【女の子たちの間違い続き】(2)

前頁次頁目次

1  2 
 
結局、千里・留実子・田代君の3人、お姉さん、お父さん、敏数さんの6人で病院を出た。鞠古君にはお母さんだけが付き添っておく。お父さんは車で来ていて、これから留萌に戻るというので、千里・留実子・田代君の3人は乗せてもらうことにする。鞠古君のお姉さんは旭川の下宿先に帰り、敏数も旭川のホテルに向かうということで2人を最初に札幌駅までお父さんが送って行き、それからあらためて留萌に帰る3人を乗せて、お父さんの車は出発した。
 
3人は後部座席に、田代・千里・留実子という並びで座った。3人で座るとどうしても身体が接触するが、田代君と留実子の身体の接触は好ましくないと思って千里が真ん中に入った。これなら田代君と千里も、千里と留実子も同性同士の感覚に近い。こういう時に性的に未発達な自分の身体は便利だよなとも思う。1人助手席に座る手もあるが、それも寂しい。
 
「村山さんにも、花和君にも、本当にお世話になりましたね。田代君にも心配掛けました。」
とお父さんは言う。
 
チラッと千里と田代君は視線を交わした。
 
これ、私は女の子、るみちゃんは男の子と思われているよね?と田代君との間で目で会話する。お母さんは2人の性別を知っているが、お父さんには言ってないのであろう。
 
「旭川に行った花江とお友だちは女2人で大丈夫かなあ。あの子たちも旭川まで送っていけば良かったかな?」
 
ああ、あちらも女と思われているか。
 
つまり鞠古姉弟と花和兄妹は、鞠古姉と花和兄が女同士、鞠古弟と花和妹が男同士と思われている訳だ。ややこしい!
 
「まあ、さすがに普通のセダンに6人は乗れませんよ」
と留実子が言う。
 
「ですよねー。車買う時に、いっそ8人乗りのミニバン買おうかとも思ったんですけどね。そんなに一度に乗せることは無いよと言われて」
 
「花江さんも知佐君も高校出たら免許取るでしょうから、2台とか3台で運行すればいいんです」
「そうそう。女房からも、そう言われたんですよ」
「乗り心地もミニバンよりセダンの方がいいですよ。特に長旅では疲労度が違います」
「でしょうね〜」
 

途中、秩父別PAで休憩した。
 
「高速、ちょっとだけ長くなりましたね」
と留実子が言う。
 
「留萌まで到達するのはいつ頃なんだろうね」
とお父さん。
 
高速のこの付近の区間(秩父別IC−秩父別PA−沼田IC)はこの7月に開通したばかりである。
 
「東京の友人に、新しい道路ができたらすぐ乗らないと気が済まない奴がいてさっそく来て乗ってたんだけど、ここのPAを《ちちぶわけ》PAとか読んじゃって、それどこよ?なんて言ってたんだけどね」
 
「まあ知らないと《ちっぷべつ》とは読めないですよね。特に東京の近くに秩父(ちちぶ)があるし」
と留実子。
 
「地名は難しいよ」
と田代君。
 
「特に北海道の地名は難しい」
「後志(しりべし)支庁とか、胆振(いぶり)支庁は道外の人では読めない人が多い」
「留萌(るもい)にしても稚内(わっかない)にしても知ってるから普通に読んでるけど、実は結構難しい読み方」
 
「慣れで読んでるから、書けと言われると書けない人が更に多い」
「俺、小3の時、留明と書いちゃって、自分の町の名前くらい正しく書けと叱られた」
「最近画数の多い名前付ける親が多いから、自分の名前を書けない子が結構いますよね」
 

