【女の子たちのBoost Up】(上)

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嵐山カップが終わった翌日、2008年5月7日。その日は連休明けの最初の通常授業の日であったが、この日は部活は臨時でお休みになった。補習も無かったので6時間目が終わった所で帰ったのだが、その帰り道、《いんちゃん》が言った。 
『千里、今日は千里が性転換手術を受けてから1周年だよ』
『へー!』
『女の子1歳おめでとう』
『そっかー。性転換した日って私のもうひとつの誕生日なんだね』
『そうだね』
『でも実際、私が女の子の身体を使い始めてからもほぼ1年だもんね』
『あれは去年の5月21日だったね』
『よし、ケーキ買って帰ろう』
 
それで千里は一度駅前でバスを降りて商店街のケーキ屋さんでケーキを買って帰った。帰ると美輪子が
 
「千里、パスポートができたってハガキ来てるよ」
と言う。
「ありがとう。明日お昼に取りに行って来よう」
と言って、テーブルの上に置かれていたハガキを学生鞄の中に入れた。 
「あ、そうそう。これお土産」
と言ってケーキの箱を出す。
 
「今日はどうかしたの?」
と美輪子が訊く。
「今日は私が女の子になって1周年らしい」
と千里が答えると
「へー。じゃ、女の子1歳おめでとう」
と美輪子は素直に喜んでくれた。
 
「ありがとう」
 
「でもさ、千里って女子高生になってる時と女子大生になってる時があるよね?」
と美輪子は鋭い指摘をした。
 
「えへへ。分かる?」
「5月3日までは女子大生だった。でも翌日女子高生になってた。今も女子高生だ」
「すごーい。どうして分かるの?」
「そりゃ一緒に暮らしてれば分かるよ」
 
「私、歴史的な時間と肉体の時間がパッチワークになってるみたい」
「そんな気がしてた」
 
「私が性転換手術を受けたのは2012年7月18日だったんだけど、その時、私の身体はまだ2007年11月12日だった。そして今日は2008年5月7日だけど、私の身体は2008年11月12日。だから肉体的に1年経っているんだよね」
 
「そのあたりの難しい話はよく分からないけど、要するに性転換した時間をローンで払ってるんでしょ?」
「どうもそういうことみたいなんだよねー。だから私、2012年の12月までは死んじゃいけないんだって。辻褄が合わなくなるから」
 
「そんな若くして死んじゃいけないよ」
「私もまだ死にたくないけどね」
「120歳くらいまで生きなさい」
 
「それはまた大変そうだなあ。だけどローンで払ってるから、まだ何度か男の子に戻らないといけないらしいんだよね」
「あらあら。まあ、頑張りなさい」
「うん」
 

翌日千里は4時間目の授業が終わるとすぐにバスで市役所まで行った。ハガキを見せ、手数料を払う。
 
「記述に間違いがないか確認してください」
と言われたので、中を開けて確認する。CHISATO MURAYAMA, 3 MAR 1991 Sex:F と記載されている。
「はい、間違いありません」
 
と千里は言ってパスポートを受け取って帰った。
 

その日、千里が2日連続でケーキを買って帰ると、春風アルトが来ていた。 
「おいでになる気がしたのでケーキ買ってきました」
と言って千里はケーキの箱を出す。
 
「すごーい。ちゃんと分かるのね」
と春風は喜んでいる感じ。
 
「婚約おめでとうございます」
「ありがとう」
 
春風アルトは連休中の4月29日に作曲家・上島雷太との婚約を発表。30日から5月2日まではあちこちのテレビ局に出演して、たくさんインタビューを受けていた。とても幸せそうな顔をしていた。
 
「もし良かったら結婚式にも来てもらえないかなと思って。10月12日なんだけど。交通費も出すから」
「ええ。いいですよ。お伺いします」
 
「千里、あんたその時期、バスケの大会があるのでは?」
と美輪子が心配するが
 
「だいじょうぶ。上手い具合にぶつかってないんだよ」
と千里は答えた。
 
取り敢えずケーキの箱を開ける。今日千里が買って来たのはプティケーキのセットで12個入りである。この時、テーブルの奥側に春風アルト、玄関側に千里、シンクと窓のある側に美輪子が座っていたので、千里はケーキの長方形の箱の長辺を美輪子に向け、短辺を自分と春風に向けた。こんな感じである。 
春風
■■
■■
■■
■■美輪子
■■
■■
千里
 
「春風さん、お好きなの取ってください」
と千里が言うので
 
「私、ウェディングドレスのサイズが合わなくなるとやばいから2個くらいにしとこう。カロリーの少なそうなの」
 
と言って、箱のいちばん遠く(千里側)にある、フルーツロールケーキとプリンを取った。
 
「おばちゃんもどうぞ」
と千里は言うので
「私、少しお腹がすいたから3個もらっちゃおう」
と言って、真ん中付近にあるイチゴショート・モンブラン・チョコケーキを取った。
 
「じゃ私も3個行っちゃおう」
と言って千里は、残っている中で手前付近にあるミルフィーユ・ティラミスと、春風側に残っているモンブランを取った。
 

美輪子が入れてくれた紅茶と一緒に頂く。
 
「これ美味しい〜。お店の名前メモさせて」
と春風が言うので、千里は箱に貼ってある店名と賞味期限の書かれたシールを剥がして、そのまま渡す。
 
「それで占い師さん、占って欲しいんだけど」
と春風は食べながら言った。
 
「はい。何でしょう?」
「私、上島とうまくやっていけるか、それから子供ができるかどうか占って欲しいの」
「子供のことを占うというのは何か不安があるのですか?」
「うん。実はアイドル歌手なんかやって、デビューする前もずっと歌手の卵としてレッスン受けてて、10代の頃体重を抑えていたせいもあるんだろうけど、私ずっと月経不順を抱えているのよ。2ヶ月くらい生理無いかと思ったら2週間で来ちゃったりとか無茶苦茶。1度3ヶ月くらい来なかった時はまさか妊娠してないよね?と自分で不安になった。その時期にセックスした覚え無かったのに」
 
