【女の子たちの高校選択】(下)

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「そうそう。高校進学の話、途中だったけど」
と貴司が話を振ってくれたが、貴司のお母さんが
 
「貴司、千里ちゃん、込み入った話なら、応接室を使うといいよ。お仕事入ったら呼びに行くから」
と言ってくれたので、ふたりは応接室に移動した。
 
「だけど、千里って声変わりが来ないね」
「そうだね。おかげで、まだ貴司の恋人の1人で居られる」
 
「わざわざ《の1人》って言わなくてもいいじゃん」
「ふふ。でも貴司とデートしたのもキスしたのも多分私だけみたいだし」
 
「デートしようとすると毎回千里に邪魔されている。まあでもデートする時間自体があまり無いけどね。バスケの練習を優先したいから」
 
ふたりは自分たちが《恋人》ではあるが《結婚》までは考えないということで同意している。それで別れる時期として、千里が自分に声変わりが来た時というのを提案し、貴司も同意した。恋人として別れても友人ではあり続けるというのも同意事項だ。千里は当初それは中2くらいかなと思っていたのだが、交際を始めてから2年半たって中3になっても、千里にはまだ声変わりの兆候は来ない。
 
「まそれで進学の話なんだけどね」
「うん」
 
「実はうちのお父ちゃんの船が廃船になっちゃうんだよね」
「あらぁ」
 
「それで何か仕事探さないといけないけど、今漁業関係は新たな仕事なんて無いし、といって漁船以外の仕事なんてしたことないし。中学出た後ずっと船に乗っていた人だから」
 
「まあ確かに潰しはきかないかもね」
 
「その上、その廃船に伴って、その事業に関連して銀行から借りていたお金とかを清算して返さないといけないらしいけど、その一部はうちにも掛かってくるらしいんだよ」
「個人保証か何かしてたんだ?」
「私もよく分からないけど、そうなのかも」
「ふーん」
 
「それでそもそも私を高校にやるお金が無いと言われてるんだよね」
「えーー!?」
 
「どうしても高校に行きたいなら、定時制に行って自分で働きながら学費を稼いでくれ、と」
 
「でもこの辺には定時制無いよ」
「うん。だから旭川かな、と。A高校かM高校あたりの定時制」
 
「元々、千里、A高校かM高校に行きたいと言ってなかった?」
「行きたかったけど、全日制だよね」
「同じ高校でもまるで違うね」
「まあ、お仕事しながら高校生やるのは別に構わないし、卒業に4年掛かるのも構わないけど、定時制から東京方面の大学を狙うのは難しいよな、と」
 
「それは厳しそう。そもそもお仕事してたら疲れ切ってるから、夜中に受験勉強までする体力が足りなさそう。千里って体力無いし」
 
「そうなんだよねー。試合でも最後の方は走り回ってないもん。走り回ると疲れてシュートの精度が落ちるから」
 
「その辺は千里の課題だけどね。じゃ旭川の定時制に行くの?」
 
「それしかないかなと思ってたんだけどさ」
「うん」
 
「こないだ北北海道大会に旭川まで出て行った時、N高校のバスケ部のコーチさんに声を掛けられて」
「ほほぉ」
 
「試合前の練習で女子チームが男子チームと対戦して、私がぽんぽん3ポイントを決める所を見てたんだよね」
 
「まあ、あれに関しては千里は天才だよな」
 
「それで1日目で2回戦で敗退して帰ろうとしていたら、旭川市内の**中学から練習試合を申し込まれて。まあ残れば男子チームの練習相手にもなれるしというので翌日まで居残りして、練習試合やったんだけど、その試合をそのコーチさんが見てたんだよ」
 
「N高校のコーチって宇田さん?」
「あ、知ってるの?」
「割と有名人物。ついでにコーチじゃなくて監督ね。コーチは他に数人いる筈」
「そんなにいるんだ!?」
 
「そして、**中学の監督さんは、宇田さんの後輩だよ」
「やはり、つながってたんだ!」
 
「千里を見たいから、練習試合を申し込ませたんだろうね。多分千里みたいな子がいたら、2日目まで残っているだろうと思ってどうせなら強い所との試合を見たいから2日目見るつもりだったのが敗退したと聞いて、それではというので話を持って行ったんだよ」
 
「まあ私は試合に出てないからね」
「多分、初日は他の有望な子の試合を見てたんだろうね」
 
「それで、その宇田さんと今日の午前中、偶然遭遇しちゃって」
「うん」
 
「N高校に来ないかと誘われた」
「ああ、誘いたくなるかもね。その**中学との練習試合ではシュートどうだった?」
「全部入れたよ」
 
「千里、普通のシュート対決では成功率9割くらいだけど試合中はもっと成功率が高いからな」
「そうかな?」
 
「僕は試合中に千里がシュート外したの見たことない」
「けっこう外してるけどなあ、その時たまたま貴司が居なかったのかな」
 
「でも勧誘されたんだ?」
「それも特待生にすると言うんだよ」
「授業料が要らない?」
「そう。バスケ部で男女2人ずつその枠を持っているらしい」
 
ここで貴司が考える。
 
「千里。真剣に聞きたい。午前中、宇田さんと会った時、千里の服装は?」
 
「セーラー服だけど。今日の午前中は、正装して深川に行かなければいけない気がしたから、ちょっと汽車で行ってきたんだよ。その深川で石狩川を見ていたら、バッタリ宇田さんと遭遇した」
と千里。
 
