【女の子たちの宴の後】(下)

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この日は大晦日ということもあって《はまなす》の車内では遅くまでおしゃべりを続けている客が多く、車内はけっこう騒然としていた。酒を飲んで騒ぐ老年の男性4人組はさすがに近くにいた中年の女性に「じいさんたちうるさい」と注意されて、その後は小声に切り替えたようである。
 
千里たち4人も他の客の迷惑にならないよう小さい声でおしゃべりを続けていたが、東室蘭を出て少し経ったところで、何人かの客が小さい音量で付けていたラジオの「行く年来る年」から新年の到来を告げるサイレンが鳴ると 
「おめでとう!」
「Happy New Year!」
といった声が客の間からあがっていた。
 
ビールを開けて乾杯する客などもいたようである。千里たちもミニ缶のコーラで乾杯して新年を祝った。
 
その後、まだ小さい声でしばらくおしゃべりを続けていたものの、結局1:03に長万部を出た後あたりでみんな眠ってしまった。
 

千里は夢を見ているなと思った。
 
どこかの病院でベッドに寝ている。あれ〜?私入院したのかな。何で入院したんだろうと思う。そばに誰か自分と同年代っぽい女の子がいるが、誰なのか千里には分からなかった。心配そうに千里を見ている。友だちかなあ。 
やがて看護婦さんが来て
「そろそろ手術室に行きますよ」
と言う。あれ〜? 私、何の手術を受けるんだろう?
 
手術着に着替えるのに裸にされる。下着まで全部脱いだら、お股の所にとんでもないものがあるのが見える。うっそー!?なんでこんなものが付いてるのよ!? と思っていたら、そばにいた友人(?)の女の子が唐突にそれを口に咥えて舐め始めた。
 
ひー!?
 
なんでこんなことされる訳!? いやだー。これがよしんば付いていたとしても、それを人に触られて、更に舐められるなんて!
 

千里は貴司のを舐めてあげたことは何度もある。しかし自分のを舐められるというのは想定外の事態だった。だいたいこれ他人に見せたのって小学生の頃に風邪引いたりして病院に行き、お尻に注射されるのに看護婦さんに見られた時くらいのものだ。
 
「あれ?女の子と思ってたのに、男の子だったのね。ごめんねー」
などと看護婦さんが言うのが凄く悲しかった。
 
でも・・・・・
 
痛いんですけど!?
 
要するに彼女の舐めかたが強すぎると千里は思った。でもこの舐め方で痛いんだったら、私が舐めた時も貴司、痛くなかったんだろうか? 痛くても我慢してくれたのかなあ、などと思うと次する時は、もっと優しく舐めてあげないといけないな、と千里は思った。
 
「もうよろしいですか?」
と看護婦さんが声を掛ける。すると友人(?)は千里のそれから口を離す。 
「はい。これでもう思い残すことないので、やっちゃってください」
などとその子は言っている。
 
思い残すことは無い?何それ?
 
それで千里はストレッチャーに乗せられて手術室に運び込まれる。貴司の顔をしたお医者さんが千里のそばに寄ってくる。いやだぁ。貴司にはこれ絶対見られたくなかったのにと思った。
 
「なんだ、千里ほんとにチンコ付いてたのか」
と貴司の顔をした医者は言った。
 
「こんなの付いてたら僕の恋人失格だな」
 
えーん。やっぱり私、恋人はクビ?そして東京体育館まで連れて来ていた女の子と恋人になっちゃうの? こんなことなら《こうちゃん》の言うようにその子との仲、壊してしまえば良かったかなと後悔する。
 
「とりあえずこのチンコは邪魔だから取っちゃうか」
 
そう貴司の顔をした医者は言うと、薪割りにでも使うようなナタを取り出してくる。ちょっと待て。
 
そして彼はそのナタを大きく振り上げると、千里の股間にある物体めがけて勢いよく振り下ろした。
 
きゃっー!
 
そこで目が覚めた。
 

千里が目を覚ました時、列車はもう青函トンネルを抜けて津軽半島を走っている最中であった。
 
まだナタを振り下ろされた時の恐怖感が意識に残っている。心臓がドキドキしている。トイレに行ってくる。おそるおそるパンティを下げる。
 
良かったぁ!
 
お股に変なものは付いてないよ。ここにあんなの付いてなければ、ナタで切られる心配も無いし、貴司に振られることもないよね?
 
だけど性転換手術でおちんちん切る時って何で切るんだろ?メス?ハサミ?レーザーカッターか何かでも使うのかなあ。まあ、ナタってことは無いよね? 
そんなことを考えながら普段通り、割れ目ちゃんの中にある排出口からおしっこをし、紙で拭いてパンティをあげる。手を洗ってからトイレを出る通路を歩いていたら、ちょうど中沢駅を通過する所であった。あと20分くらいで青森駅に到着するはずだ。席に戻ると麻依子も起きていた。
 
「おはよう」
「おはよう」
と言い合う。
 
やがて橘花も起きるが、鏡を見て「私の顔は不自由だ!」などと叫んでいる。 
「顔洗っておいでよ」
 
それで橘花はトイレに行き顔を洗ってきたが、まだ不満なようである。 
「美容液パック1箱持って来ているから、つがるに乗ったら使うといいよ」
「ありがとう。助かる」
 

5:39に《はまなす》は青森駅に到着する。5:52の《つがる2号》に乗り換えて八戸まで行く。5枚入りの箱だったので結局4人とも美容液パックを使ったが、この様子を通りがかりの人が見たら、ギョッとしたかも知れない。
 
6:48に八戸に着き、6:55の新幹線《はやて2号》に乗り継いだ。
 
新幹線の中で駅弁を10個買って、4人で1人2個半ほど食べてから結局みんな新幹線の快適な座席に眠りを誘われて宇都宮付近まで爆睡していた感じであった。橘花は起きた後「私の顔がまた不自由になってる!」と騒いでいたので残っていた美容液パックを渡した。
 
早めにトイレに行っておいて9:51に東京駅で降りる。この列車は上野駅には停車しない。八戸→東京間の停車駅は盛岡と仙台のみである。東京駅構内でのんびりとおしゃべりなどして過ごしたあと、お昼を食べてから中央線で千駄ヶ谷まで行く。 
千里たちが入って行くと、今年のオールジャパンの初戦、愛知J学園と東北の実業団チームとの試合が始まるところであった。
 
