【女の子たちの秋期鍛錬】(上)

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千里たちが通う旭川N高校は市の中心部から少し外れた所にあり、すぐ隣に旭川M高校、少し離れた場所に大型のショッピングモールがある他は結構土地の空きがある。その中で石狩川沿いに操業停止した後10年近く放置されていた工場跡があったのだが(不審者も出没するので近づかないようN高の生徒達は指示されていた)、そこの建物が5月の連休明けに取り壊された後、工事用の壁が作られ何かの建築が始まったようであった。
 
何が出来るんだろう?というので、映画館やプールを含むアミューズメント施設だという説、ハイテク産業向けのオフィスビルだという説、はたまたアスパラガスやブロッコリーなどを土を使わずに育てる野菜工場だという説まで色々な説が飛び交ったものの、8月になって『旭川C学園建設予定地』という看板が出現し、ざわめきが起きた。
 

「C学園の旭川校ができるの?」
 
[今、東京・兵庫・福岡にあるからさ。4校目を北海道に作ろうというので、最初札幌に出す予定だったらしい。でもどうしても適当な場所が見つからなかったのと、札幌の有力私立女子校がタグを組んで反対して、そこに旭川市議のKさんがぜひ旭川にって誘致したらしいよ」
 
と話を聞いてきたのは寿絵である。
 
「それって旭川の私立高校からその市議さん総スカンくったりして」
「あり得る、あり得る」
 
「福岡C学園の姉妹校か」
と言って千里はインハイで対決した橋田さんのことを思い出していた。 
「C学園は元々スポーツに力を入れているけど、旭川校では特にバスケとスキーと野球に力を入れるんだって。バスケも専用体育館を作るし、野球も室内練習場を別途郊外に作るらしいし」
「金掛けてるね」
 
「野球って共学なの?」
 
東京・兵庫・福岡のC学園は女子高である。
 
「男女併学になるみたい。男子棟と女子棟を作って、図書館とか職員室は共用。但し図書館も閲覧室は男女別。男子棟と女子棟は校門から違うし生徒会も別々に運用する。駅から校門までの歩き方も男女で分離されるらしい」
「蛇の生殺しだな」
 
「図書委員だけは、反対側の閲覧室にある本を取ってくるため、向こうに行くことができる。そもそも図書委員同士はどうしても接触が発生する」
「図書委員の希望者が多いかも」
 
「福岡C学園もバスケが全国区だけど、そちらから移籍もあるのかな?」
「それはないでしょ。所属が変わったら公式戦に出られないもん」
 
高校スポーツは無節操な引き抜きを防止するため、転校した生徒は半年間は公式戦に出場できない制限がある(親の転勤などによる転校は特例で出場が認められる場合もある)。
 
そんな話を部活の練習が始まる前に南体育館でしていたら、宇田先生が「参った参った」と言って入ってきた。
 
「どうしました?」
「C学園の話聞いてる?」
「今その話をしていた所です」
 
「こちらが目を付けていた子がさ。かなりN高進学に傾いていたのを、あと少しという所で『済みません、他の所に決めました』と言われていたのだけどそれがC学園だったんだよ」
 
「なるほどー。既にスカウト活動を始めている訳か」
 
「どうも道内各地でかなりなりふり構わずに選手を集めている感じなんだよ。実は(旭川L女子高の)瑞穂さんや、(札幌P高校の)十勝さんとも少し話したけど、そちらも目を付けていた子を横取りされたみたいだ」
 
「でも特待生って高体連の規定で何人もは取れませんよね?」
「うちも特待生でなくても奨学金出している例もあるし、やり方は色々あると思うよ」
「なるほど」
「多分特待か優待か、そういうので14-15人集めるつもりでいるのだと思う」
「新設校で2−3年生が居ないと、先輩後輩とかで苦労しなくて済むしベンチ枠に入れる確率も高いから魅力かもね」
 
「だったら道内の来年の有望新人が根こそぎ取られません?」
「という話を瑞穂さんともした所だよ」
「うーん・・・」
 

ところで千里の身体はウィンターカップの地区予選の翌日、また突然の変化を起こしていた。
 
『いんちゃん、これって女子大生?女子高生?』
『女子大生の身体になってるよ』
『でもこないだとは感触が違うんだけど』
『あれは大学2年の終わりの方の身体。今回のは大学に入ってすぐの身体』
『なるほどー』
『こないだのは発生してしまった矛盾解決のために強引に入れ替えたもので、実は今日から本当に女子大生の身体が始まるんだよ』
『そのせいかな。こないだより随分頼りない』
『逆に昨日までとのギャップが小さいでしょ?』
『そうそう! だからこれ、女子大生なのか女子高生なのか少し悩んだんだよ』
 

地区予選の翌週の連休。部活は休みだったのだが、千里は朝から暢子とふたりで例によって深川市内の体育館まで行き、お昼過ぎまで一緒に汗を流していた(その後、午後から神社に出る)。
 
ふたりが密かに練習していることを知った雪子が自分もやりたいと言ったのだが、3人以上集まって練習していると部活動をしているとみなされるので実は2人というのが、生徒会規約違反にならないボーダーラインなのである。それで結局雪子は揚羽を誘って、別の場所で練習しているようである。
 
