【女の子たちのチョコレート大作戦】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-02-28
千里が小学4年生の3学期。
同級生の女の子たちは1月の中旬くらいから、バレンタインの件で騒ぎ始める。
「やはり心のこもったチョコレートをあげるんなら、ちゃんと手作りした方がいいのよ」
と、この手のイベントには異様に燃える蓮菜(れんな)が手作りチョコの本を広げている。
千里は彼女たちが近くで騒いでいるので、ついその本の写真も覗き込むような形になった。それに気付いた佳美が
「千里も近くに来て見るといいよ」
と言うので、微笑んで彼女たちのそばに寄る。
普通女の子たちは男の子を苗字で「○○君」と呼ぶのだが、千里だけは例外的に1年生の頃から名前の呼び捨て(あるいはちゃん付け)で呼ばれていた。千里も彼女たちを同様に名前の呼び捨て(又はちゃん付け)で呼ぶ。
「わあ、可愛い!」
と留実子が声をあげたのは、大きめのイチゴくらいのサイズで、ブルボンのセピアートみたいな感じで、上が渦巻き状になっている、カラフルなチョコである。表面には銀色のアラザンが散らしてある。
「でもさすがにここまで作り込むのは難しそう」
「私はトリュフ作ってみようかなあ」
「丸めるのも結構難しそう」
「石畳チョコも説得力あるよね」
「ああ。大人のチョコって感じだよね」
「ハート型のチョコとかも良くない?」
「それ誰にあげるの?」
「それが問題よ!」
「ね、ね、千里。男の子としては可愛いハート型と大人っぽい石畳とどちらがグッと来る?」
「うーん。ボク男の子の気持ちは良く分からない」
「そうか」
「これは千里に訊くのが無理があった気がする」
「でもハート型は気持ちがストレートに分かっていいかもよ」
と千里は言った。
「だよねー」
「よし、ハート型チョコに挑戦してみよう」
ちょっと集まって練習にいくつか作ってみようよという話になり、結局千里もそれに付き合うことになってしまった。翌20日土曜日の午後、授業が終わって一度帰宅しお昼を食べた後、みんなで待ち合わせて町に出る。
(2001年の時点で学校は第2・第4土曜が休日である。20日は第3土曜)
「千里は、誰かにあげたりしないの?」
「うーん。好きな人というか憧れている人はいるけど、ちょっと恥ずかしい」
「まあみんなそんなものだよね」
「作っている時に渡す所を想像するだけでも楽しいんだよ」
「実際はなかなか渡せないよね」
「去年も私結局全部自分で食べたよ」
「ちなみに、千里、その好きな人って、男の子?女の子?」
「え?男の子だけど、なんで?」
「ああ、やはりそうだよね」
と何だかみんな納得している。
100円ショップに行き、ハート型や星形の口金、アルミカップ、クッキングシート、アラザン、など小道具や付加的な素材を買い、ドラッグストアで植物性の生クリームと明治ミルクチョコにホワイトチョコを大量に買う。
「なんで板チョコ買うの?」
という質問をする子がいる。
「なんでって、手作りチョコの素材」
「え? 板チョコを素材にするの?」
「板チョコを素材にするのでなければ何を素材にする?」
「手作りというから、カカオ豆から作るのかと」
「そこからする人は滅多に居ないと思う」
「ってか、カカオ豆からチョコレート作るのは人間の手作業では無理」
「24時間撹拌し続けるとかの工程があるもんね」
「ひゃー」
「まあ製菓用チョコレートを買ってきてそれを使ってもよい」
「それ、どう違うの?」
「難易度が上がるらしいよ、姉ちゃんから聞いた話。うちの姉ちゃんも以前は製菓用チョコ使ってたけど、普通の板チョコにしてから、かえって美味しくなったと言ってた」
「まあ板チョコはそもそも美味しく味付けされてるからね。製菓用チョコならその部分を自分でやる必要がある」
「ああ、なるほどー」
みんなで手分けして板チョコを細かく刻む。
一方で生クリームを鍋に掛け、沸騰したところで刻んだ板チョコの上に掛け、素早く掻き混ぜる。この掻き混ぜるのが大変なので交替で頑張った。千里も「もしかしたら男の子かも知れないから腕力ないか?」と言われて、この掻き混ぜる係をしたが「他の女の子と変わらんな」「むしろ女の子としても非力な部類」と評価された。
「千里さ、お父さん漁師でしょ? 跡継ぎにとか言われない?」
「言われるけど、私には無理だよー」
「確かに無理っぽい」
「網の修理とかは今でも手伝ってるけど、網引くのとかは無理だし、そもそもボク船酔いするし」
「船酔いするのは漁師としては致命的だな」
「千里の腕力では、船の上ではむしろ邪魔になりそう」
「この腕の細さだもんね」
「私より細い」
「私より白い」
「千里、全体的に色白だよね」
「私、日焼けしない体質みたい」
「ああ、それは羨ましいかも」
