【女の子たちのウィンターカップ高2編】(上)

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11月下旬のことだった。
 
「あ。じゃ国民健康保険に入らないといけないんですか?」
新島さんから電話を受けて、千里は困惑したように答えた。
 
「そうそう。千里ちゃんの今年の作曲印税・作曲料の収入はかなりの金額になるから、今お父さんの保険の被扶養者になっていると思うけど、被扶養者の条件を満たさないはずなのよ。多分」
 
「私、そんなに稼いでましたっけ?」
「『See Again』の分が凄い。でも4月から6月に掛けてカラオケで歌われた分の印税はそちらに振り込まれるの年明けた1月だから」
「それって、来年の収入じゃないんですか?」
「今年発生した取引に関する入金は今年の収入なんだよ」
「えー!?」
「だからあんた、税金は50%払う覚悟しておいた方がいい」
「ひぇー!」
 

それで千里は母に電話して「バイトのお給料が年間130万円を超してしまうみたいで、お母ちゃんの健康保険の被扶養者になれないみたい」と言い、健康保険の被扶養者資格喪失証明書を送ってもらった。
 
そしてそれが到着した翌日、学校の許可を取って授業を休んで学校を抜け出し、市役所に行き国民健康保険の加入手続きをする。
 
「あなた学生さん?」
と言って市役所の人は訊いた。
 
「はい。あ、生徒手帳いりますか?」
と言って千里は生徒手帳の最後のページの身分証明書欄を開いてみせる。 
「コピー取らせて」
「はい。どうぞ」
 
「国保に加入する理由は、お父さんの被扶養者の条件を外れたから?」
「母のですけど。私、バイトの収入が今年は多くて」
「へー。幾らくらいになりそうなの?」
「まだはっきりした数字は分からないんですけど、多分1500万円くらいじゃないかと」
 
窓口の人は咳き込んだ。
 
実際にはこの年の千里の年収は3000万円を超している。特にこの年は初めての経験で節税対策を何もしていなかったのでとても辛かった。
 
「ほんとに?」
「はい」
「何やったら、そんなに収入が出るのよ?」
「私が作曲した曲のCDが思いがけず売れてしまって」
「へー。それは凄いね」
 
などと言いながら係の人は手続きをしてくれる。
 
「じゃ、あんた最高額来るかも知れないよ」
「まあ仕方ないですね」
 
書類をチェックしている内に係の人はふと性別の所で「あれ?」と思う。 
千里が提出した加入申込書では性別は女に丸が付けられている。千里はふだん書類に性別を書くところでは女にしか丸を付けないので、この書類も深くは考えずに、ついいつもの癖で女に丸をつけてしまった。係の人が生徒手帳を見るとやはり性別:女と印刷されている。ただ、お母さんの保険の被扶養者資格喪失証明書では「続柄:長男」になっている。
 
係の人はあらためて千里を見る。どう見ても着ている服は女子高生の制服である。男の子が女装しているようには見えない。声も女の子の声に聞こえる。念のため訊いてみる。
 
「えっと。あんた女の子だよね?」
「え?そうだと思いますけど。自分が男だと思ったことは一度もないです」
 
「じゃ、この喪失証明書が間違ってるのか」
と係の人は独り言を言い、性別:女で、健康保険の加入者登録をしてしまった。 
「あんた運転免許証とかは持ってる?」
「いえ。うちの学校、就職する人以外は在学中に免許取ってはいけないことになっているので」
「ああ、そういう所が多いよね。じゃ、生徒手帳は単独で本人を確認する書類にはならないからできあがった健康保険証は自宅宛に送るね」
 
「はい、お願いします」
 
数日後、郵送されてきた健康保険証には「村山千里 平成3年3月3日生・女」と印刷されていた。しかし千里は性別が女になっていることに、何の疑問も感じていなかった。
 

その噂は千里が時々出席している市内の女性神職や巫女を集めた雅楽合奏団の練習の時に聞いた。
 
「じゃ、例の放火魔の子って、そこに行ってからおかしくなったの?」
「何何?何の話?」
 
綾子と弥生がなにやら噂話をしているので、千里と天津子もそのそばに寄って行った。
 
「**駅の近くに古い松の木があって《おいでの木》と呼ばれているんだよ。夜中にそのそばを通った人が『おいでおいで』と呼ばれるんだって」
「おいてけ堀みたいなもん?」
「近いかもね」
「でもそれで振り向いちゃうと、たたられるらしい」
「更に呼び声に応じて近づいて行くと死ぬという噂も」
「怖いね!」
 
「例の放火事件の犯人の子、ここに行ったらしいんだ」
「へー!」
「それでその後1週間くらい熱出して寝込んで、その後なんか行動がおかしくなったんだって」
「治療薬の副作用ということは? タミフル飲んだ後自殺しちゃう人とかいるよね」
「あるいは腫瘍性の脳疾患だったりして」
 
「後者は可能性あるね」
「一度健康診断受けさせた方がいいかも」
「よし、それやらせよう」
と天津子が言うので、みんなびっくりする。
 
「誰にやらせるの?」
「うちの教会の信者さんに検察庁のお偉いさんがいるから、そちらから働きかけさせる」
「ほほぉ」
 
「でもその《おいでの木》自体も気になるなあ」
と綾子が言う。
 
「それも調べに行こうか」
と天津子。
 
「私は近寄りたくないな。触らぬ神に祟り無し」
と弥生。
 
「なるほどー。神か」
と天津子が言う。
「へ?」
 
「弥生ちゃんのが当たりかも。今度の日曜、行きません?」
と天津子が千里に向いて言う。
 
「なんで私が」
と千里は戸惑うように言ったのだが
 
「千里さん、霊感はあまり無いけど、物事を浄化する力が凄い。それから霊的なエネルギーは凄まじいから、そのエネルギーをちょっと使わせて欲しいんです」
と天津子は答える。
 
