【女の子たちのGoodbye Boy】(上)

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2008年2月。旭川周辺の人々、特に高校生の間に驚くべき情報が伝わった。 
「火喜多高胤がA大学の教授になるんだって?」
「それいったい何を教えるのよ?」
 
テレビ番組で有名な“スーパー霊能者”火喜多高胤がA大学にこの春新設される保健福祉学部の教授に就任するという話なのである。
 
「やはり病院って幽霊多いから、迷わず成仏させる方法を教えるんじゃない?」
「病気の中には先祖を粗末にした祟りってのもあるらしいから、そういうのを治す方法なんじゃない?」
 
「でもそういうのって看護婦の卵に教えるような内容?」
 
「いや、カウンセリングとか教えるんじゃないの?霊能者とか占い師の相談内容って、半分くらいはカウンセリングみたいなものらしいよ」
「でもそれなら、心理学系のカウンセラーを連れてきた方がよいと思う」
 
「だけど恋愛問題で悩んでいるのとか、占い師には相談できるけどカウンセラーには相談したくないよ」
「それは言えるなあ」
 
「でも、病院に入院している時に看護婦さんに悩み事相談して、突然看護婦さんが水晶玉取り出して『あなたの守護霊は・・・』とか言い出したら引くぞ」
「うむむ。スーパー霊能看護婦!?」
 

2月1日。AYAのインディーズ3枚目のCD『ティンカーベル』が発売になった。千里は事前にこのCDを新島さんから送ってもらったのだが、色々複雑な思いの残るCDであった。
 
これは北原さんの遺作である。北原さんは音楽系の高校を出た後、△△△大学の法学部に入ったという不思議な人で、在学中に司法試験の短答式まで合格したものの、卒業後は法律の勉強は辞めてしまって一時期会社勤めしながらバンド活動していたらしい。雨宮先生に言わせると「迷走人生ね」ということだったが、あるいは北原さんが抱えていた性別問題が所以(ゆえん)なのかも知れない。 
数年前から北原さんのお姉さんが新島さんの友人であった縁で雨宮グループに入る形になり、ポップスやアイドル歌謡を中心に年間20-30曲の作曲をしていたという。会社勤めとの掛け持ちが困難になり3年前に会社を辞めて作曲家専業になった。
 
単発で歌手のCDの制作指揮を何度かしたことはあるものの、本格的なプロデュースはAYAが初めてとなった。雨宮先生は「北原はそのうち独り立ちして自分のワークグループを作るだろうな」などと言っていた。才能あふれる人だったが病気には勝てなかった。しかし28歳というのは、あまりに若すぎる死だった。 
北原さんが亡くなった時、マンションのパソコンには4曲の未公開楽曲が登録されていた。内2曲は編曲までほぼ完成していたので雨宮先生が調整をした。1曲は編曲仕掛け、1曲はメロディーだけが入力されていたのでこの2曲は毛利さんが完成させた。そしてもう1曲必要だったので、私が作ることにした。 
夜中に蓮菜に電話してAYAに合いそうな詩を頼んだら、蓮菜はAYAの3人を妖精に見立てて『ティンカーベル』という詩を書いてくれた。それに私はピーターパンの物語冒頭にある、タンスに閉じ込められたティンカーベルのイメージで曲を付けた。
 
5曲は全て「ロイヤル高島作詞アキ北原作曲」のクレジットで毛利さんの指揮により音源製作がなされた。製作段階では雨宮先生や、先生の友人の上島雷太さんが監修している。かなりスケジュールが押している状況での製作だったので、マスタリングの指揮は実際には上島雷太さんが行った。
 
その時、上島さんは私の書いた『ティンカーベル』を先頭にしてしまった。雨宮先生がそのことに気付いたのはもうプレスに回った後だった。
 
「なぜ北原さんの作品をトップにしないんです?」
と千里は雨宮先生に言ったのだが
 
「すまん。新島からも言われたよ。私がその件を上島に言うの忘れてたんだ。上島は5曲とも北原の作品だと思っていたみたいなんだよ。私は制作した順番に『恋のハイロウ』を先頭にしたマスタリングがされるものと思い込んでいたのだけど、上島はこの曲がいちばんヒット性があると判断したようだ。ギリギリのスケジュールで進行していたからもう変更できなかった」
 
と雨宮先生も少し悔いが残るような言い方をしていた。
 
AYAについてはこのCDが1万枚以上売れたらメジャーデビューという約束をしていた。AYAのインディーズ1枚目は6800枚、2枚目は8200枚売れている。AYAの企画をした雑誌社では当然この「1万枚行ったらメジャー」というのを雑誌に書いている。AYAの企画をしたのはローティーン向けの女性誌だが、同じ出版社の男の子向けの雑誌にも特集コーナーを作って毎月掲載しているので、応援してくれる子たち。特に男の子たちがきっと買ってくれて1万枚はクリアできると踏んでいた。
 
ふたを開けてみると予約が8万枚入り、初動で12万枚売れた。
 
FMで発売前(実はマスタリングが終わった直後)から『ティンカーベル』を随分掛けてもらい、それで急速にAYAのファン層は広がった。凄まじい予約が入ったことに驚いた企画側は急遽大量プレスをして何とか発売日に間に合わせた。 
「たださあ」
と雨宮先生は言う。
 
「どうも大部分のファンにとってはAYA=ゆみ、という認識っぽい」
「へ?」
「特にティンカーベルはサビ始まりの曲だけど、そのサビをゆみがひとりで歌っている。あすか・あおいはAメロ・Bメロだけを歌っている。だから、ゆみがボーカルであすか・あおいはバックコーラス担当程度の認識のファンが多いみたいなんだ」
 
「うーん。私は個人的にはそれでいい気がします。SPEEDだってボーカルは島袋さんと今井さんで、上原さんと新垣さんはコーラスです」
と千里が言うと
 
「SPEEDねぇ。あいつもそんなこと言ってたな」
と雨宮先生。
「あいつって?」
と千里は尋ねる。
 
「いや、いいんだけどね。でもそういう形にすると、いろいろ文句言う人がいるからさあ」
と雨宮先生は言う。世間はなかなか難しいようだ。
 
「私もあの曲はCDの最後に置くつもりでいたから、そういうボーカル担当にしちゃったんだよね。どうせ最後だから、いちばんまともに聞こえる歌を1曲入れておきたかったからさ」
 
アイドルの音源製作は妥協と良心の戦いである。
 
「ゆみと、あすか・あおいの歌唱力が違いすぎますからね」
と千里も言う。
 
「そうなんだよ。だから他の曲ではリレー歌唱する時に、あすか・あおいが歌い出した時ガクっと来るんだよね。捨て曲のつもりだった『ティンカーベル』はそこを私の好みで適当にやっちゃったら、上島はこれがいちばんいいと思ってしまったみたいでさ」
 
