生まれた時から男の子ですよぉ。先生、学籍簿を確認してください。私、男として登録されていると思うのですが」
 
慌てて担任が教室にあるパソコンを使って、確認する。
 
「・・・・君、女子として登録されているけど」
と担任。
 
「やはり!」
という教室の声。
 
なんで〜? 私、そもそも特待生の《女子枠》で入れてもらっているし。まさかその時、学籍簿も女にされてたりして!?
 
すると留実子が
「学籍簿上、女だってよ。千里、明日から女子制服を着て出て来なよ。この子ちゃんと女子の制服も持ってますから」
などと言う。
 
「なんだ。だったら、ちゃんと女子制服着なきゃ」
「うん。その方がいい」
「頭はベレー帽か何かかぶっていればいいよね」
「あ、そうそう。この高校の制服、ベレー帽が一応規定されてるんだよね」
「かぶってる子居ないけどね」
「女子で丸刈りよりマシだけどね」
 
千里が教室の後ろに目をやると、母は余所向いて、美輪子は笑っていた。ほんとに女子制服着て出て来ようかな!?
 

ちなみに千里の性別問題は、このホームルームが終わった後、千里と保護者が職員室に呼ばれ話し合った。その場で千里はあらためて自分は男子であると主張する。母も「一応この子、戸籍上は男なんですけどね」と言う。
 
「やはり性転換したんですか?」
「いえ。生まれた時から男です。でも将来性転換して女になりたいと思っています」
「ああ、そちらか! でも君、そういう頭でも女の子にしか見えない」
 
「中学では、本来男子は短髪でないといけないのに、この子3年間、胸くらいまであるような長髪で過ごして、先生もそれを容認していましたし」
と母。
 
「ああ。君、長い髪が似合いそうだね。でも声も女の子みたいな声」
 
「私、まだ声変わりが来てないんです」
「高校生になってまだ来てないって珍しいね」
「病院を受診してみる?と訊いたのですが、男性ホルモンとか絶対に投与されたくないと言うので」
「私、どちらかというと女性ホルモンを打ってもらいたいです」
 
「ああ、なるほど」
 
そんな感じで、30分ほどの協議の結果、担任は千里を取り敢えず男子と認めてくれた(と千里は思った)。
 

翌日。千里はふつうに男子制服を着て学校に出て行った。母は昨日留萌に帰っている。
 
しかし千里が男子制服でまた出て来たので、クラスメイトから突っ込まれる。
 
「なんでまた男子制服なの〜?」
 
「そうだ。うちの姉貴がベレー帽持ってたんだよ。千里ちゃんにプレゼント」
と言って、かぶせてくれた子が居る。
 
「おお、これなら丸刈り頭が分からないから、より自然に女の子に見える」
 
やがて担任が入って来る。全員席に就く。千里の性別問題について担任は
 
「えー、保護者とも話し合ったのですが、村山さんはこの学校では男子として通学するそうです」
などと言う。
 
うーむ。この言い方では、まるで男の子になりたい女の子みたい! ってか結局先生はそう理解してしまったのでは!??
 

この日も1時間目はホームルームで、クラス委員ほかの委員を決めた。千里は放送委員に指名された。
 
「中学でもやっていたみたいだから」
と担任に言われる。
 
放送委員とか図書委員って専門職化しやすいから、一度やるとずっとやらされるよな、と千里は思った。図書委員に指名された京子も、やはり中学でやってたみたいだからと言われていた。
 
2時間目は学年集会で、食堂に1年生の全クラス集まり、学年主任や教務主任から授業の選択や時間割などについて説明される。特に特定の受験をするのに必ず取っておかなければ単位について注意がある。その単位を取っていないと受験できない学校があるのである。また特進コースは0時間目が事実上必修なので、来週からは朝7:10の授業に間に合うよう登校しなければならない。
 
集会が終わった所でトイレに行く。食堂のそばにあるトイレの男子トイレの方に入って行くと、何だかぎょっとする雰囲気。
 
「君、ここは男子トイレだけど」
「はい?」
「女子トイレは隣!」
と言われて追い出されてしまった!
 
うむむむ。だって男子制服を着て、髪も丸刈りなのに、なぜ〜!?
 
そこに蓮菜が来る。
「千里、どうしたの?」
「男子トイレに入ろうとしたら追い出された」
「まあ当然だね。私は昨日も今日の1時間目も可笑しくて笑いっぱなしだったよ」
 
「でもトイレどうしよう?」
「女子トイレ使えばいい」
「えーー!?」
「どうせ千里、これまでも学校の外では女子トイレしか使ってないでしょ?」
「うん、まあ」
 
「小学校や中学校で千里が男子トイレの使用を容認されていたのは、みんなが小さい頃から千里のこと知っていたからだよ。もっとも、千里は女子トイレを使ってもいいのにね、って女子たちは言ってたけどさ」
「うーん・・・」
 
「千里を知らない子が見たら、千里ってそんな頭にしても女子にしか見えないもん」
「うーん・・・・・・」
 
「さ、行こう行こう」
と言って蓮菜は千里の手を引いて女子トイレに入ってしまった。列ができていたので並んだが、誰も千里に対して悲鳴をあげたりすることは無かった!
 
私、これからどういう学園生活になるの〜〜!?
 

