【女の子たちの辻褄合わせ】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-01
「だったら本当に性転換しちゃえばいいのよ」
と美鳳は言った。
2007年5月12-13日の土日、千里は蓮菜と一緒に雨宮先生の呼び出しで和歌山・伊勢に行ってきた。その時千里は雨宮先生に、自分は男の身体のままなのに、なぜかお医者さんが女の身体だという診断書を書き、それで女子バスケ部に移籍されてしまったが、このまま道大会・インターハイと進出した場合、本当は男である自分が女子チームに入っていたらアンフェアではないかと悩んでいるということを打ち明けた。
すると雨宮先生は「だったら本当に去勢してしまえばいい」と言い、千里もその気になったので、先生は去勢手術をしてくれる病院に連れて行ってくれた。しかしその病院の先生は、千里の身体を見て「手術不能だった」と言った。先生が見た時、千里のお股には、陰茎も陰嚢も無く、大陰唇・小陰唇に膣まであったというのである。
何がどうなっているのか分からないまま北海道に戻り、学校に行く。雨宮先生からも蓮菜からも「もう開き直るしかない」と言われて、自分でもそう思うものの、何か割り切れないものが千里には残っていた。
その週の土曜日、千里たちはM高校の橘花たちと一緒に札幌で、札幌P高校と愛知J学園の練習試合を見た。それに刺激されて、N高校とM高校の練習試合をこのあと、道大会まで毎日やろうということで、話がまとまる。
練習試合はその翌日の日曜、20日から早速始められた。
練習試合は毎日夜19時から始めて20時には解散することにした。場所は交互にお互いの学校で行う。千里たちN高校はこの練習にセネガル人のマリアマさんを連れて行った。
「まさか、外国人留学生?」
「違うよ。旭川市内の会社に勤めておられる社会人」
「社長の奥さんがうちのOGで、この背の高さに慣れるために協力してもらってるんだよ」
「びっくりしたー」
「私、26歳ですよー」とマリアマさん。
「いや、外人さんの年齢はよく分からないから」
マリアマさんの高さには、M高校のメンバーも結構苦労していた。試合ではマリアマさんにはN高校側に入ってもらったり、M高校側に入ってもらったりして、双方とも高さに対抗する練習をした。
また「昭ちゃん」も連れて行ったのだが、試合に出すと結構スリーポイントを放り込むので
「凄い。千里のバックアップ・シューター育成中?」
などと言われる。
「あ、この子はシューター育成中だけど男子だから」
「えーーー!?」
「女子に見えちゃう」
「実は女子なんじゃないの?」
「僕、男子ですー」
「お、低音ボイスだけど、そのくらいの声の女子もいるよね」
「足の毛は剃ってるの?」
「僕、あまり毛が生えないみたい」
「女子の公式試合には出さないけど、千里のシュートを見習わせようと女子と一緒に練習しているんだよ」
「へー。でも今は男子でも、千里と同じように性転換手術しちゃえば女子で出られるよね」
「そうそう。それを唆してる所」
「おぉ、どんどん唆そう」
「勘弁してくださーい」
と昭ちゃんが恥ずかしそうな顔をするので
「可愛い!」
とM高校のメンバーからも言われてしまった。
20日深夜。
千里はいつものように夜中「起きて。行くよ」という声に起こされ、美鳳と一緒に出羽山中に移動した。雪の中を美鳳さんを含めて何人かで歩くのだが、千里には美鳳さん以外の人の姿はよく見えない。ただ集団は5−6人のようだとはいつも思っていた。
歩くコースは日によって違うが、月山頂上にある月山神社は毎日含まれている。実は千里はこの山駆けを2月3日の夜、秋田に行った時に誘われて以来、原則として毎晩やっていたのである。(テスト期間中・修学旅行中、また雨宮先生に呼び出されて京都と伊勢に行った日は免除してもらった)
山駆けはだいたい丸1日掛かるが、終わった後、元の時間の流れに戻してもらうのでその後、朝までぐっすり寝て学校へ行くという日々を千里は送っていた。
その日は月山頂上から湯殿山奥の院まで降りて行き、最後に温泉に入った。寒い雪の中を長時間歩いた後に温泉に入るのは至福の気分である。
「千里は今夜が87日目だね」
と温泉の中で何か大福帳のようなものを見ていた美鳳さんが言う。
「そんなにやりましたか」
「今回の修行は100日で満行だから、あと13日。残り2週間切った」
「これ、修行だったんですか?」
と千里が言うと
「修行じゃなかったら何?」
「まさか遠足とか?」
といった声が近くから掛かる。全部女性の声なので、千里は自分たちは女性だけのグループで歩いているようだというのを再認識する。
「でもその子、だいぶ遅れなくなったよね」
「このくらい歩けたら、秋にやる表(おもて)の《神子修行》は楽勝だから、そちらにも来ない?」
などと誘われる。
千里は確かに最初のうちは随分遅れていた。山駆けは時々休憩しながら歩いているので、遅れた場合、他の人が休んでいる間に追いつく必要がある。休憩時間にも追いつけなかったらどうなるのか、千里は考えるに恐ろしいと最初の頃、思っていた。
「訊いていいのかな。みなさん、神様なんですか?」
「ああ、美鳳さんや府音さんの部類も居れば、千里ちゃんみたいな部類もいるし、別格の方もおられる」
とひとりの声。
それで千里はこの集団は、人間と神様の混合集団であることを知る。別格というのは・・・何だろう?
