【女の子たちの秋の風】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-04-18
9月10日(水)の朝、マイとユーは卍卍プロの事務所で、社長の言葉に呆然としていた。
「デビュー・イベントが中止ってどういうことですか?」
「実は君たちのデビュー曲とタイアップしていた化粧品シリーズのシャンプーとコンディショナー、化粧水とリップクリームの4点に日本ではまだ認可されていない成分が含まれていることが判明したんだよ」
と社長は説明する。
「なぜ今になってそんなことが」
「アメリカでは人気の化粧品だったので、そのまま発売すればいいと発売元では思っていたらしい。ところがサンプルで配っていたシャンプーの成分表示を見て、専門家から当局に通報があったらしいんだよね。メーカーでは発売中止、回収を決定した。今ドラッグストアやスーパーなどから商品の回収作業をしている。被害は恐らく数十億円になる。サンプルをもらった人や買った人にも廃棄あるいは返品してくれるように呼びかける広告を作って急遽放送とポスター掲示を決めた」
「私たちの写真の入ったポスターは?」
「あれも全国のドラッグストアやコンビニなどから回収している。CDも回収する」
「それでキャンペーンもできないんですか?」
「問題を起こした商品の関連イベントはとてもできない」
「曲だけをアピールする訳には?」
「テレビで流す予定だったCMも全て放映中止で違約金が物凄い額らしい。まあうちが払う訳じゃないけどね」
と社長。
「それであの曲の歌詞の中に商品名を歌い込んでいたのよね。それもやばいから、その部分だけでも録り直すことになったから。今日それを録音してCDを発売するのも今の所最速で今月27日土曜日という線で考えているの」
と制作部長さんが言う。
「CF,PVも録り直すんですか?」
「タイアップが吹き飛んでしまったのでCMは流せない。タイアップ先がお金を出してくれるからこそテレビスポットは打つことが出来たから。レコード会社もこの回収騒ぎでかなりの損失を出したのでとてもこれ以上予算が出ないと言っている。うちで出そうとすると最低1億円掛かるし。PVも作ろうとすると数千万掛かるから、それでなくても色々損害が出ているところで、これ以上の出費はさすがにできない」
と社長。
今日のデビューイベントであがらないように歌わなきゃ、などと言い合っていたマイとユーは泣きたい気分だった。
同日、△△社。須藤さんは何だかご機嫌な様子で冬子と政子に自作のPVを披露していた。
「どう?よくできてるでしょ?」
それは先月ふたりが数時間で吹き込んで作った『明るい水/ふたりの愛ランド』の須藤さんお手製のPVである。
「フリー素材とフリーの人体動画作成ソフトを使って昨夜1晩掛けて作っちゃったのよ」
「なんか可愛いー!」
と政子は気に入った様子だが、冬子はちょっと距離を置きたい気分だった。
「でも私と冬は映さないんですか?」
と政子が尋ねる。
「だってスタジオで撮影とかしてたら、費用掛かるじゃん。もったいないじゃん。これ全部フリー素材で作ったんだよ。経費はゼロ、素敵でしょ? これ今夜youtubeにアップするからさ。あんたたちのCD売れちゃうかもよ」
と須藤さん。
「わあ、夢の印税生活ですね」
「うんうん。もしこれ1万枚とか売れたら売り上げ1000万だよ。そしたら100万ずつくらいはあんたたちにあげるから」
「すごーい!」
津田社長が聞いたら咳き込みそうなアバウトな発言だが、元々須藤さんは算数が苦手なのである。冬子はどこの世界に作詞作曲にも関わっていない新人歌手に22%も歌唱印税を払う事務所がある?などと思っていた。だいたい作詞作曲印税(8%)を払わないといけないことを忘れてないか?? そもそもJASRACにちゃんと届けてるよね?
冬子はこの時、このローズ+リリーのプロジェクトも3日後の荒間温泉のステージで終了だから、KARIONに本格復帰しなきゃなどと考えていた。
そして冬子と政子はもとより須藤さんにしても、この時期、雨宮三森に「この子は4-5年後にはあんたのライバルになるよ。敵には塩を送りたくない?」などと焚き付けられた売れっ子作曲家・上島雷太が冬子と政子のために『その時』という曲を書き下ろし、★★レコードの加藤課長と、ふたりのメジャーデビューに関する打ち合わせをしていたとは、思いも寄らなかった。
その同じ9月10日の放課後、千里の学校に訪問者があった。
千里が呼ばれて出て行くと応接室に校長先生、教頭先生、宇田先生の他に、バスケ部OGで昨冬に東京で合宿+オールジャパン出場した時にサポートしてくれたW大学在学中の田崎さん、そして背広を着た40代くらいの男性が居る。
「お初にお目に掛かります。W大学の女子バスケット部監督で中久と申します」
と言って名刺をもらう。
「どうもお世話になります」
と言って受け取る。
W大学の女子バスケット部は、関女(関東大学女子バスケットボール連盟)の1部に所属している強豪である。田崎さんは冬に会った時は自分は三軍だからなどと言っていたのだが、後輩たちがオールジャパンで大活躍したのを目にしてかなり奮起し、この夏で4年生が引退した後の新チームでとうとう1軍に入ることができたらしい。N高校がもし今年もオールジャパンに出たら本戦で対戦する可能性もある。もっとも千里としてはオールジャパンよりウィンターカップに出たい(北海道の場合はウィンターカップ出場校はオールジャパンの予選には参加しないことになっている)。
「村山さんが東京方面の大学に進学希望ということをお伺いしまして。それなら、もしよかったらうちの大学に来てはくださらないかなと思ってこちらのOGの田崎君と一緒に取り敢えず、ご挨拶に来たのですよ」
と監督さんが言う。
スカウトか!
