【女の子たちの気合勝負】(1)

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2004年。千里が中学2年の夏。
 
貴司は瀬越駅近くの交差点で人を待っていた。貴司が千里と待ち合わせする時は、よく留萌駅を使う。その留萌駅を避けて、わざわざ隣の瀬越駅で待っているというのは要するに浮気である。
 
やがて約束をした女の子がやってくるので貴司は手を振る。ところがその女の子がしかめ面をして、貴司の肩越しに何か見ているようなので振り返ると、反対側から何とセーラー服を着た千里が歩いて来ている。
 
「あんた何よ」
と彼女は言った。
 
「これから貴司とデートするんだけど」
と千里は言う。
 
「貴司とデートの約束をしたのは私だよ」
と彼女。
 
「貴司は私以外とはデートしないよ」
と千里。
 
貴司は、やべーという顔をしている。貴司が約束をしたのはその子の方ではあるが千里は何らかの手段で貴司が彼女と会うことを知り、ここにやってきたのであろう。
 
「だいたい、あんた男じゃないの?セーラー服なんて着てるけどさ。貴司ホモなの?」
「私は女だけど」
「女を主張するのは勝手だけど、あんたおっぱいも無いでしょ?」
「おっぱいくらいあるけど」
「胸大きくしてるんだっけ? でもセックスできないでしょ?」
「セックスくらいするけど」
「お尻の穴にでも入れさせるの?」
「貴司は私のヴァギナに入れてるよ」
「うそ」
「何なら、裸になってみようか?」
「よし。じゃ、そこのドラッグストアのトイレに行こうよ」
「うん」
 
それで千里とその女の子は貴司も連れて交差点の近くにあるドラッグストアに行く。
 
「ちょっとちょっと、僕もここに入るの?」
「当然。証人になってもらわなきゃ」
 
ということで3人でドラッグストアの女子トイレに入ってしまう。まさかこんな場所に入ることになるとは思っていなかったので、貴司は居心地が悪そうにしている。
 
「じゃ脱ぐね」
と言って千里は服を脱ぐ。セーラー服を脱ぎ、ブラウスを脱ぐと下にキャミを着ている。スカートを脱ぐ。下はショーツ1枚である。
 
彼女が「うーん」とうなっている。
 
「確かに女の下着姿にしか見えないよね。あんたが女物の下着を着ているというのは聞いてたけど、それを脱げるわけ?」
 
「もちろん」
と言って千里はまずキャミを脱ぐ。ブラの中に明らかに豊かなバストが納められている。貴司は「うそ」と小さな声をあげた。
 
「まあ、貴司には暗闇の中でしか触らせてないからね」
と千里は微笑んで言う。そしてブラを外してしまう。
 
「凄い。これBカップはあるよね。本当におっぱい大きくしてたんだ!」
と彼女は目的を忘れて見とれている。
 
「下も脱ぐね」
と言って千里が脱ぐ。そこには豊かな茂みが見えるが、ぶらぶらするようなものは見当たらない。
 
「ちょっとお股広げてみてよ」
「こんな感じ?」
 
「何も付いてないね!」
「ちゃんとヴァギナもクリちゃんもあるよ」
「性転換手術してたんだ!」
「その辺は想像にまかせる」
 
「じゃ貴司としてる訳?」
「もう3回したよ」
 
貴司は心の中で嘘だー!まだしたことないぞ!と叫びながらも千里の裸体に見とれていた。下半身も反応している。
 
「分かった。貴司がホモじゃないこと確認できただけでもいいや。そんなにしてるんなら私の用は無いね。ごめんね、邪魔して。それじゃ」
 
と言って彼女は女子トイレから出て行った。
 

「千里、いつの間に性転換しちゃったの?」
「性転換なんてしてないよ」
と言いながら千里は服を着る。
 
「だって、その身体・・・」
「私は最初から女の子だよ」
「そうなんだっけ!?」
「なんならこれからホテルにでも行って確認する? 私ホテル代くらい持ってるよ。セックスしてもいいよ」
 
「こんな狭い町で、中学生がホテル行ったら、バレるよ!」
「こんな狭い町で、浮気しようとしたら、バレるよ」
「ごめーん」
「じゃ代わりにケンタッキーおごってよ」
「うん。そのくらいなら」
 
ということでその日は貴司と千里はケンタッキーでおしゃべりした後、町を散歩して、最後は黄金岬で海を見ながら恋を語らいあったのであった。
 
「だけど今日は千里の気合い勝ちって気もした」
と貴司は言った。
 
「そう?」
「彼女、千里に気合い負けしてたよ。バスケの1on1でもしばしば千里は相手を気合いで圧倒してるよね。佐々木なんかよく千里に抜かれてる」
 
以前は男子バスケ部の練習の合間にちょこっとコートを使わせてもらうだけだった女子バスケ部だが、最近は千里や留実子の活躍に加え、1年下に入ってきた雪子・雅代なども実力を付けてきて、まだ道大会までは進出できないものの、6月の練習試合では地区大会常勝校に、僅差のゲームを演じた。秋の大会ではベスト4くらい行けるのではないかという期待が膨らんでいる。特にこの年は、3年の友子、2年の千里、1年の雅代という3人のシューターを擁して、物凄く得点能力の高いチームになっていた。それで以前より長時間コートを使わせてもらえるようになったし、しばしば男子と女子の試合をやっているのである。
 
