【女の子たちの国体・少女編】(2)

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翌日(10月2日木曜日)、千里は9月24日以来、8日ぶりに学校に出て行った。この日の朝のホームルームが全体集会に切り替えられ、国体に出た選手の報告と表彰が行われた。
 
暢子・千里・留実子・雪子、そして道大会までの参加であった薫に宇田先生まで壇上に登り、教頭先生から国体優勝の報告がなされた。
 
「この快挙に対し、N高校理事長特別賞が贈られることが決まりました」
と教頭先生は言った。
 
何か賞がもらえるというのは聞いていなかったので千里たちは驚く。この日は理事長さんから宇田先生を含む6人に賞状が渡された。後日、記念の楯を制作して渡しますということであった。
 

朝礼の後、この6人は旭川市役所に移動する。L女子高・M高校からの参加者、L女子高の瑞穂先生、この3校以外から唯一の参加になったR高校の容子が集まる。それで、旭川市長に面会して選手と先生合計15人で、国体優勝の報告をした。市長からはお祝いのことばがあり、旭川市長賞という賞状と、記念品ということで優佳良織のストラップをもらった。
 
その後、今度は上川支庁(北海道庁の出先機関)にも行き、支庁長からお祝いのことばをもらった。こちらはメッセージだけで記念品とかは無かった!(後日あらためて知事賞という賞状だけもらった)
 
そのあと、みんなでお昼を一緒に食べてチーム解散式とした。
 
「みんな進路は?」
と暢子が訊く。
 
「私は就職だな」
と麻依子が言っている。
「私は札幌の専門学校に行くつもり」
と矢世依。
「麻依子は道内?」
「実は関東方面に出るつもり」
「へー」
「バスケは落ち着いたらまた考える。私はこの国体優勝がいい想い出になったよ」
と麻依子は言う。
 
「私は関東方面の大学。W大学かTS大学を狙っている」
と橘花。
 
「どちらも関女1部リーグだね」
「うん。私はバスケやめられないよ」
 
「私もW大学狙い」
と容子。
 
「お。すごーい」
「橘花ちゃんと一緒になれるかな?」
「なれたらいいけど、私は家が貧乏だから行けたら国立に行くよ。ごめん」
「ううん。でもそうか、そちらはW大学が滑り止めか」
 
「なんか天上世界の話だな」
と暢子が言う。
 
「暢子は?」
「志望校は最初適当にA大学と書いていたんだけど、教頭先生から教育大の旭川校を受けろと言われた」
 
「そっちの方がバスケは強い」
「うん。だから教頭先生の話に乗って頑張ろうと思う」
「何の先生になるの?」
「英語好きだし、英語の先生もいいかも知れないと思ってる」
「いいかもね」
 
「橘花もTS大学なら学校の先生なんでしょ?」
「うん。私は数学の先生かな」
「すげー」
「数学なんて頭痛くなりそう」
 
「でもN高校さんは、みんな受験大学を指定されたって話だったね」
「うん。私が教育大旭川校、サーヤがH大学、薫がL女子大学」
と暢子が言う。
 
「薫、女子大に行けるの?」
「来てくれるなら歓迎と理事長さん言ってたよ」
と瑞穂先生が言う。
 
「私、実は父親から、女の子になったこと許してやるから東京に戻ってこないかと言われてるんですよ。もしかしたら、東京方面に行くかも知れないです」
 
「ああ、それは戻った方がいいよ」
と言う子が多い。
 
「その場合、考えているのがKS大学なんですけどね。実は実家から近いのと臨床心理学のコースがあるから。偏差値としてはL女子大と同程度なんで教頭先生に確認したら、そこでもいいと言われたので」
 
「バスケ部あったっけ?」
「関女4部なんですよねー」
「薫のレベルじゃ4部なら、まともにパスできる相手がいないと思う」
「でも私、女子バスケ部に入れてもらえないかも。N高校はほんとに理解あったんだけど」
「大変だね」
 
「そういえば千里は?」
「私はC大学が志望なんだけど、教頭先生から□□大学の医学部受けろって言われた」
「どちらもハイレベルだ」
「C大学も医学部?」
「ううん。C大学は理学部」
「だったらハイレベルと、超ハイレベルだな」
 
「千里、最初は志望校、J大学かK大学くらいにしておけばよかったのに」
「私、特待生の授業料免除を維持したいから勉強も頑張ってたのよね」
「ああ、それがあったのか」
 
「だけどC大学も□□大学もバスケ部無いのでは?」
「どちらも関女3部みたい」
 
「千里、□□大学じゃなくてW大学受けたら? W大学は関女1部だもん。レベルは同じでしょ? 一緒にやろうよ」
とW大学が志望校だという容子が言った。
 
「実は□□大学からもW大学からも、他にK大学とかからも監督さんがわざわざうちの高校まで来て勧誘されたんだよ」
 
「そりゃ勧誘したくなるよね」
「でも困ったことにW大学には医学部が無い」
「無かったんだっけ?」
「無いとは思ってない人が多いよね」
 
「知らなかった!」
「なぜW大学に医学部が無いのかは関東大学七不思議のひとつらしい」
「ほほぉ」
 
「だけどさ」
と麻依子が言う。
 
「千里って、絶対医者向きの性格じゃないと思う」
 
「うん。私が医者になったら、毎年20-30人殺す自信がある」
と千里も言う。
 
「怖ぇ〜〜!」
「紐医者ってやつか」
 
「パタリロ!用語だな」
「何だっけ?」
 
「藪(やぶ)医者より酷いのが雀医者。今から藪に向かう所。もっと酷いのが土手医者。藪にもなれない。紐医者は、これに引っ掛かると確実に死ぬという話」
 
「まあ、だから合格しても入学はしないよ」
と千里は言った。
 

千里はこの年の山駆けは9月15日に玲央美や江美子たちと一緒に月山・湯殿山に行ったのを皮切りに、24日まで10日間参加し、そのあと国体前の合宿・本戦をしている間の休みを経て、10月2日・3日にまた2日間参加した。この10月2日のスタート地点に江美子の姿があった。
 