だいたい掻き混ぜたかなというところでバットに流し込む。
「あ、バットにクッキングシードが敷いてない。誰か敷いて〜」
「バット?」
「そこの棚にある金属製の四角い容器!」
「あ、これね、OK、OK」
ひとりの子がさっとクッキングシートを引き出し、敷き詰める。そこに融けたガナッシュを流し込む。
「あとはこれが冷えるまで待てば生チョコのできあがりね」
「質問。ガナッシュと生チョコの違いは?」
「ガナッシュが固まったものが生チョコ」
「まあ、日本ではそんな感じね」
「生チョコは日本で生まれたお菓子だし」
「チョコと生クリームを混ぜたものが、フランスのガナッシュというお菓子と似ているから言葉を混用していると私は聞いた」
「ガナッシュというのは元々間抜けって意味らしい」
「パティシエの弟子が生クリームを間違ってチョコの中に放り込んでしまって、親方から間抜け!と叱られたけど、食べてみたら美味しかったというのでレシピとして定着したらしい」
「その手の話は食べ物の起源としてよくある」
「あられは煎餅の失敗作」
「カンテンはトコロテンが凍ってしまったもの」
「チーズは牛乳が熱い気候で革袋の中で変質したもの」
「バタークリームもババロアの中にうっかりバターを落としてしまったもの」
「だけどバットというと野球で使う棒の方をつい連想するよね」
「まあ b と v の違いだね。野球のバットは bat、器のバットは vat」
「棒と器って、何か想像しない?」
「ちょっと、ちょっと」
その手の話に興味津々のお年頃である。
「あれって器なのかなあ」
「まあ物を入れる所だよね」
と1人少しませた子が言う。
「え?何を入れるの?」
と全然そのあたりの知識の無い子が言う。
「気にしない!」
「だけど私、男の子のってあまりよく観察したことないや」
「まあ、弟とか居ないと、そうそう生では見ないよね」
「うちの弟はいつもぶらぶらさせて歩いてるから、いやでも見てる」
「うちはお父さんがお風呂あがり裸で歩き回ってるから結構見てる」
「うちは女ばかりだから全然見る機会が無いなあ」
「千里を解剖して観察してみる?」
などという過激な意見が出る。
「うーん。千里に付いているかどうか、やや疑問だ」
「千里、男の子だよね?」
「うーん。一応男の子かも」
「なんか自信が無い言い方だ」
1時間ほど冷やした所でだいたい固まったので、切り分けてみんなで試食する。おしゃべりはその間もひたすら続く。
「でもさ、千里ってホントに男の子なの?」
と突然、ひとりの子が言った。
「そうだけど」
と千里は答える。
何だか顔を見合わせている。
「私、女の子に見える?」
と千里は訊いてみる。
「見える」
「ってかあまり男の子に見えないよねー」
「だいたい、その長い髪だけで、女の子にしか見えない」
当時千里は肩に付くくらいの長い髪であった(これがその後エスカレートして小学校を卒業する頃は、胸くらいまでの長さにしていた)。
「千里、女の子に間違えられることない?」
「うーん。それはごく普通の出来事かな」
「やはり」
「うちのお風呂が壊れた時に銭湯に行って『小学生が混浴しては駄目』と注意されたことある」
「・・・・」
また何だか顔を見合わせている。
「それって、千里が女湯に入ろうとして、小学生男子は女湯に入れませんと言われたのかな? それとも千里が男湯に入ろうとして、小学生女子は男湯に入れませんと言われたのかな?」
「えー、私が女湯に入ったら痴漢だよ」
「じゃ、男湯で注意されたの?」
「うん」
「じゃ、注意されたからちゃんと女湯に行った?」
「まさか。おちんちん付いてるし、男湯にしか入れないよー」
「ほんとに、おちんちん付いてるんだっけ?」
「付いてるけど」
「あれ?千里、夏のキャンプ体験の時はお風呂、男子と一緒に入ったんだっけ?」
「もちろん」
「千里、女子の入浴時間帯に居なかったっけ?」
「まさか」
「あれぇ、私、夏のキャンプ体験の時、お風呂で千里とおしゃべりしたような記憶がある」
と恵香が言った。
「気のせいでは? でも恵香とは私がお風呂からあがってバンガローに戻る途中、ちょうどお風呂に行く所の恵香と会って立ち話というか、少し歩きながら話したかもよ」
北海道なので夏といっても夜は寒いのでテントではなくバンガローに泊まり込んだのだが、お風呂は1つしかないのを男女入れ替え式で使用したのである。
「あ、それで記憶が混乱しているのだろうか」
「おちんちん付いてるのに女湯に居たら大騒ぎになるよ」と千里。
「ほんとに付いてるんだっけ?」と恵香。
「付いてるよー」と千里。
「取っちゃう気は?」
と美那が訊く。
「ああ、最近取っちゃう人って多いみたいね」
と佳美も言う。
「そんなに多い? でもまあ取れるものなら取っちゃいたいかも」
と千里。
「だよねー」
