【女の子たちの火の用心】(下)

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そしてその週末、福岡C学園のバスケチームがやってきた。
 
一行は19日金曜日に福岡空港朝7:20の便で羽田経由で新千歳に入り、早めの昼食を取ってから、その日の午後、札幌P高校と親善試合をした。そして夕方から旭川に移動し、土曜日の午前中に旭川M高校と対戦した。この試合は、千里・暢子・雪子の3人で偵察してきたが、C学園の圧勝だった。M高校はやはりC学園と戦うのに1−2年生だけでは力不足すぎるというので3年生の友子・葛美も入っていたのだが、全く手に負えなかったようである。
 
昨日のP高校との試合は、偵察してきてもらった揚羽・リリカ・夏恋によると物凄い接戦で、どちらもかなり熱が入っていたということだったが、M高校相手には軽く流した感じもあった。
 
そしてお昼を食べた後、N高校にやってくる。こちらの試合はインハイで負けているだけに、恐らくマジ全開で来るだろう。正直、ここで薫が加わってくれるのは物凄く助かる。昭ちゃんもいると千里は全体の2〜3割は彼に任せて、束の間の休憩をすることができる。
 

この試合では、PGは雪子・メグミ・敦子、SGは千里・昭ちゃん・結里、SF寿絵・夏恋・明菜・来未、PF暢子・薫・蘭・萌夏、C揚羽・リリカ・睦子、というのを基本にして随時交替しながらプレイすることにしていた。但し昭ちゃんと薫は同時にはコートインしないようにコントロールする。
 
双方ベンチ枠は18人と話し合っていたので、秋季大会の15人から川南・葉月の2人を外して代わりに萌夏・来未を入れ、更に薫・昭ちゃん・明菜を追加している。今日のマネージャー役は永子である。背番号も4〜21になっている。但し6番の留実子は外しているので実際にベンチに入る選手は17人であった。 
福岡C学園の選手が入ってくると、千里たちは寄って行って握手をした。特に千里と橋田さんはハグした。熊野さんが「昨日、花和さんのお見舞いに行って来ましたよ」と言ったので「ありがとうございます」と答える。
 
「ボクが行ったので実弥も早く回復しなきゃと気合い入ってたみたい」
「リハビリ頑張るだろうな」
「頑張りすぎて悪化しなきゃいいんだけど」
 
インターハイの時、福岡C学園は3年生10人と2年生2人(橋田さん・熊野さん)だったのたが。今回は3年生が6人に減り、2年生8人・1年生4人という陣容になっている。ここから少し絞ってウィンターカップの代表になるのだろう。
 
「ところでそちら男の子が2人入っていると聞いたけど、どの子だろ?」
とキャプテンの小橋さんが訊く。
 
「分かります?」
と暢子は向こうに投げ返す。
 
「うーん・・・」
とみんな考えていたが、熊野さんが
「もしかして19番の子?」
と昭ちゃんを見て言う。
 
「正解」
「ちょっと男の子かもという感じのオーラが出てた」
「お、凄い」
 
「もうひとりは?」
 
熊野さんもかなり悩んでいる。
「もしかして14番の子かな?」
と橋田さんがリリカを見て言う。
 
「不正解」
「はーい。私が男でーす」
と今日は16番の背番号を付けている薫が手を挙げて言う。
 
「うっそー!?」
 
「どっからどう見ても女の子にしか見えない」
「声も女の子ですね」
と向こうは本当に驚いていた。
 

「だけど旭川C学園の建設地、ここの近くなんですね」
「そうなんですよ。M高校・N高校・C学園と並ぶ感じになりますね」
「この地区はバスケットの聖地になるな」
 
「そうなるとL女子高さんが慌てる」
 
福岡C学園のメンバーは明日L女子高と対戦することになっている。
 

試合は最初から熱を帯びたものとなった。
 
向こうはリベンジに燃えているし、今度はこちらをかなり研究しているのが、よく分かった。
 
インハイの時はかなり成功した、雪子と千里のコンビネーション・プレイがなかなか通用しない。ちゃんと各々のプレイへの対応を検討したようで、うまく防がれてしまう。橋田さんはインハイの時より瞬発力もスピードもあって、そもそも千里をフリーにしてくれない。
 
最初の10分は千里は全くスリーを撃たせてもらえなかった。
 
しかしこちらも各々のプレイにフェイントや相手の反応により選択肢を変更するようなプレイを混ぜていくと、相手も迷いが出てくる。ここはフェイントなのか本当に来るのかというので一瞬考える場面が出る。するとそこから千里も暢子も切り込んでいくし、シュートを撃つ。
 
また途中で暢子に代えて出した薫は、向こうが未研究のプレイヤーなので、どう対処していいか、分からず特に最初のうちはかなりいいようにプレイされた。その間に薫はじゃんじゃん点数を奪っていった。さすがに5−6分やっていると、橋田さんや背番号10を付けた2年生の津山さんなどが、うまく対応し始め、薫を投入した直後ほど一方的にはならなくなったものの、それでも薫は強引に相手のディフェンスを突破して得点していた。ベンチに座ってプレイを見詰める暢子の目が熱いのを千里は感じた。
 
普通の男子が女子に混じって試合に出たら、相手との身体の接触を遠慮してプレイがハンパになりそうだが、薫は前の高校でも女子バスケ部の練習に随分参加させてもらっていたらしく、女子選手との接触を何とも思わない。向こうも強豪校なので、相手が男であろうと何も遠慮しない。後で聞いたら地元の男子高校生チームとの練習試合も日常的にやって鍛えているらしい。
 
それで薫が制限区域内の選手密度の高い所でプレイしていても、お互いに違和感はほとんど無かったようであった。
 
千里も途中で交代して、結理や昭ちゃんを出したが、さすがにこの相手には、ほとんどまともなプレイをさせてもらえない。それでも昭ちゃんは1本スリーを放り込み、物凄く嬉しがっていた。結理も制限区域の中であったが、揚羽がリバウンドを取ったののトスを受けてゴールを決めることができた。ふたりとも全国区の強豪相手にシュートを入れられたのは、物凄い自信になったはずである。 

