【女の子たちのGoodbye Boy】(2)

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合宿明けの2月12日。旭川。
 
放課後に千里たちがいつものように仮設体育館で練習していると、久井奈さんが入って来た。
 
「やったよ!」
と嬉しそうに言う。
 
「どうしたんですか?」
「彼氏と婚約した?」
「宝くじが10万円当たった?」
「カラオケで100点出た?」
 
「君たち発想が貧困だね〜。A大学保健福祉学部に合格したんだよ」
「へー、凄い!」
「よく通りましたね」
「歯科衛生士専門学校に2度も落ちて大学の看護師コースに合格するというのは、やはりかなり器用な気がする」
 
「しっかり勉強したもん。毎日1冊あげて、寝る時以外、食事中でも単語集とか見てたよ」
「それは凄い」
「Z会ですか?」
「無理。あれを受けるのに塾に行かないといけない」
「言えてる、言えてる」
「進研ゼミやってる子からテキスト借りて1−2年生の所を全部解いた」
 
「あ、そのやり方は正解」
「分からない所は夜中でも北大生の従兄にメールして訊いた」
「従兄さんがお疲れ様だ」
 
「でも3年生の所をいきなり勉強するより、1−2年生で習うような基礎をしっかり固めた方がいいんですよ」
 
「まあバスケも基本練習が大事だよね」
「ほんとほんと」
 
「だけど保健福祉学部といえば火喜多高胤ですよね」
「いったいどういう授業やるんだろうね? いきなりマントラとか唱えられたらどうしよう?」
「それは患者さんに悪霊が憑いた時のために覚えておきましょう」
 

「あ、そういえばチン弁慶は出なくなったらしいね」
と久井奈さんが言う。
 
「それ確定なんですか?」
 
「なんか知り合いの知り合いの霊能者さんが西五条大橋に行ってみたら、誰かが処理した跡があったとかで、きれいに何も無くなってたんだって」
と久井奈さん。
 
「へー。それはおちんちん無くしたい子には残念でしたね」
「でも夜中酔っ払いの男性が通っておちんちん取られたりしたら悲惨ですよね」
「酔っ払いは嫌いだから、別にいいや」
「深夜残業してたまたま通った男性とかは?」
「そういう残業だらけの人生を考え直すきっかけに」
 
「ああ、おちんちん無くなっちゃったら生き方は変えざるを得ないですよね」
「取り敢えずお婿さんには行けないしなあ」
「元男性なら、私、レスビアン婚してあげてもいいけど」
「お、大胆な意見」
 
「昭ちゃんあそこ何度か行ったんだって?」
と川南が訊く。
「4回行きましたけど、弁慶は出ませんでした」
と昭ちゃん。
 
「薫は行く必要ないよね?」
と葉月。
「薫って結局、女の子の身体になったの?」
と寿絵が訊く。
 
「それは内緒ということで」
と本人が言うと
 
「ちんちん付いてるなら私が切ってあげようか?」
と久井奈さんにまで言われている。
 
「痛そうだから遠慮します」
と薫。
「痛いのはちょっと我慢してればいいよね」
「男の子なら痛さくらい我慢しよう」
「切断された瞬間、男の子ではなくなってしまう気がする」
 
「そうそう。昭ちゃん、エステミックス飲んでる?」
「飲んでます」
「おっぱい膨らんで来た?」
「乳首がずっと立ってるんです。だからブラ付けないと痛いんですよ」
「それなら、そのうち乳房も膨らんでくるね」
「ちょっと楽しみのような怖いような」
「おちんちん、おいたはしない?」
「ずっとタックしてるんで、できません」
「ほほお」
 

2月14日。千里が練習を終えて帰宅すると、貴司が来ていた。
 
「ただいま」
と女子制服姿の千里が言うと
「おかえり」
とセーターにジーンズ姿の貴司が言った。
 
「ごめんね。わざわざそちらから来てもらって。本当は私がそちらに行きたかったんだけど」
「千里、無茶苦茶忙しいみたいだもん。こちらはもう大学を受ける生徒向けの授業だけやってる状態で、出席も取ってないから」
 
「じゃ、わざわざ貴司の方から来てくれたのに変だけど、これバレンタイン」
と言って千里は手作りのチョコレートを渡した。
 
「凄い、これ手作りだよね?」
「まあ市販のチョコレートを融かして固めなおしただけだけどね。ついでにちょっと混ぜ物」
「何を混ぜたの?」
「私の愛情」
 
貴司がどう反応していいか分からずにいたので美輪子が煽る。
 
「貴司君、そこはキスするところ」
 
それで貴司は千里を抱きしめてキスした。
 
千里は頬を赤らめて尋ねる。
「貴司、いつ帰るの?」
「今夜はもう帰りの便が無いから、泊めてもらうと助かるんだけど」
「いいけど、今日私生理になっちゃったからセックスは無しね」
「えーー!?」
 
「千里、あんた生理あるんだっけ?」
と美輪子が訊く。
「女子高生でまだ生理が来てなかったら大変だよ」
と千里は答えた。
 

翌朝、貴司がふと目を覚ますと、隣に千里が居ない。トイレにでも行ったかな?と思い、布団から出ると千里の机に座り、何気なく棚に立っているアルバムを見た。オールジャパンで千里がプレイしている写真が納められている。シュートを撃った瞬間の写真など見て「格好良いなあ」と思い、あらためて千里に惚れ直した。
 
ふと気配を感じたので振り向く。
 
すると千里が布団の中にいる。あれれ?
 
「千里、さっきからそこに居た?」
と思わず尋ねた。
 
千里は目を開けて答えた。
「あ、ただいま〜。ちょっと山駆けしてきたんだよ」
「は?」
「今年もずっとやってるんだよね。今夜は行方不明者が出て、回収するのに苦労したよ」
「夢か何か?」
「今戻って来たばかりだから、身体冷えてるんだよね。ほら」
と言って千里が身体に触らせる。千里の身体は氷のように冷たい。
 
「抱いて暖めてあげるよ」
「もう少し身体が温まってからでないと無理。それと今夜はセックスしてあげられなくてごめんね」
「ううん。それはいいよ。一緒に寝てるだけでも幸せ」
 

 
2月16-17日は札幌でU18エンデバーが開かれた。千里は一緒に招集されている暢子・留実子・雪子・薫・昭子・北岡君とともに札幌の会場に向かった。むろん交通費は協会持ちである。
 
