【女の子たちのオールジャパン】(下)

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4人はこの後、お昼から都内のCDショップでもイベントを行うということであったが、そちらでは蘭子にキーボードを弾き語りで演奏させるという話であったので、千里は三島さんから、この演奏の薄謝+交通費をもらってV高校に戻った。「今から戻る」と連絡したら暢子が「謝礼もらったのなら、ケンタッキーが食べたい」などというので、ケンタッキーのオリジナルチキンを100ピース買って持ち帰ったが、あっという間に無くなってしまった。本数としては1人3本くらい食べた計算になる。みんなお昼を食べた後だったらしいが、バスケガールたちの食欲は旺盛である。
 
でも・・・演奏のお礼は5000円しかもらってないし、2万円ほどの赤だ! 

1月5日(土)。今日は男女の準々決勝8試合の内の2試合ずつが行われるが今日から舞台は東京体育館ではなく、代々木体育館に移動する。1964年の東京五輪の時に作られた施設である。通常ここでバスケットの試合をやる場合、第2体育館の方を使うことになっている。この第2体育館がそもそもバスケット用に作られており、東京五輪でもこちらをバスケット競技に使用したからである。但し、オールジャパンの男子決勝のみは観客をたくさん入れられる第1体育館が使用されている。(2020年五輪ではハンドボール会場になる予定) 
9時からまず福岡C学園と岐阜F女子高のエキシビション・マッチが行われた。この試合で千里が注目したのは、C学園の橋田さんとF女子高の前田さんの対決、そしてC学園のセンター熊野さんと、F女子高のセンターで留学生のラーマさんの対決である。
 
橋田さんはインターハイの時はまだ15番の背番号を付けていたのだが今は8番になっている。恐らく3年生が卒業したら4番(キャプテン)になるのではと千里は思った。
 
F女子高のラーマさんに千里が注目するのは彼女がビデオで見る限りは「上手な留学生」だからである。正直な所、日本に来ているバスケの留学生は背丈だけでチームに参加している傾向が強く、技術的には初心者という選手が多い。しかしラーマさんは14歳で日本に渡ってきて、その後かなり頑張って練習をしたそうで(F女子高バスケ部のブログで見た)、強豪校のセンターにふさわしいだけの技術を持つ選手と思われた。その184cmのラーマさんにC学園の180cmの熊野さんがどう対処するかを見ておきたいのである。留実子にもそのあたりは話したので、留実子は恐らくその2人の対決を中心に見るだろう。
 

ティップオフでは、明らかにラーマさんが高くジャンプした。ところが熊野さんが巧みにボールをタップして、そのボールが正確にポイントガードの片野さんの所に飛んできて、C学園はそのまま速攻する。片野さん自身でボールをゴールに放り込み、まずはC学園が先制した。
 
「ドリブルがすっごい速い」
と雪子が半ばうめくように声を挙げた。雪子は10月の親善試合で片野さんと対決しているのだが、千里もあの時より片野さんの速度が上がっている気がした。あるいはあの時は旅疲れで本調子では無かったのかも知れない。
 
橋田さんと前田さんの対決は凄かった。どちらもフェイントが読みにくく、どちらから抜くのか全然読めない感じだ。そばで寿絵が「あれ〜、今のは右だと思っていたのに」などと言う。
 
千里はその対決を真剣に見ている風の近くに居る数人に提案し、あのふたりがマッチアップした時、攻撃側がどちらから抜くつもりか考えて、右手か左手を挙げるというのをやってみた。
 
「千里、当たりすぎ」
「夏恋も8割くらい当ててる」
 
「なんでそんなに当たるの〜?」
と全く当てきれないメグミが言う。
「メグミちゃん、最近かなりインハイのビデオ見てるみたいだけど、下手な人のまで見てるから下手なのまで覚えてるんだと思う。ハイレベルな試合だけを見るようにした方がいいよ」
 
「そうか!私、悪いお手本まで見ていたのか」
 

リバウンドで熊野さんはラーマさんを圧倒した。背丈の差は4-5cmあるし、ジャンプ力まで入れると正直到達点が10cm近くラーマさんの方が上だと思われた。それでラーマさんが中に飛び込んで来てシュートした時は、熊野さんを含めて誰も停めきれなかった。
 
しかしC学園はゾーンを使ってラーマさんを極力中に入れないようにしている。そしてリバウンドではボールが落ちてくる絶好の位置に必ず熊野さんが居るので、9割近く熊野さんが取るのである。
 
「あの外人さん、結構巧いよね」
とリリカが言う。
「巧いけど、熊野さんがもっと巧い」
と揚羽は言った。
 
留実子は無言でじっとそれを見ていた。
 
「熊野さんとT高校の森下さんの対決を見たいね」
と睦子が言うが、千里も本当にそう思った。C学園がインターハイで早々に負けず上位まで進出していたら、リバウンド女王争いで、熊野さんはかなり良い所まで行ったのではないかと思う。
 

結局、試合はリバウンドの差が出てしまった感じで、C学園が76対58でF女子高を下した。
 
「C学園、ウィンターカップの時より強くなってない?」
 
C学園はウィンターカップでは3回戦で、最終的に3位になったY実業に敗れている。インターハイでも3回戦で、最終的に3位になった千里たちN高校に負けているのだから、どうもC学園は、くじ運が悪い感もある。
 
「いや、ほんの3日前にオールジャパンで大学生チームと戦った時よりも進歩してる」
 
「多分オールジャパンで強い所と戦ったことで進化したんだよ」
と寿絵。
 
「あんたたちもインハイでJ学園と戦ったので進化したし、一昨日プロチームと戦ったので進化したよ」
と南野コーチは言う。
 

 
その後11時から準々決勝第1試合、13時から第2試合が行われた。愛知J学園を3回戦で倒したサンドベージュは第2試合に出てきて勝ち上がっている。 
その試合が終わってからしばらくして、千里たちN高校のメンバーと、花園さんたち愛知J学園のメンバーがフロアに入った。エキシビション・マッチ第二戦の始まりである。キャプテン同士、暢子と花園さんで握手したほか、花園さんと千里、日吉さんと暢子、入野さんと雪子、中丸さんと留実子なども握手している。 
試合が始まる。お互いのスターターは、N高校が雪子/千里/薫/暢子/留実子、J学園は入野/花園/大秋/日吉/中丸である。
 
