【女の子たちの強化合宿】(2)

前頁次頁目次

1  2 
 
土曜日は朝から巫女装束を着て髪を束ねて集合する。外宮そして内宮にお参りした後、内宮の宇治橋の所で記念写真を撮った。全国から100人ほどの巫女さんが参加していたので、壮観な図であった。
 
その後、午前中は日本神話の話を天地開闢から、イザナギ・イザナミの話、天照大神(あまてらすおおみかみ)と天岩戸(あまのいわと)の話、須佐之男命(すさのおのみこと)の八岐大蛇(やまたのおろち)退治の話まで聞いた。
 
午後からは神社の主な祭典の話、結婚式・地鎮祭など、また神社での祈祷やお祭りなどで行われる様々な儀礼を代表数名による実技を交えながら勉強した。
 
その日も留萌組・稚内組で一緒にお風呂に行き、またまた旭川組、それに他の地域から来ている子たちとも一緒になり、賑やかに会話をしたが昨日のようにおっぱいのさわりっこまでは発展せず、おとなしくおしゃべり楽しんだ。
 
翌日は朝から少し離れたところにある瀧原宮・瀧原竝宮(たきはらのみや・たきはらならびのみや)に夜明け前から移動し、ここで朝日を見た。
 
千里は外宮・内宮でも、そこにある「もの」の凄まじさ・あまりの巨大さに驚愕したのだが、早朝の瀧原宮・瀧原竝宮では、そのあまりに清々しい「気」
に身が震える思いだった。これは日本の財産、まさに聖地だ。千里はそう認識したし、またここに来たことが、今回の研修の最大の意義ではないかという気さえした。
 
その日の午前中は日本神話の続きを聞いた。地上の支配権を巡る出雲の神々と高天原の神々の争い、そして天孫降臨、山幸彦と海幸彦の話、山幸彦と豊玉姫の結婚と子供の誕生まで。山幸彦の孫が神武天皇になったという話は、初耳だったので千里はびっくりした。
 

神話のこの付近の話は前半と違って神々がかなり人間くさい。それでついつい近くの子と色々言葉を交わしたりしてしまう。そんなことをしていたら
 
「おーい、そこのちょっと背が高くて長い自毛を束ねてる子」
と講師の人に当てられてしまった。
 
千里を左右を見回すが、どうも当てられたのは自分のようだというので
「はい」
と返事をして立ち上がる。自毛を巫女さんができるほど伸ばしている子は少数派である。ほとんどの子は垂髪の付け毛をしている。自毛の子でも千里ほど長くしている子は少ない。でも自毛だというのがよく分かったなと千里は思った。
 
「ここは伊勢国ですね。伊勢国の一宮(いちのみや)はどこか知ってる?」
 
「えっと、神宮ですか?」
と千里は答えたが
 
「不正解」
と講師の人から言われる。
 
「えー? どこかもっと凄い所があるんですか?」
「神宮は別格なのだよ」
「あぁ!」
 
「伊勢国の一宮はここです」
と言って講師の人は
 
《椿大神社》
とホワイトボードに書いた。
 
「読める?」
「つばき・だいじんじゃですか?」
「不正解」
 
生徒達の中にざわめきが起きる。この神社の読み方は知っている子と知らない子が入り乱れているようだ。
 
「《つばきおおかみやしろ》と読みます」
「訓読みなんですね!」
と千里。
 
「そうそう。音読みしちゃったね」
 
「御祭神は猿田彦(さるたひこ)大神と奥様の天宇受売(あめのうずめ)神。天宇受売神というのは、天岩戸に天照大神が引き籠もっちゃった時に、岩戸の前でストリップを踊って、大神を呼び起こした神。そして、天孫降臨の時に、天照大神からその形代(かたしろ)の鏡を預かり、邇邇芸命(ににぎのみこと)を先導して地上に降りていった神です」
 
「凄く重要な神様なんですね」
「そうそう。神道関係者には、この天宇受売神が大好きな人が結構いるんですよ。凄く元気で気の良い神様だから、君みたいに元気な女の子は信心すると良いよ」
 
「あ、元気に見えます?」
「君、スポーツやるでしょ。うーーーんと、ソフトボールかバスケ、もしくはサッカーだな」
 
千里は講師の先生の推察に驚いた。
 
「小学校の時ソフトやってて、今はバスケやってます」
「おお。僕の直感も大したもんだ」
 

講義が終わった後で、講師の先生が千里を呼び止めた。
 
「僕がなぜ君がソフトかバスケをしてるんじゃないかって推察したか分かる?」
「分かりません」
 
「君のね、チャクラというか気の流れというかがね。不思議な巡り方をしているんだよ。だから実はあの大勢の生徒の中で君を指名した」
 
「はい? 変ですか?」
「凄く昔に、似たタイプの人を見たことがあって。その人はバスケットの日本代表になった」
「わぁ」
 
「普通、チャクラは女性は左回転が強く、男性は右回転が強い。巫女さんやるような子には特に左回転が強烈な、女らしい子が多い。ところが君って左回転も強いけど右回転も結構強いんだよね」
 
ああ。やはり自分は完全な女じゃないんだな、と千里は内心思った。
 
「更にね。その右回転と左回転がところどころで無理につながって複雑な回転になってるの」
 
むむむ。自分自身でもよく男と女で混乱するのは、そのあたりに原因があるのだろうか?
 
「こういう子はごく自然に男性的なエネルギーの使い方もできるから、しばしばスポーツが得意だったり、男顔負けでビジネスや政治の場面で活躍したりするという説もある」
「なるほど」
 
「それでスポーツするにしても、たぶんいかにも女の子が好みそうなテニスとかバレーとかではなく、男の子がするようなスポーツで、野球という訳にもいかないだろうからソフト、あるいはバスケやサッカーかと思った」
「ああ、確かに」
 
