【女の子たちのBoost Up】(2)

前頁次頁目次

1  2 
 
 
週明け。N高校男女バスケ部は昼休みに朱雀に集まる。インターハイ道予選に出場する選手が宇田先生・川守先生から発表された。
 
男子
PG.氷山(5) 二本柳(14) SG.落合(6) 湧見(9) SF.大岸(8) 浦島(10) 浮和(18) PF.水巻(7) 道原(晃11)・道原(宏12) 室田(15) 中西(16) C.北岡(4) 服部(13) 国松(17)
マネージャー 志緒
TOチーム 伊藤 湧見 二本柳 浦島 (伊藤以外は選手兼任)
 
女子
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) SF 寿絵(9) 敦子(13) 絵津子(17) 永子(16) PF 暢子(4) 睦子(11) 川南(15) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14) 耶麻都(18)
マネージャー 薫
TOチーム 葉月・蘭・結里・ソフィア
 
女子は3年生9人、2年生4人、1年生2人である。千里はこの人数は強豪校の人数構成に近いと思った。昨年は3年生5人,2年生7人,1年生3人であった。つまり今の3年生が物凄く強かったのだ。
 
「男子チームのマネージャーは戸籍上女子で、女子チームのマネージャーは戸籍上男子なのか」
などと落合君が言っている。
 
志緒は阿寒カップでも男子チームのマネージャーを務めて、ちやほやされるのをまんざらでもなく感じているようだ。早速浦島君が「雑用は任せておいて」などと志緒に言っている。
 

宇田先生と南野コーチが最後まで悩んだのが、永子・結里・ソフィア・耶麻都の誰を残すかであったようだ。秋以降のチームを睨んだ時、耶麻都の成長は重要である。空中戦で勝てなければ試合は一方的になりかねない。彼女はインハイ本戦にはまだ無理だろうが、道大会は経験させておきたい。
 
あと1人を選ぶのはポジションバランスを考えた。全体のバランスを考えた時にどうしてもスモールフォワードの手薄感がある。その時、永子とソフィアの選択があるのだが、ソフィアはまだ秋以降の戦力と考えて永子を残すことにしたようである。
 
「えーん。私、3年生で1人だけ落ちた」
と葉月が言ったが、
「私も3年生の落選組〜」
と薫が言う。
 
「よし、薫、3年落選連合を結成しよう」
と葉月。
「OKOK。とりあえず今日は残念会で飲もう」
と薫。
「え?お酒飲むの?」
「まさか。コーラのファミリーサイズ2人であけない?」
などと言っていたら
 
「先輩〜、私も入れてください」
と蘭。
「私もー」
と結里。
「じゃ私たちも」
とソフィア・不二子・愛実。
 
「あ、私たちも行くよ」
と志緒が残りのメンバーを代表して言って、結局残念会は大人数になってしまったようである。
 
「今回枠外になった人も、本戦で入る可能性あるからね」
と南野コーチは言う。
 
「まあ道予選のメンツから5人落ちて2人加わる可能性もあるよな」
と暢子も言う。
 
「それは怖いな」
と千里が言った。
 

6月9日(月),10日(火)は中間試験が行われたのだが、9日の朝、千里は何かを感じて貴司のお母さんに電話をした。
 
「あら、千里ちゃん、おはよう」
「おはようございます。ご無沙汰ばかりしてて済みません。お母さん、何かありましたか?」
「あんた、ほんと勘がいいね!」
 
と言って、お母さんは礼文島に住む義父(貴司の父の父)が今朝亡くなったことを教えてくれた。3月に旭川で会って、千里が京平の写真を見せた人である。これから礼文島の方に向かう所だと言う。
 
交通の便が悪いので今日の15時までに稚内に本土の親戚一同が集まり、最終便のフェリー(1510→1705)で礼文島に渡るらしい。礼文島は稚内からフェリーで2時間かかる。
 
「それは大変ですね。私も行った方がいいですか?」
「大丈夫よ。貴司だって何か試合があるとかで来れないみたいだし。理歌と美姫は中間試験だし」
「実は私も中間試験ではあるんですが」
「だったら、そちら優先で。南無阿弥陀仏くらい唱えておいてくれたらいいわ。そもそも礼文島って、行くのに1日、出るのに1日掛かるもん」
 
「済みません! では取り敢えずお花だけでも送っておきます」
「ありがとう」
 
それで千里はお母さんと話し合いの上、貴司との連名(細川貴司・千里)で葬祭の花を送った。お花屋さんとの連絡で千里は「細川千里」と名乗ったが、細川という苗字を使うのは初めてだったのでちょっとドキドキした。
 

その日の11時すぎ、女性の2人連れが成田空港から出国しようとしていた。出国手続きのところで係官が停める。
 
「このパスポート違いますよ」
 
パスポートは Mimori Amamiya, 7 Aug, 1978 Sex:M と書かれている。
 
「あら、私のパスポートよ」
「でもこれは男性のパスポートですよ」
「私、男だけど」
「男性なんですか?」
「私が女に見える?」
「見えます」
 
結局雨宮先生は別室で身体検査を受けて、確かに男性器が存在することを確認してもらい、出国することができた。
 
「大変ね。いっそ戸籍を女性に直しちゃったら?」
と連れの女性が言う。
「だって私、男だもん」
「ちょっと手術して、女になっちゃえばいいじゃん」
「おちんちん捨てたくないもん」
「捨てたいのかと思ってた」
「あなた、それは大きな誤解よ」
「どっちみち立たないんでしょ?」
「立つわよ。確認してみる?」
「要らない。私、おっぱいある人と愛し合う趣味は無いし」
「そんなの慣れよ」
 
そんなことを言いながらふたりはテクノジャンボ機に乗り込んだ。
 

 
その週の週末6月14-15日には校内施設を利用したミニ合宿をおこなった。そして6月20日(金)、N高校男女バスケ部は道大会の行われる岩見沢市にやってきた。岩見沢は札幌から車で40分、JRの特急で23分ほどの距離である。
 
今日は参加メンバーは大会に参加することが学校に登校したことになる扱いである。それでやってきたのは登録メンバー(選手・マネージャー・TO)のみである。今日はOGの人たちが撮影に協力してくれる。残りの部員は21-22日には出てきて観戦・撮影・応援をする予定だ。
 
参加チームは男子31校・女子25校で、N高校は男子は1回戦から戦ったものの女子は1回戦不戦勝で午後1番からの2回戦からの参加となった。
 
初戦は地元岩見沢市の高校を破って勝ち上がってきた帯広B高校であった。ここの高校の実力は先日のシニア大会でもだいたい把握しているので控え組で行くことにする。敦子/永子/絵津子/川南/リリカというメンバーを先発させる。そして途中で耶麻都・睦子・メグミといった所も投入するが、結局主力7人は出ないまま、93対56で勝利した。
 

