【女の子たちの事故注意】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-09-19
8月24日(金)。昼休みにメールチェックしたら「連絡よろ」と貴司から短文メールが来ていたので、さりげなく校舎外に出て物陰で電話する。
「千里、明日何か用事ある?」
「神社に出るけど」
「神社は午後からだよね?午前中にも旭川市内で少し会えない? 今の時期は確か補習やってなかったよね?」
練習試合の打ち合わせがあるので旭川に出てくるらしい。それでその前に千里と軽くデートしようということであった。
「いいよ。補習は9月になってから。でもHまではできないよ」
「純粋に会いたいだけだよ! Hはこないだ4回もしたし」
3回という約束だったのだが、実際は普通のセックス3回と真っ暗にして更に目をつぶってやるという約束で初めてシックスナインをした。結果的に貴司は千里が完全な女なのかどうか確信を持てなかったようだが、初めてのシックスナインで貴司は物凄く興奮して1分もしないうちに千里の口の中で逝ってしまいもったいないと言って悔しがっていた。
「Hしたくないの?」
「そりゃしたいけどさ」
そのあと少しおしゃべりしてから電話を切って校舎内に戻ってきたところで、バッタリと教頭先生と遭遇する。会釈して通り過ぎようとしたが、呼び止められる。
「村山君、最近はずっと女子制服だよね」
「すみませーん。本当は男子制服着ないといけないんでしょうけど」
「そんなことはない。村山君は女の子なんだから女子制服を着るのが本来だと思うよ」
「そうですかね。このままずっと女子制服着てようかな」
「うん、そうしなさい、そうしなさい」
と教頭先生も笑顔である。
「髪も伸びたんだっけ?」
「これウィッグなんですよ。実は4月に1学期始まる直前丸刈りにしちゃったんで、まだ本当の髪はかなり短いんです」
「なるほど。でもそのカツラ付けて練習してて蒸れない?」
「大丈夫です。これ化繊で通気性の良いものなので」
「へー、カツラにも色々あるんだね」
その色々なウィッグを使い分けるのに結構苦労してるんだけどね!
その日の夕方、千里が南体育館(朱雀)でバスケ部の練習をしていたら校内放送で呼び出しがある。それで職員室に行くと電話が掛かって来ていて、雨宮先生だった。
「お早うございます。何でしょうか?」
もう日が落ちているのに「お早うございます」などと言っているので、そばにいる先生が怪訝な顔をしている。
「ああ。千里。今すぐ東京に来てくれる?」
「今すぐって。私、今学校で部活してるし、このあと練習試合なんですけど」
「あんたまだ夏休みじゃなかったんだっけ?」
「北海道や東北の学校の夏休みは8月20日前で終わるんです」
「へー。そうだったのか。で、取り敢えずこちらに来て」
「明日じゃダメですか?」
「私が今すぐと言っているんだから、今すぐ来なさい」
千里はため息を付いた。
「分かりました。でも飛行機あったかなあ」
「旭川空港20:20の便を予約だけ入れておいたから、チケット代は自分で払って。後で精算するから。お金は持ってる?」
「先日先生に言われて作ったスルガVISAデビットを昨日受け取ったので、それで決済します」
「OKOK。予約番号を言うね。****だから」
「分かりました」
千里は予約番号をメモした。
時間が無いので、体育館には戻らず、更衣室に行って着替えを取り教室から鞄を取って来てタクシーに飛び乗り空港に急ぐ。雨宮先生と付き合い始めてからこういうのはしょっちゅうなのでいつも現金を数万円持っている。カードが使えるところはそちらで決済するが、実は東京までの往復航空券くらいは現金でも払える。
車内からまずは南野コーチの携帯に電話して急用で部活を早引きすることを連絡、更に叔母にも電話して急用で東京に行ってくることを告げた。叔母も慣れたもので「気をつけてね〜。虎屋の羊羹も好きだなあ」などと言っていた。更に貴司にメールすると《え〜!?》という返事が返ってくる。
《貴司なんだったら、リモートセックスする?》
電話だと運転手さんの手前、あまり過激なことが言えないので、敢えてメールにしているのである。
《それどうやるの?》
《私が感じてるようにあんあんあんとかメッセージ送ってあげるから貴司はそれを見て逝って》
《結局セルフサービスなのか!?》
《私もそばに居るんだからいいんだよ》
《寂しいよぉ》
《隠し持ってる私のブラとパンティを握りしめて、私のヌード隠し撮りした写真とか見ながらするといいよ。なんなら私のパンティで貴司のおちんちん握ってやってもいいよ》
《うっ・・・》
バレてないと思ってるのかね〜。
声が聞きたいというので電話に切り替えて、あたりさわりのない会話を少ししたところで空港に着いたので「またね〜」と言って切った。
旭川空港に着くとすぐにJALのカウンターに行き、予約番号を告げてチケットを購入する。ギリギリなので誘導しますと言われて係の人と一緒に手荷物検査場に行き、中に入る。通学鞄と着替えの入ったスポーツバッグはもうそのまま機内に持ち込んだ。あまり時間を置かずに離陸する。そして機内で体操服から制服に着替えた。
今年は3月の修学旅行、4月の京都行き、5月の伊勢行きと、学校をサボっての東京旅行、7月初旬の性別検査のための東京行き、そしてインターハイ、更には先日の出羽山行きと既に6回の空の旅をしている。これまで乗った便数も18便になる。マイルも結構貯まっている。