「まあセックスせずに妊娠するのはめったにないことですね」
「でもごくまれにあるらしいですよ。若いカップルがまだセックスする勇気が無くてペッティングしてて、中には入れてなかったのに、外で射精した精子が膣口から進入して、膣・子宮を泳ぎ切って卵子と出会うなんてことがあるらしいです。ひじょうに珍しい現象だそうですけど」
 
「セックスの快楽を味わえずに、出産の苦痛だけを味わうのは割に合わないな」
「ですよねー」
 

千里は筮竹(ぜいちく)を取り出して、略筮方式で卦を立てた。略筮の良いところは一瞬の集中で済むところだ。本筮などやると物凄い長時間集中を維持しなければならないし、そういう集中ができるようにするのに、問題によってはその前数日間に及ぶ潔斎が必要になることもある。明治の易聖と言われた高島嘉右衛門(高島呑象)もそのほとんどの占いを略筮で行ったと言われる。 
地山謙2爻変(地風升に之く)が出た。
 
「謙は通る。天道は下済にして光明なり。地道は卑くして上行す。人道は満つるを憎んで謙を好む。謙は尊くして光り、卑くして越ゆべからず。六二は鳴謙たり。貞にして吉なり」
 
と千里は卦辞・爻辞を暗誦する。
 
「基本的に吉です。多くを望みすぎなければ何とかなっていきます。以前に占った時にも出てますけど、彼氏が浮気するのは止められません。それは開き直るしかないです。ただ、相手は今後は他の女性と子供まで作ることはないですよ。之卦が地風升なので、状況は少しずつ良くなっていきます」
 
「うん。それは彼のプロポーズを受け入れた時、覚悟は決めたつもり。まあ我慢できなくなったら、なった時だけどね」
 
「ええ。無理せず、多くは期待せず。でも相手はあなたのことが好きなんです」
 
と千里は占断を告げながら、それって自分と貴司のことみたいとも思う。貴司が浮気するのは、もはや彼の人格の一部だ。それを止めることはできないから、こちらは開き直るしか無い。
 
「ただ彼は決して自分を捨てないし、どんなに浮気してもこちらのことを愛しているんだということを信じましょう」
 
と千里は言うが、それは自分自身へのメッセージでもあるような気がした。 
「なんか今から結婚する人に贈るメッセージじゃないね」
と美輪子は言うが
 
「いや、そういう人だとは分かっていて結婚しますから」
と春風は言う。
 
「今彼の隠し子って何人居る?」
 
千里はだまって筮竹を左右に分ける。左手に残った筮竹を8本単位で数えていくと4本余った。
 
「4人です」
 
春風は目をぱちくりさせる。
「去年の秋に尋ねた時は村山さん、隠し子は3人って言ったのに」
 
「え?私そんなこと言いました?」
と千里が驚いて言う。
 
「ああ、だいたいどこかから降りてくることばをそのまま語ってるから自分では覚えてないよね」
と美輪子が笑いながら言う。
 
千里は自分の部屋から「魔女のタロット」というタロットを持って来た。007の映画『死ぬのは奴らだ(Live and let die)』の撮影のために製作されたタロットで、現代的な絵柄が美しい。
 
「おばちゃん、ちょっとごめん。法律違反」
と言うと、千里は冷蔵庫から白ワインのボトルを出して1杯飲む。アルコールを入れることにより、脳みそをブーストさせる。
 
それから黙って4枚引いた。
 
聖杯の4、金貨の3、女司祭、魔術師
 
という4枚のカードが出た。
 
「その子供って4年前、3年前、2年前、そして昨年と1人ずつ生まれてます」
と千里は言った。
 
「要するに、去年占っていただいた後に1人産まれたんですか!?」
 
「でもその子の母親とは既に切れていたと思いますよ。切れていなかったら、たぶん結婚を考えたと思うから」
 
「小アルカナと大アルカナが出たね」
と横から美輪子が言う。
 
「たぶん小アルカナはふつうの人生を送る子、大アルカナは社会的に名前が売れる子です」
「ミュージシャンとかになる?」
「かも知れないですね」
と千里は微笑んで言う。
 
「これって、上から女・女・女・男だよね?」
と春風。
「そこまでは確信できないですけど、その可能性ありますね」
と千里。
 

春風はちょっと疲れたような顔をしたが、ふと思い返したように
「そうだ。私の子供は?」
と訊く。
 
千里はニコっと笑った。
 
「それは既に占っています。このケーキです」
「え!?」
 
「春風さん2個ケーキを取りました。ですから子供は2人ですよ」
「わあ、生まれるんだ?」
 
その言い方から、春風は自分は子供を産めないかもと思っていたかもと千里は思った。
 
「でもできるまで時間がかかりそう。春風さん、いちばん遠いところからケーキを取ったもん」
 
「なるほどー。それはあり得る気がするよ」
「子供ができるまでは、夫婦水入らずの生活で」
「でもあの人、仕事ばかりしてるから。婚約発表した後、私1度も会えてないんだよ」
 
「ああ。この連休はAYAの件で無茶苦茶忙しかったはずです」
「大騒動だったね」
 
「でもおかげで大いに話題にされて、今までAYAを知らなかった人もいやでも知ることになったから」
 
「結局、ランキングでAYAは1位、テスレコは圏外。消費者が明確な判定を下した感じですね」
「テレビ局はおもしろがって両方を並べてオンエアしたりしてますね」
「それでAYAの方が上手いし、アレンジも良いからますますAYA派が増える」
「両者の歌唱力が違いすぎますし」
 
「でも、その裏で上島はあちこちとの調整で飛び回っていて、メールの返事も来ないんだよ」
 
「まあ、浮気されるよりはマシですよ」
「それ、(日野)ソナタちゃんにも言われた!」
 

ところで千里は後から美輪子に尋ねられた。
 
「あの時、春風さんがケーキ2個取ったから子供は2人と言ったよね。私は3個取ったけど、子供3人?」
 
「だと思う。おばちゃん近くから取ったから、結婚したらすぐできるよ」
「千里も3個取ったね」
「うん。だからきっと私も子供が3人できるんだよ」
 
「あんた、生殖腺無いよね?」
「そのあたりが良く分からないんだよねー」
 

 
2008年5月12-14日、千里はU18日本代表候補の第一次合宿に参加した。
 
11日夜の便で、千里は愛知県名古屋市まで行った。新千歳からの便を使ったが、新千歳−セントレアの便では、佐藤さんと隣の席でいろいろおしゃべりしながらの旅となった。
 
12日朝、帝国電子体育館に今回の合宿参加者が揃う。千里は並んでいる選手たちのオーラを見て、みんな凄いなと思っていた。
 
ここは花園さんがこの4月から入ったチーム《エレクトロ・ウィッカ》を所有している会社である。花園さんもふだんこの体育館で練習しているのかな、と思うと身が引き締まる思いだ。
 
