【女の子たちの冬山注意】(中)

前頁次頁目次

 
 
夕食が終わった後で少しおしゃべりしてから、暢子・夏恋たちと一緒にお風呂に行く。服を脱いでから浴室に入ると、既に1人浴槽の中に浸かっている。今日は貸し切りなので、当然N高の部員と思い
 
「お疲れー」
と言って声を掛けると、向こうも
「お疲れ様ー」
と言って振り向いた。
 
その顔を見て、千里たちは一瞬立ち止まる。
 
「薫!?」
 
「あんた女湯に入るんだっけ?」
「男湯に入ろうとしたら、お客様こちら違いますと言って追い出されたから、こちらに入ってみた」
 
「あんた、おちんちん付いてるのでは?」
「付いてるけど」
「タックしてるんだっけ?」
「してないよ」
「じゃ、おちんちんがブラブラしてる状態?」
「うん。でも他人の目に触れさせない自信あるよ」
 
敦子が浴槽を覗き込んだが、お股には何も見当たらない。
 
「付いてるように見えないけど」
「股はさみ隠しという男の娘には必須の技術だよ」
「うーん。。。」
 

取り敢えずみんな身体を洗って中に入る。
 
「夏恋ちゃん、今日はかなり頑張ってたけど、少し頑張りすぎたでしょ?」
と薫が言う。
 
「うん。けっこう消耗したかな」
「私、ツボが分かるから押さえてあげるよ。後でそちらの部屋に行っていい?」
「うん。歓迎!」
 
「薫、ツボ押しできるなら私のもやってくれない?」
と暢子が言うと
「OKOK」
と言っている。
 
その後、今日の男女の試合についておしゃべりしていたのだが、
 
「薫、女の子と一緒にお風呂入っても全く緊張してない」
という声が出る。
 
「お風呂入るくらいで緊張しないよ」
と本人の弁。
 
「もしかして女湯の常習犯?」
「常習犯ってことないよ。常用者と言ってもらえば」
 
「おちんちん付けたまま女湯に入るって凄いね」
「そう簡単に取り外せないから仕方無い」
 
「千里さんは女湯に入る時は、おちんちん外してるとか中学の頃は言ってましたね」
と雪子が言う。
 
「それって既に本物は除去済みで、偽装用のおちんちん付けていたからでは?」
と薫が言う。
「なるほどー」
 
「本物そっくりに見えるのがあるんですよねー。男になりたい女の人が使う奴。大きくしたり小さくしたりできるタイプもありますよ」
 
「ふむふむ。そういうのでずっと偽装していたわけか」
 
千里は取り敢えず笑っておいた。
 

「そうだ。昭ちゃんはどうしたの?」
「夜中、人がいなくなってから入ると言ってた」
と薫。
 
「夜中、どちらに入るつもりだろ?」
「そりゃ夜中に女湯に拉致してけばいいんだよ」
「インハイの時も女湯に入ったんだから、大丈夫だよね?」
「遅くまで起きてたら、ベンチから外されるからやめといた方がいいよー」
 
その後、そろそろあがろうかと言って一緒にあがったのだが、薫は身体の向きをうまく使い、タオルも上手に使って、お股に付いているものを誰にも見せないようにして脱衣場まで行く。そして「危ないもの」を全く女子たちの目に一切触れさせないまま、ショーツを穿いてしまった。ショーツを穿いてしまえば、もうその上から男性器は確認できない。
 
「見えなかった!」
「かなり注意して見ていたのに!」
という声があがる。みんな半分は怖いもの見たさで薫のお股を見ていたのだろう。 
「ね、実は既におちんちん取ってるということは?」
「それなら千里と同様に女子選手として登録してるよ」
と薫は笑って言っていた。
 
「だけど胸が無いよね」
と言って、みんなから触られている。
 
「女性ホルモンやりたいんだけどねー。そしたら取り敢えず乳首だけでももう少し大きくなると思うし」
 
「うん。胸の無い女子でも、女子であれば乳首がもう少し大きいんだよね」
「これ男子の乳首だもん」
 
「この胸曝して、女湯で不審に思われたことは?」
「今日は今更だしと思ってさらしてるけど、ふだん女湯に入る時は胸も隠してるよ。念のためニプルスも付けておく」
「ニプレス?」
「違う違う。ニプレスは存在する乳首を隠すアイテム。ニプルスは存在しない乳首を付加するアイテム」
「そんなものがあるのか!」
 

夜中。薫はふと目が覚めた。トイレに行ってくるかと思い起き上がる。奥の窓側に南野コーチは寝ているが、入口側の昭ちゃんの布団は空っぽである。お風呂でも行ったかなと思い、枕元に置いていたバッグを持ち部屋を出てトイレに行った。
 
当然女子トイレに入り、個室の中で用を達しつつ少しボーっとしていたら今日見た試合の様子が頭の中でプレイバックされる。いいなあ。私もまた試合に出たい、という気持ちが強くなった。
 
ペーパーで拭き、ショーツを上げ、体操服のズボンを上げて水を流し、トイレから出る。部屋に戻ろうとしていて、薫はふと途中の部屋が何だか気になって、つい立ち止まってしまった。
 
私、何でこんな所で立ち止まったんだろう?と思う。障子の向こうの部屋の中が不思議な色の光に満ちている気がして、薫はついその障子を開けてしまった。そこには思いも寄らぬ風景があった。
 
何これ?
 

その時、薫の肩に触る手がある。
 
ビクッとして振り向くと、千里であった。
 
千里が唇に指を1本立てて「シーッ」というポーズを取る。
 
「そのまま振り向かないで」
と千里が小さな声で言い、そっと障子を閉めた。
 
「行こう」
「うん」
 
かなり歩いてから薫が尋ねる。
 
「あれ、何?」
「忘れた方がいい」
「まるで、よ・・・」
と言った所で、千里は薫の唇に直接指を当てて、その単語を口にするのを停めた。
 
「薫、霊感があるんだね?」
「そんなこと言われたことはある」
「でも世の中には気付かない振りをしておいた方がいいものもあるんだよ」
 
薫は歩きながらしばらく千里の横顔を見ていた。
 
「ね、タック教えてよ」
と薫は言った。
 
「いいよ。実地に教えてあげようか?」
「うーん。それでもいいけど、ちょっと事情があって、あまりあそこを見られたくないんだよね」
 
ああ、やはり去勢しちゃったのかな?と千里は思った。登山さんが見たという例の病院で年齢でもごまかして手術したのだろうか?あるいは東京に居る内に手術していたのだろうか。でもタックしたいということは、おちんちんの切断まではしてないのか。
 
