【女の子たちの男性時代】(2)

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「私はH教育大の旭川校に」
と留実子が言うと
「君は東京方面に出るつもりは?」
と富士さん。
 
「この子、彼氏が旭川市内だから」
と寿絵が言う。
「なるほどー」
「彼氏も一緒に東京に出るというのは?」
「うーん。あいつ大学行くような頭無いしなあ」
「東京方面の会社に就職するとかは」
「そのあたりは今後の検討課題かなぁ」
 
「私も東京方面の大学に行きたいとは思ってるんですけどね。実は内心J大学を狙ってるんです」
と川南。
 
「だったらK大学とレベル大差ないじゃん。どうせならうちに来ようよ」
 
「でも私、ベンチ枠を取れるくらい頑張らないと、とてもK大のバスケ部に入れて下さいとは言えないです」
「そのあたりは頑張りようだな」
「でもほんとにJ大学受けるくらいならK大学受けてよ」
「じゃ、少し考えます」
「うんうん」
 
「私は素直に医科大の看護学科志望で」
と葉月。
 
「あまり素直じゃない気がする」
「医学科目指さないの?」
「無理〜〜」
 

「まあ、勧誘はそのあたりにしておいて、でも本当に頑張ったね。準決勝の試合、録画になったけど見せてもらったけど凄い試合だったね」
と理事長さんが言う。
 
「あとちょっとでしたけどね。延長戦でもこちらがリードしていた局面が何度かあったし」
と校長も言う。
 
「あれは半分幸運、半分奇跡です」
と久井奈さんは言う。
 
「最初向こうは楽勝ムードで、必ずしも真剣じゃなかったんですよね。前半でこちらがリードしててもすぐ逆転できるだろみたいな雰囲気だったから。最後の方になってやばいという感じで、真剣になって来たので、最初から向こうが全開だったら大差で負けていたと思います」
と穂礼さんも言う。
 
「そう意味の幸運か。でも運も実力の内だよ」
と理事長さんが感慨深げに言う。
 
「いや、この子たちは本当に頑張りましたよ。褒めてあげてください」
と宇田先生は言う。
 
「うん。君たちは強い! 誇るべきだよ」
と校長。
 
「ええ。また頑張ります。次は真剣勝負のJ学園と戦いたいです」
と暢子は言った。
 
「次のそういう機会はいつになるんだろう? 来年のインターハイ?」
と理事長さん。
 
「冬にウィンターカップと言ってインターハイに並ぶ大きな大会があるのですが、こちらは北海道は代表1校なんですよ。最近はずっと札幌P高校が代表を独占していて、行けたのは富士君たちの時が最後でした」
と宇田先生が説明する。
 
「あの年は季節外れのインフルエンザでP高校の主力が軒並みやられていたんですよね。まともにトップチームとやってたら勝てなかったです」
と富士さん。
 
「そこまでP高校って強いんだ?」
と理事長さん。
「P高校に実力で勝てたら全国優勝も夢じゃ無いです」
と宇田先生。
 
「まあ2年生・1年生の頑張りに期待だな」
と久井奈さんが言った。
 

8月前半は休みだと言われはしたものの、千里は毎朝10kmのジョギングをしては昼間は深川市の体育館まで電車で出かけて、ひとりで黙々とシュートやドリブルの練習をしていた。
 
その「勝手な練習」の3日目、8月8日。千里が練習を始めたら声を掛ける人がある。
 
「暢子!?」
「なるほどー。こんな所まで来て練習してたのか」
「旭川市内だとバレるから」
「私も混ぜてよ」
「いいよ。パスの練習相手が欲しかった所」
 
それでふたりで一緒に練習していたのだが、暢子が何か呟いている。
 
「どうしたの?」
「悔しいよぉ」
「うん。私も悔しい」
「どうせなら決勝戦に行きたかった」
「だよね。だからまた頑張ろうよ」
「冬こそ決勝戦に行こうよ」
「だから鍛えなくちゃ」
 
それで30分くらい練習した所でまた暢子が千里に言う。
 
「千里、かなり身体がなまってないか?」
「そうなんだよねー。インハイが終わって、ちょっとガクっと来て、体力も落ちちゃったみたい。まるで男の子だった頃まで戻っちゃった感じ」
「じゃ鍛え直さなくちゃ」
「うん。だから鍛え直してる」
 
実際には、インハイに出た時の千里の肉体は2008年10月の身体、その後現在の身体は性転換手術を受ける前の2007年8月の身体なので、体力・運動能力ともにインハイの時より落ちているのである。
 
でも、男の子のがついてるって邪魔だなあ。早くこんなの取っちゃわなきゃ、などと千里は思っていた。タックはしているものの、走る時にどうも邪魔に感じるのである。
 

※千里の体内時間の組替表(抜粋)
体内 2007/08/13 →歴史 2007/05/20 湯殿山で時間の組み替えを宣言される
体内 2007/11/13 →歴史 2012/07/18 (大学4年)タイで性転換手術を受ける
体内 2007/11/14-02/14 →歴史 2012/07/19-10/19 (手術後の療養期間)
体内 2008/02/15-02/19 →歴史 2011/07/21-07/25 青葉の家族の葬儀で春嶽と遭遇。《何か》される。
体内 2008/02/22-04/11 →歴史 2009/05/07-06/25 大学1年。入学後運動再開
体内 2008/04/12-07/10 →歴史 2009/06/26-09/23 ローキューツに参加
体内 2008/07/11-10/06 →歴史 2007/05/21-08/03 (高2)道大会・インターハイ2007の頃
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体内 2007/09/15-10/22 →歴史 2007/08/04-09/10 まだ男の子だった時期
体内 2008/10/07-10/17 →歴史 2007/09/11-09/21 選抜地区大会2007
 

翌日8月9日の夜21時半。札幌市内のファミレスで貴司は少しそわそわしながら人を待っていた。
 
貴司はインターハイが終わった後千里とデートするつもりでいた。ところがどちらも結構後の方まで勝ち残った上に台風の影響で帰ってこれずに、北海道に戻ってきたのは8月4日である。その後行事などもあり千里に会いに行く時間が取れなかった。インターハイの前に千里とは、1回戦勝ったら1回、2回戦勝ったら2回などとセックスする約束などしていたのもあって実はかなり欲求不満になっていた。
 
そんな中、貴司は教習所で、やはり夏休みに免許を取りに来ていたSという女子高生と偶然ロビーでの待合時間に言葉を交わして、少し仲良くなった。それで、つい食事でもなどという話になってしまったのである。こんな時刻の待合せになったのは教習が夜20時半まであっていたからであり、別にホテルなどに行こうという下心までは無い。さすがに千里以外の女の子とセックスするのはやばいかなとは思っているのだが、食事くらいはいいかなと思って、約束をしてしまったのである。
 

