【女の子たちの秋期鍛錬】(下)

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そして3日目、10月8日は3位決定戦のあと決勝戦が行われる。会場となっているJ高校の体育館では、最初に女子の3位決定戦が行われ、橘花たちのM高校がR高校に快勝した。少なくとも橘花が居る間は旭川地区の女子3強はL女子高・M高校とN高校の3校であることを印象づけた試合であった。
 
男子の3位決定戦に続き、女子の決勝戦が行われる。
 
L女子高とN高校は先日のウィンターカップ地区予選決勝でも当たっている。その試合で留実子が怪我して今入院中なので、お互いに少し後味が悪い気がしていたので、早い時期に公式戦でまた戦ってスッキリさせる機会が来たのは良いことであった。但しどうせスッキリさせるなら勝ってスッキリさせたい所である。 

スターティング5は、N高校は PG.雪子 SG.千里 SF.寿絵 PF.暢子 C.揚羽、L女子高は PG.藤崎 SG.登山 SF.大波 PF.溝口 C.鳥嶋、となっていた。これが現時点でのお互いのベストメンバーである。
 
試合は白熱した試合となった。揚羽も暢子も貪欲にゴールを奪っていくし千里のスリーも冴えている。一方のL女子高も溝口さんや大波さんがどんどん点数を取るし、登山さんはフリーにすると怖い。リバウンドも揚羽と鳥嶋さんの戦いはかなり激しかった。
 
お互いに適宜交替しながら試合を進める。千里も暢子も第2・第3ピリオドでは半分だけ出て、休んでいる間は蘭や夏恋が出ている。雪子もメグミと交代しながら、揚羽もリリカと交替しながら、寿絵も睦子や敦子と交代しなからである。 
溝口さんや大波さんも友坂さんや空川さんと交替しながら出ている。しかし第4ピリオド後半にはまたどちらもベストメンバーに戻っていた。
 
「なんか普段の練習試合の時には使ってないコンビネーションを何度か見せたね、L女子高さん」
「まあ、それはお互い様よ。こちらも結構隠し球はある」
 
と残り3分を切ってのタイムアウトでのミーティングで言い合う。
 
千里は話をしていてふと、何か視線を感じて客席を見た。そこには例の薫さんが居た。ああ、やはりバスケ女子としては、こういう大会は気になるよね。それで見に来たのかなと千里は思った。
 
「よし行くぞ」
最後に暢子が言う。ここまで82対82の同点である。
 
「千里も留実子も寿絵も雪子も気合い入れて」
と言ったのだが
 
「私、揚羽です」
と本人。
 
「ごめーん。言い間違っただけ。揚羽、リバウンド頑張れよ」
「はい」
 

それで出て行く。N高校の得点の後のタイムだったのでL女子高のスローインから再開である。
 
藤崎さんがドリブルで攻めあがって来るが、タイムアウトの直後なのでN高の守備は堅い。するといきなり登山さんがスリーを撃つ。
 
きれいに入って85対82。
 
N高の攻撃。雪子が攻め上がっていく。千里には溝口さんと登山さんが付いている。暢子には大波さん、揚羽には藤崎さんが付いている。マークの無い寿絵にパス。寿絵が中に進入していきシュートするが鳥嶋さんがブロックする。そのこぼれ球を大波さんが取ろうとした所を揚羽が一瞬早く奪う。暢子にトス。暢子がシュートするが溝口さんがブロックする。そのこぼれ球をまた揚羽が取り千里の左側(千里から見たら右側)へ速いパス。千里が飛びつくようにして取る。千里をマークしている登山さんがそちらへ動く。
 
が、千里はボールを取ると右足をバネに使って反対側へ切り返す。登山さんが「あっ」と言いながらも身体が付いてこない間に千里はもうスリーを撃つ。 
入って同点。85対85。
 
その後もお互いに4点ずつ取り合って残りはもう1分を切る。
 
L女子高が攻めて来て、ボールを運んで来た藤崎さん自身が壁になって溝口さんにドライブインさせる。暢子がフォローに来るが、強引に押しのけるようにしてシュート。
 
入って91対89。残り40秒。
 
N高が攻めて行く。
 
ここで得点しなければならないのは当然だが、残り時間が24秒以下になった場合、L女子高は時間をいっぱい使って得点すると勝ち逃げすることができる。つまりここは30秒程度残して得点したい。つまり10秒程度以内に得点したい。 
となると千里のスリーで速攻というのを考えてしまう所である。
 
がそれは向こうも読んでいるので千里にまた溝口さんと登山さんの2人が付いている。ここで雪子は自ら中に飛び込んで行った。藤崎さんがフォローに来る間もなく、そのままシュートする。
 
これがうまく入ってしまう。
 
91対91で残り32秒。
 
L女子高の攻撃。
 
ここでL女子高が得点すれば次はN高のボール。時間が充分残っていると色々な攻撃の選択肢ができてしまうから、できるだけ時間を残したくない。つまりここはゆっくり攻めた方がいいということになる。
 
N高ディフェンスにできるだけ足を使わせるようにボールを回す。そして残り15秒になった所で溝口さんが暢子のマークをうまく振り切って中に進入する。撃つが揚羽がブロックする。リバウンドを鳥嶋さんが取ろうとしたが、先に暢子が取った。
 
千里にパスし、千里がドリブルして攻め上がる。藤崎さんが必死に戻って来て行く手を阻む。一瞬対峙するが、千里はうまいフェイントで藤崎さんを抜く。しかしその間に登山さんが戻ってくる。距離はスリーポイントラインまで結構あるがまだ登山さんとの距離がある間に撃つ。
 
