【女の子たちの修学旅行・高校編】(上)

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2007年3月。千里たちは3月23日(金)が終業式だったのだか、その少し前の8日から13日まで、修学旅行が行われた。
 
最初千里はこの修学旅行への参加に消極的であった。それはお金が無い!という問題からである。
 
千里は留萌から出て来て旭川の叔母の家に下宿しているのだが、毎月(下宿代込みで)6万円送金してくれるという約束は最初からホゴにされて、5月以降実家からは全くお金をもらっていない。千里は神社の巫女さんのバイトをしているので月々の教材費や参考書代に部活の費用などはこれで何とかまかなうことができていたが、お小遣いまで入れて18万円ほどになる旅行費用を拠出するあてが無かった。
 
もっともこの金額も他の私立高校に比べたら随分安い。
 
私立高校では海外に修学旅行に行く所も多く、そういう所はカナダ一週間40万とかフランス10日間50万円などという話を聞き千里は「きゃー」と思った。千里たちの高校は私立といっても元々そんなにお金持ちの息子・娘は居ない学校なので、多くの公立高校と同様の、奈良・京都・東京というコースで、それでこのくらいに費用は抑えられていたようである。
 
またこの時期は春分の日の前で春の旅行シーズンの直前であり、航空会社の修学旅行向け運賃(SE運賃)もホテルの料金も安いということもあった。 

「18万くらい出世払いで貸しておくから行っといでよ」
と叔母は言ってくれたものの、そもそも家賃を入れていない上に食費も出してもらっているのに、そこまで負担を掛けてはと思い
 
「ううん。私さぁ、お風呂に入れないから行かない」
と千里は叔母に言っていた。
 
「ああ、あんた女湯に入るのか男湯に入るのかって問題があるよね」
と叔母も理解は示してくれたのだが
 
「でもあんたひょっとして既に女湯に入れる身体になってるんじゃないの?」
などと言われる。
 
千里は取り敢えず笑って誤魔化しておいた。
 
それで旅行申し込み締め切りになる2月上旬に千里は参加申込書を提出しなかった。それで女性の学年副主任・河内先生から呼ばれて「参加しないの?」と訊かれたものの、千里は性別問題を理由に参加しないと答えた。
 
「うーん。確かにそれは千里ちゃんとしては悩むかも知れないけど、お風呂に関しては千里ちゃんだけ個室のお風呂を確保するようにしてもいいよ」
と先生は言ってくれた。
 
そして本来はもう締め切りだけど、多少の人数変動はどうにかなるから2月末までは待つからと言われたのである。
 

千里が一転して参加することにしたのは、思いがけない臨時収入があったからであった。
 
千里はバスケット部のメンバーと一緒に2月3-4日に秋田に新人戦の東北大会を見に行った。ゾーンディフェンスの美しい学校があるので、その見学だったのだが、その会場で千里は偶然雨宮三森と遭遇し、唐突に「曲を書いて」と言われた。1曲はその場で書いて渡し、もう1曲は月末までと言われていたのだが千里は旭川に帰ったら即着手して、2月7日にはMIDIデータにして送信しておいた。すると、2月28日の夕方になって突然雨宮から千里の携帯に電話が掛かってくる。
 
「こないだの作曲ありがとね」
「あ、いえ。お気に召したでしょうか?」
「うん。まあ少しこちらで修正したけど、概ねそのまま使わせてもらうことにした」
「ありがとうございます」
「それで、こないだ書いてもらった曲の分と合わせて、御礼を口座に振り込んでおいたから」
 
「もう頂けるんですか!?」
「今回は突然頼んだからね。それとこれ委託、つまり買い取り方式だったから固定額だけど、もし今後も頼むことがあった場合は印税方式で、支払いもこちらに印税が入って来てからでいい?」
「はい、それで結構です」
 
「もっともこないだの『男と女のあいだには』は発売が延期になってしまったんだけど、折角書いてもらったから、こちらも適当な額で買い取りさせてもらっていいよね?」
「はい、むしろ助かります」
 
「JASRACの支払いは毎年3月6月9月12月に締め切って、その3ヶ月後または6ヶ月後に入金されるから、そちらに送金するのはその翌月末ということでいいかな?」
 
「はい、問題ありません」
「今回は言われたH銀行に振り込んだけどさ、これだと振込手数料が高いから、どこか都銀にも口座作っておいてくれない?」
 
「はい。それでは作ってご連絡します」
「旭川にある都銀ってどこどこだっけ?」
「えっと、都銀はM銀行かな」
「私、そこの口座持ってないや。###銀行か◇◇◇銀行かS銀行か無いの?」
「えっと、札幌まで行けばありますが」
「じゃ、札幌まで行って###銀行の口座作っといて」
「分かりました」
 

それで千里は金額を聞き忘れたなと思い、部活が終わってから銀行の支店に寄ってATMコーナーで残高を確認する。
 
千里は一瞬桁を数えてしまった。
 
うっそー!!
 