トイレを済ませて今度は手洗いの列に並ぶ。ここでも当然何の騒ぎも起きない。それどころか、同じクラスの子と目が合って、笑顔で手を振るので、こちらも手を振る、なんてことまで起きる。それでつい、列に並びながら数人でおしゃべりなどもしてしまう。
 
「でもこの学校、トイレきれいだね」
「あ、思った。思った」
「毎年夏に一番古いトイレの設備を更新するようになっているんだって。だから、7-8年単位で新しいものになっていく」
 
「音姫が付いてるのびっくりした」
「まあ2度流しを防止して水を節約する効果が大きいんだけどね」
「ウォーム便座にウォッシュレットだし」
「ウォーム便座は嬉しいよね」
 
「ただ、さっき入った個室のドア、何か緩いみたい」
「ロックも掛かりにくい」
 
「あ、そういうの気付いた時に先生に言っておいた方がいいかも」
「してる最中に、いきなり開けられたりしたら、やだもんね」
「それはお互いにやだね」
 

3時間目は体育なので、着替えて体育館に集合ということだった。
 
それで着替えは当然、男子は男子更衣室、女子は女子更衣室である。千里が体操服を持って、男子更衣室に入ると
 
「お前なんだよ?」
と言われて、速攻で追い出される。
 
うむむむ。と思っていたら、蓮菜と留実子が来て
「ああ、男子更衣室から追い出された?」
と言うので、千里が頷くと
 
「まあ千里は女子更衣室で良いはず」
と言って、結局この2人に女子更衣室に連れ込まれてしまう。
 
「だいたい中学の時も、千里、部活では女子更衣室使ってたじゃん」
「まあ、そうだけどね」
 
千里が制服を脱ぐと、下にはブラウスを着ている。
「ああ、ワイシャツでなくてブラウスか」
「まあ見えないからいいかなと思って」
 
それでブラウスを脱ぐと、下はキャミで、ブラも着けている。
 
「男子を主張する癖にこの下着は無いよな」
「だって、ボク、男物の下着なんて持ってないし」
「だから、女子で通しちゃえばいいんだよ」
 
ちなみに留実子は今日はちゃんと女の子下着をつけていた。
 
着替えていると、鮎奈が寄ってくる。
 
「ああ、やはり千里ちゃん、女の子の身体だよね」
「そそ」
「胸はあまり無いみたいだけど、ボディラインが完璧に女子だし、お股には変な膨らみは無いみたいだし」
 
「いつも私たちと一緒に着替えてたんだよ」
と留実子が言うと
「じゃ、高校でも私たちと一緒に着替えようよ」
と鮎奈は言った。
 
「ちなみに、本当にこの子は女の子になりたい男の子なんだよ」
「ふーん。それ建前で、実は既に女の子になっている元男の子ということは?」
 
「ああ、その疑惑は昔からあった」
と留実子。
「少なくとも小学校の3年生頃以降で、千里のおちんちんを見たことのある人は、この世に存在しないから」
と蓮菜。
 
「ということは、やはりおちんちんそのものが存在しないのでは?」
と鮎奈。
 

体育館に行くが、男子は東体育館(青龍)、女子は西体育館(白虎)に集合である。
 
千里は東体育館の方に行こうとしたが、留実子たちに確保される。
「千里は多分こっちだよ」
と言われて、女子の集まる西体育館に連行された。
 
うーん。いいのかなあと思っていると体育の先生が点呼をする。果たして、千里は、留実子、鮎奈の次に名前を呼ばれ、やはり体育でも女子の方に組み入れられていることが判明した。
 
その日の体育では男子は東体育館内でサッカーをしたようであった。女子はそのまま西体育館でフォークダンスをした。
 
「千里、ダンスへた〜」
「だって、あまりしたことないもん」
「千里は中学でも女子の方で体育すれば良かったのにね」
「へー、千里、中学では男子の方で体育してたの?」
 
鮎奈は昨日今日で急速に千里や留実子たちと仲良くなり、もうお互い呼び捨てになっている。
 
「そそ。でも他の男の子たちが結構困っていた感じもあった」
「柔軟体操で誰も組みたがらないから、結局いつも先生と組んでた」
「でも先生もあまり気が進まないような顔してた」
「そうだろうね〜」
 
