【女の子たちのオールジャパン】(上)

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2008年1月1日。千里にとって高校最後の年が明けた。
 
朝ご飯は(ノンアルコールの)おとそを飲んだ後「お餅は3個まで」という通達があるので、ほとんど全員が3個食べた後、一休みしてから軽く汗を流す。それから着替えて東京体育館に出かけた。
 
先日ウィンターカップが行われた場所だが、オールジャパンの前半も、ここ東京体育館が会場となる。
 
「こないだは客席からの観戦だったけど、今日はここでプレイできるんですね」
と揚羽が感慨深げに言う。
 
「今年の12月はウィンターカップでここに立てるよう頑張りなよ。私はもう居ないけどさ」
と千里が言うと、揚羽は
「はい、頑張ります。打倒P高校、打倒J学園です」
と笑顔で言っていた。
 
北海道は代表1校なのでウィンターカップに出るためには、どうしても札幌P高校を倒す必要がある。
 
さて、今年のオールジャパンで、高校生で出ているのは男子5校と女子7校である。女子はインターハイ優勝の愛知J学園の他、各地区の予選を勝ち抜いた、岐阜F女子校(東海)、福岡C学園(九州)、大阪E女学院(近畿)、高岡C高校(北信越)、山形Y実業(東北)、そして旭川N高校(北海道)が出る。毎年こんなに高校生チームが多い訳ではないのだが、この年の女子は9つある地区の内、実に6地区を高校生が制していたのである。
 
岐阜F女子高は愛知J学園と同じ東海地区なので毎年熾烈な代表争いをしていたようだが、今年からインターハイ優勝校は無条件でオールジャパンに出られることになったので、順当に地区予選を勝ち上がってオールジャパンに進出してきている。
 

 
旭川N高校の試合は初日第1試合に組まれていた。相手は中国地区代表の社会人クラブチーム《ファイブ・スワンズ》であった。
 
「何か向こうさんチアリーダーがいるね」
「このチーム、ほとんどの選手が岡山の教育サービス会社に所属しているみたいだから、たぶんその会社で組織したチアじゃないのかな」
 
「遠くから出てくるのお金かかるもんね」
「でもウィンターカップでも応援団やチア出しているチームは居たね」
「企業チームや大学チームはチアが来ている所も多いみたいよ」
 
事前の研究で、相手のスモールフォワード高鳥さんとセンター牧山さんが卓越していることが確認済みである。中国地区の予選のビデオも撮影してもらっていたので、それを見て検討会もしておいた。N高校がウィンターカップ予選で敗れて総合に出ることが決まった段階で、OG会が動いてくれて全国各地区の総合選手権予選を撮影してくれたのである。
 
こちらのスターティング5は雪子/千里/夏恋/暢子/留実子というラインナップである。ティップオフは留実子が背丈とジャンプ力で牧山さんを圧倒してボールを確保。雪子から寿絵・暢子とボールが渡り、暢子はまだ充分向こうが守備体制を整えていない内に華麗にレイアップシュートを決めた。
 
N高校が先制して試合は始まる。
 

牧山さんには夏恋、高鳥さんには暢子がだいたいマッチアップして相手の動きを止める。牧山さんには本当は留実子がマッチアップした方がいいのだが、留実子が病み上がりで負担を掛けたくないので、リバウンドに集中させることにしてマークは夏恋にさせることにしたのである。そのためのこういうスターターであった。夏恋にはマーク以外のことは何もしなくて良いと申し渡している。
 
相手の中核選手であるこの2人が厳しくマークされているため、向こうは攻めあぐねている感があった。特に暢子がマークしている高鳥さんはスモールフォワードの登録ではあるが実際には《ポイントフォワード》という感じで、本来向こうはポイントガードの元山さんと高鳥さんが双方攻撃の起点になる、変化あふれる攻撃を繰り出すのだが、結局元山さんからパワーフォワードの野口さんにつなぐ攻撃を仕掛ける確率が高くなる。しかし千里がカバーに入るし、直接入れられた場合は仕方ないが、外れた場合は留実子が高確率でリバウンドを確保し、雪子を起点にこちらの攻撃に切り替える。
 
結局第1ピリオドでは14対21とN高校は相手を大きくリードする。
 
第2ピリオドでは、スモールフォワードを寿絵、センターを揚羽にして牧山さんには揚羽がマッチアップした。夏恋は瞬発力と相手の動きを予測することで動きを封じていたが、揚羽は背丈と運動量で封じる。向こうは第1ピリオドで夏恋にうまくやられたので気合いを入れ直して出てきたようであったが、全く違うタイプの選手にマークされて戸惑っている内にまたやられてしまった。 
第2ピリオドも12対20と点差を付け、前半26対41である。
 

第3ピリオドでは暢子を休ませて、前半リリカ、後半は睦子に高鳥さんをマークさせる。ふたりはさすがに暢子ほど完全には相手を停めきれず、このピリオドでは結構向こうにやられる場面もあったが、それでも何とか18対16と2点差で持ちこたえることができた。途中で雪子の疲れが見えてきたので第3ピリオド後半はメグミを投入した。
 
そして第4ピリオドでは、暢子が復帰して、メグミ/千里/寿絵/暢子/留実子というラインナップで頑張り(途中でメグミは敦子に交代)、10対19と圧倒。最終的に54対76で勝利した。
 
この試合では暢子がマーカーに専念した分、千里が76点の内スリー11本を含む37点を稼ぎ出す活躍をした。
 

「取り敢えず一週間合宿して1時間で帰るという羽目にはならなかったですね」
「まあ、それは悲しいよね」
 
千里は今日の勝利は初日第1試合というのが大きかったと思った。他の試合を観戦した後だと、レベルの高さにみんなが萎縮してしまう可能性があった。 
第2試合には、大阪E女学院と富山の高岡C高校が登場したが、試合を観戦していたメンバーは次第に口数が少なくなっていく。どちらも相手は大学生チームである。高岡C高校の方はY大学に一方的にやられていた。また大阪E女学院もS大学相手に接戦はしていたものの、試合が進むにつれどんどん点差が開いていく。寿絵や雪子・揚羽など「適度に強さが分かる子」が完璧に無言になってしまう。
 
「E女学院も強いのに・・・」
「相手が凄い・・・」
 
「あんたたちも凄いけどね」
と南野コーチが言うと、雪子は引き締まった顔でコートを見つめていた。 

第2試合で高岡C高校がY大学に敗れてしまったので、客席で応援していた15-16人くらいのチアチームはがっかりした顔をして引き上げて行く。
 
リーダーの鈴子はバスケ部の引率の先生と電話で連絡を取っていたが、やがて 
「パスケ部のメンバーは今夜の急行《能登》で帰るらしいけど、こちらは任せると言われた。みんなどうする?」
と鈴子はみんなに訊く。
 