「呼ばれたんだね」
と貴司。貴司はまるで霊感は無いが、お母さんの話を聞いているので、この手の話には一応詳しい。
 
「ってことはさ、宇田さん、千里を女子選手として勧誘してるんだよね?」
と貴司。
 
「そうかな?やはり」
「いや、そうに決まってる」
 
「私、こないだこの進学のことで占いした時にさ、誰か凄い人に助けてもらえるという卦が出たんだよね」
「じゃ、その占いで出たのが宇田さんかも」
 
「そんな気がした。でも、その時、手術を表す卦も一緒に出てるんだよね」
「それって、千里、性転換手術を受けて、女子生徒としてN高校の特待生になるということでは」
 
「あはは、やはりそう?」
 

宇田先生が神社のバイトが終わる時刻に迎えに来てくれることになっていると言うと、貴司が同席しようと言うので、一緒に来てもらうことにした。 
千里が女子更衣室で巫女衣装からセーラー服に着替えて出てくると、貴司が何だか見詰めている。
 
「どうしたの?」
「いや、その姿を見て、男子中学生だと思えというのが無理だよなと思って」
「まあね」
 
16:30ジャストに宇田先生はやってきた。
 
千里が貴司をバスケ部の先輩で色々相談に乗ってもらっている人と紹介したが宇田先生は貴司のことを知っていた。
 
「細川君のことは中学の時から知っていたよ。でもT高校が盛んに勧誘しているみたいだったから、うちは諦めてたんだよ」
 
「T高校は熱心でしたね。でも結局、T高校の授業のレベルに付いていく自信が無かったんで、地元の高校に進学したんですよ」
と貴司は言った。
 
T高校には元彼の晋治が通っている。野球部に入っているが、強豪なので今年は3番手か4番手ピッチャーくらいの位置付けだった。来年は3年生になるが、同学年にプロからも注目されている凄い人がいるので、エース背番号は取れないだろうなと晋治は言っていた。しかし彼は勉強の方は頑張っていて、学年で20番目くらいをキープしている。彼が志望校としている北大医学部を充分狙えるポジションである。
 

宇田先生の車でケンタッキーに行き、適当に注文して座る。
 
宇田先生は、N高校自体のことや、N高バスケ部の活動内容などを、パンフレットや写真、それにパソコンで試合や練習風景のビデオなどを再生したりしながら説明してくれた。
 
「N高校は進学校なのでクラブ活動の時間も制限されているんですよ。通常の6時間目までの授業が終わった後、特進コースの生徒は7時間目があり、それが終わった16時から18時までがクラブ活動の時間になっています。土日は試合などのある日をのぞいては原則活動禁止です」
 
「それでもN高校は強いですよね」
と貴司が言う。
 
「短い時間で効率よく練習しようというのがうちのやり方です。まあ実際には昼休みや土日に個人的に自主トレしている子はいますが、学校の施設を使うのとか4人以上集まって合同自主トレみたいなことするのは禁止ですから」
「なるほど」
「実際は18時以降とか土日は塾とかに行く子が多いです」
「ああ」
 
時々貴司が細かい点を確認したりする。千里は、ああなるほどそういう点は明確にしておいた方がいいよなと思ったりしていた。
 
「どう? うちに来る気にならない? むろん今日決めてとは言わない。御両親や担任の先生、S中のバスケ部の顧問さんなどともよく話し合ってから考えてもらえばいい。ただ特待生枠は12月中に確定させないといけないので、できたら11月中には返事がもらえたらと思うのだけど」
 
と宇田先生は笑顔で勧誘する。
 
「凄く行きたい気分です」
と千里は言った。
 
「うんうん」
と宇田先生はニコニコ顔である。
 
「でも、私、凄く大きな問題があるんです」
と千里は言う。貴司と見つめ合う。貴司がテーブルの下で手を握ってくれた。ちょっとだけ勇気が出る。
 
「何だろう?」
と先生。
 
「先生は、私を多分女子生徒として勧誘してくださっているんですよね?」
と千里。
 
「・・・・女子生徒じゃないの?」
と戸惑ったように先生が訊く。
 
「私、男子生徒なので」
「は?」
 
「千里、生徒手帳を見せなよ」
「うん」
 
それで、千里はバッグからS中の生徒手帳を出して、その最後のページを開いて先生に見せた。
 
《村山千里・3年2組・平成3年3月3日生・性別男》
 
と書かれている。写真も学生服で写っている。長髪ではあるが。
 
「えーーーー!?」
「ごめんなさい。紛らわしくて」
 
「だって、そのセーラー服」
「私、心情的には自分は女だと思っているのでこれを持っています。でも学校には一応学生服で通っています」
 
「声も女の子だし」
「私、まだ声変わり来てないんですよねー」
 
「でも、女子チームに入っているのに」
「女子バスケ部に入ってしまったのは、色々な偶然や巡り合わせの産物なんです。でも医学的に女子ではないので、公式試合には出場しません」
 
「監督という名目でベンチに座っているだけだよな」
「うん。それで練習試合とか、元々男女混合の大会とかだけに出ているんです」
「でも監督しても千里、かなり良い指示を出している。相手チームの弱点とかすぐ見抜く」
 
「うーん。。。。」
と宇田先生は絶句している。
 
「こいつ、基礎体力が無くて、100m走は18秒くらいだし、腕立て伏せは10回もできないし、鉄棒の逆上がりもできないし。反復横跳びとかも女子並みの数値だし。だから、うちの中学の男子バスケ部に入ろうとしても、入部試験で落とされるレベルなんですよ。でも、シュートやパスが物凄く正確で、ロングパスも味方が居る所にジャスト飛んで行くし、ゴール下からのレイアップはやや苦手だけど、3ポイントシュートはまず外さないし。ちょっと異色のバスケットプレイヤーですね」
 