3秒だけ考えてすぐ学校に電話する。教頭が出た。
 
「1年5組の村山と申しますが、大変恐れ入りますが、河内先生はもうご帰宅なさったでしょうか?」
「ああ、村山君。河内先生は帰ったけど、何の用事?」
 
それで千里は今日まで待ってくれると言われていた修学旅行の申し込みについて、やはり参加したいのだが、間に合うだろうかと教頭に尋ねた。
 
「修学旅行の参加ね。大丈夫だよ。僕から旅行代理店にすぐ電話して人数追加させるから」
「ありがとうございます!」
 

翌日、3月1日はN高校の卒業式であった。男子バスケ部の黒岩さんや渋谷さん、女子バスケ部の蒔絵さんたちが卒業して行く。千里は他の女子バスケ部員たちと手分けして、卒業生の所に記念品を持って行った。千里は黒岩さんの担当になった。
 
「卒業おめでとうございます。これからも頑張って下さい」
「うん。まあ気楽にやっていくよ」
 
黒岩さんは旭川市内の普通の会社に就職するのだが、市内のアマチュアバスケチームに参加することになっている。実業団とは違い、あくまで趣味の世界だし、仕事が忙しい時は練習どころか試合にも出られない可能性はある。それでもバスケを続ける選択をしたのは大きいだろう。卒業生の多くは卒業とともにバスケをやめてしまう。
 
「村山、インターハイに行けよ」
「はい。BEST8くらいを目指します」
「優勝を目指すと言え」
「分かりました。全国優勝を目指します」
 

この日、卒業式が終わった後で、千里は学校から抜け出して近くのATMで修学旅行の代金分のお金を引きだしてきて(昨日引き出さなかったのは時間外手数料を払いたくなかったからである)、河内先生に渡した。すると河内先生は千里を面談室に連れていく。
 
「このお金、変なことして稼いだんじゃないよね?」
「へ?」
「いや、千里ちゃんのお友だちにさ、中学の時に修学旅行で千里ちゃんお風呂はどうしてたって訊いてみたのよ」
と先生。
 
ああ、蓮菜に訊いたんだろうなと千里は思った。
 
「それでお友だちは千里ちゃん、多分女湯に入ったと思いますよと言ってたんだよね」
「えっと・・・」
 
「で、お友だちが千里ちゃんが参加に消極的なのはお金が無いからじゃないかって言って」
「まあ、お金は無いですけどね」
 
「だから千里ちゃん、援交とかそんなんでお金作ったんじゃないかって心配しちゃって。こういうこと言っちゃなんだけどさ。千里ちゃんみたいな子って、普通の女の子より、かえって高く買う人がいるから」
 
そういう話は留実子の姉の敏美からも聞いたことあるなと千里は思った。 
「私、いくらお金のためでも好きでもない人とHなことしたくないです」
 
それで千里は、契約上の問題で詳細は言えないが、ある音楽家さんのお仕事の手伝いをして頂いたお金であるということを説明した。
 
「本来はお仕事してから4ヶ月後に入金するらしいんですけど、今回は急に頼んだからと言って、すぐお金を払ってくださったんですよ」
「それは良かったね!」
 
「千里ちゃん、今実家から毎月いくらもらってるの?」
と先生は心配そうに訊く。
 
「ゼロです。4月に下宿している家の人に3万と私に3万ともらった後は全くもらっていません」
 
「それでよくここまでやってきたね!」
「学校から認めてもらった神社のお仕事で毎月4〜5万頂いているので、それで教材費とか部活の費用とか定期代とか払ってます。下宿しているおばちゃんにも下宿代を少しでも払いたいのですけど、受け取ってくれないんですよ」
 
「それはありがたく居候させてもらっておきなさいよ」
「はい。卒業してから恩返ししたいと思っています」
「うんうん」
 
と言ってから先生は少し考えて言う。
 
「ね、千里ちゃん。学内奨学金の支給を申請しない?」
「それについては、私より大変な子が結構いるみたいだから、そういう子を優先してあげてください。私は授業料を免除してもらっているだけで充分すぎますから」
「分かった。でもバイト無理しないでね。きついと思ったら私とか保健室の山本先生とかに相談して」
 
「はい、ありがとうございます」
 

面談室から戻ると、その河内先生から相談されていた蓮菜から声を掛けられた。 
「ふーん。お金が用意できたのね。どうやって作ったの?援交?」
「そんなのしないよぉ。雨宮先生からもらったんだよ」
「雨宮先生と一晩寝たの?」
「寝ないって。作曲の御礼にもらったんだよ」
「ほほぉ」
「それでさ。今回書いたのは曲だけなんだけど、ちょっと歌詞付きの曲を書けたら書いて送ってみてと言われたんだけど、もし良かったら私と組んで書かない?鈴木聖子って歌手なんだけど」
 
蓮菜は少し考える。
 
「鈴木聖美じゃなくて?」
 
「そちらは大歌手。それと全く別人で、雨宮先生の後輩にあたる新島鈴世さんって人が楽曲提供している鈴木聖子って歌手が居るんだよ。あまり売れてないっぽいけど」
「ふーん」
 
「その人が今度作るアルバム用の曲を書いてみない?と言われたんだよね」
「コンペ?」
 
「実質それに近いと思う。出来が良かったら採用するということ。しばしばレコード会社でやるような大々的なものではないから多分競争率は3〜4倍じゃないかと先生の口ぶりからは感じた。アルバムの発売が6月らしいから、採用されて売れた場合、印税が入るのは10月。それとこの人のCDは過去に毎回数千枚しか売れてないから2000枚出荷したとして、10曲の中の1曲だと印税は3万円くらい。それを私と蓮菜で山分けすることになる」
 
「まあ印税なんて普通そんなものだろうね。でも面白そうだから歌詞書いてみるよ。それに千里が曲を付けるのね」
「うん。曲を書いてからチェックしてくれる?」
 
「OKOK。でもその人の歌を聴いてみたいな」
「やるなら今出ている彼女のCDをこちらに送ってくれるって。連絡しとくよ」
「うん」
 

「ところで私、河内先生から訊かれたんだよ。千里、中学の修学旅行ではお風呂どうしていたのかって」
と蓮菜が言う。
 
「面倒掛けてごめーん」
「お風呂どうしたのかは実は誰も知らないんです、と答えておいた」
「正確な答え、ありがとう」
「でもきっと女湯に入ってますよとも言っといた」
「なんて親切な」
 