「つまり私はバッテリーか。いいよ。一緒に行こう。でも私、日曜はバスケの試合があるんだよ」
「じゃいつなら行けます?」
「12月12日の放課後ならいいけど」
「じゃその日に」
 

バスケの新人戦が終わった翌週月曜のお昼。千里が教室で京子たちと一緒にお弁当を食べていたら職員室から「電話が掛かってます」という呼び出しがある。職員室に急いで行ってみると、何と父からであった。
 
「お父ちゃん、どうしたの?」
「済まん。千里、ちょっと助けてくれ」
「何?」
「実は財布と携帯を落としてしまって」
「あらら」
 
通信高校の集中スクーリング(4泊5日)で札幌まで出てきたものの、財布と携帯の入ったバッグを落としてしまい、身動きがとれないらしい。
 
「実は、携帯はいつもアドレス帳から掛けてたから、母さんの携帯とか仕事先の番号も分からなくて。背広のポケット探してたら、いつかもらったおまえの高校の教頭先生の名刺があったんで」
 
「それってボクが高校に入る前だよね。物持ちがいいね!」
 
しかし・・・・お父ちゃんって背広洗濯しないの!?
 
何でも通りがかりの人に100円玉をめぐんでもらって公衆電話から掛けているということだった。
 
「じゃ手持ちのお金持って行ってあげるから、お父ちゃん今どこに居るの?」
 
父はバス代も無いので歩いて授業を受ける学校まで行くということだった。歩いて行くと1時間くらい掛かるらしく、今日の1時間目は遅刻あるいは欠席になってしまうが、2時間目以降は間に合うだろうということだった。それで千里は授業が終わる頃までに、学校まで行ってあげるよと伝えた。
 

千里は先生に許可を得ると最初に父の携帯の電話会社に電話し、父の携帯の停止を依頼した。その上で、先生に事情を話し、その日の午後は早引きにさせてもらって、父の救援に駆けつけることにした。
 
学校を出てバスで旭川駅まで行き、ATMでお金を少し降ろした上で、13:00のスーパーカムイに飛び乗った。14:20に札幌駅に到着する。取り敢えず安い財布と札入れにバッグを買い、財布に1万円札と千円札10枚、札入れに1万円札3枚を入れておいてあげた。4泊5日なら1日の食費4000円と宿泊費2000円(青少年の家とかに泊まるらしい)と計算して28000円。その後、留萌に帰るには高速バスで2100円、JRで4900円である。それに少しゆとりを持たせておく。 
また特急の車内で書いておいた、母の携帯などいくつかの連絡先電話番号のメモも入れておいた。また母には状況を簡単にメールしておいた。
 
バスで集中スクーリングの会場まで行く。授業中だったので、職員室に居た先生にバッグごと託した。
 
「済みません。村山武矢の家族のものですが、父が携帯と財布を落としたというので、取り敢えずお金を持ってきたので渡して頂けますか?」
 
「はいはい。村山さん、そんなこと言ってましたね。息子さんが持って来てくれるとおっしゃってましたが、お嬢さんが持っていらしたんですね?」
と先生。
 
ん?お嬢さん?
 
それで千里は自分の服装を見る。
 
そうだった!!私女子制服のまま来てるじゃん。これでは父に会えなかった!! 
「20分くらい待てば授業時間が終わりますけど、会って行かれます?」
「あ、いえ。私、ちょっと予定が入っているのですぐ戻らなければならなくて」
「そうですか。じゃ、お嬢さんがいらしましたよと伝えておきますね」
「済みませーん!」
 
あはははは。玲羅が来たと思うかな??
 
それで千里は学校を後にした。
 

バスを待って札幌駅まで戻ると、もう16時半である。17時の特急に乗っても旭川駅に着くのは18:20。学校に戻ると19時近くになる。今日は練習も休みだなと思い、南野コーチの携帯に今日の練習は休みますとメールを入れておいた。 
取り敢えず近くのマクドナルドに入り、しばらくボーっとしている内に何だか曲を思いついたので、五線紙に書き留めておく。
 
ふと気づいたら18時半である。あれ〜。私、1時間半くらいここでボーっとしていたのかと思い、お店を出る。
 
それで旭川行きの切符を買おうと駅構内に入って行っていたら、ばったりと札幌P高校の佐藤さんに遭遇した。彼女は制服姿で、通学鞄を手に持っている。 
「あらぁ〜奇遇〜」
「お帰りですか?」
などと言葉を交わしてから、
 
「でもどうしたの?今日は練習無いの?」
と同時に尋ねて、つい笑ってしまう。
 
せっかく遭遇したし、お話でもということで、結局ケンタッキーに入る。 

「そうそう。N高校さん、オールジャパン進出おめでとう」
と佐藤さん。
 
「ありがとう。ウィンターカップ行きたかったけどね」
と千里。
 
「それは椅子がひとつしか無いから譲れないなあ」
と佐藤さん。
 
「でもウィンターカップ決勝での佐藤さん、夏の国体予選の時からも随分進化していたから、私も負けられないなあと思ってる」
「それはこちらの台詞だ」
と言ってから佐藤さんは少し遠くを見るような目をして言った。
 
「今回のウィンターカップ予選決勝の勝利、私、凄く嬉しかった」
「P高校さんは普通に毎回行っているのに」
「うん、そこが問題なんだよ」
と言って佐藤さんは少し考えるようにする。千里はゆっくりと彼女の言葉を待った。
 
「私さ。今《代表》という言葉を本当に噛み締めているんだ。自分たちは村山さんや溝口さんたちに勝って東京体育館に行くんだ。自分たちは北海道の全バスケガールの代表なんだという気持ちを強く肝に銘じている」
 