リリカと蘭、敦子と睦子も、各々ふたりでジョギングをしたり腹筋などをしたりしているようだ。夏恋は父親に頼んで自宅の庭にバスケットのゴールを設置してもらったらしく(インターハイの銅メダルを娘が取って来たのを見てお父さんは結構舞い上がっている模様)、結里を誘って夏恋の自宅で黙々とシュート練習をしているらしい。彼女たちの場合は1on1とかをするより、むしろそういう基礎練習の方が良い。
 
こういう自主練習に関して南野コーチは「無理せず怪我に気をつけるように」と注意した。部活動ではない場合、怪我してもスポーツ保険が下りない可能性が高い。また自主練習をする人は、その時間と場所を事前に南野コーチに届け用紙に書いて提出(FAX可)しておくようにというルールを設けた。部員の中には遠隔地から勧誘されて出て来て寮に入っている子もいる。そういう子に事故があったら、コーチや顧問は「練習しているとは知りませんでした」では済まない。 

しかし深川市内の体育館で練習していると、しばしば他の高校のバスケ部の人(大抵はトップクラスの子たち)とも遭遇する。それで
 
「奇遇ですね」
「ちょっと手合わせを」
などと言って一緒に練習することもしばしばあった。
 
「村山さん、フェイントが凄すぎる」
などと対決した相手からはよく言われた。
 
「インターハイのJ学園との試合のビデオ随分見たんですけどね。どうしてもどちらに行くかというのが読めないんですよ」
 
「だいたいは相手の意識がどちらに行っているかを読んでその逆を抜くんですけどね。花園さんとか秋田N高校の中折さんとかは、敢えて自分の意識をどちらかに向けて、反対側に誘うんですよ。だからこちらはその偽装まで読んで抜かないといけないから大変でした」
と千里は少し種明かしをする。
 
「それハイレベルすぎ!」
 
「中折さんは村山さんを結構停めたけど、花園さんは全然停めきれませんでしたよね」
「彼女がうますぎるからですよ。うますぎて自分の術に自分ではまる」
 
「なんか難しい」
 
「気のコントロールに関しては、やはり村山は小学校の頃剣道やってたし、神社の巫女をもう4年半やってるからプロだから」
と暢子が言うと
 
「なるほど!剣道経験者だったのか」
と納得している感じ。
 
「千里をほぼ完璧に停めてるのはP高校の佐藤さんくらいだよね」
と暢子が言う。
 
「あの人は凄い。だって何も考えてないんだもん」
と千里は言う。
 
「ん?」
「無心だから、左右どちらにも隙が無いんだよ」
 
「あ、それ分かる」
と言ったのはR高校の日枝さんだった。
 
「私もあの人は全然抜けない。佐藤さんって、量子力学的に左右に神経を置いてるんだと思う」
と日枝さんは言う。
 
「何それ?」
「ほら、物理の授業で、たった1個の電子を2つ穴が開いている壁に向かって飛ばすと、電子は2つの穴を同時に通過するって習わなかった?」
 
「あのあたりチンプンカンプン」
「私、物理取ってなーい」
 
「佐藤さんって左に警戒している佐藤さんと右に警戒している佐藤さんが量子力学的に同時存在しているんだよ。そして実際に抜こうとした側の佐藤さんが実体化する。シュレディンガーの猫と同じ」
と日枝さんは説明するが、
 
「ごめん。私の頭では理解不能かも」
という声が多数であった。
 
「それってジャンプ超能力漫画の世界では?」
という声もあった。
 

この連休初日、深川の体育館で遭遇したバスケ女子の中に見慣れない顔があった。背が高い。多分176-177cmある。それに動きも良い。向こうが休憩していた時にこちらから声を掛けた。
 
「お疲れ様です。どちらの学校ですか?」
「あ、私、今学校行ってないんですよ」
「ああ、お勤めですか?」
「いや、NEETってやつで済みませーん。早い話がスネかじり」
「いえいえ謝ることないですよ。じゃずっとおうち?」
「それだと息が詰まるから、こうやって時々汗を流しているんですけどね」
「でもかなり巧いから、どこかの学校のレギュラーさんかと思った」
 
「7月までは東京の高校に行っててバスケット部にも入ってたんですけどね。ちょっと父親と揉めたこともあって、8月から深川の祖母の家に居候していて」
 
「何か大変みたいですね。でも土地が変われば気分も変わるかも知れないし。そうだおひとりなら、ちょっと一緒に練習しません?」
 
ということでその日は彼女と一緒にシュートやリバウンドの練習をした。 
「なんだか今日は楽しかった。あ、私、薫です」
と彼女が名乗ったので、こちらも
「N高校バスケ部の暢子です」
「同じく千里です」
と言って、握手をした。
 
その握手をした時、千里は何か変な違和感を感じた。何だろうこれ、と思ったものの、その時はその違和感の正体が分からなかった。
 

この3連休の初日、千里は朝から午後までバスケの練習をし、夕方から神社に出ていたのだが、夜帰宅すると、留萌から母が出て来ていた。
 
「あ、お母ちゃんいらっしゃーい」
と千里は母を見て言い
「これ、おみやげ〜」
と言って帰宅途中のコンビニで買って来た肉マンを3個出す。
 
「3個あるんだ?」
と母が驚いている。
 
「うん。誰か来そうな気がしたから」
「千里はこんなものだね」
と美輪子は、この手の千里の行動には慣れているので平然としている。 
しかし肉マンをひとつ取って食べながら、母は千里を見てしかめ面をしている。 
「どうかした?」
と千里は自分も肉マンを食べながら言う。美輪子がお茶を入れていた。 
「あんた、女子制服着てるの?」
「中学の時も女子制服着て神社に行ってたじゃん」
「高校でもそうしてるんだ? だけど全然女装男子高校生には見えない」
と母は言うが
「千里は間違いなく女子高生だから」
と美輪子は言う。
 