がさすがに外れる。
 
落ちてきたボールを鳥嶋さんと揚羽が争ったが鳥嶋さんが取って藤崎さんにパスする。藤崎さんがまだ戻りきっていなかった溝口さんへ長めのパス。溝口さんはそのままゴール近くまで走り込んでシュート。
 
しかし暢子がギリギリで指を当てて停める。
 
落ちてきたボールを寿絵が確保。コート半ば付近に居る千里めがけて投げる。 
がそのボールを登山さんがカットする。大波さんにパスし、大波さんがそのままドリブルで進入して行きシュート。
 
しかし外れる。
 
落ちてきたボールを溝口さんと暢子で取り合う。
 
暢子が取ったものの溝口さんが奪い取り、シュートしようとするが暢子のガードが強くシュートできない。近くに居る大波さんにパス。大波さんが撃った所でブザー。
 
試合終了のブザーであった。
 
大波さんのシュートは外れてブザービーターは成らなかった。
 

整列する。
 
「91対91の同点」
と審判が告げる。
 
この大会の決勝戦は同点の場合延長戦はしないルールなので、N高校・L女子高の両者優勝ということになった。
 
「ありがとうございました」
 
挨拶してから、あちこちでハグし合う。
 
「思いっきり闘(や)れてスッキリしたね」
「どうせなら勝ってスッキリしたかったけど」
「それはお互い様だね」
 
「またやろう」
などといった言葉を交わしてベンチに引き上げた。
 

「だけど暢子、揚羽と留実子を10回くらい言い間違ったね」
と試合後、寿絵が指摘する。
 
「うん、まあ気にするな」
と暢子は寿絵の方を向かずに答えた。
 

続いて行われた男子の決勝は、貴司たちのS高校と北岡君たちのN高校の対決である。
 
S高校は佐々木君・田臥君に貴司、更には清水君といった3年生が戦力の中心である。S高校の3年生は3年の12月まで活動できる。それに2年の戸川・柴田、1年の大林・小林などが加わる。この1年の「大小コンビ」が実に手強い。 
一方のN高校は3年生がもう引退しているので2年生の北岡君(C)・氷山君(PG)が中心のチームである。SGは2年の落合君と1年の湧見君(昭ちゃん)を交替で使い、これに2年の室田・中西、1年の水巻・大岸といったあたりが加わる。 
千里はこの対決は野武士軍団と正規兵軍団の対決だなと思った。S高校は貴司にしても田臥君にしても大小コンビにしても個性派揃いである。それに対してN高校は昭ちゃんを除けば「きちんとした訓練を受けた」行儀の良い、欠点が少ないバスケット選手が多い。
 
試合は始まってみると貴司や田臥君がスタンドプレイでどんどん得点していき、大林小林コンビの巧いスクリーンプレイにもN高守備陣が翻弄され、最初から点差が開いていく。
 
これはインハイに行くチームと道大会上位でくすぶっているチームの差でもあるかも知れないと思って千里は見ていた。S高選手の動きの多くがN高側の想定外なのである。S高の攻撃の仕方はバスケットの理論からすると正しくないかも知れないが、正しくないゆえにN高側の意識から外れてしまっている。 
その中で全体の3割くらいの時間出してもらった昭ちゃんは撃ったスリーの半分近くを入れたし、今回17番の背番号を付けていて「お試し」で出してもらった感のある浦島君が結構頑張って10点も取ったのが救いかなという感じであった。 
試合は途中からワンサイドゲームの感になり、108対61というダブルスコアに近い得点差にはなったものの、今回の大会では男子チームのベンチには入らず客席から見ていた宇田先生は頷くようにして試合を見ていた。
 
「昭ちゃんは次からは物凄くチェックされるでしょうね」
と千里は宇田先生のそばで半分ひとりごとのように言った。
 
「それが彼の今後の課題になるね」
と宇田先生も同じ事を考えたかのように答えた。
 

決勝戦が終わり、その後表彰式を経て16時すぎに解散となる。千里はチームのみんなと別れると、私服に着替えてから市内某所に行く。貴司は16時半ちょうどにやってきた。
 
「ごめん。待った?」
「ううん。私も今来た所。優勝おめでとう」
「そちらも優勝おめでとう」
 
今日はインターハイの後でするつもりでいて出来なかったデートのリテイクなのである。最初にやはり試合で消耗してお腹空いたよね、と言って焼肉屋さんに行き、たくさん食べる。
 
「しかし千里もほんとによく食べるようになったな」
と貴司は言う。
「スポーツ選手は身体が資本だから。蛋白質はしっかり取らないと」
と千里。
「それが昔の千里からは想像できない言葉だ」
 
「私はもう可憐な女の子じゃないから」
「千里は素敵な女性に成長したよ」
「貴司も格好良い男に成長したよ。ただ浮気が無ければね〜」
「それはもう勘弁してよ〜」
 
「とりあえず**ちゃんからのメールには返事しないでよ」
「なんで、そんなの分かるの〜〜!?」
「ふふふ」
 

食事の後で、一度一緒にホテルに行きチェックインする。今夜ふたりで泊まることは貴司の母にも、美輪子にも承諾をもらっている。ただしホテルの部屋はシングルを2つ取っている。実際には1つの部屋で朝まで過ごす。
 