ティップオフは中丸さんと留実子という「メル友」同士で争ったが、中丸さんが勝って入野さんが攻め上がってくる。ところがそのボールを巧みに薫がスティールしてしまう。
 
「嘘!?」
と一瞬、入野さんが声を挙げるのが聞こえたが、その時は千里も雪子も薫のスティール成功を信じて走り出している。薫はいったん雪子にパス。雪子がドリブルでボールを前に進める間に薫は更に走り込んで雪子を抜いて相手制限エリアに到達する。雪子からのパスを受けて薫がシュートを放つ。
 
入って2点。
 
N高校の先制で試合は始まった。
 

試合は最初こそN高校が先行したものの、やはり実力に勝るJ学園が有利な形で進行する。こちらがゾーンで守っても、日吉さんや大秋さんは平気で中に進入してくる。花園さんも千里のマークを振り切ってスリーを撃つ。
 
しかしN高校も一方的にやられている訳ではない。暢子も薫も相手ディフェンスを強引に突破して中から攻撃をするし、千里もどんどんスリーを撃つ。 
それで第1ピリオドは千里が5本、花園さんが3本のスリーを入れてふたりの得点も合わせて34対28と、ハイスコア気味の得点となった。
 
例によって花園さんは試合中だというのに千里に話しかけてくる。
 
「16番付けてる子凄いね。1年生? 1桁の番号をあげていいくらい強いじゃん」
「話し通ってなかった? あの子、戸籍上男の子なんだよ」
「ああ、あれが? 全然そんな風に見えないね。男の子を1人入れると言ってたから、18番の子(川南)かと思った。体つきがごついし」
 
川南には聞かせられないなと千里は思った。
 
「でも戸籍上男の子って、身体は?」
「睾丸は取ってる(と思う、多分)」
「ちんちんは?」
「まだ付いてるけど上から触っても分からないように体内に押し込んでいる。女湯に入れる状態」
「おっぱいは?」
 
おっぱいが試合に関係あるのか?と思ったが
 
「まだほとんど平ら。いつも肌に貼り付けるタイプのパッド入れてるから、ヌードになっても女の子の裸にしか見えない。最近女性ホルモン飲み始めたみたいだけど、まだ実胸は充分成長してないんだよ」
と答えると
 
「ああ。ホルモン飲んでるんならいいや。ちんちんはおまけしておく。女湯に入れるんなら取り敢えず女の子の変種ということにしておくか」
と花園さんは言った。
 

花園さんはおそらくインターハイのビデオを相当見て千里を研究したのであろう。最初の内はマッチアップでかなり千里を停めていた。しかし千里は相手がこちらのロジックを読んでいると見ると、すぐにロジックを変更する。これで花園さんは第2ピリオド以降は、全然千里を停めきれなくなった。
 
一方で、花園さんは千里をほとんど抜けなかった。
 
花園さんは負けてしまった3回戦でも、プロの選手に1対1のマッチアップでは高確率で勝利していた。しかしその彼女が千里とのマッチアップにはどうしても勝てないのである。
 
「千里と花園さんのマッチアップって、相性の問題もあるんじゃない?」
とハーフタイムで寿絵が言う。
 
「それはあるみたいね。実際P高校の佐藤さんみたいに、千里をかなり停めるし、かなり千里を抜く人もいる」
と暢子も言う。
 
試合は前半を終えて66対56と点差が開いているのだが、第2ピリオドでは千里がスリーを3本入れたのに対して花園さんはスリーを1本も打てなかった。 

N高校は千里以外は適宜選手交代している。J学園も花園さん以外はどんどん交代している。どちらもかなり気合いが入っているので消耗が激しい。睦子や夏恋も4−5分限定で出したが、その4−5分で20分くらい走り回っていたかのように疲れていた。川南・永子はせっかくテストで頑張ってはくれたものの、実際にはこの相手には、とても出せる状況ではなかった。
 
「コーチ、私も出たーい」
と川南が訴えたものの
「無理」
と一言である。
「川南さん、この相手に私たちが出たら、うちはコート上に4人しか居ないのと同じような状態になっちゃいますよ」
と永子が言う。
 
「そんなに強いんだっけ?」
「凄すぎます」
 
ということで永子にはこの相手の強さが結構感じられるようであった。 
第3ピリオドの途中で花園さんが薫の近くに偶然行った時、なにやら話しかけていた。花園さんは暢子にも何か話していたし、どうも試合中に色々相手選手と話すのが好きなようである。
 
インターバルに千里が尋ねてみる。
「薫、花園さんに何言われたの?」
「いや、それがさ。この試合に負けたら、潔くチンコ切れと言われた」
と薫は頭を掻きながら言う。
 
「薫としてはどうなの?おちんちん切りたいからこの試合負けたい?」
「悩む!」
 
第3ピリオドまで終わって点数は92対80と12点差である。
 
「私としては薫にはもう女の身体になってもらって、インターハイには女子チームの正式メンバーとして参加してもらいたいな」
と暢子は言うが
 
「えーん。薫まで入ったら、私がインハイに行ける見込み無くなる」
などと川南が言う。
 
「では川南は薫が取ったおちんちんをくっ付けて男子の方に参加してもらうということで」
「えーーー!?」
と川南は言ってみたものの
 
「それ悪くないかも」
などと言っていた。留実子が笑いをこらえていた。
 
「いや、実際問題として川南ちゃんのレベルは男子の道原兄弟より上。ここだけの話ね」
と南野コーチは言う。
 
「川南。男子チームの底上げをして、男子でインハイに行く?」
「男になったら生理なくて済みますよね?」
「まあ赤ちゃんは産めないけどね」
「その代わり髭の処理は面倒らしいよ」
「そのくらいいいや。本当に男になろうかなあ」
 

薫としては、どちらかというと負けて、そのまま約束を守って性転換手術を受けたい気分でもあったようだが、取り敢えず奮起した。第3ピリオドあたりでは少し疲れが見えていたのが、また元気を取り戻した感じであった。どんどん相手制限エリアに突入してはゴールを狙う。外してもリバウンドで留実子が頑張る。
 