「るみちゃんとお風呂の中で遭遇したという話は聞いてたけど、それは言わなかったよ」
「ありがとう。何でか、るみちゃんとは良くお風呂の中で会うんだよね」
「千里とるみちゃんが、果たして女湯で遭遇しているのか男湯で遭遇しているのか、はなはだ疑問だし」
 
「るみちゃん、人の居ない間を狙って男湯に入ろうとしたことはあるらしい」
「危険なことするなあ。それで千里は、知り合いの居ない間を狙って女湯に入っているんだよね」
「あははは」
 
「千里って小学校の修学旅行でも女湯に入った疑惑があったしなあ」
「うーん・・・」
「中学の修学旅行なんて、そもそもセーラー服着てたし」
「まあね」
「そもそも勉強合宿では、小さな民宿だけど間違い無く女湯に入ってたしね」
「えへへ」
 
「千里の実態は私もだいたい理解してるから、無理には聞かないけどさ」
 
うーん。。。問題は「理解されすぎて」るのではないかということなんだけどね。 

千里は同じ日に卒業式を迎えた元彼の晋治にも「卒業おめでとう」のメールを送っておいたので、夕方電話が掛かって来た。
 
「メールありがとう。それから少し早いけど誕生日おめでとう」
「ありがとう。入試のほうは手応えどうだった?」
「手応えはあった。でも合格しているかどうかは発表になってみないと分からない。今、後期の試験に向けて勉強してるよ」
 
晋治は2月末に北大医学部を受験した。センター試験の自己採点がかなり良かったので、行ける確率は高いとは本人も言っていたが、開けてみるまで分からないのが入試である。万一北大に落ちた場合は、後期は旭川医科大学を受けるらしいが、そちらは合格しても浪人するつもりのような口ぶりであった。
 
「でも野球はやめちゃうの、ホントに?」
「それ、入試の結果が出てから考えるけどさ」
「うん」
 
「うちの野球部にしても他の高校の奴ででも、札幌方面に行く奴、結構いるんだよね。それで某高校のキャッチャーやってた奴で、教育大札幌校を受けてる奴から草野球のチーム作らないかって誘われてるんだよね。もしかしたらそのチームに入るかも知れない」
 
「ああ。いいんじゃない? 大学の部活とかになるとマジになっちゃうけど、のんびり趣味で続けるというのもいいと思うよ」
 
「うん。甲子園が終わった後、ずっとマウンドに立ってなかったら、時々すごくボールが恋しくなるんだよ」
「だろうね」
 

「だけど千里、まだ声変わりが来ないんだね」
「うん。でもさすがに、そろそろ来ると思うよ」
「千里さ、医学的検査を受けて女子と確定したんで、新人戦からは女子選手として出場したって、赤坂から聞いたんだけど」
 
その情報は、どこをどう伝わっていったら赤坂さんに辿り着いたんだろう千里は訝った。
 
「うん、私もよく分からないんだけど、確かに女子選手としてのIDカード発行してもらって新人戦には女子の方で出た」
 
「医学的検査を受けて女子と確定したってことは、既に性転換手術してるんだよね? だったら声変わりも来るわけないよね?」
 
「あの診断は不思議でならないんだよ。私、男なのに」
「なんかそういう千里の言葉って全然信用できないんだけど!」
 
「私信用ないのかなあ」
「千里は信頼はできるけど、信用はできない」
「あははは」
「千里ってほんとに嘘つきだから」
 

「彼女とはうまく行ってる?」
と千里は訊いてみた。
 
「ここ2ヶ月ほどはほとんど休止状態。メール交換も1日1通、250文字以内ということにしている」
「お互い受験で忙しいよね。でも彼女も北大志望なんでしょ?」
「うん、一応ね」
 
「ふたりとも合格したら同棲すんの?」
「いきなりしないよ!」
「しちゃえばいいのに」
「だって・・・・まだセックスどころかキスもしてないんだよ」
「奥手だなあ。合格記念にセックスしちゃいなよ」
「う・・・・」
「避妊はちゃんとしてね」
「いや、もしそういうことになった時はちゃんとするけど。千里は彼氏とセックスするの?」
 
「してるよ」
 
なんか残念そうな空気が伝わってくる。男の子って彼女が居ても、他の女の子のことが気になるのかなあ。
 
「でも、してるってことは、やはり性転換済みなんだ?」
「どうかな」
「あれが無くてもできるんだっけ? まさか後ろ使うの?」
「あそこは使わないよ。私を好きになる人って晋治もそうだけど、ノーマルだからね。私が女の子でなかったら冷めちゃうし、なえちゃうだろうしね」
「僕さ、昔から千里にチンコがある状態をどうしても想像できなかったんだけど」
「うふふ」
 

翌日3月2日(木)。母が札幌まで行って###銀行に千里名義の口座を作ってくれて、午後学校までその通帳・印鑑を持って来てくれた。
 
「キャッシュカードは後で郵送するって」
「ありがとう。面倒掛けて。これ交通費と口座に入れてもらったお金の分と印鑑代」
と言って母に封筒を渡す。
 
「ありがとう。でもバイトの入金先と聞いたけど、H銀じゃダメだったの?」
「うん。そこ本社が東京にあるんで、都銀かそれに準じる銀行でないとダメなんだって」
「へー。でもどういうバイト?」
と母は本気で心配そうに訊く。
 
「うん。データを入力したりする仕事なんだよ。その作業用のパソコンは無料で貸してもらったし。今はネットがあるから、全国どこででもその手のお仕事できるんだよね」
「あまり無理しないようにね」
 
と言ってから、母は思い出したように
「そうだ。1日早いけど、誕生日のプレゼント」
と言って手提げ袋を渡してくれた。千里はじわっと来た。母から誕生日のプレゼントもらったのって多分6〜7年ぶりではなかろうか?
 