男女は別メニューでの練習になるようだったが最初は一緒にお話を聞いた。しかし招集されているのは知っている顔が多い。
 
札幌P高校、札幌D学園、旭川N高校、旭川L女子高からは多数参加している。旭川R高校の日枝さん、旭川A商業の三笠さん、釧路Z高校の松前さん、帯広C学園の武村さん、などなどの顔も見える。旭川M高校からも橘花・伶子・宮子の3人が参加している。宮子は雪子と何だかパンチの当てっこ?をしていた。留実子もP高校の宮野さんと話が盛り上がっている感じだ。
 
練習は先日のN高校の合宿などとも近いポリシーで、やはり基本をしっかりというのから始めた。パスを正確に出す練習などするが、最近「悪役」のイメージを自ら演出している感じの釧路Z高校・松前乃々羽が、正確にパスを投げられないことが判明。「あんた、それでもポイントガード?」と講師役の札幌D学園のコーチに呆れられて、本人は頭を掻いていた。
 
「ノノちゃんのパスが読みにくいのは本人もどこに飛んで行くか分からないからだったのか」
「ノノちゃんのチームに居ると、パスを受けるのは鍛えられるな」
 
などと他の参加者から言われて、彼女はすっかり《ノノちゃん》になってしまった。
 

その後、1日目はドリブル練習、シュート練習などもしたが、橘花が得意のバックシュートを披露すると
 
「美しい〜」
という声が出る。
 
それで調子に乗って、ダブルクラッチ、更にトリプルクラッチからバックで放り込んで見せると「そのあたり要領教えて」の声。
 
それでにわかに橘花が講師役になって宮野さんや武村さんなどが熱心に聞いていた。橘花は「あまりライバルには教えたくないんだけどな」と言いつつも丁寧に教えていた。
 
「キー坊ってどんな角度からも放り込むもんなあ」
「すごくブロックしづらいよね。シュート筋を完全に塞いだつもりでもやられる」
「キー坊はネットの真下からバックボードに当ててバックスピンで放り込んだこともあったね」
「1歩で踏み切ったり2歩で踏み切ったりして更に空中フェイントが入るから、ほんとにブロックタイミングが読めない」
 
ということで橘花は《キー坊》になってしまった。
 

基礎練習を1日たっぷりやり、夕食の後もビデオで、様々なプレイパターンの説明があったが、さすがに一日練習してご飯を食べた後では、眠ってしまう子続出である。千里の隣でも暢子も留実子も、更に薫まで眠ってしまっていた。
 
宿舎は女子は全員同じホテルに入る。2人1部屋になっていて、N高校の場合、千里と留実子、暢子と雪子、薫と昭子ということになっていた。最も問題の少ない組み合わせだなと思ったが、宇田先生の方から要望を出していたのだろうか。
 
しかし暢子は昭子がジュースを買いに部屋の外に出たところをちょうどキャッチしてしまう。
 
「さ、昭ちゃん、大浴場に行こうね」
「無理です。ボク、部屋に付いてるお風呂に入ります」
 
このホテルでは部屋付属の風呂に入ってもいいし、地下にある大浴場に行ってもよい。
 
「こういう時はお風呂場で他の学校のメンバーと交流するんだよ」
「ボク、胸無いから通報されますよー」
「でもちんちん無いんだろ?」
「今日は無いですけど」
「じゃ女湯に入れるじゃん。さ、行こう行こう」
「助けて〜」
 
薫が呆れた表情で見送っているので、千里は
「あれ、どうするよ?」
と訊く。
 
「私たちも行ってフォローしようか?」
「そだねー」
 
なお、雪子は仲良くなった宮子や猪瀬さんと誘い合ってさっさと大浴場に行っていた。留実子は部屋のお風呂に入ると言っていた。留実子の場合は、おちんちんを普段は付けているようなので、女湯に入ることは不可能だ。(バストがあるので男湯にも入れない)
 

千里と薫が大浴場(のむろん女湯)に入って行くと、既に昭子がみんなにいじられていた。
 
「おっぱい小さいね」
「ごめんなさい。ボク実は男の子なんです」
「あれ、でもおちんちんは無いじゃん」
「それは無いかな」
 
と言って昭子は恥ずかしそうにしている。
 
「あ、君、N高校の男子チームに出てたよね」
「聞いた聞いた。半陰陽だけど男の子になることにしたんだって?」
 
「私が聞いたのでは、おちんちん付ける手術したけど、おっぱいはまだ残っているという話だったけど、逆におっぱい取ったけど、まだおちんちんは付けてなかったのね?」
 
「だけどこの乳首が男の子の乳首じゃないよね」
「うん。やはり女の子の乳首だよ」
「乳房を取る手術しても乳首までは小さくできないんじゃない?」
「ああ、なるほど」
 
千里が見た感じ、昭子の乳首はかなり大きくなっている。この子、エステミックスを規定量よりかなり多く飲んでないか? あるいは再度女性ホルモンを調達して飲み始めたのでは? と思った。
 
「でも今回は女子の方で招集されたのね」
「そうみたいです」
「君、何年生?」
「1年生です」
「だったら村山さんのバックアップシューターになってれば村山さんが卒業した後は正シューターになれるよ」
「うんうん。女子の方においでよ。まだおちんちん付けてないんだったら」
「男性ホルモンとか飲んでないの?」
「飲んでないですー」
「だったら、まだ間に合うよね。せっかくおっぱい取る手術したのに大変だけど」
 
「実はおっぱい、やはり欲しいかなと思って、今育ててるところで」
「だったら女子に戻ってくるといい」
「どうしよう?」
 

「昭子がネタにされてるおかげで、私は楽で居られる」
などと薫は言っていたのだが、P高校の歌枕さんが薫に気付く。
 
「あ、J学園迎撃戦では凄い活躍でしたよね?」
「そうかな?」
「こないだの新人戦は背番号つけてなくてマネージャーとしてベンチにいたみたいだけど、体調でも悪かったの?」
 
「あ、いや私、転校生で3月まで公式戦には出られなくて」
「そうだったんだ! どこから来たの?」
「東京の方の高校に居たんですけど、親と喧嘩して飛び出してきて、お祖母ちゃんの家に転がり込んだもので」
「へー。頑張るね」
 