ところで貴司は実は千里以外の女の子とデートしたことがない。中学・高校時代に何度か女の子と待ち合わせの約束をしたことはあるのだが、その度に待合せの場所に千里が現れて、相手の女の子を追い払ってしまったのである。千里って、自分に盗聴器でも付けてるのか?と思いたくなるほど、それは徹底していた。
 
しかしさすがの千里も今日は大丈夫だろうと思う。昼間講習の空いている時間に電話したら、今日は夕方から神社のバイトに行くようなことを言っていた。
 
でもあの子も本当に頑張るよなと貴司は思う。自分は就職活動の問題もあり免許を取りに来ているが、千里はその間毎日たくさんバスケの練習をしているようだ。ウィンターカップにも一緒に東京に行きたいな。この運転免許合宿が終わったらこちらも頑張って練習しなきゃ、と貴司は決意を新たにした。
 
やがてこちらに近づいてくる足音がある。気持ちを切り替えて笑顔でそちらを見る。そしてポカーンとした。
 
「お待たせ。遅れちゃってごめん」
と言って笑顔で約束した彼女がテーブルのそばまで来て言った。そして貴司の向かいの席に座ろうとしたのだが・・・
 
彼女の後ろに居た人影が、先にそこに座ってしまった。
 
「誰よ。あんた?」
と彼女が訊くと
 
「私、貴司の妻ですけど」
と席に座った千里は答えた。
 
「奥さん〜〜〜!?」
「まだお互い高校生なので籍は入れてないですけどね。この携帯ストラップにつけてる金のリングがマリッジリング代わり」
と千里は自分の携帯を見せる。
 
彼女は「あっ」と言って貴司がテーブルの上に置いている携帯を見る。そこにも同じリングが付いてる。
 
「奥さんがいるのに私をデートに誘ったの?酷い!」
と彼女は怒って言う。
 
「済まん」
と貴司は平謝りである。
 
「分かった。帰る」
と言って彼女はそのまま踵を返して出て行った。
 

「え、えっと・・・・」
貴司は何から話していいか分からない様子。しかし千里は平然としてテーブルの脇に立ててあるグランドメニューを取ると
 
「私、お腹空いちゃったぁ。ハンバーグでも食べちゃおう。貴司は?」
「あ、ぇっと。じゃ僕も同じの」
「OKOK」
 
ということで、千里はベルを鳴らしてウェイトレスを呼ぶと
「メキシカン・ハンバーグ・ステーキ。私はバーベキューソース、彼は超激辛サルサソースで。ふたりとも石窯パンにサラダ」
と注文した。
 
「超激辛・・・・・」
「浮気未遂の罰。頑張って食べてね」
「う・・・」
 

数時間遡って、その日の夕方。
 
深川市内でのバスケットの練習が終わり、千里と暢子が一緒に駅の方に歩いて行っていた時、路肩にボルボのステーションワゴンが停まっているのを見る。どうも事故ったようで前部左側のドアが凹んでいる。
 
そして・・・その車のそばに千里が見知った人物が立っていた。
 
「あら、千里じゃない?奇遇ね」
と雨宮先生は言った。
 
「お早うございます。事故ですか?」
「そうそう独り相撲だけどね」
 
暢子も先日唐津の温泉で会っているので
「こんばんは」
と挨拶する。
 
「こんばんは。あんた、暢子ちゃんだったっけ?」
「覚えて頂いていて光栄です」
「あんた無茶苦茶オーラが強いから覚えるわよ」
 
「私、そんなにオーラ強い?」
と暢子は千里に訊く。
「凄く強い。だから相手チームがまず暢子をマークするでしょ?」
「ふーん」
 
「どなたかお怪我は?」
「うん。ドライバーが怪我しただけ」
 
「いや、面目無いです」
と言って歩道の端に座り込んでいるのは、雨宮さんの後輩の確か北原さんという人だ。足を押さえている。打撲だろうか。
 
「猫が急に飛び出してきたもので避けようとして標識にぶつけてしまいました」
 
「猫は無事でした?」
と暢子。
 
「ええ。ギリギリで。向こうもびっくりしてたみたいですけど」
「猫ってしばしば車の直前横断するみたいですね。うちの父もよくこぼしてます」
「そうなんですよ。どういう習性なんでしょうね」
 
それで間もなく救急車が来る。それで救急隊員が北原さんを担架に乗せて運び込む。
 
「付き添いしなくても大丈夫よね?」
「はい。大丈夫だと思います」
「病院が決まったら連絡して。誰か行かせる」
 
ということで、救急車は北原さんだけを乗せて走り去った。
 

「先生は別途御用事があるんですか?」
「そうなのよ。今日札幌でコンサートやってる東山三六九を迎えに行く所だったのよ。彼女がライブ終わった後、層雲峡温泉に泊まりたいというからさ」
 
泊まりたいというのは雨宮先生の方じゃないのかと千里は思う。
 
「札幌から層雲峡って3時間かかりますよね?」
「走りようによっては1時間半かな」
「それ絶対スピード違反です」
 
「まあそれでこの車を札幌まで持って行かなきゃいけないんだけどさ。千里運転してくれない?」
 
「私免許持ってません!」
「持ってなくてもこないだ上手に運転してたじゃん」
「あれは緊急避難です」
 
暢子が「へー」という顔をしている。
 
「じゃ今日も緊急避難ということで」
「先生は運転できないんですか?」
「私接待でお酒飲んじゃったのよ。飲酒運転よりは千里が運転した方がいい」
「無免許運転はいいんですか?」
「あんたが処罰されるだけだし」
「私嫌です。誰か運転できる人を呼んで下さい」
「その時間が無いんだよ。この事故処理で時間食っちゃったし」
 
千里は腕を組んでため息を付いた。
 
暢子が
「私、聞かなかったことにした方がいいみたいね」
と言った。
「うん。その方がいいかも」
「じゃ、私、電車の時間があるから先に」
「うん、じゃまた明日」
 
それで暢子は千里に手を振って立ち去った。
 

「AT車ですか?」
「うん。左ハンドルだけど、配置が違うだけで操作は普通の右ハンドル車と同じだから」
「札幌まででいいんですよね?」
「うん。層雲峡までは誰か札幌のライブに付いてるスタッフに運転させる」
 
「分かりました」
 
それで千里は運転席に乗り込む。雨宮先生が助手席に座る。千里は神社に電話して急用で今日は奉仕できないことを連絡した。
 
「札幌のどこですか?」
「きららホールという所。カーナビにセットしてある」
「了解です」
「高速を通って。ETCはついてるから」
「ETCって何ですか?」
「料金を自動で払う仕組み。高速の入り口・出口でETCと書かれたゲートを通って。車が近づいたら自動的にバーが上がるから」
「へー」
「ゲートを通る時は時速30km以下で」
「はい」
 