「なんか実力差が明白だなあ」
と試合が始まってすぐに橘花が言う。
 
「いや、去年2勝もしたのが異常だよ。ふつう高校生チームはそう簡単にはオールジャパンでは勝てない」
 
「特にこのチームは実業団には所属しているけど実質プロレベルだもんなあ」
 
J学園は第1ピリオドで15点差を付けられてしまったものの、第2ピリオドでは三尾/大戸/川口/加藤(絵理)/夢原(円)という1年生5人からなるオーダーを出すと、この1年生たちが物凄く頑張った。社会人相手にどんどんスティールを決めるはブロックを決めるはで、一気に試合をひっくり返してしまった。特に加藤はこのピリオドだけで1人で22点取るという凄まじい破壊力を見せた。
 
しかし後半になると社会人チームは総力戦の様相となり、もう明日のことは考えずに最初温存していた風の選手まで動員して、最終的に8点差で逃げ切った。 
実業団チームは勝ったものの、最後の挨拶の時、かなり顔が引きつっていた。 

「凄いね。J学園の1年生」
「この試合を見た全国の女子高生バスケット選手は、J学園の1年生恐るべしと思ったと思う」
「この子たちが3年生になる再来年、いや来年でさえJ学園は絶対的な強者になりそう」
 
「でも結果的には1回戦で負けたから、普通の人は今年のJ学園はやはりとか言いそう」
「まあ去年のオールジャパンが高校生ちょっと勝ちすぎたね。ふつうは初戦で全滅だもん」
「そもそも昨年は7チームも出てきたこと自体異常」
 
今年女子でオールジャパンに出てきている高校チームは地区大会を勝ち抜いた福岡K女学園、愛知J学園と、インターハイ優勝の札幌P高校という3チームのみである。
 
次の試合まで時間があるのでカフェでおしゃべりしていたら、F女子高の前田彰恵・大野百合絵と遭遇する。
 
「おお、奇遇、奇遇」
と言って声を掛け合って一緒のテーブルに座る。
 
「F女子高は2人だけ?」
「全部で10人くらい来ているはずだけど、みんな別行動だから」
「ああ、チームで見に来た訳じゃ無いのね」
「そうそう。個人的な旅行だよ」
 
「中嶋さん、お久しぶり」
と彰恵が橘花を見て言う。
「わあ、覚えていて下さいましたか。光栄です。お久しぶりです、前田さん」
と橘花。
「いや、一昨年のインターハイでは苦しめられたもん」
 
「やはり苦労した相手のことは忘れないよね」
と千里も言っている。
 
「そちらは初顔かな。新人さん?」
「すみませーん。私も高3です。私は3年間に1度もインターハイ・ウィンターカップ出てこられなかったので」
と麻依子が言う。
 
「旭川L女子高の元キャプテンで溝口麻依子さん」
と千里が紹介する。
 
「L女子高か!」
「過去に何度もインターハイ出ているのに」
「1年生の時は道予選ブロック決勝で釧路Z高校の新人だった松前さんにやられて1点差で負けて出場できず、2年生の時は中嶋さんたちのM高校にまたブロック決勝で1点差負けして出場できず、3年生の時はやっと決勝リーグまで行ったけど決勝リーグで1勝2敗・3位で出場できず」
と麻依子は説明する。
 
「惜しいね!」
「松前さんは覚えてる。凄い子だった」
と百合絵が言っている。
 
「N高校も毎年、そんな感じで水面直下くらいの所を漂っていたんだけどね」
と暢子は言う。
「まあ、千里が加入したことで水面の上まで上がれたよね。一昨年・昨年は」
と橘花も言う。
 
「宇田先生も今年は先生自身にとって勝負の年だと思っていると思う」
と千里も言った。
 
「しかし千里が1年生の時から女子チームにいたらN高校は3年連続インターハイに出てたんじゃないかって話もしてたんですけどね」
と橘花は言う。
 
「自分でいうのも何だけど、それには異説もあってね」
と千里は言う。
 
「私がN高校にやむを得ず男子生徒として入学した時、1年間男子チームで鍛えられてから、性転換して女子選手になってもらったら、物凄く進化できるんじゃないかって、半ば冗談みたいに言われたんだよ」
 
「ああ、それは良い強化の方法かも知れん」
「ある程度強い男子チーム持っている所なら、そういう強化の方法もありだよね」
 
「実際昭子は、女子チームで練習してなかったら、あそこまで伸びてないでしょ?」
と橘花がいう。
 
「誰それ?」
と彰恵から質問があるので千里は説明する。
 
「うちの湧見絵津子の従兄で湧見昭一という子がいるんだけど、今2年男子、今年の春には3年になるんだけど、シューターの素質があるというので、ずっと1年生の時から女子チームで私につけて勉強させていたんだよ」
 
「それで凄く鍛えられた訳か」
「でもあの子、そもそも女の子になりたい気持ちがあったみたいで、女子チームにすっかり溶け込んでいるんだよね」
「ほほお」
「だからウィンターカップでも昭子の名前で女子部員のひとりとして遠征に連れてきたんだよ」
 
「でも男子がひとり混じっていると、着替えとかお風呂とかも大変でしょ?」
「いや、ふつうに女子と一緒に着替えているし、女子と一緒にお風呂入っているし」
「普段から下着は女の子のしかつけてないみたいだしね」
 
「うーむ。。。」
 
「あの子、けっこうおっぱいあるよね」
「本人は否定しているけど、絶対あれ女性ホルモン飲んでると思う」
「なるほどー」
 
「なんかN高校さん、そういう性別の曖昧な部員が多くない?」
「あははは」
 

夕方16:20から、札幌P高校と岡山県の大学チームとの試合が行われた。 
この試合で佐藤玲央美は精彩を欠いた。普段はとても精度の良いシュートをする人が、この日は2ポイントも3ポイントもことごとく外すのである。とうとう途中で下がってしまった。
 
「レオちゃん、どうしたのかね?」
と一緒に観戦している百合絵も心配そうに言う。
 
「ウィンターカップで燃え尽きてしまったのでは」
と暢子が言うが、千里は決勝戦の前日に玲央美とふたりで話した時のことを思い出し、ほんとにあの子、もうバスケ辞めるなんて言わないよな?と心配した。
 
「ところであの丸刈りの子は?」
「男子じゃないよね?」
「ああ、試合開始の時に若干揉めてたみたいね。あれ渡辺純子だよ」
「おお!」
 
「どうもウィンターカップの決勝で負けた方が丸刈りにするって、うちの湧見絵津子と約束していたらしいんですよ」
「P高校が勝ったじゃん」
「ええ。それで湧見は試合に負けたからと丸刈りにして、渡辺のほうは得点数で湧見に負けたからと言って丸刈りにしたみたいで」
 
