【女の子たちの精密検査】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2014-06-01
それでその日、千里はそのまま指定された病院に向かった。そういえば留実子も医学的に本当に女なのかと検査されたなんて言ってたな。まあ自分は内診台にはさすがに乗せられないだろうけど、と思う。
最初に尿と血を採られて、少し待ってから婦人科医の診察を受ける。
胸を見せてと言われたので、ブレザーの上を脱ぎ、キャミソールとブラも取って胸を見せる。お医者さんはサイズを測ったりしていた。
「ふーん。アンダーバスト72、トップバスト80、AAカップかな」
「そんなものだと思います」
「君痩せてるからバストの発達も遅いんだろうね。ちゃんと御飯たべてる?」
あれ?何か端っから誤解モードという気もするぞ。やはり女子制服を着て来たのがまずかったかな??
「はい。でもみんなから少食だって言われます」
「やはりね。ちゃんと食べるものは食べないと。スポーツやるなら、尚更だよ。あ、服着ていいよ」
と言われるのでブラを着け、キャミを着てブレザーも着る。
「しかし君、髪が短いね」
「はい。ちょっと成り行きで短くしてしまいました」
千里は4月の入学式前に髪を五分刈りにし、その後6月に1度刈り、夏休みは放置していたものの、夏休み明けに1度、そして今月初めに再度、髪を刈っている。バリカンでまるで雑草でも刈るかのように髪を刈られていくのも4月には悲しくてしょうがなかったものの、だいぶ慣れた気はした。それでも本当はそんなことはしたくない気分であった。
「君、そんなに髪を短くしてるから性別を疑われたんでしょう。僕が診察して、ちゃんと女の子だという証明書を書いてあげるから心配しないでね。ちょっとあの付近を確認したいから少し恥ずかしいかも知れないけど、内診台に乗ってくれる?」
「あのぉ・・・私、男なんですけど」
「はあ!?」
それで千里は自分は戸籍上男性なのに、女性ではないかと疑われているということを話し、ちゃんと自分が男であるという証明が欲しいのだと話す。
「だって君、それ女子制服だよね?」
「ええ。こちらの方が好きなので」
「それに君、おっぱいあるし」
「済みません。女性ホルモン飲んでます。何度か注射してもらったこともあります」
「それでか! 血液検査でも、女性ホルモン・男性ホルモンの数値が女性の標準値の中に入っているね。もう去勢してるの?」
「いえ、してません」
それで取り敢えず見せてと言われるので、スカートもショーツを脱いだ上で、結局内診台に乗せられてしまう! これを他人に見せるのは、中1の時に鞠古君の身代りをした時以来だけど、あの時もこんなにじっくり観察されたりはしていない。千里はもう羞恥心にふたをして金庫にしまって封印でもしたいような気分だった。
「ああ。確かに男性器は付いてるね。でも、パンティ姿の時までは、やはり付いてないじゃんと思ったのに」
「私の、小さいから」
「確かに小さいね、これ。面倒だから取っちゃわない?それで女の子でしたという証明書いてあげてもいいけど」
「いいですね、それ。でも私、男子だという証明が欲しいんです」
「取り敢えずサイズ測ろう」
と言って、医師は千里を内診台に乗せたまま男性器のサイズを測った。
「長さが2.4cm, 外周が3.2cmかな。これ、君マイクロペニスじゃないかな。立っておしっこできないでしょ?」
「物心付いて以来、立っておしっこしたことはありません。いつも座ってしています」
「それはどうして? やはり短くてできないから?」
「自分は女だと思っていたので」
「じゃ、君、意識としては女の子なんだね?」
「はい、そうです」
「だったら、女の子だという証明が欲しいんじゃないの?」
「でも、男性器が付いている以上、無理だから。ちなみにマイクロペニスではないと思います。めったに勃起しませんけど、勃起した時に測ったら9cmくらいありましたので」
ほんとうはもう4年くらい勃起したことはない。9cmというのは小学生の時に測ってみた数字だ。
「なるほど。それだけあれぱマイクロペニスではないね。しかしよくこれが9cmまで伸びるね」
「3〜4倍くらいかな」
「うん。そんなものだね。睾丸のサイズは。。。4mlかな。これは思春期が始まった頃の男の子のサイズ。君、精通がまだ来てないということは?」
「精通は今年の春に1度ありました」
「1度だけ?」
「はい」
「その前は?」
「いえ、それが初めてでした」
「うーん。その後は?」
「まだありません」
「1回出たというのは自慰したの?」
「いいえ。夢精です。私、男の子方式の自慰はしません。たまに自慰することはありますが、女の子みたいに、その付近に指を当ててぐりぐりと回転運動を掛けます。到達感はありますが何も出てきません」
「なるほどね。でも握って往復じゃないんだ?」
「握れませんし」
「確かに、これは握れないね!」
