【女の子たちの性別変更】(下)

前頁次頁目次

 
 
「愛知のJ学園に凄いシューターがいるんだよ。千里ちゃん、絶対見ておくべきだと思う」
と会場に入ると橘花が言っていた。
 
J学園の試合はBコートの第2試合だ。J学園は昨年までの20年間でウィンターカップ14回、インターハイ13回の優勝をしている。今年もインターハイで優勝した。女子では日本最強の学校だ。
 
第1試合は岡山の倉敷K高校と神奈川の金沢T高校、福井のW高校と静岡のL学園であった。同じメインアリーナの中で2コート取られて試合が行われているので、両方の試合が見やすい付近に座り、両方を並行して見る。
 
試合開始から5分で千里は言った。
「レベルが違う」
 
「でしょ?」
と橘花。
 
「今の私ではこのレベルに太刀打ちできない。この相手には私のシュートは1本も打てないよ」
と千里は言った。
 
「ちょっと凄すぎるよね」
「これが全国BEST8のレベルだよ」
 
「でもN高校も全国BEST8まで行ったことあるよね?」
「うん。聞いてる。凄い人が2人いたらしい。その年は」
 

「何か凄く背の高い子がいるね」
「ああ、留学生らしいよ」
「どこの人?」
「セネガルだって。セネガルからのバスケ留学生は多いよ」
「へー」
 
「身長、どのくらいだろう?」
「あれは多分1m95cmくらい」
「きゃー」
「天井からブロックされる感じだろうな」
「こういう相手にこそ3ポイントだよ」
「撃たせてもらえたらね」
「でも全国で勝ち進むには男子も女子もセネガル留学生に勝たないといけないんだよ」
「しばしば上位ではセネガルvsセネガルになってるからなあ」
 

「でも金沢っていうから、石川県かと思った」
「神奈川県にも金沢はあるから。金沢文庫のあったところ」
「え?金沢文庫って石川県じゃないの?」
「うーん。まま、そういう誤解をしている人はある」
 
倉敷K高校と福井W高校が勝って準決勝に駒を進める。少し時間を置いて第2試合が始まる。石川県のB高校と道大会決勝でN高校を破って代表になった札幌P高校、そして愛知J学園と岐阜F女子高の対決である。
 
「こちらが石川県代表か」
「石川って他にはないよね?」
「沖縄県にも石川市がある」
「ああ、あれ市町村統合で名前が変わったよ」
「でも石川高校はまだあるね」
 
「しかし強いなあ。私たちの感覚では最強のP高校が結構苦戦している」
「でもP高校って、このレベルまで来れるほど凄いチームだってことでもある」
「あそこに勝たない限り、ウィンターカップには出られないからなあ」
 
そう言いながら千里も橘花もP高校のプレイを見ていた。
 

「でもあっちもこっちも外人さんだね」
と蓮菜。
 
「あれだけの体格差あったら、もう男女の別なんかどうでもいい気がしてきた」
と千里。
 
「うん。言えてる。だから千里ちゃんみたいな子も堂々と出ればいいんだよ。うちの男子でもあんな背の高い選手はいないよ」
と橘花。
 
「一応、外人選手はベンチ入り2人まで、オンコートできるのは1人だけの制限あるけどね」
と伶子。
 
しかし千里はその外人選手の動きを見ていて何か違和感を感じていた。それは何だろうなどと思いながら、色々おしゃべりしつつ両方の試合を見ていたのだが、やがて4人とも、J学園のひとりの選手に視線が集中する。
 
「すごいね・・・」
「素早い」
「精度がいい」
「なんかポンポン3ポイント放り込むね。千里みたい」
と蓮菜は言うが
 
「いや。私はあんなに素早く撃てない。ボールを確保してから撃つまでの時間が物凄く短い」
と千里は答える。
 
「でもフォームはきれい」
「そもそもパスを受け取る直前に素早くフリーになれる場所に移動してる」
「あれパスするガードもうまい。相手の動きを予測してフリーになれる場所を見つけて、そこに投げる。そして、そこに彼女が移動してる」
 
「こうやって観客として見てても素早く感じるから、コートで対戦していたらどこにいるか見失うレベル」
「千里ちゃんも見失うけどね」
「私のは気配を消しているだけ」
「ああ、やはり気配をコントロールしてるんだ」
「必要に応じてon/offするだけだよ」
「そのあたりはよく分からんな」
 
「でも同じ精度のいいシューターでも千里とは違うタイプだね」
と橘花は言う。
「あの子はフィジカルも強い。運動能力もある。堅焼き煎餅型。千里は体格や体力の弱さを器用さでカバーするソフトクリーム型」
 
「ああ、それはうまい表現かも」
と伶子。
 
ソフトクリームと聞いて、つい貴司としたフェラのことを思い出してしまう。 
しかしその時、千里はふと思った。N高女子バスケ部で1年先輩のみどりさんが中学の時の同輩に凄いシューターが居たと言っていたことを。その人は特待生でJ学園に行ったと言っていた。それがこの子か。。。。
 