なお、このN高校では体育の時間の柔軟体操はだいたい留実子と組んでやるようにした。留実子が休んでいる時は、蓮菜か鮎奈とすることが多かった。
 

4時間目は音楽である。
 
「今日はパート分けをします。男子はバスかテノール、女子はアルトかソプラノですが、自分が歌えそうな方を歌って下さい」
 
それでベートーヴエンの『喜びの歌』の混声四部で、先生が順に、テノール、バス、ソプラノ、アルトと各パートを弾いてみせて、みんなそれに合わせて歌ってみた。
 
「ボク、テノールかなあ」
などと千里が言ったが
「千里、テノールよりオクターブ高い、千里はソプラノだよ」
と留実子から指摘される。
 
「そうそう。千里って、話す時はわざと低い声で話しているけど、歌う時はのびやかに高い音が出てる」
と鮎奈が昨日今日の観察結果から言う。
 
「会話は低い声だけど、『はい』とか返事する時は高い声で返事してるよね」
と後ろの席にいた梨乃が言う。
 
「千里は電話でも高い方の声で話してるから、普段でも高い声で話せるはず」
と留実子。
 
「るみちゃんの低い声は安定してるけど、千里の低い声はやや不自然」
と鮎奈。
 
「ああ、それは最近特に不自然になって来ている気がする」
と留実子。
「もしかした声変わりの兆候かなぁ」
と千里が言うと
 
「多分低い声が出なくなって、より女らしい声になっていく兆候だね」
などと留実子は言う。
 
「ああ、千里の声変わりはそういう声変わりか」
 
「うーん。ほんとにそうだったら嬉しいけど」
 

先生が
「自分のパート分かりましたか? じゃ席替えします。教室の窓側から、バス、テノール、アルト、ソプラノ、の順に並んで下さい」
と言う。
 
「千里、こっち行こう」
と言って、鮎奈が千里の手を引いて、ソプラノの席に移動した。蓮菜もこちらに来ている。留実子はアルトである。
 
「千里、手を触った感触が女の子の手」
と鮎奈に言われる。
「ああ、この子、身体に触っても女の子の感触」
と蓮菜が言うので
「どれどれ」
と鮎奈が触る。
 
「うん。確かに女の子だ。みんなも触ってごらんよ」
などというので周囲の女子たちが千里に触る。
 
「ほんとだ。千里ちゃん、女の子だよ」
「髪を勘違いで丸刈りしちゃったのは仕方無いけど、このあとずっと伸ばしなよ。夏頃までには女の子的な長さになるよ」
 
「いや、学校側との約束で丸刈りにすることになってるから」
「千里ちゃん本人を見たら、丸刈りにするのは犯罪に近いと思ってもらえると思うけどなあ」
 

その日はそのまま『喜びの歌』を歌ったのだが、
 
「千里、歌うまいじゃん」
と鮎奈から言われた。
 
「千里は小学校の頃は凄い音痴だったのに、中学になってからどんどんうまくなった」
と蓮菜が言う。
 
「へー。凄く練習したんだ?」
「千里は元々バイオリンを弾くんだよ。バイオリンが弾けるってことは音感は良いはずなのに、歌が下手だったのは、要するに練習不足じゃないかと思ってたんだよね。でもだいぶ練習したみたい」
 
「そうだね。首の運動とか、顔の筋肉の運動とかもよくやって、喉の筋肉を鍛えたかな」
 
と千里は言う。実はそれは歌の練習というより、女声を安定して出せるようにするためだ。やがて避けられないであろう声変わりが来た時にも、できるだけ女の子らしい声が出せるようになるために。ただ、留実子にも指摘されたように、最近低い声が出にくくなってきていることが気になっていた。
 
「すごーい。努力の人なんだね」
と鮎奈は単純に感心している。
 
この時間は、ピアノの伴奏係を決めるのに、お稽古行ってる人・行ってた人?と先生が訊き、3人手をあげたので取り敢えずそれぞれに弾かせてみる。
 
「ああ、だいたいみんな弾けるね。じゃその3人で順番でお願い」
と先生は言ったのだが、その時、留実子が
 
「先生!村山さんもピアノうまいです」
などと言っちゃう。
 
「あら、それなら弾いてみて」
などと言う。
 
千里は頭を掻きながら出て行き
「私、自己流なんですけどー」
 
と言って、ピアノの前に座って、指定された『翼をください』を教師用テキストのピアノ譜を見ながら弾いてみる。この曲は以前練習したことのある曲だ。ただその時の譜面とは調も違うし、アレンジもかなり違うので、多少戸惑いはあったものの、千里は何とか弾きこなした。
 
「うまいじゃん!」
と先生。
 
「確かに自己流だね」
と先に選ばれていた一人の布施君が言う。
 
「指使いがなんか無茶苦茶」
と同様に既に選ばれている智代。
 
「指替えが無計画だよね」
と布施君。
 
「左手の指を置くタイミングがややバラついてる」
ともうひとりの伴奏係の孝子。
 
「うん。でもそれが凄く微妙だから、ピアノ弾く人や耳の良い人以外は気付かない」
と布施君。
 
「ボク、一度もピアノ教室とか通ったことないんですよー。うちにもピアノ無かったし」
 
「いや、それで、ここまで弾けるのは逆に凄い」
 
何か褒められているのか、けなされているのか分からない。
 
「だいたい、今全然譜読みしなかった」
と布施君。
 
「あ、私も思った」と智代。
 
「私たちみんな弾く前に譜面を1−2回読んだのに」
と孝子。
 
「え? そういうものなの?」
と千里が言うと
 
「普通初見といっても、いったん楽譜を最後まで読んでから弾き始める。初めて見た譜面をいきなり弾けるのは凄い」
 
「この曲弾いたことあった?」
 
「弾いたことはあったけど、アレンジ違ったから、そこは合わせながら弾いたよ。あと、この譜面はイ長調だけど、私が前練習していたのはト長調だったから和音を頭の中で修正しながら弾くの大変だった。シャープ3つもあるし」
 
3人が顔を見合わせている。
 
「千里ちゃん、それ凄いことだよ」
と智代が言う。
 
「そうだっけ?」
 
「じゃ伴奏係はその4人の当番制でお願いね」
と音楽の先生は言い更に
「布施君、4人の中の唯一の男子だし、あなたがリーダーになって当番のスケジュール決めて」
と付け加えた。
 
「分かりました」
と布施君が答える。
 
布施君が唯一の男子ということは、私はやはり女子なのねー。
 
「千里ちゃん、おうちにはピアノ無いの?」
と孝子。
 
「うん。今下宿している叔母さんちには一応電子キーボードはあるし、自分でも小型のカシオトーンは持ってるけど」
 
「だったら、昼休みとかにここか音楽練習室かで練習しない?」
と智代。
 
「そうだね。女の子3人で一緒に練習しようよ」
と孝子。
 
「うん。やりたい、やりたい」
と言いつつ、千里は自分が完璧に女の子としてカウントされていることを再自覚していた。
 

お昼休みは食堂に行って、定食などを注文して食べる子もいたが(留実子などはそう)、千里は教室でお弁当を食べる。最初自分の席で食べようとしていたのだが
 
「千里、こっちこっち」
と呼ばれて鮎奈、京子の机の所に行く。鮎奈と京子はどちらも小学校あるいは中学校の吹奏楽部でトランペットを吹いていたというので急速に仲良くなったようである。
 