「しかし、精液を出してもらって精子の状態を検査しようかと思ったけど、自慰しても射精しないのでは、多分できないね?」
「そうですね」
「睾丸から直接採取してもいい?」
「どうやるんでしょうか? 睾丸を取り出して検査ですか?」
「ああ、いっそ摘出しちゃう?」
「摘出してくださるのでしたら歓迎です」
「まあ、そういう訳にもいかないだろうから、非破壊検査だな。注射針を入れて細胞を採取する」
「痛そうだけど、いいですよ」
それで医師は注射針を千里の睾丸に刺して生殖細胞を採取した。それでやっと内診台から解放された。医師は顕微鏡を見ている。
「生殖細胞は正常だし、精子もいるし、精原細胞も正常だし。ここだけ見れば正常な男性だね」
と医師は言う。
千里はちょっとショックだった。睾丸の機能を低下させようと、ほんとに努力してきているのに、正常に活動しているなんて・・・・。
「君、まだ声変わりが来てないみたいだけど、これなら、そう遠くない時期に声変わりは来るかもね」
それもショックな話だ。この時期、千里はひょっとしたら自分は声変わりしなくて済むかも知れないというのを漠然と考えていたのである。
ふと医師が何かを考えるようにする。
「君クラインフェルター症候群ってことはないかな」
「性染色体がXXYであるものですか?」
「そうそう。よく知ってるね」
「自分がひょっとして半陰陽だったりしないだろうかとか妄想して、半陰陽のことも随分勉強したので」
「なるほどね。ちょっと遺伝子検査していい?」
「はい、お願いします」
それで医師は検査部門に電話し、さきほど採取した千里の血液で性染色体が何かを確認して欲しいと連絡した。結果が出るのに少し時間が掛かるということだったので、その間、レントゲンやCTを撮られた上で、心理テストを受けさせられた。
「女性の服が着たいですか?」とか「男の子を好きになることがありますか?」
のような質問はまだ分かるが、「数学が好きですか?」とか「英語が好きですか?」
あるいは「計画的に行動する方ですか?行き当たりばったりですか?」といった質問は何なんだ!?と思いながら回答していった。もしかしてステレオタイプ的な女性像・男性像が想定されているのかなと思い少し不快な気分だった。一応正直に回答していくが多少(女性的と思ってもらえるように)恣意的に回答した部分もあった。
その後心理療法士の女性と少しお話をした。小さい頃からの自分のことを訊かれて、それに答えていったが、いろいろ我慢していたことが噴出してきて、千里は泣きながら質問に答えた。そうだ。自分はそんなに辛いことを我慢していたんだよな、というのをあらためて思い起こしていた。
高校に入る時に髪を短くした経緯についても訊かれて、千里は泣きながら答えた。
「普通の女の子のように伸ばせるようになるといいね」
と言われたが
「でも高校に入る時の、教頭先生と父との約束だから、高3の夏くらいまではこれで我慢します。卒業間近になったらなしくずし的に長くしてもいいかなと思っているんです」
と千里は答えた。
「その方があなたの気持ちとして後ろめたくないのであればそれもいいかもね」
と言ってもらえた。
心理療法士の人とのセッションが終わった所でまた医師の所に行く。
「遺伝子を確認してもらったけど、君の性染色体は普通にXXだね」
「XX!?」
「あ、違った。XYだ。ごめん、ごめん」
「びっくりしましたー! 一瞬、自分は本当に女だったんだろうかと思いました」
「期待させてごめんね。だから男性器が未発達なのは、やはり女性ホルモンを摂っているせいだろうね」
「だと思います」
「CTスキャンの画像を見たけど、卵巣や子宮の痕跡なども見当たらない」
「残念です」
「心理テストの結果は《普通の女性》。君、ある意味完璧すぎるんだよ、女として。ふつう、GIDの人って、もっと男性的な部分と女性的な部分が混じっているのに、混じりけが無いんだよね」
「そうかも知れないですね。自分が男かも知れないなんて思ったことは1度もないから」
「それでも、自分が男だという証明が欲しいの?」
「だって私、医学的に男なのに、女として試合に出るのはアンフェアだと思うんです」
「そんなことはないと思うよ。君、ホルモン的に女性だし、お肉の付き方とかも女性的だし。肉体的にはむしろ完全に女だと思うな。男が女子の試合に出てはいけないというのは男性的な肉体を持っているからでしょ?君は女性的な肉体を持っているのだから、女子の試合に出てもいいし、むしろ男子の試合に出ていて、強い力で押されたりして怪我したりする方を僕は心配するよ」
と医師は言った。
「でも男性器が付いていますし」
医師は溜息を付いた。
「じゃ取り敢えず、ホルモン的にも身体特徴的にも心理的にも女子だけど、染色体と外性器は男性という診断書を書くよ」
「はい、それでお願いします」
それで医師は診断書を書いてくれた。
■性染色体
XY。通常の男性の染色体であり、遺伝子異常は認められない。
■ホルモンの状態
