【女の子たちの二次試験】(1)

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2009年1月13日、久しぶりに男の子の身体に戻っていた千里は唐突に声変わりが起きて男の子の声になってしまい、大いに戸惑う。受験シーズンをいいことに学校に出て行く頻度を下げ《ささやき声》で当面を乗り切りながら、留実子の姉の敏美さんや雨宮先生に教えてもらって自主的にボイトレをしていたが、なかなか『女の子の声』を見つけ出すことができなかった。
 
しかし2月1日、KARIONの大阪公演にピアノの代理伴奏者として出ていた千里は客席に貴司が女連れで来ているのを見て頭に血が上り、そのショックで(?)唐突に『女性の声』が出るようになり、その声で『優視線』の蘭子パートを歌って公演に協力することもできた。このあと今回のKARIONツアーでは毎回この曲は千里が歌うことになり、結果的にKARIONのライブCD, ライブDVDにも千里の声が残ることになる。
 
公演の後、千里は共演者でやはり男の娘であり、千里同様に雨宮先生の「男の娘コレクション」の一人らしい、泰華さんに車で羽田まで送ってもらった。実際には車は泰華さんと千里が交代で運転したので、朝6時前には羽田に到着。千里は、羽田650(SKY)825旭川の便で帰還し、学校の授業は1時間目を欠席しただけで済んだ。もっとも出欠も取られていないので欠席も記録されなかったのだが!?
 

千里はこの日の授業で当てられた時などは、これまで同様の《ささやき声》で答えた。この《ささやき声》もここ1ヶ月ほどかなり鍛えたおかげで結構な響きを持つようになっており、既に《ささやき》の範疇を超えつつあった。これはこれで、中性的な声に発展するかもという気もした。
 
しかしその日の放課後の《シューター教室》では、千里は2月1日に見付けた『新しい女声』で話した。正直、体育館のような広くて響く場所ではさすがに《ささやき声》では生徒さんたちにも聞き取りにくかったのである。
 
「あれ、千里さん、風邪治ったんですか?」
と結里から言われる。
 
「うん。この週末ひたすら寝ていたら、調子良くなったみたい」
と千里は答える。
 
「でもまだふだんの声とは違いますね」
「あの声は可愛すぎたから、これでもいいのかもね」
「あ、確かにお姫様のような声ってよく思ってたけど、この声も優しいお姉さんのような声で素敵ですよ」
「結里ちゃんって、人を褒めるのがうまいね〜」
 

この日智加たちと一緒に練習していたら、宇田先生から、先日の健康診断(?)の結果が来ているよと言われ診断表と、バスケット協会からの「確認書」を受け取った。
 
『村山千里(平成3年3月3日生)は確かに女性であり、女子バスケット選手として国内外の大会に出場可能であることを確認しました』
 
などと書かれている。私ってバスケット続ける限り、こういう書類を毎年もらうことになるんだろうなと千里は思った。その度に尿検査や血液検査などをされるのはまあいいとしても毎回内診までされるのはちょっと憂鬱だ。いったいそれまでに何人の医師に自分はヴァギナを見せ続けなければならないのだろう・・・・と考えてから、あれ〜?私バスケ辞めるんだったっけ?と思い直す。でも今私バッシュ履いてボールをドリブルしたりシュートしたりしてるし!?
 
宇田先生はそんな千里の表情を見透かすように言う。
 
「男の僕がこんなこと言うのはセクハラかも知れないけど、診察の中にはあまり気の進まない検査項目もあるかも知れない。でも定期的に検査受けていることで君は何か病気があったら、すぐ発見してもらえると思うんだ。しかも検診はタダだし。それはありがたいことかも知れないよ」
 
「そうですね。私、それで長生きすることになるかも」
「うん。君は長生きだと思うよ。100歳まで生きるかもね」
「そうだなあ。100歳でどこかの高校生チームを率いてインターハイで優勝したりしたら、新聞に載るでしょうね」
「80年後にはさすがに新聞は無いかも」
「あ、そうかも! でも一度先生とインターハイ頂上決戦・師弟対決なんて、やってみたいですね」
「それは楽しみだけど、僕は120歳まで生きる自信は無いなあ」
 

シューター教室を終えて帰宅するとこの日は美輪子が先に帰っていた。
 
「ただいまあ」
「お帰り。東京大阪往復、お疲れ様」
 
などと声を交わしたのだが
 
「千里、また声が変わった?」
と言われる。
 
千里はここ半月ほど美輪子とは主として《ささやき声》を使い、疲れると身内の気安さで、声変わりしてしまった男声も使って話していた。美輪子は「まるで男と話しているみたい」などと言いながらも、千里を優しく見守ってくれていたし、千里も安心して無警戒に男の子みたいな声をさらしていた。
 
「この声を見付けた」
と千里は笑顔で言う。
 
「良かったね!これでまた女の子になれたね」
「うん。声の問題って凄く大きい。日本人って寛容だから、女の格好している人が男の声で話していても、まあ女に準じる人として扱ってはくれるけどどうしても身構えられるんだよね。だけど女の声で話していると、多少外見に破綻があっても、相手は最初から性別に疑惑を抱かないんだ。性別判定で声って物凄く大きな要素なんだよ」
 
「多分性別判定の基準は、1.雰囲気、2.背の高さ、3.声、かな。服装とか髪の長さとかは、そういうのからはかなり重要度が落ちると思う」
 
「だよねー。ということで取り敢えず家の中ではこっち使うね」
と言って千里は男声に切り替えて言う。
 
「なんで〜?」
「まだ新しい女声の出し方に慣れてないから、最初はあまり無理するなと先輩の男の娘さんから言われた。だからさっきの女声はとりあえず性別に疑惑をもたれたくない場で使って、おうちではこちらを使う。ごめんねー」
 