本当は20km/h以下なのだが、どうも雨宮先生は30km/hと思い込んでいたようである。
 

『ごめーん。きーちゃん、運転頼める?』
『OKOK』
 
《きーちゃん》に身体を任せるが、千里も自分で運転を覚える感覚にする。
 
セレクトレバーがPになっていることを確認。シートベルトをしてブレーキを踏んだままエンジンを掛ける。ヘッドライトを点ける。Dレンジにする。ウィンカーを出して後ろを良く見てから、ブレーキペダルを踏む足を弱め、クリープで発進。アクセルを少しずつ踏んで加速する。
 
「この車、こないだのより遅い気がします」
「2500ccだから。こないだ千里が運転したマジェスタは4300ccだよ」
「へー」
「そのあたりを走ってる車の多くは1200とか1500だよ」
「これよりもっと弱い車もあるんですか」
 
「あんた、最初からこんな強い車ばかり運転してると軽とかは運転できなくなるかもね」
 
「軽って何ですか?」
「ああ。軽油で動く車だよ」
「へー。これはガソリンですか?」
「そうそう」
 
雨宮先生は冗談で言っているのだが、千里は冗談ということに気付いていない。
 
雨宮先生は千里がちゃんと運転しているのを見て安心した感じで、どうもレコード会社の東京本社に電話して、ちょうど居た加藤さんに北原さんの件のフォローをお願いしていたようであった。そちらから恐らく札幌支店の方に連絡が行き、誰か病院に行ってくれるのだろう。
 

カーナビの指示に従ってインターチェンジまで行き、ランプを登る。ETCと書かれたゲートを見て、そこにゆっくりと進入した。ピッという音が鳴ってゲートが開いたので中に入る。札幌方面と書かれた道へ進行。加速しながら後ろを目視確認。合流して更に加速する。
 
「ふーん。ほんとに巧いね。ちゃんと目視確認もしてるし」
「母がよく言ってたんです。こういう合流ではバックミラーでは死角に入った車を見落とすことがあるから必ず目視確認しないといけないんだって」
 
「ふーん。あんたお母ちゃんに運転は習ったの?」
「習ってません。これが車を運転するのはまだ3度目です」
 
「そういう無意味な嘘をつくのはやめなさい」
「嘘なんてついてないんだけどなあ」
 

「ところで私にはちゃんと教えてよ」
「はい?」
「あんた結局いつ性転換したのさ?」
 
「それなんですけどね・・・」
「うん」
 
「インターハイの時は実は性転換から1年経ってたんです」
「やはりあんた伊勢に行った時、もう性転換してたんだ?」
「でも今は性転換手術を受ける1ヶ月くらい前なんです」
「はぁ!?」
「そして私が実際に性転換手術を受けるのは2012年なんですよね〜」
 
「あんたやっぱり嘘つきだ!」
 
「なぜ誰も信じてくれないんだろう」
「あんたがでたらめばかり言ってるからだよ。罰として今月中に3曲書くこと」
「まあ、いいですけど」
 
「あんたのバッグの中に曲のタイトルと歌手と作曲者名義のリスト入れておくから。できている分の歌詞も。まだ歌詞のできてない1曲はあとでFAXする」
「了解です」
 

千里と雨宮先生を乗せたボルボV50は21時前に札幌きららホールの裏口に到着した。雨宮先生がスタッフ証を見せて中に入れてもらい、車を駐める。雨宮先生は
 
「やはりあんた車の運転うまいよ」
と褒めてくれた。
 
「また頼むね」
「次は免許取ってから」
「あ、そうそう。バスケット、結局3位になったんだって?」
「あ、はい」
「おめでとう。これ、私からのささやかなプレゼント」
 
と言うと先生は千里に銀色のブレスレットをくれた。
 
「重い」
千里は受け取ってからその重さにびっくりする。
 
「純銀だから」
「これ高かったのでは?」
「まあ私お金持ちだから」
「ありがとうございます!」
 
なんかじわっと来た。
 
「千里も今日はありがとね」
「いえ」
 
「じゃ、また」
「はい」
 
『きーちゃんありがとね』
『うんうん』
 

それで千里がホールを出て、地下鉄の方に向かおうとした時《いんちゃん》が言った。
 
『千里、地下鉄じゃなくて市電に乗りなよ』
『へ?』
『少し楽しいものが見られるから』
『ふーん』
 
それで千里は市電に乗り《いんちゃん》が教えてくれた電停で降りる。そして言われたお店の中に入っていくと、貴司の姿があり、その貴司のテーブルに寄って行きつつある女の子の姿を認めたのであった。
 

「でも千里、よく僕がここにいるって分かったね」
と貴司は激辛ハンバーグを大量の水を飲みながら食べつつ言った。
 
「愛の導きだね」
「まあいいけど。今日はどうするの?」
「終電で帰るよ。札幌駅23:03」
「そっかぁ」
 
と言って貴司は残念そうだ。ふふふ。私も貴司とデートしたいけど、今日は私の身体が不自由なんだよ。ごめんねー。でも浮気は許さない!
 
「練習頑張ってる?」
「うん。でもやはりインハイ終わってガクっと来たのか、調子が出ないよ」
「まあそれに向けて集中してきていたからね」
「貴司は身体がなまらないようにね」
「うん。バスケットボールでも持って来てれば良かったと思った」
「女の子ナンパする時間があるなら、町でボール1個くらい買ってこれると思うよ」
「今日の千里は言葉がきつい」
「当然。あんまり浮気してるとちょん切っちゃうぞ」
「勘弁して〜」
 

千里が最終の旭川行きスーパーホワイトアロー33号に乗って笑顔で手を振り去って行くのを見送って、貴司は駅からタクシーで合宿所に戻った。千里は物陰でキスをしてくれたが、それでよけい性的なストレスは溜まってしまった感じでもあった。
 
それで合宿所の部屋に戻ると、すぐズボンを脱ぎ、パンツも脱いで、それをいじり始める。かなり溜まっている感覚だったのですぐ逝きそうな気がするのに、なぜかその晩はなかなか逝けない。
 
ちょっと疲れて一休みした時、ドアをノックする音がする。
 
慌ててパンツとズボンを穿き、こっそり撮っていておかずにしていた千里のヌード写真も机の引出に片付ける。
 
それでドアを開けたら、なんとSが居た。
 

「あ・・・」
「夜分ごめん。ちょっと入って良い?」
「あ、うん」
 
それで貴司はSを部屋にあげてしまった。紅茶を入れて出す。
 
「今日はごめんね」
「ううん。あの子とは実際どういう関係なの?」
「結婚しているのは本当。入籍は25歳くらいになってからしようよと言っているんだけど」
「セックスもしてるの?」
「してる」
「ふーん」
 