試合はどうしてもロースコアで進み、第3ピリオドまで終わって42対38と福岡C学園がリードしていたが、点差はわずか4点である。
 
「折角九州から北海道まで遠路はるばる来てくれたんだからさ」
と暢子がインターバルに言う。
 
「負けて帰っていただくぞ」
 
千里も
「向こうはリベンジに燃えているけど、ここは返り討ちで」
と言った。
 
それで第4ピリオドは、雪子・千里・薫・暢子・揚羽、という守備は犠牲にしても点を取るぞ、という態勢で出て行く。
 

第4ピリオドも前半が終わったところで50対50と同点に追いつく。そしてそこからは完璧なシーソーゲームとなった。点を取られたら取り返すというのの連続で、リードもめまぐるしく変わる。
 
そして残り1分の所でN高が得点して58対59とこちらが1点のリードである。2年生ポイントガードの片野さんが攻めあがって来る。橋田さんには千里、熊野さんには薫、小橋さんに暢子がマークに付いている。
 
複雑に動き回って揚羽のマークを一瞬外した津山さんにパス。中に飛び込んでくるので雪子がフォローに行く。しかし津山さんが172cmくらいあるのに雪子は158cmで身長がミスマッチである。高くジャンプしながら空中で撃つと雪子にはどうにもならない。
 
これが入って60対59。
 
N高の攻撃。ここで薫に代えて夏恋、揚羽に代えてリリカを投入する。慌てずゆっくり攻め上がる。千里が細かく左右に動き回って、一瞬橋田さんとの距離ができた所で雪子から素早いパスが来る。しかし橋田さんは根性の瞬発力で千里の前に立ちふさがり、簡単にはスリーを撃たせない。
 
そこに夏恋がフォローに走り込んで来て、橋田さんと千里の間に無理矢理割り込む。夏恋をスクリーンに使ったプレイと向こうは思う。
 
が、千里はその夏恋にパスした。
 
橋田さんは虚をつかれた感じであった。
 
夏恋は走り込んで来た勢いで向こうに駆け抜ける。夏恋を追ってきた熊野さんは、千里と橋田さんが居るので、動きが一瞬止まる。橋田さんも千里に付いているべきか、千里を熊野さんに任せて自分は夏恋に付くべきか一瞬迷った感じであった。
 
結果的に夏恋は完璧にフリーになった。いわゆるピック&ロールに近い攻撃パターンだが、こういうコンビネーションはここまで全く使っていなかった。C学園はこういう新手の作戦とかに弱い。
 
夏恋がシュートを撃つ。
 
スリーポイントラインの外側である。
 
きれいに決まって60対62。
 
なお、ここでスイッチされて橋田さんが夏恋に付いた場合はパス戻して千里が撃っていた所だった。
 
N高2点のリードとなる。残り時間は42秒。夏恋はインハイの後から自宅に設置したゴールを使ってひたすらシュート練習をしていた。その成果であった。また福岡C学園も暢子や千里に雪子などは研究していても、夏恋はあまり研究していないだろうという読みもあった。
 

福岡C学園の攻撃だが、N高は強烈なプレスに行く。
 
こちらは暢子・千里はスタミナが充分ある。リリカと夏恋はあまり消耗していないのでエネルギーが有り余っている。向こうはこの時点でこの試合にかなりの時間出ていたメンバーばかりになっていた。
 
さすがにボールを奪われたりはしないものの、ボールをフロントコートに運べない!
 
このままでは8秒ルール、という所で橋田さんが強引に突破して何とかセンターラインを越える。しかしセンターラインを越えて、一瞬ホッとした感じの所を死角から忍び寄った千里がまんまとスティールする。
 
「嘘!」
と橋田さんが一瞬声をあげるのを後ろに聞きながら、千里はボールを素早いドリブルで運ぶ。
 
むろん目の前にはC学園の選手が何人も居る。
 
しかし千里は、片野さん、小橋さんを連続で一瞬にして抜き去る。
 
そしてスリーポイントラインの手前でピタリと停まる。津山さんが必死にチェックに走り寄ってきたが、その前に千里はスリーを撃つ。
 
きれいに決まって60対65。残り時間25秒。
 

C学園の攻撃だが、再度強いプレスに行く。橋田さんが必死になって突破する。今度は一瞬たりとも気を抜かない。そのままゴール近くまで走り込んでシュートするが、リリカがフェイントに騙されずにきれいに飛んでブロックする。 
こぼれ球を必死に後ろから走ってきた熊野さんが押さえ、自らシュート。 
しかし暢子がブロックする。
 
リバウンドを今度はリリカが取る。残りは15秒。
 
橋田さんが一瞬天を仰いだ。
 

もう24秒以内なので、N高は時間稼ぎでも勝てる。但しボールをフロントコートまでは運んでおく必要がある。
 
当然福岡C学園は強烈なプレスに来る。向こうはもう疲れ切っているはずだが、ここでボールを奪えないと、どうにもならない。8秒間、ボールをこちらのコートに留めておくことさえできれば、直接奪わなくても自分たちのボールになる。
 
千里には橋田さん、暢子には小橋さん、雪子には片野さんがついて、この3人がまともにプレイできないようにしている。ボールを持ったリリカは熊野さんと対峙しているが、またまた夏恋がマーカーの津山さんを付けたままその2人と交錯するように走り込んで来る。
 
一瞬両者のマークが不完全になる。
 
その瞬間リリカはボールを誰もいないフロントコートに投げる。
 
そのプレイを予測して既に走り出していた千里が全力疾走して橋田さんを振り切りボールを確保する。橋田さんも負けずに走ってきて、千里の進行を阻む。千里はドリブルしながら突破を伺う。マネージャーとして座っている永子が「(残り)3秒!」と声を掛ける。
 