「あのシューターの名前知ってる?」
と千里は橘花に訊いた。
 
「花園亜津子だよ」
と言って橘花は千里が持っているプログラムに名前を書いてくれた。千里はその名前をしっかりと脳に刻み込んだ。
 
「この人、釧路出身でしょ?」
「そう。よく知ってるね」
「中学で同輩だった人がうちの2年に居るんだよ」
「ああ、それで」
「でも中学時代にこの人、見たことない」
「弱小チームだったみたい。彼女以外に強い人がいなかったから、そもそもまともにパスももらえなくて得点できなくて。だから道大会に出たことなかったらしいよ」
「そんな選手をよく見つけてスカウトしたね」
「J学園のOGで釧路出身の人がたまたま地区大会で目撃したと聞いた」
「なるほど」
 
「中学の時に道大会に出て来たことなかったというのでは千里もそうだな」
と橘花は言う。
 
千里は亜津子のプレイを食い入るように見詰めていた。
 
試合は愛知J学園と札幌P高校が勝って準決勝に進出した。
 

橘花と伶子は29日の決勝戦まで見るということだったが、千里は滞在費もかかるので帰ることにする。その日の夕方の便で蓮菜と一緒に旭川に戻り、翌28日朝に留萌に戻った。
 
その日の内に貴司と連絡を取り、駅の近くの貴司の好きなラーメン屋さんで落ち合った。お昼を食べながら会話する。
 
「へー、ウィンターカップ見てきたんだ?凄かったでしょ?」
「うん。凄かった。あれってやはり生で見るべきものだね。これが全国トップのレベルか、というのを肌で感じて興奮したよ」
 
「僕も今年のインターハイでそれを感じたよ。全国はレベルが違う」
 
「それでさ。貴司、私たちの関係を解消しない?」
「はぁ!? なんで?」
 
「私、あのレベルのチームと戦えるように自分を鍛える。これまで筋力トレーニングとかサボってたけど、少し頑張るよ」
「ああ、それはいいことだ」
 
「でもそんなトレーニングしたら、私、筋肉が発達するだろうからさ。貴司の恋人の可愛い女の子ではいられなくなると思って」
 
「うーん。それは今更だな。もう丸刈り頭の千里を見て、免疫できちゃったから、多少筋肉質になっても構わないよ」
「ほんとに?」
「まあ、実際に見たら萎えちゃうかも知れないけど」
「じゃ、その時は遠慮せずに振って」
「遠慮はしないから気にしないで」
 
と言ってから貴司は言った。
 
「冬休みは何日までだっけ?」
「1月15日が授業開始」
「だったらさ。それまでの間、毎日、僕と一緒に練習しない?」
「いいよ」
「でも一緒に練習する時は、丸刈り頭じゃなくて、今つけてる髪がいい」
「いいよ」
 
千里はその場でキャプテンの久井奈さんに電話して、冬休みの間、S高校の選手と一緒にトレーニングしていいかと確認した。
 
「それって、つまりデートってことね?」
「えー!?バスケの練習ですよー」
「分かってる、分かってる。でも妊娠だけはしないようにね。千里が退学になったら困るから」
「それはする時はちゃんとつけさせますから」
 
そばで聞いている貴司が、どういう話になってるんだ?といぶかる顔をした。 
私ってやはり色々誤解されてる気がするなと思う千里であった。
 
「ああ。でもここのラーメン美味しいけど、ボリュームある! もう入らないや。貴司、食べかけで悪いけど、残り食べてくれない?」
「千里、体力付けるには、そのくらい完食しなきゃダメ」
「えーん」
 

その日の午後、千里が貴司と一緒にS高校の体育館に出て行くと、同学年の数子や1年先輩の久子が
 
「おお、珍客だ!」
と嬉しそうな声を上げる。
 
「久子先輩、突然で申し訳ないのですが、この冬休みの間、こちらで一緒に練習させていただけないでしょうか?」
「こちらは構わないけど、そっちの部の許可は取れる?」
「はい。うちのキャプテンと顧問には連絡して、S高さんが良ければOKということで」
「だったら、こちらは歓迎。ところで、千里、男子の方で練習するんだっけ?女子の方で練習するんだっけ?」
 
「なんか病院で検査受けたら、医学的に女であると診断されてしまったので、女子の方でよろしくお願いします」
「ああ、とうとう性転換したのね?」
と久子。
 
「性転換はしてないんですけどねぇ」
と千里。
 
「やはり中学の時に既に性転換済みだったんだよね?」
と数子。
 

練習前のジョギングは敢えて男子の方に参加した。
 
その後、貴司と組んで柔軟体操をしようとしたら
「こら、お前らどさくさに紛れて何してる?」
と佐々木さんに言われて、既に基礎練習に入っていた久子が来て組んでくれた。 
「千里、中学時代も凄く女らしい身体だと思ってたけど、もうこれは普通の女の子と全く変わりがない」
などと言われる。
 
