【女の子たちのウィンターカップ高2編】(2)

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「なんか凄い試合だったね」
と葉月が言う。彼女の持つビデオカメラは膝の上に置かれている。
 
「葉月、撮影は?」
と川南が尋ねる。
 
「あ、しまった!!」
 
「いや、撮影隊長がつい撮影を忘れるくらいの激戦だったよ」
と夏恋は言う。
 
千里は向い側の席でデジカメを使って撮影していたはずの永子にメールしてみる。
 
「永子ちゃん、ちゃんと撮れてるみたい」
「良かった!」
 

なお、隣のコートで行われていた愛知J学園の試合はJ学園がダブルスコアで快勝していた。後でスコアを確認すると、この試合で花園亜津子は45得点をあげる活躍を見せていた。初戦だし、51得点を狙ったのかなと千里はチラっと思ったが、なかなか51点も取れるものではない。上位の試合ではそこまでの得点はさすがに困難になるだろう。やはり18年前の記録って凄まじいんだなと考えた。
 
(ところが実は2011年に札幌山の手高校の長岡萌映子が51得点のタイ記録を出しているが、準々決勝であり、相手は強豪の東京成徳大であった。現実はしばしば安易な想像を超えている。この試合、試合スコアは87対80で長岡は相手の強烈なマークにもめげず得点を重ねた)
 
やがて第3試合が始まるが、各自適当にお昼は食べるようにと言われていた。しかし千里は、とてものんびりと御飯など食べていられない気分だった。体育館の出口を出て、裏手に回ってみる。ドリブルしたりパスの練習をしたりしている人たちがいる。このあと試合のある人たちだろうか。千里は自分も何かしたい気分になり、取り敢えず体育館の周りをぐるっと1周ジョギングしてきた。アキレス腱を伸ばし、膝の屈伸運動をする。上体を大きく曲げたりして身体をほぐす。
 
そんなことをしていた時、向こうの方からボールが転がってくる。パス練習でキャッチミスしたボールだろう。千里は半ば反射的にボールを拾った。
 
「すみませーん」
と向こうの方でボールを逸した子が言う。
 
千里は振りかぶってボールを彼女めがけて投げる。
 
バシッと軽い音を立ててボールは彼女の胸の所に正確に収まる。
 
彼女は最初そのボールを見つめ、次いで千里を見た。
 
駆け寄ってくる。
 
「どこの高校?」
 
千里は笑顔になって答えた。
 
「今回は見学なんです。オールジャパンの方に出場予定の旭川N高校と申します」
「名前教えて。あ、私、愛媛Q女子高の鞠原江美子」
 
溝口さんたちと話していた「女神様が召還した10人」の候補者だ。
 
「お噂、耳にしています。今日は第4試合ですね。頑張って下さい。旭川N高校の村山千里です」
「インターハイのスリーポイント女王さんか!」
 
「今回はウィンターカップに出られなかったですけど、インターハイで手合わせできるといいですね」
「うん。やってみたい」
 
と言ってふたりは握手した。
 

第4試合でその愛媛Q女子高はダブルスコアで快勝して3回戦に進出した。千里たちはその時間帯は、その試合と、隣のコートで行われていた倉敷K高校の試合を見比べるように観戦した。倉敷K高校は結構強い所と戦っていたが、最後は10点差で勝利した。
 
合宿所となる東京郊外のV高校に移動する。
 
「Q女子高は主力を温存していたね」
「接戦で勝ったように見える倉敷K高校も主力は勝負所まで使わなかった」
 
「やはりあのレベルは2回戦・3回戦は勝って当然というスタンスなんだろうな」
「でも控え組で最初の方を勝ち抜くことができれば主力が上位の試合に全力投球できるもん。毎日1試合ずつやるのって結構辛いから」
「そういう意味では控え組のお仕事も大事」
「控え組としては、3回戦あたりまで全力投球のつもりで頑張ればいいんじゃない?」
「そうなると主力は体力を蓄えて強豪との試合ができる」
 
「今日の札幌P高校と岐阜F女子高みたいに2回戦であんな強い所と当たった場合は例外で」
 
「まあ、あんたたちはインターハイでほんと毎日全力投球して、よくあそこまで行ったよ」
と南野コーチも言う。
 

荷物は取り敢えず体育館の隅の方に置いたまま練習を始める。最初にジョギングでロードを3kmほど走ってきた。ここは東京都内でもかなりの郊外なので道路を走ることができるのである。このあたりの下見はN高校OGで現在都内W大学に通っている田崎さんという人が確認してくれていて、今回の合宿でもV高校との連絡係を務めてくれていた。ジョギングも田崎さんが一緒に走ってくれる。田崎さんは千里たちの3学年上なので千里たちとは入れ替わりに卒業している。
 
「私が卒業する直前、蒔枝ちゃんが来年の新入生は凄い子が3人入ってくるから楽しみ、なんて言ってたけど、ほんとにあんたたちインハイに行ったから凄いよ。更にはオールジャパンの出場権まで取っちゃうし」
 
「N高校がオールジャパンに出場するのは今回が初めてなんですよね」
「そうそう。やはり社会人は強いもん。だいたい道大会で1回戦か2回戦負けだったんだよ」
「今回、組合せも比較的楽だったよね」
「言えてる、言えてる」
 