翌日曜日。この日は父の漁はお休みなのだが、千里は網の手入れに駆り出された。母も駆り出されたが、妹の玲羅はまだ小学2年生なので、同年代の子たちと一緒に近所のお婆ちゃんの所に預けられ、他の子と遊んでいる。
もっとも千里も網の手入れ自体には参加していない。破れた所の補修を教えられて少しやってみたものの、「腕力が無さ過ぎる。お前の締め方ではまたすぐ外れる」と言われて、結局雑用係である。道具を持って回ったり、お茶を配ったりなどの作業をしていたが、それでも結構歩き回るので体力は消耗した。寒さを忘れるくらいである。
作業が始まってから2時間近く経った頃、千里もそろそろ疲れて来たなと思い始めていた時、作業の手をふと休めた人を見かけてお茶を持っていく。
「お疲れ様」
と言って熱いお茶を渡す。
「ああ、ありがとう」
と言って受け取ったのを良く見るとまだ子供である。千里はその子を見た記憶があった。6年生で確か野球がうまい子だ。名前は何と言ったかな・・・と考える。
その時、近くに居た大人の人がその少年に声を掛けた。
「おい、晋治(しんじ)、もうヘバったか?」
「いや。まだまだ」
あ、そうか。青沼晋治君だった。と千里は彼の名前を思い出した。
「さて、お茶飲んだし。また頑張るぞ」
と言って、彼は千里に湯飲みを返した。その時、晋治と千里は偶然目が合い、彼が千里にニコっと微笑み掛けた。千里も思わず微笑み返した。
「おーい、千里、こちらにもお茶」
という声が掛かったので、千里は晋治に会釈して、そちらに行った。
月曜日。その日の5時間目の授業は性教育だった。
この学校では本格的な性教育は5年生から始まるのだが、4年生ともなれば、早い子はもう生理になったり、精通が来ていたりするので、先行してこの時期から基本的なことを教え始めることになっていた。
「男の子と女の子の違いは何ですか?」
と保健室の先生が教壇の所で問いかける。
「チンコが付いてるかどうか」
と男子の鞠古君が答えるが
「まあ、確かにそうですが、正確には、男の子の器官が付いているのが男の子、女の子の器官が付いているのが女の子ですね」
と先生は言う。
ここで男性器と女性器の図がプロジェクターに投影されると、息を呑むような教室内の空気。
「男の子の器官には、おちんちん、医学的には陰茎、あるいはペニスと言いますが、それとか、袋の中に入ったタマタマ。袋は陰嚢、タマタマは睾丸と言いますが、そういったものがあります。女の子の器官には、まず目立つのが割れ目ちゃん、医学的には陰唇と言いますが、そして小さなおちんちん、陰核あるいはクリトリス、クリちゃんとか言いますね。昔はサネなんて呼んでました。そして膣あるいはヴァギナがあり、その奥には、赤ちゃんが入る場所である子宮や、卵が入っている場所である卵巣があります。女の子の卵巣に対して、男の子の睾丸のことを精巣とも言います」
「なんか女の方がいっぱいある」
と元島君。
「そうですね。女の子の身体の方がだいたい複雑です。そして女の子の器官はほとんど身体の中に隠れているんですよね。そして男の子の器官はほとんど身体の外に出ている。でも体内にも実は精嚢とか前立腺とかいった器官もあるんですけどね」
と先生はその声に応える。
「だいたいみなさんくらいの年齢から中学生くらいまでの世代を思春期といって子供の身体が次第に大人の身体に変化していく時期です。女の子は脂肪が付いて丸みを帯びた柔らかい身体になり、男の子は筋肉が発達してがっちりした身体に変化していきますね」
千里は説明を聞きながら、そんながっちりした身体になるのは嫌だなと思った。
「男女ともこの時期に陰部に毛が生えてきますね。男の子は陰茎や睾丸が大きくなり、睾丸の中で赤ちゃんの種である精子が生産されるようになって、それが外に出てくるのが精通です。喉仏が発達して声変わりが起きますね」
「一方この時期、女の子は胸が発達して乳首も大きくなり、卵巣の中では赤ちゃんの卵である卵子が成熟して、1ヶ月に1度子宮まで1個ずつ出てくるようになります。これが受精しなかった場合流れてしまうのが月経で月経が始まるのは、赤ちゃんを産める身体になったということなんですね。ですから、昔は月経が始まったら、女の子はもう1人前の大人の女性とみなされていました」
千里は何かの間違いで自分も胸が大きくなり、月経が始まらないだろうかと思った。声変わりしたくないなとも思う。
「先生、男に月経が来たり、女に精通が来ることはないの?」
と鞠古君が質問する。
「5ARDというのがあります。このタイプの子供は生まれた時は女の子なのですが、思春期になると、胸が発達したりはせずに、それまでクリちゃんと思っていたものが突然大きくなり始め、おちんちんに変化して、男の子の身体になってしまうんですね。これは太平洋のある島国では全然珍しい例ではないらしく、よく起きていることらしいです。こういうのが起きやすい遺伝子があるんでしょうね」
