【女の子たちの外人対策】(下)

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「登録証を持ってなかったってどういうこと?」
「持ってないというより、提示できなかったのでは?」
「出場資格が元々無かったということですか?」
 
「やはり転校して間もない子だったとか?」
「留年したか何かで年齢を超えていたのか」
 
(インターハイやウィンターカップおよぴその予選は出場回数制限と1つの学年では1度しか出られないという制限のみだが、新人戦には年齢制限もある) 
「実は退学になっていて在籍してなかったとか」
「実は男だったとか」
「まさか!」
 
「いや、でも女子の試合やってて、時々性別を疑いたくなる選手がいると思わない?」
「ほんとほんと、こいつ男じゃねーのかよって」
 
「ごめーん」
と留実子が言うが
「るみちゃんは間違い無く女の子」
 
「私、そう思われたりしないかな」
と千里は言ったが
「千里は逆のケースだったね」
 
「うんうん。去年男子の試合に出ていて、相手チームの選手から《こいつ女じゃん》と思われていた」
「というか実際女なわけだし」
 
「私をホールディングした選手がまともに私のおっぱいつかんじゃって『ぎゃっ』
て声あげたことある」
「うーん。それはむしろ千里が悲鳴をあげるべき」
「でも相手選手にむしろ同情したい」
 

 
それでやっと決勝が始まるが、これがなかなか良い勝負であった。D高校は特に卓越した選手がいるわけではないが、チームワークで攻めて来て、着実に得点していく。一応ガードとフォワードの別はあるようだが、誰もが起点になり誰もがシュートするという感じで、オールラウンドプレイヤーが多いようだ。役割が固定されていないことで対抗するN高校側もディフェンスの混乱がしばしば生じていた。
 
私とぶつかりそうになったセネガルの子が出てくるかなと千里は思ったのだが、なかなか出番が無いようである。結局第3ピリオドまで行っても60対58という完璧なシーソーゲームの様相であった。
 
第4ピリオドも5分過ぎた所で、とうとうセネガルの子がコートに入る。するとN高校側は、ここまでいちばん得点を取っていた巧い選手が彼女に付き、他の4人が菱形のゾーンを組むダイヤモンド1の体勢を取った。
 
「よし」
と思わず暢子が言う。
 
セネガルの子は見た感じ、まだバスケを始めて数ヶ月程度ではないかと思った。ドリブルも下手だし、パスもしばしば取り損なっている。しかしゴール下に飛び込むと、高確率でリバウンドのボールを押さえ、味方にパスする。それでD高校は攻撃での得点獲得率が大幅に上昇した感じであった。要するにリバウンド要員ということのようである。それだけひたすら練習させたのだろう。これで一時D高校が逆転した。
 
しかしそこでN高校は普通のマンツーマンに戻してしまった!
 
そしてN高校は攻撃のやり方を少し変えてくる。自分たちの攻撃の時、今まで結構スリーポイントを狙っていたようなケースでもゴール近くまで行ってからシュートを撃つ形に切り替えたようであった。それで再逆転し、むしろ点差を広げていく。
 
「確実性の高いシュートを使ってますね」
と千里が言ったら、宇田先生が頷く。
 
「外人選手対策のひとつが、実はシュートの精度を高めることなんだよ。ああいう選手が居ると、シュートが外れた場合は、まずリバウンドは向こうに取られると思った方がいい。でもどんなに背の高い選手がゴール下で守っていても、落ち始めたボールを叩けばゴール・テンディングだから、いったん頂点まで上がったボールには手を出せない。手が出せるのは外れてリングより下まで落ちてきた後のボールだ」
 
「つまり正確に放り込めば、長身選手にも手は出せないということですね」
と暢子が言った。
 

試合は結局92対76と結構な差を付けて秋田N高校が勝利して優勝旗を獲得した。 
30分ほどおいて男子の決勝だが、その間に千里はさっきもらった五線紙を取り出し、音符を書き込みはじめた。
 
「何やってんの? 何かの楽譜の整理?」
「ううん。作曲してるー」
「へ? こんな場所で作曲するの?」
「だって男子の決勝が終わるまでに書けって言われて、これ渡されたから」
「誰に?」
「ワンティスの雨宮三森先生」
「雨宮さんが来てたの? 何しに?」
「分かんない」
「ってか千里、雨宮さんの知り合い?」
「蓮菜や鮎奈たちと一緒にやってるバンドの音源製作でお世話になったんだよ」
「ほほぉ」
 
「でもギターとかピアノとか無くてもそういうの書けるもんなの?」
「歌詞があるから書けるよ。歌詞があれば、その歌詞の持つ自然な流れを音の高低に変換すればいいんだよ」
「へー!」
 
「言葉の持つイントネーションを音の高低に変換するの?」
と南野コーチが訊く。
 
「違います。確かにそういう理論はありますけど、私がやってるのはむしろ、この歌詞の持つ波動のようなものを音に直しているんです」
「ふーん。波動かあ。チャクラとかオーラみたいな?」
「似たようなものですね」
 
「でも何か変な歌詞」
と暢子が言う。
「ちょっとHだよね」
とメグミ。
「ってか女子高生にこういう歌詞を渡すのが信じられん」
と南野コーチ。
 
「ええ。でもかなり推敲されてる歌詞ですよ」
「これで!?」
「歌う人によっては売れるかも」
「どんな人が歌ったら?」
「そうだなあ、具体的な人は思いつかないけど性別が曖昧な人」
「ああ。それはあり得るね」
「千里歌手デビューする?」
「バスケ辞められないから歌手にはならない」
「よしよし」
 

千里は男子の試合が始まる前にその楽譜を書き上げ、雨宮さんの所に持って行った。 
「雨宮先生、書き上げました」
「・・・・・」
「どうかしました?」
「私がここに居るってよく分かったね」
「だって会場を見渡せば分かります」
「こんなに広いのに?」
「雨宮先生、オーラが強烈だから」
 
「そうか。あんた占い師だった。でもよくこの短時間で書いたね」
「試合からは目が離せないから、さっきの試合が終わってから、次の試合が始まるまでに書かなきゃと思って頑張りました」
 
