【女の子たちの気合勝負】(下)

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「でもどのくらい大きいの? ちょっと見せてくれる?」
「ごめーん。これ身体に接着してるから外せない」
「接着?」
「実際接着してないと、ブラだけでは支えきれないと思う」
 
「じゃ、千里が裸になってみればいいんだ」
「うん、それが良い」
「恥ずかしいよぉ」
「写真撮ったりはしないからさ」
 
ということで、千里はセーラー服の上、キャミソールと脱ぐ。
 
「ちょっと、それパッドじゃなくて実胸では?」
 
などと言われながら、ブラも外す。みんな息を呑む。やや当惑したような空気が流れる。
 
「あのね、この辺が境目」
と言って千里は指で指し示す。
 
「ん?」
「ちょっと良く見せろ」
 
というので、みんな近寄って見る。
 
「あ、ホントだ。でもよくよく見ないと、これ分からない」
「いや、てっきり豊胸手術済みかと思った」
「肌の色に近い」
「うん。買ったお店の人に肌の色といちばん近いのを選んでもらった」
 
「すごーい。これ普通に本物の胸に見えちゃう」
「お母さんに見せたら卒倒するよ、きっと」
と恵香。
 
「お母さんはいいけど、お父さんに見られたら日本刀で斬られそう」
と千里本人。
 
「取り敢えず親には見せない方がいい」
「うん。そのつもり。取り敢えず夏休みいっぱいくらいは付けてるけど」
「ああ。学校が始まると、この胸で体操服になると、かなりやばいね」
「うん。部活の人には、私の性癖は今更だけどね」
「いや、千里の性癖自体は学校でも今更だよ」
「確かに」
 
「でも、この胸なら、女湯に入れたりして」
「千里、おちんちんはもう取ってたもんね」
「いや、千里は女湯に入る気、満々だと思う」
「というか去年も千里は女湯に入っていたからなあ」
「なんだと〜?」
とそれを知らない佳美。
 
「去年は平らな胸だったけどね」
「まあ中学1年生ならギリギリ平らな胸でも通るが、中学2年ではもう平らな胸は不審がられる」
 
「来年修学旅行やる時もこの胸付けておいでよ」
「ついでにセーラー服で参加するといいよね」
「この胸付けてたら、私たちが千里を女湯に誘導してあげるよ」
「千里、おちんちん無いから、男湯には入れないだろうし」
「ごめーん。おちんちんはまだある」
「面倒だから、そういう無意味な嘘はつかないで」
 
「でも確かに男湯に入れない身体であることは認める。私、実は小学4年生以降、男湯には入ってない」
「やはり」
「そういう疑惑はずっとあったもんね」
 
「でもさ、千里は女湯にしか入れない訳でしょ? 女湯の脱衣場に学生服姿で入って行くと通報される。ということは千里はセーラー服を着ていなければならないということになるよね」
「お、凄い三段論法」
 
「ということは修学旅行で千里はセーラー服で参加確定だね」
 
えー!?個人的にはセーラー服で参加したいけど、記念写真とか見られたらお母ちゃんが卒倒しそう、と千里は思った。
 

千里のおっぱい論議が一段落した所で勉強会が始まるが、今回は女将さんが何度も「これ秘密の差し入れ」と言って、お菓子とか、魚の骨煎餅とか、刺身の切れ端とか、ジュースとかまで持って来てくれて、もらったおやつ代を使う以前に今回はおやつが豊富だった。
 
「こんなに差し入れしてもらったら、民宿の方が赤にならない?」
と佳美が心配するほどである。
 
「まあ来年もここで勉強合宿しよう」
「冬休みもやっていいよね」
 
「だけど去年の合宿の頃からすると、千里とるみちゃんの頑張りが凄いよね」
と恵香が言う。
「うん。私、千里に抜かれてしまいそう」
と美那。
「るみちゃんも今上位20位くらいに入っているし」
 
「でも普段の授業の時の感じと、テストの点って、微妙に違うよね」
「うんうん。授業中はぼーっとしているのに点数が良い子がいる」
「それは、るみちゃんだ」
「逆に授業中はよく出来てるのにテストの成績が悪い子がいる」
「それは佐奈恵とかだな」
 
「佐奈恵はテストではどうしても緊張して頭が働かないと言ってたよ」
「本番に強い子、本番に弱い子っているんだよねー」
「千里も本番に強いタイプだよね」
 
「試験は度胸だよ」
と千里が言う。
 
「試験は気合いだよ」
と留実子は言う。
 
「試験はまず分かる問題を全部解いて、残った分からない問題は適当に勘で書けばいいんだ」
と留実子。
 
「いちばん上手い方法だよ、それ。最初から順番にしか解いていけない子もいるんだよねー」
「それだと、どこかに難しい問題があって引っかかると、その先が全滅」
 
「尚ちゃんとかが、わりとそのタイプみたい」
「尚ちゃんの場合はそれでも何とかその難問を解いてしまうから、後も何とかなる。でもやはりこのタイプは試験では不利だよ」
 
「試験もひとつのゲームだからね。実力を評価されるとは考えない方がいい。そのゲームで高得点を上げることを考えて行動すればいいんだよ」
と美那は言う。
 
「その発想ができるかが、受験に勝てるかどうかなんだよね」
 

ところで夏休みに、妹の玲羅がハリーポッターの映画を見たいと言ったが、母が何だか渋っていた。
 
「お母ちゃん、もしかしてお金が足りない?」
と千里は玲羅が友だちの家に遊びに行っている時に訊いてみた。
 
「あんたたちに苦労は掛けたくないんだけどねぇ」
「最近、赤い色の督促状がよく郵便受けに入ってる」
「ごめんねー。私がもう少し良いお給料取れたらいいんだけど」
「やはり、私、バイト代少し家に入れるよ」
「いや。それはあんた自身が絶対必要になるから、ちゃんと貯金しておきなさい」
 