「高校に入ってから、けっこう脂肪がついた気もします」
「おっぱいも大きくなっているみたいだし」
「えへへ」
 
現在S高女子バスケット同好会(来年4月に部に昇格すること内定済)は部員が7人である。それで千里が入ると「偶数になって助かる」と言われた。 
1on1の練習を2年女子の豊香さんとする。C中の出身で中学時代は練習試合で随分対戦した相手である。最初はいきなり音を上げられる。
 
「気合いが凄い! 負けたぁ!!」
 
でも実力者なだけに、2度3度とやる内に、こちらのフェイントをかなり読むようになる。そこでフェイントの《ルール》を変える。
 
「あれ〜!?今のは絶対右を抜けると思ったのに!」
「うふふ」
 
「村山のフェイントには規則性が無いんだよ。ちょっと俺とやってみない?」
と田臥さんが言ってくるので、対決してみる。
 
うまく騙したと思ったのだが停められてしまった。
 
「やられた!」
「村山もまだまだだな」
「修行します」
「うん。頑張れ。でも男子でも村山のフェイントに騙されないのは多分細川と俺だけ」
と田臥さんは言っている。田臥さんと5回マッチアップして3回停められた。 
ちなみに貴司と千里の場合はお互いに全くフェイントが通用しない。貴司は千里を全部停めるし、千里も貴司を全部停める。最終的にどちらを抜くかあるいはシュートやパスに行くかが100%分かってしまう。しかし全国で勝ち上がるには貴司にも勝てるくらいにならないとダメだよな、と千里は思った。 

練習が終わった後、貴司から言われる。
 
「僕の家で御飯食べてかない?」
「え?」
「千里さぁ、自分ちに行けば、お金無いから肉や魚食べられないだろ?」
「はっきり言ってくれるなあ。事実だけど」
「それじゃこのハードな練習に耐えられん。うちで蛋白質たくさん取っていけ」
「そうしようかな」
 
「それでさ、ついでに今夜は泊まっていかない?」
「貴司のお父さんが許してくれないと思う」
「だからさ。千里、そのウィッグ外してよ」
「えーー!?」
 
千里が母に電話してみると、あっさり「いいよ」と言う。
「でも朝は直接練習に行くんじゃなくて、一度こっちに顔出しなさい」
「うん」
 
といって電話を切る。
 
「泊まっていいと言われた」
「よしよし」
 
お泊まりする分まで着替えを持って来ていなかったので町のスーパーで下着とTシャツを買った。そしてウィッグを外して丸刈り頭に体操服という格好で、貴司の家に行った。
 
「お邪魔しまーす」
「あら、千里ちゃん、いらっしゃい」
とお母さんが歓迎してくれる。
 
「ねえ、お母ちゃん、うちに千里を泊めてもいい?」
するとお母さんは少し考えている。
 
「あんたさ、旭川に出た時はだいたい千里ちゃんちに泊まってるよね?」
「うん。そうしてる」
「だったら、あいこということで。でもアレはちゃんとしなさいよ」
「うん。ちゃんと付ける」
 

貴司の妹さん2人が来て
「凄いインパクトのある髪型ですね」
と言う。
 
「ロックでもしてるんですか?と言われたことある」
「ああ、ハードロックやる人なら、あり得るかも!」
 
お母さんは晩御飯を作ろうとしていた所だったが、千里は
「あ、手伝います」
と言って野菜やお肉を切ったりして手伝う。
 
「千里ちゃん、包丁の使い方がうまい」
「いつも朝御飯・晩御飯作ってますから」
「偉いね」
 
やがてお父さんが帰宅する。
「お帰りなさい。お邪魔してます」
と千里は挨拶する。
 
「あ、父ちゃん、これ僕の友だちの村山」
「初めまして。村山千里と言います」
「いらっしゃい。えっと、貴司のガールフレンド?」
「こいつ男だけど」
「え?」
「あ、すみませーん。私、よく間違えられますけど、一応男です」
「父ちゃん、女で丸刈りにしてる訳ないよ」
「確かに」
「今晩泊めるから」
「あ、うん。まあ男の子なら構わんか」
 
お母さんが笑いをこらえている感じであった。
 

貴司と妹さん2人、お母さんとお父さん、千里の6人で食卓を囲む。
 
「今日の天麩羅はすごくからっと揚がってるな」
「千里ちゃんがやってくれたんですよ。この子、料理が得意で」
「小さい頃からやっていたので。それでよく、いいお嫁さんになれそうとか言われます」
「いや、揚げ物ができるのはポイントが高い。本当にいいお嫁さんに
なれますよ」
とお父さんは言ってから
「あれ?男の子でしたっけ?」
と言って悩んでいる。
 