女性ホルモンが女性の標準値の範囲。男性ホルモンも女性の標準値の範囲でホルモン的には完全に女性である。
■身体的特徴
乳房の発達を認める。乳頭・乳輪の発達を認める。髭や体毛が少ないと認める。喉仏を認めない。なで肩である。体脂肪の分布は女性型である。第二次性徴は女性型に発現しており、骨盤も女性型。身体的な特徴は完全に女性である。
■心理的な性
心理的に女性的な傾向を持っている。受動的、比較的内向的で、感覚で判断したり行動することが多い。恋愛対象は男性である。男性との恋愛経験は数回あるが、女性との恋愛経験は無い。
■社会的な性
事実上、女生徒として高校生生活をしている。更衣室・トイレは女性用を使用している。男女で別れて授業を受ける場合は女子の方に参加している。友人はほとんど女性である。小学校では女子ソフトボール部に、中学校時代は女子バスケット部に所属していた。現在学校の制服は男子用・女子用の両方を所有している。下着や普段着は女性用しか所有していない。
■性器の状態
陰茎・陰嚢・精巣・前立腺を認めるが発達未熟である。CTスキャンで卵巣・子宮の存在を認めない。膣・陰核・大陰唇・小陰唇を認めない。外見的に男性型の性器に近似している。
診断書を見ていて「外見的に男性型の性器に近似」という所で、うーんと思う。これ、男性型の性器に近似してるんじゃなくて、正真正銘の男性性器のはずだけどなあ。
診断書は依頼された協会のほうに直接提出したいがそれでいいかと尋ねられたので、それを了承する。千里のサインも欲しいということだったのでサインした。
「それとこれ君は明らかに性同一性障害だと思うのだけど、そういう診断書も書こうか?」
「あ、書いて頂けるなら嬉しいです」
それで医師は性同一性障害の診断書を2枚書き、1枚は協会に性別診断書と一緒に提出するといい、もう1枚は千里に渡してくれた。
それで千里は病院を後にした。
医師は2枚の診断書を封筒に入れて封印し、宛名書きを書いた。そして婦人科の受付の所に行き、そこに座っていた事務職員に「これ切手を貼って投函しておいてくれる?」と頼んだ。
「はい、分かりました」
と答えた事務職員は美鳳に似ていた。
学校に戻ってきたのはもうお昼である。教頭先生に病院に行って来たことを報告して教室に戻る。もうみんなお弁当を食べ終わり、女子たちはおしゃべりをしていたが、千里はひとりお弁当を出して自分の机の所で食べ始める。窓の近くでおしゃべりしていた、鮎奈・蓮菜・京子が近づいてくる。
「病院どうだった?」
「ふつうに検査受けただけだよ」
「やはり女子であることが確認されたんでしょう?」
「男子であることを確認してもらったよ」
「だって、もうおちんちんもタマタマも無いし、おっぱいもあるのに」
「おっぱいがあることは認めるけど、おちんちんとタマタマもあるよ」
「いや、それは千里本人は主張しているけど、実際には無いはず」
「病院の先生の目は誤魔化せないよね」
「うーん。。。ボクって蓮菜たちに理解されすぎているような気もするなあ」
翌週の月曜日、蓮菜が
「CDできたよー」
と言って、Dawn River Kittens のメンツにCDを配っていた。プラケースに入っていて、ジャケ写もあれば、CD自体にもレーベルが印刷されている。JASRACシールまで貼られている。
「なんか猫のイラストが可愛い〜。これ蓮菜描いたの?」
「ううん。雅文だよ」
「お、すごい」
「意外な才能」
「でもすごいね。CDショップで売ってるCDみたい」
「売れたりしてね」
「売ってもいいの?」
「49枚までは著作権使用料は同じなんだよ。メンバー11人と雅文が持つ分、そして谷津さんに送る分で13枚、残り36枚は売ってもいい」
「すごーい」
「但しJASRACには定価を表示しないと届けてるから、代金は《お気持ち》で」
「なるほど」
「そうそう。千里、これ谷津さんに送ってあげて」
と言って蓮菜が余分に1枚CDを渡すので
「OK。送っておく」
と千里は答えた。
「田代君にお疲れ様と言ってあげて」
「言っとく、言っとく。ついでにキスしとくから」
「それは余計だな」
昼休みに教頭先生から呼ばれる。うーん。また何か問題が出て来てのかなと思ったら、教頭先生も一緒に居る宇田先生も妙に表情が明るい。
「村山君、誤解が解けたよ」
と言っている。
「えっと、私の性別がクリアになったのでしょうか?」
「ああ。その件についてはもう少し検討させてくれという話。それではなくてそもそも今回の濃厚ラブシーンの件だけど、問題の行為をしていたのは君たちではなかったことが明確になった」
「え!?」
「ラブシーンを見たという人の証言が微妙に曖昧だったのと、君たちが申告した内容と少し違うような気がするということになって、再確認したのだけど君たちが居たのは体育館のどちら側?」
と言って、体育館の図面を見せられる。
「えっと、この付近、体育館と崖の間です」
と千里は指で指し示す。