「千里のお弁当すごい」
「なんか揚げ物が入ってる」
「これ揚げるだけにして小分けして冷凍してるから、5分で作れるよ」
「わあ、冷凍食品じゃないんだ!」
 
「お弁当は下宿してる所のおばさんが作ってくれたの?」
「ううん。自分で作ったよ。ボク結構料理好きだし。実家でも夕食はボクがたいてい作ってたし」
「えらーい」
 
「私、料理少し覚えろとよく言われてたけど、全然駄目ー。これは下宿先の伯母ちゃんが作ってくれてるんだよね」
と鮎奈。
「私は一応自分で作ってるけど、オール冷凍食品」
と京子。
 
「京子は寮で調理していいんだっけ?」
「自分の部屋にオーブントースターがあるから、大半はそれでチンしてるしIHヒーターでインスタントラーメン作ったり、レトルトカレー温めたりはするよ。一応部屋の中では火を使うのと揚げ物は禁止だけどね。でも食堂にはシンクもあるしコンロも置いてあるから、結構そこで夜食とかお弁当自分で作ってる子もいる。こないだは鱒をさばいてた子いた」
 
「それは凄い」
「1匹248円だったから思わず買って来たとか言ってた」
「それでさばいちゃう所が凄い。私はお魚さばけないや」
と鮎奈。
「私はイワシや小アジくらいは何とかなるけど、大きな魚は無理」
と京子。
 
「私は漁師の娘だから、お魚のさばき方は小学生の内に仕込まれたよ」
と千里。
 
「・・・・」
「ん?どうしたの?」
「いや、やはり漁師の《娘》という意識なのね?」
「え?何か変だった?」
「ううん。いいんだよ」
と言って、鮎奈も京子も楽しそうにしていた。
 

お弁当を食べ終わった所で孝子・智代に誘われて、音楽練習室に行った。小さく分けられた部屋の中に電子ピアノが置かれている。こういう設備が充実しているのが、さすが私立だなと千里は思った。音楽コースの生徒もいるから、そのためというのもあるのだろう。
 
千里は「これちょっと弾いてごらんよ」と言われて教科書に載っている井上陽水の『少年時代』を示される。教科書に書かれているのはメロディーとギターコードのみである。
 
千里はそれを見ながら伴奏は適当に作りながら弾いていった。
 
「この曲知ってた?」
「何度か聴いたことはある」
「弾いたのは?」
「初めて」
 
「なんか、それが凄いよなあ」
 
「今、千里、最初のBの音を中指で弾き始めたでしょ?」
「あ、そうかな?」
 
「それでいったん上に行く所は薬指・小指を使って、そこから戻って来たら人差指・親指を使って、Gの音を親指で弾いた」
 
「あ、そうなるかな」
と千里は実際に鍵盤の上に指を置きながら答える。
 
「ところがその先に、EF#GG・DDGとある所を、親指をGの上に置いたまま、人差し指と中指で弾いてる」
「あ、そうしてる」
 
「そこが指替えすべきなんだよ。Gの音を弾いた後で、そこを中指に替えたら、E・F#もDも親指と人差し指で弾けて楽」
 
「あ、ほんとだ!」
 
「自己流の人にはよくある癖だよね」
「そうそう。指替えが苦手な人が多い」
「私、ヴァイオリンの移弦も苦手なんだよねー。ついひとつの弦でどこまでも弾こうとする」
 
孝子と智代が顔を見合わせている。
 
「千里ちゃん、ヴァイオリンも弾くんだ?」
「それも自己流〜。楽器も持ってないし」
 
「ちなみに他に自己流で弾ける楽器は?」
「えっと、鉄琴とか木琴とかアコーディオンとか。このあたりも楽器持ってない。あとは・・・あ、龍笛がある。龍笛は自分の持ってる」
 
「千里ちゃん、もしかして音楽の天才だったりして」
「うん。弦楽器、管楽器、鍵盤楽器とやれるというのはオールラウンドプレイヤーじゃん」
 
「まっさかぁ! 私リコーダーもハーモニカもまともに吹けないのに」
 
「ちょっと待て。龍笛を吹けるんだよね?」
「うん」
「それでリコーダーやハーモニカが吹けないというのは絶対有り得ない!」
 

5時間目は性教育ですと言われて、視聴覚教室に1年生全員集められた。取り敢えず男女一緒に授業をやるようである。千里は鮎奈や蓮菜に引っ張って行かれて、結構前の方の席に座った。
 
保健室の山本先生が前に立ち、男女の性器の違い、身体付きの違いなどといった基本的な説明から、射精が起きる仕組み、月経が起きる仕組みなどを説明する。
 
妊娠のメカニズムも説明された上で、性交により受精が生じて赤ちゃんができるということを説明するが、反応を見ていると、性交のことを知らなかった子も結構いる雰囲気だった。何かショックを受けてるっぽい子もいる。千里は小学校の高学年の頃から、恋愛している女の子のグループに居たことから、その付近の知識だけは進んでいるが、そういうのに無縁だった子は意外に無知なのかも知れない。
 
そして恐らくは今日の授業で最重要でもあるかも知れなかった避妊の話が出る。この高校は遠隔地から出て来て下宿している子や学校の寮に入っている子も多い。親元から離れてそもそも開放的になっている。それで今月下旬にはゴールデンウィークがある。
 