「さっきの試合が終わった後で書き始めたの?」
「はい」
 
雨宮さんは無言で譜面を受け取ると読み始める。
 
「凄いね。じゃ20分くらいで書いたの?それにしてはよく出来てる。何かストックでもあった?」
「いえ。先生の歌詞が持つ波動をそのまま曲にさせてもらっただけです」
 
「ふーん。面白いこと言う子だね。でも歌詞に凄くマッチした曲だよ。これは」
「マッチするように付けましたから」
 
「でもここはちょっとこう直そうかな」
と言って雨宮さんは赤ボールペンで修正を加える。
 
「ああ、なるほど。その方がもっとよくマッチします」
「ここはこうした方がいい」
「ああ。確かに」
 
雨宮さんはそうやって5分ほど掛けて楽曲全体に修正を掛けた。
 
「よし。後はアレンジャーにスコア作らせてその後で調整だな。ありがとね」
「いえ」
 
「そうだ。あんたの携帯の番号、持ってなかった。教えて」
「はい」
 
それで千里は自分の携帯番号とメールアドレスをメモして渡す。
 
「念のため鳴らしてみよう」
と言って雨宮さんが空メールを送信すると千里の携帯のバイブが鳴った。 

「OK。じゃ、また何かあったら連絡するよ」
「はい・・・・・」
 
「どうかしたの?」
「いえ。その歌詞は先生がお書きになったんですか?」
「そうだけど」
 
「先生、もしかして去勢なさいました?」
「ふふふ。面白いこと言う子ね」
「済みません。立ち入ったこと訊いて。その歌詞から性別を放棄したかのような波動が感じられたので」
「そうだなあ。私は性別はとっくに捨ててるけど、セックスは捨ててないよ。一度私と寝てみない?」
「遠慮しておきます」
 
「でもまあ取ったのは1個だけね」
「は?」
「右を取ったか左を取ったか分かる?」
「えっと・・・右です」
 

「ほんと、あんたは面白い。そうだ。さっきの女子の決勝戦さ、何で揉めてたか聞こえた?」
「いいえ」
「最初G高校側が『その人、本当に女なんですか?登録証見せてください』と言ったんだよね」
「え?G高校がですか?」
 
「でN高校は大会始まる時に確認してもらっているから今更見せる必要無いと言ってそれで少し揉めてたけど、N高校の監督が疑念があるなら全員分再度審判に提示します。そちらも全員再度提示してくださいと言って、審判もそれを認めたんだよね。それでN高校は全員の登録証を審判に確認してもらって、全員女子であることが確認された」
 
「へー」
 
「それでG高校側も提示しようとしたんだけどさ」
「はい」
「登録証を持ってない子が3人もいたんだわ」
「あぁぁぁ」
「昨日は大会初日で提示しないといけないというので、ちゃんと持ってたらしいんだけど、今日はホテルに忘れてきたみたいなのよね。取りに戻るのは大会の進行上認められないというので辞退」
 
「自爆ですか」
「でも登録証持ってないのが悪い」
「ええ。求められたらいつでも提示できなければなりません。車の運転免許証と同じです」
 

「でも登録証ってどんな奴? 私見たことないわ」
 
「これですよ」
と言って千里はウェストポーチから取り出して見せた。
 
「あれ?あんた、女子チームに入ってるの?」
「そうですけど」
「入れるんだ! でも個人の性別は書いてないのね」
「個人idの先頭の数字が性別です。5が男、6が女」
「・・・あんた6じゃん」
「女ですから」
「女なの?」
「だって女でなきゃ女子チームには入れません」
「性転換したんだ!」
 
「いづれするつもりですけど、まだしてません。協会から私の性別のことで検査を受けてくれと言われて病院に行って検査されたら、お医者さんの診断書を見て、協会が私を女子と認定したんですよね」
 
「ふーん。確かにあんたなら女子でいいかもね」
「そういえば、先生はお仕事でこの大会にいらっしゃったんですか?」
 
「実は今年のインターハイ・バスケットのテーマ曲を書いてくれと頼まれたのよ。それでバスケットの試合を見ながら考えようと思ってさ。ちょうど私がプロデュースしてるバンドのコンサートが昨日秋田であったから居残りして今日はずっと見てた」
 
「ああ、カレーブレッドのライブですね」
「ふーん。好きなの?」
「いいえ」
「それでよくライブの日程が頭に入ってるね」
「秋田駅にポスターがあったので」
 
「観察力あるね! まあこのテーマ曲はLucky Blossomに演奏させるんだけどね」
「ああ、いいですね!」
 

雨宮さんはしばらく考えているようだった。
 
「ね、あんた書かない?」
「はあ? だって雨宮先生が頼まれたんでしょ? 雨宮先生の作品でないとまずいのでは?」
「名前だけ私にすればいいわよ。印税は半分あんたにあげるからさ」
「ゴーストライターですか」
「期限は今月いっぱいなのよ。それにバスケットボールなんてルールもあやふやな私が書くより、バスケットの現役選手のあんたが書いた方がいい曲になると思うんだ」
 
千里はそれは確かにそうかも知れないと思った。自分だって突然ラクロスの曲を書けなどと言われても何を書いたらいいのか分からない。
 
「いいですよ。書きます」
「代わりにあんた自身のクレジットでもう1曲次のLucky Blossomのアルバムに入れてあげるから」
 
「つまり2曲書くんですね」
「そういうこと。出来る?」
「書きます。どちらも歌詞無しですよね?」
「うん」
「今月中に送ればいいですか?」
「最悪月末でも間に合うけど、2月26日月曜日までに送ってくれると助かる。手書きだと入力するのに手間が掛かるからMIDIにしてデータでメールしてくれない?」
「済みません。パソコンを持ってないので」
 
「MIDIは触ったことある?」
「中学の時にパソコン部で何度か既存曲の入力をして五線譜をプリントしたことあります。XG worksってソフト使いましたが」
 
「ああ。だったら大丈夫だな。そのXG worksの後継ソフトのCubaseってのをインストールしたノートパソコンをキーボード付きであんたんちに送るよ。それで入力して。メールアカウントも適当なの取って設定しておくから」
「分かりました。お願いします」
 
それで千里は自分の下宿の住所を書いて雨宮さんに渡した。
 

男子の決勝が始まる。
 
R工業の方は全員日本人に見えるが、対戦相手は長身の外人選手が2人入っている。1人は黒人なのでセネガルだろうか。もうひとりは日本人の風貌ではないがアジア系のよう。R工業の選手だってほとんどが180cm以上。190cm台という感じの人も4人ほどいる。それでも相手チームの外人選手2人は凄く高く見えるから軽く2mを越えているだろう。
 