「うちの花江は最初《鹿鳴絵》にするつもりだったんですが、そんな画数の多い名前は本人が書くの大変と言われて《花江》にしたんですよね」
 
「特に女の子は画数多いと性別誤解される場合もありますよね」
「ああ、讃樹(さき)ちゃんとか、しょっちゅう男と間違えられてる」
 
「知佐(ともすけ)の場合、逆に画数が少なすぎたかなという気も後からしたんですけどね」
 
「時々《ちさ》と読まれて女の子かと思われるらしい」
「そうそう《ちさ》と読めることに、名前付ける時は気付かなかったんですよ!」
 
「いっそ今回女の子になっちゃっても良かったと思うが」
などと田代君が言う。
 
「でも彼の女装はあまりにも似合わなかった」
と千里。
 
「身体が男でも心が女の子だったら多分女装が似合うんですよ。知佐君は心は男の子だから、女装は無理ですね」
と留実子が言う。
 
千里は自分のことが言われたみたいでドキッとした。
 

「誤読というと、カタカナ名前で濁点と半濁点を誤読されることがありますね」
 
「ああ、最近は何でもパソコンでやりとりするけど、パソコンの画面では特に濁点と半濁点が見分けにくいんですよ」
 
「転校してっちゃったけど、以前ペトロ君って居たんですけどね」
「ベトロとよく誤読されてたね」
「更にヘドロと呼ぶ奴もいた」
「それは悪意を感じる」
 
「シェイクスピアの『ベニスの商人』を『ペニスの商人』と誤読した奴がいたな」
「それ、知佐君!」
 
「そうか。あぶなく自分のを売り飛ばすハメになる所だったな」
などと田代君が言うと、留実子が千里を通り越して隣から軽くパンチを入れる。
 
「しかしチンコ欲しい奴、チンコいらない奴がいるんだから、ペニスの取引してもいいような気がするけどなあ」
と田代君が言う。
 
「組織的に適合するかどうかの問題があると思うよ」
と留実子はマジに反応する。
「自分の身体ではないものは免疫機能の攻撃対象になっちゃうからね」
 
「でも心臓移植とかよりは簡単そうだ」
「確かに」
 

「だけど例えば、花和のチンコと金玉を取って、村山にくっつけたとするだろ?それで村山が他の女と結婚して子供産まれた場合、その父親は村山なのかな?花和なのかな?」
 
「難しい問題だね」
「おちんちんの所有権が移っているから、新しい持ち主が父親でいいと思う」
と留実子が言う。
 
「親ってのは結局、その子を育てた人が親ってことでいいと思うんだよね」
「うん。俺もそれでいい気がする」
 

「ちなみに花和、性転換して女になる気とかは?」
と田代君。
 
「そうだなあ。ボクは女装も似合うみたいだからなあ。女になって鞠古と結婚してやってもいいかな。鞠古が女にならなかったし」
 
と留実子が言うと、留実子が女の子であることに気付いていないお父さんは冗談かと思って
 
「おお、それは良い。ぜひ結婚してやってください」
などと言っている。田代君と千里が顔を見合わせる。
 
「村山は性転換して男になる気は?」
と田代君。
 
「おちんちん付いてると面倒くさそうだし、男にはならなくていいや」
と千里。
 
「なるほどねー」
 

鞠古君は翌週末退院したが、9月いっぱいは自宅療養して、10月上旬から学校に出てくるということだった。
 
9月下旬の土曜日、千里はバスケ部の1年生男女数人で旭川まで出た。審判講習ということであった。
 
大会ではバスケの審判はだいたい大人の人がしてくれるのだが、練習試合などではお互いに審判を出し合うこともある。またTO(Table Official)と言って、計時や記録など、補助の仕事をする役割もあるので、そういう仕事の内容をきちんと習っておこうというものであった。
 
S中の《男子バスケ部》では、田代君を始め1年生部員12人が参加する。田代君は今回の講習のS中代表を任せられていた。
 
そして《女子バスケ部》では、数子と千里が参加する予定だったのだが、千里は留実子に声を掛けた。
 
「一緒に講習、受けに行かない?」
「なんでボクがバスケの講習とか受けないといけない?」
 
留実子は特に部活には入っておらず、帰宅部である。
 
「鞠古君、体調戻ったらバスケ部に復帰するよ。彼ならきっとベンチ入りのメンバーに入るもん。るみちゃん、TOやるなら大会に同行できるよ」
 
「別に・・・」
 
とは言っていたものの、
「トモも今回の講習に出ると言ってるし、ボクも行こうかなあ」
などと言って参加した。
 
鞠古君は学校には10月から出てくる予定なのだが、かなり体調も良くなっているということで、今回の講習には顔を出しておくことにしたのである。
 

今回の講習には「制服で参加」ということだった。
 
「千里ちゃん、学生服にする?」
「女子なのに学生服って目立ちすぎる。セーラー服で」
 
「るみちゃん、学生服にする?」
「学生服姿をあまり同級生に曝したくないから女子制服のスラックスで」
 
ということで、女子バスケ部では、数子と千里がセーラー服のスカートタイプ、留実子がセーラー服のスラックスタイプで参加することになった。女子制服の夏服はスカートのみだが、冬服はスラックスも選択できるので、春の時期も、留実子はたいていスラックスタイプを穿いていた。
 
「鞠古君は学生服着れるのかなあ」
 
鞠古君は患部を刺激しないように、ズボンは穿かずに、この夏はずっと浴衣を着て過ごしていたらしい。おしっこもまだカテーテルを入れて導尿しているということだった。
 
「動くとまだ痛いらしい。だから、しっかり押さえるタイプのブリーフを穿いてその上に学生服の上下を着ると言っていた」
「へー」
 

鞠古君は田代君のお父さんの車の助手席に乗せてもらった。何なら、こちらに乗る?と千里が訊いてみたものの、
 
「女子組の車に乗ったら、やはりチンコ無くなったの?とか言う奴がいそうだから、田代んとこに乗せてもらう」
 
などと言っていた。まあ、親友の田代君が付いていれば、トイレ等で困ることもないであろう。
 
それで女子組は千里の母の車で旭川に向かう。身体の大きな留実子が助手席に乗り、後部座席に、数子と千里が並んで座った。
 
「るみちゃんの男装も見たことあるけど、るみちゃんって、男装すると男に見えるし、女装すると女に見えるよね」
と数子が言う。
 
「男装の時と女装の時で雰囲気もガラリと違うから、多分心理状態を自分でコントロールしてるのかな?」
と千里。
 
「そそ。男装の時は自分は男だと信じてる。女装の時は女としての自分を受け入れている」
と留実子。
 
「千里が男装してても女の子に見えちゃうのは、男の心理状態になれないから」
と数子が指摘すると、千里の母が運転席で笑っていた。
 

朝7時前に留萌を出て、8時すぎに会場の高校に着く。
 
が・・・様子がおかしい。
 
「門が閉まってる」
「まさか、会場はここではないとか?」
 
それで顧問の伊藤先生が慌てて電話している。
 
「すみません。E女子高に変更になっていたそうです。伝達がきちんとできてなかったみたいです」
 
ということで、全員E女子高に移動した。ここは鞠古君のお姉さんの花江さんが通っている学校だ。
 
「ここの制服可愛いよね〜」
と数子が言う。
 
「うん。でも私は入れてくれないだろうなあ」
と千里。
 
「ボクはこういう可愛すぎる制服は着たくない」
と留実子。
 
「でも千里、うち貧乏だから、私立は勘弁して。公立にして〜」
と運転席の母。
 
その問題は認識していた。自分としては高校は旭川か札幌に出たい。しかし学費の問題がある。
 
「お母さん、勉強頑張って特待生になる手もありますよ。するとかえって公立より安く済みます」
と数子が言う。
 
「なるほどねー。でも千里、あんまり成績良くないから」
と母。
 
「それは公立に行くにしても千里は勉強頑張らなきゃ」
と留実子。
 
この場の会話では、既に女子高が千里を入れてくれるのか?という問題は既にスルーされている!
 

