【女の子たちの球技生活】(1)

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千里は憂鬱だった。
 
目前に中学校の入学式が控えている。中学の規則で髪を短く切らなければならないのである。
 
千里は小学校時代、胸くらいまでの長さの髪にしていた。しかし小学校の先生から「お前、中学では短くしないといけないぞ」と言われた。
 
中学の頭髪規則を事前に行われた説明会で聞いたが、女子の場合は前髪が眉に掛からないように、後髪は肩に掛からないようにということ(特殊な事情がある場合は、結んでおけばOK)だったが、男子の場合は、前髪が眉に掛からないようにまでは良いが、後髪は襟に掛からないように、横髪は耳が全部露出するようにというものであった。
 
小学校のクラスメイトたちも「千里ちゃん、可哀想」などと言ってくれたが、入学式までに性転換でもしない限り、自分には男子の頭髪規則が適用されてしまう。
 
そして・・・学生服などというものを着なければならないのも憂鬱だった。 
同級生の女の子が中学の女子制服のセーラー服を試着しているのを見ても「いいなあ」と思っていた。
 
割と仲の良い佳美がそんな千里の視線に気付いて、
「千里、ちょっと着てみる?」
などと言ったので、着せてもらった。
 
「可愛い!」
「充分女子中学生で通る」
「千里、性転換しちゃいなよ」
 
などと言われ、携帯を持っている子が記念写真を撮ってくれた。
 

そういう訳で、千里は床屋さんに行くのをギリギリまで延ばしていた。 
父から随分うるさく言われたものの、千里は結局中学の入学式(午後1時から)の日の午前中に床屋さんに行くよと言っておいた。
 
ところが・・・千里は入学式の前日に風邪を引いてしまったのであった。 
結局中学の入学式も欠席し、一週間休んでから中学に出て行った。
 
「済みません。まだ病み上がりなので、もう少し体調が回復してから髪は切りに行ってもいいですか?」
と言ったら、担任の先生は
「あ、いいよ、いいよ。無理しないでね」
と言ってくれた。
 
一応、髪は結んで学生服の内側に押し込んでおいたので、一応耳は露出しているし、先生達の中には千里の髪が長いことに気付かない先生もいたようである。(前髪は自分で切って眉を露出していた。ついでに眉も細くしていた)
 
そして結局千里はそのまま髪は切りに行かずに、取り敢えずバッくれていた。 

学校の中では、一応学生服を着ておくのが原則ではあるが、男女とも結構体操服を着ている子もいた。体操服のまま普通の授業を受けていても特に先生から注意されることはなかった。この学校は割とそのあたりが緩かったのである。なお、ここの中学は体操服は男女共通である。
 
それで千里は結構体操服姿になっていた(結んだ髪は体操服の中に入れていた)が、そうしていると女の子に見えてしまうこともあり、ある日は視聴覚教室のそばを歩いていたら
 
「あれ?君、新一年生?」
と女の人に訊かれ
「はい。そうです」
と答えたら
 
「早く中に入って。もう始めるよ」
と言われて視聴覚教室に入ると、女子新入生向けの性教育の授業が始まってしまった!なんてこともあった。
 
(学年はシューズの色で区別できるので1年生と分かった)
 

《女子向け性教育》をしっかり受けた上で視聴覚室を出ようとしていたら、同じクラスの尚子から声を掛けられた。
 
「あれ?千里ちゃん、もしかして今の授業受けてたの?」
「うん。近くを通りかかったら、早く早くと言われて中に入っちゃった。始まったビデオ見てびっくり」
 
「あはは、まだ髪切ってないから充分女子に見えるよね。でももしかしたら、千里ちゃんには必要な内容だったかも。だって千里ちゃん、好きになる相手は男の子だよね?」
「うん。女の子を好きになったこと無い」
 
尚子はそばに寄って小さな声で訊いた。
「ね、結局青沼君とはどこまで行ったの?」
「あ・・・えっと、別れ際にキスした」
「へー!」
 
ちなみに女子が性教育の授業を受けていた間、男子は校庭で持久走をやらされていたらしい。それを聞いて、千里はこっちに来て良かったぁーと思った。 

 
4月下旬。支庁内の中体連の大会があり、部活に入っていない人はどこか自分の好きな競技の応援に行きなさいということだった。
 
千里は会場が近いしと思い、スポーツセンターで行われるバスケットボールを応援に行った。
 
競技は9時から始まるようであったが、千里は8時半頃出て行った。あまり学生服を着たくない気分だったので体操服を着ていた。
 
千里の中学の名前が入ったユニフォームを着た女子が数人センターのロビーに円陣を組むかのように集まって何か話している。その時、ひとりの子が千里を見た。
 
「ね、ね、君、S中学の子?」
「はい、そうですけど」
 
「悪いけどちょっと顔貸してくれない?」
「は?」
 
「うちのバスケ部、部員が5人しかいなくてさ。ギリギリの人数で参加するつもりだったんだけど、1人急病で来られないらしいんだよ」
「あら」
「このままだと人数不足で棄権になっちゃうから。君、代わりに出てくれない?もうエントリーまで5分しか無くて困ってたんだ」
 
「えー? 私、バスケとかルールも知りませんけど」
「ポートボールもしたことない?」
「小学校の体育の時間でやったけど、あまり良く分からなかったです」
 
「ボールを持ったまま3歩以上歩いてはいけないってのと、ダブルドリブルの禁止が分かってれば充分だけどな」
「ああ、そのくらいは分かります」
「じゃ、来て来て」
 
と言われて、千里はその女子に連れて行かれる。
 
「君、名前は?」
「村山千里です」
 
「・・・村山千里さん。OK。じゃ私エントリーシート出してきます」
と言ってひとりの子が走って行った。
 
その時、初めて千里はそのことに思い至った。
 
「あの、まさかこのチーム、女子では?」
「ん?私たち男子に見える?」
 
「あのぉ、私、男子なんですけど」
「えーーーー!?」
 
「だって、その髪型」
「新学期早々風邪引いちゃったんで、まだ切ってなかったんです」
 
「どうする?」
と2人の女の子が顔を見合わせている。
 
「バッくれちゃおうか?」
「うん。咎められたらその時」
 
えー!?そんなんでいいの〜?
 