「ところで、これって毎回元の時間に戻してもらっていますが、私の体内の時計は普通に進んでいるんですよね?」
「そうそう。だから100日修行すれば、実は100日分寿命も消費している」
「もしこれを来年もやれば200日消費することになるでしょ?」
「うん、そうなる」
「計算していたんですが、200日消費した場合、私、本当は2009年3月31日まで高校生をするはずが、体内時計が2009.3.31になるのは歴史的には2008.9.13になるから、その後は体内時計的には高校を卒業しているはずが、まだ高校生をしていることになるんですよね」
「細かい計算は分からないけど、そうなるかな」
「もしそれで3年生12月のウィンターカップに出るなんて話になってしまった場合、既に高校を卒業しているはずなのにまずいよな、と思ってしまって」
「その程度気にすることないと思うが」
「細かいことを気にする子だ」
「だいたい年齢なんて、そもそも個人差がある」
「千里の身体は実質、普通の女の子の13-14歳くらいの若さ」
「そうそう。この子って細胞が凄く若いんだ」
「普通の子より再生能力とか自己治癒能力も高い」
「あんた、傷の治りが速いだろ?」
「試しに腕をもいでみようか? 勝手にくっつくかも」
「やめてください!」
「さすがにそこまでは無理でしょ」
と美鳳さん以外で唯一識別できる府音さんという人が言った。
「もっともうちの学校、部活は2年生で終わりで、特例でも3年生の夏で終わるから、3年生12月のウィンターカップを気にする必要は無いんですけどね」
「だったら本当に気にすることない」
「でも実は自分の年齢問題以上に気になってることがあって」
「ん?」
「私の性別問題なんですけど」
「ああ・・・」
「ああ、そういえばあんた身体が男だよね。魂は女だけどさ」
「それなんですけど、私、まだ身体が男のままなのに、昨年11月もつい先週もお医者さんが女だという診断をしたんです」
「千里は2011年7月19日に去勢手術を受けることになっているから、今去勢しようとしても、出来ないよ。何らかの形で妨害される」
と府音さんが言った。
「歴史ってわりと適当なんだけど、そういう重要ポイントは動かそうとしても動かないんだよね」
「じゃ、やはり再度どこかの病院に行って去勢手術してくださいと言っても無理なんですね?」
「そそ」
「ちなみに千里が性転換手術を受けるのは2012年7月18日だから」
「でも、私、女子チームに入っているのに、このまま道大会やそれに2位以内になれた場合にインターハイに行っていいものかと悩んでしまって」
「気にすることないと思うけどなあ」
「おちんちん付いてても、千里は肉体的には完全に女子だよ」
「骨格もお肉の付き方も完全に女」
「骨盤が女の骨盤だから、子宮があれば妊娠できる」
「女の眷属に1割くらい身体を任せてしまえば妊娠維持に必要なホルモンの制御も可能なはず」
「じゃ、この子にちょっと子宮付けてみる?」
「妊娠させてみようか」
「今はやめて!妊娠したら大会に出られない」
「じゃ、それは将来の検討課題ということで」
という声が掛かってそれは中止されたようであったが、その中でひとり
「あっ」
という声をあげた人が居たのはちょっと嫌な予感がした。
「だいたい千里より男性ホルモン濃度の高い女子選手はいくらでもいる」
「昨日も、みんなからそう言われて、気にしてもしょうがないとは思うものの、どうしても後ろめたさがあるんです」
「修行が足りんな」
「やはり千里には今後も毎年冬の山駆けに参加してもらおう」
「1000日回峰を達成したら、女阿闍梨の称号を授けるぞ」
「ちょっと待ってください」
そんな話をしていたら、美鳳さんが言った。
「だったら本当に性転換しちゃえばいいのよ」
千里は尋ねる。
「でも今どこか私の年齢の子に性転換手術してくれる病院があったとして、そこに行っても、先週の去勢手術のこと考えたら、手術不能だったと言われそうな気がするんですけど」
「言われるだろうね」
「じゃ、やはり無理ですよね」
「ちょっと時間を入れ替えればいい」
「へ?」
「丸1日修行しても前日の時間の流れに戻しているのも、実は将来の時間との入れ替えをやっているんだよね。入れ替えというよりシフトというべきだけど。だから、明日1日を性転換手術を受ける2012年7月18日と入れ替えると、千里は明日性転換手術を受けることになる」
「えーーー!?」
「でもそれ辻褄が合う?美鳳さん」
「何とかなる気がするけど」
「ちょっと待ってください。明日性転換手術を受けたら、さすがに来月道大会に出場する自信がないです」
「ああ、だったら、性転換手術の前後と、その後の療養期間5〜6ヶ月程度を丸ごと入れ替えちゃえばいいんだよ」
「いや、それに更に再度練習してバスケの感覚を取り戻す時間を3ヶ月くらい取った方がいい」
「確かに療養開けでは、まともにプレイできないだろうな」
「だったら、性転換手術して8ヶ月程度の療養期間を取って、その後千里を今の時間に戻せばいいね」
「待ってください。それをやると、最初に言った実際には高校を卒業している年齢なのに、まだ高校に居て試合に出るという問題が」
「だったら、性転換が終わって身体が充分落ち着いた頃の時間を代わりに千里の高校生の時間の中に埋め込むといい」
「うん。そうしたら最終的に辻褄が合うはず」
「インターハイやウィンターカップとは関係ない期間の千里の時間を千里が大学に入った後の時間で埋めたら、最終的に千里が最後に女子高生バスケット選手として出場する時の、千里の体内時計を、2009.3.31に合わせることが可能な筈」
「それでも今性転換しちゃったら、20歳まで去勢しないという母との約束を破ってしまう」
「あんたさあ、一方では女でないと試合に出られないと言いつつ、去勢するのは約束破るって、無理言わないでよ」
「自分でも矛盾してるとは思うんですけど」
「いいよ。じゃ高3の1月の段階でも男の子にしてあげるよ」
「そんなことできる?」
「ほら、ここをこう入れ替えてだね。こうすればうまく行くじゃん」
「おお。だったら、うまく行くね。千里は今度の道大会前に性転換を終えているけど、高3の1月後でもちゃんと男の子の身体になってる」
「ここまで千里の要望を取り入れたら、完璧な計画だぞ」
「まあ、要するに時間をモザイクにするんだな」
「精神上の時間と肉体上の時間を分離して組み替えるんだよ」
「あのぉ、私分解か何かされるんでしょうか?」
「気にしない、気にしない。あんた巫女なんだから、神様に自分を捧げた身でしょ? どうしようと私たちの勝手」
「私、供物だったのか・・・」
「まあ、昔なら人身御供だね」
「もっとも今では生身の人間を食べるのは禁止されてるから」
昔は食ってたのか!?