「だよね。体育館の裏というと、そこを考える。玄関の反対側だから。ところが、見たという人の場所は体育館の横の駐車場側らしいんだよ」
「そんな人通りのあるかも知れない場所で変なことしません」
「まああまり変なこと自体して欲しくないけどね。それと見たというユニフォームがS高とN高のものだったと言ってたのだけど、結構似ているユニフォームもあるでしょ? サンプルを見せて再確認してみたら、**高と**高のものだったことが判明してね」
「ああ。確かに似てると思いました」
「それで当該高校に照会した所、その場所でセックスしていた人物が自主的に名乗り出て、厳重注意。各々学校に始末書を提出した。協会では6月の事件に続いて君たちがまたしていた場合、そもそも処分すべきではという意見もあったらしいけど、別人であったということで、君たちへの処分はもちろん無いし、誤認していたということで、協会会長から謝罪があった」
セックスしてたのか!? なんて大胆な。
「謝罪までされると恐縮ですが」
「まあ、君たちは今回は《見つからなかった》ということだけみたいだから、以後、問題行動をしないように気をつけてね」
「はい。本当に気をつけます」
「うん」
「では私の性別問題は?」
「それはまだ討議中ということ。近い内に回答があると思う」
「分かりました」
11月22日の水曜日、バスケ部の練習の後、今日は普段のQ神社ではなく、A神社に移動する。今日は雅楽の合奏の練習日である。演奏する曲の指使いなどを確認していたら、千里と一緒に龍笛を吹いている天津子が寄ってきて言った。
「千里さん、先週の週末、私例のオカマに会ってきたんですよ」
「ああ。ライバルと言ってた子?」
「あいつの住んでいる町まで行って、勝負しようと言ったんですよね」
「勝負って何するの?」
「こちらは魔法勝負したかったけど、龍笛の吹き比べにしようよと向こうが言うので、まあそれでもいいかと思ってやったんですけどね」
「ふーん。向こうの子も龍笛吹くんだ?」
「また負けた」
「あはは」
「ちょっと聴いてもらえます?」
と言って天津子は彼女のライバルの子(青葉だが、この時期千里は青葉のことは知らない)の龍笛演奏を録音したものを聴かせてくれた。
近くに居た篳篥(ひちりき)担当の綾子と弥生も驚いたような顔でこちらを見ている。
「これはまた不思議な魅力だね」
「私、千里さんには全然龍笛かなわないと思ってるけど、世間的には上手い方だと思ってたんですよね」
「天津子ちゃんは上手いよ」
「でもこの子の龍笛には到達できない気がした」
「音だけではよく分からないけど、この子、多分、口で吹いているんじゃないんだよ。自分が存在している場の空気そのものを龍笛の音に変換している。類い稀な霊的才能を持っている。単に笛の練習するだけでは、この演奏にならないと思う」
と千里は言う。
「ああ、やはりそんな感じか」
「霊的な訓練をつまないと、天津子ちゃん、この子を越えられない」
「さぼらずに毎日ちゃんとジョギングするか」
「うん。それがいいね」
「虎ちゃんのこと何か言われた?」
「可愛くなってるじゃんと言われた」
「うん。そのくらいだと可愛いね」
「それでチビの訓練メニューって書いてくれた」
「へー」
「自動書記してる感じだった。多分本当に書いていたのは、あの子のお師匠さん」
「ほほお」
(注.青葉はこの年の7月に瞬嶽の弟子になった)
「あの子が書いたものじゃないなら、私チビにやらせてみることにした」
「うん。それがいい。眷属は甘やかしたらダメだよ」
「千里さんは眷属とか使わないんですか?」
「そんなもの居たらいいけどね」
「チビは飼い主を亡くして途方に暮れていたのを拾ったのよね。私は力が欲しかった。チビはこの世とのつながりが欲しかったみたいだけど、私に力を与えてくれると言った」
「まあ眷属ってキブアンドテイクだよね」
「でも私も確かに眷属の育て方なんて知らないから、適当にしてしまったかも知れない」
「生兵法は怪我の元だよ」
「今度は間違わないように頑張るよ」
「うんうん」
その日の夜は雪だった。路面はかなり厳しかったが、千里は根性で自転車でA神社から自宅までの道を走った。
翌朝。まだ雪が降っている。6時20分。朝御飯を終えた千里は「行ってきまーす」
と叔母に言うと自転車で学校へ出かけようとする。
が、雪は新雪だし、まだ吹雪いているし自転車は思うように進めない。何くそと思って自転車を進めようとするがまともに走れない。
うむむ。しかし負けるものか! と思ったものの吹雪は手強い。
「千里!待ちなさい」
という声が2階の窓から掛かった。
叔母が降りて来て言う。
「この雪で自転車はやはり無理だよ」
「でも私、学校行かなきゃ」
「今日は取り敢えず車で学校まで送って行くよ」
ということで、千里の自転車通学もさすがに吹雪には勝てないことが判明したのである。
「いったん雪が固まっちゃったら、その上の路面を走る自信あるんだけどなあ」
と千里は悔しそうに叔母の車の後部座席で言う。