「バスケ未経験者なら男子でも大した動きにならないだろうから、バレないよ」
 
「ね、君、今日はトイレに行く時は女子トイレに入ってよね」
「あはは、いいのかな?」
 
「だって、千里ちゃんだっけ? 君そうしてると女の子に見えちゃうから、女子トイレに入っても、誰も変に思わない」
「うん。むしろ男子トイレに入ったら咎められる」
 
うーん。。。いいんだろうか?
 

そういう訳で、千里は唐突に《女子バスケット部》の選手として出場することになってしまったのであった。ゼッケンはキャプテンの節子さんが持っていた予備を体操服に急いで縫い付けてくれた。背番号9だ。
 
9時早々に試合があるので出て行く。チーム識別のため赤い鉢巻きをした。「よろしくお願いします!」
と挨拶してジャンプボールから試合開始!
 
こちらの房江さんが弾いたボールを久子さんが取り、ドリブルで敵陣に走り込んで行き、攻撃開始。一気に相手の制限区域近くまで運んでいったものの、ディフェンスに阻まれてシュートが打てない。
 
そこでこちらをちらっと見て千里にパスした。
 
千里はそのままシュートを撃つ。
 
大きな弧を描いてボールはダイレクトにバスケットに吸い込まれた。
 
「やった!」
「凄いじゃん。スリーポイント」
などと言って手荒に頭を揉まれる。
 
「え?これ3点入るの」
「そうそう」
などと言いながら走ってディフェンスに戻る。
 
千里の前に相手のガードがボールをドリブルしながら攻めてくる。千里は両手を広げて前に立ち妨害する。それで相手ガードは千里の前で停まりドリブルしながら一瞬後ろに視線をやり、パスするかと思わせて、次の瞬間そのまま千里の腕の下をかいくぐって内側に入って来た。
 
このあたりは素人と経験者の差だ。
 
千里は急いでその後を追う。相手ガードはそのまま走り込んでレイアップシュートを撃つ。バックボードに当たり、跳ね返って、そのままネットには入らず落ちてきた!それを千里がジャンプして確保する。すぐさま視線が合った久子にパスする。久子が俊足のドリブルでボールをフロントコートに運ぶ。
 

試合は千里たちのチームの有利な状態で進んだ。
 
ポイントガートの久子が速攻で攻め上がってそのまま得点を奪うパターン。パワーフォワードの房江が乱戦を制してリング近くからシュートするパターン、千里が遠くからスリーポイントを撃つパターンが、それぞれうまく機能した。 
リバウンドも房江と節子が拾いまくったし、千里も165cmの長身を活かして結構拾っていた。
 
結局47対36で勝利。千里は思わず久子たちと抱き合って勝利を喜んだ。 
「ありがとうございました!」
と挨拶し、握手をしてコートから下がった。
 

2階席の荷物を置いている場所に行き、休憩する。
 
「そういえばこのチーム、監督とかは居ないんですか?」
「居ない、居ない」
「キャプテンの節子が選手兼監督」
「顧問の先生は?」
「男子バスケット部と兼任だから、今日はそちらに付いてる」
 
「うちの男子バスケット部は強いから。女子バスケットは弱小なんだよね」
「あぁ」
 
「普段の練習でも、なかなかコートを使わせてもらえない」
「あらら」
「男子がウォーミングアップとか基礎練習している間の30分間だけ使わせてもらえる」
「えー? でもそしたら、女子のウォーミングアップは?」
「5分で終わらせる」
「きゃー。それで怪我したりしません?」
「まあ、私たちはあまり荒っぽいプレーはしないからね」
 
「そうだ。何か何秒ルールとか色々制限がありますよね。あのペイントエリアの中には確か3秒しか居られないというのは知ってたんですけど」
 
「そうそう。3秒ルールね」
「他に5秒ルールというのは、ボールを持ってから5秒以上そのままにしていてはいけない。パスしたりドリブルしたりシュートしたりしないといけない。特にスローインやフリースローは5秒以内」
「へー」
 
「8秒ルールというのは、ボールをバックコートで所持しているチームは8秒以内にフロントコートにボールを進めなければならない」
「なるほど」
 
「24秒ルールというのは、攻撃中のチームはボールを取ってから24秒以内にシュートしなければならない」
「ほんとに色々ありますね!」
 
「まあ、要するにちんたらプレイしたら駄目ってことだよね」
「そそ。素早く攻めて素早く撃つ」
「ラン&ガンだよ」
「なんか格好良い!」
 
「フロントコートにいったん入れたボールをバックコートに戻すのも違反だからね」
「ああ」
 

「でもさ、千里ちゃん、さっき勝った時に思わずハグしちゃったけど、ハグした感覚が女の子」
と久子が言う。
「あ、思った、思った」
と節子も言う。
 
「あ、それは小学校の時の友人たちからも良く指摘されてました。私、お肉の付き方が女の子型みたい」
と千里。
 
「・・・・女の子たちとハグしてた?」
 
「あ、結構しますよ」
「へー!」
 
「ね、ね、もしかして千里ちゃんって、女の子になりたい男の子?」
 
「えへへ。結構なりたいかも」
「千里ちゃんの声って少し中性的だよねー」
「何か女の子でもこの程度の声の子はいるよね、って感じ」
「声もだけど、話し方が凄く女の子っぽい」
「喉仏もあまり目立たないよね」
 