「佐々木君は特に気が弱いんだよ」
と千里。
 
「うん。あれがあいつの最大の欠点ではある。でも佐々木以外でも千里にマッチアップで勝てないという奴は男子バスケ部にも多いよ。まあ、僕は負けないけどね」
と貴司。
 
「貴司が私に負けたら、貴司が性転換して私のお嫁さんになってよ」
「僕が性転換するの!?」
 
「だって雌雄を決するって言うでしょ?」
「それなら佐々木はもうタイ行きの航空券を持たせて強制性転換だな」
「ふふふ」
 

「だけど、ほんとに戸籍上の性別を変更できるようになったね」
と貴司は言った。
 
「うん。去年あの法律が成立した時はちょっと信じられない思いだった。とうとう施行されたけど、私みたいな子にとっては凄く大きな希望だよ」
と千里。
 
性同一性障害特例法は昨年7月に国会で成立し、今月、ほんの数日前に施行された。早速数人の人が性別変更を申請している。
 
「千里、すぐ性別変更するの?」
「あれは20歳すぎないと申請できないんだよ」
「未成年は親の承認を得てもだめ?」
「うん。ダメ」
「不便だね」
「あと、性転換手術も終えてないといけない」
「でもそれはもう終わってるんだよね?」
 
「さあ、どうかな」
「だって今見た身体はどう見ても・・・」
「だから、ホテルで確かめてみる?」
「うーん・・・・・」
 

半月ほど前。
 
千里は札幌に住んでいる伯父(母の兄)に呼ばれて1人で札幌に出た。伯父は祖父母(母の父母)と一緒に暮らしており、その日は祖父の69歳の誕生日なので数え年で70歳・古希のお祝いをするということで、母の代理で千里が行くことになったのである。
 
町から出るのであれば本当は女の子の服を着たい所だが、祖父母や伯父・伯母などの前に出なければならないので自粛して中性的な、ポロシャツにセーター、ジーンズという格好である。もっとも札幌までの汽車の中では実はスカートを穿いていたのだが、札幌駅でズボンに穿き換えて、叔母の美輪子との待ち合せ場所に行った。
 
「千里、なんでスカートじゃないのよ?」
などと美輪子から言われる。
 
「だって、伯父さんたちに会わないといけないし」
「性転換して女の子になりましたと言えばいいのよ」
「言いたいです!」
 
美輪子の車で伯父の家に行くと、伯母夫婦(母の姉・優芽子とその夫)と娘の吉子・愛子姉妹も来ていた。吉子・愛子が着た服のおさがりを千里たちはよくもらっていたのである。母は4人兄妹であった。伯父(母の兄・清彦)の所は男の子が3人である。長男が千里より2つ上、次男は同い年(遅生れなので千里より学年は1つ下)、三男は2つ下で、こちらは千里より下の年齢の弟の所まで服が回っていたので、千里たちがお下がりをもらうことはなかった。そもそも男の子が3人も着た服はほぼ再利用不能になっている。
 
千里が母から託されたお土産を渡し、
 
「おじいちゃん、お誕生日おめでとう」
と言う。
 
「千里ちゃん、髪長いんだね」
と伯母の優芽子が言う。
 
「中学生だよね? そんなに長くしてていいの?」
と伯父の清彦。
 
「学校から許可もらってますよ」
と千里は答える。
 
「へー。許可されるもんなんだね」
「声変わりもまだなんだね」
「ええ。私、生理もまだ来てないし、発達が遅いみたい」
などと言うと
 
「男の子に生理は来ないよ!」
と言われる。美輪子が苦笑している。
 
「でも千里ちゃんって、結構女の子に見えるよね」
と従姉の愛子。
 
「うん。セーラー服着て来ようかと思ったんだけどね」
と千里が言うと、みんな冗談と思って爆笑していたが、愛子は頷くような仕草を見せていた。
 
「でも津気子は風邪だって?大丈夫?」
と千里は伯父から訊かれる。
 
「ええ。ちょっと熱が出てたみたいですが、寝てれば治ると本人は言ってました」
 
本当は大人の母が来るより中学生の千里が来た方が、よけいなお付き合いなどでお金を掛けなくて済むからというのが真実である。洋服代や美容院代も助かる。また津気子は実際問題として、兄であるこの清彦と相性が良くないのもあったようだ。
 

結構豪華な仕出しを食べて(千里は食べきれない!と言って、半分美輪子に食べてもらっていた)、その後、お茶を飲んでいた時、千里の携帯(母が自分のを持たせてくれた)に着信がある。居間を出て廊下で取る。
 