女子高で男子トイレは職員室の近くにひとつあるだけということだったので、それだけでは混雑するし会場から遠いので、体育館のトイレは男女共用で使っていいです、という連絡がある。但し、元々女子生徒が使うことしか想定されていないので全て個室である。汚さないように座ってして欲しいということと、立ってしたい人は職員室の所の男子トイレまで行って下さいというのが付け加えられていた。
 
「男の子の中には、座っておしっこだけってのが、できない子もいるみたいね」
と数子が言う。
 
「なんで?」
と千里が訊くので、数子は「うーん」と少し悩んだ上で
 
「何だか、小だけ出そうとしても、座った状態だと大まで出ちゃうんだって」
と言う。
 
「へー、不思議だね」
と千里。
 
「まあ、条件反射だろうね」
と言って留実子は笑う。
 
「るみちゃん、立ってするの?」
と数子。
 
「今日はおとなしく座ってすることにする。女子制服だし」
と留実子。
 
「まあ確かに女子制服を着た子が立っておしっこしてたら、騒ぎになるかも」
 

千里はこの春からバスケをやっていたものの、実はあまり細かいルールが分かっていなかったのだが、今日の講習でそのあやふやだった所をしっかり教えられかなり勉強になった。
 
休憩時間に女子バスケ部3人でまとまってお弁当を食べた後、千里はふらりと校舎の方に行った。本館1階の廊下は見学してもいいですということだったので、いろいろな掲示を眺める。
 
そしてバッタリとその人物に遭遇した。
 
いきなり目が合う。
「あ」
「あ」
とお互いに声を出す。
 
千里は逃げようとしたが駄目だった。
 
「待って」
と肩に手を掛けて停められる。
 
「もしかして千里?」
と晋治は言った。
 
「あはは、見逃して〜」
「女子制服着てる!」
 
「私、女子バスケ部だから」
「えーー!?」
 

あまり人に見られたくないので、まだ午後の講習が始まるまでは時間があるのを確認して、学校の中庭に出て、プールの陰の所に行った。
 
「その制服で通学してるの?」
「ううん。学生服だよ。今日は部活だから、これ着て来た」
「部活の時はそれ着てもいいんだ?」
「校則では制服を着用のこと、としか書いてない」
「確かに制服な訳だ!」
 
どうもこの反応からして、晋治のお姉さんは中学の女子制服を千里にあげたことを晋治には言っていないようだ。
 
「でも学生服なんか着ている所を晋治に見られなくて良かった」
「・・・・髪も長いままなんだね」
「うん。以前言ったように巫女さんのバイト始めちゃったんで、そのバイトに必要だからと言って、異装許可を取った」
「よく通ったね!」
「私もびっくりした!」
 
「それに声変わりもしてない」
「私が晋治に電話しなくなったら、その時が来たんだと思って」
「そんなの気にすることないのに。だいたい僕たち恋人じゃなくて普通の友だちだし」
「そうだよね!」
 
「でもバスケやってるんだ?」
「《女子バスケ部》に入ったんだよ」
「そのあたりが良く分からないのだけど」
 
それで千里は春の大会でメンツが1人足りなかった時、体操服を着て応援に行っていたので、女子と間違われ、S中の生徒なら顔貸してと言われて女子チームに入ってしまったという経緯を説明した。晋治は大笑いしていた。
 
「まあ、それでその後、女子バスケ部のキャプテンから本当に女子バスケ部に入らない?と誘われて、それはさすがに無茶でしょと言ってたんだけど、5月の連休に男子バスケ部のエースの人に遊園地で偶然遭遇してさ、良かったら入ってあげてと言われて」
 
「ふーん。その男子バスケ部のエースが、千里の彼氏?」
「うん、まあ、そんなこともあるかもね」
「ふふ」
 
「私の身体能力では男子バスケ部には入部試験で落とされちゃう」
「でも女子の試合に出られるの?」
「一応《監督》という名目でベンチ入りする」
「なるほどー」
 
「でも6月には男女混合の大会で試合に出たよ」
「ああ、そういう大会があるといいね」
 
「他に私の性別のことを知った上での練習試合も何度かやった」
「それもありだろうね。向こうとしては男子が混じったチームとの練習試合はむしろ歓迎のはず」
 
「そうみたい。でも私は本当に男子なのかが怪しい」
「ああ、怪しい、怪しい。僕も結局千里のおちんちんって見てもないし触ってもないし」
「そんなの好きな人に見られたくないよ」
「まあ、その気持ちも分かるから無茶はしなかった」
 

「晋治、彼女とはうまく行ってる?」
「ああ、別れた」
「えーーー!?」
 
「お互い高校受験で忙しくなるしということで」
 
「わぁ。あれ?そういえば今日はここには何の用事?」
「うん。うちのT中学は共学だけど、同系列のT高校は男子校だからさ。女子はどこか他の高校に進学しないといけない。男子でも敢えて他に行く奴もいる。それで下見だよ」
 
「晋治、この女子高に進学するの!?」
「まさか。入れてくれないだろうな」
「性転換でもしなきゃ無理だよね」
「千里は入れてくれたりして」
「まさか」
 
「まあ、今日は同じクラスの女子数人の付き添いだよ」
「そんなのあるんだ!?」
「なんかうまく乗せられた。荷物持ち兼任で。もっともここだけじゃなくて他の高校も見て回るんだけどね」
「なるほどー。でも晋治は優しいからなあ」
 
「あ、そうだ。鞠古はその後どう?」
「うん。こないだ電話で話したように手術は成功して、今自宅療養中。今日の講習にも出て来てるけど、学校には来月から出てくるらしい」
 
「まあチンコ失わなくて済んで良かったな」
「それも晋治のおかげだよ」
「千里なら、全部切って欲しかったろうけどな」
「まあね」
 
「あ、12:50だから、そろそろじゃない?」
「あっと、行かなきゃ」
「僕も一緒に来たクラスメイトたちの所に戻るよ」
 

それで校舎の所まで来たら、玄関の所で晋治のクラスメイトっぽい女子が5人居る。千里は思わず会釈した。
 
「誰?誰?」
「あのぉ、おふたりの関係は?」
などと訊かれる。
 
「こんにちは。青沼君の友人の村山です」
と千里が笑顔で答える。
 
「友人って、彼女って意味?」
「見慣れない制服だけど、どこの中学?」
などと興味津々の様子。
 
「いや、本当にただの友だちだよ。この子、彼氏居るし」
と晋治。
「なーんだ」
「僕の地元の留萌の中学に通っているんだよ」
「へー」
 
「それで、晋治君とはどこまで行ったんですか?」
という質問に千里が思わず赤面すると
 
「お、かなり進んでいると見た」
などという声。
 
「A? B? それともCまで行った?」
などと訊かれると千里は恥ずかしがって俯いてしまう。
 
「いや、ホントに恋人じゃないから」
と晋治は言ったが、彼女たちはあまり信じていない風であった。
 

体育館に戻って午後の講習が始まる。数子が実習で計時の練習に出ていた時、留実子が小さな声で尋ねる。
 
「千里、晋治君と会ってたね」
「あぁ・・・」
「まだ続いてたの?」
 
「違うよ。晋治とは本当に別れたんだよ。ただ偶然遭遇したんで少しお話していただけ」
「ふーん。まあ、旭川と留萌ならバレないよね」
 
「そんなんじゃないよぉ。それに鞠古君の病院を紹介してくれたのも実は晋治なんだよ。それで彼の病状のことも少し話してた」
「そうだったのか。じゃ、このことは誰にも言わないね」
「いや、だから本当に晋治とは、もう何でもないんだから」
 