「だったらさ。まだ新入学早々風邪引いて髪切ってなかったとか、言ってたけど、髪は切らずにおちんちん切って、女子バスケット部に入らない?今年の新入部員は数子1人だったから」
 
「あはは。いいですね、それ」
 
この辺りはどこまで本気でどこから冗談か分からない会話だ。
 

少し休んだ所でトイレに行っておこうという話になり、5人でぞろぞろとトイレに行く。こういうイベントのある時の宿命で長い列ができているのでそこに並んでおしゃべりしている。
 
少しずつ列が進んで行き、やがて個室が空いたので千里も中に入って用を済ませた。 
手を洗うのにまた並んでいたら、トイレ待ちの列の中に小学校の時の友人の佳美がいた。向こうは「え?」という顔をしていたが、千里は開き直って笑顔で手を振っておいた。
 
2階に戻ってから久子に指摘される。
「千里ちゃん、女子トイレ初めてじゃないよね?」
「あ、えっと・・・」
 
「ああ、恥ずかしがってる様子も無かったし。場慣れしてる感じだった」
「何か手を振ってたのはお友だち?」
 
「ええ。後で追求されそう」
「私たちも今ちょっと追求したい気分なのだが」
 
「あはは。いづれその内」
 

1時間後に2回戦があったが、相手が強豪校で、千里たちのチームは全く歯が立たなかった。80対25の大差で敗れてしまう。
 
「ああ。残念だったねー」
「あそこ強いもん」
「入部希望者が多いから、入部テストがあるらしいね」
「ひぇー」
 
「確かにあまり沢山部員入れても、試合に出してあげられないもんねー」
「うちなら、入りたい人はみな歓迎だけど」
「千里ちゃん、ほんと入らない? まあ今日は試合に引っ張り出しちゃったけど、普段一緒に練習するだけでもいいじゃん」
 
「そうだなあ。考えておきます」
 
その後は勝ち進んでいる男子バスケット部の方の試合を見学していた。 
「ほんと男子は強いですね」
「うん。部員も30人くらい居るからね。入部希望者はもっといるんだけど、あまり多くてもどうしようもないから、試験をして絞っている」
「わあ、ここも試験!」
「でも試合でベンチに入れるのは15人までだから」
「半分は客席見学か・・・」
 
「女子バスケット部なら確実にベンチに入れるよ」
「あはは。凄い誘惑」
「ゴールデンウィークにちょっと病院でお股を処置してこない?」
「あはは。処置したーい」
「ああ、やはり処置したいんだ!」
 

男子チームは準々決勝を勝ち上がり、準決勝まで来る。
 
「この相手チーム強いですね」
「去年の春の大会も秋の大会も道大会でベスト4まで行ってるもん」
「ひゃー」
 
相手はひじょうに能力の高い選手ばかりのようだが、こちらもうまくチームワークで対処し、第2ピリオドまで終わっても32対26で、何とか食らいついて行っている感じだった。
 
「うちの7番の選手が頑張ってますね」
「ああ、細川君はうちのエースだもん」
「まだ2年生だけど、彼が実質チームの中心だよね」
「へー」
 
あまり点差が開かないのに業を煮やしたのか、第3ピリオドで相手チームは猛攻を掛けてくる。ところがすんでの所でこちらの7番細川君が巧みにブロックしたり、相手がドリブルしているボールを一瞬の隙を突いてスティールして逆襲したりして、全然点数を与えない。逆に細川君ひとりで20点取り、50対46と逆転してしまった。
 
「もしかして勝てたりして」
「細川君凄い!」
 
しかし細川君は第3ピリオドで頑張りすぎたせいか、第4ピリオドになるとどうしても動きが鈍くなってしまう。すると実力差でまさる相手チームが優位に試合を進め、残り30秒で76対71とリードされた状態になっていた。しかしここでこちらの4番を付けたキャプテンが敵陣での乱戦を制してシュートを成功させ、76対73と詰め寄る。
 
相手チームが速攻を仕掛けてくる。シュートを打つ。がそこでこちらのブロックが決まる。こぼれ球を細川君が取る。残り時間は8秒! 相手チームが必死に戻って細川君の進路を塞ぐ。細川君はドリブルしながら相手の隙を伺う。相手がたまらず飛び出してくる。そこをかわして先に進む。でもその先にも敵がいる! 
そして細川君はシュートを打った!!
 
スリーポイントラインの外側だ。入れば3点。ぎりぎり追いつく!
 