「はろー」
という声は親友・留実子の兄(姉)の敏美である。
 
「こんにちは」
「千里ちゃん、札幌に出て来てるんだって?」
「はい」
「よかったら2−3時間ほど、時間取れない?」
「聞いてみます」
 
それで千里が札幌在住の友人に呼ばれていると言うと、美輪子が
 
「晩御飯の準備は5時頃から始めるから、それまでに帰ってくればいいよ」
と言う。
 
「準備を千里ちゃんにも手伝ってもらうの?」
と優芽子。
 
「この子、料理得意だから戦力としてカウントしてる」
と美輪子。
 
「へー。それは頼もしい」
 

ということで伯父の家を抜け出して、待ち合わせ場所の、すすきの駅改札口(ロビ地下)まで行った。
 
敏美はこちらが恥ずかしくなるくらい真っ赤な、真紅のワンピースを着ている。そしていきなり言う。
 
「なんでスカートじゃないのよ?」
 
「スカートの方がいいですか?」
「持ってるなら着替えなさい」
と言われるので、トイレで着替えてくる。
 
「よしよし。千里はもっと女の子としての自覚を持とう」
 
取り敢えず近くのファミレスに入って話す。
 
「私まだお昼食べてないのよ」
と言って、敏美さんはチキンステーキを注文する。千里は野菜サラダを注文する。
 
「でもよくこの携帯の電話番号が分かりましたね」
「千里にちょっとプレゼントあげようかと思ってさ。でも住所知らないことに気付いて、電話して聞こうと思ったら札幌に出ているというから。お母さんに番号を教えてもらったよ」
 
「へー。でも母にはるみちゃんの兄とか言ったんですか?」
「もちろん留実子の姉と言ったよ」
「まあ、そうですよね」
 

やがて注文の品が来て食べ始める。敏美さんがチキンステーキをナイフで切りながら、ふと言う。
 
「私さあ、子供の頃、こういう鋭利な刃物を見る度に、それでおちんちんを切ることを連想していた」
 
「私もそうですね」
と千里も言う。
 
「こうして実際にお肉とか切る時は、お肉を切りつつ、自分のおちんちんを切るような気持ちで切ってるのよね」
「分かります、分かります」
 
「25-26歳くらいまでには手術したいんだけどね〜」
「敏美さん、去年列車の中で話した時に3年後に私が性転換手術するだろうと言いましたよね。どうしてですか?」
「そんなこと話したっけ? 記憶無いけど」
「そうですか。。。私の記憶の変容かな」
 
「でも千里、霊感が強いみたいだから、その時3年後と聞いた記憶があるのなら、それは本当なんだよ、きっと」
 
「あぁ、そうかも」
「まあ中高生のバイトはたかが知れてるけど、大学に入ったら頑張って本格的にバイトしてお金貯めなよ」
「はい」
 

「でも千里、おっぱいが全然無いね」
「まあ、そうですね」
「女性ホルモン、どのくらい飲んでるの?」
 
女性ホルモンを飲んでいることは蓮菜や留実子などごく少数の友人以外には秘密にしているのだが、敏美は千里の「性的未発達」の状態から推測しているのだろう。この人には隠す必要もない。
 
「あ、えっと。プレマリンとプロベラのジェネリックを1日1錠ずつです」
「少なすぎる! それじゃおっぱい大きくならないはずだよ。1日100錠くらいずつ飲めばいいのに」
「そんなに飲んだら死にます!」
 
「それにその飲み方だと男性化を止めきれないよ。その内、あんた声変わりも来ちゃうし、男っぽい身体になっちゃうよ。せめて2〜3錠飲みなよ」
「そうですね・・・・」
 
「まだ精液は出てる?」
「あ、私、元々精通が来てません」
「なるほどねー」
 
と言って敏美は少し考えているよう。
 
「まあ、それでさ。女装グッズのお店のクーポンが当たっちゃってさ」
「へー」
「何でも品物が半額で買えるんだよ。でも私、半額で買うようなものが無くてね」
「女装グッズってどんなのがあるんですか?」
 
「まあ性転換パッドとか」
「何ですか?それ」
「お股の所に装着すると、女の形になるという」
「へー」
「でもほとんどジョークに近いよ。装着してるのがしっかり分かるから、彼氏とのお遊び用という雰囲気。それ付けて女湯に行ったら通報されるね」
 
「あははは」
「ふつうに女物の下着やスカートに靴も売ってる。実は大きいサイズのパンプスとかあるから、結構それで重宝している人もある」
「ああ。女装する男性は靴で苦労するかもですね」
「ウェストは頑張れば絞れるけど足のサイズは縮めることができない」
「骨格ですからね」
 
「千里は足は何p?」
「22cmです」
「小さいね!私は24.5cmだから、ギリギリで普通のお店でも女物の靴が買えるけど25cm以上になると入手困難になるよね」
「そうでしょうね」
 
「あとは付け乳とかね」
「それ胸に装着するんですか?」
「うん。装着というか接着というか。これけっこう完成度が高くてさ。女性でも乳癌とかで乳房を取っちゃった人が付けたりするんだよ。肌の色のバリエーションがあるから、近い色のを使えば、人工的なものを装着してるようには見えない」
 
「へー。それいいな」
「興味ある?」
 
「あります」
「千里にサイズ訊いてパンプスを送ってあげようと思ってたんだけど、22cmならふつうのお店で買えるし、このクーポン使って、付け乳を買ってみる?私が5000円までは出してあげるから、後は自分で払って」
 
「いくらくらいするんですか?」
「安いので2万円くらい。高いのは20万円くらい」
「きゃー」
「まあ3万円のを選んだとして半額で1万5千円。その内5千円、私が出してあげるよ」
「じゃ1万円で、おっぱいが買える?」
「うんうん。でももう少し出した方がいいかも」
「じゃ2万円くらいまでは出してもいいかな」
 