「ありがとう。開けていい?」
「うん」
 
中身を取り出すと、花柄の可愛いリュックである。デイバッグという感じだ。 
「わぁ、可愛い」
「安物だけどね」
「ううん。こういうの好き」
「修学旅行だからと思って」
「うん。使うよ」
「お前、修学旅行の代金は自分でバイトで貯めたお金で払ったって聞いたけど」
「うん。ギリギリ足りたんだよ」
「ごめんね。全然送金できなくて」
「ううん。こちらは何とかするから、お母ちゃん少し余裕があったら玲羅に問題集でも買ってあげて。あの子、全然勉強してないから、へたしたら地元の公立高校にも落ちちゃうよ。私立高校は授業料高いよ」
「それはまずいわね」
 

翌日3月3日(土)。貴司が留萌から出て来た。千里は月曜から期末試験だから会えないと言ったのだが、誕生日プレゼントだけでも渡したいからと言って出てきたのである。
 
「ごめんねー。試験前に」
と美輪子のアパートまでやってきた貴司は最初に言った。
 
「ううん。こちらこそちょっとしか会えないのにわざわざ出て来てくれてありがとう」
と言って千里は貴司と握手したが、美輪子が
 
「何やってんの?そこはキスでしょ?」
と煽るので、貴司はちょっと頭を掻いてから千里にキスした。
 
美輪子がお茶を入れてくれる。
 
「で、これプレゼント。誕生日おめでとう」
と言って貴司は小さな箱を渡した。
 
「ありがとう。前回の貴司の誕生日には私、何もあげてないのに」
「まあ、あの時期は恋人ではなかったからね」
「それと、これ少し早めのホワイトデー」
と言って貴司は大きな箱を渡す。
 
「小さなツヅラと大きなツヅラみたい」
「昔話同様に、小さなツヅラに入っているものの方が高い」
「ほほぉ」
 
「開けていい?」
「うん」
 
それで大きな箱から開けると《白い恋人》である。
「なんか毎年同じものでごめーん」
「ううん。私《白い恋人》好き〜。叔母ちゃんも一緒に食べようよ」
「だったら紅茶入れるね」
 
と言って美輪子はフォションのフレバーティーを入れてくれた。
 
「あんたヴァレンタインは貴司さんにどんなのあげたの?」
と美輪子が訊くと
「巨大なハート型のチョコをもらいました」
と貴司。
「ふむふむ」
「結構ボリュームがあって食べるのに苦労しました」
「うふふ」
 

「じゃ、小さなツヅラ開封」
と言って千里は小さな方の箱を開ける。
 
「凄ーい!これ高かったでしょ?」
 
LizLisaのハート柄のお財布であった。
 
「お年玉を使わずに取っといたから」
「へー。ありがとう! これ、可愛い!」
 
「千里、シナモロールのお財布使ってるけど、高校生だし、このくらいの持っててもいいかなと思って」
「うん。そうだね」
「もう16歳だもん。女の子は昔なら成人年齢だからね」
「えへへ」
 
「現代でも結婚できる年齢だよね」
と美輪子が煽る。
 
千里は頬を赤らめて少し考え貴司に訊く。
「貴司、いつ帰るの?」
「今日は練習休みだけど、明日はあるんだよね。だから、えっと」
と貴司が言いよどむと
「明日の朝一番?」
と千里は訊く。
「うん、そうしようかな」
と貴司。
 
「あ、でも私、勉強もしなきゃ」
「昼間、旭川の友だちに会ってくるよ。夕方また来ていい?」
「うん」
と千里は笑顔で頷いた。
 

期末テストも終わると、校内は少し慌ただしい雰囲気になってくる。
 
3月9日。千里は朝から修学旅行に出かける準備をしていた。昨夜の内に用意しておいた旅行の荷物を再度チェックしてから、朝御飯を作り叔母と一緒に食べていたら、鮎奈から電話が掛かってくる。
 
「千里さ、今日旭川空港でDRKの次のCDに使う写真を撮ろうって話になったのよ。だから女子制服着て来てくれる? ウィッグも付けて。修学旅行の集合時刻は旭川駅8時だけど、その30分前の7時半に集合して、みんなより一足早く空港に移動する。この件は先生の承認済み」
「了解〜」
 
それで千里は男子制服をスポーツバッグに入れ、女子制服を着てロングヘアのウィッグもつけた。念のためショートヘアのウィッグも荷物に入れた。 
「あれ?それで行くの?」
と叔母から訊かれる。
 
「うん。なんか記念写真撮るんだって。その後で男子制服に着替えるよ」
「あんた、むしろ女子制服で修学旅行に参加した方がいいんじゃないの?」
「えー? そういう訳にはいかないよ」
 
などと言って出かける。(結局叔母が駅まで車で送ってくれた) 
千里が着いたのは7:10くらいであったが、すぐにDRKのメンバーが集まる。撮影係として、梨乃の友人の芳香が来てくれていた。それで一緒に空港連絡バスに乗って旭川空港に移動した。そして空港の玄関前に並んで撮影した他、空港のビル内でも数ヶ所で撮影した。また大雪山系の写真も撮っていた。後で合成するのだと蓮菜は言っていた。
 
「お疲れ様〜」
「芳香ちゃん、ありがとね〜」
「2階の出発ロビーで待っておけばいいって」
 

それで2階に移動した所で、鮎奈から言われる。
「千里、そのスポーツバッグちょっと見せてくれる?」
「え?なんで?」
「いいじゃん、いいじゃん」
と言われるので渡すと開けて中を見ている。蓮菜と京子に留実子も寄ってくる。 
「ああ、やはり男子制服を持って来ているね」
「うん。みんなが来る前に着替えて来なくちゃ」
「これは没収」
「え〜〜〜!?」
 