今回のチーム代表となっているバスケ協会の役員さんからお話があった後、ユニフォームを配られる。背番号と各々の名前(アルファベット)が染め抜かれている。背番号はこうなっていた。
 
4.入野(PG) 5.前田(SF) 6.鶴田(PG) 7.村山(SG) 8.中折(SG) 9.竹宮(SF) 10.佐藤(PF) 11.鞠原(PF) 12.大野(PF) 13.森下(C) 14.中丸(C) 15.熊野(C) 16.大秋(SF) 17.橋田(PF) 18.富田(C)
 
入野さんが主将、前田さんが副主将に任命される。それ故の4番,5番だ。 
しかし何だか凄まじくあからさまな背番号だ。16-18の3人は事実上補欠という意味なのだろう。もっとも富田さんはまだ若いということで、今回はひとつ上のレベルの子たちに揉まれて勉強しなさいということか。
 
取り敢えず紅白戦をすることになる。
 
A.入野/村山/前田/鞠原/森下 +大秋・橋田・富田
B.鶴田/中折/竹宮/佐藤/熊野 +大野・中丸
 
というスターター・組み分けにした。
 
しかしこれは凄い対戦だ。普段テンポ100で歌っている歌をいきなりテンポ250で歌わされるような感覚だ。連携などがあまりにもうまく行き過ぎるので戸惑うくらい。こんなのに慣れたら、チームに戻ったときチームメイトに不満が出ないだろうかと自分が心配になるくらいだった。
 
むろん相手も超巧いので、警戒を決して緩められない。お互いやはりスリーに物凄く警戒する。千里と中折さんはお互いにマーカーになった。先日のエンデバーでも手合わせしたが、あの時はお互い八分の力で戦っていた。しかし今日はどちらもマジだった。
 
中折さんはほんとにレベルアップしている。最初の内、かなり千里のマークを外してシュートしたり、あるいは抜いて中に入ったりした。しかし千里も進化しているので、こちらが攻撃の時も、中折さんと対峙してかなりの確率で相手を抜くことが出来た。
 
それで前半はお互いに相手をほとんど停められない感じだった。
 
後半になってお互いけっこう相手の新しいロジックを感覚的に読めるようになる。それで後半はお互い半分くらい相手を停めることができた。結果的に2人とも後半はスリーが半減する。
 
40分の試合で68対56でAチームが勝ち、点差としては12点付いたものの感覚的には物凄い接戦だったし、お互い全く気を緩められない試合であった。 
そんな様子を篠原監督も高田・片平の両コーチも満足そうに見ていた。 
千里と中折さんの対決は痛み分けの感じだったが、鞠原さんと佐藤さんの対決は今回佐藤さんの圧勝だった。ウィンターカップで完璧に鞠原さんにやられたし佐藤さんも恐らくかなり頑張って自分をレベルアップさせているのだろう。鞠原さんも「今回はやられた。また鍛える」と佐藤さんに言っていた。 
またリバウンド対決でインハイ・ウィンターカップのリバウンド女王森下さんに対して、熊野さんが一歩も引かない激しい争いをした。ふたりのリバウンド対決も痛み分けだったようである。ふたりはお互いに「ボクもまた頑張らなくちゃ」などと言っていた。ついでに2人はあとでメールアドレスの交換をしていたようである。どうも留実子や中丸さんを含めて、センター同士の「ボク少女ネットワーク」ができつつあるようだ。
 
なお、富田さんは熊野さんとでも中丸さんとでもリバウンドを1つも取れなかった。U16からの「飛び級参加」しただけあって充分優秀な感じではあったのだが、熊野さんや中丸さんが凄すぎるようだ。
 
またこの紅白戦では一時中折さんを下げて佐藤さんをシューティングガードの位置に入れた。佐藤さんはスリーも上手いし、体格が良いので敵陣侵入して攻め筋を作り出す、いわゆるスラッシャーとしての働きも出来る。ただ全般に体格の良い選手が多い外国チーム相手に彼女の体格で対抗できるのかどうかは未知数という気もした。
 

この合宿では、みんなハイレベルな選手ばかりなので、コーチたちも何かを「教える」ということはあまりしなかった。ただ、コーチたちが指導したのは「声を出すこと」「チームメイトを使うこと」といったものである。
 
ここに出てきている選手はみんな各チーム内で卓越した力を持っている。それ故にけっこう孤立しがちな面もある。試合中に孤軍奮闘したりする。しかし、この日本代表チームでは、お互い自分と近い実力を持つ選手ばかりなのだからチームメイトを信じ、ひとりで突破しようとはせずに、チームで協力して突破することを考えろとコーチたちは言った。
 
「お前らひとりで試合しようとしても、スローインさえできないだろ?」
などとコーチは言う。
 
バスケの試合ではスローインが多数発生する。パスについては、最悪、ひとりでボールをドリブルしていき、そのままシュートすれば、一度もパスすることなくゲームができるかも知れないが、スローインだけは絶対に1人では不可能だ。 
だからバスケットでは出場できる選手が怪我などで欠けて、稼働できる選手が1人になってしまったら、そこでゲームは終了になり相手の勝ちとなる。2人まではゲームを続行してもよい。
 

このU18合宿の2日目の夜、千里はやっと先日雨宮先生から送られて来た音源を聴くことができた(『花園の君/あなたがいない部屋』)。
 
何この子? すげー上手いじゃん。
 
お風呂から上がってベッドに寝転がって聴いていた千里は心躍る思いがした。こないだは超へたくそなAYAの歌をたくさん聴いたので、こういう歌を聴くと日本の歌謡界にも良心はあるんだな、という気分になる。
 
千里はその音源を5回くらい繰り返して聴いた。
 
聴いている内に何か足りないものがある気がしてきた。それは何だろうというのを考えていた時、昨日・今日とコーチから言われていた「パスケは1人ではできない」ということばを思い出した。
 
そうだ。この歌は、細すぎるんだ!
 