と千里は言ったが、留実子は完全には信用していない雰囲気だった。
 
もう!
 

鞠古君は予定通り10月の第1月曜、10月6日から学校に出て来た。
 
が、お約束のからかわれ方をする。
 
「チンコ切ったんだって? 何で学生服着てる。チンコ無い奴はセーラー服を着てもらわなくちゃ」
 
「鞠古、名簿は女子の方に入れといたぞ」
「先生、ついでに村山も女子の方に移動してやって」
 
「名前はどうすんの? ここは苗字と名前を入れ替えて、知佐鞠古にしてマリコちゃんというのでどうだ?」
「バレンタインにはチョコくれよな」
 
「お前ら、少しは病人をいたわれよ」
と鞠古君も応じていた。
 
まだ運動するのは辛いようで、体育の時間も見学していたし、部活も顔は出すものの、学生服のまま、ベンチ入りのボーダーラインの子たちの指導をしたりしていて、プレイには参加していなかった。
 

 
11月上旬の連休(1土・2日・3祝)、札幌で全道中学バスケット新人ワークスなる大会が開かれた。1〜2年生からなるチームによる大会である。参加チームは男子チーム300校、女子チーム150校(いづれも合同チームを含む)ほどで、抽選による組合せで各チーム6試合行い、得失点差で成績を競うものである。参加チームが多いので市内20以上の会場(ほとんどが市内の中学の体育館)に分かれての開催になる。
 
この大会にS中からも男子・女子のチームが参加することになった。男子の方は1〜2年生だけでも充分な人数がいるが、女子は実は人数が足りない。
 
「私と友子・数子・千里で4人にしかならない」と久子さん。
「私は出られません」と千里。
 
「誰か適当に2人調達しましょうよ」
「うんうん。いつものパターン」
「春の大会に出た**さんは?」
「彼女、連休はテニスの大会」
 
春はまだレギュラーではなかったので、バスケ部の助っ人をしてくれたのである。それで、取り敢えず数子の友人でバレー部の伊都ちゃんを調達してきた。
 
「あとひとりは〜?」
「やはり千里が大会までにちょっと手術して」
「いや夏の合宿で手術済みであることは確定してるから病院で性別証明書をもらってきて」
 
などと言われていたのだが、留実子を誘ってみたら
「ああ、助っ人なら出てもいいよ」
 
ということだったので、久子・友子・数子・伊都・留実子の5人で登録することにした。久子がキャプテンとなる。千里も名簿には入れるが、出場はできない(大会までに性転換しない限り!?)
 

エントリー直前になって、男子バスケ部で2年キャプテンの佐々木君が女子バスケ部の方に打診してきた。
 
「凄く有望な新人がたくさん来るからそのプレイを見せるのに鞠古を連れて行きたいんだけど、選手登録していない奴を連れて行って、何か事故が起きたりするとやばいんだよね。今回は大会主催者が保険を掛けてくれているんだけど、対象はあくまでエントリーしているメンバーだけだから。それでさ、物は相談だけど、鞠古を女子バスケ部の方に登録してもらったりはできない?」
 
「いいですよー。何ならそのまま出場してもらってもいいし」
「いや、男子だから女子の試合には出られない」
「それは大会までにちょっとお股の形を調整して」
「あいつ、それでさんざんからかわれてるから、その話は勘弁してやって」
 
ということで、女子バスケ部の名簿は、久子・友子・数子・伊都・留実子・千里に鞠古君まで入れた7人の名前を書いて佐々木君に渡した。一緒に提出してくれることになっている。
 

それで11月1日の早朝学校に集合し、男子バスケ部の15人、女子バスケ部の7人、に顧問の伊藤先生を加え、マイクロバスに乗って札幌に向かう。運転手は保護者のお父さん2人がボランティアを申し出てくれたので2人で交替で運転する。この他に付き添いで男性保護者1人(佐々木君のお父さん)と女性保護者1人(久子のお母さん)が付いていく。
 
「鞠古、とうとう女子バスケ部に入ったんだって?」
「性転換おめでとう!」
「いや、鞠古はきっと可愛い女の子になるよ」
「トイレは女子トイレ使えよ」
「連休明けからはセーラー服で出て来いよ」
 
などと全くお約束の事態である。鞠古君も
 
「じゃお前らにバレンタインには毒入りのチョコを配るよ」
などと応じていた。
 

札幌に到着する。男子と女子の行われる試合の会場が異なるので最初に男子をR区市民体育館で降ろした後で、女子をF中学体育館で降ろす。R区市民体育館で他の男子と一緒に鞠古君も降りようとしたら
 
「女子はまだ乗ってていいんだよ」
「マリコお嬢ちゃん、ここは会場違うよ」
などと言われていた。
 
千里たち6人はF中学体育館で降ろしてもらい、組合せ表などを確認する。8時から各会場をネット中継で結んで開会式をする。
 
「各チーム、キャプテン集まってください」
というアナウンスがあるので、久子が運営委員席の所に集合する。
 
ところが・・・・
 
「留萌のS中、キャプテン佐々木さんですね?」
などと言われる。
「いえ、柴田ですが」
「え?S中のキャプテンは佐々木兼嗣さんになってますよ」
「それは男子の方では・・・」
「いや、これは女子の登録ですけど。あれ?そういえば男子みたいな名前ですね」
「まさか? ちょっとメンバー表見せてください」
「はい」
 