「チケットは3日までだし、3日まで見てから帰るよ」
と桃香が言う。
 
「ああ、桃香は絶対そう言うと思っていた」
と鏡子が言う。
「そんな持っている権利を放棄するなんて、もったいないことを桃香がする訳ないよね」
と織絵も言う。
 
オールジャパンのチケットは1−3回戦までのチケットはひとまとめであり、この3日間は全ての男女の試合を見ることができる。準々決勝以降は男女別に「女子準々決勝」「男子準々決勝」のように販売されているが、さすがに高校生チームが準々決勝まで勝ち上がることはあるまい、という予測でチアチームのチケットは1−3回戦のセットチケットのみを買っていたのである。
 
「じゃ明日以降残る人はホテルを予約しよう。何人残る?」
と鈴子が尋ねると、16人の内12人が残り、4人は今日帰るということのようだ。 
「じゃ帰る人たちは気をつけて」
「できるだけ4人まとまって行動してよ。上野駅23時集合ということで」
 
彼女たちはバスケ部の子たちと一緒に帰るので23:33上野発の能登に乗ることになる。
 
「うん。そうしよう。じゃ私が鈴子と**先生に定期連絡入れるよ」
と鏡子が言い、帰る4人と今夜も泊まる12人とで別れた。
 

鈴子がノートパソコンを使って今夜の宿を確保した。ツイン6部屋で1部屋4800円という格安ビジネスホテルである。取り敢えず近くのサブウェイに入って軽食を取り、東京体育館に戻った。
 
フロアでは第3試合、愛知J学園の試合が行われている。
 
「なんか強いね」
と織絵が言う。
「うん。さすが高校トップチームだけのことはある」
と鈴子も言うが
 
「うちの高校だって強いのに」
と桃香。
 
「いや、格が違うよ」
と鈴子。
 
「そんなに差がある?」
「うん。このJ学園にしても第1試合に出ていた旭川N高校にしても無茶苦茶強い」
と織絵が言うが
 
「よく分からんなあ」
と桃香は言う。
 
「桃香、遠くからシュートしたら3点入ることも知らなかったね」
「知らなかった。遠くから入れたら3点ならみんな遠くからシュートしたらいいのに」
「いや、それが普通入らないから」
 
「このJ学園の4番付けてる選手とか、旭川N高校で5番付けてた選手とかはポンポン入れてるけど、凄くレアだよ。こんなに入れる選手は」
と優子。
 
「へー」
「普通は10本くらいシュートしても1本入るかどうかだから」
「でもあの4番、さっきから1本も外さないな」
「うん。だからあんな選手はたぶん日本に5人も居ない」
「へー! そんな凄い選手が出てくるというのは、さすが皇后杯だな」
「だから、うちのチームとは格が違うんだよ」
 

旭川N高校のメンバーは第3試合のJ学園の試合を見たところで第4試合は見ずに宿舎になっているV高校に引き上げた。
 
初日、高校生7チームの内4校が登場したが、勝ったのは旭川N高校と愛知J学園の2つだけである。
 
誰が言うともなく体育館に入り、みんな黙々と練習を始める。
 
が10分もしない内に
「辛気くさいぞ!声出せ!」
と暢子が言うと、その後はみんな普段通りに声を出して練習するようになった。そして声を出して身体を動かしている内に、みな今日見た試合のショックから立ち直る。自分を取り戻す。
 
一方、千里は黙々とシュート練習を続ける。永子がボール拾い係を買って出てくれた。ふつうの人のシュート練習はゴール下に居る子のリバウンド練習にもなるのだが、千里の場合はほとんど外れないので、単純にネットを通って落ちてきたボールを千里に返すだけだ。しかし千里は永子に「パス練習を兼ねよう」と言い、永子はチェストパス、バウンドパス、など色々な形で千里にボールを《正確に》返す練習をした。
 
この子も高校在学中は難しいけど、大学に入っても続けたら、結構いい選手になるのではと千里は思いつつ永子のボールを受けていた。
 

一方第4試合まで見た高岡C高校のチアチームのメンバーはいったん新宿に出てみんなで一緒に晩御飯を食べた後、1時間の自由時間をもうけた後、21時に集合して一緒にホテルに入った。
 
鈴子は宿泊するメンバーの中で相性の悪い子同士が一緒にならないように部屋割りを決めた。鈴子自身は優子と一緒に部屋に入った。
 
交代でお風呂に入り、携帯で何かゲームのようなものをしている優子に「疲れたから寝るね」
と言ってベッドに入り、目をつぶる。
 
ところが23時頃、起こされる。
 
「助けて!」
という声がドアの外でする。織絵の声だ!
 
何があったんだ?強盗にでも遭った?と思って飛び起きてドアを開けると、織絵が下着姿のまま飛び込んで来た。
 
「どうしたの?」
「今夜ここに泊めて」
「は?」
 
「桃香は?」
 
桃香と織絵でひとつの部屋を使っていたはずである。
 
「あの子と同じ部屋になりたくない!」
 
「何があったのさ?」
「襲われそうになった」
「はぁ!?」
「入れられそうになったけど、何とか処女は守った」
 
鈴子は桃香の携帯に電話してみる。
 
「ごめーん。ちょっと寝ぼけて織絵のベッドに潜り込んでしまった」
 
鈴子は頭を抱える。
 
「桃香、あんたレズだっけ?」
「うん。言ってなかったっけ?」
 
すると隣のベッドでまだゲームしている優子が笑いながら言った。
 
「じゃ、織絵、私と交代しようよ。私もレズだから襲われても平気。まあ桃香のこと嫌いじゃないし」
 
「うーん」
と鈴子は悩むが、ここは優子の提案に乗るのがよさそうだ。
 
それで3人で向こうの部屋に行き、鈴子が桃香に厳重注意をした上で、織絵は鈴子と同じ部屋、優子は桃香と同じ部屋で寝ることにした。
 
「あんたたち野生に戻らないように」
「大丈夫、大丈夫。でも私が桃香を襲ったらごめんね」
などと優子は言っている。
 
「それって下手すると、私が優子に襲われる可能性もあったのかな」
と鈴子はしかめ面で言う。
 
「あ、私、鈴子のことも好きだよ」
と優子は言っていた。
 

1月2日。
 
試合は2日目に入る。
 
オールジャパンの女子の出場チームは32チームだが、二段階シードのある変則的なトーナメント方式になっている。
 
・1回戦を戦うのは8組16チーム

・2回戦を戦うのは1回戦を勝ち上がった8チームと免除された8チーム

・3回戦を戦うのは2回戦を勝ち上がった8チームと免除された8チーム

 
というシステムである。結果的に1回戦も2回戦も3回戦も8試合ずつ行われるが、2回戦まで免除されているのはWリーグの上位8チーム。日本の女子バスケ最高レベルのチームである。
 
