【女の子たちのラストゲーム】(2)

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千里はだいたいの話がまとまった所で抜け出させてもらい羽田空港を17:55の旭川行きで帰還した。頼まれていた楽曲は機内でコード付けまでを終了させる。帰宅すると叔母から
 
「たいへんだったみたいね」
と言われる。
 
「しんどかった。寝る〜」
と言って(叔母が敷いていてくれた)布団に潜り込むと爆睡した。
 
翌日は学校が始まるので、ふつうに女子制服に着替え学校に出かける。オールジャパンでの健闘を称える学校での表彰式に臨み、チームでもらった敢闘賞の賞状と個人でもらった殊勲賞の2つ目のメダルを受け取る。
 
週末に愛知J学園迎撃戦を控えているので、この日の練習はたっぷりと夜8時までやった。なお、薫については先方との話し合いで今回も女子チームに入れて試合をすることになっている。
 
練習が終わって帰宅すると、取り敢えず仮眠する。そして携帯のアラームで夜12時に起きて、それから楽曲のスコア作成作業に取りかかった。時間が無いのでコピペなどを利用して、まずは取り敢えずスコアを完成させた上で、その後内容を洗練させて行く。間奏などもかっこいい感じに仕上げる。前奏は今日バスケの練習をしてる最中、留実子がダンクを決めた時にブルブルっと震えるゴールを見て唐突に思いついたものがあったので、それを使用する。
 
AYAの場合、3人ボーカルが居るものの、和音唱をせず、ひとりで歌うかユニゾンで歌うかしかないので、実はボーカルパートを作るのはとっても楽で、その分、伴奏をおしゃれな感じにまとめて楽曲の魅力度を上げる。
 
朝7時頃、叔母が
「朝ごはん食べる?」
と言って部屋まで持って来てくれたので、それを食べながら頑張って最後の仕上げをして8時近くになってやっと自分で満足いく所までできあがる。新島さん宛て送信する。叔母が学校まで車で送ってくれた。
 

しかし作曲家って大変だ! 絶対に自分は作曲家とかにはならないぞ、などと思う(既に作曲家になっているという可能性については目をつぶる)。でもそれなら何になろうかな?と思うと、なかなか将来設計が立たない。
 
お嫁さん・・・というのも考えてみるのだが、本当に貴司が自分をお嫁さんにしてくれるのかというのについては実は不安がある。結局はふつうの女の子がいいなどと言われるのではなかろうかとしぱしぱ思ってしまうが、そのことは考えないことにしている。
 
でもどっちみち、何か実力の世界で生きて行くようなものだよなという気はする。明日ひょいと別の人と交代しても問題無いような類いの仕事では、自分は使ってもらえないだろう。普通の女の子がいくらでもいるのに、わざわざ元男という人を使う会社は無いように思う。
 
何か技術を身につけるべきだよな。留実子のお姉さんが美容師という道を選んだのもひとつのうまい選択だ。腕の良い美容師はかなり重宝される。まああの業界は普通の会社とかに比べると性別に寛容っぽい気がする。
 
でも私、美的センスが無いからなあ。美容師は無理かなぁ。。。そういえば志望調査で将来の付きたい職業というのにはこないだ何となくシステム・エンジニアとか書いたけど、システム・エンジニアも実力の世界っぽいし、あの業界も仕事さえできれば性別はあまりうるさく言わないかも知れないな・・・。
 
そんなことを考えていた時ふと千里は東京遠征の時に見た夢を思い出した。看護婦か。看護婦も実力の世界だよな。そもそも看護婦っていつも人手不足。しんどい仕事ではあるだろうけど、自分は看護婦になるのもいいかも。理系だし。でも病院って保守的かも知れない。夢でみたように、ずっと女として生活していても、周囲はいまだに男とみなしているなんて状況になりかねない気もする。
 
それで着替えとかも男なんだから男子更衣室で着替えてよとか言われたらどうしよう。トイレとかも女子トイレに入れてもらえなくて男子トイレで立ってしろと言われたりして。
 
そういえば留実子って、男子トイレで立ってしているみたいだけど、どうすれば立ってできるのかな??
 
千里はその日授業を受けながら、他のことばかり考えていた。
 

その日は(補習がまだ始まってないので)1時間目から現国・数B・化学・リーダー(昼休み)体育・世界史と授業を受けたが、2時間目の数学で、数列の一般項を求める問題で(ぼんやりしている風だったので)当てられた千里がスラスラと解答するので先生が驚いていた。
 
「でもこの一般項、どうやって出したの?」
「さぁ・・・」
「自分でも分からないの!?」
「何となく思い浮かんだので、当てはめてみたら一致したので」
 
先生は千里が予め答えを見ていたのではと疑ったようで、唐突に問題をひとつ出す。すると先生が問題を書き終えた次の瞬間、千里は一般項の式を板書した。
 
「なぜ分かった?」
「思いつきました」
「お前、いつの間に天才になった?」
 
ということでこの日の千里は右脳が暴走していたようである。6時間目の世界史でも当てられたイベントのあった年を全部正確に即答していた。
 
世界史が終わった後、その日は7時間目に情報の授業でプログラミングをする。が・・・こういう精神状態の時は、この手の考えるものはダメである。まともなプログラムにならない。簡単な処理のはずなのが、どうも正しい結果を出してくれない。
 
『ねぇ、きーちゃん』
『どうしたの?千里』
『悪いけどこのプログラム、デバッグして』
『またぁ〜?』
『私、こういう理詰めで考えるの苦手〜』
『それなら、なぜ理系に来てる?』
『お父ちゃんが水産科に進学しろとか言うからさ。妥協で理学部なんだよ』
『千里、感覚人間だもんね』
『そういうことで、後はお願い。私ソース見てたら眠くなった』
『ちょっと、こら!』
 
千里が眠ってしまったので、《きーちゃん》はブツブツ言いながら、千里の代わりにプログラムをデバッグし始めた。
 
『貴人、何かいつもお前がプログラム組んでない?』
と《せいちゃん》が訊く。
『うん。情報の授業では千里は2年になってからは1本もプログラム完成させてないよ。ああ、これが問題だ。グローバル宣言すべき変数がローカルになってるじゃん。スコープというものを理解してないっぽいんだよなあ、この子』
と《きーちゃん》の言葉は半分グチになっている。
 