「でもそれ原理的には何とかなりそうだね。誰か正確に計算してよ」
と美鳳さんが言うと
「あ、私が計算してあげるよ」
と言ってその人物は20分くらい、何やら計算をしていた。
「これで完成だと思う」
と言って、その人が美鳳さんに計算表を見せたようである。
「おお、本当に最後の試合が千里の体内時計で2009.3.31だ」
「パズルを解くような感じだった」
「どんな感じになるんですか?」
と言って千里はその計算表を見ようとしたが
「今はこれは見せられない」
と言われた。
「これでやると、最終的に辻褄が合うのは2012年12月9日なんだよ。だから、それが過ぎたら見せてあげてもいい」
「いや待って。今大神様から言われた。その計画表に入ってないことが何か起きるらしい。この表を見せていいのは2020年6月1日以降だって」
「へー。何があるんだろう」
「まあ何か起きたら起きた時」
「とにかくこのスケジュール表で行動すれば、こういうことが保証される」
と計算表を作ってくれた人が言う。
「道大会・全国大会に出場する時は、間違い無く高校生タイム」
「道大会・全国大会に出る時、既に千里は女の子の身体。性転換済み」
「高3の1月に男の子の身体になっている日がある」
「この一連の辻褄合わせを2012年12月8日までやることになる」
「しばしば時間の切り変わり目で自分の体力や運動能力が唐突に変化するポイントがあるけど、気にしない」
「体重や体形もね」
「できたらそれまでバスケでなくても何かスポーツは続けた方がいい。でないと、その落差が辛いぞ」
「性転換した後の150日間だけは休んでてもいいから」
「千里の体内時計は、今、歴史日2007.5.20の終わりが体内では8.13の終わりになっているんだけど、3ヶ月後の11月6日に去勢手術を受けてもらう」
「はい!」
3ヶ月後か・・・。こないだ本気で去勢するつもりになったんだもん。もういいよね?男の子の私、さよなら。ごめんね。睾丸ちゃん。今度は男の子として生きたい男の子にくっついて生まれてきてね。
「これは体内時刻では2007.11.6だけど、歴史時刻では2011.7.19なんだ」
「そして11日後の2007.11.17に性転換手術を受けてもらう」
「きゃー」
去勢して即性転換か。まあ、いいか。もう勢いだ。おちんちん君もごめんね。私おちんちんじゃなくてヴァギナが欲しかったの。
「これも体内時刻では2007.11.17だけど、歴史時刻では2012.7.18になる」
「体内では11日しか経ってないけど、歴史時刻では1年後なんだよ」
「そういう訳で、君は体内時計レベルで、あと3ヶ月しか男の子ではいられない」
「それは構いません。もう覚悟を決めました」
「性転換手術を受けた後、240日間、2008.7.14まで療養・リハビリ・再度のバスケ練習」
「その期間に、以前女の子の身体を体験した2日間を組み込むから」
「そして体内時計で2008.7.15を歴史的には明日5.21にする」
へ?
「ちょっと待って下さい。そしたら明日の朝、私が起きた時には、まさか・・・」
「君はもう既に女の子の身体になっている」
「性転換したあと8ヶ月が経過した状態」
「えーーー!?」
「だって、道大会に女の子の身体で出たいんだろ?」
「はい」
「だったら、それでいいんだよね?」
「はい!」
と千里は答えたものの焦っていた。え〜!?もう目が覚めたら私、女の子なの??
「実際には体内時計で1年近い時間が経っているんだけどね」
「体内的には3ヶ月後に去勢、続けて性転換。そして約8ヶ月間の療養・リハビリ・再度のバスケ練習をした後」
「だから、君が実際に自分のおちんちんに触ることができるのはあと数分間」
「君が元の時刻に戻ったときは、もうおちんちん無いから」
「今してるような偽装じゃなくて本物の割れ目ちゃんになっている」
「ヴァギナもあるから、毎日ダイレーションするように」
「うっそー!」
「ちょっと待って。心の準備が」
「心の準備はあと数分の内にするように」
「ひぃーー!」
千里は唐突にそんなことを言われて、ほんとに悲鳴をあげた。
「女の子になりたくない?」
「やめるなら今から60秒以内に言わないと、このスケジュールは起動する」
「女の子になりたいです」
と千里は言った。
「OK。OK。大神様。よろしいですよね?」
と美鳳さん。
「うん。面白い実験だから許可する」
とそれまで1度も聞いたことのなかった澄み切った声がした。
やはり私は実験台なのか!?
「では発動」
「これからは女の子としてしっかり生きて行くように」
千里は目が覚めた。
取り敢えず時計を見る。5時少し前。ふつうに起きる時刻だ。
なんか凄い夢見たなあ、と思いながら千里は取り敢えずトイレに行った。いつものようにパジャマとパンティを下げて便器に座る。おしっこをしていて何か変な感じがした。
あれ?
なんか感触が違う?
何気なくお股を触ると、何だか変だ。
え?え?