教室が少しざわめく。
「元々人間の身体というのは女の子のような形なのですが、ふつうの男の子の場合、お母さんの子宮の中で、おちんちんが発達してその形で生まれてくるのですが、5ARDの場合は、お母さんの子宮の中ではその変化が起きずに、思春期になってから始まってしまうんですね」
「琴尾、実は男で、チンコ生えて来たりして」
などと、口の悪い田代君が、男勝りの性格の蓮菜をからかって言う。
田代君はしばしば蓮菜の苗字の「琴尾(ことお)」が逆から読むと「おとこ」
になると言って、お前実は男じゃないか?などと、からかっているのである。もっとも黙ってからかわれている蓮菜ではないので、しばしば田代君は蓮菜からパンチやキックを食らっている。
「ああ、チンコ生えて来たら、男になって、田代を嫁さんにしてやるよ」
と蓮菜は笑って言い返す。
「嫁さんにするなら、俺より村山を嫁さんにしろよ」
と田代。
そんなことを言われて千里は恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ああ。千里は私が嫁さんにしなくても、きっと誰か良い男の人と結婚して、可愛いお嫁さんになりそうな気がするよ」
と蓮菜は言う。
「逆にそれまで男の子の身体だったのに、思春期になってから突然胸が膨らみはじめて女の子らしい身体に変化していくケースもあるそうです。こちらはあまり事例がないのですが、40年ほど前に日本でもあったそうです。本人が悩んで消息を絶ってしまったので、その後どういう身体付きに変化して行ったのか、特に元々あったおちんちんは小さくなって無くなってしまったのかどうかとかもよく分かりません」
と先生は付け加えた。
千里は、ああ、そういうことが自分の身体に起きて欲しいと思う。
「そういうのって、ニューハーフの人とかとは違うんですか?」
と質問が出る。
「身体の性が曖昧な人たちはインターセックスというのですが、ニューハーフの人たちのように、心の性が曖昧であったり身体の性と一致しない人はT’sとか言うようです。ニューハーフの人たちの場合は自然に身体が変化するのではなく、人工的に男の身体を女の身体に作り替えてしまうんですね。女らしい身体になるように、10代の内から女性ホルモンの注射を打っているので、胸はふつうの女の子のように大きくなりますし、陰茎や睾丸は縮んでいって、赤ちゃんのおちんちんみたいになっちゃうそうです。声も女の人の声のようになるみたいですね」
先生はどうも少し誤解しているようだが、一般の人のこの付近の知識はしばしばこの程度のものである。でも先生が言うので、千里も含めてみんなそんな話を信じている。
「女性ホルモンというのが、おっぱいを大きくするんですか?」
「そうです。女の子は卵巣で女性ホルモンが生産されるので、それで胸が大きくなり、月経も起きます。男の子は睾丸で男性ホルモンが生産されるので、それで陰茎や睾丸が発達し、声変わりも起きます」
男性ホルモン要らない。女性ホルモンが欲しい、と千里は思う。
「ニューハーフの人、女性ホルモンをずっと打っていたら、おちんちん、小さくなって無くなってしまうことはないんですか?」
「小指の先くらいまで縮むことはあるらしいですよ。でも完全に無くなってはしまわないから、最後は性転換手術というのをして、女の人のような形に作り替えてしまいますね」
この付近は先生も若干あやふやな雰囲気。
「性転換手術って、チンコ取る手術ですか?」
と鞠古君。
「陰茎と睾丸を取って、割れ目ちゃんを作り、陰核と膣を作る手術ですね。最近けっこう受ける人が増えているようですね。逆に女の子から男の子への性転換手術というのもありますよ」
と先生。
「じゃ、村山はその手術を受ければいいんだ」
と元島君。
千里はまた恥ずかしそうに俯いている。
「そんなこと言うもんじゃないですよ。村山君も立派な男の人になって、漁師さんとか、あるいはお相撲さんとかになりたいかも知れないじゃないですか」
と先生が注意した。
「いや、村山のお相撲さんは絶対あり得ん」
「漁師もあり得ん気がする」
などという声が上がる。
「千里、男の人になりたいの?」
と蓮菜が訊いた。
千里は首を振った。
「私、男の人になりたくないです。女の子になりたい」
と千里は恥ずかしそうに言った。
「やはり」
「だったら性転換手術だな」
「女性ホルモンの注射、打たなきゃ」
「女性ホルモンの注射って病院で打ってもらうんですか?」
と留実子が訊く。
「そうですね。お医者さんの診断を受けて、この子には必要だとお医者さんが認めたら打ってもらえると思いますよ」
と先生。
「村山、病院に行って、打ってもらえよ」
と田代。
千里はほんとに病院に行きたい気分だった。
「でも村山、そもそもチンコ付いてるんだっけ?」
と田代君。
「よく分かんない」