「でも田崎さんの所は関女の一部チームですよね?オールジャパンにも出るし」
 
「うん。確かに一部チームだけど、私自身はその三軍だという問題がある。それに今回のオールジャパンでは、組み合わせ上、W大学はN高校と当たるとしたら準決勝だし」
 
「確かに強豪チームは部内での競争が厳しいですよね」
 
「私、インハイのベンチに座れますかね?」
と唐突に川南が訊いたが
「あ、あんた無理。オーラが弱すぎ」
などと即答され
「えーん」
と泣いていた。
 
「オーラで分かるんですか?」
「やはり強い子は覇気が違うよ。あんた、物凄く強いよね?」
と暢子に訊く。
「取り敢えずキャプテンです」
と暢子。
 
「あんたもレギュラーでしょ?」
と夏恋に訊く。
「最近何とかレギュラーに定着しつつあります。スターターにはなれないですけど」
と夏恋。
 
「あんたも凄いよね?」
と薫に訊く。
「でも私はレギュラーにはなれないんです」
「あら、そう? 凄く素質ありそうなのに」
 
「田崎先輩、その子、男の子なんですよ」
「うっそー。女子かと思った」
「薫、やはりせっかく東京に出てきたついでに、お股の改造手術を受けなよ」
「受けたーい」
 
田崎さんは留実子を見て
「まあ、あんたをレギュラーにしなかったら南野さんのセンスを疑う」
と言った上で千里を見て
 
「あんたセンスは良さそうだけど、パワーが足りない。練習頑張れば地区大会くらいのベンチには入れるかもよ」
と言ったのだが
 
「先輩、その子、インターハイのスリーポイント女王」
と寿絵に言われ
 
「うっそー!? オーラはさっきの問題外の子と大差無いのに」
などと言っている。
 
「千里のオーラは凄く見えにくいんですよ」
と言って薫は笑っている。
 
「あのぉ、問題外の子って私ですか?」
と川南。
「うん。あんたは5年くらい鍛え直さないとベンチには入れないよ」
「5年も経ったら高校卒業しちゃいます!」
 
「大学も卒業間近というか」
 

ジョギングの後、体操で身体をほぐしてから、この日は実戦形式の練習をした。
 
A.雪子/千里/寿絵/暢子/留実子
B.メグミ/夏恋/薫/リリカ/揚羽
 
としたのだが、薫が入っているのでこのBチームが強い強い。一時はBチームがリードする状況もあり、
「こら、Aチーム、しっかりしないと、このBチームをスターターにするぞ」
 
などと南野コーチから言われていた。
 
「その場合、薫は?」
「もちろん強制性転換」
「眠り薬飲ませて病院に連れて行きましょうよ」
「本人、目が覚めたら泣いて喜びますよ」
 
薫は笑っているが、強制性転換などということばを聞いて、むしろドキドキしている感じなのは昭ちゃんである。
 
「昭ちゃん、君もついでに性転換手術受けるかい?」
「薫さん、性転換しちゃうんですか?」
「28日の女子決勝戦を見たら、その後病院に入院して手術を受けるんだよ」
「いいなあ」
「じゃ、君も予約を追加してあげよう」
 
「でも勝手に性転換したらお母ちゃんに叱られるかも」
「取り敢えず高校卒業するまでは、偽ちんちん付けて誤魔化しておくといい」
「どうしよう・・・・」
 
「昭ちゃん、偽おちんちん売っているお店、教えてあげるよ」
と留実子からも言われて、昭ちゃんは本気で悩んでいるようであった。
 

練習が終わった後はお風呂タイムだが、
 
「昭ちゃん、女子と一緒にお風呂入らない?」
と川南たちから誘われている。
 
「えー!?」
「昭ちゃん、今日はおちんちんあるの?」
「実は無いんです」
「おちんちんの無い子は男湯に入る権利無いから、女湯だね」
「うん、それでOKOK」
 
ということで川南と葉月に連行されるようにして女湯の脱衣場に連れ込まれる。南野コーチも呆れて見ていた。
 
なお、男子の参加者および宇田先生・白石コーチは、女子が全員お風呂に入った後で入浴した。一応男女の宿泊ができるようにお風呂は2つあるのだが、2個とも使うのはお湯がもったいないので、ひとつだけ沸かして交代制にしたのである。
 

千里は夕食前に貴司にメールした上で電話した。
 
「初戦突破おめでとう」
「ありがとう」
 
ウィンターカップは男子と女子の日程がずれている。女子は今日は2回戦が行われたのだが、男子は今日がほとんどの学校の1回戦であった。
 
「何とか勝てた。一時は諦めかけてたよ」
「優勝したら結婚してあげるから頑張りなよ」
「それ、ハードルが高すぎると思うんですけど!?」
 
「じゃ、優勝なら20歳、準優勝なら22歳、BEST4なら24歳、BEST8なら28歳、BEST16なら32歳で結婚してあげるよ」
「もう少し負けてよ」
「負けたらダメじゃん。勝たなきゃ」
「なんか訳が分からなくなった」
 

昭ちゃんはお風呂から上がったあと
 
「可愛い服用意しておいたよー」
という川南たちに乗せられて、超キュートなショーツとブラのセットを身につけ、とってもガーリッシュなブラウスとスカートを穿かされてしまったが、食事の時間まで少しあったので、ちょっと彼女たちから離れて宿舎の裏手に行った。
 