貴司の妹の理歌(中2)が
「男の子でも、ちょっと手術してお嫁さんに行ける身体にしちゃう手がありますよねー」
などと言っていた。
 
「ああ、私友だちからよく、手術受けて、女の子になっちゃうといいよと言われてました」
と千里が言うと、お母さんは頷いている。
 
「中学生でしたっけ? まだ声変わりしてないんですね」
とお父さん。
 
「高校1年です。中学時代はバスケ部で貴司さんの1年後輩だったんです。今は旭川の高校に通ってますが」
と千里が言うと
 
「ああ、バスケの関係ですか」
とお父さんは納得している感じだった。
 
「僕が旭川に出た時も、よく村山の家に泊めてもらってるんだよ」
と貴司が言うと
「ああ、それはいつもお世話になってます」
とお父さんは言う。
 
お母さんはもう笑いをこらえきれない感じであった。
 
夕食後も貴司の家のそばの道路で、ふたりでドリブルとパスの練習を2時間くらいやった。
 
「ボールが見えないよぉ」
「気配で感じて受け止めろ」
「雪でドリブルのボールが変な方向に行く」
「それでも何とか続けろ」
「雪上バスケットには強くなりそう」
「ああ。それ昔よくやったよ」
「へー」
 

朝5時。
「おい千里起きろ」
と言われて千里は目を覚ます。
 
「おはよー」
「朝練行くぞ。留萌に居る間だけでも、一緒に朝練しよう」
「うん」
 
貴司がウィンドブレーカーを貸してくれたので、それを着てふたりで一緒に早朝の留萌の道に走り出す。
 
道路はたくさん雪が積もっているし、少し小雪もちらついていたが、ふたりは一緒に雪に覆われた道路の上を走った。走っている内に身体も温まってくる。 
「一緒に走ってて、千里、遅れなくなってる」
「私、夏の間、自転車通学で毎日往復12km走ってたから。11月からはJRにしたけど、叔母ちゃんにわざと駅の1km手前で降ろしてもらって駅まで走ってる」
 
「その効果かな」
「本当は向こうでも朝練したいんだけど、体力の限界越えるからやめろって言われたのよね。それで代わりにそういうのしてるんだよ」
 
「まあ千里は勉強もしてるからなあ。僕は勉強しないから」
「貴司も少しは勉強した方がいいよ」
「うん。赤点取らない程度にはやる」
 

貴司の家に泊まったのは年内はこの日だけであるが、夕食は毎日ごちそうになり(お母さんに少しお金を渡そうとしたが、そもそも夕飯を作るのを手伝ってくれるので相殺と言われた)、夕食後少し休憩した後で2時間くらい練習して、その後お母さんに車で送ってもらって帰宅する。しかしまた早朝は母に車で送ってもらって貴司の家まで行き、一緒に朝練をした。千里の母と貴司の母が何やら話しているのを見て何だろうと千里は思った。
 
30日の朝に貴司から言われる。
 
「うちの母ちゃんが、千里、31日から三ヶ日くらいまで、神社の手伝いしてくれないかって?」
「いいよ」
 
「まあその間は学校も閉鎖されてるしな」
と貴司も言う。
 
それで朝練の後、そのまま貴司の家に言って、お母さんと簡単に打ち合わせた。 
「千里ちゃん、ロングヘアのウィッグは持って来てる?」
「持って来てます。煤竹の龍笛も持って来てますよ」
「おお、それは助かる」
 

その後で、自宅に戻ると母から
 
「お前、ずっとバスケの練習で1日出てるけど、お正月はうちにいるんだっけ?」
と母から訊かれる。
 
「ごめーん。大晦日と三が日は神社でバイト」
と答える。
 
「お前、ほんとに忙しいね」
「いつも何かしてないと落ち着かないんだよねー」
 
「千里、お前、三が日の後は時間取れないの?」
と父が訊く。
 
「うん。ずっとバスケの練習」
「なんだ。三池さんが、息子さん漁師になるんなら、冬休み中一度乗せてみる?とか言ってたからさ」
 
「ボクの腕力じゃ戦力にならないよ。じゃね」
と言ってS高へと練習に出かけた。
 

31日に神社に行こうとしていたら、留萌駅前でバッタリと留実子の姉・敏美と出会った。
 
「こんにちは〜」と千里。
「あけましておめでとう」と敏美。
「お正月は明日ですよ!」
「私は何でも素早くやるのが身上(しんじょう)なのよ」
 
「そうだ。素早くやっちゃったと言えば、性別変更完了、おめでとうございます」
「ありがとう」
「どんな感じですか?」
「ふふふ。とってもいいわよ」
「へー」
 
「そうだ。私の保険証見せてあげる」
と言って、健康保険証をバッグから取り出して千里に見せる。花和敏美・性別女という文字が印刷されている。
 
「わぁ、いいなあ。私、性別女の診察券は何枚も持ってるけど、保険証は未だに男だから」
「あ、でも留実子から聞いたけど、あんたも性転換しちゃったんだって?」
 
「うーん。なんか世間的にはそういうことになってるみたいです。でもどっちみち戸籍は20歳まで直せません」
「まあ仕方無いね」
「でも変更できるというのだけでも良いことだから」
「うんうん。カルーセル麻紀さんとかの世代は戸籍を変更できないことで本当に苦労してるもん」
 