そんなことを話していたら
「いや、その子男子らしいですよ」
と以前説明を受けていた宮野さんが言う。
 
「うっそー!?」
とみんなの声。
 
「でもおっぱいあるね?」
「えへへ。豊胸しちゃった」
「おぉ、凄い!」
 
「おちんちん無いみたい」
「それは内緒で」
 
「でも見た目女の子に見えるし、女子でもいいんじゃない?」
「今N高校女子、凄く充実してるけど、その子まで入ると凄い強力になりそう」
 
「4月から男子チームに合流する予定って言ってたよね?」
「うん。まあ」
「でも、戸籍上男でも、身体が既に女の子になってるなら女子チームに合流したら?」
 
「うちは切磋琢磨できるチームが道内にあると嬉しい」
とP高校関係者から声が出る一方で
 
「これ以上N高校が強くなったら、北海道2強時代になってうちはインハイの夢が遠くなる」
などと言っている人たちもいる。
 
「でもその身体で男子の試合に出たら、絶対審査対象になると思うよ」
「うんうん。実質女の身体で男子の試合に出たら相手チームがやりにくいもん」
「ホールディングとか安心してできないよね」
「いや、ホールディングは反則なのだが」
 
「村山さんの亡くなったお兄さんが、それでトラブってたよね?」
と話は千里の方に飛んでくる。
 
「えっと・・・」
と千里はどう答えていいか戸惑う。
 
「村山さんのお兄さんは睾丸癌の治療のために身体が女性化していたって話でしたよね?」
「治療のために、睾丸も陰茎も取って、女性ホルモンの投与でおっぱいもかなり膨らんでいたとか」
 
まだその都市伝説(?)は生き残っていたのか!?
 
「それでお兄さんをホールディングした男子選手が、まともにバストをつかんでしまって『ぎゃっ』と言ったとか」
 
「でも村山兄妹のお母さんが、全日本の凄いシューターだったんだって?」
「なんか1975年の世界選手権で日本女子が準優勝した時に、勝利に貢献したって聞いた。当時まだ中学生だったのに日本代表になったんだって」
 
何それ〜!?初耳だよ!
 
佐藤さんや溝口さんなど、真実を知っている人たちが苦しそうにしている。どこまで噂が暴走するのか放置している!?
 

「だけど歌子さんは、やはり男子として参加すべきか女子として参加すべきか、きちんと一度協会の審査を受けた方がいいと思う」
という意見が出る。
 
「それ私も言ってるんですけどね」
と千里も言う。
 
「あ、そうだ。私の従兄が面白いもの開発したらしいんですよ。バッグに入れたままだったから持ってこよう」
と言って、D学園の早生さんが脱衣場に戻って、何やら小型のテスターのようなものを持って来た。
 
「浴槽に浸かったままやると感電するから、ちょっとノノちゃん上がって」
「何何?」
と松前さんが浴槽から上がる。
 
「この端子、左右の手で1本ずつ持って」
 
針はほとんど振れない。
 
「これ針が大きく振れたら男、ほとんど振れなかったら女なんだって」
「へー」
「こんなに男らしいノノちゃんでも実は女」
と早生さん。
「こら、殴るぞ」
と松前さん。
 
「面白そう、やらせてやらせて」
と言って、橘花や佐藤さん、宮野さんなど長身の女子が端子を握るが針は全く動かないか、動いてもあまり大きくは振れない。
 
「男の子のサンプルが欲しいな」
「男湯から誰か連行してこようか」
 
この子たちならやりかねんな。
 
「あ、昭子ちゃんで試してみよう」
 
ということで昭子が端子を握ると、針は大きく振れた。
 
「故障していた訳ではないようだ」
 
「それどういう原理?」
「体内の臓器の電気抵抗が男女で違うのを利用しているらしい。まだ試作品だから判定ミスったらごめんねという話だった」
「つまり男性の臓器を持っていたら針が振れる訳か」
 
「ごめんなさい。実はボクまだ睾丸を完全には撤去してないんです」
「ああ。停留睾丸ってやつでしょ?」
「お股の見た目は女の子だもんね」
 
まあ体内に存在しているよね。
 
「睾丸も陰茎も取って、性転換手術している人でも前立腺とかが残っているから針は少し振れるらしいよ」
「ほほぉ」
 
「そうだ、性転換手術済みの歌子さん、やってみよう」
 
と言われて、薫が頭を掻きながら、端子を持つ。
 
針は3分の1くらいまで振れた。
 
「あ、これがまさに前立腺だけ残っている状況だと思う」
「なるほど」
 
その時薫は少し考えるようにして
「千里、やってみなよ」
と言った。
 
それで千里もその端子を握ってみた。
 
針はぴくりとも動かない。
 
「間違いなく天然女性みたい」
「ふむふむ」
 
「特にこの針が全く動かない状態は卵巣が正常機能しているのを表すんだって」
「へー!」
 
「村山さん、生理は規則的に来てるでしょ?」
「うん。きれいに28日周期で来てるよ」
「やはり」
 
「針が少し動く人は、生理不順とか抱えていたりPMSが重かったりするらしい」
と早生さんが言うと
 
「それ心当たりある」
と針が少し動いた子たちが言っていた。
 
薫が千里を見て考えるようにしていた。
 

エンデバー2日目は午前中スクリーン・プレイやそのバリエーションになるピック&ロール/ピック&ポップの考え方を説明し、練習する。P高校やL女子高のメンツは当然知っていることだが、弱小校から参加している子の中には
 
「そんな鮮やかなオフェンス方法があったのか!」
などと言っている子もいた。
 
「この合宿って、道内の高校全体の底上げになるんですね」
という声が出る。
 
「そうそう。それで今よりもっとハイレベルな戦いになっていく。最終的には日本女子代表が世界一になるための道」
 
「世界一かぁ」
「アメリカとかロシアを華麗に倒したいね」
「そうなるとスリーの確率をあげないと」
 

その時、登山さんが
「スリーって別に確率じゃないよね。入るか入らないかだよね」
と発言する。千里も
「同感。入る時は確信持って入るんだよね。入らない時も撃った瞬間分かる」
と言う。
 
「うん。シューターさんにはそういうこと言う人が結構居る」
と指導しているコーチも言う。
 
「なんか理論的には考えにくいんだけど、スリーの達人さんたちのシュート感覚ってそんな感じみたい」
 
「そのあたりの感覚が無いから私はスリーを外すんだろうな」
と佐藤さんが言う。佐藤さんは結構スリーを放り込むのだが、自分はシューターではないと感じているようである。
 