ホテルに荷物を置いてから夕方の町に出る。ゲームセンターでエアホッケーやバスケット対決などする(ふたりとも凄いので周囲にギャラリーができていた)。アクセサリーショップに寄って貴司が千里に雪だるまのイヤリングを買ってくれた。カフェでコーヒーなど飲みながらまたおしゃべりする。
 
しかし旭川の街中でデートしていると、どうしても知り合いに遭遇する。京子が彼氏の香取君とデートしている所とすれ違ったし、蓮菜とボーイフレンド・川村君のカップルにも出会ったし、お腹がかなり大きくなった忍が松川さんと歩いているのにまで遭遇した。
 
「さっきすれちがったのって、田代の彼女じゃなかった?」
「うん。でも去年別れたんだよ」
「そうだったのか」
「別れたけどお友だちではあり続けているらしい。向こうにも新しい彼女はいるんだけどね」
「そういう微妙な関係を維持できるって凄いね」
 
「うん。恋人として別れてしまった場合は、一切のつながりを切ってしまう場合が多いけどね」
 
「千里」
「ん?」
「もし僕たちが別れるようなことになっても、僕は千里と友だちで居たい」
「いいよ。それは最初から、そう言ってたしね」
「うん」
 

夜9時頃、ドラッグストアでおやつたくさん・飲み物たくさんに避妊具3箱を買ってホテルに戻った。交替でシャワーを浴びた後、ベッドの上に行く。ふたりともシャワーの後は裸である。貴司がシャワーを浴びている間に、千里はポストイットに1,2,3,...と11までの数字を書き、壁に貼り付けておいた。
 
「あはは、ほんとに11回やるんだ?」
と浴室から出て来た貴司がそれを見て言う。
 
「私たちの自主的な鍛錬だね」
「鍛錬なのか!」
「一晩中頑張れる体力を付けなきゃ」
「40分交替無しでコートを走り回るのとどちらがきついだろ」
「まあセックスは選手交代無いからね」
「交替しながらってのは嫌だな」
 
こういう発想が貴司ってやはり女性的だよなと千里は思う。
 
「こないだ3回やったから残り11回だよ」
「一晩でそんなにしたら、もう二度と立たなくなるかも」
「その時は潔く男を捨てて女になる道を」
「そうならないように頑張る」
「そうなりたいとか?」
「そんなことないよ」
「怪しいなあ」
 
「取り敢えず1回戦」
と言って貴司は千里にキスをしてベッドに押し倒した。千里は手を伸ばして部屋の灯りを落とした。
 

ふたりの愛の営みは適宜休憩しながら続いていく。1回到達したら数字を書いた紙を1個取り、30分くらい飲み物を飲んだりしながらおしゃべりして、その後、また続きをやる。最初の2回は正常位でやったが3回目は騎乗位、4回目は初めて後背位を試してみた。
 
「ねぇ。これヴァギナに入っているんだよね?」
と貴司が不安そうに訊く。
「まさか。私男の子なんだからヴァギナがあるわけない」
と千里は答える。
「じゃこれもしかして後ろの穴に入ってるの?」
「後ろの穴でないことだけは保証してあげるよ」
「じゃこれどこに入っているのさ?」
「スマタ」
「それ絶対嘘だと思う」
 
後背位は、千里はけっこう気持ち良かったが、貴司は「外れる〜」と言っていた。さすがに4回目だと勃起の程度が弱いので維持するのが大変なのだろう。5回目は側位、6回目は正常位でしたところで、もう時刻は朝の4時である。 
「ねぇ、これ朝までに終わらないよ。続きはまた今度にしない?」
と貴司。
 
「そうだなあ。じゃ今回のお互いの優勝記念に1回ずつ追加して次は6回」
と千里。
 
「え?今日6回したから残り5回だろ?2回追加したら7回では?」
「今からもう1回やるからだよ」
「えーーー!?」
 

最後は千里がフェラをしてあげて、大きくなってきたところで逆正常位で結合してフィニッシュまで行った。
 
貴司はさすがに精根尽きたようで
「もう一生分の精子を使い切った気分」
などと言っていた。
 
「もう精子が無くなったのなら、役割を終えた男性器は取り除いて」
「その話はやめてよ〜」
 
「やめてと言う割りには、貴司言われて嬉しがっている気もするんだけど」
「そんなことはない」
 
最後のセックスを終えた後、シャワーを浴びてから服を着てホテルをチェックアウトする。駅前まで歩いて行く。ここで4:50に美輪子と待ち合わせていた。貴司を深川駅まで送ってくれることになっていた。朝5:47深川発の留萌線に乗ると6:38に留萌に着くので、ちゃんと学校に間に合うのである。しかし貴司は今日の授業は辛いだろうなと千里は思った。
 
駅前で美輪子を待っていた時、早朝の静寂を切り裂くようなサイレンの音がする。何台もの消防車が通りを走って行くのを見た。
 
「何だろう?」
「まさかまた放火では?」
「放火?」
 
それで千里は先日から深川市内、そして旭川市内で放火が相次いでいることを言う。
 
「学校の用具置き場とか公園のトイレとか廃工場とか、ある程度大きな敷地にあって警備が弱そうな所が狙われているのよ。そのうち留萌に飛び火するかも知れないし、そちらも気をつけてね」
 
「うちの先生にも言っておくよ。通達回ってきているかも知れないけど」
 

やがて美輪子の車が来るので貴司に乗ってもらう。それを見送ってから千里はタクシーで帰宅しようと思い(歩いても帰られないことはないので歩くつもりだったが都会で暗い中を女の子が歩いたらダメと美輪子から言われた)タクシー乗り場へ行く。
 