『この子、プログラムの才能無いのでは?』
と《せいちゃん》。
『でも将来SEになりたいとか言ってたよ』
と《きーちゃん》。
『それは金槌なのに海賊になりたいと言うくらい無茶だな』
と《りくちゃん》が横から口を出した。
 

金曜日の昼休みに宇田先生から職員室に呼ばれる。
 
呼ばれていたのは、千里・暢子・留実子・雪子・薫・北岡君の6人である。
 
「君たちに北海道ブロックエンデバーの招集状が来ているから」
と先生から言われた。
 
「何でしたっけ?」
と暢子が訊く。
 
「エンデバーってなんかスペースシャトルの名前みたい」
と雪子。
 
「まあ要するに強化合宿なんだよ。場所は札幌」
と宇田先生は説明する。
 
将来のバスケット日本代表を育成しようというので、将来有望な選手を学校の枠を越えて年代別に集めて訓練するのだという。
 
「なんか凄い練習とかするんですかね?」
と薫が訊くが
 
「いや、むしろ基礎をきちんと鍛えようということみたいだよ」
と先生は言う。
 
「なんかピラミッドになっているとおっしゃってましたね?」
と千里は先日東京で先生から聞いた話を言う。
 
「そうそう。全国各地域内で素質のある子をブロックエンデバーに集めて、そこで優秀な子を全国から集めたトップエンデバーに招集する」
「インハイとかの予選みたい」
「それを個人単位でやるってことですね」
「まあそんな感じだね」
 
「私、村山や若生からかなりレベル落ちると思うんですけど」
と留実子が発言する。
 
「女子で180cm以上、男子で190cm以上は必ずブロックエンデバーまでは招集される」
「なるほど」
「実績より素質優先なんだよ」
「僕が招集されるのもそれか」
と北岡君が言っている。
 
「まあ背が高いのは圧倒的に有利だもんな」
「その意味では森田(雪子)に招集が掛かったのは凄いですね」
と薫が言う。
 
「ちなみにインターハイとオールジャパンのスリーポイント女王を取った村山君はトップエンデバーまで招集されることが決まっているから3月は東京まで行ってもらうから。他の子は札幌での状況次第」
「はい」
 
「済みません。質問なんですが」
と暢子。
 
「歌子はまだ公式戦には出られないものの、こういうのはいいんですね」
「うん。強化と試合は別。才能のある子はどんどん鍛える」
 
「歌子は男子として招集されてるんですよね?」
と暢子が言うと
「え?」
と言って、宇田先生は慌てて書類を見直している。そして
「う・・・」
と声をあげた。
 
「もしかして女子ですか?」
と千里が訊く。
「うん。歌子君は女子として招集されている」
と宇田先生。
 
「あははは」
と本人は困ったように笑っている。
 
「きっと先日の代々木でのエキシビションでいい動きしていたからだよ」
と北岡君。
 
「薫、やはり早急に性転換しろ」
と暢子。
「ほんとにやっちゃおうかな」
と薫。
「うん。だから、やれと言っているのに」
と暢子。
 

その時、宇田先生に電話が入った。何やら話しているが
「ちょっとお待ちください」
と言って千里たちに訊く。
 
「君たち心当たりない? オールジャパンのエキシビションやった後、準々決勝に出る選手たちが練習していた時、どうもうちの生徒らしいんだけど、ライトグリーンのワンピース着てて、胸くらいまでの長い髪で、凄い遠距離から華麗にシュートを決めた女子が居たということで、最初村山君だろうと言っていたのだが、村山君を知っている役員さんが、あれは村山君では無かったと言っているらしいんだよ」
 
千里たちは顔を見合わせた。
 
「それ湧見(昭ちゃん)だと思います」
「確かにライトグリーンの可愛いワンピ着てたね」
「なるほどー!」
 
と言って先生は電話の相手と話している。
「分かりました。それでは彼女も行かせます」
 
「まさか・・・」
「うん。湧見君もブロック・エンデバー行き」
「それ女子としてですよね?」
「うん」
と宇田先生は少し困ったように答える。
 
「だけど湧見にしても歌子にしても、女子として鍛えても女子の日本代表にはなれないのでは? 性転換しない限り」
と言って北岡君は薫を見る。
 
「たぶん他の女子選手の刺激になるんだと思うよ。練習相手としても重宝するでしょ」
と先生。
 
「ああ、それはあるでしょうね」
と北岡君。
 
「A代表になるまでに性転換しておけばいいんだよ」
「あれ去勢して2年経ってたらオリンピックにも出られたはず」
 
「湧見君は女子と一緒に泊めても問題無かったよね?」
と先生は尋ねる。
 
「ええ。あの子、さすがに制服着ている時は男子トイレですけど、最近部活の間のトイレは女子トイレ使っているし、先日の東京遠征でもずっと女子と一緒にお風呂入ってましたし」
 
「じゃ大丈夫だな」
「昭ちゃんはエンデバーの前に、拉致して強制的に性転換手術を受けさせよう」
と薫が言うが
「その前に薫を強制的に性転換しないと」
と暢子は言った。
 

 
翌日1月19日の早朝。旭川N高校の女子バスケ部メンバーは全員旭川駅に集まった。土日の2日間で愛知J学園、札幌P高校、旭川L女子高の3校との練習試合をするのである。J学園の花園さんや日吉さん、札幌P高校の片山さんや竹内さんにとっては、これが高校生としてのラスト・ゲームになる。旭川N高校・L女子高は3年生は既に夏までで引退しているので、1−2年生のチームである。
 
せっかくなのでAチーム戦、Bチーム戦をしようということになった。組合せはこのようにした。
 
19日
第1試合(11:30) L女子A−P高校A
第2試合(13:00) J学園A−N高校A
(1時間休憩)
第3試合(15:30) J学園B−P高校B
第4試合(17:00) L女子A−N高校A
(1時間休憩)
第5試合(19:30) J学園B−L女子B N高校B−P高校B
 
20日
第1試合( 8:30) J学園A−L女子A
第2試合(10:00) N高校A−P高校A
(30分休憩)
第3試合(12:00) J学園B−N高校B P高校B−L女子B
(30休憩)
第4試合(14:00) L女子B−N高校B
第5試合(15:30) J学園A−P高校A
 
J学園が19日札幌に到着するのが11時で、帰りは20日の17:30には札幌を出たいということから、こういうスケジュールになった。このスケジュールを見た各校の選手の意見は。
 
「これって親善試合というより強化合宿ですか?」
というものであった!!
 