「ふたりともよくやるなあ」
と言いながら百合絵は少し呆れているふうである。
 
「でも女子の丸刈りって校則違反にならないの?」
「授業中はウィッグつけてますからと各々校長先生には弁明したみたい」
「ふむふむ」
「ふたりとも駅のトイレで通報されたらしい」
「ああ。丸刈り頭で女子制服着ていたら、変態男かと思われそうだ」
「純子ちゃんは背が高いし、絵津子は元々男らしい雰囲気持ってるし」
「たいへんねー」
 
試合は前半大学生が押し気味であったものの、後半はその頭を丸刈りにした渡辺純子が物凄く頑張り、伊香秋子も調子良くスリーを入れて、最後は6点差で逆転勝ちを決めた。
 
「おお、今年も高校生全敗は回避したか」
「今夜の宿泊を取っておいて良かった」
 
などと千里たちは言い合った。しかしこの試合をたぶんテレビで観戦していたであろう絵津子は純子の活躍を見て物凄く燃えているだろうなと千里は想像した。 

翌日1月2日。
 
オールジャパンの試合は午後からなので、千里は午前中は新島さんのマンションに年始を兼ねて顔を出した。雨宮先生の所にも挨拶に行きたいとは思ったものの、先生が午前中に起きている訳がないので、新島さんに新年のメッセージだけ託しておいた。
 
「そうか。千里ちゃんも高校卒業か。大学行くよね?」
「はい、そのつもりです」
「どこ行くの?」
「まだ行き先が決まってないですよ。これからしばらくは受験生です」
「東京方面に出てくる?」
「はい。千葉のC大学を狙っています」
「千葉か・・・・。東京都内の大学を受ける気は?」
「東京の国立大学で理学部があるのは東京大学、東京工業大学、お茶の水女子大学の3つですが、私も東大や東工大に通るような頭は無いし、お茶の水はさすがに入れてくれないだろうし」
 
「なんで?」
「私、まだ戸籍が男だから」
「あんたホントに男なんだっけ?」
「私が女に見えます?」
「女にしか見えないけどね」
「そうですよね〜。それで色々私誤解されるんだけど」
 
「でも私立は?」
「私立だと、△△△大学、□□大学、R大学、東京理科大学、日本女子大学、G大学、K大学、T大学、などなど。結構あります。でも私立は学費が高いから」
 
「あんた別に学費を気にしなければならないほどお金には困ってないでしょ?」
「えー?私貧乏ですよー」
「高額納税予定者さんが何言ってる?」
「その税金の計算が頭痛いです」
「税理士に投げちゃいなよ。税務申告の時期と受験の時期がぶつかるでしょ?」
「そうなんですよねー。そうしちゃおうかなあ。新島さん、どなたか紹介して頂けませんか?」
「OKOK。北海道方面で作曲家の税務に慣れてる人を紹介するよ」
「すみませーん」
 

午後からまた東京体育館に行く。
 
ロビーで橘花たちと合流して客席に行き観戦した。
 
この日は午後一番の試合で福岡K女学園が登場した。昨日の1回戦は抽選により不戦勝となっていたので、今日の2回戦からである。相手は橘花の志望校・TS大学である。
 
試合は一方的であった。
 
第1ピリオドから28-14のダブルスコアである。その後もどんどん点差は拡大し、最終的に103-61という大差で決着が付いた。
 
「TS大学強いね」
と千里が言うと
「分かっている子はそう言うよね」
と橘花も笑いながら言う。
 
「今回のK女学園のチームは強い。C学園も真っ青って感じだよ」
「でもかなわなかったね」
「これが関女1部チームの実力だよ」
「凄いなあ」
 
「こんな強い所に入ったら、全然レギュラー取れないかも知れないけど、私、頑張るよ」
と橘花が言うと
「うん、頑張れ、頑張れ」
と麻依子も笑顔で言っていた。
 

この日はすぐ次の時間帯に昨日1回戦を勝ち上がった札幌P高校が登場した。相手はプロ、Wリーグの下位チームである(Wリーグの上位8チームは3回戦から登場し、9-12位の4チームが2回戦から登場する)。
 
この試合でも佐藤玲央美は調子が悪いようで、全く活躍できないまま早々に下がってしまった。宮野や河口、また渡辺純子や伊香秋子などが頑張ったものの、さすがにプロの壁は厚く、15点差で敗れてしまった。
 
「ああ、今年の高校生チームはここまでか」
「玲央美が調子良かったらなあ」
「いやこの相手には玲央美が本調子でも厳しかったと思う」
「うん。向こうは軽く流している雰囲気だったもん」
「さすがプロだよね。かなり余裕があった。叩きすぎては可哀想だからある程度見せ場を作らせてあげようという感じだった」
 

千里たちは1月1-3日の通し券を買っており、3回戦まで見てから帰るつもりでいた。それで2日で高校生チームは消えてしまったものの、後は大学生チームなどを中心に観戦し、2日もホテルに入った。ホテルは格安ビジネスホテルのツイン2個で、千里と暢子、橘花と麻依子で相部屋にしている。トイレは部屋についているものの、お風呂は大浴場に行く方式である。
 
実際には1日の夜も2日の夜も一緒にお風呂に行った後、けっこう遅くまで片方の部屋で4人で勉強しながら(?)おしゃべりして夜12時すぎに各々の部屋に戻って寝ている。
 
2日の夜もそんな感じで寝て、1月3日の朝のことであった。
 
千里はいつも朝練に行く時の習慣で朝5時頃目が覚めた。それで半分寝ぼけた状態でトイレに行く。パンティを下げておしっこしようとして・・・・ 
へ!?
 
と思う。慌ててお股を見ると、そこにとんでもないものが付いている! 
うっそー!!!!
 
と思ったが、そういえば1月3日から男の子の身体に戻るよと言われていたことを思い出す。
 
きゃー、やだー!こんなの。
 

取り敢えずおしっこするが、おしっこの出てくる感じがすごーく変である。ふだんは身体から直接出る感じなのが、わざわざ余計なルートを経由してから出てくるから、その過程が凄く気持ち悪い。私ってよくこんな変な物を生まれてから15年以上も身体に付けていたよなと、あらためて思った。
 
トイレから出ると暢子も起きた所である。
「おはよう」
「おはよう」
と言い合ったが、暢子が変な顔をして
 
「千里、どうかしたの?」
と訊く。
 
「あ、別に何でも無いよ」
と笑顔を作って答えたものの、これ絶対変に思われているよなと思う。 
「あ、もしかして生理が来たとか?」
「うん。実はそうなんだ」
 
「なーんだ。ナプキン持ってる?」
「持ってるよ」
「じゃ、大丈夫か。私もトイレ行ってこよう」
 
と言って暢子もトイレに入る。
 
『いんちゃん、暢子がしばらくトイレから出てこないようにできる?』
『まあできるけど』
 
『すーちゃん、ごめんコンビニまで行って瞬間接着剤、大急ぎで買ってきてくれない?』
『サージカルテープとカミソリ・ハサミ・シェービングフォーム、ガムテープ、レジャーシートもかな?』
『うん、お願い』
 