「まあ降ってすぐとか、吹雪中とか、シャーベットは無理だと思うよ。早朝はブラックバーンになる場所もある。今日は帰りも連絡しなさい。迎えに行ってあげるから」
「冬の間の通学どうしよう・・・」
「早朝のバスの連絡悪いしね。今日は特別としても本来は自動車通学は禁止だし。朝旭川駅まで送っていくから、その後JRで行ったら? バイトに行く時も旭川駅までJRで来てからバスで移動」
「うーん。それだとお金がかかるし、叔母さんにも負担掛ける。ガソリン代もかかるし」
「私は大丈夫だよ。ガソリン代はあんたが作ってくれてるお弁当の分と相殺ということで。定期代は、あんた神社のバイトしてんだから、そのくらい何とかなるでしょ。というか、神社から交通費は出してもらったら?」
「あ、そうか。ちょっと斎藤さんに話してみます」
それでその日千里が電話で斎藤さんに電話してみると、旭川駅からの定期代分の支給を快諾してもらった。
「だったら夏の間もずっと出そうか?」
「いえ。夏は自転車で頑張りますから4月まで済みませんがお願いします」
「OKOK」
11月25-26日の週末。千里たちDawn River Kittensのメンバーは朝から旭川空港に集まり、羽田行きの飛行機に搭乗した。
千里の占いが元でデビューすることになった Lucky Blossom の「デビュー前先行ライブ」がその日都内のホールで行われるので、それに谷津さんが千里たちを交通費宿泊費込みで招待してくれたのである。
Lucky Blossom は谷津さんが千里の占いに基づき8月に高崎で見出した2つのバンド Lucky Tripper と Red Blossom を合体したもので12月中旬にデビューCDの発売が決定している。このライブはそれに先行して、主として東京近辺のFM局で観覧希望者を募って開くものであった。11月初旬からテレビやFMでスポットが流されていたこともあり、入場券(無料)がヤフオクで2000円ほどで取引されていた
という。
お昼過ぎに都内に入ったのだが、公演のあるホールに行き、予め送ってもらっていたバックステージパスで中に入っていくと、楽器の音を確認していたふうのバンドメンバーが千里を見て手を振ってくれる。
「いらっしゃーい、美少女占い師さん」
などと鮎川さんが言って、千里と少し話をしていると
「ほんとに女の人だったんですね!?」
などと言う子がいる。
「まあ、女だろうね。スカート穿いてるし」
「いや、テレビで流れていたスポットでもスカートは穿いてるけど最近は男の子でもスカート穿く人いるしと思って見てた」
「ああ、IZAMとかね」
「でも僕は本当はスカート嫌いなんだけどね。レコード会社が穿けと言うから」
「わっ。僕少女だ!」
「FTMなんですか?」
などという質問まで出るが
「うち兄貴2人いるし、お母ちゃんは僕が小さい頃死んじゃって、男家庭で育ったからこうなっちゃっただけだよ。一応恋愛対象は男の人だけど、自分が男になっちゃっても生きて行く自信はあるよ」
「なるほどー」
「いや、鮎川さん、男で行けると思います」
「鮎川さん男になったら、私をお嫁さんにしてください」
「じゃ、その時は考慮するということで」
その後、Lucky Blossom がリハーサルをするのを見学させてもらった。ノリが良いので、みんな手拍子を打ちながら笑顔で聴いている。千里たちが手拍子をするので、バンドメンバーたちも調子が上がる感じであった。
リハーサルが終わった頃に雨宮さんが来訪した。
「ハロー、仕上がってる〜?」
「絶好調です」
「よしよし」
などとメンバーと言葉を交わした後で、千里たちに気付く。
「お、また会ったね。自称男子高校生の変な美少女占い師さん」
「こんにちはー」
蓮菜たちが顔を見合わせている。
「あのぉ、もしかして、元ワンティスの雨宮三森さんですか?」
と梨乃が訊いたが
「今《元ワンティス》と言った子、会場の周り5周走ってきなさい」
と雨宮さんから言われる。
「えー!?」
「ワンティスは解散してないから《元ワンティス》じゃなくて《ワンティス》と言わないとだめ」
とそのあたりの事情に詳しい蓮菜が言う。
「ごめんなさい。走ってきます」
と言って梨乃はほんとに会場の外に走りに行った。
「おお、素直な子だね。いいね、こういうの。あの子にあとでご苦労さん代で私のサインと、ホテルへの招待券をあげよう」
などと雨宮さんが言うと
「先生、女子高生に手を出したら淫行でつかまりますよ」
と鮎川さんが言う。
休憩時間に谷津さんが先日Dawn River Kittensで作ったCDを掛けたら
「こないのだより随分上手になってる」
と言われた。
「でもコピー曲ばかり?」
「君たちのオリジナル曲は無いの?」
などとも言われる。
「誰か作曲できる人?」
「うーん。編曲ならエレクトーン教室でいつもエレクトーン編曲をしてるからその応用でバンドスコアも書けるんだけど」
と智代が言う。
「このCDのアレンジも君がしたの?」