久子が運営委員さんから《S中女子》の名簿を見せてもらうと、何とそこにはS中男子の名前15人が書かれている。
 
「うっそー!?」
 
慌てて男子キャプテンの佐々木君に電話してみようとしたら、向こうから久子の携帯に掛かってきた。
 
「大変な事態が起きてる」
「もしかして、そちらに女子の名簿が行ってる」
「うん」
 
要するに男子の名簿と女子の名簿を誤って逆に提出してしまったようなのである。
 
取り敢えず8時までに各キャプテンが各々の第1試合のある会場で署名をしなければならないということであったので、佐々木君と久子が各々タクシーで反対側の会場に駆けつけ、佐々木君はF中学体育館で、久子はR区市民体育館でキャプテンの署名を済ませた。
 

それで開会式の後、男女両チームとも、取り敢えずR区市民体育館の方に全員集合して善後策を練る。
 
「僕のミスです。本当に申し訳無い」
と佐々木君がみんなに頭を下げる。
 
「私も確認が甘かった。申し訳無い」
と伊藤先生も謝る。
 
「それで運営委員に掛け合ってみたんだけど、今日になってからのメンバーの変更は認められないと言うんだ」
と伊藤先生は言う。
 
「どうするんですか? 男子が女子の試合に出て、女子が男子の試合に出る?」
 
「男子の試合に女子は出ても構わないらしい。しかし女子の試合に男子の出場は認められない、と」
 
「うーん。男子チーム全員性転換する訳にもいかないし」
とひとり冗談を言ったが、貴司に睨まれて、冗談を言う場では無かったことに気付き、居心地悪そうな顔をする。
 
「それで、運営委員側も、名簿を受け取った時に、女子の名簿に並んでいるのが明らかに男名前で、男子の名簿に並んでいるのの大半が明かな女名前であったことに気付かなかった落ち度もあると認めてくれてね。こういう提案をしてきた」
 
「はい」
「女子チームはそのまま男子の試合に出てもらう」
 
「いいですよ」
と久子。
 
「男子チームについては練習試合を毎日2試合ずつ組む」
 
「成績に関係ないけど、試合はできるということですか?」
と細川君。
 
「うん。今日・明日・明後日、各々第2試合が早めに終わるチームに、夕方くらいにもう1試合、練習試合をできないかと打診してOKが取れている。向こうも本番であまり出番の無かった選手を中心に出してもいいか?と訊いてきたので、それでいいと返事した。こちらは連続になってしまうけど」
 
「それは頑張りましょう」
「でも控組相手か」
「まあ仕方無い」
 
「とにかく試合ができるというだけでもいいですよ」
と貴司。
 
「うん。札幌までわざわざ出て来て何もせずに帰るのは辛すぎるから」
 
そういう訳で、S中女子組は男子の試合に出ることになったのである!
 

「これで千里が出られるから、かえっていいよ」
「うん。どうせ6試合して6敗の予定だったからね」
「そそ。どっちみち負けるんだから、男子相手に負けた方が楽しい」
などと友子さんと久子さんが言っている。
 
「鞠古君、プレイできないよね?」
と友子さんが訊くと
 
「万全じゃ無いですけど、休みながらなら、何とかなると思います」
と鞠古君が言う。
 
「じゃさ、第1ピリオドと第3ピリオドに出て、第4ピリオドも後半から出てくれない?」
「やります」
 
それでスターティングメンバーは、久子(PG)・友子(SG)・数子(C)・千里(SG)・鞠古(PF)の5人で行くことにした。留実子(PF)と伊都(SF)が交代要員である。
 

1日目最初の相手は稚内の学校だった。全員180cm超の選手が揃っている。こちらは鞠古君が178cm、留実子が170cm、千里が165cmの他は全員150cm台だ。整列すると、まるで親子の対戦のようである。そもそも、男子の試合のはずなのに対戦チームが1人(鞠古)を除いて全員女子なので、客席がざわめく。
 
相手チームには事情を話しているのだが、向こうはどうもそれで控え組をスターティングメンバーにしてきたようである。背の高い選手がみんなベンチに居る。出て来たのは170cm台の選手ばかりだ。
 
最初のジャンプボール(ティップ・オフ)は鞠古君がやってくれて、こちらにボールを確保してくれた。久子がドリブルで相手陣地に攻め込んでいく。相手がガードしようとするが、巧みにかわしていく。友子と千里がその後を追う形になる。
 
相手に完全に行く手を阻まれる。千里にパスする。千里がそのまま撃つ。ゴールして3点。
 
相手が攻めてくる。こちらは概ねゾーンで守るが、向こうはどうも女子との身体接触をためらっている雰囲気。その戸惑いの隙を突いて久子がスティール。速攻で攻める。友子と千里も全力で走ってボールに先行する。相手は長身の千里と、《唯一の男子メンバー》鞠古君にガードを集中させている。それで友子にパスする。友子が撃ってゴール! 6対0.
 
元々相手チームの選手は控え組っぽく、実戦経験が少ないようで、久子は相手とのマッチアップにほとんど勝利していた。その上、多くの選手が女子との接触にためらいがあるので、そこを突いてガンガン攻めた。千里と友子のダブルシューターを警戒していると鞠古君が単独でゴール下まで攻め入って、ゴールを稼いでくる。
 
それで第1ピリオドを終わって、20対8と大差を付ける。
 
「これ勝てたりして」
と第1ピリオドでは出番の無かった数子が言ったが
「いや、次のピリオドでは向こうは本気になる」
と久子は言った。
 

久子の言葉通り、相手チームは第2ピリオドでは選手を総入れ替えしてきた。こちらも病み上がりの鞠古君と、持続力の無い友子を休ませ、留実子と伊都が出る。
 
第1ピリオドに出て来た選手とは格が違う。みんな巧い。こちらのディフェンスが全然利かない。あっという間に得点を奪われる。
 
しかしこちらも負けてはいない。ゴール下から千里が大きく振りかぶって長いパスを投げる。それを攻め上がっていた数子がキャッチし、まだ充分迎撃の態勢ができていなかった相手ディフェンスの微妙な混乱を突いてゴールを決める。
 
しかし向こうは攻めは確実にしてくる。慎重にドリプルでボールを運んでくるが、相手フォワードは第1ピリオドに出て来た選手とは違い、女子との身体接触は全く気にせずに攻め込んできて確実にレイアップシュートを決める。
 
さきほどのような速攻を警戒して、相手チームは全員すぐ戻っている。久子がドリブルでボールを運ぶ。相手チームはどうやら、S中で最も警戒すべきは千里と見た感じで、強そうな人が千里をマンツーマンでマークしてくる。それを見て、久子はゴール近くに居る伊都にパスする。伊都がドリブルしながら制限区域内に攻め込み、ガードしようとした男子選手を押しのけてシュートする。
 
が外れる!
 