サージカルテープは仮留めに使用する。はさみ・カミソリとシェービング・フォームは処置をする前に毛を剃るのに使う。最初はさみでだいたい切った後、シェービングフォームをつけてカミソリで剃る。その作業はレジャーシートの上でやってベッドに毛がつかないようにする。最後に掃除するのにガムテープが必要である。
 
それで千里は暢子がしばらくトイレに籠もっている間に《すーちゃん》が買って来てくれた道具でタックを仕上げた。しばらくやっていなかったので、ちゃんとできるかなと心配だったが、何とか仕上げることができた。小学生の頃以来何十回としているので、手が覚えている感じであった。
 
作業する間は万が一にも外から覗かれないように窓にカーテンを引いておくが、作業完了後は、接着剤を使ったので窓を開けて換気する。そこに暢子が出てきた。
 
「大丈夫?」
と千里は声を掛ける。
 
「うん。疲れが溜まったかな。なんかぐるぐるして」
と暢子は言ったが、接着剤の臭いに気づいたようだ。
 
「あれ?シンナーの臭い」
「あ、アクセサリーが壊れたのを接着したんだよ」
「なるほどー」
 
「お腹の調子が悪いなら朝御飯パスする?」
「いや、行く」
 

6時までおしゃべりしてから1階のラウンジに降りて行き朝食を食べていたら橘花と麻依子も降りてきた。それで4人でおしゃべりしていたのだが、橘花が言い出す。
 
「今日の千里は変だ」
「そう?」
 
「うん。私も変だと思う」
と暢子も言う。
 
「なんかまるで男の子にでもなったかのようだ」
と麻依子。
 
みんな鋭い!
 
「うん。実は私、男の子なんだよ」
と千里は言ってみる。
 
「うーん」
と3人は腕を組んで考えている。
 

「千里が万が一にも男だったなんてことになったら大騒動だな」
 
「一昨年と去年のインターハイ、こないだのウィンターカップ、オールジャパン、国体、U18アジア選手権、全ての成績が取り消される」
「当然学校からもらった名誉賞とか殊勲賞とかも全部返納。千里だけじゃなくて部員全員巻き添え、U18代表の子たちも全員巻き添え。日本は今年夏の世界選手権の出場権を失う」
 
「千里、ほんとに男なんだったら、バレないうちにさっと切り落としておけ」
「そうだね。何で切るのがいいかなあ」
 
「包丁じゃない?」
「いや工作用のカッターが結構切れると思う」
「よく研いだ裁ちばさみもいいな」
 
「ナタとかは違うよね?」
「ナタで、えいや!と切って欲しいのなら協力するが」
「間違って胴体を半分に切っちゃったりして」
「まあそれでもいいかも知れんが。今千里が死んでしまえば、闇から闇へと問題を葬ることができる」
「千里、失踪してしまうという手もあるぞ」
 
「あははは」
 
みんな、優しいじゃん!?
 

千里の性別問題は取り敢えず曖昧なままにしておいて、4人はその日の午前中は自由行動ということにし、お昼頃東京体育館に集まる。一緒にお昼を食べてから、その日の試合を観戦。そして夕方の新幹線に乗り、再び《はまなす》で北海道に帰還した。
 
千里は1月4日朝《はまなす》が札幌に着くと、みんなと別れて留萌行きのバスに乗り、実家に戻る。
 
「ただいまあ」
と言って千里が旅支度の、スカートに女物のコートという格好で自宅に戻ると母がギョッとする。
 
「千里あのさ」
「ん?」
と言って千里は自分の格好を見て、あはは、これやばかったかな?と思った。 
「今父ちゃん、福居さんと飲みに行ってるからすぐ着替えて」
「はーい」
 
千里は気のない返事をして、スカートを脱ぎ、ジャージのズボンを穿いた。 
「その胸が目立つんだけど」
「いいじゃん」
「良くない!」
 
それで渋々、母が用意してくれただぶだぶのトレーナーに着替える。結局髪もショートヘアのウィッグをつけた。
 
なお、千里は現在男の身体に戻っているので、母に見せたロングヘアは実はカツラである。千里の実髪は実は丸刈りである。それでこの時、ロングヘアのウィッグを外してショートヘアのウィッグを付けた。
 
その格好で出て行くと、母がため息をつく。
 
「あんたさ、春になって東京に行ったら女の格好で暮らしてもいいから、取り敢えず3月までは、父ちゃんの前では男の振りをしててよ」
 
「面倒くさいなあ」
 

「今日は玲羅は?」
「友だちのところで新年会するとか言って出て行ったよ」
「あの子、勉強してる?」
「全然。成績は毎回赤点ギリギリだし」
「困ったなあ」
 
やがて、父がほろ酔い加減で戻って来る。
 
「おお、千里戻ったか」
「お父ちゃん、ただいま。これお土産。年末が日本酒だったから、今回は地ビールにしてみた」
と言ってビール缶6本セットを見せる。
 
「おお、ビールもいいなあ。よし飲むか」
と父は言ったが
「お父ちゃん、既に酔ってるでしょ?明日にしなさいよ」
と母が言うので
「そうだな。そうするか」
と父もその日はそれ以上のアルコール追加は思いとどまったようである。 
「お前いつ帰るの?」
「明日登校日なんだよ。だから悪いけど最終の旭川行きで帰るから」
 
「そうか。お前とまた一晩じっくりと酒でも飲みながら色々話したいんだけどなあ」
「それは20歳すぎるまで待って」
 
「仕方ないな。そうだ。温泉に行こう」
「へ?」
 
「11月に町外れに温泉センターが出来たんだよ。一緒に温泉に入って男同士、裸で少し話さんか?」
 
え〜〜〜!? 男湯に入れっての?まさか!と思ったが、千里は今、自分が男の身体になっていることを思い出す。ただし下半身だけね! おっぱいはこれ結構あるよぉ。やはり男湯に入るのは困難だと思うけどなあ。
 
温泉と聞いて、母も心配そうにしている。
 

しかし父が強引なので、結局母が車を運転して、千里と父を温泉センターまで連れて行った。
 
えーん。私、どうしよう?
 