挨拶してスターティングメンバーだけがコートに残りティップオフしようとするが。。。。
 
審判が何か言ってる。
 
「外人さんが2人コートに入ってますね」
「うん。1人しか同時には入れないはず」
 
と千里たちは言っていたのだが、監督さんも出て審判と話して、結局そのままティップオフとなる。
 
「なんで〜!?」
「日本人扱いの外人選手なのかも」
「そんなのあるの?」
「日本で生まれ育って、日本の小学校・中学校を出ている選手は、日本国籍でなくても日本人扱い」
「う・・・・」
「確かにそれは認めていい気がする」
 

長身選手が2人いるので、R工業はトライアングル2を使うかと思ったのだが、ボックス1で行く。
 
「なんで〜?」
とメグミが声をあげたが、暢子は
「見てれば分かる」
と言った。千里も多分そうだと思った。
 
4人でゾーンを作り、残りの1人がマーカーになるが、アジア系の子の方に付いている。つまりセネガルの子は無視だ。
 
向こうのガードが攻めあがってきて、その長身のセネガルの子にパスする。ところがその近くにいたディフェンダーが瞬発、飛び出してボールをカットする。そして続けて走り出した隣の味方にパス。その子が速攻で攻めあがる。 
相手選手が自分たちのコートに戻る前にそのままゴール下まで走り込み、シュート。2点R工業の先制で始まった。
 

その後もR工業はボールがセネガルの子に渡り掛けると、あるいは渡った後、たくみにボールを奪って反攻するのを繰り返す。一方でアジア系の子の方はマーカーがしっかり付いていて、そちらへもパスは通らない感じであった。第1ピリオド半分まで行った所で既に20対6と大差になる。
 
「ああ、完璧にあそこが穴になってる」
とメグミ。
 
「彼、準決勝ではむしろ大活躍だったよ。ひとりで18点取ってる」
とそちらの試合を見ていた宮越さんが言う。
 
「でもR工業の選手は役者が違うんだな」
「バスケの経験の差が響いてますね」
「経験というより技術の差だね」
 
たまらずベンチはその子を下げて他の子を入れる。それで最初の5分ほどのひどいことにはならなくなったが、両者の実力差は明かであった。そして点差は開くがR工業はゾーン・ディフェンスをやめない。アジア系の子をフリーにすれば痛い目に遭うと判断しているのだろう。
 
「たぷん前の試合を偵察要員にチェックさせてマーカー付けるのはこちらの子だけで良いと判断していたんだよ」
「偵察か・・・」
 
「上位の試合は情報戦だよ。うちだって今年こそインターハイ行くという前提で全国各地でOGが有力校のデータを集めてくれている」
 
「私も秋田N高校女子のデータは集めてるよ。たくさん撮影しているよ」
と宮越さんが言う。
 
「ありがとうございます」
「お疲れ様です」
 
「でもそれ、うちもやられてますよね」
「うん。千里は徹底的にマークされるだろうね」
 
「千里は道大会までは全開にさせない方がいいですか?」
と穂礼が訊くが
 
「いえ。私は全力で行きたいです」
と千里は言う。
 
そして宇田先生は
「そう。それでいい。偵察されたくらいで封じられるのは本当の実力じゃないのさ。マイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンを研究しただけで封じることができると思う?」
と言う。
 
久井奈も暢子も頷いていた。そして千里は思っていた。多分花園亜津子も沢山の学校の関係者に偵察されているだろう。しかし彼女はどんなに偵察されても全然平気だろうと。
 

決勝はR工業の大勝であった。それを最後まで見てから千里たちは秋田市立体育館を後にした。15:28の奥羽本線普通列車に乗り、弘前から特急つがるに乗って青森まで行き、スーパー白鳥で海峡を渡る。
 
なぜわざわざ弘前−青森間という短い区間を特急に乗るかというと、こうすることで、スーパー白鳥の特急料金が半額になるからである! 乗り継ぎ割引は新幹線と在来線特急の乗り継ぎが有名だが、奥羽本線または函館本線の特急と津軽海峡線特急の乗り継ぎにも割引制度がある。この場合、秋田−函館間の料金が7980円から7640円に、340円も安くなる。
 
函館からはまた貸し切りバスで旭川に戻る。帰り着いたのは朝4時であった。 
「今日は学校あるからな。遅刻すんなよ」
と言って解散した。
 
帰宅したいという子たちは学校から宇田先生のポケットマネー(実際は教頭先生と折半と言っていた)でタクシーに乗せて自宅に送り届けた。特に中学生3人はそれぞれ、南野コーチ・白石コーチ・宇田先生本人が付き添って自宅まで送り届けたようである。
 
「このまま学校で寝てます」
などという子たちは学校の宿泊施設を開けてもらい、そこで寝る。千里もそこで寝せてもらうことにして、半分無意識状態で部屋に入り、ひたすら寝た。 

「おーい、起きて起きて」
という声で目を覚ます。枕元の携帯を見ると6時だ!
 
「もう少し寝せてください」
などという声もあがるが
 
「朝練するぞ」
という久井奈さんの声。
 
「ひぇー」
「2日間見てるだけで身体動かさなくて辛かったろ?」
 
部屋に入った時は何も考えていなかったが、よく見るとひとつの部屋に8人、毛布をかぶってごろ寝状態である。何か身体が重たいと思ったら、暢子が千里の上に乗っかかるようにして寝ている。寝相の悪い子だ!
 
結局軽く準備体操した上で4人対4人で試合形式の練習をした。暢子と千里は敵味方に分かれてマッチアップする。暢子が攻撃の時は千里がマーカーになり、千里が攻撃の時は暢子がマーカーになる。各々残りの3人でトライアングル型のゾーンを作って守る。
 
ビデオをたくさん見た上で生の試合も見ているのでお互いどう動いて守備をすればいいのかは結構見当が付いた。ただ思った通りに身体が動くかというと必ずしもそうでない。千里はほんとに練習量が必要だと思った。動きを迷ったところはプレイを停めて全員で話し合って検討した。
 
千里・暢子が下がっている時のマーカーになるはずの、透子・寿絵にもマッチアップをやらせる。練習は30分ほどで終えたが、各自今回の遠征で見たことを実際に身体を動かして復習したような感じになった。
 

宿泊施設のシャワールームで汗を流してから着替える。みんな着替えの予備はいつもの習慣で持って来ているものの、制服を持って来ていない子が多い。「体操服のままでもいいよね?」
「問題無いはず」
 