開放的な気分の中で安易な恋愛をし、きちんとした知識無しに避妊せずに性交したりしたら、妊娠の危険が高い。むろん性病感染のリスクもある。
 
「そういう訳で、性交する場合、必ず男の子にコンドームを付けさせましょう。男の子もできるだけ性交まですることは我慢して欲しいですが、どうしてもする時は絶対にコンドームを付けること。恥ずかしくてコンドームが買えないという人はセックスしてはいけません。セックスする場合、コンドームは男の子が買うのが男女交際のマナーですよ」
 
と山本先生は強く主張した。
 
「ちょっと付け方を見ておきましょう。誰かここでペニスを出して付けてもらいたい子いる?」
 
などと先生は訊くが、さすがに男子はみな尻込みしている。
 
「じゃ、仕方無いから、これを代わりに使います」
と言って、先生は細い懐中電灯を出して来た。
 
「誰かこれに付けてみたい人。これは女子がいいかな」
などと先生が言っている。
 
みんな当てられたくないので顔を机にうずめたりしている。
 
ところが千里は一瞬、先生と目が合ってしまった。
 
「あ、そこの超ベリーショートの女の子」
などと指名(?)されてしまう。
 
千里は思わず左右を見回したが
「千里、ご指名っぽい」
と隣の席の蓮菜が言う。
 
「あ、そこの横の天然パーマの子、カメラ係」
と言われて、蓮菜は「ん?」とやはり左右を見回している。鮎奈が
「蓮菜、ご指名〜」
と言うので、一緒に出て行く。
 
「じゃ、超ベリーショートの子が付ける係、天然パーマの子はカメラ係ね。付ける様子が部屋全部のモニターに映されるから」
 
それで千里は先生からコンドームを受け取ると
「どちらが表かな?」
などと言った上で、開封し取り出す。それを懐中電灯の上に置くと指で押すようにしてくるくるっとさせて装着した。その様子を蓮菜がカメラで撮す。
 
「何の説明もしなかったけど、できたね。使ったことある?」
「あ、はい。一度ですけど」
と千里は答える。
 
「彼、付けるの嫌がらなかった?」
「彼も初めてだったので付けるの面白がってました」
「あなたが付けてあげたの?」
「ええ、そうです」
 
「千里、大胆すぎる告白だぞ」
と蓮菜が言う。
 
「え?あれ?」
と千里。
 
「私もやってあげたけど、とてもそんなことまでは人前で言えないや」
と蓮菜。
 
「あ、蓮菜もしたんだ?」
「ちょっとぉー! こんな所で言わないでよ」
と蓮菜は言ったが
 
「いや、今のは蓮菜がほとんど自分で言った」
と、近くの席に座っていた留実子が指摘した。
 
「あ、ちなみに私もちゃんと毎回つけさせてるよ。私はそんな親切じゃないから、自分で付けろと言うな」
と留実子は付け加える。
「1度くらい付けなくても大丈夫なんて言った時はぶん殴って付けさせた」
 
千里と蓮菜がみんなの前で男の子との体験があることを告白してしまった形になったので、自分も連帯して告白してくれたのだろう。こういうのが留実子の優しさだ。
 

女の子たちの告白大会になった感があったが、山本先生は留実子の言葉を受ける形で
 
「ほんと、時々男の子の中には嫌がる子もいますけど、付けない以上セックスは駄目、というのを厳守してください。セックスは一時の快楽だけど、妊娠して子供産むことになったら、一生の問題です」
 
と先生は、再度妊娠防止のための避妊の大切さを強調した上で、避妊具が性病感染防止にも有効であることを説明した後、今度は男女交際そのものについて話を進めていった。
 
恋愛上のよくある悩み、よくある失敗や誤解などについて先生が説明する。千里は幾つか少し胸が痛むようなこともあったが、何だか平然として聞いていることができた。私、失恋したばかりなのになーと思う。むしろなぜこんなに心に余裕があるのか、その方が不思議だった。
 

性教育は途中で男女別れることになる。男子は生物教室に移動してください、ということだったので千里は席を立とうとしたのだが
「こら、どこに行く?」
と蓮菜から停められる。
 
「え?男子は生物教室に行けというから」
「千里は女子生徒のはず」
と蓮菜。
「多分千里は、女子向けの授業内容の方が必須のはず」
と鮎奈。
 
「うーん・・・」
 
ということで結局その場に居座り、女子向けの性教育授業を受けることになる。
 
「私は向こう行った方がいいかなあ」
などと少し離れた席に居る留実子が言うが、
 
「るみちゃん、今日は女子制服を着てるから、こちらにいた方がいい。だいたいるみちゃん、おちんちんは無いし、生理あるでしょ?」
「うん。まだ女を放棄してないから」
「じゃ、こちらだよ」
と蓮菜が言う。
 
「えっと、ボクおちんちんあるし、生理無いんだけど」
と千里は言ったが
「それは嘘だ」
と蓮菜。
「千里はおちんちんは無いし、生理があるはず。だいたいいつもナプキン持ってるし」
「それは持ってるけど」
「私、千里からナプキン借りたことある」
と留実子も言う。
 
「持ってるということは生理があるんだよね」
と蓮菜。
 
「へー、やはりねえ」
などと鮎奈が言った。
 
「だけど千里も蓮菜も留実子もみんなの前で大告白しちゃったね」
「恵香あたりから、留萌組は乱れてると思われるって苦情が来るかも」
「私は男の子から言い寄られたりすると面倒だから、恋人いるんだと思われるのは全然問題無い」
と蓮菜が言う。
「確信犯だったりして?」
「そういう訳じゃないけどね」
 