「すまん。5分考えさせてくれ」
と宇田先生が言う。
 
「はい」
 
それで貴司が自分の財布からお金を出してチキンの追加を注文してくる。ついでに飲み物も3人分頼んで、それぞれの前に置いた。
 
「あ、ありがとう」
と宇田先生は言ったっきり、ずっと目を瞑って考えている。
 
先生は5分考えさせてくれと言ったが、10分以上考えてから、口を開いた。 
「それでも僕は村山君を勧誘したい」
 

「一般にスポーツでは男子と女子は体力や運動能力で大きな差がある。だから馬術など一部のスポーツを除いて、男子と女子は純然と分けて競技が行われている」
 
「むしろうちの地区で、しばしば男女混合の試合があるのが珍しいですよね」
と貴司。
「あれは、人が少ないから男女別では女子のチームが成立しない所が多すぎるというので混成チームを認めて、そうなったらしいね。過疎の産物」
と千里。
 
宇田先生は頷いている。
 
「バスケットでもフォワードなんかは体力・運動能力の差が大きい。男子と女子で試合をやらせると、ゴール下の乱戦で女子はまず男子にかなわない」
と先生。
 
「S中の花和なんかは例外だよな」
と貴司。
「うん。るみちゃんは身長が175cm体重68kgあるから、男子選手でも吹き飛ばしてダンクシュート決める」
 
「ああ、なんか背の高い選手がいたね!」
 
「あの子、握力が75kgあるし、垂直跳び60cmだし」
と千里。
 
「それはプロスポーツ選手並みじゃん!」
と先生。
 
「物凄い筋力トレーニングやってるみたいだね」
「着替えの時とか彼女の身体見るけど、凄い筋肉質ですよ。男の子並み」
 
「・・・・・村山君、女子と一緒に着替えるんだっけ?」
「ええ、そうですけど」
 
「うーん・・・」
と言ってまた先生は悩んでいる。
 
「この子、しばしば女湯にも入ってますよ」
と貴司がバラしてしまう。
「えーーー!?」
 
「花和は、なんか漁船で網引いてたよね?」
「うん。夏休みに職場体験の名目で船に乗って網引いてたら、充分戦力になっていたとかで、マジで漁師にならない?と言われたらしいです」
 
「凄いな」
と先生は言ったが
 
「あ、いやそれは置いといて」
と言って本題に戻る。
 

「バスケットの中でも、シューターというポジションだけは体格差があまり問われない。だから日本の女子バスケットチームが欧米のチームと戦う時もゴール下で勝てないから、主として3ポイントで得点を取っている」
 
「ええ。中継見ていて、なんか詰まらないですけどね。ゴール下の乱戦が無いから」
 
「だから村山君が男子チームの一員として出ても、多分シューターとしてなら活躍できると思うんだよ」
と先生。
 
「なんなら一度試してみましょうか?」
と貴司が提案した。
 

それでその場で貴司がS中バスケ部キャプテンの田代君とS高バスケ部キャプテンにも電話し、明日にでも、千里を男子チームに入れたS中男子バスケ部と、貴司も入っているS高男子バスケ部の試合をやってみるという話がまとまる。 
また今日はまだ話が確定していないということで、千里の父と会うのは延期することにしたが、取り敢えず母にだけでも話をしておこうということになり、千里が自宅から母を呼び出した。
 
場所は貴司の希望で中華料理店に移動した。
 
母はお店に入ってきて、千里がセーラー服を着ているのを見て少し顔をしかめたが、宇田先生と話して、N高校の特待生の話があるというのに驚く。 
「それは凄く良い話ですね。だけど、先生、それ女子枠なんですか?男子枠なんですか?」
と母は尋ねた。
 
「正直に言うと、男子枠は既に2人、該当者が決まっています。女子枠は1人はほぼ決まっているのですが、もう1人、適当な人が見当たらずに困っていたのですよ。うちの学校は道内の中学出身者しか特待生にしないポリシーですし。それで千里さんは女子枠でねじ込むつもりです」
と先生は言った。
 
「でも、この子、男の子なんですが」
「女子バスケット部で活躍していた子だから女子枠を使いたいということで押し通しますよ」
 
「それで・・・・女子生徒としてN高校に通うのでしょうか?」
「その点は学校側と協議の必要があるのですが・・・千里さんは、性同一性障害の診断書とかは取っているのでしょうか?」
 
「えっと、それ何でしょう?」
 
それで宇田先生は、千里のようなケースは最近「性同一性障害」という病名で処理されるようになっており、昨年新たに出来た法律で、戸籍上の性別変更もできるようになっていることを説明する。母は戸籍の性別変更が可能というのを知らなかったようである。しかし千里は宇田先生がこういうことに詳しいのに驚いていた。
 
「病院に行って診断書取ってというのは難しいと思います。この子の父親がそんなのを許すとは思えません」
と母は言った。
 
「性転換タレントさんがテレビに出てるの見て、こいつ叩っ斬ってやる、とか言ってたしね」
と千里も苦笑いしながら言う。
 
「でも先生、私N高校に行きたいです。学籍上の性別は男子でも女子でも構いません。というか、多分性転換手術を終えてないと、女子生徒として処理するのは難しいのではないでしょうか?」
と千里は言う。
 