「そもそも男子制服着て女子更衣室には入れないしね」
と千里。
 
「あんた女子更衣室を使うんだっけ?」
「私女の子だもん」
「いやあんたは女のつもりでも、他の人たちが戸惑わない?」
「別に。普通におしゃべりとかしながら着替えてるけど」
「だって女の子の下着姿をあんた見ることになるじゃん」
「私も下着姿曝してるけど」
 
「うーん・・・」
と母は悩んでいる。
 

「あ、それよりちょっと相談事があって来たんだけど」
「玲羅のこと?」
「よく分かったね!」
 
「高校をどうするかでしょ?」
「実は学校の先生から公立は無理って言われた」
「まあ無理かもね。あの子、全然勉強しないもん」
 
「それで私立にやるお金は無いし、就職させて定時制にやろうかと思ってさ。本人に聞いたらそれでもいいというから」
「まあ玲羅としてはそれで親元から離れられるのがいいのかもね。旭川に出てくることになるし」
「だけど旭川のどこに住まわせようかと思って。さすがにここに2人も頼めないから、いっそアパート借りてあんたとふたりで暮らす?」
 
千里はその件についても少し考えていたので言う。
 
「お母ちゃん、定時制でもいいだろうけど、やはり全日制高校に行かせてあげなよ。授業料は私が出してあげるからさ」
 
「あんたそんなにバイトで稼いでるんだっけ?」
「悪いとは思ってるけど、今食費は美輪子おばちゃんに出してもらってるし、特待生だから学費は掛かってないし。神社からは毎月6万くらい頂いているから、玲羅の授業料くらいは何とかなると思うよ」
 
実際にはバスケで忙しすぎて神社になかなか出られないので、そちらからもらっているお給料は3万程度である。更にバスケで毎月かなりの出費が発生しているし、また個人的に東京に行ったり出羽に行ったりで旅費も使っている。しかし作曲のお仕事をここの所相次いで頼まれて、それが結構な額になりつつあった。
 
特に津島瑤子の『See Again』はこの時点で既に20万枚/DL売れていた(最初に出たミニアルバムとその後シングルカットされたものの合計)。その印税は報告をもらっているだけでも恐ろしい数字になっていた。ただしそれを蓮菜と山分けするし、入金され始めるのは10月末以降だし、所得税・住民税でおそらく2〜3割取られることも考えておかなければならない。
 
「ごめーん。私、美輪子に全然送金できなくて」
「お互い苦しい時は助け合えばいいんだよ。私も大学生時代に、津気子姉ちゃんから結構助けてもらったから、今はその恩返しだよ」
 

翌日23日はバスケの練習をお休みにして、千里・暢子・寿絵・夏恋・雪子といったメンツで札幌まで留実子をお見舞いに行った。留実子が来るなら差し入れはカルシウムの多いものがいいなどというので、煮干し、アーモンドフィッシュ、骨せんべい、干しエビに、えび大丸などを買って持って行った。
 
病室に行くと、留実子はエキスパンダーで運動していた。
 
「身体動かしていいの?」
「骨折した右足は動かしてない。でも上半身だけでも鍛えないと復帰に時間が掛かる。あと左足の運動もしてる。このあたりは主治医と話し合ってすることを決めている」
 
「うん。先生と話してやっているのなら大丈夫」
「勝手なことして治癒が遅くなったらいけないから」
 
「治療はどんなことしてるの? 電気?」
「そうそう。電気治療器やってるし、超音波治療器と併用してる」
「色々あるんだね」
「痛みはない?」
「痛い。無理に我慢しようとするなと言われた。神経の働きを押さえ込んじゃうから。だから痛いと言うことにした」
「ああ。実弥は無理に我慢しがち」
 
「そうだ。サーヤ。これ私が性転換手術受けた後、療養していた時の運動メニュー」
と言って千里は留実子にメモを渡す。
 
「ありがとう。参考にさせてもらう」
 
このメモは美鳳さんからもらったものだが、このメニューを自分が実際に手術を受けたあと実行しなかったらどうなるのだろう?と毎度千里はタイムパラドックス問題で悩んだ。
 
暢子は宇田先生から聞いているだろうけどと断った上で、留実子の番号6番は空けておくから、頑張って治療に専念するように言った。
 
「今は留実子の仕事は身体を治すことだから」
「うん。頑張る。それと勉強も頑張るから」
 
千里は授業内容のノートを毎日コピーして留実子の叔母の家の郵便受けに放り込んでおり、留実子の叔母はそれを毎日見舞いに行く時に留実子の所に持って行っているので、留実子はそのノートと教科書を見比べながら1日遅れで授業内容をフォローしている。出席日数にはならないものの勉強でも遅れを取らないようにしようという意気込みである。
 