「でもこういう人は自分の中に男性性があることでどうしても心の中に矛盾を抱え込む」
「抱え込んでます!」
 
「それは凄いストレスだけど、そういうストレスが人を成長させる。君は頑張れば凄く伸びる子だから、勉強もスポーツも頑張りなさい」
 
「はい、ありがとうございます」
と言ってから千里はあの時、疑問に思ったことを訊いてみた。
 
「そういえば、私の髪が自毛というのは、なぜ分かったんですか?」
「オーラが髪全体を覆っているからだよ」
「あぁぁ」
 
「付け毛は物質だから、そこにはオーラは無いからね」
「なるほどですね!」
 
「でもその髪のメンテは大変でしょ?」
「はい。シャンプーとトリートメントの消費が激しいです」
「原価が掛かってるね!」
 

講習が全部終わった後で、参加者全員で内宮のお掃除をした。参道のゴミなどを拾い、ほうきできれいに掃いたりした。
 
関西や関東などの子たちはその日の内に電車などで帰ったが、北海道や九州から来ている子たちはその日も泊まり(当然また同室の女子たちと一緒にお風呂に入った)、翌月曜日の朝の電車で名古屋に移動し、お昼の飛行機で旭川空港に飛び、夕方17時すぎに留萌に帰還した。
 
「ただいまあ」
と言って千里が帰宅すると、母が「ん?」という顔をする。
 
「あんたその格好で研修に行ったの?」
 
千里がセーラー服を着ているのが母には困惑の元になっているようである。
 
「現地では巫女さんの衣装だよ」
「だったらいいか」
といったん言った上で、まだ更に悩んでいるようである。
 
千里が奥の部屋に戻り、普通のポロシャツとスカート姿になって居間に出てくると、母が御飯とおかずを盛ってくれている。母は千里がスカートを穿いているのは黙殺して
 
「適当に雑魚を放り込んで煮たものだけど」
と言って勧めた。
 
「うん。お魚の鍋、大好き。頂きます」
と言って、千里は食べ始める。石狩鍋の鮭の代わりにイワシやアジの小さいのが入っているようなものである。
 
「お姉ちゃん、どんな所に泊まったの?」
「崇敬者の人とかも泊まる所。全国から100人くらい来てて凄かったよ」
「へー。洋室?和室?」
 
「ああ、洋室もあるらしいけど、ボクたちは和室。5人1部屋」
 
すると母が訊く。
「同室になったのは男の子?」
 
「まさか。巫女さんなんだから、みんな女の子だよ」
「あんた、女の子たちと泊まっても大丈夫なんだっけ?」
「ボク、男の子とは同室になれないよー」
 
「うーん。。。。お風呂は部屋に付いてたの?」
「ううん。大浴場だよ。一般のお客さん向けには、バストイレ付きの部屋もあるみたいだけど、学生の修学旅行とか、今回みたいな研修とかはお部屋だけの所に詰め込む」
 
「ああ。じゃお風呂は大浴場に行ったんだ?」
「そうそう。同室の子たちと一緒に行って、楽しく中でおしゃべりした」
 
母が少し考える。
「えっと、同室の子って男の子だったっけ?」
「女の子だよ。巫女さんだもん」
「女の子と一緒に男湯に入ったの?」
「まさか。女の子が男湯に入る訳ないじゃん。女湯だよ」
「だったら・・・・あんた女湯に入った訳?」
 
「そうだけど」
 
玲羅は忍び笑いをしている。
 
「あんた入れるの〜〜?」
「私、普通に女湯に入るけど」
 
「ごめん。ちょっと頭痛くなった」
「風邪?夏風邪はしつこいから気をつけてね」
 

ところで千里はこの春から1年先輩の貴司と交際を始めたのだが、貴司は実際問題としてバスケに夢中で、平日も7時くらいまでバスケの練習をしているし、土日も朝から晩までバスケをしているので、デートする時間が無い。
 
更に千里は携帯を持っていない(春に遊園地に行った時は父の携帯を千里が持って行っていた)のでメールのやりとりもできない。
 
それで結局、ふたりは交換日記という形でお互いの気持ちを伝え合うことを始めた。だいたい夜の内に貴司が書いておいて朝千里に渡し、千里が日中書いて部活が始まる時に貴司に渡すというパターンを基本にしていたが、貴司は千里ほどマメではないので、昼と夜が逆転することもあれば、貴司から数日帰ってこないこともあった。それでも千里はじっと日記が戻ってくるのを待っていた。
 
土日には千里は神社に行って巫女さんをしているのだが、たまに貴司が神社にやってくることがあった。大抵は
 
「今日は人が少なくて練習にならないから上がってきた」
なんて言っていた。
 
貴司はここの神社の巫女・細川さんの息子なので、いつも勝手に社務所に来ては、勝手に空いている部屋で漫画を読んだりしていたし、千里が事務室で宛名書きなどの仕事をしている時は、そばに来て色々話しかけたりすることもあった。(縁起物の製作などをしている時はしゃべりかけないで、と言っておいたが、それは貴司も前々から承知していたようである)
 

「貴司、第2待合室に貴司の漫画がかなり溜まってるんだけどって、宮司さんが言ってたよ」
 
「うーん。祈祷を待ってる人に勝手に読んでもらってもいいけどね」
「ああ、片付ける気は無いのね」
 
「千里ってあまり漫画読まないよね?」
「うん。友だちが読んでるの借りて、少し読むくらいかなあ。自分では買わないよ。お小遣いがあったら、参考書買ったり」
 
「女の子の服を買ったりか」
「あはは」
 
「ここのバイトでもらったお金はどうしてんの?」
「参考書とか問題集を買うのに3000円くらい使って、残りは貯金してる。お母ちゃんが通帳作ってくれたから。通帳とカードに印鑑は神社に置いてる。家に置いていたら父ちゃんに見つかるからと言われて」
 
「何か複雑な家だなあ」
「まあね」
 

ある日は貴司はヴァイオリンケースを神社まで持って来た。
 
「このヴァイオリン、僕はもう3年以上弾いてないからさ。こちらに置いておくから、時間の空いている時とかに千里少し練習しない?」
 
「えー?でも・・・」
「千里、龍笛とかピアノとかの練習もしてるから、ついでにヴァイオリンも弾くといいよ。少し弾いてれば、けっこう感覚が戻ってくると思うよ」
 
「んー。じゃ借りようかな」
 

若い男の子が神社で暇そうにしていたら、結構力仕事に徴用されることもある。
 
「貴司君、ちょっと神殿に奉納している米俵とか日本酒を降ろすの手伝って」
とか
「渡り廊下の屋根が雨漏りしてるんだよ。上に登れるような運動神経のある人がいないから、ちょっと手伝って」
などという感じで、便利に使われていた。
 
「ああ、男性神職、みなさん40代以上ですもんねー」
「若い子はこんな田舎で奉仕してくれないんだよ。國學院や皇學館を出てもみんな都会の大きな神社に行きたがるから」
「給料もここ安いでしょう?」
「まあ、それは言いっこ無しで」
 