「ううん。たとえ男の声であっても千里は女の子だよ」
と美輪子は笑顔で言う。
 
「そのことばを貴司からも聞きたかったなあ」
「貴司君はノーマルな男の子なんだから仕方ないよ」
「そうだねー」
「大阪まで行って貴司君には会わなかったの?」
 
「バレンタインのチョコを部屋のドアノブに掛けてきただけ」
「ふーん」
「まあ爆弾投下かな」
 
「ああ、何となく分かる」
「うふふふふ」
と千里は悪女っぽく笑う。
 
「今すぐは私、貴司の恋人になってあげられないけど、だからと言って他の子と深い仲になるのは許さない」
 
「まあ頑張りなさい」
「うん。叔母ちゃんも賢二さんと結婚しちゃいなよ」
「うーん。。。。私たちも迷走してるなあ」
 
と美輪子は悩むような顔をした。
 

その後、千里が大阪の例のショップでお土産用に買って来た6個入りのトリュフを、お茶を入れて食べたが
 
「美味しい〜!」
と千里も美輪子も言った。
 
「さすが1個300円だなあ」
「きゃー。これ300円もするの?」
「これ1個でガーナチョコが3個買えるね」
 
その時、家電に電話が掛かってくる。千里が出て女声で
「はい、奥沼です」
と言ったのだが、どうも向こうは不動産の勧誘っぽい。すると千里は男声に切り替えて
 
「うち要らないから。切るよ」
と言って電話を切った。
 
「おお、凄い凄い」
と言って美輪子が拍手をしてくれたので千里はVサインを出した。
 

その週は朝と放課後のシューター教室をし、学校の授業は受験科目のみを受講していた。千里の受験科目は、C大学の二次試験が数学と英語、□□大学の一次試験は数学・物理・化学・英語である。
 
また自宅では夕食の間、30分間だけ美輪子と女声で会話し、その後は男声で会話していたが「男と女で声が変わると、物凄い落差がある」と言っていた。まあ、そうだろうね〜。
 
2月7日は札幌でKARIONの公演に出た。
 
この日から蘭子はフルタイムで入った。何でもローズ+リリーの契約が白紙になったことで、プロダクションの連盟の会議で、ローズ+リリーはフリーのアーティストだから、どこの事務所も自由に獲得を目指してよい、という指針が決められたらしい。その交渉解禁日が2月2日だったので、当日は冬子と政子の自宅に合計80社ものプロダクションのスカウトが詰めかけたらしい。
 
「きゃー。整理券配らなくちゃ」
と美空が言うが
「うん。整理券配った」
と蘭子(冬子)は本当に言っている。
 
「とにかく一晩掛けて全ての事務所とお話をして、80社の内65社にはお断りの手紙を手書きして発送した。いや大変だった」
 
「印刷じゃなくて手書きした訳?」
と和泉が驚いて言う。
 
「だってどこの事務所とも、今後あれこれ共同作業することあるかも知れないじゃん。それなのに印刷では失礼だよ。文面も全部違う文章を書いたよ」
 
「冬はマジメすぎる」
と和泉。
 
「私なら連絡しなかった所は全てお断りですと宣言だけするな」
と小風。
 
「宛名書きと投函は、うちの姉にやってもらった」
「お姉さんもお疲れ様でしただな」
「政子には署名だけさせた」
「署名だけでも65通は大変そう」
 
「残りの15社とは交渉するわけ?」
「交渉するつもりは無い。現時点で断る理由を見付けられなかっただけ」
「だよねー」
 
「ちなみにその15社に、ここ(KARIONの事務所・∴∴ミュージック)、丸花さんとこ(○○プロ)、△△社、∞∞プロ、§§プロ、ζζプロとかは入ってないから」
 
「そのあたりこそ本命でしょ?」
「ζζプロは私の先輩が在籍しててさ。私とは競争したいからうちには来るなと言っているんだよ。§§プロは夏風ロビン騒動でそれどころではないみたい。$$アーツはAYA, &&エージェンシーはXANFUS, ここはKARION, ∞∞プロは大西典香と、似たような年代の女性歌手がいて競合するからNG」
 
と冬子が言うと畠山さんは
「ローズ+リリーのプロジェクトは子会社に分離してもいいけど」
などと言っている。冬子は畠山さんに一礼だけする。
 
「でも§§プロはそもそも女の子専門でしょ?いいの?」
「男の娘のタレントを売り出す場合、過去の多くの事務所は性別が曖昧なことを魅力として売り出す戦略を採るケースが多かった。でもそれは間違っていると紅川さんは言うんだよね」
 
「へー」
「外見が男っぽい子はまあ仕方ない。それと声の問題も大きいんだよね。男の声しか出ない子、性別の曖昧な声しか出ない子の場合も、やはりニューハーフ・タレントとして売るしか選択肢が無いと思うんだけど、私みたいにちゃんと女声が出る子の場合は、最初から女の子タレントとして売った方がいいと言うんだ」
 
「ほほお」
「ファンの大半が性別問題をうっかり忘れてしまうくらい、ふつうに女の子として売る。それでもキャラ自体が魅力的なら売れると言うんだよね」
 
「それは言えるかも」
 
千里はそういう冬子たちの会話を聞いていて、確かに声の問題って本当に大きいんだろうなと改めて思った。
 

この日は冬子はほとんどの曲を自分で歌唱した。実際にはトラベリングベルズと並ぶように、冬子専用のキーボード(YAMAHA MM8 - 冬子の私物らしい)を置いて、その前で伴奏者のような顔をして、実際にはキーボードはほとんど弾かずに歌を歌っていたのである。ヴェネツィアン・マスクで顔を隠していることで、このような大胆な演奏が可能になった。実際のキーボードは千里が弾いていたのだが、『優視線』だけは、冬子がグランドピアノに行って超絶演奏をし、代わりに千里が歌を歌った。コーラス隊のアユは本来のコーラスパートを歌った(先週の公演ではそれを省いていた)。
 