千里もそのまま体操服で教室に入った。
 
疲れが残っているのでさすがに午前中の授業は辛かったが何とか持ちこたえた。4時間目が終わると
「私、寝る!」
と宣言してひたすら寝る。
 
「そろそろ昼休み終わるよ」
と鮎奈に揺り起こされて起きた。
 
それで誘われて一緒にトイレに行く。列に並ぶ。
 
「でも今日は千里普通に女の子だね」
「そうかな?」
「胸あるし」
「ああ。この週末は身体動かさないしと思って金曜日におっぱい貼り付けておいた」
「髪も長いし」
「え? あれ? あ、しまった。ウィッグ外すの忘れた」
「いや、その髪のままでよいはず」
 
「その髪が校則通りでふだんの丸刈りが校則違反だよね」
とひとつ前に並んでいる梨乃も言う。
 
「おちんちんも無いんでしょ?」
「あ、金曜日に家に置いたまま出ちゃったかな」
「なるほどねー」
 
「でも千里って、髪の毛もおっぱいも、おちんちんも着脱可能なんだ?」
と後ろに並んだ花野子が言う。
 
「おちんちん無いのが校則通りで付いてるのは校則違反だよね」
と梨乃。
 
「それって校則なの!?」
「知らなかった?おちんちん検査して付いてたら先生に没収されるんだよ」
「何それ?」
 
「だって勉強に不要なもの持ってくるのは校則違反」
「確かにおちんちんは勉強には不要かも」
「授業中にこっそりいじってる男の子いるよね?」
「ああ、いるいる」
「こないだ**君、出していじってたよ」
「なんて大胆な」
 
「あれは没収すべきだよね」
「ああ。そこまでしてるのは没取してもいい気がする」
「で、親が呼び出されて親に返却されるのね」
「で、成績あがるまで返してもらえなかったりして」
「その間は立っておしっこできないのね」
 
「でも立っておしっこするのって便利そうな気もするね」
「るみちゃんみたいなこと言ってる」
「千里、座ってするようになってから面倒くさいと思ったことない?」
「うーん。ボクは立ってしたことないから分からないや」
 
「なるほどねー」
 

その日はみんなさすがに疲れているでしょうということで18時で部活は終了する。それで千里がほんとに疲れ果てて帰宅すると、叔母から
 
「荷物届いてるよ」
と言われる。見ると雨宮さんからである。
 
「もう届いたんだ!早い!!」
 
きっと誰かお弟子さんか助手さんかに電話してパソコンを調整させ、昨日の内に発送させたのだろう。
 
箱を開けてみる。
 
「わぁ、大きなキーボード!」
と叔母が声をあげる。
 
キーボード付きでと言われたのを千里はてっきりパソコンのキーボードのように思っていたのだが、そうか楽器のキーボードだったのか。しかし送られてきたのは88鍵の大型キーボードである。こちらの方がむしろパソコンより高額なのではないかという気がした。
 
「あんたそれ机に置ける?」
「台が何か必要かも!」
 

 
翌週は新人戦北海道大会であった。会場は帯広市で金曜日からなのでバスケ部は男女とも公休にしてもらって早朝から学校のバス(運転手さん付き)で出かける。N高校の部活のルールで高体連の正規の大会だと学校のバスが無料で利用できるのである。
 
千里たちN高校女子は2位で旭川地区大会を通過している。それでいきなり強豪の釧路Z高校と当たった。昨年インターハイ予選では決勝リーグで大阪行きの切符を争った相手である。しかしこの日の千里たちは何か妙な心理的余裕があった。
 
ゾーンの練習をしてみようというのでダイヤモンド1を試してみる。1・3ピリオドでは暢子が、2・4ピリオドでは千里がマーカーになって相手の点取り屋さんのフォワードをマークし、残りの4人でゾーンを敷いた。
 
一方攻撃ではこの試合で千里は敢えて1本もスリーを撃たなかった。全部近くまで寄ってから撃ったが、何度も敵ディフェンスに邪魔されてもそのブロックをかいくぐったりタイミングを外したりして撃って、高確率でゴールに放り込み、ひとりで40点(20ゴール)も取った。宇田先生が言っていた「リバウンドに強い選手が居ても高確率でゴールに放りこめば邪魔できない」というのを実践してみたのである。千里が苦手なペネトレイト(敵陣への侵入)の練習も兼ねていた。暢子も気合いが入っていてひとりで50点取った。この2人でほとんどの得点を稼いで120対38という大差で勝って2回戦に進出する。
 
「試合後Z高校の選手がみんな顔こわばってた」
「キャプテン以外、握手もしなかったね」
「あれは猛特訓やってインターハイ予選に出てくるな」
「きっと地獄の合宿が待ってる」
「怖い相手を覚醒させた?」
「それで結構。強い所とやった方がこちらも鍛えられる」
 
「ゾーンの守りも結構うまく動いてたよ」
「マンツーマンへの切り替えでも混乱は無かったね」
 

翌日土曜日、最初は士別の高校と当たった。同じ上川支庁なのでこれまでも何度も対戦したことがあるが、予選では旭川地区は上川支庁と別に行われたのでここで当たることになった。
 
ここのチームは割と全員がオールラウンド・プレイヤーに近いスタイルである。卓越した選手が居ない代わりに、誰が起点になり誰がシュートするか読めないので、その分の怖さがある。そこでこの試合では5人が2−3型のゾーンを敷いてみた。前方に千里と久井奈、後方に左から暢子・留実子・穂礼である。近くまで攻め込んできてシュートするタイプのチームにはこの陣形が守りやすいのである。
 
攻め込みにくいとみると後半は向こうはかなりスリーを撃ってきたが、そうそう入るものではない。そして外れた球を確実に留実子と暢子で確保して前方に居る千里・久井奈にパスして速攻を掛けるので、かえって点差が開く感じだった。 
結局130対45の大差で勝ち午後の準々決勝に進出する。
 
「千里、ドリブルしながら走る時のスピードがかなり上がってるよね」
「練習中もちょっと時間空いたらドリブル練習してるから」
「やってる、やってる。でも単にドリブルしてるだけでしょ?走るのとはまた違う気がするのに」
 
「ドリブルだけの練習でも、それでドリブルで走るスピードが上がるのさ」
と久井奈がスポーツドリンクを飲みながら言った。
 
なお、男子は昨日の1回戦は勝ったものの、この日午前中の2回戦で室蘭V高校に負け、2日目で旭川に帰ることとなった。V高校は昨年のインターハイ予選では1位で本戦に行ったもののウィンターカップ予選では千里を擁するN高校に敗れていた。今回向こうとしては雪辱を果たした形だが、こちらも北岡君が夏の雪辱を誓っていた。
 