「うん。そうかも知れない」
と先生も悩みながら言う。
 
「まあ、千里は中学生になってこの2年半も、一応男子生徒してたからなあ。こうやって、親の目を盗んではセーラー服を着て出歩いたりしてたけど」
と貴司が言う。
 
「私はあんたがセーラー服を着て町中にいるのを見てびっくりしたよ」
と母も言う。
 
「あんた、それよく着てるの?」
「まあ、学生服着てる時間より長いかも」
と千里が言うと母は
 
「呆れた!」
と言う。
 
「貴司とはこれで結構デートしたかな」
「まあ、結構お散歩とかしたかな」
 
宇田先生はむしろ頷いている。
 
「あれ? 細川君、もしかして村山君のボーイフレンド?」
「はい、そうです」
 
「私は細川君のガールフレンドのひとりです」
「そこでまた《のひとり》と言わなくてもいいのに」
 
「浮気男は機会あるたびに責めておかなくちゃ。もっとも私が声変わりが来るまで、恋人にしておいてくれるという約束なんですけどね」
「ほほぉ」
「だから、もう多分残り半年くらいか。1年は無いだろうなあ」
と千里は言う。
 
「なんかそういう言われ方をすると罪悪感を感じるんだけど」
 
しかし宇田先生は、千里がボーイフレンドまで作っているということで、千里が本当に《女の子》なんだということを理解してくれた雰囲気であった。 

中間テストが終わった木曜日の放課後。
 
S中に貴司を含めたS高男子バスケ部の部員が8人やってきた。S中側は最初男子チームに千里だけを入れる形を考えていたのだが、田代君が「ポイントガードは森田を使った方がいい」と言ったので、千里と雪子が女子チームから編入する形でチーム編成した。
 
「森田を起点に、村山と菱田のダブルシューターに振り分ける、女子チームの黄金パターンを使うぞ」
と田代君が言う。
 
「OK」
 
それで試合を始める。
 
田代君が言った通り、雪子がボールをフロントコートに運んでいき、そこから千里と菱田君のどちらか空いている方にパスして、受け取った方がそのまま遠くから3ポイントを狙うパターンを多用する。
 
雪子は小柄なので、S高男子のディフェンスが寄ってきてボールを奪おうとする。それを鞠古君がうまくガードしてやるような形で進めた。
 
ダブルシューターのパターンは分かっていてもなかなか防御できない。また遠くから撃つのを警戒しすぎると、田代君がゴール下まで攻め入って得点する。 
S高側も、貴司や佐々木君たちがどんどん得点するし、田臥君も3ポイントをどんどん決める。
 
どちらのチームもラン&ガンに近いタイプなので、とにかく点の取り合いになっていた。
 
一度は千里が撃とうとしていた所に貴司が猛然とダッシュしてきた。千里はそれを平然と黙殺して撃つ。きれいに決まる。
 
「千里にはプレッシャーが掛からない」
と貴司が休憩時間に言った。
 
「だって物理的に接触したらバスケットカウント・ワンスローだから貴司が私にぶつかる訳が無い。ちなみに私は身体ぶつけられてもちゃんと入れる自信あるよ」
と千里。
 
「それが分かっていても、普通はシュートが乱れるもんなんだけどな」
「貴司が良いプレイヤーだと信じているからだよ」
などと言っていたら
 
「そこ試合中のラブトーク禁止」
と鞠古君から言われるが、宇田先生は何だか頷いていた。
 
「ついでに試合中のキスも禁止な」
「さすがにそんなことはしないよ!」
 

試合は結局72対63でS高校の勝利ではあったが、宇田先生は
 
「いい試合を見せてもらった」
と言っていた。
 
「あらためて連絡するから」
と言ってその日は帰っていった。
 
数日後、千里を特待生として推薦入学で取りたいという話がN高校からS中学に来ているということで、千里は担任から言われた。
 
「成績の照会が来ているから、成績表を出すから」
「はい、お願いします」
 
千里は成績も上位で定着しているし、遅刻・欠席もほとんどないし(1年生の始めに1週間休んだのくらい。鞠古君のお見舞いに札幌まで行ったのは公休扱いになっている)、クラブ活動や委員会活動もバスケ部と放送委員で頑張っているということでかなり良い内申書になっているようであった。
 

「え? るみちゃんも勧誘されたの?」
 
翌日留実子から話を聞いて千里はびっくりした。
 
「うん。宇田先生から『君凄い体格だね』と言われて」
 
「だったらこないだの練習試合にも出れば良かったのかなあ」
と言ったが、隣で田代君が
 
「いや、花和は女子の方で出ればいいから、わざわざ男子との試合を見る必要がない」
などと言う。
 
「確かに!」
「こないだの旭川での練習試合で花和のプレイは見ているんじゃない?」
「あ、それもあるよね」
 
「だけど、るみちゃんも勧誘するんなら、特待生枠、るみちゃんで使わなくてもいいのかな」
 
「ああ。私は特待生になれるほど成績が無いから無理」
とあっさり留実子が言う。
 
「ああ、言えてる、言えてる」
と隣で田代君。
 
留実子は親友の前では「ボク」の自称を使うのだが、こうやって教室の中にいるような時は「私」の自称を使っている。
 
「じゃ一般入試で目指すの?」
「推薦入試にしようという話。そしたら入試を受けなくていいから。私、N高の入試を受けたら確実に落ちる」
「うむむ」
 
「でも私立の学費大丈夫?」
「N高校はバイトが許可もらえばできるから、バイトして学資の足しにしてもいいかなと思ってる」
「るみちゃん、何のバイトするの?」
と佳美が訊く。
 