「不思議〜。これってどうなってんの?」
「まあ幽体離脱のようなものだよ」
「そっかー。じゃ私の身体の本体は松山にあるのか」
 
「こないだ江美子が実際に出羽まで来たから、ここに飛ばせるようになったんだよ」
「へー」
 
それでこの日も歩き始めるが、30分もすると少し上り坂になった所で江美子が遅れる。
 
「遅れる〜。待ってはもらえないよね?」
と情けない声を出している。
 
「自分の勘を信じて歩き続けて。2時間歩いたら30分休むから、その時に追いついて」
「道に迷ったら?」
「その時は運が無かったと思って」
 
「幽体離脱している私が行き倒れたら本体に戻れるのかな?」
「まあ一緒に死ぬだろうね」
「きゃー」
「まあ死にたくなかったら頑張って歩こう」
「頑張る」
 
それで何とか追いついてくるものの、それでもまた30分もすると遅れ始める。千里は《りくちゃん》に『彼女を守ってあげて』と言って先に進んだ。
 
やがて途中の休憩ポイントで休んでいると、15分ほどした所で江美子が追いついてきた。
 
「良かった。居たぁ!」
と江美子は息も切れ切れに言っている。
 
「もうひとり遅れた方が居て、その人と一緒に歩いたんです。顔が見えなかったけど。って、私、皆さんの顔がよく分からない」
と江美子が言ったので、千里は
「ここでは自分よりハイレベルな修行者の顔は見えないんだよ。自分がレベルアップしていくと、少しずつ見える人が増えてくる」
と説明する。
「なるほどー!」
 
「若いの。これ飲むと少し力が出るよ」
と年配の修行者が江美子にコップを渡す。
 
「これは?」
「どぶろく」
「どぶろくってお酒ですかぁ〜」
 
「癖になるといけないけど、まあ今日は初めてみたいだから」
 
「飲みます!」
と言って江美子は飲むと
「美味しい!」
と言う。
 
「お代わりあります?」
「おお、飲め飲め」
と言って飲ませている。いいのかなあ、などと思いながら千里は見ていた。
 

休憩を少し長めにやってから出発する。するとお酒でのブースト効果が出たのか、江美子は今度はかなり頑張った(即使用できるグリコーゲンが増えた効果もあると思う)。それでこの2時間は江美子は遅れず付いてくることができたのである。
 
しかし次の2時間になると、お酒でのブーストをしていても、やはり筋肉の疲労がどうにもならない。かなり遅れてしまう。千里は美鳳さんと話して、取り敢えずこの日は6時間で江美子を帰すことにした。
 
「今年は初心者多いし、6時間でいったん湯殿山に行って、そこから上級者だけ再度歩こうか」
 
ということになった。
 
それで湯殿山まで来て先に温泉に入りながら待っていると30分遅れで江美子はたどりついた。千里は彼女をナビゲートしてあげていた《りくちゃん》に『ありがとう』と声を掛けた。
 
「疲れたぁ」
と江美子はほんとにクタクタの様子である。
 
「お疲れ様。温泉入るといいよ」
「入ります」
 
それでマッサージの上手い人が江美子のツボを押さえてあげた。
 
「凄く気持ちいいです」
「こういうツボは覚えるといいよ」
「これ練習の後にもいけそう」
「うん。使える使える」
と言ってあちこち押してあげていたが、
 
「あんた、生理不順だろ?」
と彼女が言う。
 
「ええ、結構」
と江美子。
 
「ここのツボを覚えて。ここ押さえていると調子よくなるよ」
「わあ、ありがとうございます!」
 
江美子は結局温泉に10分くらい浸かったところで眠ってしまったので自宅に転送された。他にも数人の初心者が帰されたようである。
 
「じゃ、中上級者はこのあと8時間か12時間ほど歩こうか」
と美鳳さん。
「私、まだ初級者ですよね?」
と千里は言ったが
 
「あんたは上級者心得予科見習いで12時間コース」
と言われた。
 
「なんか銀行の行員さんの肩書きみたい!」
 

 
国体チームの解散式があった翌日・10月3日の午後、千里は再び旭川空港から羽田に向かった。U18チームの(事実上最後の)合宿が行われるのである。この後はアジア大会直前の第六次合宿があるだけである。
 
しかし結局学校の授業は10月2日の6-8時間目と10月3日の0-4時間目に出ただけである。受験生なのに全然授業に出られない日々が続くが、千里も一応ちゃんと担任から渡された宿題や、蓮菜から渡された問題集などを頑張って解いていた。
 
3日の夕方(例によって本蓮沼駅からジョギングで)東京北区のNTC(ナショナル・トレーニング・センター)に入る。今回も途中で江美子に追いついたが、江美子は今日は走っていた。
 
「初めての山駆けどうだった?」
と並走しながら話しかける。
 
「大変だったけど、自分の課題がよく分かった。次千里ちゃんはいつ参加するの?」
「次は10月9日」
「じゃ私もその日に参加したい」
「OKOK。言っとくね。じゃ先に行くね」
 
と言ってゆっくり走っている江美子を置き去りにし千里は先に走って行った。
 

また今回も部屋は玲央美と相部屋である。
 
「お疲れ様ー」
「こないだは面白い体験させてもらった」
と玲央美。
「うん。雨宮さんの提案に、出羽の人達が乗っかって、私たちちょっとおもちゃにされたみたいね」
と千里。
 
「あの月山や湯殿山にいた神主の格好していた人、実は神様か精霊でしょ?」
「そのあたりはノーコメントで。まああの人たちも暇なんだよ。娯楽が少ないから霊感の強い子で遊んでる。あそこに居たメンバーは全員『見える子』だったからね」
 
玲央美は頷いて言う。
 
「私はとても山駆けはできないから、地上をたくさん走って負けないようにするよ」
「うん。みんな自分なりの鍛錬法を見付けるのがいいと思う」
 

夕食に行くと食堂に江美子や誠美、桂華などがいる。江美子はさっき見た時と服が違うので駅からのジョギングで汗を掻いた服を着替えたのだろう。
 
「先日はどうも、どうも」
「取り敢えず今は優勝おめでとうということで」
とみんなから言われるので
 
「ありがとう。素直に嬉しい」
と千里も答える。
 
「ウィンターカップ出るよね? またやろうよ」
「まあ道予選を勝ち上がれたらね」
「北海道は予選はまだなの?」
 
「11月7-9日なんだよ」
「アジア大会とぶつかってるのか?」
「そうそう。だから私は道予選には出られない」
と千里は言う。
 
東京も愛媛も福岡も9月上旬に予選が行われて、東京ではT高校とU学院、愛媛ではQ女子高、福岡でもC学園が既に代表の座を射止めている。
 
「でも今年のN高校なら千里が居なくても道予選を突破するでしょ?」
「行きたいけどね。国体でライバルのL女子高と一緒にスピードバスケットの練習やったから。L女子高が結構な脅威」
 