宿舎に入る。
 
「取り敢えず初日は男女とも勝ち残れて良かった」
と夕食の時間に川守先生が言う。
 
「こちら湧見が大活躍だった」
と北岡君が言うと
「こちらも湧見は大活躍だった」
と暢子が言う。
 
「ところでそちらの湧見を男から女に性転換させてこちらにくれない?」
と暢子が言うと
「そちらの湧見を女から男に性転換させてこちらにくれたりは?」
と北岡君。
 
「交換というのもいいよね、私男になってもいいし。いっそ男性器と女性器を交換する? おっぱいもあげるよ」
と絵津子が言うと、昭ちゃんは恥ずかしそうに俯いた。
 
「性格的にも女の湧見は男っぽくて、男の湧見は女っぽいんだな」
と落合君が感心したように言っていた。
 

試合は2日目に入る。この日は午前中にブロック決勝が行われ、勝てば午後と明日午前午後とに行われる決勝リーグに進出する。N高女子の相手は強豪の札幌G高校である。しかしこの試合に勝った場合の午後の相手は札幌P高校になることが濃厚である。そこで宇田先生はこの試合に雪子・暢子・千里の3人は出さない方針を固めた。キャプテン代行を任される寿絵が「何とか3人を出さずに勝ってみせます」と言い、メグミ/夏恋/寿絵/睦子/留実子というメンツで出ていく。夏恋と留実子は前半だけに出して後半は出さない方針だ。
 
こちらが主力を温存しているっぽいというので、決勝リーグ進出のチャンスと向こうは張り切って攻めてくる。しかし寿絵もメグミも夏恋も慌てない。冷静に対応し、気持ちのはやる相手の心の隙にうまく入り込んで反撃していく。寿絵も夏恋もこういうのが得意なのである。
 
それで前半だけで40対62と大差を付けることかできたので、第3ピリオドは敦子/永子/絵津子/川南/揚羽というメンツに交代する。ここで相手チームにノーマークの絵津子が大活躍。川南もインハイ本戦枠への最後のアピールとばかりに必死に頑張る。それで第3ピリオドは更に点差を付けて54対88とする。第4ピリオドではメグミ/絵津子/敦子/睦子/リリカというメンツに替え、第4ピリオド後半ではメグミに替えて永子、睦子に替えて川南を出すものの、最終的に72対114で圧勝することができた。
 
「要するに私たち3人抜きでもインハイを狙えるくらいの実力があるということか」
と暢子が言い、
「うん。あんたたちは本当にインハイ上位を狙えるくらい力を付けている。この試合の結果は当然だよ」
と南野コーチは言った。
 

N高男子も札幌の高校に勝って決勝リーグに進出した。昨年はBEST8に終わったので2年ぶりの決勝リーグ進出である。男子でBEST4に進出したのは旭川N高校、札幌Y高校、帯広C学園、札幌B高校の4校だった。札幌B高校はブロック決勝で強豪の室蘭V高校を破って勝ち上がった。田代君はこの試合で1人で30点も取る活躍を見せた。留萌S高校はブロック決勝で帯広C学園に敗れ、3年連続インターハイ進出の夢は絶たれた。なお鞠古君の旭川B高校はブロック決勝で札幌Y高校に敗れた。
 
女子では、決勝リーグに顔を揃えたのは、旭川N高校の他、帯広C学園をブロック決勝で破った札幌P高校、旭川M高校に勝った釧路Z高校、そして札幌D学園に勝った旭川L女子高の4校である。今年もまた昨年に引き続き旭川勢が2校、決勝リーグに進出した。L女子高は3年ぶり、釧路Z高校は2年ぶりの決勝リーグ進出。帯広C学園は組合せの不運で今回はBEST8止まりとなった。
 
そして実は旭川N高校女子は地味に4年連続の決勝リーグ進出であった。
 

 
15:00。N高校女子は岩見沢市総合体育館Bコートで札幌P高校のメンバーと向かい合った。挨拶をし、握手をしてスターティング5がコートに散る。
 
こちらは雪子/千里/寿絵/暢子/揚羽、向こうは徳寺/横川/猪瀬/河口/佐藤というメンツである。伊香さんはマネージャーとして背番号の無いユニフォームを着てベンチに座っている。本当に秘密兵器ということなのだろう。
 
ティップオフは揚羽と河口さんで争い、河口さんが勝って猪瀬→徳寺とボールが渡り攻め上がってくる。少しパスを回した上で佐藤さんがボールを持ったまま中に進入。ゴールを決めてP高校が先行する。
 
この試合に先立ち宇田先生は
「怪我しないこと。そして怪我させないこと」
というのをみんなに注意した。
 
どうしても最強高校との戦いでは熱が入る。しかし今怪我したら、せっかくインターハイに進出できても、主力を欠いて臨まなければならないことになる。決して無理をしないようにしようと言ったのである。それにみんな納得していたようであった。
 
そして実は千里と暢子の2人は前日の作戦会議の時に宇田先生から密かに言われていた。
「P高校戦は八分の力で戦おう」
と。
 
「えっと八百長ですか?」
と暢子が訊くが、先生の意図を理解している千里が言う。
 
「今手の内を公開したくないからだよ。この試合、他都府県の高校の偵察チームも絶対来ているはず」
 
「確かに最近練習しているパターンはあまり見せたくないな」
と暢子。
 
「道内の高校には見せてもいいんだけどね」
「B高校とか絶対各系列校で撮ったビデオを全国の系列校に流してるよ」
「うちもOGが頑張って全国で撮影してるけどね」
「P高校もやってるよ」
 
この件は千里から個人的に雪子にも因果を含めておいた。他の選手にまでは伝える必要はない。みんなが手抜きすると、それは第三者にもハッキリ見えてしまう。
 

P高校側も先日の非公開練習試合で見せたような新戦術は使わずに戦っている。第1ピリオドは24対22と競り合う点数になった。点数が多めなのはどちらも怪我を避けるためゴール下での接触をできるだけ避けているためである。
 
第2ピリオドは敦子をPGに使い、暢子も休ませてPFの位置にリリカ、Cに留実子を出す。敦子は絵津子の加入で、リリカは耶麻都の加入で、それぞれ危機感を持っているのでこの2人が凄く頑張る。それでこのピリオドではこちらがリードを奪い、46対50となる。
 