千里はじっと彼女の言葉を聞いている。
 
「1年生の時はチームがインターハイやウィンターカップに出るのは当然だと思っていた。だからそのベンチ枠に入るためだけに戦っていた。他の部員は全員敵だと思っていた。今年のインハイ予選で負けて、私はfor the teamに目覚めた」
 
千里は彼女の言葉の重さを噛みしめていた。
 
「だから私、この夏以来、常に今誰が最も得点しやすいかというのを考えて、いちばん得点確率の高い子にボールを回すようにしている」
 
「ポイントガードの発想ですね」
 
「もっとも大抵の場合、自分がいちばん確率が高いから自分で行くという選択になるけどね」
 
「それでこそ佐藤さんです。頑張って下さい。優勝狙って下さい」
「当然」
 
それで佐藤さんと千里は硬い握手をした。
 

ふたりは結局3時間ほどバスケのことで色々おしゃべりをし、お互いとても充実した時間となった。
 
「私もまた頑張ります。またやりましょう」
「うん、またやろう。次は新人戦の道大会かな」
「ウィンターカップ頑張ってください」
「そちらもオールジャパン頑張ってね」
 
それでまた握手をして別れた。
 

帰りの電車を待っていた時、母から電話がある。
 
「お父ちゃんにお金持って行ってくれたのって千里だよね?」
「うん。そうだけど」
「なんかお嬢さんが持って来てくれたと言われたから、愛子ちゃんか誰かが来てくれたんだっけ?とお父ちゃん言うからさ」
「あはは」
「もしかして女の子の格好で行ったの?」
「えーっと。私の普通の格好だけど」
「普通が女の子なのか・・・」
 
「でも私女の子だし」
「確かにそうだけどね。制服?」
「そうだよ。学校から直接だから」
「じゃ今日は女子制服を着てたの?」
「うーん。いつも女子制服を着ているというか」
「先生何も言わない?」
「この春までは時々男子制服着てたら、それが違反だと言われた」
 
「うーむ・・・」
 
母はお金は給料出たら返すねと言ったが、千里はお母ちゃんのへそくりにしておきなよと言い、そうしようかなと向こうも言っていた。
 

その女性は40歳くらいに見えたが、女性の年齢はわかりにくいからなあと医師は内心思った。
 
「何か治療に関して教えてほしいということでしたが」
「済みません。お時間を取って。あの、相談料はお支払いしますので」
「どういうことでしょう?」
 
「実は息子が女の子になりたがっているんです」
「今日はそのお子さんはいらっしゃってないんですか?」
「いえ。息子からは色々話を聞いたものの、性転換手術っていったいどういう手術なのか、私自身全く知識がないので、どう対応していいのかわからなくて。それで少しそのあたりを教えてもらいたいと思いまして」
 
「ああ、なるほどですね」
「男の子から女の子への性転換手術って実際どういうことをするんでしょうか?結婚とかもできるのでしょうか?」
 
「そうですね。男性から女性への手術の場合は、大雑把に言うと、ペニスと睾丸、および陰嚢を除去して、大陰唇・小陰唇・陰核・膣を形成します」
「やはりおちんちんは取っちゃうんですね?」
「まあ女にペニスは無いですから」
 
「陰核とか膣とかも作るんですね」
「膣が無いと結婚できませんからね」
「そうですよね!」
 
「逆に女性から男性への手術では、卵巣を除去して膣の入口を縫い合わせ、ペニス、睾丸・陰嚢を形成します」
「おちんちん作っちゃうんですか?」
「ええ。作ります」
「凄いですね!」
 
「でもですね」
「はい」
「性転換手術でいちばん世間の人が誤解している点なのですが」
「ええ」
「性転換手術を受けることによって、男が女になったり、女が男になったりする訳じゃないんです」
「え?何か他にも必要なんですか?」
 
「性転換手術というのは、実は既にもう女の子になってしまっている人に、ペニスや睾丸が付いているのはふさわしくないから、取っちゃいましょうということなんですよ」
「へ?」
 
「性転換手術を受けようという人は、それ以前の段階で、どこからどう見ても女という状態になっているんですよ。見た目も、性格も、生活も仕事も交友関係も。それほど完璧に女なのに、おちんちんが付いてたら変でしょ?」
「確かに変ですね」
「だから、お股の形を変えようということなんです。性転換手術というのは実は男を女にする手術じゃなくて、女を女にする手術なんですね」
「はあ」
 
「性転換手術の技法を開発したジョルジュ・ブローという医師はこんなことを言っています。私は男を女に変えるなどという大それたことをしているのではない。もう既に女になってしまっている人が、女として生きやすくするために身体を少し修正してあげているだけなんだ、と」
「うーん。。。何だかよく分かりません」
 
「あなたのお子さん、そのお子さんが背広着て会社に出かけて行く姿とか想像できますか?」
 
母親はしばらく考えていた。そして嫌そうな顔をして言った。
 
「無理です」
「でしたら、そのお子さんはもう既に性転換を終えているのですよ。ペニスが付いているかどうかなんて、もう些細なことなんです」
 
母はしばらく考えてからため息をついて言った。
 
「そうかも知れない。あの子はもう女の子なのかも」
 

「えー!? 久井奈先輩、また落ちたんですか?」
私たちは仮設体育館に顔を出した久井奈さんから話を聞いて半分驚き半分呆れた。 
「うん。かなり頑張って勉強したつもりなんだけどなあ」
「そしたら、また1ヶ月くらい置いて他の所を受けるんですか?」
 
「もういっそ大学を受けようかな」
「えーーー!? だってセンター試験の出願期間はとっくに終わってますよ」
「私が国公立に通る訳無い。私立だよ」
「どこ受けるんです?」
「やはりA大学かな。いっそ看護師を目指そうかなと思って。いや歯科衛生士の資格取っても仕事無いよと聞いてさ」
「まあ歯医者さんがどんどん潰れているから」
 