「運送屋さんかなあ」
「るみちゃんなら出来るかも!」
 

それで結局、千里と留実子、それに蓮菜もN高校の推薦入試を受けるという話が進行して行った。蓮菜は学年でも成績トップ争いをしているので、中1の頃から札幌か旭川に出ると言っていたが、やはり下宿先確保の問題で旭川にしたようであった。
 
「E女子高の方を考えていたんだけどね。男の子が言い寄ってくるの面倒いし」
「公立は考えなかった?」
「A高校考えていた時期もあったけど、特待生になりたいから」
「そうか。蓮菜は純粋に成績で特待生を狙えるんだ!」
 
「うん。私、東大の理3狙ってる」
「りさんって何?」
「医学部だよ」
「おぉ!!」
 
「しかしさ、蓮菜・留実子・千里が旭川に出るとして、細川君はS高だし、田代君は札幌だっけ? 鞠古君もS高に行くんでしょ? あんたたち、交際はどうすんの?」
と佳美が訊く。
 
「ああ、ボクはさすがにそろそろ声変わりが来るだろうから、声変わりが来たら貴司の恋人は卒業することになっている」
と千里。
 
「卒業なんだ!?」
 
「私は別に雅文とは何でもないよ」
と蓮菜。。
 
思わず他の女子は顔を見合わせる。田代君も知らん顔をしている。しかし蓮菜はそもそも隣のクラスなのに休み時間にこちらに来てちゃっかり田代君の隣に座っているのである。ふたりはいつも名前で呼び合っている。何でもないは無い。 
「私とトモの関係は、お互いに無理はしない。続く範囲で続けるということにしているから、遠距離になって切れたらその時」
と留実子は言う。
 
その言葉を聞いて、田代君が何か考えている風であった。
 

10月の下旬の日曜日、S中学にN高校の宇田先生、教頭先生がやってきて、S中学の千里の担任と校長、バスケ部顧問の伊藤先生、それに千里と両親も揃い、千里がN高校の特待生含みで、推薦入試で受験するという件について話し合いが持たれた。
 
千里の父は授業料が無しで済むならありがたい。たまたま3月末で仕事を失うことになっていて、この子の高校の学費が出してやれないと思っていたと言い、この話に同意する旨を表明した。
 
この場では千里が「女子枠」で入るということは説明されていない。その話を出すと父が怒るのは確実なので、バッくれておこうというので、宇田先生と母の間で話が付いている。
 
「でもこいつ、こんな髪でいいんですかね?」
と父が言った。
 
「だいたい、中学でもこんな長い髪は違反のはずなのに」
「ああ、それは特例で許可していたんですけどね」
と担任の先生。
 
「N高校の男子の頭髪規則はどうなってましたっけ?」
と父が訊く。
 
「ええっと。一応、横は耳に付かない程度、後ろは襟に付かない程度ですね。でも運動部に入っている子はたいてい五分刈りとかにしてます」
とN高の教頭先生が言う。
 
「だったら、こいつ今すぐバリカンで切っちゃいましょうか」
 
「お父さん、心配しなくても、ボクちゃんと入学までに髪は切るよ」
と千里は言った。
 
母が心配そうに千里を見詰めていたが、千里は自分にはN高校に行く以外の道が無いから、それさえ確保できるのであれば後はどんなことでも我慢しようと心に決めていた。
 

「千里、ほんとに髪を切るの?」
 
千里がN高校に行く以上、頭髪規則は守るという話をしたのに対して留実子も心配そうに言った。
 
「だって特待生は他の生徒の模範にならなくちゃいけないんでしょ? 髪も五分刈りにするよ」
 
「いいの?」
「中学を卒業するまでは女の子。高校は男の子かなあ」
「もう男の子になっちゃうの?」
「多分高校だけ」
「だよね。それ聞いて安心した」
 
「るみちゃん、髪のことで何か言われなかった?」
「短すぎるから、もう少し伸ばせって」
「あはは」
 
留実子はほとんど男子に見えるような短い髪にしている。それで背も高いし、女子トイレ・女子更衣室・女湯で悲鳴をあげられたことは何度もあるようだ。 

「でも良かったじゃん。全日制の高校に行けることになったんだから」
と貴司が言ってくれた。
 
「うん。それで入学する時、髪切ることにした」
「男子の頭髪規則に合わせる訳か」
「運動部の子は五分刈りが多いというから、私も五分刈りにする」
 
「千里が五分刈りにしたら、尼さんにでもなった感じかも」
「でもスキンヘッドは禁止らしいよ」
「なるほどねぇ」
 
「ああ。でも五分刈りにしたら、やはり私、貴司の恋人はクビ?」
「まあクビだな。さすがに女の子には見えないだろうし、僕はホモじゃないしね」
 
このあたりが晋治とはやはり性格違うよなあと千里は思う。晋治は私がどんな姿になろうとも私は女の子だなんて言ってくれたのに。
 
「じゃ、高校入学までのお付き合いだね」
「うん。でもその後も友だちってことでいいよ」
「うん。そうしよう」
 
そう言って、ふたりはそっとキスをした。
 
貴司とはそういう訳で高校入学の時点で恋人関係を解消することになったのである。
 

千里が旭川に出る場合に下宿先としてあてにしていたのが叔母の美輪子であるが、美輪子は連絡すると、千里を下宿させることを快諾した。
 
「下宿代は食費込みで5万くらい払えばいい?」
と母は訊いたが
「水くさい。部屋代は要らないし、千里は少食だし食費で1万もあればいいよ」
と言う。
「じゃ3万くらいで」
「いいよ」
 