機内ではひたすら寝ていて22時過ぎに羽田に到着する。連絡すると表参道まで来てと言われ、乗り継ぎ方法も教えてもらうので、京急とJR・地下鉄を乗り継いで辿り着く。改札口の所に毛利さんが来てくれていた。
一緒にレストランに入り個室に入る。雨宮先生・北原さん・新島さんがいる。これに鮎川さんが加わったら雨宮グループ勢揃いという感じだ。北原さんは足にギブスをして車椅子に乗っている。先日の交通事故のせいだろう。後で聞いたら今朝まで深川の病院に入院していたらしい。地元で治療したいからといって半ば強引に退院して午後の飛行機で東京に戻ってきたばかりということだった。
テーブルの向かい側、上座になる側に、40歳くらいかなという感じの男性と、雨宮先生と同年代くらいの感じの男性がいる。どちらも面識が無かったので千里は最初にそちらに向かって会釈した。向こうも会釈を返してくれる。
「これで揃いました」
と雨宮先生が言っている。雨宮先生が敬語を使う相手というのは結構限られるはずだ。ミュージシャンには見えないから、どこか大手芸能事務所のお偉いさんか、あるいはレコード会社か放送局の人ではないかと考えた。
「こちら私の弟子のひとり、醍醐春海です。醍醐君、こちらは★★レコードの松前社長と、加藤課長」
「初めまして」
とお互い挨拶して名刺を交換する。加藤さんとは
「お電話では何度か話しましたね」
と言い合う。
なお、醍醐春海の名刺は伊勢に行った時に持っていなかったのを後から雨宮先生に注意されたので、作っておいたものである。
「社長のお名前は、まるで女性の名前みたいですね」
と千里は言った。松前社長の名刺には
《★★レコード代表取締役・松前慧子》
と書かれている。
「うん。実は僕は女なんだよ」
と社長が言うので
「えーーー!?」
と千里は声をあげる。
「今日の会合は性別がよく分からない人が多いね」
と雨宮先生が言う。
「私は一見女に見えるけど実は男だし、社長は一見男に見えるけど実は女だし、加藤さんも男に見えるけど本当は女で、醍醐もまるで女子高生だけどちゃんとちんちん付いてるし、毛利はこんなヒゲ面だけど女で、新島もナンパしたくなるような美女だけど実はニューハーフで、北原は美青年って感じだけど、本当は男装の麗人なんだよ」
「先生、それ知らない人が聞いたら信じちゃいますから」
と言って新島さんが笑っている。
「一応僕は自分では男だと思ってたんだけど。女房もいるし」
と加藤さん。
「俺、女だったら女湯に入ってもいいですかね?」
と毛利さんが言うと
「そのまま刑務所に直行になるよ」
と北原さんが突っ込む。
「で、結局性別がよく分からなくなっちゃったね」
と社長も笑っている。
「社長のお名前は《さとし》ですか?」
と千里が尋ねる。
「うん。よく読めたね」
「三木のり平さんのご本名が則子と書いて《ただし》と読むので、それと似た読み方かなと思いまして」
「あの人の名前は有名だったね」
「三木のり平さんは定期券とかで苦労なさったようですが、社長も学生時代に定期見せて『これ違うよ』とか言われたりしませんでした?」
「したした。ついでに就職した時、会社に出て行ったら、女子制服渡された」
と社長。
「それでOLになっちゃったんでしたっけ?」
と雨宮先生。
「いや、一瞬人生考えちゃったよ」
と社長は笑っている。
「だけど最近はこういうカラフルな名刺が増えましたね」
と松前社長は千里が渡した名刺を見て言っている。
醍醐春海の名刺は大雪山の写真をバックに『作曲家・醍醐春海』という名前が印刷され、メールアドレスのみが記されている。松前社長の名刺はごく普通のビジネス名刺だが、加藤課長の名刺は★★レコードの看板アーティストであるラララグーンの画像が背景に印刷されている。
「まあそれで今夜の打ち合わせは実はH出版主導で進めていたアイドルユニットの件でして。僕が制作部長としてこれに関わっていたので、取り敢えず道筋だけ付けてから町添君に引き継ごうと思ってですね。ここに町添君も呼ぶつもりだったんですけど、モンシングでちょっとトラブっていて、今夜はそちらの対応で出ているんですよ」
松前さんはこの春までは専務で、6月に社長に就任したばかりである。それで兼任していた制作部長を町添さんに引き継いだのである。松前さんと町添さんは★★レコードの創業者グループの中でもっとも若い。
「モンシング何かあったんですか?」
と毛利さんが訊く。
「弥無君が脱退したいと言ってる」
「えーーー!?」
「弥無さんが抜けたらモンシングどうなるんです?」
「体(てい)をなさないよね。ボーカルで作詞作曲している人が抜けちゃったら」
「モンシングは来週からツアーじゃなかったですか?」
と千里は顔をしかめながら訊く。
「そう。だからせめてツアー終わるまで我慢してくれと説得している所。彼がもう事務所の人間は信用できないと言っているので町添君が説得役で行っているんだよ」
「制作部長就任早々にたいへんですね。だってモンシングって★★レコードの売上の2割くらい占めてません?」
と北原さん。
「うん。うちにとっても大打撃になる。町添君が説得しきれなかったら僕も行く」
「わぁ」