N高校の場合、チーム編成はこのようにした。
 
Aチーム
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) SF 寿絵(9) 敦子(13) 薫(16) PF 暢子(4) 睦子(11) 蘭(15) 永子(17) 川南(18) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14)
 
Aチームはオールジャパンのエキシビションと同じメンツである。
 
Bチーム
PG.メグミ(12) 敦子(13) SG.結里(20) 昭子(21) SF.夏恋(10) 聖夜(24) 安奈(25) PF.睦子(11) 永子(17) 来未(22) 志緒(23) 瞳美(26) C.蘭(15) 川南(18) 葉月(19)
 
他校もそうだが、今回「Bチーム」というのはAチームからトップの7-8人を外したもの、ということにした。つまり今回の強化合宿、もとい親善試合のひとつの目的は1.5軍レベルの子たちの底上げである。おおむね4-10の背番号の選手を外すのだが、N高校の場合は薫を外すのと、リリカは留実子が万全でない状況では結構負荷があることから外したので、結果的に10番の夏恋はBチームに残ることになった。AとBを兼ねる7人はAチームとBチームの試合の両方に出るから、なかなか大変なのだが、夏恋はたくさん強い所と試合したいと言ってBチーム参加をむしろ嬉しがっていた。
 
「J学園やP高校のBチームって、普通の学校のトップチームより遙かに強いだろうし」
と夏恋が言ったら、南野コーチは
 
「N高校のBチームだってかなりのもの」
と言っていた。
 
昭ちゃんは「湧見昭子」で女子バスケ部に登録しているので、その名前でエントリーシートに記入した。また今回のTO(テーブル・オフィシャルズ)チームは「補欠5人組」の葦帆・司紗・雅美・夜梨子である。
 

この他、今回の遠征には「学校見学」の名目で来春入学予定の中学3年生を4人連れていくことにした。昭子の従妹の湧見絵津子(SF)、宇田先生が見い出した稚内の中学に在籍している黒木不二子(PF)、C学園の開校延期でこちらに入ることになった身長179cmの中井耶麻都(C)と100mを12秒台で走る俊足の広尾愛実(PG)の4人である。
 
愛実の場合、所属している中学のバスケ部が部員が3人しか居ないという悲惨な状態で、実は中学1〜2年の間は一度も公式戦に出ていなかったらしい。(陸上部の助っ人で、そちらの大会に出て200mと400mで地区大会優勝したらしい)しかし俊足なだけでなくドリブルもうまくポイントガードの素質は高いと宇田先生は見た。こんな子をC学園はよく見付けたものである。
 
C学園の斡旋で近隣の中学でやはり部員の少ないバスケ部との合同チームを作って、昨年初めて中体連に出場。合同した相手学校も部員が4人しかおらず7人のチームだったが、頑張って地区大会BEST4まで勝ち進んだらしい。
 
19日の朝、長身の耶麻都を見た川南は
「私のインハイ出場の夢はついえた」
などと言っていたが、メグミから
 
「暢子とのマッチアップに勝って暢子を蹴落として12人枠を獲得しよう」
などとハッパを掛けられ
「うーん。奮起するか」
と少しは気合いが入っていたようである。
 

湧見絵津子は昭ちゃんが女子チームと一緒なのを見て「性転換したの?」などと言っていた。
 
「性転換、みんなから唆されている」
と昭ちゃん。
「どうせ性転換するんなら早い内にやった方がいいんだってよ。やはり早い時期に性転換した人って凄くきれいだもん」
「うーん。どうしよう」
「別におちんちんなんて要らないんでしょ?」
「どちらかというと、こんなの付いてなければいいのにと、いつも思ってる」
「じゃ、取っちゃえばいいじゃん」
 
絵津子はメンバー表を見せてもらって「湧見昭子で登録されてる!」と言って何だか喜んでいた。
 

「そうだ、忘れる所だった。歌子君、湧見君」
と言って宇田先生は男の娘2人を呼ぶ。
 
「これ君たちの暫定登録証」
と言って2人にIDカードを渡す。
 
「エンデバーに君たちを招集するのにJBAの登録が無いという話になってね。それで事情を説明した所、これを発行してもらった」
 
カードを見ると「歌子薫」「湧見昭子」という氏名と、所属として旭川N高校バスケットボール部(女子)と書かれている。
 
「これって今持っているカードと交換ですか?」
と薫が訊く。
「いや、あれは正式の登録カード。これは暫定カード。そもそもID番号が違う」
と先生が言うので、薫が持っているカードと見比べている。
 
「新しい番号を発行してもらったんですか?」
「そうそう。男子と女子ではそもそも番号の先頭の数字が違うから。男子は5で女子は6なんだよ」
「凄い!6だ!」
と言って薫は凄く喜んでいる。
 
「協会と話したんだけど、君たちがもし女子選手として活動して行きたいということであれば、地区大会までは出場を認めるそうだ。道大会以上にも出たいという場合は審査が必要。むろんその場合、男子の試合には出られない」
 
「私が男子の試合に出ずに女子の試合に出ると言ったら北岡に殴られる気がします」
と薫は言ったが、自分を見つめる視線に気づき
「ついでに川南に包丁で刺されそうだから、公式戦は自粛して男子の方に出ます」
と言った。
 
しかしそんなことを言っていたら暢子が
「女子の方に出ないというのなら、チョン切っちゃうぞ」
などと言っている。
 
「薫、殴られて包丁で刺されるか、おちんちん切られちゃうかの二者択一なんだ?」
と留実子が笑って言っていた。
 
薫は本当に困ったような顔をしていた。
 
「でも切っちゃう時は僕にちょうだいよ」
と留実子。
 
「うーん。。。いつになるか分からないよ」
と薫。
 
「僕の卵巣と子宮をあげるからさ」
「それは欲しい気もする」
 

旭川駅で列車を待っていたら、M高校の橘花や伶子、それに3年生の友子・葛美・月乃などと遭遇する。
 
「わあ、今札幌に移動する所?」
と橘花が訊く。
 
「もしかして見学?」
と千里。
 
「そうそう。絶対見なくちゃと思って」
と友子。
「私たちもこの迎撃戦に参加したかったけどね」
「宇田先生はM高校にも声は掛けたんだけどと言ってた」
「予算が取れなかったらしいのよね」
「公立は辛いよね」
 