今回のツアーはこのあと全部このパターンになった。
 
冬子は今回のツアーではヴェネツィアン・マスクで顔だけ隠していたが、その後のツアーでは、この「隠れて演奏する」というのは、エスカレートして、ホリゾント幕の後ろで演奏したり、スターウォールのダークベイダーのコスプレをしたり、更には舞台セットの樹木の中に隠れたり、などということをしていた。その「隠れて演奏」というのは、2013年まで5年間も続くことになる。それは実はマリが精神的に回復するのを待つための時間であった。冬子がKARIONもしていることを政子が知った場合、引退と復帰の間でずっと心を揺らしていた政子が自分はやはり不要なのではないかと思ってしまうのを恐れていたのである。
 

翌日2月8日は福島であったので、その日は札幌に泊まり、翌朝新千歳830-950福島の飛行機で移動した。千里は飛行機で泰華と並んで座った。
 
「そういえば泰華さんは下の名前は本名?」
と千里は彼女に訊いた。彼女はちゃんと TAIKA NAGAO 20(F)という搭乗券を持っている。
 
「私ね、本名は虎雄なのよ」
「それはまた雄々しい名前ですね」
「苗字が長尾だし、上杉謙信のイメージであのくらいたくましい男に育って欲しいという願いを込めて付けたらしい」
「ああ」
「私も親不孝だとは思うんだけどね」
「でも上杉謙信って女性説もありますよ」
「ね?」
と彼女。そのことは結構意識しているようである。
 
「それで虎からタイガーになって、タイカになったんだよ」
「へー!」
「小学校の時の友だちが考えてくれた。何となく女の子名前みたいだから、それで定着していて。泰華という漢字は高校生の頃に決めた」
「なるほどー」
 
「私、いつ性転換手術受けられるか分からないしさ。取り敢えず名前だけでも改名しちゃおうかとも思っているのよね」
 
「虎雄で女性の姿していたら、本人確認でトラブらない?」
「うん。たまに揉める」
 

「千里ちゃんは本名?」
「そう。私の名前、もともと男女どちらでも行けるんだよね」
「確かに」
「千里を駆ける馬のようにたくましく育って欲しいということだったらしいけど」
「なるほどー」
「私も親不孝してるけど、仕方ないと思ってる。自分に嘘ついては生きていけないもん」
「だよねー」
 
千里の搭乗券は CHISATO MURAYAMA 17(F)である。
 
「あれ?17歳だっけ?」
「うん。私誕生日は3月だから」
「車の免許って16歳からだったっけ?」
「原付とかは16歳で取れるけど車は18歳からだと思うけど」
「あんた、まさか無免許?」
「ごめんなさーい」
 
「呆れた。しかし運転上手かった」
「まだまだ不慣れなんだけどねー」
「そりゃ慣れるほど運転していたら、絶対その内捕まるよ」
「あはは。誕生日過ぎたらすぐ免許取りに行く」
「それまでに逮捕されなきゃいいね」
「えへへ」
 

「でもMTFさんが自分の女の子名前を考える場合もいくつかのパターンがあるみたいね」
「うんうん」
「まず初心者にありがちなのは、すっごく可愛い名前つけるケース。アリスとかローラとか」
「ああ。横文字名前の人っているね」
 
「自分の好きな漫画や小説の登場人物の名前を借りるのも多い」
「まあアリスとかもその例かもね」
 
「それから本名を少し変形するパターン」
「止め字を変える人も多いよね」
「そうそう。芳雄から芳子や芳美に、貴弘から貴子や貴絵に」
「取っちゃう人もいるし」
「うん。春男から春(はる)へ。幸一から幸(みゆき)へ」
 
「『男』を外すのは男の部分を取っちゃう、『一』を外すのは棒を取っちゃうんだって」
「うんうん。それ他の男の娘さんとも話したことある」
 
「逆に明(あきら)から明子みたいなパターンは『子』を付けるから子宮を付けるんだと言ってた」
「私子宮欲しい〜」
「卵巣もね」
「そうそう」
「だけど生理は憂鬱みたいよ」
「そのくらい我慢する」
 

その日は少し時間があったので、千里がヴァイオリンも「一応弾く」というと彼女は千里の演奏を見てくれた。
 
「下手ね」
と彼女は言う。
 
「すみませーん」
「だけど千里ちゃん、音感はいいみたい。ひとつの弦を弾いている限り、音程の狂いは0.2Hzも無い。こんなに正確に弾ける人はプロでもかなり上のクラス」
「でも移弦すると破綻するんです」
 
「そうそう。それが大問題」
「なかなかそれが改善されないんですよね」
「でもそれって基本的には練習不足だと思うなあ」
「よく言われます」
 
「あんたのピアノもフィーリングプレイだもんね」
「勝手に作曲するなと叱られることあります」
「和音が正しいから伴奏としては全く問題が無いんだよ。時には譜面よりかえってそちらの方がいいんじゃないかと思うこともある」
 
「でもプロ演奏者としては失格なんでしょうけどね。今回は雨宮先生から強引に押しつけられたので」
「いや、正確じゃ無いといえば黒木さんのサックスなんて最初からほとんど譜面無視してるし」
「しっ。声が大きいですよ」
 
ふたりは、くすくすと笑った。
 

この日は新幹線で東京に移動して1泊し、翌朝の羽田からの飛行機で帰還した。先週と同じパターンで、1時間目だけを欠席する。朝のシューター教室にも顔を出さなかったものの、結里やソフィアが花夜には色々指導してくれていたようである。
 
この日、センター試験の結果によるC大学の第1次選抜(いわゆる足切り)の結果が発表された。千里は取り敢えずパスしていた。
 

また、この日から3日間、バスケットの全道新人大会が行われたが、会場として旭川地区の高校が使用された。女子の1回戦・2回戦はN高校とL女子高の体育館が会場となり、1つの時間帯に4試合ずつ実施される。千里たちは一応引退している身でもあり受験生なので基本的にはタッチしていないのだが、それでも偶然遭遇したバスケ関係者とは挨拶して立ち話などもした。
 