第3ピリオドではメグミ/夏恋/絵津子/睦子/揚羽というラインナップにする。するといつも個人的に一緒に練習している夏恋と睦子のコンビが息のあった所を見せる。更に絵津子がこの強豪相手にも萎縮せずにのびのびとプレイする。それでこのピリオドは千里も暢子も出ていないのに更に点差を付けて68対76となる。
 
第4ピリオドで向こうは中島/河口/宮野/佐藤/歌枕と長身のフォワードをずらりと並べて追いつく体勢にする。こちらは雪子/千里/寿絵/暢子/留実子とベストメンバーで応じる。P高校側が猛攻を見せて前半で一気に86対84と逆転するところまで行く。しかしこちらも反撃してそこから3分で96対100と逆に4点差を付ける。そこからは激しい点の取り合いである。どちらもディフェンスで無理をしないので、どんどん得点が入る。残り1分の所で108対108の同点になっている。
 

ここでP高校はゆっくりと攻め上がってくる。残りの攻撃機会をP高校2回とN高校1回にするためである。少しゆっくりとパス回しをした上で歌枕さんと並木さんがきれいなピック&ロールを見せて1年生の並木さんがこの試合初得点。これで110対108。
 
寿絵のスローインから、この試合最後のPGを任された永子がドリブルで攻め上がる。こちらが初心者とみて徳寺さんがスティールを狙って迫ってくる。永子は冷静にボールを身体の後ろに回してビハインドパスで左側に居る千里にボールを送ろうとするが、そこまで徳寺さんは読んでいて、永子の左側に飛び込んでくる。
 
ところがそれがフェイクで永子はそのボールを左肘に当ててボールを右側に居る寿絵に送った。エルボーパスと呼ばれるトリックプレイである。寿絵はそのボールを持ち徳寺さんが飛び出してきたことによって出来たスペースに飛び込む。歌枕さんがフォローに来るが、フェイントで交わしてそのままゴールそばまで行き、華麗にシュートを決める。
 
こういう残り時間が少ない場面では信頼性の高い千里か暢子を使うことが多いので、そもそも寿絵には相手があまり警戒をしていなかった。それを狙った永子の頭脳プレイだ。徳寺さんが自分に迫ってきた瞬間思いついたのだと永子は後で言っていた。
 
これで110対110となって残り時間は26秒。
 
つまりN高校はもう一度攻撃ができること確定である。しかしP高校としてはできるだけこちらに時間を残したくないので、ゆっくりと攻め上がろうとする。そこでこちらはプレスに行く。そう簡単にはフロントコートにボールを運ばせないぞという態勢である。実際徳寺さんはパスをカットされたものの、佐藤さんが何とかカバーし、向こうは8秒ギリギリでボールをこちらのコートに進めることができた。N高校は急いでディフェンスの体勢を取る。
 
するとこちらが下がったのを見て佐藤さんがいきなりスリーを撃った。
 
この戦略は正しい。ここで3点差を付ければ負けはなくなる。
 
しかしボールはリングには当たったものの、惜しくも外れる。しかしそこで跳ね上がったボールに宮野さんが飛び込んで行ってタップし、ボールをゴールに放り込んだ。
 
これで112対110。残り時間は10秒もある。
 
寿絵から永子へのスローインでこちらの攻撃を始めるが向こうは当然物凄いプレスに来る。しかし永子は冷静だ。基本に忠実に上手なフェイントで相手を交わし、左手からのサイドハンドパスでフォローに来た暢子に送る。永子は左手を鍛えるため、1年の夏からずっと御飯を左手で箸を使って食べている。その成果で、左手からでも正確にパスを出すことができる。
 
暢子から千里に回して千里がドリブルでボールをフロントコートに入れたが、ここまでで5秒使っているので、残りは5秒である。千里のスリーを警戒して佐藤さんが強烈なチェックに来る。
 
ここで千里は最もマークの甘い永子にパスをした。この残り秒数でまさか永子にボールを渡すとは相手も思ってもいなかったようである。永子はそのままドリブルインする。慌てて猪瀬さんがフォローに来るが永子はその猪瀬さんを華麗なステップで交わして更にゴールに近づきシュートを撃つ。
 
しかし宮野さんがブロックを決める。
 
がそのリバウンドを根性で留実子が確保し、矢のようなパスを千里の右側に送る。千里が必死で飛びついて2歩で体勢を立て直し、距離はあったもののスリーを撃つ。
 
同時に試合終了のブザーが鳴る。
 

審判は右手の指を3本立てて上に挙げ、スリーポイントシュートが成り立っていることを示す。
 
そしてボールはゴールに飛び込む。審判は左手も指を3本立て上に挙げる。ゴール成功。
 
112対113。
 
N高校はぎりぎりの所でP高校を逆転した。
 
整列する。
 
「113対112で札幌P高校」
とまで言っちゃってから
「え?」
というみんなの驚く声で気付いて慌てて修正する。
「を倒したN高校の勝ち」
 
審判は少し照れていたが、このミスでよけい和やかになった感じで、両軍はお互いに握手したりハグしたりしあった。
 
こうして今年のインターハイ道予選決勝リーグはP高校の敗戦という波乱含みの幕開けとなった。
 

続く決勝リーグ第二戦は旭川L女子高−釧路Z高校である。
 
P高校の敗戦で、インターハイがぐっと近くなったと感じた両校はどちらも激しい戦いをする。物凄いシーソーゲームが続き、最後は86対85でZ高校が勝った。
 
取り敢えず決勝リーグ1戦目を終えて、N高校とZ高校が1勝、L女子高とP高校が1敗である。
 
「今年のインターハイはまた得失点差勝負になるかもね」
と寿絵が言う。
 
「どういこと?」
と千里が尋ねる。
 
「P高校は今日は落としてしまったけど、L女子高やZ高校に負けるとは思えない。つまりP高校は2勝1敗になる」
「かもね」
 
「だとすると、L女子高を除く3校が2勝1敗になって得失点差勝負になる可能性が出てくる訳よ」
「うちが負けなきゃいいじゃん」
「でもZ高校はうち打倒に燃えてるもん。必死になって来るだろうからさ、ひょっとしてという可能性あるじゃん」
「でL女子高が3敗な訳?」
「L女子高がP高校に勝てるとは思えない。今日は向こうも何だか本気じゃなかった気がするし。それで負けちゃったんだろうけどさ。さすがに2敗はやばいから万一負けそうになったら本気出すでしょ」
「だろうね」
 
「となると、私たちも明日午前中のL女子高との試合ではできるだけたくさん点差を付けて勝つようにしないといけないよ」
「まあでも3勝で本戦に行きたいね」
「うん。それが一番スッキリする」
 