割れ目ちゃんが開ける!?
この割れ目ちゃんは、タックという技法で、実は陰嚢の皮を寄せて接着剤でくっつけたもののはずなのである。
接着剤でくっつけて偽装したものなので、それを「開く」ことはできないはずなのに、そこは千里が指2本で簡単に開けてしまった。
えーーー!?
それでおそるおそる、割れ目ちゃんの中を指でまさぐる。この状態は昨年12月と今年1月初めにそれぞれ1度だけ体験しているのだが、どうもあの時と同様に女の子の形になっているような感じだ。
クリちゃん・・・ある。ここが尿道口だ。そして・・・ここにヴァギナがある。
千里はちょっとどきどきしていた。こういう問題に答えてくれそうな《いんちゃん》に訊いてみた。
『ね、私、女の子の身体になってるみたい。これいつまでこの状態なんだろう?』
すると《いんちゃん》は答えた。
『千里は既に性転換手術を終えて8ヶ月ほど経っている。今千里は歴史的には高校2年生の5月だけど、千里の体内時計は高校3年の7月なんだよ。既に性転換は終わっているのだから、これからはずっとこのまま女の子の身体だよ』
『えーーーー!?』
『女の子になりたくなかった?』
『ううん。なりたかった!』
『だったら、いいじゃん』
『体内時計は1年進んじゃったけど、この後数年間、時間の辻褄合わせが頻繁に起きるから』
と《きーちゃん》が注意してくれた。
千里は結局その日5月21日(月)は学校を休むことにした。自分なりに色々考えてみたかったのである。
「おばちゃん、今日学校サボる」
と千里は宣言する。
「ふーん。まあ、たまにはいいかもね」
「明日からはちゃんと行くから」
「うん。出かけるの?」
「うん」
「だったら制服じゃなくて私服で出なきゃだめだよ」
「そうだね」
それで千里は普通のトレーナーにスカートという格好で家を出た。そのまま取り敢えず旭川駅まで歩いて行った。目の前に空港連絡バスが停まったので何となくそれに乗る。
空港を何気なく歩き、JALのカウンターで表示を見ていたら10:10の羽田行きがある。それで空港のATMでお金を降ろしてきて往復で航空券を買った。帰りは羽田17:55で旭川到着19:30である。東京に行ってくることと帰りの時刻を叔母に連絡。お土産は何がいい?と書いて送信したら、東京ばな奈と書かれていた。
ぼーっとしている間に羽田に着く。ぼんやりとしたまま空港内を適当に歩く。東京の地図を売店で買い、椅子に座って眺めていた。
どこに行こうかな・・・。
その時、ふと思いつく。
『ね、私、車とか運転しちゃだめだよね?』
と後ろの子たちに訊いたら
『私が借りてあげるよ』
と《きーちゃん》が言った。それで入口の所でしばらく待つと目の前にヴィッツが停まる。
『気をつけて運転しなよ』
という《きーちゃん》の声に、千里は
『ありがとう』
と言って、微笑んで運転席に就いた。
『悪いこと言わないから首都高の中心部は避けた方がいい』
と言われるので、《きーちゃん》の誘導に従って、アクアラインに乗った。
『長いトンネルだね』
『ずっとトンネルだよ』
『えー!?私、景色見たい』
『海ほたるから先は橋だよ』
『何それ?』
『途中の休憩場所。いったん休んだ方がいい』
『おっけー』
『ここ覆面パトカー多いから気をつけて』
『うん』
『例えば3台前を走ってるスカイラインは覆面パト』
『へー』
『でも千里、結構運転できるじゃん』
『こないだ、きーちゃんが運転するのをずっと体験してたから』
『よそ見しないようにね。ちゃんと前向いて運転』
『うん』
『それからバックミラーにも定期的に目をやって』
『了解』
『速度は制限速度ジャストで走ろう』
『あ、その感覚は何とかなると思う』
海ほたるで休憩する。駐車スペースに駐める所は、《きーちゃん》に身体を預けてやってもらった。
東京湾を眺める。何だか変な形のものが見える。
『あれ、何?』
『風の塔』
『モニュメント?』
『アクアトンネルの換気口だよ』
『へー』
『元々アクアラインの3分割点にあの川崎人工島とここ木更津人工島を作ってそこと川崎の浜と3箇所からトンネルを掘り始めたんだよ』
『なるほどー』
海を見ていると、たくさんの船が目の前を横切っていく。千里は何も考えずにぼーっとしてその景色を眺めていた。
お腹が空いたのでスタバに入り、コーヒーとサンドイッチを頼む。またぼーっと景色を眺めながらコーヒーを飲んでいた。
『千里、女の子になっちゃったこと後悔してる?』
『それはしてないよ。でもあんまり突然だったんで戸惑ってるだけ』
『だって千里、今度の道大会に女の子の身体で出たいというから。そのためには速攻で性転換する必要があったんだよ』
『あの時説明された、時間の入れ替えっての、さっぱり分からないんだけど』
『あれは勝手に動いていくから気にすることない』
『最初3ヶ月後に去勢と言われた時も、わっと思ったんだけど、最後に明日の朝にはもう女の子の身体になっていると言われて、なんで〜?と思った』
『この後、千里が男の子の身体に戻る時間が全部で90日ほどあるからさ』
『ふーん』
『インターハイが終わったら、いったん男の子に戻るよ』
『え?そうなの?』
『秋の大会が始まる前に女の子に戻るから』
『その次は高校3年の1月』
『けっこう男になったり女になったりするの?』
『いやその後は臨時に男に戻ることが30回くらいあるだけ』
