【女の子たちのチョコレート大作戦】(下)

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真ん中に仕切りが立てられていて、左側が男子、右側が女子の更衣室になっていて、入口の所に左側は黒字で「男子」、右側は赤字で「女子」と大きく書かれているが、辰子さんは3人を連れて右側の方に入って行く。千里が平気な顔をしてそれに続くので、美那と恵香は顔を見合わせたものの、特に何も言わずに一緒に入って行った。
 
「これ、ユニフォーム。これ着てプレイしてくれないと、万一事故とか起きた時に、治療費が出ないのよ」
と辰子さんが言う。
 
「へー」などと言って、3人とも着替える。恵香と美那は、千里がトレーナーとジーンズを脱いだ下に、女の子シャツを着ているし、下も女の子パンティを穿いているのを見て、また顔を見合わせた。辰子さんも、何だか頷いている。 
それでユニフォームに着替えて、集合場所に行った。
 
「3人調達してきたよ」
と辰子が言うと、一部から「え?」という声。
 
「これ女子チームだけど」
「うん。千里は女の子だしね」
「まあ、女の子にしか見えないよね」
「この際いいか」
「どうせ町対抗試合だし」
「オリンピックに出る訳でもないしね」
「染色体検査される訳でもないし」
 
などと千里が女子チームに入ることを容認する雰囲気だ。
 
「青沼から、この子、ピッチャーで行けるという話を聞いたんだけどね」
「へー」
「ちょっと投げてみてよ」
と言われるので、辰子さんがキャッチャーミットを持って座り、そこに向けて千里はウィンドミルで投球する。
 
「お、凄い、ウィンドミルできるんだ?」
「さすが元男子」
「元男子なんだっけ?」
「今は女子だから」
「確かに」
「でもボールにスピードがない」
「そのスピードなら性別を疑われることはないな」
 
「でも、凄く正確にミットに収まった。もう一度投げて」
と言って辰子が返球するのを受け取り、また千里がウィンドミルで投げる。これを数回繰り返す。
 
「凄い。私がどこにミットを構えても、そこにジャスト来る。ミットを全く動かす必要が無い」
「それだけ正確に投球できるなら、確かにこれは使えるよ。よし、千里ちゃんピッチャーね」
 
「私たちは立ってるだけでいいですか?」
と美那が言うので、美那はライト、恵香はレフトを守ることになった。 

試合は辰子がミットを構えるところに千里が正確に投げ込むので、相手チームのバッターは辰子の巧みなリードに翻弄されて、三振や凡打の連続で1回は三者凡退、2回は1人ランナーを出しただけで3回も三者凡退で相手チームを0点に抑えた。美那や恵香の所には1度もボールは飛んでこず、ほんとに2人は立ったままで済んだ。
 
一方攻撃では、千里も美那も恵香も三振だったものの、同級生の留実子は打席が回ってきた2度ともクリーンヒットを放ち、他の子たちの活躍もあって3回までに4点を取り、4対0で勝った。
 
2試合目も同様の展開で3対0で勝った。合計得失点差は+7である。 
「今の所、この成績なら全体で6位か7位くらいになれそう」
「おお、凄い」
などと言っていた時、大会事務の腕章を付けた女性が女子チームの所に来た。 
「C町の女子チームですか?」
「はい。そうです」
 
「ちょっと訊きたいんですけど」
「はい、何か?」
「こちらのチームに男子が混じっているのではという声が届いているのだけど」
 
あちゃー。バレたか。とみんな思う。
 
ところが事務の人はしばしメンバーの顔を見回してから、千里ではなく、長身の留実子に声を掛ける。
 
「君、男の子だってことはないよね?」
 
まあ、この中では留実子がいちばん男っぽく見えるかも知れない。
 
「私、時々間違えられるけど、一応女ですけど」
と留実子は言った。
「なんでしたら、脱いでみましょうか」
「うん、それが手っ取り早いかもね」
 
それで留実子は事務の女性と一緒にちかくのトイレに行く。そしてほどなく、ふたりは出てくる。
 
「ごめんなさいねー。確かに女の子だったね。誰か似ている男の子と間違えたんだろうね」
と事務の女性は謝って、去って行った。
 
「るみちゃん、やはり女の子だったのね?」
「私、おちんちん欲しいなと思うことよくあったけど、一応付いてないよ」
と留実子は笑っている。
 
「ああ、やはり欲しかったんだ?」
「兄貴のおちんちん見てたから、自分にもその内生えてくるのかなと思ってたよ、小さい頃は。でも生えてこなかったな。男の子になりたかったからスカートとか買ってもらっても全然穿かなかったし」
 
と言った留実子がチラっと千里に視線をやったので、千里はドキッとする。 
「確かにるみちゃんって、スカート穿いてるのも見たことない」
 
「でも夏のキャンプ体験の時も、みんなと一緒にお風呂に入ったじゃん」
と留実子。
「確かに」
 
「ねぇ、あの時、やはり千里も居なかった?」
 
「居ないよー。だいたい、私が女子の時間帯に居たら、きっと、みんな、なんでここに居るのよ?と追求したと思うよ」
と千里は言う。
 
「確かにそう言われたらそうだけどなあ・・・」
「おしゃべりはお風呂の外に居る時にしたんだよ」
 
「そうだっけ?」
「私も自信なーい」
 

その後、A町男子の2試合目があったので、留実子も誘って4人で見に行った。やはり青沼君の投打による活躍で9対0の圧勝。赤坂君も2塁打を打ったので、恵香が騒いでいた。
 