今回のJ学園の遠征費用は参加者の交通費・宿泊費・食費などを含めて合計180万円ほどになり、それをP高校・L女子高・N高校の3校で60万円ずつ負担している。公立高校ではこの種の費用を出すのは難しい。更に旭川組は自分たちの遠征費用も掛かる。
 
一緒の電車での移動になったので車内で色々お話する。
 
「みなさん、進路は決まったんですか?」
と千里は訊いた。
 
「私は旭川市内のA大学。推薦で合格済み」
と友子。
「私も同じくA大学合格済み」
と月乃。
 
「あ、うちの久井奈さんがA大学を一般入試で受けると言ってました。新設の保健福祉学部なんですが」
「私も保健福祉学部だよ。看護師コース」と友子。
「私は経済学部」と月乃。
 
「すごーい」
「久井奈ちゃんと一緒になれるといいな」
「でも歯科衛生士の学校を2つ落ちてるから」
「はぁ!?」
 
「葛美さんは?」
「私は教育大学の旭川校。保健体育専攻。私も推薦で合格済み」
「えらーい」
「インターハイに行った実績を評価してもらったんだよ」
「良かったですね!」
 
「でもまあ、受験勉強やっている最中なら、とてもこういうのに出てこられない」
「ですよね!」
 

やがて札幌に到着。P高校がスクールバスを出してくれていたので、それに乗ってP高校まで行く。席に余裕があるから乗っちゃうといいよと言って、橘花たちも乗せた。
 
千里たちが着いてから少し遅れてL女子高のメンツが到着する。L女子高はJRは使わずに学校のバスで旭川から走ってきたらしい。旭川から札幌までは2時間近くかかるが、JRの特急でも1時間半掛かるので、乗換えの手間を考えるとかえって楽かも知れない。溝口さんなどはひたすら車内で寝てたと言っていた。なおL女子高はこの試合に引退していた3年生のメンバーを数人連れてきていた。
 
やがて愛知J学園のメンバーが到着。握手の嵐で歓迎した。
 
J学園の選手たちが到着したのが10時40分くらいだったのでスケジュールを30分前倒しにして第1試合は11:00から始めることになった。
 
最初はL女子A−P高校Aの試合であるが、千里の見た感じ、P高校は八分の力で試合をしている感じであった。普段道大会までで見るP高校の姿である。L女子高は池谷さんや本間さんなどこのリーグ戦が高校ラストゲームとなるメンツが気合い充分で積極的に得点するが、P高校側は淡々と点数を積み重ねていく。点数としては第3ピリオドまでは結構競っていたものの、第4ピリオドでP高校が引き離しにかかり、結局86対64でP高校が勝った。
 
そして第2試合(12:30)はJ学園A−N高校Aが組まれていた。
 

 
スターティング・ファイブはJ学園が入野/花園/大秋/日吉/中丸、N高校は雪子/千里/薫/暢子/留実子である。キャプテン同士で握手した後、花園さんが薫に何か話しかけている。すると薫は花園さんに自分のバストを触らせている!何やってんだ!?
 
「女の子になったのかと訊かれたの?」
と暢子が訊く。
 
「うん。それでおっぱい触らせた」
と薫。
 
「でもちんちんのこと訊かれなかった?」
「まだ付いてると言ったらダメじゃんと言われた」
「その言葉、私からも薫に」
 

ティップオフは中丸さんが取り、向こうが攻めてくるが、花園さんがいきなりスリーを撃ち3点先取した。点取り合戦になることを予感させる一撃であった。
 
こちらも即反撃する。ゆっくりと攻め上がり、相手の守備体制を見る。花園さんが千里をマークした他はゾーンを組んでいる。ゾーンを使うこと自体向こうが本気であることを示している。しかし雪子は千里がギリギリで取れる場所に素早いパス。千里は花園さんのブロックタイミングをずらしてシュート。3点。こちらもどんどん点を取りに行く。
 
向こうは花園さんのかなり遠目からのスリーと中丸さんのリバウンドという組み合わせで点を取ろうとする。千里が早い時期からマークに行くと、最初の数回は花園さんはその千里を巧みに抜いてそこからスリーを撃った。遠い地点でマッチアップしているため、千里を抜いた先もまだスリーポイントエリアなのである。
 
花園さんはおそらくエキシビションでの対決のビデオを相当研究したと見た。
 
また日吉さんや大秋さんも積極的に中に飛び込んで点を取る。しかしこちらも千里がスリーを放り込むし、暢子も薫も中に飛び込んで行く。リバウンドは中丸さんと留実子が激しい争いをして、少なくとも最初は五分五分であった。
 
結局第1ピリオドは千里がスリー5本、花園さんもスリー6本を入れ点数は32対30と凄い点数での競り合いになった。
 

第2ピリオドではどちらも交代要員を使って、疲労の蓄積を防ぐとともに作戦に変化を付けてくる。向こうは2年生の道下・篠原のペアが立て続けにスクリーン・プレイを成功させて点を奪う。しかしこちらも夏恋とリリカが同様のプレイをして応酬する。
 
このピリオド、とうとう千里は花園さんの「新しいロジック」を読めるようになり、第1ピリオドほどはやられなくなる。こちらが攻撃の時も第1ピリオドはかなり停められていたのが3−4割抜くことができるようになる。それで、このピリオドではスリーは千里が7本・花園さん5本と逆転する。しかしそれ以外の対決ではどうしても地力に勝るJ学園が強い。第2ピリオドは36対28と第1ピリオド以上の点差が開く。前半を終えて68対58である。
 
第3ピリオドでは、どちらも主力をかなり休ませる。向こうは白子/花園/佐古/篠原/米野、こちらも夏恋/千里/寿絵/リリカ/揚羽という布陣。しかしこのメンツでも、どちらもかなりのハイレベルなので、勝負の激しさはほとんど落ちなかった。このピリオドでN高校は意外に善戦して34対32と2点差で持ちこたえる。ここまでの合計は102対90である。
 