「はい。だいたい私が書いてあとは実際に各自に任せちゃった部分も大きいです」
「まあバンドのアレンジって結構それがあるね」
「Lucky Blossomのアレンジは誰がしてるんですか?」
「一応 編曲:Lucky Blossom とクレジットしてるんだけどね」
「事実上鮎ちゃんがひとりでやってるね」
「へー」
「その後、各自適当に調整」
「あれ? 今気付いたけど、女性メンバーでも咲子さんは名前でサキって呼ばれているのに、鮎川さんは苗字のほうでアユさんなんですね」
「まあ鮎は男扱いだから」
「ああ、鮎を女と思っているメンバーは居ないね」
「そうだったのか」
「一応キャンペーンでどこかに行った時、ホテルの部屋はサキとアユを同室にしている」
「アユには、サキを襲うなよと言っておく」
「あぁぁ」
話は盛り上がっていたが、千里はちょっと失礼して席を外しトイレに行く。個室で用を達して出た所で、バッタリと雨宮さんと遭遇する。
「ん?どうしたの?」
「雨宮さん、女子トイレを使うんですね」
「まあ、この格好で男トイレに入ったら混乱の元だね」
「じゃ、私と同じか」
「へ?」
「そうだ。こないだお会いした時に、雨宮さん、もし私が男の子でこんなに可愛くなっているのなら、私に楽曲書いてやるよ、なんておっしゃってましたね」
「ああ、言ったね」
「じゃ、これを見ていただけます?」
と言って千里はバッグの中から健康保険証(遠隔地被保険者証)を出す。
「ん・・・んーーー!?」
そこには「村山千里・長男・平成3年3月3日生」と書かれてあった。
「あんた、ほんとに男なの〜〜〜〜!?」
「ちょっと、そんなに大きな声で言わないでください」
「うっそー。触らせなさいよ」
「いいですよ」
「どれどれ・・・・ほんとに付いてる!」
「すみませーん」
「信じられん! 私、女装者はたいていリードする自信あったのに」
「じゃ、曲を書いていただけますか?」
「ふふふ。いいよ。1曲30万円でどう?」
「お支払いします」
2曲書いてもらったとしても60万円。定期を解約すれば払える金額だ。
「いいお返事するね。もしホテルに付き合ってくれたらタダにしてもいいけど」
「私、恋人いるから応じられません」
「恋人って女の子?男の子?」
「男の子です」
「ふーん。でも気に入った。ホテルはいいから、タダで書いてあげるよ。印税・著作権使用料だけでいいや」
「ありがとうございます」
トイレから戻った所で雨宮さんが Dawn River Kittens に曲を書いてあげることにした、と言うとみんなびっくりしていた。
「先生、だったらLucky Blossomにも1曲書いてくださいよ」
と鮎川さん。
「うん。いいよ。ついでだ。千里ちゃんに感謝しな」
「千里、まさか雨宮さんに貞操を捧げて楽曲提供してもらうことにしたとか?」
「まさか。私、彼氏がいるから、そんなことはしないよ」
「千里ちゃんがちょっと面白すぎるから、提供することにしたのよ」
と雨宮さんは言う。千里の性別のことは、この場では言及しないようである。
「Lucky Blossomに1曲、Dawn River Kittens に1曲書くけど、どちらもタイトル曲にはしないで。Lucky Blossom のタイトル曲は、予定通り、ゆまが書いたのを使いなさい。それから Dawn River Kittens のCDのタイトル曲は千里、あんたが書きなさい。書けるはずだよ」
「分かりました。書きます」
「だってLucky BlossomのCDにも千里が書いた曲が1曲収録されるからね」
と雨宮さんが言うと
「うっそー!?」
と蓮菜たちが驚いていた。
「そういえば千里、こないだ現代のメンデルスゾーンだとか自称してたね」
という声があがる。
「ほほぉ。メンデルスゾーンね。むしろラーメン食べるぞーんって感じだけど」
と雨宮さんが言うと
「それ、ヨナリンに同じこと言われました」
と蓮菜。
「う・・・・あいつと同じ発想してしまったのは不覚」
と雨宮さんは悔しそうに言った。
公演は物凄く盛り上がった。レコード会社はかなり気をよくしたようで年明けにも全国ツアーを考えるなどと吉田さんが言っていた。
終わってからホテルに行く。ホテルはツインだが、組合せは鮎奈が決めた。実質男の子である留実子を個室にして、千里は蓮菜と同室になっていた。古くからの親友で、いちばん気兼ねのない相手である。千里は何度か(他の子とも一緒にだが)蓮菜の家にお泊まりさせてもらったこともある。
「でもここ良いホテルだね」
「ファンサービスだと思うよ」
「前回東京に来た時はどんなホテルに泊まったの?」
「ああ。ホテルには泊まってない」
「へ?」
「金曜日の夕方から行ったから羽田に到着したのが夜の22時で、都内に入ってLucky Blossomの人たちと会ったのが23時すぎで、それから演奏を聴かせてもらったり、いろいろお話してたら朝になっちゃって」
「徹夜で音楽論議か!」
「まあ楽しかったよ。で、朝になったけど、ホテル行く?とか言われたんだけど、鮎川さんに捕まっちゃって」