と千里は答えた。
クラスメイトたちが顔を見合わせていた。
「誰かトイレで、小便する時に村山のチンコ見てる?」
「村山はいつも大の方に入ってるよ」
「村山が立って小便してるの見たことない」
「そういえば、そんな気がする」
「あれ? 夏のキャンプ体験の時、誰かお風呂で村山のチンコ見た?」
と鞠古君が言い出す。
男子のクラスメイトが顔を見合わせる。
「俺、村山をお風呂では見てないけど」
と元島君。
「俺も見てないな」
と田代君。
「村山、男の入浴時間にお風呂入った?」
と鞠古君。
「入ったけど・・・」
「誰かあの時、村山見た奴手を挙げろよ」
と田代君。
誰も手を挙げない。
「よし、私が判定してやるよ」
と言って蓮菜が席を立って千里の席まで来た。
「これ百発百中の占いでタウジングとか言うんだよ」
と言って、蓮菜は金色のチェーンに紫色の石が付いたものを取り出す。
「これ、本当のことを言えば石は縦に動く。嘘を言えば石は横に動く」
千里は何だかきれいな石だなと思ってそれを見ていた。
「君の名前は村山千里ですか?」
「うん」
石は縦に動いた。YESのサインだ。
「千里は女の子になりたいんだよね」
「うん」
石は縦に動く。やはりYESのサイン。
「夏のキャンプ体験の時、男子の入浴時間にお風呂に入りましたか?」
「うん」
石が横に動く。NOのサインだ。
「嘘だね。男子の時間には入ってない。では女子の入浴時間にお風呂に入りましたか?」
「入ってないよー」
石が横に動く。NOのサインだ。
「嘘だ。千里は女子の入浴時間帯にお風呂に入っている」
すると教室内で「やはり」という声が数人の女子からあがる。
「私、あの時、お風呂の中で千里とおしゃべりしたような気がしてたのよ」
「あ、私もー」
「何か嵐の誰がいいかとか話さなかった?」
「そうそう。確か千里はニノ押しとか言ってた気がする」
千里は頭を掻く。うーん。今何か言っても信用してもらえなさそー。
「でも女子の時間帯にお風呂入っていて、おちんちん付いてたら目立つよね」
「そりゃ目立つはず」
「質問の核心です。千里、おちんちん付いてる?」
「えっと、一応付いてるかな」
石はまた横に動いた!
「嘘決定。千里、おちんちんは付いてないね」
と蓮菜は断定した。
「おぉ!」
と教室の中で大きな声が上がった。
千里はまた恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「千里、もしかして既に性転換しているとか」
「いや、女の子になりたいということだから、まだ女じゃないということだろ?」
「取り敢えずチンコとキンタマだけ切っちゃったのでは?」
「ああ、それで女の子の器官が欲しいのね」
「なるほどー」
何だかみんな勝手に納得している。
「村山、チンコ付いてないなら女子便使えよ」
などと男子から声が上がる。
でも当時千里はまだ学校内では女子トイレに入る勇気は無かった。
その日の放課後、千里は校庭に面した草むらの斜面で数人の(女子の)友人とおしゃべりを楽しんでいたのだが、その時、野球の練習をしていた子たちのボールがこちらに飛んできた。
「ごめーん。そのボール取ってくれる?」
と声を掛けたのは、先日の網の手入れの時に見た、青沼君だ!
千里は立ち上がって転がっていたボールを取ると、彼の方に投げた。ボールは大きな弧を描いたが、ピタリと青沼君のグラブの中に収まった。
「おっ、サンキュー」
と彼は言ったが、何だかそのボールが収まったグラブをじっと見詰めていた。
その日の夕方。学校の帰りにスーパーに寄って晩御飯の買物をする。そしてバスに乗って自宅の集落まで戻る。
自分の集落にはまともなお店が無いので、千里が学校帰りに買物をしてくるというのが、この家でのパターンになっている。
ただいまを言って、母と一緒に晩御飯の支度をする。この日はおでんである。スーパーで買ってきた素材(厚揚げ・半ペン・竹輪・ゴボ天など)に、ご近所からお裾分けしてもらった大根を半分にやはりお裾分けしてもらったタコの足を1本分入れる。
父は沖合まで行く船に乗っているので、だいたい月曜日の早朝に船を出し、平日は海に出たままである。北海道の西沖合にある良質な漁場・武蔵堆の付近で主として操業している。帰港するのは金曜日だ。
母とふたりで材料を切って鍋に放り込み、IHヒーターのタイマーを1時間にセットする。父が居ないので、母と千里と玲羅の「女3人」だから、小さな鍋で充分である。父が居る時は大きな鍋を使用する。
「何かいい匂いがするね」
と漫画を読んでいる小2の玲羅が言う。
「1時間くらい煮込むよ。玲羅、宿題終わったの?」
「後でするよ」
「今しなさい」
「はーい」
そんなことを言いながら千里は近くにあったティッシュを取って鼻をかむと、そのティッシュをポイと居間の端にあるゴミ箱に向けて投げる。きれいに入る。