「お身体の方は大丈夫なんですか?」
「まだ全然本調子じゃない。以前の2割くらいのパワーで運用している感じだよ」
「わあ。まだ痛みます?」
「痛い。痛みが無くなるには1年以上掛かるって言ってた人もいる」
「きゃー」
「それにダイレーションしないといけないからさ。あれがまた痛いんだよ。ダイレーション分かるよね?」
「分かります」
「でもサボると、手術した意味が無くなるから、痛いけど我慢して頑張るよ」
「ええ。でもお大事にしてください」
 
「あんたもちゃんとダイレーションしてる?」
「あ、えっと留め置き式のを入れてますけど」
「うん。留め置き式はいいみたいね。私もあれ取り寄せようかと思ってる。でも留め置き式使ってても、ちゃんと普通のダイレーションもしないといけないよ」
「はい」
 
「もっとも日常的にセックスしてたら、パートナーのおちんちんでダイレーションされるみたいなものだけど」
「さすがにそんなにセックスはしません!」
「まあ高校生だからね。でも高校生で性転換しちゃうなんて大胆。高校生で去勢しちゃう子は結構いるけどさ」
 
「うーん。やはり今更、私性転換なんてしてませんと言っても誰も信じてくれないんだろうなあ」
「ああ。あんた親に黙って性転換したんだって? でもそういう無意味な話をして誤魔化そうとしても今更だよ。だいたいちゃんと病院の先生に見せて、女の身体だというのを確認されたんでしょ?」
 
「そうなんですよねー。陰茎・陰嚢・精巣は無くて、大陰唇・小陰唇・陰核・膣があるという診断書が出ました」
と言って千里はため息を付いた。
 
「だったらもう完璧に女の身体じゃん。性転換したこと後悔してる訳じゃないんでしょ?」
「いや、自分が女の身体になったら嬉しいですけど」
「だから、女の身体になったんだよね?」
「お医者さんの見解ではそうみたいです」
「不思議な言い方する子ね〜」
と敏美さんは言った。
 

大晦日から三が日。神社は無茶苦茶忙しい。
 
昇殿祈祷する客が続く。お清めをしたり、榊を手渡したりする役は、昨年も一緒に働いていた康子さんと、千里が辞めた後で入った中学生巫女の真理香が交替でするのだが、祈祷での笛は千里がいる時間帯はずっと千里が務めた。御守りや縁起物の授与所の方は、臨時雇いの巫女さんたちに任せ、この3人または細川さんの内の誰かが付いているようにしていた。
 
「千里さん、笛が格好いいです」
と真理香が言う。
 
「なかなかここまで吹けないよね。千里が居る間に、聴いて見習うといいよ」
と康子が言っている。
 
「龍笛はね、優しく吹いてもダメ。力強い龍と戯れる感じで吹くの。優しく吹くと、龍じゃなくて、ミミズさんと戯れる感じになっちゃうから」
と千里は言う。
 
「ああ。私の龍笛は龍じゃなくてドジョウかウナギが来るよと言われる」
と康子。
 
「来たら捕まえて食べちゃいましょう」
「ああ、それもいいね」
 

1月3日は中学の同窓会があるということだった。神社も3日になると1日や2日ほどではないので、その時間帯だけ抜け出して出席してきた。
 
千里が「ごく普通の」セーターにロングスカート、そしてショートヘアのウィッグという格好で出て行くと
 
「あれ?髪切ったんだ?」
などと言う子がいた。
 
千里は夏の同窓会には、補習もあったし帰省していないので出席していない。それで中学の卒業式以来の再会という子も結構居たのである。
 
「髪はもっと短く切ったんだよ。これウィッグだよ」
「へー。どのくらい切ったの?」
というので、千里がウィッグを外して見せると
 
「うっそー!?」
と絶句される。
 
「なんで、そんなに短くしたの?」
「だって男子高校生として通学してるから」
 
「うそ。千里は高校に入る時に性転換して女子高校生として通学してるって聞いてたのに」
「それは何かの間違いではないかと」
「でも、女子バスケ部の特待生で入ったんじゃなかった?」
「そうだよ」
「だったら女子バスケ部に入ったんでしょ?」
「最初男子バスケ部に入ったんだよねー。でも君は女子だから男子の試合に出てはいけないと言われて、女子バスケ部に移籍になった」
 
「そりゃ当然」
「女子が男子バスケ部に入るなんて無茶」
「でも戸籍上男子だったし」
「でも医学上は女子だったんでしょ?」
 
「うーん。そのあたり実は自分でもよく分からない」
 
などと言っていたら、近くに居た恵香が
 
「千里は、確かに男子バスケ部に最初は入ったんだけどさ、協会から性別に疑問を持たれて、病院で精密検査を受けた結果、女であることが判明したからもう女子バスケ部に移籍になったんだよ」
 
とここ数ヶ月の経緯を説明する。
 
「病院で検査されたってことは、やはり本当に女の子の身体なんだ?」
「いや、千里は中学時代に既に女の子の身体だったよね?」
「だって、修学旅行の時は女湯に入ったんでしょ?」
 