「だったら、玲羅の映画見に行く分のお金だけでも出そうか。私が出したってことは内緒で」
 
「そうだねぇ。じゃ今回はお前に甘えちゃおうかね」
 
と言ってから母は千里に訊いた。
「ところであんた、胸が大きい気がするんだけど、こっそり豊胸手術とかしてないよね?」
 
「そこまでするお金無いよ!」
「ああ、そうかもね」
 

それで往復のガソリン代込みで、千里は母に4万円渡した。実費としてはこんなに掛からないが、せっかく旭川に出るなら向こうの安いガソリンスタンドで満タンにして、灯油も買いたい。食事代もある。
 
「あんたたちが映画見ている間に100円ショップとか見てていい?」
「うん。お母ちゃん、洋服とか買ってもいいよ。買える範囲で」
「そうだなあ。孝行娘に甘えちゃおうかな」
「娘と言ってくれてありがとう」
 
この時期、母は時々気まぐれ的に千里のことを娘と言ってくれることがあった。 
7月31日の土曜日、母の車で千里と玲羅は旭川に出た。父も誘ったのだが、疲れているから寝ているというので、結局母娘3人での行動である。千里は父と一緒にどこかに遊びに行った記憶が全く無い。そもそもあまりまともに会話した記憶自体が無い。平日はずっと船の上で働いているし、土日は寝てるか飲みに行っているかである。
 
映画が始まるまで時間があったので、3人でマクドナルドに入り、軽く食事をした。玲羅はダブルチーズバーガーのLLセットを頼んでいたが、千里も母も「こんなに入らない」と言って、フィレオフィッシュのセットを2人でシェアした。
 

映画館の方に行こうとしていた時、向こうの方から歩いてきたヤクザっぽい男が母と軽く接触した。
 
「こら、気をつけろ」
と男が言う。
 
母がわあ、どうしようという顔をしていた時、千里がキリっとした顔で男を見詰めて言った。
 
「そうですね。お互い気をつけましょう」
 
男は千里を見てビクっとした感じ。
 
「いや、済まんかった」と男。
「こちらも御免なさい」と千里。
 
「いや、それじゃまあ、そういうことで」
と男は何を言いたいのか良く分からない言葉を残して、こそこそと去っていってしまった。
 

「お兄ちゃん、何か格好良い」
「ただお互いに謝っただけだよ」
 
「お前、今の剣道の気合い?」
と母が訊く。
 
「そうそう。私、剣道で気合いでは負けたことないよ」
「それで小学6年の時、地区大会で準優勝したのね?」
「ふふふ」
 

それで映画館の窓口で、千里と玲羅の分の切符を買い、2人で中に入る。母は買物に行く。映画を見に来た時のいつものパターンである。母はそもそもあまり映画が好きではないという問題もあるが、映画代節約の意味も大きい。 
始まる前に玲羅がトイレに行ってくる。その後で千里がトイレに行ってくる。玲羅と女子トイレの中で遭遇して「お兄ちゃん」と呼び掛けられたりすると面倒なので、いつもこのパターンである。
 
この年見たハリー・ポッターの映画は『アズカバンの囚人』。賢者の石・秘密の部屋に続く第3作である。
 
「ハリーって魔法使いなんだっけ?」
と唐突に玲羅が訊く。
 
「だと思うよ。wizardだよね」
 
「じゃ、ハーマイオニーは魔女?」
「違うと思う。女魔法使いでしょ。魔女はwitch。WizardとWitchは別物」
 
「じゃ男でも魔女がいる訳?」
「うん。WizardもWitchも性別と関係無い。男性のwitchもいるよ」
「うーん・・・」
「野球とソフトみたいなものだよ。女性で野球やる人もいるし、男性でソフトやる人もいる」
「ああ、なるほどー」
 
このあたりの話は細川さんから教えられたことである。というより、細川さんの友人で実際に魔女をしている人が神社に来訪したことがあり、一緒にお茶を飲みながら話を聞いていた時、その話が出た。その人のワークグループに男性の参加者もいると聞いて、魔法使いさん?と千里が訊いたら、違うと言われ、魔法と魔女術の違いを30分ほど拝聴した。・・・が、実はよく分からなかった!ただ、魔法と魔女術が全く異なるものを基盤にしていること、wizard, witchは性別による言い分けではないことだけは記憶に残った。性別のことを説明するのに玲羅には野球とソフトに例えて説明したが、むしろフェンシングと剣道くらいに違う印象だった。
 
「ボクも魔女の素質あるって、魔女の人から言われたことある」
「お兄ちゃんなら、魔法のドレス着て、ピーリカピリララとか呪文を唱えても雰囲気出るかもねー」
 
「別に女装はしなくてもいいと思うけど」
「でも、お兄ちゃんは女装したいのでは」
「そうだね。ボクがなるとしたら、男の魔女じゃなくて女の魔女だろうね」
「やはりねー」
 

映画が終わってから、母と連絡を取ると、もう少し色々見ていたいというので千里たちは書店に行き、立ち読みをしたり、100円ショップを覗いたりしていた。 
「ちょっとトイレ行ってくるねー」
と言って玲羅がお店を出て行く。千里はそのまま100円ショップの文房具の所を眺めていたのだが・・・・。
 
突然胸騒ぎがした。
 
何か物凄く悪い予感がする。玲羅? 千里は買物カゴをその場に置いて店を出た。玲羅はどちらに行ったのだろう? あたりを見回すと、右手にトイレの方角を表す矢印がある。千里は走ってそちらに向かった。
 
通路の奥に男女マークがある。ちょっとだけためらう。が、千里は気をしっかり持って、そちらに近づいて行く。その時、玲羅の悲鳴がした。千里は走ってトイレの前まで行き、迷わず女子トイレのドアを開けた。
 