その日宿で千里と暢子がお風呂に行くと、昭子がまたまた川南や葉月にいじられている。おそらく川南が強引に昭子を女湯に連行したのだろう。
 
「あれ?薫は来てないの?」
「薫さんは何かチェックしたいものがあるとかで、ビデオ見てました」
と昭子が言う。
「へー。何だろうね」
 
今日も昭子はみんなから「早く女の子になっちゃいなよ」と煽られている。
 
「精子の保存は終わったの」
「一応終わりました」
「だったら、もう去勢してもいいじゃん」
「えー?でも手術は高校卒業してからにしなさいと言われてるんです」
「取り敢えず去勢しておけばいいんだよ。今去勢したら大学ではもう女子選手として活動できるでしょ?」
「でもお金無いです」
「お年玉とか貯めたの無いの?」
「そんなのでは足りませんよー」
「千里は手術代はどうしたの?」
と唐突にこちらに話が飛んでくる。
 
「小学生の頃から少しずつ貯めていたんだよ」
と千里は答える。
 
「なるほど。長期間掛けて貯めたのか」
「薫はどうしたんだっけ?」
「お父さんの貯金を勝手に使ったって言ってたよ」
「だから殺され掛けたのかな?」
「いや。それはさすがに関係無いと思う」
 

お風呂から上がって部屋に戻って行っていたら、薫が部屋から出てきて千里と暢子を呼ぶ。
 
「どうしたの?」
「ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
 
それで薫の部屋に入る。薫と一緒にビデオを見ていた風の南野コーチも難しい顔をしている。なお昭子は葉月たちが「着せ替え人形」にするのに連行して行った。
 
(今回の部屋割りでは千里・暢子・薫・夏恋が同室で、南野コーチの部屋に昭子と留実子が泊まっている)
 
「L女子高さん、隠し球を持っている」
と薫は言った。
 
「へ?」
 

 
翌日。2008年6月22日。インターハイ道予選は3日目に入る。今日は決勝リーグの第二戦・第三戦が行われる。
 
朝最初に行われたP高校−Z高校の試合では、96対62の大差でP高校が勝った。これでP高校・Z高校ともに1勝1敗になった。得失点差はP 33 Z -33 である。
 
「けっこう大差が付いたね。私たちもL女子高に40点差付けるくらいの気持ちで頑張ろうよ」
と寿絵は言っているが、千里も暢子も厳しい顔をした。
 
L女子高とN高校の試合が始まる。
 
向こうは藤崎/大波/風谷/鳥嶋/溝口というスターティング5で来た。こちらは雪子/千里/夏恋/暢子/留実子というメンツで行く。
 
ティップオフは留実子が取り、こちらが攻め上がる。夏恋−暢子とつないでまずは2点先制する。向こうが藤崎さんのドリブルで攻め上がってくるが、こちらは溝口さんに千里、鳥嶋さんに暢子、そして風谷さんに夏恋がマークに入った。
 
風谷さんに夏恋がマークに入ったことで、溝口さんが「ああ、バレたか」という表情をしている。実はこの風谷さんがL女子高の秘密兵器だったのである。
 

薫は昨日のL女子高とZ高校との戦いを見ていて、第3ピリオドに5分間だけ出た1年生の風谷さんの動きに違和感を覚えたという。
 
なぜ違和感を覚えたかというと、風谷さんが物凄く上手かったからである。
 
L女子高の新1年生の中ではC学園の開校延期でL女子高に入った緑川さんが卓越していて、地区大会でも大いに活躍したし、道大会でもここまでの試合で結構な時間プレイしている。風谷さんはその緑川さんと同じ中学だったということで、いわば「ついでに」入ったようなことを言っていた。
 
実際彼女はバスケは初心者レベルという話で、日々行っているN高校・M高校との夕方からの練習試合でもコートインしたことはなく「私、掃除係なんです」と言ってモップを持ってコートそばに控えており、ひたすら床掃除をしていた。ところがその風谷さんがZ高校との試合で見せているプレイは上手い。こんなにうまい選手をなぜ今まで使っていなかったのかというのを考えて、薫はこの選手は決勝リーグ用の隠し球だということに思い至った。
 
L女子高は選手層が厚いから、彼女ひとりくらい外していても決勝リーグへは、P高校のような所に当たらない限りは行ける可能性が高い。N高校とは同じ旭川代表なのでブロック決勝以下では当たらない。つまり決勝リーグまでは使わずにおいて、他の高校に情報を与えないようにし、インターハイの椅子を獲得するための隠し球にしておいたのだろう、というのが薫の推測であった。
 
それで遅れて部屋に戻ってきた夏恋に雪子も呼んで来させて、昨夜、薫がピックアップして、道予選での数少ない風谷さんのプレイを再生し、千里・暢子・薫・夏恋・雪子と南野コーチ・宇田先生で見て、この人が超要注意人物であることを確信した。
 
「うちも隠し球したかったな」
と暢子が言うが
「永子ちゃんは隠し球に近かったかも」
と夏恋が言う。
 
「彼女の場合はこの数ヶ月で急成長したね」
と宇田先生。
「強い所とたくさん当たったからですよ。秋以降のチームでは中核のひとりになると思う」
と千里は言った。
 
他の選手にも伝えることも検討したのだが、突然前夜に言われてよけい混乱してもいけないので、この4人で対処することにした。
 
「メグミや敦子は雪子の対応を見たら自分たちもできるはずだから」
「うん。あの子たちは問題無いし、むしろ口で説明するより雪子のプレイを見せた方が良い」
 
「留実子は言われたからといってプレイが変化する子ではない」
「うん。あの子は不器用だから」
 
「寿絵は少し口が軽いからやめとこう」
「あの子、頭はいいんだけどねぇ」
 

マークがうまい夏恋に付かれて、せっかく出ているのに風谷さんは最初なかなか活躍の場面が無かった。しかし大波さんがうまいスクリーンプレイを仕掛けて風谷さんを一瞬フリーにすると、風谷さんは華麗にシュートを決めた。
 
その後も、大波さん・鳥嶋さんがうまく風谷さんとのコンビネーション・プレイを決めて彼女がどんどん得点する。しかし風谷さんに警戒しすぎると、溝口さんがゴールを決めるし、鳥嶋さんや大波さん自身もシュートを撃ってくる。
 