「うん」
「鮎川さんとその日1日ずっとおしゃべりしていて、夕方そのまま羽田に行って旭川行き最終便に乗ったから、東京では寝てない」
「なんつーハードな」
「飛行機の中では熟睡してたけどね。おかげでその後、数日耳の調子がおかしかった」
「ああ。着陸で高度下げる時に寝ていると、気圧の自動調整がうまくいかないんだよね」
「そうそう」
「でも蓮菜、田代君とは縒りを戻せたんだね」
と千里は言ったが
「私たちは恋人ではないということで合意している」
などと蓮菜は言う。
「なんで?」
「お互いにただの友だち。友だちだけど、デートくらいすることはあるというので、いいんじゃないかと」
「セックスはしないの?」
「そのくらいするよ」
「でも恋人じゃないんだ?」
「そのうち恋人になっちゃうかも知れない。でも今は友だちという関係の方が私と雅文にとっては快適だと思うんだよね。友だちだから、お互いに浮気も自由。もっとも私は浮気する気は無いけどね」
「素直じゃない気がするなあ」
「でも千里も細川君と恋人関係復活させたね」
「うん。中学時代より深いつながりになってる気がする」
「何度したの?」
「今のところ4回」
「いいんじゃない。でもセックスすると、凄く安心感があるよね」
「うん。凄く幸せな気分」
私たちはお互いにそれぞれの、おのろけを話した気もする。
「でも何で雨宮さん、私たちに曲を書いてくれることになったの?」
「こないだ来た時にさ、女子高生?と訊かれて私が男子高校生です、と答えたらね、雨宮さん、私が男子高校生なのに、そんなに可愛くなっているのなら、自分が楽曲書いてCD出してあげるよ、なんて言ったのよね」
「ほほお」
「それで、私が男だというのを健康保険証見せて示したら、びっくりして、本当に書いてくださることになったのよ」
「保険証だけで信用した?」
「さわらせた」
「ふーん。やはりまだ付いてたんだ?」
「手術したいけど、お金が無いよ」
「まあ、そうだろうね」
「蓮菜は私がまだ男の身体でも平気?」
「千里にもし男の子のものがあったとしてもSysRqキーみたいなもの」
「何それ?」
「千里、自分ではパソコン持ってないけど、小学校や中学校のパソコン部に顔出してたから SysRqキーは知ってるよね?」
「知ってる。使い方は知らないけど」
「WindowsではSystem Request という機能は存在しないから、無意味なキーだよ。機能も無いから誰も使っていない。千里に男の子のものが付いてたとしても機能は無いみたいだから、それを使うこともないでしょ?」
「うん、そうかも」
「使うことのないものは最初から無いのと変わらないよ」
「そうなのかもね」
「千里、自分では女の子を主張するくせに、本当はそれに自信が無いんだよね」
「うん、そういう面はある」
「もっと自信を持った方がいいと思うよ」
「そうだねぇ」
千里はちょっと上の方に視線をやった。
その後、交替でお風呂に入っていたのだが、千里が湯船から上がって身体を拭いていたら、蓮菜がいきなり浴室のドアを開けた。
「わっ」
「ふーん」
「どうしたの?」
「やはり、おちんちん付いてるようには見えないなあ」
「隠してるんだよ」
「おっぱいもあるし」
「これ、例の偽乳だよ」
「それ付けない状態ではどのくらいあるの?」
「こないだの病院の検査では、アンダー72、トップ80、と言われた」
「春頃より少し大きくなった?」
「少しだけね」
「女性ホルモンの量、少し増やしたら?」
「そうしようかなあ」
千里があらためてちゃんと服を着て出て行くと、蓮菜はホテルのレターペーパーに何か書いている。
「田代君へのお手紙?」
「ううん。詩を書いてた」
「へー!」
「やはり旅をすると詩が思い浮かぶんだよ」
「ああ、そうかもね」
「これに千里、曲を付けてくれない?」
「うん」
と言って千里はその詩を見る。
「きれいな詩だね」
「羽田から都心に入る電車の中でさ、唐突に思い浮かんだんだよ。さっきまで推敲していて、最終的なのをここに書いてみた」
「そんな所で思いついたとは思えない美しい詩だ」
月曜日の昼休み、お弁当を食べてから鮎奈や京子・蓮菜たちとおしゃべりを,5KM5ていたら、教頭先生からの呼び出しがある。そろそろこないだの病院での検査結果を受けて、協会の方から男子チームに参加していいという確認が取れたのかな、と思い、千里は職員室に行った。
やはり教頭先生の所に宇田先生と保健室の山本先生が居て、面談室に行こうということになる。また例によって、防音面談室に入る。
「こないだは、わざわざ病院に行って検査を受けてくれてお疲れ様」
「いえ。何だかよけいなお手数を掛けているみたいで」
「で、結果を聞いたんだけど、君、やはり既に女の子の身体なんだね?」
「え!?」
「これ、君の診断書のコピー」
と言って見せられたものの内容に千里は目を疑う。
ホルモン、身体特徴、心理、社会的な性まではいい。でも何これ!?