女子の準々決勝は函館F高校。ここも昨年のインターハイ予選決勝リーグで当たった所だ。やはり道大会はどんどん強豪と当たる。
 
ここはこれまでのN高校の試合を分析していたのだろう。千里と暢子の2人に専任マークが付いて残りをゾーンで守るトライアングル2の守備体制を敷いた。 
しかしこちらもそうだが、向こうもゾーンディフェンスはまだテスト運用という雰囲気である。しかもトライアングルは人数が少ない分大変だ。結構マークの受け渡しがうまく行かない感じだ。それで久井奈さん自身がゾーンの隙間から飛び込んでシュートしたり、相手がいちばん警戒してないっぽい穂礼さんが侵入していくパターンなどを使って攻撃していく。最初の内はむしろ千里の方がPG役をしていた。
 
すると相手のマーカーに少し迷いが生じた感じで、マークが中途半端になる。するとすかさず暢子にしても千里にしても積極的に攻撃に参加する。相手得点後留実子がスローインで千里にボールを渡し、千里がそのままドリブルで攻めていく。そしてスリーポイントラインの手前で立ち止まって、そこからいきなりスリーを奪う。相手としてはこちらが近づいて行った所でディフェンス体勢を作るつもりがその前に点を取られてしまった感じだった。
 
暢子にしてもパス回しで留実子あるいは千里にパスするかのように見せて、自分で飛び込んで得点する。一時的に甘くなっていたマーカーがまた2人に貼り付く。しかし千里にしても暢子にしても、マーカーを振り切るのはうまい。正確には暢子は振り切るし、千里はマーカーの目の前から消える。
 
こちらのゾーンディフェンスも結構混乱して隙は突かれたのだが、向こうの混乱に乗じてこちらが得点した方が多く、82対67で勝利した。
 

ここまでの結果。貴司たちのS高校男子は勝ち上がって明日の準決勝に駒を進めている。田代君たちの札幌B高校は午後の準々決勝で敗退した。橘花たちのM高校女子も準々決勝敗退であった。なお、久子や数子たちのS高校女子は昨日の1回戦で負けてしまっている。
 
準々決勝が終わった土曜日の夕方。旅館で夕食を取った後、少し休んでいたら千里の携帯に着信がある。見ると蓮菜である。
 
「おはよう、蓮菜」
と言って電話を取る。
 
「グーテン・モルゲン。あ、それでさ」
と《おはよう》についてはスルーする。さすが蓮菜である。
 
「Dawn River KittensのCD/DL売上の1月分というか、発売された12月26日から1月31日までの売上報告が来たんだけどね」
「ああ」
 
千里や蓮菜たち13人の女子が参加して制作した Dawn River Kittens の音源は雨宮先生が口利きした効果で制作してわずか3日後の12月26日にはダウンロード可能になり、1月1日以降、全国のtabiya拠点店舗でCDも発売されている。 
「どのくらい売れたと思う?」
「そうだなあ。20-30枚売れた?」
と千里は訊いた。
 
しかし蓮菜は
「桁が違うよ」
と言う。
「え?まさか100枚売れた?」
「ノー」
「えっと、逆だった? 5-6枚?」
 
冷静に考えると、女子高生が集まってワイワイやって作ったCDが10枚も売れる訳ない気もする。
 
「1356枚」
と蓮菜は答えた。
 
「は?」
「耳を疑うよね」
「うっそー!」
 
「どうもね。全国各地のコミュニティFMのナビゲーターさんが気に入って年末の番組で掛けてくれたらしいんだよね。それで年明けからかなり売れたみたい。その後、どうも口コミでも広がっているっぽい」
 
「えーー!? でもそのナビゲーターさんたちはどうやってこんなのを知ったんだろう」
「それがね。横浜レコードと取引のある★★レコードの営業さんがサンプルを大量にコミュニティFMに送ったらしいのよ」
「なんで?」
「どうも偉い先生の口利きだったみたいでさ」
 
千里はふと雨宮さんが、千里たちを緊急に東京に呼んだ時「売れるようにしてあげる」と言っていたことを思い出した。そんなことを言って強引に音源の修正をさせたので、そういった手前、売れないと困ると思って口利きしてくれたのかも知れないという気がした。雨宮さんは言葉はいい加減だが、辻褄は合わせてくれる人だ。
 
「1356枚のCDとダウンロードの内訳を聞いてないんだけど、CDは1000円のうち45%を制作側がもらうし、ダウンロードストアは700円の7割を制作側がもらうから平均して470円。これを私たちと∞∞プロで山分けする約束だから、1枚売れる度に235円。雅文まで入れて14人で山分けして1人16.78円。1356枚で22,760円」
 
「うっそー! そんなにもらえるんだ!?」
「驚きだよね〜。横浜レコードさんからはぜひぜひ次の制作もしてくれって言ってきてるよ」
「あははは」
 
「それで∞∞プロにも電話して谷津さんと話したんだけど、こちらがあくまで趣味の範囲で制作しているという事情は理解してくれていて、ゴールデンウィークか夏休みにでも時間が取れたら制作してと。制作の時にスタッフが必要なら派遣するし販促などもしてくれるらしい」
 
「すごーい」
 

新人大会最終日。午前中準決勝の相手は昨日午後の試合で旭川M高校を破って勝ち上がってきた、室蘭のM学院である。ここはインターハイやウィンターカップに行った実績こそ無いものの、全道大会ではいつも上位に入っている強豪である。男女とも強いが、特に女子の方が強い。
 
ここもしっかりN高校のここまでの試合をチェックしていたようであった。基本はマンツーマンなのだが、千里と暢子にはいちばん強そうな人が付いた。 
しかし暢子は少々の相手にマークされても、ものともしない。巧みなフェイントで相手を翻弄し、また自分の身体を盾に使って中に押し入って行き、シュートを撃つ。千里も相手の一瞬の意識の隙を突いて相手の目の前から消えてしまう。え?え?という感じで相手が千里の姿を探した時にはもう久井奈からのパスを受けて撃つ体勢である。久井奈は暢子・千里・留実子には、パスする時、受け手を見たりしないので、久井奈の視線からN高選手を探すことはできない。 
それで第1ピリオドで既に30対14とダブルスコアになる。少し点差に余裕があるので、第2ピリオドは千里と暢子を休ませ、透子と寿絵を先発させて強豪相手のゾーンを体験させる。第2ピリオド後半は、更に睦子と夏恋を出して、実戦経験を積ませる。また第3ピリオドは、千里と暢子は戻ったものの、今度は久井奈の代わりにメグミ、穂礼の代わりにみどり、留実子の代わりに麻樹を代わる代わる入れてゾーンに参加させる。
 