異様な光景だった。
 
玲羅が個室ドアの前で何かにおびえているようにして、トイレの中の1ヶ所を見詰めている。入口の近くに、小学2−3年生くらいの女の子が立っていて、何かを睨み付けている。玲羅が見詰めているポイントとその女の子が睨み付けているポイントは同じ場所だ。
 
千里には何も見えなかったが、そこに何か居ると確信した。
 
左側に掃除用のモップが立てかけてある。それをさっと手に持つと、その何か居ると思われたポイントめがけて、剣道の竹刀を扱う感じで思いっきり振り下ろした。
 

何か動物のようなものに当たったような感触があった。
 
『ギャッ』
という悲鳴のようなものを聞いた気がした。何かが脇の窓から飛び出して行った気配がした。
 
「お兄ちゃん」
と玲羅が声を出す。
 
「大丈夫?」
「うん」
 
その返事を聞いて千里はホッとした。
 
「でも千里お兄ちゃん、ここ女子トイレ」
「玲羅の悲鳴が聞こえた気がしたから来た」
「ふーん。。。でも千里お兄ちゃん、私の見てない所で結構女子トイレに入ってない?」
「えっとまあ・・・」
 
まあその問題は今更という気もするんだけどねー。それでも千里は普段はできるだけ女子トイレ内で玲羅や母などと遭遇したりしないように気をつけていた。しかし今回は緊急事態だった。
 
その時、千里は入口の所に立っていた女の子のことを思い出した。
 
「あ、君も大丈夫だった?」
とその子に声を掛ける。
 
「はい、ありがとうございます。あの、今の見えたんですか?」
「見えてないけど、何か居るなとは思った。だから、その居そうな所めがけて殴ってみた」
「凄い勘ですね」
「君、イントネーションがこの辺の子じゃないね?」
「あ、はい。岩手から来ました」
「そう。気をつけてね」
「はい」
 
千里は何だか凄く可愛い子だなと思った。そして不思議な親近感を感じる。しかしこの時、千里はその親近感の正体が分からなかった。
 
これが千里と青葉の初対面だったのだが、ふたりはその後、どちらもこの時の対面のことをほとんど忘れてしまった。
 

その小学2−3年生の女の子(青葉)と別れて、千里が玲羅と一緒に母のいるであろう付近に向かって歩いて行っていたら
 
「すみません」
と呼び掛ける声があった。
 
「はい?なんですか?」
と千里は振り向いて答える。キャビンアテンダントか何かのような服を着た女性が立っていた。
 
「これ差し上げます」
と言って何かを差し出すので、千里は何かの旅行のキャンペーンか何かかと思い受け取る。
 
その時、
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
と玲羅が言う。
 
「え?今ティッシュか何かをもらったから」
と言ったが、手の中には何も無かった。
 
「お兄ちゃん、誰もいないのに、何か返事して立ち止まるから」
「え?今、スチュワーデスの制服を着た女の人が居て、何かくれたんだけど、あれ?何も持ってないな、おかしいな」
 
千里は首をひねったが、気にしないことにした。
 

柱の陰で、美鳳は微笑んでいた。
 
「私、あの子、気に入っちゃった〜。青葉はダイヤモンド、あの子はサファイアって感じかも。40-50年はこのふたりで遊べるなあ」
 
そんなことを呟きながら、美鳳は軽やかな足取りでショッピングモールの出口の方へ歩いて行った。
 
もっとも美鳳の姿が《常に》見える人は少ない。しかしこの時、このショッピングモールにはそういう人が実は5人も居たのである(千里・青葉・賀壽子・千壽子・天津子)。
 

千里が翌日、神社にお仕事で出ていくと、宮司さんが千里を見てビクッとしたような顔をした。
 
「あの。。。どうかしました?」
と千里。
 
「いや。それはこっちのセリフ」
と宮司さん。
 
「千里ちゃん、どこに行ってきたの?」
と細川さんも訊く。
 
「えっと・・・旭川にハリー・ポッター見に行ってきただけですが」
 
「ハリー・ポッターの精霊をもらってきた訳じゃないよね?」
「何か付いてます?」
「ああ、憑いているというか」
「これ何だろう?」
「ハリー・ポッターというより、ポケット・モンスターだね」
「何です〜?」
 
「眷属というか」
「式神というか」
「これかなり優秀な精霊セット」
「その使い方、分かる?」
 
「そんなの分かりませーん」
「じゃ、修行だな」
「えっと、どんな修行ですか?」
 
「うーん」
と言って宮司さんは、本棚から何やら難しそうな本を取り出してくる。 
「村山君。今から30日間、これノルマ」
「はい?」
「毎朝、30分ジョギング、滝行5分、それからこの祝詞を唱えて、瞑想20分」
「滝行ですか!?」
 
やだー。冷たそう!!
 
「満行までの間は、お肉・お魚を食べないこと」
「それは多分問題無いです。あ、給食どうしよう?」
「お肉とお魚は残す」
「叱られそうだけど頑張ります。あ、バスケ部の合宿がある。去年もチキンとか焼肉とか、どーんと皿に盛られて食べろと言われたんですが」
「事情を話して、代わりに湯葉か豆腐でも食べてよう」
「私、そちらの方がいいです!」
 

そのバスケ部の合宿は今年も8月中旬。2学期の始まる直前にやってきた。 
昨年は教えられるばかりの立場だった千里も今年は1年生の子たちを指導する立場である。1年生でも雪子は小学校のミニバス経験者で千里よりうまい!ので3年生の久子にお任せして、シューターの才能のある雅代は友子にお任せして! 中学になってからパスケを始めた泰子・伸代に千里・数子が主としてシュートの仕方やドリブルの仕方などを指導していた。
 