それで敏美に連れられてそのお店に行った。
 
「そちらさん、中学生か高校生じゃないですよね?」
とお店の人に訊かれたが、敏美が
「ああ。この子、童顔なのよ。これでも25歳なんですよ」
などと言う。この店は当然18歳未満立入禁止である。
 
12歳も年齢鯖読みなんて!と思ったが千里も笑顔で
「私、こないだも車運転してて検問で警官に、君高校生じゃないの?とか言われたんですよ」
などと言っておく。お店の人もあまり追求しない雰囲気ではある。
 
「それでこの子の肌の色に合う、ブレストフォームが欲しいんだけど。このクーポン使って」
と言って、敏美がプリントされたクーポンを見せる。
 
「ご予算はどのくらいで?」
「割引して2万円くらい」
 
お店の人が頷く。
 
「ちょっと脱いでもらえますか? バスト付近の肌の色を確認したいので」
と言われたので、カーテンの閉まる試着室で千里は上を脱いだ。
 
「ああ。ホルモンしておられます?」
「ええ。2年ほど飲んでますが、なかなかおっぱい大きくならなくて」
「あれは効く人・効かない人あるんですよねー」
 
などとスタッフさんは言っている。
 
「でも白いですね」
「あまり日焼けしない体質みたいで」
 
それでスタッフさんは色見本を千里の胸付近に置き、チェックしていた。
 
「サイズはどのくらいにしますか?」とスタッフさん。
「どーんとHカップくらいにしたら?」と敏美。
「Bカップでいいですー」と千里。
 
「今リアルの胸がAAAカップくらいなのでBにするとなると3サイズアップですね」
 
それでそのサイズのブレストフォームをいくつか持って来てくれる。
 
「ちょっと当ててみましょう」
と言って胸に当ててくれる。
 
「これ割と好きかな。これはおいくらですか?」
「税込み48000円です。接着剤2本サービスします。クーポンを使って24000円になりますが」
 
敏美さんが5000円出してくれると言っている。ということは自分は19000円払えばよいことになる。
 
「じゃこれください」
 
ということで、それを買った。敏美によく御礼を言う。付け方が分からないと言うと、お店の人が貼り付けてくれた。
 
「すっごい本物みたい」
 

で・・・ブラジャーをつけようとして、入らないことに気付く。
 
「ああ。Bカップのブラを買わなきゃね」
ということで、ノープラのまま店を出て、近くのスーパーに入り、ウィングのBカップのブラを2枚買った。
 
それで試着室でブラを着けてみたのだが・・・・。
 
「おっぱいが目立ちますー」
「そりゃBカップもあれば目立つけど、中学生が胸が無い方が変だよ」
「でも私、この後、伯父さんちに行かないと」
「カムアウトしちゃえば」
「母に叱られます」
「まあ、ゆったりした服を着て誤魔化すという手も」
 
ということで、ほんとにだぼだぼのトレーナーを買い、それを着た。ブラにトレーナーで7000円も使ってしまった。予定外の出費であるが、千里は胸が出来て嬉しい気がした。
 
「それで下の方も処置しちゃえば、女湯に入れるよ」
「ああ。入りやすくなりますね」
 
「・・・・・千里、もしかして今でも女湯に入ってる?」
「あはははは」
 
「もう、おちんちん取っちゃったんだっけ?」
「取りたいです」
「じゃタックか」
「はい」
 
「タックした状態で女湯に入るのは、不法侵入で捕まるぞ」
「敏美さんは入らないんですか?」
「まあ、入るけどね」
「逮捕されますね」
 
「でも女湯に入るのは気合いよ」
「あ、それは同意します」
 
「でも何方式のタックしてるの?」
「何方式とかあるんですか?」
 

それで敏美がチェックさせてというので、その日泊まる予定のホテルに行った。
 
チェックインして中に入る。元々ここは千里と美輪子の2人で泊まる予定にしていたので、敏美が一緒に部屋に行ってもホテルの人は何も言わない。
 
それでホテルの部屋に入り、千里はスカートを脱ぎ、ショーツも脱いで、その部分を敏美に見せた。
 
「陰毛がはえそろってるね」
「半年に1度くらい念のため外して再処理してます。その時は剃ります。前回やったのはお正月です。そろそろまたやらないと」
 
「でも。上手に処理してる」
「これ、このままおしっこができるんです」
「うんうん。私のやり方と似てる。でも、なんでこういう不思議な場所に、おしっこ出す場所を設置してるの?」
 
「割れ目ちゃんの後ろから出すのが普通みたいですけど、私の小さくて届かないんです。だから割れ目ちゃんの途中に穴を空けました」
「なるほどー。結果的にこれ女の子のおしっこ出す位置とほぼ同じ場所になってるよ」
「へー」
 
「自分ののサイズ測ってみたことある?」
「縮んでいると2cmくらいです」
「あんた、それ立っておしっこできない」
「立ってしたことありません」
 
「でもそれでこの位置か。大きくなったら何p?」
「女性ホルモン取るようになってから大きくならなくなりました。小学6年の時に測った時は10cmありましたけど」
「じゃマイクロペニスではないんだな。でもあんた、男性機能もしかして既に死んでない?」
 