リバウンドを狙って、相手選手も、こちらの千里・留実子もジャンプする。いったん相手選手が確保したかに思えたが、こぼしてしまう。そこを数子が確保し、そのまま撃つ。
 
入って2点!
 
ともかくも第2ピリオドはシーソーゲームとなった。基本的には地力に勝る相手チームがどんどん点数を取るのだが、S中女子組も千里のロングパスからの速攻カウンターや、久子ドリブル→千里3ポイントの黄金パターン、数子や伊都・留実子の男子選手に気後れしないボディアタックで、確実に反攻する。
 
それで第2ピリオドを終わって32対30で、まだS中が2点リードしていた。
 

「やはり男子は強い」
「次で逆転されるかな?」
「いや、こちらも負けてなかったよ」
と第2ピリオドは休んでいた友子。
 
「千里、ロングパスが正確! 私がフリーになれる場所にピタリと飛んでくるんだもん」
と伊都。
 
「第3ピリオドは突き放そうぜ」
と鞠古君が言う。
 
第3ピリオドは第1ピリオドと同じメンツで出る。久子が起点になる場合は友子・千里という2人のシューターを見比べて、防御の少ない方にパスして3ポイントを狙う。千里から速攻を掛ける場合は鞠古君や伊都の所へロングパスを投げ、そこからゴール下へ攻め込む。リバウンドは病み上がりの鞠古君に無理させないよう千里と伊都で主として拾う。
 
こちらは複数の攻撃パターンを使い分けるし、千里と友子のダブルシューターのパターンは防御しにくく、また身体能力の差とあまり関係無い。千里のロングパスも正確で、パスミスがほとんど発生しない。
 
こちらの攻撃ではほとんど取りこぼしが無く、相手の攻撃ではちょこちょこミスがあるので、結果的に点差が開いていく。
 
それで第3ピリオドを終わって、54対44と点差は10点に開いた。
 

「さて、向こうは女子チームに負けたくないだろうから、最後必死で来るだろうね」
「まあ、こちらは最初から負けて当然という開き直りがある」
 
「楽しくやろうぜ」
という鞠古君の言葉にみんな頷き、メンバーが出て行く。
 
確かに第4ピリオド、向こうは女子チーム相手などというのは忘れて必死に攻めてきた。猛攻、全力リバウンド、全力防御。
 
それで第4ピリオド前半で63対58と点差を縮めてくる。ゴール自体はこちらは3回、向こうは7回と大差なのだが、こちらは全部3ポイント、向こうは2ポイントなので、ゴール数の差ほどに点差が縮まらないのである。
 
こういう身体能力が遥かに格上の相手にこそ、遠くから点数を取れる3ポイントは有効である。向こうも何度か3ポイントを撃ってきたが全部外れていた。こちらは千里が1本も外していない。
 
後半、留実子・伊都の助っ人コンビが下がって、友子・鞠古君のスターティングメンバーが復帰する。
 
変幻自在の攻めを繰り出す。千里と友子がどんどん3ポイントを稼ぐ。千里は全く外さないし友子も調子が良くてほとんど外さない。鞠古君もゴール下に攻め入って点数をもぎ取ってくる。
 
結局79対70でS中女子が勝った!
 
みんな抱き合って喜ぶ。千里は近くに居た数子と抱き合ったが、鞠古君はちゃっかり留実子と抱き合っていたので、あとでみんなから追求されていた。
 
「そういや、鞠古君とるみちゃん、同時にはコートに入らなかったね」
と数子が言うと留実子は
 
「うん。ボクとトモはふたりでひとつだから」
などと、ぬけぬけと言うので、ブーイングが出ていた。
 

午後の試合では向こうは5人ぎりぎりのチームで、しかも対戦した感じではほんとうにバスケをしているのは2人だけ、残り3人は助っ人という感じであった。それで鞠古君にあまり無理させないように出す時間を減らして残りの6人で頑張ったが、50対32で勝利した。
 
夕方近くになって、男子チームの試合を見に行った。最初の相手は釧路の強豪チーム・・・・の控え組ということだったが、貴司や田代君がどんどんボールを奪い、点を取りまくり、名簿提出で大失敗をやらかした佐々木君も名誉挽回にとリバウンドを拾いまくり、あっという間に30対6と大差が付く。
 
たまらず向こうは控え組を下げて、レギュラー組が出てくる。そこからは結構なシーソーゲームになったが、最初の点差が利いて、結局50対38で勝利した。
 
続けて行われた第2試合の相手は函館の中学であった。向こうは第1試合を見ていたからだろうが、最初から結構本気であった。序盤からかなりの競り合いになる。そうなると続けて試合をして疲労が回復していないこちらはどうしても不利である。最後は体力差という感じで40対32で負けた。
 

宿舎となるホテルに引き上げる。
 
今回の参加者は《男子チーム》15人、《女子チーム》7人と、男性保護者3人、女性保護者1人、伊藤先生の合計27人である。で・・・・4人部屋が7つ取られていて、男子4つと女子2つ(女性保護者を含む)に男性保護者・伊藤先生の部屋でいいでしょう、などと言われたのだが。
 