麻樹は現在のN高女子バスケ部の中で最も背が高い180cmで、こないだの秋田遠征にも連れて行きたかったのだが、成績がやばかったので、留年しないように!先週は勉強に専念させたのである。今回の帯広遠征でも空き時間はバスケの練習しなくてもいいから問題集を解いてなさいと言われている。
 
第3ピリオドまで終わって68対50。第4ピリオドはまたベストメンバーで出ていく。大量リードを挽回しようと、向こうはいきなりゾーンプレスを掛けて来た。イチかバチかという戦法である。しかしN高校は冷静である。確実に通る形でパスをつなぎ攻めあがる。むしろゾーンプレスを掛けた後遺症で守備体形が整う前に、久井奈さんが速効でゴール下まで行って得点する。あるいは途中で千里にパスしてスリーを撃つ。
 
M学院もこの相手にはゾーンプレスは逆効果と考えて普通の守備体制に戻すがN高校側が着実に点を重ね、最後は102対66で勝利した。
 

女子の試合の後で男子の準決勝2試合が行われる。千里がじっと試合を見ていたら
 
「千里ちゃんの視線が怖い」
と夏恋に言われる。
 
千里が思わず表情をほころばせるが、暢子が
「彼氏が出てるからね」
と言う。
 
「S高の7番付けてる人ですよね?」
と寿絵が確認する。
 
「あそこに出て行って対戦したい気分」
と千里はひとこと言った。
 
「まあ千里は女の子になっちゃったんだから仕方無い」
「それは分かってて性転換手術受けたんでしょ?」
 
「でも今度対戦してたらきっとまたキスかセックスしてふたりとも除名処分だったな」
と暢子。
 
「うん。そうかもって話してた」
と千里。
 
「誰と?」
「彼とに決まってるじゃん」
 
「そうだ。彼にも性転換手術受けてもらったらまた対戦できるよ」
「うふふ」
 

「でもふと今思ったけど、他の学校の試合見ている時にしても、試合中の休憩時間でも、いつも千里ちゃん、この辺にいたよね」
と睦子。
 
「ああ。そうそう。千里は休憩時間になると後ろで見ている女子の所まで来て休んでいたんだよ」
と留実子が言う。
 
「いや。何か男の子たち私が居ると話がしづらいみたいだったし。本当はベンチを離れてはいけないんだけど」
「そりゃ、男の子たちの間に女の子がひとり居たら、下ネタも言えないし」
「女の子たちの間に男の子がひとり居ても変なこと言えないのと同じ」
 
「やはり千里が男子の試合に出てたのがホントに間違ってたんだな」
と暢子は結論づけた。
 
試合は貴司たちのS高校と、札幌Y高校が勝って決勝に進出した。Y高校は秋にウィンターカップ代表を千里たちN高校と争ったチームである。
 

 
そして女子の決勝戦の相手は北海道の高校女子では最強のチーム、札幌のP高校であった。特にインターハイでは昨年まで17年連続出場を果たしていて、北海道女子の指定席とまで言われている。インターハイBEST4の経験もある。秋のウィンターカップ予選決勝でもN高校を下して代表の座を獲得したチームだ。あの時は結構な差を付けられた。
 
しかし向こうは主力であった3年生が抜けている。そしてこちらはあの時既に3年生が居なかったのでほとんど陣容が変わらないまま千里が加入している。 
「戦力差は縮まっているかあるいは逆転してない?」
「勝てるかな」
「いや、3年生が抜けたといっても、その後の子たちも強いよ」
「うん。全くあなどれない相手」
 
序盤から激しい戦いになる。昨年のインターハイ・ウィンターカップ予選を見ていても物凄く強いチームだと思っていたが、千里は現実にコートに入って対戦してみて、《全国区》の強さを感じた。他のチームとは格が違う! 3年生が抜けたって全く戦力は落ちていないし、むしろ上がっているのではとさえ思った。 
そしてその強いチームが、やはり昨年秋に結構良い試合をした相手というので全開で掛かってくる。女王が全力で来ているので、最初の3分くらいは千里は目の前の火の粉を払うのに必死という感じで、頭が空白になっていた。 
それでも千里は第1ピリオド前半3本のスリーを撃ち1本を成功させた。成功させたことで少しだけ心に余裕が生まれる。最初の内、なかなか通らなかった久井奈・暢子・千里の間のパスもちゃんと通るようになる。それで最初はいきなり10対0と突き放されたものの、挽回して第1ピリオド終了時には22対16まで詰め寄った。16点の内8点は千里(スリー2本とフリースロー2本)、6点が暢子、2点が久井奈である。
 
「凄い相手ですね」
と初めてこのチームをベンチで見た敦子が言う。
 
「うん。客席で見てるのとは別物だと思った」
と千里が言った。
 
「あっちゃん少し出てみる?」
「私が出たら完璧に穴になっちゃいますよ!」
 
「千里が第1ピリオドで8点取ったので向こうは強烈にマークしてくるよ」
と久井奈さん。
 
「望む所です」
 

第2ピリオド。千里には向こうの佐藤さんという人がマークに付く。1年生のようだが、物凄く巧い。182-3cmあるかと思う長身の選手でジャンプ力もあるので、普通に撃っても叩き落とされてしまう。普通の相手になら通じる、近寄るように見せて遠ざかるなどというフェイントも全く通用しない。それでも千里は相手の呼吸を読んで、タイミングを外して撃つ。しかし半分は叩き落とされる。少々タイミングがずれても強引にジャンプしてブロックするのである。 
「ペネトレイトを入れて、相手にこちらには選択肢があることを見せる?」
と途中のタイムアウトの時に穂礼さんから言われるが
 
「いや、そんなのが通じる相手じゃないです。むしろシュートだけで勝てないと、全国では全く歯が立たない」
と千里は答える。
 
「よし、今日は村山はとにかくボールをもらったら必ず撃て」
と宇田先生。
「はい、それで行きます」
 
久井奈さんからのパスが来る。P高校の佐藤さんとのマッチアップ。お互いに凄まじい気魄と気魄のぶつかり合いである。近くに暢子が走ってくる。そちらを一瞬見る。パスカットを狙って佐藤さんが踏み込んでくる。その動き始めた瞬間に千里は横を向いたまま身体をバネにしてスリーを撃つ。ボールが手から離れる瞬間だけ首を戻してゴールを見る。
 