貴司はそういうお仕事は割と好きなようで、いつも「いいですよ」と言って気軽に応じていた。貴司は無愛想なので、不親切かと思う人もいるのだが、言えば結構色々してくれる性格なのである。
 
「ところで千里は『男の子』には該当しないんだっけ?」
とある時貴司は訊いた。
 
「私、男の子に見える?」
と千里は訊き直す。
 
「見えないんだよなあ。女の子にしか見えん。一度裸にしてみたいけど」
「貴司とふたりだけの場所だったら、裸になってもいいよ」
 
「うーん。。。ちょっと考えてみる」
「うふふ」
 
しかし貴司が千里の中学在学中にふたりだけの場所で千里を裸にしてみることは無かった。
 
「まあどっちみち千里は全然腕力無いからな」
「そうだね」
 

ある時、貴司が来ている時に、宮司さんが
「ちょっと荷物運ぶの手伝ってもらいたいんだけど、貴司君、来てたよね?」
と訊いた。
 
「あ、私、呼んできます」
と言って千里は席を立ち、貴司がいるはずの倉庫部屋に行った。
 
千里は障子を開けるなり
「貴司〜。宮司さんが荷物運ぶの手伝ってって」
と言った。
 
ところがその時、貴司は何かを掴んで盛んに上下させていた(ように見えた)。
 
「何してるの?」
と千里が声を掛けると、貴司は焦ったような顔で
「見るな!」
と言う。
 
慌てて千里は後ろを向く。
 
えーー? 今、貴司が握ってたの、何?  ズボンのお股の付近で・・・まさかおちんちん!? おちんちんってあんなに大きくなるもんなんだっけ?
 
千里は父のも見たことがないので、男の子の大きくなったおちんちんというのを知らないのである。
 
でも、おちんちんを握って何してたんだろう?まさか部屋の中でおしっこしないよね? 千里は頭の中が混乱していた。
 
やがて貴司が
「もういいよ」
と言うので千里が振り向くと、貴司は立ち上がって、何やらティッシュの塊をビニール袋に入れて自分のバッグに入れるところだった。
 
「何してたの?」
「何って・・・分かるだろ?」
 
千里が首を振るので貴司は困惑した様子。
 
「いや。だって。。。。千里もしないの?」
「何を?」
 
「本気で知らないんだっけ?」
「貴司がおちんちん握ってたような気がして。でも部屋の中でおしっこする訳無いし、何してるんだろうって、私分からなくて」
 
貴司は、千里がカマトトぶっているのか、本当に知らないのか、判断に苦しんだ。
 
「千里、射精したことあるよね?」
「あ、それが経験無いんだよ。あれって、女の子とセックスしなくても射精することあるの?」
 
「千里マジで聞いてるんだっけ?」
「え?」
 
それで貴司は本当に千里が何も知らないのかも知れないと思って説明してやることにした。千里は説明を聞いて驚いたように言う。
 
「えーー!?そうやって精子を出すんだったんだ?」
「まあ、普通の男の子はほぼ毎日やってる」
「私、全然知らなかった!」
 
「セックスの仕方を知っててオナニーの仕方を知らないなんて信じがたい」
「女の子のオナニーの仕方なら知ってたけど」
「・・・・それ今度教えてよ」
「えーー!? でも貴司、クリちゃん無いよね?」
 
「多分。でも千里はクリトリスあるの?」
「内緒」
 
「千里、チンコは付いてるんだっけ?」
「秘密」
 
「内緒と秘密とどう違うの?」
 
貴司は首を傾げながら、千里と一緒に神殿の方に向かった。
 

8月14日。世間的にはお盆休みに突入しているが、神社はお盆とは関係無く開いているので、千里は朝から(母の目を盗んで)セーラー服を来て出かけたが、ちょっと早く出過ぎたかなと思い、町をぶらぶら歩いていた。
 
ふと、4月に入院した&&病院の前に居ることに気付いた。
 
あの時自分が体調を崩したのは、髪を切らないといけないし学生服を着ないといけないのが嫌だったことと、やはり晋治と別れた後で、精神的に不安定になっていたのがあるんだろうな、などと思いながら、病院の建物を見上げていた。自分が入院していた部屋はどこだっけ? 千里は周囲の景色を見回してみたがよく分からなかった。
 
まあいいかと思い、少し早いけど神社に行ってお掃除でもしてようかな・・と思った時、
 
「あれ? 村山さんだったね?」
と声を掛けられた。
 
見ると、4月に入院した時に診てくれたお医者さんである。
 
「あ、先生、4月にはお世話になりました」
と礼をして挨拶する。
 
「診察受けに来たの? 3ヶ月くらいしたら様子を見せてと言ったもんね」
 
ああ、そう言えばそんなこと言われた気もするが、何度も受診してたら女の子でないことがバレそうだしと思い、来るつもりは無かったのだが。
 
「うちの病院、明日はお盆休みだけど、今日はやってるよ。入って、入って」
などと先生が言う。
 
えー?別に診てもらわなくてもいいんだけど、と千里は思ったが、言われるとその通りにしてしまうのが千里の性格である。
 
「あ、済みません。じゃ、よろしくお願いしまーす」
と言って、先生と一緒に中に入ってしまった。
 

受付で再来であることを告げ「Chisato Murayama Sex:F」と刻印された診察券(バッグに入れたままになっていた)を出して、番号札をもらう。お盆前なので個人病院などが休業しているのもあるだろうか。待合ロビーにはかなり多くの人が居た。千里は、まだ時間があるから病院の後で充分神社の出勤時間には間に合うな、と思った。
 
内科は患者も多い(大半はお年寄り)が、医師も3人いるので比較的順調に、はけていく。待合ロビーに座って5分ほどで名前を呼ばれたので行くと、血液と尿の検査をしますと言われ、処置室に案内されて採血される。そして名前の書かれた紙コップを渡され、おしっこを取ってきてと言われた。
 
処置室のそばのトイレを案内されたので、男女表示を見て、当然!女子トイレに入り、個室内でおしっこを出して紙コップに取る。提出用の棚にコップを置き、手を洗って待合ロビーに戻った。
 

15分ほど待って名前を呼ばれ、診察室に入った。
 
「尿も血液もチェックしたけど、問題無いね。春に診た時はHbA1cが少し高めかなと思ったけど、今回は低くなっている。ただ、春には中学生女子にしては鉄分が結構あると思ったのに今回は低いね。生理はいつあった?」
 