「先生、女子チームの中に男子が2人居るんですけど」
「あ、しまった」
と、こちらは完璧に伊藤先生のミスである。
 
慌てて計算し直す。男子生徒は鞠古君と千里も入れて17人、それに保護者・伊藤先生で男性は21人、女子生徒・女性保護者は6人になる。
 
女子生徒・女性保護者に2部屋割り当てるのはいいとして、残る4人部屋5つでは21人の男性は収容できない。念のためホテルに空いてる部屋はないかと照会したが、この大会のために札幌市内のホテルはここも含めて全て満杯である。
 
「どこか4人部屋に5人詰め込むか?」
「ベッド4つで、どうやって5人寝るんです?」
「エキストラベッドは無理なんですか?」
「元々エコノミーツインの部屋にエキストラベッドを2つ入れてクァトルにしてるから、見てもらうと分かるが、部屋の面積が既にベッドで埋まっている。これ以上のベッド追加は無理」
 
「先生、村山を女子部屋に入れましょう」
「ああ。そもそも村山は男子と一緒には泊められないですよ」
「村山を見てください。ブラ線が見えてるじゃないですか」
「なんか胸もあるし」
「村山はたぶん上も下も女下着つけてますよ」
「いや、そもそも女ではないかという疑惑が」
などという声が男子の方からあがっていた所で
 
久子が
「まあ、夏の合宿で千里は私たちと一緒にお風呂入ったしね」
と言うと
「えーーー!?」
という声があがった。
 

ということで、女子たちの承認を得て、千里は女子部屋に入れられることになった。
 
久子から「この部屋割が平和的です」
と言われた方式で、久子・友子・数子・伊都で1部屋、留実子・久子の母、千里で1部屋ということにした。
 
「ああ、ボクもその方が気楽」
と留実子が言う。
 
「うん。るみちゃんは逆に他の女子と同部屋にできないかもと思った」
と久子。
 
「今日の対戦相手に男子2人女子5人ですと言ったら、向こうは鞠古君とるみちゃんを男子と思っていたみたい」
「まあ、そう思われるのが普通」
 
留実子はBカップのバストを持っているのだが、うまくカバーしていて体操服姿を見ても、まるで胸が無いように見える。
 
「髪、短いし」
「そこまで短いのは女子として校則違反ではないかという説もある」
 
「るみちゃん、男物の下着つけてるよね?」
「うん。つけてるよ」
「ね、ね、るみちゃん、おちんちん付いてたりしないよね?」
 
「うーん。どうだろうね?。だけど今日はトモは試合に出る予定無かったから汗掻いた後の着替えまで用意してなかったからさ。ボクの下着を渡したよ」
 
ここでブーイング。
 

食事の後で、取り敢えず久子たちの部屋に、女子生徒6人集まった。
 
「るみちゃん、鞠古君とデートしたりはしないの?」
「大会中にそんなことできないよ」
「誰かさんは細川君とデートしないのかな?」
「さあ。大会中に女の子とデートしようなんて選手は居ないと思うよ」
「みんなストイックだな」
 
「副キャプテンが大会中に女の子と会ってたりしたら、他の部員に示しが付かないよね」
と留実子も言う。
 
「要するに、2人とも大会が終わった後デートするつもりなんだ?」
 
「細川君はこういう遠出した試合の方が集中できるみたい」
「留萌で試合やってると、ファンの女の子たちが結構うるさいからね」
「彼女たち、細川君の恋人が千里だってことには気付いてないよね」
と久子。
 
「気付いたとしても、千里はノーカウントだと思うだろうね」
と留実子。こんなことは千里との信頼関係がある留実子にしか言えないことだ。
 
「だいたい、あんたたちデートとかしてるの?」
と友子が訊く。
 
「ううん。土日は細川君、ずっとバスケの練習してるから」
と千里。
「それに千里も土日は神社でバイトだもんね」
と数子。
 
「それではデートできんな」
 
「結局、この2人、交換日記で主として交際してるんだよね」
と留実子。
 
「交換日記かぁ〜」
「30年前の交際スタイルだ」
 
「千里、携帯買わないの? それでおしゃべりしたりチャットしたりできるでしょ? バイトしてるんなら携帯くらい買えるんじゃない?」
 
「いや、細川君は女の子とチャットしている時間を惜しんでバスケの練習だよ」
と数子も言う。
 
「うむむ」
 
「るみちゃん、鞠古君とはチャットするの?」
「毎晩してるよ」
「うむむ」
 

おしゃべりしながら交替で部屋に付いているお風呂に入った。途中で久子のお母さんが戻ってきて、ヤマサキのスイスロールを3本差し入れてくれたので、歓声があがっていた。
 
「やはりダイエットより食欲だよね〜」
「美味しいものは美味しい」
 
さすがスポーツ少女たちで3本のスイスロールがあっという間に無くなる。
 
「でもみんなスリムだよね〜」
「まあ、体格でしばしば相手チームに負けるけどね」
「すごいがっしりした子を揃えてるチームとかもあるからね」
「まあ、弱小チームは楽しくやれば良い」
「でも今日男子チーム相手にも何とかなったのは、いつもそういう子たちと対戦してるからかもね」
 

10時に千里たちは自分たちの部屋に引き上げる。
 
「あんたたち、着替える時は私、後ろ向いてるからね」
と久子のお母さんは言うが
 
「あ、大丈夫ですよ。私はふつうに女子下着を着けてるだけですから」
と千里。
 
「ボクは普通に男物の下着を着てるだけだから」
と留実子。
 
「あんたたち、御両親にはそういうの言ってるの?」
と訊かれる。
 
「母は知ってるけど何も言いません。父は知らないと思います」
と千里。
 
「うちは諦められてます」
と留実子。
 
留実子はお兄さん(?)が女性志向があり、学校に行く時以外は女装しているので、両親もこの兄妹(姉弟?)に、さじを投げているようである。
 
「るみちゃん、鞠古君が男性能力を失った件について何か言われた?」
と久子のお母さん。
 
「私が男の子と付き合うのなら、その程度は構わんってことみたいです。どっちみち結婚するような年齢まで続くかどうか疑問だし、続いたとしても、精子は保存してるから子供が欲しくなったらそれで妊娠できるし」
「なるほどねー」
 