「だって千里が男子制服を着ていたら問題多発」
「そうそう」
「だいたい千里、旅行中にトイレはどっちに入るつもりよ」
「えっと女子トイレだけど」
「五分刈りで男子制服を着て女子トイレに入っちゃいけないよね」
「痴漢で捕まるよ」
「それよくやってるけど捕まったことないんだけど」
 
「捕まったら大変だよ。先生が弁明してくれるだろうけど余計な時間を食ってスケジュールに遅れが出たりしかねない。トラブルは事前に防がなきゃ。あと京都で男女別行動になって西陣織会館に行くでしょ?」
 
「うん。そこでも男子制服を着た子がいたら面倒」
「そうそう。他のお客さんが着替えられないじゃん」
「うーん・・・・」
 
「部屋も女子はホテルの女性専用フロアに割り当てられているから、そこに男子制服を着た丸刈りの子が歩いていたらホテルの人に咎められかねない」
「えっと、私、女子の方の部屋になるんだっけ?」
「千里を男子と同室にできる訳ないじゃん」
「確かに私も男子と同室は困るけど」
 
「ということで、千里は女子制服で参加してもらわなくちゃ」
「ということでこの男子制服は没収ね」
 

そう言って鮎奈は千里の男子制服を別途用意していたバッグに入れてしまう。その時、千里の男子制服と入れ替えに鮎奈は何かビニール袋を取り出した。中身を出す。
 
「ウィッグ?」
「これは、るみちゃん用」
「えーーー!?」
「その頭だと千里同様トラブルの元だから、この修学旅行の間はちょっと性転換して、女の子になっておいてよ」
「しょうがないなあ。じゃ借りるよ」
 
「あ、つけてあげる」
と言って蓮菜が留実子の頭にセミロングヘアのウィッグをかぶせた。
 
「千里より長い」
「そんな髪の長いるみちゃんって違和感ある」
 
「るみちゃんに、千里の男子制服を着せちゃうという案もあったのだけど、るみちゃんは男湯に入れられないし、男子と同室にもできないから、やはり申し訳ないけど、女の子でいてもらおうということになったんだよね」
 
「まあ6日間くらい我慢するよ」
 

「ついでに千里の荷物、もう少しチェックしちゃおう」
と言って鮎奈は千里のスポーツバッグの中身を見ている。
 
「あ、リュックも持って来たのね」
「うん。着替えとかはこのスポーツバッグに入れたけど、これを持ってあちこち歩き回ったらきついじゃん。毎日の荷物はそちらのデイバッグに入れる。機内やバスの車内にもそれだけ持ち込む」
 
「でも可愛いデイバッグ」
「うん。お母ちゃんに買ってもらった」
「ふーん。これって女の子用だよね?」
「さすがに男の子はこんな花柄使わないだろうね」
「千里のお母ちゃんって、結構千里を女の子として扱っているよね」
「えへへ」
 
「でも男子制服にこのリュックだと変だったよね」
「そうかな」
「どうかすると、観光地とかで警備しているお巡りさんに、誰か女の子のを盗んだんじゃないかって疑われる所だよ」
「ああ、あり得るあり得る」
「そういうトラブルを未然に防ぐのにも千里に女子制服を着せたのは正解だな」
「うむむ」
 

「おっ。ショートヘアのウィッグも入ってる」
「撮影でもしかしたらそちらも使うかもと思って念のために持って来た」
 
「へー。龍笛も持って来たんだ?」
「必要になりそうな気がしたから」
「それ、例の40万円したって笛?」
「違う違う。こちらは7000円だよ。プラスチック製」
「それでも結構高い」
 
「五線紙がたくさん入ってる」
「うん。思いついたら曲を書こうと思って」
「へー、カード型のキーボードか」
「音を探すのに便利かなと思って。実は最近いつも持ち歩いている」
 
それは12月に東京に行った時に雑貨屋さんで見かけて買っておいたものである。MADE IИ JAPAИ (原文ママ) という怪しい刻印がある。ボタン電池式(LR43)で1オクターブ半(A-D)しかないが、意外に便利である。
 
「ミニレターが7枚も」
「彼氏との交換日記か」
「えへへ」
「サロンパスが大量」
「たぶん必要になる」
 
「下着は女の子下着だけだね」
「私、男物の下着持ってないよぉ」
「それで男子として参加しようという魂胆が間違っている」
「そうだそうだ」
 
「こちらのバッグは空港で見送ってくれる教頭先生が預かってくれることになっているから」
と鮎奈は言う。
 
つまり教頭先生もグルか!
 

飛行機は旭川から羽田まで行き、乗り継いで伊丹まで行く。羽田で乗り継ぎの時にお弁当が配られ、羽田から伊丹まで行く間に食べることになっていたものの、おしゃべりに夢中になってて、伊丹に向けて降下しますという段になって「あ、まだ全然食べてない」などと言う子が結構居た。
 
機材は旭川から羽田はA300-600R, 羽田から伊丹はB777-200だったがどちらも似た座席レイアウトなので、席順はほぼ同じであった。蓮菜・千里・鮎奈・京子と中央の席に4人並び、ひたすらおしゃべりしていた(お弁当はしっかり食べた)。留実子はひとつ後ろの席に孝子・梨乃・智代と4人で並んでいて、気配り抜群の孝子がうまく話題を振って元々口数の少ない留実子にかなりしゃべらせていたようである。
 