「サーヤ頑張って学年20位以内を目指しなよ」
 
「うん。実はそれ頑張ってみようかなと思っている」
と留実子は言う。
 

「僕さ」
「うん」
 
「正直、バスケットって、千里に誘われて惰性でやってた面がある。バスケやってれば知佐と話も合うしなんて少し不純な動機もあった。だから言われたら練習するし試合にも出るけど半ば友だち付き合いの一部という気持ちが強かった」
 
千里たちは黙って聞いている。
 
「でも今度怪我したので僕は分かった。僕はバスケが好きだ」
と留実子は言った。
 
「私もバスケ好きだよ」
と千里。
「私はバスケを愛してる」
と暢子。
 
「だから、僕、今度のウィンターカップにも行きたいし、来年のインターハイにも行きたい」
 
「今までサーヤってあまり勉強せずに学年70-80位くらいに居たんだもん。だから真面目に勉強したら20位以内、行けるかもよ」
 
「うん。だから治療もリハビリも勉強も頑張る」
「うん、頑張れ頑張れ」
 
「でも無理はするなよ。無理して治癒が遅れたらタダじゃおかないから」
「道大会までは私たちで何とかするから、ウィンターカップでJ学園やF女子高を圧倒しようよ」
 
「うん」
 
留実子は千里・暢子と堅い握手をした。
 

「サーヤの握力で握られると、ちょっと痛い」
と暢子。
 
「骨折しないように気をつけよう」
と夏恋。
 
「暢子まで入院されたら、さすがに私も辛いよ」
と千里は笑って言った。
 

L女子高の瑞穂監督・溝口さん・鳥嶋さんの3人が昨日お見舞いに来てくれたということだった。
 
「なんか凄い高そうなバウムクーヘン頂いちゃって。お返しに札幌のR堂のきんつばを今日姉貴が買って来てくれることになってるから、千里、悪いけどそれL女子高さんに持っていってくれない?」
 
「うん。OKOK」
「R堂のきんつばなら私も食べたいな」
「みんなの分もあるよ」
「よし」
 

その留実子の姉(元兄)の敏美は11時頃やってきた。敏美は札幌市内の美容室に勤めているので、毎朝出勤前と、後は時間の取れた時に来てくれているらしい。旭川の叔母が夕方来てくれるので、ふたりのフォローで留実子は不自由のない入院生活を送っているようである。
 
「おっはー」
と言って敏美は明るい。そして部屋に入ってくるなり千里の首に手を回して抱きつくとおっぱいを触る。
 
「千里ちゃーん。このバストは本物?」
「上げ底無しの本物ですよ」
「ね、あんたもうおちんちん取っちゃったんでしょ?」
「さすがに付いてません」
「だよね〜。女子チームに入ってインターハイに行ったというからさ。当然、女の子の身体になってなきゃ行けないよね」
「さすがに男が女子選手としてインターハイに出たら不正行為です」
「ほんとにそんな奴がいたら、みんなの前でお股広げさせて、おちんちんを公開処刑だね」
「ああ、安い漫画にありそうです」
 
「親には話してるの?」
「まさか。内緒ですよ」
「ふふふ。カムアウトすると大騒動だよ」
「気が重いです」
 
この日は遅番でお昼過ぎに出ればいいということだった。敏美も元男性で昨年性転換手術を受けて女性になったというと、みんな驚いていた。
 
「男の人だったようには見えない!」
「でも千里には負けるけどね」
「いつ手術を受けられたんですか?」
「11月」
「じゃ千里より後なのか」
「だよね?千里は11月に病院で検査を受けて女であると診断されてるんだから」
「かもね」
 
千里はこの件に関しては言葉を濁しておく。
 
「でも性転換手術って痛いんでしょ?」
「最初の1ヶ月はひたすら寝てた。それと普通に座れないのよね」
と敏美。
「ドーナツ座布団必須ですよね」
と千里。
 
「お産した人と似たような感じか」
 

その日、夕方くらいに病院を出て帰ろうとしていたら千里の携帯に着信がある。見ると従姉の愛子である。会いたいということだったので暢子たちと別れて、愛子が指定するファミレスへ行った。
 
愛子は現在大学2年生で札幌市内の大学に通っている。千里とは年に1度はどこかで会っているし、電話でもよく話すので、お互い遠慮が無い。
 
「おっす」
「おっす」
などと挨拶を交わして千里は席に座った。
 
「こちらから会いに行こうと思ってさ。千里の携帯につながらないから美輪子さんとこに電話したら札幌に来ていると言うし」
 
「札幌の病院に入院している友だちの見舞いに来たんだよ。病院内では携帯の電源切ってた。しばらくは週に1回くらい来ると思う」
「おお、それは助かるかも」
 
「でも愛子ちゃん、結構髪伸びたね」
「今ちょうど千里と同じくらいの長さかな」
「でもこれウィッグなんだよ」
 
今日はオフなのでバスケをする時に使っているショートヘアのウィッグではなく、肩までの長さのウィッグを着けてきている。
 
「へー。本当の長さはどのくらい?」
 
というので千里はウィッグを外してみせる。お腹の付近までの髪が露わになる。 
「ウィッグより長いじゃん!」
「いや。この長さは校則違反になるから」
「それでセミロングヘアのウィッグの中に押し込んでいるのか」
「色々事情があって」
「まあいいや。取り敢えず私も胸くらいの長さまでは伸ばそう」
 