「どうかした所だと有望な高校生に栄養費とか何とかいって裏金を渡したりみたいな所もあるみたいですが、うちはそういうのはやっていませんから。でもこのくらいは構いませんよね」
などと言って、ソックスのセットを渡される。千里はチラッと宇田先生を見たが頷いているので受け取った。W大学とのロゴとバスケ部のキャラクターだろうか、虎の絵が描かれている。何かの記念に制作したものだろうか。
「ありがとうございます。頂きます。正直ソックスは消耗品なんですよ」
と千里は言う。
「私も3〜4回穿いただけでダメになる」
と田崎さんが言うが
「すみませーん。私は1日でダメになります」
と千里。
「合宿の時とか1日に2〜3足消費してるよね?」
と宇田先生。
「そうなんですよ。すぐ穴が開いちゃって」
と千里が言うと
「負けたぁ!」
と田崎さんは言っていた。中久監督は頷いていた。
とにかくその日は監督さんのお話をいろいろ聞き、パンフレットも随分もらってしまった。監督は千里が来てくれるなら推薦入試で合格させて特待生にしますよなどと言っていた。
千里はこの後、様々な大学の関係者から勧誘を受けることになる。翌11日の放課後には今度は□□大学の監督さんが、やはりN高校バスケ部OGで□□大学の女子バスケ部に入っている人を伴って挨拶に来た。彼女は蒔枝さんたちと同じ学年で千里も顔は知っていたが、話したことはほとんど無かった。この日は校長が不在で千里・宇田先生・教頭先生の3人で話を聞いた。
「□□大学は男子バスケ部は国内でもトップクラスなんですが、女子は今は関東大学女子バスケットボール連盟の3部なんですよね。でも過去には1部にいたこともあるんですよ」
と監督さんは説明する。
ここは1965年には1部に居たものの、その後2部に降格、1984年以降は3部で低迷している。しかし千里の他にも数人有力選手に声を掛けている所だと言い、きっとまた2部、1部と昇格していけると思うから是非来て欲しいと言っていた。こちらも来てくれるなら推薦入試で合格できるようにするという話であった。こちらは女子バスケ部が実績がないため特待生のような制度はないものの奨学金がもらえるように大学側との交渉を頑張るからと言っていた。
「村山君の□□大学医学部という話は、ある筋から強引に押し込まれてしまったんだけどね。もちろん推薦で受験してもいい。それで条件クリアしたことになるから」
と監督たちが帰って行ってから教頭は千里に言った。ああ、やはり薫がチラっと言っていたように次期校長を狙う某先生一派のゴリ押しかなと千里は思った。
「推薦で合格したら辞退できないでしょ?」
「まあそうなるね」
「でもスポーツ推薦で医学部に入って医学部を卒業できるもんですかね?」
と千里は教頭先生に尋ねた。
「まあ卒業はできるかも知れないけど、特にバスケやりながらではたぶん医師の国家試験は無理だと思う」
と教頭先生は答えた。
「ですよねー。だったら私はやはり一般入試を受けます。ちょっと辛いけど」
「入学後に転部して文学部とか理学部に行く手もあるよ」
「ああ!」
「でも実際問題として、村山君は本気で勉強したらそのくらい合格できる力もあると僕は思うんだよ。もし失敗してもここでそのくらい勉強したことは、きっと君の人生で大きな財産になると思うよ」
教頭先生はどうも千里の□□大学医学部合格はさすがに無理ではと思っているようだ。教頭先生は4人の内3人合格すればと言っていた。たぶん暢子・薫・留実子が指定された大学に通ってくれることを期待しているのだろうけど・・・
留実子がH大学に合格できるとは思えないんだよねー。そもそもあの子は大学に入ったら鞠古君と同棲するつもりでいる。札幌には行きたくないはずだ。やはり自分が頑張るしかないかと千里は思った。
千里たちの学校では9月9-10日に期末テストが行われたのだが、翌日9月11日には水泳大会が開かれた。
N高校のプールは温水プールではあったのだが、昨年までは屋根が無かった。そのため使用できるのは実際問題として7月下旬から8月中旬くらいまでの短い期間であった。それが今年このプールに屋根と壁を作る工事が行われ、1年中使用できるようになった。その記念に今年は全校で水泳大会をすることになったのである。
一応体育の授業でも水泳はやっているのだが、それでも全く泳げない子もいるので、そういう子のために水球も競技種目に入っていた。
2年5組の教室ではひとりだけ別室で着換えて来た(山本先生に相談したら保健室のカーテンの中で着替えさせてくれた)昭ちゃんが、他の女子たちに「おぉ可愛い!」と言われて、また恥ずかしがっていた。
「すごーい。ちゃんと女子用スクール水着を持ってるんだ?」
「先輩の川南さんが買ってくれた」
「じゃ、バスケ部の子は昭ちゃんの水着姿、見てたの?」
「うん。見てた。女の子にしか見えないよね」
と聖夜が言う。
「うん。これで男の子と思えというのが無理」
と夜梨子も言う。
「質問です。おっぱいがあるように見えるのですが」
「パッド入れた」
と昭ちゃんは恥ずかしげに答える。
「おちんちんが無いように見えるのですが」
「隠してる」
と昭ちゃん。
「昭ちゃんは女湯にでも入れるんだから、おちんちんはちゃんと隠せるんだよ」
と聖夜が言う。
「なるほどー」
「だけどパッド入れた状態で泳いで外れない?」
という質問に昭ちゃんは恥ずかしそうに俯いていたが、聖夜たちは「ふふふ」と笑っていた。
一方3年5組の教室では、3年5組・6組の女子が着替えていたが、千里はむろん全然平気な顔で他の子たちと一緒におしゃべりしながら着替えていた。
「あ」
とひとりの子が声をあげる。
「どうしたの?」
「千里の着替える所を見損ねた」
「別に見るほどのものではないよ」
「うん。ふつうの女の子と何も変わらないもん」
と京子や鮎奈たちは言う。
「千里って結局、もう性転換済みなんだっけ?」
「そうでなかったら、女子選手としてインターハイに行ける訳ない」
「あ、そうだよね!」
ということで千里の着替えに関してはそのあと完全にスルーされてしまった。
昭ちゃんは一応クロールの息継ぎはできるもののターンがうまくできないので25mに出ようとしたのだが、うまくみんなに唆されて結局50mに出ることになった。一応ターンができない人はいったん向こうの端で立ち上がってから再度泳いでもいいことになっている。
女子用スクール水着は着ているものの登録上男子なので他の男子と一緒にプールの端に立った。左右が水泳パンツを穿いた男子が並んでいて、ひとりだけ女子用スクール水着を着た昭ちゃんが立っているので、見ていた生徒たちがざわめく。「用意」という体育の先生の声の後、合図の電子音が流れる。
昭ちゃんは飛び込んでまずはその勢いを利用して、手足を伸ばした姿勢で5mくらい進み、そのあとクロールで泳ぎ始めた。
1年生の水泳の授業の時はけっこうきつかった25mが、今回はそんなにきつくない気がした(2年生の水泳の授業は水着の問題があり見学で押し通したが、個人的に市民プールに通って練習していた)。やはり夏休みの間のバスケで自分も体力が付いたのかなあ、などと思いながら泳ぐ。やがて端まで到達するが、何となくターンできるような気がしたので、端が目の前にあるのを確認してくるっと前転するかのように潜り、身体を回転させながらプールの端をキックする。
するとキックした勢いでまた結構進む。その勢いが弱まりかけた所でまた泳ぎ出す。4回に一回、右側で息継ぎするサイクルで泳いでいく。こんなに楽に泳げるなら100m泳いでも良かったかなあ、などと昭ちゃんは思い始めていた。
やがて端までたどり着く。ゴールだ。
それで立ち上がると、なんだか左右の子が少し遅れてゴールする。あれ〜、ボクわりと速かった?