「まあそういう訳で、こちらの打ち合わせはアイドルユニットなんだけどね。H出版の女性向け雑誌『きらりん』が募集した『きらりん・やんぐぽっぷす・がーるず』という企画で、6月にオーディションやって、7月に合格者が決まった。高校1年の女の子3人なんだけど、この企画、Tさんがプロデュースするということになっていたんだけど」
「あらぁ」
「今は塀の中ですね」
Tは中堅の音楽プロデューサーで、幾つかのポップスユニットのプロデュースをしていたが、先月、女子中学生との援交で逮捕され、今は拘置所の中である。普通ならこの程度の罪では保釈される所だが、奥さんが怒って保釈金出さないと言っているらしく、今周囲が説得中である。
「合格者発表のイベントをやった翌日に逮捕されたんだよ。おかげで雑誌にはそのイベントの写真も載せられなかった」
「うーん」
「演奏者も想定するファンも10代という企画なのに、その10代の子とやってたというのは、あまりにも問題がありすぎる」
と加藤さんが厳しい顔で言う。
「当然このプロジェクトからも辞退なんだけど、後任のプロデューサーが全然決まらなくてね」
と松前さん。
「ああ」
「本当は夏休みにあちこちのイベントに顔出させて名前売るような予定もあったんだけど、プロデューサー不在では何もできないので放置になっていたら、合格者のひとり、葵ちゃんって子のお父さんが都議会議員でね。出版社の社長の所に乗り込んできてどうなっているんだと文句言って、社長もたじたじになって何とかすると約束したのが実はこの水曜日なんだよ。それで社長に泣きつかれてこちらもいろいろ当たってみたところ、ロイヤル高島さんが名前だけなら引き受けてもいいと言ってくれた」
「ロイヤル高島さんなら演歌になっちゃいませんか?」
「うん。ポップスに挑戦してみるということで。曲も高島さんとよくコンビを組んでいる海野博晃さんに頼めないかと打診したんだけど、先日肝硬変で倒れてから、まだ充分回復してないようなんだよね」
「あの人大丈夫だったんですか?」
「医者から禁酒を言い渡されたらしい。本人は節制すると言っている」
「怪しいな」
という声も出る。
「では回復を待ってから?」
「それがそもそもこのオーディションをやった時、雑誌上では最初のCDを9月1日に発売すると発表していたのだよ。9月1日に発売される号がこの雑誌の500号記念号ということもあって」
「ちょっと待ってください」
千里は今日呼ばれた趣旨がやっと想像がついた。
「で出版社の社長は葵ちゃんのお父さんから、ちゃんとデビューの日程も明確にしてくださいと迫られて、予定通り9月1日にCDを出すというのをWEB上で発表しちゃった」
「あぁ」
「みんな政治家とか弁護士に押されると弱いからなあ」
と北原さんが言う。
「まあ政治家というのは、男を女にしたり女を男にしたりする以外は何でもできる人のことだということばがあるから」
と雨宮先生が言うと
「いや、それ今の時代ならできるね」
と加藤さんが言う。
「シングルですか?」
と新島さんが尋ねる。
「ミニアルバム6曲入りというのを予告している」
一同からため息が漏れる。
「で、もしかしてゴーストライターですか」
「海野さんはどちらでもいいと言っている。自分の名前を使った方がいいなら使ってもらってもいいけど、実際に書く人の名前を出してもいいと」
「しかし9月1日土曜日に発売ということは8月31日にレコード店に届いていないといけないから8月30日に発送しなければならない。ということは8月29日にはプレスしなければいけないから音源制作は8月28日までに終えないといけない。楽曲は遅くとも8月27日までには用意しないといけないですね。かなり厳しいな」
と北原さんが言う。
今日は8月24日である。
「それが彼女たちは高校生なので、土日しか活動できないんだよ。イベントも土日にしかできないし、録音も土日にしかできない。だから明日と明後日で録音して月曜日にプレスに回す。そして9月1日に握手会付きの新曲発表会」
と松前社長は説明する。
「つまり明日の朝までに6曲作らないといけないという話ですか?」
「うん」
千里も新島さんも北原さんもお互いに顔を見合わせる。雨宮先生は静かに話を聞いている。毛利さんは心ここにあらずという感じでボールペンをくるくると回している。
「しかし普通メジャーデビューさせるといえば1ヶ月くらい前から宣伝入れたりして盛り上げますよね」
と北原さん。
「あ、ごめん。今回はメジャーじゃなくてインディーズから出すんだよ」
「ああ、そうなんですか?」
「取り敢えずインディーズで2〜3枚CDを出して様子を見て、行けそうならメジャーでという話になっている」
「すぐメジャーデビューではないのは何か訳でも?」
「実はね」
と松前さんは言いにくそうに言う。
「選ばれた3人が全員ひどい音痴で」
うーんと千里は思わず腕を組む。北原さんも新島さんも同じ反応だ。
「いや、でも歌が下手でも可愛ければ売れるでしょ?」
と毛利さん。
「取り敢えずビデオを見てもらえる?」
というので、加藤さんがノートパソコンを開いて動画を再生する。
スタジオで青・赤・黄の3色のTシャツにミニスカを着た3人の女の子がモーニング娘。の『恋のダンスサイト』を歌っている。5秒聞いただけで千里は頭を抱えた。これは酷い。プライベートで見ているならビデオを停めたい気分だ。このオーディションって歌は審査しなかったのか??