ということで下宿代を毎月3万払うことにした。
 
「ところで千里は女子高校生になるの?男子高校生になるの?」
「えっと男子高校生ですけど」
「女子高校生になればいいのに」
「医学的に男なので」
「だったら、入学前に性転換手術しちゃいなよ。手術する病院に連れて行ってお世話もしてくれるアテンダント紹介しようか?」
「ちょっと、美輪子!」
 

千里の友人たちで恵香は旭川で公立のA高校と千里たちが行く私立のN高校を併願するということだった。恵香の現在の成績ではN高校はB判定、A高校はC判定であるが、追い込み頑張ると言っていた。
 
彼女は旭川に出る場合、下宿先が問題だと言っていたのだが、偶然にも母の従姉夫婦が、これまで宮城県の石巻市に住んでいたのが転勤で旭川に引っ越してきたので、下宿してもいいよということになったらしい。向こうは女の子が1人いるのだが、山形の大学に通っており、山形市内のアパートに住んでいる。 
佳美は旭川のW高校と地元のS高校にターゲットを絞り、願書を出す直前にどちらにするか決めると言っていた。
 
「私内申書というシステムを知らなくてさ。私の内申書あまり良くないみたいなのよね。だからW高校は厳しいかも知れない」
「この時期になるまで内申書を知らなかったというのは結構厳しいね」
「しかも旭川は学区外だから合格水準が高くなる」
「高校入試は中学に入った時点から始まる長丁場なんだよね」
「ある意味、シビアなシステムだよ」
 
尚子は札幌の公立(東西南北のどれか)を受けるらしいが、滑り止めの私立は受けないと言った。
 
「もし落ちたらどうするの?」
「S高校の二次募集に行く」
「それ落差があまりにも激しすぎるのでは?」
「やはり私立は経済的に厳しいのよ」
「不況だからなあ」
 
尚子のお父さんは自動車のセールスだったはずだが、長引く不況で車は売れてないようである。
 
玖美子は1年生の頃から札幌の東西南北のどれかに行くと言っていたが、当初の予定通り南高を受け、滑り止めに札幌市内の私立を受けると言うが、玖美子の今の成績なら風邪でも引かない限り公立で楽勝のはずである。
 
「じゃ、札幌に行くのは、今の所、玖美子・尚子に、男子で**君、**君あたり?」
「田代君も札幌だよ」
「あ、忘れてた」
「成績上位の方しか考えないよね」
 
「旭川組が増えたね。蓮菜・恵香・佳美・千里・留実子に、男子も6−7人行くみたい」
 
「千里はさりげなく女子に分類されてるな」
「千里は女子枠でN高校に入ると聞いたからたぶん女子高生するはず」
「えー?そうなんだ?」
「確か高校入学前に性転換手術を済ませておかないといけないんでしょ?」
「あれ?もう性転換しているのかと思ってた」
 
千里は取り敢えず笑っておく。
 
「なんか留萌残留組が少なくて寂しいなあ」
と地元のS高に進学予定の佐奈恵が言う。
 

11月上旬、千里はN高校側から健康診断書を取ってくれという連絡があった。 
それで学校を早引きし、市内の総合病院に行って健康診断の申し込みをした。千里は健康診断というので、先月宇田先生と出会う前夜に見た夢を思い出していた。まあ、お股に付いてる変な物を親切に切ってくれるお医者さんなんていないよなあ。性転換手術を受ける夢はもう12-13回目かなとも思う。
 
最初に尿を取ってくださいと言われ紙コップを持って近くのトイレに入る。個室でおしっこを出して、それを棚の所に置いていたら、トイレの入口のドアが開き、セーラー服の子が入ってくる。
 
「あ、蓮菜」
「千里。もしかして千里も健康診断?」
「うん。蓮菜も?」
「特待生は健康診断書を出さないといけないみたいね」
「じゃ、今日は結構あちこちで一緒になるかな」
 
「そうだね。まあ千里と女子トイレで遭遇するとは思わなかったけど、千里が女子トイレに居るのは普通だよね」
「まあセーラー服着て、男子トイレには入れないしね」
「午前中はセーラー服じゃなかった気がするし、どこで着替えたのか少し追及したい気分だけどね」
「学校内で着替えてから出て来たよ」
「ふむふむ」
 

その後、血圧測定、採血、身体計測(身長・体重・胸囲・座高)、視力・聴力検査と進むが、しばしば蓮菜と一緒になったので、いろいろおしゃべりしながら順番待ちしていた。身体計測は服を着たままであった。
 
やがて心電図になる。先に千里が
「村山千里さん、1番に入って下さい」
と呼ばれた。男性の技士が
「服を上半身脱いでそこに寝てください」
と言ったのだが
 
「あれ?女性の方でしたね。ごめんなさい。書類の性別が間違ってる。申し訳ない。女性の方の部屋に案内しますから、いったん廊下に戻って待っていてください」
と言われた。
 
それで素直に廊下に戻る。
 
「あれ?もう終わったの?」
と蓮菜から訊かれる。
 
「中に男の技師さんが居て、書類の性別が間違っていたから、廊下で待っててと言われた」
と千里。
 
「ああ、確かに間違っているよね」
と蓮菜。
 
それで蓮菜が「2番に入って下さい」と言って呼ばれ、中に入っていく。そして10分ほどしたところで、千里も「2番に入って下さい」と呼ばれた。 
中に入ると、蓮菜が服を着ている最中だった。お互いに手を振り、千里は服を脱ぐ。蓮菜は先に服を着てしまったが、千里が脱ぐのを待っている雰囲気。 
「どうしたの?」
「観察」
「まあ、蓮菜ならいいけど」
 