「でも上手なシューターさんのシュート見てると、けっこう伝染するみたいだよ」
と登山さんは更に言う。
 
「うちも空川を今教育中だけど、N高校さんも村山さんの下に湧見さんと川中(結里)さんを付けて教育中でしょ?」
「そんな感じ、そんな感じ」
 
「やはり生で見ると違うみたい。私も1年上の浜川さんのシュート見て育ったから」
「でも浜川さんより優秀になったね」
「うん。結果的にスターターの座を先輩から奪った形になってちょっと気は咎めたけどね」
「いや、後輩に抜かれるのは問題無い」
「うん。そのくらい伸びてくれると教え甲斐がある」
「そもそも女子の体力のピークは中3から高1くらいの所にあるから、高2高3は体力では若い子に負けるんだ」
 
「まあ本音としては自分が出たいけど」
「だからといって、後輩の方が優秀なのに学年優先で出してもらうと、逆にプライドが傷つく」
「だからそういう気持ちはぐっと抑えて、自分も練習に頑張る」
 
「それでも勝てなかったら性転換して男になって男子チームに参加で」
「マジ?」
「いや、P高校さんとか、N高校さんやM高校さんは男子と女子で試合をしたら、女子が勝つでしょ?」
 
「うちは勝負にならないからまずやらないなあ」
と佐藤さん。
 
「うちはよくやってるけど、まず男子は勝てない」
と橘花。
 
「ああ。うちも年末に練習試合した時は女子が勝ったね。その時は歌子は男子の方に入れたんだけど」
と暢子が言うと
 
「えー?歌子さんを男子に入れても、女子が勝つんだ」
「さすが」
などと声が上がる。
 
「男女の競技を分けるのは、男子の方が体格的に強いからというのもあるけど、やはり試合中に身体の接触を避ける意味の方が大きいんじゃないかなあ」
 
「ああ、野球とかは身体の接触が少ないから問題少ないかもね」
「ボクシングとかレスリングは男女でやりたくない」
「ラグビーとかアメフトも嫌だよね」
 
「レスリングでは国際試合で外人さんと戦うののシミュレーションで結構男子と試合するよ。男子選手がいやがるけどね」
「ああ、女子はわりかし平気だよね」
 
「男子チームに入っている女子アメフト選手というのもかつて存在した」
「うそ?」
「アイシールド21の小泉花梨のモデルになった人がいたんだよ」
「そうだったのか」
「凄いね、それ」
 
「バスケも身体の接触凄いから基本的には男女ではやりたくないよ」
「まあ強化の練習目的で男子チームとはやるけどね」
 
という声があちこちから出る。
 

「歌子さん、やはり4月から男子チームに入ったら絶対トラブるよ」
などと言われていたら、薫の性別を知らなかったコーチが
 
「え?歌子さん男子チームに入るの?」
などと言われる。
 
「戸籍上男子らしいですよ」
「でも身体はもう女だよね」
「おっぱいも大きいもん」
「ただ最終的な手術がまだなんでしょ?」
「でも歌子さんと身体が接触したら女の子の感触だと思った」
 
そうなのだ。薫はここ2ヶ月ほどの間に急速に体質が女性化しているようで、脂肪の付き方などもかなり女性的になってきている。
 
「それだったら君、一度医学的な検査を受けてもらえない? 協会の方を通して連絡させるよ」
とコーチが言う。
 
「えっと・・・」
 
「どこの都道府県か知らないけど、高校生で完全に性転換した選手ってのが数年前に居て東京まで呼ばれて精密検査を受けたらしいよ」
「へー! ほんとにいたんだ!」
 
千里の検査の件は医学委員会の数人の委員と選手登録の責任者にしか個人情報は明かされていないので多くの幹部は、当該選手がどこの都道府県の選手であったのかも知らない。
 
「歌子さんも、せっかく性転換したのなら、男子チームではプレイしたくないんじゃない?」
 
「実際最近、薫ってほとんどの練習時間、女子の方にいるよね」
 
となぜかM高校の宮子に言われる。実態は男子の方で練習していても、暢子や寿絵がこちらに昭ちゃんともども連行してきてしまうというのに近い。
 
「うーん。。。困ったな」
 
「私、歌子さんと試合でマッチアップしてみたい」
などという声が強い子たちから出ていた。
 

2日目の午後はポジション別の練習になった。シューティングガードは千里と昭子の他、L女子高の登山さんと空川さん、帯広C学園の武村さん、北見T高校の松橋さんと6人である。
 
みなシュート自体はうまい人ばかりなので、マークの外し方やスペースの見付け方などに関する講義とレッスンが主となった。
 
「マッチアップについては村山さん・登山さん・武村さんには教える事が無いな」
などと言われる。
 
「相手のどちらの足が出てるか見ろとか、一瞬反対に動いてからとか、そういう話は私たちのレベルではフェイントにしか使われないから」
 
「相手の呼吸を見てるよね」
 
「それでも私、村山さんに全然勝てない!」
と武村さん。
 
「オールジャパンのエキシビション・マッチの千里ちゃんと花園さんの対決何度も再生して見てたけど、どちらもハイレベルすぎて分からんと思った」
などと登山さんは言う。
 
「でも私、佐藤さんには停められる」
「でも佐藤さんは花園さんに停められてたね」
と登山さんは笑って言う。
 
「それって相性の問題だろうね、そこまで行くと」
とコーチは言っていた。
 
一応まだマッチアップに関しては初心者の昭子、空川さん、松橋さんには基本的なルール上のことから教えていくが、松橋さんは「シリンダーって知らなかった!」などと言っていた。
 
シリンダーとは各プレイヤーの身体が入る仮想的な円柱であり、その中は上空も含めてそのプレイヤーが優先されて、そこに侵入して接触すれば侵入した側がファウルを取られる。
 
「松橋さん、取り敢えずルールブックを読もう」
「どこに売ってますかね?」
「そちらの学校に無い?」
「見たことないです」
「じゃ後でそちらの顧問の先生に照会して無いようだったら1部送るよ」
 
「ルールも感覚で覚えて口伝で教えてる感じだからなあ」
「うちの顧問、この夏までショットクロックは30秒と思い込んでいたらしい」
「まだそんな人がいたのか」
 
30秒ルールが24秒ルールに変更されたのは日本の高校バスケでは2001年のインターハイ予選からであるが、競技団体によっては改訂が遅れた所もあったようである。
 
今回はエンデバー初参加の選手が多かったようで、この手の話がけっこう起きていた。
 

エンデバーの練習が終わって17日の夜旭川に戻ると、貴司が来ていた。貴司は背広姿である。
 
「あ、お帰り〜貴司」
「ただいま、千里、そしてお帰り」
などと言い合っていると、美輪子が
 
「ここ、もしかしてあんたたちの新居?」
などと訊かれる。
 
「私の家は貴司の家でもあります」
「庇を貸して母屋を取られそうだ」
 
「でも私たち3月までなんですよ」
と千里は言う。
「なんで?」
と美輪子。
「大阪、決まったんだよね?」
と千里。
 
「うん。誓約書とかを提出してきた」
と貴司。
 
「貴司君、大阪に行くの?」
「はい。実業団の近畿リーグ3部だったチームなんですが、今シーズン優勝して2部に上がりました」
「ああ。伸び盛りのチームなんだ?」
「半ばレクリエーション的に運用されていたんですが、昨年新しい社長が来てから、実力あるチームに変身したんです。今はまだチーム作りの最中なんですよね。それで高卒の私でも採ってくれるんです」
 