「かも知れないですけど、男性機能が死ぬのは歓迎です」
「だよねー」
 
「睾丸はずっと体内に押し込んだまま?」
「実質停留睾丸状態ですね」
「それ、病気になったりする危険があるよ」
「異常を感じたら病院に行きます」
「で、異常が発生しているからと除去してもらう?」
「となったらいいですけどねー。でも私の勘ではこの睾丸、死んでないと思います」
「あんたの勘ならそうかもね。でも確かに睾丸ってしぶといんだよ」
 

その後はまた町に出て、軽くドーナツを食べながら、ふつうのおしゃべりをして別れた。伯父さんの家に戻って来たのは16:50くらいだった。
 
「よし、千里が戻ってきたから料理始めよう」
 
というので、伯父さんの奥さん滝子さん、優芽子叔母さんと娘の吉子・愛子、そして千里と美輪子の6人で準備を始める。千里も髪をゴムで縛って作業に参加する。
 
「お魚をまるごと買っているんだけど」
「それは千里が得意」
「はい。3枚におろせぱいいですか?」
 
千里が鱗を落とした後で、はらわたを出し、きれいに骨の所で魚の身を削ぐと歓声が上がる。
 
「鮮やか」
「さすが漁師の息子」
「どうしたら、そんなにきれいに分離できるの?」
「これ気合いだよ。包丁の先に気を集中して、一気に刃を入れる」
「うーん。よく分からん」
 
「でもそうしている所を普通に見ると、漁師の息子というより漁師の娘に見えたりして」
「うん。娘と言って」
「ほんとに娘でいいの〜?」
 

「私、お料理の本忘れてきちゃった。フライドチキンの下味誰か分かる?」
「ああ。それも千里ができるはず」
「下味は塩胡椒、ニンニク・ショウガでいいです。揚げる時に衣に塩胡椒を混ぜます」
「ああ、そんな感じだった。さんきゅ、さんきゅ」
 
「だめー。私が切るとスライスじゃなくてミンチになっちゃう。これ誰か切ってくれない?」
「やりますよー」
と言って千里は吉子と代わったが、包丁が切れないことに気付く。
 
「包丁の研ぎ器はありますか?」
「あ、壊れちゃった」
「だったら、何か安物の磁器の皿とかありませんか?」
「これでいい?」
「磁器の皿の高台の裏で研げるんですよ」
「へー」
 
「あ、そういえば、おばあちゃんがよくそうやって研いでた」
「やはり千里って主婦だったりして」
「まあお母ちゃんよりたくさん晩御飯作ってるかな」
「ほんとに主婦なんだ!?」
 

狭い台所に6人も入って作業をしているので、けっこう身体がぶつかり合う。
 
「あ、ごめん」
「こちらこそごめん」
という会話が多発する。
 
千里も愛子とぶつかってしまい
「ごめーん」
「こちらもごめん」
 
などとやったのだが、愛子が首を傾げる。
 
「どうしたの?」
「千里ちゃん、触った感触が女の子っぽいなあと思って」
「ああ、だいたい友だちからもそう言われる」
 
「友だちって男の子?」
「私、あまり男の子の友だちって居ないんだよねー」
「じゃ、女の子?」
「うん。よくふざけて触りっこしてるし」
「触りっこってどこ?」
「そりゃ女の子同士だから」
「おっぱいか!」
「そうそう。私、絶望的に胸が無いねとか言われる」
「そりゃ無いだろうけど」
「でも女の子の胸に触っちゃうわけ〜?」
「まあノリだし」
 
「あきれた。まあ、千里ちゃん見てたら、ちょっと触ってみたくなるかもね」
と言って愛子は千里の胸に触ったが、へ?という顔をする。
 
「どうかした?」
「あ、いや何でもない」
と愛子は言って少し考えている風だった。
 

お刺身、天麩羅、ローストビーフ、フライドチキン、ほか色々オードブルっぽいものを並べ、お酒も開ける。もっとも、お酒を飲んでいるのは清彦伯父、優芽子の夫、美輪子の3人である。祖父はお酒を控えているようで、最初の一杯だけ飲んだ。
 
清彦は酔うと調子良くなるようで、息子たちに
「お前たちも飲め」
などと言っていたが、長男が
「親が未成年飲酒を勧めたらだめだなあ」
などと言っていた。でも長男は自分は飲んでいた。
 
「千里も飲むか?」
「私は飲めませーん。一度父に勧められて飲んだらひっくり返りました」
 
「ああ、お酒に弱いんだ」
「毎日飲んでると強くなるぞ」
「中学生がお酒を飲んではいけない」
 
やがて男たちが酔いつぶれ気味になるので、女組は台所に移動する。清彦の3人の息子は居間に残ったが、千里は台所に来た。こちらに来たのは優芽子と吉子・愛子姉妹、千里、美輪子に祖母・紀子である。滝子さんは向こうに付いてあげている。
 