佐藤さんが「やられた!」という顔をした。横を向いていたって千里のスリーはフォームさえ間違っていなければきれいに入る。
 
むろんこういうフェイントが何度も通用するとは千里も思っていない。しかしあの手この手を駆使して、そして何度かはまんまと佐藤さんの一瞬の隙をついて彼女の目の前から消えてスリーを撃ち、千里は第2ピリオドで12点をもぎ取った。第2ピリオドを終わって42対38と少しだけ詰め寄る。
 

「ふと思ったけど、佐藤さん、千里を誰かの仮想敵の代わりに見立ててプレイしている気がする」
と暢子が言った。
 
「愛知J学園の花園亜津子かもね」
と千里が微笑んで答えると、彼女の元同輩のみどりが
「あ・・・そうかも」
と言った。
 
「私たちはP高校に対して必死だけど、向こうはインターハイ優勝が目標なんだよ」
と千里が言うと、暢子も久井奈も引き締まった顔になる。
 
「確かに私たちより格上かも知れないけど、そう簡単にはいかないことを見せつけてやろうじゃん」
と暢子は闘争心を新たにしていた。
 

第3ピリオドも激しい攻防が続くが、千里と暢子はどんどん得点する。向こうもセンター佐藤さん、ポイントガード竹内さん、シューティングガード尾山さんといった所がどんどん点数を奪っていく。佐藤さんは背が高いのでセンターのポジションに入っているが、性格的にはむしろスモールフォワード的でかなり器用な選手のようである。スリーも1回決めている。
 
第3ピリオドが終わった所で66対64で2点差の勝負になっていた。
 
どちらも全力勝負なので、あまり交代要員を使っていない。P高校は何度か司令塔の竹内さんを休ませたものの、佐藤さんと尾山さんはずっと出ている。N高校も何度か穂礼さんと留実子を少し休ませて、みどりさんと麻樹さんが少し出たものの、久井奈さん・千里・暢子はずっと出ている。
 
「でも久井奈ちゃんのファウルが4つだね」
と南野コーチが心配そうに言う。
 
「平気です。もし退場になったらメグミよろしく」
「はい。その時は私が久井奈さん以上に活躍しますから、思う存分プレイしてください」
とメグミも答える。彼女も出番は無いものの気合いが入りまくりである。 
「留実子ちゃんもファウル4つ」
「別にそれで消極的にはなりません。後は麻樹さんよろしく」
「あ、うん」
と麻樹さんはいつもの調子だ。
 
「よし。最後の勝負だ」
と気合いを入れて最後のピリオドに出て行く。
 

第4ピリオドの始まりでP高校側が猛攻を見せ一時は8点差まで行くものの、その後N高校側も必死の反撃をして5分経った所で78対76と2点差まで戻す。ここで巧みに佐藤さんのマークから消えた千里が、暢子からのパスを受けてスリーを撃ち、78対79と、この試合で初めてN高校がリードを奪った。 
向こうが速攻で攻めてくる。ドリブルでボールを運んで来た竹内さんがそのまま中に飛び込んで来たが撃つかに見せて後ろに居る尾山さんに、全くそちらを見ずにパス。千里がチェックに行ったが間に合わず。尾山さんがスリーを決めて81対79と再度逆転。
 
N高校の攻撃、暢子が中に飛び込んで行ってシュートするが外れ、リバウンドを佐藤さんが押さえる。彼女がそのままドリブルで走って行く。速攻!そしてそのままゴール下まで走り込んでダンク。これで83対79。
 
こちらも速攻で攻めあがる。久井奈さんからのパスを千里が受けて、佐藤さんとのマッチアップ。ここでこの試合で初めて千里はドリブルで中に攻めて行く。佐藤さんに背中を向けながら中に侵入。相手の10番・宮野さんが妨害に来る。完璧に阻まれて普通なら撃てない体勢。
 
しかしここで千里は絶妙のフェイントを入れてきれいに相手のタイミングを外し、シュートを撃つ! 入って83対81。また2点差。
 
竹内さんがドリブルで攻めあがって来る。佐藤さんに暢子がピッタリとマークで付いているのを見て、千里がマークで付いている5番の片山さんにパス。ところが千里がうまく間に入ってパスカット。即久井奈さんにパスする。
 
久井奈さんが攻めあがる。そのままゴール下まで行ってシュートするが外れる!しかしリバウンドを留実子が取り、そのままシュート。しかし外れる!そのリバウンドをP高校の佐藤さんが取る。そして竹内さんにパスするも、これを暢子がカットする。そしてスリーポイントエリアの外側に居た千里にバックパス。即撃って3点!逆転!! 83対84。
 
残りは1分ちょっとである。P高校が速攻で攻めて来る。佐藤さんが強引に中に侵入し留実子をほとんど身体で押しのけるようにしてダンクを叩き込む。また逆転。85対84。
 
N高校が攻めあがる。向こうはかなり早い時期からこちらにチェックに来る。久井奈さんが先行している暢子と千里を見た。
 
がその一瞬の隙を付いて竹内さんがスティール。そのまま攻めて来る。そしてシュートを撃つのを留実子が停める。
 
がここでファウルを取られた。
 
留実子は5ファウルで退場になる。麻樹さんが代わりに入る。
 
竹内さんのフリースロー。
 
1本目はきれいに決める。そして2本目は外れたものの、佐藤さんが飛び込んでリバウンドを押さえてそのままダンク。これで88対84。
 
残りは30秒。久井奈さんが速攻で攻めて行く。千里には佐藤さんがマークで付いている。が、一瞬の隙を突いて巧みに佐藤さんの視界から消える。「あっ」と声を出して、千里の行方を捜した時にはもう千里はボールをもらっている。チェックしに行く間もなく撃つ。入って88対87。1点差!
 