「雅代ちゃんがこの夏の間に仕上がれば、秋の大会は友子さんと雅代ちゃんのダブルシューターで攻めることができるね」
「うん。地区大会優勝も夢じゃ無い」
 
などと千里と数子が話していたら、当の雅代は
「でも私、友子さんにも千里さんにも遠く及ばないから今年の秋は出番無いですよー」
などと言う。
 
「ああ、千里は秋の大会には出ないから、雅代が正シューターだね」
「うん。友子さんは体力無くて長時間稼働できないから、追い込みで使う」
 
「え?なんで千里さん、出ないんですか?」
「千里は男子だから、出場資格が無い」
「は?」
「あれ?知らなかった?」
「ボク、男だよ」
「うっそー!?」
 
「何なら千里の胸触ってみればいいよ」
 
すると本当に雅代は千里の胸に触る。
 
「なーんだ。冗談だったんですね。千里さん、これBカップかCカップくらいありますよね? 男の子だなんてジョークがきついです」
と雅代。
 
「ん?」と数子は悩むような顔を見せ
「ちょっと私にも触らせろ」
と言って千里の胸を触る。
 
「千里、いつの間にこんなにバスト成長した?」
 
「あはは、あはは、あはは」
 
千里はバストが目立たないようにこの半月ほど、Lサイズの体操服を買って着ていたのである。しかし直接触れば分かる。
 

3日間の合宿で2日半までは昨年同様、ひたすら基礎的なトレーニングに徹した。最終日の午後になって、試合形式の練習をする。女子も8人部員が居るので、4人対4人で試合をした(PG久子,SG友子,PF泰子,SF伸代/PG雪子,PF数子,SG千里,SG雅代)。 
久子チームは友子からのロングシュートを狙うパターンと泰子・伸代にゴール下まで攻め込ませるパターンを使い分け、雪子チームは千里・雅代のダブル・シューターを使うパターンをメインに攻めた。
 
その試合を見ていて、男子2年生のリーダー格である田代君が言う。
 
「村山はほんとによく遠い所からシュート入れますよね」
「彼女はゴール下からのレイアップシュートは結構外すのに、遠くからのスリーは高確率で入れるよね」
と伊藤先生。
 
「見てて思うんですけど、村山って撃つ時にほとんどフリーになってるでしょ?誰もチェックしてない所で伸び伸びと撃ってる。やはり女子のプレイヤーは男子ほどスピードが無いから、あそこまでフリーになれるんでしょうね」
と田代君。
 
すると伊藤先生は言った。
「そう思う?だったら試してみようか?」
 

 
それで女子の紅白戦が終わった後、20分休憩して男子対女子の試合をしますと言われる。男子は3年生は出ずに、2年生の田代君・鞠古君・戸川君に1年生の平田君・広丘君が出る。女子の方は、久子・数子・千里・雪子・雅代という布陣である。伸子・泰子はまだ戦力にならないし、友子は体力が無いので連続の試合は無理ということで、このメンツになる。
 
3年の佐々木君が審判になって、試合開始。
 
ジャンプボールは鞠古君と千里でやって鞠古君が勝ち、田代君がボールを運んでくる。ところが一瞬の隙を狙って雪子がスティール。速攻で攻め上がる。田代君はやられた!という顔をしている。かなり甘く見ていたのだろう。雪子という子は、とにかく「巧い」プレイヤーなのである。
 
雪子から数子にパスされ、数子がシュートするも外れる。しかしリバウンドを千里が取り、雅代にパス。雅代が撃ってゴール。
 
女子が先制して試合は始まった。
 
結構シーソーゲームになる。男子の方はまだ全開ではない。八分くらいの力でやっておいて、最後に突き放せば良いという感じだ。
 
久子がドリブルで駆け上がる。左側にいる千里と右側にいる雅代を見比べて、千里にパスする。するとそこに猛然と田代君がチェックしに来る。千里は無理せず、いったんボールを久子に返す。久子が雅代の方にパスしようとする。田代君はゴール近くに戻り、雅代の近くに居た戸川君がそちらにダッシュする。ところが久子は雅代へのパスはポーズだけで、突然誰も居ない所にボールを勢いよく投げた(と田代君は思った)。
 
え?
 
田代君は目を疑う。
 
そのボールの飛んで行った先には、さっきまで自分の右側に居たはずの千里が居て、ボールをキャッチする。そして、そのまま撃つ。
 
チェックしに行く時間が無かった。
 
場所はギリギリ3ポイントエリアである。きれいに決まって3点。
 

鞠古君のスローインから田代君が攻め上がる。数子に行く手を阻まれる。が、田代君はいったん数子の手の下をかいくぐるように進む・・・ように見せかけて戸川君の方へ、そちらを見ずにパスする。
 
ところがその途中に千里が居て、ボールを叩き落としてしまう。
 
転がったボールをすかさず雪子が確保して速攻。
 
田代君は「うそー!?」と思った。戸川君がその方向に居たのは認識していたのに、同じ方角に千里が居たことに全く気付かなかったのである。
 

試合は2ピリオドまで行い、最後の方で本気を出した男子チームが41対30で女子チームを下した。しかし田代君は不満そうな顔をしていた。
 
「村山の本質が少し分かったろ?」
と伊藤先生が笑顔で田代君に声を掛ける。
 
「あいつ、まるで忍者です。いつの間にか思いも寄らぬ所に居るんですよ」
と田代君。
 
「それが村山君がフリーになれる秘密だよ」
と伊藤先生は言う。
 
「ボクがどうかしました?」
と千里が田代君たちに声を掛ける。
 
「村山。ほんっとにお前、気配が無い。マッチアップする時は物凄い気迫で、俺でも一瞬気後れしそうなのに、ボールを持たずに移動している時はまるで空気みたいだ」
と田代君。
 