千里は右に行く姿勢を見せる。橋田さんは逆に来ると読んで千里の左側に重心を移動する。それとほぼ同時に千里はそのまま右側を抜く。
 
「あぅ・・・」
という橋田さんの声を背景に千里は数歩先まで行き、スリーポイントラインの内側まで入り込んで、シュートを撃つ。
 
きれいに入って60対67。残りは0.8秒。
 

福岡C学園はロングスローインからシューターの牧原さんがスリーを撃ってみたものの、入らず、このままゲームセットとなった。
 
整列する。
 
「67対60で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました」
 
あちこちで握手やハグする姿がある。千里も橋田さんや津山さんとハグしたが、薫までちゃっかり熊野さんとハグしていた。
 
「じゃ、またウィンターカップで会いましょう」
と言って別れた。
 

翌日日曜日。朝から電話で起こされる。
 
「どうしたの? 暢子」
「やられた」
「何が?」
「例の放火魔。朱雀が放火された」
「えーーー!?」
 
「幸いにもスプリンクラーが作動して、警備員さんも駆け付けて消火器で消し止めてくれて大事には至らなかったけど、壁を少し貼り直さないといけないし、2階に登る階段を作り直さないといけない」
 
「それまで2階に上がるのどうするの?」
 
照明やエアコン、バスケのゴールの上げ下げやカーテンの上げ下ろしなど電気系統のスイッチは2階の体育教員室にある。
 
「やはり棒登りで」
「それ私たちとか、南野コーチ・白石コーチは行けるけど、宇田先生や北田コーチは無理。川守先生なんて絶対無理」
 
「あの人たちは少し身体を鍛えてもらうということで」
 
「だけど折角警戒を厳重にして、磁気カードまで導入したのに」
「昨日は校門開けていて部外者誰でも入れたからなあ」
「校門の所に警備員さんも立ってたのにね」
 
「つまり犯人は全然怪しく見えない奴なんだよ。度々犯行現場でセーラー服の女子が目撃されていたし、今回のイベントは中学生立入禁止なんで、警備員さんもA高校の制服以外のセーラー服着てる子・中学生っぽい子には全員声を掛けていたらしい。しかし、怪しい子は居なかったと言っていると。中学生は実は3人通したらしいが、全員保護者同伴だったらしい」
 
「保護者同伴の中学生ってまちがいなくC学園が勧誘中のバスケ選手だろうな」
 
千里の脳裏にどうしても薫の姿が浮かんでしまった。薫ならそもそもN高校に出入り自由である。朱雀に居ても当然誰も怪しまない。千里は黙ってカードを引いてみた。
 
愚者のカード。
 
千里はため息を付いた。私は今「通(とお)っていない」。思い込みが強すぎて冷静に占いができない状態だということをこのカードは表している。愚者は千里そのものだ。
 

とにかくも大事には至らなかったのが良かったねという話をした。その日は午前中にL女子高の体育館で今回の福岡C学園の遠征最後の親善試合、C学園対L女子高が行われた。
 
千里は、試合としては昨日の自分たちよりL女子高の方がずっといい試合をしていると思った。千里たちN高校のゲームはあちこちほころびがあるのをいろいろ間に合わせで何とか取り繕って、みっともなくはない程度にしたという感じだったが、L女子高はきれいな試合をしていた。
 
が・・・
 
点差は順調に開いていく。
 
実際問題としてまともなプレイをするのは全てC学園の術中にはまってしまう。結局はC学園に勝つには、インハイの時がそうだったし、今回もそうだったように、ある意味、無茶苦茶な試合運びをするしかないのだ。
 
これが過去に数回、インターハイ・ウィンターカップで優勝・準優勝も経験しているチームの凄さなのだろうと千里は思っていた。
 

結局、試合は72対56でC学園が勝った。橋田さんに完璧に押さえ込まれてしまった溝口さんが「また鍛え直します」と言って握手しているのを千里は聞いたが、自分たちもまた鍛え直さなければいけないということを感じた。
 
C学園は今回の遠征では札幌P高校と旭川N高校に敗れ、M高校とL女子高に勝って2勝2敗となった。
 
試合終了後は、M高校・N高校のメンバーも入って4校合同のお食事会を市内のレストランを貸し切りにして行った。お昼時ということもあり、食欲旺盛なバスケガールたちが物凄い勢いで食べるので、お店の人が目を丸くしていた感じもあった。
 
「まあ普通の女の子の食事会とは違うよね」
などと寿絵が言っていた。
 
食事会は最初は学校別に座っていたものの、すぐ入り乱れて、千里は橋田さんと熊野さん、L女子高の溝口さんと登山さん、M高校の橘花・宮子たちと現在の国内主要高校の選手の論評で盛り上がる。暢子もここに合流した。
 
溝口さんはさすがに全国の有力選手を把握しているし、千里や暢子もだいぶ勉強したが、橘花はあまり研究していなかったようで「ひゃー」とか「それは手強そう」などと感想を口にしていた。
 
いくつかの選手は千里がいつも持ち歩いているパソコンに動画を入れているのでその場で再生してみせる。
 
「あ、この試合はうちも見てないや」
などと橋田さんが言うケースもあった。
 
「うちは今回数年ぶりのインハイだったんですけどね。毎年インハイに出てくれることを期待して、全国のOGが分担して、各都道府県予選から有力校の偵察をしてくれているんですよ」
 
「そういう組織持っているというのは凄いですね」
「今回4年ぶりだったっけ?」
と千里は暢子に訊くが暢子も不確かなようで
「うん、そのくらい」
と言っていた。
 
「でもだいたい1回戦や2回戦で負けて帰ってくることが多かったからね」
 
「だけど、資金力もないとできない活動だ」
などと橘花が言う。
 
「漫画家の村埜カーチャさんとか、占い師の中村晃湖さんとか、他にも無名ではあるけど、大きな会社の役員している人とか、投資家としてかなりの実績をあげている人とかが、バスケ部のOGに居て、バスケ部は予算がたっぷりあるのよね」
 