「お兄ちゃん、それいつも思うけど、外すことないよね」
と渋々赤いランドセルから宿題を取り出しながら玲羅が言う。
その赤いランドセルを見るだけで千里は心が痛む。ああ、自分も赤いランドセル欲しかったな。千里は近所のお兄ちゃんが使っていた青いランドセルのお下がりを使っている。でもまあ黒じゃなくて良かったよなという気もする。青いランドセルは女の子でも使う子がいる。
「ああ、私これ得意」
と言って、千里は近くにあったペーパータオルの汚れたのを丸めてゴミ箱に投げる。やはりきれいに入る。
「けっこう遠くからでも、ピタリと入るもんね」
「毎日練習してるからね」
「役に立たない才能ってやつ?」
「まあ、確かに何かに役立つことはないかもね。でも布団に入ったままゴミを捨てられるから便利だよ」
「ああ、確かに今の時期の朝は便利かも」
「ところで、お兄ちゃん、今着てるトレーナー、女の子っぽいね」
「うん。これは美輪子おばちゃんからもらった服」
と千里は答える。
「美輪子の服は派手なのが多いからね。私はとても着れないから。でも千里が着るというから、まあトレーナーだし、いいかなと思って」
と母が言う。
美輪子は母の妹で旭川に住んでいるが、母より12歳も年下で、まだ独身である。しばしば流行遅れの服などを送ってきてくれる。おとなしめの物は母が着ているが、派手な物やこれはさすがに30代の母には着られないという感じのものを千里がもらって着ているのである。
「そのジーンズも美輪子おばちゃんの?」
「そそ」
「美輪子はウェストが細すぎる。私にはとても入らない」
と母。
「お兄ちゃん、たまにスカートも穿いてるよね」
「ああ、あれも美輪子おばちゃんの。最近は男の子でもスカート穿いたりするよ」
と千里は開き直って言っておく。
「さて、おでんが出来上がるまでに洗濯でもしとこうかね」
と言って母は洗濯機の所に行ったが
「あ、洗剤切れてた!」
と声を上げる。
「あ、じゃ私買ってくるよ」
と千里が言い、防寒具を着込み、毛糸の帽子に手袋をして自転車に飛び乗る。雪道を自転車で走るのは、なかなか大変だ。ちょっと路面を見誤ると転倒するが、千里はこれには慣れているので、軽快に町まで走っていく。
ドラッグストアで母の好みのニュービーズを買い、リュックに入れて自転車に乗ろうとした時。
「やあ」
と声を掛ける人がいる。振り替えると、野球部の青沼君だった。
「あ、こんにちは、青沼さん」
と千里は笑顔で答える。
「あ、僕の名前知ってた?」
「ええ。だって女子の間では凄い人気ですよ」
「はは。それはありがたいけどね。君は千里ちゃんだったっけ? こないだそう呼ばれていたような気がした」
「はい。覚えていてくれてありがとうございます」
「何年生だっけ?」
「4年生です」
「なるほどねぇ」
と彼は頷いている。
「ね、千里ちゃん、ちょっと僕とキャッチボールしない?」
「今ですか?」
「うん」
それでドラッグストアの裏手の空地(当然雪が大量に積もっている)に行く。
青沼君がグラブをひとつ貸してくれたので、それを左手に填めた。
「行くよ」
と言って青沼君が結構なスピードボールを投げてくる。それを千里はグラブでキャッチする。
「何か結構重いんですね」
と言って千里はグラブからボールを取ると、大きく振りかぶって青沼君の方に投げる。ボールは弓なりの軌道を描き、ピタリと青沼君のグラブに収まる。
青沼君が何だかニコリとした。千里はその笑顔を見てドキッとする。
また青沼君が投げる。千里がキャッチする。千里が投げる。青沼君がキャッチする。このやりとりが10分くらい続いた。
「ありがとう。千里ちゃん、ソフトボールか何かするんだっけ?」
「しませーん。私、運動は苦手です」
「そう? だって、君の投げたボールは全部ストライクで僕のグラブに収まった。僕はグラブを全く動かさずにキャッチできたよ」
「えっと、何か変なことなんでしょうか?」
「変じゃない。凄い天才」
「えーーー!?」
「千里ちゃん、女子は野球はしないだろうから、ソフトボールやる時はピッチャーやらせてもらいなよ」
「えー? 私、三振ばかりだし」
「打てなくてもこれだけ投げられたらピッチャーとしてかなり上のレベルだと思うなあ。ウィンドミルできる?」
「何ですか?それ」
千里が全然知らないようなので、青沼君は、ソフトボールでピッチャーがボールを投げる時はこうするんだよ、と言ってウィンドミルのお手本を見せてくれた。
「何だか面白ーい! 風車(かざぐるま)みたい」
「そうそう。ウィンドミルって、風車(ふうしゃ)のことだから」
「へー!」
それで腕をぐるりと回して投げてみると、さすがにボールが変な方向に飛んで行く。
「きゃっ」
「最初はそんなもの。慣れたらすぐコントロールできるようになる」