それで第4ピリオド前半はN高校の奮起で12対20と頑張って追い上げて、ここまでの点数を104対100とわずか4点差にまで詰め寄った。
 
しかしこれでお尻に火が点いたJ学園は一度タイムを取り気合いを入れ直して厳しい攻撃を仕掛けてくる。それで残り3分の段階で114対107とまた点差が開きかける。
 
しかしここで千里が連続してスリーを放り込んで116対113と詰め寄る。更にもう1発千里のスリーが入れば同点である。
 

それまでけっこうこちらの選手に話しかけていた花園さんのおしゃべりが停まる。気迫あふれる顔で攻めてくる。そしてスリーポイントラインにまだかなりある所からいきなりシュートを撃つ。
 
わずかに逸れてリングで跳ね上がるが、そこに飛び込んで行った中丸さんがタップでボールを放り込む。118対113。
 
こちらの攻撃に対して、J学園がゾーンで守る。しかし薫と暢子がこの試合で初めて見せたトリッキーな動きで相手を翻弄し、薫がスクリーンになって暢子が中に侵入する形でシュートを撃つ。フォローに来た日吉さんがブロックするものの、そのリバウンドを留実子が取って自らダンクでボールをゴールに叩き込む。
 
118対115で3点差と追いすがる。残りはもう1分しかない。
 

J学園が攻めてくる。こちらもゾーンで守っている。向こうもスクリーンプレイを仕掛けてきたものの、こちらは高速にスイッチして、相手の攻撃を防ぐ。それでも最後は日吉さんが無理矢理中に侵入してきてシュートを撃つ。 
ボールはゴールに入ったものの、審判は両手を交差させて得点が無効であることを示した上で、両手で押す仕草を見せる。日吉さんが留実子を押しのけたのをチャージングと判断したようである。
 
(ゴール下にノーチャージエリアが設定されたのは2010年からである。もっともこのエリアでの衝突は悪質でなければチャージングはいちいち取られないことも多かった:全部取っていたら得点できない) 
3点差のままN高校が攻め上がる。千里に花園さんと大秋さんの2人が付く。しかし結果的に雪子はフリーになってしまう。すると雪子は自ら制限エリアに飛び込んで行った。中丸さんが行く手を阻む。身長差が25cmくらいもある物凄いミスマッチ。しかし雪子はその身長差を逆用して、かがみ込むようにして中丸さんを抜いてしまう。入野さんがフォローに行くが間に合わない。 
シュートする。
 
きれいに入って118対117。1点差。残り39秒。
 

相手が攻めてくる。花園さんにボールが渡るが、千里が目の前に居て先にも進めなければシュートも撃てない。フェイントにも千里は動じない。攻めあぐねている内に5秒が近づく。24秒計の残りも少なくなる。
 
強引に左から抜こうとする。ここで左を選んだのは、千里が総合的に見ると左手の方が右手より強いようで、千里の左手側より右手側の方が抜ける確率がわずかに高いという統計結果が出ていたからだと花園さんは後で言った。 
そして実際、この時花園さんはうまく千里を抜いたのである。
 
千里が回り込む前にシュートを撃つ。
 
入れて120対117。残りは16秒。
 

N高校の攻撃。
 
また千里に花園さんと大秋さんの2人が付く。ボールを持つ雪子をフリーにしてしまうのだが、それよりも千里のスリーが怖い所だ。ここで雪子に2点取られても逃げ切れるのである。
 
しかしそれが分かっているので雪子は今回は自分で中に入っていくことはしない。暢子にボールを回すが日吉さんが付いている。留実子に回すが中丸さんが付いている。
 
しかし留実子は、いきなりバウンドパスでボールを千里がいる方向に放る。一瞬にして千里が花園さんと大秋さんを抜いて制限エリアに入ってそのボールを押さえる。大秋さんがフォローに行こうとするのを花園さんが停める。ここはスリーでなければ点を取られてもいいのである。むしろバスケットカウント・ワンスローが怖い。
 
しかし千里はそのボールを入野さんとマッチアップしている薫にパスした。薫がシュートしようとする。そこはスリーポイントラインの外側である。入野さんがブロックしようとジャンプするが、薫はまるでシュートを撃つような体勢から、実際にはシュートせずにボールを身体の後ろに落としてバウンドさせる。
 
そしてそこに千里が全力で走り寄り、ボールをつかむと、2歩で踏み切って、空中で身体を半回転させ、そのままシュートする。
 

千里の身体の回転がある分、ボールは千里が放った方角とは微妙にずれた方角へ飛んで行く。しかしいったんバックボードの中心よりやや向う側に当たった上で、バックスピンしてゴールに飛び込んだ。
 
120対120!同点!
 
そして残りは3秒である。
 
しかし向こうはタイムを使ってしまっているので、もうタイムを取れない! 
花園さんと中丸さんがダッシュして向う側のゴールめがけて走る。ボールを審判から受け取った入野さんはできるだけゆっくりと構え、制限時間ぎりぎりにボールを投げる。
 
ボールは正確にゴールそばに飛んでくる。
 
しかしボールに触れたのは留実子であった。
 
留実子はボールの勢いを殺すかのように下に向けてボールをタップした。そのボールが床で弾んでいる所を中丸さんが必死で確保する。しかし彼女がボールをセットして撃つ前にブザーが鳴る。
 
中丸さんはボールをシュートする。
 
ボールはゴールに飛び込んだものの、審判はノーゴールであることを示す。 
あちこちで大きく息をつく音がした。
 

整列する。
 
「120対120で、引き分け」
 
エキシビションなので延長までやって決着という訳にはいかない。それで40分で決着が付かなかったら引き分けにするということになっていた。
 
「ありがとうございました」
と挨拶して、お互い握手したり、ハグしたりしていた。
 
花園さんがまた薫に何かささやき、薫は頭を掻いていた。
 
「何か言われた?」
「そんなに、おちんちんが惜しいの?って」
「その言葉、私も薫に言いたい」
「薫、旭川に帰る前に、すっきりした身体になりなよ」
「おちんちんは新幹線に持ち込み不可ということにしよう」
 
「ほんとにどうしよう?」
と薫はマジで悩んでいる風であった。
 

「でもこれなんか凄いですよね? J学園に引き分けって? 向こうは結構マジでしたよね?」
と控え室に戻ってから、川南が興奮したように言う。
 
「まあインターハイの時よりは少し本気かな」
「八分(はちぶ)くらいの力で戦ってた感じ」
「あれで本気じゃないんだ!?」
「最後のピリオド後半は追いつかれそうになって少しだけ本気出したね」
 
「本戦のトーナメントでぶつからない限り、100%のJ学園は体験できないよ」
「今回も引き分けになったことで、相手も今度トーナメントでぶつかったら、本気で来るだろうね」
 