「でも今日はどうしたの?」
「いや、私の東京方面移住計画についてね」
「ふーん。愛子ちゃんも東京に行くんだ」
「姉ちゃんが頑張って出て行ってくれたから私も行きやすくなった」
 
愛子の姉の吉子は函館市内の高校を卒業後、東京の有名私立大学に進学した。親としては女の子をそんなに遠くにやるのは不安だったようだが、吉子はさばさばした性格で、勉強もよくできたので親としても折れたようであった。しかし吉子ほど頭の出来がよくない愛子は、東京の有力大学に合格できないので札幌市内の大学で妥協したのである。
 
「愛子ちゃんまで東京に出てくれると、私も東京に行きやすくなる」
「男の子は遠くに出ることあまり言われないんじゃないの?」
「うちのお父ちゃんは、留萌に戻ってきて漁師やるなんてのをまだ諦めてないし、お母ちゃんの方は私を都合によって男の子とみなしたり女の子とみなしたりするんだよ」
「ああ。何となく分かる」
 
「吉子ちゃんは勤め先は決まったの?」
 
現在吉子は大学4年生である。
 
「都市銀行の埼玉県内の支店に内々定」
「すごーい」
 
「で愛子ちゃんも関東方面の会社に勤めるつもりなんだ?」
「うん。姉貴が埼玉県内に勤めていれば、保証人にもなってもらえるし」
「吉子ちゃんと一緒に暮らすの?」
「まさか。それだと彼氏を連れ込めないじゃん」
「確かに。吉子ちゃん彼氏居たんだっけ?」
 
「彼氏というほどの相手はいないみたい。ボーイフレンドは何人かいるみたいだけどね」
「ふーん」
 
「まあそういう訳で千里占ってよ」
「どういう選択肢?」
「要するに東京に行く大義名分が欲しいのよね。姉貴は有名大学への進学、都市銀行への就職というのでそれをクリアした」
「うまいね」
「それで私が考えているのは、放送局、新聞記者、国際機関の職員、政治家の秘書、航空会社のグランドホステス。もう少し若かったらモデルとか歌手とか目指したいくらいだけどね。あと英語ができたらキャビンアテンダントやりたいけど」
 
千里は頭を抱えた。
 
「英語できなくて国際機関の職員もグランドホステスも政治家の秘書も無理だと思うけど」
「グランドホステスも英語必要?」
「できなければ門前払いだと思う」
「むむ、そうか」
 
「愛子ちゃん、地域的なこと考えなかったら何になりたいのさ」
「お嫁さん」
 
「そう来たか、今彼氏は?」
「私は姉貴と違って今まで恋人なんてものができたことない」
 
「学部は経済学部だったっけ?」
「うん。経営学科」
「会社の社長にでもなる?」
「ああ。君が経営者だったらこういう場合どういう決断を下すか?とゼミで練習してるよ。どこか、社長の求人とか無いかな?」
 

そして9月24日。連休の最終日。
 
午前中は留実子から言付かったお菓子を持ってL女子高まで行って来た。連休明けでもいいかとも思ったのだが、溝口さんに連絡してみたら練習しているということだったので、美輪子に車で送ってもらう。
 
学校の中まで車で乗り入れようとしたら門の所に居る守衛さんから用件を聞かれる。
 
「旭川N高校の村山と申します。バスケ部の人たちに会いに行きます」
と生徒手帳を見せて告げる。
 
守衛さんは手帳の中を開けて身分証明書欄を確認してから出入りノートに名前を書いてくれと言われ、千里・美輪子ともに記入した所で通してくれた。番号の付いた首掛け式の入構証をくれて、校内ではそれを掛けておいてくださいと言われた。
 
「さすが女子高は警備が厳しいね」
と美輪子が言うが
「ふつうは女性であればほとんどノーチェックで通してくれるんだけどね。いつもほとんど素通りしてるし。うちの男子部員連れてくる時は、名前を書かせられてるけど、入構証までは無かった。何かあったのかな」
 
美輪子が駐車場で待っているというので、千里はひとりでお見舞い返しを持ち練習場になっている第2体育館に行った。すると近くに青いビニールシートが掛けられた建物がある。何か工事中なのだろうかと思う。
 

体育館に入って行くと、ちょうど休憩している所だったようである。
 
「お疲れ様ですー」
と言って留実子から渡されたお菓子を出す。
 
休日というのに15人ほど部員が出て来ている。部員は25-26人だったはずと思いきんつばの12個入りを3箱持っていったのだが、その場に居る部員が寄って来てあっという間に無くなる。
 