それでこちらが充分警戒していたにも関わらず、第1ピリオドは風谷さんの活躍で26対20と大きくリードを許す。
 
「なんかあの18番の子、うまいね。あんな子居たっけ?」
と寿絵がインターバルに訊く。
 
「L女子高の秘密兵器だよ」
と暢子。
「秘密兵器?格好いいー」
と寿絵。
 
「寿絵出てみる?」
「出る出る」
と寿絵。
 
すると川南まで
「私も出たーい」
と言ったが、暢子は
「じゃ来年のインターハイで」
などと言う。
 
「来年はもう卒業してるよ!」
と川南は抗議した。
 

第2ピリオド、寿絵がマークすると寿絵はマークに関しては夏恋ほどうまくないので、かなり抜かれる。しかしそのプレイをじっとベンチに座った夏恋が見つめていた。このピリオドは風谷さんがますます『旋風を吹かせて』28対18と大きくリードする。前半を終えて54対38と大差が付いてしまう。
 
第3ピリオド。夏恋を戻す。暢子は少し休ませて絵津子を入れる。絵津子は伸び盛りなので、いつも練習試合をして見ているとはいっても向こうが彼女のプレイを読み切れない場面が多々あった。また夏恋は第2ピリオドで寿絵との対決を充分見てかなりシミュレーションをしていたようで、このピリオドでやっと風谷さんを止めるようになる。それでこのピリオドは20対24とこちらがリードを奪い、ここまで74対62と少し点差を詰める。
 
第4ピリオド。暢子が戻ってN高校は猛攻を仕掛ける。夏恋は相変わらず風谷さんをピタリとマークして仕事をさせない。それで第4ピリオド前半ではとうとう彼女は1点も取れなかった。5分過ぎた所で82対79と点差が3点まで縮んだ。
 
ここで向こうは風谷さんを下げて同じ1年の黒浜さんを入れる。黒浜さんは何と夏恋封じで動いた。夏恋はこれまで相手を攪乱したり、また相手の強い選手をマークしたりする仕事をよくこなしてくれた。自分が強烈マークされる側になるのは初体験だったようで最初戸惑っていた。
 
しかし夏恋が居るのと居ないのとでは、作戦のバリエーションの数が段違いになるのである。夏恋に専任マークを付けたL女子高の作戦は、よくお互いを知っているチームならではの好判断だ。
 

これで一時は点差が90対84と広がり掛けるが、N高校も夏恋に替えて揚羽を投入し、そこから逆に猛攻を掛けて残り1分の所で92対90と2点差まで詰め寄る。
 
相手が攻め上がってくる。しかし相手の一瞬の隙を狙って千里がパスカット。そのまま自ら速攻で攻め上がる。スリーポイントラインの手前で停まって華麗なフォームでシュートを撃つ。92対93でついに逆転!残り45秒。
 
相手が速攻気味に攻めてくる。大波さんが溝口さんのコンビでピック&ポップを決めて94対93。再逆転。残り32秒。
 
こちらは相手にあまり時間を残したくないのでメグミがゆっくりと攻め上がる。相手は溝口さんが千里のマークに、大波さんが暢子のマークに入り、残り3人はゾーンを作っている。
 
メグミから揚羽にボールが渡る。揚羽はそのままドライブインを試みるが、藤崎さんに止められる。それで暢子にパスする。暢子がシュートを撃つものの鳥嶋さんにブロックされる。留実子がこぼれ玉を取って千里にパスする。千里が溝口さんを振り切ってシュートするが、鳥嶋さんは根性でブロックする。しかしそのこぼれ玉を取った留実子が自らボールをゴールに放り込んだ。
 
94対95。残りは10秒。
 
相手がスローインから攻め上がって来ようとするがN高校はプレスに行く。これでボールをフロントコートに運ぶのが遅れる。ボールがこちらのコートに来た時はもう残り4秒である。ボールを持っている溝口さんがそのまま攻め入ろうとするものの暢子が必死で止める。溝口さんが大波さんにパスしようとしたが、揚羽がそこに飛び出してカット。ボールが転がる。
 
そのボールに飛びついたのは黒浜さんだった。
 
彼女にはマークが付いていなかった。しかしもう時間が無い。彼女はそのままシュート動作に入る。距離は8m程ある。千里でも精度が落ちる距離である。
 
そして彼女は試合終了のブザーと同時にシュートを放った。
 

みんながボールの行方を見守る。ボールはバックボードに当たり、リングに当たって跳ね上がり、更にバックボードに当たったがそこからまた少し跳ね上がった末にゴールに飛び込んだ。
 
審判がゴールを認めるジェスチャーをする。
 
千里は天を仰いだ。
 

整列する。
 
「97対95で旭川L女子高の勝ち」
「ありがとうございました」
 
お互い握手したり肩を叩いたりする。
 
「マイちゃん、次の練習試合では、風谷さん披露してよ」
と千里は溝口さんに言った。
 
「でも気付いてたね」
「昨日のZ高校戦で気付いたけど、実際のプレイをほとんど見てなかったから対策が充分取れなかったよ」
「対策を取られないように、あまり出さなかったんだよ。まだ弱点が多いから」
「そうだろうとは思ったけどね」
 
「でも千里ちゃんたちも隠し球持ってるじゃん」
「え?」
「薫ちゃんはとんでもない隠し球」
と溝口さんが言うが
 
「あの子は玉を隠したんじゃなくて取っちゃったから」
 
と暢子が言うと、溝口さんは笑いを噛み殺していた。
 

これでL女子高・N高校ともに1勝1敗になる。つまり、今年の決勝リーグは第二戦まで終わって、4校が全部1勝1敗で並ぶという驚きの展開になったのであった。
 
「つまり次の試合に勝った側がインターハイに行けるということだな」
と暢子が言う。
「分かりやすい勝負だよね」
と千里。
 
「去年は複雑すぎて訳が分からなかった」
と暢子。
「決戦まで3時間ちょっと。みんな良く休んで体調を整えよう」
と南野コーチも言った。
 

女子が休んでいる間に男子の試合が行われる。
 
N高校は昨日札幌B高校に敗れたもののこの試合で帯広C学園に勝って望みをつないだ。ここまで札幌Y高校2勝、B高校とN高校の1勝1敗、C学園の2敗である。2敗のC学園も、最終戦でB高校に勝った上でY高校が勝てばY高校確定の上で残り3校が1勝2敗の得失点勝負になる可能性があるので、まだインターハイ進出の可能性は消えていない。逆にY高校も最終戦でN高校に負けた上でB高校がC学園を下すとYNB3高が2勝1敗で得失点の勝負になる可能性がありまだインターハイ進出は確定していない。
 
つまり男子の代表がどこになるかは全く決まっておらず、第三戦の結果次第である。
 
2008道予選男子
B−N Y−C
N−C Y−B
(Y−N B−C)
 