少しドキドキしながらバッグの脇ポケットのファスナーを開ける。
 
そこには12個の錠剤がついた薬のシートがあった。
 
10秒くらい悩んでから、2個取り出す。掌に乗せたまましばらく考えていたが、やがて意を決したようにして、それを口に・・・・
 
入れようとした所で、がしっと腕を握られた。
 
薫だった。
 
「これ、私がもらっちゃう」
と言って、薫はその薬を自分で飲んでしまう。
 
「あ・・・・」
 
「その薬全部出しなよ」
「はい」
 
昭ちゃんは素直に薬のシートを6枚バッグから出して薫に渡した。
 
「女性ホルモンなんてやめときなよ。今やっちゃったら後悔するよ」
「薫さんは後悔しないの?」
「私はもう身体の中で男性ホルモンが生産されてないからね。サーヤから指摘されたんだ。ホルモンニュートラルになったら骨折とかしやすくなるよって。だから実は女性ホルモン飲むことにして、こないだの層雲峡合宿の後で飲み始めたんだよ」
「薫さん、やはり既に性転換してるんですね?」
 
その昭ちゃんの問いに薫は微笑んで「内緒」と言った。
 
「あ、そうだ。ホルモン剤、高かったでしょ?これ、私が買い取ったことにしといて」
と言って、薫は1万円札を昭ちゃんに渡すとバイバイして玄関の方に戻って行った。
 

「停めなくても良かったのに」
と玄関の所に戻って来た薫に千里は言った。
 
「まだあの子は冷静な判断ができてないよ」
と薫は答える。
 
「でも冷静な判断ができるようになった頃には取り返しのつかない身体になってしまっているんだ」
「私は既に取り返しのつかない身体って気がする」
「そんなことないよ。あと2年もしたら、薫、女らしい身体になれるよ。ちゃんとまじめに女性ホルモン飲んでたら」
「そうかな・・・」
 
「薫さ、診断書取ってないでしょ?」
「GIDの?」
「違う。去勢しているという診断書」
「うん。まあ・・・」
 
「ふーん。去勢していることを否定しないんだ」
「あ、しまった」
「旭川に帰ってからでもいいからさ。診察受けて取っておきなよ。女子選手として認めてもらうには、それが必要になるはず」
 
「・・・・私、女子選手になれるかな?」
「薫は既に女子選手だよ。ただ過去にちょっとよけいなものが付いてただけ」
 
「少し考えておく」
と言って部屋に戻ろうとする薫に、千里は5千円札を渡した。
 
「半分こしよう」
 
薫は笑って、昭ちゃんから取り上げた女性ホルモン剤の半分を渡した。
 
「でもここから影になっていたと思うのに、まるで近くで見ていたかのようだ」
「意識をそこに飛ばしていただけだよ」
「幽体離脱?」
「半分だけね」
 
「千里の霊的な能力って凄いのか、実はたいしたことないのか全然分からない」
「私、霊的な力なんて全然無いけど」
「それは絶対嘘だ」
 

そういう訳で、この遠征中の昭ちゃんの体質女性化作戦は未遂に終わった。
 
と、千里は思ったのだが・・・・。
 
その日の夕食の席で、昭ちゃんは川南たちに呼ばれる。
 
「昭ちゃん、可愛い女の子だね」
「えへへ。ボク、女の子でもいいかなと思い始めました」
「うそうそ。前から自分は女の子だと思ってたんじゃない?」
「少し」
 
「よし。それでは君がもっと女の子らしくなるように、おっぱい大きくなる薬をあげるよ」
「えーーー!?」
 
「これ、エステミックスというサプリなんだけどさ、タイで採れるプラエリア・ミーフィータという薬草の成分が入っているんだよ」
 
千里は頭を抱えた。ついでにプエラリア・ミリフィカなのだが、この際、その訂正はしなくてもいいだろう。
 
「タイって美しいニューハーフさん多いじゃん。みんなこれ飲んでるんだって」
「えー?そうなんですか?」
 
「だから君もこれを飲んで、おっぱい大きくしよう」
「飲みます」
「よし。これ1袋全部あげるから」
「これコンビニとかにも売ってるから、足りなくなったら自分で買うといいよ」
「はい」
 
それで昭ちゃんはエステミックスを3錠飲んじゃった。
 
川南と葉月が拍手する。
 
「これでもう昭ちゃんは男の子じゃなくなったね」
「私たち女の子の仲間だよ」
「嬉しいです」
「よしよし」
 
南野コーチが千里のそばに寄って訊く。
「あの薬知ってる?」
「知ってます。私も小学生の頃飲んでました」
「なるほどねー。どのくらい利くの?」
「気休め」
「だったらいいか」
 
「女子の場合は効果がある人もいるようです。半分はプラシーボ効果ではないかという気もしますけど。男子の場合は睾丸で男性ホルモンが生産されているから、あの程度の女性ホルモンを身体に入れても大した事無いです。ただし、男性が飲むと、人によっては性的な能力がそこなわれる可能性はあります」
 
「多分・・・いいよね?あの子」
「昭ちゃん、高校卒業したら、女の子への道をまっしぐらですよ」
「だろうな」
「それとドーピング検査には引っかからないと思います」
「あ、それ他の子にも注意しとかなくちゃね」
 
今回の遠征で女子部員たちには、風邪や腹痛・生理痛などがあった場合、絶対に自分で持っている薬や自分で買った薬は飲まずに、山本先生から薬をもらって飲むように言い渡してある。
 
ウィンターカップでは実施されていないが、オールジャパンはドーピング検査が行われる。ベンチ入りメンバーは尿検査を受けさせられる可能性があるので、念のため他の子にもドーピング検査に引っかかる可能性のある薬を持たせないようにコントロールする方針である。
 

なお今回の合宿では他にもN高校OGの女子大生やV高校の関係者など合計5人を調理係などを含むスタッフとしてお願いしている。彼女たちは空いてる時間には練習相手にもなってくれた。
 
「色々ご面倒掛けます」
と千里たちは挨拶したが、向こうは
「バイト代もらえて好きなバスケもできて天国天国」
などと言っていた。この人たちが結構強くて、最初にやった練習試合ではAチームが苦戦していた。
 