『その30回、千里、ひたすら射精しまくることになるから』
『やだぁ!』
『30回の射精のために時間も3ヶ月必要なんだよ』
『千里の睾丸は精子の生産能力が弱いから、まともな濃度の精子を作るのに3日掛かる』
『ああ、弱いだろうね』
『男の子として女の子とのセックスも15回するから』
『そんなのしたくないよぉ』
『そして3ヶ月も男性機能をフルに使っちゃうから、千里もう女の子の身体になっているのに声変わりも来ちゃうんだよ』
『うーん・・・・・』
『でも3ヶ月間男性機能使うことで、千里はペニスも成長してヴァギナの材料に困らなくて済むんだよ』
『・・・・』
『千里、昨日までのペニスのままだと、サイズ足りなさすぎだったから』
『でもたった3ヶ月でそんなに成長するもん?』
『ああ、超親切な子が凄いパワーで千里の男性能力を強化してくれるから』
『やだなあ・・・』
『まあ、かなり無茶なことやってるから、色々歪みは来ると思う』
『歪みね。まあ、来たら来た時だな』
『そうそう。物事はなるようになるんだよ』
『ねぇ、ひょっとして神様たち、私の身体で遊んでない?』
『ああ、それは間違い無く遊んでる』
『神様たちも娯楽が少ないから』
『生け贄はどう扱おうと自由だからね』
『私、やはり生け贄なんだ!』
結構休んだので、海ほたるを出発する。そのまま木更津方面へアクアブリッジを走る。
「気持ちいい!」
その絶景に千里は絶叫する。
『良かったね』
『運転がお留守にならないように』
『見とれて脇見しないように』
『千里制限速度で走ってるから、追い抜かれる時に進路が不安定にならないように気をつけて。結構風圧変化が来るから』
千里は木更津から館山自動車道で千葉市まで行き、首都高で羽田に帰還した。首都高に入った所からは、この道はまだ千里には無理と言われて《きーちゃん》が運転を代わってくれたが、千里は途中で眠ってしまった。
『運転結構楽しかった』
『まあ、免許取るまでは、あまり無茶しないように』
『僕たちが警察に見つからないように気をつけてはいるけど、見つかると厳罰食らうからね』
『うん。気をつけるよ。あれ?そういえぱ私、高速代払わなかった』
『ああ、それはETCで引き落とされるから』
『千里が大学生になったら作るETCカードをこの車にはセットしておいたんだよ』
『実際の引き落としは2009年の6月だね』
『レンタカー代もね』
『なんか、その程度の時系列の混乱はどうでもいい気がしてきた』
羽田空港でのんびりとおやつを食べ、東京ばな奈を買って旭川行きに搭乗した。
そしてその夜も千里はしっかり出羽の山駆けに参加した。
「女の子になった感想は?」
「まだ実感が湧かないです」
「おちんちん無くなって変な感じしなかった?」
「お風呂でお股を洗うのが楽になった」
「男の子って面倒なんだっけ?」
「さあ、男になってみたことないから分からないなあ」
「ダイレーション、ちゃんとしてる?」
「あ。忘れてた!」
「毎日ちゃんとするように」
「寝る前にやるといいよ」
「面倒くさいなあ」
「千里、あと30年くらい毎年冬の山駆けしたら、それ本物の女性性器に変えてあげてもいい。するとダイレーション不要になる」
「30年後じゃ46歳じゃないですか!」
「100日ずつ余分に使うから実際は55歳くらいかも」
「うむむむ」
「千里。あるいはさ」
と、とても澄んだ声がした。昨日自分の《時間の組み替え》を「許可する」と言った人だ。
「ヴァギナはそのままで代わりにこういうのはどう?」
千里はその提案にドキッとした。。。。ことだけ覚えている。この時何を言われたのか、千里は記憶が残っていない。
「但し毎年山駆けするのが条件」
「30年後にですか?」
「千里は物凄く細胞が若いんだよ。だから身体の物理的な年齢が55歳でも普通の人の40歳くらい」
千里は真剣に悩んだ。
「大神様も楽しんでおられますね」
と佳穂さんの声がした。
それで千里は今対話している、とても澄んだ声の持ち主がみんなから《大神様》と呼ばれている、この集団の管理者であることを認識した。
千里はハッとして目が覚めた。
おそるおそる自分のお股に手をやる。
あれ〜〜? 付いてる!?
じゃ、今まで私、夢見てたのかなあ。
やはり朝起きたら突然女の子になってたなんて、そんな出来の悪いファンタジー小説みたいなことが、自分に起きる訳ないよなあと思う。
千里はついおちんちんをいじって大きくしてしまった。こんなことするの久しぶりだ。
やっちぉおうかな・・・・。
千里は何だか唐突にそんな気分になって、それを弄んだ。千里のおちんちんはほんとに弱いので、大きくなるといってもそんなには大きくならない。だから男の子みたいに握って往復運動はできない。女の子みたいに指で押さえて回転運動を掛ける。ずっとやっていたら、女の子になっちゃった夢など見たこともあって、凄くHな気分になり、10分ほどで到達感が得られた。
到達しても何も液は出ない。私の睾丸実はもう死んでるのではなかろうか。最近女性ホルモン大量に飲んでるし、などと思いながら、千里は到達感から来る疲れで眠ってしまった。
千里はハッとして目が覚めた。
あれ?あれ? 私、夢見てた?
自分の「位置付け」が何だか定まらないような変な気分だ。
千里は自分がどういう状態なのか再確認しようと、お股に手をやった。
ふっと大きく息をした。
やっぱり夢か〜〜!