そんなことを思いながら水から上がると
「ただいまのレース、1位2年5組・湧見君」
とアナウンス。
うっそー!?ボク1番だったの?
それで少し照れながら1位賞品の入ったビニール袋を受け取り、同じクラスの子たちがいる付近に行くと拍手で迎えられる。
「さすがバスケットのスリーポイント王」
「あんな遠距離からボールをゴールに放り込めるんだもん、腕力も凄いよね」
などと褒められると悪い気はしない。
(実際問題として泳ぎの得意な子は25mや50mに出ていない)
「でもボク、3年の村山先輩には全然かなわないから」
「だって村山先輩は全国のスリーポイント女王だもん」
「いや、というか昭ちゃんもスリーポイント王じゃなくて、スリーポイント女王になりたいとか」
「ああ、なるほどー」
などと言っていたら、聖夜が昭ちゃんの所に寄ってくる。
「昭ちゃん、落とし物」
と言って渡されるのを見たら胸の所に入れていたパッドだ。
「きゃっ、ありがとう」
と言って受け取る。
「ターンした時に外れたみたい。浮いてきたから即回収したよ」
「ごめーん。ありがとう」
しかし、周囲の女子は昭ちゃんがパッドを落としたということより別の問題に注目して隣同士ささやき合っていた。
「ね、昭ちゃん」
とひとりの子から言われる。
「昭ちゃん、パッド入れなくても胸が充分あるじゃん」
「あっ・・・」
2008年9月13-14日(土日)。ウィンターカップのまずは地区予選が男子はB高校体育館、女子はN高校南体育館で開催された。これに千里たち3年生は参加しない。N高校はこのようなオーダーで臨んだ。
PG 雪子(5) 永子(13) 愛実(16) SG 結里(8) ソフィア(9)
SF 絵津子(7) 海音(17) PF 志緒(10) 蘭(11) 来未(12) 不二子(14)
C 揚羽(4) リリカ(6) 耶麻都(15) 紅鹿(18)
以前はセンターで登録していた蘭・来未を今回はパワーフォワード登録とした。暢子・睦子・川南が抜けてパワーフォワードの人材が不足するが、留実子が抜けた中で揚羽・リリカをインサイドから外す訳にはいかないので、蘭と来未をアウトサイドに持って行ったのである。
「でもこの中から3人は道大会以降に出られないんですよね?」
と不安そうに志緒が言う。
「3年生との対決に勝てば、3年生を蹴落として枠に入れる」
と南野コーチは冷静に答える。
「でも暢子先輩や留実子先輩には勝てないですよー」
「だから勝てるように頑張ろう。道大会のエントリーは10月14日の予定だから。それにそもそも3年生に負けてるようじゃ、そのメンツで道大会を勝ち進めないよ」
「確かにそうですよね!」
N高校が3年生を外した「新体制」のオーダーで参加したのに対して、例年ならN高校と同様に夏までで3年生が引退するL女子高はこの大会で3年生を入れたオーダーで参加していた。ただしキャプテンは代替わりしていて背番号4は2年の(大波)布留子が付けており、(溝口)麻依子や(登山)宏美など3年生の5人は14-18の背番号を付けていた。
地区予選に参加している女子チームは12校である。N高校・L女子高・M高校・A商業の4校がシードされて分散されている。N高校は初日午後からの2回戦は順当に快勝。2日目もM高校に勝って決勝戦に進出した。M高校は公立なのでN高校やL女子高のように融通が利かず、橘花たち3年生は規定通り引退して向こうも2年生以下のチームで参加したのだが、駒不足の感が否めなかった。
そしてN高校の決勝戦の相手はA商業を準決勝で破ったL女子高である。この試合、インターハイを経験して物凄く大きく成長した1年生の絵津子が実質的にN高校のエースとして君臨した試合となった。
雪子から揚羽・絵津子・ソフィアあるいは不二子の中でいちばん攻撃しやすい位置に居る子にボールを供給して得点を重ねる試合運びはL女子高を翻弄した。むろんこの4人に警戒しすぎると結里の遠距離射撃が待っている。L女子高としてもシューターが千里なら専任マーカーを付けるのだが、千里ほどの精密さがない結里なので、ディフェンスが中途半端になってしまったのも否めなかった。
またこの試合では薫から南野コーチへの提案で、第3ピリオドのポイントガードを不二子にやらせてみた(永子や愛実ではL女子高の控えポイントガードとも対抗できない)。これが結構うまく行き、メグミ・敦子不在の新体制の中で心強い存在だとコーチから言われて不二子は嬉しそうだった。
「だけど不二子ちゃん、ドリブルが下手」
「すみませーん」
「1日ドリブル練習3000回だな」
との南野コーチの言葉に
「ひぇー!」
と本人は言っていたが、そばから雪子に言われる。
「やはり千里先輩がやっていたように毎日5km雪道ドリブルする?」
「取り敢えず1日3000回がんばります」
と不二子は答えた。
最終的にはL女子高が麻依子や布留子の頑張りで82対80で勝ち、N高校は準優勝に終わったものの、この試合のN高校の得点の実に26点を絵津子ひとりで稼いだ。またソフィアも16点、不二子も14点稼いで、10点に留まった揚羽が「負けた〜」と言っていた。
そういう訳で旭川地区からはL女子高とN高校が道大会に進出した。
なおN高校男子も昭ちゃんのスリーが冴えて旭川地区大会2位で道大会に進んだ(1位はB高校)。
「昭ちゃん、何だかマッチングが凄くうまくなってる」
「今まで強い人にマークされたら何もできなかったのが随分相手のマークを外してフリーになれるようになったね」
と水巻君から言われると
「ちょっと心境の変化があったんです」
と本人は言っていた。
「ね、あの子ひょっとして性転換手術受けたのでは?」
と志緒が昭子のプレイを見て言った。
「それはあり得ない。そんな大手術を受けてすぐにあんなに動ける訳ないもん」
と蘭。
「だったら去勢くらい」
「うーん。それはあり得るかもね」
「あの子、先月まではまだ《女装している男の子》だったけど、もう今の昭子って、純粋に《女の子》でしかない気がするのよ」
「あ、それは私も感じた」