母は中に入らずに外で待っているという話であった。それで父とふたりで中に入る。父が
 
「大人1人・高校生1人」
と言うと、係の人はこちらを見て、青いタグの鍵と、赤いタグの鍵を渡す。取り敢えず受け取って脱衣場の方に行こうとするが、男湯の脱衣場に千里が入ろうとしたのを係の人が飛んできて停める。
 
「お客様、そちらは男湯の脱衣場です。女湯は向こうになりますので」
 
「俺男だけど」
と父が言う。父が女に見えたら、ちょっと変だ。
 
「いえ、お客様は男性でしょうけど、お嬢さんは女性ですよね?」
「ん?こいつは俺の息子だけど」
「ご冗談を」
「いや、こいつ小さい頃からよく間違われていたけど、男なんだよ」
 
「お嬢さんじゃないんですか?」
「すみませーん。とりあえず私、男みたいです」
 
それで中に入ることができたものの、そのスタッフさんは結局一緒に脱衣場の中に入ってきて、掃除などしながらチラッチラッとこちらを見ているようだ。あははは。どうしよう?
 
「あ、お父ちゃんごめん。ちょっとトイレ行ってくるから先に入ってて」
「うん」
 

それで千里は脱衣場の中にあるトイレに入り、取り敢えずタックを外した。気が進まないけど、これを見せるしかないかなあ。
 
それで脱衣場に戻る。父はもう浴室に入っているようだ。千里は脱衣籠を取ると、そこで服を脱ぎ始める。まずズボンを脱ぐと、むだ毛など無い細くてアイドルにでもなれそうな白い足が見える。この身体は本格的に身体を鍛える前のものだから、女の身体になって以降のものより華奢なんだよねーと千里は思う。 
その足を見てこちらを見ていたスタッフさんの目がこちらにロックオンされた感じである。トレーナー・Tシャツを脱ぐとブラジャーをした胸が露出される。近くの客がギョッとしている。あはは。スタッフさんがこちらへ歩いてくる。 
千里はブラを外すとタオルを身体に巻き付けて胸から腰の付近を隠した上でパンティを脱いだ。
 
「お客様、お客様、やはり女性ですよね?」
「いえ男です」
「でも胸がありますよね?」
「私、女の子になりたい男の子なんです。だから胸は大きくしてますけど、おちんちんはまだあるんですよ」
 
「え?そうなんですか」
「あまり人に見せたくないから、ちょっとだけ」
と言って、スタッフさんにだけ見えるようにタオルの下端を少し揚げた。 
「あ、付いてますね」
「すみません。胸は他のお客さんに見られないようにタオルで隠しておきますから」
「分かりました」
 
それでスタッフさんは納得したようであった。
 
嫌だなあ、こんなの。
 

それで千里はタオルで胸から腰付近を隠したまま浴室に入り、身体の汗を流してから浴槽に入った。
 
「おお、入って来たか」
と言って父が寄ってくる。
 
「でもなんでお前タオル付けたままなの」
「ちょっと恥ずかしいから。ごめーん」
「軟弱な奴だな」
「最近はおちんちんも見られたくないって言って、水着着てお風呂入る人もけっこう居るよ」
「それ女じゃなくて?」
「女ならおちんちんは無いのでは」
「あ、そうか。しかし男はチンコ見せてこそ男だぞ」
 
そうなの!?
 
「お前もチンコくらい堂々と見せろ」
と言って、父はいきなり千里のあそこに触る。
 
ひー!
 
これって絶対セクハラだ!
 
「なんだ。お前まだ剥けてないの?」
 
などと言って父は指で玉をごろごろさせている。助けて〜!!
 
「大きくなったら出てくるよ」
「そうか。まあ出てくるのなら子供作るのには問題無いな。ほら俺のにも触れ」
と言って父は千里の手を取って、自分のに触らせる。
 
ひぇー!
 
なんでわざわざ自分のに触らせるの? 理解できないよぉ!
 
「まあでもチンコ触りっこしたからいいかな」
などと言って父は取り敢えず満足したようである。
 

その後、父は30分ほどにわたって、スケソウダラを追って船を出していた頃のことをあれこれ語った。それは漁業には興味のない千里にとっても、それなりに関心を持てるような話だった。凄まじい嵐の中で死を覚悟した時、病人が出て夜の時化た海を何とか航行して近くの港まで行った時、魚群を追っていてつい国境を越えてしまいロシアの監視船に追われて何とか日本領海まで逃げ帰った話など、ひとつひとつが映画のネタにもなりそうと思うほどであった。 
父はそういう苦労話をしていても何だか楽しそうだった。今は沿岸のホタテ養殖場を回るだけの仕事ではあるものの、父は大海に乗り出した時のことがやはり忘れられないのだろう。
 

浴室を出て脱衣場に戻った所で父は
「ちょっとションベン」
と言ってトイレに入る。千里はこれ幸いと急いで下着をつけ服を着てしまったが、千里が豊かな胸をさらして、ブラジャーをつけていたら、周囲の客がギョッとしていた。あはは、ごめんなさーい。
 
温泉センターを出て母の車に戻る。母は車の中で寝ていたようであった。 
「このまま深川まで送るよ」
と言って母は車を高速に乗せた。
 
「しかし、こいつとゆっくり話せて良かった」
と父は満足そうである。
 
「そうかい。良かった」
と言いながらも母は何かをいぶかるかのようである。私がどうやって女体を誤魔化したのか、心配なのだろう。
 
「チンコの触りっこもしたしな」
「あはは、そうだね」
 
などと会話を交わすと母はしかめっ面をしている。母は恐らく私が既に性転換済であると考えているんだろうなと千里は思った。
 

1月5日(月)。
 
旭川N高校はまだ冬休みの最中ではあるのだが、この日は登校日となっていた。朝の全体集会で、女子バスケット部のウィンターカップ準優勝の報告が行われた。 
薫も含めたベンチメンバー16名が銀メダルを付けて壇上に上がる。生徒会長から「第39回・全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会、女子準優勝です」と紹介されると全校生徒から大きな拍手が贈られる。部長の揚羽が代表して、みんなへの応援の感謝を含むメッセージを述べた。
 
ここで教頭先生が発言を求めて言う。
「この快挙に対して、ウィンターカップの選手には今回新設された旭川N高校優秀賞が贈られることになりました」
 
生徒の拍手が鳴り止むのを待って教頭先生は
「この賞のプレゼンターとして、本校のバスケット部には所属していなかったのですが、本校OGで、元レッドインパルス所属、昨年はアメリカの独立リーグWBCBL(Women's Blue Chip Basketball League)のSwift Streamersでプレイしました、蒔田優花さんにお願いしました」
 
