【女の子たちのティップオフ】(1)

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2007年11月下旬の連休、N高校男女バスケ部の8割ほどの部員が層雲峡温泉に泊まりがけで来ていた。
 
参加条件は「来年4月以降もバスケット部の活動に参加する意志のある者」ということになっていた。参加者は下記である。
 
男子2年生(7)
北岡・氷山・歌子(薫)・落合・室田・中西・伊藤
男子1年生(8)
水巻・大岸・浦島・二本柳・服部・湧見(昭ちゃん)・道原(晃)・道原(宏)
 
女子2年生(10)
暢子・千里・留実子・寿絵・夏恋・メグミ・睦子・敦子・川南・葉月
女子1年生(15)
雪子・揚羽・リリカ・蘭・来未・結里・志緒・瞳美・聖夜・安奈・永子・葦帆・司紗・雅美・夜梨子
 
新人戦はこのメンツの中から15人まで登録することになる。男子は薫がまだ出られないため14人にしかならないので、この14人を確定として、残り1枠はここに来ていないメンバーから1人入れる可能性がある。女子はこの25人で15人枠を争うことになる。
 
男子で道原晃・宏の双子兄弟は今月転校してきたのだが、お父さんの転勤に伴う一家移住での転校なので、特例規定により(連盟の許可が取れているので)半年後を待たなくても来月の新人戦からエントリー可能である。
 
女子1年で入部試験の時に落とされたものの、球拾いや掃除係でもいいので入れて欲しいと訴えて入部が認められた5人は全員残っている。特に永子は先日ウィンターカップ道予選でベンチ入りも果たして「補欠組の星」と自称していた。
 
川南・葉月は新設される短大コースに入り勉強も頑張って80位以内に入って、インハイ出場を目指すという意志を表明した。2人はこれまで進学コースに留まれる100位以内ぎりぎりくらいをウロウロしていたので少し頑張れば80位以内は充分行けるはずだ。
 
一方、萌夏と明菜は3月いっぱいで引退するということであった。他に男子でも2年生で3人、1年生で2人、女子1年で2人、同様の意向の部員がいたので、彼らに関しては2月に大雪カップに優先登録することを宇田先生は約束した。彼らにとってはそれがラストゲームになる。
 
なお留実子は今回の合宿に参加はしているが、練習には参加できないので、むしろ温泉で湯治だね、と宇田先生と南野コーチには言われていた。暢子もまだ運動はできない(本人はできると言っているがお医者さんの許可が出ていない)状態なのだが、私の仕事はみんなに練習させること、などと言って出てきている。
 

温泉旅館に着いて荷物を置いてから、宇田先生が大広間にみんなを集めて言う。
 
「諸君は今回、残念ながらウィンターカップ出場はならなかった。しかし充分善戦した。ウィンターカップ予選では、男子は準決勝で札幌Y高校に80対75で、得点数の比率で行くと7%ほど足りなかった。女子は決勝戦で札幌P高校に96対93で負けた。比率では3%の負けだ。P高校は多分全国BEST4くらいは行く。そこから優勝までは恐らく4%くらいだ。だからこれから男子も女子も7%の力を積み上げよう。そうすれば来年男子はきっとインターハイに行けるし、女子はきっとインターハイで優勝できる。今日は8月のインターハイに向けてのティップオフだ」
 
部員たちの間で少しざわめきが起きる。
 
「男子と女子の目標が違う」
と落合君。
「まあ、これまでの実績で仕方無い」
と白石コーチ。
 
「1ヶ月1%ずつ実力アップしたら7ヶ月後には7%ですね」
と千里が言う。
「ちょうどインターハイの道予選まで7ヶ月だね」
と氷山君。
 
「ここは乾杯する所ですよね?」
と北岡君が言う。
 
「まあ、そういう場面だね」
と川守先生が言う。
 
それで旅館の人たちが入って来て、みんなにコップを配り、サイダーを注ぐ。
 
「インターハイでメダルを取った女子の代表の音頭で」
と北岡君が言うので、暢子が前に出て、みんなと向き合う。
 
「じゃ、楽しく今日から3日間地獄の合宿をしよう」
と暢子が言う。
 
部員たちがざわめく。
 
「生きて旭川に帰らないと、インハイに出られないぞ」
「死者が出るんですか?」
「まあ、層雲峡には地獄谷という所があるので、後で見に行こう」
「そういう地獄か?」
 
「部長はまだ見学ですよね?」
と蘭から質問が出る。
 
「私はみんなに練習させる仕事。私の分まで千里と夏恋が頑張るから。シュート練習100本やる所なら、千里と夏恋が170本ずつやる」
と暢子。
 
「うん、やるよ」と千里。
「私もやります」と夏恋。
 
「150じゃないんですか?」
と来未が訊くと
「分割手数料だ」
と暢子は答える。
 
「凄い高利貸しだ!」
 
「ではみんなの生還を祈って乾杯!」
と暢子が言ってグラスを掲げる。
 
「乾杯!」
とみんな言ってグラスを隣同士合わせる。
 
「じゃ取り敢えずロード10km走るぞ」
と暢子。
 
「やはりほんとに地獄のようだ・・・」
 
「じゃ私は17kmで」と千里。
「私も17km走ります」と夏恋。
「男子は全員15kmだな」と北岡君。
「私、10kmでいいですか?」と薫。
「歌子と湧見は女子扱いだから随意に」と氷山君。
 