旭川でウィンターカップの地区予選が行われていたこの週末、千里は13日(土)から15日(月)まで3日間の予定で愛知県安城市を訪れた。U18代表候補の第四次合宿が行われるのである。春に第一次合宿をやった時は、花園さんも所属している刈谷市のエレクトロ・ウィッカ(帝国電子)の体育館を使用したのだが、今回は同じWリーグでもステラ・ストラダ(愛知自動車)の体育館を使用する。
12日に学校が終わった後で旭川空港に向かい、17:05→1850の羽田便に乗って、品川19:57の新幹線で名古屋までたどり着き(21:34着)、その日は名古屋市内の用意されているホテルに入った。ホテルは、いつもは選手間の連帯感を高める目的もありツインの部屋なのに、今回は全員シングルの部屋になっている。千里はそのシングルの部屋になっている意味を再認識して気が引き締まった。
翌日、朝食を食べにホテルのロビーに行くと玲央美が居たので、手を振り合って同じ席に座る。
「昨夜は江美子(愛媛Q女子高)と桂華(福岡C学園)に会ったけど、みんなやはりピリピリしてるね」
と玲央美は言った。
「ほんとに誰が落とされるか分からなくなって来ていると思う」
と千里も答える。
この合宿の最終日、月曜にU18代表が発表されるのである。現在U18代表候補は15人いるのだが、U18代表は12名で、3名がここから落とされることになる。
朝食後、玲央美と一緒に名駅から名鉄特急で桜井まで行き、普通電車に乗り継いで次の南桜井駅まで行く。ステラ・ストラダの体育館はここから歩いてすぐである。
南桜井駅はこの6月に開業したばかりの駅で、桜井駅もそれまで碧海桜井駅と言っていたのだが、南桜井駅の開業と同時に改名した。碧海の名前はこの付近が碧海郡(へきかいぐん)と呼ばれていたことによる。安城・刈谷・高浜・知立・碧南の5市を「碧海5市」と言う。
体育館に入っていくと、もう先に入っているメンバーがウォーミングアップをしているので、千里たちもそれに加わる。軽くパス練習などもする。やがて合宿開始時刻の8時になるが、千里はあれ?と思った。顔ぶれが足りないのである。全員それを認識して顔を見合わせたりしていたが、やがてU18チーム代表の高居さんとコーチ陣が、東京T高校の誠美と一緒に、難しい顔をして入って来た。集合が掛かるので、全員まわりに集まって座る。高居さんが説明した。
「実は東京T高校の竹宮星乃君が骨折してしまったのです」
「えーーー!?」
「私から説明させて頂いていいですか?」
と高居さんたちと一緒に入って来た誠美が言う。
「竹宮は昨日学校で練習していた時にアウトオブバウンズになりそうなボールに飛びついて取ろうとして勢いが余って壁に激突して、その時、左手の腕の骨にひびが入ってしまいまして」
「わぁ・・・・」
「とにかくその場で動くなと監督が厳命して、保健室の先生が駆けつけて来てくれてしっかりと固定してから病院に運んだこともあり、単純にひびが入っただけで、骨はずれていないため全治1ヶ月ということです。ほんとに丈夫な子なので、ウィンターカップには復活すると思いますが、アジア選手権は無理ということになりました。皆さん申し訳ありません。竹宮に代わってお詫びします」
と誠美は述べた。
「そういう訳で竹宮君は参加できないけど、他のみんなは怪我に気をつけて頑張って欲しい」
「アウトオブバウンズのボールを追うのは、ついやっちゃうけど確かに危険なんだよなあ」
とF女子高の彰恵が言う。
「うちの体育館は今年建て替えたんで壁に全面ラバーを貼ったんだよ」
と千里が言う。
「ああ、それうちも欲しいかも」
「基本的にはそういう危険なプレイはするなと言ってあるんだけどね」
「でも終盤のここぞという時は、つい無理しちゃうよね」
「ステラちゃんはステラ・ストラダ体育館に行けなくなりましたと本人は言ってました」
と誠美が言うと
「この場でダジャレ?」
という声。
更に誠美が
「ステラちゃんは、運から見すてられてました、とも言ってました」
と誠美が言うと
「ステラちゃんらしい寒いギャグだ」
「骨折したにしては余裕あるじゃん」
といった声も出る。
「インドネシア土産はジャワカレーがいいと言ってました」
「ほんとうにジャワにジャワカレーがあるのだろうか?」
「ハウスのでいいんじゃない?」
「だいたい行くのはジャワ島じゃなくてスマトラ島だし」
「北海道に行く人に明太子のお土産を頼むようなもの」
「いや、タラコはそもそも北海道の名産」
星乃の離脱で、ピリピリしていた空気が随分やわらいだ感じがあった。現在の代表候補の中で、富田さんの実力不足は明確で、本人も勉強のためにここに居るという意識が強いようだ。そうなると、落とされるのはあと1人である。スモールフォワードの星乃が離脱したことで、もうひとり落とされるのはパワーフォワードの玲央美・江美子・百合絵・桂華の中の1人だろうという空気が、少なくとも江美子・百合絵・桂華の3人の中にはあった。玲央美は平常心だ。実際彼女のプレイを見たら彼女を入れない訳が無いと思えた。
やがて3日間の練習が終わり、15日(祝)の夕方、全員丸く集まって座るように言われる。
「ではU18代表を発表します」
と高居さんが言う。
「今回このメンバーの中から、残念ながらインドネシアに連れていけないのは、1人はセンターの富田さん」
「はい。今回はたくさんみなさんの素晴らしいプレイを見させて頂きました。この成果を次の機会に活かしたいと思います」
と富田さんは言った。
しかし彼女はこの春から随分進化した。ウィンターカップでは怖い存在である。
メンバーの中に緊張が走る。
「もうひとりはスモールフォワードの大秋さん」
と高居さんが言うと
「えーー!?」
という声が上がる。スモールフォワードの星乃が離脱したのに、もうひとりスモールフォワードを外すというのは、ここにいたメンバーの半数以上にとって意外すぎる結論であった。
「スモールフォワードは元々3人しか招集されていなかったのですが、それでは前田さん1人になるんですか?」
