【女の子たちの男性時代】(1)

前頁次頁目次

1  2 

 
 
2007年夏のインターハイで、千里たち旭川N高校は準決勝で愛知J学園に敗れBEST4停まりとなった。
 
インターハイは3位決定戦を行わないので、F女子高に敗れた東京T高校共々3位ということになる。N高校のメンバーは試合の後、バスで市内のショッピングセンターに移動し、そこのフードコートで軽食を取った。
 
「軽食」のはずだったのだが、「やけ食い」と称して、何だかたくさん食べている子もいる。
 
ハンバーガー屋さん、うどん屋さん、カレー屋さん、アイスクリーム屋さん、牛丼屋さん、ピザ屋さんなどが入っているが、暢子なども「消耗した!」と言って、ダブルバーガーと天麩羅うどんと牛丼大盛りとカレーと食べていた。千里は軽く牛丼を1杯だけ食べておいた。
 
その後、また会場に戻る。そして、男子の準決勝まで終わった所で、今日の準決勝男女2試合ずつで敗れた4高校を集めた「3位の表彰式」が行われた。
 
滞在費を掛けずに今日帰ることができるようにという配慮ではあるが、実際にはこの台風で今日の帰還は困難なようである。
 

4つの高校のベンチ入りメンバーが地元の女子高生の持つプラカードに先導されて入場し、整列する。そして主催者から
 
「平成19年度全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会・第60回全国高等学校バスケットボール選手権大会・女子第三位、旭川N高等学校」
と名前が読み上げられるので久井奈さんが出て行き、賞状をもらった。久井奈さんもここは笑顔である。
 
4校が表彰された後で全員3位の銅メダルを首に掛けてもらう。千里は次は別の色のメダルが欲しいなと思った。但し来年またこの大会に出るためには男子バスケット部にはなく、女子バスケット部のみに認められている「成績が20位以内なら夏の大会まで部活を認める」という特典の条件をキープする必要がある。勉強マジで頑張らなくちゃ!
 
マネージャーの名目でベンチに座った睦子も一緒に銅メダルを掛けてもらった。睦子は「私、座っていただけなのにメダルまでもらっていいのかなあ」と言ったが、穂礼さんが「いっぱい声援してたからいいんだよ。今年は声援係だったから」と言った。
 
「でも次はコートに立ちたいですよ」
「うん。頑張れ、頑張れ」
 
表彰式の後で、ベンチ入りできなかった部員も全員入って記念写真を撮った。もちろん昭ちゃんも、まるで女子部員の一員のような顔をして写っている。スティル写真だけでなく動画も撮ったが
 
「この映像は当然来年の新入生勧誘のビデオに収録されるよな?」
「昭ちゃんは完璧に女生徒してるな」
「この写真に矛盾しないように来年の春までに性転換しておこうか」
 
すると昭ちゃんは何やら考えている風。
 
「お、その気になってる、その気になってる」
「千里、良い病院を紹介してやりなよ」
 
「昭ちゃん、福岡で去勢手術してくれる病院知ってるけど、寄ってく?」
などと千里が言うと
 
「えー!?」
と言っている昭ちゃんはかなり本気で悩んでいる。
 

会場から退出しようとしていたら、久井奈さんと千里が主催者に呼び止められた。
 
「旭川N高校の岬久井奈さん、それから村山千里さん」
「はい」
 
「いつ帰られますか?」
「この時間からは飛行機が無いですし、決勝戦も見たいので明日の午後の便で帰るつもりでしたが」
「もし可能でしたら、明日夕方の表彰式に、おふたりだけでも残っていていただけると助かるのですが」
「いいですよ。何かあるのでしょうか?」
と久井奈さんは宇田先生を見ながら言う。
 
「現時点では確定していないので。残っていただいても、もしかしたら何もないかも知れないのですが」
「それは構いません」
 
主催者さんが離れてから、みどりさんが
「何か特別賞でもくれるのかな?」
と言う。
 
「千里、優秀選手賞か何かもらえるのかも」
と暢子も言う。
 
「まさか!」
「いや、候補にあがっているのかもよ。だから可能性のある子は取り敢えず残しておくのかも」
 

この日は結局台風の影響で飛行機も新幹線も止まっていて、今日帰る予定だったM高校の橘花たち4人や、S高校の全メンバーも唐津にそのまま泊まることになったようである。但しS高校のメンバーは、バスケットの日程が終わった後開催されることになっているインターハイ弓道の試合に出る選手が、そのホテルには入ることになっているということで、この日はインターハイ事務局の斡旋で、別の旅館に泊まることになった。
 
JR筑肥線の伊万里方面はまだ動いていたので、昭ちゃんはそれで伊万里の祖父宅に移動することも可能だったが、暢子から「折角だからハイレベルな決勝戦も見ていった方がいい」と言われて、そのまま居残りである。もっとも本人もここに居るとずっと女装していられるので好都合という雰囲気もあった。完全に女装がヤミツキになったようである。
 
一応、南野コーチは「あんたたちそれいじめじゃないよね?」と何度か注意していたが、本人は女装させられて女子部員たちと一緒に居るのをむしろ喜んでいる風であった。一年生の女子部員たちとも、何だかガールズトークをしていた。彼女たちからは「昭子ちゃん」とも呼ばれていた。
 

表彰式のあといったんホテルに戻ったのだが、夕方、食事の前に希望者だけでも温泉に行かない?という話になる。
 
「台風が来てるのに営業してるんですか?」
「露天風呂は休みらしいけど、室内のお風呂は使えるって」
 
それで千里や暢子、夏恋と睦子、留実子や雪子、揚羽・リリカ、みどりさんに麻樹さんなど15-16人ほどで行くことになる。
 
みんなでぞろぞろと下に降りて行ってホテルのロビーを歩いていた時、暢子がロビーの女子トイレから出て来た昭ちゃんをキャッチする。
 
「昭ちゃーん」
「わっ、暢子先輩」
 
「今、君女子トイレから出て来たよね?」
「ごめんなさい。つい出来心で」
 
「君、わりと普段から女子トイレ使ったりしてない?」
「そんな訳でもないですけど」
「女子トイレ使うってことは、君は女の子だよね?」
「えっと・・・」
「男なのに女子トイレに入ったら痴漢だぞ。でも自分が女と思っているのなら女子トイレ使っても当然」
 