と言う。千里たちはびっくりした。
 
昨年のオールジャパンのMVPになった人である。旭川N高校の出身とは全然知らなかった。
 
蒔田さんが壇上に昇る。
 
「こんにちは。私は実はN高校ではバスケ部に入ろうとしたものの入部テストで落とされまして」
などと言うと、宇田先生が頭を掻いている。
 
「それでN高校では3年間バレー部にいたんですけど、結局そちらでも1度も大会のベンチに座ることができなくて」
 
と言うと、バレー部顧問の山石先生が頭を掻いている。
 
「それで東京のS女子大学に進学してから、やはり私はバスケやりたいなと思って、そこのバスケ部に入って。弱小だったので私でも入れたんですよね。でも運良く1年目で関東3部で優勝して2部に上がって、そこでプレイしている内に注目してもらって、卒業後レッドインパルスの2軍に入れてもらったんです。それから2年掛けて1軍に上がることができて、その後オールジャパンで優勝することができてMVPにも選ばれたんで舞い上がって、アメリカのWNBAに挑戦したんですけど、オールジャパン準優勝で敢闘賞を取って同時期に渡米したサンドベージュの羽良口さんは美事にWNBAに入れましたが、私は契約はしたもののロースターに入れずに、WNBAの試合には1度も出ないまま、すぐ解雇されちゃって、結局独立リーグのSwift Streamersでプレイしました」
 
と彼女は少しおどけた感じで自己紹介した。人間って挫折を乗り越えて進んで行くんだな、と彼女の自己紹介を聞いていて千里は思った。
 
「WBCBLは春から夏に掛けてがシーズンなので、現在実は無職です。就活中なので、いい仕事先あったら紹介してください」
 
と蒔田さんが付け加えると体育館は爆笑に包まれていた。
 
彼女が薫を含めた16人に1人ずつメダルを掛けて、握手をしてくれる。背番号順なので千里は最後の方に掛けてもらったが、握手した時、凄く力強い握手だと思った。
 

この優秀賞というのは、名誉賞と殊勲賞の中間のものとして今回新たに創設されたものである。
 
金メッキにダイヤが鏤められた名誉賞、銀メッキの殊勲賞、銅製の敢闘賞という序列に割り込む形で創設された優秀賞は金色の黄銅製で女神の顔が描かれている。この賞の構想自体は夏頃には既にあったものの、制作したのはウィンターカップ準優勝の報が入ってからだろうから、製造した工房さんはお正月返上だったのではなかろうか。お疲れ様である。
 
千里は2年と3年のインターハイ、そして昨年のオールジャパン3P女王で殊勲賞をもらっている。殊勲賞のメダルが3つである。また昨年のオールジャパンはチームとしては敢闘賞をもらっている。また国体で理事長特別賞をもらい、U18アジア選手権優勝・BEST5・3P女王で名誉賞を頂いた。今回優秀賞を頂いたことで、旭川N高校の表彰を5種類揃えたことになる。 
わざわざ5種類揃えるよりは、ウィンターカップに優勝して、2つめの名誉賞をもらいたかった気もするけどね!
 

千里はもらったメダルを裏返してみたが、裏にはちゃんとMS CHISATO MURAYAMA 2008 という名前と年度数も入っている。
 
それを見ていたら、最後にメダルをもらった薫が
「あ、私のMS KAORU KASHIになっている」
と言っている。
 
「ん?何か間違ってるの?」
「いや、ちゃんとMSになってるなと思って」
「ああ。でも薫、女子でしょ?」
「うん」
と言って薫は嬉しそうである。
 
「僕はMRでも良かったけどな」
と留実子が言っているが
「男子だと女子チームに入れないからな」
と暢子が言う。
「そこが悩む所なんだよね〜」
 

全体集会が終わり、そのあと各教室に戻ってホームルームをした後解散になるが、バスケ部のウィンターカップ・メンバーはいったん職員室前に集合してから理事長室に行って、名誉賞を頂いた御礼をした。理事長さんにはウィンターカップ直後にも一度準優勝の報告をしていたのだが、あらためていろいろお話をした。 
そのあと、他の女子バスケ部員(引退していた3年生を含む)も入れて、理事長・校長・教頭と一緒に、市内の割烹料理店に行き、あらためてお食事会をした。蒔田さんも一緒である。
 
「昨年度のインターハイの後が海鮮料理店、今年度のインターハイの後が洋食屋さんだったから、今回は和食にしてみた」
と理事長さんは言っていた。
 
「いや、また美味い御飯が食べられるのも、暢子たちや雪子たちのおかげ」
などと寿絵が言っている。夏恋や睦子たちも笑顔である。
 
「蒔田さんは今年もWNBAに挑戦するんですか?」
と暢子が尋ねる。
 
「うん。頑張ってみる。一応去年は契約まではたどり着けた分、今年は評価してくれるチームも増えないかなあとは思っているんだけどね」
「向こうではポイントガードなさったんですか?」
「そうそう。私、172cmしかないからね。この背丈ではポイントガードにしかしてもらえないんだよ。花和さんくらいの背丈があればフォワードでも行けると思うけど」
 
「私たちの学年の北海道は背の高い子が多かったんですよね。札幌P高校に180cm越えの子が3人いたし、うちの花和、M高校の中嶋」
 
「なんかそういう特異年ってのがあるよね」
 

北海道は冬休みが長いので、授業の再開は1月15日なのだが、冬休み中でも補習は行われている。千里は受験生なので、当然ながらこの補習に毎日参加していた。朝から女子制服を着て出かけて行く千里に、美輪子が首をひねりながら言った。
 
「ね、千里もしかして、あんた男?」
「叔母ちゃんにはバレちゃってるね」
「あんたの身体、どうなってんの?」
「うーんとね。一週間くらいでまた女に戻ると思うよ」
「ふーん。まあそれならいいか。でもバレないようにね。バレたらとんでもない騒ぎになるよ」
「世界中に報道されるだろうね」
「ああ」
 

1月10日、夜中の0時。
 
千里は貴司に設定していた着信拒否を解除した。解除して1分もしないうちに電話が掛かってくる。
 
「良かった。つながった」
「どちら様でしょうか?」
「そんなこと言わないでよー。あの子連れて行ったのは謝るからさ」
「もうあの子とセックスした?」
「してない」
「キスくらいしたんでしょ?」
「してない」
 
「ふーん。でもセックスするつもりなんでしょ?」
「そのつもりは無いよ。僕の恋人は千里だけだよ」
「あの子にも、僕の恋人は君だけだよ、と言っているんでしょ」
「そんなことないけどなあ」
 
千里は唐突に元旦に《はまなす》車内で見た夢を思い出した。
 
「でも貴司って、私が女の子だから付き合ってくれてるんだよね」
「千里は女の子だよ」
「私が男っぽくなったり、声変わりしたらサヨナラする約束だったよね」
「まあね。でも千里は男っぽくなったりはしないし、声変わりもしないから、ずっと僕の恋人だよ」
 