「あ、3日前に終わりました」
 
HbA1cが下がったのは春からずっとバスケをしてカロリー消費しているからだろうなと千里は思う。小学校の頃はあまり筋肉がつかないように敢えて運動を避けていた。でも多分一緒に鉄分も下がったのだろう。
 
「ああ。生理の直後だからかな。最近は生理は乱れてない?」
「春頃まではけっこう乱れていたのですが、ここ3ヶ月は規則的に来てます」
「おお、良かった良かった。ちょっと聴診しようか。上半身の服を脱いで」
「はい」
 
セーラー服の上とブラウスを脱ぎ、ブラも外す。胸に聴診器を当てられた後で背中にも当てられる。
 
「春に診た時は、ほんとに胸が未発達だったけど、乳首が立っているし乳輪も大きくなってきたね」
「はい。ノーブラだと乳首がすれて痛いです」
 
「ブラはちゃんと着けた方がいいよ。胸自体も少しだけ膨らんで来ている」
 
「私、小学校卒業する頃までは男みたいな胸だってさんざんからかわれたんですけどね」
 
「うん。もうこれは男の胸じゃないよね。ちゃんと女の子の胸になっているよ。これからきっとどんどん大きくなるよ。胸が発達してなくて、生理が不安定なら婦人科の方でも診てもらった方がいいかなとも思ったんだけ、大丈夫かな?念のため診てもらう? カルテ回すけど」
 
「婦人科に行くと、内診台に乗せられそうだから、遠慮しておきます。あれ、恥ずかしいです」
「あ、乗ったことある?」
「いえ、友だちが乗せられてもう恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったと言っていたので」
 
さすがに内診台に乗せられると自分の性別はバレて、あんたふざけてんの?とか言われるだろう。
 
「あはは。そういう時は、お医者さんはそこら辺の石か棒きれくらいに思っておけばいいんだよ」
などと先生は言う。
 
「検査数値でエストロゲンとプロゲステロンの濃度も低いけど、3日前まで生理だったのなら、生理の時期は低くなるから、このくらいでもそう問題は無いかな。春に比べるとぐっと濃度はあがっているし」
 
ここ数ヶ月、何度も女性ホルモンの注射打たれたからだろうな、と千里は思った。最後に女性ホルモンの注射をしたのは6月20日だが、その後もここの病院で4月にもらった錠剤で補充している。
 
「でも女性ホルモンの注射してから生理周期が安定したなら、もう1回くらい注射しておこうか?」
 
「あ、はい、お願いします」
 
それでお医者さんは、千里にエストロゲンとプロゲステロンの混合製剤の注射をしてくれた。この先生はやはり腕に注射する。例によって千里は注射されてすぐに、とても気分が良くなった。
 
「友だちで、やはりエストロゲンの注射された子が、お尻にされたと言ってたのですが、これって腕にするのとお尻にするのは先生の流儀ですか?」
 
「まあその医者の好みもあるかもね。一般にはお尻にする方が痛くないと言われるけど、個人差もあるようだよ」
 
「私、先生に注射されても全然痛くないです」
「まあ、僕は注射は割と自信ある」
 
「わあ、私、良い先生に当たったんですね!」
「褒めても何も出ないよ」
 

それでまた3ヶ月後に様子を見せてと言われ、またまた3ヶ月分の女性ホルモン製剤を処方してもらった。病院代・薬代は最近バイト代で懐が温かいので、余裕で払うことができた。
 
しかしこのお医者さんは今回も千里のことを女の子と信じて疑わなかったようである。だいたい4月に運び込まれた時も女の子下着を身につけてたし、今日もセーラー服を着てるし。男の子と思えという方が無理かもね〜。
 
でもさすがに3度目はバレるかもしれないよなあ。そもそも今日病院に掛かったのは後で母に医療費明細から知られそうな気がするし。さて、どう言い訳したらよいのか。
 

北国では夏休みはだいたい8月20日前後で終わる。今年は8月21日(木)が二学期の始業式であった。それでその直前、8月17-19日にバスケ部の合宿をやった。
 
貴司は
「どうせ休みの日は朝から晩までバスケしてるんだから、わざわざ泊まり込むなんて意味ねー」
などと言っていたが、同じ2年生の佐々木君は
 
「まあ細川はそうだろうけどね」
などと言っていた。
 
17日朝合宿所となるお寺に集合する。まずはロード10km走らされる。千里とか友子のように体力の無い子は、他の人から、かなり遅れてゴールの体育館に辿り着いた。体育館では体操で身体をほぐした後、フットワークの練習を30分やるが、10km走った足だから、千里は足がガクガクで全然踏ん張れない。
 
「こら、そこ頑張れ」
と3年男子の水流部長の声が聞こえたので、自分かと思ったら、2年生男子のシューター田臥君だった。思わず友子と顔を見合わせる。どうもシューターには、しばしば体力があまり無い子が居るようだ。
 
その後、午前中はドリブルの練習をする。
 
「千里、前から思ってたけどドリブル下手ね」
と節子さん。
 
「すみませーん。何かボールが思う方向に行かないんです。変な方向に行くから、それを追いかけて自分でもどこに行くか分からないという」
 
「千里のドリブルは簡単にスティールできる」
と言って実際、久子が易々とスティールしてみせる。
 
「ボールを撞く位置が高すぎるんだ」
「久子のドリブル見てみなよ。低い位置で撞いてるでしょ?」
と友子。
 
「久子さん、ボールが長時間手に貼り付いてますよね?」
と数子。
 
「その状態が長くないとボールを盗られるんだよ」
と久子。
 
「千里、身体が曲がっているんだよね。まずそれが悪い」
「うんうん。身体はまっすぐ立てて」
「それからボールの重心をつかまえる。千里は元々勘がいいから、意識すればちゃんとできるはず。重心じゃない所に手を当てるから、変な方向に行く」
 
千里のドリブル能力が上がると、ボールを受け取ってから撃ちやすい場所に移動して撃つことができるようになり得点力があがるので、女子5人で一緒に千里のドリブルを指導してくれた。
 
それでこの1時間ほどの間に、千里のドリブルはかなり改善された。
 

このドリブル練習の後、体育館からお寺まで1kmジョギングして帰ってからお昼となる。お寺の御飯というのでお肉も入らない質素のものを想像していたら、フライドチキンの山盛りだ!
 