雨宮先生は色々複雑な思いでいるようであった。
 

「なにそれ〜〜!?」
 
その噂話を聞いた蓮菜は半ば呆れたような半ば楽しい?ような悲鳴をあげた。 
「チン弁慶?」
「現代のキュベレーかスコプツィか」
 
それは先日東京のテレビ局がふだん関東限定で放送している『不思議探訪』という番組を北海道で制作しようとしたものの、何らかの事情で放送できなくなったという話から端を発している。なぜ放送できなかったかというので、色々憶測を呼んでいたのだが、やはり、あまりにやばすぎる不思議スポットがあったからではという話になる。
 
どうも「そばを通るとおいでおいでされる」《おいでの木》はその番組に出演している“スーパー霊能者”火喜多高胤が解決してしまったらしいのだが、火喜多さんでも解決できなかった怪異があったようだという噂になっていた。それが西五条大橋という橋に夕方出没するという《チン弁慶》なのである。 
「男の子がその橋を1人で渡ると『おちんちん置いてけ』と言って武者姿の幽霊が現れるんだって」
「実際におちんちん取られちゃった子がいるらしいよ」
「えー?おちんちん取られちゃったらどうなるの?」
「それはもう女の子になるしかないんじゃない?」
「美少年なら、それも歓迎だな」
「鶴田みたいな男子なら、勘弁してほしいな」
 
などと言われて近くにいた鶴田君が不快そうな顔をする。
 
「なんかある男の子が通った時『今までに799本のおちんちんを集めた。お前のおちんちんを取れば800本目になる』と言ったって」
 
「私が聞いたのでは『今まで899本のおちんちんを集めた』と」
「じゃ、その間に100本集めたのでは?」
 
「今旭川にはきっとおちんちんを無くした男の子がたくさん」
「女子高の定員を増やしてあげなくちゃ」
 
「でもおちんちんを数える単位って本なんだ?」
「本じゃなかったら何だろう?」
「1房(ふさ)2房とか」
「ふむふむ」
 

なんか変な怪異の話もあるもんだなあと思って千里は聞いていたのだが、その日また雅楽の合奏団の練習に行くと、その《チン弁慶》の話である。
 
「うちの神社の氏子さんの親戚の友達の子が、本当におちんちん取られちゃったらしい」
「えー?その子、どうしてるの?」
「元々女の子になりたかった子らしくて、これを機会に学校にも女の子として通い始めたって」
「それは良かったね!」
 
「でも女の子になりたい男の子じゃなかったら、悲惨だね」
「きっと、しくしく泣いているよ」
 
「でもその噂を聞いて、女の子になりたい男の子が最近、あの橋を夕方ひとりで渡ろうとするのがはやってるらしいよ」
「なんだか男の娘がたくさん橋のたもとにいて、ひとりずつ渡っていくんだって」
「だったら《チン弁慶》もおちんちんの取り放題?」
 
「なんか昔、おちんちんを要求する女神ってありましたよね?」
と弥生がなぜか千里に話を振る。
 
「アナトリアのキュベレーでしょ?」
と千里は答える。
 
「信者さんがおちんちんを捧げるの?」
「そうそう。お祭りの興奮の中で、男性信者が自分の男性器を切断して女神に捧げる。切断した人はお祝いにみんなから女物の服を渡される」
 
「それ以降は女として生きなさいということか」
 
「キュベレーの神像には身体の周りに不自然な球体がずらっとくっついているんだけど、それは女神に捧げられた睾丸という説が有力」
 
「周りを取り囲むほどたくさん、男性器を捧げたのか」
 

「だけどチン弁慶は何のために男の子のおちんちんを集めているんだろうね?」
「おちんちんを無くしたい子たちがそこに集まって、実際におちんちんを取ってもらっているのなら、別に放置しておいてよい気がする」
 
「でもおちんちん無くしたら困る人が通ってやられたら気の毒」
「やはり霊界探偵団で見に行こうよ」
 
「何その霊界探偵団って?」
「天津子ちゃんと、その眷属の私と弥生と千里だよ」
と綾子が言う。
 
「結局私も行くのか」
 

それで翌日の夕方、4人は西五条大橋まで出かけて行った。女子大生の弥生が車で来ていたので彼女の車に同乗してやってきたのである。
 
何だか人だかりがしてる!
 
「あれ、おちんちんを無くしたい人たちでは?」
「男の子をやめたい人たちがあんなにいるのか」
 
「こいつら全部殺してやりたいな」
などと天津子は言う。
 
天津子は「オカマ嫌い」なのである。
 
「いや、性転換手術のハードルがあまりに高すぎるから実際に手術を受けるのは年間数百人みたいだけど、実際には性転換したいと思っている人はおそらく全国に数十万人いると思う」
と千里は言う。
 
「だけどなんで弁慶がおちんちんを狙うんだろう」
「昔、京の五条大橋で女の姿をした牛若丸にやられたからじゃない?」
「それでオカマ嫌いになって、オカマを見たらおちんちん取っちゃう?」
「でもちんちん取られて、やむを得ずオカマになっちゃう人もいるかも」
 
と綾子と弥生はよく分からない会話をしている。天津子は霊視でもするかのように目をつぶって集中している。
 
千里は人だかりの中に、バスケ部1年生の湧見昭一がいるのに気付いた。 
「昭ちゃん、ここで何してんの?」
「あ、千里さん。この橋の噂聞いてません?」
 
「聞いた。それで調査に来たんだよ」
「ボク、薫さんみたいに性転換手術まで受ける勇気無いけど、何かの間違いでおちんちん無くなったらいいなと思って」
 
薫、結局性転換したんだっけ? どうも薫の発言はどこまで信じていいのかさっぱり分からないからなあ。まだちんちんあるなんて言ってたけど、それが本当かどうか、昭子が言うように、実はもう取っちゃったのかもなどとも千里は考えていた。
 
「それで橋を渡りに来たんだ?」
「既に3回渡りました。でも何も出ないんです」
 
見てると、おちんちんを無くしたい男の子たちは5分単位で1人ずつ渡っているようである。女装している子も結構いる。しかしこの橋は太鼓橋状になっているので橋の中央より向こうはこちらからは見えない。何か怪異が起きたとしても悲鳴などがあがらない限り分からない。
 