最終戦で勝つのが
YB -> Y3 B2 N1 C0 - YB
YC -> Y3 B1 N1 C1 - Y(BNC)
NB -> Y2 B2 N2 C0 - (YBN)
NC -> Y2 B1 N2 C1 - YN
 
一方の女子は最終戦のP高校−L女子高、N高校−Z高校の各々の勝者がそのままインターハイに行けるという単純な構造になっていた。
 
女子の勝敗表
_P N L Z
P− × _ ○ 1勝1敗
N○ − × _ 1勝1敗
L_ ○ − × 1勝1敗
Z× _ ○ − 1敗1敗
 

 
仮眠していた千里が目を覚ました時、既にP高校が98対68でL女子高を破っていた。これでP高校代表確定、L女子高落選確定である。残る1校は次の試合で決まる。
 
気合いが入りまくった状態で旭川N高校と釧路Z高校はコートに整列した。両軍挨拶してキャプテン同士が握手をする。
 
「宣言する。わっちらは100対50で勝つ」
と松前さんは言う。
 
暢子は
「うん。頑張ろうね〜」
と言って軽く流し、コートに散る。
 
スターターは向こうは松前/小寺/福島/音内/鶴山だ。このメンツはこの春くらいになってやっと固まった。Z高校は2年前は得失点差でN高校に勝ちインターハイに行ったのだが、松前さんたちの2つ上の学年が抜けた後、次の学年が不作で当時1年生の松前さんがすぐにチームの中心になった。
 
しかし彼女が頼りにできるレベルの選手が他におらず駒不足の感があった。それを松前さんが頑張ってみんなを鍛え上げてきた。特に新人戦で大敗したN高校を「仮想敵」にすると燃えるようである。その成果で昨年の道予選でもブロック決勝でP高校にあわやという試合を演じた。一時はかなりのラフプレイをしていたものの、その後方針転換して、最近では逆にファウルの少ないチームに変貌している。今、松前さんも3年生になってチームは物凄く強くなっている。現在の2年生に良い子たちがいるので来年もまた怖いチームだ。
 
こちらはメグミ/千里/寿絵/暢子/揚羽というメンツで始めたが、鶴山さんと揚羽も言葉を交わしたりしながらプレイしている。
 

試合は熱いもののファウルの無いクリーンな状態で進行する。ファウルでプレイが停まらないので、進行もスムーズである。しかし選手交代のタイミングが無いので、第1ピリオドでは5分経ったところでこちらがタイムを取ってメグミ・寿絵を下げて敦子・絵津子を入れた。向こうも少し交代する。第2ピリオドも雪子や夏恋を入れて始めて、途中で睦子・永子などを入れる。永子もこの2日間に随分成長した。試合は前半を終えて40対48とこちらがリードしている。
 
ハーフタイムで休んでいたら「後半相手を2点で抑えるぞ!」などと向こうは気勢をあげている。
 
「まだ100対50という話が生きているんだ」
と寿絵が楽しそうに言う。
 
「まあこの相手に50点差は大変だけど、20点差くらいはつけるつもりで頑張ろうか」
と暢子は言って後半出て行く。
 
第3ピリオドは前半休ませておいた雪子を出して、雪子/夏恋/寿絵/暢子/リリカというメンツで始める。途中で「出して出して」とうるさい川南を出して暢子も休む。暢子が下がっている間は寿絵がキャプテンマークを付ける。試合は最近絵津子の成長で危機感を募らせている寿絵が頑張って62対80と更に点差を付けた。川南もゴールをひとつ決めて異様に喜んでいた。
 
第4ピリオドでは雪子/千里/敦子/暢子/留実子というメンツで始め、後半は揚羽・睦子も出したが、84対108で決着した。
 

「108対84で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
こうして旭川N高校女子はインターハイの切符を掴んだ。
 
対戦結果
N113-112P
Z 86- 85L
P 98- 68L
N108- 84Z
P 96- 62Z
L 97- 95N
 
最終的な勝敗表
\ P N L Z 勝 敗 得 失 差
P − 112 98 96  2  1 306 243 +63
N 113 − 95 108  2  1 316 293 +23
L 68 97 − 85  1  2 250 279 -29
Z 62 84 86 −  1  2 232 289 -57
 

その後、男子の決勝リーグ第3戦である。先に行われたB高校とC学園の試合でB高校が勝った。これでC学園の落選が決定した。後は最後の試合で代表2校が決まる。Y高校が勝てばY高校とB高校が代表決定。N高校が勝てばYNB3者の得失点勝負になる。
 
ここまでの段階での各校得失点差は Y +46 B +22 N +8 である。つまりN高校男子がインターハイに行くためには15点差以上の点差を付けてY高校に勝たなければならない(14点差だとB高校とN高校が得失点差で並ぶので直接対決でB高校が勝っていることからB高校が代表になる)。
 

しかし試合が始まってみるとY高校はN高校を圧倒した。北岡君・氷山君に疲れが見え、水巻・大岸も相手を全く抜けない。落合君に替えて昭ちゃんを出すと相手は昭ちゃんの怖さが良く分かっている。今まで北岡君のマークに付いていた向こうのエースの人が昭ちゃんにピタリと付いて何も仕事をさせてもらえない。
 
ただその人が昭ちゃんに付いているおかげで北岡君がそれまでよりは働けるようになる。しかし点差はじわじわと開いていく。浦島君や道原兄弟を出すものの点差は更に開いていく。
 
結局終わってみれば96対76の大差で敗れていた。
 
こうしてN高校男子は今年もインターハイ出場を逃した。そしてこの試合で北岡君や氷山君たちの高校バスケは終了したのである(但し北岡君は国体の旭川選抜に招集されて8月まで活動した)。
 

「私があそこに出てたら勝てたかなあ」
と薫が悩むような声で言う。
 
千里は何か言おうとしたが、その前に暢子が言った。
 
「そもそも女子は男子の試合に出れない」
 
薫は大きくため息をついた。
「そうだよねぇ。私、女の子だもん」
 
「薫、国体予選頑張ろうよ」
と千里は言った。
 
「うん。絶対勝とう」
と薫は顔を引き締め、誓うように言った。
 
男子最終結果
\ Y B N C 勝 敗 得 失 差
Y − 98 96 96  3  0 290 224 +66
B 84 − 82 78  2  1 244 222 +22
N 76 60 − 84  1  2 220 232 -12
C 64 64 54 −  0  3 182 258 -76
 

ロビーで札幌B高校の田代君に遭遇した。
 
「インターハイ進出おめでとう」
と千里は声を掛けた。
 
「ありがとう。悪いけど勝たせてもらったよ」
「強い者が先に行く。この世界は単純だよ。埼玉でお互い頑張ろうね」
「うん。俺にとっては最初で最後のインターハイになる」
 