昨日は第1試合で12:00からだったのだが、今日は第4試合17:00からであった。この日負けたとしても帰りの便がもう無いので、どっちみち今夜は泊まることになる。
 
第1試合、Aコートでは福岡C学園が大学生チームと対戦、Bコートでは岐阜F女子校とウィンターカップ3位・山形Y実業が対戦した。千里たちは両方の試合を並行して観戦した。
 
「なんかF女子高とかJ学園が強い理由が分かった気がしてきた」
と揚羽が言う。
「ん?」
「こういう凄いレベルの所との対戦を経験しているからだよ」
 
「無茶苦茶強い所と戦うと、たとえ負けてもその試合40分戦っただけでも進化するんだよ。高校の上位に居るチームって、そうやって進化してきているんだよね。あんたたちも昨日社会人チームと戦っただけで1歩進化したよ」
 
と南野コーチは言う。
 

この第1試合の結果、福岡C学園は破れ、高校チーム同士の戦いは岐阜F女子高が山形Y実業を破った。
 
第2試合では昨日1回戦を勝ち上がった愛知J学園が登場する。相手は社会人選手権2位のチームで無茶苦茶強い相手であった。第1ピリオドでは何とか食らいついていって接戦であったものの、第2ピリオドは地力を振り絞った相手チームに大きくリードを許す。
 
ハーフタイムでベンチに座っているJ学園の選手たちが疲れ切ったような表情をしている。千里が彼女らを見つめていた時、花園さんと目が合った。
 
燃えるような闘志が交換される。
 
花園さんがすっくと立ち上がったのを、隣に居た日吉さんが「へ?」という表情で見つめている。
 
千里はこの瞬間J学園は勝ったと思った。
 
第3ピリオドで花園さんのスリーが炸裂する。向こうは花園さんのスリーが怖いのは重々承知しているから、いちばん巧い人がマークに付いているのだが、相手を強引に、あるいは巧みに振り切る姿が見られるようになる。
 
このピリオド、花園さんはスリーを6本も放り込んで、これまでの劣勢を挽回。点数は1点差となり、予断を許さなくなる。
 

そして第4ピリオド。花園さんの奮起に刺激された日吉さん、中丸さん、入野さんがこれまで見せたことのないほどの激しい闘志で頑張る。相手も物凄く強いチームなので、簡単には負けていないものの、日吉さんや中丸さんが体格的に勝る社会人のフォワードを気合いで押しのけてゴールを奪うシーンが見られる。そして花園さんのスリーも冴える。
 
終わってみれば9点差を付けて愛知J学園がこの試合を制していた。
 
しかし、試合終了後、挨拶をしてキャプテン同士握手をした後、花園さんはその場に倒れてしまった。慌てて他のメンバーが介抱する。結果的に花園さんは担架で運び出された。
 
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。体力と精神力を使い切って、何も残っていなかっただけ」
と千里は答えた。
 
「試合終わったら倒れてもいいくらいの気持ちでやれって、私現役時代に監督からよく言われてたけど、まさに花園さんはそれを実践したね」
と南野コーチは言っていた。
 

高校生チームが全部出てしまったので、第3試合が行われている間、ブレイクを入れることにした。体育館の外に出て軽くジョギングをした後、パス練習をする。千里は雪子と、暢子は薫と1on1をやって神経を研ぎ澄ませた。 
疲れるほどやってもいけないので20分ほどで切り上げて水分補給をし、何人かは軽く食べ物を取っている。たいていの人は「軽く」だが、暢子はハンバーガーを2個食べていた。
 
「そんなに食べて大丈夫?」
「もう盲腸も取っちゃったから平気」
と暢子。
「私ももうタマ取っちゃったから平気」
と焼きそばパンを食べている薫。
 
「薫ってタマタマで御飯食べてたの?」
「いや、やはり取ってから食欲落ちたよ。ラーメン4杯食べられなくなった」
「4杯はさすがに食べ過ぎだ」
 
「薫はコートに出ないからといって眠らないように」
 

 
そして千里たちは17:00に東京体育館のコートに立った。
 
相手はインカレ7位のB大学である。
 
「まあ気楽に行こう。初戦勝てただけでも十分な成果。ここから先はおまけと思って」
と宇田先生は言う。
 
「取り敢えず勝てばいいよな?」
と暢子が明るく言ってコートに出て行く。
 
この試合ではスターターはメグミ/千里/寿絵/暢子/リリカというメンツで始めた。
 

ここは事前の研究では、あまり卓越した選手は居ないものの組織で攻めて守るタイプと分析した。エネルギッシュなプレイをするが、どうしても後半は失速しがちである。そこでこことのゲームは後半が勝負所になると見た。問題は前半にあまり差を付けられないようにすることで、それで最初は守備的な布陣にしたのである。
 
ティップオフは向こうが取って攻めてくる。こちらはゾーンで守るが相手は同時に複数が侵入してきて、いちばん撃ちやすそうな人にパスが行き、そこからシュートする。しかしリリカのブロックがうまく決まり、落ちてきたボールを寿絵が押さえてメグミにパス。攻めあがる。
 
相手はマンツーマンだが、相手のセンターがリリカに、パワーフォワードが暢子に付いた他は、近くに居た選手をマークした雰囲気であった。それで向こうはこちらを特に研究していないことが想像できる。
 
それならということでメグミは千里にパスする。
 
いきなりスリーを撃つ。
 
入って3点。最初はこちらが先行して始まった。
 

こちらが相手の個々の選手を充分分析して検討しておいたのに対して向こうはほとんど研究していないというのから、初期段階では千里があまり警戒されていなかった。しかし立て続けにスリーを決めると、やばいかもというので相手のパワーフォワードの人が千里のマークに付く。ところがそれだと暢子が実質フリーになるので、今度はメグミは暢子を使って得点する。そのパターンが続くと相手はセンターの人が暢子をマークするが、今度はリリカがフリーになるのでリリカを使って得点する。
 