「千里は中学のバスケ部の合宿でも女湯に入ったよ」
と近くにいた数子が言う。
 
「千里、いつ性転換したんだっけ?」
「もしかして小学校の内に手術しちゃってた?」
「私、本当は性転換とかしてないんだけどなあ」
 
「そういう意味不明なジョークは言わないように」
 
「だいたい千里は生徒手帳ではちゃんと女になってるんだよ」
と恵香が言う。
 
「えーー! それ見せて見せて」
などと言われるので千里は生徒手帳を出して見せる。
 
「ああ、髪切る前に写真撮ったんだ?」
「うん」
「ほんとに性別・女になってる」
「じゃ女子制服を着て通学してるの?」
「ううん。男子制服だよ」
「何のために?」
「ってか、女子生徒なのに男子制服を着て通学するのは違反なのでは?」
 
「ああ、千里はよく先生から、君のその服は違反なんだけど、って言われてるよ」
と恵香。
 
「やはり」
「千里女子制服持ってないの?」
「持ってるけど」
「だったら、それを着て通学すればいいじゃん」
「いや、頭を丸刈りにして、男子制服で通学するというのが、入学の時の教頭先生との約束だったから」
 
「その約束は教頭先生はもう気にしていないと聞いたけど」
「いや、教頭先生とうちのお父ちゃんとの約束だから」
 
「ああ、お父さん、千里が性転換手術しちゃったこと知らないんだ?」
「勇気を出してカムアウトしなきゃ」
 
「でも千里、どこで手術したの?」
「やはりタイ?」
「いや、タイの病院は18歳未満は手術してくれないんだよ」
と千里は言う。
 
「じゃ国内?」
「国内の病院はもっと厳しいよ」
「もしかして韓国か中国とか?」
 
「あ、もしかしてロシア? 私聞いたことある。ロシアで性転換手術するとタイとかより1桁料金が安いんだって」
「千里、貧乏だけど、ロシアでなら手術代出たんじゃない?」
「ロシアだと年齢誤魔化せそうだよね」
 
なんか一週間後には女の子たちの噂で、私はロシアで性転換手術を受けたことになっている気がするなと千里は思った。
 
「無理だよ、そもそもロシアまで行く交通費が無い」
「確かに!」
 

1月4日以降も千里は午前中だけ神社に出て、午後からバスケの練習に行くようにしていた。夕飯は貴司の家で食べて夜間と早朝の練習も一緒にする。そして冬休みもそろそろ終わるという1月13日のお昼近く。千里が中学の時に習った先生が、セーラー服を着た少女を連れてきて、大祈祷をしてほしいと言った。
 
ほとんどの昇殿祈祷の客は普通祈祷(5000円)である。たまに中祈祷(1万円)を申し込む客はいるが、大祈祷(2万円)になると少ない。そもそも先生が生徒を連れてくるのは異例なので、知り合いでもあるし少し事情を聞いてみた。 
「実はこの子のお父さんとお兄さんが相次いで亡くなったんだよ。お父さんは心臓発作で仕事中に倒れて急死。お兄さんは交通事故で。こんなのが続くのは何かよくないものでも憑いてるんじゃないかと周囲の人が心配してね。お祓いでもした方がいいんじゃないかという人もたくさんいたんだけど、お父さんが亡くなったばかりで余裕もないみたいだから、この子だけでもお祓いを受けさせようと僕が代わりに連れてきた」
 
などと先生は言う。4人家族でお父さんとお兄さんが亡くなり今はお母さんと2人暮らしらしい。家族の半分を失って急に寂しくなった家の中を思うと千里は胸が痛んだ。
 
「そんなにご不幸が続いて大変でしたね」
と宮司さんは同情するように言った。
 
千里はふたりを待たせている間に細川さんに言う。
「この件、私、水垢離してから昇殿していいですか?」
 
「これさ、あれだよね?」
と細川さん。
「それだと思います。先生が神社に連れて来たのは正解です」
と千里。
「特に千里ちゃんが居る時にね」
「何のことでしょう?」
「それ、ほんとに上手に隠してるよね。私も最初の状態を見てなかったら分からないよ」
「《くうちゃん》の力なんですよ」
 
細川さんは頷いていた。
 
「それとあの子さ。セーラー服を着てるけど・・・」
「男の子ですよねー」
「まあ、千里ちゃんみたいな子もいるし」
 
「最近増えてる気がしますよ。それでこれって男の人だけがターゲットみたい。だからお母さんの方は大丈夫ですよ」
「ああ、そこまでは私も読めなかった」
 
そんなことを言ってから神社内のお風呂場に行き、そこで服を脱いで水をかぶる。真冬の北海道で水をかぶるのはなかなか辛い。が自分の霊的な感覚とパワーを研ぎ澄ますのに必要なのである。自分自身のパワーを上げないと眷属も充分な働きをしてくれない。
 
身体を拭き、洗濯済みの下着に着替える。こういう時のために千里はいつも洗濯済みの着替えを数セット用意している。事務室の方に戻って、宮司さんと細川さんに声を掛け、細川さんとふたりで、先生たちを待たせている応接室に行く。
 