■性器の状態
陰茎・陰嚢・精巣を認めない。CTスキャンで停留睾丸を認めない。大陰唇・小陰唇・陰核・膣を認める。尿道は通常の女性の位置に開口している。外見的に女性型の性器に近似している。
゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜゜ちと羅よけたqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqqq12うっそー!? なんでこうなってんの!??
バスケット部の宇田先生が言う。
「考えてみたら、村山君、6月にアンチドーピング機関の検査官の前でおしっこしてみせてるんだもんね。その時、君の外性器が男性型だったら、いくら何でも検査官は気付くはずだからね。やはり女性型の陰部の形をしているから、何も不審に思わなかったんだろうからね」
えっと・・・あれは、説明すると、ひじょうに複雑な話なんですけど。
保健室の山本先生が言う。
「あなた、もしかして御両親に内緒で性転換手術を受けたの? だからあくまで自分は男の身体ですと主張してたのね?」
「えっと、確かに父の手前、男子高校生をしているという面はありますが」
「今回この問題は北海道協会の一存では決められないということで全国のバスケを統括している組織まであげられて議論がおこなわれた」
ひゃー。そんな所まで行ったんだ!?
「それで協会側も、未成年ではあるし、このような協議が行われたこと自体を秘密にするということで関係者に箝口令を敷いている。協議に参加した人たちはみんな信頼できる人だから、これがマスコミに漏れたりすることはない。そもそも議論に参加した人はどこの地区の選手かまでは知らされていない」
えっと・・・・。それって、まさか・・・。
「僕たちも君と御両親との関係に配慮して、このことをこちらから御両親に言ったりはしないから」
「本当は女子制服を着て通学してもらっていいけど、それも御両親との関係があるのであれば、今のように男子制服で授業を受けてもらってもいい」
「もっともあなた、結構校内外で女子制服にもなってるよね」
「ええ、まあそうですね」
「それで、協会側の結論だけど、君は紛う事なき女性の身体をしているので、今後は女子チームに参加してもらいたいという強い要望なんだよ」
千里は頭を抱え込んで苦笑した。いや、もうこれ笑うしかないよぉ。
「それで君自身の所属も、うちの男子バスケット部から女子バスケット部に移籍したいのだけど、いい?」
「分かりました。よろしくお願いします」
何かもうどっちでもいいや!
「君としては染色体的に男性だというので、うしろめたさを感じているのかも知れないけど、君はホルモン的にも体格的にも完全な女性で、筋肉などもふつうの女子運動部員程度の筋肉だから、堂々と女子の試合に出ればいい」
「はい、割り切ることにします」
「会議では今後類似ケースが出た場合についてもかなり議論したらしい。それで国際大会や外国での例なども検討した結果、身体的特徴とホルモンの状態がいちばん重要ということになったらしい」
「ああ」
「意見が別れたのが睾丸や卵巣の有無らしいんだよ。陰茎があるかどうか、大陰唇・小陰唇があるかについては、この際、些細な事というので意見が一致した。膣や陰核・子宮・前立腺については最初からどうでもいいと全員の意見」
そうだなあ。試合するのに、セックス能力・妊娠能力は無関係だし。
「睾丸が万一あったとしても、ホルモンと身体的な特徴が完全に女性なら女子選手として認めてもいいというのが多数意見だったけど、睾丸があるのであればその除去手術をした上でしか女子選手としては認められないというのが少数意見。君の場合はどっちみち既に睾丸は無いので全員一致で女子選手として認めることになった。逆に卵巣については最初は意見が分かれていたものの、最終的には、あってもかまわないということになった」
うーん。再検査とかされると、ややこしい話になりそう。でもなんでこの診断書こういうことになっちゃったの??
「でも、もし睾丸はまだあるけど完全に女性の身体的特徴であるという選手が出て来ても、今回の討議内容からすると、自動的に女子選手として認められると思う。討議に参加した性医学の専門家の意見で完全な女性の身体的特徴が出るというのは睾丸が最低でも1年以上存在しないか存在しても機能停止している状態でしか考えられないということだったらしいしね」
うーん。そういう基準なら、やはり自分は女子として参加してもいいのかな、と千里は思った。自分の睾丸は少なくとも3年以上、ほとんど機能が一時停止状態にあるはずだ。機能完全喪失ではないけど。
「そうでしょうね」
「それで来年の夏は、君の頑張りで女子バスケ部をインターハイに連れて行ってよ」
こうなったら、もうやけくそだな。
「ええ。来年は佐賀でしたっけ? 私、九州って行ったことないから、久井奈さんや暢子・留実子たちと一緒に佐賀に行きます」
「うん、よろしく」
そうやって面談はなごやかに(!?)終了したのであった。
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【女の子たちの精密検査】(3)