とポイントガードの早苗が質問する。
「それですが、現在パワーフォワードとして登録されている佐藤さんをスモールフォワード登録に変更します」
と高居さんは言った。
確かに彼女はP高校では181cmの長身なのでセンター登録だが、インターハイでアシスト女王を取ったことにも象徴されるように、元々器用な選手なので、性格的にはむしろスモールフォワードあるいはシューティングガード向きなのである。
(大秋)メイが発言する。
「私は昨日高居さんと片平コーチから言われました。実際今回ずっと合宿に参加していて自分の実力不足を痛感していました。また鍛え直して頑張りたいと思います」
どうも顔を見ていると、キャプテンの朋美、副キャプテンの彰恵、そしてポジションが変更になる玲央美には事前に言ってあったようである。昨日メイに通告されたということは、恐らくこの合宿が始まる前にほぼ決定していて今回の合宿の様子を見て、特に調子を落としたり故障している選手が居ないのを確認の上通告したのだろう。
千里はそう思いながらも、メイのように上手い選手でさえ落とされるということに、この競争のレベルの高さを再認識した。
「みんなが海外遠征に行っている間に特訓して国体とウィンターカップの2冠を取らせてもらおうかな」
などとメイは言っていた。落選を通告された時はショックだったろうが、一晩寝て何とか気持ちの整理を(無理矢理)付けたのだろう。
「なお背番号は一連番号にしなければならないので、17番の橋田さんの背番号を竹宮さんが付けていた9番に変更します。新しいユニフォームは次の合宿までに用意しておきます」
と高居さんは補足した。つまりこういう背番号になる訳である。
4.入野(PG) 5.前田(SF) 6.鶴田(PG) 7.村山(SG) 8.中折(SG) 9.橋田(PF) 10.佐藤(SF) 11.鞠原(PF) 12.大野(PF) 13.森下(C) 14.中丸(C) 15.熊野(C)
同じ9月15日夕方。東京、&&エージェンシー。
「XANFASを結成した後、あまりにも変動が激しすぎたので、ちょっと占い師さんに相談したら、名前の画数がよくないと言われました。それで今日の大安吉日、名前を XANFUS と改めて、再度結成式を開きたいと思います」
と斉藤社長が言った。
集まっているのは、こういうメンバーである。
ソプラノ 音羽(本名桂木織絵)
アルト 光帆(本名吉野美来)
ふたりともPatrol Girls臨時参加経験あり
ギター 三毛(Parking Serviceのミッキー)Purple Chase
ベース 騎氏(ミッキーの友人の貴子)Purple Chase
キーボード 黒羽(元リュークガールズ。本名升山黒美)Black Cats
ドラムス 白雪(黒美の友人。本名黒井由妃)Black Cats
「AがUに変わるんですか?」
「うん。姓名判断で見ると画数が XANFUSにした方がいいらしい。読み方は今までと同じで『ザンファス』」
「へー。画数とか意味があるんですかねー」
と三毛(みけ)は疑問なようだが、
「でもほんとに色々ありすぎましたよ」
と白雪(はくせつ)はいう。黒羽も頷いている。彼女はまだ大きな声が出せないし、あまり喉に負担を掛けないように長時間の歌唱を避けている。
「これだけ色々あったら誰か性転換しても驚かないかも」
「ああ、どうせなら2〜3人性転換しちゃう?」
「だけど男も色々たいへんみたいだよ」
「楽器担当の4人はなんか猫っぽい名前ですね」
と騎氏が言う。
「あ、思った思った」
と白雪。
「ミケネコ、キジネコ、クロネコ、シロネコ」
「出身バンドがPurple ChaseとBlack Catsだから、合成してPurple Catsとか名乗るのもいいかもね」
「じゃ、それ裏の名前で」
「じゃ裏のメンバー名も作ろう」
「ほほお」
「アルファベットで、mike(ミケ), kiji(キジ), noir(ノワール), yuki(ユキ)」
と由妃。
「なぜ黒羽だけフランス語?」
「うーん。語呂の問題」
などと由妃は言っている。
「ボーカルのふたりは?」
「メンバーの中でいちばん若いから子猫ちゃんということでキティとプッシー」
「いや、それどちらも問題がある」
「プッシーじゃレスビアンみたいだよ」
「あんたたちレズっけは?」
「無いと思います」
と光帆と音羽は即答したものの、音羽は桃香との甘い記憶が脳内に蘇ってドキドキした。
千里たちの合宿が終わりU18代表が発表されたのは17時頃であった。それで解散になるのだが、この日の内に帰られる子は帰るが、この時刻からは帰ることができない、千里・玲央美、渚紗(秋田)・早苗(山形)、そして帰ることは不可能ではないが到着が遅くなってしまう愛媛の江美子(19:53の新幹線に乗ると0:53に松山にたどり着ける)の5人は1泊してから明日帰ることにしていた。
それでその5人で一緒に夕食でも食べようよと言い、早苗の希望で中華料理屋さんに入り、おしゃべりしながら御飯を食べた。
「男子のU18アジア選手権が4位だったので、上の方はまた揉めてるみたい」
「揉めてるって?」
「責任のなすりつけあい」
「あぁぁ」
「3位までに入っていれば来年のU19世界選手権に行けたからね」
「3位決定戦が7点差で負けたから惜しかったんだけどね」
「3位と4位では天国と地獄だもん」
「これで私たちもメダル取れなかったら、上はかなりやばいんじゃないかなあ」
「で、私たち勝てるんだっけ?」
「まあ、自分たちができる全てをぶつけるしかないけどね」
そんな不穏な話をしていた時、千里は唐突に声を掛けられる。
「あら、千里じゃん」
千里は黙殺しようと思ったのだが、返事をしないでいると、いきなり後ろから抱きつかれた。
「雨宮先生、痴漢で訴えますよ!」
「あんたが返事しないのが悪い」
「缶詰になって曲を作っておられるかと思いました」
「今日はちょっと人間を作って来たのよ」
「プラモデルか何かですか?」
「あんた、人間は卵子と精子を結合させてできるっての知らないの?」