そういえば蓮菜は勉強に集中したいから恋愛を考えなくていい女子高に行きたいと言っていたな、と千里は思った。
 

女子向けの性教育の授業は、あらためて性交や妊娠に関する話があった後で、生理前症候群・生理痛、月経不順などの話、また女性特有の病気の話なども説明がされた。
 
生理中の過ごし方の話から、突如ナプキンは羽ありか羽なしか、という話が盛り上がる。
 
「私、羽ありでないと、ずれるー」
「私、羽ありは苦手〜。いつも羽なし」
 
などと両方の意見が出て、けっこう拮抗する。
 
「私は羽ありだな。鮎奈は?」
と蓮菜が尋ねる。
 
「私は羽なし使ってるけど、お母さんがいつもそれを買って来ていたからというだけでもあるな」
と鮎奈。
 
「千里は?」
「あ、ボクはだいたい羽あり使うけど」
と千里。
 
「・・・・」
鮎奈と京子が顔を見合わせている。
 
「どうしたの?」
「いや、何でも無い」
 
「さっきのナプキンの話は冗談じゃなかったのか」
と鮎奈が言った。
 
隣の席の蓮菜も少し離れた席の留実子も忍び笑いをしていた。
 

性教育の授業のあと、このままこの教室で身体測定をします、と言われる。時間割的には6時間目の時間帯に突入している。
 
一応(保健室にあるような)クロススクリーンを立てて、その向こうで服を脱いで身長・体重・胸囲を計られる。
 
「ボク向こうの教室に行った方がいいかな?」
と千里は言ったが
 
「先生が千里は女子として登録されていると言ってたから、きっとこっち」
と蓮菜は言う。
 
前の方の席に座っている子から順に1人ずつ前に出て行き、生徒番号と名前を言ってから、女性の先生に測定してもらう。
 
やがて千里の前の列がはける。(留実子は先に済ませている)蓮菜が「さ、行こう行こう」と言って千里の手を取り、鮎奈と一緒に列に並ぶ。
 
クロススクリーンの向こう側に行った所で靴と服を脱ぐ。千里もブレザー、ブラウス、ズボンを脱いでキャミ・ブラとショーツだけの姿になる。この姿は午前中に体育の時の着替えでも女子のクラスメイトたちに曝している。それでも鮎奈が千里の身体に少し触りつつ何だか頷いている。
 
蓮菜が測定された後、千里も測定される。まずは身長計に載る。
 
「身長167.8cm」
 
先月洋服屋さんで制服を作る時に計られた時は169cmと言われた。測定誤差かなと千里は思った。次に体重計に載る。
 
「体重50.2kg」
と言ってから先生は「この身長でこの体重は痩せすぎだなあ」などと言う。
 
「すみませーん」
「無理なダイエットとかしてない?」
「してないですー」
 
「ああ、でも千里って少食だもんね」
と自分の番は済ませて服を着ている最中の蓮菜が言った。
 
「モスバーガーでハンバーガー半分残したりするもん」
「マクドナルドなら食べきれるけど、モスはボリュームあるもん」
 
「スポーツ少女とは思えないよね」
「あら、あなたスポーツするの?」
「えっと。バスケットを」
「運動するんなら、やはりお肉とかもっと食べなきゃ」
 
それで胸囲も測られる。男子の場合は乳首の所で計られるが女子はいわゆるアンダーバスト位置で計る。ブラも着けたままで問題無い。
 
「胸囲73か。ブラはいくらの着けてる?」
「えっと。A70です」
「ああ、君、おっぱい小さいもんね〜。でもこれならA75の方がいいと思うよ」
 
「千里、おっぱい大きくするためにも、もっと食べよう」
と蓮菜が言った。
 

6時間目の時間帯終了後、委員に任命された子は各々の拠点に集まることになる。図書委員に指名された京子は図書館に行ったし、千里は職員室の中、放送室の前に集まる。
 
「昼休み2人ずつ当番を決めて回しますので。多分経験者が多いと思うから機器の扱い方は分かるとは思いますが、一応説明しますね。ちょっと1年生入って」
と言われて1年生の放送委員6人が放送室の中に入る。全員女子である。
 
一通りの説明を受けた後で
 
「今マイクのスイッチは切ってあるけど、この原稿ひとりずつ読んでみて」
 
と言われて、読んでみた。ほんとに経験者ばかりのようで、みんな朗読の基本ができている。明瞭な発音、標準語のイントネーションで原稿を読む。千里が読んだ後で、ひとりの子から言われた。
 
「あ、やはり女子ですよね?」
「えっと、何か?」
 
「いや、女子みたいに見えるけど、何で男子制服を着て、頭は丸刈りなんだろうと思ったので」
 
こんなことを言ったのは1年3組の麻里愛である。音楽コースに所属していて物凄くピアノとヴァイオリンが上手い子であった。
 
「あ、ボク、本当は男子なんですよ」
「その冗談、全然面白くないんだけど」
 

翌日からは(0時間目は無いものの)通常の時間割で授業が始まる。が1時間目は本来英語(リーダー)の授業なのがホームルームであった(後でLHRの時間をリーダーに振り替えるらしい)。
 
この日、みんなに生徒手帳が配られた。ひとりずつ名前を呼ばれて、渡され、貼ってある写真、自分の名前や生年月日に誤りがないか確認するように言われる。
 
千里は後ろの方である。「花和」(留実子)、「前田」(鮎奈)、と呼ばれ、その次が千里である。「村山」と呼ばれて出て行き、手帳を受け取る。
 
写真は間違い無く自分の写真だ。入学手続きの後に撮ったので、まだ長い髪のままだ。高校3年間は短髪にしないといけないけど・・・でも、3年生の夏くらいになったら、受験勉強で忙しくて髪を切りに行けない振りして伸ばし始めようかな、などとも思ったりする。
 