「あ、そうそう。これあげる」
と言って千里はリボンの付いた箱を渡す。
 
「えっと・・・」
と彼は戸惑うようにして受け取った。
 
「蓮菜から。元カノからの祝福だって。中身はチョコらしいよ」
「じゃ瑠璃子に見付からないように食べて箱は証拠隠滅しておく」
 

月曜日。昼休みにメールチェックしたら、∞∞プロダクションの谷津さんからメールが来ていて、葵照子・醍醐春海のペアでKARIONのアルバムに入れる曲を書いてくれないかという依頼が来ていた。
 
前回は緊急だったので∴∴ミュージックの畠山社長から直接依頼があったのだが、今回は「正式ルート」の∞∞プロダクション経由で来たようである。ところが蓮菜に話したら、先日の中間試験の成績が悪かったので勉強に集中していたいから過去のストックを適当に使ってと言われた。
 
「蓮菜、成績そんなに悪かったっけ?」
「学年5位だったんだよ。信じられない」
「あ、そう」
 
どうも頭のいい人には頭のいい人の悩みがあるようだと千里は思った。確かに蓮菜はいつも浜中君・鮎奈と3人で1〜3位の順番だけ争っている。BEST3から落ちるというのは彼女にとってはショックだったのだろう。
 
それで千里は過去のストックの中でKARIONに合いそうな曲を考えていて『君に続く道』という曲を選んだ。1年生の時にウィンターカップを見に行っていて、東京のホテルで蓮菜が書いた詩に千里が曲を付けたものである。蓮菜に尋ねたら「適当によろしくー」と言い、念のため美空に電話して聞かせたら「あ、わりと好み〜」と言っていたので、それをきちんと編曲して送ることにした。
 
「ボーカルは4声でいいんだよね?」
と美空に確認する。
 
「うんうん。昨日幕張でアイドルフェスタというイベントに出たんだけど、蘭子来られないと言っていたのに、当日ちゃんと来ているんだよね。ヴァイオリンも弾きながら歌も歌ったんだよ」
(美空的見解)
 
千里はヴァイオリン弾きながら歌を歌うのは不可能だと思うけどと思ったものの、とりあえずその件は置いておいて尋ねる。
 
「じゃ、やはり蘭子ちゃん、KARION続けていくつもりなのね?」
「だと思うよー。随分体調いいみたいな感じだから、性転換手術の傷もだいぶ癒えてるんじゃないかな」
 
「結局、あの子、性転換手術したんだっけ?」
と千里は訊く。
「え?12月にしたんだと思ったけど」
と美空。
 
「すごいねー。高校生で性転換しちゃうなんて」
「千里さんは中学生の時に性転換したんだっけ?」
「うーん。そのあたりが最近自分でもよく分からなくなって来た」
 

2008年6月25日(水)。
 
大阪の豊中市に住む貴司はその日、女の子とカフェで待ち合わせていた。
 
彼は社員選手なので昼間は普通の仕事をしている。その日は朝から交渉事(というよりほとんどお使い)で外に出ていて、12時半すぎにその折衝が終わったので会社に連絡を入れた上で、途中梅田で食事をしてから会社に戻ることにした。小さな食堂で定食を頼んでカウンター席に座って待っていたら、隣にOL風の女性が座った。
 
「あら、もしかしてサウザンド・ケミストラーズの細川選手ですか?」
「はい、そうですよ」
「今日、確かお誕生日ですよね?」
「よく知ってますね!」
 
チームの選手のプロフはホームページに掲載されている。熱心なファンなら見ているだろうが、覚えているのは凄い。
 
それで食事をしながら結構盛り上がってしまったが、13時近くになる。
「もっとお話したいけど、そろそろ会社に戻らなくちゃ」
「何ならまた仕事が終わってから話します?」
 
などと、どちらから誘ったとも曖昧な感じのまま、夕方再度会うことを約束してしまったのである。
 

それで会社が終わってからこのカフェにやってきた。
 
やがて彼女が来たので、一緒にコーヒーを飲みながら楽しくお話する。更に盛り上がってしまったが
 
「でも少しお腹空いてきましたね」
「御飯でも食べながらもう少し話しましょうか」
 
ということになる。
 
「何か食べたいものあります?」
と貴司が言うと
「一度フレンチとか食べてみたかったの」
と彼女は言う。
 
「どこか行きたい店ある?」
と訊くと
「じゃアズナブールというお店なんですけど、いいですか?少し高いけど」
「いいよ、いいよ」
と言って貴司はその店に電話で予約を入れた上で、彼女と一緒にそちらの方に行く。
 
大阪駅の近くなので会っていたカフェから歩いて5分くらいである。
楽しくおしゃべりしながら向かい、お店に着いてから
 
「細川と申します。さきほど予約を入れたのですが」
と言うと、お店のスタッフは
 
「はい。承っております。もうお連れ様もいらっしゃっています」
と言う。
 
お連れ様???
 
「誰か呼んだんですか?」
と彼女が訊く。
「いや、誰も呼んだ覚えはないけど」
と貴司。
 
取り敢えずボーイに案内されて「連れが来ている」というテーブル
の方に行く。
 
貴司はぽかーんとした。
 
「ああ、貴司、こっちこっち」
と手を挙げて呼んでいるのは、可愛いドレスを着た千里である。
 
「どなた?」
と彼女が訊く。
 
「いや、その・・・」
と貴司はどう答えていいか戸惑っている。
 
「こんばんは。ファンの方ですか?お世話になってます。私、細川の妻です」
と千里はにこやかに彼女の方に向かって言った。
 
「奥さん居たんですか!?」
と彼女は驚く。
 
「あ、座って、座って、コース料理3人分、頼んでおいたから」
と千里。
 
それで彼女も「どうしよう?」という顔をしたものの、すぐ「まあいいか」という感じの顔になり、千里の向かいに座る。貴司は焦ったものの、千里の隣に座った。
 
「ここ、ボルドー産赤ワインが美味しいのよ。あ、あなた何歳だっけ?」
「21歳です」
「だったら頼みましょうか」
「はい」
「貴司は未成年だからぶどうジュースね」
 
そのやりとりで彼女は吹き出してしまう。それですっかりなごんでしまい、取り敢えずこの日の食事を楽しもうというモードになった。
 

会話は盛り上がった。ワインも美味しくて、彼女はとても満足していた。
「私、細川選手のことますます好きになりました」
などと彼女は言っている。
 
「でも結婚なさっているって全然知らなかった」
「まだプロ1年目だし未成年だから、公表してないんですよ」
と千里は説明する。
 
「なるほどですねー。いつ結婚なさったんですか?」
「1年前、貴司が18歳になるのと同時に籍を入れたんですよ。実質
結婚したのは去年の1月だから1年半なんですけどね」
「すごーい。高校生で結婚したんだ」
 
彼女は「少し高い」店と言ってはいたのだが、伝票を見た貴司は目の玉が飛び出る思いをする。しかし千里はその伝票をさっと貴司の手から取ると自分で支払いを済ませる。そして彼女をタクシーに乗せ、貴司が持っているカード会社のタクシーチケットを1枚運転手に渡し、送り出した。
 

彼女のタクシーが夜の町の、光の洪水の中に消えていく。それを見送ってから貴司は千里に尋ねた。
 
「千里、いつこちらに来たの?」
 
ところが返事が無い。
 
「千里!?」
貴司は振り向くがそのあたりに千里の姿は無い。
 
貴司はきょろきょろする。そのあたりにそれらしき影も無い。トイレにでも行ったのだろうかと思い、貴司は結局その場で15分くらい待っていた。しかし千里が現れないので貴司は電話を掛けた。
 

「あ、貴司お久〜」
と電話の向こうの千里は言った。
 
お久???
 