「今日は多分怪我しないように・させないようにと言われていたと思う」
 
「それ私も言おうかと思ったけど、あんたたち逆効果だろうし」
と南野コーチ。
 
「ファウルも双方3個ずつだったしね」
 

着替えようとしていて、携帯にメールが着信していることに気づく。開けて読んでみて、千里は吹き出した。
 
「どうしたの?」
「花園さんから。19-20日の北海道遠征の時は、もう女の子の身体になった歌子さんと対戦を希望するって」
 
「やはり薫は強制性転換だな」
「みんなで拉致して病院に連れ込もう」
 
「拉致されたーい」
と本人も言う。
 
暢子と寿絵が顔を見合わせている。
 
「よし、拉致しよう」
「え?」
 
それで薫はふたりに組み敷かれている。
 
「ちょっと待って」
「もう覚悟を決めなよ」
「女の子になりたくないの?」
「なりたいけど、心の準備が」
「中途半端なことしていたら自分が苦しむだけ」
「スパっと切ってスッキリしよう」
「千里を見習いなよ」
 
「誰かロープ持って来てよ」
「お願い。勘弁」
 
薫が本気を出せば暢子と寿絵に乗っかられたくらい、簡単に逃げ出せるだろうが、組み敷かれたままになっているのは、やはり何かの間違いで手術受けることになってしまわないだろうかという気持ちがあるからだろうな、と千里は思った。
 

昭一は川南にまたまた着せられた可愛いライトグリーンのワンピース姿でさっきまで愛知J学園とN高校の激戦が行われていたフロアを眺めていた。宇田先生から本部へ書類を出すのを頼まれて、それを渡してからコートを出ようとしていたのである。今日はロングヘアのウィッグを付けられ、口紅まで塗られている。 
16:30からの男子の準々決勝に出場するJBLのチームの選手が軽くウォーミングアップ代わりの練習をしている。ボールが1個こちらに転がってくる。昭ちゃんは何気なくそのボールを拾った。
 
ゴールが見える。ここから9mくらいかな?少し遠いな。(3ポイントラインは6.75m)何も考える前にボールをセットしていた。
 
全身のバネを使って撃つ。
 
軌道が少しずれたものの、ボールはバックボードに当たってネットに飛び込む。それを見ていた観客の一部がどよめいたこと、そしてコート上の選手が驚いたような顔をしていたことに全然気づかないまま、昭ちゃんはボールがゴールに入ったことに満足して振り向き、コートを後にした。
 

薫は取り敢えず「すみやかに女の子の身体になります」という誓約書(?)を書いて開放してもらった。
 
「でもすみやかにっていつまで?」
「来週のJ学園迎撃戦までにはちゃんと女の子になっていてもらわないと」
「それまでにちゃんと手術してなかったら?」
「その時は罰を与える」
「どんな罰?」
「おちんちん切断」
「ふむふむ」
 
などと言っていた時、運営の人(女性)がN高校の控え室にやってくる。 
「旭川N高校の村山千里さん、おられますか?」
「はい?」
「もうお帰りになります?」
「帰るつもりでいましたが何か?」
「まだ確定ではないのですが、場合によっては1月13日の日曜日に再度こちらに出てくることは可能ですか?」
「今空いてますから、取り敢えず予定入れておきますね」
「すみません。キャンセルになるかも知れませんけど」
「構いませんよ」
 
それで運営の人は行ってしまう。
 
「千里、何か賞もらえるのでは?」
「まさか。3回戦で負けたのに」
「いや。高校生では一番の成績だし」
「敢闘賞とかかもね」
「なるほどー」
 
「じゃ来週また千里が東京に来るなら、その時に万一まだ薫が性転換していなかったら、薫も東京に連れて行って即手術を受けさせるということで」
「ああ、それがいい」
 
薫は「参ったな」という顔をしている。
 
「でもごめん。私はこのあと別行動で、実家に寄って行く。一週間こちらで過ごして、週明けに旭川に戻るから」
「あれ?そうだったんだ」
 
「じゃこちらに居る間に手術を受ければいいよね」
「それもう少し考えさせて」
「せっかく実家に行くなら、親の承認を取って性転換」
「承認してくれないよ!」
「ちょっと余計なものを切ってもらうだけじゃん」
「イボとか魚の目取るのと同じだよね」
 
「そんなに簡単なものなんだっけ?」
「ちょっと大きめのいぼということで」
「あれ液体窒素か何か吹き付けて取っちゃうんでしょ?」
「全然痛くないらしいよ」
「イボならね」
 

取り敢えず、みんなで東京駅に移動することにした。薫も東京駅までは付いてきて、新幹線の改札のところで別れた。
 
千里たちは東京駅17:56の《はやて29号》に乗り、八戸で《つがる29号》に乗り継いで《急行はまなす》で津軽海峡を越える。そして札幌から《スーパーカムイ1号》に乗って翌日1月6日(日)の8:13に旭川駅に到着。そこで解散となった。 
例によって昭ちゃんは、ワンピース姿のまま帰宅した。
 
「ただいまぁ。眠かった。少し寝るね」
と言って玄関から居間を通過してそのまま自分の部屋に入る昭ちゃんを、母親は呆気にとられて見ていたが、休日出勤するのにネクタイを締めている最中だった父親は目をぱちくりさせて
 
「今、女の子が入ってこなかった?」
と昭ちゃんの姉に尋ねた。姉は今飲んだミルクティーを吹き出さないように口に手を当てていた。
 

その病院でふたりの女性が医師から説明を受けていた。
 
「あらためて言いますが、この方式は膣を作らないので男性との性交は困難ですし、後から欲しいと思っても、できない可能性があることはご承知置きください」
と医師。
 
「はい。それは分かっていますが、私は男性との恋愛経験は無いし、今後もそういうつもりは無いので、むしろ回復期間の短いこの方法がいいです」
と本人。
 
「ええ。確かに回復期間が短くて済むのがこの方法の利点です」
と医師も言った。
 
それで手術同意書にサインし、立ち会ってくれるお姉さんも一緒にサインした。ただ、本人達は「姉妹」と言っているものの、どうも本当はお姉さんではなさそうだなというのを医師は感じていた。しかしそこまでわざわざ詮索する必要もないだろう。
 
「では本日の午後3時から手術になります」
と医師。
「これでやっとあんたも本当の女の子になれるね」
とお姉さん。
「うん。本当にやっとここまで来たかという気分」
と手術を受ける本人も嬉しそうに語った。
 