「じゃ、実演用のおちんちんを使ってやってみせるよ」
「実演用のおちんちんって?」
「薫と同じ部屋に泊まっている子が、おちんちんもタマタマもあるでしょ?」
「なるほどー」
 

今日は久しぶりにのんびりとお風呂に入れたなあと思い、湧見昭一は《女湯》から出て、自分の部屋の方に戻った。他の人にあまり見られたくないので夜中に入浴するというのは最初から考えていたのだが、直前までは夜中の《男湯》に入るつもりだった。ところが実際に男湯に行ったら、従業員さんが脱衣場に居て「君、こちらは男湯!」と言われてしまった。
 
それで、つい「すみませーん。間違いました」と言って男湯を出て、「言われたし、いいよね?」と自分を納得させて、女湯に入ってしまったのである。女湯には昭一が入っている間、誰も入ってこなかった。一応浴室に入る前にテープでタックしたものの、浴槽に浸かっている最中にふやけて外れてしまった。 
でも、おっぱい欲しいなあ。おっぱいがあれば、きちんと接着剤でタックできるようになったら女湯行けるよね?などと、いけないことを考えながら部屋に戻ると、薫が起きているし、千里も居る。
 
ふたりはそのまま昭一を外に連れ出すと、部屋の障子を閉めた。
 
「昭ちゃん、ちょっと来て」
「何ですか?」
「静かに」
「みんな寝てるからね」
「ちょっと楽しいことしようよ」
「何するんですか〜!?」
「だから静かに」
 
それで昭一は千里や暢子たちが泊まっている部屋に連行されて行った。 

 
土曜日。準々決勝と準決勝が行われるが、この日の試合は男子と女子が同じ会場である。
 
最初に女子の準々決勝が9:00からと10:30からの時間帯で隣り合うコートで並行して行われた。千里たちN高校は9:00からの時間帯だった。そして、このあたりから、強い所と当たり始める。
 
千里たちの相手はインターハイ予選では決勝リーグで当たった帯広C学園である。卓越したシューター武村さんがいるチームだ。この学校は男子の方は一昨年ウィンターカップ代表になっているのだが、女子の方はずっと地区大会でくすぶっていたのが、武村さんの加入で今年の春初めて道大会まで上がってきたのである。
 
戦力的にはインターハイ予選の時とほとんど変わっていない。武村さん自身は6月より上手くなっているが、N高校側も進化している。彼女を前回と同様にマークする暢子は、相手の3−4倍の運動量で完全に封じ込んだ。ボールは武村さんに全く渡らないので、仕事のしようがない。
 
暢子が武村さんを抑えている間に、千里も揚羽も点を取りまくる。雪子も自ら得点するし、夏恋もスリーを2つも放り込んだ。
 
終わってみれば90対23というクアドルプル・スコアの大勝であった。
 

女子の準々決勝の後は男子の準々決勝が12:00からと13:30から2試合ずつ、女子と同様に隣り合うコートで4試合行われた。
 
そして15:00からは、女子の準決勝2試合である。ウィンターカップの代表は1校なので、これに勝ち、更に明日の決勝戦にも勝たないと東京体育館には行けない。
 
この準決勝の組合せは旭川N高校対釧路Z高校、旭川L女子高対札幌P高校であった。
 
Z高校は昨年のインターハイ道予選では決勝リークでN高校に勝ち、N高校と同様1勝2敗となったが得失点差でN高校を上回ってインターハイに進出した。しかしウィンターカップ予選では準決勝でN高校が勝っている。
 
そして新チームになった後、新人戦でN高校がゾーンの練習を兼ねて堅い守備を敷き、一方で暢子と千里が大量得点して、大差をつけて勝ったため、Z高校はリベンジに燃えて物凄い練習を重ね、今年のインターハイ予選ではブロック決勝でP高校を苦しめ、P高校がまさかのインハイ代表落ちという事態の伏線となった。
 
N高校との対決は新人戦以来になるが、6月のインハイ予選では直接対決できなかったので、今度こそ勝ってやると物凄い気合いの入りようであった。 

最初に整列してキャプテン同士、暢子と向こうの松前さんが握手した時も松前さんは
「今日はそちらをギタンギタンに叩きのめすから」
と言った。
 
暢子は
「まあうちは負けないから」
とだけ答えた。
 
第1ピリオド。いきなり激しい攻防が広げられる。相手はまるでラストスパートで頑張っているかのような雰囲気だった。点数としては18対19とN高校が1点リードしていたものの、相手の気魄にこちらのメンバーがタジタジとなる場面が多々あった。
 
「向こうさん、明日の決勝戦のことは考えてないね」
とインターバルに寿絵が言う。
 
「うん。この試合に勝てたら後はどうでもいいと思ってる」
と千里も言う。
 
「仕方無いね。この試合に負けたら元も子もないし、こちらも全力でいくか」
と暢子は言った。
 
それでこの試合はどちらも全力投球の試合になった。ボディチェックも激しく向こうの凄まじいアタックに、揚羽や夏恋が吹き飛ばされるが、さすがに相手のファウルになった。揚羽がそれで相手を一瞬キッと睨んだが、暢子は 
「向こうから仕掛けられても絶対にエクサイティングするな」
とメンバーに命じる。実際問題として揚羽をほとんど殴り倒したに近かった相手のセンターは悪質なファウルということで一発退場になった。
 
試合は荒れそうな雰囲気だったが、N高校側が冷静なので、何とか持ちこたえて進んでいく。実際こちらはここまで1つもファウルをおかしていない。Z高校はまだ第2ピリオドというのに5ファウルでの退場者が出た。
 
第2ピリオドは14対18で、前半合計は32対37となっている。
 

「インターハイ予選までと、インターハイ以降とで、うちのチームのファウルが激減したよね」
と南野コーチはハーフタイムに言う。
 
「インターハイ予選までは5ファウル退場って結構あったのに、本戦では1度も無かったし、ウィンターカップの地区予選でも秋季大会でも退場者ゼロだった」
と寿絵。
 
「やはりブロックとかスティールの練習をハンパないくらいやってみんなのプレイの精度が上がったのが大きいと思います。正確に、腕に当たらないようにボールを叩くからファウルにならない」
と千里は言う。
 
「出場時間の分散の効果も大きいんじゃないですか? 昨年は実際問題としてスターティング5以外の選手の出場時間は短かったけど、インハイ本戦では、センターは留実子と揚羽、ポイントガードは久井奈さんと雪子、スモールフォワードは穂礼さんと寿絵、と結構交替しながら出ていたから、ファウルが累積しにくくなった」
と敦子は言う。
 