「俺も女子になりたい」
という声が出たので
「性転換したい人は病院紹介するよ」
と千里は言っておいた。
 

この合宿ではとにかく基礎を再度固めようということを主眼に置いた。PG/SF組はドリブル、SG/PF組はシュート、C組はリバウンドを中心に練習する。各々に南野コーチ、宇田先生、白石コーチが付いてひとりひとりのフォームなどもチェックする。結構悪い癖の付いている子もいるのだが、それでうまく行っている場合は無理に矯正せず、その流儀で精度を高める方向に指導した。
 
またパスの練習もかなりやったが、この合宿ではお互いに立っている位置から動かずにパスのやりとりをするというのを課した。実戦では移動しながらのパスや相手が移動する先を見越したパスが必要だが、それ以前に正確に自分が投げたい所にちゃんと投げることができなかったら、先に進めないという趣旨である。
 
激しい練習なので、食事はタンパク質たっぷりのメニューにする。初日のお昼は鮭たっぷりの石狩鍋(途中でどんどん鮭を追加した)、晩は豚肉たっぷりの常夜鍋であった。
 
「夏のインハイ前の合宿もでしたけど、うちの部って宿泊する時の食事がいいですよね。部屋は人数押し込められるけど」
とお肉を皿に山盛りにして川南が言う。
 
「まあOGさんがたくさん寄付してくれているから予算が潤沢なんだよね。食事はお金を掛けて、でも少し節約で部屋は少し我慢してもらって」
と南野コーチが言う。
 
「でも私が中学の時の合宿なんて3段ベッドが2つ入っている部屋に12人寝泊まりしたよ。それに比べれば余裕がある」
という声もある。
 
「それ物理的に無理があるような」
「ベッド1段に2人ずつ寝た」
「凄い」
「酸素が足りなくなったりして」
 
「でも、匿名で寄付してくれている人もあるという噂」
とメグミ。
 
「元々社会的に名前が知れている村埜カーチャさんとかは名前を出しても構わないんだろうけど、一般の人の中には名前出されるのが恥ずかしいという人もあるみたい。主婦が株で儲けたお金の一部を寄付してくれているケースとかもあるみたいよ」
 
「私も就職したら1000円くらいは寄付してもいいかなあ」
などと言っている子もいる。
 
「まあ余裕があったらよろしくね。そういう少額の寄付も集めると結構な額になるから」
「あ、そうですよね!」
「1000円でも1000人が寄付したら100万円だもんね」
「お、凄い!」
 

部屋割りでは、薫、留実子、昭ちゃんの性別に配慮が必要な3人を南野コーチと同じ部屋に泊めた。それ以外は男子13人・女子24人なので、男子は2部屋、女子は4部屋に収納している。他に、宇田先生・川守先生・白石コーチ・北田コーチという男性スタッフで1部屋である。
 
千里は暢子・寿絵・夏恋・メグミ・睦子と同室である。
 
「なんか性別の曖昧な部員が増殖しているから、結果的に千里は普通の女子扱いになっちゃってるね」
「まあ普通の女子だしね」
「さすがにもう男子制服では学校に出てこなくなったもんね」
「もう捨てたの?」
「一応取ってあるし、部屋に掛けてるけど、そういえばしばらく着てないかな」
「こっそり捨てられていても、きっと気づかない」
 
「1年の春の大会の時とか、最初男子の部屋に入れられていたのが苦情が来て途中で女子の部屋に移動されたんだっけ?」
「北岡君や氷山君たちと同じ部屋だったんだけど、お風呂から戻ってきたら移動してくれと言われて、南野コーチの部屋に」
 
「お風呂は女湯に入っているよね?」
「男湯に入ろうとしたんだけど、従業員さんが飛んできて、混浴はダメです!と言われて、女湯に連行された」
「女子としての自覚が足りなかったね」
 
「ところでさ、薫って実際問題としてどこまで身体改造してると思う?」
と寿絵が訊く。
「実は何もしてないに1票」
と千里。
「薫の話を聞いていると睾丸は取ってるんじゃないかという気がする」
と暢子。
 
「うん。それを示唆することで女子たちに受け入れられているけど、実は何もしてないかもという気もするのよね」
と睦子が言う。
「薫、内面的にはふつうの女の子と同じだけど、やはり触った時、男の子の感触なんだよね」
と夏恋は言う。
 
「見た目はヌードになっても女子にしか見えないけどね」
と千里。
 

その薫はその日も当然のように女湯に入っている。
 
「雪子ちゃん、左手の肘を痛めた?」
「あ、はい。よく分かりますね」
「ちょっとそこの所、血流を良くしてあげるよ」
 
と言って薫は雪子の肘のそばにてのひらを当てている。
 
「触らないの?」
と敦子が訊いたが
「気功だよね?」
と千里が言う。
 
「そうそう。うちのお母さんが気功の指導者免許持ってて、小さい頃から基礎を教えてもらってたんだよね」
と薫は言う。
 
「気功もよく分からない技術だ」
と千里が言うと
「千里の気の使い方もよく分からない」
と薫は言う。
 
「千里、何かするんだっけ?」
「千里は物凄い気の使い手。でも試合中はそれを使わないね」
「ルール違反だと思うから」
「**高校の**さんは使っているよね?」
「あれは本人、そういうものを使っていることに気づいてないんだよ。誰からか指導されて覚えたものではなくて、自己流で磨いたものだと思うし、特別なものであることにも気づいていない」
「あの人とマッチアップした時だけは、千里、相手の気の動きを止めていた。向こうがあれ?って感じで首をひねってたけどね」
「霊じゃなくて肉体で勝負したいだけだよ」
 