「今日来てない人に取っておかなくて良かったんだっけ?」
「出て来てないのが悪い」
「箱は処分して証拠隠滅」
 
学校の人は瑞穂監督と下田コーチの他、シスター姿の年配の女性が居る。きんつばを1個だけ取って食べていたが、千里が会釈すると寄って来て
 
「ね、あなた修道院とかに興味無い?」
と言った。
 
「すみませーん。私、神社の巫女してるので」
「ああ、そちらかー。あなた凄く優秀な修道女になれそうなのに」
「キリスト教はあまり馴染みがなくて。ごめんなさい」
 
「シスター、この子凄いですか?」
と瑞穂監督が訊く。
 
「うん。物凄く優秀。神様の声を聞いたりするタイプ」
 
ははは。神様とならしばしば会話してるかな。でもさすがにそんなこと人前では言えない。
 
「村山さんが霊感凄いというのはP高校の佐藤さんも言ってたな」
と溝口さん。
 
「いや、私は佐藤さんも霊感凄いと思う。でも溝口さんだって結構霊感ある」
と千里。
 
「そうだっけ? 私テストの勘は働くけど幽霊とか見たこともないし」
「それは実用的な霊感だと思う」
 

「そういえば隣の建物は武道場でしたっけ?工事ですか? 青いビニールシートが掛かっていたけど」
 
「放火されたんですよ」
「えーー!?」
 
「火災警報が鳴って警備の人が駆け付けて消化器で消し止めたんですけどね。改修が必要なんで、取り敢えずビニールシートを掛けている」
 
「夜間はセキュリティとか入ってないんですか?」
「時限発火装置付きだったらしくて、おそらく昼間警戒の弱い間に入って仕掛けたのではないかと」
と下田コーチが言う。
 
「本格的ですね」
「春頃から深川市内で似たような手口の犯行が3件あったらしいです。その犯人がどうも旭川に移動してきたのではないかと警察は言ってました。そちらも注意してくださいね。教育委員会に連絡して、緊急に市内の学校に注意を促す文書をFAXしてもらいました」
とシスターさんが言う。
 
あるいはその関係の処理で学校に出て来ていたのだろうか。
 

溝口さんや大波さん(布留子)たちと10分くらいおしゃべりした所で引き上げる。駐車場に駐めてある美輪子のウィングロードに乗り込む。
 
「お待たせ〜」
「次はどこ行く?」
「深川まで送ってくれる?帰りは電車で帰るから」
「OKOK」
 
動き出した車内から体育館、そしてブルーシートの掛かった武道場が見える。その武道場の所に千里はどこかで見たような記憶のある女の子の人影を見た気がした。しかしその姿はすぐに消えてしまった。
 
誰だっけ?と考えていたが、旭川市街地を出た所で思い出した。あの人影は先日深川の体育館で会った東京から来たバスケ女子の薫さんだったということを。 
もしかして薫さん、L女子高に入るのかな?
 
千里はこの時はそんなことを考えた。
 

深川の体育館で降ろしてもらってからバスケの練習をする。練習していたら暢子が来たので、一緒に3−4時間汗を流した。その後、夕方近くから夜10時まで神社でご奉仕する。
 
その後、帰宅したら信じられない人物が待っていた。
 
「春風アルトさん!?」
 
「インターハイの取材の時に頂いたCDが凄くいいなと思ってね。事務取扱が∞∞プロになってたから、そちらに照会したら、連絡先として琴尾さんを教えてもらって、それで確か村山さんと言ったんだけどと言ったら、こちらの住所を教えてもらったから押しかけて来た」
 
と春風アルトさんは言う。
 
「昨年お花見の時に会った時も不思議な少女だなと思ったのよね。それで先日の取材の時にももっとミステリアスな雰囲気を感じたんだけど」
 
「そうですね。不思議なのは私が少女じゃなくて少年だからかも」
「えーーー!?」
「冗談です」
「びっくりしたー」
「たまに私男ですけどと言ってみるんですけど誰も信じてくれないんです」
 
「そりゃ村山さんみたいな美少女が男ですなんて言っても信用度ゼロだよ。仕事柄ニューハーフのタレントさんともよく話すけど、みんな女らしいけどやはりどこかに男が残っているんだよね。普通の女性にはそういうものが無いから区別が付くよ」
と春風アルトが言うと、美輪子は苦しそうだ。
 
「それで∞∞プロの谷津さんから聞いたけど、神社の巫女さんをしていて、何日にどこどこに行けば有望なアーティストに会えると占ってくれて、それで見つけたのがラッキーブロッサムと聞いて」
 
「偶然ですけどね」
「いや。偶然だとしても凄い。まあそれでぜひ会いたいと思ったのよ」
 

「でも、こんな凄いタレントさんに出せるようなお菓子がなくて焦ってる」
と美輪子。
 
「じゃこれでも」
と言って千里は手提げバッグの中からケーキ屋さんの箱を取り出す。
 
「バスケの練習が終わってから神社に行く前に買ったんですよ。神社で冷蔵庫に入れておいて、帰り間際に冷却剤入れてきた」
と千里は言うが、箱の中からケーキが3個出てくるので、春風アルトが驚く。 
「どなたかお客さんがある予定だったの?」
「いえ。でも誰か来るかもと思ったんです」
と千里が笑顔で言うと、
 
「うっそー!」
と春風アルトは声をあげたが、美輪子は
 
「千里の行動の予定調和にはもう私は最近驚かなくなったな」
などと言ってニヤニヤしている。
 
「お好きなもの、どうぞ」
と言うので春風アルトは
 
「じゃミルフィーユにしよう」
と言って1つ取る。
 
「おばちゃんは?」
「じゃ私はモンブランで」
 
「じゃ私が残り物に福があるでアップルパイ」
 

美輪子が紅茶を入れてくれて、それでまずは頂く。
 
「これ占いだったんですよ」
「へー」
 
「ミルフィーユを選んだ春風さんはたくさんの層からなるケーキ。彼氏は恋多き人ですね」
「なんで分かるの!?」
 
「モンブランを選んだおばちゃんは、ただひとつの峯を目指している。ステディだけど、結婚までまだ少しかかりそう」
 
「ああ、私たちはスタートダッシュを誤ったんだよ。勢いで結婚してしまえば良かった所をいつまでもぐずぐずしてる。でも結婚できると思う?」
「できますよ。多分2−3年後」
「ふーん。あんたは?」
 