「こら。頑張らないと私たちがオールジャパンに出るぞ」
などと言われた。
 

12月25日。女子は3回戦、男子は2回戦が行われる。
 
第1試合では東京T高校、愛媛Q女子高はいづれも勝ったが、福岡C学園は僅差で山形Y実業に敗れてしまった。
 
「あんなに強いチームでも負けるのか」
「インターハイでも親善試合でも、あんたたちはあそこに勝ったんだけど」
「よく勝ちましたね!」
 
などという声も出ていた。もっともインターハイの時は福岡C学園は3年生が主体で2年生は橋田さんと熊野さんだけだった。今回のチームは2年生の比率が増えているが、千里の見た目には、インターハイの時より、そして北海道遠征の時より強くなっていたと思われた。
 
しかしそんなに強いチームでも負ける。全国には本当に強いチームがたくさんあるんだなと千里は思った。
 

第2試合では、その佐藤さんの札幌P高校、花園さんの愛知J学園はいづれも快勝して準々決勝に駒を進めた。
 
花園さんは今日の試合でも1人で40得点を挙げる大活躍であった。試合中に花園さんと目があったが、彼女は千里に「どうだ?」という感じの闘争心あふれる視線を送ってきた。
 
千里は黙って座っていることができなくなり、ひとり席を立つと誰も居ない練習場を見付け、黙々とシュートを撃った。
 
その姿をひとり、今日負けてしまった福岡C学園の橋田さんが見つめていたことに千里は気づかなかった。
 

「今日も勝利おめでとう」
と千里は電話で貴司に言う。
 
「ありがとう。これでBEST16だから、32歳までには結婚できる?」
「まあ、その時お互いに独身だったらね。私結婚してたらごめんね」
「えー?他の人と結婚しちゃうの?」
「貴司の方がよほど怪しいけどなあ。貴司それまでに5−6回結婚してる気がするよ」
「さすがにそんなに結婚する自信は無い」
「まあ×2(ばつに)くらいまでは許してあげるよ」
「千里と結婚できるまで他の子と恋人になったりはしないよ」
「そういう絶対に守れる訳ないこと言うもんじゃないと思うな」
 

貴司との電話中にメールが着信していた。電話を切ってから気づいたので見ると雨宮先生である。慌ててこちらから掛ける。
 
「あんた東京に来てたのね。来たら連絡しなさいよ」
「申し訳ありません。でもバスケ部の遠征なんですよ」
「ああ、何かの大会?」
「ウィンターカップを観戦しつつ合宿をして、本番は年明けのオールジャパン、皇后杯です」
「へー、皇后杯って何だか凄そうな大会だね」
「社会人やプロチームとの対戦もあるから優勝はさすがに無理ですけどね」
 
「あ、それでちょっと出てきて、渡すものがあるから」
「宿舎から出たら叱られます!」
 
仕方ないねというので、雨宮先生が夜10時頃、宿舎になっているV高校まで来てくれた。宇田先生の許可を取り、宿舎となっている研修施設の応接室で会った。
 
「これ渡しておくね」
と言って賞状を2枚渡される。
《RC大賞・歌唱賞『See Again』作詞鴨乃清見殿》
《RC大賞・歌唱賞『See Again』作曲鴨乃清見殿》
と書かれている。
 
「何かのご冗談ですか?」
「冗談な訳無い」
「RC大賞って大晦日に発表される賞ですか?」
「そうそう」
「なぜそれが一週間も前に」
「大賞だけは大晦日に発表されるけど、それ以外の賞はもう全て発表されているから。あんたこれ受賞したの知らなかった?」
「知りませんでした!」
「葵ちゃんにはあんたから渡しといて」
「はい!」
「これ、賞金ね。全額渡すの惜しいけど、ピンハネするほど私もがめつくはないから」
と言って小切手も2枚渡される。千里は額面の数字をその場では数え切れなかった。あとでゆっくり数えようと思う。
 
「全額頂けるんですか?」
「葵ちゃんと1枚ずつね。ふたりとも税務申告忘れないように。脱税で捕まったりしたら私まで迷惑するから」
 
「勉強します!」
「あるいは税理士とかにやってもらうか」
「それ依頼料どのくらい掛かるんですか?」
「個人事業主だから、そう高くない。4-5万じゃないかな」
 
「もったいないから自分で頑張ってやります」
「あんたはそう言うと思ったよ」
 
「大賞だけがまだ決まってないんですか?」
「決まってるけど発表してないだけ」
「ああ、やはりあれって番組の最中に決めるんじゃないんですよね」
「まさか」
「誰が取ったんですか?」
「松原珠妃の『ゴツィック・ロリータ』」
 
「ああ、なんか格好いい曲だと思いました。蔵田さんも最近乗ってますね」
「本当は蔵田の作品じゃないけどね」
 
「・・・・・ゴーストライターなんですか?」
「蔵田も2割くらいは関わっている。でも、恐らく8割は弟子の作品」
「共作ですか」
「だと思うんだよ。ただ誰が書いているのか分からないんだよなあ。関係者の口が硬くてさ」
 