「そうか。貴司君、お父さんがあと2年で定年だって言ってたね」
「ええ。僕は大学行ってもどうせバスケしかしてないから。勉強しないなら、いっそバスケしながら給料ももらえる所に行きたかったんです」
 
「でも大阪かあ」
「さすがに旭川と大阪で夫婦関係は維持できないからいったん夫婦関係解消の方向で」
と千里。
 
「あんたたちそれでいいの?」
と美輪子は訊く。
 
「僕は気持ちの上で夫婦のままでいるつもりです」
と貴司。
 
「それ無理だから、自由に恋愛していいよと貴司に言ってます」
と千里。
「だって貴司、夫婦関係続けてもどうせ浮気するだろうし」
と千里が言うと
「う・・・」
と貴司は返す言葉が無い。
 
「なるほどね〜」
と美輪子は半ば呆れるように笑っていた。
 
「でもかえってお互い恋愛自由ということにしておけば、私たち縁があるならまた結ばれることもあると思うんだよね」
と千里は言う。
「うん。それは僕もそうだとは思う。でも僕はずっと千里のこと思っているから」
と貴司。
「私は都合のいい女になるつもりはないからね。私は貴司の妻だから。愛人になるつもりはないから、会った時だけセックスするなんて関係は拒否するからね」
「うん。分かった」
 
美輪子もそういうふたりの会話に頷いていた。
 
しかし実際には千里と貴司は「会った時だけセックスする」関係をこのあと千里が信次と婚約するまで10年近く続けることになってしまう。
 

「いつ大阪に行くの?」
と千里は訊く。
「3月3日の卒業式が終わったらすぐ。3月31日まではバイト扱いで4月1日に入社」
「じゃ3月3日の夜はエンドレスにしよう」
「千里翌日学校だろ?」
「休む」
「いいの〜?」
 
「あんた期末テストあるんじゃないの?」
と美輪子が訊く。
「3月5−6日だから」
「なるほど」
 
「じゃ3月3日、千里の17歳の誕生日に僕たちの記念の夜ということで」
と貴司。
「私の誕生日兼、私たちのラストナイトね?」
と千里。
 
「僕はラストとは思わないから」
「それはそう思っていてもいいよ。でも4月1日以降はお互い恋愛自由ということで」
「分かった」
「金色リングのストラップは3月31日の24時に外そうかな」
「捨てないよね?」
 
「内緒。でも今夜は泊まってってよ」
と千里が言うと、貴司は嬉しそうに
「うん」
と言った。こういう素直な貴司、好き!
 

薫は宇田先生から正式の「受診要請」をもらい、その日は朝から授業を休んで指定された病院に行った。
 
最初に診察してくれた婦人科の女医さんは
「性別検査なんて、不安だろうけど、変な結果が出ることはめったにないから落ち着いて受けてね。あなた身長があるもんね〜。そういう子とか筋肉をよく鍛えている子とかは、しばしば性別を疑われちゃうのよ」
 
などと言っている。
 
あれ〜。何か最初から話が変だぞと思う。
 
採尿・採血してからレントゲン・CTスキャンに心電図とかまでとられる。ついでに健康状態のチェックとかもするのかしらん?? 更に心理療法士さんから何やら心理テストのような感じの質問攻めにあう。内科医から聴診器を当てられて、心音などをチェックされた感じであった。
 
朝から出てきたのに、そういう検査で結局お昼まで掛かってしまう。午後から婦人科医の診察を受けてもらいますので、お昼は食べないでいてくださいと言われた。
 
それで病院近くの本屋さんで少し時間を潰してから病院に戻り、トイレに行って念のためあの付近をシャワー洗浄しておく(朝一度お風呂場で洗ってはおいた)。
 

「検査結果見た感じは特に健康上の問題とか無いみたいね」
と最初にお話しした女医さんが言う。
 
「そうですか。ありがとうございます」
と薫は私、何してんだろ?と思いながら答える。
 
「ホルモンの量も正常値だしね。生理乱れたりする?」
「え?それは無いですけど」
「だったらいいね。じゃ、念のため婦人科検査するから、恥ずかしいだろうけど内診台に乗ってくれる?」
 
やはり乗るのか。千里や留実子から乗せられるよ、とは聞いていたが。
 
「えーっと、何を見るのでしょうか?」
「うん。膣の中を見せて欲しいの。クスコという器具を入れるけど処女には傷が付かないようにするから心配しないで」
 
「えーっと、私、膣とか無いですけど」
「は?」
「だって私、男ですから」
「えーーーー!?」
 

それで薫は、自分は戸籍上は男性だが、性同一性障害で、自分としては女と思って生きているということ。学校にも認めてもらい、女生徒として通学しているし、バスケット部は今のところ、男子バスケ部と女子バスケ部の兼部という扱いになっているものの、女子と一緒に練習している時間の方が長いし、親善試合・練習試合の類いではしばしば女子チームに参加して出場しているということを説明した。
 
「私、転校生なのでどっちみち3月いっぱいまで公式戦に出られないんですよ。それで4月から男子チームに合流するつもりでいたのですが、協会の方から、むしろ女子チームに参加してもらった方がいいのでは、と言われたので私の性別について、よく検査してもらってと言われて今日はここに来たのですが」
 
「そうだったんだ! いやごめん。女子選手の性別確認の診察って割とよくあるものだから、その手の検査と思い込んでいたよ。じゃ、君、まだ男性器あるの?」
 
「えっと、睾丸はもう取っています」
「それはいつ去勢した?」
 
「高校生だと言ってしまうと手術してくれないので、そのあたりをあまり深く追求しない病院で、年齢を誤魔化して手術してもらったんです。それで診断書の類いが無いのですが、チームメイトから何でもいいからその日付を確認できるものを探せと言われて、これをやっと見付けたんです」
 