「御住職、お寺で肉なんて食っていいんですか?」
などと訊く子がいる。
 
「三種の浄肉と言ってな。自分のために殺したとは聞いていないこと、自分のために殺した疑いがないこと、殺される所を見ていないこと、という条件があれば、そのお肉を食べていいんだよ」
などと住職は言う。
 
「何か御都合主義のような気がするんですけどー」
「じゃ、君たち、お肉食べない?」
 
「食べます!」
と言って、みんなもりもり食べる。
 
「千里は細すぎるから、このくらい食べなさい」
と言って、節子さんが千里の皿にフライドチキンを10本も積み上げて
 
「これ食べ終えないと午後の練習に参加できないからね」
などと言う。
 
「こんなに入りませんよー」
と言いながらも、千里は頑張って食べた。
 

お昼が終わったら、なんと座禅である。
 
広い本堂に全員、足を結跏趺坐に組み、目を瞑って瞑想する。
 
しかし午前中に激しい運動をして、お昼を食べた後、目を瞑っていたら、寝るなというのが無理である。至る所でうとうととして警策で叩かれる子が続出する。
 
千里の隣で数子も寝てるし、反対側では友子も寝てるし。ふたりとも巡回してきたお坊さんに叩かれていた。
 
合宿参加者は男子24人、女子(千里も入れて)6人の合計30人であるが警策を持って回っているのは住職を含めて3人の僧である。その内住職が回ってきてまたまた数子が叩かれていたが、千里の所で足を停める。
 
「君、巫女さんか何か?」
と住職が声を掛けた。
 
「はい。市内のQ神社でご奉仕させて頂いております」
 
神社は「勤務」という立場を取らない。基本的にそこで働いている人たちはみな、神への「奉仕者」である。
 
「なるほどねー。ああ、それで長い髪なんだ」
「ええ。髪洗うの大変ですけど」
「うんうん。いや凄い子だなと思ったから。あ、瞑想を邪魔してごめんね。続けて続けて」
「はい」
 
そう言って住職は千里のそばを通り過ぎると、完璧に熟睡している友子に警策を当てていた。
 

「千里、住職とことば交わしてたね。何か霊感のある同士で分かるみたいな?」
と後で数子に訊かれた。
 
「というより私が心を無にしてたからじゃないかな」
「その心を無にするってのが分からん」
「え?何も考えなければいいんだよ」
「そしたら寝ない?」
 
「うーん。私はむしろ無にしている状態では眠れない」
「うーん。じゃ寝る時はどんなこと考えるの?」
「ああ。Hなこと考えると眠りやすいよ」
 
「千里でもHなことって考えるんだ!」
「なんで〜?」
「Hなことって、相手は女の子だっけ?男の子だっけ?」
「女の子とHなことする趣味はないけど」
 
「あ、そうだよね。じゃ彼氏とキスしたり抱き合ったり、やっちゃったりとか?」
 
「そこまでは考えないなあ。楽しくおしゃべりしてるシーンとか、耳や肩に触ったりとか考えるよ」
「それ、あまりHじゃない気がする」
「そ、そう?」
 
ちなみにこの座禅の時間、貴司はひたすら寝ていて警策程度では全く目を覚ます気配はなかったようである。
 

午後は最初シュートとリバウンドの練習をする。シュート組とリバウンド組に別れ、シュート組がどんどんシュートして、外れたのをリバウンド組が取って更にゴールを狙う。
 
ところが・・・。
 
「村山、お前、少し遠慮しろよ」
などと言われる。
 
「ダメですか〜?」
「お前、全部ゴールに放り込むから、リバウンド組の練習にならん」
「あはは。でも外そうと思っても外れないんですー。ゴールを見たら無意識に入れちゃうんですよ」
「なんて不便な」
 
「じゃ村山は目隠ししてシュート」
などと水流部長に言われて、やってみたが
 
「村山、お前ゴールを見たらじゃなくて、ゴール見なくても放り込むじゃん」
などと言われる。
 
「あれ〜? 入りました」
 
「今10本撃った内の7本入った」
「確かに目隠しすることで確率は落ちるな」
 
「まあ身体がゴール位置を覚えてるからね」
と2年生シューターの田臥君も笑って言っていた。
 

シュート練習の後はショートパスの練習である。2人ずつ組になってパスしながらコートの端から端まで走り、最後にパスを受けた子がシュートする、という形でひたすら走りながら練習した。今回の合宿はこのような基礎的なトレーニングに徹していた。マッチングやオフェンス・ディフェンスのような実践的な練習より、各々の基本的な技術を高めた方が良いという考え方である。
 
そもそもS中の場合、男子チームも女子チームも、あまり「型」のようなものはなく、ボールを取ったら走れ、ゴールを狙える位置でボールを持ったら撃て、といった、本能に忠実な?バスケをしている。しばしば佐々木君などがシュートできる位置からパスして叱られたりしていた。
 

午後の練習が終わった後は、お風呂に入ってから夕食である。お風呂はそんなに広くないので、男子の3年→2年→1年→女子という順序で入ります、と言われた。20分単位で入れ替えるので、女子は1時間後になる。それで待ち時間にお互いにマッサージをした後、写経をした。
 
マッサージは、節子と房江、友子と数子、久子と千里、という組合せである。いつも柔軟体操もこの組合せでやっているが、千里の性別に配慮して同学年の数子と組むのを避けたものであるが、千里と実際に組んでいる久子は
 
「柔軟体操でもいつも感じてるけど、こうやってマッサージしてても女の子の感触だよなあ」
などと言っていた。
 
「でも私、胸の付近とお股の付近が不自由だから」
と千里。
「ああ、少し不自由かもね。胸はこれ小学4年生並みくらいかな」
などと言って久子が千里の胸に触る。
 
「・・・・・」
「どうしました?」
 
「いや、千里、実は胸があったりしない?」
「ブラしてるからでは。このブラ、パッド入りだし」
「ああ、パッド入りブラか」
 

マッサージの後はお寺の小部屋で正座して写経である。お手本を下敷きにして、毛筆でなぞるようにして般若心経を書いていく。
 
「これどう読むんだっけ?」
「そのまま読めばいいんじゃない?」
と言って千里が読んでみる。
 
「かんじざいぼさつ、ぎょうじんはんにゃはらみったじ、しょうけんごうんかいくう、どいっさいくやく」
 
「千里」
「はい?」
「それじゃ、お経じゃなくて、祝詞(のりと)だよ」
「あはは」
 
付いててくれている若いお坊さんも笑っていた。
 

それで女子の入浴時間になるが、千里は節子さんから言われた。
 
「千里、先に入ってよ。女子が最後だから入浴時間、少し伸びてもいいと言われてるんだよね。千里が上がってから私たち入るから」
 
「すみませーん。じゃ、そうさせてもらいます。できるだけ早く上がりますから」
 
それで千里はお風呂セットを持って浴場の方に行った。
 
「あの子、髪長いから、あれを洗うだけでも大変だよね」
「絡まないようにするのに、トリートメントもしっかりやってるみたい」
「あの髪が絡んだら、誰も処置できないだろうな」
 