「これだけ騒いでいたら、さすがの弁慶幽霊も出ないのでは?」
「でもこのくらいの時間帯が出やすいらしいんですよ」
 
「天津子ちゃん、何か感じる?」
と千里はそばで橋を見つめている天津子に訊く。
 
「雑多な霊が多すぎて分からん!」
 
たしかに人が集まると霊も多数集まりやすい。
 
「夜中にまた来てみようよ」
 

ということで千里たちは食事を兼ねてカラオケ屋さん!に行った。
 
天津子は歌が物凄く上手い。千里にしても綾子や弥生にしても楽器をしているだけあって音感は良いのだが、天津子の歌は格別だと思った。
 
「だけど例のオカマ野郎は、私もちょっと悔しいくらいに上手いんですよ」
と天津子は言う。
 
「誰だっけ?」
と綾子。
 
「天津子ちゃんが凄く嫌っているオカマちゃんの霊能者らしい」
「ほほぉ」
「あいつ音域も3オクターブ近く出るから」
「それは凄い」
 
「今小学4年生だっけ?」
「うん。私より2つ下。だからきっと近いうちに声変わりが来て、まともに歌えなくなるのではと、半分期待しつつ半分ちょっと残念な気がする」
 
声変わりか。。。。私も小学5−6年生の頃は悩んだなと思う。でも私も声変わりは来るよと美鳳さんから予告されている。嫌だなあ。
 
「そういえば天津子ちゃん、まだ小学生だったっけ?」
「ですけど」
 
「忘れてた!」
「凄くしっかりしてるから、高校1年くらいだっけとか思ってた」
「小学生をこんな夜中まで連れ回してたら、私たちが逮捕されるな」
「そもそも高校生も10時までだったかも」
 
などと言いながらカラオケ屋さんで12時近くまで過ごしてから4人はまた橋のところまで行ってみた。
 

車を降りて4人で橋のたもとに立つ。
 
「何か居るね」
と弥生。
「うん。これは私にも分かる」
と綾子。
 
「行ってみよう」
と天津子が言う。
 
「ねえ。こういう時はやはり笛を吹きながら渡るんだよ」
「なるほどー」
「誰か笛持ってる?」
 
「私持ってるけど」
と千里が言い、京都で《横笛》からもらった篠笛を取り出し吹き始める。 
それで4人は一緒に橋を渡った。
 
橋の真ん中付近のいちばん高い所を少しすぎたあたりで、そいつは現れた。 

「なんだ。女ばかりか?」
とその僧兵姿の幽霊は言う。千里は笛を吹き続けている。
 
「私男だけど」
と天津子が言った。
 
「おお。それなら、お前のチンコを置いていけ」
「おちんちんなんか集めてどうするのさ?」
「俺は千本のチンコを集めるという大願を立てた。今まだ99本集めた所だが、お前のチンコを取れば100本になる」
 
噂では799本とか899本という話もあったが、どうも数字がオーバーになっていただけのようだ。でもひょっとしたら79本か89本だったのをこの所の騒ぎで「取られたい」希望者が殺到して本数を稼いだのかも?
 
「変な大願だね。なんでそんなの思いついたの?」
「俺は子供の頃、修行の邪魔だとか言われて師匠にチンコを切られてしまった。それが悔しいから他の奴らにも同じ苦しみを味合わせてやるのだ」
 
「あんたがチンコ取っちゃった奴ら、悲しんでた?」
「それがなぜかみんな嬉しがってたから不思議なんだ」
 
「世の中が変わったんだよ。男の子はチンコ取られるのを今の時代は喜ぶんだよ。だからあんたは苦しみを味合わせることはできないね」
「嘘? なぜチンコを取られて嬉しがる?」
 
「だっておちんちん取られたら女の子と同じだから。今の時代は男より女の方が生きやすいし人生楽しいんだよね。大事にしてもらえるし」
 
「そんな馬鹿な。女は劣った生き物、女であること自体が地獄のようなものなのに」
「それは古い時代の考え方だね。今この世界は女優先の社会になってるんだ。だから女になりたい男がたくさん居て、この日本の国だけでも毎年1000人くらいが自分でおちんちん切って女に変わってるよ」
 
「嘘だ!? だったら私のしていたことは何なんだ!?」
「あんたのしてたことは全く無意味だから、もう消滅しちゃいなよ」
 
天津子がそう言うと、大きな箱のようなものが現れたのを千里は感じた。チン弁慶はその箱の中に吸い込まれていき、箱は閉じた。
 
天津子が般若心経を唱えるので、千里たちもそれに唱和した。
 
周囲の雰囲気が明るくなった。
 

「封印したの?」
と綾子が訊く。
 
「に近い。まああの箱の中からは何も悪さはできないから、せいぜい自分のしてきたことを後悔するといい」
 
「でもチン弁慶って本当におちんちんを取ってた訳?」
「霊的に取ってたと思う。だからやられた人は、おそらく男性機能を失い、勃起もできず、精子も男性ホルモンも生産されなくなっている」
 
「男の娘さんたちは歓迎だろうけど、ふつうの男の人は悲惨じゃない?」
と弥生。
「まあ、心機一転オカマになっちゃえば」
と天津子。
 
「天津子ちゃん、オカマ嫌いなんでしょ?」
「嫌いだけど。男も嫌いだからいいや」
「ふむふむ」
 
「私見てただけなのに凄く疲れてる」
と千里が言った。
 
「あんな大物の封印はパワーが必要だもん。大半のエネルギーを千里さんからもらった」
と天津子。
 
「へ?」
「千里さん、優秀なバッテリーなんだよね。年々その容量が大きくなってるし」
と天津子は楽しそうに言った。
 

 
2008年1月31日〜2月2日(木金土)、バスケット全道新人大会が旭川市のL女子高で開催された。N高校女子はこういうメンツで参加した。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 結里(18) SF 寿絵(9) 敦子(13) 夏恋(10)PF 暢子(4) 睦子(11) 蘭(15) 川南(16) 葉月(17) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14)  
薫が出られないのでスモールフォワードが手薄になるため夏恋を今回はスモールフォワードで登録した。そのためシューティングガードの控えとして結里を登録したので、結果的に永子が枠外に弾き出された。ボーダー組はどうしても出たり入ったりになる。
 
その薫を今回マネージャー登録している。他の子をマネージャー登録する場合は試合を間近で見せて、オンコートの疑似体験をさせるとともに、次はコートに立ちたいと思わせるという教育目的が大きいのだが、薫を座らせる場合は薫は参謀として重要な役割を果たしてくれる。宇田先生や南野コーチがどうしても指導者としての立場で試合を見てしまうのに対して薫は自分も選手の一員として試合を見るので、違った角度からの意見が聴ける。千里にしても暢子にしても薫の分析や助言は本当にありがたいし、彼女の分析能力には南野コーチも一目置いている感じである。
 