札幌P高校の高田コーチにも遭遇した。
 
「村山、行き先は決まった?」
「まだです。国立の入試は2月25日です」
「あれ? なんか声が変わった?」
「声変わりしたみたい」
「なるほどー。君の場合は少女の声から女性の声に変わったんだ」
などと高田さんは笑顔で言っている。
 
「国立受けるんだ?でも国立も推薦は12月に終わったんじゃなかったっけ?」
「私、一般入試受けるので」
「なんで? お前を欲しがってる大学は山ほどあるだろ? どこも事実上無試験で通してくれるぞ」
「面倒な世間の義理で一般入試を選択せざるを得なかったんですよ」
 
「ふーん。まあ一般入試でもし落ちたら、そちらからもルートあるだろうけど、適当な行き先見付からなかったら俺にも声を掛けてくれたら、どこか有力校に押し込んでやるから」
「すみませーん」
 
と言ってから千里は玲央美のことが心配になり尋ねる。
 
「佐藤さんはどこに行くんですか?」
「ああ、お前もあいつの動向は気になるよな。実はあいつまだ行き先を決めてないんだよ」
「え〜〜!?」
「推薦入試の書類渡していたのに、出さなかった」
「うーん・・・結局大学に行くんですか?」
「あいつが行きたいと言ったら、今からでも何とかしてくれる所はあると思うんだけどなあ」
「じゃWリーグ?」
「欲しがってる球団はある。でもそれにも消極的みたいで」
「何があったんですか?」
 
「あいつウィンターカップで燃え尽きてしまったと言っているんだよ」
 
千里は心配が的中したことを憂えた。
 
「あ、そうそう。佐藤にしても、お前にしても予定通りU19世界選手権の代表に招集するつもりだから、公式に代表を発表する6月まで受験の合間にも身体鍛えておけよ」
 
「私こそウィンターカップで燃え尽きてしまって、もう高校でバスケやめようかと思っていたのですが」
 
「あ、それは世間が許さん。佐藤もだけどな」
と高田コーチは笑いながら言った。
 
「ふたりとも縄付けてでもU19代表の合宿に引っ張っていくから覚悟しとけ」
「ひぇーっ」
 

今回の新人戦道大会に旭川N高校の男子は出場していない。それで女子たちが唆して、昭ちゃんを女子チームのマネージャーとしてベンチに座らせた。例によって水巻君たちが渋い顔をしていたが、先生たちは男子の中心選手である昭子に強いチームとの試合をベンチで体験させるのも良いかと考えたようである。
 
しかし昭子は完璧に女子マネとしてハマってしまう。普段の男子の試合でもよく女子マネと間違われて色々伝達されたり用事を頼まれたりしているので今回の大会でもマネージャーの仕事をとってもしっかりやりとげた。
 
なお試合の方は、N高校女子は初戦は警戒して全力で行ったこともあり函館の高校にクアドゥルプル・スコアで大勝、2回戦は北広島市の高校にまた大差で勝ち、準々決勝は札幌G高校に12点差勝ち、準決勝は同じく札幌のD学園と当たった。準々決勝で旭川M高校を倒して上がってきたのだが、須和・熊谷という強力な攻撃陣は手強かった。しかしこちらも絵津子・不二子・ソフィアの新鋭トリオがフル回転で、紅鹿も途中交代で出た耶麻都も頑張ってリバウンドを取り、何とか6点差で逃げ切った。
 
なお、絵津子はこの週末だけこちらに戻って来ている。
 
そして決勝は札幌P高校である。準決勝で旭川L女子高を倒して勝ち上がってきた。
 
どちらも午前中の準決勝が激しい戦いだったので疲れているが、気合いで頑張る。結果、非常に厳しい戦い(観戦している人に言わせれば「好ゲーム」あるいは「熱戦」)となった。向こうは先日の「北海道氷雪杯」(J学園・F女子高迎撃戦)でこちらに負けているので、2度続けて負けてなるものかと渡辺や猪瀬が最初から全力投球である。さすがに途中でへばったものの、彼女らが休んでいる間に並木や工藤たちが何とかN高校の猛反撃を凌ぎきる。そして第4ピリオドは双方とももう試合が終わったら倒れてもいいくらいの感じで激しい攻防が行われ、最後は伊香のスリーがブザービーターで飛び込んでP高校が1点差で辛勝した。
 
試合後、ほんとにみんな床に倒れていて整列を促されても「ちょっと待って」と言う子が大量に居た。
 

この新人戦の決勝戦が行われていた2月11日(祝)は、千里はKARION名古屋公演に出た。
 
朝の内に札幌に移動して新千歳からセントレアに飛ぶ。旭川→中部は1515-1715なので公演に間に合わないので新千歳を使ったのである。この日も先日の札幌・福島公演と同様の進行で演奏し、終了後はまた例によって東京に移動して1泊。翌12日朝1番の便で旭川に帰還した。
 
14日(土)は岡山公演である。ここは旭川からはとっても行きにくい場所である。一応事務所側からは
 
(行き)旭川905-1050羽田1320-1440岡山
(帰り)岡山715-825羽田1035-1215旭川
 
という案が提示されていた。岡山公演が終わった後新幹線に飛び乗っても大阪までしか到達することができないので、羽田の朝一番の便(6:50)には乗られないのである。
 
千里は行きはそれで行くことにし、帰りはこういうルートにすることにした。
 
岡山2233(サンライズ瀬戸)708東京 羽田1035-1215旭川
 
到着時刻は同じなのだが、寝台列車の中でたくさん勉強ができるのがいい所である。費用もホテル代が要らない分安くなる。また飛行機を使うとどうしても「何もできない時間」が多く発生するので寝台のほうが助かる。ちなみに、岡山から旭川に最も早く帰る連絡はこれである。
 