「A大学は美々先輩が受けるんじゃなかった?」
「いや、美々先輩はA大学の短大部の方と聞いたけど」
 
「でもA大学に看護師コースなんてありましたっけ?」
「今度開設されるんだよ。保健福祉学科というのが」
「へー」
「でも久井奈先輩、看護師のコースって結構レベル高いですよ」
「今から受験勉強して大丈夫ですか?」
「最初の年だし何とかなるんじゃないかなあ」
 

「みなさーん、こんにちは。不思議探訪スペシャル北海道編。2日目は旭川にやってきました」
と谷崎潤子は旭川市内で明るくカメラに向かって語った。
 
「そして我らがつよーい味方、スーパー霊能者の火喜多高胤先生です。拍手」
と言って自分で拍手をしている。
 
やや派手な和服を着た60歳くらいの男性が笑顔で会釈する。
 
「火喜多先生は一昨日は函館で2ヶ所、昨日は札幌で3ヶ所、呪いのスポットを解消しちゃいましたね。今日は旭川でまずはここ《おいでの木》と呼ばれるスポットにやってきました。ここは夜このそばを通ると『おいでおいで』と呼ばれるという噂があるそうです」
と谷崎潤子は言う。
 
「先生、何かここ見えますか?」
「ああ、確かに何か居ますね」
「だったら、祓っちゃえば安全なスポットになりますかね?」
 
「これはちょっと手強いですよ。うかつに向こうのペースに巻き込まれると、頭がおかしくなって自分でも訳の分からない行動をとってしまいます。犯罪を犯してしまう場合もありそうですね」
と高胤。
 
「実はですね。今年旭川では大きな放火事件があったのですが、その犯人はここで『おいでおいで』されて、その後、おかしな行動を取るようになった、という噂もあるんですよ」
と潤子。
 
「うん。そのくらいおかしなことになる可能性もある。特に日没前後にここに来るとダークサイドに引き込まれてしまいますよ」
 
「じゃ、やはり放火魔が放火に走った原因はこの《おいでの木》?」
「ありえますね」
 
と言いながら高胤は少し緊張した面持ちになる。数珠を取り出し、潤子に少し静かにしているように言う。この付近は放送の時はカットすることになるだろう。 
高胤はなにやら真言のようなものを唱える。しかし
「わっ」
と言って、はじき飛ばされるように数歩後ろに下がった。
 
「大丈夫ですか?」
思わず潤子と、ディレクターさんが声を掛けた。
 
高胤は
「大丈夫です。ちょっと油断しただけ」
と言って、再び数珠を持ち、その木に向かって歩み寄ろうとした。
 
その時。

高胤の前に割り込んだ姉妹(?)が居た。15歳くらいと12歳くらいであろうか。 
「済みません。今撮影中なんですが」
とディレクターが声を掛ける。しかしその妹の方は言った。
 
「あなた間違っている。これは邪悪なものではない。これは神様。神様を祓おうとしたら、あなた自身が死にますよ」
 
「ですよね?」
と姉の方に投げる。
 
「うん。これは神聖なものだよ。それを粗末に扱ったら、たたられて当然。これは祓うんじゃなくて、ちゃんとお祀りしてあげなきゃダメ」
と姉は言って少し目をつぶって考えるようにしてから
 
「例の子はストレス解消しようと、ここ蹴ったり石投げたりしたみたいね」
と言った。
 
「あんたたちテレビ局なら予算あるでしょ? 小さなのでいいから祠(ほこら)でも作って置くといいよ。ちゃんと祀れば、むしろ御利益(ごりやく)があるよ」
 
そう妹のほうが言った時、そばで控えていた老人が出てくる。
 
「それは本当ですか?」
「あなたここの土地の地主さん?」
「そうです」
 
「お金あるなら祠を自分で作ればいいし、お金無かったらどこか縁のある神社に頼むといいよ。まともな神職さんならこれ見て対処法が分かるはず」
 
潤子が高胤を見る。
 
「この2人が言っているのは正しいです。私は見誤っていた。確かにこれは神様です」
 
「ここ、祠を設置しますよ。例の放火魔の噂の件もあってずっとここ気になっていたんだ」
と老人が言う。
 
「話はまとまった所でさ、千里さん」
「うん。ちょっとだけ処理する必要があるよね。天津子ちゃん」
 
ふたりはそう言うと《おいでの木》を見つめる。
 
突然物凄い竜巻が起きて、潤子が思わず悲鳴をあげた。
 
「取り敢えずのガス抜きは出来たかな」
「うん。かなりよどんでいたもんね」
「余分なものはほぼ全部潰した」
「周囲に随分と雑多なものがあったからね」
「飛ばしてしまわないと神様自体がきちんと動けない」
 
「このくらいやっておけば後はふつうの神職さんでもできるよね」
「じゃ」
と言って撮影クルーに手を振り、千里と天津子はその場を去った。
 
「なんかここ凄くきれいになった気がする」
と谷崎潤子が言う。
 
呆然としてディレクターはふたりを見送っていたが、その潤子の言葉でハッと我に返る。
 
「今のカメラ回してた?」
「一応」
「よし。編集してうまくつないで適当にまとめるぞ」
 
高胤は去って行くふたりの女の子の後ろ姿を見ていた。そしてディレクターに一言断ると、某所に電話を掛けた。
 
「どうもどうも。柿田です。例の話ですが、お受けします。ええ。私ちょっと旭川という町に興味が湧きました」
 
なお、ディレクターはその日の夕方、カメラがいつの間にか故障していて、ここだけではなく、この後行った3ヶ所、更には前日・前々日函館と札幌で撮影した全ての撮影データが消えているのに絶句し、結局この「不思議探訪・北海道編」は放送されることは無かった。
 