「村埜カーチャさんはパワーフォワードでインハイにも出たし、それをネタにして女子バスケの漫画も書いてたけど、中村晃湖さんはポジション曖昧なまま地区大会のベンチに1度だけ座って5分くらい出してもらっただけらしい。それでも2人とも毎年何十万円も寄付してくれているんだよね」
 
「中村晃湖さんって鑑定は1件20万くらい取るらしいね」
「そのくらいの料金にしておかないと、お客さんが殺到してどうにもならなくなるかららしいよ。基本的に1日に1件しか受けないらしいし」
 
「あの人、家相とかを現地に行って鑑定することが多いから、その場合は個人で1件20万、企業なら100万らしい。でも普通の個人の人生相談とかは1件5万と聞いた。それでも1日3人が限度だって」
と千里は言う。
 
「ああ、千里も占い師だよね」
「私は適当な占い師だから30分単位で占ったりもするけどね。中学の頃は中高生は1件500円とか1000円でやってた」
「安い!街頭でやってる人とか1人10分か15分でしょ?」
 
「まああれはお話を聞いてあげるのが主目的だから。その間隔で占える訳がないよ。占いって作曲をしたり、絵を描いたりするのと似たような作業だから。街頭の似顔絵描きさんとか10分で絵を描いちゃうし、フォークシンガーはギターつまびきながら即興で歌を歌ったりするけど、10分で占うというのは、その程度の占いってこと。私は30分間隔が限界」
 
「そのたとえよく分かる」
と橋田さんが感心したように言った。
 

福岡C学園のメンバーは夕方4時の羽田行きの飛行機で帰っていった。
 
そしてその夜、千里は夜中に物凄い消防車のサイレンの音で目を覚ます。 
「何だろう?」
とやはり起きてしまった美輪子が居間に出てきて言う。
 
「おばちゃん。火が見えるよ」
と千里はベランダに出て言う。
 
「あれ、あんたの学校の方角じゃない?」
「なんか凄い炎だね」
 
ふたりはしばし無言でその遠方の炎を見ていた。美輪子が火災情報のサービスに電話する。
 
「全然つながらないや」
「凄いサイレンだもん。起きちゃった人多いよ」
 

翌日、千里は学校があるかどうか不安だったが、出て行くとN高校の校舎は無事であった。そして鮎奈から驚くべき情報がもたらされる。
 
「C学園の建設中の建物が放火されて全焼だって」
「全焼? それって警報とかスプリンクラーとか無かったの?」
「できあがったら設置するつもりじゃなかったのかな」
「工事現場自体の警備は?」
「特にしていなかったみたいね」
 
「通りがかりの人が気付いて通報してやっと消防車が出動したと聞いた」
「通りがかりって、そもそもあの付近夜中に通行人なんて居ないよね?」
「たぶん大通りの方を歩いていた人が気付いたんじゃないの?」
「だったら、もうかなり燃えてからでは?」
「それで、もう手の打ちようがないまま全焼したんだろうね」
 
「これ誰の責任になるの?」
「工事をしていた工務店になると思うよ。C学園側はまだ引き渡し前だもん」
「警報とかを設置していなかった責任が問われそう」
「被害額凄まじいよね?」
 
「学校を建設するのって数十億円掛かるはず」
「じゃ数十億円が灰?」
 
「完成間近だったみたいだからね。最低でも10億円以上の被害が出たんじゃないかな」
「工務店、大変だね」
「保険に入っているんじゃないの? 一昨日のうちの高校の放火も修理費は保険から出ると言ってたよ」
 
そして少し遅れて学校に出て来た京子は追加情報を出す。
 
「事件現場に居た挙動不審の高校生を警察が拘束したって話」
「えーー!?」
 
「本人が黙秘しているし生徒手帳の類いも無いので身元は不明。でも持っていたカメラに火事の様子が写っていたらしい」
 
「それただの野次馬ということは?」
「それが深川での事件以降、全ての放火事件の現場写真がカメラのCFカードに入っていたという話。実際には火事が発生しなかったA公園の摸擬住宅の件も千里が発火装置を投げようとしているシーンが写っていたらしいよ」
 
「それは・・・」
「犯人でもなきゃ全ての現場を撮影するのは無理。すぐ消し止められたものもあるし。特に千里のベストショットを撮ったというのは何か起きるということを予測してその場に待機していたということだし」
 
千里は突然不安になり、鮎奈・京子を置いて2組の教室に飛んで行った。 
「薫? 薫居る?」
と2組の教室の入口で言う。
 
びっくりしたような顔をした薫が出てくる。
 
「千里、どうしたの?」
「薫!居た!良かった」
 
と言って千里は薫に抱きつくと泣き始めた。
 
「ちょっとちょっと」
 
この後、「千里と薫は男の娘同士のレスビアンらしい」という噂がわずか1日で2年生女子全員に伝わっていた。
 

「なんだ。そういうことだったのか。私が放火なんかする訳無いじゃん」
と昼休みに事情を聞いた薫は笑って言った。
 
「でも先月の連休24日にL女子高に居なかった?」
「その日は行ってたよ。うちのお祖母ちゃんが実は旭川L女子高の出身なんで、転校について打診したんだけどさ。やはり戸籍上も肉体的にも男性というのでは女子高では受け入れられないと断られちゃった」
 
「それは仕方無いね。あと9日始業式の日の早朝に旭川駅で見た気がしたんだけど」
「ああ、その日は旭川市内のおばちゃんちに泊めてもらったんだよ。でもこちらの学校に出てくるのに必要な道具とかをお祖母ちゃんちに置いたままだったから始発で深川に行って、あらためてこちらに出て来た」
 
「大変だったね!」
 
千里はずっと後になってから冷静になって考えてみたのだが、放火事件は春頃から始まっていて、薫が北海道に来たのは、8月なのだから薫が放火犯人であるはずは無かったのである。
 