「そうかも」
「だったら、私たちと一緒に来なさい」
「どこに行くんですか?」
「温泉」
 
「えっと・・・ボクは男湯でいいんですよね?」
「まさか。おちんちんの無い子は男湯に入る資格無いんだよ」
「お風呂って入るのに資格が必要なんですか〜?」
 
「そうだよ。千里なんて小学3年生の時に、おちんちん取っちゃったから、男湯に入る資格を無くして、それ以降ずっと女湯に入ってたらしいからね」
 
「え?千里先輩って、やはりそんなに小さい頃に性転換しちゃってたんですか?」
「君も早く性転換できるといいね」
「うーん・・・」
 
「昭ちゃん、女の子になりたいんだよね?」
「なりたいです」
「よし。だったら、一緒に女湯に入ろう」
「えーーー!?」
 
千里は笑っていた。まあ、これだけ多数の女子と一緒なら、おっぱい無くても何とかなるだろう。
 

タクシーに分乗して温泉に行く。麻樹さんが代表で「おとな16名」と言って料金を払う。それでみんなで「湯」と書いてある暖簾をくぐり、その後、青い「男」と書かれた暖簾の前を通過して「女」と書かれた赤い暖簾をくぐる。昭ちゃんはさすがにおどおどしている。女子トイレはたまに使っていても、やはり女湯は初体験なのであろう。
 
みんな堂々と脱いでいるが、昭ちゃんが恥ずかしそうにしているので千里は「こちらを見ないようにして、壁を向いて脱ぐといいよ」とアドバイスしてあげた。それで昭ちゃんも服を脱いで裸になる。裸になった所で暢子から
 
「ねえ昭ちゃん。こっち向いて」
などと言われてこちらを向かせられる。昭ちゃんは恥ずかしそうに胸をタオルで隠し、お股の所も手で隠している。
 
「昭ちゃん、けっこうウェスト細い」
「肩もなで肩だね」
 
などと言われると、何だか嬉しそう。でも視線が泳いでいる。きっと女子の裸を見慣れていないので、特にバストをまともに見ないようにしているのだろう。
 
「ちなみに女の子の裸を見て、どう感じてる」
「羨ましいと思ってます」
「うん。そう思う子なら、女湯に入れてもいいね。レッツゴー」
 
というので浴室の中に連れ込まれる。暢子と睦子が両脇に付いて、ほとんど連行して行っている感じだ。
 

各自身体を洗ってから、湯船の中に集合する。
 
「どう?昭ちゃん、ここの湯の感想は」
「もう何だか開き直りました」
「よしよし」
と言って暢子は昭ちゃんの頭を撫でている。
 
「でもまだひとりでは入らない方がいいよ」
「うん。女湯に入りたい時は、誰か女子の友人と一緒に」
「万一の時に、弁明してくれる子がいないとやばいからね」
「とても入れません!」
「手術しちゃえば、普通に入れるようになるけどね」
 
「下はこれで誤魔化せるから、おっぱいさえ大きくしちゃえば結構女湯パスできるかもね」
「ああ、おっぱいがあるといいね」
「昭ちゃん、おっぱい欲しいよね?」
「欲しいです」
 
「千里のおっぱいって、それシリコン入れてるんだっけ?」
「シリコンは入れてないよ。基本的には女性ホルモンで大きくしてるんだけど、実はそれだけではかなり小さいから、ヒアルロン酸の注射してるんだよ」
 
「ヒアルロン酸って、化粧水なんかに入ってるやつ?」
「そうそう。それをバストに注射すると、ワンサイズくらいアップできる」
「手術じゃないんだ?」
「うん。プチ豊胸って言うんだよ」
「へー」
 
「じゃ、昭ちゃんもそれ注射してみる?」
「ちょっと興味あるかも」
「かなり性転換に前向きになって来たな」
「やはり2学期からは女生徒ということで」
「昭ちゃん、女子制服作りなよ」
「お金無いですぅ!」
「誰か先輩でまだ持ってる人いないかな」
 
「昭ちゃん、マジで女子バスケ部に正式に移籍しない?」
「うーん。。。どうしよう?」
 
昭ちゃんは何だかほんとうに悩んでいる。
 

そんなことも含めて、がやがややっていたら、そこに新たに女子高生くらいのグループが10人ほど入ってくる。
 
「あれ?花園さん!」
「あ、村山さんだ!」
 
それは何と愛知J学園のグループだった。
 
「そちらも温泉ですか?」
「うん。今日の試合は無茶苦茶消耗したから、疲れを明日に残さないようにと温泉に入りに来た」
「ここに来てないメンバーはホテルで死んだように眠っている」
 
「いや、ほんとにお疲れ様でした」
「そちらこそお疲れ様でした」
 
彼女たちも身体を洗ってから、湯船に入ってくる。花園さんはみどりさんとまた握手などしている。ついでにおっぱいの触りっこしてる!?
 

「しかし台風凄いですね」
と日吉さんが言う。
 
「これ屋外の競技はできないですよね?」
と麻樹さんが言ったのに対して
 
「ああ。ソフトテニスは屋外じゃ無理ってんで、室内の会場に変更したらしいですよ」
と入野さんが言う。中学の時の同級生がソフトテニスに出場しているらしく、そちらから聞いたのだという。
 
「テニスはボールが風に飛ばされて行っちゃうよね」
「全部アウトになるな」
「ロストボール続出」
 
「でも陸上競技はそのまま強行してるらしいよ。テントが飛んでコースに入って400m走が途中で中断したりしたらしいけど」
と米野さん。
 
「きゃー、そんな中で競技やってるんですか?」
 
「しかしレース中断は気の毒」
「400mなんて無茶苦茶きついのに、2度走りたくないよね」
 
「さすがにスケジュール通り進まなくてナイターに突入するっぽい」
「ひぇー」
 
後から聞いたのでは、この日の陸上競技が終わったのはもう夜10時頃だったらしい。台風接近中の夜中に競技をするのは無茶だが、宿泊施設の収容能力に余力が無く日程にもゆとりが無いので強行せざるを得なかったようである。
 
「体重の軽い選手は風に飛ばされそう」
「やり投げは記録低調だったらしい」
「そりゃ風で押し戻されたんでしょうね」
「強風の中で槍を投げると、どこ飛んで来るか分からなくて記録員も怖いよね」
「無茶な運営してるなあ」
 
「でもここにいる揚羽は小学生の頃、吹雪の中で屋外でバスケの試合やったことあるらしいですよ」
「それは凄い」
 
「私たちも吹雪の中でのジョギングは随分やったね」
と花園さんがみどりさんに言う。
 
「うちは弱小だったから、体育館あまり使わせてもらえなかったもんね」
とみどりさん。
 
「それで足腰だけは鍛えさせられたなあ」
と花園さん。
 
「なるほど。スーパーシューターはそうやって基礎ができたのか」
 
「村山さんもなんか凄い環境で基礎作ってるでしょ?」
と花園さんが訊く。
「禅寺で修行したか、山伏でもしてたのでは、なんて言ってたんだけど」
 
「ええ。私は山伏ですよ」
と千里は笑顔で言う。
 
「女山伏の鑑札持ってますから」
「凄っ!」
「まじ?」
 
それはこの冬、100日山駆けをしたので美鳳さんからもらったものである。
 
「冬山の雪の中をひたすら歩くんです」
「やはりそうやって鍛えたのか」
 

「私、体力だけはあったから、中学の頃は『お前ほんとに女か?』とか言われてましたよ」
と花園さん。
 
「ああ、からかわれてたね」
とみどりさんが言う。
「でも、そういう馬鹿にしてた男がみんな亜津子ちゃんにかなわなかったから『参った。名誉男子の称号をやる』とか言われてたね」
 