伊丹からはバスで比叡山に行き(機内でお弁当を食べそこねた子はこのバスの中で《山道に入る前に》食べていた)、クラスごとの記念写真を撮った上で、根本中堂でお坊さんのお話を聞いたが、足がしびれる子が続出していた。最初に足のしびれない座り方というのをお坊さんから教えられたものの、それでもみんなしびれていた。
 
その後、京都郊外の旅館に入る。この旅館に3泊する。部屋は本来は4人部屋っぽい部屋に6人単位で詰め込まれていた。千里は蓮菜・鮎奈・京子・留実子・孝子と一緒である。取り敢えず体操服に着替える。
 
食事は各部屋に料理が運び込まれて来た。典型的な日本旅館の食事という感じで、極端な少食の千里、逆によく食べる留実子、偏食の多い鮎奈が入っているものの、気心知れた同士なので適当に料理を融通しながら楽しく食事をすることができた。
 
「さあ、お風呂行こう」
と蓮菜が楽しそうに言った。鮎奈も何だかワクワクしたような顔をしている。 
「ボク、寝てようかな」
と留実子が言う。留実子は遠慮のいらない友人ばかりなのでウィッグを外して短髪の頭を曝している。
 
「るみちゃんのウィッグは耐水・耐熱だから、そのままお風呂に行けるよ」
「もっとも今くらいの時間に行くとうちの生徒ばかりだろうから、短髪のままでも問題無いよ」
 
「私も寝てようかな」
と千里は言ったが
 
「千里疲れてるでしょ。お風呂に入った方がぐっすり眠れるよ」
と京子も楽しそうに言う。
 

それで千里は提案した。
 
「ね、ね、お願いなんだけど。私別に悪いことするつもりもないし、別に隠すつもりもないけど、あんまり騒がれたくもないから、この時間帯は避けて夜遅く入りたいんだけど。多分、るみちゃんも似たような気持ちかな」
 
「うん。ボクとしては自分の身体がそうだから仕方無く女湯に入るけど、実はあまり女の人に自分の身体を見られたくない」
と留実子。
 
「そっかー。るみちゃんとしては女の人に身体を見られるってのは、異性に見られるってことなんだよね」
と京子がそれに理解を示すように言う。
 
すると孝子が言う。
「確かにそうだよね。じゃさ、夜10時すぎてから、この6人で行かない? 何か言われたりした時に、私たちも居た方が弁明しやすいしさ」
 
すると京子も
「そうだね。じゃ、千里とるみちゃんの実態は私たちだけの胸の中にしまっておくということで」
と言う。
 
「そうだなあ、まあ私は何度か千里のヌードは見てるんだけどね」
と蓮菜。
 
「まあ千里はパンダじゃないしね」
と鮎奈。
 

それまでおしゃべりしてようということになるが、飲み物が欲しいねという話になり、ジャンケンして孝子と蓮菜で買いに行くことになる。それで全員お金を出していたら、千里の財布に蓮菜が目を留める。
 
「なんか良い財布使ってる」
「あ、LizLisaじゃん」
「可愛い!」
「うん。もらったんだよ」
「誰に?」
「えーっと」
「もしかして彼氏に?」
「えへへへ。誕生日のプレゼント」
「あ、そうか。千里は3月3日が誕生日だった」
「お、ハッピーバースデイ」
「ありがとう」
「でも彼氏も奮発したね」
 
「ね、千里少し前から気になってたんだけどさ」
「うん?」
「千里の携帯に付けてあるストラップ」
「これ?」
「まるで指輪みたいだよね」
「えっと・・・」
「何何?それも彼氏からのプレゼント?」
 
「うーんとね。これは実は彼とのお揃いなんだよ」
「指輪をお揃いって、まさか」
 
千里が真っ赤になるので、みんな顔を見合わせる。
 
「私たち、結婚しちゃった」
「えーーー!?」
 
「永遠の愛の誓いの印?」
「ううん。私に声変わりが来るか、どちらかが進学か就職で北海道を出るまでの期間限定」
「面白いことするね」
「だって、旭川と大阪とかで遠距離恋愛を維持する自信ないよ、さすがに」
 
「確かに高校生だと厳しいかもね」
「おとなだと毎月飛行機で会いに行ったりするんだろうけどね」
「いや大阪まではおとなでもきつい」
 
「でも彼、大阪に就職するの?」
「分かんない。本人は旭川市内を考えているとは言ってたけど、遠くに行きそうな気がするんだよね」
「ああ、そういう千里の勘って当たるもんなあ」
 
「だけど声変わりが来るかって、声変わりは来ないはず」
「うん。千里には睾丸が無いはずだから」
「いや、実は卵巣があるのではという疑いもある」
 
そんなことを言われた時、後ろで《いんちゃん》がクスクスと笑ったのが千里は気になった。
 

お茶を買ってきた後、おしゃべりは続き、結局就寝時刻を過ぎて、11時になってから、6人で一緒にお風呂に行った。人目が少ないしということで千里も留実子もウィッグは外している。
 
「しかし不思議だ。るみちゃんの方がまだ髪長いのに、るみちゃんは男の子に見えて、千里は女の子に見える」
と京子が言う。
 
「まあ中身がそうだからね」
と蓮菜。
 
この旅館は男女の浴場が離れた場所にある。「→女湯」の表示に沿って進み、やがて「ゆ」と書かれた暖簾が見えてくるが男女表示は無い。但しピンクの色になっている(後で男子に聞いたら男湯はブルーらしい)。
 
「色弱の人は間違う危険もあるな」
 
などと言いながら暖簾をくぐって先に進んでいくと、小さなカウンターがあって女性のスタッフが居る。
 
「いらっしゃいませ。タオルと浴衣をどうぞ」
 
と言って全員に渡してくれた。千里も留実子も「ありがとうございます」と声に出して言ってそれを受け取った。これは旅行前に蓮菜が2人に提案していたことである。性別によって扱いが変わるような場面で、その性別判定に迷っても声を聞けば女と思ってくれるはず、というのが蓮菜の主張であった。
 