などと言いながら千里は服を脱いだ。
 
「なるほどねぇ。これは確かに書類が間違ってるよ。だいぶ育ったね」
などと言って蓮菜は千里の乳房を触った。
 
「じゃ、私は先にレントゲンの方に行ってるね」
「うん」
 

女性の技士が対応してくれて、千里の胸に電極を付けていく。技師は千里が女の子であることに疑いを持っていない雰囲気であった。
 
心電図が終わってレントゲンの方に行くが、蓮菜は居ない。もう中に入っているのかな?と思って待っていると、すぐに名前を呼ばれた。中に入ると、蓮菜がこれから服を着ようとしているところだった。千里は彼女の胸に目が吸い付けられてしまった。
 
「どうかした?」
と蓮菜が訊く。
「ううん。蓮菜、おっぱい大きくていいなと思って」
と千里は答える。
 
「きっと千里もこれからもっと大きくなるよ」
と蓮菜は優しく言った。
 
「うん」
 
そう言って千里は微笑んだ。
 

レントゲンのあと20分ほどしてから、医師の診察を受けた。千里は例によって医師から
 
「胸の発達が少し遅いみたいですね。生理は規則的に来てますか?」
などと訊かれる。
 
「ええ。結構不安定だったのですが、ここしばらくは規則的です」
と答える。
「ああ。安定してきているなら問題無いかな。胸の発達時期は結構個人差がありますからね」
などと医師は言っていた。
 
診察の後、30分ほどして健康診断書をもらったが、村山千里・平成3年3月3日生・女と診断書には印刷されていた。蓮菜がその診断書を覗き込んで、笑っていた。
 
「まあ千里の胸は少し膨らんでいるから、まさか男だとは思わないのがミソだよなあ」
「もっと膨らんだらいいのにとは思う」
 
「女性ホルモンどのくらい飲んでるの?」
「そんなに多くない。実は偶然入手したのを飲んでいるだけで調達手段を持ってないから少しずつ飲んでるんだよ」
 
というかこの時期、千里は女性ホルモン剤のストックが残り少なくなっているのを気にしていた。これをやめたら、きっと強烈な男性化の波が押し寄せてくるだろう。
 
「それでも男性機能の方は障害が出るんじゃないの?」
「男性機能は消滅させたい気分」
 
「まあ、それでいいよね。千里はお婿さんには行かないだろうし」
「そんなのやだよー」
 

その日千里が(自粛して学生服で)家に帰ると、妹の蓮菜が泣いている。母は何だか難しい顔をしている。
 
「どうしたの?」
と蓮菜に訊いてみた。
 
「うん。私の卓球のラケット、うっかりそこに置いてたら、お父さんが通る時に踏んで割れちゃったの」
 
玲羅は中学で卓球部に入っている。
 
「あれ?お父さん、もう帰ってるの?」
「うん。天候がよくないとかで早く帰って来たんだよ」
と母が言う。ふだんならだいたい金曜日の夕方か土曜日の朝に帰還する。千里はセーラー服で帰宅しなくてよかったと思った。
 
「玲羅のラケット踏んで割ってから、そんな所に置いておく方が悪い、とか言って、飲みに出ちゃった」
と母。
 
「もしかして壊れたラケットの代わりを買うお金が無い?」
と千里は訊く。
 
「うん」
と母。
 
「お父さんは、どうせ部活なんて金が掛かるから、これを機会に退部しろって言うのよ」
と玲羅。
 
「それいくらするんだっけ?」
「ラケットとラバーで25000円くらい」
「それ、ボクが出すよ」
と千里は言った。
 
「でもお父ちゃんには内緒にしてよ。先輩の古いのを譲ってもらったとか何とか言っておいて」
「うん」
 
千里がバイト代を貯金していることは父には内緒である。
 
それで千里は母と玲羅と一緒に母の車でいったんバイト先の神社に行って、通帳とカードを取ってくる。それから銀行に行ってお金を下ろしてから一度神社に戻り通帳を置いて、その後、町のスポーツ用品店に行き、新しいラケットとラバーを買った。
 
「お兄ちゃん、ありがとう。ほんとに感謝する」
と玲羅。
「感謝するんならさ。もし良かったら、ボクのこと、お姉ちゃんと呼んでくれると嬉しいけどな」
と千里はこの機会に前々から思っていたことを言ってみる。
 
「そうだなあ。それは検討事項に入れておくよ」
と玲羅は言った。
 
母は微笑んでいた。
 

11月の下旬、特待生を含めて推薦入学を希望する生徒を集めた学校説明会が行われた。N高校の推薦入学を希望しているのは、女子では蓮菜・留実子に千里、男子でも2人いた。恵香は一般入試を受けるので、今回は参加しない。 
女子3人は蓮菜の母の車で、男子2人もそのひとりの父の車で旭川に向かった。服装は「制服」と言われたので、千里はちゃっかりセーラー服を着ている。留実子はふだんは上はセーラー服でも下はズボンを穿いていることが多いのだが、この日は蓮菜に言われてスカートにしている。ちなみに蓮菜の母は千里のことも留実子のこともふつうに女の子と思い込んでいる。
 