第4ピリオド、どちらも主力が戻る。しかしこのピリオドでは千里は花園さんを完全に封印した。早い時期からマークに入るので第1ピリオドでやられたように「マークされる前に撃つ」ということをさせない。しかもマッチアップでは動きを完全に千里が読むのでうまく抜くことが出来ない。そしてシュートを試みても、完全にタイミングを合わせて飛んでブロックする。
 
それでこのピリオド前半では花園さんはスリーを1本も放り込むことができなかった。一方の千里は花園さんをうまく抜いてスリー2本、ツーポイント2本のシュートを放り込む。また千里の活躍を見た暢子と薫が気合いを入れ直して頑張ったため、ピリオド前半はN高校が猛攻した感じになり、あっという間に112対110と2点差に詰め寄る。
 
ここでJ学園はタイムを取った。
 

「何話してるんだろうね?」
と寿絵が言う。
 
寿絵も千里もスポーツドリンクを飲みながら束の間の休憩をむさぼる。
 
暢子はひとこと
「たぶん本気で行くか、適当に流してお茶を濁すか議論してんだよ」
と言った。
 
「本気のJ学園を見たいね」
と薫は言った。
 

暢子の言った言葉が当たったようであった。
 
そこからの約4分間は、千里の頭が空白になるような時間だった。
 
J学園の凄まじい猛攻である。
 
こちらのディフェンスはほとんど効かない。簡単に抜かれて得点を許してしまう。ただリバウンドは留実子がかなり頑張って中丸さんとの勝負でも4割くらいは確保した。しかし薫がドリブル中にスティールされたり、雪子から暢子へのパスをカットされたりして、こちらの攻撃機会を潰される。
 
残り1分の所で128対113と大量リードを奪われてしまった。この間のこちらの得点は千里のスリー1本のみである。
 
千里は対戦していて、先日のオールジャパンで対戦したプロチームより強いという気がした。
 
雪子がドリブルで攻め上がるが、大秋さんが死角から忍び寄る。千里は
「右後ろ!」
と叫んだ。
 
大秋さんがスティールしようとする直前雪子はドリブルを左手に移す。そして雪子は今千里から声を掛けられた瞬間、しばしば南野コーチから言われていることを思い出した。
 
「薫さん取って!」
と言ってそのまま左手を振りかぶって薫の方に身体を向け、離したボールは暢子の所に飛んでくる。
 
そのまま撃とうとするものの日吉さんのガードが凄い。1回投げるフェイントを入れてから千里に高い軌道のパス。千里は後ろに下がりながら飛びつくようにして取る。が花園さんが素早く千里の前に来ている。
 
一瞬のフェイントで花園さんを左から抜く。そのままそこからシュートして3点。128対116。残りは40秒。
 

急いで守備に戻る。花園さんをマークする千里以外はゾーンを組む。
 
「声出して声出して!」
と言い合う。
 
実はJ学園のあまりの猛攻にみんな、いつも言われている「声を掛け合う」ということを忘れてしまっていたのである。
 
相手が飛び込んで来てゾーンを解除しマンツーマンになった次の瞬間巧みなスクリーンプレイを仕掛けるも、こちらはスイッチしてポジションを変えるだけでマークにほころびはできない。それで向こうも攻めあぐねる。花園さんにボールが来る。千里とのマッチアップ。
 
花園さんはフェイントを入れずにいきなり千里の右を抜こうとした。が巧みに千里はそのボールを奪う。走り出している薫にパス。薫はそのまま速攻でボールを運んでいき、入野さんを一瞬のマッチアップで抜き去りシュート。
 
128対118。残り20秒。
 

ショットクロックが停まった。この点差で残り20秒だからJ学園は時間稼ぎしてもよい。しか入野さんは大秋さん、日吉さんとつないだ速攻。そのまま日吉さんがシュートするが、暢子のブロックが決まる。
 
そのリバウンドを留実子が獲得する。
 
そのまま速攻を試みたが、雪子の行く手を入野さんが阻み、その間に他のメンバーも急いで戻る。残り時間は刻一刻と無くなっていく。
 
雪子から暢子へのパスがつながるが、暢子は受け取るとすぐに千里にバウンドパス。それをつかんだ千里と花園さんのマッチアップ。
 
これは恐らくふたりの高校時代のラストマッチだ。
 
千里はドリブルしながら花園さんと対峙する。千里が右に動きかけるが花園さんは(フェイントと見て)左に動く。しかし千里が更に右に身体を動かした時、花園さんも右に身体を動かす。しかし花園さんの身体が逆向きに動き始めようとした瞬間、千里は左から花園さんを抜いた。
 
花園さんが振り返る間もなくシュート。
 
ボールはバックボードにも当たらずダイレクトにネットに飛び込む。
 
128対121。
 
しかし残りはわずか2秒。
 

普通ならここで攻めていく最中にブザーなのだが、J学園は入野さんが超ロングスローインをした。
 
ボールは正確に反対側のゴールに飛んでいく。そこにはいつの間にか中丸さんがいる。中丸さんと留実子の激しいキャッチ争い。
 
これをいったん中丸さんが確保し、そのままシュートしようとしたのだが、留実子がうまくボールを叩いて中丸さんの腕の中からボールを奪う。そして留実子が反対側のコートに居る千里めがけてボールを投げた所でブザー。
 

試合終了であった。
 
整列する。
「128対121で愛知J学園の勝ち」
「ありがとうございました」
 
あちこちで握手したりハグしたりする。
 
「ちょっとだけ本気になった?」
と暢子が日吉さんに訊く。
「私はいつでも本気だよ」
と日吉さんらしい弁。
 
「村山さ〜ん。また勝負しようよ。村山さんも来年Wリーグおいでよ」
と花園さん。
「私のレベルではまだプロは無理ですよ〜」
と千里は答えた。
 

J学園のBチームが連戦になるので1時間の休憩を置いて15:00から第3試合、J学園B−P高校Bの試合を始めた。
 
どちらも1−2年生主体のチームである。インターハイの本戦を意識した試合という雰囲気になった。ただし2年生でもP高校の佐藤さんや尾山さん、J学園の中丸さんや大秋さんなど中核選手は出ていない。それでもかなり闘志あふれる試合になった。J学園にとってもP高校にとっても、ある意味この試合が今回の中でいちばん大事な試合なのではと千里は思いながら見ていた。
 