ボーカルというのは「単音楽器」なので、1人のボーカルが出せる声はひとつだけである。せっかく、こんなに上手い歌を歌えるのなら、ハーモニーにした方がいい。
 
それでKARIONのことを連想するのだが、千里はKARIONのような四声ボーカルというのは多すぎるという気がした。あれはあれで美しいのだが、ヒットを狙うのであれば、むしろ2人がベストだ。漫才だって2人でやるのが面白いじゃん。 
そこで千里は雨宮先生に電話して言った。
 
「あれ、とても美しいんですけど、ソロだとやはり細すぎるんですよ。ボーカルを2つにしてハーモニーにしてみませんか?」
 
「ああ、それは行けるかも知れない。ちょっとやらせてみよう」
 
それからしばらくして雨宮は楽曲をツインボーカルにアレンジし直して、冬子を呼び出し、2つのボーカルを共に冬子に歌わせて音源を完成させた。 
そして雨宮がこれをプロダクションやレコード会社関係に売り込み始めたことから、6月初旬、加藤課長のもとでローズ+リリーのプロジェクト(当初のプロジェクト名は『イチゴ・ガール』で、政子が加わってから『イチゴ・シスターズ』に改名された)が動き出すことになるのである。この名前は雨宮先生が冬子を15歳と思い込んでいたことに由来するらしい(実際には高校2年生の16歳であった)。
 
もっとも一方でなかなか雨宮先生から連絡をもらえない冬子はしびれを切らして元々一緒に曲作りをしていた相棒の政子と組んでふたりでデュオで歌う音源を自主制作し始める。(『雪の恋人たち/坂道』)こちらの音源は冬子の民謡関係の指導者であった○○プロの元専務・津田アキさんが別途2人をセットにした形で売り込み始めるのである。
 

「えー、辞めちゃうの〜?」
と織絵は鈴子に言った。
 
「ごめーん。こないだの模試の成績が悪かったのをお父ちゃんに叱られてさ。当面勉強がんばらないといけないから、バンドからは抜けさせて」
と鈴子。
 
「でもベースが居ないとバンドにならないよ」
と織絵。
 
「ギターが居ないバンドはたまにあるけど、ベースが居ないのはわりときついね」
と鏡子も言う。
「どっちみち今までの曲は、かなりアレンジを変えないと演奏できない」
 
「大学受験終わってからなら再開できるかも知れないけど」
と鈴子。
「それまで2年間活動休止?」
と織絵。
 
「もし何だったら、他の子をベースに入れてもいいよ」
と鈴子。
「でも私、鈴子のベースが心地良いんだよねー」
と織絵。
「私も。鈴子のベースを聴いているとちょっと興奮しちゃう」
と鏡子。
 
そんな鏡子の言葉を聞いた時、鈴子は一瞬、先日桃香と過ごした甘い時間のことをつい連想してしまった。あれって凄く興奮した。私・・・・女の子との恋愛にハマっちゃったらどうしよう? ついノリで「処女あげる」と言っちゃったけど桃香は「自分を大事にしなよ」と優しく言って処女は奪わなかった。そんなこと言われてよけい自分は桃香に心惹かれてしまった気がする。 
桃香は織絵とも親しくしているようだ。自分はこのままこのバンドに居たら織絵に嫉妬してしまうかも知れない。父に成績のことを言われたのがバンドを辞める主たる理由ではあるが、実は織絵を嫌いになったりしないように自分を抑制したいというのも、人には言えない辞める理由なのである。私、織絵のことも好きだし。
 

千里たちのU18代表候補合宿はとても内容が濃厚だった。本当に充実した3日間を過ごして各自帰途につく。次の合宿は8月ということだ。それまでは各自、インターハイをひとつの目標に自己鍛錬を重ねていくことになる。その結果、現在の序列が変わることは大いにあるであろう。C学園の橋田さんもあからさまに補欠扱いの背番号を渡され最初はショックだったようだが、かえって開き直りができたから、上の人たちを蹴落とせるように頑張ると言っていた。
 
「でもステラちゃんがあんなに楽しい人だとは思わなかった」
と帰りの飛行機で隣り合う席になった佐藤さんと千里は話していた。
 
「何だかひとりで笑いを取っていたね」
と千里。
「うん。U18日本代表のマスコットにしたいくらいだ」
と佐藤さん。
 
ステラというのは東京T高校の竹宮星乃のことである。星から「ステラ」というニックネームが付いているというのを披露したので、みんなからステラちゃんと呼ばれていた。彼女は休憩中や食事中などにたくさん天然ボケ?をかまして、みんなを楽しませてくれた。
 
なお、佐藤(玲央美)さんが「レオちゃん」とか大野(百合絵)さんが「リリー」というのも先月のエンデバーでみんなに浸透している。
 
「だけど、村山さん、今回も花園さんに全勝だったね」
 
せっかくエレクトロ・ウィッカのホームで合宿をしているので、エレクトロ・ウィッカがU18との練習試合もしてくれたのである。試合はU18側の大敗でプロの実力を思い知ることになったのだが、花園さんと千里のマッチングは全て千里が勝ったのである。おかげで花園さんはスリーを全く撃てなかった。 
「やはりあれは相性の問題だと思う」
と千里。
 
千里は花園さんとの対決よりも紅白戦での佐藤さんとの対決に8割くらい負けたことの方が気になっていた。私、かなり瞬発力鍛える練習してるんだけどなあ。 
「次こそはリベンジするぞと言ってたね、花園さん」
と佐藤さん。
 
「彼女はほんとに努力すると思う。だから私も頑張らなくちゃ」
「私も頑張るよ」
と佐藤さんが言うので、千里は
「私、佐藤さんに全然勝てないんだけど!?」
と言った。
 