リリカは守備ではブロックに、オフェンス・リバウンドにとフル回転である。リリカには第1ピリオドに全力投球しろと言い渡してある。
 
それで結局第1ピリオドは、大差を付けられないように頑張るつもりが16対21とこちらがリードする展開で終わった。
 

第2ピリオドではポイントガードを敦子、センターを留実子に換えたが、前ピリオド同様にやはり守備的な布陣である。しかし留実子が入っていると、相手には180cm代の選手が居ないので、リバウンドは圧倒的になる。留実子にはブロックはあまり頑張らなくていいのでリバウンドに集中しろと言ってある。それで、相手のシュートがそのまま入った場合は仕方ないもののの、外れた場合は高確率でこちらのボールになり、逆にこちらの攻撃機会では、外しても留実子が取ってくれるという安心感から、千里にしても暢子にしても安心してシュートが撃てる。それで、第2ピリオドでは14対23とかなりの差を付けることができた。 
前半終わって30対44である。
 
第3ピリオドはセンターは揚羽、ポイントガードは雪子に交代する。また暢子を休ませて夏恋をパワーフォワードのポジションに入れる。するとやはり暢子が休んでいる分、相手のマークは千里に集中するので、どうしても前半のようには得点できない。しかし第1ピリオドでライバルのリリカがリバウンドで頑張ったのを見ているので揚羽も負けじとこのピリオド集中して頑張る。 
このピリオド後半では疲れが見えてきた寿絵を下げて蘭を入れた。蘭も短時間ならこの強い相手に何とか頑張ることができた。それでこのピリオドは 22対16と、何とか6点差で持ちこたえることができた。ここまでの合計は52対60である。 
第4ピリオドでは雪子/千里/睦子/暢子/留実子という布陣にする。相手は前半リードされていたのを第3ピリオドに点差を詰めて行けるぞという雰囲気にはなっているものの、やはり前半集中型のチームなので、どうしても体力切れの雰囲気があった。ずっと出ている中心選手の動きが明らかに、にぶくなっている。 
しかしこちらは千里以外は交代で出ているし、その千里は十分なエネルギーを持っているので、瞬発力で相手を振り切ることができるし、守備の時は結構パスカットなどが成功する。留実子もリバウンドを圧倒的に確保する。 
それで第4ピリオドは12対26とダブルスコア以上の展開となり、最終的に64対86の大差で勝利することができた。
 

試合が終わって挨拶した後、相手チームのキャプテンが「あんたら強ぇ〜」と完敗を認めることばを発した。
 
N高校の試合が終わった後、留実子が交流のある愛知J学園の中丸さんに電話して花園さんの容体を訊いてみた。すると花園さんは担架で搬出された後、控え室ですぐに意識を取り戻し、その後はすこぶる元気ということで、千里も暢子も安心した。やはり試合で体力・精神力を限界を超えて使い切ったのが、倒れた原因だったようである。
 
「でも倒れたので注目されて、あっこちゃんドーピング検査受けさせられたんですよ」
と中丸さん。
 
こちらはハンドフリーセットを付けているので、この話をみんなで聞くことになった。
 
「ああ、チェックされるかもね」
「体力使い切ってるから、おしっこがなかなか出なくて一度トイレから引き返してきて、お茶のペットボトル2Lを2本空けて、それでやっと検査できたんだって」
「それはまたお疲れ様」
「でもドーピング検査ってすっごい恥ずかしいらしいですね」
「ああ、うちの村山も1年生の時に受けて、恥ずかしかったと言ってましたよ」
とこの時は留実子も言っていた。
 
オールジャパンではドーピングコントロールが実施されており、毎日任意抽出で数名、尿検査を受けさせられているらしい。N高校のメンバーはここまでまだ当たっていないが、福岡C学園の選手がひとり検査を受けさせられたと橋田さんが言っていた。
 
「だけど花園さん、スリーが絶好調でしたね。スコア確認すると12本も入れてる」
と千里が横から言うと
「いや、村山さんも凄いじゃないですか。こちらもスコア付けさせてましたけど10本も入れてる」
と向こうも日吉さんが割り込んできて言う。
 
「取り敢えず今日は12本対10本で花園さんの勝ちということで。明日また頑張ります」
「うん。こちらも僅差だったから、また頑張ると言ってたよ」
 
結局この日勝って3回戦に進出することができた女子高生チームは、岐阜F女子高、愛知J学園、旭川N高校の3校である。男子の方では近畿地区代表として出てきた京都S高校だけが残っている。インターハイ王者のR工業は昨日の1回戦は快勝したものの今日は大学生チームに負けてしまった。
 

「愛知J学園に岐阜F女子高とか、高校生のトップチームが残っているのは分かるけど、うちが残っているのって凄くありません?」
などとメグミがその日の夕食の時発言した。
 
「あんたたちも充分強豪だってことだよ」
と南野コーチが笑顔で言った。
 
「おっ。何だか凄い気がする」
 
「だけどトッププロチームが出るオールジャパンで高校生がこんなに3回戦まで残れるって考えてみると凄いですね」
 
「まあWリーグのチームは上位8チームが明日から登場するからね。強いチームを1回戦・2回戦に出さないというのは、強いチームを優遇するシステムであると同時に、高校生やクラブチームにも見せ場を与えてくれるシステムだね」
 

桃香は織絵をロビーに呼び出して言った。
 
「昨夜はごめんね。寝ぼけて変なことしちゃって」
「ううん。処女には傷つかなかったから気にしないよ」
と織絵は桃香に言った。
 
「実はこないだ恋人に振られちゃって。まだ充分立ち直ってないんだ」
「それで今回の東京遠征に参加したの?」
「うん。ちょっとそれはある。でもね」
「うん?」
 
織絵は真剣なまなざしの桃香の次の言葉を待った。
 

 
2008年1月3日。この日は3回戦の8試合が行われる。そしてこの日からWリーグの上位8チームが登場する。つまり2回戦まで勝ち上がってきたチームの今日の相手は、全部Wリーグの上位8チームのどれかである。
 
第1試合はWリーグ1位のレッド・インパルスとF女子高の対戦が組まれていたが、ベンチ組はこの試合を見ないことにした。撮影を葉月や聖夜たちにお願いして、千里たち12人のベンチメンバーと3人のマネージャー登録者とで都区内のお寺に入り、座禅をした。
 
試合の30分前に会場に入るが、控え室のモニターも切って情報はシャットアウトする。そして無心で試合に出て行った。
 
相手はWリーグ4位のビューティーマジックである。千里は試合前に整列して向こうの選手を見ただけで「強い!」と思った。
 
雪子/千里/寿絵/暢子/留実子という最強メンバーで始める。
 
ティップオフは相手の外人選手のセンターと留実子で争うが、これは留実子が勝ち、雪子がボールを確保して攻め上がった。暢子を使って攻撃しようとするが相手ディフェンスに全く隙が無く、中に侵入できない!
 