(せっかく高いお金を掛けて北海道まで来たので、谷崎潤子と北海道のローカルタレントにラーメンとか蟹を食べさせて、食の番組を作って放映した。火喜多高胤はこの事件を機に番組を降りた) 
ただ、例の放火魔がおかしくなった発端という噂の立っていた《おいでの木》の問題を火喜多高胤が解決したらしいという噂だけが立った。その場所には祠と鳥居が作られ、毎日老人が祝詞を捧げる姿が見られた。
 
そして数年後、その老人がオーナーになっている製麺所のラーメンが全国的に話題になり、ライセンス生産品が全国のスーパーに並ぶほどになったが、その話題になり始めたきっかけは実はこの事件で代替制作した食の番組で、谷崎潤子がいかにも美味しそうにここのラーメンを食べていたからなのであった。
 

2007年12月は23日(日)が天皇誕生日、24日がその振替休日となるため21日金曜日が最後の授業であった。むろんバスケット部は、21日の放課後も、22日土曜日もしっかり練習をした。
 
22日に千里がバスケの練習を終えて帰宅すると、留萌に住む母が来ていた。 
「お母ちゃん、いらっしゃーい」
「あんた正月帰って来られないというから、ちょっと出てきた」
と母は言う。千里が女子制服を着ていることについては、スルーしている感じだ。 
「うん。年末年始は東京に行きっぱなしになっちゃうんだよ」
「大変だね。取り敢えずこれこないだお父ちゃんに貸してくれた分」
と言って母は封筒を渡すが、千里は
 
「こないだも言ったようにお母ちゃんのへそりにしなよ」
と言う。
「そうかい。それじゃ、美輪子に千里の下宿代の足しに」
「ああ、もらえるならもらっておこうかな」
と言って美輪子は封筒を受け取る。
 
「それから、これクリスマスプレゼント」
 
と言って母は何やら包みをくれる。
「わあ、ありがとう。開けていい?」
「うん」
 
それで開けると赤いタータンチェックのマフラーであった。
「可愛い! ありがとう!」
 
「最初男の子用のマフラーを選んでたんだけどさ、あんたが男物のマフラー巻いてるところ想像したら、なんか変な気がしたからつい女の子用のを選んでしまった」
 
「うん。私、女の子だもん」
という千里の言葉に叔母は頷いているが、母は渋い表情をしている。
 

「もう晩ご飯は食べた?」
と千里が訊くと
 
「実は私もさっき帰って来た所なのよ。だからお姉ちゃん(千里の母)少し待たせちゃった」
と美輪子。
 
「大して待たなかったけどね。それで何か食べに出ようかと言ってたのよ」
と母。
 
「そしたら、ごめん。ちょっと私お風呂入ってからでいい?練習でたくさん汗かいてるから、それを流してから行きたい」
と千里が言うと
 
「それが実は風呂釜が壊れちゃって」
「えーー!?」
「修理に部品取り寄せたりして3日くらい掛かるらしい」
「きゃー」
 
「だからいっそ、スーパー銭湯にでも行こうかと」
「あ、それもいいね」
 

それで美輪子の車に乗って、駅の近くのスーパー銭湯に行くことにした。千里は制服を脱いで、普段着のフリースとロングスカートに着替えていた。
 
受付で美輪子が3人分の料金を払うと、受付の人は赤いタグの付いた鍵を3つくれる。それでおしゃべりしながら脱衣場の方に行く。「女」と書かれた赤いのれんをくぐった所で母がぎょっとした顔をする。
 
「千里、なんであんたこちらに来るの?」
「え?だって、この鍵はこちらのロッカーにしか合わないよ」
 
と言って鍵の赤いタグを見せる。
 
「あんた女に見えるから、受付の人が勘違いしたのね。交換してもらっておいでよ」
「別にこちらでいいと思うけど」
 
と言って千里は平気な顔で女湯の脱衣場に入っていく。母は「えー?」という顔をして見ているが、美輪子は笑っている。
 
母が見ている前で千里はスカートを脱ぎ、フリースやその下のトレーナーを脱いでしまう。スリップも脱いじゃう。すると美しいボディラインにブラジャーとショーツを着けた女体が現れる。母が息を呑んで千里を見つめている。 
「まあ、千里が男湯の脱衣場でこの姿になったら従業員さんが慌てて飛んでくるよね」
と美輪子は言う。
 
更に千里はブラジャーもショーツも脱いじゃう。胸にはDカップのバストがあるし、お股には何もぶらさがるものは無く、ただ茂みだけがある。
 
母はしばらく絶句していた。
 
「あんたいつの間に女の子になっちゃったの?}
「えー?私は昔からこうだけど」
と千里は普通の顔で言う。
 
「だいたい女の子の身体でなきゃ、貴司と結婚できる訳無いじゃん」
「そのあたりどうなってんだろ?と私実はよく分かってなかった」
 
「この子の友達の話聞いてると、この子、小学4年生の頃以降、いつも女湯に入っていたみたいだよ」
と美輪子。
 
「下は偽装だよ。おっぱいは本物だけどね」
と千里。
「おっぱいは大きくしていたのか。でもそちらは偽装できるもんなの?」
と母。
「ああ、やり方は聞いた。うまいよね」
と美輪子は取り敢えず話を合わせてくれた。
 

美輪子も全部脱いでしまうので、母も脱いで3人で浴室に移動する。各々身体を洗って湯船につかる。
 
「10月にはお父ちゃんが、久しぶりに千里と会って、男同士、お風呂の中でゆっくり話したみたいなこと言ってた気がするけど」
「あれは焦った。男湯なんて入ったの、たぶん10年ぶり。幼稚園の時以来」
「でもこの子、その日、村山さんが眠っちゃった後、女子のお友達と遭遇してその子と一緒に女湯に入ったらしい」
 
「あんた、どちらにも入るの?」
「私は女湯にしか入らないよ。私自分のことは女だと思っているから。お父ちゃんの件は、あの場で揉めたくなかったから一種の緊急避難だよ。実際問題として胸とお股を隠して大変だった」
 
まあ本当は隠していたのは胸だけだけどね。
 
「確かにこの見た目なら、女湯に入っても違和感無いかも知れないけど。でも、見付かったら痴漢として突き出されるんじゃない?」
 
「男湯に入ったら突き出されるね」
と言って千里は笑っている。
 

千里が女湯の中であまりに平然としているので、母も深くは追求せず話題は父の仕事の件や玲羅の進学の件になっていく。要するにお金の話だ!
 