ところで、旭川N高校、お隣の旭川M高校、そして旭川L女子高の3校の女子バスケ部は今年も5月の連休明けから、インターハイ道予選に向けて毎日場所持ち回りで練習試合をしていた。道予選には旭川からこの3校が出場するが、インターハイに行けるのは北海道から2校のみである。しかも強豪の札幌P高校、札幌D学園、釧路Z高校、函館F高校、などもいる。昨年は旭川地区からN高校とM高校の2校が出たものの、頑張ってレベルを上げなければ今年は旭川地区から代表校ゼロというのも充分あり得る。
 
この3校はいづれも昨年秋以降3年生が抜けて2年生(現在の3年生)主体のチームになっていたのだが、新入生が入って来て、各々充実している。 
N高校も絵津子(SF), 耶麻都(C)の2人が即戦力で、寿絵もリリカもお尻に火が点いた感じで、これまでより練習に熱が入るようになった感じだし、不二子(PF)・愛実(PG)・ソフィア(SG/SF)の3人も秋以降の新チームでのレギュラーを狙う態勢である。
 
L女子高ではPFの緑川さんがなかなか凄くて鳥嶋さんが少し焦っているようだし、SFの黒浜さんも夏以降はベンチ枠に割り込んで来そうな感じであった。L女子高も新入部員が20人ほどあって一時的に40名を越える大所帯になっている(夏頃までに新入部員の3割ほどが例年辞めるらしい)。緑川さんたちのような即戦力に近い子もいれば、初心者で基礎から教えている子も居た。練習試合中にモップ持ってスタンバイしていて、ゲームが笛で中断する度に飛び出して行っては床掃除をしている子たちも、来年はレギュラーになっている可能性もあるよなと思い、千里は彼女たちを見ていた。
 
M高校でも橘花が新入生部活説明会の日に、バレー部の部室に入ろうとしていたところを誘拐(?)してきたという柿沼さんが身長178cmで、取り敢えず今リバウンドだけ教えているものの、道大会に何とか間に合いそうな感じであった。彼女は中学時代は女子ラグビー部に入っていてバスケット部とバレー部の双方に助っ人で出ていたらしいが、M高校には女子のラグビー部が無いので、バレーかバスケットのどちらかに入ろうと思っていたらしい。ラグビーをやっていただけあり体格が良く、ゴール下の争いで橘花が(味方なのに!)はじき飛ばされたりしていた。
 

千里は平日の5月12-14日(月−水)にU18代表候補の合宿で愛知県まで行ってきたのだが、その直後17-18日(土日)にはN高校の校内施設を使ってミニ合宿をした。この18日午前中にはA大学の男子バスケットボール部の人たちを招待して練習試合をする。
 
普通なら男子大学生は女子高生チームの相手などしてくれない所だが、A大学女子バスケ部に今年入った、久井奈さん・麻樹さん経由で「ちょっと後輩たちに指導してあげて欲しい」と言ってお願いし、ラーメン村ギフト券20枚でOKしてくれた。来てくれたのは10人で1人2杯ずつ食べるつもりらしい。
 
「まあ北海道総合で優勝してオールジャパンに行ったチームなら少し指導してあげてもいいかな」
などと彼らは言っていた。仲介した久井奈さん・麻樹さんが今回マネージャー役で帯同してきている。
 
暢子と向こうのキャプテン川崎さんとで握手してから試合を始める。向こうのセンター吉田さんは190cmくらいの身長がある。こちらのセンター留実子との身長差は10cmほどである。しかしティップオフで留実子はボールを巧みにこちらにタップした。
 
雪子がボールを受け取りドリブルで攻め上がる。先行している千里にパスして千里はスリーポイントラインの手前からシュート。まずは入れて3点先制した。 

「へー。君、すごくきれいなフォームで撃つね〜」
と向こうのSG岸さんが千里に話しかけてくる。
 
「ありがとうございます」
「ちなみにうちに来る気無い?」
「私、東京方面に出ようかと思っているんですよねー」
「こんなきれいなシュート撃つ子はうちのチームに欲しい」
「私、女ですけど」
「男に性転換するつもりは?」
「ちんちん嫌いなので」
「レズなの?」
 
下ネタに走った所で川崎さんから蹴りを食らっていた。
 
その後も向こうの選手は暢子や寿絵などに色々話しかけてくる。しかし彼らは次第に口数が少なくなっていった。
 
5分経過した所で12対18でN高校リードである。
 
「ちょっとタイム」
と川崎さんが言って、向こうはベンチの所に集まり何やら話し合っている模様。 
そして川崎さんがこちらのベンチに来て暢子に訊いた。
 
「ね、少し本気で行ってもいい?」
「100%本気で来て下さい」
「そうだね。80%本気で行こうかと話していた所だけど、君たちなら100%本気で行ってもいいかも」
「お願いします」
「よし」
 

そこから向こうの選手の動きがまるで変わった。
 
物凄いスピードでドリブルしてくる。パスのボール自体が速い上に間髪無く回すので気を抜くと今どこにボールがあるのか見失いそうだ。中に進入してくる時、留実子や暢子が簡単に吹き飛ばされる。強烈なダンクシュートを打ち込む。 
しかしこちらも負けてはいない。向こうがスティールしようと近づいて来ても雪子にしても千里にしても簡単には盗らせない。千里は華麗なフットワークで岸さんを抜いてスリーを決める。留実子が根性でダンクを叩き込むと向こうの選手が「すげー!」と言っていた。
 
向こうは100%でやるとは言っていたものの最初やはり80%本気程度だったのがそのうちマジで100%本気までブーストしてきた。
 
J学園迎撃戦の時、短時間ではあったもののJ学園がマジ本気を見せたことがあったが、あれより凄い。さすが男子大学生である。千里は先日のU18代表候補合宿でのエレクトロ・ウィッカとの練習試合と、どちらが凄いだろうなどと考えながら試合をしていた。
 
こちらは薫・夏恋・メグミ・揚羽・リリカ・敦子・睦子などを少しずつ交代で入れるが、薫以外は最初の内気合い負けしていた。しかしそれでもみんな数分出ていると途中でけっこう相手に対抗していた。技術と速度では負けるものの、気持ちだけは負けない姿勢ができていく。
 