タクシー乗り場に3台駐まっていたが、どうも運転手さんは寝ているようだ。それでトントンとノックして乗せてもらった。
 
行き先を告げて車が走り出した時、千里は駅に入って行く高校生くらいの女の子の姿を見た。それは薫のような気がした。彼女は深川のお祖母さん宅に居ると言っていた。始発(6:25)で帰るのだろうか? しかし旭川で夜中何をしていたんだろう?などと千里はぼんやりと考えた。
 

帰宅した後は1時間ほど仮眠してから(《せいちゃん》に起こしてもらって)学校に出かけた。
 
連休が終わり、今日からN高校は2学期である。
 
始業式の時に放火事件についても校長は触れ、不審人物を見たらすぐ連絡するようにと言った。今朝の火事はJ高校の校舎裏手にある体育倉庫が放火されたものだそうであった。ただもう使っていない倉庫だったので被害額としては大したことなかったらしい。燃えたのも本来廃棄すべきだったような道具ばかりだったそうである。このJ高校は昨日千里たちがバスケの決勝戦をした場所である。 
「どんな奴がやってるんだろうね」
「ほとんどの場所が誰でも入ろうと思えば入れるような場所ばかりだから、警察も犯人像を絞り込めずにいるみたいね」
 
「でも不審人物を見たら連絡をと言われたけど、不審人物ってどんな奴だろ?」
と京子が疑問を呈する。
 
「うーん。こんな感じかな」
と梨乃が描いてみせたのは、いわゆる絵に描いたような不審人物という雰囲気。髪がボサボサしててアニキャラのTシャツによれたジーンズ、メガネを掛けていて、紙袋を持った小太りの男である。
 
「これは怪しすぎる」
「さすがに目立ちすぎ」
 
「こんな感じで買物公園通りを歩いていたらまだそんなに目立たないかも知れないけど、学校の中で見たら言われてなくても速攻で通報するよ」
 
「ねぇ、L女子高も放火されたんでしょ?」
「うん」
 
「だったら犯人は女なんじゃないの?」
と鮎奈が言った。
 
一瞬みんな考える。
 
「あり得るね」
「女子高に男がいたら、それだけで目立つもん」
 
「意外と女子高生だったりして」
「うーん・・・」
 

2学期は振分試験の結果で若干のクラス移動が発生するが、6組の女子で移動になった子はいなかった。やはり理系女子は勉強に対するテンションの高い子が多い。今回の振分試験上位は1位鮎奈・2位浜中君・3位蓮菜と6組勢がベスト3を独占していた。
 
千里は14位で特待生・授業料全免を維持した。暢子も36位で半免を維持している。病室で受験した留実子はかなり頑張って49位と初めて50位以内に入り、奨学金の増額をしてもらった。
 
「これだけもらえたらバイトしなくてもいい」
などと本人は言っていたが
「入院中にバイト考えるのは無茶」
と千里たちは言っておいた。
 
留実子は土日を中心にデパートの配送品の整理をするバイトをしていたのだが、最近は実際問題としてバスケ部が忙しくて、千里が神社になかなか行けないのと同様、留実子もなかなかデパートに出て行けないようである。それでも向こうの人は留実子をクビにはせず「出て来られる時に出てくればいいからね」と言ってくれているということだった。
 
なお、バスケ部進学組の川南は82位、葉月は93位で、いづれも20位以内にはほど遠かった。これで2人は12月の新人戦地区大会には出られないことが確定した。(12月下旬の実力試験で20位以内に入れば2月の新人戦道大会には出られる)
 

そしてこの日2組に転校生があったことを千里たちは1時間目が終わってから知る。
 
「薫ちゃん!」
と千里は驚いて声を掛けた。
 
「えへへ。この学校に入っちゃった」
と薫はちょっと照れている。
 
「それ前の高校の制服?」
「うん。ここの高校のは今頼んでるんだ」
「セーラー服も可愛いね」
「そうそう。セーラー服にしては可愛いんだよね、これ」
 
「バスケット部に入るよね?」
「うん。入る」
「それは凄く楽しみ!」
と千里は本当に嬉しそうに言う。
 
「いや、そう喜ばれても。困ったな」
と薫が言うのに、千里が首をかしげていると、2組の教室から暢子が出てきて「参った、参った」
などと言っている。
 
「どうしたの?」
「私も、これはバスケ部に強力な戦力ができたと喜んだのだけど」
「何か問題でも?」
 
「ひとつは転校生なので、3月末までは公式戦に出せない」
「あ、そうか。10月9日付けで転入したの?」
「書類上は10月6日付けにしてもらった。だから4月6日以降なら試合に出られる。もっとも9月は向こうの学校、全く出席してないけどね」
 
「そしてこちらが問題なのだけど」
と暢子は本当に困ったように言う。
 
「薫ちゃんは男子バスケ部に入るんだよ」
「は?」
 
千里は暢子のことばを理解できなかった。
 
「すみませーん。私、戸籍上、男子なので」
と薫。
 
「えーーーーー!?」
と千里は驚く。
 
そしてハッと思った。こないだこの子と握手した時に何か違和感があった。それはこの子が男の子だったから、女の子と思って握手したのに、手の感触が女の子ではなかったからだったんだ!
 