「あれにやられたなあ」
と江美子は言っている。
 
「あの戦術、決勝戦まで使わなかったんだね」
と誠美が言う。
 
「そりゃ対Q女子高の隠し球だから。それにあれが有効なのはああいう背の高い選手の多いチームなんだよ。決勝戦がJ学園だったら最後まで使わなかったかも。あれ消耗が激しいしね。だから愛媛戦でも後半しか使わなかった」
 
「確かに体力を使うだろうね」
「でも背丈のハンディは大きいから、それに対抗するには結局スピードとスリーしか無いんだよね」
 
「私たちがアジア大会で戦う場合もそれだろうね」
「うん、思う」
 

「桂華、新しいユニフォームもらった?」
「もらった。1桁の数字の背番号はなかなか重たい」
 
桂華は怪我で離脱した星乃が付けていた9番の背番号を新たにもらっている。前回の合宿までは17番を付けていた。
 
「たかが背番号だけど、変わる度に結構いろいろ思うよね」
「チームで4番の番号をもらった時は凄く重かった」
 
と江美子が言うと、桂華・玲央美も同意している。
 
「私は4番を付けたことはないなあ。チームでもここ1年付けていた5番が最高」
と千里は言う。
 
「中学の時は4番付けてなかったの?」
「当時私は女子バスケ部の男子部員だったから、基本的に員外だったんだよ。その大会で登録できるいちばん後ろの番号を付けていたことが多い。最初に参加した大会が9番だったかな」
 
「ほほぉ」
「最後尾が9って、もしかして6人しか居なかった?」
「5人しか居なかったのが1人休んじゃって。たまたま近くに居た私が同じ中学だよね?と言われて徴用された。でメンバー表提出したあとで『嘘。これ女子チームなんですか?』と」
 
「まあ千里が男の子に見える訳が無い」
「女子選手から勧誘されて気付かない千里もおかしい」
「千里って性別問題に関しては、何も考えてないんだか確信犯なのか分からない面がある」
 
「今年のインターハイは5番だったけど、去年のインターハイは8番だったね」
と桂華が言う。
 
「よく覚えてるね!」
と千里はマジで驚いて言う。
 
「そりゃ、印象が鮮烈だったもん」
「でも桂華が2年生の時にインターハイで15番付けてたのは覚えてる」
と千里。
 
「桂華は15番ではあっても、実質いちばん凄かったね」
と江美子が言う。
 
「C学園は学年絶対優先っぽいから」
「うん。実際2年生の時はメンバー登録ぎりぎりまで、私も出してもらえるかどうか分からなかったんだよ」
と桂華は言っていた。
 

夕食のあと少し休んでから何人か誘い合って体育館に行き、軽く練習した。
 
「千里、バッシュが新しくなってる」
と玲央美から指摘された。
 
「うん。国体のあとで新しくしたんだよ」
と千里は答える。
 
「やる気満々だね」
と桂華が言う。
 
「うん。でも少し足に慣らしておかないと」
「千里の練習量なら多分2日で足に馴染む」
 
「よし。私も新しいバッシュ買って来ようかな」
と言っている子がいた。
 

今回の合宿ではやはり高さやフィジカルの強い相手に慣れるということで関東の実業団男子チームや男子大学生チームに練習相手になってもらい、スピーディーなゲーム運びを心がけるようにした。また男子チームに千里や渚紗のスリーを徹底的に妨害してもらい、その中でいかに相手の隙を見て撃つか、そもそもいかにして撃てるスペースをみんなで協同で作り出すかという練習をした。
 
「村山君も中折君もチームでは単独で撃つ場所を確保しているかも知れない。しかしこのチームなら彼女たちをみんなでサポートして撃たせてあげることができるはず。それがチームの得点になるから、みんな For the team で頑張ろう。All for one, One for all だよ」
と片平コーチが言っていた。
 
練習は朝8時から夜9時まで、お昼とおやつの時間の休憩をはさんで実質11時間であるが、実際には千里・江美子・玲央美・桂華の4人は「朝練」と称して、朝6時から朝食前までも汗を流していた。宿泊施設とトレーニング施設が一体となっている場所ならではである。
 

夜、お部屋で同室の玲央美から声を掛けられる。
 
「千里、お勉強してるの?」
 
「うん。教頭先生から□□大学の医学部を受けろって言われたから」
と千里は答える。千里は取り敢えず進研ゼミの2年生の復習をしている。これを10月いっぱいまでやるつもりだ。
 
「千里、そういう大学ならスポーツ推薦枠で入れるのでは?」
「推薦で合格したら辞退できないじゃん」
「ああ、入学するつもりはないんだ?」
「要するに3年生の12月まで部活をしていても、ちゃんと大学に合格しますという実績を残して欲しいということで」
 
「たいへんだね。実際にはどこ狙ってるの?」
「C大学の理学部」
「理学部?そこ出て何になるの?」
「なーんにも考えてない」
「バスケの選手になったら?」
「私、そんな才能無いよぉ」
「日本一のシューターが何を言ってる?」
 
「玲央美は進路は?」
「うん。実は何も考えてない」
「玲央美こそスポーツ推薦で好きな大学に入れるでしょ?」
「うーん。大学生を4年間やるのもかったるい気がしてね」
「じゃどこかWリーグとか?」
「まだプロになる実力は無いよ」
「日本一のフォワードが何を言ってる?」
 

千里たちが合宿をしていた10月4日の午前中、東京のあるCDショップを20代の男性が訪れていた。
 
「なんか名前忘れちゃったんだけど、先月デビューした高校生の女の子2人組のアイドルがポスター見たらなんか良さそうと知人から言われたんだけど何て子たちかな。確か何とか×何とかって名前だった気がするんだけど」
 