「それが彼女の凄いところなんだよ」
と伊藤先生は言った。
 
「村山、実は男子チームでも戦力になりません?」
「ごめーん。私自分では男子じゃないつもりだから」
 
伊藤先生は頷いている。
 

「でも村山の気迫が1学期の時よりグレードアップしてますよね?」
と鞠古君が言う。
 
「あ、思った思った」
と戸川君も言う。
 
「千里の気迫、ここの所、私でも凄いと思うよ」
と久子まで言う。
 
「そうだね。毎日滝行してるからかな」
「お前、ホントに忍者修行してないか!?」
 

2学期が始まって最初の週末。8月28日。千里は従姉の愛子に呼び出されて札幌に出て来た。愛子は千里より3つ上の高校2年生。函館に住んでいるのだが、今日はその函館ではなく、札幌で会いたいということだったのである。交通費も愛子が送金してくれた。
 
「千里ちゃん、やはり普段はそんな格好なのね?」
と楽しそうに愛子は言った。
 
千里はごく普通の!?セーターとスカート姿である。
 
「うーん。私はまあ、こんなものだよ」
「あ、このスカート、私のお下がり?」
「そうそう。愛子さんのお下がりは先に玲羅が着るんだけど、あの子、私よりウェスト大きいから、玲羅が穿けなくなったスカートを私がもらってる」
 
「玲羅ちゃんの方が大きいんだ!」
と愛子はほんとに楽しそうである。
 
「ウェストはね。でも今日はどうしたの? 何かの悩み? 出て来たら話すということだったから、何だろう?と思って来たんだけど」
と千里は愛子に尋ねる。
 
「千里ちゃんさ。私の代わりにオーディションに出てみない?」
「へ?」
 

そういう訳で、千里は愛子に連れられて、札幌のある放送局にやってきた。受付の所で名前を言って番号札を受け取る。「Eスタジオに入ってください」と言われたので、館内の案内を見ながら、そちらに行く。本物の愛子はサングラスをして観客席の方に座った。
 
オーディションを受ける女の子は全部で50人くらいという感じである。みんな美人だ! だいたい中高生世代という雰囲気。
 
やがて第一次審査を始めますという案内がある。
 
1人ずつ出て、審査員の前で歌を歌う。カメラが撮しているが記録して後で参考にするためだろうか?
 
歌う曲目は事前に申請している。愛子は松原珠妃の『夏少女』という曲を指定していた。千里がその曲知らない!というと、愛子はウォークマンでその歌を聴かせてくれた。それを泥縄で覚えてこの会場に入ったのである。
 
オーディションなんて言うから凄く歌とかも上手い子がいるんだろうと思って緊張していたのだが、出て行く子、出て行く子、下手である! なーんだ、これなら別に自分の歌でもいいかと思う。ほとんどの子は歌ったらそのまま退場していたが、何人か進行役のスタッフさん?という感じの30歳前後の男性から声を掛けられて言葉を交わしている。放送局のADさんかアナウンサーだろうか?と千里は思った。
 
「その髪飾り可愛いね」
「はい。ミニーマウスです」
「なーんだ。ドラえもんかと思った」
「ドラえもんには耳は無いです!」
 
あるいはこんな子もいた。
 
「声がいいねぇ」
「はい。よく褒められます」
「それで歌も上手ければいいのに、下手だったね」
「よく言われます」
 
千里はノリの良い子だなあと思った。ここでショックを受けるような子は歌手などになる素質は無い。
 
ひとり前の人もその進行役さんと軽妙なやりとりを交わしたので、千里は気分良く、マイクの前に出て行った。
 
「18番、函館から来ました、大中愛子です。『夏少女』を歌います」
と言うと、伴奏が始まる。さっき覚えたての歌詞を笑顔で歌う。
 
千里の前に歌った子たちは、みなだいたい1分程度歌うか、あるいは1番を歌った所で停められていた。それで自分もその程度歌えばいいんだろうと思っていたのだが・・・・。
 
停められない!
 
えー!?私、2番の歌詞、覚えてないよぉと思うが、ここは度胸と愛嬌で勝負である。千里は笑顔で2番の歌詞を勝手に作詞しながら歌っちゃう。客席で愛子が頭を抱えている。あはは。ごめんねー。
 
結局3番までフルコーラス歌って終了した。2番も3番も勝手に千里が即興で作詞した歌詞である。
 
「ねぇ、君、この歌、よく歌ってるの?」
と進行役さんから尋ねられた。
 
「いえ。実は会場に入る直前に覚えました」
と千里は正直に答える。
 
「なんかオリジナリティあふれる歌詞だったね?」
「はい、私、しばしば友だちから発想が独創的だと言われます」
 
進行役さんがお腹を抱えて笑っている。ああ、これは落とされたよな、と思う。 
「でも君、髪が長いね」
「はい。テレビから這い出す山村貞子を演じるために髪を伸ばしました」
 
千里はもうやけくそで答えたのだが、進行役さんはまた笑っていた。「はい、いいですよ」ということだったので、笑顔で「よろしくお願いします」と挨拶して下がった。
 

50人の応募者が全員歌う。その後、休憩となり審査が行われているようであった。 
「第二次審査に進出する10名を発表します」
と若いスタッフさんが言う。
 
「3番****さん。5番****さん、17番****さん、18番大中愛子さん」
 
うっそー!? 何で私、通っちゃう訳?
 