などと言ったりしつつも、今日の練習のことから、この夏休みの間のできごとや男子部員の噂話など、あれこれおしゃべりしている。
 
10分ほどした頃、廊下に髪の長い女の子のシルエットが浮かぶ。
 
「あ、千里、もう終わった?」
と節子が声を掛けた。ところが、その人物はそのまま廊下を向こうの方へ行ってしまった。
 
「ん?」
「どうしたのかな?」
「トイレにでも行ったのでは?」
 
その廊下の先の方に御住職の家族が使用しているエリアがあり、そこに家族用のトイレがある。女子はそちらのトイレを使ってくれと言われていた。
 
「じゃ、私たちもお風呂行くか」
 
と言って残っていた5人は各々タオルやシャンプーなどを持ち、おしゃべりしながら、お風呂の方に行く。
 
それで脱衣場に入り、更におしゃべりしながら、服を脱ぐ。そして5人は浴室との間のアルミサッシを開け、中に入った。
 

浴槽の中に入っていた人物が驚いたように振り向く。
 
「え?」
「あ!」
 
「千里!?」
「あ、すみません。私長く入りすぎてたかな?」
 
と言って髪を頭の上にまとめあげてクリップで留めた千里が慌てて浴槽から立ち上がる。
 
「まだ入ってたの〜?」
「ごめんなさーい。髪洗ってる内に時間経っちゃったかな? 少しぼーっとしてたかも」
 
それで千里が浴槽からあがり、洗い場の方に置いていたタオルを取りに行こうとした所で、久子に停められる。
 
「ちょっと待て」
「あ・・・」
「その身体をよく見せなさい」
「恥ずかしいですー」
 
「千里、おちんちんは?」
と友子が訊く。
 
「あ、えっと。部屋に置き忘れてきたかな」
と千里。
 
「置いとけるもの!?」
と一同。
 
「これ、胸も男の子の胸じゃないよね」
と節子が千里の胸に触る。
 
「微かに膨らんでる」
「乳首も立ってるし、乳輪もけっこう大きい」
「小学5年生くらいの女の子の胸って感じ」
 
「千里って3月生まれ、早生まれだから実は小学6年生と大差無いはずなのよね」
「だったら、このくらいの胸も充分誤差の範囲」
 
「おちんちん無いみたいだし、胸も膨らんでるってことは、女の子なのでは?」
「ってか、その身体どう見ても女の子の裸にしか見えないんですけど」
 

千里はあがろうとしていたのだが、私たちが身体を洗うまで待ってなさいと言われて、結局浴槽に逆戻りである。やがて他の子たちも浴槽に入ってくる。
 
「結局実は千里って性転換済み?」
と房江が訊く。
 
「その疑惑は小学生の頃からあったんですけどねー。この身体を見る限りはやはり手術済みにしか見えないなあ」
と数子が言う。
 
「だったら秋の大会はふつうに女子チームの選手として出場してよ」
「うん。千里が入るのと入らないのとで戦力が全く違うもん」
 
「いや、手術はしてないですよー」
「だったら最初から女の子だったとか?」
「まさか」
 

「千里さ、生理用品入れを持っているよね。あれ何入れてるの?」
「普通にナプキンとパンティライナーですけど」
 
「それ普通なんだっけ?」
「女の子なら普通では?」
「要するに千里って生理がある?」
「えっと、どうかな」
 
「ねぇ。千里、オナニーする時って、指をどういう形にする?」
 
何だか大胆な質問が出る。
 
「えっと、こんな感じ?」
と言って、千里は右手の指を伸ばしてみせる。
 
「それでどうやってオナニーするんだっけ?」
「え?あのあたりに指を当てて、ぐるぐると回すかなあ」
「回転運動なんだ?」
「往復運動ではないのね?」
「何かを握ったりはしない?」
「何握るんですか〜?」
 
「確かにさっき見た感じでは握られるようなものは付いてなかった」
「なんか今は手で隠してるけど」
「だって・・・」
 
「千里ってそもそも学校でも女子トイレ使っているし」
「だって男子トイレには入れてもらえんいかだもん」
「入れてもらえないというより、男子トイレが利用不能な身体なのでは」
 
「立っておしっこなんて出来ないけど」
と千里。
 
「ふむ」
「立って《しない》のではなく《出来ない》というのがポイントかな」
「なるほど」
 

「でもさあ。私たちと一緒に今、浴槽に入ってて、あまり恥ずかしがってる雰囲気が無いと思わない?」
 
「あ、そうそう。恥ずかしいと言っている割りに、全然恥ずかしがってない」
 
「恥ずかしいですー」
「嘘つけ」
 
「なんか女子と一緒にお風呂入ることに慣れている気がする」
 
「千里は小5の宿泊体験では女子と一緒にお風呂入ってますよ」
と数子が言う。
 
「ほほお」
「前例もあるのか」
 
「あれは拉致られたんですよー」
「あの時もお股隠してたけど。みんなは当時、おちんちん付いてるのを見られたくないから隠していると思ってたけど、実は付いてないことを見られたくないから隠していたのかも」
 