「ふーん。村山さんの講師のお給料は月5−6万か」
「ホタテの養殖の方も今はまだ月3万なのよね。でも通信高校に行ってるし、他に職業訓練を受けていて、資格試験とかも度々受験してるから、それで教科書代や交通費がかなり掛かってる」
 
「それは今後に必要だと思う。お父ちゃん英検の4級取ったと言って嬉しそうにしてたね」
「うんうん。こないだは今夜は英語で話すぞとか言って玲羅とずっと英会話してた」
「それだけ意欲があるのはいいことだよ。この年でそれだけ勉強する村山さんは偉いと思う。今は経済的に大変かも知れないけどさ」
 
「玲羅はもう私立で確定だけど、どうも入学金・授業料以外に寄付金とかも必要みたい。場所も遠いから定期代もかかりそうだし」
 
「それお母ちゃん遠慮無く言ってよ。私が出すからさ」
「あんたお金あるの?」
「あるってほどじゃないけど、貯金はしてるから」
「そうか。健康保険の被扶養者の枠を越えちゃったんだもんね」
と母。
「パートの人とか、越えそうになると自主的に休んだりして調整しているよね。でもこの子の場合はそこまで考える余裕が無いよ」
と美輪子は言ってくれる。
 
「本当はお金あったら美輪子叔母ちゃんに下宿代払わないといけないんだけど」
と千里。
「千里の食費くらい私が持つからいいよ」
と美輪子。
「じゃ済まないけど、その時は頼むよ。でも美輪子に送金できなくて本当にごめん」
と母。
 
「気にしない気にしない。お互い様。取り敢えず今日6万もらったし」
 
「でもあんた、千里を下宿させてるから結婚を先延ばししてるんじゃないよね?」
「そんなことはない。千里が居ても平気で彼氏泊めてるし」
「うん。私も彼氏泊めてるし」
「先々週だかも泊めてたね」
「あれはチームメイトが入院したりして大会からの帰りが遅くなって汽車が無かったからね」
 
「うーん・・・」
 

12月23日日曜日の練習はお休みになった。
 
15時に学校の南体育館・朱雀に男女バスケ部員が集まる。この体育館をいよいよ解体するので、その解体祓いをするのに同席した。
 
解体祓いというのは建物を取り壊す前に、そこを守っていた神様たちにいったん天にお帰りになってもらう儀式である。これ無しでいきなり解体工事を始めると、神様たちは突然自分の居る場所を破壊されて怒ってしまう。建設を始める前の地鎮祭を省略したとしても、解体祓いを省略するのはまずい。
 
市内の神社から来た神職さんが塩と酒を備えて祝詞を唱える。塩を体育館のあちこちに撒く。
 
儀式を見ながら、みんなここで、楽しくもありまた時には辛い練習をした日々を思う。解体祓いの儀式で、天に帰って行くこの建物の守護神たちに千里は小さく手を振って見送った。
 
千里があらためて館内を見回すと、何だかひとり居眠りしてまだ帰ってない神様が居る。千里の意向を受けて《りくちゃん》が肩をトントンとすると、『あれ?』という感じであたりを見回し、神職さんの祝詞の声を聞いて慌てて旅立って行った。
 
それを見送っていたら神職さんと目が合った。神社関係の集まりなどで会ったこともあり、一応知り合いなので会釈すると『今のありがとう』という感じの視線を送ってきたので千里は微笑みで返事をした。
 

その後、市内の中華料理店に行き、今年1年を総括して夕食を兼ねた食事会をする。宗教的な理由で解体祓いに出席できない人はパスしてこの食事会から合流してくださいと言っておいたのだが、実際には全部員が解体祓いから出席した。クリスチャンである某部員も「神様はみな尊いものだ」と言って解体祓いに来ていた。この辺りはおそらく宗派によっても許容的な所とそうでない所があるのだろう。
 
食事会は3年生の一部も出席し、久井奈さんや真駒さんが1−2年生に激励の言葉を述べた。暢子と北岡君が来年に向けての抱負を語った。千里、寿絵、雪子、揚羽、氷山君、落合君、水巻君、大岸君も短いスピーチをした。 

食事会が終わると、これから始まる長期の東京遠征に参加するメンバーは旭川駅に移動し、他のメンバーは帰ることになったが、駅までは来てお見送りしてくれた部員もいた。
 
この遠征は今日12月23日から、最短で1月1日まで、最長で1月13日までの長い日程になる。
 
参加者は、女子はオールジャパンのベンチメンバーを含む、先日の層雲峡合宿の参加者全員+アルファ、男子は若干の希望者ということになっている。オールジャパンは1月1日からなのだが、その直前12月23-28日にウィンターカップが開かれる。それで、ウィンターカップを観戦しながら合宿をしようという魂胆なのである。 
費用については、女子で先日の層雲峡合宿に参加したメンバーについては全額学校持ち、それ以外のメンバーと男子については交通費(往復5万円)のみ個人負担で宿泊費・食費は学校持ちということにした。宿舎は理事長さんのツテで、都内の私立高校V高校という所の研修施設を安価に利用させてもらえることになっており、どっちみち冬休みなのでということで、そこの第二体育館を終日練習に使わせてもらえることになっている。
 