「学校側との話し合いで、生徒手帳の性別は女にしてくれるそうです。着替えについては個室を用意するからそこで着替えてくれと。でも身体が男なので、部活は男子の方に参加することになりました」
 
「薫ちゃん、おちんちんあるの?」
「ある」
「おっぱいは?」
「ない。この胸はパッドなんだよ」
「でも薫ちゃん、声が女の子」
「努力して出せるようになった」
「女性ホルモンとか飲んでないの?」
「うん。飲んでない」
 
「すごーい。それなのにこんなに完璧に女の子だなんて」
「凄いよな。服は女物しか持ってないらしい」
「うん。中学に入った時から男物の下着を着るの拒否した。中学3年間は男子として学生服を着て通ったんだけど、高校に入る時に女子高生になりたいと思って、最初から女子制服作って通ったんだよね」
 
「私より凄いじゃん」
「うん。千里はそこがふらふらしてたよな」
「千里さんよりって??」
 
「ああ、千里も元男の子だったんだよ」
「うっそー!?」
「だけどもう性転換手術も終えて、身体検査受けて女子として認定されて女子バスケ部に在籍してるんだ」
 
「すっごーい。羨ましい!」
 
「ふたりともお互いにリードできないほど完璧な女の子だってことだね」
と言って同じく2組の教室から出て来た寿絵が言った。
 

始業式の翌日、千里と暢子は職員室に呼ばれた。
 
「最初にこれを渡しておく」
と言われて宇田先生から、プラスチック製の磁気ストライブの付いたカードを渡される。
 
「放火が相次いでいるという話があって、学校の出入りについて管理を厳しくすることになった。休日や平日でも夕方7時以降・朝6時前に職員玄関と校門の時間外出入口のドアを通る場合、今までは暗証番号だけで通れていたけど、暗証番号は1年に1度しか変えないから、それだけでは不用心ということで、このカードを通さないと通れなくなったから」
 
職員玄関と校門時間外出入口は物理的な鍵と電子的なロックで構成されている。物理的な鍵は教師と警備員さんだけが持っているので、夜の練習の時は最後は警備員さんに閉めてもらうし、早朝練習の場合はだいたい宇田先生が先に来て開けてくれている(他の先生に頼んでいる場合もある)。しかし物理的な鍵が開いていても、閉じているドアを開けるには毎回電子ロックの解除が必要である。なお夜間や休日にオーバーフェンスすると警報が鳴り、ライトがそこを照らすシステムが設置されている。毎年1度は野球部の子が場外に出たボールを取ろうとオーバーフェンスして警報を鳴らし叱られているらしい。
 
「分かりました。この2枚だけですか?」
 
「バスケ部で取り敢えず8枚もらっている。女子の方が遅くまでやっているから、男子3枚・女子5枚にする。男子は北岡君・氷山君・落合君に渡した。女子は君たち2人と、あと3人に配れるんだけど、こういうのをきちんと管理してくれる子で、朝最初や夜最後になりやすい子って、誰だと思う?」
 
「でしたら、白浜(夏恋)・森田(雪子)の2人とあと1枚は私に預けて頂けませんか? 何かの事情で最初または最後になる子にその都度預けたいので」
と暢子が言うと
 
「ああ、それもいいね。その場合は翌日には確実に回収しておくように」
と言って宇田先生は3枚のカードを暢子に渡した。
 

「それから、今月の20日に福岡C学園との親善試合をするから」
と宇田先生が言うので、ふたりはびっくりする。
 
「福岡C学園ですか?」
 
「うん。来春から旭川C学園高校が開校するというので、C学園の理事長さんと事務長さんが旭川市内の各高校に挨拶回りに来たんだよ。それで旭川市内の有力高校と、C学園グループの中でスポーツの強い所との親善試合をしませんかという提案でね。まあ断る理由は無いし、強い所とやるのは歓迎だし」
 
「うち以外ともやるんですか?」
「バスケでは福岡C学園が、うちとM高校・L女子高の3チームとやる。実は北海道に来たついでに札幌P学園ともやるみたいだ。他にサッカーでは兵庫C学園が、D実業・V農業とやるらしい。あと東京C学園のコーラス部がA高校・J高校・E女子高と一緒に合同演奏会をする」
 
「E女子高にコーラス部あったんでしたっけ?」
と千里は尋ねる。7月のコーラス部の大会にE女子高は出場していなかった。 
「部活ではなくて、授業内でやってるコーラス・クラブというのがあるらしい」
「昔やってた必修クラブというやつだよね」
と教頭先生が言う。
「必修クラブの制度は文科省の指導要領の上では2003年で一応廃止されたんだけど、E女子高はその制度を独自に維持していて、週1回授業時間にクラブ活動をしてるんだよ」
 
「なるほどー」
 
「E女子高は進学校だから部活やる生徒が少ないんだよね。でも部活も無い高校生活は楽しくないよというので、そういう制度を取っているらしい。まあ内申書でも良いことが書けるし」
 