「でも、やはりできるだけクリーンな試合をしようよ」
と暢子は言う。
 
「特にうちみたいに層があまり厚くないチームは主力が退場になると、その後が辛いんだよ。だから、みんな安易なファウルは避けて欲しい。特にこういう相手が仕掛けて来る時こそ冷静になろう」
と暢子はあらためてみんなに言った。
 

第3ピリオドになっても、相変わらず向こうはラフプレイをするし、かなり挑発してきたが、N高の部員は冷静だった。
 
午前中の試合で暢子は武村さんを封じ込めるため物凄い運動量をしていたので、さすがに体力回復のため第3ピリオドはリリカや夏恋を使い、暢子はずっと休ませていたのだが、代わりにキャプテンマークを付ける千里が、みんなを落ち着かせ、静かにゲームを進めて、着実に得点していく。
 
一度あまりにも向こうの挑発が酷いので、審判がゲームを停めてキャプテンの松前さんに警告した。それでさすがに向こうも少しおとなしくなるが、点差は確実に開いていった。第3ピリオドを終えて、48対60と点差は12点まで開く。 
「主力、かなり消耗してるよね? 少し休む?」
と南野コーチが訊くが
 
「いや、ここまで来たら、このまま最後まで全力疾走で行こう」
と暢子は言った。
 

第4ピリオドになると、急に相手のパワーが落ちた感じがあった。
 
「さすがに疲れたのでは?」
「なんかゲーム以外の所で消耗していた感じもあるね」
 
こちらは暢子は先のピリオドを休んだし、千里はありあまるスタミナを持っているし、他のメンバーは適宜交替しながらやっていたので、まだ体力には何とか余裕がある。それでも南野コーチは第4ピリオド後半は雪子を下げて、相手に気合い負けしない敦子をポイントガードとして使って試合を進めた。雪子は体力以上に精神的に消耗している雰囲気もあった。
 
結果的にはこの第4ピリオドはこちらのワンサイドゲームに近くなった。このピリオドだけ見ると 14対30とダブルスコアである。試合終了のブザーが鳴ると、松前さんが「あぁぁ」という顔をしていた。
 
整列する。
「90対62で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
試合が終わった後は、お互いにあちこちで握手などをしたし、松前さんは暢子・千里と握手をしたが、
 
「今年の冬休みも地獄の合宿だぞ!」
と部員たちに言っていた。
 
なお、この試合のラフプレイに関して、連盟はZ高校に厳重注意をし、始末書を提出させたようであった。特に揚羽を殴って一発退場になった選手と、第2ピリオドで5ファウルになった選手は次の新人戦で1試合出場停止の処分が課せられた。これに関してキャプテンの松前さんも責任を取って自主的に新人戦の地区大会を決勝戦以外出場自粛する旨表明して、連盟も承認した。
 

この日は、とにかくメンバーの消耗が激しかったので、試合後は男子の試合も見ずに、ミーティングもせずに宿に引きあげることにする。
 
揚羽・リリカ・夏恋・睦子あたりが結構打撲を受けていたので、薬用効果のある近くの温泉に行かせた後、湿布薬を貼って休ませた。雪子は精神的な消耗が激しかったので、仲の良い蘭とふたりで「気分転換を兼ねて何か食べておいで」と言ってお金を持たせてタクシーに乗せて町に送り出した。
 
寿絵が
「みんなの面倒は私が見るから、暢子も千里も寝てて」
と言ったので、暢子は自分もあちこちに湿布薬を貼った後、布団をかぶって寝た。千里はスポーツドリンクを2本飲んでから、やはり寝た。
 

千里が目が覚めた時、暢子はまだ寝ていた。時計を見ると8時だ。トイレに行った後、1階のロビーに降りて行くと、N高のメンバーが数人居る。 
「男子の準決勝どうだった?」
「N高校負けちゃったよ」
「あらあら」
 
N高校は札幌Y高校と準決勝を戦った。昨年のこの大会決勝戦でN高校に勝ちウィンターカップ代表を射止めたチームで、今年のインターハイの代表にもなっている。N高校はY高校に2連敗だ。
 
「あぁ。負けちゃったの?」
とやはり今起きてきた風の敦子が言う。
 
「けっこういい勝負だったんだけど、最後は気力負けという感じだったよ」
と薫が言う。
 
「やはり今年の男子チームはそのあたりの根性が足りないよね」
などと敦子は言う。
 
敦子にしても睦子にしても根性はチームでもトップクラスだ。
 
「来年1年生でド根性の男子が入ってくれば雰囲気変わるかも知れんが」
「来年4月から取り敢えず、可愛い女の子が1人男子チームに入るけどね」
と寿絵が薫を見ながら言う。
 
「そうか。女子が2人もいる男子チームになるのか」
「ああ。昭ちゃんは男性廃業までカウントダウン中という感じだよね」
「薫ちゃん、本人は否定しているけど、絶対女性ホルモンやってるか、去勢しているかだと思う」
と寿絵が言うと、薫は特に否定せずに笑っている。
 
なお男子準決勝のもうひとつの試合では留萌S高校が勝っていた。千里はこのまま貴司と一緒にウィンターカップにいきたいなと思った。
 
「薫ちゃんも今日帰るの?」
「私と昭ちゃんは居残り。今夜も南野コーチと同じ部屋に泊まるよ。今日はみんな大変だったみたいだし、希望者はどんどんマッサージとか指圧とかしてあげるよ」
「お、よろしくー、薫」
 
「揚羽と夏恋の消耗が凄まじかったから、あの2人もやってあげて」
と千里が言う。
「OKOK。後で部屋に行って声掛けてみるよ」
「よろしく」
 
「まあそれに私が万一性転換して女子チームに入ることになった時のためにも、女子チームの試合見てはおきたいしね。それもあって残ることになったんだよ」
 
「ああ、それはぜひ性転換してもらいたい」
「昭ちゃんを拉致して強制手術という話なら眠り薬盛るくらい協力するけど」
と薫。
「ほんとにやっちゃおうかな」
 

その日は9時から夕食となった。今日はスキヤキである。もっと早くでも準備できたのだが、試合に出たメンツがみんな消耗して寝ていたので、旅館側が待っていてくれたのである。町で蘭と一緒にステーキのフルコースを食べてきたという雪子はまた夕食でもたくさんスキヤキを食べていた。
 
「雪子、太るぞ」
「今日の試合だけで5kg痩せたと思うから、その補填です」
 
夕食後、薫はふつうに女子たちと一緒にお風呂に入って中でもたくさんおしゃべりをしていた。今日初めて女湯で薫を見た寿絵が
 
「どうしても付いてるのを見ることができない!」
と言っていた。
 
「寿絵ちゃん、まるで痴漢でもするかのように凄い視線で私を見てる」
「だって実は女であるという証拠をつかみたいもん。おっぱいは小さいけど、この乳首、男の子の乳首じゃない。女性ホルモンしてるんでしょ?」
 