千里は日曜日の朝美輪子のアパートに帰宅した後、少し仮眠してから午後から連絡を取って留萌の実家に帰省した。
 
男装で短髪(実は短髪のウィッグ)の千里を見て母が変な顔をしていたが、久しぶりに息子と会った父は
 
「正月だから1杯飲め」
などと日本酒を注ごうとする。
 
「未成年でお酒飲んでるの見つかったら、うちのチーム対外試合停止処分になっちゃうよ」
と言って断る。
 
「喧嘩したので処分とかもあるよね」
と玲羅は言う。
 
「うん。だから殴られてもじっと耐えて絶対反撃しないんだとか言ってた先輩もあったよ」
と千里。
 
「殴られたら殴り返さなきゃ」
「それだとチームが処分されるし、顧問とかまで進退伺い出さないといけない」
「おかしな話だ」
と父は不満そうだが、ほんと変だよなと千里も思う。
 

「でも東京で年末年始に掛けて大会やってたの?」
と父が訊く。
 
「参加したのは年明けからの試合なんだけどね。年末の試合もレベルが高いから、それを見たあとで自分たちの練習もするという合宿だったんだよ」
「しかし二週間も東京に行きっぱなしというのは大変だな」
「年末の試合が28日に終わって、年明けの大会は1月1日からだから、29日に一時帰省して30日にまた出てきてもいい、という話ではあったけどハードだから誰も帰らなかったよ」
「それは慌ただしすぎるな」
 
「ネット中継で見てたけど、プロのソング化粧品相手に結構善戦したね」
と玲羅。
「でも30点差だから」
 
「何、相手は化粧品会社のチームだったの?」
と父。
「うん」
「へー。化粧品会社でも男の選手いるんだな」
「男性化粧品だってあるじゃん」
と母は言い、父も
「あ、そうか」
などと言ったが、母は悩むような表情をした。
 

16時頃、蓮菜の家を訪問する。千里はセーターに内ボアのジーンズ、ダウンコート(女物)という格好で出かけ、家を出たらすぐウィッグは外して本来のロングヘアに戻した。
 
「あら、千里さん、いらっしゃい」
とお母さんに歓迎される。
 
「これ、東京のお土産〜」
と言って、グランスタの洋菓子店で買ってきたマカロンを出す。
 
「お、さんきゅ、さんきゅ。これ話題になってた奴だよね」
「そそ」
 
東京駅のグランスタはこの10月にオープンしたばかりである。お母さんが紅茶を入れてくれて、一緒に頂く。
 
「で、これが賞状と賞金ね」
と言って、千里は雨宮先生から託されたRC大賞・歌謡賞の賞状と賞金小切手の入った封筒を渡す。
 
「ありがと。これって銀行の窓口に持っていけばいいんだよね」
「そそ。それで自分の口座に入金してもらえばいいんだよ」
「よし、やってみよう」
 
「何か頂いたの?」
と蓮菜のお母さんが訊く。
 
「蓮菜ちゃんが書いた詩に私が曲を付けたものが入賞して、賞金を頂いたんですよ」
「へー。凄い。幾らもらったの?」
 
「4ほど」
と蓮菜が言うと
「へー。4千円も?凄いね」
とお母さん。
 
まあ、お金の単位は言わぬが花だよね。
 

蓮菜の家でボトムをズボンからロングスカート+厚手のタイツに着替えさせてもらってから、18時頃、貴司の家に行く。今日はここに泊まることを母に承認してもらっている。
 
「ただいま帰りました」
と言って入って行くと、貴司のお母さんが
「お帰り、千里ちゃん」
と言って歓迎してくれる。
 
夕飯の支度の最中だったようで、千里はすぐそのお手伝いをする。今日は天ぷらなので、揚げるのを千里がすることにした。
 
「いい匂いしてるね」
などと言って貴司のお父さんが寄ってくるので試食してもらうと
「凄くカラっと揚がってる」
と満足そうである。
 
揚げ物ができると、食卓を囲んでまずは
「明けましておめでとうございます」
と挨拶をして、乾杯した。
 
お父さんと貴司は日本酒を飲んでいる。お母さんと千里、妹の理歌(中3)・美姫(中1)はジュースである。
 
「貴司、お酒飲んでるみたいに見えるけど、20歳過ぎたんだっけ?」
「お正月だし、見逃して」
 

「結局、貴司も千里ちゃんもBEST16だったのね?」
とお母さんが言う。
 
「そうなんですよ。貴司さんも私も2回戦までは突破したんですが、3回戦で強敵に当たって負けました。貴司さんのチームに勝った所は4位になりましたから」
「千里の方はまだ来週準決勝・決勝だけど、Wリーグで今季4位だったチームだからね」
 
「あれ?別の大会だったんだっけ?」
とお父さんが訊く。
 
「ええ。貴司さんのはウィンターカップと言って、高校生の三大大会のひとつなんですよ。私の方は代表を決める大会に勝てなくて、そちらには出られなかったんですよね」
と千里。
 
「でもその代わり、皇后杯に出た訳だから」
と貴司。
 
「皇后杯ってなんか凄い名前ですね」
 
「バスケの真の日本一を決める大会だよ。男子は天皇杯。高校生、クラブチーム、大学生、ママさんバスケ、実業団、プロ、全部集まって日本一を決めようという大会。大学生や社会人相手に2回戦まで勝ったのが凄いと思うよ」
と貴司は言った。
 

交代でお風呂に入った後、21時過ぎには貴司の部屋に一緒に入った。貴司は何だかそわそわしている。千里は貴司って、考えてることが分りやすいよなと思う。
 
「貴司、就職の方は進展してる?」
と千里は訊いてみた。
 
すると貴司はハッとするような顔をした。
 
「どうしたの?私に隠しておきたいような話?」
 
貴司は少し迷ったようだが、やがて話し始めた。
 
「実は、S中の時の先輩の水流さんのお兄さんが大阪の会社に勤めててさ。そこの社長が交代してバスケ部に物凄いテコ入れを始めたらしい」
 
「ふーん」
と言いながら、やはり大阪になったかと千里は考えていた。貴司の進路を占った時、最初の頃から大阪というのが示唆されていた。
 
「一応実業団連盟に所属はしていたんだけど、練習は週に1回、試合もバスケシーズンの9月から1月に掛けての公式戦に出るだけ。監督も中学の時に自分はテニス部だったけど、試合の時だけ助っ人でバスケ部の大会に出ていたという部長さんがしてる、というチームだったんだよ」
 