「名誉男子なんて嬉しくないけどね」
と言って花園さんは笑っている。
 
「でもバスケガールって、背が高い子多いし、スタミナある子多いから、男子顔負けって言われてた人、多いんじゃない?」
と日吉さん。
 
「私はそのまま男って言われてた」
と麻樹さん。
 
「僕は小学校の時、ソフトの試合に出てて、男が混じってるって通報されて係の人と一緒にトイレに入って脱いでみせたよ」
と留実子が言う。
 
「お、ボク少女だ」
 
「ああ、バスケガールにもボク少女は割といる」
「はーい!ボク少女です」
と中丸さんが手を挙げている。
 
「性別検査受けさせられた子も、結構いない?」
 
すると手を挙げる子が何人もいる。
 
「しかしそちら女子高でしょ?万一性別検査で男子と認定されちゃったらどうするの?」
「それは学校を転校するか、性別を転換するか二者択一かな」
「ふむふむ」
「性別を転換するって、男に転換するのかな?女に転換するのかな?」
「ああ、それは悩むところだね」
 
「でも村山さんも検査受けさせられたんだ?」
「私、去年の秋に旭川の病院で検査されて、このインハイの直前にも東京に呼び出されて再検査されましたよ」
「それはまた厳重に検査されているな」
 
「この千里の身体を見たら、誰も女ではないとは思わないだろうけどね」
と暢子。
 
「僕はこの身体を見て病院の先生が『君、もしかして半陰陽じゃないよね?生理ある?』とか訊かれた」
と留実子。
 
「確かに花和さんは身体付きが男っぽいかも」
と中丸さん。
「ボクもかなり男っぽいと言われて、停留睾丸とかないかってんでMRI取られたし」
と彼女は付け加える。
 
「ああ、僕もMRI取られた。僕、男性ホルモンの濃度が高いらしいんだよね」
「ああ、ボクも高いと言われた」
と何だかそのふたりは意気投合している感じ。
 
「睾丸があるって言われたら、いっそ性転換手術受けて男として生きるのも悪くないかな、なんて少し思ったんだけどね」
「ああ、僕はむしろ男になりたい」
「へー! 花和さん男でもやっていけると思うよ」
「中丸さんもけっこう男で通るかも」
 
とそのふたりは本当に意気投合した感じだ。
 

「でも中丸さん、胸大きい」
「花和さんも大きい」
「こんなに胸あると男装した時に邪魔だよねー」
「あ、男装する?」
「僕、男子制服も持ってるよ」
「あ、いいな。うちは女子高だから男子制服が無いや」
「学生服買っておけばいいんだよ」
「あ、そうか。買っちゃおうかな」
 
「あれ、そこにいる子は胸ちっちゃいね」
「すみませーん」
「おっ低音ボイス」
 
「そのくらい胸が小さくて、低音ボイスだと男装行けそう」
「おお、昭ちゃん、男になっちゃう?」
「えー? どうしよう?」
 
すると花園さんが少し難しい顔をして訊く。
「あのさ、まさか君、男の子ってことないよね?」
 
「ごめんなさい!」
と言って昭ちゃんは俯いてしまった。
 
J学園の子たちが顔を見合わせている。
 
「この子は女の子になりたい男の子なんだよ」
と暢子が説明する。
 
「ほぉ!」
「身体はまだ男の子なんだけど、心は女の子だから、男湯には入りたくないと言っていたから女湯に連れ込んだ」
「ほほぉ!!」
「女湯は初体験らしい」
 
「でも、おちんちん付いてないね?」
と日吉さんが湯の中を覗き込んで言う。
 
「ああ。女湯に入る以上、おちんちんあったらまずいからということで、私が一時預かってるから」
と暢子。
「ふむふむ」
 
「決勝戦が終わったら返してあげることにしたんだけど、私たち決勝戦に出ないから、来年のインハイまでこのまま預かっていることにする」
「えーー!?」
 
「ああ、だったら、もうそのまま女子になっちゃうといいね」
と入野さんも言う。
 
「この子、凄いシューターなんだよね。千里のバックアップシューターとして育てているから、男子バスケ部には渡したくないのよね」
と暢子。
 
「それは楽しみだな」
と花園さん。
 
「ああ。だったら、おちんちん取ってるのなら、もうおっぱいも大きくして女子バスケ部に入れればいいよね」
と日吉さん。
 
「でしょ、でしょ?」
 
昭ちゃんは真っ赤になっているが、この話を全然嫌がっていない。
 

「ところでウィンターカップで再戦しようよと言っちゃったけど、そちら国体には出て来ないの?」
 
千里と暢子は顔を見合わせる。実は国体の話は全く聞いていなかった。それについては、みどりさんが説明する。
 
「北海道の事情でさ、国体の代表は事実上札幌P高校のメンバー中心に選ばれちゃうんだよ」
「今年インハイに旭川から2校出たのに?」
「システムがそうなっちゃってるからね。うちのメンバーは国体には出られないと思う」
「なんか複雑だね」
 
「いや、愛知県だって事実上、J学園のメンツだけで国体チームは編成されてしまう」
「似たような事情かな」
 
「そちらはウィンターカップも今のチームで出てくるの?」
と日吉さんが訊く。
 
「私も含めて、今の3年生は抜けちゃう。だから私も今日が最後の試合になってしまった。うち進学校だから3年生は春夏の大会までなんだよね」
とみどりさんが言う。
 
「ああ。残念。こちらは大学に進学する子でも12月いっぱいまでは活動できる」
と日吉さん。
 
「するとウィンターカップが最後になるわけか」
と暢子は感慨深げに言った。
 
すると少し考えているふうの花園さんが言う。
「ね、ウィンターカップはウィンターカップとして、別途練習試合とかもしない?」
と花園さん。
 
「ええ、しましょう。でもいつやります?」
と暢子。
 
「ウィンターカップの前にあまりお互い手の内は見せたくないだろうから、その後とかは?」
 
「ウィンターカップが終わった直後、東京でやるというのもいいかもね」
「東京は今から年末の会場確保が難しいかも知れない」
「だったら北海道に来ます? 5月にも札幌に来てP高校と練習試合やってましたね? あれを見て私たちもちょっと奮起したんですよ」
と暢子。
 