千里と留実子はN高校に着いてから、南体育館(朱雀)2階にある体育教官室に行って宇田先生に挨拶した。
 
「ああ、村山君は今日は女子制服なんだね」
「はい。女子枠ですし」
「花和君も女子制服なんだね。しかもスカートだし」
「はい。ちょっと自粛しました」
 
この学校はスポーツが盛んなので4つの体育館を持っている。それぞれ東西南北にあるので、青龍・朱雀・白虎・玄武の別称も持っている。朱雀は事実上バスケ部の専用である(体育の時間のバスケットでも使用する)。青龍がメインの体育館で授業でも主に使用する。白虎は小さめの体育館でサブとして使用する。しばしば男子は青龍で、女子は白虎で体育の授業をするらしい。玄武は武道用で剣道・柔道の授業・部活で使用する。
 

2人は体育教官室を出て、1階に降り、体育館の端を通って説明会の行われる本館の視聴覚教室の方へ行こうとした。体育館ではバスケ部だろうか。4人の女子が練習をしていた。その時、パスミスのボールが転がって千里たちの方に転がってきた。千里はボールを拾う。
 
「ありがとう。こちらに投げてくれる?」
と体操服を着た女子が言う。それで千里は彼女の方に向けてボールを投げた。 
ボールはピタリと彼女の手の中に収まった。
 
え?という感じでボールを見ている。
 
「ねぇ、君たち、N高を受けるの?」
と彼女は千里たちの所に駆け寄ってきて言った。
 
「はい。推薦入学です」
と千里は言った。
 
「バスケ部に入ってよ。私、岬久井奈(みさき・くいな)」
「入るつもりです。私たち宇田先生にスカウトされたんです。私は村山千里、こちらは花和留実子です」
「おお。期待してるよ!」
「よろしくお願いします」
 
と言って、千里と留実子は久井奈と握手をした。
 
「るみこちゃんだっけ? 握力凄い」
「ああ、この子、スチール缶を握りつぶしますから」
「凄っ! 空手部じゃなくて、うちに来てね」
「ええ。入りますよ。あ、こちらの子は3ポイントの名手です」
「へー! ちょっと撃ってみてよ」
 
それで千里はセーラー服のまま、軽くストレッチした上でボールを持つと、3ポイントラインの外側を移動しながら10本撃った。
 
全部入った。
 
「凄いよー。ちさとちゃん、ベンチ入り確定」
という声が出る。
 
宇田先生が教官室を出て2階通路から、その様子を眺め頷いていた。
 

「千里、久井奈先輩は千里が女子バスケ部に入ると思ってるよ」
と廊下を歩きながら留実子が言った。
 
「あれ?そう思われたかな? だって私、男子なのに」
「あのなぁ」
 
留実子は時々千里が本気なのかジョークなのか、あるいは無邪気なのかあるいは無邪気を装っているのか判断がつかなくなることがある。
 

「え?鞠古君、勧誘されたの?」
 
12月の上旬、千里たちはその話に驚いた。
 
「うん。旭川B高校から。びっくりした。こないだの北北海道大会のプレイを見てたというんだよ」
 
旭川B高校は進学校ではないがスポーツは結構強い。
 
「それで行くの?」
「うん。俺、今、毎月1回学校休んで札幌に出て##病院の&&先生の検診を受けてるんだけど、&&先生は週に1回、旭川の$$病院でも診察をするんだよ。それで旭川に居れば、そのタイミングで診てもらえるから、1日休まなくても午後早引きするだけで済むんだよね」
 
「それは費用的にも随分助かるんじゃない?」
「そうそう」
 
「でも大会があってから接触までけっこう時間が掛かったんだね」
「うん。俺の名前を確認するのに時間が掛かったらしい」
 
「でもB高校って男子校じゃないの?」
「そうだけど」
「鞠古、男子校に入れるんだっけ?」
「俺、男だけど」
 
「チンコ切ったんじゃなかった?」
「ちょっと短くなっただけだよ。充分な長さがあるよ」
「女性ホルモンも打ってるんだよな?」
「バストけっこうあるじゃん」
「6月で女性ホルモンは終了したよ。だから胸は縮む予定」
 
鞠古君は中1の時に、おちんちんに腫瘍が出来て手術でその部分を切り、その前後をつなぎ合わせる手術を受けている。また再発防止のため女性ホルモンの投与を受けていた。その影響で鞠古君の胸は女の子のように膨らんでいる。 
「だけどB高校と聞いて、札幌かと思った」
「札幌B高校には田代が行くんだよな?」
「ああ行くよ。バスケ部はまあ入部試験に合格できたらだけどね」
 
やりとりを聞いていて、千里は、田代君が自分の進学予定の学校のバスケ部関係者に接触して、鞠古君を旭川B高校に勧誘してもらったのではという気がした。
 

「るみちゃん、良かったじゃん。鞠古君も旭川に行くみたいだし」
と千里はその晩、留実子に電話して言った。
 
「どうも誰か余計な世話をやいた人がいるみたい」
「まあ、そのあたりはお互い様だね」
 
「あ、そうそう。千里さ。うちの兄貴が、千里が髪を切るなら自分に切らせてくれと言ってた」
 
「ああ。それはお願いしようかな」
と千里は答えた。留実子の兄(姉)の敏数は現在、札幌の美容師専門学校に通っていて、今度の3月で卒業予定である。
 
「でも、るみちゃん、《兄貴》じゃなくて《姉貴》とか呼んであげなよ」
「そうだなあ。花嫁さんにでもなったら呼んでやってもいいかな」
 
 
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