少し考えていた風の暢子が言う。
「でもこれって、親善試合というより、有望中学生の勧誘ってことは?」
と暢子がストレートに言う。
 
「その点、実はL女子高やD実業からクレームが出てね。中学生の観客は入れないことになった。外部には開放せずに、見学者は旭川市内の高校生だけに限る」
 
「とはいっても紛れて入ってくるのは容易でしょうね」
「まあそのあたりは紳士協定ということで」
 
こういうイベントの時は校門を開けるので、誰でも出入り自由である。 

「あ、それでね。その福岡C学園との試合で、湧見君(昭ちゃん)と歌子君(薫)を女子チームに入れて出そうかと思うんだけどね」
 
「入れていいんですか?」
と千里は戸惑って尋ねる。
 
「MTFの子が居て、心は女なので女子チームと一緒に練習しているということを先方に言ったら、オンコート1名の条件で構わないと言ってきた」
 
「外人選手みたいな扱いだ」
と千里。
 
「性的に外人だったりして」
と暢子。
 
「異性人かな」
と宇田先生が珍しく駄洒落(?)を言う。
 
「実際、今花和君が抜けてこちらの戦力がかなり落ちているから。福岡C学園相手に恥ずかしい試合はできないからさ」
 
「それは言えますね」
と千里。
 
「いや、オフレコでお願いしたいんですが、一昨日の秋季大会決勝戦。ここに花和がいたら、と何度思ったか分かりません」
と暢子は沈痛な表情で言う。
 
「3年生が抜けてそれでなくても戦力が落ちているのに花和君の故障はほんとに痛いよね。実は特別に高橋(麻樹)君を出すことはできないだろうかというのを検討したのだけど、校長先生の許可を取れなかった。教頭先生は理解を示してくれたんだけどね」
と宇田先生。
 
「それ私も先生にお願いできないかと思いました。ダメですか?」
と暢子。
 
「教頭先生もかなり頑張ってくれたんだけどね。やはり原則は曲げられないということで」
 

それでその日から福岡C学園との試合まで、昭ちゃんと薫は女子チームの方に来て一緒に練習することになった。昭ちゃんは暢子や寿絵にたくさん「可愛がられる」し、「そろそろ性転換しようか」と言われて、マジで悩んでいた。 
「薫ちゃん、その髪の毛は本物?」
と薫はメグミから訊かれる。
 
「うん。本物だよ。中学3年の時から伸ばし始めて先生に叱られても殴られても、切らずに頑張った」
 
「すごーい。千里はそれまだウィッグだよね?」
「うん。自毛はまだ短いんだよ。4月に1度丸刈りにしちゃったから」
 
「だけど薫ちゃんほんと女の子にしか見えないよ」
「薫ちゃん、その胸はフェイクなんでしょ? 試合やっててパッドが落ちたりすることはないの?」
「大丈夫。バスケする時は粘着性のあるの付けてるから、激しい運動しても汗を掻いても外れないし」
と薫。
 
「ああ、私もそのタイプ、中学の時に使ってたよ」
と千里。
 
「千里さん、中学の時ももしかして女子の方にいたの?」
 
「うん。当時は公式戦には出られなかったから練習試合専門で」
「へー」
「まあそれで千里は公式戦に出られるようになるため性転換手術を受けたんだよ」
「えらーい。私も手術、受けたい」
 

その週の金曜日、10月12日。授業が終わってから部活に行こうとしていたら職員室に呼び出しがある。行ってみると、またまた雨宮先生から電話が掛かってきていた。
 
「お早うございます。今度はどちらに行けばいいんでしょうか?」
「北海道はもう寒いよね?」
「そうですね。今朝の最低気温は3度でしたが」
「もうそんな気温か。じゃもう雪も降った?」
「まだです。大雪山はもう9月に初雪ですけど、旭川の街中だと来月になると思います」
 
「じゃ暖かい所にちょっと来ない?」
「暖かい所ってインドネシアとか?」
「行ってくる?今夜中に宮崎まで来てくれるならそれでもいいけど」
「F15でもないと無理ですね。宮崎に行くんですか?」
「そうそう。今すぐ行って」
 
「分かりました。でも便はあるかな?」
「旭川空港17:15のJALを予約しておいた。羽田に18:55に着くから19:30の福岡行きに乗り継いで。これ同じJAL同士だから」
「分かりました。それでもかなり慌ただしいですね」
「荷物は機内持ち込みにした方がいい。それで福岡空港に21:15に到着するから地下鉄で博多駅に出て22:11の有明に乗って」
 
千里は言われた時刻をメモする。
 
「有明って熊本行きですよね? その先は?」
「うん。23:37に熊本到着。熊本駅前で高倉という人が待ってるから、その人が用意した車に乗って」
 
「最後は車で移動ですか」
「目的地は青島。知ってる?」
「写真では見たことあります」
「熊本駅前からほんの200kmだから。すぐ近くでしょ?」
「そうですね」
 
千里はもう雨宮先生のこの手のことばにはいちいち驚かないことにしている。 
「200kmなら1時間半あれば着くよね?」
「それは無茶です。恐らく制限速度の掛かっている区間が多いと思うから多分3時間近くかかると思いますが」
 
「まあいいや。明日の宮崎の天文薄明が4:54なんだよ。それに間に合えばいいから」
「だったら余裕ですね」
「博多から宮崎行きのJRに乗り継ぐとどんなに早くても朝6:28にしか着かないから、これだと日出にも間に合わないんだよね。ちなみに日出は6:16」
 
「なるほど」
 
要するに宮崎の青島で夜明け・日出を見て、何か曲を書けということなのであろう。
 

千里は電話を取り次いでくれた先生に御礼を言うと、ちょうど職員室に居た南野コーチに、呼び出されて宮崎に行ってくる旨を告げる。
 
「あんたも大変ね。よく呼び出されてるよね」
「全く人使いが荒い人です」
「じゃ身体無理しないで」
「多分無理させられます。じゃ行ってきます」
 
それで千里はタクシーを呼んでから教室に戻ると鞄から教科書などを外し、スポーツバッグからも体操服やシューズなどを外して軽くしてから玄関に出る。タクシーに乗って旭川空港に行った。車内で美輪子にまた雨宮先生に呼ばれて宮崎に行ってくることを告げる。
 