岡山2215-2339小倉 北九州空港530-655羽田730-910旭川
 
体力を使う割に費用も掛かるので使わないがこんなルートもあると言ってチケットの手配をしてくれる望月さんに教えてあげたら
 
「北海道に帰るのにいったん九州に行くなんて発想はありませんでした!」
と驚いていた。
 
「北九州空港からの朝5:30のスターフライヤーって、旅行マニアの間ではわりと有名なんですよ」
「すごーい」
「旭川から山形に行くのに羽田を経由するなんてのも、よくやりますし」
「え〜〜!?」
 
「取り敢えず今回の帰りはサンライズでお願いします」
「了解でーす」
 

岡山公演の後はKARIONのライブはアルバム制作のためしばしお休みとなる。その間に千里はいよいよ受験となる。
 
2月20日(金)。千里は朝美輪子の車で送ってもらって旭川空港に行った。明日はいよいよ□□大学医学部の入試(一次試験)があるのである。会社に行く途中で送ってもらっているので、出発の時刻(9:05)にはまだ余裕がある。千里はチェックインして荷物を預けた後、早朝でまだ少ししか開いてないお店をながめていた。
 
8時になるのでそろそろかなと思い、セキュリティの方に行きかけた時、携帯に着信がある。
 
電話番号を見ると、札幌P高校の高田コーチである(U18日本代表のスタッフなのでアドレス帳に登録されている)。
 
「おはようございます」
「おはようございます。村山、ちょっと聞くけど、佐藤と連絡取れてない?」
「玲央美ですか?玲央美とは3日前くらいにメールを交換しましたが」
「何か言ってた?」
「なんかぱーっとすることないかな、と訊くので、花火でもする?なんて言ってたんですけどね」
「うーん。花火の季節って感じじゃないけどね」
 
「玲央美、どうかしたんですか?」
「実は、昨日、寮に帰ってないんだよ」
「どこかに大学受験とか就職試験を受けに行った訳では?」
 
「寮の子はみんなそう思っていたみたいなんだけど、佐藤がどこかを受験する予定は無かった」
「実家は?」
「お母さんやお兄さんも彼女とは連絡が取れてない。3日前に村山とメール交換したのなら、それが最後のメール交換かも知れん」
 
千里は何か困ったことが起きているのを感じた。
 
「玲央美は昨日は学校に居たんですか?」
 
「来てない。昨日の朝は寮で朝御飯を食べているのを他の寮生に目撃されている。佐藤はいつも御飯は自分で作ったものを食べていた。あいつ物凄いシビアな栄養管理しているから、他人には任せられないんだよ。それが珍しく食堂で寮母さんに声かけて、寝坊しちゃったから朝御飯もらえません?なんて言って、出してもらっていたんだよ。それでよけいみんな記憶に留めていたんだ」
 
「それはなんか変ですね」
「宮野も徳寺も、いちばん馬が合う北見も佐藤と連絡が取れていないという」
 
「警察に捜索願いは?」
「それを出すべきかどうか、今佐藤のお兄さんと話していた所なんだ」
 
「私も心当たりを探してみます」
「うん、頼む」
 

千里はこれは緊急事態だと思った。それで《きーちゃん》に頼む。
 
『ごめーん。私の代わりに飛行機に乗って東京に行ってて』
『移動するだけでいいんだよね?試験まで受けろとは言わないよね?』
『さすがに試験は自分で受けるよ。その時刻までには何とかするから』
『わかった。じゃ東京に行ってホテルにチェックインしておく』
『ごめーん』
 
千里は《きーちゃん》と分離し、手荷物検査場に行く《きーちゃん》を見送ると、《りくちゃん》に頼んで旭川駅まで運んでもらった。
 
9:00のスーパーカムイ14号に乗り札幌に向かう。
 
玲央美、燃え尽きたのはいいけど、命まで燃え尽きさせないよね?
 
千里は友人の安否を心配した。
 

こういう精神状態では無理とは思いつつも車内でタロットを引いてみる。
 
審判。
 
むむむ。これは物凄くまずいぞ、と千里は思う。
 
ギリシャ十字に展開する。
 
過去・金貨8(達成)、潜在・剣2(均衡)、顕在・悪魔。
 
これを見ると、玲央美は高校バスケットの頂点に到達して、そこで次の目標を見失ったのではないかという気がした。彼女はインターハイとウィンターカップ、そしてU18アジア選手権のMVPを獲得して、まさに高校バスケの頂点を極めた。そんな彼女がまた挑戦心を燃やせる場所がどこかにあるのだろうか。
 
未来・太陽、現在・聖杯10(救済)。
 
彼女には明るい未来がある。しかし、そこに自力で行くことができない。誰かが導いてあげなければいけないのだ。
 
千里は今、自分が彼女を見付けなければいけないと確信した。私って巫女だし。人を導くのが仕事じゃん。
 

玲央美がどこにいるのかを占ってみる。大中小の占いをする。
 
大のカード・皇帝。
 
千里はそれは「帝の国」ということだと思った。取り敢えず日本国内とみていい感じだ。
 
中のカード・剣4。
 
千里は4つの海に取り囲まれた地域というのを想像した。それは最初北海道だと思った。日本海・オホーツク海・太平洋・津軽海峡。しかし津軽海峡をカウントするなら宗谷海峡もカウントすべきという気がする。
 
どこか4つの海に取り囲まれた島ってあったっけ?
 
本州は太平洋と日本海に挟まれている。四国は太平洋だけに面している。いや、瀬戸内海もカウントすべきか。それなら本州も瀬戸内海に面していることになる。
 
九州か・・・・。
 
日本海(玄界灘)・東シナ海・太平洋(日向灘)・瀬戸内海(周防灘)に囲まれている。
 
小のカード・聖杯8。
 
千里は「杯」から黒田節(黒田武士)を想像した。福岡県か?そして8に関わる場所。千里は携帯で福岡県の地図を表示させた。
 
八女(やめ)だ!
 