試合は104対68と大差であったが
 
「50点差付けてやろうと思ったのに」
という試合終了後の川崎さんの言葉が、向こうがほんとにマジで戦ってくれたことを表していた。
 
「また対戦してもらえませんか?」
と暢子が言う。
 
「じゃラーメンのサービス券で」
「そんなんで良ければぜひ」
「じゃ、またお腹空いたら、寄せてもらうね」
 
と言って川崎さんは暢子と握手をしていた。
 

5月25日。千里は市民オーケストラの公演に参加した。この公演に参加するのは1年ぶりである。昨年の8月と12月の公演は、千里のバスケの大会に日程がぶつかっていたので欠席させてもらったのである。
 
今回の演奏題目はシューベルト作曲リスト編曲『魔王』をはじめととして歌曲をオーケストレーションしたものが多い。モーツァルト『魔笛』から『夜の女王のアリア』では布浦さんがフルートをピッコロに持ち替えて演奏したが『鳥刺しパパゲーノ』は千里がいつものフルートで独奏した。千里は他にイギリス民謡の『夏の最後の薔薇』(一般に『庭の千草』の邦題で知られる)・『ロンドンデリーの歌』なども演奏した。
 
最後に滝廉太郎の『四季』(『花』『納涼』『秋の月』『雪』)を演奏して終えたがアンコールを求める拍手があったので、ピアニストと布浦さん・千里の3人で出て行って滝廉太郎の『荒城の月』を演奏する。それでもまだ拍手が鳴り止まないので、千里が《横笛》の篠笛を持って『ソーラン節』を演奏して、和やかな雰囲気の中で演奏会は終了した。
 
「お疲れ様でした〜」
「次は8月10日だからよろしくー」
「千里、空いてる?」
 
千里は手帳を見る。
 
「奇跡的に空いてます」
「よし、それではよろしく」
「練習出られそう?」
「無理です」
「そんなに忙しいんだっけ」
「3日までインターハイ、17日は国体予選、24日と31日は日本代表合宿」
 
「お、インターハイ出るんだ?」
「予選はこれからです。出られるよう頑張ります」
「日本代表になったの?」
「まだ代表候補ですけどね」
「すごーい」
「じゃバスケやりながらフルートの練習を」
「それ無茶です」
 
「12月14日は空いてる?」
 
千里は手帳を確認する。
 
「空いてますけど、私受験生だから遠慮させてください」
「大丈夫。フルート吹きながら勉強しよう」
「それも無茶です」
「どこ受けるの?」
「東京方面の大学に行こうかと」
「あら、それじゃ旭川離れちゃうの?」
「すみませーん」
「残念だね」
「じゃ、12月の公演は村山さんのラスト公演ということで、村山さんのフルート・ソロをフィーチャー」
「えーーーー!?」
 

 
翌週。N高校女子バスケ部は、帯広市で開かれたシニアバスケット大会にゲスト参加させてもらった。
 
「シニア」というのは男子40歳以上・女子35歳以上のメンバーで構成されたチームである。男子の方は更にスーパーシニア(50歳以上)・ゴールデンシニア(60歳以上)も設定されていて、シニア16チーム、スーパーシニア9チーム、ゴールデンシニア4チームが集まっていた。シニアは札幌など一部の地区では地区予選までしたらしいが、女子は予選も何も参加したのが全部で3チームしか居なかった。
 
「男子40歳・女子35歳って男女で年齢が違うんですね」
「体力のピークが違うんじゃない?厄年も女性の方が早いし」
「早くシニアに参加したい男子は性転換すれば5年早く参加できる」
「そのために性転換する人はいないのでは?」
「いや、千里みたいなのは居る」
 
女子3チームでは、リーグ戦をしても各チーム2試合ずつで1日で終わってしまう。しかしせっかく帯広まで遠路はるばる来たのに帯広の温泉に入らずにそのまま帰るのももったいない(帯広はあまり知られていないが実は温泉の町である)。それで1泊して、交流試合もしようということになったのである。 
シニアではあるものの、この3チームは各々結構強い(有力クラブチームOGや元プロまでいるらしい)ので、ある程度強いチームと対戦できないかという打診があり、会場提供高の帯広C学園、地元の強豪・帯広B高校、そしてC学園からの招きで旭川N高校が参加することになったのである。ブロックエンデバーで一緒になった縁で武村さんから千里に照会があったのに応じることにした。 
「招待と言っても予算が無くて交通費が出ないんだけど」
「それはOKOK」
「実は近いしと思って(釧路Z高校の)松前さんに打診したら、ばあちゃんたちとやれるかって言われて」
「あはは。ノノちゃんらしい」
 
ということで宿舎は主宰者が用意してくれたものの、交通費はこちら負担で出ることにした。
 
今回、ベンチ人数は「制限無し!」なので23名連れていくことにした。 
PG 雪子(7) メグミ(12) 永子(20) 愛実(26) SG 千里(5) 夏恋(10) 結里(19) 昭子(23) ソフィア(24) SF 寿絵(9) 敦子(13) 薫(15) 絵津子(17) PF 暢子(4) 睦子(11) 川南(16) 蘭(21) 葉月(22) 不二子(25) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14) 耶麻都(18)
 
ボーダー組全員と1年の即戦力・準即戦力の5人を入れるとこの人数になった。インターハイの道予選メンバー登録は週明けに行うことになっている。つまりこの23人の中から、女子の道大会に参加資格が無い薫・昭子を除いた21人で15人枠を争うことになる。ボーダー組と1年生にとっては最後のアピール機会である。
 