とスタッフに尋ねる。
 
「先月デビューした女子高生2人組ですか? うーん・・・」
と悩んでいたスタッフは、ふと壁に貼られたキャンペーンライブのお知らせに気付く。
 
「あ、それローズ+リリーじゃないですかね。×じゃなくて+だけど。デビュー当日にここでやったライブはかなり盛り上がってましたよ」
 
「ああ、じゃ、それかもねー」
「CDはこちらになりますね。今日13時からミニライブがありますが、もしお時間がありましたら、見られませんか?」
「13時からか」
「多少時間が前後するかも知れません」
 
「んー。じゃCD聴いてみて良さそうだったら来てみるわ」
と言って彼は『その時/遙かな夢』というCDを1枚買っていった。
 
彼は実はFM局の構成作家で、実際にそのCDを聴いてみて「これはいい!」と思い、この日のキャンペーンライブも見て、これは絶対若い世代に支持されると思った。そこで自分が担当している番組で取り上げた。それがまたローズ+リリーの急激な人気上昇を後押しすることになる。
 
むろん彼に「先月デビューした女子高生デュオ」を勧めたのは、ドッグス×キャッツのポスターをコンビニで見かけた知人である。
 
同じ女子高生デュオであることと名前の構成が似ていることから、この時期、ドッグス×キャッツとローズ+リリーのCD買い間違いはお互いに結構発生していた。その多くが、コンビニや駅などに一時期随分ポスターが貼られていたドッグス×キャッツのCDを買いに来て、間違ってローズ+リリーの方を買っていき、結局そちらのファンになってしまうというパターンだったのである。
 

同じ10月4日。都内の別のCDショップ。
 
様々な紆余曲折のあった XANFUS がやっとデビューの時を迎えていた。
 
前面に光帆・音羽の2人がマイクを前に立ち、後ろに三毛・騎士・黒羽・白雪の4人が並んでデビュー曲の『さよなら、あなた』『アロン、リセエンヌ』を演奏した。
 
この日MCをした光帆は『アロン、リセエンヌ』をうっかり『アロン・アルファ』と言い間違ってしまったのだが、その言い間違いに笑う観客も居なかった。
 
このデビューイベントに来ていた客は4人。席に座ってゲーム機をいじっていた大学生の男の子、おにぎりを食べていた高校生くらいの女の子、そして田舎から出てきた感じの中学生の男の子とそのお母さんという雰囲気であった。
 
ステージに並んでいる人数より少ない!
 
光帆はこの人数を見て「え〜?」と思ったものの、アマチュアバンドをやっていて客の少ないイベントも充分経験している音羽が
 
「人間のお客さんがいるだけマシだよ。私、お客さんは猫1匹なんて状態で演奏したこともあるよ」
と言うと光帆も
 
「そうだね。今日来てくださってる4人に満足してもらえるライブができたら、そこから口コミが広がって1年後には400人くらいのライブができるようになっているかもね」
と言う。
 
それで2人は元気よく
「XANFUS参上!」
 
と挨拶すると
「ベイビー、行っちゃうよ!」
ととにかく半ば自己陶酔したノリで伴奏に合わせて躍りながら歌い始めた。
 

千里たちの合宿は10月6日(月)の夕方に終了し、千里はその日の最終便で旭川に戻った。翌7日学校に出て行き、きちんと宿題を提出すると「おお、頑張ってるな。感心感心」と担任から褒めてもらった。
 
10月9日には振分試験があったが、千里は充分手応えのある解答を書くことができた。試験の結果、千里は9位であった。
 
翌10月10日(金)。この日は1学期の終業式であったが、先日言われていたN高校理事長特別賞の記念の楯ができたということで、千里・暢子・留実子・雪子・薫の5人と宇田先生が理事長室に呼ばれて理事長さんからひとりひとり手渡された。ついでにポチ袋ももらった。
 
「格好いいですね!」
と暢子が楯を見て素直に喜びを表す。
 
「きれーい」
と雪子が嬉しそうな声をあげる。
 
「これ金メッキですか?」
と薫が尋ねる。
 
「そうそう。真鍮(黄銅)に金メッキをしたもの」
「すごーい」
 
「インターハイの直後におっしゃっていた優秀賞というのとはまた違ったんですね」
と千里は尋ねる。
 
「うん。実は国体優勝という実績をどう評価するか悩んでね。何人かに相談したんだけど、インターハイ・ウィンターカップと並ぶ三大大会ですよという意見もあったけど、インターハイ・ウィンターカップからは少し落ちるのではないかという意見も多くてね。それで名誉賞−殊勲賞と序列が付かないようにしたかったのと、学校のチームで優勝した訳ではないからということで、こういうのを創設してみた」
 
と理事長は説明した。
 

終業式が終わってから翌日・翌々日の10月11-12日(土日)にはバスケットの上川・留萌地区の秋季大会が行われた。この大会は1−2年生で出ており、3年生は参加しない。
 
一方、この週末、千里はまたまた東京に出て行った。
 
12日に行われる作曲家の上島雷太さんと、何度か占いをした春風アルト(本名・吹風茉莉花:ふきかぜまりか)さんの結婚式披露宴にアルトさんから招かれているのである。
 
11日の夕方の飛行機で羽田まで飛び、品川の某ホテルに行く。フロントで送ってもらっていたクーポンを見せるとボーイさんが案内してくれたが、部屋はツインの部屋である。それをシングルユーズするようである。なんか高そうな部屋!と思いながら机の引き出しに入っている英語で書かれた日本の観光案内などを何気なく読む。
 
そのあと進研ゼミのテキストを出して勉強しながら、途中で買ったマクドナルドのフィレオフィッシュ・サラダセットを食べていたら、雨宮先生から電話が掛かってきた。
 
「おはようございます。それではおやすみなさい」
と言って電話を切ろうとしたら
「こらぁ〜、ここで切ったら罰金1000万円」
などと雨宮先生が言うので話を聞く。
 
「私受験生なんですよ。時間が無いから毛利さんにでも回してください」
 
「毛利じゃ、ドレス着せてピアノの前には座らせられないから」
「ピアニストのお仕事ですか?」
 
「明日の雷ちゃんの披露宴に出るんだって?」
「はい。アルトさんからお招き頂いたんで」
「それで好都合と思ってさ。披露宴のピアニストに都内の某女子高生を徴用しようと思っていたら、明日は朝から新潟に行って、富山・金沢と回ってこないといけないというのよ。こんな日に」
 