「なんかオカルトっぽい話になってる」
「実態は私も千里もオカルトじゃなくてオカマだけどね」
「ふむふむ」
 

深夜、千里は留萌に居る貴司に電話した。
 
「ごめんね。練習で疲れてるだろうに」
「いや、そちらも合宿でしょ。頑張ってる?」
「頑張ってるよ。やはり私、もっともっとレベルアップしなきゃ」
「でも千里、ほんとに成長したよ」
「そうかな。貴司にはまだまだかなわないけど」
「いや、こちらが負けそうと思うことある」
「ウィンターカップ頑張ってね。多分見に行くと思うし」
「うん。でも離れていてもさ」
「うん?」
「僕たちはいつも一緒だよ」
「うん!」
 

千里が宿舎を抜け出して電話をしていた頃、薫もまたある人と電話をしていた。
 
「結局どうしたんですか?」
「病院まで行ったけど入る勇気がなくて帰って来た」
「私は病院の中まで入って診察も受けたんだけど、手術前に逃げ出しちゃった」
 
向こうがため息をつくのが聞こえる。
 
「なかなか勇気が無いよね。薫偉いよ、やっちゃうなんて」
「ヒナもめげずにまた挑戦するといいよ」
「うん。気持ちがたかぶった時を利用して」
 
「ピアノの方は練習進んでます?」
「ぼちぼち。練習曲の5番をギブアップして6番で行こうと思ってる。薫はバスケ練習進んでる?」
「4月まで大会に出られないんですよね。テンションが下がってしまいがちな所を女子部員たちと戯れて、けっこうそれで気持ちを鼓舞してる」
 
「そちらでは女子高生してるんだよね?」
「うん。生徒手帳も女になってるよ」
「いいなあ。私は毎日がストレスだよ」
「私もトイレに行くたびにストレスだよ」
「それはこちらも同じ」
「でもヒナ、辛くなった時は、いつでも電話しなよ。昼間はなかなか話せないけど夜中は話せること多いと思うし。私でよければいつでも話し相手になるよ」
「ありがとう。また電話すると思う」
 

合宿が終わって旭川に戻った月曜日、千里と暢子は昼休みに校長室に呼ばれて出て行った。教頭先生、宇田先生、南野コーチがいる。まあ座ってと言われるので座る。
 
「君たち今週末は総合選手権に出るよね?」
「はい。その翌週は新人戦、と慌ただしいです」
「でも私はお医者さんの出場許可が出ませんでした」
と暢子が言う。通常の生活にはもう支障は無いのだが、やはりバスケの試合は身体への負担が大きい。
 
「うん。若生君も花和君も出られないんだよね」
「そうなんですよ。それで非常に厳しい情勢です」
「まあ新人戦は規定で1−2年生しか出られないけど、総合選手権はその制限が無いよね」
と校長が言う。
 
「まさか、3年生も出られるんですか?」
と思わず暢子が訊いた。
 
「実はOGから意見が出てきてね」
と校長先生が言う。
 
「へー!」
「今回の南体育館の改築で3000万円出してくれたOGが居るんだけど、その人が花和君の怪我に続いて若生君の盲腸があってウィンターカップ決勝も僅差で敗れたというのでね。これは緊急事態だ。特例で救済してあげて欲しいと申し入れてきたんだよ」
「わぁ」
 
3000万円も寄付してくれた人から言われたらさすがに学校側も折れざるを得なかったろう。でも3000万円も出せるって誰???寄付常連組の村埜さんや中村さんはどちらも100万円寄付してくれたことを聞いていた。
 
「理事長からはこちらに任せると言われたので、教頭と宇田君と話して、こういう条件で参加を認めることにした」
と言って校長は条件を挙げた。
 
(1)今年のインターハイの本戦に出場実績があること
(2)既に進学先あるいは就職先に合格または内定していること
(3)本人に参加意志があること
(4)主将と監督の要請があること
(5)最大3名
 
「インターハイの本戦に出たのは、岬(久井奈)先輩、土田(穂礼)先輩、高橋(麻樹)先輩、広沢(透子)先輩、木崎(みどり)先輩の5人」
と千里は名前を挙げる。そして考える。
 
「木崎先輩は美容師志望で美容学校に行く予定ですけど、確か試験がまだ」
「うん。彼女はちょうど今週末が試験日なんだよ。間が悪いよね」
と宇田先生。
「岬先輩は歯科衛生士専門学校だけど先月受けた所は落ちちゃったんですよね」
「そうなんだよ。岬は歯科衛生士専門学校って、何も勉強してなくても適当に試験は書けば通るものと思い込んでいたらしい。それが実際どうも定員割れだったのに落とされたみたいで」
と宇田先生も困ったような顔で言う。
 
「たぶん解答内容にあまりに非常識すぎるものがあったんだと思います。分からないならいっそ書かないほうがまだましなレベル」
「どうもそうらしい。それで落ちた後で慌てて勉強しはじめたようだ。12月中旬に別の所を受けるらしい」
 
「高橋先輩は内定してましたよね?」
「旭川A大学の福祉科に推薦入試で内定している」
「ご本人の意向もありますけど、もし高橋先輩に頼めたら心強いです!」
「うんうん。原口(揚羽)君の負担をかなり軽くできる。午前中話したら本人もぜひやらせてくれと言っていた。あの子はインターハイのJ学園戦の最後になってから目覚めて、それで実は密かにひとりでずっと練習していたらしいんだよ」
 
千里はほほえんだ。麻樹さんが練習している姿は実は何度か市の体育館などで見かけた。でも知らないことにしておいた。
 
「広沢先輩はスポーツ専門学校、土田先輩はビジネス専門学校でしたけど」
「どちらも入試がまだなんだよ」
「じゃダメですか・・・」
「広沢君の所は例年受験者の1割くらいが落とされているから油断できない。でも土田君の所は事実上全入なんだよね。彼女の場合は岬君みたいなへまはしないだろうから」
「じゃ、お願いできます?」
「まあ少し拡大解釈で」
 