「なるほど。男の人が間違ってこちらに来たらここでお帰り頂くわけか」
という声が出る。
 
「男湯の方にも、カウンターがあるんですか」
と京子が訊いたら
 
「あ、いえ。男性用の浴室はセルフサービスになっておりまして」
と申し訳なさそうに言う。
 
「るみちゃん、男湯には係の人居ないらしいよ」
「うーん。真夜中に突撃してみようかな」
「お客様、危ないことはおやめください」
 

それで脱衣場に入る。時間帯が遅いせいか、他には客は居なかった。それで安心して千里も留実子も服を脱ぐ。
 
まずは体操服の上を脱ぐ。更に防寒用に着ていたシャツにキャミソールを脱ぐと上半身はブラのみとなる。しかしブラ姿はいつも体育の着替えの時にみんなに曝しているので今更だ。
 
それから体操服のズボンと靴下を脱ぐ。これでブラとパンティのみである。ここまでは着替えの時にクラスメイト全員に曝している。
 
ブラを外す。
 
「へー」
と孝子が言った。このメンツの中で孝子だけが千里の生バストを見たことが無かった。
 
「ちゃんと女の子の胸だね!」と孝子が言う。
「うん」と千里も微笑んで答える。
 
そしてパンティも脱いじゃう。もうここは敢えてタオルで隠したりはしない。 
「やはり女の子なんだ!」
と千里のフルヌードを初めて見る、鮎奈・京子・孝子が言う。
 
「千里は病院でも検査されて女の子であることが確認されていたんだから、今更だよ」
と留実子が言う。
 
「そうか女子選手のIDカードもらったんでしょ?」
と京子。
 
「うん、それがなきゃ女子の試合には出られないから」
と千里も言う。
 
「さあ、入ろう入ろう」
と自分もさっさと脱いでいた蓮菜が言い、ぞろぞろと浴室の中に入った。 

各自からだを洗ってから、また湯船の中で集まる。浴室にも千里たち以外には誰も居なかった。
 
「今日は飛行機に2回も乗って、距離的に凄い移動だったけど、明日はかなり歩くことになりそうね」
「というか今回の修学旅行って毎日けっこうな距離を歩かされるっぽい。多分明日がそのいちばんかも知れないけど」
 
「実は鍛錬遠足だったりしてね」
「受験に体力は必要だもんね」
 
「でもみんな小学校・中学校の時は修学旅行どこだった?」
「小学校は札幌」
「うちは函館」
「うちは知床半島」
 
という感じで、どうもみんな道内のようである。
 
「中学校でも網走・知床・釧路だった」
「うちの中学は千歳空港を見学だけして、苫小牧・登別・室蘭・洞爺湖」
「うちは旭川・層雲峡・大雪山ロープウェイに上った後、知床五湖・摩周湖・阿寒湖・オンネトー」
「湖ばかりだ」
「いや、それって関東方面からの観光客の人気コースじゃん」
「うちは稚内・野寒布岬・宗谷岬を見てから利尻・礼文、最後は留萌・旭川」
「なんてストイックな旅だ」
 
「みんな結局北海道から出てない訳?」
 
「道外に出るとお金掛かるもんね〜」
「花野子の中学は東京に行ったらしいよ。《はまなす》で青函トンネル抜けて延々と汽車の旅。帰りは大洗からフェリー」
「ああ、それも体力使いそう」
「飛行機よりは安いかも知れないけど」
 

「でさ。ここだけの話。他言無用」
と言ってから鮎奈は千里に訊く。
 
「千里さ。正直に言ってよ。身体は手術して直してる訳?」
「直してない。あそこはちょっと特殊な技法で誤魔化してる。御免ね」
「やはり玉だけ取って棒の方は誤魔化してるのか」
「ごめん。玉も取ってない」
「いや、さすがに玉はある訳ない」
 
「おっぱいは本物?」
「うん。このおっぱいは本物。学校では時々この上に偽乳をつけてることもあるけどね」
「ああ。千里のおっぱいって大きい日と小さい日がある気はしてた」
 
「いや、千里は心は女の子だから構わないんだけどさ」
「お医者さんの診断書はホントに謎なんだよ」
 
「でもこうやって千里の身体見てると、完璧に女の子の身体つきだもん。やはり千里は女子選手として試合に出ていいと思うよ、私は」
と鮎奈は言う。
 
「ボクこそ男子の試合に出たいんだけどねー。お医者さんが君は女だと言うから」
と留実子が言う。
 
「るみちゃんってさ、彼氏がいるから身体を男性化させるのを我慢してるの?」
と鮎奈は訊く。
 
「それは彼の存在を自分で言い訳にしている気はする。多分ボク、恋人がいなくても、男性化させる勇気無いよ」
 
「ああ。そんな気がした。るみちゃんって男の子の部分が大きいけど、女の子の部分も持っているんだよね」
「うん。自分でもそんな気はする」
 
「MTFやFTMの人って、実際問題として男女が混じっている人が多い気がする」
「千里みたいに純粋な女の子って子が珍しいよね」
などと蓮菜が言うが
 
「私も混じっているよぉ」
と千里は主張してみる。
 
しかし
「いや、混じりっ気が無い」
とみんなから言われた。
 
「でもMTF/FTMでなくても混じっている人は結構いるよね」
 
「私はよく男っぽいと言われるよ」と孝子。
「男みたいにスケベだと言われる」と京子。
「男になったら?とよく言われてる」と蓮菜。
「小学2年の頃までは喧嘩で男の子に負けたこと無かった」と鮎奈。
 