この当時雨宮先生は既に唐本冬子と知り合っているのだが、まさかそれが蔵田孝治の共同作業者とは思ってもみなかったという。
 
「女性ですよね?」
「そうだと思う。だから私は蔵田の作品じゃないと思うんだよ」
 
と言ってから雨宮先生は
「ひょっとしたら男の娘かも知れないけどね」
 
と付け加えた。
 
「雨宮先生そういうのお好きですね〜」
 
先生は「また来年もよろしくね」と言って帰って行った。
 

12月26日。女子は準々決勝、男子は3回戦が行われる。
 
ここで札幌P高校と愛媛Q女子高が激突する。千里たちは当然この試合を観戦したが、序盤からQ女子高が大量リードを奪うという思わぬ展開になる。
 
「うっそー」
「P高校、どうしたんでしょう?」
「調子悪いようにも見えないけど」
「実力差?」
「いや、実力は紙一重だと思う」
 
「でもどちらも長身の選手が多いですね」
「うん。空中戦が互角だよね」
 
P高校も180cmクラスの選手が3人いるが、向こうもポイントガード以外は180cm前後の背丈で、物凄い「上空」でボールのキャッチ争い、リバウンド争いが行われていたし、低い位置からのシュートはことごとくブロックされていた。
 
「やはりリバウンドを完全に支配できないので調子出ないんじゃないかな」
「それはあるかも」
 
千里はQ女子高の、先日体育館裏で遭遇した鞠原さんと、P高校の佐藤さんのマッチアップに注目していた。鞠原さんは佐藤さんを高確率で抜いていた。あの佐藤さんが、あれだけ抜かれるって・・・と千里は鞠原さんの動きをずっと見ていたのである。
 
「なんで鞠原さん、あんなに佐藤さんを抜けるんだろう」
と千里がひとりごとのようにつぶやくと、暢子は
「瞬発力」
とひとこと言った。
 
千里はじっとふたりの対決を見つめていた。
 

試合は前半で大差を付けられたP高校が後半システムを少し変更して必死に追いかける展開となった。
 
しかし最後は届かず、6点差で敗れてしまった。
 
「嘘みたい」
「P高校がまさかBEST8止まりとは」
「監督さん、進退伺いかなあ」
「えー? 普通の学校ならBEST8は表彰されて祝勝会とかしてもらえるのに」
「常勝校は求められるものが高いもん。特に今年はインターハイにも出場できなかったし、国体は出たけど初戦で負けてしまったし」
 
「うちは常勝校じゃなくて良かった」
「でも毎年全国大会に出てたら、うちも常勝校ということになるかも」
「宇田先生、大変ですね」
 
「僕はそのくらい大変になってみたいよ」
と言って宇田先生は苦笑していた。
 

その他の試合では、愛知J学園と東京T高校は順当に勝って準決勝に進出した。
 
女子の準々決勝がメインアリーナで行われていた間に、サブアリーナでは男子の試合が行われていた。そちらに貴司は出ていた。千里はP高校の試合が終わったあとで、そちらの結果を見に行こうと思っていたのだが、そちらを観戦していた氷山君たちが先に戻って来た。男子の今日残りの試合はこの後メインアリーナで行われる。
 
「村山、留萌S高校負けちゃったよ」
「えー!?」
「大差だった」
「そんな。貴司、今日の相手は楽勝みたいなこと言ってたのに」
 
「1年生に凄い子がいてさ。その子が1人で30点以上取ったと思う」
「きゃー」
 
「あの子、インターハイには出てなかったよな」
と北岡君は言う。
 
「うん。新戦力だろうね」
 
ああ。観戦できなくてごめんね、と千里は貴司に心の中で言った。
 

宇田先生が隅の方に行って、どこかに電話を掛けていた。そして戻って来て千里に言う。
 
「S高校の監督と話した。細川君と会っておいで。19時までにV高校に戻ればいいから」
「ありがとうございます」
「私服に着替えてね」
「はい!」
 
それで千里は汗をかいたりした時の着替え用に持っているポロシャツとジーンズに着替えようとしたのだが・・・
 
着替えている所に薫が入って来て言う。
「千里、これさ、川南たちが昭子に着せてた服なんだけど、すっごく可愛いし、デートするんなら着て行けよ」
 
「昨夜着てたね!」
「男の子が着た後、洗濯してない服だけど、千里、あまりそういうの気にしないよね?」
「昭ちゃんが着た服なら全然問題無いよ」
と千里は微笑んで、その服を受け取った。
 

留萌S高校はできたらこの日の試合を最後まで見てから最終便で帰りたかったようだが、最終便には空席が無かったため、16:50の便に乗ることにしたらしかった。千里は国立競技場駅から大江戸線で大門に出てモノレールに乗り換え、14時頃に羽田空港に到着した。目をつぶって貴司の波動を探す。
 
居た!
 
S高校のメンツは焼き肉屋さんで食事を取っていた。試合時間がちょうどお昼くらいだったので、今から遅めの昼食であろう。試合前には満腹になる訳にはいかないので、せいぜい軽食で済ませたはずだ。
 
千里はつかつかとお店の中に入っていくと、顔なじみになっているS高校の監督さんに会釈してから、貴司に
 
「お疲れ様」
と声を掛けた。
 
「お、キャプテンの彼女が来てる」
と声があがるが
「妻です」
と千里か言うと
「へー!」
という声。
 
「結婚したんですか?」
「今年の1月に結婚して11ヶ月目」
「そうだったんだ!」
「ベビーはまだ?」
という声に千里は
「居るよ」
と答える。
 
「えーーー!?」
「妊娠したの?」
「内緒」
 
「でもバスケット選手は結婚指輪ができないんですよね」
と千里は話題を変える。
 
「ああ、そうだよね。凶器になるもん」
と佐々木君が言う。
 

「これ、機内ででも、みなさんで食べて下さい」
と言って、今そこで買ってきた東京ばな奈を3箱、佐々木君に渡した。
 
「サンキュー、サンキュー」
 
「でも残念だったね」
「悔しい」
と貴司は言う。
 
「ごめんね。観戦に行けなくて」
「いや、千里は女子の試合を見ないといけないだろうし」
 
「だけど村山ちゃん、今日は可愛い服着てるね」
と田臥君から言われる。
 
「その台詞は貴司に言って欲しかったな」
「こいつ浮気性でしょ? もし見捨てる気になったら、僕の彼女にならない?」
「田臥君、私の性別は知ってるよね?」
「もちろん。僕はバイだから、村山ちゃん、身体を直さなくても結婚してあげるよ」
 