試合の組合せはこうなっている。
 
初日
14:00 札幌−旭川/函館−C学園
16:00 旭川−函館/札幌−N高校
18:00 函館−札幌/旭川−B高校
 
2日目
9:00 札幌−C学園/函館−N高校
11:00 函館−B高校/旭川−C学園
13:00 旭川−N高校/札幌−B高校
 
各地からのアクセスを考えて遅く始めて早く終わる時間設定である。更に最もアクセスに時間のかかる函館チームは本戦最初の試合、および最後の交流試合を避けている。函館から帯広へは朝1番に出ても帯広到着は12:51だし、帰りは17:46のスーパーおおぞらに乗らないと帰り着けない。年齢が高いのにご苦労様である(帯広空港は困ったことに道内の他空港との路線が全く無い)。 
ゲームは中学生と同様8分クォーターである。また50歳以上のメンバーは赤い腕輪をしており、普通のゴールで3点、スリーポイントラインの外からのゴールは4点という特別ルールになっている。スリーポイントの動作中にファウルがあって、そのシュートが入った場合はフリースローも含めて一気に5点取れる可能性もある。(スーパーシニアでそこまでのプレイができる人がいたら見てみたい気分だ) 

到着してから旅疲れ解消を兼ねて少し身体を動かしてから会場内に入る。 
最初の時間帯は観戦しているが
「なんか結構強くない?」
 
という声があちこちで起きる。今回、シニアのチームで旭川は単独チームだが、札幌と函館は2チームの合同チームらしい。単独チームでは遠征までして参加可能な人数が不足した(40代の女性は家庭の都合で動けない人が多い)ためのの苦肉の策らしいが、特に札幌の合同チームが無茶苦茶強いのである。
 
「思い出した。あの5番付けてる人は教員チームで北海道総合に出てたよ」
と寿絵が言う。
 
「嘘!?」
「スターターではなかったけど。あと4番の人も別のクラブチームで出てた」
 
「シニアどころがほとんど現役だったりして」
 
試合は80対52の大差で札幌合同が旭川ホルスタインズに勝った。函館合同とC学園の交流戦はどちらも軽く流していた感じで、62対56でシニアが勝った。 

次の時間帯。N高校の相手は今大勝した札幌合同である。試合前に南野コーチからみんなに注意がある。
 
「絶対に相手に怪我させないこと。それとこちらも怪我しないこと。だから無理なプレイはしない。特にボーダー組は自分のプレイをアピールしたいだろうけど、今怪我したら結局道予選にも出られないよ」
 
「分かりました」
といちばん無理しそうな揚羽が率先して返事をした。きっと彼女や怪我した前科のある留実子などには事前に個人的にも注意していたであろう。
 
強い相手なのでこちらも最強布陣で出て行く。雪子/千里/薫/暢子/留実子というところで始める。ティップオフは取り敢えずこちらが取り、雪子から薫・暢子とつなぎ、暢子のバックレイアップシュートで2点先制した。 
向こうはこちらが強そうというので、結構本気である。4番を付けたポイントガードの人が素早いドリブルでコートを駆け巡る。この人ほんとに35歳以上か?まだ20代じゃないのか?と思いたくなるほど身体の動きがいい。5番のフォワードも凄く強い。フィジカルに強いし、シュートが正確である。マッチングも上手く、暢子が最初うまく抜かれて「やられた〜」という顔をしていた。 
かなり強い相手ではあるのだが、南野コーチは交替できるタイミングでどんどん選手を入れ替える。千里を夏恋に、薫を寿絵に、留実子を揚羽にと替えていく。どうもコーチはみんなにこの強い相手を体験させておきたいようである。第2ピリオドではメグミをポイントガードで使い、絵津子・リリカ・睦子も出して行く。第3ピリオドでは敦子・昭子・ソフィアまで出す。
 
この札幌合同との戦いでコートに立ったのはちょうど15人である。
 
ああ、このあたりが宇田先生と南野コーチの頭の中にあるインハイ・メンバーだろうなと千里は思った(この内昭子と薫は出られない)。
 
試合は74対69で札幌合同が勝った。
 

同時に行われていた本戦では旭川ホルスタインズが函館合同を倒した。ちなみに「ホルスタインズ」というのは、牧場か乳業関係者かと思ったらそうではなく、創立メンバーに微乳女性が多く、彼女たちの夫や子供に馬鹿にされたというので敢えて巨乳イメージでホルスタインにしたらしい。
 
もっともホルスタインはたくさんお乳は出すが乳房自体は大きくない。乳房に脂肪が豊かに付いているのは人間とジュゴンだけである。
 
次の時間帯では札幌合同が函館合同を圧倒し、大会自体としては札幌合同の優勝、旭川ホルスタインズの準優勝、函館合同の3位ということで終了した。3位まで表彰されるので、結局全員賞状をもらった!
 
交流戦の方は旭川がB高校に敗れた。この日の交流戦で高校生側が勝ったのはこの試合のみである。ホルスタインズは函館に勝って準優勝がほぼ確実となった所で気が抜けてしまったのかも知れない。
 

宿は、札幌合同チームと同じ所になったので、食堂やお風呂で向こうのメンバーと顔を合わせ、大いに交流する。
 
「あんたたち総合でも見てて強いチームだなあと思ってたけど、対戦してみて強さがよく分かったよ」
と向こうの5番の人が言う。
 
「でもそちら元プロの人が何人もいるみたい」
「元プロは3人かな」
「企業チームの現役とOGが5人いる」
「やはり強いじゃないですか!」
 
「シニアの大会って、他のチームに所属していても出られるんですね」
「そうそう。特に女子は家庭婦人連盟のチームに属している人多いよ」
「なるほどー!」
 
家庭婦人連盟(ママさんバスケ)は参加条件が「結婚経験があるか、もしくは43歳以上の女性」である。
 
「このチームは札幌味噌ウィーメンと、クロックタワーOGの合同チームなんだけど、どちらもだいたい月1回くらい練習してるんだよ」
「クロックタワーって総合にも出てましたよね」
「そうそう。そこを引退したメンバーで運用しているチーム」
 
「なんか現役行けそうな人がいるのに」
「いや。おぱあちゃんがいつまでも在籍してると風通し悪くなるから」
「私たちのチームは姥捨て山で」
「まあ20代の頃ほどは練習できないよ。家庭抱えているとさ」
「確かに大変でしょうね」
 

ところで薫は女子の中に溶け込んでいるものの、昭子はまたまたネタにされる。 
「君、おっぱい小さいね」
「ごめんなさい。ボク男の子なんです」
「嘘!?」
「男の子がなぜ女湯に居る?」
「というかなぜ男の子が女子のチームに居る?」
 