と寿絵は言ったが
「あ、この乳首は偽装〜」
と言って薫は胸に貼り付けていたニプルスを外して寿絵に見せる。
 
「偽物だったのか!」
「腕とかに貼り付けておくと彼氏を仰天させられるよ」
「仰天するかも知れないけど、その後が怖い」
 

「でもやはり既に男性器は撤去してるんでしょ?」
「してないけどなあ」
「そのあたりを実物を見て確認したいんだけど」
 
「なるほど。他の女子は薫のおちんちんを見ようとしているが、寿絵は薫におちんちんが付いてないのを見ようとしてるんだ?」
と夏恋が言うと
 
「悪いけど少なくともおちんちんは付いてるよ。絶対見せないけどね」
と薫は笑って言っている。
 
「おちんちんは、ということはタマタマは除去済み?」
「付いてるよ」
 
「いや、おちんちんはという言い方が凄く怪しい」
「薫はやはりおちんちんもタマタマも付いてないんじゃないかなあ」
などと寿絵は言っている。
 
「それにこないだNNクリニックに薫が入って行くのを見たというのを聞いたんだけど。あそこって、性転換手術もしてるんでしょ?」
と寿絵。
 
薫は目をつぶるように苦笑した。
「実は性転換手術してくださいって言ったんだけどさ、高校生はダメって言われて門前払い」
 
「ああ、やはり手術受けようとはしたんだ?」
「ということにしておいて、本当は手術を受けたということは?」
 
薫が湯船の中でしっかり両足を閉じているのを、寿絵は開けないかと手を掛けて押していたが、さすがに寿絵の腕力で薫の足を開くのは無理なようである。 
「だって付いてないこと確認できたら、薫を女子チームに加入させられるし」
と寿絵。
 
「でも本当に性転換したら、さすがに数ヶ月入院だよね?」
「入院は1週間くらいだよ」
「あれ?そんなので済むの?」
「でも数ヶ月の自宅療養が必要。それだとインハイに行けない」
「やはり」
 
「そもそも男性時代の筋肉が落ちるまでは、女子としての出場は認められないだろうし」
と薫。
 
「ああ、確かに薫の筋肉は男性的についていると思う」
と千里は言う。
 
「そうだっけ?」
という声が出るが
 
「サーヤの体つきを考えたら分かるよ。薫の体つきってサーヤの体つきに似てるでしょ?」
「それってホルモンの違い?」
「だと思うよ」
 
「サーヤって男性ホルモン飲んでいるということは?」
 
「飲んでないと思う。飲むとドーピングになるという問題もある。実際には飲みたくなることもあるけど、我慢すると言っていた」
 
薫が頷いている。薫もたぶん女性ホルモン飲むかどうかで悩んでいるんだろうなと千里は思った。
 
「サーヤが上半身にも筋肉付いてるのは、上半身のトレーニングを普通の女子選手の倍くらいやってるからだよ。あの子、腕立て伏せなんて平気で200-300回するから」
「凄いな」
 
「実弥さん、レイプしようとした男の睾丸を握りつぶしたことあると言ってましたっけ?」
と雪子。
「いや、それはさすがに都市伝説」
と千里。
 
その噂は最初は千里が握りつぶしたという話だったはずが、どこかで留実子の話ということになってしまっているようだ。私もあの時はつぶしてやるつもりで握ったけど多分つぶれてないだろうな、と千里は思う。
 
「まあスチール缶なら握りつぶすけどね、あの子」
「スチール缶? アルミ缶じゃなくて?」
「アルミ缶なら誰でもつぶせるでしょ?」
「スチール缶をつぶせるなら、睾丸くらいつぶせそう」
 
「でも千里さんは中学の時も女の子みたいな筋肉の付き方と言われていたような」
と雪子。
 
「うん。インターハイ前に私を診察した病院の先生は、この筋肉は女性的だから性転換後に付いたものと言っていたけど、実は性転換前も私の筋肉って女性的に付いていたみたい」
と千里は言ったが
 
「それは昨年の夏に性転換したという千里の嘘を信じた場合だな」
と寿絵。
 
「ああ。実際は小学生の内に性転換しているから、その後は女性的な筋肉の付き方をしていたということだよね」
と敦子も言っていた。
 

「ところで昭ちゃんは?」
「今日は男性の泊まり客は、宇田先生・白石コーチと昭ちゃんだけだから、のんびりと男湯に入ってくると言っていたよ」
と薫。
 
今日男子の準決勝は千里たちの試合の後、16:30から行われていた。試合が終わったのは夕方6時近くなので、その時間にキャンセルされると、もう別の客は入れられない(キャンセル料も本来は90%取られる所だが女子が引き続き宿泊しているので今回はキャンセル料不要と言われた)。
 
「じゃ今、昭ちゃんはひとりで男湯に居るわけ?」
「だと思う。宇田先生や白石コーチは何か打ち合わせしてたし」
 
薫も千里も昨夜昭ちゃんが実は女湯に入ったのは知らない。しかし今日は女湯が混んでいるので、誰もいない男湯に入っている。
 
「よし、拉致してこよう」
と暢子。
「えーー!?」
「寿絵、一緒に拉致しに行かない?」
「行こう行こう」
 
千里がやめとけば?と言ったのだが、ふたりはさっと浴槽からあがると、脱衣場の方に行った。
 
が、2−3分もするとそのまま戻って来た。
 
「あれ?昭ちゃん居なかった?」
「いや、参った、参った」
 
「まさか宇田先生が脱衣場に居るとは思わなかった」
 
「そりゃ先生だってお風呂に入るよ」
 
千里は少し考えるようにして言った。
 
「ね、暢子、男湯の方には、服を着て行ったんだよね?」
「まさか。服を着ていたら、浴室から昭ちゃんを連行できん」
 
「だったら、あんたたちまさか裸で男湯に行ったの?」
と川南が呆れたように言う。
 
「先生が、ぎょっとしてた」
「そりゃ裸の女子高生が2人、男湯の脱衣場に入って来たら、驚くでしょ」
「最初、何が起きたのか理解できなかったりして」
 

そんな騒ぎもあった所で、そろそろあがって寝ようという話になる。それでみんな浴槽から出て脱衣場の方に行く。薫も手でお股を隠して浴槽から出て、近くに置いているタオルでお股を隠し、身体の後ろ半分を他の子に見せないように気をつけながら、みんなと一緒に脱衣場に歩いて行っていた。
 