こないだから薫がひょっとして放火魔なのではという不安が心の中にあったのがきれいに解消されたので、ホッとしたら頭の中に突然強いメロディーが流れてきた。
 
千里はそれをすぐに五線紙に書き留める。そして放火事件を受けて1時間目が緊急職員会議で自習になったのを利用して、美しい曲にまとめあげた。サビの所には名古屋で、ひつまぶしを食べながら書いたメロディー、Bメロには浜名湖で書いたメロディーを使用する。この2つは書いた時もセットのような気がしたが、こうやって曲として組み立ててみるとほんとに親和性が良い。まるで続けて発想したかのようなメロディーだ。
 
最初は重苦しい感じのサウンドで始まるが、その混沌とした空気が、鐘の音が鳴り響くとともにきれいに晴れていき、最後はとても気持ちのよいハーモニーで終わる。最初の付近の複雑な和音と最後の方の純粋和音の対比が強烈である。 
曲の構成上、ふつうの1番・2番がある有節歌曲形式ではなく、同じメロディーの繰り返しが無い、通作歌曲形式を使用する。
 
千里はこれに自分で歌詞を付け『カタルシス』というタイトルをつけた。一応歌詞を蓮菜に見てもらったのだが、蓮菜は「この歌詞は直せない」と言った。 
「出来が悪すぎる?」
「違う。これはこれでまとまってしまっていて、表現の不足している場所もあるけど、それを修正すると全体のバランスが崩れてしまうんだよ。変更するなら歌詞を全く新たに書き下ろすしかないと思う。だからこれはこのまま出しなよ」
 
「そうする。時間も無いし!」
 
この曲は大西典香のアルバムに収録された後、ゆきみすずさんが新たな歌詞を書いて『丘の向こう』というタイトルでKARIONが歌うことになる。
 
千里は結局2時間目も自習になったのを利用して、蓮菜に更に別の歌詞を書いてもらい、それにここ1週間ほど考えていたモチーフを貼り合わせるようにして更にもう1曲まとめた。『海を泳ぐ魚のように』という歌謡曲っぽい歌で、聴いてくれた京子や鮎奈も「こういう曲は大西典香には似合うよ」と言っていた。 
千里はこの2曲を新島さん宛て送信して、宿題となっていた曲の作成を完了した。 

その日の午前中は、拘束されたのがN高の生徒ではないかの確認のため、その日休んでいる生徒の家に直接担任が行って所在を確認するということまでしていたらしい。休学中の生徒(忍を含む)、今年になって退学した生徒までその生徒と話がしやすい先生が行って所在確認したらしい。
 
結局N高校の生徒は関わっていないようだという結論に達したのはもうお昼近くだったそうである。
 
ネット経由でいろいろな裏情報サイトにつながっている子たちからの情報、また学校の職員室に入ってくる情報などから、その日の夕方近くになって、拘束されて警察で取り調べを受けているのは、一見女子高生に見えたものの、実際には22歳の女であるらしいということ、どうも北大医学部を受験して4年連続で落ちていた子であるという情報まで流れて来ていた。
 
拘束された現場を見ていた人の幾人かがその子の写真を撮っていて、ネットにアップしたため、その写真から人物が特定されてしまったようであった。また着ていたセーラー服は実際にはアマゾンで売っているコスプレ用のセーラー服であることも判明した。後に報道で分かったのでは、他にも数着のコスプレ用女子高生制服を持っていたようであった。
 

「損害賠償請求がされるだろうけど、賠償しきれないよね?」
「C学園の分だけでも10億円以上だろうし、他のも入れたら多分20-30億円レベル」
「刑事罰はどうなるの?」
 
「放火されているのが全部人が居ない建物ばかりなんだよね。だから普通の放火罪で2年以上の有期懲役だと思う。実際にはこれだけたくさん放火していれば、懲役7-8年、ひょっとしたら10年くらうかも」
 
「結果的には、それで受験の重圧からは逃れられる」
「それが目的だったりして」
 
「ネットの噂だと、その子高校の時もトップの成績で予備校で受ける模試もいつも良いんだって。でもセンター試験が毎年悲惨らしい」
「うーん。。。そういう本番に極端に弱い人って居るんだよ」
「1浪までなら、どこか中堅医学部のAO入試で入れたろうけどなあ」
 
「損害賠償はどうなるの?」
「その本人に請求されることになるね」
「破産するしかない?」
「いや、破産しても放火による損害賠償責務は免責されない」
「一生掛けて払っていくしかないわけか」
「まあ一生掛けても払いきれないけどね」
「払いきれなかったら、子・孫まで?」
「いや、それは相続拒否すれば大丈夫」
「あくまで本人だけの責務だよ」
 
翌日になって新たな情報が入ってくる。
 
「犯人のお父さんは中学の教頭先生だったらしい」
「わあ・・・」
「即辞表を出したって」
「ネットで娘の実名が出ているの見てびっくりしたんだって。普段から数日家に帰らないことはよくあったから、あまり心配していなかったらしい」
「それは仰天したろうな」
 
「私が聞いたのでは、首つり自殺しようとしたのを警察がちょうど来て助けたらしい。首つってすぐだったんで、まだ息があったんだって」
 
「責任感じるだろうけど、死んじゃだめだよ」
 
「でもよく助けたね」
「ほんとにすぐだったんだろうね。あれ数分で絶命するはず」
「警官がその場で人工呼吸して蘇生させて、パトカーでサイレン鳴らしてすぐ病院に運んだらしい。幸いにも障碍とかも残らないだろうって」
「ホントによかったね!」
 

この事件の経過は、福岡C学園の橋田さんから千里の所に情報が入ってきた。 
「結局、旭川C学園の来春開校は中止になったよ」
「あらら。やはり建築が間に合わない?」
「それが大変だったみたいで」
 
橋田さんの説明によるとこういうことであった。建築中の建物が放火により全焼した場合、通常は工事をしている工務店が保険に入っているので損害はその保険から補償される(保険会社が犯人に損害賠償請求する)。ところがここで第1の問題があり、工事費用は60億円掛かるのに工務店は実は半額の30億円しか保険に入っていなかった。
 
「60億円の工事の保険料って1000万円以上するんだって。それをケチってたみたいなのよね」
「でもそれじゃ万一の時にやばいじゃん。万一の時のための保険なのに」
「だよね〜。そもそもその工務店、経営が苦しかったらしいよ」
 