「済みません。この大会は性別は自己申告で良いということだったので出しました」
と千里が説明する。
 
「あら、じゃあなた自分では女の子だと思っているのね?」
「はい」
「だったら堂々と自分は女の子ですと言おう」
 
「ほら、お姉様にも言われたよ。昭ちゃん、自分の性別は?」
 
昭ちゃんは俯いて恥ずかしそうにしていたが、やがて決心したように言う。「ボク、女の子です」
 
「女の子だったら『わたし』と言おう」
「ほら、頑張れ」
 
「わたし、女の子です」
 
昭ちゃんはそう言うと真っ赤になって、また俯いてしまった。
 
「可愛い!」
という声が上がる。
 
「あら。でもあんた、おちんちん無いわね」
「その内完全な女の子の身体になるそうですよ」
「ああ。性転換手術したのね」
「学校でも女子の制服着てるしね」
「だったら女子選手でもいいね」
「あんたきゃしゃな感じだし」
「さすがにマイク・タイソンみたいな人が突然女子選手になりましたと言ったら拒否だけど、あんたくらいの体格だったら、女子と一緒でいいかもね」
「あんた胸少し膨らんで来てるみたいだし、もうこれで男子の試合には出られないよねえ」
 
などと向こうの人たちは言ってる。
 
いや、男子の試合に出してるんですけど!?
 
「じゃ、あんたまだヴァギナを作ってないの?」
「欲しいんですけど」
「でも結婚する前に作ればいいんじゃない?」
「そうだよねー。恋人ができるまでは必要ないもんね」
「あんた可愛いから、きっと素敵な彼氏できるよ」
 
そんなことを言われて昭子は恥ずかしそうに俯いてしまい
「かわいいー!」
とおばちゃま選手たちに言われていた。
 

2日目は交流戦のみが行われる。N高校は朝から函館合同との試合が設定されているが、この試合ではメグミ/結里/永子/蘭/川南というスターターで始めた。メグミ以外は昨日出場していないメンバーである。特に川南は先日の試合で全然リバウンドを取れないことを指摘されたので、ここ1ヶ月の練習の成果を確認するためセンターとして出した。
 
すると結構強い相手であるにも関わらず川南は第1ピリオドだけで2回リバウンドを取った。主張するだけの練習はしている感じで、南野コーチが頷くようにして彼女のプレイを見ていた。
 
その後も残りの出ていないメンバーを順次出して行く。向こうもやはり本戦で使い切れなかったメンバーを出している感じであったが、試合は良い雰囲気で進んでいく。試合としては72対62でシニア側が勝った。
 

次の時間帯はN高校の試合は無いので見学する。C学園もB高校もやはり控え組に出場機会を与えて、インハイ道予選に出るメンツの最終選考を兼ねている感じもある。十勝地区からはこの2校が道予選に出てくるのである。
 
「雪子、揚羽、見ておけよ。今回ベンチに入らない子にも光る子がいるからさ」
と暢子は2年生の2人に言う。
「はい。来年の中核メンバーになる可能性がありますよね」
と雪子。
 
その後ろに座っているソフィアと絵津子も頷くようにしてそういう会話を聞いていた。再来年の中核はこの2人かなと思って千里は眺める。1年生でキャプテンの近くの席に座るのは良い傾向だ。上下関係の厳しい部なら叱られるのだろうが、うちの部はそういうのは全く無しである。むしろこういう積極的な姿勢を買いたい所である。
 
最後の時間帯、N高校は旭川ホルスタインズと対戦した。道予選メンバー決め前の最後の試合になるので「出たい人?」と南野コーチが尋ね、最初に手を挙げた敦子・睦子・川南・永子・ソフィアの5人をスターターにした。ポジション的には、PG.敦子 SG.ソフィア SF.永子 PF.睦子 C.川南という感じだ。この5人に一瞬遅れた絵津子とリリカ、それから更に遅れた結里と蘭に耶麻都は少し出遅れたので後半に出すことを約束する。葉月はかなり遅れて手を挙げたが、「じゃ第4ピリオドに」と言う。愛実と不二子は「あれ?私も手を挙げて良かったんですか」などと言っていたが、同様に第4ピリオドに出すことにする。 
この試合はインハイのベンチ枠を争っている子たちが最後のアピールということで頑張ったため、特に前半に大量得点する。後半出て行った子も負けじと頑張るので、ホルスタインズの人たちが「若さに負けた〜」などと音を上げる程であった。 
試合は96対74でN高校が勝った。その試合を、この時間帯は見学になったC学園の特に1−2年生の子たちが熱い視線で見ていた感じであった。
 

同日。東京、&&エージェンシー。
 
おそろいの衣装を着た4人の女の子が記念写真に収まっていた。
 
「この4人で本日XANFAS(ザンファス)を結成します」
と斉藤社長が宣言した。
 
「だいたい10月頃のデビューの予定で頑張ろう」
と白浜マネージャーも笑顔で4人に言う。
 
リーダーの逢鈴(元Patrol Girlsリーダー)、サブリーダーの碧空(テレピのオーディション番組で僅差次点/東海方面で歌謡大会荒しをしていた)、黒羽(元リュークガールズ)、そして光帆(吉野美来)の4人である。 
美来は他の3人が既に「芸能人のオーラ」を持っているので「すげー」と思い、ひとりずつ抱負をしゃべらせられた時
 
「みなさん凄い人たちばかりなので、みんなに追いつけるよう頑張ります。私はこの世界、全然経験がないので、みなさん色々教えてください」
と言い、他の3人にわりと好感されていた感じである。
 
年齢的にも他の3人は高校3年または大学1年生で美来だけ高校2年生なので、「末妹」格という感じのポジションに収まった感もあった。
 
「みんな学校があるし、取り敢えず土日中心に活動することにして、7月中旬くらいまでに1枚CDをインディーズで制作しよう。それを持って7-8月の夏休みの間にキャンペーンであちこち回って、9月にメジャーデビューCDを制作、10月デビューという線で」
と社長は説明する。
 
メジャーデビューか。何だか夢見たい、と美来は思っていた。
 
 
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