そして浴室から脱衣場に入った直後のことであった。
 
「あっ」
と薫が声をあげるので、みんなそちらを注目する。
 
寿絵がたくみに死角から近づいて薫のタオルを奪っていた。
 
きれいな割れ目ちゃんが薫のお股にあるのをその場にいた全員が見た。薫は足を広げていたが、そこには何もぶらさがっていない。
 
「薫・・・」
「やはり、もう性転換手術してたのね?」
 
薫は頭をポリポリしている。
 
「ごめーん。今日はタックしてたんだよ。昨夜、千里に教えてもらった」
と薫が言う。
 
「それ、タックなの?」
と言ってメグミが近づいて、薫のお股を覗き込む。
 
「ほんとだ!これ接着剤でくっつけてあるよ」
 
「なーんだ」
「びっくりした」
「残念」
「女の子になってるなら、女子チームに入れると思ったのに」
という声があがる。
 
「寿絵、今の死角からの忍び寄り、試合でやったら相手選手からボールを盗れるよ」
 
と薫から言われて、寿絵も
「よし、明日の試合でも頑張ってみよう」
 
と言っていた。
 

 
そして最終日は男女の決勝戦が行われる。この決勝戦に勝たないとウィンターカップには行くことができない。
 
男子の方は貴司たちの留萌S高校と昨年のウィンターカップ代表でもある札幌Y高校の対戦が11:30から予定されている。両校は今年のインターハイ代表の2校でもある。そしてその前に10:00から千里たち女子の決勝がある。
 
N高校の相手は札幌P高校である。準決勝で旭川L女子高に快勝して上がってきた。L女子高は準々決勝で強豪の札幌D学園(銀山さんたちのチーム)を破って準決勝に進んだものの札幌P高校の壁は厚かった。
 
そのL女子高に千里たちN高校は先週の練習試合で4連敗している。不安は大きいものの、全力を尽くすしかない。
 
試合前。2階の客席から視線を感じたので見ると、貴司がこちらを見ていた。貴司とは一昨日は電話で少し話したのだが(それで部屋に帰る途中に危ない部屋に魅入られている薫を発見して救出した)、昨夜は消耗していてこちらが寝ていたので話せなかった。短いメールのやりとりをしただけである。しかし貴司と目が合って「視線で会話」して千里は気力が新たに湧いてくる気分だった。 

整列して挨拶し、スターティング5がコートに散る。P高校は、PG.竹内 SG.尾山 SF.片山 PF.宮野 C.佐藤 というメンツ。インハイ予選の時は佐藤さんが怪我で欠場していてセンターには河口さんが入っていた。N高校は PG.雪子 SG.千里 SF.寿絵 PF.暢子 C.揚羽 というラインナップ。こちらは留実子が怪我による欠場をしている。
 
第1ピリオド。札幌P高校は最初から全開で来る。
 
司令塔役の竹内さん以外、全員が得点要員であり、一瞬たりとも気を抜くとすぐ突破される。尾山さんもフリーになれば即スリーを撃つ。尾山さんが撃った後は長身の佐藤さん・宮野さんが飛び込んで行ってリバウンドを取る。 
佐藤さんも宮野さんも、あるいは彼女たちと交替で入る河口さんも180cm以上だが、揚羽も、交替で入るリリカも174-175cmで、向こうが全力ジャンプすると、こちらの到達点より上でボールをコントロールされてしまいどうにもならない。しかしこの第1ピリオドではそれ以上に、気合い負けしている感もあった。佐藤さんにしても宮野さんにしても物凄い気魄である。結果的に揚羽はこのピリオド、リバウンドを1本も取れなかった。
 
N高校はこれまで何度もP高校と対戦しているが、ここまで本気のP高校を見るのは、初めてであった。第1ピリオドは28対15と倍近い得点差である。 
「強すぎる」
「とてもかなわない」
などと弱音を吐く者もいるが暢子がカツを入れる。
 
「あんたたち何言ってるの? 相手は愛知J学園や岐阜F女子高といつも全国優勝を賭けて戦っているチームだよ。強いの当たり前じゃん。でも試合は強い方が勝つとは限らない。実力で負けててもいい。勝負に勝てばいいんだよ」
と暢子は言う。
 
「相撲に勝って勝負に負けるという言葉があるけど、私たちは相撲に負けても勝負に勝てばいいんだ」
と千里も言う。
 
「あんたたちは充分強いよ。J学園をあそこまで苦しめたし、こないだの親善試合でも福岡C学園に勝ったじゃん。C学園はこないだの遠征でP高校には58対62で負けてるけど、N高校には60対67で負けてる。私たちの方が得点差が大きいんだよ」
と南野コーチも言った。
 
その時、ベンチに向かい合う側の客席で試合を見ていた薫がユニフォームを大きく広げてこちらに見せた。6番の背番号が見える。
 
それを見て
「私、リバウンド頑張ります」
と揚羽が唇を噛み締めて言った。
 
「頑張るんじゃない。取れ」
と暢子。
「取ります」
と揚羽。
 
「行くぞ!」
と円陣を組んで気合いを入れてコートに出て行く。
 

やはり第2ピリオドはこちらが気合いを入れ直したので、第1ピリオドほど一方的ではなくなる。リバウンドも前ピリオドでは負けまくっていた揚羽が、簡単には宮野さんにポジションを明け渡さない。向こうもそう簡単には負けないのでいい勝負にはなったが、このピリオドでは揚羽がリバウンド勝負で3割くらい勝った。
 
リバウンドを必ずしも全部は取れないとみると、尾山さんもあまり遠くからはスリーを狙わないようになる。できるだけ近づいてから撃つが、そうなると、こちらのガードも堅くなる。何度か暢子が尾山さんのシュートをブロックした。しかし佐藤さんも宮野さんも、こちらがゾーンで守っていても構わず強引に制限エリアに進入してはディフェンスの隙間からシュートを撃つ。
 
一方N高校側も貪欲に得点する。千里は正確にスリーを放り込むし、暢子は強力なディフェンスを拭き飛ばさんばかりの勢いで押しのけてシュートを撃つ。 
それで第2ピリオドは24対24の同点であった。前半終わって52対39で点差は変わらない。
 

「なんか行けるかも知れないという気がしてきた」
という声が出る。
 
「最初からこのペースなら、ここまでリードされなかったな」
と暢子。
 
「だけど、第2ピリオド競ったから、向こうは何か仕掛けてくるよ」
「こちらも変化球で翻弄しよう。夏恋・リリカを出すぞ」
 
それで雪子/千里/寿絵/夏恋/リリカというメンツで出て行く。夏恋はN高校では本来のポジションはスモールフォワードなのだが、身長が170cmあり、中学時代はパワーフォワードあるいはセンターに入っていた。しかし元々器用なので(スモールフォワードには器用な人が多い)最近はシューティングガードとして千里のバックアップに使われることも多々あって今回の道予選ではシューティングガードとして登録している。しかしこのピリオドでは暢子の代わりにパワーフォワードのポジションに入れた。
 