「それもいいな。貴司が再度浮気したら検討しようかな」
 
貴司は困ったような顔をしている。
 
「じゃ、キャプテンがあまりイチャイチャしてたら恋愛を犠牲にして頑張っている部員さんたちに示しが付かないから、私はこれで戻るね」
 
「うん。千里、オールジャパン頑張ってね」
「貴司も就職活動頑張ってね。あ、その前に卒業できるように勉強も頑張ってね」
「ああ、こいつはそれが一番危ない」
「では失礼します」
 
と言って千里はテーブルを離れようとしたのだが、佐々木君に呼び止められる。
 
「俺が許可する。村山、細川にキスしていいぞ」
 
「そうですか。じゃ」
と言って千里は貴司の顔を両手でつかむと、唇に3秒ほどキスした。
 
思わず拍手が起きる。
「じゃ、皆さんも頑張ってくださいね」
 
と言って千里は焼き肉屋さんを後にした。
 

翌日12月27日は女子の準決勝が行われ、東京T高校と愛媛Q女子高が対決した。
 
札幌P高校に空中戦で勝利した愛媛Q女子高も、東京T高校のインターハイ・リバウンド女王・森下さんには勝てなかった。森下さんは背丈もありジャンプ力もあるが、とにかくポジション取りがうまい。向こうに180cmクラスの選手が何人居ようと関係ない。オフェンス・リバウンドでも7割、ディフェンス・リバウンドは9割くらいをひとりで獲得して、竹宮さんなどにパスしてT高校側の攻撃に確実に結びつけていく。つまりQ女子高としては最初から外さずに入れたシュートしか得点にならない感じであった。
 
更にインターハイではまだ出ていなかったシューターの萩尾さんが調子よくスリーを放り込み、ぐいぐい点差を広げていく。
 
試合はほとんど一方的になり、大差を付けてT高校が勝利した。
 
「リバウンドって本当に大事なんですね」
とリリカがあらためて言う。
 
留実子や揚羽も森下さんのプレイを熱い目で見ていた。
 
もうひとつの準決勝は愛知J学園が山形Y実業を順当に下した。
 

準決勝はお昼過ぎには終わってしまうので、その日は午後たっぷり練習となる。
 
「この合宿って、後になるほどヘビーになるんですね」
と1年生の聖夜(のえる)が言う。
 
「初日は実質2時間くらいで終わったから、物足りないくらいだったのに」
「そうそう。2日目は5時間、3日目は6時間、今日は7時間コースですよね?」
と同じ1年生の瞳美も言う。
 
毎日試合観戦が終わった後で練習を始めるので、試合が減る分、始まりが毎日早くなってきているのである。24日は16時近くまで観戦したが、25日は男子の秋田R工業や福岡H高校などの試合まで見て15時まで。26日は男子の試合も14時までには終わってしまった。今日27日は13時半には全ての試合が終わっている。
 
「まあウィンターカップが終わると1日中になるよ」
「はははは」
「一時帰宅したい人はしてもいいよ。交通費は自費になるけどね」
「それ単にお金と体力を消費するだけって気がします」
「私、お母ちゃんから戻って来れないの?と聞かれたから往復6万掛かるけどと言ったら、そのままそちらに居なさいと言われた」
 
「年末年始の交通機関なんて超満員だしね」
 
「あ、私ちょっと実家に行ってくる」
と薫が言う。
 
「ああ、性転換の許可を取りに行くのね?」
「許可してくれないよぉ!」
「そこを何とか説得しなきゃ」
 

この日から千里は「瞬発力」を鍛えるメニューを練習に取り入れた。
 
Q女子高の鞠原さんがP高校の佐藤さんを高確率で抜いていたのを見た暢子は「あれは瞬発力の差」と言っていた。いつも佐藤さんに停められている千里としては、もっと瞬発力を上げれば佐藤さんに勝てるかもと思い、練習することにしたのである。
 
まず合宿させてもらっているV高校にお願いして陸上競技のスターティング・ブロックを借りてきた。ウィンターカップ見学が目的で来ていて練習には参加していない明菜に頼んでランダムなタイミングでスターターピストルを撃ってもらい、それでできるだけ早く飛び出す練習をした。
 
また手を輪にして中に紐を通し端を明菜に持ってもらい、突然指を離してもらって、それを掴むというのもかなりやった。こういう練習をする時、明菜はわりと何も考えていないので、ほんとにタイミングが読みにくいのである。
 
また反復横跳びの練習もかなりやった。
 

12月28日は女子の3位決定戦と決勝、男子の準決勝が行われる。
 
女子では愛知J学園が東京T高校に20点差を付けて圧勝し、優勝した。これでインターハイ・国体・ウィンターカップの3冠である(しかもインターハイ・国体は2連覇)。この試合、花園さんはスリー8本を含む36得点をあげ、チームの得点の半分近くを稼いでいる。彼女は2回戦で45点、3回戦でも40得点を取っていたが、T高校のような強い所相手に36点取ったのはそれより凄いと千里は思った。
 