「なるほどー」
 
「よくこぼれないように隠しておけるね、なんて言われてたけど、そもそもお股に何も無いのなら、簡単に隠せますもんね」
「確かに」
 
「千里は、小4のキャンプ体験でも、女湯に入った疑惑があったんだよね」
 
「男湯に入ってますよー」
「いや、この身体で男湯に入れる訳が無い」
 
「だいたい千里なら、男湯の脱衣場に入っていっただけで追い出されるはず」
「そうそう」
 

その後は
「千里が女子であることはほぼ確定したから、ふつうにおしゃべりしようよ」
などと言われ、さっき部屋の中でしていたような話の続きが始まる。
 
千里もそういう話には普通に参加した。
 
「○○君ってさ、《要するに》という言葉をよく使うけど、全然要約されてないよね」
「ああ、《要するに》とか《つまり》を多用する人にはそういう人多い」
 
「**君、しゃべってる時に音を立てて息を吸い込む癖あるね」
「あれ、みっともよくないと思うけど、誰か注意してあげないのかなあ」
「女の子から指摘されたら嫌だろうしね。誰か男の子が注意してあげればいいのに」
 
「△△君のお母さん、家を出て行っちゃったらしいよ」
「じゃ、お父さんと子供3人で暮らしてるの?」
「何か、最近、お父さんのお友だちっていう若い男の人がよく来て、晩御飯作ってくれるらしい」
 
「それお友だちじゃなくて愛人では?」
「きゃー、もしかしてホモ?」
「ホモって言ったら差別用語らしい。ゲイと言った方がいいんだって」
「ああ、レズと言うのもよくないらしいね」
「レズは何て言うの?」
「ビアン」
「へー。レスビアンのどこを略すかの問題か」
 
「オカマというのもいけないんでしょ?」
「じゃ何て言うの?」
「オナベ?」
「それは別の意味!」
 
話はどんどん横道にそれ、脱線し、変な方向へと発展していく。
 

あまりにも話が盛り上がり、長時間経ってしまったようで、その内、御住職の奥さんがお風呂場に顔を出して
 
「あんたたち、もう御飯始めちゃったよ」
と言ったので
 
「はーい、あがります」
と言って、やっとあがった。
 
それでお風呂から上がり、身体を拭いて服を着るが
 
「なんか千里、こういう状況にも場慣れしている気がする」
という声が出る。
 
「うーん。脱衣場は更衣室と大差無いかな」
と千里本人。
 
「まあ確かに普段でも、私たちけっこう千里の前でおっぱい露出して汗掻いた下着の交換とかもしてるかもね」
 
「千里がそういう場に居るのは私も全然気にならないよ」
 
「じゃ千里、明日は最初から私たちと一緒にお風呂入ろう」
と房江さん。
 
「えー。恥ずかしいです」
と千里は言うが
 
「全然恥ずかしがってないじゃん!」
と全員から突っ込まれる。
 
「でもさ、千里がずっとお風呂入っていたんだったら、さっき私たちの部屋の前を通った女の人は誰?」
 
「うーん・・・・」
 
「御住職の奥さんは髪は短かったね」
「娘さんとかはいなかったはず。息子ばかり3人とか言ってたし」
「その息子の女装とか」
「ほほぉ」
 
「幽霊という可能性は?」
「まあ、お寺だし、幽霊くらい普通にいるかもね」
「ふむふむ」
 

その日の晩御飯は焼肉であった。例によって千里は「最低このくらいは食べる」
と言われて、隣に座っている久子からお皿にどんどんお肉を盛られていた。
 
夕食が終わった後、肝試しするよー、などと言われる。
 
「組合せはくじ引きですか?」
「いや、くじ引きしようにも、女子が6人しかいないからさ」
「まあ大半は男同士のカップルになるよな」
 
「それで女子がお風呂入っている間にバスケットのゴール対決で指名順を決めた」
「ちょっと待って。それ男子が指名するの?」
「そそ」
「女子には選択権無いんですか?」
「じゃ、明日は女子が選択してもいいよ」
「明日もやるの〜?」
 
何でも目隠しして3回ぐるぐると回ってから、投げるというので5本ずつ撃ったらしい。1位は田臥君だった。5本とも入れたらしい。さすが男子のレギュラーシューティングガードである。
 
「じゃ松村」
と友子を指名する。
 
「おお。シューターカップルだ」
「この2人に子供が生まれたら、スーパーシューターになるかも」
 
2位は4本入れた佐々木君・水流部長に貴司で、じゃんけんして、佐々木→貴司→水流の順になったらしい。
 
佐々木君は久子を指名して、貴司はむろん千里を指名する。
 
「なんか細川さんと村山って仲が怪しいという噂があるんですけど」
などという声が1年男子から出たので、貴司が
 
「ああ。千里は僕の女だから」
と堂々と恋人宣言する。
 
「おお!」
という声があちこちから上がる。千里は恥ずかしがって顔を真っ赤にした。
 
水流部長は節子を指名した。部長同士のペアだ。そして3本入れた6人はじゃんけんで田代君が1位になったものの、田代君は意外にも女子を指名せず、男子の戸川君を指名した。
 
「そこはホモカップルですか?」
という声があがるが
 
「俺、彼女がいるから女の子と肝試ししたなんて知られると蹴りを食らう」
と田代君が説明する。
 
田代君の彼女は千里の親友でもある蓮菜である。変なことを言わなくても田代君は日に数回、蓮菜から蹴られている感じでもある。あんなに蹴られて田代君のおちんちん大丈夫かな?などと佳美が変な心配をしていた。
 
そのあと2位・3位になった人が、残る房江と数子を指名して、残りの男子は全員男同士のペアになった。
 

肝試しのコースは本堂前から出発して、お寺の裏手に広がる墓地のいちばん奥にある無縁仏慰霊塔の所まで行き、そこに置いてあるカードを持ち帰るということになっている。行きと帰りは別コースになるので、追いついたりしない限り複数のペアが途中で会うことはない。
 
「2分単位で出発するぞ。最初は田臥・松村」
と言われて、田臥君と友子のペアが出発する。その後、佐々木君と久子のペアが出発し後、貴司と千里のペアが出発する。
 
出発時点では並んで歩いていたが、角を曲がった所で貴司は千里の手を握った。千里も握り返す。恋人たちに言葉は要らない。その握った感触でお互いに愛を感じることができる。
 
「まあ今日は結構頑張ってたじゃん」
と貴司は言った。
「えへへ。そうかな」
と千里は少し照れて言う。好きな人に褒められるのは嬉しい。
 
「だいたい千里、練習嫌いだからなあ。ちゃんと練習してれば、もう少し筋肉も付くし、体力も付くよ」
「あんまり筋肉つけたくなーい」
「もしかして、それで練習さぼってんの?」
「そういう訳じゃないけどねー」
「大丈夫だよ。筋肉ついたって、千里は魅力的だから」
「ほんと?」
「まあ、筋骨隆々になったら僕の恋人からは卒業してもらうだろうけど」
「やだよー」
 