「それはもう趣味でバスケしてますって世界だね」
 
「実は実業団チームって上位はプロレベルだけど、下位はそういう実態の所が多いみたいだよ。それが新しい社長さんになってから、関東の大学で監督やっていた経験者を監督に据えて、選手も所属していたチームが解散したりして行き先が無くて困っていた選手とかを積極的にスカウトして、練習も毎日するようにして、見違えるチームになったらしい」
 
「頑張るね。でも趣味でやってた人たちは付いて行けないでしょ?」
「うん。だから趣味でやる人は趣味でやっていてもらえばいいけど、勝てるメンツしか試合には登録しないよというスタンス」
 
「ああ、そういう選択肢を与えるのはいいことだね」
「それでまだチーム作りをしている最中だから、僕に大学に行かないのなら来ないかと誘ってくれたんだよ。水流さん、うちの家庭の事情も知ってるから」
 
「じゃ、やはり大阪に行くんだ?」
「まだ決めかねている」
「私のことは気にする必要ないよ。元々どちらかが道外に出るまで夫婦でいようって言ってたんだもん。別れないでとか泣き叫んだりしないから、遠慮無く大阪に行けばいいと思う」
 
「僕のこと嫌いになったんじゃないよね?」
「好きだよ」
「僕も好き」
 

貴司は軽い睡眠から目が覚めると、隣で裸で寝ている千里にキスした。千里も目を開けた。
 
「こんなことしたら、大阪に行ってもいい気がしてきた」
 
「私たちに縁があれば、いづれまた何らかの関わりはできると思うよ。だから3月いっぱいで友達に戻るというのでいいよ。むしろ無理に遠距離で夫婦関係を続けようと頑張っちゃうと、きっと疲れて息切れして破綻しちゃうと思うんだ。だから夫婦関係はいったん終わらせていいと思う。お互い恋愛自由ということにしようよ。その方が、私たち良い関係を維持できると思う」
 
「もう少し考えてみる」
「うん」
 
「ね・・・」
「うん?」
「もう1回してもいい?」
「いいよ。私たちが夫婦である間は自由にどうぞ」
と千里は笑顔で言った。
 
「夫婦関係を解消した場合は?」
「それはただの友達である限り、キスもセックスも我慢してもらわなきゃ」
 
「どうしよう? また迷いが生じる」
「馬鹿ね」
と言って千里は貴司にキスをした。
 
「私との関係を解消したら、貴司、他に恋人作ってもいいんだよ。大阪で新しい彼女、作りなよ」
「でもいいの?」
「どうせ私との関係が続いていても作ろうとするくせに」
「う・・・・」
 

翌日、千里は朝から美容室に行った。
 
髪をきれいにセットしてもらい、メイクもしてもらう。でも美容室に来たのって小学生の時以来だよなと千里は思った。中学の3年間は髪をひたすら伸ばしていたので、時々自分で毛先をカットするくらいだった。高校になってからは・・・・自分でも訳の分からない世界になっている。
 
この日千里の《本当の髪》は胸くらいまでの長さがあった。《いんちゃん》が、『これは最後に短く切ってから1年以上経っているんだよ』と教えてくれた。 
美容室を出た所で母・玲羅と合流し、駅前で貴司および貴司の母・妹さんたちと待ち合わせた。そして7人で、貴司の母が勤める神社が提携しているフォト・スタジオに行った。
 
「あんたたち昨年結婚した時に記念写真撮ってなかったもんね」
ということで、この日は写真を撮ることにしたのである。
 
貴司は黒いタキシード、千里は純白のウェディングドレスを着る。千里はその衣装を着てみて、ああ、私って貴司の妻になったんだよな、というのを改めて認識した。3月になったら別れるんだけどね!?
 
貴司と並んでカメラの前に立つ。
 
なんかこれ・・・・凄く嬉しいよぉ!!
 
でも去年結婚した時は私って、実はまだ男の子だった。今はもう女の子になることができた。女の子の身体になることで、私、貴司の本当の奥さんになることができたのかな、などというのも思った。
 
『ね、ね、私って女の子だよね?』
と写真を撮られながら《いんちゃん》に確認する。
『まあ、女の子に分類していいと思うよ』
 
『おっぱい』『ありまーす』
『おちんちん』『ありませーん』
『たまたま』『ありませーん』
『割れ目ちゃん』『ありまーす』
『くりちゃん』『ありまーす』
『ヴァギナ』『ありまーす』
『前立腺』『ありませーん』
 
『え?私、前立腺無いの?』
『無いよ』
『知らなかった!』
 
『じゃ子宮』『内緒』
 
うーん。
 
『卵巣』『内緒』
 
うーん。私の身体はどうなってるんだろ?
 
くすくすくす、と《いんちゃん》は笑っていた。
 

普段は《娘》として行動しようとする千里に戸惑いがちな母もこの日はそれを受け入れてくれている感じで、涙を浮かべたりしていた。玲羅や理歌・美姫も 
「お姉ちゃん、きれーい」
「千里さん、可愛い」
 
などと笑顔で言ってくれた。
 
「あんた、本当にお嫁に行ったんだね」
と母が言う。
「お母ちゃん、ありがとう」
と千里も素直に感謝のことばを言った。
 
写真はデータでもらい、各々がデータのコピーを持つことになった。
 
写真撮影後は中華料理店で一緒にお食事をした。
 
「お父ちゃんも連れてこようかと思ったんだけど、女だけで集まった方が気楽だしね」
と貴司の母。
「ああ、男性の目が無いと、よけいな気遣いしなくていいから良いですよね」
と千里の母。
 