この試合を観戦していたN高校のメンバーは次第に口数が少なくなり、最後の方は無言になってしまった。
 
「あんなに強い札幌P高校に勝った愛媛Q女子高を東京T高校は圧倒したのに、そのT高校が愛知J学園にこんなに大敗するって、愛知J学園はどんだけ強いんですか?」
と1年生の蘭が言う。
 
「J学園を高校生のチームと思っちゃいけないよ。プロに近いチームと思った方がいい」
と暢子は言う。
 
「なんでインターハイでは私たち、あんなに接戦を演じられたの?」
 
「そりゃ、向こうが君たちを舐めていたからだよ」
と薫が言う。
「全くこちらを研究していなかったというのも大きいよね」
と千里は付け足す。
 
「今のうちとJ学園が対戦したら、向こうが本気を出せばトリプルスコアだよ」
と暢子は言ったが、薫は
 
「いやクアドルプル・スコアかクイントプル・スコアだね」
と言う。
 
「2倍がダブル(double)で3倍がトリプル(triple)までは分かるけど、その先が分からない」
という質問が出る。
「4倍はクアドゥルプル(quadruple), 5倍がクイントゥプル(quintuple), 6倍セックストゥプル(sextuple)」
とまで寿絵が言ったところで
 
「セックス!?」
という声が出るのはお約束。
 
「ラテン語で6はセックスだから」
「わっ」
「じゃ6人でのセックスはセックス・セックス?」
「6人でってどうやるの?」
 
南野コーチが「コホン」と咳をして、話は元に戻る。
 
「7倍はセプトゥプル(septuple), 8倍はオクトゥプル(octuple), 9倍はノヌプル(nonuple), 10倍はデクプル(decuple), 100倍はセントゥプル(centuple)」
 
「あれ?1倍は?」
「シングル(single)」
「あ、そうか!」
 

「でも札幌P高校だって普段対戦していた時とこないだの道大会決勝では全然違ってたでしょ。これまでP高校は道大会までは全然本気を出していなかったんだよ。インターハイでJ学園に接戦を演じたうちを本格的なライバルと認めて本気を出した。でもインターハイ準決勝でのJ学園は延長戦になるまではあまり本気じゃなかったからね」
と千里。
 
「でも来月中旬の北海道遠征ではJ学園は本気で掛かってくるだろうね」
と寿絵。
 
「でもそれを返り討ちにしようってんで、この合宿なのさ」
と暢子。
 
「返り討ちにできるんですか?」
「君たちは強い!」
 
「よし、頑張ろう」
「今日は練習10時までやりましょうよ」
「まあ、そのくらいの時間帯まではいいんじゃないの?」
 

この日は女子の表彰式も行われた。(男子の決勝と表彰式は明日29日に行われる)
 
優勝・愛知J学園、準優勝・東京T高校、3位・山形Y実業、4位・愛媛Q女子高と表彰される。千里はここに来て表彰されたかったなという思いが強くこみあげてくる。N高校は特例を使っても夏のインターハイまでで部活は終了なので、来年は千里はここに来ることができない。雪子や揚羽たちに期待するしかない。
 
最優秀選手はやはり花園さんであった。優秀選手5名には、J学園の日吉さん(PF)・入野さん(PG)、T高校の森下さん(C)、愛媛Q女子高の鞠原さん(PF)、山形Y実業の三山さん(SF)が選ばれた。表彰こそ無かったものの、得点女王・スリーポイント女王は花園さん、リバウンド女王は森下さんと発表された。
 
ふと観客席を見渡していたら、札幌P高校の佐藤さんと目が合った。熱い視線が交換される。近くには、片山・竹内・尾山・宮野・徳寺・河口といったP高校の主力も揃っている。
 
別の場所には岐阜F女子高の前田さんや大野さん、また別の所には福岡C学園の橋田さんや熊野さんたちの姿も見られる。きっとみんな、今の自分と似た心境にあるのではと千里は思った。
 

ウィンターカップの女子の日程が終了し、オールジャパンは1月1日からなので、一時帰省したい人はこの日の便で旭川に帰り、12月30日にまた出てきてもいいよとは言われたものの、帰る部員はひとりも居なかった。全員熱い試合に感動して自分たちも強くなりたいという気持ちに動かされ、28日も、29-30日もひたすら練習に励んでいた。何人かの部員の保護者が宿舎を訪れ、激励して差し入れなどもしてくれた。
 
唯一、薫だけが実家が東京なので、29日と30日の晩は実家に泊まり、31日の朝再度出てくることにした。
 
29日は男子の試合が終了したので北岡君たちが帰ることになる。ウィンターカップ観戦が主目的で来ていた明菜たち数人の自費参加組も一緒に帰る。
 
その男子が帰る前に合宿所で男子vs女子の試合をした。薫と昭ちゃんはこの日は男子チームに入れた。またこの日帰る予定の明菜・萌夏に主審・副審をさせた。
 
「おまえら気合いがすげー!」
と落合君が途中で声をあげる。
 
暢子も留実子も、ずっと試合に出られずにいたことから溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、激しいプレイをする。雪子もハイレベルな試合をたくさん見たことから、コントロールが進化している。多くの部員は毎日試合を見た後の練習で進歩しているのだが、雪子の場合はむしろウィンターカップの試合を観戦している最中に進歩しているのである。千里も見ていてこみ上げてきていた熱い情熱をぶつけるかのようにゲームに全力を注ぎ込んだ。
 