そんな会話をしていたら、早苗が
「あの、もしかして、ワンティスの雨宮三森さんですか?」
と尋ねる。
「うん。そうだけど」
「すごーい! ワンティス好きなんです。サインください」
と早苗が言うので、雨宮先生はちょっとご機嫌になり、早苗の生徒手帳にサインを書いてあげた。
「ジャージ着てるけど、あんたたちバスケットの選手?」
と雨宮先生。
「はい、そうです!」
と早苗。
「千里のチームメイト?」
と雨宮先生。
「日本代表ですよ」
と千里。
「へー、あんた日本代表になったんだ?」
「1時間ほど前に言われました」
「北京オリンピックにでも出るの?」
「それは先月終わりました。11月のU18アジア選手権です」
「ふーん」
と言ってから雨宮先生はサインした早苗の生徒手帳を見る。
「山形市立Y実業。あんた、山形なんだ?」
「はい」
「ね、聞いてる? 山形の月山の頂上にバスケットのゴールがあって、あそこの神社にお参りしてシュートを決めると、バスケット選手にご利益があるんだってよ。あんたたち日本代表なら、お参りに行って来ない?」
と雨宮先生は唐突に言った。
「月山は今日が閉山祭だったんです」
と千里は言う。
「あら、神社無くなっちゃったの?」
「無くなりませんけど、冬の間は一般の人はとても行けなくなるので、9月15日で参拝終了なんですよ。次は来年の7月です」
「でも来年の7月じゃ11月の大会に間に合わないじゃん。そうだ。9月15日までというのなら、今日中に行けばいいんじゃない?」
「どうやって行くんです」
雨宮先生は自分の携帯で何か調べているようだった。
「18:41の新幹線に飛び乗ると20:23に東京に着く。20:36の山形新幹線に乗り継ぐと23:21に山形駅にたどり着く。そこから月山8合目まで車で走る」
「山形駅から4時間かかると思います」
と千里。
「8合目から山頂までどのくらい掛かる?」
と雨宮先生。
「慣れている人で2時間半ですね」
と千里。
「じゃ山形駅から8合目まで2時間半で行って、8合目から山頂まで2時間で歩けば、今日の28時頃に山頂にたどり着ける」
「1日は24時までですけど」
「朝になるまでは今日のうちよ。さ、行くよ」
「先生だけどうぞ」
「あんたたちも来るに決まってるじゃん」
千里はため息をついた。
「もしかして私もですか?」
と江美子が訊く。
「当然。あんたも日本代表なんでしょ?戦勝祈願」
全員雨宮先生の勢いに飲まれてしまい、そのまま名古屋駅に移動して取り敢えず新幹線に飛び乗った。結局18:19の新幹線に間に合ってしまった。
「東京到着が20:03だから20:16の《やまびこ》に間に合うな」
と雨宮先生は時刻表を見ながら言う。
「そうすると福島に21:53に着く。そこから車で走ると月山8合目に着くのは多分26時。閉山しても道路は通れるよね?」
(つまり当初予定していた山形新幹線で山形まで行くよりも福島から車で走った方が早く月山に着く)
「道路自体は確か10月中旬まで走れたはずです」
「よし」
それで雨宮先生は毛利さんを呼びだそうとしたようだが、出たのは新島さんのようであった。
「先生、今どこですか?」
「あっと、今東京方面に向かっている所よ」
うーん。確かに嘘ではない。東京を通過予定だが!
「いつ戻られるんですか?」
「明日には戻るわよ。今千里と一緒だから」
「ああ、千里ちゃんと一緒なら安心かな」
雨宮先生はぶつぶつ言いながら電話を切る。
「千里、あんたの知り合いで東京近辺か東北方面に居て、車の運転のうまい子居ない?」
と雨宮先生は訊いた。
千里は心当たりがあったものの、あまり呼び出したくない人である。しかし運転技術は高い。少なくとも毛利さんとは比べものにならないほどうまい。それで鶴岡の瀬高さんに電話してみると
「行く行く! 大丈夫。福島から月山まで3時間で連れて行ってあげるよ」
などと言っている。
「瀬高さん。行き先が天国にならないようにだけはお願いします」
と千里が言うと
「任せといてよ。事故なんて、たまにしか起こさないから」
などと言っている。
「こちら人数が6人いるんですが」
「じゃ走り仲間で(ルノー)エスパス持ってる子がいるから、それを借りてくよ。あれ7人乗りだから」
「すみません。お手数おかけします」
千里が山に登るには防寒具やトレッキングシューズ、杖などが必要だと言うと用意させると言って、東京付近にいる知り合いに電話して買わせて東京駅で受け取ることになった。全員の靴のサイズを訊いていたが「あんたたちサイズがすげー!さすが日本代表」などと言っていた。
「でも雨宮さんも割と足が大きいみたい」
という声が出る。
「まあ私は男だから26cmは普通よ」
と雨宮先生が言うと
「あ、私たちもよくあんた男だろって言われるね」
などと江美子が言っている。どうも江美子は先生の性別を知らないようだ。
練習疲れが出て全員道中は東京駅の乗換時以外はずっと寝ていた。東京駅で全員の靴や服などを持って来てくれていたのはKARIONの蘭子であった。千里が軽く会釈すると向こうも会釈を返してくれたが、むろん彼女はこちらを知らないはずだ。千里は「ふーん、この子、雨宮先生と何か関わっているんだっけ?」と漠然と考えた。その後東北新幹線に乗り、福島駅で22時頃下りると、駅では瀬高さんが待っている。
「結局この子(Renault Espace IV)のオーナーの友だちにここまで運転してきてもらったのよ。私は道中寝てた」
などと瀬高さんは言っている。
「充分睡眠取ってるなら安心ね。お友達は?」
「福島まで出てきたついでに新幹線で東京まで行った。明日新幹線で鶴岡に戻るらしい」
「じゃそのお友達に車の借り賃も含めて東京までの往復運賃宿泊費でこれ渡してくれない?」
と言って雨宮先生が封筒を渡すので瀬高さんが預かる。
瀬高さんが運転席、雨宮先生が助手席、2列目に江美子・千里・玲央美、3列目に早苗・渚紗と乗って出発した。取り敢えず雨宮先生の隣に若い女の子を座らせるわけにはいかない!