「でも私、お父さんの年を忘れてたよ」
などと美輪子が言う。
「お母さんは、紀元2600年生まれで紀子だから忘れないんだけどね」
 
「私はそれでみんなから生まれ年だけは覚えてもらえる。誕生日は忘れられるけど」
「誕生日は5月14日だったよね?」と美輪子。
「え?6月14日では?」と優芽子。
「うちのお母ちゃんは4月14日と言ってた気がする」と千里。
「お祖母ちゃんは7月14日だよね?パリ祭だったはず」と愛子。
 
「愛子が正解」と紀子。
「あぁ。ごめん」
「みんな14日というのだけは覚えてるんだ」
「あ、じゃ、お祖母ちゃんもお誕生日すぐじゃん」
「誕生日おめでとー」
「ありがとう」
 
「でも誕生日を覚えやすいのは千里だよ」
「雛祭りだもんねー」
「そして愛子は千里と1日違いで3月2日」
「そして私の誕生日は忘れられる」と吉子。
 
「吉子さんの誕生日は10月7日だったよね?」
と千里が言うと
「おお、覚えていてくれたか!」
と言われた。
 
「あれ?姉ちゃんの誕生日は10月9日の気がしてた」
と愛子。
「私、10月までは覚えてもらうけど、日付を忘れられる傾向がある」
と吉子。
 
「でも3月3日生まれなら、いっそ千里ちゃん、女の子だったら良かったのにね」
と吉子が言うと
 
「いや、千里ちゃんは実は女の子なのでは?と昔からよく思ってた」
と愛子が言う。
 
「ああ、千里は可愛い女の子だと思うよ」
と美輪子。
 
「ね、千里ちゃん、ここだけの話。おっぱいあるよね?」
と愛子。
 
さきほど愛子はまともに千里の胸を触っている。
 
「ブラ着けてるだけだよ。中にパッド入れてるけどね」
「ほほぉ!」
 
「スカートとかも穿くの?」
「穿くよ。セーラー服も持ってるし」
「さっきのセーラー服着て来ようかと思ったって冗談じゃなかったんだ!」
「まさかセーラー服で通学したり?」
「そこまではしないけど、しばしばそれ着て、他の女の子たちと一緒に遊んでる」
 
「まあ、千里ちゃんならいいかもね」
 
「千里ちゃん、生まれる直前まで女の子と思われてたんだよね」
「お医者さんから、女の子ですねと言われてたらしいです」
「でも生まれてみたら、何か変なのが付いてる」
「その時点で取っちゃえば良かったのかもね」
「うん、取って欲しかったかも」
「なるほどねー」
 
「でも一度、そちらのうちに行った時に見せてもらったアルバム、千里ちゃんの小さい頃の写真って女の子の服を着たのばかりだった」
 
「うん。吉子さん・愛子さんのおさがりをもらってたんだよ。うち貧乏だし、小さい子だから、別に女の子の服でもいいよね、といって着せてたらしい」
 
「それでこういう子になっちゃった?」
「関係無いと思うよ。私のは元々の性格だよ」
 
「まあ、そういう訳で、可愛い千里の写真をみんなに大公開。一応ここにいるメンツだけの秘密ね」
 
と言って、美輪子が自分のパソコンを開き、千里のセーラー服写真、ドレスを着た写真、マリンルックの服を着た写真などを見せる。
 
「おお、可愛い!」
「千里ちゃん、もういっそ性転換しちゃいなよ」
「へへへ。けっこうしたいと思ってる」
「やはりねー」
 

「だけど、こういう格好している所見ると、千里って結構愛子に似てない?」
 
「ああ。私と千里って、顔立ちが似てるというのは昔から言われていた」
「千里が男の子の格好してればさすがに見間違えないだろうけど、同じ服を着てたら、双子か何かと思われるかもね」
 
「身代わりができたりして」
「身代わりか。健康診断の身代わりしてもらおうかな」
「それはさすがに無茶」
 
「でも、千里はその髪、何と言って学校の許可取ってるの?」
「神社の巫女さんしてるから」
 
「巫女さん?」
「それって男でもできるの?」
「まあ神社の人は私のこと女の子と思ってるかもね」
「でも男が巫女さんしてたら、神様怒ったりしないのかな」
「私が神殿で笛を吹いたり、舞を舞ったりしてると神様のご機嫌がいいと言われてる」
「へー。じゃ、神様公認か」
「やはり、千里、本質的に女の子なんだろうね」
 
「この子は間違い無く女の子だよ」
と美輪子は言う。
 
「でも笛吹くんだ?」
「龍笛ね」
「今持ってる?」
 
「本番用のは神社に置いてるけど、練習用のは持って来てるよ」
「わあ、吹いてみせて」
 
というので千里はバッグの中から練習用の樹脂製龍笛を取りだし、神楽の一節を吹いてみせる。
 
「美しい!」
「髪の長い少女が横笛を吹くって絵になるね」
 
「まあ、そこでそういう図がここにある」
と言って美輪子は、千里が勤めている神社の広報用ビデオをパソコンで再生した。
 
「神秘的!」
「巫女さんの衣装がすごく似合ってる」
 
「まさかこの子が男の子だとは誰も思わないね」
 
「まあ問題があったら、千里はとっくに天罰を受けてるだろうね」
「天罰というと、雷に打たれて死んじゃうとか?」
「いや、きっと天罰で男の子の機能が無くなっちゃうんだよ」
「それって罰ではなく御褒美という気がする」
 