そういう訳で週末の総合選手権には麻樹さんと穂礼さんが参加してくれることになったのである。
 
もっとも穂礼さんは
「やりたい!でも最近トレーニングしてなかったから足手まといになったらごめんね」
などと言っていた。
 

その日、千里は南体育館で練習に出てきている部員を前に言った。
 
「今週末の総合選手権に出るメンバー表を今日の夜21時までに提出しなければなりません。今回まだ暢子キャプテンと留実子は出られないのですが、特例で学校の許可が下りて、穂礼先輩と麻樹先輩が代わりに出てくれることになりました」
 
わあという歓声が上がる。
 
「それでメンバー表を書いていたのですが、14番までは固まったものの残りの4人、背番号15から18までで迷ったので、今日はトライアウトをしてメンバーを決めたいと思います」
と千里が言うと、みんながざわめく。
 
やり方を説明する。選考の対象者は「総合選手権に出たいと思う者」という条件で、練習に出てきているメンツで既に確定している11人以外の全員が参加を希望した。
 
15から18までの背番号をゴールの向こう側に並べた状態でシュート合戦をする。レイアップ4本、フリースロー3本、スリーポイント3本を全員に打たせた。レイアップでは長身の薫を男子の方から連行してきて、ゴール前に立たせておいた(立っているだけで何もしないが、薫は立たれているだけでも弱い子はビビる)。
 
結果、シューティングガードの貫禄で結里が10本中8本入れて1抜けで15番の背番号を獲得。次いで7本入れた蘭が16番、6本入れた来未が17番を取ったが、5本がおらず4本入れたのが3人居たので、その3人でフリーの状態でレイアップシュートを4回ずつさせたところ、永子が4回全部入れて最後の枠を獲得した。3回しか入れられなかった川南が悔しがっていた。
 
それで今回の総合選手権のベンチメンバーはこうなった。
 
PG.雪子(7) メグミ(12) SG.千里(4) 夏恋(10) 結里(15) SF.寿絵(5) 敦子(13) 永子(18) 穂礼(9) PF.睦子(11) 蘭(16) 来未(17) C.揚羽(8) リリカ(14) 麻樹(6)
 
暢子と留実子が抜けた穴を穂礼さんと麻樹さんで埋めた形だが背番号に若干の移動がある。キャプテンが4番を付けなければならないので千里が4番、今回の副キャプテンである寿絵が5番を付けて、留実子の6番を麻樹さん、寿絵の9番を穂礼さんが付ける。
 

 
そして12月1日(土)。
 
千里たち女子バスケ部のメンバーは、札幌近郊の江別市に赴いた。この大会は略して総合選手権、正式には第62回北海道バスケットボール総合選手権大会 兼 女子第74回全日本総合バスケットボール選手権大会北海道予選会、というものであり、この大会に優勝するとお正月に行われる全日本総合、つまりオールジャパン(皇后杯)に出場することができる。
 
(作者注.実際のこの年の総合選手権は11月16-18日に行われましたが物語の展開の都合で変更しています)
 
オールジャパンには既にインターハイで優勝した愛知J学園の出場が決まっているし、岐阜F女子校や福岡C学園も各々予選を突破して出場を決めている。もし千里たちがこの大会で優勝できたら、お正月に東京体育館あるいは代々木アリーナ第2体育館で、それらの学校と対戦できる可能性もあるのである。
 
ただ、この大会は高校生の大会ではない。「総合」の名の通り、様々な連盟に所属するチームが出てくる。今年の北海道大会の女子では高校4校、大学4校、専門学校が1校、教員チーム1、クラブチームが6であった。参加チームは全部で16だが、例年北海道ではウィンターカップに出場する高校生チームは参加しない。
 
高校チームはインターハイの道BEST4になったチームに参加権があるのだが、今年はBEST4になった、M高校・N高校・P高校・C学園の4者のうち札幌P高校がウィンターカップに出場するのでこの総合選手権には出ず、残りの3校が参加することになる。
 
もし先日の試合で自分たちが勝っていたら、この大会には出ていなかったんだと思うと、千里はあらためて悔しい思いがこみあげてきた。
 

ところでこの日、千里はまた「女子高生の身体」に戻っていた。そのことで千里は《いんちゃん》に尋ねた。
 
『もしうちのチームがウィンターカップ道予選で優勝していたら、この総合には出なかった訳でしょ? 安寿さんは、うちが負けると分かっていたの?』
 
『違うよ。最初はウィンターカップ道予選を勝ち抜いて本戦に出る想定でスケジュールを作っていたんだよ。だけど負けたから組み直したんだ』
『組み直したの!?』
『ご主人様も大変みたいだけど、こういう予定の変化があった時は安寿さんも引っ張り出されて大変みたい。あれはこういうこと始めたことを若干後悔している感じ』
『後悔して思い直したりしないよね?』
『思い直して、千里が生まれた時から女の子だったことにしちゃったりして』
『それ悪くないけど、それやられると色々な思い出が消えてしまう気がする』
『まあ面倒なのは高校の間だけだから、何とか頑張ってくれると思うよ。女子大生になったら、どちらかというとその後始末だけのはず』
 
『やはり神様にも先のことは分からないのね』
『ん?安寿さんは人間だけど』
『うっそー!?神様かと思ってた』
『神様と人間じゃ存在感が違うから、千里なら分かるはず』
『そんなの分からないよぉ。私、霊感とかも無いし』
 