『千里、どうかしたの?』
と《りくちゃん》が声を掛ける。
『私、何が何だか分からなくなって来た』
『自分が現実だと思うものが現実でいいんだよ』
『そうかもね』
『でも私って何なんだろう?』
『千里は千里だよ』
『自分がこうでありたいと思うものであることを信じればいいんだ』
『自分の思いが自分のあり方を決めるんだ』
『千里がそんなくだらないことで悩んでいる間に、暢子も橘花も溝口さんも佐藤さんも花園さんも、凄い練習してるぞ』
『そうだね。私、バスケの練習頑張る』
『うん、頑張れ』
その日、千里が最初から女子制服を着て部屋から出て来たのを見て、叔母が言った。
「千里、今日はその服で行くの?」
ここの所千里は、練習疲れ+山駆け疲れで朝はだいたいボーっとしていたので、叔母が用意してくれている女子制服を何にも考えないまま身につけて学校に出かけるというパターンが多かったのである。しかし今日は自主的に女子制服を着た。
「うん。私も少し女の子の自覚が出来てきた」
と千里は笑顔で答えた。
「ああ。それはもっと早くから自覚を持つべきものだったね」
そして6月22(金)。道大会(インターハイ予選)が始まった。
N高バスケ部は男女とも金曜日は(TOなどのスタッフとして行く子も含めて)大会参加をもって授業出席扱いにしてもらい、学校のバス2台で大会の行われる帯広市に行った。
今回の道大会では、地区大会で選手枠15人に入れなかった敦子が選手登録を果たした。弾き出されたのが睦子だが「勝ち上がってインハイに行く時はまた分からないからね」と南野コーチからは双方とも言われている。一応睦子は予備登録してTO兼任で来ているので、怪我人や謹慎者!?などが出た場合はベンチ入りする可能性もある。今年の夏までは出場可能性の無い1年生の蘭をマネージャー登録してベンチに入れ雰囲気を体験させる。蘭は声援係だ。
旭川地区から参加する高校は、女子は千里たちのN高校、橘花たちのM高校、そして旭川L女子高の3校である。男子は千里たちのN高校、鞠古君たちの旭川B高校、旭川W工業の3校が出場する。留萌地区からは貴司たちのS高校が男女とも出場するし、札幌地区で田代君たちの札幌B高校も出場している。
女子の試合は4つの山に別れて各々トーナメントを戦い、各山で勝ち上がった4校によるリーグ戦で順位が決まる。2位までがインターハイに行ける。
予め行われていた組合せ抽選で、N高校・M高校・S高校は、それぞれ別の山に入っていた。M高校の橘花たちとも、S高校の数子たちとも、
「当たるのは決勝リーグだね」
「お互い頑張ろう」
と言って、各試合会場に散った。
千里たちの1回戦の相手は札幌市内の高校であったが、それほど強い所ではないので、千里・久井奈・暢子・留実子の4人を温存して、PG.メグミ、SG,透子、、SF.穂礼、PF:みどり、C.麻樹というスターティングメンバーにした。通常の先発組の中で穂礼だけを残してキャプテン代行とする。
それでも順調に点差が開いていくので、後半ではPGを雪子に、Cをリリカに、PFを敦子にと交代させたが、もっと点差は開いていき、快勝した。
2回戦は函館F高校と当たった。昨年のインターハイ道予選の決勝リーグで争った相手であるが、その時も、新人戦道大会でも、N高校が勝っている。しかしそれだけに向こうはリベンジに燃えているので、こちらはPG.久井奈 SG.千里 SF.夏恋 PF.暢子 C.留実子 というメンツで出て行く。穂礼は1回戦で経験の少ないメンバーをコントロールして長時間ゲームメイクしていたので、取り敢えず休ませておく。
新人戦の時と同様に、向こうは暢子と千里に専任マーカーを付けて残りをゾーンで守るトライアングル2の守備体制で来た。そのゾーンの運用が新人戦の時より、ぐっと上手くなっているのを感じた。
しかしこちらもパワーアップしている。何よりも千里のスピードがかなり上がっているので、従来のように気配を消して相手の目の前から消えるというだけでなく、暢子と同様にスピードと瞬発力で振り切ることもできるようになっている。ふたりともマーカーをものともせずに、どんどんシュートを撃ち、どんどん得点していった。結局82対62で勝った。
明日午前中はブロック決勝である。
なお、N高男子も今日は1回戦・2回戦を勝って、明日に残っている。
帯広での試合は2月の新人戦道大会に続いてであったが、宿舎は前回とは違う所になった。
前回泊まった所はホテル型の所でバストイレ付きの4人部屋単位(千里は留実子・暢子・夏恋と一緒)で、食事はバイキングだった。千里は久井奈さんから「もっと食べろ」と言われるのを「入りませーん」と言って、スポーツやってる女子とは思えない食事量で呆れられていた。
今回は旅館型の所で風呂は大浴場でトイレも共同の10人部屋である。男子2部屋・女子2部屋だが、宇田先生と北田コーチ・白石コーチは小部屋を1つ使っている。南野コーチは女子生徒と一緒である。そして食事は1日目は焼肉(食べ放題)であった。
千里は暢子・久井奈・雪子とテーブルを囲んだのだが、千里が網で焼かれているお肉を積極的に取って食べているので
「お、今日の千里は偉い」
などと久井奈さんから言われる。
「だってしっかり身体を作らないと、戦えませんよ」
と千里が言うので
「凄い進歩だ」
と久井奈さんは言う。
「千里、今体重はいくら?」
「ウィッグを外した状態で53kg」
「ウィッグ!?」
「ウィッグって結構それ自体の重さがあるんですよね〜。学校で身体測定する時は実はそこをちょっと誤魔化している」
「千里はいろいろ誤魔化してるな」
「えへへ」
「でも53はやはり軽すぎる」