女の子の玲央美が行くんだから八で女なんだ。
 
でも八で女というと八乙女だよなあ、と思い、美鳳さんの方を向いたら、向こうは慌てて目をそらす。もう! でも見守ってくれているようだなというのを感じると安心する。千里は飛行機の時刻を調べる。新千歳1145-1420福岡という連絡があるので、それを即予約する。今千里が乗っているスーパーカムイ14号は11:01に新千歳空港に到着するので、ちょうど乗れるはずだ。
 

千里は一度デッキに行き、念のため玲央美の携帯に電話を掛けてみたものの、「電源を切っているか電波の届かない所に」というメッセージが返ってくる。そこで千里は《夕方までにそちらに行くから一緒に花火しようよ》というメールを送った。
 
『すーちゃん?』
『何?千里』
『先に九州に行ってることできる?』
『行ってもいいけど、私は千里みたいに人捜しはできないよ』
『博多あたりで花火を売っている所を見付けて買っておいてくれない?』
『東京の方が見付からない?』
『花火は飛行機に持ち込めないんだよ』
『なるほどー。じゃ何とか探してみるよ』
『よろしくー』
 
それで《すーちゃん》は千里から分離して大空に舞い上がっていった。その真紅の姿を見て千里は美しいなと思った。
 
そうか。私が3年間バスケをやっていた場所《朱雀》はあの子の名前を冠しているんだよなあ。
 

10:55くらいに《きーちゃん》から羽田に着いた旨、連絡があるので、念のため試験会場を下見して、何か連絡事項などが掲示されていないか確認した上で15時すぎにホテルにチェックインしてくれるよう頼む。
 
11:01、千里が乗るスーパーカムイ14号(正確には札幌から先はエアポート102号と名前を変える)は新千歳空港の地下ホームに到着する。2Fに上がってJALのカウンターで航空券を買い、搭乗手続きもする。
 
ふと書店に気づく。見ていたら九州の地図と福岡県の地図が置いてあったので買い求めた。ついでに九州の旅行ガイドも買った。
 
この時、千里は現金が足りないというのを意識した。
 
そもそも東京までの往復をするつもりで現金は少し余裕を見て10万円しか用意してなかった。しかし九州まで往復するのが確実になったし、場合によっては玲央美の帰りの旅費を立て替える必要が出てくる可能性もある。千里は少し考えて、新島さんに電話した。
 
「おはようございます。村山です」
と千里は言ったのだが
「あんた誰?」
と新島さん。
 
「村山本人です。声変わりしたんですよ」
「へー。あんたの年齢で声変わりって珍しいね。しかも声質が以前とかなり変わっている」
 
「それで新島さんを見込んでちょっとお願いがあるのですが」
「何だろう?」
「ちょっとお金貸してもらえません?」
 
新島さんはしばらく沈黙していた。
 
「あんた、本当に千里?」
「本物ですよー。ニセモノの私とかいるんですか?」
「だって、これオレオレ詐欺のパターンじゃん」
「へ?」
 
と言ってから千里は少し考えた。
 
「本当だ!!」
「やはりあんた詐欺?」
 
「違いますよー。実は親友が失踪して、自殺のおそれもあるので今追いかけている所なんですよ。でも私、そもそも旅行中だったので、あまり現金の手持ちがなくて。常用のスルガ銀行の口座にも今15-16万円しか残高を置いてないんですよね。###銀行の方にはたくさんあるんですが、私うっかり###銀行のキャッシュカードの入っているバッグは荷物に入れて宿泊予定地に送ってしまったんですよ。それでもし良かったら30万円ほど私のスルガ銀行の口座に振り込んでもらえないかと思って。月曜日にはお返ししますから」
 
「ふーん。オレオレ詐欺だとツボを割っちゃってとか、彼女を妊娠させて慰謝料に500万必要とか言うみたいだけど、30万か」
 
「詐欺じゃないですよー。困ったな。どうやって証明しよう?」
「まあいいや。あんたのスルガ銀行の口座に放り込む分には他の人が引き出す恐れもないだろうし」
「すみませーん」
「じゃすぐ念のため50万振り込むから。10分後くらいには引き出せると思う」
「恩に着ます!」
「返却は月末に振り込む印税からの天引きでもいいよ」
「わあ、助かります」
 

資金の心配が無くなったので、セキュリティを通って出発口まで行く。やがて搭乗案内があるので福岡行きJAL MD-90に乗り込む。最近飛行機の機体がボーイングとエアバスばかりになりつつある中で数少ないマクダネル・ダグラスの機体だ。元はJALに統合されたJAS(日本エアシステム:旧東亜国内航空)が使用していたものである。
 
千里は機内で地図を見ていて、福岡県の「八女」には「八女市」と「八女郡」があることに気づいた。八女郡には黒木町・立花町・広川町・矢部村・星野村という5町村がある(2009年現在)。これはかなり広い面積である。千里は列車内で占いをした時には大きな地図で見ていたので八女といえば八女市と思っていた。それで「JR八女駅」まで行ったら、極めて個性の強い波動を持つ玲央美のことだから、その波動をキャッチできるだろうなどと甘く考えていたのである。
 
ところが、そもそも八女駅なんてものが存在しないことに気づいてガーンと思う。だいたい八女市内を通る鉄道自体が存在しない!
 
これは参った。
 

と思った時、千里は今乗っている機体、MD-90というのがヒントになる気がした。《MD90》の数理は13+4+9+0=26=8 である。
 
各市町村の数理を確認する。
やめし(4) くろぎまち(5) たちばなまち(5) ひろかわまち(8) やべむら(8) ほしのむら(5)
 
これを見ると、広川町か矢部村ではないかという気がする。
 
地図を再度確認する。
 
広川町というのは久留米市の南・八女市の北にある。ふたつの大きな町に挟まれけっこう開けているのではないかという気がした。すると、ふらついた気分になった女の子が「流れ着いて」しまうのは、むしろ矢部村ではなかろうか。
 

やがて飛行機は福岡空港に到着する。千里は降機するとすぐに高田コーチに電話を入れた。
 
「その後どうですか?」
「全く手がかりがない」
「警察にはどうしますか?」
「お兄さんが捜索願いは出さないでくれと言った」
「どうしてです?」
「失踪して警察が捜索したなんてことになったら、バスケット選手としての佐藤君に汚点が付くと言うんだよ。むしろ美しく死んでしまった方があの子にとっては名誉あることだと言ってね」
 