それで青沼君は千里にウィンドミル投法を丁寧に教えてくれたのである。すると10回も投げる内に次第に自分の思っている方向に行くようになる。そしてもう30回くらい投げたかなという感じの頃には、青沼君の構えているグラブ付近にだいたい行くようになった。
「山なりに投げるのほど正確じゃないけど、やってればもっと精度は上がるよ。こんなに簡単にマスターしちゃうって、ほんとに天才的。5年生からはクラブ活動あるでしょ? ソフトボール部に入りなよ」
「そうだなあ。考えてみようかなあ」
「うん。じゃ、また遊ぼ」
「はい!」
それで自宅に戻ると
「もう先に食べてるよー」
と玲羅が言う。
「うん。食べてて食べてて」
と言って、千里は買ってきた洗剤を洗濯機に投入する。
「ああ、このズボンも濡れちゃったから入れちゃおう」
と言って、穿いていたジーンズを脱いで洗濯機に入れてからスタートボタンを押した。
「遅かったね」
と母。
「ごめーん。友だちに偶然会って、ちょっと話してた」
「雪道で遭難してないかと思ったよ」
「ごめん、ごめん」
母の方は千里を待ってくれていたようで、自分の分と千里の分と2人分のおでんを盛ってくれた。その間に千里は自分の部屋に行き、アクリルのロングスカートを穿いて出てきた。一瞬母がえっ?という顔をしたが何も言わない。玲羅は何だかニヤニヤしている。
「頂きます。うん、美味しい、美味しい」
「千里、味付け上手だね」
「そうかな」
「お兄ちゃん、料理得意だから、良いお嫁さんになれそう」
と玲羅が言う。
「うん。頑張る」
と千里。
「あんた、お嫁さんに行くんだっけ?」
と母。
「うん、そのつもり」
と千里は答えたが、その時、チラリとさっきキャッチボールをした青沼君の顔が目に浮かんだ。
母は千里が穿いているスカートを見ながら「うーん。。。」と少し悩んでいる雰囲気であった。
2月9日(金)。バレンタイン前の最後の金曜日(翌日は第2土曜で学校は休み)。千里は(女子の)友人たちとバレンタインのチョコのことで話をしていた。
「この週末に渡すか、当日渡すかだよね」
「みんな手作りするの?」
「私、何度か実験して失敗。諦めた。何か適当なのを買って渡すよ」
「あまり親しくない相手なら、その方がむしろいいよ」
「私は手作りするよー」
「お、凄い。誰に渡すの?」
「いや、それがあてが無くってさ」
「それは大問題だ」
「千里はどうするの?」
「手作りするよ。結局、無難な石畳チョコ作ることにした」
「おっ、それで誰に渡すの?」
「えっと・・・」
正直な気持ちとして渡したいと思うほどの相手は居ないのだが、手作りしている時にチラリと先日からキャッチボールを何度かしている青沼君の顔が浮かんだのは事実である。
「お、その反応!」
「渡す相手がいるんだ!」
「相手は男の子だよね?」
「うん・・・」
と千里は赤くなってしまう。彼に渡しちゃってもいいかなあ。キャッチボール教えてもらっている感謝の印みたいな?
「おお、赤くなってる。相思相愛?」
「まさか」
「ふふ。千里が渡すつもりでいる相手、私知ってる」
と留実子が言う。
「あん、言わないでよー」
と千里は焦って言う。
「どうせ渡す時にはバレるじゃん」
「誰?誰?同級生?」
千里は首を振る。
「6年生の男の子だよ」
「うん、まあ・・・」
「でもあの子人気だから、きっとたくさんの女の子からチョコをもらうよ」
「そうかもね」
「それは別にいいんじゃない? ただ自分の気持ちを伝えられたら、それでいいんだよ」
「うん」
2月11日(日)。市民グラウンドで、市内町対抗小学生ソフトボール大会が開かれていた。千里は青沼君がA町のピッチャーとして出場すると聞き、応援に行くことにした。そして・・・・少しだけ迷ったが、昨夜頑張って作った石畳チョコをメッセージカードとともに綺麗な箱に入れリボンを掛けたものも荷物に入れる。
それを見ていた玲羅が言う。
「お兄ちゃん、そのチョコ、彼氏にあげるの?」
「彼氏なんて居ないよー」
「でもこないだから、ちょくちょく男の子と会ってるよね?」
「あれはキャッチボールの練習してるだけ」
「ふーん」
会場に行くと、自分の町C町の町内会長さんとばったり会う。
「お、村山君、今日は選手で出てくれるんだっけ?」
「すみませーん。私、運動神経悪いから。今日は友だちの応援です」
などと言って、スタンドに行き、適当な場所を探していたら今度は恵香と美那に会う。ふたりとも同じC町町内である。
「千里は選手?」
「まさか。応援、応援」
「C町の?」
「あ、えっと・・・・」
「A町だよね?」
「えへへ」
「千里も青沼君のファン?」
と美那が訊く。
「うん、まあ」
と千里は言うが
「というか最近、千里、青沼君と個人的に会ってるもんね」
と恵香が言う。
「えー!?うそ!ずるい!」と美那。
「あれはキャッチボールしてるだけ」と千里。