《いんちゃん》が反応に困っている風なのを千里はなぜだろうと思った。
 

昨年は男女ともインターハイ道予選で決勝リーグまで行っていたので男女とも総合に参加したのだが(特に男子は初参加)、今年は男子はbest8止まりだったので参加できなかった。そこで宇田先生の発案で、薫をマネージャー登録して帯同してきた。
 
薫は男子としてバスケ協会には登録されているものの、ふつうにユニフォーム(但し背番号が無い)を着ていると、女子のマネージャーに見えてしまう。試合前の練習タイムにはコート上でBチームに入れて練習に参加させた。そして実際問題として、薫がコートインはできなくても、ベンチに座ってくれているだけでも、千里としてはかなり心強かった。
 

初戦の相手は短大生のチームであった。年齢が近いこともあって、正直高校生と大差ない気がした。少なくとも札幌P高校の方がずっと強いと思った。
 
3年生の2人は温存することも考えたのだが、むしろ出して試合感覚を取り戻してもらった方がよいと考え、メグミ/千里/穂礼/揚羽/麻樹 というスターターで出て行く。実際、穂礼さんは最初何度かイージーミスをしたが、すぐに快調な動きになった。
 
割と強い高校の出身者が多いようで、油断はできないし、臨機応変のプレイをしてくる。練習タイムに見た感じよりは手強かった。
 
しかしこちらが冷静に攻めれば、揚羽も、交代で出たリリカも、しっかり得点を取ってくれるし、千里も気持ちよくスリーを放り込む。麻樹さんがリバウンドに燃えて取りまくってくれたし、穂礼さんも相手選手を押しのけてのシュートなど、1−2年生のお手本にしたい感じであった。
 
その後、雪子・リリカ・寿絵・夏恋・睦子・敦子といったメンツを代わる代わる出して、個々の過度の消耗を避けるとともにみんなに経験をつませる。蘭や来未も短時間出す。ポイントガードも1メグミ2雪子3敦子4メグミと使った。千里は第2ピリオドは夏恋に、第3ピリオドは結里にシューティングガードをさせて休んだ。それでも最終的に12点差で勝利することができた。
 
なお、高校生チームで1回戦を突破したのはN高校だけであった。教員チームに当たったM高校の橘花は「格が違った」と言って、むしろ負けてさぱさばした感じであった。
 

午後の2回戦で当たったのは、札幌のクラブチームである。1回戦で専門学校のチームを破って勝ち上がってきた。最初から全力で行った方が良いということで、雪子/千里/寿絵/揚羽/麻樹 というスターティング5で出て行った。
 
相手はほとんどが30代の選手で、どうも企業チームや実業団などで活躍していた選手が主体という感じであった。個々の選手がもの凄くうまい!
 
テクニックではうちのチーム随一の雪子が、マッチアップでかなり負けたこともあり、第1ピリオドでは、18対14とリードを許す。
 
こういう相手にはやはりパワーよりスキル重視ということで、第2ピリオドでは雪子/千里/穂礼/夏恋/リリカ とフォワード陣を一新して出て行く。すると相手の動きを読むのが上手い穂礼、相手に幻惑されずに自分のペースでプレイする夏恋が、向こうのペースを乱す感じになって、相手チームに無理矢理ほころびを作る感じになった。それでこのピリオド 16対16の同点で行く。
 
第3ピリオドではメグミ/結里/寿絵/睦子/揚羽というメンツで、更に相手のペースを乱す感じでプレイする。途中で結里を敦子に、睦子を蘭にと替えながらゲームを進めるが、このピリオドも何とか18対16で持ちこたえた。ここまで52対46である。
 
そして最終ピリオドでは雪子/千里/穂礼/揚羽/麻樹というメンツにして全力で行く。向こうの年齢が高いことから、疲れが見え始めた所に、千里・揚羽が頑張って得点し、麻樹もリバウンドを高確率で押さえ、残り3分の所で64対64と追いつく。
 
その後は向こうも最後の力を振り絞って必死に戦ったが、ここまで来ると若い力がベテランの技をねじふせる感じになり、最終的に68対72で勝利した。
 

宿舎に入る。実はN高校が総合選手権で初日を突破して泊まることになったのは今回が初めてということだった。
 
「例年出てきては初日1回戦で敗退していたからね。宿泊をどうするかって悩んだんだけど、確保しておいて良かったよ」
と南野コーチが言う。ホテルを当日キャンセルしたら9割くらいキャンセル料を請求される。
 
「今年は戦力が充実してますからね」
「でも暢子と留実子が今回入ってないから」
「そうそう。そのメンツでは厳しいかなと思ったんだけど3年生2人が入ってくれただけで、かなり戦力が上がった」
 
宿舎は札幌市内のホテルである。部員は本来のツインに4人ずつ詰め込んで、南野コーチと宇田先生は各々シングルにしている。薫は千里・麻樹・夏恋と同部屋になっていた。
 
「薫、やっと女子部員と同室になるんですね」
「どうもそれで問題無いみたいだし」
「問題無いと思います。こないだの道大会でも合宿でも女子と一緒にお風呂入ってたくらいだから」
 
「薫ちゃんが寿絵ちゃんとさえ分けてくれたらと言うから、こういう部屋割りにしたよ」
と南野コーチは千里に言ってから
 
「薫ちゃん、寿絵ちゃんと仲悪いの?」
と訊くので
「寿絵が薫の性別疑惑の探求に燃えてるからですよ」
と笑いながら答えておいた。
 
「なるほど!そういうことだったのか」
「同室にしたら、寿絵は絶対夜中に薫のベッドに突撃して裸に剥こうとします」
「それは色々誤解を招く事態だな」
 

「だけどさ、薫、もし万が一仮に、おちんちんまだ付いてるんだったらさ、思い切ってスパッと切っちゃいなよ」
と、その寿絵は夕食時に薫に言っていた。
 
「切りたいけど、大きな血管が通ってるからね」
「お医者さんに切ってもらえばいいじゃん」
「未成年のは切ってくれないんだよ。それに性転換手術したら多分、回復とリハビリがインターハイに間に合わない」
 