女子の合宿メンバー以外で自費参加したのが、3月いっぱいでの引退を表明していた2年生の萌夏と明菜、そして男子で参加したのが、2年の北岡・氷山・落合、1年の水巻・大岸・浦島といったメンツで、浦島君以外は現在のN高校男子のチーム中核選手である。彼らはウィンターカップの男子の試合を中心に見学するほか、おそらく「力仕事」に動員される。
 
なお、薫と昭ちゃんは「女子枠」で帯同している。むろん費用も学校持ちである。この2人は先日から女子バスケ部にも男子バスケ部と「兼部」ということにして在籍させている。
 

オールジャパンのベンチメンバーは12名なので、このようになった。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) SF 寿絵(9) 敦子(13)
PF 暢子(4) 睦子(11) 蘭(15) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14)
 
やっと留実子と暢子が復帰である。但し留実子は病み上がりなので「あまり無理しないように」と言われ、練習時間を制限されている。宇田先生・南野コーチ・保健室の山本先生との話し合いで、今回のオールジャパンでは1試合の出場時間が合計20分を越えないようにすることにした。それでも居るのと居ないのとでチームの雰囲気が違うし、揚羽もかなり負担が減って助かるようである。
 
ベンチ枠の中で14番のリリカまではすんなり決まったが最後の1人については、暢子・千里も入れて、宇田先生・南野コーチ・白石コーチと一緒に検討した上で決めた。
 
ボーダーラインになるのが、蘭・来未・結里・川南・葉月・永子あたりなのだが、まず技術水準の問題で川南・葉月・永子を外す。そしてポジションのバランスの問題で、千里のバックアップ・シューターを考えた場合、結里のレベルではオールジャパンのハイレベルな相手には通用しないという結論に達し、夏恋をシューティングガード登録して、最後のひとりはフォワードで蘭か来未ということにし、このふたりは実力が拮抗しているので、かなり悩んだ末、最後は宇田先生の決断で蘭に決まった。
 
スタッフが6人登録できるので、ヘッドコーチに宇田先生、アシスタントコーチに南野コーチ、トレーナー名義でインターハイにも帯同してくれた保健室の山本先生、チーフマネージャーに薫、サブマネージャーに来未と永子を登録している。遠征メンバーにはこの他白石コーチも参加している。白石コーチはベンチには入らず、むしろベンチに入らない子たちを束ねる仕事をしてくれる。北田コーチは旭川に残って、(女子も含めて)遠征に参加しない部員たちの練習に付き合う。
 
なお、川南を応援隊長に、葉月を撮影隊長に任命して赤いリボンと青いリボンを付けてあげたら「あ、なんだか偉い感じだ」といって、割と気に入っていたようである。
 

「だけどインターハイ本戦も12人枠だから、多分今回とほぼ同じメンツになるよね」
とメグミが言う。
 
「まあ近いかもね。でも1年生が入る可能性がある」
と寿絵。
 
「1年生が何人入るかだよね。それ次第では私、弾き出されるかなあ」
とメグミ。
 
「そういうこと、あまり言わない方がいいよ。自己暗示に掛かっちゃうから。そういうネガティブな言葉は」
と千里は言う。
 
「うん。自分が弾き出される訳ない、と思ってた方がいい」
と暢子も言う。
 
「でもそれで弾き出されたらショックじゃん」
「1年生に負けないくらい練習すればいいじゃん」
 

23日は旭川を20:00の札幌行き特急《スーパーカムイ52号》に乗り、40分の待ち時間で22:00の青森行き夜行急行《はまなす》に乗って青函トンネルを越える。23日は練習はしていなかったものの、みんな熟睡している。
 
24日の朝5:35に青森に着き17分の連絡で《つがる2号》に乗り継いで八戸へ。ここで6:55の新幹線《はやて2号》に乗って東京に9:51に到着。10時半頃に東京体育館に到着した。
 
ウィンターカップの試合は昨日から始まっているのだが、1回戦までは見るまでもあるまいということで(試合は東京近郊に住むOGに依頼して全部撮影してもらっている)、今日からの観戦になった。
 
行った時は既に第1試合が行われていたが、メインアリーナでは福岡C学園、サブアリーナでは東京T高校が対戦中であった。女子は撮影隊など数人以外は福岡C学園の試合を見る。試合はかなり競っていた。(男子はサブアリーナでもうひとつ行われている男子の試合を見に行った) 
「なんか10月に見た時より強い気がする」
などという声もあがる。
 
「やはり北海道に来た時は旅の疲れもあったんじゃない?」
「親善試合と本戦とでは気合いの入りようも違うよね」
「特にこういう接戦になると必死になるし」
 

試合中だったが千里はトイレに行きたくなったので、席を立ってロビーに出ていく。トイレの列に並んだら、何とすぐ前に愛知J学園の花園さんがいる。 
「あれ、旭川N高校出てたっけ?」
「出てません。今回のウィンターカップは札幌P高校が北海道代表ですよ」
「だよね?北海道は代表2校だったっけと思っちゃった」
「オールジャパンが本番で、ウィンターカップは観戦だけです。毎日観戦した後で合宿なんです。今日も16時くらいまで観戦した後、3−4時間練習になります」
 
「それは物凄い合宿になりそう。イメージトレーニングにいいし。うちがやりたいくらいだ」
「みんな燃えちゃいますよね。オールジャパンまで一週間頑張ります」
「組み合わせ表見た感じでは当たりそうにないけどお互い頑張ろう」
「ええ。頑張りましょう。取り敢えず11:30からの試合、頑張ってください」
「うん」
 