と言って薫は病院のレシートを見せる。
 
2007.7.7という日付、そして100,000円という金額が確認できるが、病院名は印字がかすれていて判読できない。かろうじて「クリニック」という文字だけが何とか読み取れる。
 
「この日に去勢手術を受けた訳ね? でもこの病院に照会したらカルテとかで確認できないかしら」
「何か適当そうな病院だったからたぶん残ってないかも。それに私自身、偽名で掛かったから本人確認不能ですし」
 
「ああ、それなら難しいか」
「それからこちらは豊胸なんですけど、これはきちんとした明細をもらったんですよね」
と言って、年末にやったヒアルロン酸によるプチ豊胸の治療明細書を見せる。
 
「これはきちんとしてるね」
「母に付いてきてもらったので」
「去勢はひとりで受けたの?」
「そうです。20歳だと言って」
「親には言わなかったの?」
「はい」
「叱られたでしょ?」
「殺され掛けました」
「あぁぁ。取り敢えず無事で良かったね」
「何とか」
 
「じゃ、取り敢えずお股の付近を見せてもらえる?」
「はい」
 
結局、内診台には乗ることになるのか。
 
薫は諦めて素直にそこに座る。ぐいっと足が持ち上げられて広げられてしまう。ひぇー。これは恥ずかしすぎる!!
 
しかし女医さんは困惑するような声をあげた。
 
「あなた、おちんちん無いじゃん。もう割れ目ちゃんまで作ってるのね」
 

検察官は東京の大学病院の医師を証人として法廷に立たせた。
 
「あなたは被告人の治療をしましたか?」
「はい。しました」
「治療の内容を説明してください」
「患者****さんは左側の卵巣に腫瘍ができておりまして、そこからドレヌムス症候群と呼ばれる神経性の病気を発症しておりました。腫瘍は小さい段階でしたし、未婚女性ということも考慮して、卵巣本体は温存して、腫瘍部分のみを摘出する手術を行いました」
 
「その病気の特徴を教えてください」
「これは昨年初めてアメリカで報告されたひじょうに珍しい病気です。脳神経に作用して、幻覚・幻聴などの症状を引き起こします。患者はこの事件の取調べ課程で薬物の使用を疑われたそうですが、実はLSDなどの薬物を使用した場合と似た症状が発生することがあります」
 
3人の裁判官が顔を見合わせている。傍聴席もざわめく。
 
「患者の経過についてのご見解をお願いします」
「病気の原因は取り除きましたので、現在神経性の症状が消失したかどうかの経過観察を行っております。そちらは当病院の精神科医が担当しております」
「どのくらいで経過は判断できますか?」
「手術をした後で最低3〜4ヶ月。完全に確認するには半年程度。今年の6月くらいまでの経過観察が必要と考えています」
 
「これは最近発生した病気なのですか?」
「昨年この病気が報告された後で、過去の事例を調べた所、かなり昔から存在している病気であることが分かりました。これがきっかけで、それまで精神科の治療を受けていた患者さんで、卵巣腫瘍が見付かり、そちらの治療の結果、精神疾患的な症状も消滅した事例も報告されています」
 
「病院関係者でこれを知っている人はどのくらいいますか?」
「広報には務めているのですが、現状はまだまだ医療関係者の間でもほとんど知られていないと言わざるを得ません」
 
「先生の個人的な見解で構わないのですが、この病気にかかっていた場合、誰かから『放火しろ』などと言われたような気になることがあると思いますか?」
 
「あると思います。実際アメリカで『人を刺し殺せ』と言われた気がして、本当に人を刺してしまった患者がありました」
 
「そういう幻聴というのはあらがうことのできないほどのものなのでしょうか?」
 
「本人が健全な精神状態にあれば拒否することは可能です。責任能力の有無について訊かれたら、私は責任能力ありと判定します。しかし強度のストレスやショックなどで精神的に弱っている時などは、ついその声に従ってしまうこともあり得ます。お酒好きだけど禁酒をしている人が目の前に銘酒の熱燗を置かれたような状態を想像して頂ければ近いかと思います」
 
傍聴席がどよめく感じであった。
 
「以上で質問を終わります」
と言って検察官はいったん座った。
 
その後、思わぬ展開に驚いている弁護士からいくつか質問があり、医師は丁寧に答えた。医師が「責任能力はある」という点は譲らないので弁護側は別の医師にも診察させて欲しいと要望し、その点は別途協議することになる。
 
傍聴席がざわめいている。裁判官は静粛を求めた上で宣言した。
 
「協議のため一時休廷します」
 
そして10分後再開された法廷で裁判官は言った。
 
「被告人の治療経過を見るため、6月いっぱいまで公判手続きを停止します」
 

 
2008年2月23日(土)。
 
この日は旭川の製菓会社が主催する大雪カップというバスケットのオープン戦が開催された。今年創設されたカップ戦である。道内の高校生のチームなら自由に参加できるということになっていて、ひとつの高校から3チームまで出ることもできるし、高校の部活ではないクラブチームが出場することも可能である。
 
N高校では次のようなチームで出ることにした。
 
男子チーム
室田・中西・伊藤・浦島・二本柳・服部・道原兄弟、および3月で引退する5人。
 
女子A
メグミ・睦子・敦子・川南・葉月・蘭・来未・結里・萌夏・明菜
 
女子B
永子・志緒・瞳美・聖夜・安奈・葦帆・司紗・雅美・夜梨子
および3月で引退する1年生2人
 
永子はレベル的にはAチームに入れてもいいのだが、「補欠5人組」をまとめることにして、Bチームのキャプテンに任命した。Aチームはメグミがキャプテンで睦子を副キャプテンにした。睦子はAチーム唯一の昨年インターハイ経験組である(マネージャー登録だけど)。
 
旭川を含む上川支庁および隣の留萌支庁には合計40校近い高校がある。また交通の便で空知支庁の北部も旭川にはすぐの感覚である。空知支庁の高校は22校である。オープン大会なので、部員数の少ない所でも助っ人を頼んで参加することができる。そういう訳で、この大会に参加したのは男子で50校62チーム(クラブチーム4を含む)、女子で34校40チーム(クラブチーム2を含む)であった。
 
会場はこの大会に協力する旭川市内の4つの私立高校N高校、L女子高、B高校、T高校の4校で、それぞれバスケットのコートを4面確保。ひとつの時間帯で16のゲームを一気にできる体制を作った。これで初日に1回戦から3回戦までを一気に実施した。
 
N高校男子チームは1回戦からの参加となり、初戦(8:00)は宗谷支庁から来たクラブチームに大勝、2回戦(14:00)も旭川市内のA高校に快勝、3回戦も岩見沢から参加したチームに勝って翌日に駒を進めた。
 