J学園の道下さんは先の試合にあまり出られなかった鬱憤を晴らすかのように活躍してひとりで26点も取っていた。千里はインターハイでは怖い相手だと思って彼女を見ていた。
 
続けて16:30からL女子A−N高校Aの試合を行う。
 
この試合はお互いすぐ近くの高校という気安さから日常的に対戦していることもあり、普段の練習試合の雰囲気になった。N高校は千里・暢子の2人は敢えて出ず、L女子高も溝口さん・藤崎さんは出ずにその代わり3年生のメンバーを出して想い出作りという感じで試合をした。この試合では夏恋がメインのシューティングガードとして活躍しスリーを8本も入れて本人も快調快調と言っていた。試合は競ったが91対88でN高校が勝った。
 
この後予定では1時間の休憩を取って19:00からBチームの試合を2つやることになっていたのだが、さっさと終わらせて休みたいという声が出るので30分だけ休んで18:30からJ学園B−L女子B、N高校B−P高校Bを2コートで同時進行で行った。
 
AB両チームに出ている子たちは今日3試合目である。それでもみんな楽しそうにプレイしていた。J−Lの試合はワンサイドゲームになってしまったがN−Pの試合はかなり競っていた。なにせ夏恋・結里・昭子と得点力のあるシューターが3人もいるので、さすがのP高校も3人のシューターに同時には警戒できない。Aチーム戦ではあまり出番の無かったメグミがこの3人を巧みに使い分けて得点を奪うので、千里と隣り合う席で観戦していた花園さんが
 
「このチーム、Aチームより破壊力無い?」
などと言っていた。実際試合もかなりの大差を付けてN高校Bが勝ってしまった。
 
「なんかP高校のメンバーで泣いてる子がいるけど」
と入野さん。
 
「Bチーム戦はボーダー組にとってアピールの絶好のチャンスだからね。負けるとインターハイのベンチが遠くなっちゃうもん」
と千里。
 
「ああ、それはうちのBチームもやばいな」
と花園さん。
 

試合は20時前には終わったので、全員で御飯を食べに行くことになった。
 
「札幌ラーメンが食べたい」
「ジンギスカンでお肉をたくさん食べたい」
「蟹〜。北海道に来たら蟹食べなきゃ」
 
という声が出たのでシュート対決で決めることにした。
 
ラーメンを主張したN高校の寿絵は安奈を氏名、ジンギスカンを主張したL女子の登山さんは竹浦さんを氏名、蟹を主張したJ学園の米野さんは須山さんを氏名。各々指名された3人でフリースローを5本ずつ撃って決めることにする。
 
安奈は2本入れたが竹浦さんは3本入れて、まずラーメンが消える。須山さんは「個人的にはお肉食べたい」などと言いながらも4本決めて、今日の晩御飯は蟹と決まった。
 
100人を超す大人数なので、そんな人数が入れる所があるだろうかと思ったものの、時間帯がふつうの晩御飯の時刻より少し遅かったのが幸いしたようで、市内のホテルが結婚式などに使う広間を21時からならOKという返事だったので、そこに食べに行くことにした。
 

「そこまで何分くらいで移動できますか?」
「10分もあればいいですね」
「移動はP高校とL女子高のバスで、無理矢理詰め込めば何とか入るかな」
「あ、うちもう1台動かしていいですよ。私が運転しますから」
 
などと言っていた時、
「まだ少し時間があるからスリーポイント大会やろう」
と花園さんが提案した。
 
J学園から花園さん、作倉さん、桑名さん、道下さん。
P高校から尾山さん、横川さん、佐藤さん、大滝さん。
N高校から千里、夏恋、昭子、結里。
L女子高から登山さん、空川さん、浜川さん、溝口さん、。
 
と各高校から4人ずつ出て各々10本撃つことにした。但し各高校のトップシューターは20本撃って成績としては2分の1することにした。
 

各高校の4番手が入った4番ゴールでは結里が5本入れて勝利した。3番ゴールでは昭子が7本入れて4本入れた佐藤さんも3本入れた浜川さんも脱帽していた。2番ゴールでは夏恋が7本、作倉さんが6本、横川さんが5本入れるというハイレベルな戦いになった。
 
しかし1番ゴールはやはり別世界であった。尾山さんは20本中12本入れた。これは充分優秀な成績である。登山さんも11本入れた。しかし千里も花園さんも1本も外さず20本全部入れた。
 
「あんたら凄すぎる。人間じゃない」
とP高校の竹内さんが言ったが、見ていた人の感覚を表していた。
 
「だってフリーなら入るよね?」
「うん。試合中に外れるのは不完全な体勢から撃たざるを得なかったりするから」
 
と千里と花園さんは言うが、みんな半ば呆れていた。
 

「取り敢えず順位。1位10本。N高校村山・J学園花園。3位7本。N高校湧見・N高校白浜、5位6本 J学園作倉・P高校尾山」
 
「N高校凄すぎる」
「湧見さんって半陰陽だったのを男の子になることにして、おちんちん付けちゃったと聞いたけど、せっかく付けたのにもったいないけど、それまた取っちゃって女の子に戻りなよ。対決したい」
などとP高校の大滝さんが言うが
 
「なんかそれ話が違うみたいな」
と寿絵。
 
「私、普通の男子ですー」
と昭子は言うが。
 
「いや、少なくとも普通の男子ではない」
との声。
 
「だって普通に女の子に見えるよね」
 

それでホテルに移動して蟹を食べることになるが、食べ放題に設定してもらっているので、一部で《食べ比べ》をやっている子たちが居て、
 
「おまえら、食べ過ぎで腹痛起こして明日動けなかったら罰金だぞ」
などと狩屋コーチが言っていた。
 
席は自由なので、みんな適当に移動してはおしゃべりしていたが、千里・暢子は、いつの間にか、J学園の花園さん・大秋さん、P高校の佐藤さん・竹内さん、L女子高の溝口さん・池谷さんとテーブルを囲んでいた。
 
「ああ、このメンツで高校2年生は取り敢えずブロックエンデバーに招集されたね」
「そこから最終的にU18アジア選手権の代表が選考される」
「アジア大会で3位以内なら翌年U19世界大会」
 