結局いったん雪子にボールを戻す。雪子は留実子にパスする。相手もさすがに長身の留実子には警戒している感じで、まるでプレスするかのような厳しいディフェンスをする。しかし留実子は強引に相手を抜くとジャンプシュートを試みる。しかしうまく相手にタイミングを合わせられる。
 
すると留実子は空中でシュートを中止して、千里の左側に低い軌道のパスをする。千里はそれに飛びつくようにしてボールを取る。相手ディフェンダーが千里を追ってくる。千里はボールをキャッチした体勢から、身体を立て直すのと同時に相手選手を抜く。そしてそこからシュート。
 
3点。
 
試合はN高校が先行して始まった。
 

しかし相手は本当に強かった。向こうの攻撃に対してこちらのディフェンスは無力ともいえる感じで、全く停めきれない。どんどん中に入られてシュートを撃たれる。もっともリバウンドに関しては190cmを越えている相手の外人選手に留実子が1歩も引かず互角の勝負をしていた。それで外れたシュートに関しては半々の率で攻撃交代になるので、一方的な試合にはならずに済んだ。結局第1ピリオドは24対12と、ちょうどダブルスコアで相手チームのリードとなった。 
第2ピリオド。N高校は寿絵の代わりに夏恋を入れてみた。結局相手の守りが硬く、なかなか近づいてシュートすることができないので千里と夏恋で遠距離射撃をする作戦に出る。
 
千里は第1ピリオドでも2つスリーを放り込んでいるので相手も警戒するが、千里にばかり警戒しすぎると夏恋がスリーを撃って、夏恋も半分は成功させる。向こうもシューター2人に同時に警戒するのは大変で、そちらにパワーをさくと暢子がすかさず中に侵入してシュートする。そしてリバウンドを留実子が押さえる。
 
第2ピリオドはこれがうまく行って、18対20とこちらが2点リードすることができた。前半を終えて42対32である。
 

第3ピリオド。向こうは積極的に点を取る作戦できた。千里や夏恋にスリーを入れられるのは仕方ないと割り切って、その分こちらも点を取るぞという方針だ。守備的な選手を下げて、超攻撃的な布陣で攻めてくる。前半留実子とリバウンドを争っていた外人選手も下げて、攻撃力のあるフォワードを4人並べてその4人をポイントガードの人が巧みに操って変幻自在の攻めをする。 
それでこのピリオドは38対28と、物凄く得点の多いピリオドになった。ここまで76対56で20点差。
 
第4ピリオドになっても相手は同じ方針である。もう選手交代もせずに疲労は精神力で乗り越える感じで強烈に攻めてくる。N高校側もどんどんスリーを撃つし、また相手がディフェンスにあまり力を使っていないことから暢子も頑張ってシュートする。
 
それでこのピリオドは第3ピリオド以上の点の取り合いとなり、44対36という10分間の得点とは思えない恐ろしいペースでの得点争いとなった。
 
しかし結局相手に点数で追いつくことはできなかった。
 

「124対96でビューティーマジックの勝ち」
「ありがとうございました」
 
試合終了後、握手してから相手選手がこちらの肩や背中を叩いて健闘を称えてくれた。
 
「いや、あんたたち強い。こちらはかなり本気になった」
と向こうの選手は言っていた。
 

控え室に引き上げてきてから第1試合の結果を見る。F女子高はレッド・インパルスに98対46のダブルスコアで負けていた。
 
「さすが相手はプロの1位だもんなあ」
「でもプロの1位から46点ももぎ取るのが、やはりF女子高の強さ」
 
「あんたたちは96点取ったじゃん」
と南野コーチは言ったが
 
「まぐれですね」
と暢子は疲れたような表情で答えた。
 
「実際この試合の得点はほとんどが千里と夏恋のスリーだよね」
「うん。近くからは全然シュートさせてもらえなかった」
 
「千里結局何点取ったんだっけ?」
という質問に薫は
「スリーが18本入ってるよ」
と答える。
「54得点!?」
「新記録だったりして」
「夏恋もスリーを7本入れてる」
「夏恋も21得点か」
「夏恋はフリースローでも5点取ってる」
「ふたりで96点の内80点取ったのか」
 

汗を掻いた服を着替えてから第3試合を見に行こうとしていた時、何かの腕章を付けた女性が控え室の戸をノックして入口の所に立った。
 
「花和留実子さんいますか?」
「はい」
「私はアンチドーピング機関の者ですが、抽出ドーピング検査にご協力頂けませんか?」
「はい、いいですよ」
 
それで留実子は出て行く。
 
暢子がちょっと心配そうに千里に小声で訊いた。
 
「あの子、男性ホルモン飲んでないよね?」
「飲むとドーピングになるから我慢すると言ってた。大丈夫だと思うよ」
 

留実子はなかなか戻ってこないので、放置して試合を見に行く。第3試合には愛知J学園が登場し、Wリーグ2位のサンドベージュと戦う。
 
近くの観客席には第1試合で破れた岐阜F女子高のメンバーが居た。このチームとはまだ戦ったことはないが、前田さんとはインターハイの表彰式で握手しているので千里が会釈したら向こうも会釈を返してくれた。
 
「F女子高はWリーグ1位、J学園は2位か。4位に当たったうちは、まだくじ運が良かった方になるのかな」
「でも雲の上のチームって感じだったよ」
「それでもあんたたち、その雲の上に指くらいは届いたんじゃない?」
「いや、爪の先ですね」
「ギターピックの先かな」
 
試合はやはりサンドベージュが圧倒的である。第1ピリオドも第2ピリオドも10点以上の差を付けられる。加えて相手はどうも花園さんや日吉さんをかなり研究しているようで、花園さんは相手ディフェンダーにうまく押さえられて、全然スリーが撃てない。
 