「なぜにキャッチボール?」と美那。
「千里、野球部に入るの?」と恵香。
「野球部は男子だけでしょ」
と千里が言うと
「ん?」と言って恵香と美那が一瞬顔を見合わせる。
美那も青沼君目当て、恵香はA町の別の男の子・赤坂君が目当てらしく、結局3人でA町の男子ソフトの試合が行われる付近に移動した。グラウンドの中に強引に4つダイヤモンドが作られており、試合は3回まで又は30分を越えては新たな回に入らない規定で、各チーム2試合行い、合計得失点差で順位が決まるというシステムである。
「青沼君、やっぱり格好いいなあ」
と美那が言う。
「千里、彼とどんな話してるの?」
「お話とか何もしてないよ。ひたすらキャッチボール」
「何だか不思議な関係だ」
「彼にチョコ渡したりしないの?」
「あ、えっと・・・・」
「もしかして持って来てたりして」
「えへへ」
「じゃ、渡そうよ。実は私も持って来てるんだけどね」
「あ、じゃ2人一緒に渡せばいいよ」
などと恵香が言う。
「よし、この試合が終わった後で渡しに行こうよ」
「う、うん」
試合は青沼君がピッチャーで4番で投打に活躍し、8対0で快勝した。
「よし、行こう」
「恵香も赤坂君にチョコ渡すんでしょ?」
「えー!? どうしようかなぁ」
「持って来てるんだよね?」
「うん、まあ」
「だったら私たちも応援するからさ」
「うん・・・」
それで試合が終わって選手たちがグラウンドから引き上げて来た所に3人で突撃した。
「こんにちはー」
と明るく声を掛ける。なかなか1人では勇気が持てない所だが3人一緒なので、何とかなっている感じ。
「あのぉ、青沼先輩、これ」
と言って美那が先にチョコを差し出した。
「わあ、ありがとう」
と言って青沼君は美那のチョコを受け取るが、チラッと千里の方に一瞬視線を投げた。恵香が「ほら、千里も頑張れ」と言って千里の背中を押す。それで、千里もチョコの包みを出して
「いつも楽しませてもらっています」
と言って青沼君にチョコを渡した。
青沼君は笑顔で
「僕も楽しんでるよ」
と言って千里のチョコを受け取り、ついで千里と握手をした。千里は身体的な接触でキャーと思い、頭に血が上る。
「あ、先輩、私も握手いいですか?」
と美那が言うので、青沼君は
「いいよ」
と笑顔で言って、美那とも握手をしてくれた。
「お、ふたりからチョコもらうなんて、青沼、人気だな」
とそばに居た赤坂君が言う。
その赤坂君に恵香が
「あの、赤坂先輩、これを」
と言ってチョコを渡す。
「え?俺に? おぉ!嬉しい。何ならデートする?」
などと本当に嬉しそうに赤坂君が言う。
「はい、デートしたいです」
と恵香は言っちゃった。
「おお。じゃ、明日お昼、留萌駅で」
などと赤坂君が言うと
「行きます!」
と笑顔で恵香は言った。
すると美那が
「あ、私たちもデートしませんか?」
などと言う。
「あ、だったら、青沼たちも明日お昼留萌駅に来ない?」
と赤坂君。
「5人でまとめてデート?」
青沼君は困ったような表情で笑いながら、視線は千里の方に置いている。
「そうそう。ダブルデート?トリプルデート?まあ、そんなもの」
と赤坂君。
「4人ならクアドルプル、5人ならクイントゥプル、6人ならセクストゥプルかな」
と青沼君が言う。
「セックス?」
と美那が大胆発言。
「いや6のことラテン語でセクスというんだよ。英語のシックスが訛ったもの」
「びっくりしたー」
「小学生だし、セックスは抜きで」
などと赤坂君が言うが
「セックスって何?」
などと千里が訊いちゃう。さすがの赤坂君も「えーっと」と言葉を選びかねている。すると恵香が
「千里、あとでゆっくり教えてあげるから」
と言って引き取った。
そんな感じで、青沼君も千里も明確に同意しないまま、明日の振替休日に5人まとめてデートという話が決まってしまった感もあった時、C町の6年生女子・山田辰子さんが、こちらを見つけてやってくる。
「美那ちゃん、恵香ちゃん、ちょっと顔貸して」
「どうしたの?」
「C町の女子チームのメンツが足りないのよ。あんたたち、何なら立ってるだけでもいいからさ。9人居ないと不戦敗だから」
するとその時、
「あ、千里もC町だよね?」
と青沼君が言う。
「うん」
「だったら、千里、ピッチャーやりなよ。山田、この子、凄く使えるから。僕が推薦する」
と青沼君。
「え?でも・・・」
と辰子は少し言いよどんだが、思い直したように
「そうだね。今私も入れて選手が6人しか居ないから、あと3人調達しないといけなかったし、じゃ美那ちゃん、恵香ちゃん、千里ちゃん、3人とも来て」
と言って、結局、辰子さんは3人を連れて更衣室になっている隣接の体育館の方に行く。
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【女の子たちのチョコレート大作戦】(1)