ボールはいったんバックボードに当たり、リングの端をぐるぐる回る。 
そして・・・。
 
外に落ちてしまった。
 
「あぁぁぁぁ!!」
と千里たちは声を上げた。
 
相手選手がリバウンドボールを取り、ドリブルで走り出した所でブザー。試合終了。
 
76対73で相手チームが勝った。
 
「惜しかったねー」
「あとちょっとで追いつけたのに」
 

男子チームはその後3位決定戦を制して、支庁大会3位となった。千里は久子たちに「また〜」などと言って手を振って別れ、帰途に就く。
 
バス停でバスを待っていたら、佳美に声を掛けられた。
「あ、歩きながら話そうよ」
と誘って一緒に歩き出す。
 
「男子チーム惜しかったねー」
「ああ、あれ凄い試合だった。あの強豪相手にあそこまで頑張ったのは凄いよ」
「細川君、かっこいいー」
「彼人気だよ。狙ってる女子たくさん居る」
「彼女はいないの?」
「うん。いないみたい。きっと男女交際してる時間あったらバスケしてるんだよ」
「スポーツに賭ける青春か。格好良いな」
「だから、また憧れる女子も多いんだろうけどね」
 
「ところで千里って、女子トイレ使うのね」
 
話が核心に来たなと千里は思った。
 
「それは割と使うかな」
と開き直って答える。
 
「まあ千里なら女子トイレ使ってもいいかもね。でも髪切ったら使えなくなるだろうけどね」
と佳美は好意的な反応をする。
 
「うん。できるだけずっと切らずにいたいけど、どこかで切らないといけないんだろうなぁ」
 
「ところでさ。今日の女子バスケットチームに出てた子が、何か千里に似てた気がしたんだけど?」
 
話が更に核心に来た!!
 
「あはは。それ内緒にしててー」
 
「やはりあれ千里なの〜!?」
 
それで千里は状況を説明した。
 
「なるほどー。そういうことか。だったら私も誰にも言わないね」
 

千里が髪を切らないままでいる内に、暦はゴールデンウィークに突入する。 
ただし、この年(2003年)は4月29日が火曜日で孤立しており、後半も5月3-5日が土日月という曜日になっていて、全然ゴールデンでは無い雰囲気であった。それでも5月3日には、ちょっと町にでも出ようかということになり、母が車を運転し、千里と2つ下の妹・玲羅を乗せてお出かけした(父は漁師仲間の人たちと宴会らしい)。
 
最初旭川の動物園にでも行こうと言っていたのだが、玲羅が「子供じゃあるまいし」と言ったので(充分子供だと千里は思ったが)、結局岩見沢市の三井グリーンランド(現・北海道グリーンランド)まで行くことになった。高速を通って片道1時間半の行程である。
 
朝7時すぎに留萌を出て、9時前に遊園地の駐車場に駐める。入場ゲートの方に向かっていたら、正門前で何かイベントをしているようだ。仮設の小屋が建っている。何だろう?と思って眺めていたら、呼び込みの人が
 
「あ、君たちもぜひ参加しよう」
と言って、半ば強引にそのイベントの会場に連れ込まれてしまった。
 
小中学生・オリジナル和服大会などと書かれている。
 

「描いた絵がそのままインクジェットプリンターで和服にプリントされて、その和服を着て何か一芸してもらうというイベントです。プリントした和服はそのままお持ち帰りになれます」
などと係の人が説明する。
 
「あのぉ、お値段は?」
と母が訊くが
 
「この即席で和服にプリントするシステムのキャンペーンなので無料です」
と係の人は言う。
 
「ああ、タダなら良いわね」
と母。
 
それで千里と玲羅も参加する。会場にはたくさんパソコンが並んでおり、そこでマウスあるいはタッチパッドで描くようになっているようである。しかし、それを見るなり
 
「私、絵は苦手ー」
などと玲羅が言う。
 
「お兄ちゃん、代わりに描いてよ」
などと言うので、千里は自分のは置いておいて、まず玲羅の絵を描いてあげた。 
本人のリクエストで、KAT-TUNの亀梨君の似顔絵を描き、背景に花とか月とか小鳥とかを描き込む。月は手描きしたが、花や小鳥は、このお絵描きシステムに部品として登録されているものを貼り付けた上で微調整した。
 
「すごーい!きれーい!」
「ボクは歌が下手な分、絵は少し描けるから」と千里。
「私は歌は自信あるけど、絵はダメだな」と玲羅。
 
15分ほどで玲羅の絵を仕上げる。凄い凄いと言って、登録番号をメモして係の人の所に行く。母も付いていく。それから自分の絵に取りかかる。層雲峡の銀河・流星の滝をイメージした2本の滝を描き、ラベンダーを下の方に描き込む。それに古典的な御所車、手鞠、鶴、などを部品から取り込んだ。少し迷いながら描いたので30分近くかかった。細かなバランスの調整をしてからデータを登録し、番号をメモして係の所に行った。列ができていたので少し並ぶ。やがて順番が来て「はい。できてます。こちらへ」と言われて、女性に案内されて着替用の個室に入った。
 
上着とズボンを脱いで、下着だけになり、その上に出来上がった和服を着付けしてもらう。帯はポリエステル製の半巾帯で絵柄もプリントだ。原価は数百円か?鏡に映してみると、結構可愛い! 満足して笑顔で会場の方に行く。玲羅と母を見つけて手を振って近づく。でも玲羅も母も怪訝な顔をしている。
 
「どうかした?」
「あ、いや可愛い絵柄だなと思って」と玲羅。
「うん。自分でも結構満足」と千里。
 
「でもなんで女の子模様なの?」
「え?」
 
あれ〜〜!? ボク男の子だっけ?だったら男の子向けの柄とかにしないといけなかったのかな?
 