一方P高校は1年生の歌枕さんを宮野さんの代わりに投入してきた。
 
向こうも多分リリカや夏恋についてはあまり研究していないだろうが、こちらも歌枕さんについては未知である。それで最初のうちはお互い探るような感じの動きになった。
 
歌枕さんは背丈では、P高校の長身トリオ(佐藤・宮野・河口)より低いが、動きが素早い。瞬発力があって、ボールを受け取ってから中に進入してシュートするまでの時間が短いので、ボールを受け取る前からこちらも動き始めていないと停めきれない。そして勘がいいようで、ボールが落ちてくる場所にピタリといることが多く、背丈ではリリカと大して変わらないのだが、要領でリリカを圧倒していた。
 
しかしリリカも気合いでは負けていない。しばしばいったん歌枕さんが取ったボールをリリカが奪い取る。またリバウンドを取った後、仲間にパスする段階で、しばしば千里や雪子がボールをカットして奪い返す場面もあった。結果的に歌枕さんの取ったボールの8割くらいしか味方に渡らない。
 
それで尾山さんもあまりスリーは撃たず、中に進入して制限エリア内での攻撃拠点になるプレイが多かった。佐藤さんもあまり無理せずできるだけ近づいてからシュートしている。
 
一方、こちらでは千里が正確にシュートを入れていくし、リリカもライバルの揚羽に負けていない所を見せようと積極的にゴールを決めていく。また夏恋がしばしばリリカとのコンビネーションでスクリーンプレイを上手に決めていた。ふたりは普段の練習では双方Bチームなので、いつも一緒にやっている分、息が合うのであろう。
 
「リバウンドが結構微妙になってるから、尾山さん、スリーを控えているけど、千里さんはどんどんスリー撃ってますね」
「まあ千里はスリーの成功率が異常だから」
「まあ千里はそもそも異常だから」
 
などと雪子や寿絵たちは好きなことを言っている。リバウンドを留実子が居る時ほど圧倒的に取れなくても、その前のシュート自体の精度が良ければ、どんどんシュートすることができる。このあたりは今年の2月以降、外人対策で随分鍛えたのが生きている。
 
佐藤さんと千里がマッチアップする場面が多数あったが、お互いに半分くらい停められて、勝負は痛み分けという感じであった。
 
「千里、今回は佐藤さんをかなり抜いてるね」
「まあ私も少しは進化したから」
 
このピリオドでN高校側はリリカの頑張りで暢子が休んでいるにも関わらず頑張って追い上げ、このピリオドだけ見ると20対25。累計で72対64と、点差が13点から8点まで縮んだ。
 

「インターハイの時、強豪校相手に大量リード許したら負け確定なんて言ってたけど、少し追い上げてきたね」
という声が出る。
 
「それは君たちも強豪校になったからだよ」
と宇田先生が言う。
 
暢子や雪子の顔が引き締まる。
 
「インターハイ男子の決勝見たでしょう? 王者R工業に対して福岡H高校は第1ピリオドで大きくリードされたけど、その後、必死で追い上げた。最終的には届かなかったけど、福岡H高校だって強豪だから、そういう勝負もできる。私たちも充分強豪。福岡H高校は届かなかったけど、私たちは最終的に逆転勝ちを決めて東京体育館に行こうよ」
と南野コーチも言う。
 
暢子も千里も頷く。雪子や揚羽が無言で宇田先生を見詰める。
 
「先生、あれやってください」
と寿絵がリクエストする。先生も微笑む。
 
「君たちは強い!」
 
「よし。行くぞ!」
と気合いを入れて、最終ピリオドに出て行く。
 

第4ピリオド。こちらも気合いが入っているが、向こうも無茶苦茶気合いが入っている。ただしどちらもファウルを取られるようなプレイはしない。ここまでファウルは双方1個ずつしか取られていない。
 
時々客席に視線が行く。昨日敗退したので帰っても良かったはずのZ高校の松前さんが見ている。同じく昨日で敗退した旭川L女子高の溝口さんも見ている。貴司の姿を探してしまったが見当たらない。やはり自分たちの試合前なのでどこかで軽く汗を流しているか、あるいは精神集中をしているか。 
千里は松前さんや溝口さんの熱い視線を自らの糧としてプレイしていた。 
しかしファウルが全く無く、プレイが停まらないので選手交代ができない! 
第4ピリオドは最初敦子/千里/夏恋/暢子/揚羽、と敦子・夏恋を出して、途中で雪子・寿絵に変えるつもりだったのだが、交替できず、敦子がポイントガード、夏恋がスモールフォワードをずっとしていたが、特に敦子が強力なP高校のディフェンス相手に疲労が目立ってくる。
 
そこで千里はコート上で暢子と少し話した。暢子も頷き、千里が夏恋に、暢子が敦子にささやいて、ふたりのポジションを交換する。
 
それで4分すぎ頃から、夏恋がポイントガード、敦子がスモールフォワードのポジションでプレイした。夏恋は元々器用でドリブルもうまいし機転も利く。彼女は第3ピリオドではパワーフォワード、第4ピリオドの最初はスモールフォワード、そしてここからはポイントガードと、めまぐるしくポジョンが変わる(ポジションを変わる時は頭の中のスイッチを変更するのだと彼女は言っていた)。こういう色々なポジョンが出来る便利屋さんがいると編成を考える時にとても助かる。
 
この「コート内選手交代」に向こうは最初戸惑ったようであった。夏恋がボールを運んできて、敦子にパスするので、そこを起点に誰かを使ってシュートするのだろうと思っていたら、敦子はパスをもらうとすぐ中にシュートして得点を奪う。 
敦子は言ったら悪いが、今オンコートしている選手の中ではいちばん下手だ。だから、敦子にはマーカーが付いていなかった。それで敦子は完全にフリーにシュートを打てた。
 
すぐに向こうはこちらのポジション交換に気付き態勢を変更するが、この交替初期の混乱に乗じてN高校は得点を重ねて、残り4分の所で88対84と4点差まで詰め寄っていた。千里のスリーが入れば1点差に詰め寄ることのできる点差であり、試合の行方は予断を許さなくなる。
 

点差が縮んできて、佐藤さんが自分の頬を手で打って気合いを入れ直していた。 
P高校が攻めてくる。尾山さんにボールが渡るが、最初の頃ほどリバウンドで圧倒はできなくなっているので、無理なスリーは撃たない。マーカーで付いている暢子を半ば強引に突破して内側にペネトレイト。しかし暢子は自ら相手の前に出るように走り込んで尾山さんの行く手を再度停める。内側には3秒しか居られないので、尾山さんはシュートを撃つか、誰かにパスして制限エリアから抜けなければならない。
 