取り敢えずあまり歌は聞かないようにして映像だけ眺めていたが、そのうち『ん?』と思った。左右を見ると、新島さんも北原さんも注目したようだ。
「今の『セクシービーム!』と言った子、少しよくないですか?」
と新島さんが言う。
北原さんも頷いている。千里も同意するように頷いた。
「皆さんお目が高い。実はこの子いいなと私も思ったんですよ」
と加藤さんが言う。
「今、この子、右側で歌っているけど、この子をセンターにしましょうよ」
と北原さんが言う。
それに対して
「でも真ん中の子がいちばん可愛いけど」
と毛利さん。
「うん、それでこの子をセンターにしたみたいなんだよ」
と加藤さんは言う。
「真ん中で歌っている赤い服の子があすかちゃんでこの子がオーディション1位、左で歌っている青い服の子があおいちゃんで2位、右側で歌っている黄色い服の子がゆみちゃんで、実はこの子は選外の予定だったのを、プロデューサーのTさんが落とすのは惜しいと言って、3位ということにした。それでデュオの予定だったのがトリオになっちゃたんですよ。でも僕はTさんのセンスが当たっていると思う。この子がいちばんスター性を持っている」
と加藤さん。
「でも歌に関しては3人とも再度しっかりレッスンした方がいいですね。さすがにこの歌でメジャーデビューさせちゃ叱られますよ」
と新島さんが言う。
「うん。そうしよう。だから今から再度レッスン受けさせて来年の春くらいにデビューの線で」
「それまでインディーズでCDを出すんですね?」
「そうそう。取り敢えず9月1日に1枚目を出そうということで」
「事務所はどこになるんですか?」
「決まってない。メジャーデビューさせる時に決めようということで」
「ユニット名は決まったんですか?」
「うん。3人の名前あすか・あおい・ゆみ、の名前の頭文字を取ってAAYと最初考えたんだけど、出版社の社長が AYA の方が落ち着くと言って、それに」
「エーワイエーですか」
「それでもいいし、そのまま読んでアヤでもいいかな、と」
千里は少し考えた。
「アヤにした方が売れると思います」
「ほほぉ」
雨宮先生が
「この子は本職の巫女さんなんですよ。この子が実はラッキーブロッサムを見つけ出したし、大西典香も見出したんです」
と言うと
「それは凄い!」
「知らなかった」
と松前さんと加藤さんは言った。
千里がレストランに入ったのは23時過ぎだったのだが、打ち合わせは深夜1時くらいまで続いた。そこで松前社長に町添部長から電話が入る。
「うん。それでいい。その線で明日にも会場の正式な手配を。お疲れの所申し訳ないけど、発表原稿を作って。うんうん、それで」
と言って電話を切る。
「どうなりました?」
と雨宮先生が訊く。
「明日の朝、モンシングの解散を発表。ツアーは最後までやる。但し最終日に幕張のイベントホールでライブする予定だったのを関東ドームに変更。チケットは既に買っている人はそのままアリーナ席に振り替え。スタンド席5万枚追加発売」
「その5万枚、一瞬で売り切れるね」
「ぴあも特急で対応してくれるらしい」
「わあ、担当者可哀想」
「過労死が出なければいいね」
「チケット販売って精神を削られるからねぇ」
「でもこんな直前でドームが空いてたんですか?」
「翌日から3日間、歯科医師会のイベントが行われる予定で、前日はその設営をする予定だったんだよ。それを無理に開けてもらった。ライブが終わった後、こちらのスタッフで、歯医者さんのイベントの方の設営は責任持ってやりますからということで。無理して空けてもらう。協力費名目で100万円渡す」
「わぁ、こちらも過労死が出なければいいけど」
そしてこちらはAYAの作曲は北原さんが担当し、自分の名前で出すことになった。
「まだ一人前になるにはやや力不足だけど、AYAの成長とともに北原も成長して行くといいな」
「はい、頑張ります」
「だけどいくら優秀な北原君でも、あと9時間ほどで6曲書くのは無茶だから分担して書こうということですね?」
と新島さんが言う。
「そういうこと。歌唱力の無い子たちだから音程は1オクターブ以内で。実は1曲は海野君が日曜の朝までには何とか書くと言っている。それで残りの5曲を、私と、北原、新島、醍醐、毛利の4人で1曲ずつ書く」
「朝までにどのレベルまで仕上げないといけないんですか?」
「MIDIを鳴らしてそのまま歌えるレベル。この子たちの伴奏は打ち込みで行こうということになっているので」
「・・・・・」
全員沈黙する。その水準まで仕上げるにはふつう頑張っても2日はかかる。
「朝までにその水準で仕上げるのはさすがに厳しいと思うんですが」
と新島さんが言う。
「とりあえずみんなはギターコード付きのピアノ譜レベルまで書いてくれたらその後の作業はアレンジャーにやらせる」
と雨宮先生が言うので、みんな少しホッとする。
「実際問題としてさ、歌唱力の無い子たちだから、1曲目を練習させてまともな歌になるのに1日かかると思うんだ。それで2日目に残りの5曲を録音する。だから1曲だけは朝に間に合わないといけないけど、2曲目はお昼くらいで、3曲目が夕方。残りの2曲は日曜の朝でも間に合うと思う」
と雨宮先生。
それでもこれは結構厳しい作業である。
「この中でいちばん曲を書くのが速いのは醍醐だから、あんた午前3時までにピアノ譜レベルまで書きあげて」
と雨宮先生が言うので千里は
「分かりました。3時までに書きます」
と答えた。
今は1時半である!