そして本来、学校の校舎は9月末に完成して引き渡し、それで学園側は10月以降新校舎に中学生を招いて新しい建物をアピールしたり、予備校の集中講座などを開いて親しんでもらおうと考えていた。ところが様々な事情で完成は遅れ、放火が発生した当時、11月上旬引き渡しの線で作業は進行していた。ところが工務店は、この工事の遅れに伴う建築工事保険の期間延長手続きをとっていなかった。正確には書類は出していたものの、追加の保険料をまだ払い込んでいなかった。
 
「多分その追加の保険料を払うお金が無かったんじゃないのかなあ」
「でもそれだと、つまり無保険だったってこと?」
 
「結局そうなるみたい。払い込みはまだでも書類を出していたから今からその分の保険料を払うので、どうにかならないかと言ったらしいけど、保険会社側はそういう例外は認められないし、警報装置も付けていなければ夜間に警備員も置いていなかったことを重視して、万一保険が有効であったとしても、これでは保険金はどっちみち払えないと言ったらしい」
 
「要するに工務店側に重大な過失があったということか」
「放火でなくてもヒーターの過熱とか漏電による失火でも全焼してたろうね」
 
結果的に、この工務店は倒産してしまったのである。下請けの連鎖倒産を防ぐため旭川市が特例で緊急融資をする騒ぎにまでなった。
 
そして現場には燃えて廃墟になった校舎が取り残されてしまった。
 
「学校側は放置していたら危険だからということで、取り敢えず別の業者を入れて解体撤去工事だけ行った。その費用だけでも3000万円だって」
「ひゃー」
 
「でもそれで工賃がもらえなくて途方に暮れていた下請け工務店さんが随分助かったという声もあったみたい」
「それは良かった」
 
「それで再度、新たな業者に依頼して校舎を建築すること考えたけど、今から建てるのではまともに冬に突入するから、3月末には間に合わないと言われたらしい」
 
「だよね〜。北海道で冬場の建築って困難というか無理に近い」
「なんか気温が低いからコンクリートの温度管理が難しくてきちんと固まらないとか」
「そうそう。無理に作れば暖かくなってから簡単にひびが入ると思う。排水工事とか塗装工事とかもできないよ」
 
「廃校になった学校の校舎とかを借りて仮設教室で授業やることとかも考えたらしいけど、イメージ悪いし、それに看板にしようとしていたスポーツ関係の部活の活動場所が確保できない」
 
「だろうね」
「それで結局来春の募集は中止になったみたい」
「ああ」
 
「開校をキャンセルするための費用がまた数千万円かかるみたいだよ。でもそれを請求できる相手がない。工務店は倒産しちゃったし、犯人には全然弁済能力は無いし」
 
「とんだ災難だね」
 
「場合によっては旭川に開校する計画自体が中止になるかも知れないという話。この話を強引に進めていた理事さんが学園に多大な負担を掛けた責任を取って辞表出しちゃったし」
「ほんとに大変だね」
 
「あ、それで旭川C学園が勧誘していて入学が事実上内定していた中3のバスケ選手が10人くらい居るからさ、その子たちを道内の有力校に引き受けてもらえないかというので、たぶんそちらにも話が行くと思う」
 
「それはとっても歓迎!」
 

橋田さんは「10人くらい」と言っていたのだが、実際にはC学園が勧誘していた女子バスケット選手は20人近くいたようで、旭川周辺の上川地区にその内の7人が居て、C学園側は各選手の希望を聞いた結果、千里たちのN高校に2人、L女子高に2人、R高校に1人と、札幌P高校に1人が進学を希望し、もうひとりは地元の公立高校で考えるということになったらしい。
 
「例の横取りされたって子ですか?」
と千里たちが宇田先生に尋ねると
 
「そうそう。ひとりはそれ。C学園の事務長さんと本人の親御さんが一緒にこちらを訪問してみっともない話だけど、やはりこちらにお願いできないだろうかということで」
と先生は言っていた。
 
「実力のある子なら歓迎ですね」
「うん。こちらも快諾した。そしてもうひとりは全然ノーマークの子。プレイを見せてもらったけど、磨けば光るタイプ。特待生枠では取れないけど奨学金出すから、それまで身体を鍛えておいてといって練習メニューを見せた」
 
「でもそしたら今回の騒動って道内の埋もれていた選手を結構発掘したかも」
 
「その話、札幌P高校の十勝さんともしたんだよ。C学園が勧誘していた選手のリストはだいたいの行き先が決まった所で、某筋から入手したんだけど、半分が全くノーチェックだった子なんだよね。男の娘まで居た」
 
「その子、女子部に入れるんですか?」
「中学に女子として通っているから、女子部でよいらしい」
「でも女子バスケ部に入れないのでは?」
「女子バスケ部に入れるけど、公式戦には出さない。中学時代の村山君と同じだよ」
「結構男の娘バスケ選手っているのかなあ」
 
「でも、やはり道大会まで出て来てない学校の選手はチェック漏れになりやすいんだね。村山君や湧見君もそうだけど」
 
ここでいう湧見君というのは、昭ちゃんの従妹の湧見絵津子で、来春特待生でN高校が取ることが内々定している。
 
「じゃ来年の1年生ってかなりレベルが高くなるのでは?」
「そうなると思う。その子たちが実力を付けてくる、再来年あたりが物凄いことになりそうだ」
 
「その年はもう私たちは卒業してるね」
 

「それからこれはまだ他言無用にして欲しいんだけど」
と宇田先生は少し小さな声にして言った。
 
「実は特待生の条件を緩めようかという話が出ているんだよ」
「それは助かります」
 
「今全額免除には20位以内、半額免除には50位以内ということになっているのだけど、確かに文武両道という理想は理想として、さすがに厳しすぎるのではないかという意見が前々からあってね」
「ええ」
 