「ああ。でも私、あれに出られなくて悔しい思いしたんですよ」
「そうだ。お祖母ちゃんの容態が悪くなってということでしたけど、どうでした?」
と千里が訊く。
「うん。医者からは覚悟して下さいと言われたんだけど、奇跡的に回復して、今はピンピンしてる。こないだから登別温泉に遊びに行ってるみたいだし」
「良かったですね!」
 
「北海道でなければこちらが愛知に行く手もありますよね」
「東京以外なら何とか会場は確保できると思う」
「もしどちらかがウィンターカップに出られなくても練習試合はやるという方向で」
「J学園さんが出ないってことはまずないだろうから、問題はうちだなぁ」
「いや、代表が1校というシステムはうちだって何かあると落とす可能性はある」
 
「その練習試合の詳細は後日、顧問も入れて検討しませんか?」
「うん、そうしよう」
 
「もし両者がウィンターカップ決勝戦で当たった場合は、決勝戦のアンコールということになりますね」
 
「ああ。しかしウィンターカップの決勝戦まで行っちゃうと、昭ちゃんにおちんちんを返してあげないといけなくなるな」
と暢子。
 
「だったらその前に焼却処分しちゃうといい」
 
「そのおちんちん私がもらっちゃおうかな」
と留実子。
 
「あ、私も欲しい」
と中丸さん。
 
「ではその時はじゃんけんで」
「ふむふむ」
 
「まあ焼却するにしても、花和さんか華香がもらっちゃうにしても、無くなってしまったものは返しようがないよね」
と花園さん。
 
「ふむふむ」
「おちんちんを返す代わりに、女子選手の登録証を渡すというのでは?」
と日吉さん。
 
「ああ、それは良いアイデア」
 
昭ちゃんはまた俯いていたが、凄く何かに期待するような目をしていた。
 

その日の夕食はバイパス沿いにあるビフカツのお店に行った。この日勝てば、しゃぶしゃぶという約束だったのだが、負けてしまったので予定変更である。(この店は筆者は2006年頃に行ったが今もあるかは不明)
 
「まあ次はカツようにということで、カツね」
と南野コーチ。
 
「ああ。うち、大会の日の朝によくお母さんがトンカツ作ってくれてた」
などと言っている子もいる。
 
「でも悔しいなあ」
「ほんと。あとちょっとだったのに」
と言う声が出るが
 
「表面的にはあとちょっとでも、多分200万光年くらいの距離があったんだよ」
と暢子は言う。
 
「今回は相手が最初こちらを舐めてたから接戦になったのもあると思う」
と穂礼さんは言う。
「うん。だから次回はこうはいかない。きっと最初から全開で来る」
と千里も言う。
「その最初から本気の愛知J学園と再戦したいですね」
と揚羽。
 
「今回、福岡C学園や秋田N高校に勝てたのもその要素があると思う。向こうがこちらを充分に研究していたら、ああは行かなかった」
「秋田N高校とか、うちを全く研究していなかったのが、明らかだったもんね」
 
「次全国に出て行く時はもっともっと鍛えてないといけないということ」
 
「ウィンターカップ出たいね」
「うん。東京体育館に行きたい」
「ウィンターカップで優勝したら帝国ホテルのディナーで」
「理事長さんに掛け合ってみるよ」
 
「ウィンターカップで優勝したら、市長さん主催の祝勝会くらいやってくれたりして」
「インターハイに比べると知名度が落ちるけど全国制覇だったら市長の表彰状くらいもらえるかもね」
 
「よし、それに向けて頑張ろう!」
 

翌8月3日。
 
インターハイのバスケットは最終日を迎える。今日は男女の決勝戦だけが行われる。10時から女子の決勝、11:40から男子の決勝である。
 
千里たちは台風の風がまだ残っている中を部員全員で会場の文化体育館まで出て行った。
 
悪天候にもかかわらず、観客席は満員である。
 
10時。愛知J学園と岐阜F女子高との試合が始まった。
 
しかしバスケ強い所は女子高や元女子高が多いなと思った。千里たちの旭川N高校も、同じく準決勝で敗れた東京T高校も元々は女子高でここ10年ほどの間に共学化された学校である。
 
試合はハイレベルな内容であった。一昨日、岐阜F女子高の試合を初めて見たメンバーたちはその雰囲気に飲まれてしまったのだが、今は愛知J学園と接戦を演じたという自信が、みんなを精神的に大きく成長させている。みんな静かに試合を見守っていた。
 
「くっそー。あそこに出たいよ」
と暢子が言う。
 
「うん。決勝戦で戦いたかったね」
と千里も言う。
 
「佐藤さんもそんな思いで昨日の私たちの試合を見ていたんだろうね」
「まあ、今も観客席のどこかで見てるよね」
 
「ああ、あそこに居るよ」
と言って千里は指を差す。
 
そちらを見ると本当にP高校の佐藤さんや徳寺さんが居る。
 
「おお、ほんとに居る居る」
と言って暢子たちまで指を差して見ていたら、向こうもこちらに気付く。佐藤さんが手を振るので、こちらも手を振った。
 

この試合で、花園さんや日吉さんは精彩を欠いていた。やはり昨日の試合の疲れが完全には抜けていないのだろう。しかしその分、他のメンバーが頑張る。それで試合は熱戦が続いていた。どちらもしっかり守備するので、なかなか点数が入らない。特に今日は花園さんが本来の調子ではないので、スリーによる得点も少ない。
 
結果的には試合はロースコアで推移し、最終的には66対43で愛知J学園が勝った。2年連続の優勝である。
 
千里と暢子は下に降りて、J学園のメンバーがフロアから出てくる所を迎えた。
 
「おめでとうございます!」
と声を掛ける。
 
「ありがとう」
と花園さんと日吉さんが笑顔で言い、千里・暢子と握手した。
 

続く男子の決勝戦は秋田R工業と福岡H高校の対戦であった。お昼を食べに行く部員も多かったが、千里も暢子も売店で買ったおにぎりを食べただけでずっと試合を見ていた。
 
「さすが男子はスピードとパワーが違うね」
「うん。男子の最高峰はまた凄い」
 
「千里、女子の方に来ちゃって、ちょっと惜しくは思ってない?」
「少しだけね。でも私は女の子だから、女子の方で頑張るよ」
「そのあたり、だいぶ女としての自覚が出て来たよね」
「えへへ」
 
試合は第1ピリオドで秋田R工業がリードを奪ったものの、そのあと福岡H高校が必死に追い上げた。しかし最後は届かずR工業が逃げ切った。最終的な点数は95対89であった。
 