「A町優勝かな?」
「他のチームの成績次第だけどね」
 
選手たちが戻って来た所に声を掛ける。
 
「お疲れ様でしたー」
 
ところがそこに数人の女の子が駆け寄り、青沼君にチョコを差し出す。青沼君は一瞬千里の方に目をやったものの、千里が笑顔でいるのを見ると、彼女たちのチョコを受け取った。
 
「あぁ、受け取っちゃうの〜?」
と傍で美那が言うが、千里は
「いいじゃん。私たちはデートの約束までしたんだし」
と言う。
 
「そうだねー」
「握手もしたしね」
「うんうん」
 
青沼君は彼女たちのチョコを受け取り、少し言葉は交わしているものの、握手とかまではしないようである。
 
「あんたたちデートするの?」
と留実子が訊く。
 
「うん。赤坂君、青沼君と、私と千里と美那の5人でセックスデート?」
と恵香が言うと
「セックス!?」
と留実子がびっくりして言う。
 
「違うよ。5人だからクイントゥプル・デートだよ。セクストゥプルは6人」
と美那が修正した。
 
「ああ、びっくりした。でももしセックスするんなら、ちゃんと付けさせなきゃ駄目だよ」
と留実子が言う。
「何付けるの?」
と恵香。
 
「赤ちゃんができちゃったりしないように、男の子に付けるものがあるんだよ。たしか、コンタックとか何とかいう奴」
と留実子もあまく詳しくはないようである。
 
「コンタックって風邪薬?」
「あ、いや、何か似たような名前」
 
「でも小学生で赤ちゃん産んじゃうのはさすがに辛いからね」
「確かに」
 
そういう会話が千里には、何だかさっぱり分からない感じであった。
 
「でも千里も赤ちゃんできるんだっけ?」
「そのあたりがどうも微妙だな」
「千里、お嫁さんになって、赤ちゃん産みたい?」
 
「え?赤ちゃん産むの? できるかなあ」
と千里。
 
「やはり産む気でいるようだ」
「千里なら産めるかもね」
「千里は産ませるほうじゃないよね?」
「おちんちん付いてないみたいだから、それは無理でしょ」
 
そのあたりの会話も千里にはさっぱり分からなかった。
 

翌日(振替休日)、千里が自宅で厚手のタイツを履き、膝下サイズのタータンチェックのスカートを穿いていたら、母が
 
「可愛いの穿いてるね」
と言った。父は近所の寄り合いに行っている。
 
「うん。デートだから」
と千里が言うと
 
「デートって・・・まさか男の子と?」
「そうだけど。夕方までには戻るね」
 
母は何だか悩んでいる様子。
 
「恵香と美那も一緒なんだけどね。男の子の方も2人で合計5人だし」
と千里が言うと
 
「ああ、グループデートなんだ」
と安心するように言ってから母は
 
「あんたは・・・男の子側なんだっけ?女の子側なんだっけ?」
と訊く。
 
「え?私は女の子だよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「じゃ、行ってきまーす」
と母に言ってダウンコートを着て、出かけようとしたら
 
「あ、これ持って行きなさい」
といって千円札を2枚渡してくれた。
 
「ありがとう」
と言って千里は出かけた。
 

バスに乗って駅に行くと、既に恵香が来ていた。千里のコートの下からタイツが見えているのを見て恵香が言う。
 
「千里、もしかしてスカート穿いてきた?」
「うん。これ」
と言って、千里はコートを脱いでみせる。
 
「可愛い! そんなスカート持ってるんだ?」
「叔母ちゃんのお下がり」
「へー」
 
やがて、青沼君、美那と到着し、言い出しっぺの赤坂君がお昼を5分くらい過ぎてから到着した。
 
「遅刻〜」
と青沼君に言われて
 
「ごめん、ごめん」
と謝っている。
 
駅から出て歩きながら5人でおしゃべりして、結局ケンタッキーに入った。 

男の子たちはセットを注文したが、女子組は、チキン1個と飲み物というオーダーである。
 
まずは昨日のソフトボール大会、お疲れ様でしたという話になる。結局A町の男子チームは得失点差が1点差で2位(1位は+18)、C町の女子チームは5位で、どちらも賞状と、チーム全員に記念品のボールペンをもらった。 
「千里、今はボールにスピードが無いけど、ジョギングしたりして足腰を鍛えたら、もっとスピード出るようになるよ」
と青沼君が言う。
 
「そうですねー。でも私、運動苦手だし」
と千里。
 
実はあまり身体を鍛えて筋肉質の身体にはなりたくないので、敢えて運動をしていないという面もあるのである。千里はスリムではあるが、筋肉より脂肪が多いので、身体に触った感触は女の子っぽい。
 
「あれって、腕だけじゃなくて、足腰も関係するんですか?」
と美那が質問する。
 
「当然。ボールは腕で投げるもんじゃない。身体全身のバネで投げるんだよ。腕だけで投げてたら、腕や肩の筋肉を痛める。きちんとした指導者の居ない小学生チームやリトルリーグではよくそれで肩壊して、投げられなくなっちゃう子がいる」
と青沼君は言う。
 