「うちが90点も取れたのは、やはり向こうがこちらを研究してなかったからというのもあるかな」
「まあ、研究してなくても勝てる相手と踏んだんだと思うよ」
 
「つまり愛知J学園はトッププロのチームでもある程度研究して対策を考えておかないと怖いチームということか」
 
「やはりJ学園・F女子高と、うちとのランクの差だね」
 
「それと元々ビューティーマジックはラン&ガンのチームだから、ああいうハイスコアのゲームが好きなんだよ。自分たちの得意パターンに持ち込んで勝ったんだと思う」
 

見た感じでは、J学園のメンバーは昨日苦戦していた時ほどは表情がきつくない。おそらく相手が強すぎて、もう開き直ってしまったのだろう。勝敗と関係なくやれるだけやろうという雰囲気になっているようにも見えた。 
そのハーフタイムの間にやっと留実子が戻ってきた。
「試合どうなってる?」
「プロ側の大量リード」
「サーヤ、検査大丈夫だった?」
「いや、参った参った。千里から検査のやり方とかは聞いてたけど、僕、うっかり、おちんちん外しておくの忘れててさ」
 
「ん?」
「トイレで脱がされて、あなた男性ですか!?って」
「あはは」
「すみませーん。今取り外しますと言って、いったん控え室に戻って剥がし液を取って来て、係員の目の前で外してみせた」
 
「一昨年の千里と逆のパターンか」
「一昨年、千里は男と思ってトイレに行ったら、おちんちん付いてないんで、それで女性の係官に交代したんでしょ?」
「うーん。もうなんかそういう話でもいいや」
 
「最初ジャージ脱いだら男物の下着だからさ。相手はちょっと驚いている感じだったんだよね。でも男物の下着を防寒で着る子はいるし。でも、その中からおちんちんが出てきたので、仰天された」
「まあ、それは仰天するよね」
「しかし人前でおしっこするのって無茶苦茶恥ずかしい」
「うん。あれはマジで恥ずかしい」
 
「ちんちんの無い状態でおしっこするのって久しぶりだったから、どのあたりに飛んでくるかよく分からなくて、最初キャッチできずに慌てたよ」
 
「いや普通の検尿とかでも、おしっこのキャッチは結構難しいよね。ボーっとしてると目測誤ったりするもん」
 
「おちんちんがあると、ちゃんと目標物に向けて出せるんだけどね。女の子の身体って面倒だね」
などと留実子は言っている。
 
「そういや、サーヤって最近、女子トイレほとんど使ってないよね?」
「うん。学校でも男子トイレに入っても男子たち特に文句言わないし」
 
最近留実子は上こそ女子仕様のブレザーを着ているが下はだいたいズボンである(本当はN高校の女子制服にズボンは無い)。スカートはもうほとんど穿いていないし、先生たちもそういう留実子を黙認してくれている。
 
「こないだ北岡君と連れションしたという話は聞いた」
「ああ。したした。隣の便器でおしっこしながらしゃべってた」
 
「あれってお互いのおちんちん見ちゃうの?」
「見えるけど、じっと見たりはしないよ」
「じっと見てたら変だろうね」
 
「僕は今回の遠征でもずっと男子トイレ使ってるよ。だから最初係の人と一緒にトイレに行って、うっかり男子トイレに入ろうとして『そちら違うでしょ』と言われた」
「あはは」
 
「それで女子トイレに入ったけど、何だか痴漢でもしてる気分だったよ。小便器が無くて個室だけが並んでるトイレって凄く違和感があった」
 

愛知J学園とサンドベージュの試合、後半は中丸さんや大秋さんなどはのびのびとプレイしているように見えた。しかし相手は花園さんや日吉さんへの警戒は緩めない。ふたりとも全く仕事をさせてもらえない。J学園の主たる得点源2人は完全に押さえこまれていた。
 
結局最終的には100対75の大差でサンドベージュが勝った。
 
「これで高校生チーム全滅か」
「というか、ここまでほぼ全部プロ側が勝ってる」
「アマがプロに勝ったのはインカレ2位のTS大学だけ」
「いや、プロ側も負けたら恥ずかしいから、結構必死だと思う」
 

それで帰ろうかという話をしていたのだが
 
「愛知J学園、岐阜F女子高、旭川N高校の代表者の方、本部までお越し下さい」
というアナウンスがある。
 
「何だろう?ちょっと行ってくるね」
と言って宇田先生はそちらに向かった。千里たちはロビーに出て待っていた。やがて先生が戻ってきて言う。
 
「エキシビション・マッチをしないか?ということなんだよ」
「へ?」
 
オールジャパンの日程は今日3回戦が終わった後、1日置いて、1月5-6日に準々決勝が行われる。当日は11:00と13:00から女子の試合、16:30と18:30から男子の試合が行われるのだが、要するにその前座をしないかということらしい。 
「エキシビションは女子大生チーム同士の対戦を考えていたらしい。ところがTS大学は今日プロに勝っちゃったから、準々決勝に出るのでエキシビションには出られない。一方のUT大学は、ちょっと事情があって辞退したらしい」
 
「何かあったんですかね?」
「どうもね・・・・欠格者が出た雰囲気なんだよね」
「転校生か何かですか?」
「分からない」
「男が居たんだったりして」
「その程度はいいんじゃない?」
「年齢オーバー?」
「留年してて既に過去4回出てたってはのあるかもね」
「あるいは退学していたとか」
「ああ、そっちはやばいよね」
 
「まあそれで女子高生チームがたくさん残っているので、滞在費が掛かって申し訳ないけど、可能なら出てもらえないかということ」
 
「でも3校ですよ」
「福岡C学園のメンバーも帰りの飛行機の便の都合で残っていたんだよ。そちらからはもう内諾を取っていたらしい」
「なるほど」
 
「山形Y実業は残っていなかったんですか?」
「昨日新幹線で帰ってしまっている」
「なるほど交通の便の問題か」
「念のため照会してみたけど、交通費が出ないからパスと。公立校だから元々予算が厳しいらしい」
 

「どういう組み合わせになるんですか?」
「監督同士でじゃんけんして決めた。ひとつは福岡C学園と岐阜F女子高」
 
「ということは・・・」
「うちと愛知J学園ですか!」
 
「やるよね?」
「やりたいです!」
 
「ちなみに歌子(薫)君についてもエキシビションなら出してもいいと許可が出た」
「おお、凄い!」
「背番号はどうしましょう?」
「16で。ついでにこの試合は15人登録していいらしいから、赤塚(来未)君と越路(永子)君も選手登録するから」
「マネージャー3人がそのまま選手に横滑りか」
 