「うん。インターハイに行くまでに55-56kgくらいにはしたいと自分でも思ってる」
「それだけ筋肉を付けようってことか」
「うん」
実は千里の体重は5月20日夕方に自宅でお風呂に入る前に測った時は54kgあった。しかし21日の朝に再度体重計に乗った時は51kgに落ちていた。その後頑張ってまた筋肉を付けてきたのである。正直、体重が突然落ちた時より、筋肉の比率が高くなっている気がしていた。
「最近、千里ほんとに体力付いてるし、走る速度が上がってるけど、何か特訓でもしてるの?」
と暢子から訊かれる。
「毎日100km歩いてるんだよ」
「100km!?」
「それ何時間かかるのよ?」
「夢の中だから0時間」
「夢〜!?」
「睡眠学習みたいなもん?」
「そうそう」
「いや、でも毎日100km本当に歩いていると言われた方が信じたくなるくらい千里は体力付いてるよ」
「だって、私は今年がインターハイ挑戦最後の年になるから。頑張らなくちゃ」
「そうか。特進組は2年生で部活終了だから」
「でも女子バスケ部には特例があるの知ってるよね?」
「うん。成績20位以内なら来年の夏も挑戦できる」
「男子バスケ部には無い特例だけどね」
「女子バスケ部と女子ソフトテニス部、男子野球部だけ」
「千里、勉強頑張って、残れるようにしろよ」
「でも実際に適用された人はこの10年で3人だけと聞いた」
「じゃ4人目になろう」
「そうそう。せっかく男子バスケ部から女子バスケ部に移動したんだし」
「私は卒業で抜けるけど、今のバスケ部から千里まで居なくなるのは大打撃」
「うん。頑張ってはみるけど、厳しい戦いだなと思う」
食事の後は少し置いてからお風呂である。
「ご飯を食べた後にお風呂という順序は、若干乙女としては問題があるぞ」
「お互いのお腹は見ないという淑女協定で」
「でもあの激しい試合の後、ご飯も食べずにお風呂に入ったら、ぶっ倒れるよ」
「それは言えてる」
千里はごく普通に他の女子の中に埋没して、脱衣場に居るし、ふつうに浴室に居る。
「あ」
「どうしたの?」
「千里の性別のこと忘れてた」
などと浴槽でおしゃべりしていた時に言われる。
「千里の性別はこの通り、本人の身体を見れば一目瞭然」
「千里、ちょっとお股を広げてごらんよ」
「いいけど」
「ほんとに付いてないね」
「ちょっと!触るのまでは勘弁!」
「ほんとに割れ目ちゃんがある」
「ほんとに性転換したんだ!」
「女の子でなかったら、女子の試合に出られないよ」
「胸、それBカップはあるよね?」
「今Cカップのブラ着けてる」
「おお」
「でも実際、千里は秋田に行った時より女らしさが増してる気がする」
「うん。筋肉はあの時よりずっと付いてるけど、体形は女らしくなってる」
「私の筋肉は、女の子的に付くみたーい」
「だよねー。なんか私より曲線が美しい」
「ウェスト、なんでそんなにくびれてる?」
「やっぱりたくさん運動してるもん。カロリー消費激しいから、贅肉のつく暇がないみたいです」
「ああ、やはり、部活以外にも練習してるんだ」
「みんなの倍練習しなきゃ、レギュラーは維持できません」
「う・・・耳が痛い」
と言っている子がいる。
「いや、千里はたぶんみんなの10倍練習してる」
と暢子が闘志あふれる目で言った。
なお、1日目の結果、女子は橘花たちのM高校、数子たちのS高校ともに明日のブロック決勝に進出している。男子では、田代君の札幌B高校、鞠古君の旭川B高校、ともに2回戦で敗退したが、貴司たちのS高校は勝って明日まで残っている。
「貴司たち、今年は去年以上に強くない?」
その夜、千里は貴司に電話して言った。宿舎は近くではあるが、自粛して直接会ったりはしない。
「うん。佐々木も清水もかなり練習頑張って力を付けたし、1年の大林・小林の大小コンビがお互いに競い合って伸びて来てる。1年生が頑張ってるから2年生(千里と同学年)の戸川も刺激されて最近よく練習してるし。今年もインターハイ行けるかも知れないと思ってる」
「インターハイBEST8くらいまで頑張ろう」
「うーん。それは運と組合せ次第だな」
「インターハイ1回勝つごとに1回やらせてあげるからさ。だから優勝したら6回」
「さすがに6回連続は無理!」
「軟弱だなあ。少し鍛えなよ」
「チンコ鍛えるより、僕はバスケを鍛えたい」
「そういうストイックな所が、貴司好きだ」
「何でも強気に考える千里が好きだよ」
2日目の午前中にブロック決勝が行われる。
橘花たちM高校の相手は旭川では最強のL女子高であった。地区大会の準決勝でも当たった組合せだが、再び激しい戦いとなった。地区大会の時は前半は良い勝負だったものの後半はワンサイドになってしまったのだが、今回橘花たちはかなり頑張った。
ここ1ヶ月ほど毎日やっていたN高校との練習試合で幾つかの偶然の結果もあって自信を付けてきた1年生の宮子が大活躍する。友子もここ1ヶ月で暢子とさんざんやって、相手のマークを振り切るのが、かなりうまくなっており、そして今日はスリーが高確率で決まる。
戦いは最後まで息をつけない展開となったが、最後の最後で友子のスリーがまた決まって、71対70の1点差で辛勝し、決勝リーグに駒を進めた。
M高校が決勝リーグに進出するのは10年ぶりらしい。
同時刻に行われた試合。S高校の相手は新鋭のC学園であった。1年生ながら、ひじょうに卓越したシューターで武村さんという人が居て、彼女の力でここまで勝ち上がってきた。S高校は数子と豊香がダブルチームで付く、最大の警戒態勢で臨んだのだが、それでも武村さんはその2人のマークを振り切って、どんどん撃つ。