残り12秒。時間稼ぎをしても勝てるかも知れないが女王はそんなことはしない。速攻で攻めて来る。尾山さんがスリーを撃つ。
 
が外れる。しかしリバウンドを佐藤さんが取って再度シュート。それを久井奈さんが停めようとしたがファウルを取られた。
 
久井奈さんが天を仰ぐ。5ファウルで退場。メグミと交代になる。
 
佐藤さんのフリースローである。残り時間はもう1.2秒しかない。もう勝敗は決してしまった感もあるが、両軍とも気合いが入っている。
 
1本目外れる。
 
そして2本目は入った。89対87。
 
暢子がスローインするためエンドラインに立つ。千里は《気配を消して》全力で走る。それに佐藤さんが気付くが千里はもうフロントコートまで走り込んでいる。佐藤さんの声でいちばん近くに居たP高校の尾山さんがチェックに来る。 
暢子の矢のようなロングパスが飛んでくる。ボールが千里のそばに到達する直前に振り向いてキャッチする。
 
千里がボールをキャッチするのと同時に時計が動き出す。
 
ここはスリーポイントラインにはまだ遠い。しかしもう時間が無い。千里はそのまま撃った。
 
撃つのとほぼ同時くらいに試合終了のブザーが鳴った。千里は自分でも時間内に撃てたかどうか確信が持てなかった。
 
そして千里の撃ったボールはバックボードに当たり・・・・
 
そのまま下に落ちてしまった。
 
今度は千里が天を仰ぐ場面であった。
 

両軍整列する。
 
「89対87でP高校の勝ち」
 
両者笑顔で握手をする。あちこちでハグする姿もある。千里は佐藤さん・尾山さんとハグした。暢子も佐藤さん・片山さんとハグしていた。
 
「最後のシュートごめーん」
と千里がみんなに謝るが
 
「いや、40分フルに走り回った後だもん。精度が落ちても仕方無いよ」
と穂礼さん。
「あの距離ではさすがの千里も無理だったと思う」
とみどりさん。
 
「撃つタイミングも微妙だったし。私は時計がゼロになったのがボールが千里の手から離れるのより一瞬早かったような気がしたよ」
と透子さんが言う。
 
「ああ、やはり間に合ってませんでした? 自分でも確信持てなかった」
と千里。
 
「でも40分というより、今日の試合は120分くらいに感じた」
と久井奈さん。
 
「千里、120分走り回れるように体力付けろ」
と暢子が言う。
 
「うん。頑張る」
と千里は答えた。
 

試合が終わって帰ろうとしていた時、ロビーでP高校の佐藤さんから声を掛けられた。
 
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。あの、ひとつ尋ねてもいいですか?」
「何でしょう?」
 
「村山さんって、去年N高校の男子チームに居た村山さんとは別人ですよね?」
「あ、私ですよ」
 
「えーー!? どうしたんですか?」
と佐藤さんは驚いたような声。
 
「ああ。この子、自分は男ですとか主張して頭も丸刈りにして無理矢理男子チームに入ってたんですよ」
と近くに居た暢子が言う。
 
「だけど協会から性別を疑問視されて、病院で精密検査を受けさせられたら、やはり女子だというので女子チームから出ることになったんです」
と暢子は続ける。
 
「いや、精密検査も何も女子にしか見えませんよね」
「ですよねー」
「私なんか随分男じゃないかって疑われたけど」
と佐藤さん。
 
「あ、私も男ではって疑われて精密検査受けさせられました」
と近くに居た留実子。
 
「ああ、そちらも? 私も中3の時、精密検査受けさせられましたよ」
と佐藤さん。
 
「いや、去年インターハイやウィンターカップの予選で男子の方にどう見ても女の子にしか見えない子が入って、しかもシューターとして活躍してるってんで、なんで男子チームに入ってるんだろうね?とか言ってたんですよねー。それで今回の新人戦でその丸刈り女子のシューターさんがN高校男子には出てなくて、今度はN高女子に秋の大会までは見なかった凄いシューターがいて、名前を確認すると同じ村山千里でしょ。それで意見が別れてたんですよね。性転換説・同姓同名説・襲名説・双子説・従兄妹説などなど」
 
「まあ性転換手術なんてしたら療養で半年くらいは稼働できないだろうから、性転換は有り得ないでしょうね」
と千里は言う。
 
「ですよねー。そもそも性転換しても女子の身体付きになるまでには2年くらい掛かるとかいう話ですしね」
「ああ、そうでしょうね。男性ホルモンの影響が消えるのにそのくらい掛かるでしょうからね。確か女性的な身体付きになるまでは出場出来ないはずですよ」
 
と千里は平然と答えるが、暢子は少し呆れているような顔。
 
「この子は中学3年間もちゃんと女子バスケット部に在籍してましたから」
と留実子。
 
「やはりね〜」
「千里とは合宿で何度も一緒にお風呂入ってますから、女子であるのは間違いないですよ」
と留実子は更に付け加える。
 
「なのに男子チームで出るって無茶では?」
と佐藤さん。
 
「うちでもみんな言ってました」
と暢子。
 
「自分では男でもいいかなとも思ったんですけどね。お医者さんが君は女だと言うし。でも男子チームの中で半年くらいプレイして、あのパワーとスピードに曝されたのは良い経験になりました」
と千里は言う。
 
「ああ。うちもよく男子チームと練習で試合しますけど、確かにパワーは凄い」
「いや、P高校さんの女子チームは男子チームにパワーで負けないでしょう」
「でも全国で闘うためには男子くらい圧倒できるようでないとかなわないんですよ」
「ああ、そうでしょうね」
 
夏は一緒に佐賀に行きたいですね、と言って別れた。
 

新人戦が終わってから、また春の大会に向けて練習をしていたら、宇田先生が何だか背の高い外人女性を連れてやってくる。
 
「あのぉ、まさか留学生ですか?」
 
「ノンノン。彼女はセネガル出身の大畑マリアマさん。26歳で日本人男性と結婚している。旭川市内のソフトウェア会社で働いている。お仕事が忙しいけど、木曜日以外の夕方からならうちの女子チームの練習に協力していいということ。彼女にちょっと入ってもらって、この高さに少し慣れてもらおうと思ってね。会社側ともその時間帯はこちらに来てよいということで話が付いている。実はそこの会社の社長の奥さんがうちのOGなんだよ。マリアマさんは日本語はできるから安心して下さい」
 
「木曜日はお忙しいんですか?」
という質問が出るが
 
「安息日ですよね?」
と穂礼が言う。
 
「何教だっけ?」
「イスラム教でしょ?」
「イスラム教って木曜日が安息日?」
 
「金曜日だけど、1日の始まりは日没からだから、日本式に言えば木曜の日没から金曜の日没までが安息日」
と穂礼が説明する。宇田先生もマリアマさんも頷いている。
 
「ああ、だから木曜日の夕方はプレイできないんだ!」
 
「バスケットうまいですか?」
という質問に
 
「やったことありません」
と流暢な日本語でマリアマさんが答える。
 
「えーー!?」
という声が出るが
 
「むしろその方が多くのセネガル留学生の実態に近いと思う」
と宇田先生。
 
「確かに素人っぽい選手が多いですよね」
と久井奈が言ったが
 
「但し彼女はバレーボールではアフリカ選手権のセネガル代表候補になったこともあるらしいから」
と宇田先生が付け加えると
 
「全然素人じゃないじゃないですか!」
と声があがった。
 
 
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