「なんか凄い試合だったね」
「昨日の試合も、私たち第1ピリオドでもっと頑張っていれば、逃げ切れたのかなあ」
「そのあたりは結果論だけど、前半は私たちかなり頑張ったと思うよ」
「そうかもね」
 

表彰式に移る。
 
昨日は3位の4校だったが、今日は1位・2位の4校のベンチ入りメンバーがフロアに整列した。千里と久井奈さんは主催者席の近くに座って様子を見ていたが、あそこに並びたかったなという気持ちが強まった。今日はふたりとも制服を着ている。
 
最初に女子の1位・2位、男子の1位・2位の学校名が読み上げられ、代表者が前に出る。
 
女子の1位・愛知J学園が表彰され、花園亜津子が優勝旗を受け取り、日吉紀美鹿が賞状を受け取る。J学園には他にも様々な○○杯の類が渡されるので何人も前に出ては受け取っていた。全員に金メダルが贈られた後、2位の岐阜F女子高が表彰されてキャプテンの鏡原さんが賞状を受け取り、銀メダルが贈られた。
 
男女の1・2位の表彰が終わった後、特別賞というのが発表された。
 
「延長3回という激戦を戦い、しかも両軍合わせてファウルが4つしか無いというクリーンな試合をした、愛知J学園と旭川N高校」
と読み上げられ、久井奈さんが笑顔で前に出て行く。
 
J学園の花園さんと並んで一緒に賞状を受け取り、ふたりで握手をしていた。
 

続けて個人の表彰が行われる。
 
「女子・優秀選手賞、愛知J学園・花園亜津子さん」
 
花園さんが優勝旗を入野さん、特別賞の賞状を大秋さんに預けて前に出る。
 
「得点女王、愛知J学園・日吉紀美鹿さん」
 
日吉さんも優勝の賞状を中丸さんに預けて前に出る。
 
「スリーポイント女王、旭川N高校・村山千里さん」
 
千里はびっくりしたが、久井奈さんに背中を押されて前に出た。
 
「リバウンド女王、東京T高校・森下誠美さん」
 
千里たちが座っていた所の近くに座っていた制服を着た女子高生が出て来て列に並んだ。この子はかなりの長身だ。身長168cmの千里が見上げる感じである。こことは今回対戦していないが当たると手強いなと千里は思った。
 
「アシスト女王、岐阜F女子高・前田彰恵さん」
 
ああ、この人は目立っていたよなと千里は思った。アシストだけでなく自らもかなり得点をしていたはずだ。結果的に自分の得点になったかアシストになったかの違いだけであろう。
 
その後、男子の個人表彰の名前も読み上げられた。10人並んでから、ひとりずつ賞状をもらい主催者さんと握手をした。それで下がるが、千里は花園さん、日吉さんとも握手をする。その流れで何となく、F女子高の前田さん・東京T高校の森下さんとも握手をした。その時、前田さんが千里に「やりたかったよ」と小さな声で言った。それで千里は「今度やりましょうよ」と答えた。彼女は頷いていた。
 

表彰式が終わった後、体育館から出ると雨があかっている。
 
「台風、どうなったんだろ?」
「ああ。もう通り過ぎちゃったみたいよ」
「飛行機は飛ぶんですかね?」
「福岡−羽田間は再開したみたい」
「羽田−旭川は?」
「今台風が能登半島付近にいるみたいなんだよね」
「ということは?」
「今日はまだ多分飛ばない」
「羽田まで行ってもどうしようもないですね」
「ということで今夜も唐津泊まりだね」
「あらあら」
 

その日は取り敢えず昭ちゃんは解放することにした。JRは点検で運行見合わせ中ということだったので、バスで伊万里の祖父宅に向かう。暢子からやっと男物の服を返してもらって着替えていたが、結局女の子下着はそのまま着けていたようである。しかも、着替え用の女の子下着数点や暢子が買ってあげたスカートなどを荷物に入れていた。どうもこの数日間に女の子ライフに完璧にハマッてしまったようである。
 
ああ、この子は間違い無く5年以内に性転換しちゃうなと千里は思った。
 
「ところで昭ちゃんのおちんちんはどうしたんだっけ?」
「本人がこのままでいいと言ってたから、そのまま。剥がし液だけ渡した」
「ということは、お股は女の子仕様のままか」
 
「お祖父さんちで温泉とかに行こうって言われたらどうするんだろ?」
「そりゃ女湯に入るしかないね」
「ふむふむ」
 
「でも千里、あれそんなに何日もやってていいの?」
「長期間やっていると、男性機能に障害が出る可能性が高い」
「ああ」
「将来お婿さんになりたければ、絶対に長時間やってはいけない」
「まあ、昭ちゃんはお嫁さんになりたいだろうから、よいのでは?」
「どうも本人、完璧にその気になっちゃったみたいね」
「まあ昭ちゃんの夏期鍛錬だね」
「鍛錬なんだ!」
「女の子になるためのレッスンだよ」
「ほほぉ」
 
「よし昭ちゃんは夏休み明けからは女子バスケ部入りだな」
「昭ちゃんの男性時代は終わってしまったんだよ。これからは女性時代になるんだ」
「なるほど」
 

千里たちはその日も唐津市内のホテルに泊まった。千里はここ数日の疲れがどっと出て、その晩は物凄く深く眠った。
 
8月4日の朝、起きると何だか身体に違和感がある。
 
ちょっと寝過ぎたかなと思いながら取り敢えずトイレに行く。それでおしっこをしていたら、なんか感触が変だ。
 
へ?
 
なにげなく自分のお股を触ってみると、割れ目ちゃんが開けない!? 何??と思ってよく見ると、割れ目ちゃんは接着剤でくっつけてある。
 
え?なんで?
 
と思ってその付近をもっとよく触ってみると、とんでもないものが身体に付いていることを認識する。
 
うっそー! 何でこんなものが私の身体についてるのよ!?
 