「だから君とは付き合えない。本当にごめんね」
「それで済むと思ってる?」
「えっと・・・」
 
貴司は相手の態度に戸惑った。この子、こんなに強引な子だったんだっけ?むしろおとなしすぎるような雰囲気だったのに。
 
「あんな所で恥を掻かせられて、ごめんだけで済ませようなんて甘いよ」
「ちょっと待ってよ」
「私とセックスしてもらうよ」
「えーーーー!?」
 
それでSは貴司のそばまで来ると、その上に覆いかぶさってきた。
 
「ちょっと、Sちゃん、冷静になろうよ」
「私、柔道やってるから、そう簡単には負けないよ」
 
貴司は最初女の子相手だから、本気を出せば押しのけられると思っていた。ところが彼女の腕力が凄いのである。最初は遠慮がちに抵抗していたものの、これはやばいと思い、こちらも本気で押し返す。が、彼女の力にかなわない。それであっという間にズボンもパンツも脱がされてしまった。
 
うっそー!?
 
いやだ。千里以外の女の子とのセックスにも関心が無い訳ではないけど、こんな形でセックスなんてしたくない!
 

しかし彼女は貴司を押さえつけたまま、貴司のあれを握り強くいじる。すると貴司の意に反してそれは立ってしまう(ほぼ物理的な反応なので仕方ない)。そして彼女はそれを自分の中に入れてしまった。
 
やだぁ!これってレイプじゃん!!
 
彼女が腰を動かす。うっ。これ気持ちいい。
 
でも・・・・千里とやる方がもっと気持ちいいけどな、と貴司は思っていた。
 
行為はたぶん5分くらい続いた。
 
貴司は逝かない。
 
「なんで逝かないのよ?」
と彼女は言う。
 
「ごめん。たぶん僕、自分の妻以外とは逝けないのかも」
「役立たずのペニスだね」
「ごめーん。デートに誘ったことは謝るから、今日は帰ってくれない?」
 
「仕方無いね」
と言って、彼女はやっと貴司を解放してくれた。
 
逝かないまま大きくなっているペニスがある。それを見ていた彼女はとんでもないことを言った。
 
「こんな役立たずの男性器は取ってしまおう」
「へ?」
 
彼女はどこからともなく巨大な鎌を取り出す。貴司があっけに取られていると彼女はその鎌をビュッと音を立てて振るう。すると、貴司の男性器はスパッと切断されていた。
 
何〜〜〜!?
 
「これ記念にもらって帰るよ。じゃね」
 

彼女がそれで玄関に行き、ノブに手を掛けた時、先にドアが開いた。
 
千里が立っていた。
 
「あ」
とSは驚いたように声を出す。
 
千里の身体から物凄い光の塊が発せられる。
 
「ぎゃー」
と声をあげてSは倒れる。その時貴司は確かに見た。倒れたSの身体から何かが分離して開いている玄関から飛び出して行ったのを。
 
「貴司、大丈夫?」
と千里が言う。
 
「どうしよう? チンコ取られちゃった」
と貴司。
 
千里は貴司のそばに寄る。
「あぁ。無くなっちゃったんだ。まあ浮気ばかりしてるから天罰だよ」
と言って千里は何も無くなってしまった貴司の股間を撫でた。
 
「その子は?」
「何か悪い霊にでも取り憑かれていたのでは」
「チンコ取られる前に彼女にやられちゃった」
「サッキュバスかもね。サッキュバスって男とたくさんセックスして精液を貯めたら男性型のインキュバスに変化するんだよ。その時、最後にセックスした男のおちんちんを持って行っちゃうんだって」
 
「ひぇー」
と声をあげながら貴司は倒れているSが気になる。
 
「その子、死んでないよね?」
「気を失っているだけみたい。この子の部屋、分かる?」
「たぶん鍵を持っているのでは?」
 
それで千里が倒れているSのスカートのポケットをさぐると726という札の付いた鍵がある。それでパンツとズボンを穿いた貴司と協力して彼女を726号室まで運んで寝せてあげた。
 

貴司の部屋に戻る。
 
「僕これからどうしよう・・・」
「何が?」
「チンコ無くなっちゃったら、千里と結婚できない」
「おちんちんくらい無くても平気だよ」
「そうなの?」
「貴司、これからは女の子として生きていけばいいんだよ」
「いやだぁ!」
「バスケ部も女子バスケ部の方に移籍で」
「そんなあ」
 
「取り敢えず今夜は私が貴司を抱いてあげるよ」
「抱き合って寝てくれるの?」
「私が貴司の中に入れる」
「へ?」
 
それで千里がスカートを脱ぎ、ショーツを下げると、そこには立派なおちんちんがぶらさがっている。
 
「嘘!? 千里、チンコ付いてたの?」
「私が男の子であることは承知で貴司、私と結婚したんだよね?」
「それはそうだけど、でももうチンコは無いものと思ってた」
 
「おちんちんはあるよっていつも言ってたじゃん」
「でも千里、嘘と冗談と本当が区別つかないから」
「私、そんなに嘘ついてるかなあ」
 
そんなことを言いながら千里は貴司にキスをして貴司を押し倒した。
 

千里が貴司の股間をまさぐる。すると入れられる場所があるようである。
 
「ああ、ここに入れればいいね」
と言って千里は大きくなったそれを貴司の中に入れてきた。
 
うゎっ!?
 
貴司は初めて味わう「入れられる感覚」に戸惑っていた。千里が腰を動かして出し入れすると、何だか気持ちいい。
 
女の子側って、こんなに気持ちいいのか。
 
貴司は初めて体験したその感覚に少し酔っていた。
 
やがて千里は逝ってしまったようで、脱力して体重を掛けてくる。貴司はその千里の背中をしばらく撫でていた。
 
僕たち・・・こんな関係になっちゃうの?これから・・・
 

そんな混乱した気持ちの中にあった時、千里が貴司にキスして言う。
 
「射精って、わりと気持ちいいね」
「うん、気持ちいいよ」
 
「男の子がハマっちゃう訳少し分かった気がした。でも私が射精して貴司がそれを受け入れるのって変だよ」
「変な気分ではある」
 
「私、男の子の性器要らないし、貴司は無いと困るだろうから、私の男性器、無くなっちゃった貴司のものの代わりにあげるね」
 
「え?」
「要らない? 要らないなら私、来月タイに行って手術して取ってもらうけど」
「取ってしまうんならもらう」
「じゃあげるね」
 
そう言って千里が貴司にディープキスをする。すると、今まで千里が自分のものを貴司の中に入れていたはずなのに、貴司が千里の中に入れているような気がした。
 
千里が微笑んで身体を起こす。
 
すると本当に貴司には男性器が付いていて、千里のお股は女の子の形になっていた。千里がそれの先を舐めてきれいにしてくれた。
 
「このおちんちん、本来は私のものだからさ」
「うん」
「私以外の女の子とセックスしようとしても使えないから」
 
「別に構わない。千里以外の女の子とセックスするつもりないし」
「怪しいなあ。貴司浮気性だから。でも今夜は遅いし、私帰るね」
 
「どうやって帰るの?」
「札幌−旭川間くらい走って帰るよ」
「嘘!?」
「140kmくらいかな。朝までには着くんじゃないかな」
「無茶な」
「貴司もそのくらい鍛えた方がいいよ。じゃね」
 