「あのぉ、僕、男だけど」
と貴司。
「めんどくさいから、あんた性転換する?」
「遠慮しとく」
 

「そうだ。これ早めの誕生祝いも兼ねて」
と言って貴司が小さな箱を出す。
 
「わあ、何だろう? 開けていい?」
「うん」
 
入っていたのはスントの腕時計である。
 
「わあ、すごーい。高そう」
「僕の誕生祝いにG-SHOCKの腕時計をもらったから、そのお返し。同じG-SHOCKじゃ芸が無いかなと思って」
 
「この時計、スポーツする人に割と人気だよね?」
「そうそう。方位磁石とかの機能もあるから、ロードをジョギングする時とかにも便利なんだよ」
 
「だけど、同じ色なんだね?」
と玲羅がいう。
 
「うん。メーカーは違うけど、色はお揃いということで」
「ありがとう」
と言って千里が微笑んでいるので
 
「姉貴、ここはキスする場面」
などと玲羅が煽り、千里は貴司の唇に3秒ほどキス。みんなが拍手をしてくれた。 

1月13日(日)。千里は主宰者が送って来てくれたチケットを持ち、宇田先生とふたりで朝10時の飛行機に乗り、羽田へ飛んだ。
 
「あれ、それは新しい腕時計?」
と機内で先生に訊かれるので
 
「結婚1周年の記念にもらったんです」
と言う。
 
「あ、そうか。去年の1月に結婚したって言ってたね」
「誕生日プレゼントを兼ねているらしいです」
「それは予算の関係じゃない? それ結構お値段するでしょ?」
 
「ええ。でもこれGPSも付いてて、ジョギングしている時に平均速度とかも出してくれるんですよ。この時計の周囲の部分が方位磁石になって、場所を登録できるから、道に迷っても目的地までこの時計が案内してくれるんです」
 
「それ僕も欲しいな。女房から運動不足を指摘されているし」
「暢子が先生のお腹をつまんで遊んでましたね」
「佐々木(川南)君にもつままれた!」
 
「じゃ、先生も結婚20周年くらいのプレゼントで」
「インターハイ優勝の記念にねだってみようかな」
 
千里は大きく息をついて目をつぶる。
「多分まだ5年かかります。ひとつのチームにそれだけのパワーが累積するのに」
 
「かも知れないね。高校バスケは難しい。生徒が3年で入れ替わってしまうから。それに何と言ってもここは進学校だから、L女子高やP高校みたいに十分な練習時間というのが取れないし」
 
と宇田先生は珍しく本音を言った。
 
「川南とかはP高校のスポーツ科とかに入っていたら伸びてたタイプでしょ?」
「あの子は素質はあると思うんだけどね。練習不足だと思う。だから大学に入ってもぜひ続けなさいと煽っておいたよ」
「あの子もうちほど強くない所なら中心選手ですよね」
「うん。でも弱小で天狗になってるより、こういう強い所で揉まれた方が伸びるんだよ。試合の出場機会は少なくてつまらないかもしれないけどね」
 
千里はその宇田先生の言葉を自分自身にも置き換えて考えてみた。自分はJ学園みたいな所に居たら果たしてベンチ枠に入れたろうか? 自分自身天狗になってないだろうか。
 

オールジャパンの女子はこの日が決勝戦であった。決勝は岐阜F女子高を破ったレッド・インパルス(Wリーグ1位)と、愛知J学園を破ったサンドベージュ(Wリーグ2位)の対決となった。旭川N高校を破ったビューティーマジックは準決勝でレッド・インパルスに敗れた。
 
千里たちは羽田でお昼を食べてから京急とJRで移動し、ちょうど決勝戦が始まる14時頃、代々木体育館に到着した。観客席の方に行き、指定された席に座るとすぐそばに、愛知J学園の中丸さんと沢田監督が居るのでお互い挨拶する。 
「内容を知らされずに来てくれと言われたんですが、何か賞でももらえるんでしょうかね?」
「こちらも同じです。ただ空振りになるかも知れないとは言われました」
「そうそう。こちらもです。決勝戦でもっといい成績をあげる人が出たら、こちらはキャンセルなんでしょうね」
 

決勝戦はさすがWリーグの1位と2位の対決だけあって、物凄くハイレベルであった。そしてどちらも一歩も譲らず、第1ピリオドではレッド・インパルスがリードするも、第2ピリオドではサンドベージュがリードするという互角の戦い。千里も中丸さんも、熱い視線でコート上の選手の動きを見ていた。 
「サンドベージュはうちのOGが5人入っているんですよ。だから3回戦は現役vsOGという雰囲気だったんです」
と沢田監督が言う。
「それはお互いにやりがいがありますよね。1番の背番号つけてる羽良口さんも確かそちらのOGでしたね」
と宇田先生。
「ええ。そうです。あの子の時も高校三冠を達成しました」
 
「あの人、アテネ五輪代表になりましたよね?」
と千里も言う。
「ええ。どうも今シーズンが終わったらアメリカのW-NBAに行くつもりみたいですよ」
「だったら今年は優勝したいでしょうね」
 
千里はその羽良口さんの素早い動き、巧みなゲームコントロールを熱い視線で見ていた。レッド・インパルスが硬いゾーンディフェンスを敷いていても、そこを強引に突破する。彼女は器用さとパワーを兼ね備えたプレイヤーだと思った。一度ワンハンドでスリーを放り込んだのには「ひゃー!」と思う。私もさすがに片手でスリーを撃つ自信はない。
 

試合は第3ピリオドまではお互い譲らないままのシーソーゲームが続いていたのだが、第4ピリオド前半にレッド・インパルスが猛攻をしてあっという間に点差が広がる。その後、サンドベージュも羽良口さんを中心に巻き返しを図り、かなり追い上げたものの、最後は届かなかった。
 
「凄い試合でしたね」
と沢田監督。
 
「うちのチームメイトにこの試合、生で見せたかった」
と千里は言った。
「私も同感。これは生で見るべき試合だった」
と中丸さんも言う。
 
「僕もここに森田(雪子)君を連れてきておくべきだったと思った所だよ」
と宇田先生も言った。
 

少し休憩を置いて表彰式に移る。運営の人が来て、千里と中丸さんにコートに降りてくるよう言った。
 
「そちらはリバウンド女王かな?」
と千里。
 
「そちらはスリーポイント女王だよね?」
と中丸さん。
 
「うちとビューティーマジックとの試合がとんでもないハイスコア・ゲームになったせいという気がする」
「うちとサンドベージュの試合も結構なハイスコアゲームだったから」
 
「それと、これって1回戦から出たチームが有利だよね?」
「同感、同感」
「プロチームは3回戦から出てきているから試合数が優勝・準優勝チームでも4回しかない。3回戦で敗退した高校生や大学生チームと試合数は1しか違わないんだよね」
 
「でもスリーの成功率では私、花園さんに負けてると思うのに」
「3回戦であっちゃん、全然スリーを撃たせてもらえなかったから」
「うちは点は取られてもいいから、もっと取っちゃえというチームだったから」
「そのあたりも運だよね」
 