千里は絶句した。凄い。やはり玲央美はスターなんだ。自分とは違うなというのをあらためて感じた。玲央美はやはり手を掛けた花園に咲く美しい蘭の花だ。私は泥の中から顔を出した蓮の花かなあ・・・。
 
「一応彼女のお姉さんが函館に住んでいたのが急遽地元に戻って、地元近辺で誰か知り合いに目撃されていないか聞いて回ってみると言って、今移動中だと思う」
 
その時、千里はふと思いついた。
 
「彼女、確か小樽でしたよね。実家の住所ご存じですか?」
「うん。ちょっと待って。えっとね。小樽市星野町***」
 
星野町!?
 
「高田さん。私、必ず今日中に玲央美を見つけ出してそちらに連絡入れます」
「うん。頼む」
 

千里は自分の出身地が星野町であるなら、それと同じ名前の星野村に興味を持ったかも知れないという気もした。とにかく八女方面に行くため、博多駅に地下鉄で移動する。ここで筑紫口そばのコンビニで新島さんから振り込んでもらった50万も含めて65万円を引き出しておく。
 
《すーちゃん》とも博多駅構内で合流することができた。
 
「ドンキで見つけた」
 
と言って、《すーちゃん》は子供用の花火セットを手に持っている。
 
「ありがとう!」
「最初デパートとかスーパーのおもちゃ売り場見るけど、やはり無いんだよね。福岡なら西新に駄菓子屋さんがあったはずと思ってあそこに花火とか無いかなと思って行ってみたんだけど、その店は大分県に移転したらしい」
「へー」
 
「それであちこちのお店で花火売ってる所知りませんかね? なんて聞いていたら、ドンキで見たよと聞いて、行ってみたらあった」
 
「この時期に花火を売ってるとは、さすがドンキ!」
「でも疲れた」
 
「お疲れ様。玲央美に会いに行こう」
 
『でも目的地までの交通手段はどうするの?』
と《いんちゃん》が訊く。
 
『星野村とか矢部村ってバスとか無いの?』
『留萌の方がまだマシという世界』
『うっ』
『千里、あまり無免許運転させたくないけど車を使うしかない』
 
で、でも私、明日受験で疲れたくないよぉ。車を運転できる《きーちゃん》は千里に代わって東京に行ってるし、《こうちゃん》は大阪だ。
 
『くうちゃん、悪いけど、こうちゃんを召喚してくれない?』
『よし』
 
それで《こうちゃん》が一瞬にして千里の前に出現した。
 
「へ?」
と言って《こうちゃん》はキョロキョロあたりを見回している。
 
「こうちゃん、何て格好してるの?」
「あはは?あたし、可愛い?」
「うん。女子大生くらいには見えるよ」
「女子高生のつもりだったんだけどなあ」
「女子高生にしてはちょっと無理があるなあ」
 

それより少し前、貴司のマンションの前で「待ち伏せ」していた芦耶はやがてマンションの出口から女子高生の制服を着た女の子が出てくるのを見た。しかし・・・女子高生にしては、薹(とう)が立っている気がする。見た感じは22-23歳ではなかろうか。女子高生のコスプレ?それともそんなことするのが貴司の趣味?確かにあいつロリコンかも知れないなあ。。。女の子のおっぱいはあまり大きすぎない方がいいとか言ってたし。
 
しかしこの子が、貴司と知り合った頃から頻繁に見かけていた女子高生とは別人であることは確かだ。あの子はもっと背が高かったし髪が長かった。むろん制服も違う。この子が着ている制服は「今風」で共学校っぽいが、以前見ていた子の制服はシックで歴史のある女子高という雰囲気だった。
 
取り敢えず後を付ける!
 
女子高生(?)は北大阪急行(地下鉄御堂筋線直通)かモノレールの駅に行くのかと思ったら、大通りに出たら流しのタクシーを停めて乗る。慌てて芦耶も続いて走ってきたタクシーを捉まえた。
 
「前のタクシーを追いかけて。料金、倍払うから」
「いいですよ」
 
それで芦耶の乗るタクシーは女子高生の乗ったタクシーを追いかける。そして5分ほど北へ走った時、前を走っていたタクシーが急ブレーキを踏んで停止した。こちらも急ブレーキを踏んだが、あまりに突然だったので、もう少しで追突するところだった。
 
「あっぶねー。何て運転しやがるんだ?」
と運転手は怒っている。
 
ところが前の車の様子がおかしい。
 
やがて運転手が出てきて後ろのドアを開けて覗き込んだり、車の下、更にはトランクまで開けて何か探している様子。
 
芦耶は「ちょっと待ってて」と言って車を降りて、前の車の運転手の所に歩み寄った。
 
「どうかしたんですか?」
と声を掛ける。
 
芦耶の乗ってたタクシーの運転手も降りてきた。
 
「いや、さっき新千里(しんせんり)で女子高生の客を乗せたんですけどね」
と前の車の運転手は言う。
 
「箕面までと言うんで取り敢えずこの新御堂筋を北上してて、箕面のどのあたりですか?と訊いても反応が無いんだよね。それでバックミラー見ると、誰も乗ってないんだよ。え!?と思って車停めて、再度確認するけど、後部座席には誰も居なくて。一体、どこ行っちまったんだろ?」
 
芦耶は自分が乗っていたタクシーの運転手と顔を見合わせた。
 
「あんたさ」
とこちらの運転手は向こうの運転手に言った。
 
「タクシーただ乗り幽霊の話、聞いたことない?」
 
「え〜〜〜〜!?」
と向こうの運転手は驚いている。
 
「だけど今、冬だぜ。しかも昼間なのに。幽霊なんて出るか?」
「幽霊が出るのにあまり季節も時刻も関係無いと思うけど」
「それに、そこ見てみなよ」
とこちらの運転手が指を差すと、車が停まっている所のすぐ左手にはお寺があった。
 