「わあ、それ可哀想」
「野球が好きなのに出来なくなっちゃうって辛いですね」
 
「肩を温存するためには投げすぎないことも大事だし、身体全体を鍛えた方がいいから、僕は中学では陸上部か水泳部に入ろうと思ってる。あるいはバスケ部か。野球は高校に入ってから再開する」
 
「へー!」
 
おしゃべりは赤坂君が意外に話題が豊富で、楽しいネタを出すし、全員に上手に話を振るので、みんな楽しく会話することができた。もっとも、しばしば出てくる下ネタには、青沼君が「その話はやめとけ」と言ってセーブを掛けていた。
 
「じゃ、晋治君は中学は旭川に行っちゃうんですか?」
と美那が訊く。
 
「うん。母ちゃんが北大の医学部に行けと言ってるんだよね。やはり田舎の中学・高校から北大クラスの医学部狙うのは難しいから」
と青沼君。
 
「医学部って、お医者さんになるんだ!」
「僕、あまり人の身体を切り刻むのは苦手なんだけどね」
「だったら、内科のお医者さんになればいいんですよ」
「うん。僕には外科は無理って気がする」
 
「晋治君がお医者さんになるなら、私、薬剤師か看護師を目指そうかなあ」
などと美那は積極的にアピールしている。
 
「千里は将来、何になりたいの?」
と恵香。
 
「うーん。。。プログラマーかなあ」
「ああ、千里、算数とか得意だもんね」
 
「旭川か札幌のコンピュータ学校か何かに行く?」
「むしろ東京の方の大学に行きたい気分」
 
「ああ、千里の場合は、そのくらい言っておいた方が、お父ちゃんから漁業を継げとか言われなくて済むかもね」
と美那。
 
「女の子に漁業継げとは言わないでしょ。そもそも漁船には女は乗せないし」
と青沼君。
 
「あ、えっと・・・」
美那はちょっと失言したかなと思って困っている。
 
千里は仕方無いので笑顔でカムアウトする。
 
「まあ、私は戸籍上は男の子だからね」
 
「は?」
 
恵香がフォロー?して言う。
「生まれた時は男の子だったけど、手術して女の子になったんだよね?」
 
「女の子になりたいけど、まだ女の子じゃないよ」
 
「えーーーー!?」
と男子2人。
 
「嘘」
 
「嘘だったらいいんだけど」
と言って、千里は生徒手帳を取り出す。
 
最後のページを開くと、《村山千里・平成3年3月3日生》と名前・生年月日が書かれ、性別欄は男の方に○が付いている。
 
「信じられない!」
「女の子だと思い込んでた!」
 
「ってか、女の子にしか見えないんだけど」
「髪長いし」
「声も女の子っぽいよね」
 
「それにいつも何だか女の子の輪の中に居ない?」
「私、男の子の友だちって出来たことないから」
 
「だいたいスカート穿いてるし」
「割とそれは穿くかな」
 
「でもこの子、おちんちんは無いんですよ」
と恵香が言う。
 
「え?そうなの?」
「だって、夏のキャンプ体験の時、他の女子と一緒にお風呂入ってますから」
「へー」
 
「あれは誤解だって」
 
何だか勝手に噂が一人歩きしているようなので千里は困ったように言った。もっとも、その噂の発信源がどうも恵香っぽいのだが。
 
「でも3年3月3日生まれって、3が3つ並んだ日に生まれたんだ?」
「うん。だから、私の誕生日、すぐ覚えられちゃう」
 
「ついでに3時3分3秒生まれとか?」
「0時1分23秒らしいです。父は3月2日生まれと思い込んでいたみたいですが、私が産声を上げた時に、お医者さんが時計を見たら0:01:23と数字がきれいに並んでいるのを見たということでした。母子手帳には0時1分までしか書いてないけど。」
「へー」
 
「お誕生日はいつも雛祭りだよね」
「そうそう。だから、単独でお誕生日を祝ってもらった記憶がない」
 
「2つ下の妹さんが居るから、その子のために買ったひな人形をバックに記念撮影とかしてたみたい」
「そういう時の千里って、女の子の和服を着ていたりするよね?」
 
「そうそう。小さい頃の千里の写真って、何だか全部女の子の服を着てる」
 
「元々生まれてくるまで、お医者さんも女の子だと思ってたらしいから。産着とかも赤いのばかり用意してたらしい」
 
「それで生まれてみたら変なのが付いてたから、取っちゃったんだよね?」
「うーん。取って欲しかったかも。子供服も、2つ上の従姉の服を随分もらっていたから、小さい子だし構わないよねと言って、そのまま女の子の服を着せていたらしいです」
 
小さい頃の千里の家の子供服の流れは、従姉の愛子→千里→玲羅である。それが最近は、叔母の美輪子→千里/愛子→玲羅 と分離している。但し愛子からのお下がりでも玲羅の好みに合わないもの、玲羅にはウェストが入らない!ものは千里がもらっている。
 
「それで女の子に育っちゃったとか?」
「それは関係無いと思うなあ。私の元々の性格だと思う」
 
「実際、千里は女の子ですよ。私たちもみんな千里のこと、普通に女子だと思って付き合ってますから」
と美那は言う。自分の失言が元で千里の性別がバレてしまったので、頑張ってフォローしてくれている感じだ。
 