千里はそういう問題を何も考えていなかったので、ちょっと焦った。
 
「うーん。まあ、いいんじゃない?」
と千里。
 
「いいの〜〜!?」
と玲羅も母も言った。
 

会場では順番にステージに番号札で呼ばれて何か一芸をするというのを参加者はしていた。歌を歌ったり、ギャグを言ってみたり、ステージに用意されている道具(電子キーボード、電子ヴァイオリン、太鼓、バトン、バスケットボール、お手玉、縄跳び、チャイナリング!?など)で何かしたりする。
 
やがて玲羅の番となり、電子キーボードを弾きながら「Maybe your love」を歌った。司会者に声を掛けられる。
 
「それジャニーズか誰かの曲ですか?」
「はい、そうです。KAT-TUNとYa-Ya-yahのコラボ曲なんです」
と玲羅は答えるが、司会者はKAT-TUNもYa-Ya-yahも知らない雰囲気。玲羅がジャニーズの新鋭グループだと説明する。
 
「この着物の絵柄もジャニーズの人?」
「はい。KAT-TUNの亀梨君ですよ」
「へー。絵もきれいに描けてますね」
「はい。亀梨君、大好きです」
 
30分後くらいに千里の順番になる。だいたい歌を歌う人が多かったが、千里は歌は自信が無いので、電子ヴァイオリンを借りて・・・・弾こうとして音が変だというのに気付く。
 
「これ音がくるってるみたいなんですけど」
と千里。
 
「あらら。誰か調整できる人いないかな?」
と司会者が言うが、スタッフの中には分かる人がいない感じ。
 
すると会場の中に1人手を挙げた男の子が居た。何だかレーシングカーの絵を描いた男性用の和服を着ている。短髪で筋肉質っぽい体形。わぁ、格好良い人と思って彼がステージに上がってくるのを見ていた。
 
「はい、調弦したよ」
と言って笑顔で楽器を渡してくれる。
 
「ありがとうございます」
と言って受け取る。
 
それで千里は『アメイジング・グレイス』を弾く。けっこう聞き惚れている人がいる感じで、多くの出演者は歌を歌い始めても1分程度で停められたのに(玲羅は2分くらい歌った)、千里の曲は最後まで演奏させてもらえた。 
千里のヴァイオリンは実は自己流である。左手の使い方がアバウトだし、この『アメイジング・グレイス』は実はG線だけで全部弾いてしまっている。実は移弦も苦手である! ヴァイオリンを少しは引く佳美に言わせると「そんな適当な弾き方でこんなに美しく鳴るのは天才だ」ということだし、妹の玲羅は「歌が下手なのにヴァイオリンは弾けるというのは絶対変」と言う。
 
しかしとにかくも、今日のスタッフと観客にはそういう「自己流演奏」であることは気付かれなかった感じで、何だかたくさん拍手をもらった。
 
「ヴァイオリン巧いですね!」
などと司会者さんから言われる。
 
「いやぁ、下手なんですけどね」
と正直に言うが、謙遜していると思われている感じだ。
 
「着物の絵柄もきれいですね。この滝はオシンコシンの滝ですか?」
「あ、いえ。銀河流星の滝です」
「あぁ、そっちの方か。あ、確かにこちらが細く広がっていて、こちらは太くまとまっていますね」
「ええ、あとはラベンダーをたくさん描き込みました」
「このラベンダーも部品じゃないですよね?」
「ええ。5個くらい手描きして、あとはコピー&ペーストです」
「なるほど!」
 

ということで、司会者さんと結構しゃべってから解放される。
 
その後、ずっとステージを見ていたら、例のヴァイオリンを調弦してくれた男の子はチャイナリングで巧みに手品っぽいことをしてみせて、拍手をもらっていた。千里もたくさん拍手をした。
 
やがて結果発表となる。
 
「3位。ジャニーズの顔の絵の和服で、ジャニーズの歌を歌ってくれた、村山玲羅さん」
 
どうも司会者は結局KAT-TUNという名前を覚えきれなかったようだ。年齢的にフォーリーブス世代?という雰囲気なので仕方無いか。玲羅が「やった」と言って走ってステージに上がっていく。
 
「2位。旭橋の絵柄の和服で、大井追っかけ音次郎を歌ってくれた、****さん」
 
最近の歌でも演歌系はしっかりフォローできているようだ。20代の女性が静かに歩いてステージに向かった。
 
「そして1位。銀河流星の滝の絵柄の和服で、ヴァイオリンで何だかきれいな曲を弾いてくれた、村山千里さん」
 
ひゃーと思いながら千里は席を立ちステージに行く。『アメイジング・グレイス』
という曲名を告げているのだが、カタカナ言葉は覚えきれないのだろう。 
それで賞状と記念品のカンザシに、副賞でこの遊園地のフリーパス引換券をもらってしまった。
 
「本日の入選者は3人とも女性ですね」
などと司会者が言うので、玲羅が笑うのをこらえて苦しそうだ。
 
ともかくも3人並んで記念写真を撮り、観客からたくさん拍手をもらった。 

「私もお兄ちゃんも入場券もらっちゃったね」
「じゃ私だけチケット買えばいいか」
 
ということで母だけチケットを買い、11時半頃に遊園地に入場した。千里も玲羅も和服を着たままである。賞品のカンザシを髪に挿している。千里のはラベンダー、玲羅のは芝桜である(2位の人は鈴蘭だった)。着て来た服はコインロッカーに預けた。 
「でもこうしてみると、娘が2人いるみたい」
などと母が言う。
 