「私もバスケの試合か何かに出ていたかったな」
 
「それであんた代わりにやってよ」
「でも私、あまりレパートリー無いですよ」
「あんたはハッタリで弾けるから、どうにもでもなる。楽譜は充分用意させるから、そこに無い奴は断ってもいいし」
「うーん。まあそれならやってもいいかな」
 
「ところであんたご祝儀はいくら用意した?」
「え?往復の交通費を頂いてホテルも取ってもらったので多めにした方がいいかなと思って5万円入れましたが」
 
「あり得ない」
「え?多すぎました?」
「この世界ではご祝儀は最低100万円」
 
「えっと・・・大根1本100万円とかの話ですか?」
「あんた、よくそんな古い話知ってるね」
 
「マジで100万円なんですか?」
「私は親友だから5本包むけどね」
「5本??」
「500万円」
「マジですか?」
「あんたはそうだなあ。高校生だし芸能人ではないから30万円くらいで勘弁しといてやるか」
 
「そんなにお金無いですよぉ」
「じゃ私が貸しとくから」
「すみません」
「トイチね」
「は?」
「10日で利子は1割」
「待って下さい。だったらATMで手数料払って降ろしてきます」
「なんだ。銀行口座にあるんなら、用意しなさい」
「雨宮銀行は恐ろしいみたいだから」
 

それで千里は翌日朝 mics が動き出すのに合わせてコンビニに行き30万円お金を降ろしたが、1度に降ろせる額が10万円までに制限されていたため、結局手数料を3回払うハメになった。自分のお金を引き出すのに、なんでこんなにたくさん手数料を払わないといけないんだ?とどうも納得行かない。不愉快だったが、もらっている朝食クーポンでホテルの朝ご飯を食べに行ったら、とっても豪華な朝ご飯だったので、随分気分が良くなった。
 
結婚式・披露宴の出席者は芸能人が多いので、みんな豪華なドレスや振袖・訪問着などを着ている。年収が数十億と噂される上島雷太の結婚式で、花嫁は超豪華な服を着るのが確定なので、みんな安心しておしゃれをしているようである。しかしロビーには随分と「有名人」たちが居て、あれこれお互いに話していた。そういう所を写真に撮っている芸能記者っぽい人たちも大勢居る。
 
千里は高校生なので制服でいいのだろうと思っていたのだが、式場に行って受付で「村山千里」名義の祝儀袋を出したら
 
「あ、千里ちゃん。待ってた」
 
と中年の女性から言われる。アルトさんの事務所のマネージャー田所さんという人だった。「こっち来て」と言われて控え室に連れて行かれると「これ着て着て」と言われて青い素敵なドレスを着せられてしまう。
 
「披露宴の伴奏をしてくれるんだって?よろしくね」
「はい、頑張ります。昨夜言われてびっくりしたんですけど」
「この業界、わりとそういうのよくある」
 
「でも私身長あるから大丈夫かな?と思ったんですが、普通に着れましたね」
と千里は素直にドレスを着た感想を言ったが
 
「モデルさんとか背の高い人が多いから」
と田所さんは言う。なるほど、そういうのを想定して衣装も用意されているのかと納得する。
 
「でもあなた凄く均整の取れた身体してるね。何かスポーツでもしてる?」
「あ、はい。バスケットをしているので」
「へー。それで」
 
などといった話をしながらロビーを歩いていたら、50歳くらいの男性が居て、田所さんを手招きする。千里も何となく付いていく。
 
「早知子ちゃん(夏風ロビンの本名)は見なかった?」
「あ、それが私も捕まらないんですよ。どうしたんでしょうね?」
「もし連絡が付いたら遅れてでもいいから来るように言っておいて」
「はい。他の者にも伝えます」
 
「こちらはどなたでしたっけ?」
とその男性が言うので、千里はバッグの中から名刺を出す。
 
「おはようございます。売れない作曲家で鴨乃清見と申します」
と言って、名刺を渡した。
 
「あんたが鴨乃さん!?」
と言って驚いている。
 
「え!?そうだったんですか?」
と田所さんまで驚いている。
 
「売れないは無いでしょう。失礼しました。こういう者です」
と言って男性は
《§§プロダクション・代表取締役・紅川勘四郎》
という名刺をくれた。
 
「茉莉花ちゃん(春風アルトの本名)の知り合いの女子高生占い師さんとだけ聞いてたので」
と田所さんも焦っている。
 
「まだ高校生で未熟ですし、あまり騒がれたくないので顔は出してないんですよ。あ、こちらの名刺も差し上げておきます」
 
と言って千里は醍醐春海の名刺も渡す。
 
「鈴木聖子ちゃんの曲を書いてる人だ」
「はい。いくつか書かせて頂きました」
 
「ラッキーブロッサムの作曲者のひとり、大裳というのが醍醐春海と同一人物ではという噂もあるんだけど」
と紅川さん。
 
「ご明察です」
「あんた、かなり手広くやってるね!」
「実態は雨宮先生に突然『明日の朝までにこれに曲付けて』とか言われて、ひーひー言って曲を書いているだけです。アレンジとかはプロの方がやってくださいますし」
 
「ああ、あの人は強引だから」
と社長も笑っていた。
 
紅川社長とはそのまま10分近く立ち話をした。
 

披露宴が始まるので、千里も他の招待客と一緒に入場する。入口の所で上島さんと並んで招待客を迎え入れる色打ち掛けに高島田のアルトさんは凄く可愛いかった。千里はこれは式場のメイクの人ではなく、ふだんアルトさんのメイクをしている人にやってもらったなと思った。田所さんや紅川社長などが動いていたのを見ても分かるようにこれは個人の結婚式ではなく、上島さんとアルトさんが主催するライブイベントのようなものなのだ。
 
テーブルは5〜6人ずつ座る丸いテーブルになっていた。千里はAYAのゆみ、大西典香、および春風アルトと同じ事務所の後輩に当たる秋風コスモス、研究生の蓮田エルミ(翌年「川崎ゆり子」の名前でデビューした)と同じテーブルになっていた。似た年代の女の子を集めた感じではあるが、なんでこんな有名所さんたちと!と千里は思った。
 
ちなみに、ゆみ・大西典香は上島さんの縁でこちらに来ているようで、秋風コスモスと蓮田エルミはアルトさんの縁で来ているようだ。両方の関係者を混ぜて座らせる方式のようである。
 