さて、この大会の旭川地区大会はN高校で開かれたのだが、全道大会の会場は女子は旭川L女子高と男子は旭川W工業がメイン会場となった。
 
出場校は男女各32校で1回戦は各16試合あるので、10:00 11:30 13:00 14:30 の4つの時間帯に分け、L女子高のメイン体育館とバスケ専用体育館に2コートずつ、旭川W工業も第1体育館に2コート、第2体育館に1コートと、隣接するE中学校の第2体育館を借りて1コート確保。これで初日は32試合を一気に行った。
 
地区大会ではN高校ベンチに入っていない子たちがスタッフで活躍したのと同様、今回はL女子高などでも、ベンチ枠外の選手が案内係や連絡係・記録係・掃除係などで活躍していた。彼女たちもそういう作業をすることで、大会に参加している気持ちになれる。
 
女子では、旭川地区からは1位の旭川N高校と2位の旭川L女子高が出場したが、1回戦は順当に勝ち上がった。いづれも1.5軍の子中心に運用した。留萌地区からは留萌S高校が出ていたが、久子さんや豊香さんなど3年生が抜けて人数も 減っている上に1回戦で当たった所が割と強い所であったため、1回戦で敗退となった。
 
「新1年生で強い子が入ってくることを期待しよう」
などと言って数子たちは引き上げて行った。
 
男子では旭川地区から出場したのは旭川N高校と旭川W工業であるが、いづれも1回戦を勝ち上がった。また留萌地区代表の留萌S高校も勝ち上がった。S高校は貴司や佐々木君たちが抜けて、大林・小林の《大小コンビ》がチームの中心になっている。
 

 
2日目は午前中9:00と10:30の時間帯から2回戦、時間をおいて15:00から準々決勝となる。
 
休憩時間が3時間取られているとはいえ連戦になるので、N高校では2回戦は1.5軍中心に運用し、準々決勝で主力が出ることにした。準々決勝の相手は強豪の札幌D学園である。ウィンターカップ予選までの中心選手であった181cmの銀山さんは3年生なので出ないものの、スモールフォワードの早生さんが器用かつ突破力があり、なかなかあなどれないチームである。またこの大会からスターターになった1年生の遠川さんが結構な得点能力を持っていて、この人がちょっと計算外だった。
 
実際第1ピリオドではマークに付いた寿絵がうまくやられてしまってどんどん得点され、20対16とリードを許してしまう。
 
第2ピリオドでは夏恋を早生さんのマーカーに入れる。夏恋は瞬発力があるのでフェイントに騙され掛けてもその後の反射神経で結構相手を停める。またこのピリオドでは「第2ピリオドだけに全力投球」を言われたリリカが物凄く頑張ってリバウンドを取ったおかげで、何とか14対18と挽回。前半を終えて34対34の同点である。
 
第3ピリオドでは消耗を避けるために暢子を休ませPFのポジションには前半は睦子、後半は葉月を入れる。またセンターは揚羽に「このピリオド全力投球」を言い渡して入れる。すると暢子がいないため相手のマークが千里に集中するものの、何とか12対16とこちらがリードを奪うことができた。揚羽が特にディフェンス・リバウンドで物凄く頑張ったのがロースコアにつながった。
 
第4ピリオドで暢子を戻し、センターも留実子にする。またポイントガードも消耗が激しかった雪子を下げてメグミを使う。メグミも最近はかなりイメージトレーニングを頑張っているので、結構相手を翻弄する攻めを見せる。千里と暢子のどちらを使った攻撃かを相手が読み切れないので守備が中途半端になってしまうところをどんどん攻める。加えてさすがに早生さんが疲れてきて動きがにぶくなってきたこともあり、このピリオドは10対28とワンサイドゲームの様相となった。
 
終わってみると、56対78の大差でN高校が勝利して準決勝に駒を進めた。 
準決勝に顔を揃えたのは、旭川N高校、旭川L女子高、札幌P高校、釧路Z高校の4校である。
 
男子では、旭川N高校、留萌S高校、札幌B高校、札幌Y高校が残っている。札幌B高校は田代君が居るチームである。彼は2年生の新人戦になって、やっとスターティング5に収まることができた。田代君のように強い人でも強豪の中での競争は厳しい。札幌Y高校は昨年のインターハイ代表であり、ウィンターカップ道予選決勝でも留萌S高校と戦ったチームである。
 

大会は3日目になる。この日、葉月が風邪を引いたというので南野コーチから体調管理がなってないと叱られていた。他の地区に遠征してみんなで泊まっている時は、食事にしても就寝時間にしても、きちんと管理するのだが、地元での開催の場合、各自自宅に戻るので、自宅で夜更かししたり、あるいは家族に風邪を引いている人がいたりする場合、気をつけてないと体調を崩す場合もある。更に葉月はまずいことをしていた。
 
「葛根湯を飲んだ〜?」
と南野コーチは半分困ったように声を挙げた。
 
「えっと、ダメでしたっけ?」
「葛根湯はドーピング検査に引っかかるんだよ」
「え〜!?」
「葉月ちゃん、あんた今日はベンチ外」
「済みません」
 
新人戦道大会では特にドーピング検査は行われていないものの、アンチ・ドーピングの精神は守ることが望ましい。
 
「ふだんならいいけど、大会の直前や最中は飲める薬が限られているから、夜中でもいいから、私か山本先生に連絡して。生理痛とかの薬もほとんどがやばいから」
と南野コーチはみんなに改めて言う。
 
「ごめんなさい」
とマスクをしている葉月はほんとうに申し訳ないと頭を下げていた。
 
そういうわけで今日の試合は葉月を外した14人で臨むことになった。
 

 
今日は男女ともにL女子高で行われる。
 
午前中、9:00から女子の準決勝をバスケット専用体育館、男子の準決勝をメイン体育館で行い、その後1時間半の休憩を置いて、12:00から男女の3位決定戦、14:00から女子決勝戦、15:30から男子決勝戦というスケジュールである。3位決定戦以降はメイン体育館で行う。また、準決勝・3位決定戦は横向きに2コート取るが、決勝戦だけが、縦向きに1コート取っておこなう。ゴールも横向き2コートの時は壁面式のゴールを使うが、1コートの時は吊下式のものを使用する。 
しかし普段男子禁制のL女子高にこれだけ多数の男子選手、男性の観客を受け入れるのは、めったにないことである。なお。メイン体育館にもバスケ専用体育館にも、こういう大会の時のため、ちゃんと男女別のトイレが装備されている(普段は男子トイレは施錠されている)。L女子高の校舎内のトイレには(区別の必要が無いので)男女マークが無いが、この体育館だけにはトイレに男女マークが付いているのである。
 