名前:村山千里 ふりがな:むらやまちさと、生年月日 平成3年3月3日。本籍地 北海道、と印刷されている。特に問題ないよなあ、と思った時、千里はあることに気付いて「うーん・・・」と悩む。
 
「千里、どんな顔して写ってる?」
と前の席の鮎奈が振り向いて訊く。
 
「あ、これ。何か有無を言わさず撮影されたよね。笑顔作る時間無かった」
「あ、私も! 私の見て。ひどい顔して写ってる」
などと鮎奈は言ったが
 
「わ、凄く長い髪!」
と言う。
 
「うん。腰近くまであったから」
「それトイレで困らなかった?」
「大丈夫。ちゃんと大型のヘアクリップ持ち歩いていたから、上の方に留めてから便器に座る」
「なるほどー。ここまで長いと大変だよね。髪洗うのも大変でしょ?」
「うん。結構時間が掛かってたかな」
 
「でももったいないなあ。こんな髪を坊主頭にしちゃうなんて」
などと言ってから、鮎奈は、別のことに気付く。
 
「ね、千里、これ着ているの女子制服だよね?」
「え?」
 
千里はそのことには気付いてなかった。
 
「あれ?そういえばそんな気がする」
「千里、女子の方で撮影したんだ?」
 
「あ・・・・」
千里はやっと間違いに気付いた。
 
「あのとき、男子は別館の美術室、女子は本館の被服室って言われた気がしたんで、ボク、美術室の方に向かったんだけど、別館に入ろうとした所で先生に『こちらじゃないぞ。被服室に行け』と言われて、被服室に行って写真撮影した」
 
「被服室は女子の撮影場所だから、当然女子のブレザーを着せられたわけだ。でも変に思わなかった? ボタンの付き方が逆だし」
「あ、そういえばそうだよね。でもボク、左前の服は日常的に着てるからそのことには気付かなかった」
 
「うーん。。。。」
と鮎奈は少し悩んでから
 
「ね、ね、千里。これ確信犯ってことは?」
と尋ねた。
 
その時担任が
「ん? そこ何か間違ってた?」
と千里たちに声を掛けた。
 
「あ、私の写真で着ている服がどうも女子制服みたいで」
と千里が言う。
 
「どれどれ」
と言って担任は近くに寄ってきたが、千里の写真を見て
 
「この髪の子に男子制服を着せようとは思わなかったろうな」
などという。
 
「あと、それから私の性別が女になっているんですけど」
と千里。
「ん? あ、ほんとだ」
と先生。
 
鮎奈もあらためて見て「へー」などと言っている。
 
「でも性別女で問題あるんだっけ?まあ男になりたいのかも知れないけど、戸籍上の性別と同じにしておいた方が面倒くさくないよ」
と先生。
 
やはり先生は千里のことを男の子になりたい女の子と思っている感じだ。あんなに説明したのに〜!
 
「千里はむしろ性別女の生徒手帳持っていた方が問題少ない気がするよ」
と鮎奈が言う。
 
「問題なければそれでいいな」
と言って、担任は教壇の所に戻ってしまった。
 
うむむ。いいんだっけ?
 
しかし・・・・
 
私、この高校では男子として3年間我慢して過ごさなきゃと思ってたのに、はなっから、女子としてしか扱われてないよ!? こんなんなら髪切らなくても良かった!??
 

翌週から新入生のクラブ活動が始まる。
 
千里はこれまでも事前に数回バスケ部には顔を出していたのだが、今日はあらためて入部手続きを取る。入部説明会には男女新入生が20人ほど集まっていた。説明会会場の物理教室で、左側に男子、右側に女子の受付を置いて、そこに並んで記名する。千里はむろん左側の男子の所に並んだ。
 
が・・・・
 
「あ、君、女子の方の登録はそっちのテーブルだよ」
などと言われてしまう。
 
「あ、いえ。私男子なんですけど」
「女子なのに男子のチームに入りたいの? そういうの困るんだよね。身体の接触とか日常茶飯事にあるからさ」
 
男子制服着て、丸刈りなのに、なんで私、女子と思われるの〜!?
 
「いえ、ほんとに医学上男子なんですけど」
 
などと言っていたら、部長の黒岩さんが気付いて寄ってきて
 
「渋谷、この子、どう見ても女の子に見えるけど、本当に男子なんだよ」
と言ってくれたので
 
「えーー!?」
と言われて、それでやっと男子の入部希望者リストに記帳させてもらえた。氏名・身長・希望ポジション(SG)・クラス・生年月日と、(中学でバスケット部だったので持っている)バスケット協会の登録番号を記入する。
 
「それから、この子はシュート能力が素晴らしいんで、入部試験不要だから」
と黒岩さん。
「了解〜」
 
留実子も女子バスケ部の方に記帳を終えていた。
 

その日は新入生の入部希望者に対して、入部試験が行われた。
 
フリースローとレイアップシュートを5本ずつ撃った後、握力、30mダッシュ、反復横跳び、垂直跳び、などを計られた上で、その成績、それから最後に持久走3000mのタイムを計られた。
 
留実子はフリースローを5本中4本決め、レイアップシュートは全部決めてから(1本はレイアップじゃなくてダンクになっていた)握力で右手80kg、左手60kgを出した所で
 
「君、凄い!このあとの試験は免除」
と言われて楽々合格した。(留実子は本当は試験を受ける必要は無かったのだがちょっと出てみると言って参加した)
 
留実子以外にも数人途中で免除になった子がいた。逆に途中で「残念ですが」
と言われている子もいた。千里は自分も入部試験を受けていたら、途中でお帰り頂くパターンだよなと思う。
 