「ボクはこういう服を着ている方が落ち着く気がする」
と千里。
 
「ああ、お兄ちゃん、結構女の子っぽいし、いいんじゃない?そういうのも」
と玲羅。
 
そういう訳で、その日は母と娘2人の感覚で遊園地の中を動き回った。 

玲羅がジェットコースターに乗りまくるので、千里も付き合わされたが、重力を無視したようなコースターの動きに、千里は目が回る。
 
「お兄ちゃん、次行こう! あれ3回転だよ。スリル満点!」
「ちょっと待って。重力の方向を確認してからにしたい」
 
「酔ったの?」
「この手の苦手〜〜!」
「お兄ちゃん、漁師になって海に出たら、この程度じゃ済まない気がするよ」
「ボクには漁師は無理〜」
 
「そうかもねー。あまり腕力無いし」
「玲羅の方がよほど腕力ある気がする」
「確かに腕相撲でお兄ちゃんに負けたことないな。でもお父ちゃん、期待してる感じだよ」
 
「東京方面の大学にでも行って、そのまま曖昧になしくずし的に向こうに居座ること考えてる」
 
「ふーん。私は東京までは行かなくていいけど札幌くらいには出たいな」
「まあいいんじゃない?」
「東京の大学というと東京大学?」
「それはボクの頭では無理な気がする」
「そうかなあ。お兄ちゃん、頭良さそうなのに」
「東大に行く人は、頭の作りから違うよ」
 
そんなことを言いながらも、千里は実は東京方面にある大学は、東大以外には早稲田・慶應くらいしか知らなかった。
 

お昼の後、少し休憩していて、千里はトイレに行った。
 
まあ、今日のこの服ならこちらでいいかなあ、などと考えて女子トイレに入る。幸いにも列ができていなかったので、そのまま個室に入り、用を達してから服の乱れを直し、個室から出て手を洗う。出た所でバッタリと玲羅と出会う。 
「お兄ちゃん、今、女子トイレから出て来なかった?」
「気のせい、気のせい」
「ふーん」
 
しかし、こういう場所でお兄ちゃんと呼ぶのはできたら勘弁して欲しいな。 
母が待っている方角へ行くが、周囲のアトラクションなど眺めながらぼんやりと歩いていたら、人とぶつかってしまう。
 
「あ、ごめんなさい」
「あ、ごめん」
 
と言ってから相手を見ると、何だか見覚えのある人だ。そしてレーシングカーの絵の和服。
 

「あ、さきほどはヴァイオリンの調弦をしてくださってありがとうございました」
と千里は礼を言う。
 
「ああ、さっき優勝した女の子か。『アメイジング・グレイス』巧かったね」
「ありがとうございます。でも自己流なんですよ」
「ああ。G線だけで弾いてたもんね」
「ええ。よく分かりましたね! ヴァイオリンなさるんですか?」
 
「昔やってたけど、もう3年くらいやってない。最近は部活の方が忙しいし。一応絶対音感持ってるから調弦とかは笛とか無しでもできるんだけどね」
 
「凄いです。私、4つの弦の間の音程が違うというのは分かったけど、自分では合わせきれないし、そもそもの音の高さも分からないし」
 
立ち話も何だしということで、近くのベンチに座る。
 
「部活は何をなさってるんですか?」
「うん。バスケット」
 
その時、千里ははっとした。
 
「あ!今気付いた。細川さんですよね!」
「あれ、僕のこと知ってるんだ?」
「同じ中学なので。こないだの試合見てました。最後のシュート惜しかったです」
 
「ああ。あれは惜しかった。でもその前にあと1点取っておきたかった。あれは延長戦になっていても負けていたよ。もうこちらは体力限界だったもん」
「確かにひとりで凄い活躍なさっていたし」
 
「あれ? 僕も君、見覚えがあると思った。君、女子のバスケット部?」
「もしかして、先日の試合見てくださったんですか?」
「うん。見てた」
 
「きゃー。でも正式部員じゃないんです。女子のバスケ部は人数がぎりぎりなのに1人休んじゃったからと、たまたま近くに居た私が引き込まれちゃったんです」
 
「あはは。でも君、3ポイントをバシバシ決めてたじゃん」
「ええ。偶然ですけど。才能がある。一緒にやらないか、なんて誘われたんですけどね」
 
「うん。やろうよ。バスケは楽しいよ。あ、名前は何だっけ?」
「村山です。でも私、実はルールもよくは知らなかったんですよ。あそこから打ったら3点になるというのも、あの場で初めて知ったくらいで。でもバスケ楽しいなとは思いました」
と千里。
 
「ふーん。村山さんか。放課後の練習では男子バスケ部がほとんどの時間使わせてもらってるけどさ。昼休みとかは部活の子もそうでない子も自由に、男女入り乱れてバスケやってるから。あれに君も参加しない?」
と細川君。
 
「ああ、そういうの、いいかも知れないなぁ」
 
千里が細川君と話している最中に、トイレの終わった玲羅が通りかかる。でもこちらをチラっと見ただけで、そのまま向こうに歩いて行った。そして少ししてから携帯にメールが着信する。細川君に断って見ると母からで「こちらは適当に遊んでいるから、帰る時には連絡して」とあった。
 
「あ、ごめん。誰かと来てるんだっけ?」
「母と妹と。でも向こうは向こうで適当に遊んでるからとメールが」
 
「それはうちも同じだな。母ちゃんと妹2人と4人で来たんだけど、妹たちが迷路とかメリーゴーランドとか動物の乗物とかばかりやってるから、ジェットコースター行こうよと言ったら、お前ひとりで行ってこいと言われた。折角遊園地に来てるんだから、ジェットコースター乗らなくちゃ。女はああいうのは苦手なのかなあ。あ、ごめん。君も女の子なのに」
 