今回の準決勝の組合せは、旭川N高校−札幌P高校、旭川L女子高−釧路Z高校となった。P高校とは決勝戦で当たりたかった所だが、組み合わせがこうなってしまった以上、やむを得ない。
 
「P高校を倒して決勝戦に行くぞ!」
「おぉ!」
と気合いを入れて千里たちはコートに出て行った。
 
この試合に先立って宇田先生は「力尽きて決勝戦で負けてもいいから、P高校を倒してきなさい」と言って選手を送り出した。
 

昨年のP高校を引っ張ってきた竹内・片山のコンビが抜けて、P高校は佐藤さんがキャプテンの番号4番を初めて付けている。準々決勝までは主力を温存しながら快勝してきているが、向こうもこれが事実上の決勝戦と思っているだろう。新チームにとって初めて全国レベルのチームとぶつかる実質的な初陣。絶対勝ちたいだろう。しかし千里たちもこのチームを倒さなければ今年のインターハイでの上位進出は難しいと思っていた。
 
スターターは向こうは徳寺/猪瀬/河口/宮野/佐藤というメンツで来た。何とシューティングガードが居ない! ポイントガードの徳寺さん以外フォワードを4人、特にP高校自慢の180cmトリオを全員入れて点を取りまくるよ!、という宣言だ。
 
N高校の方は雪子/千里/夏恋/暢子/留実子、という布陣で行く。例によって留実子がまだ万全ではないので、留実子はあくまでリバウンド専任と割り切ってブロック・マーク要員として夏恋を起用している。
 
両軍挨拶・握手してから、ティップオフは留実子が取り、雪子がドリブルで攻めあがるが、P高校は素早くゾーンを組んで、こちらの進入を阻止する体勢である。千里には佐藤さんが付いている。
 
ここで夏恋がうまく佐藤さんをスクリーンし、猪瀬さんがフォローに来る前に雪子から千里へパス。即撃って3点。まずはN高校が先制して試合は始まる。 

どちらも攻撃を意識した編成なので序盤から激しく点を取り合う。N高校が千里と暢子を主として使って攻めていき、変化パターンとして器用な夏恋を使っていろいろな作戦を仕掛けるのに対して、P高校は4人のフォワードの誰もが点を取る、ラン&ガンに近いスタイルである。リバウンドは留実子と宮野さんの争いで痛み分けの感じであったが、どちらもそもそも正確にゴールを入れるので、この試合ではリバウンドは「大きく負けなければいい」という感じになっていた。
 
第1ピリオドを終えて28対24と、ハイスコアの点数になっている。
 
第2ピリオドでは留実子を休ませてリリカを入れる。スモールフォワードは寿絵にするとともに、ポイントガードをメグミに替える。この試合では1,3ピリオドを雪子、2,4ピリオドをメグミでやってみようという作戦である。 
夏恋が下がっているので攻撃のパターンの数が減るのだが、寿絵は知能派でいつもうまい所に居るので、ボールのつながりが良い。相手のガードに阻まれて攻めあぐねても、すぐに別の展開に持ち込むことができるので、相手の堅い守備にもかかわらず、暢子もリリカも点を取っていく。その代わり千里はひとりで佐藤さんと対峙する必要があるので、このピリオドではスリーを1本しか撃てなかった。第2ピリオドは26対21と5点差。前半を終えて54対45と9点差である。 

「向こうさん、全開だよね?」
とハーフタイムに川南が言う。
 
「うん。マジ全開で来てる。この試合、絶対勝つぞという感じ」
と暢子。
 
「だけど、やはりこないだのリーグ戦の時より戦力落ちてるよ」
と冷静な寿絵は分析する。
 
「それはやむを得ないよね。徳寺さんはまだまだ経験が足りない」
「うん。ポイントガードとしての経験だけから言えば、うちの雪子の方がずっと上。だから次のピリオドは試合をひっくり返そう」
 
「よし、行くぞ!」
と気合いを入れ直して出て行く。
 

このピリオドではまたスモールフォワードの位置に夏恋を入れているので千里とのコンビネーション・プレイで佐藤さんのマークを外し、調子良くスリーを放り込むことができた。夏恋はスクリナーになるかと思うと、自分がボールをもらう側になることもあり、相手としてもかなり守りにくい。それで千里も夏恋もスリーがあるのでやっかいなコンビである。
 
むろん夏恋と千里ではスリーの入る確率が段違いだが、千里に警戒しすぎると夏恋がフリーで撃つのでこのプレイに向こうはかなりやられていた。
 
一方このコンビに注意が行きすぎると、暢子にしても留実子にしても中に飛び込んで得点していく。
 
それで第3ピリオドは暢子が宣言したように、N高校が一方的に猛攻する展開になり、前半の点差を一気に挽回。74対73と1点差に詰め寄った。
 

第4ピリオドでポイントガードはメグミの予定だったが第2ピリオドだけでくたくたになっていたので敦子を起用し、スモールフォワードの位置に睦子を出す。センターは満を持していた揚羽を投入する。揚羽は要領がいいのでリバウンドで背丈で負けている宮野さんや河口さんにも決してひけを取らない。しかもここまで出番が無かったのでエネルギーがありあまっている。ディフェンス・リバウンドでは8割、オフェンス・リバウンドでも3割をとりまくってこちらの攻撃機会を増やした。
 
それで第4ピリオド前半にいったんこちらが逆転するが、それでお尻に火がついたP高校も強烈に反撃して、いったんは6点差を付けられる。ここでN高校は雪子と寿絵を再投入。雪子の巧みなゲームコントロールでN高校はあっという間に2点差まで詰め寄る。そして残り1分のところで94対92である。
 
P高校が攻めてくる。ここから先は攻撃機会を得点に結びつけられないと辛い。どうしても慎重な攻めになる。
 
徳寺さんから佐藤さんにボールが渡るが、千里が強力なガードをして、簡単には中には入(い)れない。それでフェイダウェイ気味に後ろにジャンプしてシュートするが、千里は絶妙のタイミングでジャンプして、このボールをブロックした。
 
こぼれ玉に寿絵と猪瀬さんが駆け寄る。一瞬速く猪瀬さんが確保して佐藤さんにパス。佐藤さんが再度シュートしようとするが千里は彼女のすぐそばまで行っている。N高校の選手がボールを1度も「所有」していないのでショットクロックは継続しており、既に5秒を切っている。
 
佐藤さんと千里との複雑なフェンイト合戦(でも時間的には1秒程度)の末、佐藤さんは千里の左側を抜いた。
 
と思ったら、ボールは千里が確保している。佐藤さんが一瞬盗られたことに気付かなかった、巧みなプレイであった。
 
いったん雪子にパスするとともに、千里は全力疾走で相手ゴールに向けて走る。俊足の雪子だがドリブルしながら走っているので、千里が途中で追い抜く。P高校側も徳寺さんが必死で戻る。
 
徳寺さんと千里がほとんど並んでいる所にめがけて雪子はボールを投げる。徳寺さんは宮野さんの「ボール!」という声に振り向き、バック走の体勢に切り替えるが、千里は振り向かない。そしてボールが到達する直前振り向いてキャッチする。
 
スリーポイントラインの手前で停まりきれいなフォームでシュート。
 
徳寺さんは近くにはいたが敢えて停めなかった。以前の試合で無理に停めようとしてファウルを取られバスケットカウント・ワンスローになった苦い経験を思い出したに違いない。
 
これで94対95になって、残りは30秒!
 