と言って千里はパンティを穿き、スカートも穿いて出て行った。
 
貴司はしばらく呆然としていた。
 

翌朝(8月10日)、貴司はいつものように合宿所のベッドの中で目を覚ました。ふと心配になって自分の股間に触ってみる。
 
付いてる! 良かったぁ。
 
それで安心したら、したくなってしまったので、枕元からティッシュを取り、布団を汚さないように気をつけて一発する。すると2日くらいしていなかったはずなのに、出た液は少量だった。
 
貴司は少し考えてから千里に電話した。
 
「お早う」
「お早う」
「昨夜はごめんね」
「ううん。ハンバーグランチおごってもらったし、ノープロブレム」
 
「千里、あの後、僕の合宿所に来たっけ?」
「は?」
「昨日、千里ホワイトアローで帰ったんだっけ?」
「貴司見送ってくれたじゃん。旭川駅に0:23に着いたから、その後タクシーで家に帰ったよ」
「その後、こちらに来てないよね」
「どうやって行くのよ? 私空とか飛べないし」
 
と千里が言うと、《りくちゃん》がとんとんと千里の肩を叩く。まあ《りくちゃん》に乗って空を飛ぶのは気持ちいいけどね。あまりしょっちゅうはやりたくないけど。
 
「じゃやはりあれ夢だったのかなあ」
「何の夢?」
 
それで貴司が昨日千里と別れて合宿所に帰ってから「起きたできごと」を語ると千里は大笑いしていた。
 
「それってやはり貴司、女の子になりたいという願望があるんだよ」
「そうだろうか?」
「女装してみる? いろいろ教えてあげるよ」
「やめとく。自分が怖い」
「でも私が見てないと、女の子を自分の部屋にあげちゃうんだ?」
「いや、向こうが強引だったから」
「まあいいよ。今回は未遂と空想だけだから」
「ごめーん」
 
それで電話を切って貴司は朝食に行く準備をした。
 

朝食を取る場所でSと遭遇したので貴司は声を掛けた。
 
「昨日はごめんね」
「うん。いいよ。でも結婚してるならそうと最初から言ってよね」
「ごめーん」
「大丈夫。気にしないから」
と彼女は笑顔である。
 
「Sちゃん、あのあとで合宿所の僕の部屋に来たりしてないよね?」
「え?何それ?」
「ごめん。別の人かも。ドアにノックがあったもんだから」
 
「さすがに私も夜ばいまでは掛けないよ」
と言って彼女は笑っていた。
 

その日の昼、千里は暢子と一緒に深川の体育館近くの安食堂でお昼を食べていたが、トイレに立つ。それでいつものように洋式の便器に座り、おしっこをしてからペーパーでタックした股間の濡れた部分を丁寧に拭いた。その時、微妙な違和感があった。
 
『今日はこれ立たないんだな』
とほとんど独り言のように思ったのだが、《いんちゃん》が言った。
 
『千里、男の子の力が消えたからだよ』
『へー。なんで?』
『それを他人に譲ったから』
『そうなんだ?』
『必要だった?』
『要らなーい。ここのところ、これ勝手に大きくなって凄く困ってた。なんかひとりHしたい気分になっちゃうし』
『ひとりHしてみれば良かったのに』
『嫌だよ、そんな男の子みたいなこと』
 
『でも千里、昨夜最後の射精をしたんだよ』
『え?夢精してた?気付かなかったけど』
 
『貴司君の中に射精しちゃったのさ。そして千里の身体はあと1ヶ月ちょっとしたところで性転換手術受けちゃうから、もうこのあと射精することはないよ』
 
千里は少し考えた。
『ね。まさか今朝貴司が言ってた夢って現実?』
『少なくとも現実ではないね。千里、そんな霊能者か超能力者みたいなこと、できないでしょ?』
『私、霊感なんて無いもん』
『やっぱり千里って嘘つきだ』
 

 
その日の夕方、神社に奉仕して軽作業をしていた時、宇田先生から千里の携帯に電話があった。
 
「ああ、村山君。ご苦労様だけど、明日・明後日、ちょっと国体の予選に顔出してきてくれない?」
「は?」
 
「あまり深く考えなくていいけど、無理せず怪我はしないようにね」
「はい?」
 
それで翌日、千里は朝からJRの特急に乗って札幌まで出かけて行った。交通費は後で渡すと言われた。会場に行くと暢子と久井奈さんも来ている。
 
旭川チームの監督になっている旭川L女子高の瑞穂監督が「お疲れ様」と声を掛けてくれた。他には、M高校の橘花と友子・葛美も来ている。
 
「いや、インハイで私の高校バスケ歴も終わりかと思ってたから、国体予選に出てと言われてびっくりした」
などと友子は言っている。
 
「私も同じく」
と久井奈さんが言っている。
 
集まっているのは、N高校が千里・暢子・久井奈さんの3人、M高校が橘花と友子・葛美、他にR高校が2人、A商業が1人、そして旭川L女子高が3人である。「旭川」と染め抜かれたユニフォームを渡されるので、控室でそれを身につけた。千里はメンツを眺めてポジションを確認する。
 
PG.岬(N) 近江(R) SG.村山(N) 松村(M) SF.本間(L) 愛沢(A) 大津(R) PF.溝口(L) 中嶋(M) 若生(N) C.池谷(L) 野田(M)
 
瑞穂監督がこの国体予選のシステムを説明する。
 
「北海道内を14のブロックに分けて、それぞれの地区で中高生を12人集めてチームを編成する。実際にはほとんど高校生になる。中学生で選抜されるのは極めて優秀な子」
 
「それで今日は1回戦・2回戦をやって、明日は準決勝と決勝。旭川選抜と札幌選抜はシードされてるから2回戦からね。それで優勝したチームが、秋田県三種町で9月30日から10月3日まで行われる国体本大会に出場する」
 
「質問です」
とR高校の近江さんが手を挙げる。
「札幌選抜のメンバーは?」
「ほぼ札幌P高校だね」
 
うーんと悩んでいる。
 
「9月30日から10月3日って選抜地区予選の後で、秋季大会の前ですよね?」
「日程的にはちょっと慌ただしいね」
「その時期に臨時チームに入って道外遠征とかあまりしたくないなあ」
「万一それで主力が怪我するとやばいよね」
などといった声があちこちから出ている。
 