「この車、大きい割にパワーがあるわね」
と雨宮先生が言う。
「3.5L V6エンジンで240馬力ですから」
と瀬高さん。
「微妙な気がする」
「この車ボディがプラスチックだから軽いんですよ。だから馬力としてはエルグランド並みでも実際はかなり走るんです。峠にも強いですよ」
「今日の道は峠よね」
「まあ特に最後の20kmがですね」
と瀬高さんは楽しそうに言っている。
「走ったことある?」
「ええ。何十回も走りました。目をつぶっても走れますよ」
「じゃ目をつぶって走って」
「いいですよ」
と瀬高さんは言ったが、千里が
「ちゃんと目は開けててください!」
と釘を刺した。
「峠」を瀬高さんに任せた方がいいだろうということで、寒河江SAから月山の麓のビジターセンターまでを雨宮先生が運転してくれた(その間は瀬高さんは寝ていた)。ビジターセンターから先については千里が「みんな寝ておいたほうがいい」とアドバイスしたので全員疲れもありぐっすり寝ていた。八合目に着いた時、瀬高さんはとても満足そうな顔をしていた!到着したのは深夜1時すぎで、かなり飛ばしたことをうかがわせる時刻である。
「じゃ私はここで寝てますから」
と瀬高さんが言うのに
「ありがとうね」
と雨宮先生が答える。千里たちも充分お礼を言った。
それで全員トレッキングシューズに履き替え、防寒用の服を着て、荷物は飲み物と杖だけにして出発する。道を知っている千里が先頭を歩き、最後尾を雨宮先生が歩く。全員ヘッドライトを装着しているが万が一にもはぐれると大変なので、列が10m程度以上に伸びないよう時々雨宮先生が千里に声を掛けて速度調整することにした。しかし、さすがスポーツ少女たちである。千里が結構な速度を出してもみんなちゃんと付いてきてくれる。他の子に比べると体力があまり無い江美子もこの日は「きついー」などと言いながらも頑張った。
2時間ほどで山頂に到達する。
昨日閉山祭をしているし夜中で誰も居ないだろうと思ったのだが『女性神職』さんが居て
「あなたたち何ですか?」
と訊く。
「閉山祭が過ぎているのに申し訳ないのですが、お参りさせて頂けないでしょうか?」
と雨宮先生が言う。
「ほんとはお帰り頂く所だけど、まあ頑張ってここまで登ってきたことに敬意を表して特にお参りさせてあげますよ。お祓いしないと、そちらの神域には入れないから、みんなそこに並んで」
と言って女性神職さんは6人全員にお祓いをしてくれた。
お参りをする。
「お賽銭は100円でいいんだろうか?」
などと言っていたら、雨宮先生が
「日本代表の必勝祈願だろ? 千里、あんたが代表して適当な金額を入れなさい」
と言う。
「分かりました。じゃ代表して」
と言って千里は1万円札を10枚入れた。
「今の1万円札に見えたけど」
と早苗。
「10枚入れた気がしたけど」
と渚紗。
「まあ代表ということで」
と千里。
「私も1万円くらい入れておくか」
と言って雨宮先生も1万円札を1枚入れる。
「私たちも100円ずつ入れようかな」
「うん。いいんじゃない?」
と言っていたのだが、最初に玲央美が1000円札を入れてしまったので、渚紗と早苗は結局500円ずつ入れた。するとそれを見て少し考えていた江美子は小銭を出して 956円を入れた。
「合計で112,956円になる。『いい福ゴール』だよ」
「おお!」
「エミちゃん、『良い福』にする気は?」
「さすがに勘弁して」
「でも閉山したあとだけど、このお賽銭、春までこのままじゃないよね?」
という声が出るが
「私が回収しますよ」
と女性神職さんが言うので安心した。
バスケ選手の間で話題になっていた、神社裏手のバスケットゴールの所に行く。
「なんでこういう所にバスケのゴールがあるんですか?」
と女性神職さんに尋ねると
「ここで昨年の冬ずっと修行していた人がシュートの練習をしたいということで設置したんですよ」
と説明してくれた。千里は心が暖かくなり融けるような思いだったが、取り敢えずポーカーフェイスだ。しかしその千里の表情を見て、玲央美は千里の心を見透かすような目をしていた。
「冬にこんな所で修行するんですか?」
と一応地元の早苗が尋ねる。
「一般には公開していませんけどね」
と女性神職さん。
それで5人で20本ずつゴールを決めようという話になる。玲央美がゴール下で妨害する状態で、早苗と江美子が20本ずつレイアップシュートを決める。そのあと、その江美子がゴール下にいる状態で玲央美が20本決める。その後渚紗がスリーを20本入れ、最後に千里がやはりスリーを20本入れた。この夜、渚紗も千里も1本も外さなかった。
「ふたりともすげー!」
と江美子が言っている。
「だってフリーなら入るよね?」
と千里。
「うん。外すのはブロックを避けて無理な体勢とかから撃つからだよ」
と渚紗。
シュート練習が終わると
「それではみなさん、湯殿山の方に降りて行ってください」
と女性神職さんが言う。
「それが標準ルートだよね?」
「ええ」
「やはり日本代表の祈願だし、みんな頑張ろう」
と雨宮先生が言う。
「えーー!?」
と若干、江美子と早苗から声が出るものの
「ここまで来たらそこまでやった方がいい気がする。それに下りだし」
と渚紗が言うので6人全員で湯殿山の方に下りることにした。
「じゃ瀬高さんに湯殿山の方にまわってもらおう。ここ携帯通じるかしら?」
「通じますよ」
ということで雨宮先生が瀬高さんに連絡した。
また千里を先頭に、雨宮先生を最後尾にして降りて行く。
「千里、夜中なのに登ってくる時もスイスイ歩いて来たよね。ここ以前にも登ったことあるの?」
と江美子から質問が出る。
「うん。実はこのルートは10回以上歩いているんだよ」
と千里は答える。
「それはすごい」
本当は100回以上だけどね。
すると玲央美が言う。
「あのゴール、千里が言って設置してもらったものでしょ?」
「うん。実はね。一昨年、ここに一週間ほど籠もった時、元日本代表のシューターの藍川さんとふたりでずっと練習していたんだよ」
「千里、一昨年の秋頃ってあまり活動していなかったよね。その時期?」
と玲央美から尋ねられる。
「うん。男子チームから女子チームに移動される少し前の時期。あの時期はいろいろ悩みもあったんだよ」
と千里。
「その修行で開眼したわけか」
「でも藍川さんって、もしかして藍川真璃子さん?」
「うん」
「伝説のシューターだね」
「ただあの人の時代はスリーポイントってルールが無かったから遠くから入れても2点にしかならなかった。それで精度はどうしても近くから入れるのより悪いから、あの人は当時はあまり評価されなかったらしい」
と千里は言う。
「あの人、今どこにいるの?」
「知らない。でも出羽の裏修行のメンバーなんだ」