千里がその部屋に入った途端、《こうちゃん》がセーラー服の子の『背後にいたもの』に飛びかかった。一瞬で勝負は付き、《こうちゃん》は平然と元のポジションに戻る。細川さんが「へー」という顔をしていた。
 
先生たちを案内して神殿の方に行く。
 
康子さんがお清めをする。祈祷が始まる。宮司さんが祝詞を読み、禰宜さんが太鼓を叩いて千里が龍笛を吹く。特に強く吹いていたら、神社裏手にある磐座の方から何か大きなものが寄ってくる気配があった。康子さんが舞を舞う。 
神殿内部の空間が物凄く清らかなものに変質している感覚があった。早朝のお伊勢さんの参道に近いような、汚れの無い空気だ。その空気がセーラー服の子の中にたくさん染みこんでいく雰囲気なのを、千里は笛を吹きながら感じていた。
 

祈祷が終わって神殿から降りた後で《いんちゃん》が言った。
 
『言われたように、あの子の男性機能停止させたよ』
『ありがとう。私のも停止させてよ』
『私たちは宿主の身体を壊してはいけないことになってるのよ』
『不便だな』
『千里の男性機能は、数年後に千里と知り合う少し親切すぎる子が破壊してくれるよ』
『ふーん。それまでに私、結構男の子になっちゃう?』
『それも話してはいけないことになってるから』
『不便だな』
 

「でも千里ちゃん、マジで貴司のお嫁さんに欲しいわあ」
などと待合室の掃除を一緒にしながら、細川さんに言われる。
 
「私と貴司さんの関係は、お互いに結婚まで続くとは考えられない年齢での恋愛ということで割り切っています。彼はふつうの女の子と結婚すると思いますよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「貴司のこと、そんなに好きじゃない?」
「大好きです。特に夏に仲が復活してから自分にとっては欠くべからざる存在になっちゃいました。別れたら2−3年くらい落ち込む気がします」
 
細川さんは頷いていた。
 
「貴司さん、たぶん6年後くらいに結婚すると思います」
「へー」
「貴司さん、多分関西方面で就職する気がしますけど、ここか旭川で里帰り挙式するなら、呼んでもらえたら私が結婚式の笛や舞を奉納しますよ。その頃は私も性別変更が終了して、法的にも医学的にも完全な女の子になってるだろうし」
 
「そうだよね。。。。笛と舞は本当にお願いするかも」
「はい」
と千里は笑顔で答えた。
 
「でも関西なの?」
「今、私、関西って言いましたね。自分で言ってて『へー』って思いました」
 
「千里ちゃん、それがあるんだよねー。千里ちゃんってチャネラーだよ」
「それは自分でも思うことあります」
 

「だけど、その頃にはじゃなくても、既に千里ちゃん、戸籍の変更も終わってたんじゃなかったんだっけ?」
 
「終わってません。その前にまだ身体の方も直してません」
「え? お医者さんの診断も受けて女性に登録変更になったとか貴司が言ってたけど」
 
「お医者さんの診察は受けました。それで君は女だと診断されたんですけど、登録変更になったのはバスケ協会の選手登録上の性別で、戸籍の変更は20歳までできないんですよ。協会の登録変更に合わせて私の所属も男子バスケ部から女子バスケ部に移動になって、それでこないだの新人戦にも女子チームで出場したんですけど」
 
「お医者さんの診察受けたのなら間違いようがない気もするけど。それに貴司ったら、実地に確かめたとか言ってたのよ」
 
「細川さん、こういう話信じます?」
「うん?」
「私、多分21歳くらいで性転換手術を受けると思うんです。そして手術が終わって3ヶ月目の身体を、貴司さんと過ごしたその晩だけ先取りで体験したなんて」
 
「千里ちゃんならあり得る気がする」
 
「だから、私、貴司さんに2回ヴァージンを捧げたんです」
 
細川さんはしばらく考えていた。そして言った。
 
「私、千里ちゃんのこと、既に貴司のお嫁さんだと思うことにする」
 
千里はにっこりと笑い
「はい。ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」
と言って、お辞儀をした。
 
「うんうん」
 
細川さんは笑顔で頷いていた。
 

その日も午後からはS高バスケ部の練習に顔を出したのだが、練習が終わった後で貴司から言われる。
 
「今夜さ、うちに泊まってよ」
「うん?」
「母ちゃんから言われたんだけどね」
「へー」
 
それで千里は自分の母に電話を入れると、貴司君の家なら構わないよと言うので泊めてもらうことにした。お父さんの手前、また例によってウィッグを外して、丸刈り頭で訪問した。いつものように晩御飯を作るのを手伝う。全員食卓についたところで、お母さんは
 
「そうそう。ちょっと変わったジュースをもらったのよ」
と言って瓶を出して来た。
 
その瓶を見てえ?と思う。それは昨日千里の母が、友人が山形に行ったお土産にもらったと言っていたジュースと同じものだ。もしかしてこれうちの母が持って来た? 
「理歌、美姫、お前たちも要る?」
「いらなーい」
 