「ところでこの予選をする意味は?」
とA商業の愛沢さんがダイレクトに訊く。
 
「まあ北海道のトップ・バスケガールの親睦イベントと思ってもらえば」
「なるほどですねー」
「でももし札幌選抜に勝てたら、国体で愛知J学園や岐阜F女子高などと戦うことができるかも」
「それはちょっと魅力を感じるな」
「村山さんたち、J学園との対戦どうだった?」
「凄く気持ちよかったよー」
「いいなあ」
「そういう無茶苦茶強い所と、やってみたいね」
 

留萌選抜は半分くらいがS高校のメンツだったので、数子や久子さんたちと「おお、そちらも来たか」「まあ頑張ろう」と言いあった。
 
その留萌選抜は1回戦であっけなく函館選抜に負けてしまった。千里たち旭川選抜は2回戦で帯広選抜と対戦する。何だか向こうのチームも見知った顔が多い。試合前の挨拶もお互いに
 
「怪我しないように楽しくやろう」
などと言い合って握手した。
 
試合はお互いあまり無理はしない感じでプレイ、70対50で旭川選抜が勝った。
 
その日はいったん特急で旭川に戻り、また翌日出てくる。
 

準決勝の相手は1回戦で留萌選抜、2回戦で南空知選抜を破って勝ち上がってきた函館選抜である。函館F高校の正岡さんなどもいる。
 
「お手柔らかに〜」と言って試合を始める。
 
この試合はお互いあまり守備には力を使わず、交替で攻撃して得点を競うという雰囲気になった。それで点数が増えて結局109対92で旭川選抜が勝った。千里も友子もどんどんスリーを撃ってゴールに放り込んでいた。
 
友子は
「気持ちいい〜! やっぱバスケは楽しいよ」
などと笑顔で言っていた。
 
午後から決勝戦であるが、相手は予想通り、札幌選抜である。
 

 
試合開始前にL女子高の溝口さんが、唐突にみんなに近くに寄るよう言った。
 
「ちょっと相談なんだけどさ」
「うん」
「この試合、勝っちゃおうよ」
 
「・・・・・・」
 
みんな左右を見たり、あるいは腕を組んだりしている。
 
「やるか」
と暢子が言う。
 
「よし。ちょっくら気合い入れるか」
と近江さん。
「秋田の名物って何だっけ?」
と愛沢さん。
「しょっつる鍋、きりたんぽ、ハタハタ、比内地鶏、稲庭うどん」
 
「稲庭うどんって食べたことないな」
「すっごく美味しいそうめんって感じ」
「そうめんなの?」
「作り方はそうめんと同じ。それの少し太いの」
「食べてみたいな」
 
「しょっつる鍋と北海道の石狩鍋と、どちらが美味しいか食べ比べるというのもいいよね」
「ああ、しょっつる鍋も食べてみたい」
 
「ゾーンで守るぞ。佐藤さんは村山さんがマークして、残り4人でボックス4。前は左が近江さん、右が愛沢さん、後ろは左が私、右は中嶋(橘花)さん」
と溝口さんが配置を決める。
 
「OKOK」
「ボール運びは近江さんに任せた。私と中嶋さんが深く入って、愛沢さんと村山さんは遠くからチャンスを伺う。村山さんは撃てそうだったら、どんどん撃って」
「了解」
 

それで全員にこやかな顔でコートに出て行く。旭川選抜のキャプテンはL女子高の池谷さんなのだが、この試合のスターティング5には入っていないので愛沢さんが最初はキャプテンマークを付けている。
 
全員整列して、両者笑顔で握手する。
 
「楽しくやりましょう」
「お手柔らかに」
「怪我しないようにしようね〜」
「北海道代表頑張ってね」
などと旭川組が言うので、札幌組も笑っている。
 
札幌の佐藤さんと旭川の橘花でティップオフ。
 
橘花が勝ってボールを溝口さんが確保。物凄い勢いで走って行っている暢子にロングパス。そしてそのままドライブインしていってダンクに近い強烈なシュート! 2点ゲット!
 
「えーー!?」
 
という顔を札幌の尾山さんがしている。片山さんが苦笑いして溝口さんを見るが溝口さんはポーカーフェイスである。
 
竹内さんがドリブルして攻め上がってくる。旭川はゾーンを作っている。それを見て札幌のメンバーの顔が引き締まる。佐藤さんに千里が付く。
 
尾山さんにパスが来る。が、愛沢さんがその前に立ちふさがってパスカット。橘花にボールをトスして、そのまま速攻で攻め上がる。片山さんが必死に走ってその前に回り込む。すると橘花は片山さんが回り込んできたのと反対側の誰もいない所にボールを高く放り投げる。そこに千里が走り込んで来てボールをキャッチ。即撃って3点。0対5.
 
試合は旭川が先行する形で始まった。
 

旭川がマジ全開なので、札幌もすぐに全開になる。千里は6月に対戦した時に比べ、P高校の個々の選手の動きが格段に進歩していることに気付いていた。
 
竹内さんのドリブルはスピードアップしているし、隙が少なくなっているのでなかなか簡単にはスティールできない。こっそり死角から忍び寄っても佐藤さんあたりが気付いて声を掛けるのですぐ反対側にドリブルを移してしまう。どうも千里の「忍者モード」での接近スティールに対抗するには全員で気をつけて声を掛け合うしかないという結論に到達したようである。
 
尾山さんは下半身をかなり鍛えた感じでシュートする時に足腰がぶれない。安定した発射台から発射することでスリーの入る確率が上がっている。
 
宮野さんも片山さんも、かなり手強くなっている。
 
そして佐藤さんの進化は凄かった。やはりインターハイ出場を逃して、その悔しさで激しい練習を日々やっているのだろう。千里の方が実は道大会の時より身体が退化しているのもあったのだろうが、その日は千里が攻める場合8-9割停められていた。ただスリーに関してはインターハイを戦い抜いて得た経験が千里の感覚を大きく進化させていることもあり、半分はブロックされずに放り込むことができた。
 
千里の肉体はインハイの時の1年前に戻ってしまっているものの、千里の精神はインハイを準決勝まで戦い、特にJ学園との死闘を経験したことから物凄く進化しているのである。千里は身体が自分の思うようには動かないものの、心理戦では佐藤さん相手でも、決してひけをとらない気分であった。
 