生きているのかどうかも分からないよなあと千里は思う。あのメンバーには生きている人、既に死んでいる人、更に神様やそれに近い存在(?)など色々なタイプの人(?)が混じっている。
「私のドリブルも実は当時、この出羽の山の中をドリブルしながら歩いて鍛えたんだ」
「すごーい」
月山頂上から湯殿山奥の院までの「標準時間」は3時間で、これは充分山歩きに慣れている人の時間なのだが、一行はこれを2時間半で歩ききった。湯殿山に到着したのが朝6時半頃であった。道の途中(5:22)で日出になったが、その美しさにみんな見とれていた。
「だけど私たちはみんなバスケガールで身体を鍛えているけど、雨宮さんは何かスポーツなさっているんですか? 私たちけっこうハイペースで歩いている気がするのに」
と渚紗が尋ねた。
「だいたい毎日1時間くらいジョギングしてるわよ」
と雨宮先生。
「すごーい」
「やはり音楽家は身体が資本だし、サックス吹くのにも体力と肺活量が必要だから。私はタバコも吸わないしね」
「ああ、音楽する人ってタバコ吸う人多いですよね」
「歌を歌うのにも、管楽器を演奏するのにもタバコは敵よ」
「女性ミュージシャンは人前では吸わないけど、楽屋ではスパスパ吸う人ってのも結構いるみたいですよね」
「まあ、私は男だけどね」
すると渚紗は少し考えているようだった。
「なんかその冗談、昨夜も言っておられましたが、雨宮さん、女性ですよね?」
「私男だってのに。女に見える?」
「見えます!」
「ほんとに男性なんですか?」
と江美子も驚いたように言う。
「うん。本当に雨宮さんは男性なんだよ。女性に見えるけどね」
とワンティス・ファンを自称した早苗が言った。
「いわゆるニューハーフってのですか?」
「あら、私は普通の男だけど」
「普通の男性には見えません!」
湯殿山奥の院に着くと、早朝というのにこちらにも『女性神職』さんがいて、一行のお祓いをしてくれた。そして全員でご神体に登拝する。
「なんかここ気持ちいいー」
「湯殿山ってこうなっていたのか」
「語るなかれ・聞くなかれってのだよね」
「最近は口で言わなきゃいいんだろってんでブログとかに書く人もいるけどよくないと思う」
ここに来たことがあるのは、千里・早苗だけで、渚紗も来たことがなかったらしく、みんなこのご神体をとても面白がっていた。
そのあと、温泉に浸かる。
「疲れが癒える〜」
「山駆けの後は、いつもこの温泉に浸かって筋肉をもみほぐすんだよ」
と千里が言う。
「あれ〜。なんか浸かっているうちに気持ち良くて眠くなってきた」
という声があがる。
「私も〜。湯船につかりながら寝ちゃったらやばいかな」
などと言っている子もいる。
そして雨宮先生も含めて千里以外の5人の姿が温泉の中からスッと消えた。
「ありがとうございます」
と千里は恵姫さんに言った。
「アジア選手権頑張ってね。私たちは応援することしかできない。夢は自分たちの力でもぎ取るもの」
と恵姫さん。
「だけどこの日の登攀でこの5人は凄く潜在能力が活性化されたと思います」
「じゃ千里ちゃんはもう少し頑張ってあと50kmくらい歩こうか」
「はい。今日が山駆けの1日目ですね」
「うん。今年は受験があるから50日でいいから」
「分かりました」
千里がそのあと半日山駆けをし、再度湯殿山の温泉に浸かってから大鳥居の所まで降りて行くと、売店の中に江美子と早苗が居た。時計を見ると時刻は朝の6時半である。
「あれ?どこ行ってたの?」
「千里がいつの間にかいなくなってたから、奥の院の人に言伝てしてみんなで先に降りてきたんだよ」
「トイレか何か?」
「ごめーん。少し奥の院の付近を散策してた」
「みんな朝ご飯食べちゃったけど」
「私は上でおにぎりもらっちゃったからいいかな」
千里が見当たらなかったので少し待っていてくれたようである。お互いに声を掛け合って集合し、瀬高さんの車に乗り込んだ。
「どういうルートでみんな帰ります?」
「山形で私以外を降ろしてから、鶴岡に戻ってもらえば、鶴岡から秋田へはJRで帰ります」
と渚紗が言うので、そういうことにした。
少し仮眠していたという雨宮先生の運転で国道112号と山形自動車道を使って山形空港まで行き、ここで江美子・千里・玲央美の3人を降ろし雨宮先生は山形駅で降りる。そのあと瀬高さんが運転して、山形市内の早苗の自宅近くで早苗を降ろし、瀬高さんと渚紗は鶴岡まで戻って渚紗はJRに乗る・・・・と言っていたのだが、実際には瀬高さんは鶴岡から先は自分のRX-7に乗り換えて渚紗を秋田市まで送ってくれた(個人的にドライブをしたかったようである)。
山形空港では、江美子は9:05の伊丹行きに乗り松山空港行きに乗り継ぐことにし(山形9:05→10:25伊丹11:20→12:10松山)、千里と玲央美は11:45の新千歳行きに乗ることにした。千里と玲央美は時間があるので空港内の食堂で休憩することにし、江美子だけチケットカウンターの方に行く。
それで江美子は航空券を買うのに列に並んでいたのだが、ふと気付くと松山のQ女子高生徒寮そばに立っていた。
「へ?」
と思って周りを見て自分の居る場所を確認する。合宿に持っていった荷物もそばに置いてある。時計を見ると朝7時である。日付を確認すると9月16日。その時刻は確か湯殿山の大鳥居そばに居たはずなのに!?
そこに早朝から朝練に行く2年生のバスケ部員が出てきて
「江美子先輩、おはようございます!日本代表の合宿お疲れ様でした!」
と挨拶して小走りで学校の方に向かった。
江美子は5秒ほど首をかしげて考えたものの「ま、いっか」と言って、荷物を部屋に置くと自分も朝練に行くために出かけた。
玲央美は千里とおしゃべりしながら食堂で時間調整していた。その内千里がトイレに立つので、玲央美はぼんやりと空港から見える景色を見ていた。そして、ふと気付くと玲央美は札幌P高校の体育館に居た。
「え!?」
玲央美はその場所を確認すると時計を見る。9月16日の朝7時である。
「うーん・・・」
としばし考えたが
「やはりそうだったのね」
と独り言を言ってから微笑む。そして荷物を自分のロッカーに入れたあと、ボールを出してきてひとりでシュート練習を始めた。
そういう訳で結局本当に山形から公共交通機関で帰ったのは山形駅から新幹線に乗った雨宮先生だけである。
「千里、あれを毎日やってたら、そりゃ鍛えられるだろうね。だけど私も負けないよ。私は山は走らないけど、その分、コートを走るから」
そんな独り言を言いながら、玲央美は黙々とレイアップシュートの練習をしていた。そこに1年生の伊香さんが顔を出す。
「先輩、早いですね!」
「秋子ちゃん、ちょうど良かった。1on1やろうよ」
「はい!」
伊香さんは元気に答えて玲央美のそばに走り寄った。
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【女の子たちの秋の風】(2)