ということで握手をした。
 
花園さん、多分私に会ったことでスリーをどんどん撃つのではと千里は思った。 

「花園さんは、高校を出た後は大学進学ですか?」
「私、ひたすらバスケばかりしてたから入試は無理」
と花園さんは笑いながら自嘲ぎみに言う。
 
「うーん・・・」
「愛知県内の帝国電子という会社が運営しているバスケチームに入る予定」
 
「Wリーグのチームですね! じゃ高校卒業したらプロですか?」
「但しこのウィンターカップでBEST4以上になって、私自身も優秀選手に選ばれることが条件」
 
「花園さんなら優勝で、最優秀選手でしょ?」
「当然それを狙っている」
と彼女は自信あふれる顔で言ってから少し悪戯っぽく付け加える。
 
「今回は村山さんが出てないからスリーポイント女王取れそうだし」
「加藤貴子さんの記録した1試合51得点を破って下さいよ」
「大きな声では言えないけど実は狙っている」
 
加藤貴子は1989年のウィンターカップで1試合51得点の記録を出しているが、この記録は18年経った今もまだ破られていない。
 

 
今日の第一試合は福岡C学園は結局1点差で辛勝して3回戦に駒を進めた。東京T高校の方は快勝であったらしい。
 
そして第2試合に先ほど千里が話した花園さんがキャプテンを務める愛知J学園が出場するのだが、その隣のコートで同時刻に行われる試合も注目の試合である。何と札幌P高校と岐阜F女子高の対戦なのである。
 
優勝候補同士が2回戦でぶつかってしまうというのは、何とももったいない話だが、当事者にとっても辛い相手だ。千里は試合前の練習で札幌P高校の佐藤さんや片山さんたちの顔が物凄く気合いが入っているのを見て取った。 
「決勝か準決勝でやってもいいカードだからね」
と寿絵が言うと
「えー?そんなに凄いカードなの?」
とこの試合の撮影係になっている葉月《撮影隊長》が驚いたように言う。 

試合は実際、最初から激しい争いになった。実力が拮抗しているし、どちらもひじょうにレベルの高い試合運びをする。
 
「どちらもパスのボールがちゃんと相手の胸にピタリと来てる」
などと川南が言うと
「それ当然のことなんだけどね」
と暢子が言い
「その当然ができない選手の方が多いからね」
と寿絵が補足する。
 
「でもこの試合は、プロレベルに近いよ」
と南野コーチは言っていた。
 

どちらも譲らないまま激しい戦いが続き、お互いにかなり消耗しているようで選手交代も積極的に行っているようであった。前半を終えて岐阜F女子校が5点のリードである。ハーフタイムで札幌P高校のメンバーが円陣を組んで、なにやら話していた時、ふと気持ちを切り替えるかのように佐藤さんが視線を泳がせた。その視線が偶然千里と会った。
 
お互いに数秒見つめ合う。
 
佐藤さんの顔が引き締まる。
 
「行くぞ!」
と声を出してコートに出て行く。
 
第3ピリオド、お互いに少し疲れが出始める所だが、佐藤さんは物凄く頑張った。序盤立て続けにF女子校のキャプテン鏡原さんがスリーを決めて突き放しに掛かったのに対して佐藤さんはスリー1回を含む3連続得点で追いすがる。激しい戦いは続いてこのピリオドが終わってF女子高のリードは2点となる。 
第4ピリオドではF女子高がタイムアウトも併用して選手をどんどん入れ替え短時間に集中してプレイする作戦で来たのに対して、札幌P高校はこのピリオド全く選手を入れ替えなかった。竹内/片山/河口/宮野/佐藤と180cmクラスの3人のフォワードを並べてパワーで圧倒する作戦である。シューターの尾山さんを下げているのでスリーはあまり使えないのだが、それでもこの身長の破壊力は凄まじい。
 
F女子高にも実は180cmクラスの選手が2人いるのだが、どちらも留学生なのでオンコートは1人のみである。それでこの「空中戦」で札幌P高校は優位に立つことができた。それでもF女子高は必死に戦い、残り15秒のところで得点して1点リードとなる。
 
竹内さんがやや慎重に攻め上がる。F女子高はゾーンで守っている。何度か片山さんや宮野さんが強引に中に飛び込んでみたものの、硬い守りに阻まれてボールを中に入れることができない。
 
そして残りもう3秒というところで、マーカーを振り切るように、いったん浅い位置に走って下がった佐藤さんへ片山さんからのパスがつながる。佐藤さんはそこからそのままシュートを撃った。
 
みんながボールの行方を見守る中、ボールはバックボードに当たった上でリングに飛び込む。
 
3点!
 
50対48と札幌P高校2点のリードとなる。
 
得点差が1点だしシューターの尾山さんが下がっているのでスリーは無いだろうとF女子高も無警戒になっていた。そもそも2点取れば逆転できる所でわざわざ確率の低いスリーを撃つというのは普通考えない。しかしだからこそ、敢えて佐藤さんはスリーを撃ったのだ。実際、尾山さんがいるので佐藤さんは普段あまりスリーは撃たないのだが、実は彼女は結構スリーもうまいのである。
 

みんなが時計を見る。残り0.1秒!
 
F女子高は超ロングスローインを試みるものの、ボールはゴールから大きく外れ、誰もそのボールを取れないまま試合終了のブザーが鳴った。
 
51対49で札幌P高校の勝ち。
 
このロースコアが激戦を物語っていた。
 
試合後あちこちで握手をしている。F女子高の前田さんと札幌P高校の佐藤さんが握手しているのを見て、千里は「なぜ自分は今コート上に居ないのだろう」と悔しい思いが胸にこみ上げてきた。
 
 
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