試合はシーソーゲームで進み、前半を終わって41対43と旭川が2点リードはしていたが、全然先が読めない展開である。
 
どちらも適宜交替しながらやっているので、千里も友子さんと交替して充分休ませてもらったし、佐藤さんも河口さんや札幌D学園の銀山さんと入れ替わる形で休んでいる。元々札幌P高校は選手層が厚いが、それにインハイに何度も出たことのあるD学園の選手も3人加わっているし、旭川選抜も各校のトップクラスが集まっているので交替要員もほとんどレベルが変わらず、誰が出ている時でも、お互いにハイレベルな戦いになっていた。
 
千里は正直インハイに出た時よりは肉体上の体力は落ちているので交替しながらプレイできるのは嬉しかった。
 
準決勝で敗れたものの居残りして見学している函館選抜と室蘭選抜の選手たちが熱い視線でゲームを見詰めていた。そして第3ピリオドまで終わった所で63対67と旭川が4点リードしている。
 

「やはり全開のP高校とやるのは気持ちいいね〜」
「インハイではもう3回戦以降、あのレベルに近い所と連日やったよ」
「いいなあ。来年こそは頑張ろう」
「でも今取り敢えず勝てば秋田で、そういう所と戦える」
「マジで勝つつもりで頑張ろう」
 
それで池谷さんの号令で気合いを入れて最後のピリオドに出て行く。
 

そして第4ピリオドが始まる。
 
暢子と片山さんのマッチアップ。複雑なフェイントを入れた上で片山さんの身体が右に動いた隙に暢子は左から抜こうとする。即反応して停めようとする。が暢子は強引に抜いてしまう。片山さんの動きはブロッキング気味だったが、暢子が抜いてしまったので笛は吹かれない。中に進入して行きブロックの隙間からシュートして2点。
 
向こうが竹内さんのドリブルで攻めあがって来る。こちらはゾーンで守っている。佐藤さんにピタリと千里がマークで付いているので、反対側にいる銀山さんにパス。銀山さんがゾーンの防御にもめげず強引に侵入してくる。シュートするも橘花のブロックに阻まれる。しかしリバウンドを宮野さんが確保。再度シュートして入れて2点。
 
どちらもよく守るのだが、攻撃にも気合いが入っているので結構点数が入る。特にこの第4ピリオドは本当にどんどん点数が増えていく感じがあった。尾山さんもスリーを3回撃って2回入れたが、千里は4回撃って3回入れている。
 
残り2分となった所で87対89で旭川の2点リードになっていた。準決勝までのなごやかムードから一転して、どちらも超マジモードである。この時点で旭川側は、近江・村山・若生・中嶋・溝口 という超攻撃態勢になっている。溝口さんも(中嶋)橘花も(若生)暢子も貪欲な点取り屋である。
 
札幌選抜が攻めてくる。竹内さんは尾山さんが「ゾーンの狭間」にいるのを見て、そちらにパスしてくる。すぐ撃つ。が、そのパターンは最初から想定内の溝口さんが撃つまでの時間に近くまで寄りジャンプしてブロックする。ボールをすかさず暢子が押さえて自らドリブルして攻め上がる。しかし札幌も急いで戻っている。
 
千里にはピタリと佐藤さんが付いてマークしている。しかしその千里の後ろに向けてボールを投げる。千里は後ろにジャンプするようにして取る。身体がエビぞりになるが、その体勢を逆用して腹筋だけを使いそのまま空中で撃つ。佐藤さんがジャンプする。僅かに指が掛かる。ボールはリングに当たって跳ね返る。が、それを橘花がタップで放り込む。
 
87対91。残り1分30秒。
 
札幌は竹内さんがロングスローインで速攻。佐藤さんが中継して尾山さんのいる所へ鋭いパス。マークしていた近江さんとキャッチ争いがあるが、何とか尾山さんが取る。体勢を立て直す間もなく撃つ。入る。90対91と追いすがる。残り1分22秒。
 
旭川が攻める。近江さんがボールを運んでいく。竹内さんとのマッチアップ。パスするかのようなフェイントを見せて突破しようとするも読まれている。ドリブルが中断してしまった所に千里が佐藤さんを振り切って走り込みトスでボールをもらう。佐藤さんが追いつく前に近江さんを壁に使って撃つ。
 
かなり遠い地点からだったが入る。
 
90対94と突き放す。残り1分4秒。
 

札幌が再び速攻。長めのスローインを片山さんが受け取り、自らドリブルで走って行く。旭川側が必死に戻るが、片山さんは気合いで千里、そして近江さんを抜いてゴール下まで走り込んでシュート。92対94。残り55秒。
 
千里は今のプレイで、片山さんの凄まじい気魄に負けた〜!と思った。ちょっと気合いを入れ直すのに自分の頬を数回叩く。
 
旭川の攻撃だが、ここで札幌は強烈なプレスに来る。この時点でリードされているというのは相当やばい。向こうは完全にお尻に火が点いている。しかしそのプレスを暢子が強引に突破する。8秒ギリギリでフロントコートに抜け、そのまま敵陣まで走って行く。尾山さんが頑張って戻って行く手を阻む。一瞬のマッチアップ。相手の体重移動を読んで左から抜く。
 
が、尾山さんがファウルすれすれに手を伸ばして暢子のドリブルのボールを弾いた。が、後ろから走り込んだ千里がそのボールを確保する。笛を吹くかどうか一瞬迷った感じの審判はそのままスルー。千里が走り込んでレイアップシュート。片山さんが千里の近くまで来ていたが片山さんは無理して停めなかった。入って92対96。残り38秒。
 
このプレイ、無理して停めてファウルになった場合、千里がフリースローを外す訳がないので2点ならそのままにした方がマシという判断だ。むしろわざと2投目を外して旭川の強烈なフォワード陣が叩き込んで3点プレイなどということになった方が怖い。
 
札幌が急いで攻めて来る。そしていきなり尾山さんがスリーを撃つ。
 
入って95対96。残り30秒。
 
旭川の攻撃だが、また札幌はプレスを掛けてくる。今度は溝口さんが強引に突破する。橘花とふたりでパスしながら攻め上がる。そして千里にパスが来る。この残り時間で千里のスリーが入るともう札幌の負けはほぼ確定。相手は佐藤さんと片山さんの2人でディフェンスする。ふたりで完全に壁を作って撃たせまいとする。千里も無理せずバウンドパスでボールを近江さんに渡す。近江さんから千里と反対側に居る溝口さんにボールが行く。溝口さんがドリブルしながら制限エリアに突入。微妙なフェイントを入れてシュート。
 
が宮野さんがブロックする。リバウンドを橘花が押さえるが覆い被さるようにしてディフェンスされる。向こうも本当に必死だ。ボールを走り込んで来た暢子にトスし、暢子がシュートする。が、尾山さんがブロックする。リバウンドを佐藤さんが確保して、一瞬速く走り出していた竹内さんの方へ投げる。
 