表彰式では、優勝チームに皇后杯が贈られ、メダルの授与が行われる。その後準優勝、3位と表彰された上で、個人表彰になる。
 
最優秀選手にレッドインパルスの蒔田さん、敢闘賞にサンドベージュの羽良口さんが選ばれ、その後ベスト5にも上位のチームの選手が選ばれる。そして成績賞である。
 
「得点女王およびスリーポイント女王、旭川N高校の村山千里さん」
「はい!」
と大きな声で返事をして、前に出て、得点女王とスリーポイント女王の2枚の賞状をもらった。
 
「リバウンド女王、愛知J学園の中丸華香さん」
「はい」
と中丸さんも返事をして賞状をもらう。
 
そしてアシスト女王は千里たちを3回戦で破ったビューティーマジックの正ポイントガード富美山さんであった。あの試合のチーム得点124点が効いている気がする。
 
3人で並んだ時、富美山さんが千里に手を伸ばしてきたので笑顔で握手する。ついでに中丸さんと富美山さん、そして中丸さんと千里も握手した。
 
大会長がコメントする。
 
「今大会のスリーポイント数はひじょうにハイレベルな戦いでした。旭川N高校の村山さんが39本という、過去の記録を大幅に塗り替える記録を出しましたが、次点であった愛知J学園高校の花園さんも28本と、これも過去の記録を越えています。更にリバウンドも愛知J学園高校の中丸さんが一番。プロも参加する大会で、高校生にこういう素晴らしい才能を持つ選手が出たことは、将来の日本女子バスケットに大きな期待を寄せたくなります」
 
大会長は本当に嬉しそうな表情でそう述べた。
 

この年の冬休み明けの授業は1月16日に再開された。
 
千里はある理由で精神的・肉体的にひじょうに疲れていたのだが、気を取り直して頑張って出て行った。
 
旭川N高校では朝から全体集会が開かれて、女子バスケット部がオールジャパンでBEST16まで行ったことが報告されるとともに、千里が得点女王・スリーポイント女王を獲得したことが報告され、バスケ部には「旭川N高校敢闘賞」の賞状、千里は2個目の「旭川N高校殊勲賞」メダルまでもらった。疲れている千里もこの時は笑顔になる。
 
BEST16の報告ではマネージャーを含めたベンチ入りメンバー15名が壇に登ってひとりずつ校長から賞状をもらったが、薫も笑顔で一緒に並んで表彰されていた。転校生制限のため春まで公式の大会に出場できない薫にとって、マネージャーとしてでも、こういう大きな大会に参加できるのは随分精神的にも救われているんじゃないかなと千里は思った。
 
「薫、いつ戻ったの?」
と表彰が終わって、いったん壇脇の用具室に降りてから川南が訊く。
 
「一昨日の夕方のフェリーに乗って、昨日の夜8時に旭川に帰ってきた」
「もしかして大洗−苫小牧のフェリー?」
「そそ。東京から旭川まで16000円で帰ってこられる。最安値」
「安いかも知れないが、きつそうだ」
「フェリーがまだお正月モードで混んでて、エコノミールーム(二等船室)は男女分離されてて、カップルで泣き別れしてる人たちもいた」
 
「カップルは強制的に分離しておかないと、夜中にいけないことを始める確率が高いな」
 
「で、薫は男の方に乗ったの?女の方に乗ったの?」
「そりゃ女の方だよ」
「女の方に乗れるんだっけ?」
「私、女の子だもん」
 
「そこが重要な問題なのだが」
「薫、女の子になったの?」
「えへへ。お母ちゃんに許してもらって、一緒に病院まで来てもらったんだ」
 
「おぉ!!!」
「すごーい!!」
 
「とうとうやっちゃったか」
「これで今度のインターハイは優勝できる可能性も出てきたぞ」
 
「これなの。見て見て」
などと言って周囲に男子の目が無いのをいいことに、薫はブレザーをめくり、ブラを外して胸をみんなに見せる。
 
「・・・・・」
 
「ヒアルロン酸、両方で合計300cc注入したんだよ。60万円も掛かっちゃった。本当はこれだけ費用掛けるんなら、シリコン入れた方がいいんだけど、手術しちゃうと、痛みが無くなるまで数ヶ月掛かるんだよね。注射で注入するだけなら2週間後にはスポーツしていいんだよ。1月6日に施術したから、20日の愛知J学園戦には出られるよ」
 
「で、女の子になったんだっけ?」
 
「うん。私、おっぱいが全然無いのが凄い悩みだったんだよね。お風呂入るのにも苦労してたし、パッドつけておくと汗掻いた時が、やな感じだったし。これで本物バストになったから、思いっきりプレイできるよ」
 
「・・・・・」
 
「薫、真剣に訊きたいのだが」
「何?」
「薫が豊胸をしたというのは分かった。お股は?」
「え?お股って?」
「ちんちん、取ったんだよな?」
「え?まだあるけど」
 
「馬鹿野郎〜。お股を女の子に改造する手術してこいと言ったろ?」
と言って暢子は薫の首を抱えるとヘッドロックを掛ける。
 
「痛たたたたた」
「何なら私が薫のちんちん、切り落としてやろうか?」
「まだおちんちん取るのは、お許しが出なかったんだよぉ」
「勝手にやっちゃえばいいだろ?年齢ごまかして」
「それ絶対後で揉めるって。実はタマ取っちゃったこともお父ちゃんにバレた時は殺されそうになったんだから」
「勝手にタマ取ったんなら、棒も勝手に取ればいいじゃん」
「タマ取るのは入院要らないし、付き添いも要らないけど、棒を取るのは入院が必要だからバレちゃうもん。それに勝手にタマ取る手術受けたことではお母ちゃんにも叱らないから事前にひとこと言えって叱られたし」
 
「今何か自己矛盾する言葉を聞いた気がした」
「いや、親はよくそういうことを言う」
 
「やはり薫、強制的に拉致していって手術台に乗せてしまおう」
「えーん」
 
それで薫に暢子が馬乗りになっていた所に南野コーチがやってきて
 
「あんたたち、お昼は理事長さんがおごってくれるらしいから」
と言ってから、暢子たちを見て
 
「暢子、何やってんの?」
と言う。
 
「あ、済みません。ちょっとゴールネットの穴の調整を」
 
 
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