「だけど私少し調べたんだけど、おちんちんの切り方も色々あるのね」
「そんなの調べたんだ?」
「薫に既にタマタマは無いという前提で」
「それ前提なの?」
「おちんちんの先っぽだけ切るとか、表面に出ている付け根から切るとか、完全に根元から切るとか」
「どうせ切るなら、私は根元から切りたい」
と薫は言うが、千里も同感だ。
 
「根元って付け根じゃないの?」
と質問が出る。
「おちんちんって、あれ皮膚の中に埋もれている部分もあるんでしょ?」
と寿絵。
 
「そうそう。おちんちんって前の方に付いてるみたいに見えるけど、皮膚の中に埋もれている本当の根っこは、タマタマより後ろの方にあるんだよ。だから深切断方式で完全に根元から切ると、おしっこは女の子と同じように真下に出るようになる。あと、凄い肥満の人は、何も切ってないのに、皮膚に埋もれてしまって、まるで付いてないように見える場合もある」
と薫。
 
「それは問題だな」
「太りすぎると男ではなくなるわけ?」
「いや、勃起すれば表面に出るよ」
「なーんだ」
「でもタマタマ取ってあったら、大きくならないよね?」
「うん」
 
「薫は既にタマタマ取っているから、表面に出ている所だけ切るのでも結構行けない?」
「いや、タマタマまだあるんだけど」
 
「絶対嘘だ。この表面だけ切る方法なら、切る面積が小さいから回復期間も短いと聞いたけど」
と寿絵は言うが、どうも情報源が怪しい感もある。
 
「見た目、おちんちんが無くなれば、埋もれてる根っこが残っていても、もう女子選手と同じでいいですよね?」
と寿絵は隣に座っている穂礼さんに訊く。穂礼さんは唐突なおちんちん切断論議に困ったような顔をしていた。
 
「まあ、おちんちんの突起が無いなら、女子と認めてもいいんじゃない?」
と答える。
 
「薫、どっちみち男子の方にも3月までは出られないんだから、今チョキンと表面から出てる部分を切っちゃえば、春までにはたぶん女子チームで稼働できるようになるよ。タイとかじゃ切ってくれないの?」
 
「切りたいのはやまやまだけど、高校生に手術してくれる所なんて外国でもまず無いから」
「その時は年齢ごまかして」
「ごまかせないって。パスポート見られたら一目瞭然」
「じゃパスポート偽造して」
「逮捕されるよ!」
 

 
試合は2日目に入る。
 
今日は午前中に準決勝の2試合、午後から決勝が行われる。ここまで勝ちあがってきたのは、N高校の他は、クラブチーム2つと大学生チーム1つである。準決勝で当たるのは、函館の女子大生チームであった。2回戦ではM高校に勝った教員チームを倒して準決勝に上がってきている。
 
「わあ、あの人、去年函館F高校のキャプテンやってた人だ」
と寿絵が言う。
「強かった?」
「無茶苦茶強かった」
「その時、居たのは今日のチームでは2年生では寿絵だけなのか」
「だね。当時1年でベンチに入ってたのは、私と暢子と留実子の3人だけだもん」
 
「うちのチームってメンバーの入れ替わりが激しかったりして」
と雪子が言う。
「まあ、2年生の終わりで進学組が抜けて、就職・専門学校組は3年生の夏で抜けるから、メンバーの入れ替えが年に2度起きるんだよね」
と穂礼が言う。
 

「あちらさん、強いね」
と試合前の練習を見ていて、千里の隣に座る薫も言った。
 
「どうやったら勝てると思う?」
と千里は訊く。
「へー。この相手に勝つつもりなんだ?」
「もちろん」
「そうだなあ。永子を使ってみる?」
「へー!」
 

南野コーチもそれは面白いかもというので、スターティング5は、雪子/千里/永子/穂礼/揚羽で始めた。ティップオフは、揚羽が身長差では5-6cm勝っていたのに、うまく相手が自分たちの側にタップして、相手チームの攻撃から始まる。
 
そしてこちらが守備体制を整える前に、フォワードの人がすばやく制限エリアに侵入して、華麗にレイアップシュートを決めた。揚羽は相手の気魄に押されて、ブロックするのも、リバウンドのためにジャンプするのも忘れているくらい、浮き足立ってしまった。
 
しかしゲームが進行するにつれ、千里は薫の意図が少し分かった。
 
永子は4月にバスケ部に入ってきた時は、バスケットの素人だった。入部テストでも、28m走(コートの端から端まで走る)はまあまあだったものの、ドリブルがまともにできなかったし、レイアップシュートもフリースローも1本も入れられなかったので落とされた。
 
しかし他にも落とされた4人と一緒に「球拾いでも洗濯係でもいいから入れて欲しい」と南野コーチに直訴。その積極性を買って5人とも入部を認めたのである。そしてその後彼女たちは、3年生で「自称万年補欠」の美々さんと靖子さんにバスケの基本から指導を受けたし、毎日体力や筋力を付けるトレーニングを頑張った。特に永子は他の子の倍くらい練習していた。それで先月のC学園戦ではマネージャーとして初めて試合のベンチに座り、とうとうウィンターカップ道予選では選手として登録された。
 