「千里、今どこに居るの?」
「え?おばちゃんちだけど」
「それって旭川??」
「そうだよ。なんで?」
 
「だって今、千里ここに居なかった?」
「ここってどこ?」
「梅田だけど」
「梅田って大阪?」
「うん」
 
「私が大阪に居る訳ないじゃない。あ、それより今日はお誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「今梅田なら、まだ自宅に戻ってないのかな? 私、日曜日までバスケの道大会やってからさ、月曜日の夕方になって慌てて貴司のプレゼント選んでそちらに送ったから。今日くらいに届くといいんだけど」
 
貴司はじわっと心が痛む気がした。ごめーん。千里、浮気しようとしてごめんね。もうできるだけ浮気しないようにするから、などと思う。
 
「そのあと私、ちょっと音楽の方の仕事しててさ。実はさっき仕上げてメールで納品したところなのよ。こちらから電話掛けられなくてごめんね」
 
「うん。いいよ。ありがとう。あ、それでさ」
「なあに?」
「千里、好きだよ」
と貴司。
「私も貴司のこと好きだよ」
と千里。
 
貴司はまた心にジーンと来た。
 
「でも何で私が今居なかった?とか訊いたの?何か私と似た人でも見かけたの?」
「いや、実は・・・」
 
それで貴司が今日のできごとを話すと千里は大笑いする。
 
「それって夢でも見たんじゃないの? 私は旭川に居るんだから、貴司と大阪で食事ができるわけ無いじゃん」
 
「夢だったのかなあ」
 
「でもやはり貴司は浮気性だ」
「ほんとにごめん」
「でも私たち一応自由だから、ほんとに恋人作ってもいいんだよ」
「いや、やめとく。また女の子デートに誘ったら、誰かさんに邪魔されそうな気がする」
 
「それきっと邪魔したのは貴司の良心なんだよ」
「うむむ」
 
そのあと2人は2時間ほどおしゃべりした後「リモートキス」をしてから「おやすみ」を言って電話を切った。
 
千里との電話を切ってから、貴司はもう終電が出ているのに気付いた。
 
「仕方ないタクシーで帰ろう」
と思い、流しのタクシーを呼び止め、行き先を告げる。それでタクシーチケットを渡そうと思い、バッグからチケットを取り出す。1枚ちぎろうとしてふと気付いた。既に使用されている??
 
このタクシーチケットは先週末に新しいのを発行してもらってまだ1枚も使用していなかった。しかし1枚目と表紙の間のノリが外れている。念のため枚数を数えてみると20枚つづりのはずが19枚しか無い。
 
貴司は少し考えた。
 
やはりさっき彼女をタクシーに乗せて送り出したのは現実だ。
 
だったら千里に会ったのも現実なのでは?
 
でも千里が大阪に本当に来たのなら、来てないという嘘をつく必要はない。むしろ一晩自分と過ごしてから帰ってくれるのではないかという気がする。
 
そんなことを考えていたら、突然千里とセックスしたい気分になった。
 
千里〜、夜が寂しいよぉ。
 

ため息をつきながら自宅に戻る。マンション1階の宅配ボックスに荷物が入っていたので、笑顔でそれを取り出す。
 
エレベータで上って、3331という自分の部屋の数字を見ると少しだけ元気になる。この部屋に住むことが自分にとっては千里と一緒に居ることでもある。千里は平成3年3月3日0時1分生れである。本当は33301号室なんてのがあったらそこに住みたかった。しかし部屋を探していた時にこのマンションを下見させてもらい、空いている部屋が3331号室であったのを知り、場所も千里(せんり)であることから、貴司は部屋の中も見ずに「ここ借ります」と不動産屋さんに言ったのである。
 
中に入って背広を脱ぎ、そのままシャツまで脱いで裸になってしまう。それから浴室に行ってシャワーを浴びる。このあたりはひとり暮らしの気楽さだ。留萌の実家では、妹が2人いるので、さすがにこんな真似はできなかった。
 
そしてわくわくしながら千里から送られて来た誕生日プレゼントを開ける。宅配便の箱の中に千里自身でラッピングした感じの箱が入っている。そのリボンに赤いハート型の紙が付けられているのを見て、貴司はあそこが立ってしまう。このあたりは女性には理解しがたい男性の自然な反応である。
 
破らないようにセロテープを剥がして丁寧に開ける。中には更に2つ箱が入っていた。しかしそれを見て、貴司は首をひねった。
 
ひとつはお菓子である。旭川のお菓子屋さん・ロバ菓子司の《たいせつ》だ。柔らかいカスタードケーキで以前にも一度千里が留萌の実家に来た時、持って来てくれたこともあり、好評だった。『あなたをたいせつに思っています』という千里の自筆メッセージカードが添えられていて貴司はじわっと来た。
 
そしてもうひとつが何だか巨大な玉子が3つ入っているパッケージである。玉子は直径5cmくらい、高さは7cmほどある。何だろう?これ?これもお菓子かな?と思ってwavyと書かれた玉子を開封する。開け口があるのでそこを指でつまんでチョコレートとかCDを開けるかのようにシールを外した。ケース内の柔らかい玉子状のものを触り悩む。
 
そして1分くらい考えてから、貴司はやっとその正体が分かった。
 
千里〜。察しが良すぎるぞ!?
 
でも貴司はそれをありがたく使わせてもらうことにすると、寝室に行き、玉子にジェルを満たした上で、ベッドに寝転がり、毛布をかぶってから、あそこの先にそっと当てた。
 
すげー!これ、こんなに伸びるのか!?
 
その日貴司は千里と熱い夜を過ごす夢を見た。
 
 
前頁次頁目次

1  2 
【女の子たちのBoost Up】(2)