「私はアップルパイ。りんごを蜜で漬けて寝かせている。食べてもらうのに時間が掛かる。結婚できるのは10年後くらいかなあ。でも結婚できる気がする」
 

「私、その人と結婚していいと思う?」
と春風アルトは尋ねる。
 
千里は黙ってスポーツバッグの中から筮竹を取り出す。
 
略筮で卦を立てる。
 
「天雷无妄(てんらい・むぼう)の4爻変。貞(てい)にすべし。咎(とが)なし。相手は沢山浮気すると思いますよ。でもあなたはホームグラウンドなんです。だからふらふら揺れているように見えるけど、足はこちらに付いている。彼があなたを捨てることは決してありません。ただその浮気癖は治らないから、それを我慢できるかどうかという1点だけですね。戦国武将の妻にでもなった気持ちでいれば何とかなります。愛してくれるけど、分かりにくい愛です。でも、之卦(ゆくか)が風雷益だからこの恋は吉です」
 
春風アルトは涙を浮かべていた。
 
「その人と付き合い始めた後で、自分が気付いただけでも3人の女と寝てる」
 
千里は再度筮竹を1回だけ分けて、左手に残った筮竹の本数を数えていたが、途中で筮竹が1本手から落ちてしまった。
 
「その人って、浮気相手と結婚を考える相手とが別みたい。過去に結婚を考えた人が4人いるけど、全員と別れている。そしてその内の3人とひとりずつ子供を作っている」
と千里は言った。
 
「ああ。隠し子がいるなというのは言葉の節々から感じてた。でも3人もいるんだ!」
 
「その4人はその人の愛が信じられなくなったんですよ。浮気ばかりしてるから」
「それは理解するというか同情するなあ」
 
「結婚を考える相手との関係では、その人が自分から別れを選択することはないし、浮気はあくまで浮気にすぎません」
 
春風アルトは大きくため息を付いた。
 
「実はこれまで身分を隠して5人ほどの占い師さんに相談してみたのよ。実は全員、やめとけと言った」
 
「普通そう言うでしょうね。こんな浮気性の人」
「でもあなたは結婚していいと言うのね」
 
「好きなんでしょ?」
「うん」
「だったら結婚していいと思います。ダメになった時はなった時ですよ」
 
「そうだね〜。私も2〜3回結婚するかも知れないし」
 

その後は春風アルトの半分グチ、半分ノロケのような話が続いた。千里はそれを静かに聞いては、時々短いコメントをしたり、タロットを開いて状況の確認をしたりしていた。彼女の話は2時間以上、深夜1時頃までに及んだ。 
「ところで私の相手、誰か分かる?」
「私もお名前を知っている人のようではありますけど、具体的には分かりません。特にそれを聞かれなかったし」
 
「でも何だかすっきりした」
「こういうこと話せる人ってあまりないですよね。占い師はクライアントのことについて守秘義務がありますから」
 
「それって何か法律とかで定められてるんだっけ?」
「ええ。刑法にちゃんと書かれています」
「へー」
 
「だから裁判所とかに命令されたような場合を除いては決して相談された内容は話しませんから」
 
春風アルトは頷いている。
 
「また相談するかも」
「いつでもどうぞ」
と言って千里はにこやかに返事をした。
 
春風アルトは遅くまでお邪魔して済みませんと言って帰って行った。見料と言って10万円も入った封筒を置いていった。
 
彼女は翌年春までに出演していた全ての番組から降板し、その後4月に上島雷太との交際を公表した。実際にふたりが婚約したのは彼女が千里の所に来た翌月の10月であったらしい。
 

10月4日。振分試験が行われる。この日留実子については、副担任が札幌まで行き、病室で学校と同じ時間割で試験を実施してくれた。留実子が左手で答案を書いているので
 
「あれ?花和さん、左利きだっけ?」
と尋ねると
 
「僕、左手の握力が右手より弱いから左手を鍛えているんです。それに左手を使うのは右足の神経を活性化するのにもいいから」
と留実子は答えた。
 
「それにしてはしっかりした字を書くね!」
と副担任は感心していた。
 
「だけど花和さん、一見すると男の子に見える」
「僕、男ですから。病院のトイレも男子トイレ使ってますし」
 
「・・・花和さん、退院したら男子制服着て通学する?」
「それやると、女子選手として認めてもらえなくなるかも知れないから、男子制服はこっそり着ます」
 
「男子制服もしかして持ってるの?」
「持ってますよ」
「すごーい!」
 

 
翌日10月5日は1学期の終業式である。そしてその後の3連休に、バスケットの秋季大会が設定されていた。
 
これは旭川地区と留萌地区の合同の大会で今回女子では20校が参加していた。初日1回戦と2回戦の12試合、2日目に準々決勝と準決勝の6試合、3日目に3位決定戦と決勝の2試合が行われる。20校の内8校が1回戦から、12校が2回戦からとなる。
 