「実はそのC学園の方にいったん決まっていた子、こちらに来ると成績も高いレベルで維持しなければならないというので、そういう条件の無いC学園に傾いたというのがあったんだよ」
 
「中には勉強の方は全くしなくていい所もあるみたいですけど、多くの学校ではスポーツ特待生は赤点さえ取らなければ、そのスポーツの方の成績だけの条件でしょうね」
と千里は言う。
 
「今どこに水準を置くか、検討している所なんだけど、このくらいになるかなというのが、道大会BEST4以上の場合でゲームの3割程度以上に出ている場合、全免は50位以上、半免は100位以上」
 
「かなり緩和されますね」
「道大会BEST4ということは、男女バスケと女子ソフトテニスだけか」
「うん。野球は今年の夏は道大会BEST8だから対象外」
「それは仕方無いですね」
 
「更に全国大会で活躍できるレベルの子については、80位以上で全免、150位以上で半免」
 
「氷山君はインハイかウィンターカップに出られたら半免してもらえるな」
「もし緩和された場合は、入学以来の成績を再確認して、該当者には差額を支給することになると思う」
 
「よし、お小遣いにしよう」
と暢子は言った。暢子は入学以来、ずっと半免だったのだが、彼女の成績なら新しい基準では全免になるはずだ。
 
「でもこういう緩和の話がでてきたのも、ひとつには女子バスケ部の全国BEST4という立派な成績があるよ。女子バスケ部、女子ソフトテニス部、男子野球部に認められている進学コースでも3年生の夏まで活動できるという特例も少し成績条件が緩和される可能性がある。これは多分前年本人が全国大会の中核選手として出ている場合で、成績40位以内くらい」
 
「ということは、もしかして」
「うん。花和君が来年のインハイに出られる可能性が出て来た。でもこれまだ本人を含めて誰にも言わないように」
 
「そうします。緩和されると聞いたら、あの子、絶対勉強サボるから」
「振分試験49位だったけど、12月の実力試験で40位以内まで上がれるかが勝負」
「インハイに行くには最終的に3月の振分試験の成績が基準になるけどね」
 
「しかし40位以内なら、どっちみち川南・葉月は厳しいな」
「更にウィンターカップの本大会ベンチに座ることが条件になるし」
 

そして今回の放火騒ぎは思わぬ所にまで影響を及ぼした。11月上旬、鮎奈が千里と蓮菜・京子の3人だけを階段の下に呼んで話をした。
 
「うちの従妹の美空なんだけどさ」
「うん」
「女の子数人の歌手ユニットでデビューという話になっていたんだけど、とんでもない事態が起きちゃって」
 
「何何?」
とみんな訊く。
 
「レコード会社が倒産したとか?」
「事務所が爆発したとか?」
「美空ちゃん、とうとう性転換した?」
 
「いや、一緒にデビューすることになっていた子のひとりがさ」
「うん」
「例の放火魔の妹さんだったんだよ」
 
「えーーー!?」
 
「これ他の子には言わないで。お母さんは違うけど、お父さんが同じなんだって」
「わぁ」
「それで姉の不祥事に伴って芸能活動は自粛したいという申し出があったんだって」
 
「それ、メゾソプラノの子?アルトの子?」
と千里は訊いた。
 
「アルトの子」
 
「可哀想」
「姉妹だって他人なんだから責任は無いのに」
という声もあるが
 
「いやデビューしたら絶対マスコミから追及されるもん」
「その前にお姉さんがそんなことしてたなんて、凄いショックだと思うよ」
 
千里は少し考えてから訊いた。
「ねぇ、そのお姉さんが捕まった後、自殺しようとしたお父さんというのは実際にはそのお姉さんと血はつながってないんだね?」
 
「うん。そうなる。その子のお父さんと、お姉さんのお母さんの間にお姉さんは生まれている。その後離婚してお姉さんは、お母さんに引き取られてその後学校の先生をしていた人と結婚。お父さんの方はその子のお母さんと結婚した」
 
「分からん!」
という声が出るので、鮎奈が図に書いてみせる。
 
A男−M子の間にX子(放火犯人)が生まれ、M子はX子を連れて教師のB男と結婚。深川市在住。
 
A男−N子の間にY子(デビュー予定だった子)が生まれている。一家は東京に移住している。
 
「自分の血を引いた子でなくても、娘の罪の責任を取ろうとしたのね」
「その話を聞いて、このX子ちゃん、留置場で泣いてたって。それまでお父さんとの間にいろいろ確執もあったみたいよ」
「罪は重いけど、更生するといいね」
 

「じゃ、そのユニットはどうなるの?」
「別のデュオと合体させて4人でデビューさせる方向で検討中らしい」
 
「うん。そのデュオと合体させるという話は私も聞いてた」
「だから5人の予定が4人でということに」
 
「しかしメンバーがぽろぽろ脱落するなあ」
と千里は言う。
 
「そんなに脱落したの?」
と京子が訊くので
 
「既に2人辞めてたんだよ。人数の予定もここまでほんの3ヶ月程度の間に5→4→3→5→4と変化」
と千里は説明する。
 
「じゃ一週間後には再度3になるな」
と、この時言ったのが京子だったことを千里は覚えている。実際にはこのユニットはその後、更に→3→4→3→4と変化してやっと2ヶ月後デビューに至ったことを千里は後で美空から聞くことになる。
 

美空だけが知る(美空が思っている?)KARION前史

 
−八雲・笹雨・陽子・小風・美空でメテオーナ結成の方針(5)

−八雲が喫煙で補導され辞退(4)

−笹雨が他の事務所に引き抜かれて脱退(3)

−和泉・冬子を追加する方針になる(5)

−陽子が姉の不祥事で辞退(4)  ←今ココ★

−名前がメテオーナからKARIONに変更

−いったん和泉・冬子・小風・美空の4人で音源制作

−冬子が性転換手術を受けるため離脱(3)

−ピンチヒッターとしてラムを追加(4)

−ラムを入れた4人で再度音源制作。この時ラムをリードボーカルにする。

−ラムに反発した小風が実は辞表を書くも提出前にラムがお父さんの海外赴任で脱退し小風はユニットに留まる(3)