ところがこの宇田先生の話に
「異議あり」
と川南が手を挙げて言う。
 
「私も葉月も、来未ちゃんや永子ちゃんに負けているつもりがありません。テストして出る人を決めてください」
 
「うん。そういう積極的な姿勢は良い。では最後の2枠はテストで決めよう。参加したいのは?」
 
という宇田先生の声に、川南・葉月・来未・永子だけでなく、結里・志緒・聖夜の3人も参加を希望した。
 
それでV高校に戻ってから、7人でシュート10本、リバウンド10本、ドリブル速度、パス精度のテストを行った。その結果、1位永子、2位川南、3位結里という成績で、永子と川南がエキシビションのベンチに入ることになった。永子は元々レイアップシュートがお手本にしたいほどきれいで、正確なフォームで放り込むが、ここの所ずっと千里の練習に付き合っていてパス精度も上がってきている。
 
「では次点の川中(結里)君をマネージャーということで」
 
「川南、主張しただけのことあるな」
「田崎さんに無茶苦茶言われたから少し頑張ってみた」
「ああ、川南はこれまでそのあと少しの頑張りが足りなかった」
 
最初の予定ではベンチに入れるはずだったものの落ちた来未は「また自分も鍛えます」とリベンジを誓っていた。
 

そういう訳で旭川N高校は1月5日まで滞在を延ばして、愛知J学園とのエキシビション・マッチをすることになった。試合は女子の準々決勝の前に福岡C学園と岐阜F女子高の試合を9時から、男子の準々決勝の前に旭川N高校と愛知J学園との試合を15時から行うということであった。
 
この様子は録画ではあったもののyoutubeに期間限定で配信され、千里と花園さんの対決に全国のバスケファンが息を呑むことになる。
 

V高校の体育館で川南や永子たちがテストを受けていた頃、高岡C高校の織絵は今夜の急行《能登》で帰ることにしたものの、母から頼まれたものを買うのに鈴子たちと別れてひとり新宿の街を歩いていた。
 
するとばったりと&&エージェンシーの白浜マネージャーに遭遇する。 
「あら、あなた去年の夏に北陸で会った子ね」
「おはようございます、白浜さん。その節はお世話になりました」
 
織絵は昨年夏にParking Serviceが富山・高岡・金沢・福井でキャンペーンライブをした時、友人に誘われてそのバックダンサーを務めた。Parking Serviceの本来のダンスチームはPatrol Girlsなのだが、この北陸遠征では元々掛け持ちの仕事が多いPatrol Girlsたちの都合がつかず、この4公演のみの臨時ダンスチームを現地の女子高生・女子中生を集めて結成したのである。
 
Patrol Girlsたちの振り付けは中高生の女子に人気なので、踊れる子が多く、スムーズに編成ができた。織絵は小さい頃バレエを習っていたので、身体の動きが良く、そのダンスチームのリーダーを務めた。
 
「ね、あんた今夜時間ある?」
と白浜さんが訊く。
 
「今夜の夜行急行で富山に帰るんですけど」
「それ何時?」
「上野を23:33です」
「あ、それには間に合うよ。ちょっと顔貸してくれない? 実はPatrol Girlsが今夜は4人しか集まらなかったのよ」
 
「あ、いいですよ。本物の皆さんには全然かないませんけど、私程度の踊りでよければ」
「いや、充分あんたは巧い。なんだったら正式加入も考えない?」
「富山に住んでてそういうのに正式参加するのは無理ですー」
「東京の高校に転校してくるとかは? 食っていける程度のお給料払うよ」
「うーん。。。それはまた後日検討ということで」
 
ともかくも織絵は鈴子に連絡し、途中で白浜さんが鈴子と直接話して、その夜の公演に臨時参加することにしたのである。
 
「公演が終わったら、上野駅まで送ってあげるから」
「助かります!」
 
桃香の顔をギリギリまで見なくて済むしなと織絵は思っていた。昨夜、体育館の裏で桃香に告白され、キスされてしまった記憶がフラッシュバックする。だって私、女の子に好きになられても困るよぉ。
 

1月4日。N高校のメンツは、この日は滞在が延びたので少し買い出しをしようということになり、力仕事担当の薫と昭ちゃん、腕力のありそうな睦子・揚羽・リリカ、それに千里と寿絵が南野コーチと一緒に朝食後、新宿まで出てきていた。宿舎に残っているメンバーは今日は大掃除である。半月近く滞在してやはりゴミなども溜まっているのでそれを片付け拭き掃除などもしている。
 
千里たちはドラッグストアで衛生用品を買い、電器店で電池やデータカードに保存用のハードディスクなどを買っていた時、「千里ちゃん、携帯が光ってるよ」と南野コーチが教えてくれる。
 
「済みません」
「かなり長時間光っているみたいだから、もしかして緊急かもと思って」
 
早朝ミーティングをしていたので、その時マナーモードにしたまま忘れていたのである。それで携帯を開いてみると美空だ。
 
「明けましておめでとうございます、美空ちゃん」
「明けましておめでとうございます、千里さん」
「どうしたの?」
「千里さん、お忙しいですよね? 今日も試合あったんでしたっけ?」
「昨日で負けちゃったんだけど、明日エキシビジョン・マッチがあるんで居残りしている」
 
「今どこに居ます?」
「新宿だけど」
「あ、代々木じゃないんですね。でも新宿ならいけるかな?10時に青山に来られませんよね?」
「何かあったの?」
 
今は9:30すぎである。
 
「実は今日KARIONのデビュー記者会見なんだけど、その場で歌を歌うのに予定していた伴奏者さんが他に取られてしまって」
「ダブルブッキング?」
「ううん。今日年明けライブをするMURASAKIさんのキーボード奏者が会場の真ん前で飲酒運転の車にはねられて」
「うわぁ、お正月は飲酒運転多いんだよ」
 
「それでこちらに入る予定だった人をそちらに回すことにしたのよ。もう時間が無かったんで」
「それでKARIONの演奏者が居なくなったんだ!」
 

南野コーチに尋ねたら、緊急事態の応援ということであれば、そちらが終わったらすぐ戻るのであればいいという許可が出る。それで千里は電車の駅の方に行こうとしたのだが・・・・
 
『千里、急いでるんだろ? 俺に乗ってかない?』
と《りくちゃん》が言う。
 
千里は考えた。ここから青山の★★レコードに行くにはJRで原宿まで行き地下鉄に乗り換えるのが多分早い。それでも恐らく10-15分くらいだ。結構ギリギリである。万一うまい連絡が無かったりして自分も間に合わなかったらやばい。 
『じゃ、乗せて』
『よっしゃ』
 