「私さ」
「ん?」
「声変わりしちゃうかも」
「なんで?だって睾丸なんかとっくの昔に取っちゃってるでしょ?」
 
「今私に睾丸があるなんて言っても信じないよね」
「千里に睾丸があったりしたら世界中が大騒ぎになるよ」
「ほんとだよねー!」
 
それでその日は貴司がたくさん謝るので千里はまあいいかなと思い少し優しくしてあげる気持ちになる。そしてややHな会話なども含めて1時間ほど話してから
「じゃ、明日の入替戦に向けて練習頑張ってね」
と言って電話を切った。
 

1月13日。成人の日明けの火曜日。
 
千里は朝起きた時、何か喉の調子がおかしい気がした。どうしたのかなあ、風邪でも引きかけているのかな、などと思いながら、うがいをした後、のど飴を舐めながら、朝御飯を作る。
 
やがて美輪子が起きてくるので
「おばちゃん、おはよう」
 
と言ったのだが・・・・
 
「千里、その声、どうしたの?」
と美輪子が言う。
 
「私、あれ? なんか声が変だ」
「うん。まるで男みたいな声じゃん」
 
「ほんとにこれ男の子みたいな声だね」
と言って千里は焦る。なんでこんな声が出るの〜?
 
美輪子は少し考えるようにしてから言った。
 
「あんた、まさか声変わりした?」
「え〜〜〜〜!?」
 

その日、補習に出て行った千里は他の子から
「おはよう」
と言われても、会釈だけして声では答えなかった。
 
「どうかしたの?」
「風邪気味かも」
と千里は無声音を使って答えた。
 
無声音は響きが無い分、声の性別をごまかしやすい。今まともに自分の声を他人には聞かせられない、と千里は思った。
 
「ああ。体調崩しやすいよね。でも今週末はもうセンター試験だよ。気をつけなきゃ」
「うん、ありがとう」
 

その日、1時間目の補習が終わった後、千里は職員室に宇田先生の所に呼ばれた。 
「村山君、ご苦労様だけど、また健康診断に行ってきてくれないかな。バスケ協会の方から、診断を受けてくれないかと言われていて」
 
ああ。要するに私の性別の経過観察なんだろうなと千里は思った。千里の性別に関しては、最初に1年生の11月に検査されて、この時、千里はまだ男性器があったはずなのに、なぜか肉体的に女性という判定が出て、それで女子チームに移動されることになった。
 
その後、2年生の7月・インターハイの直前に1度、インターハイの後で8月にも1度、3年生の7月・インターハイの直前に1度、そして12月にウィンターカップの直前にも1度検診を受けさせられ、毎回MRIを取られ、内診までされている。その他、数ヶ月に1度、札幌の病院に行って簡単な経過観察もされている。
 
恐らくは今回ウィンターカップで準優勝、BEST5、スリーポイント女王という成績を収めたので、念のため身体が男性化していないか確認しようというのであろう。
 
「先生すみません。今日私風邪気味なので、来週くらいという訳にはいかないでしょうか?」
と千里は例によって無声音で先生に言う。
 
「おや?声も変だね。うーん。でもこの検査は実は抜き打ちですることが大切らしいんだよ。ホルモンの量のチェックもするみたいだからさ。それで風邪引いているなら、それ先方に言うから。それで風邪によって血液中の様々な成分か少し変動していても、ドーピングとかではないと判断してもらうことにする。葛根湯とか飲んだ?」
 
「いえ、風邪薬は飲んでないです」
「じゃ申し訳ないけど、そのまま病院に行ってよ。風邪がこじれないように、充分暖かい部屋で検査してもらうようにするから」
 
「分かりました」
 

とは言って学校を出たものの、千里は大いにパニックである。今のこの身体を見られたら、まさに大騒動になってしまう。マジで全世界に報道されちゃうよ。 
それで千里は「正確に」出羽の方向を向いて、美鳳さんを捉えると、お願いする。
 
「済みません、美鳳さん。緊急事態なんです。数時間でいいので女の身体に戻してもらえませんか?」
 
「うーん。確かに今千里が男だとバレちゃったらやばいだろうね」
「私が世界に恥をさらすだけでは済まなくて、たぶん引責辞任に追い込まれる人があちこちに大量に出ます」
 
「だろうね。じゃこれで始末して」
と言って、美鳳さんは千里にナタを渡した。
 
「あのぉ、これでどうしろと?」
「うん。それで切り落とせばいいんじゃない?」
 
「切り落とすだけじゃ女の形になりませんよ!」
「冗談冗談。4時間くらいでいい?」
「はい。それだけあれば何とかなると思います」
 
「上手い具合にさ、大学2年の時に4時間ほど男の身体に戻したいタイミングがあるんだよね」
「へー」
 
「あんたがsub-qのプチ豊胸を受ける時だよ」
「あぁ・・・」
 
「その時は、まだそんなに胸が大きくない時の身体を使わないといけないからさ。だからそこの4時間と交換するから」
 
「済みません。よろしくお願いします」
「今、9:40か。じゃ10時から14時までの時間だけ女の子になるから」
「ありがとうございます!」
 

それで千里は安心してバスに乗って病院に行く。受付でバスケ協会から指定された検診であることを告げると、取り敢えずおしっこを取ってきてと言われて紙コップを渡された。
 
今9:57だ。それで千里は紙コップを持って女子トイレの個室に入り、時計が10時を示すのを待った。
 
身体の感覚が変わる!
 
おそるおそるパンティを下げてみる。
 
やった!
 
おちんちん、無くなってる!嬉しい!!!
 
それで千里は楽しい気分になっておしっこを取る。おしっこを出す時の感覚がおちんちんがあるのと無いのとでは全然違う。やはりこれだよ。この感覚でないと変だよね。男の子って面倒くさい出し方をしてるよな、などと千里は思った。
 
紙コップをトイレの端の棚に置いて外に出る。
 
その後、血液を採られ、MRI室に行かされてMRI撮影をされた。どうも腰の付近をしっかり撮影しているような雰囲気だ。むろんタックなどしていてもMRIで見えてしまうし、睾丸を体内に埋め込んで外見だけ女のようにしていたとしても、埋め込まれた睾丸がMRIで発見されてしまう。
 
MRIを撮るのは、ひとつには睾丸が存在しないことを確認すること、もうひとつは子宮や卵巣が無いことを確認することである。子宮や卵巣があったら、それは千里本人ではなく、別の女子が身代わり受診していることを疑われる。 
1時間ほどその手の検査を受けてから診察室に入った。
 

「あなた、性転換手術済みの女子高生なんだって?」
と先生が尋ねる。
 
しばしば先生が検査の目的を誤解していることもあるのだが、今回はちゃんと把握されているようだ。
 
「はい、そうです」
と千里はわざと声変わりした声で答えた。でもやだなー、この声。
 
「ああ、声が男の子だね」
「憂鬱なんですけどね」
「その声を聞かなかったら、誰か他の女の子が身代わり受診に来たんじゃないかと思いたくなるくらい、あなたは女らしいですよ」
 