回り込むように走ってきた河口さんにパス。
 
かと思わせて、尾山さんは斜めにジャンプしながら空中でシュート。しかし揚羽がブロックし、そのリバウンドを夏恋が確保する。千里に素早いパスをして、千里はすぐにドリブルで走り出す。
 
千里を使った速攻を警戒して浅い位置に居た徳寺さんが何とか頑張って千里の前に回り込む。千里はドリブルしながら対峙する。徳寺さんが1歩踏み込んでボールをスティールしようとするが、彼女の身体がボールの方に伸びて来た瞬間、千里は反対側の手にドリブルを移して、前に進行していた。
 
スリーポイントラインの手前で立ち止まる。抜かれてしまった徳寺さんが必死になって切り返してきて、千里のそばまで来る。千里が撃つ体勢に入る。そこで徳寺さんが必死に伸ばした手は千里の腕に当たる。
 
笛が吹かれる。
 
この試合両軍通して3つ目のファウルである。
 
ボールはゴールに入った。得点の3点は認められて、更にフリースローが1つもらえる。スリーポイントのバスケットカウント・ワンスローである。 
佐藤さんが千里を見るが、千里はポーカーフェイスである。この程度で罪悪感を感じる千里ではない。むろん今のは徳寺さんの軽率なファウルを誘って4点プレイを狙ったものである。撃つ時にちゃんとファウルされることを想定した撃ち方をしている。竹内さんならこんなのに引っかからないが徳寺さんならあるいはと思って、少しだけ撃つのを待ってみたら、美事に引っかかったのであった。
 

千里の左側にはゴール側から、佐藤さん・暢子・尾山さん、右側には河口さん・揚羽、と並んでいる。ここでわざと外して、そのリバウンドを暢子か揚羽が叩きこんでくれると一気に逆転だが(つまり5点プレイ)、佐藤さんや河口さんが、そんな大胆なプレイを許してくれる訳がない。ここは確実に1点を取る。 
千里が撃つ。ボールはきれいに入って、88対88の同点!
 
この試合、初めてN高校がP高校に追いついた場面であった。
 

フリースローの後なので選手交代が可能である。こちらは結局、敦子・夏恋を下げて、雪子ともうひとりは寿絵ではなくリリカを入れる。ここまで来たら、もう点の取り合いだ。向こうは尾山さん・徳寺さんを下げて宮野さん・竹内さんを入れて来た。向こうも確率の低いスリーは捨てて佐藤・宮野・河口と180cmの選手を並べて、背丈とパワーで圧倒するつもりだ。
 
下がった徳寺さんがホントに悔しそうな顔をしていたが
「よくあるプレイだから、引っかかるお前が悪い」
と狩屋コーチに言われていたようである。
 
竹内さんがボールを運んで来る。河口さんがボールを取り、背の低い雪子が守っている正面から突破する。が、すぐにリリカがフォローに来る。いくら180cmの河口さんでも175cmのリリカは簡単には圧倒できない。
 
しかしローポストの方で佐藤さんと宮野さんが左右から同時に制限エリアに進入してくる。河口さんが宮野さんにパス。シュートしようとするが、174cmの揚羽が頑張っていて容易にはシュートできない。それで佐藤さんにパスする。千里がフォローに行く。が、佐藤さんは一瞬早くシュートする。
 
入って90対88。
 

暢子がスローインして雪子が受け取り、攻め上がる。
 
と思った時、ボールをスローインした暢子が突然その場にうずくまってしまった。千里は異常を感じて彼女に駆け寄った。
 
「暢子、どうしたの?」
「何でもない。行くぞ」
と言って、暢子は立ち上がろうとするが立てない。とうとう座り込んでしまった。お腹を押さえている。審判が笛を吹いてゲームを停めた。
 
審判が
「どうですか?」
と尋ねる。
 
「お腹が痛いの?」
と千里も尋ねた。
 
「ただの生理痛だよ。心配無い。ごめん。今立つから」
と本人は言うが立てない。
 
「生理痛の訳がない。暢子、先月のC学園戦の直前に生理来てたじゃん。まだ生理には早いよ」
「何で人の生理の周期を覚えてる?多分PMSだよ」
「どこが痛いの?」
「えっと・・このあたり」
 
千里は病気に詳しい《びゃくちゃん》に尋ねる。
『これ何?』
『急性虫垂炎だよ。すぐ病院に運ばないとやばいよ』
 
南野コーチと宇田先生もベンチから出て来た。
 
「どんな感じ?」
と南野コーチが尋ねる。
 
千里は
「これ急性虫垂炎だと思います」
と言った。
「盲腸!? 暢子、いつから痛いの?」
と南野コーチが訊く。
 
「済みません。試合前から痛かったのですが、休む訳にはいかないと思って」
と暢子。
「何言ってるの? すぐ病院に行かなきゃ命に関わるよ」
と南野コーチは言う。
「でもせっかく追いついたのに」
「病気直してから倍の点数取りなさい」
 
審判が
「交替しますか?」
と尋ねる。
 
「はい。すぐに病院に連れて行きます。永子ちゃん、来未ちゃん手伝って」
と言い、南野コーチはP高校相手では出番が無い2人に手伝わせて暢子を外に連れ出した。
 

退場した暢子の代わりに寿絵が入って試合再開する。
 
雪子/千里/寿絵/リリカ/揚羽、というラインナップになる。さっきのフリースローの交替の後、リリカはスモールフォワードの位置に入っていたのだが、寿絵が入ったので、パワーフォワードの位置に変更である。
 
エースでキャプテンでもある暢子の離脱で、特に雪子と揚羽が動揺しているので千里は「気合い入れて行くよ。2点差!2点差!」と大きくみんなに呼び掛けて、緊張感を回復させる。
 
リリカにスローインさせ、寿絵から雪子にボールが渡る。ボールを持つと雪子も顔が引き締まる。リリカと揚羽がクロスするように動き、雪子は揚羽を見ながらリリカにパスする。この程度の幻惑プレイに簡単に引っかかるP高校ではないが、こういうトリックプレイっぽいプレイをすることで雪子も自分を取りもどす。
 
リリカが強引に侵入するが、行く手を阻まれる。寿絵がカットインするので、そちらにパス。そしてジャンプシュート!
 