千里が席に着くと、ゆみがこちらを見て何だかホッとした様子で
「おはようございます、醍醐先生」
と挨拶をする。ゆみとは北原さんの葬儀の時に会っているが、どうもゆみは同じ上島ファミリーでも大西典香とはあまり話したことが無かったようで、結構緊張していたようであった。ゆみが東京拠点、典香は関西拠点で活動しているのもあるだろう。
 
「作曲家の方ですか?」
と大西典香が訊く。年齢が上なら「作曲家の先生」くらい言うのだろうが、自分より年下っぽいとみて「作曲家の方」と言ったようである。
 
「ええ。あ、これ名刺差し上げておきます」
と言って最初に醍醐春海の名刺を大西典香に渡す。彼女はこの名前を知らないようで少し首をかしげている。
 
「でも大西さんにはこちらの名刺もお渡ししておこうかな」
と言って、更に鴨乃清見の名刺を渡す。
 
「嘘!?」
と言って大西典香は手を口に当てて、声も出ない様子。
 
「あの、大変お世話になっております。全然今までご挨拶にも行かずに本当に申し訳ありませんでした」
と言って膝に手を付いて深くお辞儀をしている。
 
「いや、実は鴨乃清見は私を含めて5−6人の作曲家集団なんですよ」
「あ、そんな気はしてました!」
「私はだから正確には鴨乃清見の5分の1くらいで」
 
「あ、その名刺、私にも頂けませんか?」
とゆみ、それに秋風コスモスが言うので、ゆみに改めて鴨乃清見の名刺、秋風コスモスと蓮田エルミに両方の名刺を渡した。
 
「鴨乃清見の正体は取り敢えず秘密ということで」
「了解です〜」
と言って秋風コスモスが手を挙げている。
 
「どういう分担をなさってるんですか?」
と蓮田エルミが訊く。
 
「アルバムはやはり多人数必要なので2〜3曲ずつ分担するんですよ。実際にアルバムごとに参加してるメンツは違います。一応私はこれまで毎回参加しているんですけどね」
 
「醍醐先生のご担当は?」
と秋風コスモス。
 
「うーん。。。。『My Little Fox boy』とか『Blue Island』とか」
「特大ヒット曲じゃないですか!」
とコスモスが言う。
 
「いや、その2曲、どちらもなんか凄く若い方の作品のような気がしていたんです」
と大西典香も言う。
 
「醍醐先生は、私のインディーズ時代の曲で『パックプレイ』とか『ティンカーベル』とか書いてくださっているんですよ」
とゆみが言う。
 
「『ティンカーベル』好き!私、それでAYAちゃんを知ったのよ」
と大西典香が言う。
 
「あの曲、すっごく可愛いから、これ書いたの女子中生か女子高生だったりしてね、なんてロビンさんと言ってたんですけどね。本当に女子高生だったんですね」
と秋風コスモスが言っている。
 
「そういえば夏風ロビンさんもこのテーブルの席なんですよね?」
とゆみが言う。実際「夏風ロビン様」というネームプレートが立っていて料理も前に置いてある。
 
「ええ。何かで遅くなっているようです。済みません」
と秋風コスモスは言った。
 

披露宴は最初はひたすら色々な人の挨拶が続く。何とか協会の会長さん、レコード会社の社長さん、放送局の重役さん、代議士さんに電機メーカーの重役さん、有名作家にデザイナー、歌舞伎役者に往年のスポーツ選手、大学教授にどこかの国の大使!まで。
 
全員話が長いので、料理を目の前にして1時間半ほどスピーチをひたすら聞くことになる。千里たちはその間ずっと小声でおしゃべりをしていたが、他の席も同様で、まじめにスピーチを聞いている人はほとんどいない。
 
やがて乾杯ということになる。音頭を取るのは◇◇テレビの響原取締役と紹介された。今日の披露宴および、この後予定されている二次会も◇◇テレビが録画していて、あとで編集してスペシャル番組にして放送するようである。千里たちのテーブルは女性ばかりなので全員シャンパンではなくサイダーをついでもらって乾杯した。
 
その後余興が始まる。千里は大西典香や秋風コスモスたちに一礼してピアノの所に行く。ということで結局料理が食べられない!
 
最初に出てきたのは雨宮先生を筆頭に下川・水上・海原・三宅・山根それに長野支香という面々で、要するにワンティスである。ワンティスがRC大賞を取った大ヒット曲『紫陽花の心』を歌った。その後今度はアルトさんの事務所でいちばん年齢が上の歌手である立川ピアノさんが彼女の大ヒット曲『ピアノ』を歌った。この曲には恐ろしいことにショパンの『別れの歌』(超難曲)の一部が使用されているのだが、過去に1度(根性で)弾いたことがあったので、何とか弾きこなした。
 
しかし千里がその難曲パートをきれいに弾きこなしたことから、最初少し不安そうに千里を見ていた幾人かの人が、あるいは感心したような、あるいは安心したような顔をしていた。
 
その後、様々な歌手やユニットが出てきて歌を歌うが、自前でギターなどを弾いて歌う人以外はずっと千里が伴奏していた。雨宮先生はピアノの上に楽譜集を10冊くらいずつ5山に分けて積み上げていたが、曲名を告げられてから千里が2-3秒で掲載されている楽譜集を手に取り、さっと当該ページを開くので、ページめくり係として付いてくれている田所さんが
 
「なんでそんなに分かるんですか?」
と感心していた。実際には《たいちゃん》が教えてくれているのである。
 
大西典香・ゆみ・秋風コスモス・蓮田エルミの4人は一緒に出てきて春風アルトさんのヒット曲『キス・オン・ウォーター』を歌った。めったに見られないコラボに芸能記者がたくさん写真を撮っていた。
 

披露宴が終わったあとは二次会が始まるまで一時休憩になる。千里は結局全く食べられなかったのだが、料理は折り詰めにしてもらったので、引き出物と一緒にいったんホテルの自室に持っていった。
 
「優勝おめでとう!」
 
千里は雪子からのメールで秋季大会でのN高校優勝を知ったので電話して祝福した。
 
「ありがとうございます」
「決勝戦はL女子高?」
「そうです。今後数年は旭川地区の決勝戦はうちとL女子との戦いになりそうな気がします」
「まあシードされるから、決勝戦まで当たらないよね」
 