微妙な残り時間だ。攻撃する側は24秒以内にシュートしなければならないので、ここでP高校が点を取っても、次はN高校の攻撃となる。つまり残り1回ずつお互い攻撃することができる。もっともお互い速攻の応酬になるとP高校2回、N高校1回の攻撃機会になる可能性もあるが、そんな不利になることをN高校がする訳が無い。となると、ここはP高校としては24秒をできるだけぎりぎりまで使った方が良い。
 
ということで徳寺さんはゆっくりと攻め上がる。
 
前回佐藤さんの所から突破できなかったのだが、やはりそれでもここは佐藤さんにボールを回す。こういう土壇場で力を発揮できてこそエースだ。千里と再びマッチアップ。お互いに神経を研ぎ澄ます。相手の心理を読み合う。佐藤さんの身体が左に一瞬動くが千里は身体を動かさない。再度佐藤さんが左に揺れる、と思った次の瞬間、佐藤さんはジャンプして空中で手を伸ばしたままシュートを撃つ。千里もそれを読んでジャンプしたのだが、背丈が12-13cm違う分、届かなかった。
 
少し距離はあったのだが、ボールはバックボードに当たって、きれいにゴールに飛び込む。
 
96対95で残りは10秒!
 

雪子がドリブルで攻め上がる。既にショットクロックは停まっている。刻一刻と試合の残り時間も無くなっていくが雪子は慌てない。
 
寿絵が(千里をマークしている)佐藤さんの方に走り寄りスクリーンプレイを仕掛ける。宮野さんや猪瀬さんの注意がそちらに引かれる。猪瀬さんがスイッチに備えて走り寄る。
 
しかし雪子は暢子にパスした。
 
こういう土壇場ではシュートの信頼性が高い千里を使うのがいつものN高校のパターンだ。しかし敢えて雪子はエースの暢子を使った。やはり土壇場で使えるのがエースなのである。
 
暢子は相手の一瞬の警戒の緩みを見逃さずに中に飛び込んで行き、河口さんのブロックをうまくフェンイトでタイミングを外し、ゴールのすぐ下から華麗にレイアップシュートを決めた。
 
逆転!!!
 
96対97!!!
 
そして残り時間は0.2秒というきわどい所での逆転であった。
 
P高校はタイムを使ってしまっているのでタイムがもう取れない。佐藤さん・宮野さんが必死で向こうに走っていき、徳寺さんもできるだけゆっくりとスローインしたのだが、宮野さんがボールを掴んですぐにゲーム終了のブザーが鳴る。 

こうして旭川N高校は新人戦道大会準決勝で札幌P高校を倒したのであった。 
整列する。
 
「97対96で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
両者握手する。そしていつものようにあちこちでハグしあう。しかし千里とハグした佐藤さんは物凄く悔しそうな顔で言った。
 
「うち、必死で鍛え直すから」
「うん。こちらも再度鍛え直す」
 
それで堅い握手をしてふたりは別れた。
 
そして後で考えてみると、ここからこの年の札幌P高校の快進撃は始まったのである。
 

同時に行われていたもうひとつの準決勝は旭川L女子高が釧路Z高校を倒した。それで午後からの決勝戦は旭川勢同士の対戦になることになった。
 
続けて行われた男子の準決勝では札幌Y高校が旭川N高校を倒し、留萌S高校が札幌B高校を倒した。
 
「なんか今年の新人戦道大会は男女とも準決勝が事実上の決勝戦という感じだ」
と薫が言う。
 
「そうだっけ?」
「うちの高校の男子も充分強いよ。特に今回は昭ちゃんがかなりスリーを放り込んだでしょ。Y高校が強いから負けちゃったけどさ。留萌S高校は、やはり千里の彼氏が抜けたので戦力がかなり落ちている」
 
「じゃ4月になって薫が男子チームに合流したら、もしかしてインハイ行ける?」
と千里は訊いたが
 
「組み合わせ次第」
と薫は言った。
 
「室蘭V高校がさあ。今回は準々決勝で札幌Y高校に負けちゃったから。帯広C学園もY高校と3回戦で当たってるしね」
「確かに優勝候補と下の方で当たると辛いよね」
 
千里は1年生の時の新人戦地区大会でL女子高と2回戦で当たってしまった時のことを思い出していた。あれでL女子高は昨年は道大会にも来ることができなかったのである。昨年の新人戦道大会に出たのはN高校とM高校だ。それが昨年の旭川M高校を勢い付かせる出発点になっている。
 

少し休憩を置いて行われた3位決定戦では、女子では札幌P高校が釧路Z高校に大勝した。P高校は3位決定戦に出ること自体、無茶苦茶悔しかったはずだ。 
「やはり今回の勝利は向こうさん、3年生が抜けて新チームになってすぐだというのがあったんじゃない?」
と寿絵が言う。
 
「うん。それは大きいと思う。うちは去年の秋から新チームになって強い所とたくさん勝負してきたからね。向こうは先月のJ学園迎撃戦の時に比べてもやはり力が落ちている感があった」
と千里も言う。
 
「でも今回負けただけに、次にP高校を見る時は、かなり手強くなっているだろうね」
と薫は言う。
 
なお、男子では旭川N高校が札幌B高校を倒し、N高校男子は3位となった。 
「宇田先生」
と千里は先生に声を掛けた。
 
「何だね?」
「合宿やりましょう。P高校は今日負けたので、きっと地獄の合宿をしますよ」
と千里は言った。
 
「いつする?」
「来週の連休」
「賛成」
と暢子も言った。
 
「札幌D学園はこの春休み、海外合宿やるらしいですよ」
「お金かかりそう」
 
「私たちはお金は掛けずに体力掛けましょう」
「いいね」
 
「食費は掛けましょうよ」
と川南が言うと
「いいですね」
と蘭も賛成した。
 

 
決勝戦。旭川N高校と旭川L女子高の選手がコート上に整列する。旭川地区の決勝戦が道大会決勝戦でも再現されることになった。暢子と溝口さんとで握手してから、試合を始める。
 