「だけど、そもそもるみちゃん、恋愛対象は男の子だもんね」
と千里。
「まあね。だから千里とは緊張しない付き合いができる」
「うん。私も恋愛対象は男の子だから」
 
「あんたたちのこと考えてたら、訳が分からなくなる!」
 
「ボクはただの男装癖だけど、千里のは性転換志向ですよ。ボクは身体まで男にするつもりは無いけど、千里は本当の女の子になりたいと思っているんです」
と留実子は言ったが、久子のお母さんは良く分からないようで悩んでいた。
 

留実子が朝起きた時に、千里が窓際で何かしていたので声を掛ける。慌てて千里が何か本のようなものを閉じる。
 
「あ、それが交換日記?」
と留実子が訊く。
「うん。さっき受け取ってきた」
と笑顔で千里が答える。
 
「今夜もやりとりしたんだ?」
「えへへ」
 
「何か書いてあった?」
「うん。試合、男子相手に頑張ったね、と褒めてくれてた。それと佐々木君が次期部長を辞退するから、貴司に次の部長になって欲しいって」
「ああ」
 
3年生は現在男子も女子も、まばらな参加になっているのだが、一応2学期いっぱいで実質引退する予定(スポーツ保険の関係で籍は卒業まで置いておく)で、新しい部長を選出しなければならない。男子はセンターの佐々木君、女子はポイントガードの久子が継承予定だったのだが、今回の大チョンボで佐々木君が責任を感じていて、ポイントガードの貴司に代わって欲しいと言っているというのである。
 
「貴司は自分はあまり人望が無いから、田臥君(シューティングガード)に頼めないか訊いてみると言ってる」
 
「人望無いってことないでしょ?」
「いや、貴司は自分の練習は一所懸命やるけど、あまり面倒見が良くないんだよ」
「そうだっけ?」
 
「下級生の指導とか、確かに佐々木君や田臥君の方が熱心に教えてあげてる。1年生の田代君も他の子に色々教えてる。貴司はそんなの教えられなくても自分で盗めってスタンスだもん。試合で活躍するから女子のファンには人気なんだけどね」
 
「ああ、そういうのはあるかもね」
 
千里はバスケットの技術的な面や戦略的な面でも貴司から何か教えてもらった記憶がほとんど無い。むしろ同学年でパワーフォワードの田代君などが色々と教えてくれている。同じスポーツマンでも晋治と貴司はかなりタイプが違うなと千里も思っていた。晋治は熱く燃えるタイプだが、貴司はいつもクールだ。2年間付き合って晋治が激怒している所は数回見たが、貴司とこの半年付き合っていて彼が怒っている所を見たことが無い、と言って優しい訳でもない。
 

2日目は女子チームは強豪男子チーム相手に50対12、60対28で大敗、男子チームは48対40、57対43で勝利した。3日目は女子チームは第1試合では48対18で負けたものの、第2試合ではかなりの競り合いを演じ、最後千里のかなり遠くからの3ポイントが決まって、43対41で辛勝した。男子チームの3日目は第1試合は70対24で勝利、第2試合は結構強い学校相手に60対60の引き分けであった。
 
その男子チームの2試合を見学した後で帰途に就く。
 
「今回、佐々木君の登録ミスのおかげで、結果的には男子も女子も強いチームとの対戦ができたのは収穫だと思います」
と伊藤先生が言った。
 
「そうそう。男子が練習試合組んでもらった所はみんな強い所ばかり。強豪の場合、本番ではスターティングメンバーにはなれないけど強い選手がいるから向こうもその子たちに実戦経験を積ませたい事情があるというので運営側もそういう所に声を掛けてくれたみたいですね」
運転手役で来ている男性保護者。
 
「女子も男子チームのほどほどに強い所と6試合やったから、凄く大きな経験になったね」
と久子のお母さん。
 
「まあ、怪我の功名ですよね」
と貴司が発言した。
 
佐々木君も佐々木君のお父さんも、本当に申し訳なさそうな顔をしていたのだが、こう言ってもらえると少しは救われる感じだ。
 

連休明け、千里が(いつものように体操服姿で)教室で少しぼーっとしていたら、同級生の尚子から声を掛けられる。
 
「連休、札幌でバスケの試合してきたんでしょ?疲れた?」
「ううん。結構楽しかったし、昨夜はぐっすり寝たし」
 
千里が今回の試合で男女の名簿を誤って逆に提出してしまったが、おかげで男子も女子も強い所との試合ができて良い経験になったということを言うと、そんなミスもあるんだね!と驚いていた。
 
尚子がふと思いついたように言う。
 
「英語の敬称でさ、Miss と呼ぶべきか Mrs. と呼ぶべきか悩んだ場合にどうするかという議論があるけど、Mr. と呼ぶべきか Miss や Mrs. と呼ぶべきか悩むようなケースはどうするんだろうね?」
 
「ああ、悩むような人いるよね。スーパーとかで、女子トイレに入ったはずなのに、中に一瞬男!?と思うようなおばちゃんが居て、ギクッとすることあるし。思わずいったん出て男女表示見直したことあるよ」
 
「ちょっと待て」
 
「まあ、Miss か Mrs. か悩んだら Mrs. でいいとは言うね。もっとも最近は Ms を好む人も多い」
と千里。
 
「そうそう、Miss なのか Mrs. なのか Ms なのかを悩まなければいけない時もある」
と尚子。
 
「Mr. か Ms か悩むような場合は難しいよね。女性なのに男に間違えられた人は怒るだろうし、男性なのに女に間違えられた人も怒る」
 
「千里の場合は、Miss あるいは Ms と呼び掛けられたら、それは間違いなんだろうか、それとも Mr. と呼ばれた方が間違いなんだろうか」
 
「これまで札幌や旭川で道とかを訊かれたりして何度か外人さんと話した時、相手はボクのことを She という代名詞で受けてたよ。プールで水着になってた時やミニスカ穿いてた時は仕方無いけど、一度なんか学生服着てたのに。ボクって、学生服着てても女に見えるのかなあ」
などと千里が言うと
 
「うーん。。。」
と尚子は《ツッコミ所が多すぎて》どこに突っ込むべきか悩んでいた。
 
 
前頁次頁目次

1  2 
【女の子たちの間違い続き】(2)