「絵津子・ソフィア・不二子の3人が凄いんですよ。この3人でほとんどの点数を取りました。揚羽が『かなわね〜』と言ってました」
「あの3人、凄くいいライバルになってるみたいね」
「そうなんですよ。あの3人が来年の夏までにもっと成長してくれると、また来年もインターハイに行けるんじゃないかと思っています」
 
「北海道2強時代が来るといいね」
 

やがて時間になるので下に降りて行き2次会に出席する。2次会は立食パーティーで、人数もかなり増えている。最初に雨宮先生が音頭を取って乾杯した後、上島ファミリーの歌手・ユニットの演奏とメッセージを録画したビデオが流される。各ユニット3分単位で切り替えられていくが、上島ファミリーというのは50組くらい居るらしい。よくそんなに多数のユニットに楽曲を提供できるものだ。
 
大西典香や百瀬みゆき、篠田その歌にAYAといった面々の歌・メッセージも流れる。そのAYAのメッセージの後、司会を務めていたアルトさんと同じ事務所の後輩・満月さやかが「次はこの9月にメジャーデビューしたローズ+リリーです」という。
 
ふーん、新人歌手か、と思って何気なくスクリーンに投影されている映像を見ていたのだが、千里は「え?」と思った。
 
ふたりの女の子が歌っているのだが、その片割れがKARIONの蘭子だったのである。嘘?蘭子がKARIONを辞めたという話も聞かないけど、まさか掛け持ち?と悩む。一瞬似た別人かとも思ったのだが、声は少し変えているものの、伝わってくる《波動》が間違い無く蘭子だ。どうなってるんだろう?後から美空に電話して聞いてみよう、と千里は考えた。
 
ローズ+リリーのメッセージが流れた後、司会の満月さんは
「ローズ+リリーは本日北陸方面にキャンペーンに行っているためこちらには来れないとのことでしたが、ご祝儀と色紙を頂いております」
と言って、その色紙を雛壇の所に置いてきていた。
 
千里はそれを見ていて、ふと思い起こした。昨夜雨宮先生はピアニストを頼もうと思っていた女子高生が新潟とか金沢とかに行っているなどと言っていた。もしかしてその女子高生って、このローズ+リリーのふたりのことだったりして?そうだ。確か蘭子はピアノが超絶うまいと美空が言っていたもん。
 
「あ、洋子さんだ」
と千里の近くに居た秋風コスモスが言った。
 
「やはり、あれ柊洋子ちゃんですよね?」
と千里は訊く。
 
「ええ。ですよね? とうとうデビューなさったんですね。昨年ファーストアルバムの制作をした時、私たくさん洋子さんに歌唱指導して頂いたんですよ」
 
ああ。秋風コスモスちゃんはKARIONは知らないのかな?とチラッと思う。まああのユニットは3万枚くらいしか売れてないみたいだから、知る人ぞ知るなんだろうな。
 
「へー。そんなこともしてたんですか?」
と千里は言いながら、コスモスと一緒に映像の中の2人が可愛く手を振っているのを眺めていた。
 

千里は12日も同じホテルに後泊し、13日体育の日に旭川に戻った。
 
そして連休明け10月14日は3年生2学期(後期)の始業式であった。
 
千里は女子制服に身を包んで東体育館に並び校長先生の話を聞いていて、この学期で高校生活も終わりかと思うと感慨深けであった。そういえば私、男子制服ってどこにやったっけ? 最近見てない気がするけど。
 
千里の男子制服は以前は自分の部屋のハンガーに掛けてあったはずだが、しばらく見ていないような気がした。
 
「実際には12月で事実上授業は終わりって感じだよね」
と京子が言う。
 
「1月に入るとすぐセンター試験だもん」
と花野子。
 
「ひたすら入試を受けて関東・関西を転戦という人もあるみたい」
「頑張るなあ」
「いやもう今月から早い所は推薦入試とかやってるし、専門学校系では本入試やるところもあるし」
 

この日の放課後、南体育館にバスケット部の男女1−2年生全員と、3年生の女子の中から、暢子・千里・留実子・薫・夏恋・寿絵の6人、そして3年男子の北岡・氷山・落合の3人が集まった。
 
「そういう訳でこれからウィンターカップ道予選の選手選考をします。現時点で選手に決まっている人は1人もいません」
と宇田先生は言った。
 
「すみません。男子も3年生が入るんですか?」
と質問が出るが
「3年生を出してもいいとお許しが出たのは女子だけ」
と北岡君。
「僕たち3人は試験官ね」
と氷山君。
「どちらかというと性転換してでも、ウィンターカップに賭けたい気分」
と落合君。
「落合、どっちみち男子バスケ部からは引退してるから性転換してもいいぞ」
と北岡君。
「病院紹介しようか?」
と千里も言う。
「うーん。5年くらい考えさせてくれ」
と落合君。
 
「ちなみに私も試験官です。私も出たいけど3年生は最大3人らしいから、それなら暢子・千里・サーヤがいいと思うから」
と夏恋が言っている。
「右に同じ〜」
と寿絵。
 
「それで、試験内容は、マッチアップ、レイアップシュート、フリースロー、スリーポイントシュート、リバウンド、パスの6項目。各5点で合計得点で優秀な方から男女15人を選びます。但し女子は村山君や歌子君が15人の中に入った場合、村山君はアジア大会と日程がだぶっていて道大会に出場できず、歌子君は資格制限のため全国大会に出場できないので、結果的にもう1人選考して女子は16人になります」
 
と白石コーチが説明する。
 
「まずレイアップシュート、フリースロー、スリーポイント、リバウンドで点数を出します。レイアップシュートはゴール下に北岡君に立っていてもらいます。彼は何もしません。ただ立っているだけです」
 
と白石コーチは説明するが190cmの北岡君が立っていると何もしなくても威圧感はたっぷりである。
 
「この4つでの得点を見て、残る2つの種目で挽回不能な人はそこで脱落です。残る人でパスの試験に進みます。これは女子は氷山君にディフェンスされている状態で向こうにいる根岸(寿絵)君にパスを出す、男子は白浜(夏恋)君にディフェンスされている状態で向こうにいる落合君にパスを出す、という内容です。ここでまた最後の種目で挽回不能な人は脱落します。最後のマッチアップは女子は北岡君とのマッチアップ、男子は若生君とのマッチアップです」
 