「女らしいと言ってもらえるのは嬉しいです」
 
「血液検査とかしても、ホルモン値はちゃんと女性の正常値になってますね」
「そうですね。ちゃんと女性ホルモン剤を飲んでいますから」
「ホルモン剤の調達はどうしているんですか?」
「札幌の**病院の**先生に年に3回診てもらって、その時処方箋を頂くので、それで購入しています」
 
「なるほどね。ちょっと内診させてもらっていい」
「はい。それも憂鬱ですけど、どうぞ」
「まあ恥ずかしいよね。これ、自分が検査される時もけっこう憂鬱なのよ」
と先生は言っている。
 

それで千里がパンティを脱いで内診台に乗ると、下半身が持ち上げられて股は大きく開かれてしまう。ほんっとにこれ恥ずかしいなあ。
 
「クスコ入れていいですか?」
「はい、どうぞ」
 
それで先生は中にクスコを入れて観察している。
 
「これ凄くよくできてますね。まるで本物みたい」
「よく言われます」
「これS字結腸法?」
「私も詳しい術式はよく分からないんですけど」
「ああ、いいですよ」
 
この頃、千里はこのヴァギナって実は本当に『本物』なのでは、という疑いを持っていた。どうもそのあたりの話は《いんちゃん》や《びゃくちゃん》たちも誰か(誰だ?)に口止めされているようで、正直に話してくれないのである。 
先生は千里を内診台に乗せたままMRI写真も確認している。
 
「MRI写真を見ないと、これが人工的に作られた女性器というのが信じられない感じ。MRI写真見ると、子宮・卵巣は無いし、前立腺はあるし」
 
「そうですね。前立腺なんて無くてもいいのに」
「除去する必要もないからそのままにするんだけどね。それに前立腺があると男の人とセックスした時に、相手のペニスで前立腺が刺激されて気持ちよくなれるのよ」
 
「へー。前立腺で気持ち良くなるんですか?」
「そうそう。前立腺って女性のGスポットと同じものだから」
「そうだったんですか!」
 

先生は千里を内診台から降ろした後も、いろいろ女性器に関してトラブルが起きてないか、炎症が起きたり排尿で痛むようなことはないか、また人工的に作られたクリトリスは性的な快感があるか、などといったことを尋ねた。 
「あなたその女性器で男性とセックス経験した?」
「はい。彼氏に入れてもらいました」
「どのくらいセックスしてます?」
 
「彼が今大阪なんですよ。遠距離恋愛になっちゃっているので、なかなかできないんですけど、最近は11月にしました」
「気持ちいいですか?」
「はい、とても気持ちいいです」
「そう。それは良かった」
 
と言って先生は微笑む。
 
「ダイレーションはちゃんとしてますか?」
「はい。してます。普段は留め置き式のを入れているのですが、それ以外でも週に1度数時間掛けてきちんと小さいのから大きいのまで入れて拡張作業しています」
 
「留め置き式のって今持ってます?」
「はい」
 
と言って千里はバッグから出して見せる。
 
「これ微妙なカーブが付いてるね」
「オーダーメイドなんですよ。私の身体に合わせて作ってもらったんです」
「へー、凄い。そういうことしている所があるんだ」
 

実際の性別検査はそのあたりで実質終了したようで、その後はいろいろ日常的な生活面での問題、交友関係でトラブルが起きてないかなどを先生は尋ね、千里もその質問に答えていった。
 
「あなた女の子として凄くよく適応しているみたいね」
「私、そもそも自分が男だなんて思ったこと、生まれてこの方、一度も無かったから」
「ああ、そうなんだろうね」
 
結局先生との、半ばセッション、半ばおしゃべりのような会話を30分ほどして、この日の診察は終了した。千里が病院を出たのは13時すぎであった。
 
けっこう危ないなあと思いながらバスに乗って学校に戻る。そして学校に戻った頃、千里はまた身体の感触が変わるのを感じた。
 
う・・・。
 
トイレに入って確認する。
 
やだぁ! またお股に要らないものが付いちゃってるよ。
 
そんなことを思ったら《すーちゃん》が
『千里、ナタ要る?』
などと訊く。
 
『あまり唆さないで。我慢できなくなって、ほんとにナタで切り落としたくなるかもだよ』
と千里は答えた。
 

千里はその後、午後の補習を受けていたのだが、補習を7時間目まで終えて、ああ疲れた、疲れたと思っていたら、蓮菜と鮎奈が
 
「千里、ちょっと」
と言って千里を教室の外に連れ出す。
 
「ね、他の子には言わないからさ。教えてよ」
と蓮菜が言う。
 
「何?」
と千里は無声音で答えた。
 
「まさかとは思うけど、もしかして千里、声変わりした?」
 
千里はどっと疲れが出るような気分だった。苦笑いしてから、さっき病院の先生との会話で使った男声で答えた。
 
「うん、とうとう私声変わりしちゃったみたい」
 
「嘘!?」
「ほんとに男の子の声みたい」
 
「千里、女の子の声は出ないの?」
「何とか頑張って出せるように練習するよ」
「うん、それがいい」
 
「それまでは当面、風邪気味ということで誤魔化しておこうかな」
「だけどなんで今更声変わりなんてくるんだろう? 千里睾丸を取ったのって小学生の時だよね?」
 
「小学生の時ではないけど、まあ随分前だよ。でも中世ヨーロッパではカストラートになるのに去勢した人が、去勢後に声変わりが来ちゃう例ってあったらしいから。私のもそれと似たケースじゃないかなあ」
 
「うーん。遅れて男性ホルモンが効いてくるのか」
「というより、たぶん私が去勢するより前に変声は始まっていたんだと思う。それが女性ホルモンの影響で、ものすごく遅い進行になっていたんじゃないかな。それが長い時間かけて、とうとう明確に分かるような声変わりになっちゃったんだよ、たぶん」
 
「ああ、それなら考えられるかも」
「私、頑張ってまた女の子の声が出せるように練習するけど、しばらくの間は適当に誤魔化すしかないかなという気がする」
 
「うーん。頑張ってね」
 

その日千里は貴司にメールをした。
 
《私、とうとう声変わりが来ちゃった。貴司の恋人の座を降りる時が来てしまったみたい》
 
貴司は驚いたようで電話を掛けてきたが千里は取らなかった。再度メールを送信する。
 
《お願い。武士の情けでまるで男みたいになってしまった私の声は聞かないで》 
メールを送信した後、千里は涙があふれてきて、停まらなかった。
 
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