千里はさっぱり理解できなかったが、とにかく第一次審査を通過して、第二次審査を受けるということになってしまった。
 
第二次審査は水着を着てプールでやりますということであった。愛子が寄って来て水着を渡す。
「これ私の水着だけど、多分千里ちゃん入るよね?」
「多分」
「こないだ触った感じだと、既に女の子の身体になってる雰囲気だから女の子水着行けるでしょ?」
「去年は泳ぎに行ってないけど、6年生の時はビキニの水着を着てプールに行ったよ」
「おぉ」
と愛子は面白そうに反応した。
 
更衣室に行き、服を全部脱いで愛子から渡された水着を着る。胸が少しきついかなという気がした。この胸は6月に札幌に来た時に、敏美に唆されて買ったプレストフォームだが、お店の人にBカップになるサイズと頼んだはずが、どうもBカップより大きい気がしていた。実際、千里はC70のブラを数枚買ってこのところ使用していた。
 
水泳帽は長髪用のを愛子が用意してくれていたので、髪をまとめてかぶってみたら何とか収納できた。
 
水着の上にガウンを着てバスに乗せられ、市内のプールに移動する。このオーディションをする間は貸し切りになっているようである。
 

第二次審査はプールの上に浮かべられた板の上に水着のまま並んで立ち、手にボタンを持って、クイズに早押しで答えるというものであった。うーん、私、常識無いし、これは厳しいなと千里は思う。
 
「トルコの首都はどこですか?」
 
あれ?イスタンブールだっけ?と思ってボタンを押すが、一瞬速く別の人が押したようで、そちらの子のランプが点く。
 
「アンカラ」
「正解」
 
えー!?イスタンブールじゃなかったのか。良かったぁ、と安堵する。すると進行役さんが「俺、アンマンかニクマンかと思った」と言う。すると正解を読み上げたナレーターの女性が「アンマンはヨルダンの首都です。ニクマンなんて都市はありません」と言う。
 
「韓国の大統領は?」
 
あ、確かキン・ダイチュウとかじゃなかったっけ?と思ってボタンを押すが、またもや遅れる。うーん。私って反射神経悪いのかなあ。
 
「ノムヒョン」
「正解」
 
あれー。何か全然違う名前だ。でも間違わなくて良かったあ。と思っていたら進行役さんが「ブッシュじゃなかったの?」と言う。ナレーターさんが「それはアメリカ大統領」と言う。その時、偶然千里は進行役さんと目が合った。 
「18番の貞子みたいな髪の子、君2回続けてボタン押したの2番だった。答えは何だと思った?」
などと訊かれるので
 
「キン・ダイチュウと思いました」
と正直に答える。
 
「キン・ダイチュウというのは日本語読みで本当はキム・デジュンですが、それは前の大統領です」とナレーターさん。
 
ああ、交替してたのか、と思う。
 
「お前遅れてよかったな」
と進行役さん。
 
「はい。生理が遅れたらやばいですけど」
と言ったら、何だか受けてた。
 

そんな感じで千里は毎回ボタンは押すのだが、なかなか1番になれずランプがつかない。それで全然回答できないままオーディションは進行する。そして、1問ごとに進行役さんか何かボケて、笑いを取っていた。また途中で正解者が出た後で、2番目に押した人に思っていた答えを言わせるというのを進行役さんが何度かした。ひとりの子は
 
「JR最西端の駅の名前は?」(正解は佐世保駅)に対して
「田平駅と思っていました」
とマジな回答をした(田平駅は国鉄時代の最西端駅)が
 
別の子は
「サッカーチーム・ベガルタの本拠地は何県?」(正解は宮城県)に対して
「仙台県と思ってました」
とボケる回答をした後、
「じゃ、グランパスは何県?」
と訊かれて
「尾張県?」
と答えて、
「お前、地理の勉強しなおせ」
と言われたら
「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ大好きです」
と返していた。
 
どうも進行役さんは受け答えのできる子には少し突っ込んでくれている感じであった。それで千里も再度正解の後で当てられた時に
 
「『恋のバカンス』をヒットさせた双子歌手は?」(正解はザ・ピーナッツ)に対して
「ダブルユー」(ダブルユーもカバーしている)と答え
「双子じゃないだろ?」
と言われたら
「あ、四つ子でしたっけ?」
と答えて
「せめて三つ子と発想しろ」
と言われた。
 

その内2問間違った人が出る。
 
「2問間違った人は残念ながら退場です。さよならー」
と言われて、上から凄い水鉄砲が浴びせられる。
 
「きゃー」と悲鳴をあげて、その人が水中に落ちる。なるほどー。このために水着だったのかと水着の目的を理解する。これって、いわゆる水着審査じゃなかったんだ!
 
ところがその人が落ちた時、板が揺れて、あおりをくらっていちばん端に立っていた回答者まで落下した。プールの上に浮かんだ板の上に立っているという状態はそもそも不安定なのである。
 
「はい。そこ、落ちた人も一緒に失格」
と進行役さんが言う。
 
うそー!? そんなのあり〜?
 

その後クイズは進む。千里はかろうじて1問。
 
「伊勢神宮があるのは何県?」
というのに
「三重県」
と答えることができた。去年の夏、巫女研修で行ってきたからね〜。
 
やがて3問正解して勝ち抜けしていく回答者が現れる。24番の人と3番の人が勝ち抜け、3人落とされ、あおりをくらって水中落下した人も2人いて、残りは3人になっている。ここで
 
「これが最後の問題になります」
と進行役が言った。
 
「アメリカのプロスポーツ選手でマイケル・ジョーダンと言えば何の選手?」
 
千里は質問を聞き終わるのと同時に押したが、また遅れた。
 
隣の女の子が回答する。
「アメリカン・フットボール」
「不正解」
 
いきなり上から水鉄砲が落ちてくる。悲鳴を上げて水中に落ちる。千里はすぐ隣で水しぶきがあがるので、ひゃーっと思ったものの何とかバランスを保って落ちるのを免れた。
 
「えっと2番目に押した人、四つ子の貞子の18番さん」
と千里が指名されたので答える。
 
「バスケットボール」
「正解」
 
やったね。
 
「えー、2人残っていますが、18番の子は2問正解、32番の子は1問正解。ということで18番が決勝進出!」
 
きゃー、ラッキー!と千里は思ったが、だいたいこのオーディション、何のオーディションなんだ?と疑問を感じた。
 

決勝戦はそのままプールサイドで行われることになった。
 
千里は水中に落下していないので身体は乾いたままである。水着の上にすぐ服を着てくださいと言われたので、愛子が寄って来て渡してくれたワンピースを着る。他の2人は既に服を着ている。
 