新島さんがふっと息を付く。いちばん若く経験の浅い千里が頑張ると言ったことで先輩としても頑張らざるを得なくなる。雨宮先生もそれでわざと千里をダシに使った感もあった。
「作業の速いアレンジャーを手配してるから。その子には3時に手書き譜面レベルでFAXすると言ってある」
「分かりました」
「新島は朝6時までに、毛利は11時までに書いて。その後それぞれ別のアレンジャーさんに回す」
「私は?」
と北原さんが訊く。
「あんたの書く曲がタイトル曲になるから、あんたは今日1日じっくり考えて夜24時までに仕上げればいい。そのあとアレンジャーさんに回す」
「分かりました」
各自いちばん書きやすい環境で書いてと言われたので、北原さんはレストランのオープンスペースで待機していた恋人らしき人に付き添われて近くの★★レコードの専用スタジオに移動し、新島さんはホテルがいいと言って手配してもらってそちらに向かった。毛利さんは車の中が書きやすいと言って近くに駐めていた車に向かった。中央高速を走ってどこかのSAで仕上げるなどと言っていた。
「あんたはどうする? 車を運転しながらがいいなら適当な車を調達するけど」
「私、免許持ってません!」
全くこの先生はこういう場で何を言い出すんだ? 私制服でここに来てるのに。
「どこかファミレスのような所があったら。そこでドリンクバーでも飲みながら書きます」
「じゃ僕が連れて行くよ」
と加藤課長が言うので、お願いすることにした。
本当は深夜に高校生が出歩いていてはいけないので、私服に着替えた上で近くの駐車場に行き、加藤さんのブルーバード・シルフィに乗せてもらった。
「これ買ってからまだ新しいですね」
と千里は助手席に乗って尋ねる。
「ええ。先月買ったばかりなんですよ。中古ですけどね」
「前のオーナー、そんなに走らせてなかったみたい」
「1年ほどで手放したみたいですね。メーターが6000kmしかなかった」
「この車種は奥さんがお選びになったんですか?」
「よく分かりますね〜。私はもっと小さいのでもいいと言ったんですけど、こちらの方が乗り心地がいいと言って」
「確かにゆったりしてますもんね。だけど奥さんもおられるし、お子さんが・・・娘さんふたりかな?」
「いえ、娘1人ですが」
「あ、そうか。今もう1人妊娠中ですよね?」
「よく分かりますね!」
「その子も女の子ですよ」
「へー!」
「年が開いてるみたい」
「そうなんです。今娘は幼稚園に行っているんですよ。そのあとずっと出来なかったのが急に妊娠して。私も女房もびっくりしたんですが」
「でもお子さんもおられるから、加藤さんは間違いなく男性みたい」
「あはは。さっきの話ですね。雨宮先生があれだから、あの人の周囲にもどうも性別の曖昧な人が集まりやすいみたいですけどね」
「なるほどー」
「醍醐さんもどうみても女子高生のようだし」
「ああ。私男ですよ」
「えーーー!?」
「男だと主張して男子バスケ部に入ったら、性別に疑いをもたれて精密検査受けさせられて、君は女じゃん!と言われて、女子バスケ部に移動になったんですけどね」
「いや、醍醐さんみたいな可愛い女子高生が男を主張しても誰も信用しません」
と言って、加藤さんは冗談と思ったようで笑っていた。
24時間営業のロイヤルホストに連れて行ってもらった。隣にコンビニがあるのでそこからFAXは送れる。ドリンクバーとシーザースサラダを頼んで、渡された歌詞をあらためて眺めた。
『恋する想い』か。
しかし・・・・
さすがロイヤル高島さん。これって演歌の世界観だよ!?
歌詞は自由に直してもらっていいと言われているので、少し修正させてもらう。取り敢えずアイドル歌謡の世界観に変更する。40代のおじさんの価値観を10代の「男の子」の価値観に変えてしまう。アイドル歌謡は歌うのは女の子だけど聞くのは男の子たちだから、男の子好みにする必要がある。
その上で千里は言葉のリズムから自然に出てくるメロディーを五線譜に綴って行った。
一通りのメロディーを付け終わるまでに30分近く消費している。現在時刻は2時15分。3時までにピアノ譜レベルで送らなければならないのであれば2時半にはそのピアノ譜作成作業に入らないと間に合わない。
しかし千里はオージービーフのステーキを注文した。
料理が来るまで10分ほど神経を眠らせる。そして女子大生っぽいウェイトレスさんが料理を運んで来たのを笑顔で受け取り、食べる。食べ終わったのが2:40である。
千里は猛然と五線譜にメロディーを書き始める。
「よし」
と声をあげ、それをAメロにして、急いでピアノ譜を書いていく。
アレンジャーさんであれば分かるはずの省略した書き方をかなり多用する。千里のボールペンは凄い速度で紙の上を走る。
そうして楽曲を仕上げて時計を見たら2:57であった。ウェイトレスさんに断って隣のコンビニに行き、雨宮先生が入っているスタジオ宛てFAX送信する。
それでファミレスに戻ったが・・・・
私この後、朝までどうしたらいいんだっけ? と千里は悩んだ。
千里はドリンクバーのホットコーヒーをゆっくりと飲んだ後で精算してファミレスを出た。雨宮先生の詰めているスタジオへタクシーで移動する。コンビニで少し食料を買ってから中に入った。
「お疲れ様です」