「まあ、結婚するんでない限り、恋人として付き合うまでは、お股の形が少し変でも構わないかもね」
などと赤坂君が言う。
 
恋人なら構わないけど結婚は駄目・・・・。その言葉は千里の心に突き刺さる。 
しかし青沼君はその問題については敢えて発言を避けて、笑っている感じであった。 

デートは結局、ケンタッキーで2時間ほどしゃべった後、バスで《海の記念館》に移動して、見学した。その時、恵香が千里の背中を押すようにして、青沼君と千里が横に並ぶようにした。青沼君もその千里のポジションを受け入れてくれている感じだ。
 
展望台から海を眺めるが、冬の北海道の海は厳しい。その日も海は荒れていて、高い波が見えた。
 
「まあ、この海に女は連れて行けないよな」
と赤坂君が言う。
 
「やはり男の世界ですよね?」
と恵香も言う。
 
「そもそも、千里では船の上で全く戦力にならない気がするよ」
と美那。
「男がたくさん居る中に千里みたいな女の子が1人居たら、千里を取り合って争いが起きそう」
 
「うん。それも女を漁船に乗せないひとつの理由だよ」
と青沼君も言う。
 
「千里が東京に出るなら、僕も医学部に行かない場合は東京の大学を目指してもいいかなあ」
などと更に青沼君は言う。
 
恵香と美那は「ほほぉ」という感じで顔を見合わせた。
 
しかし千里はその青沼君の発言の意図には気付かず、自分の性別バレちゃったし、青沼君とはこれで終わりかなあ、今日は楽しかったな、などと漠然と考えていた。
 

連休明けの13日(火)。
 
千里が学校の廊下を歩いていたら、保健室の先生が
「あ、村山さん、ちょっと」
と言って呼び止めた。
 
それで保健室に入る。
 
「こないだの授業の時は、みんなの前だったから訊けなかったんだけどね」
と先生は言う。
 
「はい?」
「村山さんって、女の子になりたい男の子なのかな?」
 
「そうですね。男の子かどうかは置いといて、女の子であったらいいなといつも思います」
 
「そっかー。あの時、クラスメイトが村山さん、おちんちん無いのではと騒いでいたけど」
 
「ありますよ。無かったらいいのにと思うし、自分で切っちゃおうと思ったことも何度かあるけど、怖くて切れなかったです」
 
「そんな所切ったら、たくさん血が出て、下手したら死んじゃうよ。切りたいならお医者さんに切ってもらうようにしなくちゃね」
 
「・・・・病院に行って、切ってくださいと言ったら、切ってもらえるのでしょうか?」
 
「そうだねぇ。一応20歳過ぎなら、手術してくれるみたいだよ」
 
どうも先生もあの後、少し調べたようである。
 
「20歳ですか」
と言って千里は溜息を付いた。それまで自分は我慢できるのだろうか・・・・。千里は自信が無かった。
 
「キャンプの時は実際、どうだったの?」
 
「お風呂ですか? あれ、私結局お風呂の中までは入ってないんですよ」
「ああ、そうなんだ?」
 
「他の男の子と一緒に入りたくないなと思って」
「そうだね。村山さんは自分は女の子のつもりなんだから、男の子に裸を見られたくはないよね」
 
「そうですね。それで男子の入浴時間帯のギリギリ最後を狙って行ったんですけど」
 
「うんうん」
「でも行く途中で恵香にバッタリ会っちゃって。それで普段通りにおしゃべりしながら、お風呂までは行ったんですけど、途中で他の子も加わって嵐の話とかしたんですよね。でも、さすがに女の子たちと一緒に脱衣場までは入れないから、入口の所で別れましたよ」
 
「ああ、なるほど」
「その時点では多人数入り乱れていたから、私が離脱したことに気付いた子は少なかったかも。多分、おしゃべりはそのまま継続したから、私とお風呂の中でまで話したような気になったのではないでしょうか」
 
「それはあるかもね」
 
「だいたい、私が女の子たちと一緒にお風呂の中に居たら、さすがに、なんであんたここに居る?とか言われますよ。私の性別知らない人ばかりなら、気付かずに入っていられるかも知れないけど」
 
と千里はとても微妙な言い方をしたのだが、その機微には先生は気付かなかったようで
 
「ああ、そうだよね! そこでみんなに女の子との入浴を容認してもらったとしても、そのことが強烈に記憶に残るよね」
と先生は言う。
 
「でしょ?」
と言って千里は微笑んだ。
 

「でも女性ホルモンの注射って高いんでしょうか?」
「そうだねぇ。1回5000円くらいで、月に2回くらい打つらしいよ」
 
これも恐らく調べておいたのだろう。
 
「そんなに! 私、お小遣い、月に500円なのに」
 
「500円には、さすがにまけてくれないだろうね」
と先生は言ってから
「注射以外に、お薬で飲む方法もあるらしいよ」
と付け加える。
 
「へー!」
「それも1ヶ月分が1万円くらいするみたい」
「やはり私には無理です!」
 
そんな千里を先生は優しく見守ってあげている感じであった。
 

この年の千里たちの担任はイベント好きで、バレンタインだから、クラスの女子で20円ずつ出し合ってチロルチョコを買い、明日のバレンタインにクラスの男子にプレゼントしようというのを提案した。
 