ティップオフは鳥嶋さんと揚羽の1年生同士で争い、揚羽が勝ってスターティング5でポイントガードとして入っている敦子が攻め上がる。
 
この試合では雪子と留実子は使わないことにした。準決勝での疲労が抜け切れていないのである。そこでポイントガードは1,3ピリオドは敦子、2,4ピリオドはメグミで乗り切ることにする。
 
N高校はいつものスターターが午前中のP高校との試合で力を使い果たしていた。それに対してL女子高は決勝戦はP高校との戦いになると見て、主力を適宜休ませながら準決勝を戦ったので、充分パワーがある。
 
そこで第1ピリオドは元気なL女子高が疲れているN高校を圧倒する形になり22対16と6点差を付けられる。
 
第2ピリオドで千里も休み結里をシューティングガードに入れる。寿絵も随分消耗しているのでスモールフォワード役で蘭を入れたが、彼女たちは元気がありあまっているので、L女子高の猛攻を何とかしのいでくれる。このピリオドを16対14の2点差で持ちこたえてくれた。
 
結果的にはこの第2ピリオドの攻防が勝敗を分けた。
 

第3ピリオド、千里が復帰して、暢子を休ませる。パワーフォワードの位置に川南を出す。本当はこのピリオドは川南と葉月を5分ずつ使いたかった所だが、葉月がベンチ外なので川南には「葉月の分まで2人分頑張れ」と言い渡した。すると川南はこのピリオド本当に頑張ってくれた。
 
さすがにL女子高も連戦の疲れで動きが落ちてきた所で少し体力を回復させた千里のスリーが炸裂する。それでこのピリオド、14対22と大きく挽回。合計で52対52の同点に持ち込んだ。
 
第4ピリオドはもうお互い最後の力を振り絞って頑張る。
 
メグミが頑張って雪子の代役を務めてくれて、千里・暢子のシュートも冴える。1−3ピリオドを休んでいた夏恋がうまく相手を攪乱してくれて、攻め筋を作り出す。揚羽も根性でリバウンドを頑張る。
 
それでこのピリオド20対22の僅差でN高校がリードを奪い、最終的に72対74で旭川N高校がこの道新人戦の優勝を勝ち取った。決勝点を入れたのは揚羽であった。
 
しかし体力を使い切ってしまい、整列して挨拶を終えた後、ベンチの所で倒れてしまう部員が相次ぐ。千里も一瞬意識を失ったし、暢子も揚羽も倒れて結構な騒動になっていたようであった。夏恋も意識こそ失わなかったものの、へばって横になってしまい、しばらく動けなかった。
 
「チョコ、チョコをくれ〜」
という声が響き、負けたL女子高の方からまで常備しているチョコを差し入れしてくれた。
 

そんな騒動もあったおかげで男子の試合開始が10分遅れてしまったものの、この件に関しては特に連盟からのおとがめは無かった。連盟側も午前中の激戦を考慮してくれた感じであった。むしろ札幌P高校のメンツから「私たちはあそこまで全力を尽くしてなかった」という反省の弁が出ていたようである。
 
男子の決勝は薫の予想通り、札幌Y高校が留萌S高校に大差を付けて勝利した。大林・小林コンビと千里はロビーで遭遇したので「残念だったね」と声を掛けたが「やはり細川さんや佐々木さんが抜けて自分たちの力が足りないのをハッキリ認識しました。春休みは合宿です」などと言っていた。
 

 
N高校の合宿に関しては、1週間後に30人以上のメンバーが合宿できるような場所が空いているかどうか不安だったのだが、白石コーチが頑張って探してくれて沼田町の本来は冬季は閉鎖している合宿施設を、白石コーチのコネがあったので特別に使わせてもらえることになり、そこに行くことになった。沼田町というのは旭川市と留萌市のちょうど中間くらいの場所で、高速道路の沼田ICの近くである。合宿所への道は自分で除雪してくれということだったので、白石コーチの親戚の人が所有している除雪車を使って、コーチと2人で半日がかりで道を作ったようであった。
 
それで2月9日の朝、合宿参加メンバーは学校所有のバスで沼田町に向かった。 
参加メンバーは「希望者」ということにしたが、層雲峡合宿の参加メンバーは27人全員が参加した。これに宇田先生・南野コーチ・白石コーチ、それから調理担当のボランティアに名乗り出てくれた、3年生で行き先の決まっている麻樹さん・透子さん・美々さんが加わって総勢36名である。男子にも参加したいという声があったものの、施設の収容能力の問題で今回の合宿は女子のみとなった。 
「女子のみだけど、薫と昭ちゃんはメンツに入っているんだな」
と高速を走るバスの中で川南が言う。
 
「私は女の子だから当然」
と薫。
「ボク、女の子になりたいから入れてください」
と昭ちゃん。
 
「昭ちゃん、そろそろ自分のことを《わたし》と言えるようにしよう」
「えー?恥ずかしいです」
「ボク少女はいるけど、やはり女の子の心になるには《わたし》と言えなくちゃ」
「頑張ってみます」
「ほら、言ってみよう」
「わたし・・・」
と昭ちゃんは言ってみたものの、そのまま恥ずかしそうに俯いて、真っ赤になっている。
 
「可愛い!」
という声が上がっていた。
 
「実際問題として、薫も昭ちゃんも来週のU18エンデバーにも女子として招集されているからなあ」
と暢子は言う。
 
「佐藤さんと電話で話したけど、札幌P高校もやはり今週末は合宿らしいよ」
と千里は言った。
 
「向こうはきっとうち以上に凄い合宿やるだろうな」
「向こうはどこでやるの?」
「定山渓温泉って言ってた」
「ああ、温泉の合宿もいいよね」
「こちらも3月20日から23日まではまた層雲峡合宿だから」
「おっ」
 
「今週末はL女子高が層雲峡合宿らしい」
「へー」
「うちが層雲峡のこないだの宿に電話したら『あ、旭川L女子高さんですね。9日から11日まで予約承っております』と言われちゃって、違いますと言って切ったけど、なんか悪いことしちゃったみたいに気が咎めて」
と白石コーチが言う。
 
「ちょっとした事故ですね」
「L女子高さんは気にしないと思う」
 
「でもここのところの合宿は費用学校持ちなんで助かってます」
 
という声が出る。部活の費用というのは、特に経済的に豊かではない家庭の部員には結構辛い。今回の合宿も費用は食費まで入れて60万円ほど掛かっている。個人負担にすれば1人2万円くらい払う必要がある。
 