すると《いんちゃん》が答える。
 
『千里、インターハイが終わったから、男の子の身体に戻ったんだよ』
『えー!? やだよぉ、こんなの』
 
『まあ心配しなくても、来月上旬に、選抜大会の地区予選が始まる前にはちゃんと女の子に戻れるから』
『そうなんだ!』
『国体予選に関しては男の身体で我慢してよ、と安寿さんは言ってたよ』
 
と《いんちゃん》が言ったので、千里の「体内時間」の組み替えの計算をしてくれたのが安寿さんという人(?神様?)であることを知る。
 
『でも私、男の身体をしばらく誤魔化さなきゃ! ばれたらうちの学校の成績が取り消されちゃう』
『頑張ってね〜』
 

千里は頭に付けていたウィッグも外してみた。
 
うーん。。。と思う。
 
千里は12月に女子バスケ部に移動されてから、部活の時はずっとこのショートヘアのウィッグを着けている。一方学校の授業には、ウィッグを外して短髪の頭にして男子制服を着て出席していた。ただ、千里は友人達にも指摘されていたように2年生になってから、かなりの確率で女子制服を着てショートヘアのウィッグを着けて出ていた。
 
それはハードなバスケの練習+毎晩のようにやっていた山駆けの疲れで朝いつもボーっとしていたので、叔母が「千里、ここに制服置いとくよ」と言われた服を何も考えずにそのまま着て出て来ていたからであった。
 
ところが歴史上の5月21日の朝、千里は唐突に女の子になってしまった。
 
歴史上の2007年5月20日は(2月以降時間の流れの外で山駆けしていたたので)千里の肉体的には2007年8月12日(その夜修行をしたのが8月13日)だったのだが、歴史上の翌2007年5月21日は《いんちゃん》の説明によると、肉体的には2008年7月11日になるということだった。
 
そしてその21日の朝、千里の本当の髪の長さは肩くらいまであったのである。女子としても違反になる長さであったし、突然髪の長さが変わっては変に思われると思い、千里はその後ずっと長い髪をヘアゴムでまとめてから、ウィッグの中に押し込んでいた。
 
ところが今、鏡を見ると、千里の髪はまた短い状態に戻っているのである。
 
「まあ、みんなは本当は私の髪は短いんだと思い込んでいるから、これはこれでもいいかな」
と千里は独り言を言った。
 
このような肉体の突然の変化はこの後、何度も起きるので、千里は何種類かのウィッグを大学4年生の頃まで使い続けざるを得なかった。
 

※千里が髪を切った時期
 
2006.04 入学式前に留実子の姉・敏美に切ってもらう。丸刈り
2006.06 旭川市内の理髪店で丸刈りに
2006.09 〃
2006.11 〃
2007.01 〃
2007.04.08 最後の?丸刈り (肉体時刻 2007.5.31)
2009.07.06 塾の先生するのに長いと言われて調髪 (肉体時刻 2008.4.22)
-----
2007.05.21 突然女の子になった日 (肉体時刻 2008.7.11)
2007.08.04 突然男の子に戻った日 (肉体時刻 2007.9.15)
 

それで千里は貴司に電話した。
 
「あのさ、インターハイが終わったんで、例の成功報酬なんだけど」
「なんだっけ?」
「ほら、1回戦勝ったら1回、2回戦勝ったら2回っての」
「忘れてた! 結局何回やんなくちゃいけないんだっけ?」
 
「貴司は3回戦まで勝ったから4回、私は4回戦まで勝ったから8回。合計で12回」
「ひゃー!」
 
「でもさ、私、夏の間はちょっとバスケの練習に専念したいのよ」
「それは僕もだけど。あと実は自動車学校に行くつもりなんだよ」
 
「へー。で、取り敢えず9月か10月の適当な時期に延期しない?」
「それがいいかも!」
「じゃ10月の連休にデートしようよ」
「いいよ」
 
さすがに男の身体で貴司とセックスするのはやばすぎる。でも《いんちゃん》から10月の連休は女の子の身体だよと教えてもらったのである。
 
「10月まで延期する利子で2回足して14回」
「あははは」
「頑張って14回連続でしてよね」
「さすがに自信無い」
「ちゃんと出来なかったら、罰としてちょん切っちゃうから」
「勘弁して〜。あれって男は重労働なんだから」
「だから体力をもたせる訓練だよ」
「それも訓練なのか!」
 
「私も騎乗位とかで頑張ってあげるから」
「今凄いことばを聞いた気がした」
「騎乗位嫌い?」
「いや14回もやるなら、そのうち4−5回は女が上の体位でないと無理だと思う」
「私も頑張るからさ」
「やはり訓練なのか」
 
「秋の大会に向けての自主トレだよ」
「なんか僕たちって乱れてない?」
「夫婦だからいいじゃん。それやってて貴司が行為中に死んだら、私、操を立てて再婚しないからさ」
 
「まだ死にたくない!」
「まあ死ななくても途中でできなくなったら女の子になる道だから」
「それも嫌だぁ!」
 
「コンちゃんは念のため3ダースくらい用意しておこうよ」
「確かにそれはそのくらい必要な気がする。付けても立たなくて休憩して再戦とかも出てくると思うし」
 
「最後の2回はおまけだからいいとして、12回目が立たなくなったらお化粧しちゃおう」
「まあいいけど」
「11回目で立たなかったらマニキュアしちゃう」
「そのくらいは我慢するかな」
「それで学校に出て行ってよね。10回目で立たなかったら女の子パンティ穿いてもらおう」
「千里のパンティくれるなら考えてもいい」
「それは検討するとして。9回目で立たなかったらスカート穿いて私とデートして」
「千里がいいのなら、頑張って挑戦してみる」
「実はスカート穿きたいんじゃないの?」
「そんなことない!」
 
「怪しいなあ。8回目で立たなかったら女子制服を着てもらおう」
「うーん。なんか怪しい道に迷い込んでしまいそう」
「7回目で立たなかったらブラジャー付けてもらおう」
「千里のブラをくれ〜」
「貴司、私のブラを1個隠し持ってるでしょ?」
「そんなこと無い!」
 
かなり焦っているので図星っぽい。
 
「6回目で立たなかったら女性ホルモン飲ませちゃおうかな」
「そんなの飲んだらもっと立たなくなるじゃん!」
 
「5回目で立たなかったら豊胸手術受けてもらおうかな」
「えっと・・・・」
 
「ふーん。おっぱい実は欲しいのか」
「べ、べつに!」
 
「なんか貴司のセクシャル・アイデンティティも結構あやしい気がするなあ。4回目で立たなかったら去勢手術ね」
 
「睾丸を失うと子供作れなくなるから」
「その前に精子を冷凍保存しておく手もあるよ」
「うーんと・・・」
「ね。実は去勢したいの?」
「嫌だ。去勢したら多分チンコ立たなくなる」
「かもねー。3回目で立たなかったら性転換手術ということで」
 
「3回くらいは頑張れると思う」
「じゃ、性転換する羽目にならないように頑張ってね」
 

「だけど千里、僕が女になっちゃってもいいわけ?」
「貴司がどうしても女の子になりたいというのであれば、中身が貴司であるなら、身体は女であっても愛せると思う。私も頑張ってレスビアンを覚えるよ」
 
「いや別に女にはなりたくないけど、レスビアンってどんな世界だろ?」
「ちょっと手術受けて体験してみる?」
「手術受けたら元に戻れないから」
「ああ。もし元に戻れるなら、女になってみたいんだ?」
 