「お疲れ〜。1時間半で書いたとは思えない良い出来だった」
「ありがとうございます。サビの部分も少しひねりたかったんですけどね」
「まあこの時間では仕方無い。でもまだ更にいじるなら、いじってもいいよ」
「そうですか?」
「追加修正させるから」
「じゃここで考えます。あ、おやつどうぞ」
「うん。食べる食べる」
千里はスタジオの廊下に出て、たらこおにぎりを食べながらサビの部分を考えていた。
「ああ、そうか」
ちょっと思いついたモチーフがあったので軽く書き留めてから、スタジオの中に入り、ギターを貸してもらって持って出る。廊下の椅子に座ってギターをつま弾きながらサビのメロディーを作り上げた。
雨宮先生に見てもらったら「うん。こちらの方がいい。多分彼女もまだここまでは入力していないよ」と言って、FAXしてくれた。実際問題としてそのまま伴奏として使えるMIDIデータを確定させる作業では曲想のイメージを膨らませて全体の雰囲気を考えたりするのに最初の2時間くらいを消費しているはずだ。もっともだいたいイメージが固まったところでサビを差し替えてと言われたら、向こうも焦っているかも知れない。
その後は雨宮先生が書いた曲を試唱したり、あるいはピアノやギターで弾いてみたりする作業を手伝って朝6時になったところで先生の楽曲もだいたい完成する。「お疲れ様。帰ってもいいよ」と言われたので、千里はそのまま羽田に行き、7:45の旭川行きの搭乗券を買う。
通学鞄にパソコンを入れ、着替えの入ったスポーツバッグは手荷物で預け、通学鞄は機内持ち込みすることにして手荷物検査場を通った。それで搭乗案内を待っていた時、雨宮先生から電話が掛かってくる。
「お疲れ様です」
「千里、申し訳ないけど、戻って来て」
「は?」
「毛利の馬鹿が飲酒運転で捕まった」
「えーーー!?」
「なんか甲府市内で事件があったらしくて、高速でも検問やってたらしいんだよ。あいつSAでビール飲んでて、そのあと思いついた曲を運転しながらまとめようとしてて、その検問に引っかかってしまったらしくて」
「じゃ毛利さんは今・・・」
「留置場の中」
「どうするんです?」
「だから千里、あんたが戻って来てもう1曲書いて」
「私、もうチェックインして手荷物検査も通って搭乗待ちなんですけど」
「まだ飛行機に乗ってないなら、そのまま戻って来れるはず。私も飛行機からパラシュートで飛び降りて来いとまでは言わないからさ」
いや、この先生なら言いかねん。
それで千里は空港の職員をつかまえて、急用ができて旅行を中止したいという旨を話した。
「手荷物は預けられておられますか?」
「はい」
するとたちまち職員が難しい顔になる。
「こちらへお越し下さい」
と言われて、何か小さな部屋に通されるが、何だか屈強な男性職員が2人もついて監視されてるみたい!?
手荷物のタグを渡したのだが、15分ほど待たされた上で、その荷物を持って何だか怖そうな感じの女性職員さんがやってきた。
旅行中止って、そんなにいけないことなの〜〜〜?
「これがあなたの荷物ですか?」
「はい、そうです」
「中身を開けてもいいですか?」
「どうぞ」
職員がスポーツバッグを開ける。
中に入っているのは体操服、下着、タオル、生理用品、ティッシュ、絆創膏、サロンパス、裁縫セット、それにタロットに筮竹などである。
「占いをなさるんですか?」
「はい。神社の巫女をしているので」
職員さんが頷く。神社と言ったので少しこちらを信用してくれた感もあった。でもここで「占い師です」と名乗ったら、逆に疑いを深められたかもという気もした。
「この生理用品、開封してもいいですか?」
「構いません」
それで職員さんはテープを外して開き、中を触っていた。
「問題ありませんね。そちらのお持ちの鞄も念のため確認させて頂いてもいいですか?」
「はい」
そちらは学校の教科書とノート、筆記具、五線紙、カード型のキーボード、パソコン、機内で食べようと思っていたおやつのチロルチョコなどである。パソコンは起動できるかと言われたので起動した。キーボードも演奏できるかと聞かれて演奏してみせた。更にチョコは開封していいかと言われ、開けると、食べてみてくださいと言われたので面倒くさいので全部食べちゃった。
「念のため身体検査させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はあ?」
「いえ、実は手荷物に爆弾を入れて預けて自分は旅行中止して上空で飛行機を爆破するというテロが過去にあったので」
それでこんな大事になっているのか!? 生理用品もそれで中まで確認したのだろうし、チョコレートなどもプラスチック爆弾をお菓子に偽装できるから検査する側も確かに怖いよな。
「構いませんよ。何なら裸になった方がいいですか?」
「はい、そうさせて頂きたいと思っていました」
それでその女性職員とふたりだけで別室に入り、千里は服を全部脱いで裸になった。職員は千里が脱いだ服も全部金属探知機のようなものでチェックしている。
「たいへん失礼ですが、足を広げていただけませんでしょうか?」
そこまでチェックされるのか!
「いいですよ。何なら中を覗きます?」
「そこまでやると苦情がくるので、よほど怪しい人以外はしません」
怪しいとあそこの中までチェックされるのか!