−冬子が手術を延期して復帰し、元の音源を調整して和泉・冬子・小風・美空の4人でデビュー。但し冬子の契約が間に合わず音源は4人だがPVは暫定3人。でもデビューの記者会見は4人でしたし、記者会見の会場では4人版のPVを流す(4)

 
−八雲と陽子が・・・と言いかけて「内緒」と美空は千里に言った。
 

「それで色々ケチ付いたからさ。もういっそいきなりメジャーデビューという話になりつつあるらしい」
 
「それ、やぶれかぶれというか」
「でも驚くなかれ。デビュー曲は、ゆきみすずさんの作詞で、曲は木ノ下大吉さんに、東郷誠一さんだって」
 
「うっひょー!」
「とんでもない大物じゃん」
 
千里はその2人の作曲家の名前を聞いて頭痛がした。
 
「予算も2000万円の予定だったのを当面の資金として5000万円準備したとか。事務所の社長さんが、自宅をセール&リースバックしてお金を工面したらしい」
「社長さん頑張るな」
「もう賭けてるね」
「まさに社運を賭けて売り出すつもりみたい」
 
「売れるといいね」
 
「だけど美空ちゃんデビューしちゃうなら、もうこちらの音源制作には参加できないの?」
と京子が訊く。
 
「それだけど、一応契約書は交わして、契約は12月17日の月曜日から有効ということになったらしい。デビューが1月1日の予定で、その少し前からキャンペーンとかで活動するからって」
「なるほど」
 
「それで17日から忙しくなるからというので、12月15-16日の週末に旭川に来てお父さんに会うらしいのよね」
「ほほぉ」
 
「もう来週くらいから音源制作始めるらしいから、実際このあとはなかな休めないらしいのよ。でも15-16日はちょうど予定が入ってないということで、お父さんに会いに行くのならいいよということになったらしい。だからさ、DRKの音源制作をその15-16日でやらない?」
 
「いいの?」
 
「契約書が発効する前なら、何しても平気」
「そうかも知れないけど」
 
「美空ちゃん、他にもお姉さんのバンドのベース弾いて、結構大会とかに出てるみたいだし。次は2月に日本アマチュア軽音大会とかってのがあるらしいけどね」
「2月ならもう出られないね」
「それもバレなきゃ平気、とお姉さんは言っているらしい」
 
「それはさすがにまずい気がする」
「契約違反で何百万とか請求されないことを祈る」
「ってか、プロがアマチュア大会に出ていいわけ?」
「なんか二重にやばいな」
 

11月上旬の午後。
 
陽子は弁護士・父とともに札幌拘置所から無表情な顔で出て来た。弁護士さんの事務所で少しお話をした後、父と一緒に近くのショッピングモールに行き、ラーメンを取って食べる。弁護士事務所を出た後、父とは何も会話が無い。 
姉とはあまり会う機会も無かったし電話などで話したこともほとんどなかったので、あまり親密さも感じない。腹違いの姉とはいっても、実質従姉妹に近い感覚だった。しかしこういう事件を起こしたことはショックであった。向こうのお父さんも自殺未遂をしたが、実は陽子の父も自殺しようとした所を母に停められたのである。会社にも辞表を出したが仕事の切りがつかないということで年末までは勤める予定である。しかしここの所、ずっと眠れないようで、かなり憔悴しているようだ。お父さんにとっては実の娘だもんね、と陽子は考える。
 
陽子自身も事件以来ずっと高校を休んでいる。クラスメイトとの連絡も途絶えている。ただ芸能事務所で交流のあった小風ちゃんが2度ほど心配して呼び出してくれたので一緒にお買い物したりマックを食べたりした。一週間くらい前に会った時、NANAを読んだことないと言ったら、、どーんと全巻持って来てくれたので、それを読んでたら何だか泣けて、泣いたら少し気が晴れた。何だかここしばらく変に肩が凝っていたのまで一緒に治ってしまった。
 
しかし不安は大きい、この後どうなるのだろう?と半ば空虚に近い心で考えていた時
 
「こんにちは」
と明るい声を掛ける人がいた。
 
「八雲ちゃん!?」
「あ、やはり陽子ちゃんだよね?」
 
それはつい先日まで小風ちゃんや自分と一緒に《メテオーナ》というユニットを組んで一緒にデビューすることになっていた、八雲ちゃんだった。彼女は喫煙している所を見つかって学校を自主退学させられ、メテオーナのプロジェクトからも辞退した。彼女とは実は2度しか話したことはなかった。
 
「どうしたの?」
とお互い同時に言ってから笑顔になる。
 
ああ、自分が笑顔になったのって、1ヶ月ぶりかも知れない、と陽子は思った。小風ちゃんの前では私どうしても笑顔が出なかったのに。
 
「高校クビになっちゃったしさ。フリースクールとかに通おうかと思って。でも、気持ちを切り替えるのに少し休ませて、ってワガママ言って。今美幌町(びほろちょう)の叔父さんちに居候して、ちょっと牧場の手伝いしてるんだよ。今日は買い出しで札幌まで出て来たんだ」
 
「すごーい!北海道の牧場って少し憧れるな。美幌町って世界一景色のきれいな所でしょ?」
「それはもしかして美瑛町(びえいちょう)では?」
「あ、間違った!」
「でも美幌峠の景色は評価高いよ」
「へー。牧場は、牛さんとか馬さんとかのお世話するの?」
「うちは牛だけ」
「乳搾りとか?」
「毎日やってるよ」
「わぁ、私やってみたい」
 
「時間取れるなら、うちに来たらやらせてあげるよ。あ、今日は旅行か何か?」
「私、北海道生まれなんだよ」
「そうだったんだ!」
「あ、こちらうちのお父さん」
「済みませーん。初めまして。桜木八雲と申します」
 
と八雲は陽子の父に挨拶した。父も少し笑顔になって
 
「陽子のお友だちですか? お世話になっています」
と挨拶を返した。
 
 
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