「それは多くの男がそうだと思うよ」
「へー!」
 
「女になって女子トイレに入ってみたいとか」
「私、男の子だった頃から女子トイレに入ってたけど」
 
「女になって女子更衣室に入ってみたいとか」
「私、男の子だった頃から女子更衣室を使ってたよ」
 
「女になって女湯に入ってみたいとか」
「私、男の子だった頃から女湯に入ってたよ」
 
「今は千里、女の子なんだよね?」
「まさか。私は男の子だけど」
「今更そんな意味不明の嘘つかないでよ!」
「私、嘘なんかついたことないけどなあ」
「それがいちばん大きな嘘!」
 

8月4日の夕方旭川空港に戻ると、明日(日曜日)はゆっくり休むようにと言われ、6日月曜日が登校日なので、その日部会をするからと言われた。またバスケ部の練習はお盆まで休みにするので、その間に充分身体を休めて、体力を回復させ、お盆過ぎからまた頑張ろうということであった。
 
またM高校やL女子高とも連絡を取り、練習試合はお盆明けから再開することにした。実際にはM高校は休むようだが、L女子高は結構ハードな練習をしているような感じであった。
 
帰宅すると美輪子から
「お疲れ様」
と言われる。
 
ケーキを買ってくれていたので、紅茶を入れて一緒に頂く。
 
「美味しい美味しい」
「ここのケーキ美味しいよね」
「このケーキ屋さんは、こういうムース系が美味しいんだよね」
「そうそう。スポンジは微妙だよね」
 
「でも日程の最後まで居たの?」
「うん。準決勝まで行ったから、表彰式にも出たよ。3位だし、個人賞ももらったし。これメダル」
 
と言って荷物の中からもらった銅メダルを見せる。
 
「すっごーい!!」
「金色のが欲しかったけどね」
「いや全国大会で銅メダルって凄いよ」
 
メダルの表側には2007という数字が入ったこの高校総体を表すデザインが浮き彫りにされ、裏側には競技名が入っている。このメダルの内側は有田焼になっているらしい。
 
「なんか格好いいね。鳥か何かをデザインしたのかな」
「佐賀県の形を図案化したのではとか言ってた人もいた」
「へー。でもセンスいいよね」
「公募して佐賀県の女子高生が作ったデザインを採用したらしいよ」
「なるほどー。やはりインターハイって高校生の手作りなんだね」
「うんうん。それがまたいいよね」
 
それで美輪子は感心しながらメダルの裏側を見る。
 
「・・・・・」
「どうしたの?」
「バスケットボール女子って書いてあるけど」
「どうかした?」
「あんた女子の試合に出たの?」
「私、男に見える?」
「女に見える!」
 
「男子は今回道大会の決勝リーグに残れなかったんだよ」
「なんであんた女子で出られるの〜?」
 
「だって私女子選手だもん」
と言って千里はバスケット協会の登録証を見せる。
 
「女子って書いてある!いつの間にそういうことになったんだっけ?」
 
「言ってなかったっけ? 私、去年の11月に病院で検査されて、あんたは女って言われちゃって、それで女子バスケ部に移動されちゃったんだよね」
 
「あれ冗談じゃなかったの〜?」
「冗談でそんなこと言わないよ」
「だって、あんた冗談と本当の区別が付かない」
「そうだっけ?」
 
美輪子叔母はしばらく考えている。
 
「だったら千里、もしやと思ってたけど、性転換手術しちゃったの?」
「まさか。私、男の子だよ」
「おちんちんあるの?」
「あるけど。触ってみる?」
「触らせて!」
 
というので千里はショーツを脱いで触らせる。
 
「おちんちん無いじゃん」
「隠してあるんだよ」
と言って千里は美輪子の指を誘導する。
 
「ほんとについてる!」
と言って美輪子は納得するように頷いた。
 
「じゃ、千里、男の子なのに女子選手として出たの?」
「まさか。女の子の身体でなきゃ女子選手としては出られないよ」
 
「でも今は男の子の身体だよね?」
「うん。でも試合に出た時は女の子の身体だったよ」
「じゃ今触ったおちんちんはフェイク?」
「まさか。本物だよ」
「じゃ、いったん切ったおちんちんをまたくっつけたの?」
 
「なんかその辺が私もさっぱり分からないのよねぇ」
「千里も分からないなら私も分からないよ!」
 
「でも、性別を誤魔化したりする不正行為はしてないと天に誓って言えるよ。私昨日までは確かに女の子の身体だったのに、今朝起きたら男の子になっててびっくり」
 
「あんた、頭大丈夫?」
「言われると思った。どうも私、神様にもてあそばれてるみたいなのよね」
「うーん・・・・」
「たぶんまたしばらくしたら女の子の身体に戻ると思うから、その時はまた触らせてあげるよ」
「分かった」
 

翌日の登校日。千里は普通に女子制服を着て学校に出て行った。
 
「千里、もうこのあとはずっと女子制服で学校に出ておいでよ」
と蓮菜から言われる。
「私もそうしようかなあという気になって来た」
と千里。
「うん、それがいい、それがいい」
と京子も言う。
 
全体集会の場で校長から、バスケット部のインターハイ3位と特別賞の受賞、それに千里のスリーポイント女王獲得が報告され、大きな拍手が送られる。バスケ部のベンチ入りメンバー(睦子を含む)がインターハイ3位のメダルを掛けたまま壇上に登る。
 
「旭川N高校殊勲賞」というメダルをもらったのだが、プレゼンターを務めてくれたのは、10年ほど前に女子バスケ部が全国BEST8まで行った時のキャプテン・富士さんである。富士さんはその後関女(関東大学女子バスケットボール連盟)の1部リーグに所属するK大学に進学してそこでも活躍した。現在は関東の実業団有力チームに入っているが、このイベントのためにわざわざ旭川に戻ってきてくれた。千里たちは大先輩から「頑張ったね」という声を掛けてもらいひとりずつ笑顔でメダルを首に掛けてもらい握手をした。千里は先輩と握手しながら、その手の力が凄く強いなあと思った。
 
なお、留実子は女子制服を着てきていたが、その件で後から久井奈さんに突っ込まれていた。
 
「実弥、今日は女子制服で良かったの?」
「もう男子制服にしようかと思ったんですけどねー。昨日、彼氏と会って話してたら、少し気分が晴れて、もうしばらくは女でもいいかなと思いました」
 
「会ってというか、セックスしたんでしょ?」
と寿絵からツッコミが入る。
 
「もちろんしたよ」
と留実子は堂々と言う。
 
「なるほど」
 
「千里もしたの?」
「してないよ」
「会うのは会ったんでしょ?」
「ううん。10月の連休にデートするよ」
「ほほお」
「貴司は自動車学校の合宿に行った」
「へー!」
 