「あわわわわ」
「あんた、営業所に連絡して、他の奴に車取りに来させた方が良い。このまま自分で運転して帰ると事故起こすよ」
 
「やはり幽霊だったんかね?」
「お祓い受けといた方がいいかも」
と芦耶は言った。
 

千里は《すーちゃん》を吸収した上で、博多駅から15:14のリレーつばめ17号に乗り、15:40にJR久留米駅に到着した。先に到着していた《こうちゃん》が車を借り出してくれている。《こうちゃん》は女子大生風?の一昔前のアイビー・ルックという感じである。
 
「アップダウンがあるだろうけど細い道もあるだろうしというのでコンパクトSUVのテリオスを借りだしてきた」
と《こうちゃん》は言う。
 
「じゃ、こうちゃん運転してくれる?」
「OKOK」
 
それで女子大生の格好の《こうちゃん》が運転席に座り、千里が助手席に乗って、テリオスは出発する。千里の指示に従って《こうちゃん》はまず国道209号を南下する。
 
「こっちでいいの?星野村でも北部方面に行くんなら、むしろ210号を東に進んでうきは市から南下した方がいいと思うけど」
 
「行き先は矢部村」
と千里は断言した。
 
「星野村じゃないの?」
 
「玲央美はバスケのことをいったん忘れたいと思うんだ。それで星野村という名前は東京T高校の竹宮星乃、立花町という名前は旭川M高校の中嶋橘花、黒木町という名前はうちの高校の黒木不二子を連想させる。矢部・広川は特に連想する名前は無いと思う。でも広川町は地図で見た感じわりと開けている。となると、矢部村の可能性がいちばん高いと思うんだ」
 
「占いじゃないじゃん!」
「全てを占いで判断しようとするのは占い依存症だよ」
「占い師の言葉とは思えん」
 

《こうちゃん》が運転する車は羽犬塚駅近くの山ノ井交差点で左折し国道442号に入る。八女市、黒木町を横断し、日向神(ひゅうがみ)ダムの南岸を通って矢部村に入る。
 
「なんか凄い所だね」
と千里は言った。
 
「まあ昔はもっと楽しい道だったんだけどね。改良されて最近はつまらん」
などと《こうちゃん》は言っている。
 
「ちなみにこの湖の北岸を通っている旧道の方はやや楽しい」
「ふむふむ」
 
既に時刻は17時すぎである。途中で高田コーチと連絡を取ったのでは、このままではまずいと言う十勝先生の説得に応じて、今日18時までに玲央美の所在がつかめなかった場合は警察に連絡することで、お兄さんはとうとう折れたらしい。タイムリミットはあと40分くらいだ。
 
「杣のふるさと文化館」という案内板があったので、ちょっと寄ってもらった。
 
「すみません」
と千里が声を掛けたが
「ごめんなさい。もう今日は終わったんですよ」
と片付けものをしていた風のおばちゃんが言う。
 
「いえ、それはいいんですけど、この付近で私と同じくらいの年頃の背の高い女子高生を見かけませんでした?」
 
「あ、あんたもしかしてお友達?」
「多分そうです」
 
「いや、すごい背が高いからひょっとしてニューハーフさんじゃないかって噂してたんですよ」
「見かけました?」
 
「でも顔は凄い美人さんで、男には見えないしと。あれだけ可愛かったら、たとえ男でもいいよね、なんてうちの娘と話していたんですよ」
 
「彼女は今どこに?」
「泊まる所ないですか?と聞かれたんで、すぐそこの村山旅館をお勧めしたんですけど」
 
「場所を教えてもらえませんか?」
「うん。じゃ私の車についてきて」
 
それでその女性が運転するミラの後を《こうちゃん》が運転するテリオスが従う。車は1分もしない内に旅館の前に到達した。
 
「ありがとうございます」
と御礼を言って旅館に飛び込む。
 
「済みません。私と同じくらいの年齢の背の高い女の子、来ませんでしたか?」
「はい、お友達ですか?」
「ええ」
 
「今、お風呂に入っておられますよ」
「宿代払いますから、私もそのお風呂に入ります」
「はいはい。今日はお泊まり?」
「すみません。たぶん夜中に出発すると思いますけど、私と姉と2人分、1泊分の料金は払います」
「分かりました」
 
後ろに立っている《こうちゃん》が「ひょっとして姉って私のこと?」という表情をしていた。
 

千里は、女将さんに案内されてお風呂場に行った。
 
「こうちゃんも来る?」
と悪戯っぽく言ってみたが
「無理〜」
と言っていた。《こうちゃん》は女子大生みたいな格好をしていても中身は「おじさま」なのでさすがに女湯には入れない。
 
お風呂場は田舎の宿だけあって「男湯」「女湯」のような暖簾も無い。小さく「男性用浴室」「女性用浴室」という札が出ているだけである。むろん玲央美は女性用浴室にいるはずなので、千里はそちらに入る。
 
脱衣場に入ると、籠がひとつ出ていて、体操服が丁寧に畳んで入れられている。行儀のいい子だなと思う。
 
千里も別の籠を出して、服を脱ぎ、裸になって浴室に入った。
 
髪を洗っていたふうの玲央美が驚いたようにしてこちらを見た。
 
「見っけ」
と千里は笑顔で言った。
 
時刻は17:57である。千里は浴室の中から高田コーチに電話した。
 
「玲央美を発見捕獲しました」
「おお!」
「詳細は後で。本人は無事っぽいです」
「分かった。ありがとう」
 
電話をいったん切ると、玲央美が
「私って捕獲されたの?」
と訊く。
 
「もちろん。私がレスビアンだったら結婚してもいいくらい」
 
「そうだなあ。私は相手女の子でもいいけど。千里のこと割と好きだよ」
 
へ?告白?
 
 
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【女の子たちの二次試験】(1)