「多分特進組にはそういう子が多い」
「そういう意味ではこのメンツの中で千里がいちばん女らしい」
「ああ、それはそう思う」
 

2日目はホントに良く歩き回った。
 
朝バスで東寺に行き、その後バスで三十三間堂に移動した後は、そこから清水寺まで歩き、境内を地主神社まで往復した後、三年坂・二年坂を通って八坂神社まで歩く。更に知恩院まで歩いた後、やっと遅めのお昼御飯である。
 
それで一息ついた所で今度は下鴨神社にバスで移動してここの長い参道を歩く(途中の河合神社にも寄る)更にバスで移動して上賀茂神社を見た後、バスで移動して金閣寺を夕日の中で見る。夕日の中の金閣寺は美しかった。この金閣寺でクラス単位で記念写真を撮った。
 
この日はみんなくたくたに疲れていて、もうお風呂にも入らずに寝た子も結構いたようである。千里たちの部屋の6人は12時近くになってからお風呂に入りに行った。
 
「サロンパスが欲しい」
という声が出た所で千里のスポーツバッグから本当にサロンパスが出てくる。 
「おお、助かる助かる」
「千里、ほんとに用意が良いね」
 

「でも千里、今日みたいにたくさん汗掻く日に、あんな長いウィッグ付けてたら、蒸れなかった?」
「うん。私も思った。ショートの方でもいいのに」
 
「なんかね。この髪でお参りしないといけない気がしたんだよ。この髪を付けているのが私の正装だから」
 
「ああ、なんとなく分かる」
 
「でもこのウィッグ作ってから1年弱? 傷んでないね」
「うん。メンテはちゃんとしてるから。週に1回シャンプー、コンディショナー、トリートメントしてるよ。特にトリートメントが大事みたい。キューティクルを維持しないといけないから」
 
「それでか。端の方とか枝毛になってもおかしくなさそうなのに、きれいなままだね」
と言って鮎奈が千里のウィッグに触る。
 
「うん。端は時々美容用のハサミでカットしてるから」
「ああ、カットしてるんだ。だったら春先より少し短くなってるのね」
「ううん。ほとんど変わらないよ」
「なんで?」
「どうしても伸びてくるからさ。逆に切らないと長くなりすぎるんだよ」
 
「・・・・・・」
 
「ちょっと待て」
「伸びるの?」
「うん」
 
「ウィッグなのに?」
「ああ。これウィッグなのに、私が付けてると、オーラがちゃんとウィッグの所まであるんだって。そのせいじゃないかな」
 
「いや、それは物理学的に有り得ない!!」
とみんな言うが千里は冷静だ。
 
「だって人形の髪の伸びる奴だってあるじゃん」
「それは怪談!!」
 

3日目は朝から伏見稲荷に行った。
 
まずはここでもクラス毎の記念写真を撮る。
 
「伏見稲荷って何の神様だっけ?」
「伏見稲荷はお稲荷(いなり)さま」
「キツネの神様?」
「キツネはお使いでしょ」
「宇迦之御魂(うかのみたま)の神という神様だよ」
「なんか難しい名前だ」
「でも多分、お稲荷様と呼んだ方が正確。実際ここには五柱の神が祭られている。宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)。宇迦之御魂大神はその代表」
「なんか難しい話だ」
 
「稲荷寿司とは無関係?」
「それは油揚げがキツネの好物だから。異説では油揚げがキツネの色に似てるから」
「ほほお」
 
「お稲荷さんは穀物神だと思うよ」
「キツネが大事にされるのも、キツネは米を食べちゃうネズミを食べてくれるからだって」
「ネズミを食べるのならネコでもいいのでは?」
「ネコは昔は日本にいなかったから」
 
「稲荷の神は伊勢の神宮の外宮(げくう)の神と同じ神とも言われる」
「意外に格が高いんだ!」
 
「商売繁盛の神様でもあるよね」
「デパートとかには必ず屋上とかにお稲荷さん祭ってあるもんね」
「ラーメン屋さんとかも店内にお稲荷さん祭っている所よくあるね」
 
「日本全国のお稲荷さんの数は日本全国の神社の総数を上回っているという説もある」
「ちょっと待て。その話は原理的におかしい」
「多分神社庁に届けられていないお稲荷さんが大量にあるんだよ」
「ああ、そういうことか」
 

「ここの奥の院の一ノ峰・二ノ峰・三ノ峰を回ってくると、すがすがしい気分になるらしいよ」
「どのくらい掛かるの?」
「私たちの足だとたぶん3時間くらい」
「登山かな」
「たくさんのおキツネ様と戯れるのかな」
「次来た時に挑戦してみよう」
 
などと千里は言ったが、そう遠くない時期に本当に戯れることになるとは千里はこの時は思っていなかった。
 

伏見を出た後、男子と女子に別れ、男子はトロッコ列車に乗った後、太秦に行くということであった。女子は西陣織会館で十二単(じゅうにひとえ)の着付け体験をした後、嵯峨野に行く。十二単の着付けは各クラス1名(女子クラスの1組のみ2名)ということで、その場でジャンケンして着る人を決めた。千里たちのクラスでは梨乃が勝って着付けしてもらったが「これすごーい」と凄く嬉しそうにしていた。
 
「かなりたくさん着るね。重くない?」
「あまり重くないよー」
 
女子クラスの1名、バスケ部の夏恋は敢えて男性用の束帯の着付けをしてもらっていたが、身長170cmある夏恋は束帯姿が似合っていた。
 
「夏恋ちゃん、並んで写真撮ろう」
などと言われて、十二単を着た他の子全員と並んで記念写真を撮っていた。 
 
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