「いえ。でもジェットコースターは確かにスリルがありますよね」
 
と言いながら千里は、あれ待てよ〜。今自分は女の子と思われてる?などと今更ながら思い至っていた。
 
「あ、ジェットコースター嫌いじゃない?だったら一緒に乗らない?」
などと誘われる。
 
「そうですね。乗ってもいいかな」
と千里は答える。本当はあまり乗りたくない気分だが、誘われたら嫌と言えないのが千里の性格だ。
 

それでいきなり、360度回転の《龍王》に来る。きゃー!また目が回りそう。 
でも笑顔で一緒に列に並び、コースターに並んで乗車する。あはは。目を瞑っていても酔いそうだ。乗車したコースターがゆっくりと巻き上げで坂を登っていく。そして登り切った所から、コースターが走り出す! ひー、助けてー、という気分。 
ちょっと顔がこわばっていたら、最初のアップダウンのある部分のアップで少し速度が落ちた時、細川君が千里の手を握ってくれた。ドキっとする。
 
でも手を握ってもらったら、何だか凄く気持ちが落ち着いた。それで、その後の360度回転が何だか平気な気がした。さっき妹と乗った時とは全然感覚が違う。なんでこんなに違うんだろうと千里は不思議に思った。
 
「どうだった?」
「手を握ってもらったら、その後、全然怖くなくなりました」
「じゃ、また手を握ってあげるから、また乗ろう」
「はい!」
 
そういう訳で、千里と細川君は龍王に5回も乗ったのである。その後、全長1500mのビックバーンコースターにも3回、など、ひたすらジェットコースターに乗りまくる。千里も手を握ってもらっているのもあったが、次第に少々の「重力の混乱」
があっても、大丈夫なような気がしてきた。
 

3時間近くコースターやティーカップなど三半規管を酷使するような乗り物に乗り続けたあたりで、細川君の携帯に着信がある。
 
「あと30分くらいしたら出ようかなどと言ってる」
「あ、こちらもそろそろ引き上げる時間かも」
 
「ね、村山さん。観覧車に乗らない?」
と細川君が言った。
 
「はい」
と千里も笑顔で頷く。
 
それで高さ85mの大観覧車に乗る。1周りするのに15分ほど掛かる。
 
「凄く見晴らしがいい」
「僕、高い所好き」
「私も好きかも」
 
「馬鹿と猫は高い所が好きなんだってさ」
と細川君が謎でも掛けるかのように言う。
 
「私も細川君も猫なのかも」
と千里。
 
細川君は凄く面白そうに笑った。
 
「僕のこと、名前で呼んでよ。貴司(たかし)って」
「うん、貴司君」
「《君》は要らない」
「じゃ、貴司」
 
「君、名前なんだったっけ?」
「千里(ちさと)です」
「じゃ、僕も《千里》って呼び捨てにする」
「はい、それでいいです」
 
「昼休みのバスケに参加するよね?」
「うん。参加する」
「よし」
 
それで・・・・ふたりは握手した。
 
一瞬ここはもしかしてキス?と千里は思ったが、さすがにここでキスする勇気まではないのが中学生である。
 

「でも不思議だなあ。僕、これまでまともに女の子と話したこと無かったのに、千里とは凄く話がはずむ」
と貴司。
 
「うーん。。。それは私が女の子ではないからかも」
と千里。
 
「は?」
「あれ? 私、女の子に見える?」
「見えるというか、女の子にしか見えないんだけど」
 
「私、男の子だよ」
「嘘」
 
「嘘と言われても」
「証拠は?」
「へ? あ、そうだ。生徒手帳見せるね」
 
と言って千里はバッグの中から生徒手帳を出して貴司に見せる。学生服を着た千里の写真が載っている。但し髪はまだ切ってないので、女の子みたいな髪型である。しかし何よりも性別の所で、男に○が付いている。
 
「うっそーーーー!」
「ごめんねー。紛らわしくて」
 
「だって、千里、女子のバスケの試合に出てたじゃん!」
「ああ。女の子と思い込まれて、引き込まれて。メンバー表出した後で、私、女子のチームだったことに気付いたのよね」
 
「・・・でも咎められなかったよね?」
「まあ、私、運動神経悪いから目立たなかったのではないかと」
 
「運動神経悪い人が3ポイントをビシバシ決められる訳が無い」
「うーん。小学校の時の体育の成績はずっと1だよー」
 
「だいたい何でそういう髪なのさ?うちの中学、男子は短髪なのに」
 
「入学式当初、風邪引いて休んでて、それで風邪が治ってから髪切ります、と言ってたんだけど、その後特に注意されないから、バックれてそのまま切らずにいるんだけどね。でもその内、何か言われるかも」
 
「・・・もしかして、千里って、《女の子になりたい男の子》って奴?」
「そうだなあ。結構なりたいかも」
 
「女の子の服、着たりする?」
「それで人前に出たことはないけど、実は結構着てる」
「今度、普通の女の子の服着て、一緒に遊ぼうよ」
「うーん。遊ぶくらい、いいよ」
 
「ヒゲは生える?」
「ほとんど生えない。私、男の子としては発達が遅いのかも」
 
「喉仏も目立たないよな。声も男の声には聞こえない。女性ホルモンとか飲んでるんだっけ?」
「調達できたら飲んでみたい」
 
「・・・・チンコあるんだっけ?」
「どうだろ? 自分ではもう1年以上見たことない」
 
「見たことないって、やはり付いてないってこと?」
「基本的に触らないようにしてるから。触らなくてもいいようにトイレはいつも個室使ってるし。お風呂で洗う時だけ触るけど、目を瞑って洗って、見ないようにしてる」
「へー、面白い」
 