しかし女の身体で良かった、と千里は思った。これでおちんちんが付いていてタックしていたら、また話がややこしくなっている所だった。
ほんとに厳密な検査をされた上で
「お手数お掛けしました」
と言われて解放してもらった。
そしてこの千里の検査が終わるまで飛行機は離陸せずに待機していたらしい!きゃー、ごめんなさい。でも毛利が悪いんだ!と千里は思った。(後で報道で知ったのでは、同じ飛行機に某国副首相が乗っていたので特に厳重チェックになったようであった)
それで何とか空港を出て京急に飛び乗り、雨宮先生のいるスタジオに行く。
「けっこう時間が掛かったわね」
「大変でした!」
と言って一部始終を話すと、雨宮先生は大笑いしていた。でも笑いごとじゃないよう!!
「手荷物預けていたので話が複雑になったみたいね」
「忘れ物とかを取りにいったんロビーに戻って、結局本人が搭乗するのであれば、あまり大きな問題はないらしいです。再度保安検査通らないといけないですが」
「毛利は罰金2000万円だな」
「そんなにあの人持ってます?」
「いや。もらった作曲料は全部飲み代になっているっぽい。毛利には何度家賃の滞納とかのを前貸ししたか分からん。無賃労働5年くらいで返済してもらおう」
「ああ、そのくらいやらせていいですよ」
それで千里は雨宮先生から、毛利さんが作曲する予定になっていた歌詞をもらい、近くの都区内のファミレスに移動して曲作りをすることにする。さっきロイヤルに行ったから別の所がいいかななどと言っていたら
「ファミレス行くならここがいいよ」
と雨宮先生が言う。それで行ったのが、アンナミラーズの赤坂山王店である。(この店は2008年8月に閉店した)
入ってウェイトレスさんの服装を見て可愛い!と思ってしまった。なるほどー。こういうのが雨宮先生の好みなわけか、と千里は思い、長居しても迷惑にならないように奥の壁際の席に座り、サンドイッチとチキンに飲み物を頼んで、取り敢えず、お冷やを飲みながら心をアルファにする。
しばらく考えていた時、ある考えが浮かぶ。
千里はウェイトレスさんにちょっと断り、店の外に出て雨宮先生に電話した。
「曲名を変更して、歌詞も独自のを書いちゃいけませんよね?」
「それで良いのができるのなら構わない。どうせ発売前に予定で発表していたのと曲名や歌手が違っているのは日常茶飯事」
「歌手が変わることもあるんですか?」
「あるよ。プロジェクトが進行していて、歌手が降りちゃって発売直前に歌う人を差し替えるなんての。あるいは曲名と芸名まで決まっていて、その芸名で歌う人を誰にするかで直前までコロコロ話が変わるとか。性別が変わったこともある。男の歌手の予定で進んでいたのが女の歌手に変えられたことがあった」
「それ本人の性別を変更したんじゃないですよね?」
「うん。別人に差し替え。念のため性転換したらこのまま行ってもいいけどと言ったら、さすがにデビューのためにチンコ捨てられませんと言って諦めてくれた」
「人によっては喜んで性転換する人もありそうですけど」
「それで売れたらそれでもいいけどね」
「しかし歌手も作曲家も部品なんですね」
「芸能界はそういう世界だよ。私なんかもいつ切られるか分からないけど優秀な部品であり続ければ、使ってくれる人もあるかなと思って頑張っている」
と言ってから雨宮先生は少し言葉を切った。
「千里、大事なことはさ」
「はい」
「絶対に品質を落とさないこと。これが悪ければ切られるよ」
千里は少し沈黙してから返事した。
「私、この世界に入り込むつもりはありませんけど、どなたかのお役に立てるなら頑張っていきたいです」
「うん、それでいい」
それで新しい曲名『パック・プレイ』というのを伝えて、とにかくそれで書いてみなさいということ、メロディーと1番の歌詞だけでもできた所で連絡してということを指示された。
席に戻るとすぐ料理を持って来てくれた。おしぼりも渡されるので、ありがとうございますと笑顔で言った。
そして曲と詩を同時進行で書き出す。
千里自身が今羽田でちょっとした騒動を起こしてしまったことをモチーフにしているが、言葉の上だけで見るとアイドル歌謡っぽい、片想いの恋をする少女の「冒険」を歌った歌である。パックはむろんシェイクスピアの『夏の夜の夢』に出てくる悪戯者の妖精である。
冒険の歌らしく弾むような元気な音符を並べていく。この段階ではメロディーだけを書いているのだが、ディストーション・ギター、ロックオルガンなどといったMIDIではおなじみの楽器名も記入していく。このメロディーはこの音で活きる、という感触があるのである。
集中して書いていたので、時間感覚が滅却してしまっていたが、だいたい書きあげてふと時計を見ると11時半であった。
千里は食べ残したチキンをお店の人が見てない間にいつも持ち歩いているビニール袋にさっと入れ、スポーツバッグにしまって会計をして店を出た。そして店外で雨宮先生に電話をして、1番とサビを歌ってみせた。
「それ、こんな下手くそな子たちに歌わせるのもったいないけどな」
「どこか他に回しますか?」
「うん。いいよ。良い曲を渡すことで恩を売っておけるから。じゃそれを完成させて」
「そちらのスタジオに行って完成させていいですか?」
「OKOK。個室ひとつ確保しておくからそこでやって」
「ありがとうございます」
それで雨宮先生のおられるスタジオに移動し、雨宮先生が作業しているのとは別の部屋に案内してもらって、そこで直接DAWのシステムに入力しながら曲をまとめて行った。
この時間、AYAの3人は既に千里が朝までに書いた『恋する想い』の練習を始めているはずだ。録音現場にはロイヤル高島さんご本人が行って指示をしているという話であった。
しかし雨宮先生と関わり始めた頃「こんなバタバタと曲作りすることはめったにない」なんて言われたのに、実際問題として、こういう無茶なスケジュールでの作曲いったい何度やったのだろう? 修学旅行の時も2時間で作曲したし、大西典香のデビュー曲も無茶苦茶だったし、インターハイの最中にも40分で作ってなんて言われたし。
まあ楽しいけどね!