「でも女子は12人で男子は15人居ますよ」
と美那が言ったが
「足りない分は私が出すよ」
と先生は言った。
 
ただ先生はその時「あれ?このクラス男16人・女11人じゃなかったっけ?」と思ったが、あまり深くは考えなかった。
 
それで放課後、クラス委員の玖美子が女子全員から20円ずつ徴収する。 
「千里〜、チョコ代20円」
と言うので
「ボクも?」
と千里が訊く。
 
「あんた女子だよね?」
と玖美子。
「女子で確定」
と蓮菜が言う。
 
「うん。出すよ」
と千里は笑顔で言って、ランドセルの中からポムポムプリンのお財布を出して20円玖美子に渡した。
 
「千里、可愛いお財布使ってるね」
「そうかな?」
「うん、可愛い、可愛い」
 
「そういうの、自分で買うの?」
「これ、おばちゃんに買ってもらった」
 
実は旭川に出た時、千里がじっとこの財布を見ていたら、美輪子おばちゃんが「それ欲しいの?」と言って買ってくれたのである。
 
「千里、よく女の子用のトレーナーとか着てるけど、それもおばちゃんにもらったとか言ってたね」
 
「うん。うち貧乏だから、おばちゃんが譲ってくれる服は珍宝してる」
 
「珍宝?」
「重宝では?」
「あ、間違った」
 
「千里には珍宝は無いはず」
「そうだね〜。お宝みたいなものは無いな」
「ああ、やはり無いんだ」
 
「あれって、そんなにお宝なのかなぁ」
「男の子には大事なものでは?」
「千里は要らないと思ったから取っちゃったのね?」
 
千里も笑っていた。
 

結局、留実子・美那・蓮菜と一緒に買い出しにも参加することになる。 
「チロルチョコ15個買うのに、5人も要らないような気もするが」
と美那が言うが
「まあ、いいじゃん」
と代表の玖美子。
 
「チョコを買いに行くのは楽しいよ」
と蓮菜。
 
「蓮菜は結局何作ったの?」
「セピアートみたいな渦巻きの作ってみようとしたんだけどね」
「おお、凄い」
「どうしてもきれいな形にならないのよ。それで諦めて丸めてトリュフ」
「ああ、いいんじゃない?」
「やはり形のあるものは難しいよ」
 
「もう誰かにあげた?」
「そのあてが無くて困ってるんだよね」
「好きな人とか、気になる人とかいないの?」
「私、色気より食い気だし」
「それはなかなか難しいな」
 
「あんたたちは誰かにあげたの?」
と蓮菜。
 
「美那と千里は男の子にあげて、デートまでしたみたいよ」
と留実子。
「凄い!」
と玖美子が声を上げる。
 
「まあ合同デートだけどね」
と千里。
 

チロルチョコをいちばん安く売っているのは町のドラッグストアだということで、みんなでそこに行く。1個18円のチロルチョコを15個買う。合計270円。女子全員(千里も含む)12人から20円ずつ徴収したのが240円と先生が200円預けてくれているが先生の分を30円だけ使用したことになる。
 
「じゃ先生には170円返せばいいね」
と計算の得意な留実子が言った。
 
「でも20円で一応バレンタインの気分が味わえるのはいいことだ」
「チロルチョコはいいねー」
「ブラックサンダーもいいよ」
「あれは**に入っている100円ショップで4個100円のがいちばん安い」
 
この手の小学生のお小遣いで買えるようなおやつについては、みんな情報が詳しい。
 

チロルチョコを買って学校へ戻ろうとしていた時、千里たちの前を学生服を着た中学生の男子3人が遮った。
 
千里たちは一瞬顔を見合わせたが
「失礼します」
と言って、脇をすり抜けようとする。しかし彼らは手を広げてそれを停める。 
「通して下さい」
と玖美子が言う。
 
「よ、お前らさ、さっきチョコたくさん買ってたよな」
と中学生が言う。
 
「そんなにたくさんあるんなら、6個か8個くらい、俺たちに分けてくれてもいいんじゃない?」
「ちょっと待て。8だと3で割り切れないぞ」
「あれ?そうだっけ?」
 
大丈夫か〜?こいつら。
 
「これはお使い物ですから、あげられません」
と玖美子。
 
「チョコくらい安いもんじゃん。どうせ男にもたくさん配るんだろ?俺たちにくれた分をまた買ってくればいいじゃん」
 
「安いもんだったら、自分で買えばいいじゃん」
と蓮菜。
 
「馬鹿。ホルスタインだぞ。女が男にチョコを渡す日じゃんか。男が自分で買ったら楽しくないだろ?」
「ホルスタイン??牛???」
「おい。ホルスタインじゃない。バンレタインだって」
「あ、そうか。バンレタインなんだからさ」
 