「じゃお土産は宮崎の焼酎で」
「未成年には売ってくれません!」
 
美輪子さんも最近は適当だなあと思いつつ、空港で予約されていた福岡までのチケットを購入して、保安検査を通り羽田行きに乗り込んだ。
 

羽田までの機内でぐっすり寝ておく。飛行機は予定通り羽田に着いたがあまり時間の余裕はないので急いで乗り換え通路を通り、福岡行きに乗り継ぐ。乗り場に行くともう搭乗案内中であった。本当にぎりぎりくらいの行程だ。千里は福岡行きの中でもひたすら寝た。恐らく土日はまた不眠不休になる。
 
福岡空港には少し遅れて着いたが、福岡空港−博多駅間は乗り継ぎが便利なので何とか指定された有明に乗り込むことができた。しかしここまでぎりぎりで乗るというのが続いた。
 
熊本までもひたすら寝ておく。そして電車は時刻表通り熊本に着く。千里は化粧水シートで顔を拭いてから電車を降りた。
 

駅の外に出て見回す。ああ多分あの人だ、と思って寄っていく。
 
「こんばんは。高倉さんですか?」
と30歳くらいの女性に声を掛ける。
 
「ああ、あなた醍醐さん?」
「はい、そうです」
「結構若いのね。もっと年食ってるかと思った」
「ははは、若く見られるけど23歳なんです」
と千里は冗談で言ったのだが
 
「ああ。そうなの。最近の若い子の年齢はよく分からないや。でも女子高生みたいな服着てるのね」
「そうですね」
 
どうも23歳というのを真に受けられた感じもあった。うーん。やはり長旅で顔が疲れているかなと千里は思った。
 
それで彼女に連れられて車の方に行く。
 
「この車を用意しておいたから」
と言われる。この車は知ってる。マツダRX-8だ。
 
「凄い車ですね」
「私、MT車の動かしかた忘れててさ、レンタカー屋さんに教えてもらってやっとエンジンの掛け方思い出したよ」
 
へ? そんなんで大丈夫か? 宮崎までの道をと千里は不安になった。 
「じゃ後はよろしく」
と言って彼女は車のキーを千里に渡す。
 
「え?」
と言って千里は受け取ってしまったが、
「高倉さんが運転してくださるんじゃないんですか?」
と尋ねる。
 
「そういう話は聞いてないけど。醍醐さんが運転するんでしょ? 私はレンタカー借りて駅前まで持っていってというのだけ頼まれたから」
「えーー!?」
 
「聞いてなかったの?」
「聞いてませんでした!」
 
「運転が凄いうまい子だから、とにかくパワーのある車を借りておいてとだけ言われたんだよね。あ、MT車大丈夫よね?」
「あはは、何とかなるかな」
と千里は答えてしまう。
 
「じゃ、安全運転で。あ、そうそう。これも必要になるだろうからと言われて持って来た」
と言って何か四角い黒い箱状の機械を渡される。
 
「これは?」
「インバーター。知らない? 車のシガレットの所にこの先を挿すとここから電源が取れる。けっこうヒューズが飛ぶから、予備のヒューズもね」
 
「あ、はい。ありがとうございます」
「インバーターは後でメール便か何かででも返却して。それじゃ私、そろそろ旦那が帰ってくるから御飯食べさせてあげないといけないから」
「はい、ありがとうございました」
 

千里は高倉さんがタクシーに乗って帰っていくのを見送るが、インバーターと車のキーを手にしたまま途方に暮れる。
 
『《きーちゃん》、MT車って動かせる?』
『大丈夫だよ。昔はMT車しかなかったから』
『助かった。よろしく』
 
『千里、途中食料とかの調達ができない道を通るから、ここで少し食べ物と飲み物買っておいた方がいいぞ』
と《りくちゃん》が言う。
 
『でもここにこの車駐めといて駐車違反の紙貼られないかな?』
『ここは大丈夫だよ。念のため俺が見てるから』
『じゃよろしく』
 
それで近くのコンビニに行き、パンとおにぎり、緊急用のカロリーメイト、それにペットボトルと紙パックのお茶に眠気覚まし用の缶コーヒーとクールミントガムを買った。お茶はペットボトルのを飲み終えたら紙パックのをそれに注いで飲む。
 

そして車に乗り込む。
 
『なんか全然形が違う』
『ペダルが3つあるけど、左側のがクラッチ』
『これか。何に使うの?』
『これでエンジンの動力をタイヤに伝える加減をコントロールするんだよ』
『へー。じゃ見学してるから、よろしくー』
 
それで身体を《きーちゃん》に預ける。《きーちゃん》がエンジンを掛ける。ギアはNに入っている。それをLに変えて、アクセルを軽く踏む。クラッチを緩めると車はゆっくり発進する。ギアを2、そして3に移動させる。
 
『AT車と全然違うね!』
『クラッチを少しあげるタイミングが難しいんだ。それで初心者はすぐエンスト起こしちゃう』
『後でそこだけ練習させて』
『うん。折角だから覚えるといいよ』
 
カーナビには既に青島が入力されていたので、その指示に従って走って行く。市内の道を走って行き、御船ICから九州自動車道に乗る。そして車はひたすら南下する。千里は水分が欲しかったので少しお茶を飲んでいたが、その内いつの間にか眠っていた。
 