結果40分の試合で86対64という大差で女子が勝利する。
 
留実子は190cmの北岡君とのリバウンド争いで7割くらい勝利していた。結果的にはこのリバウンド勝負が勝敗の分かれ目になった。
 
「参った。旭川に戻って鍛え直す」
と北岡君は言った。
 
「総合選手権で社会人チームを倒して優勝しただけのことあるよ、おまえたち」
と氷山君も完敗の弁である。
 
「今日の試合で、私、自分の欠点がどこにあるか再認識した」
と暢子とのマッチアップで完敗した薫は言う。
 
「そりゃいつも一緒に練習してるから、欠点もよく分かる」
と暢子は答えた。
 

なお「自費参加組」は往復交通費が自己負担ということになっていたのだが、宇田先生はその全員に実際に掛かった交通費を返してあげることにしたと言った。
 
「実は合宿を見に来たOGさんが少し寄付してくれたんだよ。今渡すと落としたらいけないから、旭川に戻ったら川守先生から受け取って」
と先生が言う。
 
「実は貯金を使って、親からお年玉の前借りもしてたんで嬉しいです」
などと浦島君などが言う一方で
 
「先生、済みません。実は現金使い果たして。1万円でいいですから今下さい」
などと落合君が言う(帰りのチケットをこちらで買って渡してあげた)。
 
明菜などは単純に喜んで
「親には返してもらったこと内緒にして、へそくりにしちゃおう」
などと言っていた。
 

29日の夕方。その病院で女子高生くらいかなという感じのふたりが医師から説明を受けていた。
 
この説明は過去にも聞いているのだが、医師はそのことは気にせず丁寧に分りやすく説明を繰り返す。
 
「疑問に思ったことは何でも聞いてくださいね」
「たとえばですよ。いったん切断しておいて、それを冷凍保存か何かしておいてまた後でくっつけるなんてことは可能ですか?」
「事例はありますよ。でもくっつけたものが機能するかどうかの保証はできません。単純なパイプカットでさえ、復元手術がうまく行かないことがありますし。アメリカでは実はそういう例はあるのですが、実際あとで再接合を希望する人はほとんどいないといいますね」
 
「もう覚悟を決めなよ。ああいうことになった以上、ちゃんと女の子の身体になるしかないよ」
と、もうひとりの女の子は言った。
 
「お母ちゃんも許してくれたんでしょ?」
「うん。さっさと手術しろと煽られた。お母ちゃん、ひとりで先生の説明を聞きに来たらしい」
 
「ええ。いらっしゃいました。2時間近く話し合いましたよ。あの場では口頭であなたの治療に同意なさってましたが、書類は書いてもらえました?」
「ええ、一応」
と言ってその子は承諾書と書かれた紙を出す。
 
「じゃ、やっちゃおうよ。今は単純に切断して、後で落ち着いてから女性器を作る方法がたぶんベストですよね? 冷凍保存しておいたものが使えたらそれを使い、使えない場合はS字結腸法で」
と彼女は言った。
 
「ええ。それなら回復期間も短いですよ」
と医師は答えた。
 
「明日なら手術できるんでしょ?」
「ええ。あなたの予約は一応明日に入っています。今日今から入院すれば明日手術可能です」
 

30日は山本先生が全員のメディカル・チェックをして、身体に問題が生じていないかを確認した。練習が続いて疲労も溜まっているので、自分でも気づかない内に筋肉に炎症などが起きているケースもあり、しっかり湿布を貼って休むように言われていた。(薫だけは31日にメディカル・チェックを受けた)
 
「千里ちゃん、腕の筋肉も足の筋肉も凄いこわばってる」
と先生から言われる。
「瞬発力付けるのに反復横跳びかなりやってるし、シュート練習毎日1000本やってますから。一応休憩の時はアンメルツ塗ってるんですけどね」
「あんまり筋肉付いたら彼氏が嘆かない?」
と葉月が茶々を入れる。
 
「どっちみち3月には別れる予定だし」
「えー!?」
「彼が遠くに就職したら関係維持は無理ですよ」
「確かにねー」
 
「暢子ちゃんもかなり筋肉硬い」
「練習長時間やってますから」
 
「今日はみんな、温泉に入りに行こう!」
「あ、それもいいですね」
 

千里たちはその日結局バスで1時間ほどの温泉まで出かけた。(人数を言うと温泉旅館が送迎バスを出してくれた)結局その日は温泉に泊まり、暢子などは着いてすぐ、夜中、朝と3回温泉に入っていた。千里も夜と朝と2度入った。昭ちゃんは当然のように、川南たちに連行されて女湯に入っていた。胸が無いのだが、多人数の集団の中で入っているので不審がられることはなかったようである。しかし味を占めてひとりで女湯に入って通報されないか心配である。
 
大晦日は温泉から戻った後、練習は2時間くらいにして、その後、年越しそばを食べた。それからみんなでエステに行き、腕や足を中心にマッサージをしてもらった。「気持ちいい!」という声が多数上がっていたが、マッサージしてもらいながら眠ってしまう子も多かった。
 
「ここって女性専科なんだね」
「まあエステは女性専用が多い」
「薫は普通に居るな」
「私、女の子だもん」
 
薫は今朝実家から戻って来て合宿に再合流した。
 
「昭ちゃんは?」
「連れ込もうとしたんだけど逃げた」
 
その日の夕食では一足早くお餅やおせちを食べた。
 
「この合宿、実は交通費や施設の借り賃より、食費の方が高かったりして」
「1日の食費が20万掛かっているらしいよ」
「ああ、そのくらい掛かっても不思議ではない」
「みんなよく食べるもんね〜」
 
「私たちが居ない間、実家の食費が浮いてたりして」
「でもいつもの調子で作りすぎて困ってたりして」
 
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【女の子たちのウィンターカップ高2編】(2)