「そう?」
 

「決めた」
と貴司は言った。
 
「何を?」
「千里、僕のガールフレンドになってよ」
「《ガールフレンド》でいいの? 私、男の子なのに」
「いや。千里はやはり女の子だよ」
 
「そうかなあ」
「返事は?YES? NO?」
「YES」
「よし」
 
それで、またふたりは握手した。雰囲気でキスになっちゃうかな?とお互い一瞬感じた風でもあったが、まだキスする勇気は持てない気がした。
 

「千里は今まで僕が知り合った女の子の中ではいちばん変わった女の子だ」
 
「まあ少し変わってるかなというのは自分でも意識してる」
「千里って、友だちは男と女、どちらが多いの?」
「男の子の友だちって、できたことないよ」
「ああ。バレンタインデーで男の子にチョコ渡す口、女の子からチョコもらう口?」
「友だちから唆されて、男の子に渡したことある」
 
「へー。受け取ってくれた?」
「うん。嬉しそうな顔で受け取ってくれたよ」
「その子と交際したの?」
「ううん。そこまで言う勇気は無かったけど、でも受け取ってもらえただけで嬉しかった」
「来年のバレンタインデーにはチョコちょうだいよ」
「うん。それまで私たちが仲良しだったら」
「仲良しに決まってる。バスケも一緒に練習するしね」
「そうだね」
 
と言い合ったが、そのあと貴司は悩むような顔をする。
 
「千里、女子のバスケ部に入るんだっけ?」
「誘われてるんだけどねー。でも、私が入ってもいいんだろうか?」
 
「別にいいんじゃない?」
と貴司は少し考えながら答える。
 
「そうかな」
 
「それとも男子のバスケ部に入る?」
「男子のバスケ部は試験があるみたいだし、多分私落ちる。私、100m走が30秒だよ」
「そんなに遅いんだっけ?」
「小学校の男子の同級生から、歩いてももっと速いぞと言われた」
 
「それは少し走り込みした方がいいな。走り込みすると千里多分運動能力が全般的に上がるよ。でも女子のバスケ部から誘われてるんだったら、そちらに入ればいいよ。男子バスケ部にも女子バスケ部にも、性別を規制する規定は無かったはず。うちの中学の生徒であることというのと、スポーツマンらしい態度で練習に臨むことというのしか無いよ」
 
「まあ、ふつうわざわざ明記しないかもね」
 
「女子のバスケ部、人数が少ないから少しでも部員がいた方が普段の練習でも助かるはず」
「かもねー。とりあえず今部員が5人しかいないから、私が入るとワンonワンが3組できると言われた」
「ああ、それでいいと思うよ」
 

帰りの車の中(遊園地を出てから着替えた)で玲羅から訊かれた。
 
「お兄ちゃん、あの男の子と知り合い?」
「うちの中学の1年先輩。偶然会ったんだよね。話したのは初めてだったけど」
「凄く親しそうに話してたね」
 
玲羅の訊き方は少しニュアンスを感じたが、千里は黙殺した。
 
「うん。バスケット部に誘われた」
「へー、バスケット部に入るの?」
「うん。入ろうかなあ」
「でもお兄ちゃん、運動神経悪そうなのに」
「そうだなあ。早朝ジョギングでもしようかな」
 

そういう訳で、連休明け、千里は節子先輩の所に行き、女子バスケ部に入れてくださいと言った。
 
「おお、千里ちゃん、大歓迎!」
 
と言われて、その日から千里は節子・房江たちと一緒にバスケの練習をするようになったのである。女子バスケ部の練習は、放課後5分でウォーミングアップした後、30分ほどコートで練習する。これまで5人でやっていたのであまり大した練習にならなかったのだが、千里が入ったことで1on1も3組できるようになったし、3人対3人の試合に近い形式でも練習することができるようになった。
 
そしてその後は男子バスケ部にコートを譲り、校舎の周りを走ったり、柔軟体操や筋トレなどを1時間半ほどする(柔軟体操などは2年の久子と組んでやっていた)。しかしこの基礎的な練習で千里はそれまで100mを30秒で走っていたのが夏頃には18秒くらいまで縮めることになった。
 
「千里、反復横跳びの数値が中1女子の平均値を上回ったね」
「わあ、私も人並みになってきたのかなあ」
「男子の数値とは比較しないんだ?」
「だって千里は女子だもんねー」
 
一応学籍上は男子である千里が女子バスケット部に入ったことについて顧問の先生は「うーん」とうなったものの、実際の千里のプレイを見て「まあ、これなら女子と一緒でもいいかな」と言った。
 
千里はもちろん昼休みの自由練習にも参加する。これには女子のバスケ部の中で1年の数子と2年の久子も参加していた。数子は千里と貴司がしばしば「アイコンタクト」していることに気付き
 
「細川先輩と知り合いだったっけ?」
と訊いた。
 
「うん。私、貴司のガールフレンドだから」
と千里は言っちゃう。
 
「なんだと〜〜〜!?」
と半分驚いたような、半分怒ったような数子の声に対して、千里は楽しそうな笑みを見せた。
 
 
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