「決勝戦はダーツを投げて当たった所に書いてあった楽器を使って演奏をしてもらいます」
 
と言われる。二次審査で最初に勝ち抜けた24番の番号札の人が最初にダーツを投げる。 
大正琴と書かれた所に当たった。大正琴が持ち込まれてくるが、
「えー?私、こんな楽器触ったこと無ーい」
などと言い出す。
 
「触ったこと無くても何か弾きなさい」
と進行役さん。
 
それで椅子に座って大正琴を弾こうとするが、どこを触ったらどんな音が出るか見当もつかないようで、何だか子供が悪戯しているかのようなめちゃくちゃな音の羅列になってしまう。そして彼女はとうとう泣きだしてしまった。
 
「はい、君そのまま退場。その大正琴あげるから練習して出直しなさい」
と言われて、
「済みませんでした」
と言ってお辞儀をして、本当に大正琴を持って退場した。
 
千里は最悪の対応だなと思った。弾けないなら弾けないなりに見せ方がある。そして進行役の大正琴あげるから云々という言葉は、彼女がその状況から何か気の利いたセリフを言って笑いを取るなどの挽回のチャンスを与えたものだ。しかしそのことに気付かないまま、何もせずに退場した。
 

2番目に勝ち抜けた3番の番号札の人がダーツを投げる。フルートと書かれた所に当たった。
 
フルートが持ち込まれてくる。
 
「私フルート得意なんです」
と言って笑顔で彼女はその楽器を受け取った。へー。それは凄いと思って見ていると彼女はそのフルートを構えて唄口の所に唇を置き、
 
「ターラララ、ターラ、ターラララ、ランララ」
とモー娘。の『恋のダンスサイト』の節を歌い出した。
 
千里は思わず笑顔になった。そうそう。1番目の人もこれをすれば良かったのよ! 
彼女はまるで本当にフルートを吹いてるかのように指を盛んに動かしている。千里はその指使いを見ていたが、でたらめである。そしてラララで曲を歌い続ける。進行役の人も審査員の人たちも笑顔でお互い顔を見合わせながら、頷いて聴いている。彼女のパフォーマンスは堂々とした感じで続く。だいたいラララで歌っていたが『セクシービーム!』だけはフルートを胸の所から前に突き出すようにして、セリフをしゃべった。
 
2分ほどでまとめて終らせる。客席から大きな拍手が起きた。
 
「ご静聴ありがとうございました」
と言ってお辞儀をして、自分の席に戻った。
 

3番目。千里がダーツを投げる。ヴァイオリンと書かれた所に当たった。やれやれ。
 
それでヴァイオリンを渡された。これもプラスチック製のヴァイオリンだ。電気式のものである。共鳴胴は無く、ピックアップで音を拾って電気で増幅して鳴らすタイプだ。
 
千里は調律が合っているっぽいことを確認した上でカメラの方に向き、弾き始める。
 
タータラータラ、ターラタ、タララララー
 
とメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトである。
 
さっきの人が笑いに徹した。だったら自分は逆に超まじめにやった方が笑いが取れると千里は考えた。
 
いきなりマジなクラシック曲の演奏が始まったので会場はざわめきが起きる。しかし千里はそのざわめきを黙殺して演奏を続ける。そして1分ほど弾いたところで、進行役さんが合図をするので演奏を終了した。
 
「なんか凄い曲を弾いたね」
「はい。ドリームボーイズの『あこがれのおっぱい』でした」
と千里が言うと、爆笑が起きる。
 
「曲が違う気がするけど」
「あれ?そうでした? ベートーヴェンの『白鳥の湖』でしたっけ?曲が似てるから」
と答えると、進行役さんが千里の背中を叩きながら笑っていた。
 

その後、審査に入ったようで、ゲストでアイドルっぽい女の子歌手が歌ったが、アイドルにしては上手いなと思いながら、千里は聞いていた。
 
その歌手の歌が終わると結果発表である。
 
「今回の優勝は3番****さん」
 
千里は笑顔で拍手をする。彼女は千里と握手をした上で、嬉しそうに進行役さんの前に進んだ。
 
「そして準優勝、18番大中愛子さん」
 
と言われて千里もそちらへ行く。
 
「優勝者には賞金30万円と副賞として◎◎レコードからCDを1枚リリースする権利が与えられます」
と進行役さん。
 
へー、と思って千里は話を聞いている。賞品目録?を彼女が受け取る。 
「準優勝者には特に何も表彰はありません」
と進行役さん。
 
それで千里は笑顔で手を振った。
 
そして千里はその進行役さんに訊いてしまった。
 
「ところで、これ何のオーディションだったんですか?」
 
「はあ!?」
と司会者さんが呆れるように言った所で
 
「お疲れ様でしたー、放映終了です」
という声が掛かった。
 
「へ?放映って、これ放送してたんですか?」
「君ね・・・・、ちょっと面白すぎるよ。クイズで毎回のように2番目にボタン押してたのも美味しいと思ったし。ハッタリも凄いしさ。君が男の子だったらデートに誘いたいくらいだよ」
 
と司会者さんは千里の肩を数回叩いてから笑いながら手を振って去って行った。 
放送局の人?が寄って来て
「これ今日の参加御礼と交通費です」
と言って封筒を渡してくれた。
「あなた結構楽しませてくれたし準優勝だったから少し色付けてますから」
などとも言われた。
 