だめだー。こいつら。
 
「別にあなたたちにあげる道理はありません」
と玖美子。
 
「俺たちちょっと格好良いと思わない? チョコあげたくならない?」
 
「どこが格好良いんですか?小学生からカツアゲしようとか、最低の屑ですね」
と蓮菜は言っちゃう。
 
「屑だと?」
「おい、優しくしている内に、言うこと聞けよ」
と言って中学生のひとりが身体を乗り出してくる。
 
それまで発言していなかったものの、体格の良い留実子が、さっと玖美子と蓮菜の前に出た。
 

「ん?やる気か?」
と中学生が言った時、

 
ポーンとどこからかバスケットのボールが飛んできて、身を乗り出して来た中学生の顔面に激突した。思わず倒れ込む。
 
「ああ、ごめ〜ん」
などと、のんびりした声で歩み寄ってきたのは、同級生の田代君だ。その後に鞠古君も続いている。
 
「ああ、当たりました? キャッチできないなんて運動神経悪いですね」
と田代君。
 
「何だと?」
と中学生は言うが、田代君はそれを黙殺してボールを回収すると、
 
「あれ? お前たちどうしたの?」
と今気付いたかのように、蓮菜たちに声を掛ける。
 
「この人たちがお使いで買ってきたチョコを寄越せと言ってさ」
と蓮菜。
 
「そんな馬鹿な。いくら何でも中学生が小学生からチロルチョコを横取りしようなんてね。チロルチョコくらい普通自分で買えるでしょ。そんな情けない中学生は留萌には居ないよ」
と田代君は言う。
 
中学生たちは、女子がそもそも5人もいる上、前面に立って鋭い視線を見せている留実子が、喧嘩になるとあなどれない雰囲気なのに加えて、かなり運動神経の良さそうな感じの男子が2人加わったとなると、戦うと結構苦戦しそうと見た感じだ。
 
「おい、やめとこうぜ」
と1人が言う。
 
「今日は退散するか」
「お前ら、覚えてろ」
と言って、3人は去るが、田代君は
 
「俺、物覚え悪いから、すぐ忘れるよ」
と3人の背中に向かって言った。
 

「田代、鞠古君、ありがとう。あんたたちいいとこあるね」
と蓮菜が田代君たちにお礼を言う。
 
他の4人も「ありがとう、田代君、鞠古君」と言う。
 
「いや、たまたまボールが飛んでっただけだから」
と田代君は言うものの
 
「取り敢えず学校に着くまで付き合うよ」
と言って、その後、女子たちをガードして学校まで行ってくれた。
 
学校に戻って職員室に居た先生にチョコの入ったバッグとレシートにお釣りを渡す。中学生3人組に絡まれたことを玖美子が報告すると、先生は
 
「昨日、5年生の女の子が実際にチョコを取られたんだよ」
と言って、中学の方と連絡を取って、事件を起こしている生徒を特定して何らかの処置をとるということを言っていた。
 

田代君たちにあらためて礼を言って別れ、そのまま5人でおしゃべりしながら帰り道に就く。
 
「でも田代って、あんなに格好良いことできるんだね」
などと蓮菜が言っている。
 
その言い方に微妙な雰囲気を感じて、美那と千里、それに留実子も顔を見合わせた。
 
「そういえば田代君と蓮菜って近所だっけ?」
「近所も近所。お医者さんごっこした仲だよ」
「おぉ!」
「でも天敵だね」
と蓮菜。
 
「それってお互いに天敵だったりしてね」
と玖美子は優しく言った。
 

翌日。給食の時間に、昨日女子で調達したチョコを男子に配ることになる。女子12人でジャンケンして、配る役は蓮菜と千里が務めることになった。先生が用意していた、可愛い天使風のドレスを(着ている服の上から)着て配る。千里が配る役をしているのに先生は「ん?」と首を傾げていた。
 
「村山、ドレス似合う」
と元島君から言われる。
 
「えへへ。これ可愛い衣装だよね」
と千里もご機嫌で答える。
 
「そうしてるとほとんど女だな」
などと鞠古君。
 
「まあチロルチョコ買うのにお金も出したしね」
と千里。
 
「琴尾、そういう服着てると女に見えるな」
などと田代君が蓮菜に言う。
 
「そうだね。まだおちんちん生えて来てないから取り敢えず女かな」
と蓮菜は応じる。
 
「やはりチンコ生えてきそう?」
「生えて来たら、田代を嫁さんにしてやるから安心しな」
 
この手の会話は、何だかこのふたりのいつものジャブ応酬という気もする。しかし千里はその「嫁さんにしてやる」という言葉に、いつもと違う雰囲気を感じ取った。
 
配り終えた後で、女子全員で集まり、一緒に「チョコレイト・ディスコ」を歌った。鍵盤楽器の得意な美那が教室に置いてある電子キーボードを弾いた。 
歌いながら千里は「声変わり」問題について考えていた。今は自分も女子と同じような声で話せるし、歌える。でもいつか声変わりが来てしまったら、こんなこともできなくなってしまうのだろうか。その時、自分を女子の友人たちは、今までと同様に友人として扱ってくれるだろうか・・・・。
 
それはまるで死刑を宣告されて執行を待つかのような気分であった。
 

6時間目の授業が終わり、帰ろうとしていた蓮菜に、留実子が声を掛けた。 
「ね、蓮菜、結局誰かにチョコ渡した?」
「ううん。考えてみたけど、渡せそうな相手が居ないんだよなあ」
 