貴司たちは昨日は日曜日ではあるが、校長が出て来てインターハイの報告会をした。全体集会での報告は、9月に2学期が始まってから、するらしい。
 
それで貴司や佐々木さんなど数名が、今日から札幌の自動車学校に入り、合宿方式の自動車免許取得コースを受けているのである。6日に入校して、順調にいけば8月21日火曜日に卒業し、翌22日には免許を取得できるらしい。
 

千里たちは全体集会の後、各クラスで1時間のホームルームが行われ、先生のお話などもあり、夏休みで集中が途切れがちのところを引き締める。千里がインターハイに向けての合宿をしていた頃、他の進学組・特進組の生徒は補習を受けていた。千里には担任から「プレゼント」と言われて、その間のテキストが渡され「休み明けまでにレポートを提出するように」と言われた。これでしばらく暇無しになりそうだ。盆が過ぎるとすぐ夏休みが終わり20日から授業が再開される。むろんバスケ部の練習も再開される。
 
ホームルームの後は解散になるが、千里たちはバスケ部の練習場である南体育館朱雀に集まる。
 
男子部員・女子部員の全員が集まっている。理事長・校長先生・教頭先生に富士さんも来て、あらためて女子バスケ部の健闘が称えられた。この健闘は試合に出られなかった部員も含めて全員の力によるものと言われ、女子部員全員に理事長さんからポチ袋が渡された。中身は5000円の図書カードと5円玉であった。
 
理事長さんたちが退席した後で、2学期以降の新しい部長・副部長を決める。実際の交替は2学期(10月上旬の連休明け)からであるが、3年生はもう実質引退なので、お盆過ぎからは2年生を中心にした体制で活動することになる。
 
男子の方は既に道大会の後、北岡君と氷山君を中心に活動をしてきていたので、そのまま北岡君が新部長、氷山君が新副部長と決まった。
 
「次、女子ですが、新部長はもう若生さんでいいよね?」
と久井奈さんの指名に拍手が起きる。暢子もそのつもりでいたようで、立ってみんなにお辞儀をした。
 
「副部長も村山さんで異論は無いと思うけど」
と久井奈さんが言うので、みんな拍手をする。
 
「えっと、私、性別問題があるんですけど、いいんでしょうか?」
「性別問題はとっくにクリアされていたはず」
「それで東京で精密検査されたんでしょ?」
「なんか精密検査で卵巣・子宮もあることが確認されたとか」
 
どうも勝手に話が変形されて広まっているようだ。
 
「卵巣・子宮はMRIに写ったような気がしたけど、間違いだったんですけどね」
と本人。
「まあ一番の間違いは村山が最初に男子バスケ部に入ったことだよな」
と真駒さん。
 
「特に問題なければ、副部長は村山さんということで」
再度拍手があったので、千里もあらためてみんなにお辞儀をした。
 

部会が終わった後で、暢子が昭ちゃんに声を掛ける。
 
「昭ちゃん、女子制服を着てない」
「勘弁してくださいよぉ」
 
「昭ちゃん、ほんとに女子制服着たいなら、先輩でまだ持ってる人いると思うから、聞いてみようか?」
とみどりさんが言う。
 
「うーん。どうしようかなあ・・・」
 
みどりさんは半分冗談で言っているのだが、どうも本人は真剣のようである。
 
「おちんちんは戻したんだっけ?」
「千里さんから4日以上やってはいけないと言われたので、4日の日に解除しました。でも、またやってみたくなって今日はテープでやってます」
「ほほぉ!!」
 
「うまくできた?」
「全然うまくできません。線がまっすぐにならないし、すぐ外れちゃうんですよ。今日も全体集会の後で1度トイレで修正しました」
「まあやっている内に、だんだんうまくなるよ」
 
「でもおちんちん無くて困らなかった?」
「トイレで個室を使わないといけないから、空いてないと待つのが大変でした」
「君、男子トイレ使ってるの?」
「はい」
「女子トイレ使えばいいのに」
「使えませんよ!」
「でもこないだ女子トイレに入ってたよね?」
「えっと・・・人目が無かったら」
「人目があっても使えばいいんだよ」
 

「まだちょっと勇気が。あと温泉でちょっと焦りました」
 
「昭ちゃん、温泉に行ったの?」
「3日の日、伊万里の祖父の家に行ったら武雄温泉に入りに行こうよと言われて」
 
「・・・・」
 
「で、女湯に入った?」
「入れません!」
「じゃ、まさか男湯に入ったの?」
「ずっとお股を隠してました」
 
「おちんちん付いてない子が男湯に入っちゃいけないよね」
「全く全く」
「バレなかった?」
 
「知らない男の人に見られちゃいました」
「何か言われた?」
「君、女?って訊かれた」
「何て答えたの?」
「男ですけど、病気で、おちんちん取っちゃったんですと」
「ほほぉ」
「そしたら、君可愛いからいっそおっぱい大きくして女の子になったら?って言われちゃった」
 
「うんうん。それ推奨。ちょっと病院に行って、豊胸手術受けてこない?」
「・・・・」
 
「なんか悩んでる」
「やはり強制的に拉致していって豊胸させちゃおう」
 
「・・・・・・」
 
「どうも、ほんとにおっぱい作りたいようだ」
 
「どうせ強制拉致して手術しちゃうのなら性転換手術だよ」
「うん、それがいいね」
「昭ちゃんの女子選手としての登録証を申請しよう」
 
「・・・・・・」
 
「どうも、ほんとに強制手術されたいようだ」
 

部会の後で、また理事長さんたちや富士さんたちも戻って来て(その間富士さんは校長室でいろいろお話していた模様)、男子部員も入れて全員で市内の海鮮料理店に行き、理事長さんのおごりで食事会もした。最初料亭という話もあったようだが、和食の苦手な子が結構いるという話から好き嫌いの少ない中華系ということになったようである。
 
「2年生・3年生の女子で関東方面の大学に来るつもりのある子いないの?」
と富士さんから訊かれる。
 
「今いる3年生は全員就職か専門学校志望だな」
「大学進学予定の子は2年生で引退しているから」
「じゃ2年生の子で大学進学希望は誰々?」
 
「特進・進学コースに入っているのが、千里、留実子、川南、葉月の4人だね」
「私は今の所千葉のC大学を志望校にしてます」
 
「なんか不思議な所を。東京方面の国立に行くなら、どーんと東大を目指すとかは?」
「そんな頭無いです」
「だったら、いっそ私の出身校のK大学とかにはこない?」
「私立に行くお金が無いです」
「ああ、千里はお金が無いというのがいろんな問題で制約になってるよね」
 
前頁次頁目次

1  2 
【女の子たちの男性時代】(1)