「私たち、いつまで恋人でいられるのかなあ」
と千里は自分の不安を正直に貴司にぶつけてみた。
 
「そうだなあ。僕も考えてみたけど、結婚できる年齢まではさすがにもたないだろうね」
「うん、そうだと思う」
 
千里自身もそこまでは無理だろうと考えていた。
 
「でもだいたいさあ。中学生の恋愛なんて、交際していてもセックスとかまでは考えられないじゃん」
「まあ、そこまでやる子は少ないよね」
 
「セックスしないんなら、普通の女の子でも千里みたいな子でも差が無いという気がするんだよ」
「ああ、確かに」
 
「セックスしないんなら、見た目が可愛くて、話してて楽しければ、それで充分と思うんだよね」
「合理的だね」
 
「今、千里は僕の好みの外見だし、しゃべっていて楽しい。だから、その状態が続く限りは、僕は千里を恋人にしておきたい」
 
「だったら、やはり私が筋骨隆々になったらクビだね」
「うん。僕はホモじゃないから。女の子の千里が好きなんだよ」
 
「ヒゲぼうぼうになったり」
「それもクビだな。でも千里ってヒゲ生えてる所見たことない。生えないの?」
「生えて来たら抜く」
「なるほどー」
「闇から闇へと葬る」
「まあいいんじゃない」
 
「髪切ったりしてもアウトだよね?」
「普通の女の子のショートカットくらいまでならいいよ。でもスポーツ刈りとか丸刈りだと、千里のことを女の子とは思えないだろうね」
 
「やはりねー。声変わりしたら?」
「それもクビだね。男の声でしゃべられたら、さすがに女の子と話している気分にはなれない。まあ、千里は練習さぼってるから筋肉はあまり付きそうにはないし、髪の毛のことは誤魔化しぎみに学校の許可取っちゃったし、声変わりが僕たちの交際のエンドラインかもね」
 
「そうだね。じゃ、私が声変わりするまで、貴司の恋人にしておいてよ」
「いいよ」
 
「じゃ、指切り」
「よし」
 
それで千里と貴司は、千里の声変わりが来るまで恋人でいることを約束したのである。その時点ではふたりとも、その時期は1年後くらいかな、というのを漠然と考えていた。
 

「あ、カードがたくさん並んでるね。これ持って帰ればいいのね?」
「そうそう。偽造防止に、水流部長と山根副部長がサインしている」
「へー」
 
というので千里が懐中電灯の灯りを当てる。
 
「《水流》という文字は分かるけど、このごちゃっとしたサインは?」
「それが山根さんのサインだよ。山根さん、字が下手な上に雑に書くから、日誌なんかも、山根さんが書いた所は全然読めない」
「あぁ。でも貴司もあまり字はきれいじゃないよね」
「ほっといてくれ」
 
カードを貴司が持ち、本堂への帰り道を歩く。
 
「でも千里の字はきれいだよ」
「ありがとう」
「女の子っぽい字だよね」
「まあ、女らしい字の書き方は、友だち同士で結構研究したよ」
「ああ、そうやってるのか」
「習字の時間に書く字と、友だち同士で使う字は違うよ」
「僕はとてもそんな使い分けできない!」
 

「ね、ね、19日に合宿が終わって、21日から2学期だからさ、20日にデートしない?」
と貴司が言う。
 
「へー。珍しい。練習しないの?」
「合宿で3日鍛えた後は休んでもいいかなと思ってさ」
「いいよ。デートしよ」
「だったらさ、千里セーラー服を着てこいよ」
「いいけど」
「僕は学生服着てくるから」
「まじめな中学生男子と中学生女子のデートだね」
 
「そうそう。千里は女の子の服を着ると完璧に女の子にしか見えないから」
「女の子の服を着ている時は本来の自分になっている気がするんだよ」
 
「やはり千里は女の子が基本だもんな」
「そのつもり」
「しばしば思うんだよね。男の子っていうのが実は嘘で、本当はホントに女の子なんじゃないかって」
「ふふふ」
「もう裸にして確かめてみたくなるよ」
 
「確かめてみる?」
と千里は言った。
 
「え?」
と貴司は半分戸惑うように反応する。
 
「ほんとに女の子なの?」
「どうだろうね」
 
「ああ。でも裸にしてみて、チンコ付いてたら、幻滅して千里のこと恋人にしておけなくなったりすると嫌だから、やめとくよ」
「そうだね。今すぐ貴司の恋人をクビになるのは私も嫌だな」
 
「本当は女の子なのかも知れない、と思うことで僕は千里のことを好きでいられる」
「私は、貴司のこと、ずっと好きだよ」
 
貴司がドキっとしたような気がした。
 
「僕も千里のこと好きだよ」
と貴司は言った。
 
ふたりは歩みを停めた。
 
そして向き合った。
 
自然に、ごく自然にふたりは身体を寄せ合う。千里がたまらず目を瞑る。
 
そして貴司は自分の唇を千里の唇に重ねた。
 

一瞬千里は地面に自分が立っている確信が持てなくなった。
 
身体が揺れる。その揺れる身体を貴司が抱きしめてくれた。そして千里も自分の居場所を確認するかのように貴司に抱きついた。
 
このまま時間が止まってしまってもいいのにと千里は思った。
 
そして本当に時間が止まってしまったかも知れないと思った。どのくらい時間が経ったのか自分でも分からない。
 
ふたりの接触は、近くで聞いたコトっという小さな音で中断した。
 
ふたりはさっと身体を離すが、千里はまだその余韻に酔っていた。
 
「あ、どうも」
と貴司が言うので千里もそちらを見る。水流部長と節子部長が困ったような顔でこちらを見ていた。
 
「あ、いや、何か声掛けたら悪いような気がして」と水流部長。
「でもここ通路が狭いから、通過していけないし」と節子部長。
 
「すみません。つい盛り上がっちゃって」
と貴司。
 
「他の子もいるから、夜這いはやめとけよ」
と水流部長が笑いながら言う。
 
「あ、大丈夫です。合宿終わった翌日にデートしますから」
と貴司。
 
「デートの時は、ちゃんと避妊具用意してね」
と節子部長も笑いながら、ふたりに言った。
 
 
前頁次頁目次

1  2 
【女の子たちの強化合宿】(2)