愛子が寄ってきた。
 
「ありがとう。千里、度胸あるね」
と言って笑っている。
 
「えー?ただの気合いとハッタリだよ。でも、マジこれ何のオーディション?」
と千里が訊くと、愛子は
 
「これ『ザッツ・ビッグ・オーディション』という番組なんだけど」
「番組〜!? じゃ、これ放送されるの?」
「生放送だけど」
 
「うっそー!?」
「一次審査は編集して審査通過した人の分だけダイジェストで流す。でも二次審査からは生放送」
「えーーー!?」
 
「いや、私、書類審査通ったけど、本番に出る自信がなくてさ。代わってもらってよかったぁ」
 
千里は急に心配になって訊いた。
 
「ね、ね、これの放送って札幌市内だけ?」
「全国放送だよ」
「きゃー」
 
と千里は悲鳴をあげる。
 
「もしかして・・・・私の友だちとか、お父ちゃんとかも見たかな?」
「かもね。でも千里のお父ちゃんは、名前を大中愛子にしてたから、私が出たと思ったかもね」
 
「はははははは」
 
千里は父がそう思ってくれたことを祈っていた。
 
封筒を開けてみたら(函館からの)交通費2万円・謝礼5万円の7万円が入っていたので、交通費を愛子が取り、謝礼は山分けすることにした。千里は留萌から札幌までの往復交通費分ということで愛子から11000円もらっていたので、愛子の実質取り分は14000円ということになる。
 

「でも司会の蔵田孝治さん、軽妙だったね」
と愛子が言う。
 
「蔵田孝治? なんかどこかで聞いたような名前ね」
「ドリームボーイズのリーダーじゃん。千里、だからメンコン弾いた後でわざとドリームボーイズの曲名を言ったんじゃなかったの?」
 
「えーーー!? あの人、放送局のADさんか何かかと思ってた」
 
愛子は悩むようにおでこに手を当てた。
 
「でもあの人、私が男の子だったらデートに誘いたいとか言ってたけど」
「知らないの? あの人ホモだってので有名だよ」
 
「あはははは」
 
私の性別バレてないよね?
 

その日の夕方、千里が帰宅すると父が言った。
 
「おい、優芽子伯母さんとこの愛子ちゃんがテレビに出てたぞ」
「へー、そうなんだ?」
 
父にはそもそも今日札幌に行ったことを言っていない。単に友だちと遊ぶと言って朝、千里は出かけたのである。
 
「なかなか面白い子だな。あの子。でもあの子も髪長くしてるんだな」
「可愛いから似合うよね」
「歌も上手かったし、ヴァイオリンも上手かったし。やはり女の子はそういうお稽古事とかさせるといいのかも知れないな」
などと父は言うが、玲羅は
 
「私、歌は好きだけど、楽器は苦手〜。ピアノ教室は1日で挫折したし」
 
などと言っていた。実際には月謝を払えなくて1ヶ月で退会になったものである。そして苦手とは言っているが、最近、千里がバイト代で買ったカシオトーンを時々弾いているようなので、本当は好きなのだろう。千里は音楽の成績が2とか3だが、玲羅はいつも5である。
 
「でも女の子の髪の長いのはいいが、男の髪が長いのは気持ち悪いぞ。千里、その髪切らないか?バリカンで切ってやるぞ」
 
「遠慮しとく」
 

月曜日に学校に出て行くと、クラスメイトたちから追求された。
 
「ね、ね。土曜日の『ザッツ・ビッグ・オーディション』に出てた子が千里に凄く似てたんだけど」
 
「へー。そうなんだ? その番組見てないから知らないや」
 
「あんなに髪の長い子、めったに居ないからさ」
「ふーん。その子も髪が長かったの?」
 
「あ、でも千里じゃないのかなあ。だって水着姿になってたけど、結構おっぱい大きかったし、お股も女の子みたいだったし」
と尚子が言う。
 
「私はペチャパイだからね」
 
すると尚子は千里の胸を触る。
 
「確かに絶壁に近いよなあ。あれ?でも少し胸ある?」
「AAAAAくらいのサイズかな」
「ああ。その程度かもね」
 
それで大半の子は納得したようであったが、蓮菜や佳美はニヤニヤしていた。留実子はポーカーフェイスであった。
 

部活に行ったら、貴司が寄って来た。部活中に貴司が千里に声を掛けるのは珍しい。
 
「土曜日の番組見たよ」
「あはは」
「マイケル・ジョーダンの質問、千里が取れなかったらバスケ部をクビにしてた所だな」
「貴司の恋人をクビじゃなくて、バスケ部の方をクビなんだ?」
「僕の恋人の方はまだしばらくクビにしない」
「ふーん」
 
「でもあらためて千里のおっぱい見てたけど、かなりサイズあるね。こないだ見た時は場所が場所だったから、あまりじっくり見なかったけど。Cカップあると思った。やはり豊胸手術したの?」
 
「何なら確かめてみる?」
「うーん。そうだなあ。取り敢えず秋の大会が終わってから考える」
「そうだね。練習頑張ろう」
「うん。頑張ろう」
 

その日学校から帰って、晩御飯の準備をしていたら、母が厳しい顔で
 
「話がある」
と言った。
 
「えっと、何かな?」
「土曜日の番組に出たの、お父ちゃんは愛子ちゃんと思い込んでいたけど、あれ千里ね?」
 
「うん。愛子さんが、自分は出る自信が無いって言うんで、代わりに出たんだよ。私と愛子さん、顔が似てるから、書類の写真の人物と別人とは思われないんじゃないかと言われて」
 
「胸が大きかったけど、あんたやはりおっぱい大きくしたの?」
「あれはパッドなんだよ。私の胸はほとんど無いよ」
 
「ほとんど無いって少しはあるの?」
「私、自分の身体にメスを入れる時は、必ずお母ちゃんに言うよ」
 
「それはいいけど、でも既にメス入れてるんじゃないの? だって、おちんちんもあるようには見えなかった」
 
「そうだなあ。夢の中では10回くらい性転換手術を受ける夢見たけど」
「偶数回性転換したら、男に戻っちゃうじゃん!」
 
 
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