「自称・補欠の星」である。
 
彼女はほとんどゼロの状態から、試合ではその才能を発揮できないものの基礎的な能力は高い美々さんと、自分ではあまり上手くなくてもバスケの理論には詳しい靖子さんに育てられているので、ひじょうに筋がいい選手に育っている。
 
基本にとっても忠実なプレイをする。
 
そもそも相手の強さが分かっていないので、ビビることなく、普段通りのプレイをする。
 
その永子のプレイを見て、雪子や揚羽が自分を取り戻すことができた。千里や穂礼は少々強い相手にも気合い負けしない。それで序盤からN高校は相手の強さにひどくは萎縮せず、自分たちのペースでプレイすることができて、第1ピリオドを20対18と、わずか2点差で持ちこたえることができた。
 

「気持ち良かったぁ」
と永子は第1ピリオドをフル出場して顔を紅潮させている。
 
「永子のおかげで、私も頑張ろうという気になった」
と揚羽。
 
「今日は揚羽がエースなんだから、エースの自覚でチームを引っ張っていってよ」
と千里は言う。
 
「はい。頑張ります。この試合、勝ちましょう」
「よし、行こう」
 
第2ピリオドは、雪子/千里/寿絵/揚羽/麻樹というメンツにする。第1ピリオドあまり差を付けられなかったことで向こうも結構必死になってくるが、こちらも気合いでは負けていない。
 
それで第2ピリオドはN高校がリードを奪い、18対23で、前半合計では38対41と相手に3点差を付ける。
 
第3ピリオドでは、雪子・揚羽をいったん下げて、メグミ・夏恋で行く。スモールフォワードも穂礼が入る。
 
今夏恋はN高校にとって重要な「Sixth Girl」になっている。メグミは元々巧いので、この交替ではほとんど戦力が落ちない。それどころか夏恋はスリーも結構得意で、撃てたらいつでも撃って良いよと言っておいたらこのピリオド4回のスリーを撃ち2本を入れた。外した2本も麻樹さんが飛び込んで行ってリバウンドを押さえて得点に結び付けた。
 
それで第3ピリオドを終えると、54対65と点差は開いている。
 
そして第4ピリオドでは、また雪子/千里/寿絵/リリカ/揚羽というメンツに戻して順調に得点を重ね、最終的に70対87で勝利した。
 

整列して挨拶してから、向こうのキャプテンが
 
「あんたたち強〜い。さすがインターハイ3位のチームだね」
と褒めてくれた。
 
「そちら3年生で行き先の決まってない子が居たら、うちで歓迎するけど」
「じゃ伝えておきます」
と千里は笑顔で答えた。
 
「もし男子の中でも有望な子がいたら、性転換したら受け入れると言っておいて」
「ああ、性転換したがってる男子がいますよ」
「まじ? うまい子は歓迎するよ」
「性転換したらお祝いに可愛いスカートあげるよ」
 
そんなやりとりを聞いて、ベンチで立って見ている薫が苦笑いしていた。
 

 
そして15時から女子の決勝戦が行われる。相手は札幌のクラブチームであった。これまで何度もオールジャパンに出場している所だ。試合前の練習を見ていて、ここは実業団レベルだと千里は思った。
 
物凄く強い!
 
マッチングの上手い雪子でも、さすがにこのレベルと対峙すると分が悪い。積極的に雪子にプレスを掛け、ボールを奪いに来るので、雪子は最初から激しく消耗している。
 
それで雪子の負担が軽くなるように、千里・寿絵でボール運びやパスの起点の分担をする。サインプレイで、各攻撃機会で誰が起点になるかというのを変更すると、相手もさすがにそれで少し混乱した。
 
それでも向こうはパワーとスピードが凄い。
 
充分体格の良いリリカや揚羽がゴール下の争いで弾き飛ばされる感じである。リバウンドも向こうが8割くらい確保する感じで、完全にゲームの主導権は向こうに行ってしまった。
 
第1ピリオドを終えた所で24対16と8点差を付けられる。
 

第2ピリオド、夏恋をポイントガードに起用してみる。夏恋は雪子に比べてスピードでは落ちるものの、体格が良いので、向こうの強いプレスにもそんなにめげずに、何とか頑張れる。
 
揚羽も第1ピリオドはリバウンドで完敗だったので気合いを入れ直して出て行っている。それで第1ピリオドほど悲惨なことにはならなくなる。
 
それで第2ピリオドはそれで20対18と、第1ピリオドよりは随分マシな展開になった。前半を終えて44対34と10点差である。
 

第3ピリオドではポイントガードにメグミを使い、消耗が激しい揚羽も休ませて3年生2人を入れる。メグミ/千里/穂礼/リリカ/麻樹という配置だ。このピリオドでは、相手がさすがに少し疲れて来たこともあり、60対52と点差を縮めることができた。このピリオドだけで見ると16対18である。
 
そして第4ピリオドは、夏恋を今度はスモールフォワードの位置で出す。ポイントガードは雪子に戻す。雪子/千里/夏恋/揚羽/麻樹 というメンツである。
 
すると向こうが疲れているのと、雪子も第1ピリオドでやられまくったのを怒りに換えて気合いを入れているので、このピリオドでは雪子がゲームをうまくコントロールできた。相手がプレスに来ても、さっと抜いてしまう。プレスに行って抜かれるとその分ディフェンスが弱くなるので、その間に揚羽が点を取りに行く。
 
それで第4ピリオド前半は8対12とこちらがリードする状態で推移する。残り3分となった所で、点数累計は73対70とわずか3点差まで詰め寄る。
 

こちらが攻め上がる。向こうも最初の頃ほどを雪子を封じられないと認識して、無理なプレスはせずに下がって守っている。そこで左側奥に居る麻樹を見ながら右奥に居る揚羽にパス。
 
この雪子のフェイントには、結構相手は翻弄されていた。それで揚羽がボールを持ってドライブインしていくので、相手ディフェンダーが慌ててそちらに集中する。そこで揚羽はジャンプして空中から千里にパス。千里がスリーポイントラインの外側から撃って3点。73対73ととうとう同点!
 