しかし「相手が居ない」という時の言い方に、留実子もそばにいる千里も微妙なニュアンスを感じる。ふたりで頷く。
 
「今日、持って来てる?」
「誰か渡す相手思いついたら渡してもいいかなと思って一応持って来た」
 
「じゃ、ちょっとボクたちに付き合わない?」
と留実子は言う。
「ん?」
 
それで千里と留実子で蓮菜を連れて体育館に行った。この日は体育館の半分を女子のバトミントン部、半分を男子のミニバスケット部が使用している。部活は正式には5年生からになっているのだが、3−4年生でも任意参加で参加できるので、入っている子もいる。玖美子がバドミントン部でウォーミングアップをしているのを見た。ミニバスの方は、まだ人数が揃わないのか、準備もせずに何だかボールを抱えて座ったまま雑談している雰囲気。
 
そしてそこに田代君と鞠古君の姿もあった。
 
「ここに来て何するの?」
と蓮菜が言う。
 
「蓮菜、田代君にチョコ渡しちゃいなよ」
と留実子。
「えーーー!?」
「勇気無いなら、ボクたちも傍に行く所までは付き合ってあげるからさ」
と留実子。
 
「田代君に渡すっての、考えたりしなかった?」
と千里。
 
蓮菜はしばらく考えているようだったが、やがて小さく頷く。
 
「じゃ、行こう行こう」
と行って留実子と千里は蓮菜を両側から挟むようにして、まるで連行するかのように田代君たちの傍に行った。
 
「ん?どうしたの?」
と田代君。
 
「ほら、頑張れ」
と留実子が蓮菜の背中を叩く。
 
それで蓮菜が手提げバッグの中から可愛くラッピングしたチョコの包みを取り出す。ちゃんとメッセージカードまである!
 
「ああ、田代、あんたチョコくれる女子とか居ないだろうからさ。私が余ったのあげるから感謝しな」
などと言って、ぞんざいな感じで田代君に差し出す。
 
田代君はびっくりしたような顔をしたが
「琴尾、チンコ生えて来て男になっちまったら、バレンタインにチョコ渡すとかもできないだろうから、まだ女の内にチョコ受け取ってやるよ」
などと言って受け取る。
 
どちらも素直じゃない!
 
鞠古君が「へー!」という感じの顔をしている。
 
ふたりが見つめ合っているので、留実子が
「ほら、握手、握手」
と言う。
 
「キスしてもいいぞ。みんな余所向いてるから」
と鞠古君。
 
「琴尾が男になったらキスしてもいいかな」と田代君。
「じゃ、田代がおちんちん無くして女になったらキスしてもいいかな」と蓮菜。 
でもふたりは何となく手を出して、握手をした。
 
「じゃ、留実子も渡しなよ」
と千里は言った。
 
「あ・・・・」
留実子はドキっとしたような顔をする。
 
「仕方無いなあ。じゃ、これやるよ」
と言って留実子は鞠古君にチョコを差し出す。
 
「え?俺に?」
と鞠古君はびっくりしている。
 
「まあ、デートに誘ってくれたら考えてもいいよ」
と留実子は言う。
 
「ありがとう。ありがたくもらうよ。デートについてはまた後で」
「うん、後で」
と言って留実子は微笑んでいた。
 
「はい、握手、握手」
と千里が言って、鞠古君と留実子も握手をした。
 

体育館を出て、留実子と千里のふたりで帰り道を歩く。
 
「私も渡せたし、るみちゃんも渡せて良かったね」
と千里。
 
「最後まで迷ったんだけどね。結局ボクも渡しちゃったな。ボクも取り敢えず今の所は女だし」
と留実子。
 
留実子は学校でみんなの前では「私」という自称を使っているが、ごく親しい友人の前では結構「ボク」を使う。千里が学校で「ボク」を使っているのが、気心の知れた友人だけしかいない時など、けっこう「私」を使っているのとはちょうど逆だ。
 
「私はいつか女の子になりたい」
と千里。
 
「うん、千里はきっと可愛い女の子になれるよ」
と留実子も微笑んで言ってから
 
「睾丸ってさ、あれ身体の外に出ててぶらぶらしてるのは、体温より低い所でないと活動できないからなんだって。袋がしわしわなのも放熱しやすいようにだよ。だからさ、睾丸って身体の中に押し込めるんでしょ?押し込んでおけば温度が高いから、あまり活動できないかもよ」
と留実子は結構重要な情報を千里に教えてくれた。
 
「それいいな・・・。実はけっこう押し込んでる」
「あくまで気休めだと思うけどね。でも今も押し込んでたりして?」
 
千里はコクリと頷いた。
 
「こないだソフトボール大会の時にユニフォームから普段着に着替える時、千里やはり女の子パンティ穿いてるんだなと思って見てたけど、おちんちんの盛り上がりが見えなかった。あれ、体内に押し込んでるんだよね?」
 
「うん。タマタマもおちんちんも押し込んでる」
「いつもそれしておけば、睾丸の働きは悪くなるはず」
 
千里はこの時期までそういうことを「たまに」していたのだが、この時期以降「ほとんどいつも」そうしているようになる。
 

「るみちゃんは男の子になりたいの?」
 
留実子は少し考えているようだった。
 
「自分でもよく分からない。女の子でいるのも、そう悪くはない気もするけど、おちんちんが欲しいなというのは実際問題として時々思う。でもおっぱいが大きくなる自分は受け入れられる気がするんだよ」
 
「るみちゃん、生理来てたよね?」
「うん。生理が来たことで逆に女である自分を受け入れられるようになったのかも。ボクたちって、けっこうホルモンの奴隷なのかも知れないよ」
 