でも私、こんなに色々作曲するのなら少し楽典とか勉強しなきゃだめだよな。あとで麻里愛に少し聞いてみよう、と千里は思った。
夢中になって作業し、楽譜を入力していく段階で和音の勘違いなどに気付いて少しメロディーの修正などもした。それでだいたいできた所で雨宮先生に連絡したら、こちらの部屋に来て下さった。
「すっごくいい感じ。タイトル曲にしたいくらいだよ。北原の出来が悪かったらこちらをタイトル曲にしちゃおうかな」
などと先生はおっしゃっている。
「でもありがとう。本当に助かったよ」
「いえ。大変な時はお互い様ですよ」
「これこちらで勝手にいろいろ修正してもいいよね」
「はい、ご自由に。ところで先生。先日今月中に書いてと言われて渡された3曲なんですけど」
「ああ、さすがに今日2曲書いたら、今月中にあと3曲は無理よね」
「少し待って頂けると助かるのですが」
「じゃ9月9日まで待ってあげるよ」
「済みません。うち9月10-11日が期末テストなので」
「変な時期に期末試験があるね」
「うちは前後期制なので。10月5日が終業式なんです」
「10月5日が終業式なら始業式は11月24日くらい?」
「いえ。10月9日です」
「休みが短いね」
「その休みの間にバスケの秋季大会がありますし」
「あんた忙しいね。じゃ期末試験が11日に終わるならその翌日の12日。おまけで13日の朝まで延期してあげるよ」
鬼〜!
と千里は思ったがにこやかに
「ありがとうございます。助かります」
と御礼を言っておく。
「今夜はどうするの?」
「帰ってもいいですか?」
「帰れる?」
「ちょっと便を調べてみよう」
それで千里は携帯の「乗り換え案内」を使って時刻表を調べてみたのだが・・・
「帰れないことが分かりました」
と千里は答えた。もう旭川行きは終わっている。新千歳行きならまだあるのだが千歳から旭川までの交通手段が残っていない。
「じゃ泊まりだね」
「明日の朝帰ります」
「うん。じゃゆっくり休んで」
「では失礼します」
ということで雨宮先生の助手(?)の橘さんという女性がホテルを手配してくれたので、そちらに入って休むことにした。
晩御飯も食べずに朝までひたすら寝た。
起きてから雨宮先生に電話したら、どうも雨宮先生は結局昨夜も眠らずに作業を続けていたようであった。
「先生大丈夫ですか?」
「あんたがセックスさせてくれたら回復する」
「自分で処理してください」
「さすがにこんなに疲れていると自分でやる気にはならない。タマタマがあった頃は勝手に立ってしまうからトイレで抜いてきたりしてたんだけど」
「先生、いっそおちんちんも取っちゃいますか?」
「取りたい気分になる時もあるけど、おちんちんってあると便利なのよ」
「なんか似たセリフをFTMの友人が言ってました」
「その子はおちんちん付けたの?」
「付けてないです。おちんちん欲しいみたいですけどね」
作曲の進行状況を尋ねると、雨宮先生ご自身の担当したものはあの後アレンジャーにスコアを作らせてから、またご自身で少し修正したらしい。新島さんも一応昨日の午前中までにできて、そのあとアレンジャーに回してスコアを作ってもらっている所ということである。
「で北原さんは?」
「昨夜いったん送って来たけどNGを出した。再検討中」
「大変ですね。毛利さんは?」
「てっきり逮捕されたかと思ったら帰宅したんだって」
「あれ?そうだったんですか?」
「でも車は運転できないから代行業者呼んで、大変だったみたい」
「大変でも自業自得だと思いますが」
「後日出頭して処分受けないといけない」
「ああ」
「最短で講習受けた上で45日間の免停」
0.25%未満の酒気帯び運転は以前は点数6点・免停30日(講習を受けると最短1日)だったのが、この年の6月から点数13点・免停90日(講習で最短45日)に改訂された。
「3年くらい飲酒禁止にしましょう」
「あんた厳しいね。私は1年間飲酒禁止と言ったのに」
「あはは」
「どっちみち謹慎半年。その間作曲やスカウトもさせないし、社会奉仕活動。取り敢えず新島に頼んで、毛利の家から料理酒やみりんまで含めてアルコールを含むものを全部回収させた」
「そのくらいは当然ですね。でも生活費大丈夫ですか?」
「それなのよ。生活費貸してくださいと言われた」
「困ったものですね」
「全く。普通の企業なら懲戒免職だよと言っておいた」
「でも貸してあげたんでしょ?。きっと罰金で払わないといけないお金も含めて」
「私優しすぎるのかなあ」
「いえ、先生はいい人です」
「お世辞言っても何も出ないからね」
「先生がお世辞嫌いなのも知ってますよ」
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【女の子たちの事故注意】(1)