この日、新宿から明治神宮の付近で龍を見たという目撃者が数人おり、お正月からめでたいと一部で話題になった。
 

千里が★★レコードの美空から言われた部屋にたどり着いたのは9:50であった。《りくちゃん》のおかげで、ビルの玄関までは5分で来れた。ところが入館証の類いを持っていないので入口で少し揉めてしまう。そこで千里は加藤課長に電話して中に入れてもらったのである。誰か玄関の所にでも立っていて欲しかったぞ!と思った。
 
部屋には以前DRKの録音で関わった三島さんがいる。
 
「おはようございます。伴奏頼むと言われて来たのですが」
「あら、確か旭川で会った子ね」
「その節はお世話になりました」
「譜面はこれなんだけど弾けます?」
 
と言って五線紙を渡される。『幸せな鐘の調べ』『小人たちの祭』『鏡の国』
の3曲である。千里はぱらぱらと譜面をめくった。自分が把握しているアレンジと同じだ。これなら問題無い。
 
「大丈夫ですよ」
「それじゃもう記者会見が始まりますから」
 
というので千里は(体操服ではさすがにあんまりということで)黒いドレスを着せられ、会見場の隅に置かれたキーボードの前に座った。
 
記者は見た所5人しか居ない。筆記用具を持っているだけでカメラを持つ人もいない。千里はせっかくのデビュー記者会見なのに寂しいな思い
 
『ね、《きーちゃん》、撮影してくれない?』
と頼む。
 
『カメラはどうする?』
『あ、そうか。宿舎に戻ると試合撮影用のビデオカメラがあるんだけどな』
 
『それ、俺が取ってくるよ』
と言って《りくちゃん》が5分で取って来てくれた。さっき千里を乗せて飛んできてくれたのにお疲れ様である。それでそのカメラを構えてこの発表記者会見の様子は全部《きーちゃん》が撮影してくれた。記者では撮影した人が居なかったので、KARIONのデビュー記者会見に蘭子も入っている貴重な映像は千里の手元にだけ残ることになる。
 

やがて、∴∴ミュージックの畠山社長、★★レコードの鷲尾さんという若い女性、に続いて可愛いミニスカの衣装を着た4人の女の子が入ってくる。先頭から黄色い服を着た小風、赤い服を着た和泉、ピンクの服を着た蘭子、青い服を着た美空である。そのままの順序で席に着く。
 
「お忙しい所お集まり下さいましてありがとうございます。1月2日にデビューCDを発売しましたピッチピッチの女子高生4人組、KARIONです」
と畠山さんは4人を紹介した。
 
各々自己紹介する。
 
「KARIONのリードボーカル・ソプラノでリーダーのいづみ。8月14日生れの獅子座です」
「KARIONの愛嬌担当・ファンクラブ会長・メゾソプラノのこかぜ。7月17日生れの蟹座です」
「KARIONの不思議担当・食事係・アルトのみそら。9月10日生れの乙女座です」
「KARIONのサブボーカル・ソプラノで落ち担当のらんこ。10月8日生れの天秤座です」
 
美空が食事係って、それ食事を作る係じゃなくて食事を食べる係だな、と千里は思った。
 
会見は2日に発売されたCDの曲が流される中、進むが、ほとんど質問も出ない。畠山さんがしゃべる内容をただ記者が書き留めているだけのようである。 
千里は美空以外は初めて見たのだが、蘭子に関してどこかで見たような記憶があった。記者会見が進む中ずっと観察していたのだが、やがて突然思い出す。 
そうだ。夏にインターハイで唐津に行った時に見た、Parking Service のバックダンサーの子じゃん。とうとうデビューしたのか。でも4人組というのはもったいないな。凄く光り輝いているのにと千里は思った。
 
でも男の娘だったなんて全然気づかなかった!!
 
もっとも会見では蘭子の性別については触れないので、当面伏せておく方針か。 
ちなみに千里は記者会見場のひな壇で記者の方を向いてキーボードを置き、そこに座っているので、KARIONの4人を後ろから見る形になる。しかし自分の意識の一部を、記者席の後ろで撮影している《きーちゃん》の所にも飛ばして向こう側からも見ているので、4人の顔を確認できるのである。
 
こういう一種の幽体離脱は千里は物心ついた頃から普通にやっていたので、それが特別な能力であることに気づいていない。
 

やがてデビュー曲を演奏することになる。4人が席から立って前面に並ぶ。和泉がこちらを向いてぺこりと会釈し、こちらも会釈を返す。『幸せな鐘の調べ』
の伴奏を始める。4人が歌い出す。
 
へー!
 
と思う。この曲の音源は事前に美空からもらっていたのだが、生で聴いてみると、4人の上手さがよく分かる。記者たちも、それまであまりやる気が無さそうな顔をしていたのが「おっ」という表情で、雰囲気が変わったのを感じる。それで演奏が終わった所で、ひとりの記者が
 
「済みません。サンプルCDとかありませんか?」
と訊くので
 
「どうぞお持ち下さい」
と言って、三島さんがCDを渡す。
 
「あ、僕も」
などと他の記者も言って、結局5人の記者全員がCDをもらった。《きーちゃん》までもらったので、この貴重な発表記者会見で配られた2008.1.4日付の(四分割)サインが入っていて『献納』シールが貼られたCDが千里の手元に残ることになった。 

続いて『小人たちの祭』を演奏する。自分が書いた曲を発表記者会見で伴奏するというのは、ちょっと面はゆい感じだ。
 
でも美空が、この曲がいちばん好きと言ってくれたのが自分でも納得できる気がする。『幸せな鐘の調べ』はモチーフが単純で、あまり歌唱力の無い子にも歌える曲という気がする。ただ、おそらく音源製作過程で手を入れたからだろうが、蘭子と小風のパートでかなり広い音域が使用されており、カラオケで1人で歌うなら難易度は無いが、合唱などでやろうとするとソプラノ2とメゾが苦労するだろう。 
最後に『鏡の国』を演奏する時に、4人のメンバーが上着を脱ぐ。「おぉ!」という声があがる。4人は鳥の絵が描かれたキャミソールを下に着ていたのだが、和泉と蘭子、小風と美空のキャミソールに描かれた鳥の絵が左右対称になっているのである。配色も、和泉と蘭子がピンク、小風と美空がレモンイエローと左右対称になる配色にしている。
 
そして歌っている時の4人の振り付けも左右対称な動きにしている。背丈も蘭子と和泉は背が高く164-166cm程度、小風と美空は154-156cm程度で、きれいな対称になっている。千里はこの4人の並びはこの順序がいちばん自然だなと思った。 
演奏が終わると、大きな拍手が送られた。4人が笑顔で深くお辞儀をしてこの記者会見は終わった。
 
 
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