夏休みに入ってすぐ、今年も下旬に模試があるので、蓮菜が今年も勉強合宿するよー、と言った。昨年同様、蓮菜の親戚の民宿を使う。今回の参加者は、蓮菜・美那・千里・恵香・佳美・留実子の6人である。
 
「札幌の学習塾で合宿なんてのに参加する子もいるみたいね」
「そういうの高そう」
「3泊4日で6万円だって。食費別」
「こちらは2泊3日で7000円。食費コミ」
「食費コミというより食費ノミという雰囲気も」
「まあ講師が居ないし」
「でもその分マイペースで勉強できる」
 
「ところで、そっちの合宿は制服で参加なんだって」
「何か特別なこと?」
「つまりさ、普段着じゃなくて制服を着る」
「ん?」
「制服を着た方が気が引き締まるでしょ? だれた気分でやっても効果が上がらないってんで、そこの塾の方針らしい」
「へー。でもかったるいね」
 
「だから私たちも制服でやらない?」
「えー、めんどくさい」
「オンとオフを切り替えるんだよ。寝る時や御飯食べる時は体操服でもパジャマでもいいけど、勉強している間は制服」
「まあ、いいんじゃない」
 
「じゃ、全員26日午後1時に制服で現地集合ね」
 

 
1時集合なので、昼前に家を出る。
 
民宿には少し早く着いたので、民宿の前で待っていたのだが、民宿の女将さんが「中で待っているといいよ」と声を掛けてくれたので、一足先に泊まり込む予定の部屋に入る。
 
先に勉強道具を開けて問題集を解き始めたのだが、その内トイレに行きたくなった。中座し、貴重品を入れたポーチだけ持って部屋を出る。それで廊下を歩いていた時、途中の部屋から出て来た40代くらいのサングラスを掛けた男性から声を掛けられた。
 
「済みません。トイレどちらでしたでしょう?」
 
千里はこの民宿の子か何かと間違えられたかなとも思ったが
 
「この廊下の先、行き当たりを右に曲がって暖簾をくぐった所ですよ」
と答える。
 
「ありがとうございます」
と言うので、千里はその男性が行くのを見送ってから少し遅れて行こうと思った。ところが、男性は何か方角を見定めきれないような雰囲気。
 
「あれ?もしかして目がご不自由ですか?」
「ええ。ちょっと。連れがいたのですが、朝市を見に出ちゃったもので」
 
「トイレの前まで連れて行ってあげますよ」
「助かります」
 
それで千里はその男性の手を引いて、廊下を進んだ。そして暖簾をくぐり、「男性トイレはそちらです」と言って手を離す。
 
「ありがとうございました」
と男性が言うので、千里は振り向いて自分は女子トイレの方に入ろうとした。
 

その時、千里は後ろから抱きしめられた。
 
「何するんですか!?」
「ね、ね、君、女子高生くらい? ちょっと楽しまない? この時間帯は人が少ないから、邪魔されないよ」
 
そのまま近くの多目的トイレの中に連れ込まれ、押し倒されてしまう。キスされそうになったが、この唇を貴司以外に許してなるものかと抵抗した。それでも頬や首筋にキスされる。胸も揉まれる。
 
「おっぱいでかいな。最近の女子高生は成長がいいなと思って見てたんだよ」
 
見てた〜〜〜?じゃ、こいつ目が見えないというのは嘘か?
 
スカートをめくられる。やだよー。ショーツを下げられる、というかほとんど引き裂かれる。ちょっと、勘弁してー。男が自分のズボンを下げた。そしてパンツも下げて男性器を露出させる。それはビンビンに立って巨大化していた。
 
その時、誰かが千里に『思いっきり掴め』と言った気がした。
 
あ、そうか。男性のそれは武器だけど、そちらは弱点だよな。
 
それで千里はその男性の睾丸に左手をやると、思いっきり、全力で握りしめた。
 

「ぎゃー」
という凄い声をあげた。男がひるんだので千里はついでに男の顔面を思いっきり膝で蹴ってから立ち上がる。そして多目的トイレから出て廊下を帳場の方に向かって走る。そこに女将さんが走り込んで来た。
 
「何かあったの?」
「襲われました」
 
女将さんが千里を保護した所に、男が向こうからふらふらとして、下半身丸出しで出てくる。
 
「あんた何やってんの?」
と女将は厳しい声を掛けた。
 

すぐに旅館の主人も来た。
 
「警察に突き出そう。お前、百十番」
「分かった」
と言って女将さんが行こうとするところに、男が懇願する。
 
「お願い。出来心だったんだ。見逃して」
「あいにく、うちは強姦魔には甘くないよ」
「ほんとに謝る。俺、こんなことしたのは初めてなんだ。朝から飲んでてちょっと気が緩んでいた所に、凄く可愛い女子高生が通りかかって、女の子特有の甘い香りもするし、おっぱいも大きいし。つい理性が飛んでしまって」
 