N高校女子Aチームは1回戦が不戦勝。2回戦(12:30)は札幌から来たクラブチームに何とか勝ったものの、3回戦で旭川A商業(のマジなチーム)に当たり大敗した。
 
「Aチームというから暢子ちゃんたち出るのかと思ったのに」
とA商業の三笠さん。
「すみませーん。今回のカップ戦は主力以外の子に経験を積ませようということで」
と練習試合では何度も対戦している睦子が謝っていた。
 
それでもこの試合では結里が先日のエンデバーの成果が出た感じでA商業のレギュラー陣とのマッチアップに結構勝利。相手を抜いてシュートを決めるというのを何度も成功させ、本人は「気持ちいいー」などと言っていた。A商業の初瀬さんが結里を厳しい視線で見つめているのに千里は気づいていた。
 
一方の女子Bチームは1回戦(9:30)は留萌郡の高校に快勝。2回戦(12:30)で旭川E女子高にダブルスコアで勝利した後、3回戦はL女子高のBチームと激戦の末、最後は2点差で辛勝した。L女子高も主力組を外してAチーム・Bチームを編成しており、この日対戦した相手はふだんの練習試合でもお互い知っているメンバー同士で何だか双方ともとても楽しそうに試合をしていた。彼女たちは純粋にバスケを楽しんでいる感じなのが良い。
 

「まさかAチームが初日で消えるとは」
「ごめんなさい。明日はTO(テーブル・オフィシャル)で頑張ります」
 
この大会も他の多くの大会と同様、負けオフィシャル制(負けたチームのメンバーが次の試合の審判やテーブル・オフィシャルをする)の方式である。
 
「Bチーム頑張ってるね」
「L女子校強かったです」
「でも何とか勝てました」
「最後はどちらに転んでもおかしくない感じだったね」
 

2日目は会場がN高校のみになった。8:00から行われた女子の準々決勝では、N高BチームはR高校(のマジ)チームに大敗して消えた。9:30からの男子の準々決勝ではN高男子は留萌S高校に大敗した。
 
S高校は貴司たちが抜けてパワーダウンはしているものの、N高校の控え組では歯が立たなかったようである。
 
11:00からは女子の準決勝が行われ、わざわざ釧路から遠征してきた釧路Z高校がA商業を倒し、R高校がL女子校Aチームを倒した。R高校は2軍・3軍とはいえ、N高校・L女子校を連破してけっこう気分が良いようであった。
 
12:30からの男子の準決勝は留萌S高校が旭川T高校に勝ち、旭川B高校が旭川D実業に勝った。S高校には千里の中学の時の同輩である戸川君たちがいるし、B高校にはやはり中学の同輩であり、また留実子の彼氏である鞠古君がいる。
 
14:00からの女子決勝はR高校にとっては貴重な、道大会上位常連チームとの対戦となった。実力的には釧路Z高校が圧倒的で、キャプテンの松前さんも決して手を緩めなかったので試合としては104対48というダブルスコアでの決着になった。しかしR高校の面々にとっては、ものすごく良い経験になったようであった。(準々決勝でZ高校と当たったA商業も同様)
 
15:30からの男子決勝は結構な接戦となった。S高校は貴司や佐々木君たちが抜けてさすがにレベルは落ちているものの、全国大会を経験したメンバーが何人も残っているので、元々素質の高い選手を集めているB高校にもそう簡単には負けない。試合はシーソーゲームとなり、逆転また逆転が相次ぐ。
 
最後は戸川君の決勝ゴールで留萌S高校が勝利した。
 
17:00から表彰式が行われたが、1位賞品のフルーツケーキ1年分を獲得した釧路Z高校は異様に盛り上がっていた。毎月届けてもいいし一度に渡してもいいと言われ、一度にくださいと言って大量のフルーツケーキ(賞味期限は2ヶ月)を送ってもらったものの、わずか2週間ですべて無くなってしまったらしい。どこもバスケガールたちの食欲は旺盛である:もらったのは選手15人×366日=5490個で、これを40人の部員で14日で食べたとして1人1日10個弱食べた計算になる。
 

2008年2月29日(金)。
 
薫は昼休みに宇田先生に呼ばれて職員室に行った。保健室の山本先生と一緒に3人で面談室に入る。
 
「歌子君の先日の診察の結果とそれを受けての協会の見解が届いたので」
と宇田先生は難しい表情で言う。
「この内容は僕と山本先生の胸の内だけにしまっておいて決して他の人には言わないので、君の率直な気持ちを聞かせて欲しい」
「はあ」
 
薫は何がどうなっているやら分からないまま返事する。
 
「医師の診断では、歌子君は肉体的にも、精神的にも、ホルモン的にも女性であると結論づけている」
と宇田先生。
 
「あれぇ〜、そういう話になったんでしたっけ?」
と薫は少し悩んでいる。
 
「男性特有の器官が一部残存しているものの、スポーツ選手としての性別判定で最重要な睾丸が無いこと。バストも女性的に発達していて、筋肉や脂肪の付き方が女性のものであるということから、医師としては肉体的にも女性であると認めるということなんだよ」
 
「ああ、なるほど」
 
じゃ正月に豊胸したのは意味があったんだな、と薫は考えた。
 
「それを受けての協会の見解としては、女性であるならば、女子チームの方に参加してもらいたいということなんだよね」
 
「ほんとに!?」
 
「ただ条件があってだね」
と宇田先生はひじょうに難しい顔をする。
 
「これに関しては歌子君の希望を優先すると協会は言っている」
と言って宇田先生は《条件》の内容を説明する。
 
「国際的なルールでは、男性から女性に性転換した選手については去勢から2年経過した場合は女子選手として扱うことになっている。それで医師が確かに歌子君に睾丸が無いのを確認したのが2008年の2月20日なので、2010年2月20日以降は、完全に女子選手として扱う」
 
「それは性転換手術してなくてもいいんですか?」
「国際大会に出る場合はやはり完全に性転換していることが条件らしい。国内の大会の場合は、もう少し緩くなるという話」
 
と言って宇田先生は協会から示された条件というのを書類で示した。コピー不可・3月3日までに要返送と書かれている。
 

注意
・女子選手として扱われる場合ドーピング検査のホルモン値も女子選手の基準で検査されるので注意すること。
 
特例
・第二次性徴が発現する前に去勢し、現在性転換手術も完了していて、戸籍上の性別が女性であるか、20歳以下で女生徒または女子学生として通学している場合は、国内外の大会に女子選手として出場できる。
 