「私、男の子になってもいいと思うようになるんだろうか・・・・」
と千里は自問するかのように言った。
 
「千里、もう精液出るの?」
「それどうやって出てくるの?」
「ああ、知らないんだ?」
「うん」
 
「千里、精通が来るの、遅いかもね」
と留実子は優しく言った。
 

「そうだ。千里の精通がずっと遅くなるよう、おまじないにこれあげるよ」
と言って留実子はランドセルの内ポケットから小さな四角い柔らかいものを出して渡した。
 
「これ何?」
「生理用ナプキン。女の子が生理の時に使うもの」
「へー!」
「一度付けるの試してみる? お試し用にもう1個あげるから」
と言って留実子は2個ナプキンを渡してくれた。
 
「ありがとう」
「千里は女の子ショーツ穿いてるよね。それのお股のマチの付近にこれを貼りつけるんだよ。粘着する側がショーツだからね。逆に付けると痛いよ」
「分かった! やってみる」
 
「お母さんとかには見つからないようにね。見られたら仰天されるから」
「うん」
 
「千里、たぶん学校の外では女子トイレ使ってるよね? 女子トイレには汚物入れがあるでしょ? そこに捨てればいいから」
「ああ、あれって、そのためにあったのか!」
 
千里には実は汚物入れの目的がよく分かっていなかったのである。ただのゴミ箱だろうか?などと思っていた。
 
「千里も生理が来たりしたらいいのにね」
「うん。来るといいなあ」
と千里は言う。
 

「千里さ、キャンプの時って、実は一般客の女子入浴時間帯に入ったのでは?」
「あ・・・・」
 
当時、千里たちのN小学校の4年生以外に一般のキャンプ客も居た。入浴客の入れ替えは、一般の男性客→N小男子→N小女子→一般の女性客 の順に行われている。一般客の中にも小中学生などの子供は居た。
 
「あの日、2時間炎天下で歩いて汗掻いてるから、お風呂には入らないといけない。でも、千里は女の子なんだから、男子と一緒にはお風呂に入れない。かといって、N小女子と一緒に入ったら、みんな千里のこと知ってるから騒ぎになる。だったら、一般女子に紛れて入るしか道は無い」
 
「るみちゃん、名探偵コナンみたい!」
「ふふ。ボク割と推理小説好き。江戸川乱歩の少年探偵シリーズも読破してるよ」
「へー!」
 

「あのソフトボール大会さ。うちのチームに男子が混じっているという情報はやはり千里を見た誰かが言ったんだろうね」
と留実子は言った。
 
「うん、そうかも」
と千里。
 
「でもどの子かまでは聞いてなかった。男子が混じってたらいくらなんでも見て分かるだろうと思ってやって来たものの、結局、顔を見回して、男子が居るとしたらボクかなと思ったのかもね」
と留実子が言う。
 
「まあ、るみちゃん男装したら男に見えるかもね」
「あ、男装した時は男で通ってるよ。そういう時はトイレも男子トイレ使うしね。ボク立っておしっこできるんだよ」
「凄い!私なんて立っておしっこしたことないよ」
 
「ふふふ。千里は女装しなくても女に見えるね」
 
千里と留実子はちょっと見つめ合って微笑んだ。
 
「私とるみちゃんが並んで歩いてたら、男女のカップルと思われるかも」
「それって、ボクが彼氏で千里が彼女って構図だよね」
「そうそう」
 
と言ってふたりは笑った。
 
「あ、そうだ。こないだまた服を少しもらったから、スカートは千里にあげるね」
「ありがとう」
 
留実子はスカートを全然穿かないので最近は親もスカートは買って来ないらしいが、親戚の子からお下がりでもらったスカートがあるので、それをそのまま千里にしばしばくれるのである。この件は留実子の母も承知の上である。但し留実子の母は千里のことを女の子と思い込んでいる。
 
子供の服は一般にすぐ着られなくなるので、お互いに譲り合うのは庶民の生活での助け合いだ。特に、留実子は千里より背が高いので、留実子が着れなくなった服を千里が着ることができる。但し留実子はけっこう荒っぽいので、実際に留実子が着ていた服は痛んでいたりもするのだが、千里はそんなの全然気にせずに着ているし、穴が開いたりしたらアップリケを付けたりして穴を塞いで着ている。
 

しばらくふたりで話ながら歩いていた時、公園の入口の所に青沼君が立っているのを見た。
 
「やあ」
と青沼君が声を掛ける。
 
「こんにちは」
と留実子が挨拶するが、千里は俯いて、留実子の陰に隠れるようにする。 
「おい、千里、キャッチボールするぞ」
「え?」
 
自分の後ろに隠れている千里を留実子がグイと押し出す。
 
「今日は練習の日だぞ」
「・・・私の性別を知っても誘ってくれるの?」
 
「千里は女の子だろ?」
そう言って、青沼君が千里を見詰める。
 
千里がこくりと頷く。
 
「じゃ、問題無し。今日も少し頑張るぞ」
 
それでも千里が悩んでいるようなので、留実子が背中を押して、青沼君の前に出す。
 
「うん」
と千里も笑顔で答えて、ふたりで公園に入っていく。それを留実子は楽しそうに見送った。
 
 
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