と見せかけて千里がいる地点から1m近く離れた地点に向けてボールを投げる。千里が飛びつくようにして取る。佐藤さんが目の前に来る前に不十分な体勢ながらも撃つ。
 
入って90対91。
 
この試合で初めてN高校のリードとなる。
 

この一瞬でもリードしたことで、N高校のメンバーがかなり自分を取り戻すことができた。P高校の攻撃だが、ゾーンを敷いてしっかりと守る。しかしP高校はその堅い守備を見ると、いきなり佐藤さんがスリーを撃つ。そして宮野・河口のコンビが左右から飛び込んでリバウンドを狙う。リリカと揚羽もゴール下に寄って4人で争うが、長身でジャンプ力もある宮野さんが高い地点でボールを確保。正面から走り込んで来た佐藤さんにパス。佐藤さんは再度シュートしてゴール。
 
92対91とまたP高校のリード。
 
N高校が雪子のドリブルで攻め上がって行く。リリカが複雑に走ってマーカーの河口さんを振り切り、揚羽とマッチアップしている宮野さんの隣に来る。雪子が揚羽にパスすると、リリカが壁になって宮野さんは揚羽を追えない。向こうはすぐにスイッチして河口さんが揚羽を追うが、一瞬遅れた分揚羽は一時的にフリーの状態になる。
 
シュートして入れて92対93。N高校のリード。
 
P高校が竹内さんから片山さんへ速いパス。片山さんはそのまま速攻でゴール下まで走り込む。N高校がこの時速攻に無警戒になっていたこともあり、彼女を完全にフリーにしてしまった。美しくレイアップシュートを決めて再逆転。 
94対93でP高校のリード。
 

まだ相手が戻りきらない内に雪子からセンターライン付近に居た千里にロングスローイン。
 
千里の比較的近くに居た佐藤さんが前に回り込む。
 
千里はドリブルしながら佐藤さんと対峙する。佐藤さんの身体が一瞬左へ。それで千里は(左と思わせて右だろうと思って左に行くことを想定していると読んで)右に1歩踏み出す。佐藤さんが瞬時に反応して上半身だけ右へ戻して手を伸ばす。が千里は強いダッシュで佐藤さんの手の届かない所から抜き去る。 
ところが次の瞬間、佐藤さんはまた千里の目の前に居る。ホントに佐藤さんって、R高校の日枝さんが言ってたみたいに量子力学的に複数存在しているのではと思いたくなる動きだ。
 
が、根性でまた突破する。こんなことをしている間に片山さんがフォローに来る。佐藤さんと片山さんに前後をはさまれてしまう。
 
距離はかなり遠い。しかし千里は片山さんの呼吸を読んで、飛べないタイミングでシュートを撃つ。が、撃つ瞬間、佐藤さんが審判の死角から千里のユニフォームを引っ張る!
 
その瞬間千里はボールの撃ち方を再調整したが、きちんと調整できたかどうかは自信が無かった。
 
案の定、ボールはリングの内側に当たって跳ね上がる。
 
そしてそのまま反対側の外側に落ちてくる。
 
リバウンドを宮野さんとリリカが争ったが、宮野さんが奪い取るようにして確保する。竹内さんにパス。竹内さんがドリブルで走り出す。寿絵がその前を塞ぐが、竹内さんは後ろからフォローに来た片山さんにパス。片山さんが高速のドリブルでボールをフロントコードに運ぶ。
 
いつの間にかもう時間は30秒しか残っていない。片山さんが自らゴール近くまでボールを運んでいく。もうゴールのすぐ傍で揚羽と対峙。複雑な心理戦の末、片山さんはうまく揚羽を騙してタイミングを外してシュート。
 
入って96対93。
 
残り時間は23秒!
 

N高校のスローイン。しかしP高校は、ここまでするか!?というほどの強烈なプレスを掛ける。ボールを持っている雪子が一瞬立ち往生するも、揚羽とリリカがうまいコンビネーション・プレイで雪子からボールをもらい、ふたりでパスしながら攻め上がる。
 
宮野さんと河口さんが何とかふたりの前に回り込む。後ろから来た寿絵にパスして、寿絵が一気にハイポストの位置までボールを持っていく。
 
「サーヤ、取って!」
と叫んでシュートを撃つ。
 
揚羽が
「私、揚羽です!」
と言って、宮野さんを押しのけるようにして必死でリバウンドを確保する。しかし取ったものの河口さんが必死のディフェンスで撃てない。近くに居るリリカにトスするが、リリカも片山さんに阻まれて撃てない。外側にいる千里にパスしようとしたが、これを佐藤さんが身体を投げ出すようにしてカットした。 
佐藤さんはそのまま空中で誰かにパスしようとしたが、周囲にパスできそうな人がいない。えー!?という顔をしながら、結局ボールを持ったまま胴体着陸してしまう!
 
そのまま佐藤さんの身体が床を滑る。
 
何これ!?こんなプレイありか??
 
佐藤さんの身体が1m近く床を滑った所で、やっと宮野さんがフォローに来る。 
そちらにパスする。
 
が、リリカが根性で手を一杯伸ばしてパスカットする。
 
この残り時間でP高校がボールをキープしてしまったら、その瞬間N高校の負けが確定である。
 
リリカはカットはしたものの、ボールを確保まではできない。大きくバウンドしたボールを千里が必死に押さえる。そのままゴール下からシュートする。しかしフォローに来た河口さんがブロックする。
 
こぼれ球に揚羽と宮野さんが同時に飛びつくが、揚羽は強引にボールを奪い、寿絵にパスする。寿絵がシュートする。佐藤さんが大きくジャンプしてブロックする。こぼれ球に、揚羽・リリカ・宮野さん・河口さんがほとんど同時に飛びつくも、4人の手で弾かれるようにして、ボールはハイポスト方面に転がる。
 
そのボールに寿絵と佐藤さんが必死で走り寄る。一瞬早く佐藤さんが確保した。佐藤さんはガッチリとボールを胸に抱える。追いかけてきた寿絵・フォローに来た雪子と対峙する。
 
千里は一瞬時計を見た。残り6秒である。佐藤さんはこのままボールを持ったままでいることは許されない。5秒以内に何かしなければならない。
 
それで佐藤さんはいきなり反対側のゴールめがけてボールを投げた。
距離は20mくらいある。
 
佐藤さんが投げた次の瞬間、竹内さんが走り出した。寿絵・雪子も走る。ボールは信じられないことにバックボードに当たった後、ゴールリングをぐるぐる回る。
 
嘘!? 入ったら奇跡だぞ。
 
しかしさすがに外側に落ちてきた。やはり遠くから飛んできたボールなので、勢いがありすぎたのだろう。
 
落ちたボールは床の上をバウンドしている。コートの外に出てない。まだボールは生きている。
 
そこに足の速い雪子が最初に辿り着く。
ボールを確保すると振りかぶって、千里めがけて投げる。
が、そのボールが千里に到達する前にブザー。
 
 
前頁次頁目次