今回はL女子高・N高校・M高校とA商業の4校がシードされて準決勝までは当たらないようにされており、留萌地区から参加した6校も4つの山に分散されている。
 
会場は男子は1日目がR高校・A高校、2日目がN高校、3日目がJ高校、女子は1日目がE女子高・L女子高、2日目がM高校、3日目は男子と同じJ高校、と旭川市内の複数の高校に負荷分散して行われる。コートは1日目と2日目午前中までは各校2コートずつに切って使うが準決勝・決勝は1コートで使用する。
 

千里たちN高校はこの大会、事前の話し合いの通り、留実子を6番で登録したまま欠席扱いにして臨んだ。先発は、雪子・千里・寿絵・暢子・揚羽というラインナップである。揚羽はこれまで留実子という安定したプレイをする先輩が居る中で伸び伸びとプレイしていたのだが、その留実子が欠場する結果、今回は実質正センターである。ちょっと重圧感で試合前緊張していたので、それを見た暢子が脇の下をくすぐって緊張をほぐしていたが、南野コーチから「あんたたち何やってんの?」と言われていた。
 
初日2回戦はあまり強い所ではないので、最初だけその5人で出たものの第2ピリオド以降は、控え組、特に初めてベンチ枠に入ったメンバー中心に運用して、それでもダブルスコアで快勝した。
 
2日目午前中の準々決勝は数子や久子たちの留萌S高校であった。キャプテン同士、暢子と久子で握手した後、千里も久子や数子たちと握手してから試合を始める。昨年春に「バスケット同好会」としてスタートした時は部員が7名しか居なかったのだが、今年1年生5人を入れて12名になっている。但し久子たち3年生3人が12月いっぱいで引退するので、新人戦は9人で戦わなければならない。
 
人数は少なくても現在留萌地区最強校なので、こちらも充分気合いを入れて掛かる。メグミ・千里・夏恋・暢子・リリカといったメンツで始めて、ある程度点差を付けてから、千里・暢子は結里・蘭と交代して下がる。その後セミ・レギュラー組中心で運用した。但し雪子と揚羽は温存し、司令塔となるポイントガードはメグミが下がる時はドリブルの巧くゲームセンスの良い敦子(登録はSF)に代行させた。
 
第4ピリオド後半から雪子も入れたベストメンバーに戻して、最終的に86対58で勝利した。この試合が事実上の高校ラストゲームになった久子や豊香とは千里も雪子もゲーム後ハグしてお互いの健闘を称え「またどこかで闘ろう」と約束した。
 

そして2日目午後の準決勝。相手はM高校である。橘花たちM高校は先日のウィンターカップ地区予選で2位以内に入れず道予選への進出を逃してしまったが、気持ちを切り替えて来年のインターハイに向けてまた鍛え直すと言っていた。この秋季大会の直前まで練習試合をやっていたが、テンションは高かった。 
シューターの友子とセンターの葛美が抜けて、どうしてもインハイの時に比べると攻撃力・防御力ともに落ちているが、新部長・橘花と1年生の宮子を中心としたチームは、あなどれない。
 
むろんこちらは全力で行く。
 
雪子と揚羽を午前中の試合であまり使わずに済んだので、この2人が元気あり余っている。千里・暢子も午前中の試合は3割くらいしか出ていないし、元々スタミナがたっぷりあるので充分元気である。
 
試合は終始N高校のリードで進行した。第1ピリオド18-22、第2ピリオド20-24と進行するので、第3ピリオドは千里・暢子は休ませてもらう。第3ピリオドは暢子の代わりにリリカ、千里の代わりに夏恋が入り20-20と同点で持ちこたえた。そしてふたりが復帰した第4ピリオド24-28として、このゲームを制した。最終的な得点は 82-94である。点数としては結果的に12点差になったものの、結構接戦感覚のしたゲームであった。
 
「なんかあまり負けてる気がしなかったのに結果的に負けてる」
と橘花が悔しがっていた。
 
「微妙な得点確率の差だったね」
と千里。
 
「やはりその得点確率を5%上げないといけない」
「うん、また頑張ろう」
 

続いて行われたもうひとつの準決勝はL女子高がR高校を76-54で破った。R高校は準々決勝でA商業に勝って上がってきていたものである。
 
一方別会場で行われていた男子の準決勝はN高校がR高校に勝ち、留萌S高校が旭川T高校に勝った。明日の決勝戦はN高校対S高校の組合せになった。昨年インターハイ道予選では決勝リーグ最後のカードになりそれを制したS高校がインハイ切符を手にした。また昨年のウィンターカップ道予選では1回戦で当たりN高校が勝っている。両者はしばらく当たっていなかったが、約1年ぶりの対戦となった。
 
「千里が万一まだ男子チームに居たら、またトラブルが起きてる所だったな」
「性転換してくれて助かった」
「いや、まだ千里が性転換していなかったら、病院に拉致していって強制手術してしまわないといけないレベル」
「今度またトラブっていたら、チームが対外活動禁止処分になっていたかも」
 
などと暢子と寿絵は男子の結果連絡を聞いて勝手なことを言っていた。 
が、あとで北岡君からも似たようなことを言われた!
 
R高校は男女とも3位決定戦に回ることになった。
 
 
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