「北岡さんに勝たないといけないんですか!?」
と女子から声があがる一方で
「若生さんに勝つなんて無理です!!」
と男子たちからは声が上がる。
 
「誰も若生に勝てなかったら登録選手ゼロで不戦敗だな」
「ひぇー」
 
「これ最初にやる人が不利で最後にやる人が有利だと思う」
「試験官が疲れてくるからね」
「じゃ上級生が先で、1年生が後にしよう」
 
「若生先輩はトライアウト自体にも参加するんですよね?」
「うん。だから最初に若生君が北岡君に挑戦して、その後で試験官になる。まあ若生がそこまで残っていたらだけど」
 

それで試験を始める。全員に成績用紙を渡してから、レイアップ、フリースロー、スリー、リバウンドを4つのゴールで並行して行い、全員その4箇所を回っていったん体育館中央に集まるという流れにした。試験を受けているのは男子が20人(2年生8人・1年生12人)と女子が40人(3年生4人・2年生15人・1年生21人, 2年生は湧見昭子を除く人数)である。
 
女子ではここまでの4種目20点満点で16人が11点以上だったので0点の子は脱落ということになったものの、さすがに0点の子はひとりもおらず、全員次のパス試験に進む。
 
氷山君が目の前にいる状態で寿絵にパスを出すのだが、氷山君はひじょうにディフェンスが巧いので、カットされる子、スティールされる子、ファウルを取られる子が相次ぐ。パス試験を終えて成績16番目が15点だったのでこれで9点以下の子15人が一挙脱落した。
 
最後に北岡君とのマッチアップをする。北岡君は2度以上のフェイントを掛けた子は全員通すように言われているので、暢子・千里・薫は余裕で全勝である。雪子も当然全勝。絵津子・ソフィア・不二子の「新鋭3人組」も全勝だった。留実子は5回の内1回負けた。揚羽・リリカも1回負けた。しかしこの付近はそれまでの成績が高得点なので余裕で枠内に入った。愛実は北岡君を1回も抜けず「出直します」と敗北宣言をした。
 
結局女子の16人は次の顔ぶれとなった(括弧内は成績)。
 
千里(27),ソフィア(27),絵津子(26),暢子(25),揚羽(25),リリカ(25),不二子(25),薫(24),志緒(23),留実子(22),雪子(21),結里(20),蘭(20),海音(20),永子(19),耶麻都(19)
 
次点 紅鹿(17)
 
ポジション別にするとこうなる(括弧内は背番号)。
 
PG.雪子(5) 永子(14) SG.結里(11) ソフィア(6) 千里(17) SF.絵津子(7) 海音(13) 薫(17) PF.志緒(10) 蘭(12) 不二子(8) 暢子(16) C.留実子(18) 揚羽(4) リリカ(9) 耶麻都(15)
 
結局地区予選に出ていたものの道大会に出られないのは来未、紅鹿、愛実、の3人ということになった。トライアウトの点数は紅鹿17点、来未16点、愛実14点である。地区予選に出ていなかった子でここに食い込んで来た子はひとりも居なかった。出ていなかった子で最高は1年生の久美子で12点である。彼女はフリースローとレイアップを全部入れたのだが、リバウンドとマッチアップが全滅。パスとスリーが1回ずつ成功した。しかしレイアップを全部入れたのは偉いと南野コーチから褒められていた。
 
次点の紅鹿がマネージャーとして同行する権利があったのだが、紅鹿は自分よりポイントガードの愛実をベンチに座らせて勉強させた方がいいと言ったので、その次の点数の来未の同意も得た上で、マネージャーは愛実ということになった。
 
背番号は主将の揚羽が4番、副主将の雪子が5番、そして3年生が16以降を付けるほかは今回のトライアウトの成績順とした。8,9の所は学年順で言うとリリカが8で不二子が9になるところだが、リリカが「新鋭3人組」を連番にしてあげようと言ったので、不二子に8番を渡した(地区大会では絵津子7, ソフィア9, 不二子14)。
 
なお、男子の15人は次のようになった(括弧内は学年とポジション)。
 
4.水巻(2.PF) 5.大岸(2.SF) 6.湧見(2.SG) 7.国松(1.C) 8.浮和(1.SF) 9.浦島(2.SF) 10.秋尾(1.SG) 11.服部(2.C) 12.二本柳(2.PG) 13.道原(晃,2.PF) 14.道原(宏,2.PF) 15.武蔵(1.PG) 16.小村(1.PF) 17.三瀬(1.PF) 18.辻口(1.SF)
 
女子と同様に、主将・副主将の4,5番以外はトライアウトの成績順に背番号を与えたので従来の番号とは大きく異なるものとなった。地区大会のメンバーから1年生の引田君(PF)と沢井君(C)が落選し、代わりに中学時代は柔道部だったという三瀬君(さすがに体格がよいがスピードが無いのが課題)、これまで運動は何もしていなかったという辻口君(167cm,58kg)が割り込んだ。
 
辻口君は運動能力は低くても熱心に練習する姿が男子部員にも女子部員にも好感されていたのだが、今回スリーを3本入れたのとマッチアップで最後に暢子に挑戦したので暢子が疲れていて2回抜くことができたのが効いてギリギリで枠に滑り込み、初めて試合のベンチに座ることになった。
 
「今回のテストって、シューティングガードに有利、ポイントガードに不利だった気がする」
「男女ともシューターの点数が高くて、ポイントガードの点数が低いよね」
「ポイントガードは背の低い子が多いから、リバウンドとか無理だもん」
「そのあたりが次回の課題かなあ」
「次回もあるんですか?」
「来年のインターハイの枠決めの時に」
 

「女子は村山と歌子は同じ17番なのか」
とメンバー表の下書きを見て、氷山君が言う。
 
「薫は道大会だけに出られて千里は全国大会だけに出られるから」
と暢子。
 
「男の娘連合かな」
と落合君。
 
「でも千里はちんちんが付いてなくて私はちんちんが付いてる」
と薫は言うものの
「いや、たぶん薫にもちんちんは無い」
と暢子が言う。
 
「そのあたりは個人情報保護法ということで」
と薫は言った。
 
 
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【女の子たちの国体・少女編】(2)