それ以外の場合は下記の条件を《目安》として審査する。
 
地区大会参加許可の目安
・現に睾丸が無いこと(要MRI検査)。
・陰茎が現に存在しないか、機能が失われていること。
・ホルモン的に女性であること。
・女性的な肉体上の外見であること。
・精神科医により心理的に女性と診断されていること。
・身長185cm体重85kg未満。
・女子チームの正式部員であり、男子チームの部員ではないこと。
・女子生徒として学校生活をしていること。
・物理的または化学的去勢から半年以上経過していること。
 
都道府県大会参加許可の目安
・身長180cm体重80kg未満。
・物理的または化学的去勢から1年以上経過していること。
 
全国大会参加許可の目安
・陰部の外観が女性の陰部と類似していること。
・物理的去勢から2年以上経過していること。
 

「大雑把に言うと、去勢から半年で地区大会、1年で都道府県大会、2年で全国大会までの参加を認めるということ。村山君の場合は骨格が女性型の発達をしていることから、第二次性徴発現前に物理的または化学的に去勢したことが明かであると診断されたので特例扱いになったんだけど、その後同じ特例適用で女子選手として認められた中学生がいたらしい」
 
「へー! 村山以外にも居たんですか。でも村山って、中学1年の時から女性ホルモンの注射打ってたらしいですからね」
「うん。彼女は小学生の頃から女性ホルモンを飲んでいたらしいしね」
 
「すると私は今年の8月20日以降地区大会まで、来年の2月20日以降道大会まで参加できるということですか?」
 
と言いながら、薫は結局高校卒業した後ということかなどと考える。
 
「その基準点なんだけどね。君が医師の診察で確かに睾丸がないことを確認されたのは2月20日なんだけど、実際の去勢手術は昨年7月7日にしているということだよね」
 
「はい」
「女性ホルモンを飲み始めたのは11月なんだね?」
「ええ」
 
「それで、協会の委員会で検討した所、全国大会については厳密に2月20日基準を適用するけど、都道府県大会までについては7月7日基準を適用するということになったんだ」
 
「ということは?」
「つまり半年経過した今年1月7日以降なら地区大会、1年経過した7月7日以降であれば道大会までは参加できる」
 
薫は考えた。
 
「済みません。手帳見ていいですか?」
「うん」
 
薫は手帳のカレンダーを見て「ひっどーい!」と言った。
 
「それって、もうインターハイの道予選は終わっているじゃないですか!」
「うん。そうなんだよ」
「それでインターハイ本戦はまだだけど、そこまでは出られないんでしょ?」
「全国大会に出られるのは2010年2月20日以降」
 
「でも私って3年生になるから部活はインターハイまでですよね?」
「国体予選までは出られる」
「あっ・・・」
 
「君が女子チームに入るのであれば、国体の旭川代表には絶対招集されるよ」
「ただし道予選で優勝しても国体の本戦には行けないんですよね?」
「うん。それは仕方ない」
 
「私が男子チームで活動した場合はインターハイの道予選は出られるんでしょ?」
「出られる」
「それで2位以内に入れば、全国行けますよね?」
「行ける。それはこちらから協会に質問して確約してもらった」
 
「その場合、国体はどうなるんでしょうか?」
「厳しいことを言うけど、176cmのフォワードは女子としてなら貴重なんだけど、男子の場合は180cm台の子が優先されると思う」
 
「身長優先なんですか〜?」
「よほどの実績を出している子であれば別だけどね」
 
「僕の個人的な見解なんだけどね」
と宇田先生は言う。
 
「はい」
「まさに君の気持ち次第だと思うんだよ。君が女子バスケット選手でありたいのか、男子バスケット選手でありたいのか。その気持ちを優先しないと、君はきっと後悔すると思う」
 
薫は少し考えた。
 
「これって、女子に出るか男子に出るか択一ですよね?」
 
「うん。男子にも出て女子にも出てという訳にはいかない。昨年の村山君の男子から女子への移動は、登録ミスに準じるものとして扱った大特例。彼女は元々中学時代も女子チームに登録されていたこともあった。歌子君の場合は先に診断結果が出ているので、途中で移動するというのは認められない。また今年男子選手として活動してしまった場合、来年以降の性別変更もやりにくくなると思う。他の競技の例を見てもいったん男子としてある程度活躍した人の性別変更は困難だししばしば揉めている。君は東京では地区大会までしか出てなくて都大会には出てないから、今ならまだ女子選手として認められやすい状態にある」
 
薫は悩んだ。
 
「千里って、中学の時も3年間女子選手してたんでしたね」
「そうなんだよ。その間、今の君と同じ、公式戦に出られない状態にずっと耐えていた。彼女の場合も早く診断を受けていればもっと早く公式戦に女子として出られた可能性もあるよね。IOCの基準が出たのは2003年だから」
 
「私が女子選手としての登録を希望する場合、IDカードは女子の方のみになるんですか?」
「それなんだけど、正式に君を女子選手として認めることができるのは2010年2月20日以降なので、正式なIDカードはその時点で発行するということらしい。それまでは今所有している男子選手としての登録カードが一応有効。但し、女子選手としての活動を希望する場合は、男子のカードの公使はできるだけ遠慮して欲しいということ。それまでは暫定の女子選手の登録証を発行するということなんだよ。有効期限は半年。つまり半年に1度診断を受けて経過観察させて欲しいということなんだけどね」
 
「結局、去勢から2年経つまでは私は中途半端なんですね」
「うん。そうなる。早い時期に去勢しているという診断書だけでも取っていれば、もう少し移行期間を短くできたんだけどね」
 
それ、千里にも留実子にも言われたよなと薫は今更ながら思った。
 
しかし宇田先生は言った。自分が女子選手になりたいのか男子選手になりたいのかという気持ちの問題だと。
 
それなら結論は最初から分かっている。
 
「私は女子選手になりたいです」
 
と薫は言った。
 
「分かった。ではそういうことにしよう。君の所属は男子バスケ部の方からは外して、女子バスケ部のみということでいいね?」
 
「はい、お願いします」
と言って薫は思った。
 
結局自分が高校時代に出られる公式戦は、国体予選だけ?
 
くっそー。それなら絶対札幌P高校ぶっ倒して旭川選抜を国体に送り込んでやる。本戦は千里たちに任せるしかないけど。
 
薫はめらめらと心の中で炎が燃え上がるのを感じた。
 
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【女の子たちのGoodbye Boy】(2)