「花園さんは去年行ってきましたよね?」
「うん。アジア大会2位で、スロバキアの世界大会の出場権を獲得した。日程がインターハイとぶつかるんで私は世界大会は辞退させてもらったんだけどね」
 
(2007年のU19世界大会は7月26日-8月5日に行われた。まともにインターハイとぶつかっている。日本は13位であった)
 
「なんかもったいなーい」
「いや、インターハイがジュニア選手権とぶつかる問題は前々から何とかしろという意見が強い」
 
「でも世界大会、ビデオ見せてもらったけど世界のレベルは凄すぎる。日本はどうにもならんって感じだった」
 
「花園さんが凄すぎるというレベルの想像がつかない」
「見に行ってみるといいよ。2009年のU19世界大会はバンコクだから比較的近く。もっともこの中には選手としてそこに参加する人もあるだろうけど」
 
「バンコクか。薫と昭子を拉致していって性転換手術を受けさせたいな」
「なんかバンコクは性転換手術をしてくれる病院もピンからキリまであるらしい」
「ほほお」
「日本やヨーロッパとかからたくさん来るような大きな病院はさすがにちゃんとしてる代わりに高いけど、安くて適当な手術をするところもあるみたい」
「取り敢えず切っちゃえばいいだろうという感じかな」
「ふむふむ」
「ちんちん切っちゃうだけなら割と簡単な手術みたいだよね」
「やはりヴァギナ作るのが大変」
「あれ、せっかく痛い思いしてヴァギナ作ったのに実際のセックスで全く使えなくて、パートナーとは後ろの穴使ってセックスしてるなんて人もいるらしい」
「なんか可哀想」
 
「それはダイレーションが不十分だったんだと思うな」
「何それ?」
「作ったヴァギナって身体に人工的に開けた穴だからピアス穴と同じで自然にふさがろうとするんだよ。それが縮まないように拡張する作業」
「どうやって拡張するの?」
「小さいサイズから順に大きいサイズまでの棒を入れて広げていく」
「なんか大変そうだ」
「取り敢えず天然のヴァギナ持ってて良かった」
「シューストレッチャーみたいなもん?」
「まあ同じようなものでは。入れるものが違うだけで」
「あれ、第3の足とも言うし」
「なるほどー」
 
話はどんどんあらぬ方向に暴走する。
 

翌日は第1試合はJ学園A−L女子Aの試合から始まるがJ学園は軽く流していた雰囲気であった。試合は82対66でJ学園が勝った。
 
第2試合はN高校A−P高校Aであったが激しい戦いになった。宮野さんと暢子、片山さんと薫のマッチアップは痛み分けの感じである。佐藤さんが千里との対決を好むので、尾山さんと留実子あるいは揚羽の対決になるのだが、そちらは尾山さんが技術の差で留実子も揚羽も圧倒していた。
 
佐藤さんとのマッチアップは、いつも佐藤さんに完全にやられている千里が今日はかなり頑張った。やはり年末年始の合宿で瞬発力を鍛えたのがかなり効いて、前半ではかなり佐藤さんを抜くことが出来た。しかし第3ピリオドになると佐藤さんがかなり千里を停めるようになる。
 
南野コーチは第3ピリオド後半、千里を下げて夏恋を出す。
 
「何か前半より佐藤さんの速度が上がった気がして」
と千里が言うと
「違うよ。千里の速度が落ちたんだよ。疲労で」
と南野コーチは言った。
 
「そっかー」
「佐藤さんはずっと出ているのにほとんど落ちてない。千里、長く動くスタミナは持っているけど、長時間出ていると自分でも気付かないうちにセーブモードになっている。だから今の千里が佐藤さんに勝つには、適宜休むか、あるいはもっとスタミナを付けるしかない」
 
セーブモードというのは心当たりがある。千里はこの冬も美鳳さんたちと一緒に冬の出羽をひたすら歩いている。しかしああいう長時間の山駆けは自然と身体が効率の良い動きになる。まさにセーブモードだ。
 
「40分フル出場してもパワーが落ちないようにしないといけないですね」
と千里は言う。
「あるいはパワーが落ちても相手を圧倒できるほどであるかだね」
と南野コーチ。
 
千里は頷いた。
 

第4ピリオドはまた気合いを入れ直して出て行く。佐藤さんとの対決は第3ピリオド前半よりはうまく行くようになる。しかし第1ピリオドの時ほどは勝てない。やはり5-6分休んでも完全には回復していないなというのを千里は感じた。また練習だ!!!
 
試合は薫が結構頑張ったのもあり点数だけ見ると84対78と6点差で僅差という感じであった。しかし千里はこの試合は完敗だと思った。
 

30分の休憩を置いて、J学園B−N高校Bと、P高校B−L女子Bの試合が同時に行われる。N高校とP高校の1.5軍の子たちは実質連戦である。しかも接戦を演じた直後なので、大変だったようで、さすがの夏恋もきつそうな顔をしていた。
 
更に30分の休憩を置いてL女子B−N高校Bの試合をするが、夏恋や睦子は実質3連戦になる。そこで南野コーチはこの試合は、Aチームに出ていない子たち中心に運用した。するとL女子側も同様の運用をし、この試合はCチーム同士の試合という感じになった。
 
「来年の陣容って感じかな」
といつの間にか近くに来ていたP高校の佐藤さんが言う。
 
「ええ、みんな明日のベンチを目指して頑張っています」
と千里は笑顔で答えた。
 

そして最後は今回の《メインイベント》J学園A−P高校Aである。
 
「高校ラストゲームだから勝たせてもらおうかな」
と花園さん。
「花園さんの高校ラストゲームだから負けて頂こう」
と佐藤さん。
 
ふたりは硬い握手をして下に降りて行った。
 

ゲームが始まる。
 
今回のリーグ戦最高のカードだけに見物人の数も凄い。2階だけでは入りきれずに1階にも少し人を入れた。
 
近所の札幌D学園や札幌G高校の人たちは最初から居たし、橘花たちM高校のメンツも熱い視線で見ている。釧路Z高校の松前さん、函館F高校の正岡さんなども見ている。遠い所からわざわざご苦労様である。旭川R高校の日枝さん、旭川A商業の三笠さんも見ている。
 
花園さんと佐藤さんがマッチアップしていたが、花園さんが圧勝という感じであった。千里をあんなに停める佐藤さんが、なぜ花園さんは停めきれないのだろうと不思議に思ったが、
 