向こうが攻めてくる。こちらはゾーンで守っている。何度か強引にドリブルで突破しようとしたものの、堅い守りに阻まれる。ショットクロックの残り数字が少なくなってくる。それでとうとうスリーを撃つ。
 
外れるも、そこに飛び込んで行った向こうのセンターの人がリバウンドを押さえ、そのまま自分でシュートしてゴール。75対73。
 
こちらが攻め上がる。千里のスリーがあったことを思い出したかのように千里にはいちばん上手い人が付く。それで雪子は夏恋にパスする。すると夏恋はそのままスリーポイントラインの外側からシュートする。
 
夏恋のスリーは必ずしも確率は高くないのだが、これが入る。75対76で逆転!
 

夏恋が思わずガッツポーズをして揚羽とタッチしていた。その後2点ずつ取って残り1分で77対78。
 
相手が攻めて来る。またこちらはゾーンで守っているので、なかなか突破できない。もうショットクロックが無いというところで相手ポイントガードが自らスリーを撃つ。
 
これがバックボードに当たり、更にリングを2回回ってから、ネットに吸い込まれる。今度は向こうがガッツポーズをしていた。80対78。
 
こちらが攻め上がる。残り時間は36秒。点差を考えて向こうはスリーを警戒し、いちばん強そうな人と次に強そうな人が千里と夏恋に貼り付く。そこで麻樹さんにパスする。麻樹さんが左から、揚羽が右から同時に中に進入して、相手の注意を分散させた上で、結局揚羽がシュートする。
 
相手のブロックが決まるがそのリバウンドを麻樹さんが必死に押さえて少し離れた所にいた夏恋にトス。夏恋が再度撃ってゴール。80対80。残り26秒!
 
残り時間がとっても微妙なので相手はその時間を使い切る作戦で来る。フロントコートまでは素早くボールをリレーしたものの、そのあとパスを回して時間を稼ぐ。千里や雪子がパスカットを試みるも、そう簡単には取られない。
 
そして残り6秒(ショットクロックは残り4秒)となった所でやっとシュート。これが外れるも、リバウンドを相手センターと揚羽で争い、いったん向こうのセンターが確保。
 
しかしそこで麻樹さんがボールを相手から奪い取る。その直前から千里はもう走り出している。麻樹さんから雪子、雪子から千里へとボールが送られる。千里はスリーポイントラインのかなり近くまで来ていた。しかし千里を使ったカウンターを警戒していた相手フォワードが千里の前にギリギリで回り込む。
 
残り時間は2秒。
 
ゆっくり対峙する訳にはいかない。もう抜いている時間もない。選択肢は撃つことだけである。シュートのフェイントを入れるが相手は騙されない。更にフェイント・・・・と思わせて千里はやや不自然な体勢からほぼ上半身のバネだけでシュートした。
 
しかし相手は根性で片足だけで踏み切って思いっきり腕を伸ばして千里のシュートをブロックしようとする。
 
指がわずかにかすった。
 
しかし千里は低い弾道で速いボールで撃ったので、軌道はほとんど変わらなかった。
 

ボールは少しだけずれてバックボードに当たったものの、そのままネットに吸い込まれる。
 
80対83!
 
そして残りは1.2秒。
 
相手選手が天を仰いだ。
 
向こうはタイムを取って、ロングスローインからシュートを狙う作戦に来た。しかも3点差なのでスリーポイントを撃たなければ追いつけない。
 
スリーポイントライン近くに相手選手が並ぶ。そこにN高校のメンバーが張り付く。特に向こうの正シューターの人には千里、サブのシューターの人には揚羽が付いた。
 
相手スモールフォワードの人がスローインしたボールはサブのシューターさんの所に飛んでくる。その人と揚羽の間でキャッチ争い。これを何とか相手シューターさんは確保したものの、麻樹がきれいにブロックを決めた。
 
残り時間が無いのでシュートタイミングにフェイントを入れる余裕が無く、完璧に麻樹にタイミングを合わせられてしまったのである。
 
そこでブザー。
 
試合終了!
 

整列する。
 
「83対80で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
試合後、向こうの人たちが千里や揚羽とたくさんハグした。雪子に初期段階で無茶苦茶プレスを掛けていた人も雪子と握手した。
 
こうして暢子と留実子を欠くN高校は穂礼と麻樹の応援参加のおかげで全道総合選手権を制し、お正月のオールジャパン出場を決めたのであった。
 

「いや、君たちは強い。高校生チームが総合を制したのは本当に凄い」
と帰りのバスの中で宇田先生は半ば浮かれたように言っていたが、千里は体力も精神力も使い切って半ば放心状態だった。
 
薫が千里の胸をツンツンする。
 
「あんたが男だったら、それ痴漢行為」
「私は女だから、女の子同士の戯れだよ」
「もう女になったの?」
「私は最初から女だよ」
「薫、ほんとはもうおちんちん無いんでしょ?」
「内緒」
「あんたレズじゃないよね?」
「まさか。ストレートだよ」
 
ふたりの会話を後ろの席で聞いた夏恋が悩むような顔をしていた。
 
 
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【女の子たちのティップオフ】(1)