「去年某校の海外合宿は自己負担額がひとり15万円かかったそうですよ」
「恐ろしい」
 
「何かね。うちは夏のインターハイの頃から、女子バスケット部の強化に使ってくれといって、今まで居なかった新たな寄付者が出て、毎月結構な金額を送金してくれているんだよ」
と宇田先生が《懐事情》を明かす。
 
「誰なんですか?」
「それが匿名らしいんだ」
「へー。誰かバスケ部のOGさんなんでしょうかね?」
「だと思うよ。やはり君たちがインターハイで優秀な成績をあげたせいという気もするよ。ありがたい話だからその資金を使わせてもらっている」
 

この合宿では基本的なプレイを再度確認することを中心に据えた。
 
正確にパスを出す練習を、チェストパス・バウンドパス・オーバーヘッドパス・アンダーパスと種類毎にたくさんする。とにかくチェストパスがちゃんと相手の胸に正確に行かない子は再度基本からしっかり教えた。
 
シュートにしても、レイアップシュート、ジャンプシュート、フリースローを練習させるが、フリースローは入れられるのにレイアップが入れられないという子が結構いるので、とにかく数をこなそうといってたくさんシュートを撃たせた。美々さんから基本をたたき込まれている永子が美しいレイアップシュートをするので「お手本」と言われて、何度も何度も模範演技をやらされていた。 
またドリブルも停まってのドリブル、歩きながら、あるいは走りながらのドリブル、ピボット(軸足)を使って相手ディフェンダーを交わすように回転しながらのドリブルと練習する。結構走りながらのドリブルが下手な子がいるので、それもたくさん練習させる。こういうのは量をこなすのみである。結構できる子にはバックロールターンも覚えさせる。
 
1.5軍以上の子には、スクリーン・プレイの様々なバリエーションを教えた。これは夏恋が上手いので、リリカとのコンビで模範演技をさせて、それを見て睦子や敦子・蘭などの比較的器用な子にたくさん練習をさせた。
 
昼食後にはビデオ鑑賞で、J学園・F女子高など強豪校の試合を見せる。さすがに眠ってしまう子も多いが、これは疲れているだろうしということで寝せておくことにした。
 
夕食後にはPG/SF, C/PF, SG の3つのグループに分かれて研究会をする。色々な事例ごとに、ここはどうプレイするのが良いかの議論をした。PGグループには南野コーチと美々さん、Cグループには白石コーチと麻樹さん、SGグループには宇田先生と透子さんが入って進行役となった。
 
「プレイの仕方に正解なんて無い。結果的にうまく行けば正解」
などと宇田先生は言っていた。
 
「でも明らかな不正解ってのはありますよね?」
と透子さんは言う。
 
「そうそう。それさえ避ければいい」
と宇田先生。
 
「でも焦っていると、わざわざそのどう見ても不正解というのを選んじゃうんですよね」
「うん。だからバスケは難しい」
 

食事はタンパク質をたっぷりのメニューにする。1日目のお昼はホイコーロウ、夕飯はジンギスカン、2日目のお昼はチンジャオロースー、夕飯は豚シャブ、3日目のお昼はすき焼きと変化を付けた。「食べ過ぎない程度に」お代わり自由と言ったのだが、練習開始時刻になっても「済みません。お腹がこなれるまであと30分待って」などと言い出す子が続出。それでもこりずに午後3時頃とか夜に「料理の残りありません?」などと言って調理室に入ってくる子なども居た。 
最終的に残った料理は容器につめて持ち帰ろうなどと言っていたものの実際には何も残らずきれいさっぱり無くなったということだった。お米だけ少し余ったので、持ち帰ってふだんの練習でおにぎりの供給に使おうということになった。 

千里たちが沼田で合宿をしていた2月上旬の連休。
 
美空は姉とともに上越新幹線と《はくたか》を乗り継いで、富山市までやってきていた。この日行われる『日本アマチュア軽音大会』なる大会に姉のバンドが参加するので、姉に『連行』されていったのである。
 
「お姉ちゃん、やっぱりやばいよー。私、事務所を通さない音楽活動はしないって契約書交わしてるし」
と美空は言うが
 
「でも鼻歌くらいは歌うでしょ?」
と月夜は訊く。
 
「うん。そのくらいは構わないだろうけど」
「素人の演奏だもん。鼻歌と大差ないよ」
「えー?違うと思うよぉ」
 
バンドのメンバーは、月夜がリーダーでキーボード、友人の伊代がギター、秀美がドラムスで美空がベースという4ピースである。リードボーカルは伊代で、他の3人がコーラスを入れる。
 

「日本アマチュア軽音大会という割には、北陸周辺のバンドが多いみたいね」
と会場に着いてからもらった出場者一覧を見て、秀美が言う。
 
「実質富山大会だと思うよ」
と伊代。
「但しどこからでも参加は可能ということか」
と秀美。
 
「まあ日本とか全国とか名乗った者の勝ち」
と月夜。
「軽音って割とそういうノリだよね」
と伊代。
 
練習場所に指定されている体育館で、アンプを通さずに弾いて練習していたら隣のバンドが自分たちと同じ曲を演奏している。そして妙に巧い。
 
「そちら凄い巧いですね」
「いや、そちらもなかなか」
 
というのでお互い名乗り合う。
 
「東京から来た24121503です。私キーボードの月夜、こちらギターの伊代、ドラムスの秀美、ベースの美空」
 
「高岡から来たシークィーンです。私、キーボードの鏡子、こちらギターの織絵、ベースの鈴子」
 
「シークィーンって。。。オカマさんとかじゃないよね?」
「それ随分言われた!」
と鏡子。
「やはり名前、変えようよ」
と鈴子。
「一応全員天然女性かな、たぶん」
と織絵。
 
「この名前、シーメールとか、ドラッグクイーンとかを連想されちゃうみたい」
 
「実は高岡の近くの射水(いみず)ってところに係留されている帆船の海王丸にちなんでるんですけどね。だからシーは彼女(She)じゃなくて海(Sea)」
「へー!」
 
「あ、それ横浜の日本丸の姉妹船ですよね?」
と伊代が言う。
「そうですそうです」
 
「そちらさんは557188と同じ方式かな」
「ですです。ポケベル方式で《けいおん》」
 
これはKARIONの美空と、XANFUSの音羽(桂木織絵)・浜名麻梨奈(深見鏡子)の初めての出会いだったのだが、このことを美空は覚えていたものの、音羽たちは忘れてしまっていたようである。ただ覚えていた美空も、それを言うと、既にプロデビューしていたのにアマの大会に出ていた問題を追及されるとやばいのでずっと黙っていた。
 
 
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