「まあ、それは警察で言ってもらおうか」
と主人は言うが、女将は千里に
「ちょっと、ちょっと」
と言って、近くの部屋に連れ込んで訊く。
 
「あのさ。強姦未遂って親告罪なんだよ。だからあいつを捕まえるためには、あんたの告訴が必要なんだけど、どうする?」
 
千里はそれはやばいなと思った。強姦罪というのは自分が知る範囲では、被害者が女性でなけれぱ成立しないはずだ。自分は心情としては女だけど、法的にはまだ女ではない。これは犯罪が成立していない(未遂犯ではなく不能犯)。強制猥褻にはできるけど、強制猥褻も親告罪だ。
 
「あの人が本当に反省しているのなら、許してやってもいいです」
と千里は言った。
 
「そうだよね。告訴するとなると、あれこれ警察でこちらも取り調べられて、合意の上ではなかったのかとか変な勘ぐりまでされるし」
と女将は同情するように言った。
 

それで女将と千里は出て行く。
 
「この子が取り敢えず告訴は保留すると言っているから、今回だけは見逃してやるよ。でも、あんたすぐ留萌から出て行きなさい。そしてすぐ東京に戻って二度と北海道には来るな」
「分かった。そうする」
 
それで男は荷物をまとめる。連れを呼び出してすぐ宿に戻らせた。連れもびっくりして、一緒に謝っていた。そして民宿の若い男性スタッフにふたりを車で駅まで送らせ、確かに汽車に乗る所まで見張らせた。
 
「ごめんね。怖い思いさせちゃって」
と女将さんが千里に言う。
 
「平気です。無事だったから。でもキスとかされたし、お風呂入っていいですか」
「あ。だったら、うちの家族用のお風呂使って。シャワーが出るから」
「はい。ありがとうございます」
「怪我とかはしてない?」
「大丈夫です。パンティ破られたくらい」
「じゃ、そのパンティ代、うちが出すよ」
 
と言って、シャワーを浴びて出て来た千里に女将は封筒を渡した。見ると5000円もある。
 
「こんなに高いパンティ穿きません!」
と千里は言ったが
 
「怖い思いした御免料も込みで」
と女将は言う。
 
「じゃ、合宿のみんなのおやつ代にしちゃおうかな」
「うんうん、それでもいいし」
 
「でもあの男から下着代くらいは取れば良かったかね」
と女将は言ったが
 
「いや。それはまずい。加害者からお金を取った場合、それで示談が成立したとみなされる可能性がある。ここはいつでも告訴できる状態にしておいた方がいいんだよ」
と主人は言った。
 

部屋に戻ると、蓮菜と留実子が来ていた。
 
「これ、おやつ代」
と言って千里が5000円札を出すと
「なんで?」
と訊かれるので、千里はさっきの事件のことを話す。
 
「で、やられちゃったの?」
「未遂だよ。思いっきりタマタマを握りしめてやったから」
「でも千里って握力無いよね?」
「うーん。春の体力測定では15Kgだったかな」
「信じられん。小学3−4年生の握力だな」
と蓮菜は言ったが
 
「それは建前でしょ?」
と留実子が言う。
 
「千里は、ヴァイオリン弾くし、ピアノもうまい。握力無い人がヴァイオリンの弦をしっかり押さえて、ピアノの重い鍵盤を弾ける訳がない。だいたい、あれだけバスケで遠い所からシュート撃てる人が握力15Kgってのは絶対有り得ないよ」
と留実子。
 
「まあ、体力測定の時は手抜きしてるかな」
と千里。
 
「なんで?」
と蓮菜が訊く。
「みんなの手前、か弱い女の子と思われたいんじゃない?」
「ふふふ」
 
「千里はけっこう自分を演出してるよ」
と留実子は言う。
 
「で、握力、本気だとどのくらい?」
「まあ、左手が60Kg、右手が50Kgかな」
「ボクと大差無いじゃん」
 
と留実子。左手の方が利き手の右手より強いのは留実子が指摘したようにヴァイオリンの弦を押さえたり、またピアノでも和音演奏に左手を使うからである。更に小学校の時、さんざん剣道の素振りをしたのもある。あれも主として左手を鍛える結果になった。
 
「るみちゃんと大差ない握力って凄いじゃん! でもそんな握力で思いっきり握られたら、潰れてないよね?」
「さあね。潰してやる気で握ったから。強い方の左手でやったし。でもるみちゃんはスチール缶を握りつぶすけど、私はあれできない」
 
「スチール缶握りつぶすのは握力より気合いなんだよ。まあボクだったらその男の睾丸、確実に潰してるね」
と留実子。
 
「なんかちょっと怖くなってきた」
 
「潰れてた方が、この世からひとり悪い男が減って良かったと思うよ。そいつ初犯だってのは絶対嘘だから」
と留実子は言った。
 

3人でおしゃべりしながら少し問題集を始めていた時、留実子は
「トイレ行ってくるね」
と言って立ち上がったものの、バッグの中に手を入れてから
 
「しまった、生理中なのにナプキン補充しとくの忘れてた」
と言う。
 
「ああ、私生理は来週くらいのはずだから私のをあげるよ」
と言って蓮菜が自分の生理用品入れを出す。
 
すると千里も
「あ、私もまだだから、私のもあげるね」
と言って、やはり生理用品入れを出す。
 
「ん?」
と蓮菜・留実子。
 
「千里、生理は前回いつあったの?」
 
「半月くらい前かなあ」
「やはり生理あるんだ!」
 
 
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【女の子たちの気合勝負】(1)