結局90対63という大差でC学園が勝ち上がったが、その試合を見ていた千里と暢子は、あのシューターをどうやって封じるかというのを厳しい顔つきで考えていた。
千里たちN高校の相手はK高校であった。これまで当たったことのない学校だが、いつも道大会では上位になっているチームのひとつである。偵察隊からの情報でSFの諸淵さんが要警戒であることを確認する。そこで雪子を先発させて諸淵さんのマーカーをやらせた。
これが上手く当たった。諸淵さんもかなり巧いフォワードなのだが、雪子は器用だし、相手の視線に騙されないし、こちらの次のアクションは読ませないので、マッチアップした時になかなか突破することができない。やむを得ず他の子にパスを回したりしていたが、結果的にこれで彼女の得点を相当封じることができた。
一方で千里も暢子も全開で前半だけで52対37と点差を付ける。
そこで雪子はそのまま諸淵さんに付けたまま、後半は暢子と千里を休ませ、夏恋と揚羽を入れた。揚羽にはSGのポジションに入らせたが、彼女はスリーを撃つのではなく、敵陣に侵入していって活路を開くタイプなので、千里を想定して守備をしていたK高校は当初守備の混乱が見られた。その隙を突いて突き放し、結局93対70で勝利した。
千里たちと同じ時刻に行われていたもうひとつのブロック決勝が札幌P高校と釧路Z高校の試合だったが、激戦となった。
釧路Z高校は新人戦でN高校に大敗したことから、春休みもゴールデンウィークも返上して、かなり凄い合宿をしてきたようで、2月の状態から相当レベルアップしていたようであった。《女王》P高校も、その相手に全力で戦う。どちらも気合いが入っていたので、積極的なのが行きすぎて、ややエクサイティングしてしまう場面もあり、掴み合いの喧嘩をして両者退場をくらったりしたのもあったようである。試合はそれがきっかけとなり荒れてファウル続出、退場者も何人も出て、あとで両チームとも始末書を書くことになる。
試合は結局3点差というP高校の試合とは思えない少ない点差で、一応P高校が勝った。
それで決勝リーグは、千里たちのN高校、橘花たちのM高校、C学園、P高校の4者で争われることになった。
「え?佐藤さんが怪我したの?」
千里は女子トイレで、その話をL女子高の溝口さんから聞き驚いた。
佐藤さんというのはP高校のセンターで、千里たちと同学年だが、P高校の守りの要である。但し、N高校との試合では、ずっと千里のマーカーになって千里のシュートの大半をブロックしていた。
「激しい戦いだったからね。ちょっと足をひねったらしい。大した怪我ではないらしいけど、多分今日・明日は休ませるんじゃないかな」
「軽く済むといいね」
「これから戦うチームの選手の心配をする所が村山さんの性格の良い所だ」
「え?だって」
「まあP高校は選手層が厚いから、佐藤さんが怪我したと言っても、戦力的にはほとんど落ちないだろうけどね」
「うん、だと思う」
「今回、うちは負けちゃったけど、そちら頑張ってね」
「ありがとう。頑張る」
と言って、千里は溝口さんと握手をした。
男子の方では、貴司たちのS高校は快勝して決勝リーグに進出したが、千里たちのN高校は室蘭V高校に(新人戦に続き)再び負けBEST8止まりとなった。真駒さんたちのバスケはここで終わった。N高男子チームは宿をキャンセルし、一足先に引き上げることになったが、北岡君と氷山君は「ゼロからやり直す」と言い、夏休みに合宿をしたいというのを宇田先生に訴えていた。先生は教頭と交渉してみるとだけ答えた。
実際にはインターハイに行くからと言って午後8時までの練習を認めてもらっていたので、インターハイに行けなかった以上、約束通り夏休みは部活自粛になる可能性が高い。
少し休憩時間を置いて、15時から決勝リーグの1戦目が行われる。
最初に行われたのはP高校とC学園の試合である。P高校は佐藤さんが出てないし、他にもPGの竹内さんも出ていない。とっくみあいの喧嘩をしてしまった宮野さんの姿も見ない。宮野さんの場合はこの試合、謹慎をくらったのかも知れない。
しかしそういう主力を欠いてもP高校は無茶苦茶強かった。SFの片山さんがC学園の武村さんにピタリと付いてマークし、彼女に一切仕事をさせなかった。千里も暢子も思わず「凄い」と言って、片山さんの仕事を見ていた。
「要するに圧倒的に、片山さんの動きの方が勝っているんだよ」
「うん。運動量が武村さんの3-4倍ある。だから全部封じられてしまう」
「だてに日本のトップチームのスターティング・ファイブやってない」
武村さんが封じられてしまうとC学園はどうにもならない。73対26の大差でP高校が勝った。
そして2戦目は橘花たちM高校と千里たちN高校の戦いである。試合前にロビーで橘花と会ったが「事実上の代表決定戦だよね」という話をした。今のM高校とN高校の実力からして、C学園には(武村さんにある程度やられても)充分勝てるという読みができる。一方でどちらもP高校に勝つのは難しい。
そうなると、P高校が3勝、C学園が3敗で、M高校とN高校はどちらかが2勝1敗・どちらかが1勝2敗。つまりこの試合に勝った方が2勝で道大会2位となり、インターハイ進出という皮算用ができるのである。
「お互い手の内は知り尽くしているけど、全力で行くから」
「こちらも全力。午前中の試合の後、カツ丼3杯食べてからひたすら寝てたから、もう元気」
「おお、凄い! 私なんておにぎり1個食べただけなのに」
「相変わらず少食だなあ」
健闘を祈って握手をした。
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【女の子たちの辻褄合わせ】(1)