どうも事前にこのふたりの妹には事情を話していた感じであった。
 
「あなたは?」
「俺は甘いものはいいや」
「うん。ピール開けるね」
 
と言ってお母さんは先にお父さんにビールを注いだ。そしてお母さんは貴司と千里の前にグラスを2つ置いてジュースを注いだ。
 
これってまさか・・・・。
 
貴司も一瞬戸惑った感じであったが、目で会話して先に貴司が飲む。貴司はそれを3回に分けて飲んだ。それから千里が自分のグラスのジュースを3回に分けて飲む。するとお母さんは次に《千里のグラス》にジュースを注ぎ、それを貴司が取って3回に分けて飲んだ。お父さんはビールを飲みながらテレビを見ているので、千里のグラスで貴司が飲んだことには気付いていないであろう。
 
「そうだ。千里さん、これあげる」
と言って理歌が千里に金色のリングのついた携帯ストラップをくれた。 
「お兄ちゃんにもこれあげる」
と言って美姫が貴司に同じような携帯ストラップを渡す。
 
「なんだ、同じものを買ったのか?」
とお父さん。
 
「そうなんだよね。初売りで偶然美姫と同じもの買っちゃったから、ひとつはお兄ちゃんに、ひとつは千里さんにあげよう思って」
と理歌が説明した。
 
「ありがとう。大事にする」
と言って千里はそれをほんとに大事そうに両手で握りしめた。
 

「今夜も村山君、泊めるから」
とお母さんがお父さんに言ったが、お父さんは千里を男の子と思っているので「ああ、どうぞ、どうぞ」
と言っていた。
 
食事が終わった後、後片付けをお母さんと一緒にする。その間にお父さんがお風呂に入っていたようである。それからいつものように家の外に出て一緒にバスケの練習をした。そして終わって帰る前、闇に紛れて抱き合い、ディープキスをする。
 
「今夜は私たちの初夜ってことみたい」
「僕、今、本気で千里と結婚してもいい気分」
「私もー」
 
それで再度キスしてから帰宅した。お母さんが
 
「あんたたち、お風呂入りなさい」
と言った。
 
「貴司、先に入って。私、お母ちゃんにメールしとく」
「うん」
 
それで貴司が先に入りに行く。千里は貴司の部屋に入る。
 
今夜泊まることは既に母に連絡して承認を得ているのだが、千里は少しだけ考えてから
「私、今夜結婚しちゃう。17歳と15歳で本当は年齢1つずつ足りないけど」
とメールした。すると母から
 
「うん。細川君のお母さんと話したのよね。結婚おめでとう。届けなんて気にすることない。結婚は気持ちの問題」
と返事があった。
 
その後、蓮菜や留実子とたわいもないメール交換をしている内に貴司がお風呂から上がってきた。
 

キスしてから、着替えを持ってお風呂に行く。
 
身体と頭を洗って、湯船に浸かっていたら《いんちゃん》が語りかけてきた。 
「千里、今夜も女の子の身体にしてあげようか?」
「あんまりやると、それが普通になっちゃうからさ」
「じゃ、今夜は男の身体のままでいいの?」
「うん。それでも私と貴司の愛は揺るがないよ」
 
湯船の中で堅くなっている手足の筋肉を揉みほぐしていたのだが、練習疲れが出たのか少しうとうととしてしまった。やっばー。貴司待ちくたびれてるかな、と思って湯船から上がり、脱衣場に出てバスタオルで身体を拭く。そのとき、脱衣場の外の台所に誰かが入ってくる音があった。
 
あ、貴司がとうとう待ちきれなくて呼びに来たのかな、と思う。ところがその人物は冷蔵庫を開けているようである。あれ?お母さんかな? と思ったら、いきなり脱衣場と台所の間のドアを開けられた。
 
「貴司、ビールのストックは表に出したままだっけ?」
とお父さんは言ったが、千里を見るなり
「あ、ごめん」
と言ってドアを閉める。そして奥の方へ行った感じ。
 
「おい、母さん。村山君って女なの?」
とお母さんに訊く声。
「男の子ですよ」
「だって今うっかりお風呂の戸を開けたら、おっぱいもあったし、チンコも無かったし」
とお父さんの声。
 
「あ、えっと。本当は女の子らしいけど、男並みに頑張りたいって、頭も丸刈りにして男子と一緒にバスケしてたらしいですよ」
とお母さんの声。
 
それって、11月までの話なんですけど!?
 
「ちょっと待って。だったら女の子を貴司の部屋に泊めていいの?」
「あっと、ふたりは一応自制してるみたいだし、もし何かあった時は、お嫁さんに来てもらえばいいからということで、向こうのお母さんとも話してますし」
とお母さん。
 
ごめんなさい。全然自制してません!
 
「そうだったんだ! あ、ドア開けちゃってごめんと言っといて」
とお父さん。
 
えっと、私、この先、どんな顔してこの家に来ればいいのかしら?と千里は焦る気持ちであった。
 
《いんちゃん》が再び語りかける。
「女の子にしてやってもいいよー」
 
えー!?どうしよう?と千里は思った。
 
 
前頁次頁目次