「そうだ。この子のシュートが凄いという話なんで、それ見せてください」
と一部から声が掛かる。
 
「うん、村山、やってみよう」
と黒岩さんから言われて、まずはフリースローを5本撃つ。
 
全部入った。
 
「フォームがきれいだね」
 
「次3ポイント」
とキャプテンの黒岩さんが言って、千里はゴールから遥か離れた指定の場所からシュートを撃つ。
 
黒岩さんの指示に従いあちこち移動しながら撃ったが、今日は5本撃った内の5本とも入った。
 
「あと10本くらい撃ってみて」
と渋谷さんが言うので更に撃つ。
 
10本中、1本だけ手許が狂って外れたものの、9本入った。
 
「正確すぎる」
 
「この子、ロングパスも凄いよ」
と宇田先生が言うので、ゴール下から相手制限区域付近までの超ロングパスを10本投げてみた。
 
立っているプレイヤーの所にピタリと飛んでくる。受け取る側が走り回っている場合も、そのプレイヤーの自然な動線の上に飛んできて、無理なくキャッチできる。
 
「ちゃんと動きを予測してそこに投げてるね」
「受け手の動きを予測した上にボールの滞空時間まで考えている」
「えっと。何も考えてません。ただの感覚です」
「一種のアナログコンピュータだな」
 
「この子は元々ソフトボールのピッチャーだったんだよ。だから実はソフトボールのボールでも、外野からホームベースにストライクで投げる力を持っている」
と宇田先生が言うと
 
「なるほどそれで!」
という声が掛かった。
 
「野球部に取られなくてよかった」
などという声まである。
 
「これは凄い戦力になりますね」
「春の大会からベンチ入り決定ですね」
と3年生たちから言われる。
 
しかし渋谷さんが心配そうに言った。
 
「でも、君、ほんとに男子なんだっけ?」
「はい。男子ですけど」
と千里がソプラノボイスで答えると
 
「声変わり来てないの?」
と聞き返される。
「ええ。私、遅れてるみたいです」
と千里は答える。
 
何だか不安そうに黒岩さんの方を見たりしていたが、宇田先生がひとこと
 
「女子が男子の方に出るのは違反じゃないから、咎められないよ」
と言うと、なんだか、みんな納得していた!
 
「あ、それから部活で着替える時は、村山君は女子更衣室を使ってね。聞いた話によると、村山君、下着姿は女の子にしか見えないらしいから」
と女子バスケ部の部長・蒔枝さんから言われた。
 
「下着姿も何もこうやって普通に見てるだけでも女子にしか見えないよな?」
と渋谷さんは言っていた。
 

バスケ部に初めて行った翌日、火曜日。千里が部活を終えて19時頃帰宅し、晩御飯の準備をしていたら、お客さんが来た。
 
「はーい、千里ちゃん」
「敏さん!」
と言って千里も笑顔になる。留実子の兄(姉)の敏数である。中に入れて取り敢えずお茶を出す。
 
「あ、そうそう。私、就職した美容室では敏美・女で登録したから」
「へー! あ、じゃ敏美さんって呼べばいいですか?」
「うんうん。よろしくー」
 
「じゃ、敏美さん、女のお客さんの和服の着付けとかもするの?」
と美輪子が訊く。
 
「あ、やってますよー」
「敏美さんなら、問題無いかもね」
 
「それで、これお土産」
と言って、敏美が出したのはウィッグである。かなり長い髪だ。
 
「これ・・・もしかして?」
「うん。こないだ切った千里ちゃんの髪で作ったウィッグだよ。サイズもちゃんと千里ちゃんの頭のサイズに合わせている」
 
「わぁ・・・」
 
「つけてみて」
と言われるので装着する。無理なく留め金が留められる。
 
「おお」
と美輪子が嬉しそうな声をあげた。
 
「長髪美少女・千里の復活だね」
 
「代金は出世払いにしておくから」
「ありがとうございます!」
 
「人毛だから、自分の髪の毛と同様にシャンプー・トリートメントして。メンテきちんとしてたら、かなりもつはず。身体とつながってなくて乾燥しやすいからミストで水分補給も忘れないで」
「はい」
 

「そのウィッグ付けて、女子制服着て、学校に行くといいよ」
と敏美さん。
 
「学校に行ったら叱られます!」
と千里は言うが
 
「千里、生徒手帳を敏美さんに見せてあげなよ」
などと美輪子から言われる。
 
「えー!?」
とは言ったものの、渋々(男子)制服の内ポケットから生徒手帳を出して最後のページを開いてみせる。
 
「ん?」
と敏美さんは声を上げる。
 
「長い髪に、女子制服を着てる。それにだいたい性別女って書いてあるじゃん」
 
「それで支障ないだろとか言われて修正してもらえないんです」
 
「いや、この記述が正しくて、丸刈り頭と男子制服の方が間違っている」
と敏美さん。
 
「この写真に合わせて、千里は長い髪で女子制服で通学すべきですよね」
などと美輪子まで言う。
 
「むしろ、そうしないと本人確認でトラブるのでは?」
と敏美さん。
 
「千里ちゃん、ついでにお股の形もこの記述に合わせて修正しちゃいなよ」
「修正したいです!」
 
「ね、千里。もし去勢したいなら、手術代出してあげるよ。出世払いで」
と美輪子が言う。
 
「それなんですけど。母と約束しちゃったんです。20歳になるまでは去勢しないって」
と千里は言う。それは留萌から旭川に出てくる日、汽車の中で母と約束したことである。
 
「そんなの黙ってれば分からないわよ」
と敏美。
 
「うーん・・・心が揺れます」
 
 
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【女の子たちの高校入学】(2)