えびのPAでいったんトイレ休憩して、運転は《こうちゃん》に交替する。そして午前2時頃、宮崎の山之口SAに到着した。
 
『ここからどのくらい?』
『1時間も掛からないよ。道が混んでなければ』
『混むの?』
『日曜日の昼間とかは下道に降りた後がかなり悲惨。でも夜中は大丈夫だよ』
『じゃ4時半くらいまでに着けばいいだろうし、3時すぎまで休む?』
『うん、そうしよう』
 
それで再度トイレに行った後、ドアをロックし、後部座席で横になってぐっすり寝た。
 

起きてから《きーちゃん》に教えてもらってMT車の発進の仕方をだいぶ練習した。
 
『これ難しいけど、うまく行くと楽しい』
『クラッチ操作のタイミングはひたすら練習あるのみだね』
『免許取ったらMT車買おうかな』
『ああ、千里には合ってるかも』
 
この先の青島までは高速を降りるまで千里が運転し、インターを降りたら《きーちゃん》が運転することにした。
 
『でも車って幾らくらいするの?』
『このRX-8は350万円くらい』
『結構するね。こないだのボルボは?』
『あれは500万円』
『たっかーい。さすが外車。じゃ最初に運転したマジェスタは?』
『あれは700万円くらい』
『きゃー。もっとするのか。そうだ東京で私が運転したヴィッツは?』
『あれは150万円』
『それでもそんなにするのか。でもあれ、かなり小さい車だよね?パワーも全然無かったし』
 
『あれは登録車の中ではいちばん小さいクラスだよ』
『登録車って?』
『乗用車は大雑把に言って登録車と軽自動車に別れる。登録車がまた普通乗用車と小型乗用車に別れる。このRX-8とかマジェスタとかは普通乗用車。ナンバープレートの分類番号が3で始まるから俗に3ナンバー。ヴィッツは小型乗用車。分類番号は5または7で始まるから俗に5ナンバー。軽自動車はナンバープレートが黄色い奴だよ』
 
『ああ。黄色いナンバープレートの車走ってるね。何の区別だろうと思ってた。それが軽油で動く軽自動車って奴?』
『それは雨宮さんのジョークだよ』
『えーー!?ジョークだったの?』
『あの人、生き方そのものがジョークっぽい』
『確かにね。性別もジョークみたいだし』
『そういう訳で軽油で動くかガソリンで動くかは関係無い。小さい車が軽』
『なーんだ』
『排気量660cc以下・車幅1.48m以下・車長3.4m以下。他にも規定があるけど、だいたいそのサイズの車が軽自動車』
『そうだったのか』
 
『千里のお母さんが運転しているヴィヴィオも軽自動車』
『あれかなり小さいもんね。なるほどあのサイズが軽なのか。あれ幾らしたんだろう』
『定価は100万円だけど千里のお母ちゃんは10万の中古を買っている』
『ああ。我が家の家計じゃそのくらいが限界だろうな』
 
『女性ドライバーには軽を好む人が多いんだけどね。取り回しやすいから』
『ふーん』
『でも小さい車しか運転してないと大きな車が運転できなくなる。大きな車を運転している人は小さな車は楽に運転できる』
『それ何となく分かる気もする』
『だから千里もこのRX-8くらいの車を買った方がいい』
『なるほどー』
 

インターを降りるまでの区間、千里は快適にドライブを楽しんだ。最初は大変な気がしたギアチェンジも慣れるとほとんど無意識にできるようになる。千里はAT車でもDと2を結構切り替えながら運転していたので、それの延長のような感じであった。
 
『千里、カーブを走る時に、カーブの手前からカーブに入るくらいまでは減速して、カーブの後半は加速するようにするといい』
『へー』
『その方が運転手自身も同乗者も身体の負担が小さくなるから』
『ふーん』
 
『曲がりの加速度が増える時に、直進の加速度を落とす。逆に曲がりの加速度が減る時に、直進の加速度を上げる。すると加速度が相殺されるんだ』
『なるほど』
 
『スローイン・ファストアウトというんだよ。それからカーブの入口と出口はできるだけ曲がりの外側、カーブの途中は曲がりの内側。だから右に曲がる時は左側に寄って曲がり始め、途中では右側に寄り、最後は左側に出る。そうすると、カーブの曲率自体が小さくなる』
 
『へー』
『あとで図を描いてみると分かるよ。アウト・イン・アウトというんだよ』
『やってみる』
 
上り坂の走り方も教えてもらう。
 
『千里、坂に入った直後にスピードが低下する』
『あ、それどうすればいいんだろうと思ってた』
『スピード落ちてからギアを落とすから、そこでショックが来るでしょ』
『うん』
『つまり坂に入った時に減速が掛かって、そのあとギアチェンジでショックが掛かって2度身体に負担が来る。だから坂に掛かる直前にギアを落とせばいいんだよ』
『あ、そうか』
『坂に入る前少し慣性で走行させている状態にして、その時ギアを切り替えて坂の手前でアクセルを踏み始める。すると速度もほとんど変化しないし、身体にはほとんどショックが来ない。これAT車でも同じだから』
『やってみる』
 

宮崎ICを降りた後、運転は《きーちゃん》に交替して国道220号を南下する。昼間は混むと聞いたのだが夜間はスイスイと走ることができた。やがて4時過ぎに青島に到着した。
 
『これどこに駐めればいいんだろ?』
『みんなこの辺に適当に駐めてるよ』
『じゃ適当に』
 
ということで千里が練習を兼ねて青島に渡る橋のそばに駐車した。
 
『天文薄明が始まったら起こすから少し寝てなよ』
『そうする』
 
それで車のロックを再確認した上で、後部座席に横になってしばらく寝た。 
 
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