竹内さんは飛びつくようにしてボールをキャッチしてそのままドリブルで速攻。必死に戻った旭川の近江さんと対峙する。ほんのゼロコンマ数秒の心理戦の末、竹内さんは近江さんを抜き去り、誰も居ない制限エリアに走り込んでシュート。
 
入って97対96。札幌が逆転! 残り時間は4.3秒。
 
旭川はタイムを要求した。
 

配置を確認する。最後のプレイに参加するのは、愛沢さん・池谷さん・溝口さん・橘花・暢子の5人にする。千里はベンチに座って最後のプレイを見ることになった。
 
スローインする愛沢さん以外の9人は反対側のゴール近くに集まっている。
 
ボールが投げ入れられる。激しいキャッチ争い。
 
が182cmの長身の旭川・池谷さんが物凄い跳躍でボールを確保。空中で掴んだまま全身のバネを使って大きく振りかぶりボールをゴールに叩き込んだ。ゴールが揺れて物凄い音がした。
 
97対98。旭川が逆転!
 
審判がゴールを認めるジェスチャーをして時計が止まる。
 
残り時間は1.8秒!!
 
本当は時間を残したくなかったのだが、ゆっくりプレイしすぎるとゴールできないので時間がわずかしか消費されなかったのは仕方無かった。
 
今度は札幌がタイムを要求した。
 

ここではタイムは全員が所定の位置に就くためのもの、という感じである。旭川は愛沢さんが下がって葛美が入る。札幌側はスローインするのが竹内さん。ゴール下に並ぶのは、佐藤さん・河口さん・宮野さん・銀山さんの4人。4人とも180cm以上だ。
 
さっき旭川がやったのと同じプレイを札幌ができるかどうかで勝負が決まる。しかしコートの反対側から飛んできたボールをアリウープでゴールに叩き込んだL女子高の池谷さんの身体能力は凄まじいと千里は思った。彼女は3年生で関東の有力大学から勧誘されていると溝口さんが言っていた。
 
タイムアウトの60秒が終わり、審判がボールを竹内さんに渡す。狙いを定めて大きく振りかぶって投げる。
 
ボールが飛んでくる。
 
激しいポジション争いを経て、ゴール近くに居る選手が全員ジャンプする。
 
ボールをキャッチしたのは身長181cmの佐藤さんだった。彼女がボールを掴むと、ボールのスピードに押されて腕が後ろに行く。そしてその反動を利用してゴールに向かって投げ入れる。ボールが彼女の手を離れた瞬間、試合終了のブザーが鳴る。
 

そしてボールはゴールに飛び込んだ。
 
ゴールを認める審判のジェスチャー。
 
全員大きく息をついていた。
 
緊張が解ける。全員笑顔で握手しあう。ベンチのメンバーも促されてコートに出て行き整列した。
 
「99対98で札幌選抜の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
自分が怪我して出られなかった試合でチームが負けてインハイ出場を逃した佐藤さんは、こうして最後自分のアリウープで国体出場を決めたのである。しかもその敗戦の直接の原因となったファウルをおかしてしまったのが今のロングスローインをした竹内さんである。竹内さんもトラウマになるほど悔やんでいたろうが、これで名誉挽回だ。
 
試合が終わって、あらためてお互いに握手したり、ハグしたりする。
 
「気持ちよく汗を流せたね」
「楽しい試合だったね」
「やっぱりバスケットって面白いよね〜」
「誰も怪我しなくて良かったね」
 
「秋田で頑張ってね」
「しょっつる鍋とか、比内地鶏の味レポートよろしく〜」
「お土産はきりたんぽでいいから」
「稲庭うどんの乾燥麺も歓迎」
 
などと旭川組は札幌組に声を掛けて別れた。札幌P高校のメンツは笑っていたがD学園の銀山さんや早生さんたちは少し呆れている感じだった。
 

「惜しかったね」
「あとちょっとでしょっつる鍋食べられたのに」
と控室に戻って着替えながら旭川組の面々は言う。
 
「まあ、P高校の監督さんも首の皮一枚つながったかな」
「ああ。この試合も負けてたら、やばかったかもね〜」
 
「そういえば、M高校・N高校・L女子高で最近練習試合やってたんだって?」
とR高校の近江さんが訊く。
 
「うん。楽しいよ」
とL女子高の溝口さん。
 
「うちも混ぜてよ」
「いいよー」
「じゃ、うちも」
とA商業の愛沢さん。
 
「OKOK。偶数になると助かる」
「もう1校はどこが参加してるんだっけ?」
「M高校とN高校の合同男子チーム」
「ほほぉ!」
 
「でもそのチームの1名のシューターを女子チームに勧誘中」
「男子チームの子って男子じゃないの?」
「だから、ちょっと手術を受けて女子選手になっちゃわない?と誘惑中」
「ほほぉ!」
 
「あれ本人かなりその気になって来てるよね?」
「なってるなってる」
「今夏休み明けからは女子制服着て通学しておいでよと唆している所」
「おお、それは良いことだ」
 
「おちんちん付けたままだと、おっさんになっちゃうよ。今おちんちん取っちゃえば可愛い女の子になれるよ、と」
「可愛い女の子になれそうな子なんだ?」
 
「けっこう女子の間に埋没してるよね」
「あの子けっこう女子トイレ使ってる」
「それで騒ぎになったことはないらしい」
 
「それでこないだから女子更衣室に連れ込んで着替えさせているし、こないだは女湯に連れ込んだ」
「すごっ。よく連れ込めたね!」
 
「次はやはり性転換手術をしてくれる病院に連行していって」
「眠り薬飲ませてベッドに寝せておけばいいよね」
「おお、楽しそう!」
「やはりあの子の女子選手の登録証を請求してあげよう」
「ふむふむ」
「性別は登録間違ってましたとか言えばいいんじゃない?」
「うん。性別間違いなんて、よくあるよね」
 
「ああ、うちの男子の1年生が登録ミスで女子になってたんだよ」
「へー。じゃ今は女子チームに入ってるの?」
「せっかく女子として登録されてるんだから、性転換手術受けて女子選手になろうよと言ったんだけど、どうしても男子チームに入りたいというから仕方なく、性別訂正届けを出して男子選手の登録証に切り替えた」
「もったいない。せっかく女の子になれるチャンスだったのに」
「登録証の性別を修正するか、身体の性別を修正するかという問題だったね」
 
「本人身長186cmだったからね。女子選手ならオリンピックの強化選手になれるよ。おちんちんくらい放棄して、オリンピック目指しなよと言ったんだけどねー」
 
「オリンピックよりおちんちんが大事ですとか言うし」
「欲が無いね」
 
どうも女の子たちのおしゃべりは暴走気味であった。
 
 
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【女の子たちの男性時代】(2)