「頭と身体の順序の問題だと思う」
と隣で暢子が言った。
 
「どういうこと?」
「佐藤さんは相手の気配に反応する。花園さんは相手の身体の兆候に反応する。千里はこちらに行こうと思ってから身体が動く。その気配で佐藤さんは千里を停める。花園さんは何にも考えてなくて反射神経レベルで身体が動く。このタイプには佐藤さんは弱いんだと思う」
 
「むむむ」
「もちろんどちらも瞬発力がハンパないから、遅い選手は全部停めるよ」
「やはり私、もっと反射神経を鍛えないとだめか」
 
「インハイでも花園さん、千里を停めるのに目をつぶったでしょ。目をつぶることで身体の動きを見ないから、千里の気配に注意を払うことができたんだ」
 
「そういうのを思いつく花園さんが凄い」
「だから千里はもっと馬鹿になれなきゃダメ」
 
「それ中学時代、先輩に言われたことあった」
 
千里は再度ふたりの対決に熱い目を注いだ。
 

この試合で花園さんは20本もスリーを放り込んだ。しかしP高校も佐藤さんや高校ラストゲームとなる片山さんがこまめに得点をしていく。試合は残り5秒で日吉さんがシュートを決めて108対106とし、勝負あったかに見えたが、そこからP高校がロングスローイン+佐藤さんのスリーで逆転。
 
108対109で札幌P高校が勝った。
 
激戦のあと、あちこちで握手したりハグしたりする姿があった。
 

J学園のメンバーが帰途につくが、自費で帰るならお見送りしてもいいよということだったので、千里や暢子・留実子、溝口さんや大波さん、佐藤さんや宮野さんなど十人ほどが、J学園の人たちを乗せたバスに同乗して、空港までの道のり、いろいろおしゃべりを楽しんだ。
 
新千歳空港に18時前に到着する。飛行機は19:50なので、空港で晩御飯を食べていくことになるが、バスに同乗して付いてきた人たちもご一緒にということになって、留実子やP高校の宮野さんは中丸さんと、L女子高の大波さんやP高校の歌枕さんは篠原さんと意気投合して盛り上がっていた。千里・暢子と佐藤さんは今日は花園さん・道下さん・佐古さんと話し込んでいた。
 
「今年のインターハイ、優勝する所はどこだろうね」
「J学園に2倍」
「F女子高に3倍」
 
「山形Y実業があなどれない。公立なのに凄い」
「愛媛Q女子高がけっこう強力。こないだは空中戦で完敗したけど今対策練ってる」
「どんな対策するの?」
「それは秘密」
「札幌P高校も倍率5倍くらいだな」
「東京T高校も6倍くらいで」
「N高校も可能性はある」
「いや昨年の快進撃はどこもうちを研究していなかったからだから今年はああは行かないと思う」
「今年のN高校の成績が本当の成績だろうな」
 
「うちもインハイ行きたいんだけどね」
と溝口さん。
「代表は2校だから、この3校のうち1校は行けない」
「3校とも行けなかったりして」
「2年連続でインハイ代表逃したら、さすがにやばいな」
 
「でも旭川L女子高の姉妹校の札幌L女子高は、バスケ聞かないね」
「学校の雰囲気もまるで違うみたい」
「旭川L女子高のバスケ部も昔は札幌L女子高と大差なかったんだよ。瑞穂先生が来てから変わったんだ。最初はとにかく地区大会で1勝しようというところから始めて、そのうち優勝を目指そう。道大会で上位に食い込もう。そしてとうとう全国へ」
 
「それは知らなかった。昔からずっと強かったのかと思った」
「P高校も十勝先生と狩屋コーチのコンビがここ30年ほどチームを支えているからなあ。だから昨年ちょっと成績が悪くても理事長は留任させたんだと思う」
「30年というのは凄い」
「いや着任してからは40年近いはず」
「凄い」
「瑞穂先生は着任してから10年くらい? このあと30年くらい掛けて、P高校に代わってL女子高が覇権を取るところまで」
「宇田先生はあと30年は無理だな。瑞穂さん若いもん」
 
「でもL女子高は去年も一昨年も全国に行けなかった。今年こそは行きたいよ」
「また今年もP高校を倒して、旭川地区から2校出場で」
「いや、札幌でもD学園が代表狙ってるから」
「D学園はここの所、くじ運が悪いよね」
「うん。道大会の決勝リーグに残るのは半分は、くじ運だから」
 
「でも名古屋と岐阜ってわりと近くですよね」
「そうそう。それでF女子高とはよく練習試合してる」
「やはり旭川と札幌でも、もう少し頻繁に試合したいね」
「ぜひそれはやりましょう」
 

1月下旬。旭川市内《おいでの木》の前に、女子高生っぽい2人が来ていた。
 
木の前には台座が作られており、真新しい小さな祠が設置されている。ふたりの女子はそこにお酒と羅臼昆布をお供えすると、2拝2拍手1拝でお参りする。
 
「お参りさせて頂きありがとうございました」
 
とふたりはこの土地の地主の老人にお礼を言った。
 
「いや、あんたたちのお姉さんも軽い刑で済むといいね」
「はい。ありがとうございます。でも本当にご迷惑おかけしました」
 
放火事件ではこの老人が所有する倉庫も被害に遭っている。ただ彼はそもそも取り壊す予定のものだったからと言って、被害額はゼロと申告した。彼には加害者の弁護士から早い時期にお詫び金として10万円が支払われている。
 
実はここの祠はそのもらった10万円で建てたものである。
 
「若い内は人生色々迷走することもある。でも迷った人ほど後で強くなるんだよ」
という老人の言葉に2人は礼をした。
 
「あんたたち高校辞めたって聞いたけど」
「さすがにちょっと居づらくて」
「フリースクールとかに行くとかは?」
「勉強だけは自主的にしておいて、落ち着いたらそういうのもいいかなとは思ってます」
「うん。頑張りなさい」
「はい。おじさんも頑張って下さい」
 
「そうだなあ。私も引退したつもりになっていたけど、また頑張ってみるかな。人生のラストゲームと思って」
 
老人は遠い目で何かを考えるように言った。
 
 
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【女の子たちのラストゲーム】(2)